引き算のサーヴィス

「一応、お付けしておきました」 と、その洒落たなりをしたセイルスマンは言った。「約束が違うじゃないですか、他のクルマと替えてください」 と、事を荒立てるのも大人げないと、僕は 「あ、はい」 とだけ答えた。

アルファロメオがイタリア南部の経済振興を目的として、ナポリ近郊に大規模な工場を造ったのは、今から30年ほども前のことだ。イタリア語で南を表す "sud" を車名に用いた "Alfasud" は、この南工場のために設計された、アルファロメオが初めて世に問う、4気筒の水平対抗エンジンを積んだ、前輪駆動の大衆車だった。

僕が目黒区碑文谷のディーラーでこのクルマを受け取ったのは、サイゴンが陥落してから1、2年後のことだったと記憶する。当時の "Alfasud" は、ラジオさえオプションの扱いだった。もちろん僕は、そのオプションを断った。

クルマは、簡素なほど好ましい。ラジオなど無くても、クルマは走る。

ところが僕に手渡されようとしている "Alfasud" には、不要と伝えたはずのラジオが取り付けられていた。「オプションをお付けしても、車両価格は同じです」というのが、その理由らしい。右のフロントピラーには、日本国産のアンテナを固定するためのビスが、ジウ・ジアーロのデザインを台無しにして、ねじ込まれている。

1年を経ることなく、そのビスの周辺からは、僕の予想に違わずサビが広がっていった。サビの侵食が、目に見える範囲に留まることはない。ピラー部の錆は、特にクルマの強度に損害を与える。

大衆車とはいえ、新設計のアルファロメオらしく、前輪にインボードディスクブレイキを装備した素晴らしい動力性能を持つ小さなクルマに触れながら僕は、「付けりゃ良いってもんじゃねぇよなぁ」 と、何十回目かの嘆息を飲み込んだ。

いま、ホンダ "Fit" のカタログを読むと、あえて注文をしない限り、灰皿ひとつ付いてこないことが分かる。「客が望まなければ何もしない」 というサーヴィスを容認し、むしろ喜ぶ人の増えつつある世の中を、僕は歓迎する。

アンテナのビスから腐り始めた雨漏りのする "Alfasud" は、いまどこにいるのだろう? とうのむかしにくず鉄にされて、ミニカーにでも姿を変えただろうか。


Alfasud ti
2002.1001