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大空に月と日が姿を現してこのかた 紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2005.0831(水) 星の名前

目を覚ましてしばらくのあいだじっとしている。いつまでも眠気が訪れないため枕頭の灯りを点けると2時30分だった。「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を読んで3時に起床する。事務室へ降りて自らの机上を片付けた後、製造現場にて小一時間ほどの作業に従事する。

毎月1日に更新している文章については、これを6年間書き続けたところでいささか手詰まりとなり、「写真ならそれほどの面倒もなかろう」 と、先ずは1985年に撮った写真から12枚を選んで昨年の9月1日に "WORKS" へ載せた。写真のストックはそれにて尽きたから以降は新たに撮らなくてはいけない。これが考えると行うとでは大きな違いにて 「写真ならそれほどの面倒もなかろう」 とはいかなかった。

頭に何かあれば600字ほどの文章は人と話しながらでも15分で書ける。ウェブペイジに載せても良いと自分なりに思われる写真12枚を15分で撮ることは不可能だ。1本36枚のフィルムを費消してそのうちの1枚すら使えないこともある。

すこしはまともと思われるものをサービスサイズに焼いて溜めたアルバム、その元となったコンタクトプリント、コンピュータのデータベースを検索し、9月1日更新分の12枚を選ぶことはきのうのうちにしておいた。製造現場より戻り、5時前からそれらのフィルムより特定の画像をスキャナにて吸い上げる。この作業には通常45分を要するが、今回の画像はあちらのネガから1枚、こちらのネガから1枚という塩梅で、しかも途中で 「それよりもこっちの方が良いんじゃねぇか?」 などと行きつ戻りつしたから倍の90分もかかってしまった。

そうこうするあいだの6時すぎにお客様があり、始業前に4,000円の売上げを計上する。

フィルムから画像をスキャンしてしまえば後は計算機とコンピュータのみで "WORKS" は作れる。スキャナの電源を落としていつものよしなしごとに戻り、7時に居間へ上がる。朝飯は、南瓜の炊き物、メカブの酢の物、なめこのたまり漬入りスクランブルドエッグ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、ほうれん草の胡麻和え、メシ、豆腐と茗荷と万能ネギの味噌汁

夏休みの宿題はすべて終えたと思っていた次男だが、星の観察という項目が空白になっていることを家内が発見した。そういえば午後あそびに来たヒロアキ君も 「晴れないから星の観察ができないんですよ」 と言うから 「夏休みは何十日もあったろう?」 と答えたところだった。夕刻の空は紅く染まっているから星は間もなく出るだろう

良い匂いを盛んに発している、夏野菜と牛肉の入ったスープ状のカレーを食べる。西の空に30分ほど前からあった星の上に別の少し暗い星が現れたため、次男はそれをノートにスケッチした。横から図鑑の天球図を見せて 「それがアークトゥルスかスピカかは、お父さんも分かんねぇなぁ」」 と言う。

7時15分に家を出て自転車で日光街道を下る。第147回本酒会場 「陶」 の前まで来てサイトウマサヒロ会員と行き会う千代紙のように折った箸袋で投票用紙が巻いてある、その投票用紙の飲み順に従い、サーヴする順番があらかじめ酒瓶に貼り付けられている、というようなところにこの店の性格が端的に表れている。

9時30分まで貸しきりということにはなっているけれど、若い男女が引き戸の前まで来て店の中を覗き込むたびに僕は手招きをし、次いでカウンターの椅子を指さして彼らを呼び込む。たとえ人の店であっても商売の機会損失は避けるべきである。

9時に席を立ち、日光街道を遡上して10分後に帰宅する。入浴して牛乳を400CCほども飲み、10時前に就寝する。


 2005.0830(火) 出るぞ "RICOH GR" のデジタル版

きのうと同じく3時に目を覚まし、「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を4時まで読んで二度寝をする。6時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は、ジャガイモとレタスのサラダ、トマト入りスクランブルドエッグ、なめこのたまり漬、メカブの酢の物、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、ジャガイモのグラタンと豆腐と万能ネギの味噌汁。前の晩の残り物を翌朝の味噌汁の具にしてくれるよう頼むことを僕はしばしばする。ジャガイモのグラタンの味噌汁は初めてだったがとても美味い。チーズの塩分を勘案して味噌の量を減らすところがこれの勘所である

きのう同報メイルで知らせたコンサートの切符につき 「オレ、ジャズ、好きだから」 と、本酒会のシミズキミヒト会員がそのうちの2枚を9時に受け取りに来る。お返しとしてか、Kenny Drew Trioの "Cleopatra's Dream" のCDをいただく。「水戸黄門、いつも見てる割りにいい趣味してますね」 とは言わなかった。「クレオパトラの夢」 は、僕は Bud Powel でしか聴いたことがない。

午後になって 「そういえば今日はリコーの新しいデジタルカメラの発売告知日だったな」 とリコーのウェブペイジを訪ねてみれば 「期間限定デジタル版GRのためのリコー公式ブログ」 というものが準備されていて、しかしいまだトラックバックは付いていない。いまや伝説となった銘機のデジタル版は、やはり出るのである。デザインも銀塩版の "GR" に似せてくるのだろうか。発表は9月13日。発売前からプレミアが付くようなことにだけはなって欲しくない。

初更、茹でキャベツの胡麻油和え、めんたいこ、冷や奴、カワハギのような肉質ではあるけれど皮目が赤いからそうでもないらしい魚の干物、南瓜の炊き物をおかずとしてメシを食べ、飲酒を避ける。いつもながら、炊きたてのメシは酒よりも美味い。

入浴して牛乳を400CCほども飲み、9時に就寝する。


 2005.0829(月) ステーキと言われて燈刻に

3時に目を覚まし、「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を4時まで読んで二度寝をする。6時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は、茄子の油炒め、刻みオクラの酢の物、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、胡瓜のぬか漬、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と大根と三つ葉の味噌汁

メシの後しばらくして、夏休みの宿題はとうに終えた次男が勉強机へ行き百マス計算を始める。それを終えるとこんどは漢字の練習を始める。「お利口だねぇ」 「なにも言われないのにやるってところがスゴイよ」 「黙ってても、この人は大丈夫だから」 と、僕と家内とで口々に褒める。褒められると子供はかならず油断あるいは増長するとオフクロは考えていたが、僕が受けた教育の逆を行けば、よりまともな人間が育つように思われる

先日、発売開始から20日を経ていまだ15枚しか売れていないコンサートの切符を買ってくれないかと、顔見知りが来社した。2,500円のそれをつきあいで4枚買うと、1枚につき招待券1枚を付けてくれたため手持ちの切符は計8枚になった。これだけあっても仕方がないので 「本酒会」 の同報メイルで希望者を募ってみる。返信があるかどうかは知らない。

「今日は29日だから肉の日だよ」 とは次男が朝から言っていたことで、しかし毎月30日が味噌の日だと知る人はどれだけいるだろう。そろそろ断酒をしなくてはいけないと考えていたが、ステーキと言われて燈刻に "Castillo de Molina Cabernet Sauvignon Reserva SAN-PEDRO 1999 " を抜栓する

レタスとトマトのサラダ、グリーンアスパラガスとエリンギの油炒め、人参のグラッセにんにくのたまり漬のバターライスジャガイモのグラタン。にんにくのたまり漬のスライスと、わざわざ製造元まで行かなければ買えない 「金長」 の 「ステーキのたれ」 を載せればオージービーフもかなり美味くなる

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0828(日) 好きな遊び

何時に目を覚ましたかは確認しなかった。「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」 を読み終えて3時40分に二度寝に入る。6時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は、トマト入りスクランブルドエッグ、ソーセージとシシトウの油炒め、刻みオクラの鰹節かけ、乳茸の生醤油煮、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と玉ネギと三つ葉の味噌汁

南洋の中華街にいていまだ明るい夕刻、ホテルの裏口から場末の路地へ紛れ込み、2サイクルエンジンの排気ガスと香菜の匂いを感じつつ屋台街へ行く。底から4分の1ほどまで水を入れ冷凍庫で凍らせたグラスに注いだビールの肴はガラスケースに螺旋状に下がる子袋の鹵味。開いた文庫本は近藤紘一のレポートで、ふと気がつけばどこからともなく鄧麗君(テレサテン)の 「何日君再来(ホーリーチンツァイライ)」 が聞こえてくる。

子供のころ、いちばん好きな遊びはと問われれば 「缶蹴り」 と答えた。いま同じことを訊かれたら、これを遊びといえるかどうかは知らないが、上のような南の国での飲酒および本読みと返すだろう。

「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」  平野久美子著  晶文社  \1,800

を終業後にエレヴェイター前の長椅子から取り上げ、これを読み始める。

ジャガイモと胡瓜のカレー風味サラダトウモロコシのオムレツ、鶏手羽の南蛮漬けを酒肴として泡盛 「瑞穂」 のお湯割りを飲む

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0827(土) とまで言うから嫌われる

1時50分に目を覚ます。家内はいまだ居間で本を読んでいた。「10チャンネルが面白いよ」 と言うのでリモコンのボタンを押すと、ブラウン管の喧噪は 「朝まで生テレビ」 だった。「こんなの、いまでもやっていたのか」 と電源を切って部屋を静かにする。寝室へ戻って 「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」 を読み、二度寝をして5時30分に起床する。

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は、キャベツ炒め、乳茸と茄子の炒りつけ、めんたいこ、白菜キムチ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と玉ネギと三つ葉の味噌汁

テニス部の練習場 「豊岡運動公園」 まで次男を送り、帰社して仕事にあたる。

日中、旧知の政治好きが来社しての話の中で、新日光市の市長はこれこれさんじゃダメなんですか? と訊く。これこれさんとは初耳の名前にて、しかも我が町を含む市町村が合併して日光市となり、その市長選挙があるのは半年以上も先のことだ。

「僕は選挙に棄権したことはこれまで皆無ですけど別段、政治フリークでも選挙オタクでもないんですよ」 と答える。そしてここで止めておけば良いものを 「選挙に夢中になる男、男と寝る男、この二者についてはどうにも感覚的に理解できないですね」 とまで言うから僕は人に嫌われるのである。

初更、乳茸と茄子の炒りつけ、家内が何かと間違えて買ってしまったというタコキムチ、モロヘイヤの叩きにて泡盛 「瑞穂」 のお湯割りを飲む岩牡蠣にて2杯目の鯛の粕漬けにて3杯目のお湯割りを飲む

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0826(金) 賛美歌380番

2時50分に目を覚ます。大きな台風が近づいていると騒がれている割りに外は静かだ。居間へ行きテレビのスイッチを入れる。台風は東京湾を北東へ進みつつあった。二度寝をして5時30分に起床する。

事務室へ降りてメイルマガジンの文案に最終校正を加え、これを完了して他のよしなしごとに移る。シャッターを上げ外へ出ると風は弱くないものの、木から引きちぎられた枝葉やゴミの類はそれほど目立たなかった。濡れないよう薄いポリ袋に入れられた新聞2紙を取って屋内に戻る。

7時に居間へ戻る。朝飯は、焼き茄子とはいえ火で炙るのではなく油で炒める式のそれ、レタスとトマトのサラダ、めんたいこ、茄子の塩水漬け、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、茄子と玉ネギと茗荷の味噌汁

夏の繁忙期も過ぎ、空は台風一過へ向けて晴れつつある。メイルマガジンの送付を済ませて後、所用のため三菱シャリオに乗り宇都宮へ行く。助手席の携帯電話が盛んに "You've got mail" と音声を発してウェブショップへの注文が順調に入り続けていることを知る。用事はすぐに済ませてクルマをコインパーキングへ停め、30分ほどを 「エムニ」 によるスナップに割いて昼前に帰社する。

昼飯は、スナップを始める前に立ち寄って予約をし、クルマへ戻る直前に受けとった 「石田屋やきそば店」 の 「野菜ハム」 の焼そば

自由学園で長く歌い継がれてきたオリジナルの楽曲や賛美歌、あるいは学園内に収集した音をCDにし、男子部開学70周年にあたる今年、その収益金を学校へ寄付しようと同級生のサカイマサキ君が考えついたのはいつごろのことだろうか。相談を持ちかけられたのは多分6月の末と記憶する。その後、この優れた案は多くの協力を得てごく短い日々に大きく育ち、本日、遂にその告知と申し込みフォームを同学会のホームページへ掲載する

しかしながらその録音はいまだごく一部を済ませたのみにて、生徒の皆さんに力を出していただくところについては2学期を待たねばならない。是非ぜひこの計画を成功させて、良いものを世に送りたいと切望する。夕刻、甘木庵へ戻った長男に電話を入れ、「かかげよ旗を」 を演奏するウインドオーケストラのリーダー、賛美歌を歌うコーラスのリーダーには重ねてよろしくお願いする旨の連絡を入れるよう頼む。

初更、冷や奴乳茸と茄子の炒りつけ豚丼刻みキャベツを晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を400CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0825(木) その気持ちも分からないではない

3時30分に目を覚ます。早急に書く必要のある頼みごとあるいは檄文の始めと終わりの部分が頭に浮かび、即おばあちゃんの居間へ移動してメモを取る。服を着て事務室へ降り、その文章を完成させてメイラーに保存する。

いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は、生のトマト、モロヘイヤの叩き、茄子の塩水漬け、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、めんたいこ、メシ、豆腐と茗荷の味噌汁

明日は50ミリよりも短いレンズで写真を撮ろうと予定をしている。「エムロク」 とズミクロンの組み合わせには光線漏れの疑いがあるため、これを避けて 「エムニ」 にフォクトレンダーの、ズミクロンと同じ35ミリのレンズを付ける。レンズがカメラに 「装着」 するものれあれば 「付ける」 ではなく 「着ける」 だろうか。ズボンは 「穿く」 で靴は 「履く」 だそうで、しかしこういう文字の使い分けは徐々に失われていくことだろう。

終業後に家族で鰻の 「魚登久」 へ行く。先月の2日にここを訪れ疑問に感じた 「春夏限定 金魚あります 473円」 とは、金魚鉢に似たグラスを水で割った焼酎で満たし、そこに水草を模した大葉、そして金魚に見立てた鷹の爪を飾ったカクテルだったうざくを肴としてこれを飲み、しかし僕はお酒はやはりドカンと効く方が好きだから2杯目は 「片山酒造」 のカストリ焼酎 「粕華」 を生で1合のみ注文する

酒肴の二番手として運ばれた肝焼きは、これを1粒というか柔らかい部分と歯ごたえのある部分のひと組を口へ入れたところで 「ちょうだい」 と次男に言われ、残りのすべてを食われてしまう。ちょうど居合わせたお運びの人によれば、鰻の本体は頼まず 「肝焼きとごはんね」 というお客もあるらしい。まぁ、その気持ちも分からないではないが、最後はやはり鰻丼にて締めたい。そして次男の締めは、この鰻屋の数軒先にある氷屋 「松月」 の天然氷によるかき氷だった

帰宅して入浴し、牛乳を200CCほども飲んで10時に就寝する。


 2005.0824(水) シェアウェアの護符

5時に目を覚ます。本は読まず30分後に起床して事務室へ降りる。飄香 「東方美人」 を淹れこれを飲みつついつものよしなしごとをして7時に居間へ上がる。朝飯は、玉子と三つ葉の雑炊、たらこ、じゃこ、茄子の塩水漬け

きのう行った二十三夜祭でいつも感心をするのは、小倉町の面々が手分けして作成し、追分地蔵尊が発行するある種の護符で、これは 「二十三夜追分地蔵尊」 「交通安全学業成就」 の朱印を押した色紙に会場で撮った申込者のポラロイド写真を貼付し、墨で手形を記録し、その氏名と誕生日および満年齢を墨書するもので、ひとたびこの800円の護符を作ってもらうと次の年も子供の成長記録として引き続き注文することになり、だから定期的に使用料を引き落とされるシェアウェアと同じく、かなりの収益をそのお祭りにもたらすことになる。

全国の、地域内に神社仏閣を持つ町はその祭礼において、この優れた思いつきを真似てみたらどうか。「無病息災」 「長寿安寧」 あるいは 「ポックリ死ねます」 というような朱印を用意すれば、老人にもその需要は広がるに違いない。

初更、"Mouton Cadet Blanc Baron Philippe Rothschild 2002" を抜栓する。充分に咀嚼した「新得農場」 の2種のチーズ、つまり牛が口中で反芻するドロドロのようなものを味わいつつこの白ワインを飲む。別途、同じワインとチーズを今夕に帰省した長男が小さなポットに入れて温め、チーズフォンデュの材料を作る。晩飯は、そのチーズフォンデュジャガイモとレタスのサラダ鯛とスルメイカのフリット

ボトルに3分の1ほど残ったワインはバキュバンにて空気を抜き冷蔵庫へ保存する。入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0823(火) この豆板醤は美味いね

前夜9時30分に就寝したにもかかわらず、目覚まし時計の助けを借りなくては4時30分に起きられない。これはひとえに、夜中に目を覚まして牛乳を飲んだりする、その睡眠の中断によるものだろう。製造現場にて小一時間ほど作業をし、事務室へ移動していつものよしなしごとをする。

7時に居間へ戻る。朝飯は、茄子の塩水漬け、シシトウと、次男が "JUSCO" で試食をしたとき 「食わせてもらったら大抵は買うもんだ」 と教えたフランクフルト・ソーセージの油炒め、納豆、メカブの酢の物、メシ、ワカメと玉ネギと三つ葉の味噌汁。ソーセージはとにかくとして、味噌汁は大変に美味い。

初更6時30分に仕事を終え、小倉町の主催する 「二十三夜祭り」 へ家内と次男との3人で出かける。次男は数年前にこのお祭りの福引きで東京ディズニーランドの招待券を引き当てたが、今夕は順当にビール6本ケース、洗剤1本、缶ジュース3本をその収穫とする。

イチモトケンイチ本酒会長が小倉町から瀬尾へ転居をしたため、その工夫になる怪しげな、子供の射幸心をあおるゲームがこの夜祭りから姿を消したことは、かえすがえすも残念である。

帰途、長男が野球部にいたときコーチを務めていたオーハシカズヒコさんが交通整理の手を休めて次男に 「野球部に入らないか?」 と誘うがこれは、現在の今小野球部に8人の部員しかいないためで、「入れば即レギュラーですよ」 とのことだが生憎と次男はテニス部に定着をしてしまっている。そして現在、今市小学校でもっとも多くの部員を擁するのはフィールドホッケー部だそうで、先のオリンピックの同種目に選手を出した我が町の、これは特殊な事情によるものだろうか。

帰宅し、例弊使街道を閉鎖した縁日にて購った諸物を食卓へ並べる。それらたこ焼き焼そばおでんチーズボールポテトフライにて 「瑞穂酒造」 の泡盛 「瑞穂」 のお湯割りを飲む。

家でおでんを食べるとき、僕は多く豆板醤を添えるが今夜のそれは馬鹿に美味い。家内に訊けばこれは僕が香港より持ち帰ったものにて、レッテルには製造元 「美珍醤油菓子廠有限公司」、販売元 「九龍醤園」 の文字がある。「へぇ、こんなの買ったんだなぁ」 と感慨にふけりつつ3杯目の泡盛を飲む。

入浴して牛乳を400CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0822(月) と、言いに来られても

夜中に目を覚ますのは暑さによるもので、そうすると居間へ移動し窓を開け廊下に通じるふすまを開け、更にその先にある洗面所の窓も開け、大量の空気が部屋を通り抜けるようにして二度寝に入る。5時30分に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをする。

そのよしなしごとのひとつとして自由学園同学会のウェブペイジに新しい情報を加え、ウェブ上で文字や画像の配置を確認した後、今日のところは元に戻しておく

朝飯は、トマト入りのスクランブルドエッグ、刻みオクラの鰹節かけ、メカブの酢の物、胡瓜のぬか漬、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、大根と万能ネギの味噌汁。そして昼飯は、おととし 「癒しのキムチ」 でひと箱を購入しいまだ残っている冷麺スープと、蕎麦のだしを混合したつゆによる素麺

午前中、ごく近しい顔見知りが来て、衆議院選挙には是非だれそれをお願いいたします、と言うので 「ハハハ、承知しました」 と返事をしたが、午後にはそれほど近しくない顔見知りが来て、こちら様がどなたを応援していらっしゃるかは存じ上げませんが衆議院選挙には是非なにがしをお願いできれば、と後援会の入会案内書をひとたば置くので 「はい、かしこまりました」 と答えた。

子供のころ、おばあちゃんに 「今度の選挙、だれ入れるの?」 と訊いたら 「そういうことは人に言わないもんだよ」 と諭された。このような家に育った僕からすれば、家族ぐるみでひとりの候補者を推すなどは非常な異文化に思われる。お揃いの帽子をかぶり、旗を振ってワーワー騒いでいるアメリカ大統領の予備選挙の様子などをテレビで見ても 「なにをそんなに夢中になるのか」 と不思議な気分がする。

「誰に入れてくれ」 「かれに入れてくれ」 と言いに来られても、ウチの場合は事実上の 「糠に釘」 である。

何週間か前にある店で 「ナマ」 と注文し、しかし出てきたものを飲んだらこれが生ビールではなく 「生ビールの外観を模した発泡酒」 だったため 「ダッフンだ」 と思った。以来、トロリとしたギネスビールの生を飲ますイトーさんの店に行きたくて仕方がなかったが生憎とその機会に恵まれなかった。終業後に 「30分ならヒマがある」 と考え、それほどの距離ではないが生来の短気にて自転車に乗り、相之道にあるイトーさんの店 "Johnny's cafe 638" へ行く

僕が黄金色のビールと黒ビールを混ぜた "half and half" を飲んでいるカウンターに、イトーさんは黒ビールを注いだ自分用のグラスを運んで座った。ビールを飲むと頭が半ボケになる。これから仕事だというのに大丈夫なのだろうか、と他人事ながらすこし心配をする。

ビールは1杯だけにして帰宅し、今度は芋焼酎 「無月」 のお湯割りを飲む。「きのう買った生わさびを早く使っちゃわなきゃ」 との理由から、晩飯は鮪とホタテ貝とイクラの丼になった。海鮮丼のメシは、つぶれたイクラの脂が流れ落ちる底の方へ行くとなおさら美味い。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0821(日) なぜ蕎麦の香りがする?

「3時30分に目が覚めたことを幸いに」 はきのうのことだ。今朝は3時30分に目覚まし時計の電子音に起こされ、製造現場にて小一時間ほど作業をする。その後、事務室へ移動していつものよしなしごとをし、5時30分に居間へ戻る。家内はテニス部の朝飯の用意だと言って、6時前からキャンプ場へ出かけていった。

朝飯は、塩鮭とジャコによる2種のおにぎり

11時30分に今度は僕がキャンプ場へ行き、リクリエイションを終え解散をした合宿から次男を引き取り帰宅する。世話をしてくださったコーチ、父母の方々には厚く御礼をしたい。

「午後はプールに行く」 という次男に許可を与えずシャワー浴びさせベッドへ向かわせると、そのまま3時間も昼寝をした。きのうは、否今朝は2時まで起きて遊んでいたらしいので 「来年の合宿は早く寝ろ」 と言う。

初更、2階のワイン蔵へ行くと、シャンペンは 「モエ」 のマグナムが3本、普通の容量では 「ドンペリニオン」 3本と 「ヴーヴクリコ」 2本の他は "Alfred ROTHSCHILD et Cie BRUT 1990" 1本があった。その1本を居間へ運び抜栓する

トマトと枝豆の冷たいスパゲティは、ソースに微量の醤油を使っている。これにバルサミコが加わると麺に蕎麦の香りを感じるから不思議だ。「蕎麦の香り」 であれば生わさびを擦ってここへ加えてみる。もちろん悪くない。別途、茹でたオクラを添えた秋刀魚のオリーヴオイル焼きも酒肴とする

入浴して牛乳を200CCほども飲み、「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」 をすこし読んで10時に就寝する。


 2005.0820(土) このキャンプ場はなかなかいいよ。

3時30分に目が覚めたことを幸いに事務室へ降り、顧客名簿を更新する。その最中の、コンピュータが自分で勝手に動いているところでは、せわしなく動き回るディスプレイをただ見ていても退屈をするばかりだ。「複写 写真時代」 の末井昭の文章を読む

6時30分に4階へ上がると家内は既におばあちゃんの居間の窓を開け放ち、仏壇に水や灯明、線香を上げ終えていた。「大力納豆」 の 「辛味納豆」、胡瓜のぬか漬、なすのたまり漬、メシ、万能ネギと茗荷を薬味にした餃子入り味噌スープの朝飯を済ませても今日はいまだ7時にならない

午前は丸山公園のテニスコートと会社のあいだを行ったり来たりし、午後は家内が 「日光だいや川公園オートキャンプ場」 と会社のあいだを行ったり来たりし、つまりこれはテニス部の合宿の手伝いなのだが、いかんせん商売があるため途切れとぎれの協力しかできない。

夏時間につき普段よりも1時間遅く店じまいをしてオートキャンプ場へ行く。このキャンプ場は大谷川沿いの赤松林を拓いて造成したもので、何年か前にここへ泊まり目覚めて窓外の緑を見たときには、野尻湖の外人村にあるコバヤシヒロシ君の家の別荘で過ごした幾夏かに戻った気がした。つまりここは、僕にとってはすこしく現実離れをした場所である。

子供たちは既にして夕食を済ませ、夜間照明のあるテニスコートで更に練習する上級生組と、シャワーを浴び休息する下級生組とに分かれてそれぞれの時間を過ごしつつあった。キャンプサイトでカレーライスを食べるなどは断酒の絶好の機会にて、きのうに続いて飲酒を避ける

余ったメシにておにぎりを作る仕事を家内が終えたのは8時30分のころだっただろうか。三菱シャリオで数キロの道を戻り帰宅する。シャワーを浴び 「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」 をすこし読んで10時に就寝する。


 2005.0819(金) 文字のつぎ足し

目を覚まし 「もう4時ごろにはなっているのだろうか」 と洗面所へ行って100円ショップで売っているような小さな時計を見たらいまだ0時30分だった。牛乳を400CCほども飲み、寝室よりも涼しい居間へ移動して二度寝をする。

5時30分に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は、刻んだ柴漬け、ジャコ、なすのたまり漬、豆腐と椎茸と万能ネギの味噌汁。

午前中に宇都宮へ行き、ふたつの用件を済ませて帰社する。午後は事務室と店舗にいて通常の仕事をする。

初更、居間へ戻ると次男が餃子を作っているその仕掛品による水餃子焼き餃子そして春雨サラダにてメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける。あしたの晩はテニス部の合宿の手伝いだから、ここでもお酒を飲まなければ8月に入って5回目の断酒ということになる。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」 をすこし読んで10時に就寝する。

と、ここまで書いて文字数は420。自ら定めた最低文字数600を満たすためにもう少し続ける。

本日、宇都宮で集金をしたお得意様のお宅は古い歓楽街に接してあり、近くの路地や柳を植えた細い川沿いを歩けば僕にとっての面白い景色はいくらでもある。現在は景気の低迷期にあるから現在のくすんだ街並みがすぐに失われることはないだろうが、それほど時を経ないうちにこの場所の写真を撮っておこうと考えた。

入り組んだ小路に50ミリのレンズは長すぎる。35ミリを使うとすればズミクロンをはめ込んだ 「エムロク」 で、しかしこの組み合わせには光線漏れの疑いがある。とすれば通は 「エムツー」 と呼ぶところの 「エムニ」 のいよいよ出番だろう。先日、事務机右手の防湿庫からこれを取り出し操作したところ、昨年の 「フォトメンテナンス・ヤスダ」 でのオーヴァーホールが効いてか、その動作は同じ場所に置いた 「エムサン」 よりも軽かった。レンズにはフォクトレンダーの35ミリを充てるつもりである。


 2005.0818(木) 相手の欲しがるモノを

4時前に目を覚まし、おばあちゃんの居間へ移動して南西に面した窓を開く。空一面を覆っていると思われた雲も子細に眺めれば、ところどころは薄れて晴れ間が見える。空気は湿気を帯びて、いまだ残暑は始まったばかりなのだろう。ソファへ浅く座り、テイブルへ脚を投げ出して

「高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン」  平野久美子著  中央公論社  \2,520

を読む。

事務室へは5時30分に降りた。いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は、レタスとツナのサラダ、なめこのたまり漬の大根おろし和え、乳茸と茄子の炒りつけ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、焼いたシシトウの鰹節かけ、メシ、茄子と白胡麻の味噌汁

「暑さ寒さも彼岸まで」 であれば、店の入口に貼った全紙の 「涼味在中」 は彼岸の入りまでそのままにしておこうと考える。9月の下旬にこれを外したらただちに岩本京染店へ持ち込み、この4文字を大きく入れた来夏用ののれんの作成にかかってもらう。イワモトミツトシ区長の腕のふるいどころである。

今日はオフクロがいないので外でメシを食おうか、との提案を夕刻になってオヤジがする。外食が続くのは子供の教育上あまり良くないとは思うがせっかくのことなので首肯をすると、オヤジは 「回転鮨とか」 と言葉を継ぐので一瞬 「か、回転? それほど逼迫しているようにも見えないけれど」 と思いつつ黙っている。

回転鮨行きを伝えられた次男は欣喜して 「すしおんどだ、すしおんどだ」 と連呼するが1皿105円均一の 「すしおんど」 は 「元気寿司」 の "poorman's version" にて、さすがにそれは勘弁してもらう。

長男は14:36発の上り特急スペーシアで甘木庵へ戻ったから初更、オヤジと家内と次男との計4人で "JUSCO" の先の 「元気寿司」 へ行く。回るベルトから次男が真っ先に取ったのはポテトフライだった。「相手の欲しがるモノを相手の目の前に差し出すのがマーケティングです。簡単ですよ」 との、年長の友人シミズノブヒロさんの言葉を思い出す。狭い車庫に対応してサイドミラーが電動で格納されるジャガーも、赤ん坊が小便を洩らすと色を変えてそれを知らせる紙おむつも、だからすべてはマーケティングの産物なのだろう。

帰宅して入浴し、缶ビールを120CCほども飲んで9時30分に就寝する。


 2005.0817(水) これが10個あれば

5時に目を覚ます。30分を経ても眠くならないため起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は、4種のおにぎりほうれん草と油揚げの味噌汁

そして昼飯は、あした甘木庵へ戻るという長男に 「だったらフジヤの味噌冷やし、食ってかなきゃダメだよ」 と伝え、しかし長男は熱い味噌ラーメン、次男は子供味噌ラーメンのバター載せで冷やし中華の味噌ヴァージョンを食べたのは僕のみだった

お盆の繁忙は16日までとばかり考えていたが今日も割合に忙しく、午後、ふたつの商品に売り切れが発生する。「エムロク」 で撮り終えたフィルムを 「かみじょうカメラ」 へ現像のため出そうと考えつつ仕事に追われ、機会を逸したまま3日が過ぎている。荷造り係がお盆の休暇から復帰し、15日受注分までの地方発送は夕刻までに出荷が完了する。

閉店後、"google" に 「衆議院選挙」 「栃木県」 とふたつのキーワードを入れ、トップにヒットしたペイジを開くと民主党の栃木県候補者一覧があった。ウェブペイジを持つ候補者にはその名前からホットリンクが設けてあるため最上段の水島広子をクリックすると、繋がった先はドイツのポルノサイトだった。民主党の勝手連によると断り書きのあるペイジにこれだけのミスとは、そうそうあるものではない。

夏生まれの僕とオフクロの誕生会という名目にて初更、オヤジたちとの計6名で会席料理の 「ばん」 へ行く。次男の分はこれまで 「鮪のお刺身と天ぷら、それにごはんで結構です」 などと予約の際に伝えていた、今回は 「おとな6名」 と、ことさらの子供用は頼まなかった。

その次男は普段こそ 「それは食えない」 「これ、誰か食べて」 と偏食傾向にあると見せかけて、しかし今夕は10品すべてを平らげ、特に枝豆の豆腐海老とウニ添え、魚のすり身詰めズッキーニの素揚げ梅肉ソースについて 「あぁ、これが10個あればなぁ」 とはどういうことか

帰宅して入浴し、牛乳を200CCほども飲んで9時30分に就寝する。


 2005.0816(火) 15分?

寝室にいて汗をかいていることに気づき、より涼しい居間へ移動して二度寝をする。5時30分に目を覚まして起床し、事務室へ降りていつものよしなしごとをする。

7時に居間へ戻る。朝飯は、モロヘイヤのたたき、胡瓜のぬか漬、乳茸と茄子の炒りつけ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、ジャガイモとワカメと万能ネギの味噌汁

魯山人は納豆について、これを424回かき混ぜると最も美味いと言ったらしいが本当かどうかは知らない。町内のカミムラヒロシさんによれば、納豆をかき混ぜることにより量を増す糸も、攪拌作業を開始して15分を経過するころにはすっかり消えて、そうなるとこれはトロトロの納豆よりも更に美味いと言う。しかし納豆を15分間もかき混ぜる根気が僕には欠けているため、魯山人の説と並んでこちらの方も確認はできない。

長男が硬式用のテニスラケットを持ち、次男は軟式用のテニスラケットを持ち丸山公園へ向かう。テニスで汗をかけば同じ敷地に市営プールがあるから、家へ帰るころには肌も冷えて良いあんばいだろう。

盆前には充分に用意したつもりだった新製品のアイスがずいぶんと売れてしまい、特に 「しその実のたまり漬アイス」 に至っては残が9個と、明日にも売り切れる勢いである。ちょうど1ヶ月前にこの販売を開始したときには、いったい誰がこの売れ行きを予想し得ただろうか。店舗に置いた冷凍庫の扉を開け、少なくなったその在庫をじっと見る

初更、焼いたシシトウの鰹節かけ枝豆どちらかからいただいた天ぷら、鰹のたたきにて焼酎 「無月」 のお湯割りを飲む。

入浴してなにも飲まず、買っただけで読まない本は蟻塚のように山を為しているが何も読まず、10時前に就寝する。


 2005.0815(月) 牛乳年齢

5時30分に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、乳茸と茄子の炒りつけ、鮭の昆布巻き、グリーンアスパラガスの油炒め、メシ、シジミと万能ネギの味噌汁

天気予報によれば栃木県北部地方の空は朝からぐずつき、午後からは強い雨に見舞われるとのことだったが、幸いにして昼すぎまでは好天が続く

旧盆の3日間は荷造りが止まるため商品の出荷は原則としてしない。ただし以前から到着期日を指定したご注文、またウェブショップや店舗において 「なんとかしてくれ」 と頼まれたご注文については例外として僕がその発送業務に当たる。本日も午後より現場へ籠もり、1時間ほどで十数個の荷物を造る。

夕刻5時をすぎてにわかにあたりが涼しくなる。空が暗さを増し、ほこりくささを帯びた匂いが近づいてくる。やがて静かに雨が降り始め、そのうちそれが夕立のような勢いになり、しかししばらく後にはまた元に戻って1時間後に止む。

初更、家族4人で焼肉の 「大昌園」 へ出かける。20年ほども前までは週に1度は食べたくなり、5年前まではすくなくとも月に1度は通っていたた焼肉への興味をすっかり失ったのは、つまり僕が年をとったということだろう。それでも 「大昌園」 へ出かけていくのは帰省した長男を見て 「あらオニーチャン、すっかり変わっちゃって、いま何やってんの? よその子供がこれだけ大きくなるんだからこっちは年とるわけだよねぇー」 というオバサンの嘆息が聞きたい当方の親心による。

モヤシナムル、オイキムチ、レヴァ刺し×2タン塩×2カルビ×3子袋とホルモン各×1石焼きビビンバ×1ときて折り返し、カルビ×2、子袋×1、上ミノ×1と皿数を増やすテグタンラーメンで締めてフラフラをと店の外へ出てみれば、駐車場はいつの間にか客のクルマでビッシリと埋まっていた。

先日 「その年になってそんなに牛乳、飲むことないのに」 と家内に言われたけれども別段、僕はからだのためにこれを飲んでいるわけではなく、純粋にその味が好きで飲んでいるだけのことだから年齢に関係はない。帰宅して牛乳を飲み、入浴してまたまた牛乳を飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0814(日) 「ナマ」 と頼んだら生ビールをくれ

3時40分に目を覚ます。おばあちゃんの居間へ移動して 「偽ライカ同盟入門」 を読み終え、4時40分に服を着る。

先日宇都宮へ行った帰りにクルマを運転しつつ目星を付けておいた 「写真にしたいもの」 はメモではなく記憶の中にある。事務室へ降り、防湿庫から 「エムロク」 を取り出し外へ出てホンダフィットに乗る。徳次郎地区の少し先まで日光街道を下り、そこから戻りつつときどきクルマを停め写真を撮る。

7時に帰宅して居間へ上がる。朝飯は、柴漬け、ジャコ、ウェブショップで購入した 「大力納豆」 の 「辛味納豆」、生のトマト、スパムを感じさせるソーセージとピーマンの油炒め、メシ、ワカメと玉ネギと万能ネギの味噌汁

2005年の大晦日に年初からの売上金額をソートしたら多分、今日の数字が1番上に来る可能性は高い。本来の商品だけではなく、きのう店の半纏を着た次男が声を張り上げ、しかし1時間に僅々5個しか売れなかった 「たまり漬アイス」 が朝から 「8個ください」 「10個ちょうだい」 と、次々に売れていく。小学校のころの友達が家族を連れて帰省し、「よぅ」 などと買物に来てくれる、その相手もゆっくりできずに申し訳なく思う。

本酒会員にして同時に古刹 「如来寺」 の住職を務めるクワカドシューコーさんが午後、しっかりと法衣を付けた男の子を伴ってお経を上げに来てくれる。訊けば息子さんは中学1年生とのことにて大いに感心をする。中学校2年で内村鑑三の 「後世への最大遺物」 を読んだ長男の感想文に 「後世への最大遺物とは実に、子供だ」 というところがあったけれど、ホントだよね。

すこし前にある店で 「ナマ」 と注文し、しかし出てきたものを飲んだらこれが生ビールではなく 「生ビールの外観を模した発泡酒」 だったため 「ダッフンだ」 と思った。僕は普段はあまりビールを飲まないが、本日の湿熱と先日の 「ダッフンだ」 が作用して上出来の生ビールが飲みたくてたまらない。ところが本日は日曜日にて、トロリとしたギネスビールの生を飲ますイトーさんの店は休みである。仕方なく缶ビールを "Hoegaarden" の大きなグラスに注いでみる。当然のことながら生ビールの味とは全然ちがう。

枝豆どちらかからいただいた山菜おこわ、海老、シシトウ、舞茸、茗荷の天ぷら、乳茸と茄子の炒りつけ、同じくそれを具にしたつゆによる素麺と進みつつ飲みものをビールから芋焼酎の水割りに替える

シャワーを浴びて牛乳を400CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0813(土) あいさつ

5時に目を覚まし、おばあちゃんの居間へ移動して 「偽ライカ同盟入門」 の最終ちかくにある田中長徳と片岡義男の対談を読む。

「(レンジファインダーも)使いましたよ。でも、あんまり楽しくないですね。ファインダーの見え方が、つまらない。一眼レフのほうが、人工的な感じで見えるのが好きですね」

との片岡の意見に田中が思わず膝を打つ場面はこの本の白眉で 「なるほど面白いなぁ」 と思う。一方、他の媒体で田中は赤瀬川原平による 「一眼レフは新劇、レンジファインダーは歌舞伎」 との物言いにも感心していたように記憶するが、一眼レフとレンジファインダーをめぐるこのあたりについて、田中の感受性に矛盾はないだろうか。

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は、ふりかけ、鮭ジャコ、明太子の4種のおにぎり

昼前に税理士のトール先生より、またも乳茸をいただく。先生によればきのうの乳茸は我が町の小百地区で採ったもの、今日の乳茸は藤原町の三依地区で採ったものだという。あしたあたりにはまた、この茸と茄子を具とする素麺を食べることができるだろう

昼飯は鶏挽肉と鰹節でとったダシを冷蔵庫で冷やし、それに稲庭うどんを沈め、細切りの胡瓜、茗荷、大葉を薬味としたもので、前にも書いたことがあったと思うけれど、この冷やしうどんを出す飲み屋があれば、行くたびに僕はこれを注文するに違いない

食休みが済むと、いまだ残る宿題のうちの習字を次男は始めた。漢字の書き順が違うとか、計算の答えが違うとか、勉強に取り組む姿勢がふざけているなどの理由では子供を注意するけれど、およそ習字については僕は、はじめの1枚よりこれを 「素晴らしいですねぇ」 と褒めて更に練習することを強いない。それは僕が手本のままに、あるいは人から指図された通りに物ごとを行うことが苦手かつ嫌いなためで、だから僕は音符に従って弾くという意味において、ピアノの練習も大嫌いだった。

ところが長男は僕よりもよほど素直で、つまり次男の書く筆文字にいつまでも納得をしない。結局のところ習字の練習は数時間に及び、そして遂に次男は最期の1枚にとりかかる

夕刻が近づいて、その長男と次男は如来寺のお墓に出かけ、墓前に灯した蝋燭より取った火を提灯で持ち帰った。そしてこれを家の仏壇へ移し、迎え盆が完了する。次男はなお、5時30分より販売係のサイトウシンイチ君と店舗駐車場の端に立ち、新製品の「たまり漬アイス」 を売るが、販売数は1時間で僅々5個に留まった

昨年の夏までは日光街道を閉鎖して行われていた盆踊り大会が、市の予算の関係からかことしは開かれない。そのかわり 「にぎわいのあるまちづくり研究会」 という団体による盆踊りが春日町1丁目の 「市縁ひろば」 で開催されるため、閉店後に家族4人で出かけてみる。踊りそのものは関係者の挨拶が長引いてなかなか始まらないが当方は別段、それでかまわない。同広場に 「本酒会」 のワガツマカズヨシ理事が出店した蕎麦屋へ向かい、盛り蕎麦×1、天ぷら蕎麦×1、なめこおろし蕎麦×2を注文してこれを食べる

入れ替わり立ち替わりマイクを握る関係者の挨拶はなお続いている。露店にて焼そば竹輪と茄子の天ぷら焼きソーセージを購いこれを家へ持ち帰って炊きたてのメシのおかずとする

食後に400CC、入浴後に300CCの牛乳を飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0812(金) カメラのはなし

5時に目を覚ます。おばあちゃんの居間へ移動して窓を開け、しかしきのうの夜気とはことなり朝の空気を入れる。「偽ライカ同盟入門」 を30分だけ読んで事務室へ降り、熱いポーレイ茶を飲みつついつものよしなしごとをする。7時に居間へ戻る。

朝飯は、シソの葉の紫色のない柴漬け、「丸赤」 の極辛塩鮭、大根の柚こぼし、白菜キムチによるお茶漬け

先月25日の日記に 「いつ出る? "RICOH GR" のデジタル版」 と書いたところ、信頼できる筋によればそれは9月と、以前ある会合で知り合った、リコーの 「かなり上」 と思われる人が教えてくれた。そのときには差し障りのあることを配慮してここには書かずにいたが、本日、リコーのカメラ部門における社外相談役ともいうべき田中長徳の日記を見に行くと

「昨日の午後は新横浜のリコーにて新製品お披露目会があった。ただしまだ内々のものである。リコーの新型機は期待できる。今までの 『目まぐるしいデジカメの新製品交代劇』 に一矢を報いた感あり。発売告知は30日。新製品発表会は9月13日」

との書き込みがあった。果たしてその仕様、デザイン、価格はどのようなものだろうか。"Olympus Camedia C-700 Ultra Zoom" が故障して後も僕はこのカメラの発表を待って、今日までデジタルカメラは買わずにきた。発売直後は値がこなれていないだろうから数ヶ月を経て購入しようとは考えているが、あるいはデジタル機器に特有の "skimming price" を嫌って生産調整を行うようなことも、リコーの戦術にはあるかも知れない。

先日 "Computer Lib" での作業の帰りに神保町のカメラ屋を覗いたところ、新品と思われる箱付きの "RICOH GR21" に、その名にちなんだものか21万円の値札があった。「目まぐるしいデジカメの新製品交代劇に一矢を報いた」 と田中長徳の言うこのカメラも買えるときに買っておかないと、同様のプレミアがつく可能性は否めない。

一方、銀塩カメラについて。僕が使うライカの中でもっとも新しい "M6" で撮った写真には、以前から気にしていたゴーストがこのところ多く見られるようになってきた。そこで日暮里の 「フォトメンテナンス・ヤスダ」 にメイルで問い合わせたところ、たぶん光線漏れと思われる、電話番号を教えてくれれば詳細を訊くし、あるいはそのカメラを送ってもらっても構わない、いずれにしても改めての試写が必要との、強面のヤスダさんからは想像もつかない丁寧な返信が戻った。

電話で説明をしても隔靴掻痒の感は否めないだろうし、問題の 「エムロク」 の中にはいまだ撮影途中のフィルムも残るところから、次に東京へ行く際に直接これを日暮里へ持ち込もうと考え、その旨のメイルを返す。

初更、"Mouton Cadet Blanc Baron Philippe Rothschild 2002" を抜栓する。新得農場の 「レラ・ヘ・ミンタル」 を口の中でグジャグジャと噛んで唾液と混ぜ合わせるとまるで自分が牛になったような気分になるがもちろん、これは褒め言葉である。長男がこの白ワインとチーズを電子レンジで温め攪拌し、数ヶ月前よりチーズフォンデュを食わせろと言い続けた次男がようやくこれにありつくこんがりと焼いた軽いパンジャガイモとツナとレタスのサラダ鰈のムニエルにて少々ワインを飲み過ぎる

入浴して今度は牛乳を300CCほども飲み、10時前に就寝する。


 2005.0811(木) こころくばり

2時20分に目を覚ます。おばあちゃんの居間へ移動して窓を開け夜気を入れ、「偽ライカ同盟入門」 を開く。例によりこの本を読むと眠くなるため30分ほどして寝室へ戻る。二度寝をして気がつくと6時30分になっている。即起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は、茄子の塩水漬け、大根の柚こぼし、納豆、メカブの酢の物、トマト入りのオムレツ、茹でたソーセージ、刻みオクラの胡麻和え、メシ、豆腐とワカメと万能ネギの味噌汁

ウェブショップのトップペイジをお盆直前のものに更新しているところへ税理士のトール先生が来て、自ら採取した乳茸、農協の出張所で求めたとおぼしき茄子をくださる。先生は炒りつけを作る際の乳茸と茄子の刻み方を僕にレクチャーし、おまけに泡盛の4合瓶を取り出して 「これも飲んでくんな」 と言うのだから至れり尽くせりである。

家庭菜園で収穫したジャガイモによるコロッケを行きつけの病院の看護婦さんたちへ配って歩く際には必ず刻みキャベツを添えるアンザイ畳屋のオヤジもそうだが、こういう心配りのできる人は大抵、女にモテる。

正午を過ぎて、やはり午前中に町内のハガさんよりいただいた稲荷鮨とカボチャの煮物、「要冷蔵」 にもかかわらず長男が朝鮮半島より海峡を越え下関から甘木庵へ至るまでの数日間を持ち歩いた冷麺による昼食を食べる。その冷麺は辛うじて、大丈夫のようだった

初更、乳茸と茄子の炒りつけほうれん草の胡麻和え鰻のひつまぶし茄子の塩水漬けと大根の柚こぼし豆腐とオクラの吸い物を晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0810(水) ウェブ日記の適正文字数

疲れているのか5時45分にようやく目を覚ます。「疲れているのか」 とはいえ疲れるようなことは何もしていない。昨夜はかなり激しく雨の降るひとときがあったらしい。今朝の窓の外には一面の霧があって、100メートル先を見ることもおぼつかなかった

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は、納豆、スペイン風目玉焼き、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、メシ、ワカメと万能ネギの味噌汁

9時を前にしていまだ霧の晴れない、ヘッドライトを点けたままのクルマが走る春日町交差点を渡ってようやく 「加藤床屋」 へ行く。"Computer Lib" のマヒマヒ社長は髪を切る日もコンピュータのスケデュール管理に従うらしいが僕の場合は年中無休の勤務にて、いちど機会を失うとズルズルとその日が先延ばしになることもある。

あれやこれやするうち夕刻にいたり、7月の末より東京、三浦海岸、鎌倉、名古屋と移動を続けた長男と次男を迎えに下今市駅へ行く。

初更、卓上に水菜を煮る。その鍋にて豚の薄切り肉をシャブシャブにする。僕は豚はほんの少しにし、むしろ湯波などを多く食べたいけれども今夜の鍋にそれはない。肉は早々に切り上げ茄子の塩水漬け、大根の柚こぼし、韓国海苔にてメシ1杯を食べ、芋焼酎 「無月」 のお湯割りを550CCほども飲む。

入浴して本は読まず、9時30分に就寝する。

「それにしてもウェブ日記はせいぜい、この600文字までがいいね、これより長くちゃ読む人も少ねぇだろう、もっとも日記は人のためじゃなく自分の好きで書いてんだけどさー」 というようなことをこの日記を書き終える際に考える。


 2005.0809(火) もう秋だぜ

0時30分に目を覚まし、読む本といえば 「偽ライカ同盟入門」 だが、若いころのものはとにかくとして最近の田中長徳の文章はますますワケが分からないからすぐに眠くなる。枕頭の灯りを点けたままいつの間にかこの本を腹の上へ伏せ眠っていることに気づき、すぐに二度寝に入る。

5時30分に居間へ行き、しばし竹の敷物に寝ころんでいると、窓から窓へと吹き抜けていく風は涼しいというよりもむしろ寒く、飛ぶ鳥の声はまるで耳元でさえずっているように大きくかしましい。「もう秋かぁ、やだなぁ」 と思いつつ起きて事務室へ降り、いつものよしなしごとして7時に居間へ戻る。

朝飯は、ほうれん草の油炒め、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、納豆、メシ、焼き鮎と三つ葉の味噌汁

鮎の味噌汁には胡瓜を合わせたかったが、家内によれば買い置いたそれは僕がひとりでいるあいだに傷んでしまったらしい。ところで鮎でとったダシとはどのようなものか、今朝味わったところによれば淡く爽やかな上品さを帯び、だから味噌汁よりはむしろ吸い物にふさわしく思われる。こんどカンちゃんに鮎をもらったら、その一部はワタを抜いてダシ用の干物にしてみようと考える。

日中、事務室の前に蝉が仰向けに墜ちて日を浴びている。手をさしのべると急に蘇生したようにフラフラと空へ上がっていったがもう長いことはないだろう。しばらくしてまた外へ出ると、こんどはオニヤンマが緑の目を光らせながらも羽をバタバタと動かしつつ地面を這いずり、遠くないその死をかぎつけたか、蟻たちがまわりを忙しそうに行き交っている。ここでもまた 「もう秋かぁ、やだなぁ」 と思う。

晩飯は、鯛の刺身とベビーリーフのサラダ、昨夏、長男がフランスから買って帰ったトリップにトマトを合わせた煮物フランスパン、長くバキュバンで栓をし、ワイン蔵に保管をしておいた赤白のワイン。柔らかいバターはパンに塗りやすくするため熱を加えたものとばかり思ったが、残暑の高い気温により自然にそうなったものらしい

シャワーを浴び、牛乳を300CCほども飲んで9時30分に就寝する。


 2005.0808(月) ミス発見器

5時に目を覚まし、「偽ライカ同盟入門」 を読んで5時30分に起床する。

おばあちゃんの居間の窓を開けるとか、仏壇に灯明や水や線香を上げというようなことをしつつある6時10分に鳴った電話により受けた要請を処理するため、今朝の床屋行きを断念する。解決したはずのことが相手の不理解によりむしかえされ、それを因みとして当方の時間が浪費されるとは、合理主義者の僕にはどうにも釈然としない。

なお、僕は合理主義者の一方で時間を濫費することも嫌いではなく、しかしそれは自分の時間を自分で無駄にしているのだから、こちらについては気分が悪いということもない。もっとも 「あなたの人生に自分の時間など1秒もありません。そのすべては神様からいただいたものです」 と言われれば、これは返す言葉もなくただ頭を垂れるばかりである。

事務室へ降りてきのうの日記を書くうち 「『雑司ヶ谷短信』 で検索エンジンを回す人がいたとして、そこにこの日記がヒットするようなことがあれば 『あのバカがなにを書いているのか』 と感じる例も出てくるだろうなぁ」 との考えが頭に浮かび、試しに "google" へ 「雑司ヶ谷短信」 と入れてみたら先月の 「清閑日記」 が第1位にヒットして 「ウッギャー」 と思う。できるだけ大勢の人が自分のウェブログにこの本のことを書き、僕を目立たなくさせてくれれば有り難い。

来年の当番町に備え、安いプジョー1台分ほどの現金を、午前中に来社したイワモトミツトシ春日町1丁目区長、タケダショウジ会計より受けとる。ちなみに 「安いプジョー」 とは自転車のプジョーではなく自動車のプジョーを指す。本日できたばかりの当座預金へこれを収め、ひと区切りがつく。手書きと電卓による計算を必要とする点において僕は紙の金銭出納帳を好まないが、これを記帳しないわけにはいかない。マクロを仕込んだディスケット1枚を、ミス発見器としてとりあえず準備する

初更、茹でた枝豆生のトマト、冷や奴、乳茸と茄子の炒りつけ、ほうれん草のおひたし経師屋のカンちゃんが釣って持ってきてくれた鮎の塩焼きにて芋焼酎 「無月」 のお湯割りを飲む

シャワーを浴びて今度は牛乳を350CCほども飲み、9時30分に就寝する。


 2005.0807(日) 「酢ぅ大好きだから」

ふと気づくと居間の、竹を細く割いた夏の敷物の上で眠っていた。寝室へ移動をして二度寝に入り、5時に目を覚ます。即起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをする。

きのう "amazon" から戻ったメイルには 「お客様よりいただいたご意見は、担当部署に報告いたしました」 というものだったから 「それじゃクレーム処理になってねぇわな」 と考えつつ "amazon" の配送状況確認のペイジへ行ってみると、すでにして目立つところに 「一定の大きさおよび厚さ以内の商品は、メール便にてお届けしています。メール便の配送状況は、アカウントサービスからオンラインで確認することができませんのでご了承ください」 との説明がある。「お客様のご意見により、これこれの部分を書き換えました」 との事後説明が無いのは手落ちだが、それにしても恐るべし "amazon" の仕事の迅さ。

これにくらべてヤマト運輸が商品の決済代行をする 「クロネコ@ペイメント」 は、2005年になってもカードの有効期限を入力するプルダウンのデフォールトに2004という数字が置かれたままで、これについてはことしの正月にクレームを発したが、9月もちかくなろうとしている今に至っても訂正は為されていない。

9時に春日町1丁目公民館へ行き、テントやテイブル、大はドラム缶を半分に切ったバーベキュー用のコンロから小は針金にいたるまで大量の品を役員や有志たちとトラックで春日町公園へ運ぶ仕事にあたり、「忙しくなったら呼ぶように」 と言い置いたイリエチヒロさんからの電話でいったん会社へ戻る。

町内の広報誌へ載せるための写真を撮るのが僕に割り当てられた役割で、そのため11時すぎに公園へ行くと、いまだあれこれは準備中にてふたたび帰社して仕事をする。

「もう流し素麺、はじまってるんですけど」 との、カワナゴヨシノリ前青年会長からの電話が昼を過ぎたところである。子供、お母さん方、長老、肉塊の焼けたところからそぎ切りにして老人の皿へ載せていく学生、実務家、遠くの町まで出かけて御神輿を担ぎ肩を赤く腫らせているオジサンなどで賑わう公園に、フランスとイタリアの赤ワイン各1本を提げ駆けつける。

流し素麺を食べるのは僕の48年の半生で、いや人生の半分はとうに過ぎているからもはや半生でもないだろうが、いずれにしても初めての経験である。その流し素麺は次から次へと目の前を通過していくため、これを捉えようとするうちのど元まで食ってしまうことを知る

素麺を食べ、焼きそばを食べ、おととい下ごしらえをした肉を食べ、ワインを飲み、スイカ割りの写真を取ったところでみたび会社へ戻る

5時をすぎてユザワクニヒロ青年会長より直会が始まった旨の電話をもらうが当方にはいまだ仕事がある。6時30分に店を閉め、取り急ぎシャワーを浴び、「グッヘー、今日も役員の仕事だよ」 と思いながら公民館へ行き、交通災害共済の申込書を町内各所に配布する仕分け作業に従う

ガランポンガランポンと雷が鳴る中を自転車に乗り直会が行われている中華料理屋へ行くと、町内の面々は既に外にいて、そのうちのひとりが僕の顔を見て申し訳なさそうに 「もう締めちゃったんですよー」 と言う。「いいの、いいの、どうせひとりで飲むつもりで本も持ってきたんだから」 と答え、街を南東へと下る。

きのう休みだった 「和光」 は今日は開いていた。「吉四六」 のボトルを入れ、これをオンザロックスにする。付き出しは小判揚げと刻み青唐辛子、それにイカをワタごと刻んで煮た品物で、これは田舎臭い味というべきものなのかも知れないがとても美味い

鰹はもちろん刺身ではなく、たたき風に薬味をてんこ盛りにしてもらう。「花火屋の大将」 の最後のところを読んでいると、オカミがトコロテンを出してくれながら 「酸っぱいものばっかりになっちゃったね」 と言うので 「つーかオレ、酢ぅ大好きだから」 と答える。本日3度目の 「頼まなくても出てくるもの」 は青唐辛子の味噌和えで、これは手強い肴だ。強烈な辛さを冷たい焼酎でいやしつつ遂にこのひと品を完了し、勘定にする。

雷の音と光はいまだあるが雨はほどんと降っていない。8時すぎに帰宅し、シャワーを浴びて以降のことはよく覚えていない。


 2005.0806(土) 牛乳瓶1本分

5時に目を覚まし、「偽ライカ同盟入門」 をすこし読んで5時30分に起床する。

長男のために注文した本についてはきのう、出荷完了のメイルが "amazon" より届いた。そこに記載のある 「現在の配送状況の確認方法」 に従い進んで行くが途中から先はワケが分からない。「佐川」 のメール便を使っていることは知らされていたため、同社の検索ペイジへ行くと、メール便の検索はできないと断り書きがある。

そこで 「ということであれば、少量のご注文の場合には送料を節約するため検索不能の佐川メール便でお送りしていますと、説明の文言を変えるべきだ」 とのクレームを "amazon" へ送付する。

朝飯は牛乳400CC。僕からすればこれは朝飯断ちのたぐいだが、世間の相場からすればこれも朝飯のうちだろうか。

来年は当番町となる春日町一丁目の寄付集めは今日から始まる。午前中にイワモトミツトシ区長以下4人の面々が来社してしばらく歓談ののち、オヤジが寄附帳に金額と署名を書き入れる。みなが腰を上げる段になってちとヒマはないかと区長に訊かれ、少しならと答えると、いわゆる "hard negotiation" が必要な家に限って同行を頼みたいという。

その同行した先にて 「カネ集めたって、どうせお前ぇらが飲んじゃうんだんびゃ」 などと言われ、イワモト区長がかねてより予想していた金額の下限で落ち着きそうなところを僕が横から口を挟み、当初の5割り増しの現金を入手する。僕はまぁ、体の良い 「蝙蝠安」 の役を演じたわけである。

午後に "JUSCO" へ行き、あしたの納涼祭に使うスイカ4個、キャベツ6個、万能ネギ10把、枝豆相当量、生姜適当量を選ぶうち最も大きなカートが満杯になる。それらを三菱シャリオへ載せ帰社して仕事へ復帰する。

"amazon" からは4時前に 「お客様よりいただいたご意見は、担当部署に報告いたしました」 との返信が戻った。

初更、残りペイジもわずかになった 「花火屋の大将」 と、これを読み終えたときの予備として 「偽ライカ同盟入門」 を自転車のカゴに入れ日光街道を下る。小倉町の砂利道の路地を抜けていくと、ここで飲もうとしていた 「和光」 に休みの札が出ているため 「困ったなぁ、どこ行こうかなぁ」 と考えつつ東郷町の通りへ出ると 「味楽来(みらくる)」 という焼鳥屋がある。「へぇ、知らなかった」 と自転車を停め、その引き戸を開ける。

店へ入ってはじめて、ここがむかし 「養老乃瀧」 だったことに気づく。天理高校と国士舘高校による、甲子園での延長戦をテレビが放映しているため本は開かず、中ジョッキの生ビールを飲む。付き出しは大きな皿に盛られたサラダ、ラタトゥイユ、ペンネ、鶏もつの煮込みという豪華版だった。

2番目のお酒として、泡盛 「萬座」 の2杯分をいちどにグラスへ入れるよう注文する。底面積の広いオンザロックスのグラスの底に1センチほど注いだ、いかにも洒落たつもりの演出が僕は嫌いである。ところがところが、この店の 「2杯分」 が運ばれてみれば、グラスはやはり安定の良さそうな筒型のものだったが、ここに泡盛が並々と注がれて多分、牛乳瓶1本分の容量はあるのではないか。

冷やしトマトを肴にこの重いグラスを持ち上げ傾け、野球は終わったからテレビは自分で消し、先ず 「花火屋の大将」 を読み始めると、同じカウンターに座った人物から 「あれ、ウワサワさんじゃないの」 と声をかけられる。声の主は中学校のころに英語を教えてくださったカミヨシハラ先生だった。それほど落ちすぎない数十分間のヨタ話を先生と交わし、8時すぎに帰宅する。

そしてそのあとのことは、よく覚えていない。


 2005.0805(金) 分かる文章と分からない文章

4時に目を覚まし、「雑司ヶ谷短信」 の下巻を読み終えて5時前に事務室へ降りる。シャッターを上げて外へ出れば、この時間に朝日新聞は届いているが、日本経済新聞はいまだ新聞受けに見えない。いつものよしなしごとをして7時に居間へ上がる。

自分で整えた朝飯は、乳茸と茄子の炒りつけ、モヤシと豚肉の胡麻油和え、ほぐし塩鮭、メシ、人参とゴボウと万能ネギと油揚げの味噌汁

午前中、所用にて宇都宮を訪なう。すぐに折り返しての帰り道に取引先へ寄って必要な注文をする。

午後1時30分をすぎ、きのうに続いて蕎麦の 「糸屋」 へ行く。今夜は酒と共にメシも抜く予定にしているからちと多めに腹へ入れておこうと、麦とろ飯と盛り蕎麦と温泉玉子のセットを注文し、これをあっけなく平らげる。

晩飯を抜こうとしたのは、閉店から町内の用事で集まるまでの時間が30分しかないためで、店の後かたづけを計算に入れれば、その余裕は更に短縮されてメシを食うどころではない。不規則な食事時間に慣れている人は、いつでもどこでも何かをつまむとかサラサラと流し込んで済ませるのだろうけれど、どうも僕は、そのようなことにはなじめない。

店を閉め取り急ぎシャワーを浴び、テニスパンツと白いTシャツを着て春日町一丁目公民館へ行く。あさっての納涼祭に備えてニンニクの皮を剥きあら切りにする。これを別途、ナイフで無数の穴を空けた8キロの牛塊ふたつに押し込んでいく。この作業は肉塊に塩と胡椒を擦り込みビニール袋に固く包み込んで完了した。

お母さん方や子供たちが帰った後は、残った4人ほどでヨタ話よりはすこし真面目な話をし、9時30分に帰宅する。

ふたたびシャワーを浴び牛乳を300CCほども飲み

「偽ライカ同盟入門」  田中長徳著  原書房  \1,680

を読む。70年前に書かれた羽仁吉一の随想はすんなりと脳に浸透し、しかしここ1、2年のあいだにしたためられた田中長徳の文章がさっぱり分からないというもの面白い。そのさっぱり分からない部分が一時的にしても去り、著者と東儀秀樹との対談に移ったところで 「いやぁ、こっちは楽だわ」 と一息ついて10時30分に就寝する。


 2005.0804(木) 俗説風説

5時30分に起床する。身支度を調え長靴を履き、目と鼻の先にあるユザワクニヒロ青年会長宅へ6時前に行く。カワナゴヨシノリ前青年会長は既にしてトラックの横に立っていた。ここにオノグチショーイチ頭も含めた4人で瀬川地区にあるウチの林へ行き、春日町1丁目の納涼祭に使う孟宗竹を採取しようとする

竹林にはヤブ蚊が多いということをうっかりと忘れていた。顔や半袖のシャツからはみ出た腕をかなり刺されつつ流し素麺に使う太いもの数本、七夕の笹と竹馬にする細いもの数本を伐ってトラックへ載せ、ふたたび旧市街へ戻る。

日光街道から湯沢歯科医院の駐車場へ入ろうとしてガツンと止まる。助手席から上目を遣えば、トラックの前方にかなりはみ出した竹の先端が通りの角にある星野産婦人科の軒先を直撃し、漆喰の壁や梁の小破、瓦屋根、トタン屋根の大破と、「一体、何人の専門家を修理におもむかせれば良いのでしょうか?」 というほどの被害を与えている。

トラックを運転していたカワナゴヨシノリさんは唖然、後ろを見れば別のクルマに乗ったユザワクニヒロさんとオノグチショーイチさんは大笑いしたいところを大人の自制心にて苦笑いに留めている。とにかく、人が怪我をしたり死んだりの事態にならなかったのは幸いである。

ユザワクニヒロさんが星野院長宅の呼び鈴を押しても応答がないため、とりあえずはトラックから竹を降ろし、これをふたつに割ったり短く切ったりの作業を行う。やがて開店から逆算してメシを食わなくてはいけない時間が迫ったため、僕だけはその場を中座する。

朝飯は、茹でたハム、目玉焼き、グリーンアスパラガスの油炒め、刻みオクラの胡麻かけ、メカブの酢の物、茄子の塩水漬け、納豆、メシ、胡瓜と茗荷と万能ネギの味噌汁

きのう甘木庵にて日本経済新聞の書評欄を長男から手渡された。そこにある

「東京大学のアルバート・アイラー」  菊地成孔・大谷能生著  メディア総合研究所  \1,680

を本日、「西研究所」 による 「子供MG」 の手伝いを終え鎌倉の家内の実家へ移動する長男を宛先として "amazon" へ発注する。

初更、自転車に乗って日光街道を南下する。途中で左に折れ坂を下り 「陶」 へ行く。

「蕎麦は噛まず呑み込んだ方が美味い」 との俗説を僕は信じない。蕎麦はよく咀嚼した方が明らかに美味い。そして 「蕎麦は消化に優れる」 という風説も信用しない。蕎麦を食うと後々まで腹は減らない。本日の昼飯は鎌倉へ行く家内を駅まで送りがてら 「糸屋」 で辛味大根蕎麦を食べた。だから午後7時を過ぎても僕は空腹を覚えていない。

冷やしトマト、冷や奴、辛味噌もろきゅう、筋子おろしという腹に溜まらない肴にて芋焼酎のお湯割りを飲む。これらの画像をカメラへ収めようとして、ディスプレイに 「カードが入っていません」 の赤文字を見る。丸谷才一のヨタ話 「花火屋の大将」 を10ページほどもこなし、ふたたび自転車に乗って帰宅する。

シャワーを浴びて牛乳を300CCほども飲み、こんどは 「雑司ヶ谷短信」 の下巻をすこし読んで9時30分に就寝する。


 2005.0803(水) 乳茸と停電

何時に起きたかはコンピュータに記載がないため思い出せない。「どうでも良いことはコンピュータに記録して、脳の容量はいつでも空けておけ」 という意見もあれば 「コンピュータなんか使ってるから、なにも覚えられねぇんだ」 という意見もある。

僕がつきあいのある、いわゆる職人と呼ばれる人の中には、仕事に際して決してメモを取らない人が何人かいる。「大丈夫? 紙に書かなくて」 と訊くと 「うん、平気」 と答えて事実、決して仕事を過たない。覚えたことも三歩あるいたら忘れてしまう僕からすれば、驚異の仕事術である。

いつものよしなしごとをして7時に居間へ上がる。朝飯は、茹でたハム、スクランブルドエッグ、空心菜の胡麻油炒め、刻みオクラ、納豆、茄子の塩水漬け、メシ、ナメコと万能ネギの味噌汁

必要に際して、撮り溜めたモノクロ写真のうち数十枚をデイタにするため、小倉町の 「かみじょうカメラ」 へ数時間のうち3回も行く。午後に上がったそのCDを同級生サカイマサキ君の会社へ宅急便にて送付する。

「今日はどこの飲み屋へ行こうかなぁ」 と考えていたところ、我が町の小百地区で採ったという乳茸をいただき、今夜は家でこれを食べることにする

焼いた厚揚げ豆腐、空心菜の胡麻和え、メカブと刻みオクラに少々の工夫を加えたもの、"Casa Lingo" の胡瓜のピクルス、乳茸と茄子の炒りつけ、鮪の山かけにて焼酎 「無月」 のお湯割りを飲む。乳茸でダシを取ったつゆにて細めのウドンを食べ、さすがに満腹になる

窓の外にはときおり雷光が見えていたが、そのうちのひとつがどこか重要なところへ落ちたか、一瞬のあいだ旧市街のほとんどが停電し、僕のまわりでは廊下だけが停電灯でほの明るくなる。全市停電とはすこしくロマンティックではあるが、時を置かずに復旧するからそういいう暢気なことも言っていられるわけで、これが数時間も続くと旅先でもない限り、闇に目を見開いて自らの来し方行く末を思っている場合ではない。

入浴してなにも飲まず、9時に就寝する。


 2005.0802(火) 飲み代1,625円

きのうと同じく3時30分に目を覚ます。キッチンへ行き冷たい水を300CCほども飲む。きのうと異なるのは寝苦しさのないことで、28度に設定したクーラーを止めても、窓から玄関へ流れていく外気のみにて充分に涼しい。次男は朝6時30分まで眠り続けた。

朝飯は昨夜、長男がトランペットの練習から戻る途中にまたも寄った 「オリジン弁当」 のおかず5種、メシ、きのう残して冷蔵庫へ入れておいたゴボウの味噌汁。長男はあまった米で昼飯用のおにぎりを作った。

洗濯済みの衣類、本、コンピュータ、韓国土産の冷麺やマッコリなど、家へ持ち帰るべきものをまとめたら手に提げて苦しい量になったため、甘木庵に残置した "Gregory" のザックへこれらを詰め込む。そしてそれを背負い、夏休みに長男が次男に稽古をつけるためのテニスラケットを持ったら、この3日のあいだ穿いているテニスパンツと20年以上前の "Pataloha" も手伝い、金のない遊び人のような風情になった。

湯島天神下にて、これから三浦海岸へ向かう長男次男と別れる。北千住9:40発の下り特急スペーシアを使い、11時すぎに帰社して仕事へ復帰する。

終業後、春日町と朝日町とを結ぶ長い坂を降りて、本酒会でも使う 「和加奈」 へ家内とふたりで行く。小鮎の素揚げは付き出し。他に冷やしトマト、鱧の湯引き、茄子の田楽、豆腐ステーキを預けてある焼酎の肴とし、勘定は合計で3,250円だった。ひとりに均せば1,625円で、これで氷とソーダの分も入っている。本酒会の食事の予算は3,000円だから、道理でたくさん出るわけだ。

1980年代のはじめ、若い僧侶に後ろから腰を押させて寺内の階段を上がっていく永平寺貫首の姿を見たことがある。それと同じ式にて家内の背中を押し、こんどは上りとなった坂を歩いて帰宅する。

シャワーを浴びて牛乳を350CCほども飲み、9時に就寝する。


 2005.0801(月) プール遊び

和室の窓を開け放ち、玄関の戸も薄く開き、和室と玄関のあいだの扉はこれも大きく開いて就寝したが、深夜を過ぎて外気は凪いだようにその動きを止め、寝苦しさから遂に次男が目を覚ます。キッチンへ行き時計を見ると3時30分だった。次男に水を飲ませ寝かしつけ、隣室にあるクーラーのスイッチを入れる。

5時30分に起床していつものよしなしごとをする。次男も目を覚ましたが、もうすこし横になっているよう言う。

きのう真砂町から本郷三丁目へ至る途中の 「オリジン弁当」 で買った4種の総菜、韓国土産の海苔、長男が炊き、また作った味噌汁による朝飯を早くも6時30分に食べる。電子玩具の普遍性とは大したものにて、ハングルの説明書、英文表示のディスプレイにもかかわらず、韓国ヴァージョンの 「たまごっち」 について 「まだ起きないよ」 などと言いつつボタンを操作する次男の手つきは既にして軽やかだ。

次男とふたりで8時すぎに甘木庵を出る。9時すぎに豊島園へ至り、着替えて即プールサイドへ行く。夜明けのころには曇って心配だった天気もようやく青空に入道雲が屹立する夏らしいものになり、当方がなにをしていたかといえば、滞在時間のほとんどは飛び込み台にて費やされた

午後1時にプールを上がってこんどはいくつかの乗り物に乗り、来た道を辿って甘木庵へ戻ると3時だった。シャワーを浴び、室内を幾分か涼しくして次男を昼寝させる。朝からずっと甘木庵にいた長男はトランペットの練習があると、夕刻に外へ出て行った。

寝入ってから2時間半が経っても目を覚まさない次男をさすがに 「昼寝にしては長すぎるだろう」 と起こし、本人の希望に従って本を買うため、本日3度目の地下鉄丸ノ内線に乗って池袋へ至る。「ジュンク堂書店」 に目指す攻略本は無かった。代わりに 「ケロロ軍曹/8」 を買い、これまた次男の希望に従い近くの回転鮨へ行く。

精算のとき女の人が当方の卓上を見ながら 「青いお皿が5枚」 と言うので 「6枚です」 と訂正をする。女の人の名札には外国人の名前があった。僕の心残りはむかし 「浅草橋へはどう行きますか?」 と銀座線の浅草駅で外国人から訊かれて 「駅員に教えてもらってください」 と答えたことで、日本の諸々に慣れない人には、やはり小さなところで親切にしておくべきである。

再び甘木庵へ帰り、再びシャワーを浴びて9時30分に就寝する。