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清閑 PERSONAL DIARY

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2020.7.12(日) 助け合いの方向

9時に上がった花火の音は、事務室にいても聞こえた。「八坂祭だ」と言うと「えっ、もうそんな時期」と、長男は飛び上がらんばかりに驚いた。

先週の日曜日は、町内の公民館に祭壇を設けた。またカキダレのための和紙を、集まった役員で手分けして折った。そのカキダレは今年の分ではなく、コロナ禍が去るか、あるいはワクチンが開発されるかして、お祭が元の形で行えるようになったときの準備である。

今年4月、総鎮守瀧尾神社の春の大祭は、お囃子もなく渡御の行列もなく、神事のみで静かに終わった。そしてこのたびの八坂祭も、家の前の飾りつけは無し、渡御の行列も無し、御神輿の巡行も無し。今朝は花火は上がったものの、宮司と当番町の三役がクルマで各町内の会所を回って終了だという。

今年の当番町である大谷向町は、戸数も多く、お祭に際しては満々の気持ちで臨んだことだろう。当番町は、12年に1度しか巡ってこない。お祭の大幅な縮小は、12年後に町内の中枢でお祭を仕切るべき若い人の勉強の機会を、ほぼゼロにする。現在の三役は、12年後には引退をしている可能性が高い。

各町内は、お祭に関しては今後ますます、助け合いの方向を目指していくだろう。


朝飯 切り昆布と細切り人参の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、青葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、しょうがのたまり漬、しいたけのたまり炊によるお茶漬け
昼飯 冷やし中華
晩飯 ズッキーニの味噌汁茄子とピーマンの素揚げルッコラと水菜のサラダを添えた鶏の唐揚げとコロッケ大根と人参と胡瓜のぬか漬け、蕪のぬか漬け、甘らっきょう、「渡邉佐平商店」の酒粕焼酎「SEIKAI ALCOHOL 77%」(ソーダ割り)、サクランボのヨーグルト和え、Old Parr(生)


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2020.7.11(土) これは簡単

朝は日記を書いたり本を読んだりする。時には明日の日記も書く。あさっての日記については、よほどの予定でもない限り書かない。音の無い、あるいはせいぜい鳥の啼き声くらいしか聞こえてこない時間は貴重だ。

土、日、月は上澤梅太郎商店が運営する朝食専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日だ。この3日間は、その日の予約に従って、家内は4時とか5時に起きてくる。そして高橋義孝風にいえば「それが天の命令ででもあるかのように」テレビのスイッチを入れる。そうなると、ものを書いたり読んだりは、もうできない。

そういう次第にて僕は席を立ち、今日は料理をすることにする。

きのう製造顧問のフクダナオブミさんに、家庭菜園で採れた唐辛子をもらった。唐辛子とはいえ梅雨の最中のそれはまったく辛くないという。その、艶やかに膨れた紡錘形を水で洗い、縦に二つ割りにして種を除く。そしてフライパンに油を敷き、弱火で炒める。

唐辛子は徐々に丸まり縮んでくる。生らしさの消えた頃合いを見計らってキッチンペーパーの上に移し、油切りをすると同時に冷ます。そして適当な保存容器に収めて「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注ぐ。「朝露」の量が「ひたひた」ではしょっぱくなりすぎるから、半分くらいのところで抑えておく。これで「たまり浅漬け」の仕込みは完了である。

家内は6時に隠居へと去った。僕は「30分だけ」と決めて、ふたたび本を開く。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布と細切り人参の炒り煮、温泉玉子、夏葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、刺身湯波、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 肉味噌納豆うどん
晩飯 冷やしトマト、もやしのナムル、キムチ鍋「渡邉佐平商店」の酒粕焼酎「SEIKAI ALCOHOL 77%」(ソーダ割り)、バナナプリン、Old Parr(生)


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2020.7.10(金) ひさかたの

朝の明るい今ごろは特に、目を覚まして食堂に出れば、即、空を望めるよう、カーテンを巻き上げる。しかしここ数日はその行いを、しばしば忘れた。それはとりもなおさず、空はいつも、鉛色に塗りつぶされていたからだ。

今朝は、ここ10日ほどの例に反して、すこしばかりではあるものの、東の空に明るみがうかがえた。よって両側を本棚に挟まれた狭い廊下を進み、その先にある、北東に面した窓のカーテンを少しずらしてみた。すると東方のオレンジ色の上には雲が層を成し、そこから上手、否、芝居ではないから上手はおかしい、北へ寄ったところには青空さえ望めた。時刻は4時37分だった。

その空の写真を撮り終えて食堂に戻り、既にして書けていたおとといの日記を整える。ただしその最上部に置く画像はいまだ用意できていないから「公開」ボタンはクリックしない。そしてきのうの日記に取りかかり、これをあらかた完成させる。

9時にホンダフィットのハンドルを握り会社を出る。農家を訪ね、ふたつの銀行でそれぞれの用事を済ませる。途中、東武日光線の下今市駅に寄り、次は道の駅で2種の野菜を仕入れる。帰ると時刻は10時になりかかるところだった。空は結局のところ晴れず、また雨が降ってくる。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、舞茸のソテー、切り昆布と細切り人参の炒り煮、ピーマンとスパムのソテー、夏葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、肉味噌、メシ、大根の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 ポテトフライトマトとレタスとアボカドのサラダエリンギのソテーと茹でたブロッコリーと「にんにくのたまり漬」の薄切りを添えたビーフステーキSan Pedro Castillo de Molina Carmenere D.O.Valle del Maule 2018バナナプリン、Jagermeister(生)

2020.7.9(木) それは1982年の

このところ太陽の見える日は一切、無い。きのうの午前には強い雨が降った。それ以外の日々も、止んだと思えばまた降り、の繰り返しだ。

最後の墓参りは先月の23日。お婆ちゃんの祥月命日だった。盛夏には、お墓の花は水を小まめに換えつつ数日のうちに片付ける。しかし日照りのない今であれば、花は雨の中でいまだ生きながらえているだろう。そう考えて、本日ようやくお墓を訪ねてみる。花は、誰かの手により既にして片付けられていた。

自由学園の中等科と高等科の、1学期の終業式は7月17日と、いまだに覚えている人がいる。その人によれば、そのころ梅雨は既にして上がっていることが多かったという。そう言われてみれば僕も、傘を差しつつ帰省をした記憶はない。ただしその数年後、いつまでも梅雨の上がらない夏のあったことは覚えている。

列島の上空に弧を描くようにして前線が停滞している。太平洋の高気圧に押されてそれが北に遠ざかれば、それがすなわち梅雨明け。しかし今年はその高気圧の勢いがさほど強くないと、今朝のテレビの気象予報士は説明をしていた。

「夏をあきらめて」と検索エンジンに入れてみる。それは果たして1982年のはやり歌だった。今年の梅雨明けは、いつになるだろう。


朝飯 納豆、島豆腐と玉子とズッキーニのチャンプルー、茄子と獅子唐のソテー、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、万能葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬、しょうがのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 夏葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け冷やし醤々うどん、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」(お湯割り)、李のゼリーチーズケーキ、Old Parr(生)


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2020.7.8(水) 線状降水帯

仏壇に供える花は白い菊を5輪と決めている。

おなじ日に買った菊でも、その保つ日数には大きな開きがある。菊の、駄目になる形にはふたとおりがある。ひとつは、首のところから90度ほども、いきなり頭を垂れる。もうひとつは、花の中心部から外へ向けて、徐々に黒ずみが広がっていく。

駄目になった菊は、次々と処分をしていく。そうするうち、もっとも寿命の長い1輪が残る。「いまある1輪は、どれだけ保っているだろう」と考えて、小遣い帳を見る。それは果たして、昨月の15日にJR通りの「花一」で購ったものだった。梅雨寒とはいえこの時期に3週間以上も保つとは大したものだ。そして明日こそは新しい5輪を求めようと決める。

2015年9月10日、日光地方は「50年に1度の大雨」に見舞われた。そのころより「50年に1度」は耳に珍しいものではなくなった。「50年に1度の大雨」は毎年、列島のどこかしらで発生をしている。ここ数日のそれは特に、広い範囲に甚大な被害をもたらした。何十年ものあいだ丹精をし続けた農地が一瞬のうちに流される。愛着のある家や会社や生命を維持するために必要な施設を泥流が襲い、その機能を失う。人も勿論、流される。目を覆う惨状である。

「雨よ、早く止め」と祈る以外のことも人間はできる。しかし人間のできることは、あまりに小さい。


朝飯 万能葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、「日光味噌梅太郎白味噌」を練り込んだ松かさ焼き、生のトマト、メシ、胡瓜と若布の味噌汁
昼飯 2種のパン、アイスミルクコーヒー
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ポテトサラダ、焼き鮭、島豆腐と玉子とズッキーニのチャンプルー、胡瓜のぬか漬け、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」(お湯割り)


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2020.7.7(火) 褒美

毎年、2月の後半にタカシマヤ東京店の「老舗名店味紀行」に、また9月の後半にはタカシマヤ新宿店の「美味コレクション」に、それぞれ1週間の出店をさせていただいてきた。今年の2月も、また例年のとおりだった。しかしその直前から広がり始め、いまだに収束しない社会の混乱については、誰もが知るところだ。それを受けてのことだろう、夏から秋にかけての催しに変化が出てきた。

タカシマヤさんでの出張販売に際しては、毎回、お知らせをお客様にお送りしている。その催しに変化が生じれば、お知らせの内容や方法も、それに合わせて調整をする必要がある。

午前、きのう長男と錬った内容を2枚の紙に印刷し、それをコンピュータと共に持って4階の食堂に上がる。「ちかくまで参りましたので、お寄りしてみました」などという人がやたらに来る事務室では、精密な仕事はできない。そして小一時間ほどもかけて「条件付き小計」や「繰り越し演算」や「検索と消去」などを繰り返すうち、端正な結果が得られた。

そういう次第にて昼は「大貫屋」のタンメンを、自分への褒美とする。


朝飯 獅子唐の天ぷら、スペイン風目玉焼き、ホウレンソウのソテー、万能葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、しょうがのたまり漬、メシ、蕪の茎の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 トマトのすり流し、椎茸と菠薐草のおひたし、鰆の「日光味噌梅太郎白味噌漬け」焼き、夏野菜の炒め煮びたし、松かさ焼き、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」(お湯割り)


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2020.7.6(月) 小さなクラス会

自由学園男子部36回生は、この時期にこぢんまりとしたクラス会を企画した。一行は、きのうの午後に日光入りをした。日光や鬼怒川へ遊びに来るときの一番の要諦は、お彼岸、ゴールデンウィーク、シルバーウィーク、紅葉の見ごろなどの、観光シーズンを外して計画を立てることだ。僕はきのう、彼らと街の居酒屋から洋食屋に流れ、楽しいひとときを持った。

幹事のヒラマツシューヘー君は本日、11時30分に「汁飯香の店 隠居うわさわ」を予約してくれていた。しかし一行はそれより数十分もはやく店に現れた。東照宮の見物は既に済ませたという。「クルマで1キロを進むのに1時間」という観光シーズンさえ外せば、誰もが自由自在である。

「熱海館の朝メシは美味い。だからごはんを3杯も食えば隠居の昼メシは苦しくなる」と、彼らには伝えておいた。彼らは「隠居」で、90分ほどもくつろいでくれた。環境にも食事にも過分の評価をいただけて有り難かった。彼らは店で買い物をしてくれた後、4台のクルマに分乗して去った。

それはさておき「隠居」には、下級生は続々と来てくれるものの、同級生はいまだひとりも現れない。誰か泊まりがけで来てくれないか。旅は気楽で忙しくないのが一番だと思う。


朝飯 スパムと空心菜のソテー、しょうがのたまり漬、人参のぬか漬け、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、アイスコーヒー
晩飯 レタスとブロッコリーのサラダ牛すじ肉のジェノベーゼトマトとしらすとブラックオリーブのスパゲティPetit Chablis Billaud Simon 2016ホイップクリームを添えたアースケーキコーヒー


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2020.7.5(日) 泊まりがけ

地元の勉強仲間イトーヒロミさんが、友人のドーゾノアサコさんを「汁飯香の店 隠居うわさわ」にお連れくださった。「隠居」の照明は数十年前の古色蒼然としたもので、部屋は薄暗かった。それを解決すべく採り入れたのが、ドーゾノさんのご主人が経営される「てるくにでんき」の小さなLEDである。

材木屋のコバヤシハルオさんによれば「玄関に続く6畳間、その奥の6畳間はケの部屋、庭に面した6畳間は家族にとってのハレの場、床の間が南面する8畳間は客間。部屋の格は、天井板を観れば分かる」とのことだった。その天井に傷を付けることなく、既存の照明も活かしつつの増光が実現できたのは幸運だった。

午後、事務室にて、人の視線を感じて顔を上げると、自由学園男子部36回生、つまりひとつ下の面々が僕を眺めて笑っていた。彼らのうちのひとりヒラマツシュウヘー君は小さな同窓会を企画して、ひと月ほど前から「隠居」を予約してくれていたのだ。

夕刻、泊まりがけで来た彼らを、帰省中の次男と共に旅館「熱海館」へ迎えに行く。そして計9名にて夕食のひとときを持つ。


朝飯 小泉武夫先生が「100人中103人がおいしいと言う」と自賛する焼き納豆丼、しょうがのたまり漬、胡瓜と人参のぬか漬け、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 「日光の庄」の盛り蕎麦
晩飯 「和光」のあれやこれやそれや。他あれこれ。麦焼酎「吉四六」(ソーダ割り)


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2020.7.4(土) 馬々虎々

「日記は翌日の早朝に書いて、その日の昼に公開する」というリズム、まぁ外来語はできるだけ使いたくないから時間的規則とでもしようか、とにかくそのような規則性を以て日記を更新していた時期がある。しかしここ数年は多く「日記は翌日の早朝に書いて保存し、既に完成しているおとといの日記を公開」している。自分の行動の理由を都度、考えることはしない。多分、在庫の余裕が欲しいのだと思う。

今朝は、おとといつまり7月2日の日記の「公開」ボタンをクリックして後は、そこにも書いた開高健の「玉、砕ける」を読む。そしてその冒頭より、これまで自分が読み違えていたところのあることに気づく。

—–
ある朝遅く、どこかの首都で眼がさめると、栄光の頂上にもいず、大きな褐色のカブト虫にもなっていないけれど、帰国の決心がついているのを発見する。
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という書き出しの「首都」を、僕はこれまでサイゴンとばかり思ってきた。それは多分、開口の一連の著作、および香港の三助が発する「アイヤー」という感嘆詞からの連想に拠ったものだろう。しかし数行先の

—–
焼きたてのパンの香りが漂い、飾り窓の燦めきにみたされた大通りへでかけ、いきあたりばったりの航空会社の支店へ入っていき、東京行きの南回りの便をさがして予約する。
—–

まで読み進めば「首都」がサイゴンでないことは明白だ。あるいは以前に読んだときには、そのような誤読はしていなかったかも知れない。それから何十年かのあいだに、自分の脳が勝手に「変換」を起こした可能性は、ある。

ところで僕は「澡堂」は、台北でしか経験をしたことがない。香港には、いつごろまで存在しただろう。

「玉、砕ける」はむかしの小さな活字によるものとしても、文庫本で15ページたらずの短さだから、端から端まで読んでも30分はかからない。そしてこれを本棚に戻せば、早朝の仕事に従うべく、エレベータに乗って1階のボタンを押す。


朝飯 若布と玉葱の酢の物、スパムと菠薐草のソテー、しょうがのたまり漬、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダチーズオムレツのカレーライスドライマーティニ、Tio Pepe、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)


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2020.7.3(金) 鬼田平子

地元の産品を詰め合わせた商品「おうち料理応援!味噌汁セット」は、春に企画して以来、今もなお、お客様からご好評をいただいている。これに含まれる完熟トマトの、6月分の代金を支払う必要がある。もうひとつ、毎週土日月に営業する「汁飯香の店 隠居うわさわ」のためのトマトを、今日は仕入れる必要がある。よって朝、ユミテ農園のユミテマサミさんに電話を入れる。呼び出し音10回は時間にして30秒。応答は無い。ユミテさんは僕とおなじく、携帯電話を携帯しないらしい。

電話が通じなければ、6月の支払いがいくらになるか分からない。もうひとつ、ユミテさんは朝は畑にいるから、釣り銭などは持たないだろう。そういう次第にて、1万円札から1円玉までを納めた手提げ金庫をホンダフィットの助手席に乗せ、農園のある森友地区へ向かう。

茎からもいだばかりのトマトは、いまにも爆ぜそうなほどに熟している。会社に持ち帰ったそれは即、隠居の厨房に運んだ。

来週の月曜日、 隠居には後輩7名が予約を入れてくれている。子供のころから寮で揉まれていれば、食べ物に好き嫌いは無いはずだ。味噌汁の具は、思い切って冒険をしてみても、良いかも知れない。


朝飯 納豆、菠薐草のソテー、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、炒り豆腐、生のトマト、しょうがのたまり漬、メシ、万能葱の味噌汁
昼飯 熱い汁で食べるざる饂飩
晩飯 胡瓜と若布と蛸の酢の物、長芋のたまり漬、しらすおろし、豚の冷しゃぶ、豆腐としらすと溶き卵の味噌汁、「片山酒造」の酒粕焼酎「粕華」(お湯割り)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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