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戀する者と酒飲みは地獄に行くという  根も葉もないたわごとに過ぎぬ
戀する者と酒飲みが地獄に墜ちたら  天國は人影もなくさびれよう
Omar Khayyam

 2005.1231(土) "Mini Cigarillos"

枕頭の時計はもともと次男のものだったらしく、本人が自分の枕元へ持っていってしまった。オヤジが入院したときから、それまでは事務室へ置きっぱなしにした携帯電話を夜間も側へ持つ習慣ができたから、これをカチャリと開いて2時30分という現在時刻を確かめる。「写真とことば 写真家二十五人、かく語りき」 を読んではまた眠るということを繰り返して5時に起床する。

5時30分より長男と製造現場へ入って数十分の作業に従い、事務室へ戻ってはいつものよしなしごとをして7時にエレヴェイターを上がる。大晦日から天候が崩れるとの予報もあったが、そして日光の山は雪雲に覆われているものの、空はいまのところまだ晴れている

朝飯はべったら漬、トマト入りスクランブルドエッグ、千枚漬、納豆、メシ、大根と万能葱の味噌汁

如来寺から塔婆を受けとる日を示した七七仕切表によれば、三十五日の次は四十二日を飛び越えて四十九日に至っている。しかしこれまで初七日、ふた七日、み七日と毎土曜日の墓参りは欠かさなかったため、慣性の法則ではないが、オヤジが死んで四十二日目にあたる本日も、花と線香をたずさえお墓へ行く。

初更、退社するすべての社員と年末の挨拶を交わし、事務室にてあれこれしたのち4階へ行くと、廊下にはアゴをはじめとするいろいろなだしの香りが漂っていた。

鰤大根鴨鍋、柚こぼしにて芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。蕎麦つゆと鴨鍋のスープをみずからの器で適宜調合し、これにて 「やぶ定」 の茶そばを食べる。トール先生からいただいたイチゴがまだあるため、これに生クリームとコンデンスミルクをかけ回してデザートとする。

95歳までは生きると自分のなかで決めていたオヤジが75歳で死んだという一点においては、今年は良い年ではなかった。商売については 「めでたさも中くらい」 というあたりだろうか。外へ出て今年2本目のタバコ "Davidoff Mini Cigarillos" を吸う。

入浴して牛乳を350CCほども飲み、9時30分に就寝する。

日光みそのたまり漬   たまり漬ヤフーショップ

 2005.1230(金) ことしもあと2日だぜ

5時に起床して服を身につけ、長男には5時30分までに事務所へ来るよう声をかける。5時30分より長男と製造現場へ入り、ふたりですることだからこれまでの小一時間よりは短い作業をこなし、事務室へ移動する。いつものよしなしごとをして7時にエレヴェイターを上がる。

洗面所の窓から見える日光の山は幾分、雪の量を増したようだ。朝飯は生のトマト、納豆、キャベツとピーマンの油炒め、べったら漬、メシ、アサリと万能葱の味噌汁

朝がた 「須藤石材」 の社長が来て、オヤジの石塔が完成したという。これについては拙速を避け、良いものを作ってくれるよう頼んであったから、年内の完成とは予想外の素早さだ。社長のパジェロミニの助手席に乗って現地へ行くと、それはキッチリとした出来映えで、墓地の砂もすべて入れ替えてある。

会社まで送ってもらったついでに、オヤジが死んだ直後に書いてもらった見積書を出すと、あのとき予想したよりも砂は使わなかったからと、須藤さんは以前よりも幾分か低い金額を呈示した。「領収書があればいま払っちゃうけど」 と言うと 「ふんじゃぁ午後、また」 と答えてパジェロミニは日光街道を南下していった。

昼過ぎ、長男が日光市の 「晃麓わさび園」、我が町の 「報徳庵」、「やぶ定」 と回ってそれぞれ生ワサビと蕎麦、それに蕎麦つゆを買ってくる。このうちワサビ1本、「報徳庵」 の蕎麦、「やぶ定」 の蕎麦つゆを組み合わせて6人前の年越し蕎麦とし、ウェブショップの12月の顧客からひとりだけ抽選したお客様へこれをお送りする。荷物には僕の筆ペンによる、拙筆の説明書を同梱した

初更、冷や奴、鶏肉とレタスとパセリのサラダ、揚げ湯波の炊き物鰤かまの塩焼き、千枚漬にて喜久水酒造の 「比羅夫」 を常温で飲む。常温とはいえ冬の廊下に置いたそれは、夏の冷酒ほどの温度である。「久埜」 の水羊羹にて今夜のメシを締める

入浴して牛乳を350CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1229(木) 規則

5時に起床して服を身につけ、長男には5時30分までに事務所へ来るよう声をかける。5時30分より長男と製造現場へ入り、ふたりですることだからこれまでの小一時間よりは短い作業をこなし、事務室へ移動する。いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は納豆、柚こぼし、キャベツの油炒め、メカブの酢の物、蕗味噌、メシ、豆腐と長葱の味噌汁

ルバング島から帰還した小野田寛郎が故郷の和歌山へ戻り、かつては武運長久を祈ったであろう神社に参拝しようとしたところ、親戚に喪中の家があるからと社殿の前まで進み出ることを禁じられ、身を震わせて抗議した場面は1974年に見たテレビニュースによるものだが、いまでもはっきりと思い出すことができる。元少尉は 「規則だから」 の説得に 「規則であれば仕方がない」 と矛を収めたそうだが 「そんな規則、誰が作ったんだ?」 と僕は訊いてみたい。

午後、瀧尾神社のタナカキヨシ宮司に電話をし、来春早々の水神祭、また初午に行われる稲荷祭をどうすべきかと相談すると宮司も、その神事は商売にかかわるものだからと暗に、それを行っても問題なかろうとの見解を示す。僕は勢いを得て 「そうですよね、商売のことですから、やるべきだと思います」 と答え、水神祭も稲荷祭も行うこととする。神社自身も 「喪」 の扱いについては明確な答えを持っていないのである 。

一方、自由学園の同学会報に男子部9回生のイシカワノボルさんが書いてくださる追悼文の、その脇へ置くオヤジの写真については葬式に用いたと同じ、尖沙咀のどこかで遊んでいるときのものを 「カミジョウカメラ」 へ持ち込み、これをCDに焼いてくれるよう注文する。

初更、燗をした 「新政」 にヨッチんちからもらってきたフグの鰭を入れてヒレ酒とし、「四百字のデッサン」 を読みながらこれを飲む。そのうち食卓に蛸のマリネが運ばれたため、器を雲仙焼きのコップから織部の蕎麦猪口に替え、芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む

卓上の鉄板にて椎茸と2種のピーマン、キャベツモヤシ牛肉を焼き、「金長」 のタレにて食べる。この肉を包んだ竹皮には 「すきやき用」 との文字があったが、すき焼きは僕の舌には甘すぎる。あるいは関西へ行けば甘くないすき焼きがあるのかも知れないが、よそへ出かけてまですき焼きを食べる気はしない。

生クリームとコンデンスミルクをかけ回したイチゴ5個を食べ、入浴してこんどはビールを250CCほども飲む。10時前に就寝する。

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 2005.1228(水) 馬鹿のように

闇の中に時間をたしかめると4時30分だった。枕頭の活字をあさって5時に起床し、5時30分までに事務所へ来るよう長男に声をかける。

5時30分より長男と製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従う。長男が年末年始に製造の仕事を手伝うのは、中学1年の冬休みに帰省して以降、ずっと続いていることかも知れない。事務室へ戻って後はいつものよしなしごとをし、7時に居間へ上がる。

朝飯は納豆、おとといの晩の南蛮漬の野菜だけを取り置いたらなぜかラタトゥイユのような色合いになったもの、メカブの酢の物、メシ、白菜の味噌汁

所用にて宇都宮へ行こうとしているところにオフクロが来て、私も用事があるから一緒に乗せていってくれと言う。我が町からおよそ30キロを走って指定の場所にオフクロを降ろし、後はきのうのうちに決めた手順に従って数ヶ所を回る。途中、オヤジの入院中にオヤジの名前で案内の届いたジャズクラブを見つけるが、夜遊びを好みしかし酒は飲まなかったオヤジとはことなり、僕は夜遊びはそう好きでもなくしかし酒は飲むから仕事を終えてからクルマで出かけることはせず、だからこの洒落た店にも来ることはないだろう。

社員が帰宅するころにことし最後のメイルマガジンを完成させ、ウェブショップの顧客へ向けて一斉に送付する。メイルの1通1通は "Symantec" のウイルスチェックに漉されてから外へ出て行く。それはまるでドラム缶から細い漏斗にいきなり水を注ぐようなものだから、大量のメイルはどうしても押し合いへし合いで滞留する。最後の1通が吐き出されるまでの時間に

「四百字のデッサン」  野見山暁治著  河出文庫  \525

を読む。この人の読点の打ち方は僕の感覚に隙間なく一致するからとても気持ちが良い。

7時30分に居間へ上がり、どこかの料理屋から税理士のトール先生が届けてよこしたきりたんぽ鍋を食べる。僕はそうきりたんぽを好むわけではないが、しかしこの鍋は本当に美味い。馬鹿のように「これはホントに美味いよ」 と繰り返しつつ芹を噛み、比内鶏の肝臓をフワフワと食べる。トール先生はまた 「これ食うときにはアラマサ飲まなくっちゃだめなんせ」 と言い、この純米酒を2本くれたため、先般の本酒会から飲み残しを持ち帰った喜久水酒造の 「比羅夫」 があるにはあったが、今夜は 「新政」 の口を切る

千枚漬で口の中を涼しくしては、また鍋から引き上げたいまだ香ばしいきりたんぽを食べる。トール先生が 「鍋の後はコレです」 とくれた 「甘い方のイチゴと酸っぱい方のイチゴ」 の2種のうち 「甘い方のイチゴ」 にて今夜のメシを完了する。

入浴して牛乳を350CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.1227(火) ヨッチんちのフグ

目を覚ましてしばらくしてから枕頭の灯りを点け、時計を見ると4時50分だった。「ちょうどいいや」 と起床して事務室へ降り、支度を調え製造現場へ行く。小一時間ほどの作業に従ってのち事務室へ戻り、いつものよしなしごとをして7時にエレヴェイターを上がる。

日光街道の杉並木は朝日を受け赤く染まっているが、そのむこうの山々は雪雲に覆われほとんど見ることができない。朝飯はきのうのおにぎり、同じくきのうのウニグラタン、白菜漬とべったら漬、茄子と万能葱の味噌汁

日常の業務はずいぶんと落ち着き、一時はひとつを切ればまた次が、という具合に鳴り続けた電話の音も、徐々にその間隔を広くしてきた。販売係は、繁忙のあいだは手を着けることのできなかった床や天井付近の掃除を始めている。ことしの春に入社したアキザワアツシ君には、お稲荷さんの掃除を29日に行うので、そのときに使う水道栓は当日まで凍らせないようメモを渡す。顧客用と社員用の各トイレの換気扇は、気の利く社員が大晦日までに綺麗にするだろう。

午後、次男より館内電話が入り、ケーキの写真を撮るよう頼まれる。居間へ行くと、数日前に "Chez Akabane" の店頭で次男みずからが特注したという、チョコレートクリームを使ったミルフィーユの誕生日ケーキが机の上にはあった。これに10本の蝋燭を立て、カメラを向けて3回シャッターを切る。晩飯に差し障りがあってはいけないから、僕は端の方をすこしだけもらい、ふたたび仕事へ復帰する。

包装係と販売係は正月に売る商品の下準備のため、事務係はいまだその日の受注を終業時間までに処理できないため、それぞれ1時間の残業を行った。

すべての社員が通用門を出てから数十分後、次男の同級生ヨッチのお父さんが店主をしているフグ屋 「幸楽」 へ家族など計6人で行く。ひれ酒とお通しの皮刺身シャブシャブ用の皮、同じくシャブシャブ用の、刺身よりも少し厚い切り身素焼きにした白子は塩で食べるそして唐揚げ。「フグ鍋の計は雑炊にあり」 と言う人は多いが、ヨッチの家には青竹で打ったラーメンがあるため、これを本日の晩飯の締めとする。ヨッチんちのフグは、かつて九州小倉で食べたそれよりもはるかに美味い。

帰宅して入浴し、10時に就寝する。

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 2005.1226(月) 即身仏

ここ1ヶ月ほどの基本形に従い、5時に起床して製造現場へ降りる。1時間ほどあれやこれやした後は事務室へ移動し、いつものよしなしごとにとりかかる。受注残の発送伝票を製造現場の大きな机に広げ、大きくは納期順に、細かくは出荷する商品別に、またヤマトが要する運搬日数別にソートしていく作業は存外に楽しい。

7時に居間へ戻る。朝飯はきのうの鍋を利用した雑炊白菜漬けとべったら漬

朝一番で連絡を入れたいところが多々ある。ところが 「アイツはまだ寝てるだろう」 とか 「あのオバチャンは確か、NHKの朝の連続ドラマを見てるんだよな」 とか 「あのオッサンは今ごろくわえ煙草で飼い犬にエサをやっているに違いない」 などと気を遣い始めると、ほとんどどこにも電話ができない。そうこうするうち9時を過ぎれば諸方からの電話が鳴って忙しくなり、とどのつまりはきのうから今朝にかけてメモにしたうちのどこにも連絡をすることができずに今日も日常の業務に巻き込まれる。

オフクロのごく近しい友人をお呼びして、オヤジの四十九日の簡易版のようなものを初更よりはじめる。テイブルの上にはウニのグラタン、ツナとらっきょうのたまり漬のサンドウィッチ、鯖と5種の野菜の南蛮漬、しその実のたまり漬、ふきのとうのたまり漬を使ったおにぎり、スモークトサーモン、イチジクを干して様々な香辛料を加え平たくしたものと一緒に食べる生ハム、蛸のマリネ、鰹のたたき、和の蓋物にひとつずつ盛ったロールキャベツなどなど。今夜のお客様に酒飲みはほとんどいず、お酒は "Don Perignon 1985" 1本が空いたのみだった。デザートは、長男が作ったバヴァロア。

僕の、ホスト役に対する非常な不適任さをあらわすひとつの例は、お客様の目の前で寝てしまうことである。8時30分ころよりしばしば気が遠くなり、ソファに座ったまま即身仏のように眠ってしまう。そうすればいきおいお客様の腰も浮きがちになり、9時ごろに散会となる。

入浴はせず、牛乳を400CCほども飲んで9時30分に就寝する。

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 2005.1225(日) 馬耳東風

ベッドの中で静かにしていることにも飽きて枕頭の灯りを点けると4時だった。「写真とことば 写真家二十五人、かく語りき」 を読んで5時に起床する。製造現場へ降りて小一時間ほどの作業に従った後、事務室へ移動していつものよしなしごとをする。12月のウェブショップの賑わいようは過去に例のないものだが、11月の出遅れを取り戻すだけの数字を上げるかどうかは不明だ。

居間へ戻ると、ブラウン管の怪物を相手に体を動かしている次男が振り向きざま 「やっぱりサンタクロースはいたよ」 と言う。昨晩だか今早朝に届いたらしいテレビゲームの名を訊ねると、よどみなく 「ドラゴンボールバトル体感かめはめ波おめぇとフュージョン」 と答える。正しい英文法によるものかどうかは知らないが、包み紙に添えられた 「更に勉強とスポーツに打ち込むなら、私は来年もまたこの家へ戻ってくるだろう」 というサンタクロースの手紙はもちろん、次男の興味の対象ではない

洗面所へ行き窓を開けると、いまだ地平線のちかくにいる太陽に照らされた日光の山は赤かった。朝飯はメカブの酢の物、べったら漬、ほうれん草の油炒め、納豆、メシ、豆腐と長葱の味噌汁。

オヤジの四十九日は、家族と近しい親戚だけを集めて11時より如来寺で始まった。本堂、続いて墓前での念仏を経れば12時を過ぎるものとばかり思っていたが、11時30分にはすべての予定がこなされてしまった。クルマで 「ばん」 へ移動し、腹がきつくならない程度の会席料理と極く少量のお酒を味わい、2時すぎに帰社する。「次は知恩院への分骨、そして一周忌か。しかしその前に百ヶ日、そして夏には初盆なんてのもあるんだわな」 と考える。

初更に至ってもみなほとんど腹は減らず、しかし晩飯抜きというのもなんだかだらしない。「お茶漬けでいいよ」 「いや、炊いたメシだからお茶漬けにするわけにはいかねぇ」 などと言うそばから 「鍋にしちゃえばいいんだよ」 という声が聞こえ、結局は白菜、2種のキノコ、長葱、豚肉を用いたコンソメ味の鍋にて芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。また千枚漬べったら漬にてメシ1杯を食べる

入浴して牛乳を400CCほども飲み、朝がた帰宅した長男と話し込んで11時30分に就寝する。

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 2005.1224(土) 磁場

4時すぎに目を覚まし、からだの各所に意識を行き届かせてみると、子供のころ、風邪から復帰した朝にはかならず感じた爽快さを、子供のころほどの明瞭さではないにしても同じく感じる。「さてはきのうもらった抗生剤が効いたか」 と、すこし安心する。明日はオヤジの四十九日、それを過ぎても諸々の仕事はあり、なにより年末の繁忙はいまだ去っていないから寝ているわけにはいかない。

5時に起床して製造現場へ降り、小1時間ほどの作業に従ってから事務室へ移動する。いつものよしなしごとには相変わらず、確認を必要とする要望を通信欄に書き入れた顧客への、質問メイルの作成も含まれている。7時に居間へ戻っての朝飯は煮込みうどんだった。

本日はオヤジが亡くなってから35日目だから家内と次男との3人で墓参りに行く。帰社してしばらく後、こんどはひとりでオカムラ外科へ行く。この病院を定期的に訪れるのは高血圧症、高脂血症の監視と治療のためだが、近辺が低血圧の磁場とでも呼ぶべきものに覆われているのだろうか、ここで測ってもらう血圧はいつも上は120、下は70台で、つまりオカムラ外科の敷地内にいる限り、僕は高血圧症ではない。

初更、「クリスマスイヴに飲まねぇのもなんだから」 と考え "Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を抜栓する。炒った砂肝のバルサミコとレモン汁和えほうれん草のグラタン鶏肉とトマトとブロッコリーのオリーヴオイル焼きをその肴とする"Chez Akabane" のショートケーキにて晩飯を締めくくる

「風邪気味のとき風呂へ入るとなお風邪を悪化させる」 とは 「鰻と梅干しを同時に食うと腹をこわす」 と同じく根拠のない迷信と思うが入浴は避け、9時30分に就寝する。

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 2005.1223(金) ガツンと効くもの

おととい処方された 「ただの風邪薬」 では効かないだろうと、セキネ耳鼻科から帰って以降はずっと、以前もらって使い切っていなかった強めの薬も同時に飲んでいた。それでも今朝の体調は悪く、しかし仕事はあるからようやく起きあがって時計を見たら5時45分だった。

エレヴェイターを降りて製造現場へ入り、小一時間ほどの作業に従う。その後は事務室へ来てウェブショップの受注を確認する。中には、当方が対応できない要求を含むご注文もある。それについては重いからだから延びた腕の、更にその先にある指をむりやり動かし、お許しを願うメイルを送付する。

朝飯は玉子と椎茸と長ネギの雑炊。

病状に応じてできるだけ弱い薬を処方するのは医師の高い見識を示すものかも知れないが、酒にしてもタバコにしてもコーヒーにしても、僕はガツンと効くものが好きである。10時にセキネ耳鼻科の勝手口を訪ね、診察を受けた後に抗生剤を処方してもらう。できれば抗生物質の注射もしてほしかったが、そこまでは口にしなかった。

帰宅してベッドへ横になる。「写真とことば 写真家二十五人、かく語りき」 を読むが、微熱でもあるのかその内容は理解できず、すぐに眠くなる。眠ったり目覚めたりの 「あさき夢みし」 を繰り返して夕刻にいたる。5時より会社へ戻り、各部署を回って報告を受けたり、また新たな要請をしたりする。事務係の残業にともない、7時すぎまで僕も仕事をする。

食欲はまったくなかったが、豚肉と長ネギ、2種のキノコと厚揚げ豆腐の味噌鍋べったら漬白菜漬にてメシ2杯が食べられたのは良かった

今月に入って酒を飲まなかった日は今日で9日目となり、これはノルマの8日を超えているが、中には 「具合が悪くて到底、酒など飲む気もしない」 という日も複数含まれている。断酒の日数が即、健康に反映するわけではない。僕のおじいちゃんは酒タバコをせずに72歳で死に、オヤジは寝酒程度の酒しか飲まずに75歳で死に、しかし僕のひいおじいちゃんは酒と煙草と糖分と塩分を充分に摂取して84歳まで生きたのである。

「今年はタバコはまだ1本しか吸ってねぇなぁ」 と考えつつ牛乳を350CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2005.1222(木) 著ぶくれ

5時に起床する。製造現場へ行って小一時間ほどの作業に従う。事務室へ入ってからはいつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。このあたりの人の挨拶にも、2週間ほど前から 「お寒いですね」 というものが目立ってきた。しかしこの冬は例年にくらべて、それほど寒いのだろうか。

朝飯はソーセージとピーマンの油炒め、白菜漬、納豆、メシ、豆腐とワカメと長葱の味噌汁

冬山用の下着、シャツ、チャコールグレイのネクタイを身につけ喪服に袖を通す。黒いスカーフをし、"Sierra Design" の黒いマウンテンパーカを着る。「()ぶくれ」 とはたしか冬12月の季語だった。"trippen" の黒い革靴を履く。

家内の運転するクルマではなく、助手席に家内を乗せたホンダフィットにて東武日光線下今市駅へ行く。同級生ヤハタジュンイチ君の奥さんが仕事中に心臓の変調で倒れ急逝されたため、その葬儀に出席すべく 7:46発の上り特急スペーシアに乗って10時前に西船橋へ着く。

手伝いの必要はないけれど、できるだけ多くの友達に来て欲しい、というヤハタ君のことばを委員のノリマツヒサト君がクラスのメイリングリストへ載せ、そのこともあって火葬場までおつきあいをする。船橋へ来るのはおよそ40数年ぶりのことになる。あのとき僕は 「船橋ヘルスセンター」 で、引き金を操作すると火花の出るピストルを買ってもらった。

浅草駅19:00発の下り特急スペーシアに乗る。下今市駅へは家内が迎えに来た。入浴して牛乳を200CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.1221(水) ただの風邪薬

何時に目を覚ましたかは不明だが、5時に起床して製造現場へ降り、小一時間ほどの作業に従う。それを済ませて後は事務室へ移動し、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は叩いた梅干、白菜漬、焼き海苔、べったら漬によるお茶漬け。なにか脂っ気のあるものはないかと家内に訊くが、そういうものは摂取しない方が良いことは分かっているだろうと返される。

社会保険労務士のキミシマチョーゴさんが見えて、諸々の仕事をする。キミシマさんは既にして齢90を超えているのではないか、それでいまだ現役とは怪物である。まるで子供が駄菓子を持つように、背広の右ポケットにセブンスターを格納しているところはなお凄い。

オヤジの思い出を自由学園の同学会報へ載せるべく、その取材に9回生のイシカワノボルさんが見える。製造現場からどこそこへ電話をしてくれと言ってくる。オヤジの死去にともなう実務的なことにつき親戚が電話をしてくる。外注SEのシバタサトシさんが請求書を持ってきたので次の仕事を頼みたくて、しかし他の人と話しているからそれがかなわない。

法務局へ行き必要な書類を受けとる。今朝からノドが痛いので、セキネ耳鼻科へ寄り診察を受ける。当方は強い注射をして欲しいところだが、セキネケーイチ医師は病状に合わせた薬しか使わない。「まだ抗生剤を使う段階じゃない」 と言われ 「ただの風邪薬」 を処方してもらって帰社する。

「まだ荷物が着かないのよー、確かに出してくれましたよね?」 という問い合わせに対応してヤマトの配達状況を調べると、その品物についてはきのう日光営業所へ入ったまでの記録はあるが、その後の足取りについては不明のままだ。ヤマトのセンターへ電話をするが、回線が混み合っているとのアナウンスが流れるのみにて繋がらない。

同時に4、5人の相手をしているような、あたふたとした気分のまま夕刻へいたる。ウェブショップの受注は普段、事務係のコマバカナエさんとイリエチヒロさんが行うが、ふたりは電話、ファクシミリ、あるいはご来店のお客様によるご注文に対応するのが精一杯だから、人間が手で打った受注確認書をご注文から24時間以内に送付するというウェブショップの約束を守るには、僕が彼女たちの仕事を代行せざるを得ない。

8時ちかくに蕪とレタスと三つ葉と大豆のサラダ豚肉と2種のキノコとトマトのスパゲティによる晩飯を済ませ、ふたたび事務室へ降りて10時ちかくまでウェブショップの受注作業をする。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、10時30分に就寝する。

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 2005.1220(火) 浮舟

枕頭の時計は次男のものだったらしく、この数日は本人がそれをみずからの枕元へ持って行ってしまったため、当方は携帯電話でも側に置かない限り、時刻の確認はできない。目を覚ましたのは推定だが4時前のことだと思う。

「写真とことば 写真家二十五人、かく語りき」  飯沢耕太郎著  集英社新書  \777

を5時まで読んで起床する。エレヴェイターを降り、事務室の施錠を外して暖房のスイッチを入れる。次に製造現場へ移動して小一時間ほどの作業に従い、ふたたび事務室へ戻っていつものよしなしごとをする。

朝飯はトマトとレタスと炒り卵のサラダ、メカブの酢の物、納豆、べったら漬、メシ、玉葱と椎茸と長葱の味噌汁

本日はオヤジが亡くなってからちょうど1ヶ月目の月命日となるため、7日ごとの墓参りとは別に如来寺へ行き、墓参りのあとは寺務室を訪ねてオフクロの逆修につきお坊さんと話をする。

年末ギフトの需要は数日前から漸減してきたが、普段にくらべればいまだ何倍もの量がある。終業後も事務係は受注メモの処理を続け、包装係と販売係も居残って、売り切れが予想される商品の完成作業をする。

第151回本酒会へ参加をするため、7時前に会席料理の 「ばん」 へ行く。きのう能代の 「天洋酒店」 から届いた18本の飲み順は僕が決定した。その1本目は、僕があらゆるお酒の中で最も好きな名前を持つ 「聴雪」 にした。料理については、ココナツを用いた白いソースの海に鰆の浮舟、といったおもむきのひと品が、特に心に残った。

10時前に帰宅し、入浴して10時30分に就寝する。

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 2005.1219(月) 降雪

何時に目を覚ましたかは不明だが、起床して居間へ行くと違い棚の電波時計は5時よりもすこし前の時間を指していた。居間と窓との間にある、温泉旅館ではよく小さなテイブルを挟んで向かい合わせにソファが置いてあるような空間の冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで300CCほども飲む。街頭に照らされて見える屋根や地上の雪がどれほどの厚さに積もったものかは分からない。

事務室へ降りてコンピュータを起動した後、製造現場へ移動して小一時間ほどの作業に従う。ふたたび事務室へ戻っていつものよしなしごとをし、6時30分ごろ外へ出てみると、降った雪は5センチほどだからそう大したものでもない。日光街道の 「下り」 つまり東京の方角からは、折しも朝日が昇り始めたところだった

7時に居間へ戻る。朝飯は納豆、メカブの酢の物、ほうれん草の油炒め、べったら漬、白菜の漬物、きのうの昼飯に残した目玉焼き、メシ、豆腐と長葱の味噌汁。きのうの晩に焼肉を食べたところから、目玉焼きは今回も次期繰り越しとする。

社員が出社するころ、屋根から犬走りに吹き込んだ雪を、先の堅いホウキで外へと掃き出す。販売の準備を整えた社員たちがやがて外へ出て店舗駐車場の雪かきを始める。朝方には止んだ雪がまた降り出して、雪かきにより露出したアスファルトを見る間に覆っていく。融雪用の塩を撒くよう、販売係のハセガワタツヤ君に言う。

昼に顔を出した太陽により地面に残った雪は見る間に無くなっていくが、しかしそれも長くは続かず、日陰はもとより日なたにあった雪も夕刻にはまた固く凍りついた。

初更、椎茸、エノキダケ、厚揚げ豆腐ほども厚い油揚げ、タシロケンボウんちのお徳用湯波、長葱、牡蠣などを煮たカレーの鍋に豚肉を投入し、芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。肉にはできるだけ箸を伸ばさず、油揚げや湯波のたぐいを多く食べる。サイトウトシコさんの作った甘くない、だから僕好みのべったら漬を箸休めとしホイップクリームをかけ回したイチゴ5個にて晩飯を完了する

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2005.1218(日) 老人の歩行

目を覚まして枕頭の灯りを点けるといまだ3時になっていなかった。「帝国ホテル厨房物語 私の履歴書」 を読み終えて4時30分に起床する。会社の施錠を外して製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従った後は事務室にていつものよしなしごとをする。

7時に居間へ戻る。朝飯は白菜の漬物、叩いた梅干し、皮ごと刻んだ塩鮭、焼き海苔によるお茶漬け。鮭について 「一鰭、二皮、三頭」 と言ったのは道場六三郎だった。魚も動物も、いわゆる本体でないところこそ美味い。

むかし何かの雑誌に、著名人が自分の趣味について述べるところがあり、名前は忘れたがある老人が、ゴルフとは畢竟、歩くことで、だから健康に良いと書いていた。そのころ部活動ではサッカー、授業では週に1度のラグビーと4.5キロのクロスカントリー走を僕はしていたから、そのコラムを読んで 「歩くことが一体、どれほどの運動になるのか」 と、老人の体力というものを推し量れずにいた。

ところが最近2ヶ月ほどのあいだに僕は自分の足腰の弱りように気づき、それは歩かないことによるものと思い当たった。田舎の人と都会の人とをくらべれば、日常の足を公共の交通機関に頼らざるを得ない都会の人の方が、明らかに歩行距離は長い。僕などは通勤すらしないから、自家用車で移動する人よりも更に歩かない。

むかし読んだ週刊誌の老人は、ゴルフをするからこそ自分は歩くことができるのだと述べた。僕が歩かなくなった要因は、オヤジの入院や死去により東京へ出かけなくなったことにある。たとえば神保町の "Computer Lib" へは湯島の甘木庵から歩いていくから往復すれば5キロとなり、これはウチから日光市街までの距離と一致する。「だったら家の近くを歩けば良いじゃねぇか」 と言われそうなものだが、踏み入っても踏み入っても草と木と山ばかりの、あるいは進んでも進んでもバイパスと郊外型大規模店舗ばかりの田舎の道など退屈で歩く気もしない。

終業後、オフクロを含めた家族4人で焼肉の 「板門店」 へ行き、タン塩、レヴァ刺し、カルビ、シマチョウ、オイキムチ、冷麺にて真露の2合瓶を空にする。夜になって降り始めた雪は止む気配もなく、帰る道は徐々に白くなりつつあった

入浴して後のことは良く憶えていない。

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 2005.1217(土) 計算したらそれだけあった。

4時前に目を覚まして 「帝国ホテル厨房物語 私の履歴書」 を読む。5時に起床して事務室へ降り、そのまま製造現場へ行って小一時間ほどの作業に従う。事務室へ戻ってからはいつものよしなしごとをし、7時にエレヴェイターを上がる。

洗面所の窓を開けると北西の空には旧暦11月15日の月があって 「今、あの山の中にひとりでいたら寂しくて良いだろうなぁ」 と思う。「寂しい」 とか 「侘びしい」 という気分がある種の愉しさを表現するものではなく、"negative" な感情をあらわすことのみに使われるようになったのは果たしていつ頃のことだろうかとは、いつも考えることだ。

朝飯はほうれん草の油炒め、納豆、白菜の漬物、メシ、きのうの晩の鍋の残りを使ったスープ

何年か前、競輪新聞に赤鉛筆で商品の送り先をメモしたお客様がいらっしゃって 「洒落てるなぁ」 と大いに感心したことがあった。そして現在のウェブショップでは、定型のフォームだけではなくメイル、それに貼付したエクセル、ワード、あるいは "pdf" と、どのような書式のものでも相変わらず当方は受けて受けて、拾って拾って、まるで野球の遊撃手か攻め込まれたテニスプレイヤーの気分だ。そしてその受注作業はことのほか楽しい。

我が町で発生した女児誘拐殺人事件がいまだ解決していないことによる影響は、あちらこちらに出ている。テニス部では開始から終了まで親の付き添える子供だけが練習に参加できる決まりとなり、ウチはこの繁忙期に週末の数時間を割くことは難しいから次男は居間で勉強をし、あるいは事務室で漫画を読むなどして過ごしている。友達の家を訪ねる行き帰りの道も安心できず、街で見かける子供の数は急に減った。

終業後は事務室にて2時間ほど仕事をしてから居間へ戻る。ご近所からいただいた牡蠣による酢牡蠣また牡蠣フライがすこぶる美味い。刻みキャベツ、ポテトサラダ、白菜の漬物にてメシ2杯を食べ、うずら豆とイチゴ5個にて晩飯を完了する。

今週の水曜日に鬼怒川で飲酒を為して以降、どうにも酒を飲む気がしない。まさかこのまま酒を必要としない体になってしまうのだろうか。あるいは長男が先日20歳になり、だから天の配剤により我が家における酒飲み担当が強制的に交代させられてしまったのだろうか。酒の要らない体になれれば便利この上ないが、しかしワイン蔵は1970年代から80年代のボトルだけで440本、総容量330リットルと汗牛充棟だから、せめてそれだけは片付けたい。

入浴してなにも飲まず、10時に就寝する。

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 2005.1216(金) 進捗

何時に目を覚ましたかは知らないが、「帝国ホテル厨房物語 私の履歴書」 を読んで居間へ行き、時計を見ると5時だった。

中国の戦地からシベリアへ送られ、数年後にようやく戻った帝国ホテルは "GHQ" に接収されていた。配属された部署も関係してフランス料理を作ることはできず、厨房で手がけるものはすべてアメリカ人好みのありきたりのものだった、という村上信夫の文章を読んで、ウースターソースをかけた半熟の目玉焼きが無性に食べたくなる。朝飯のおかずはそれにしてくれるよう家内に頼み、エレヴェイターを降りる。

製造現場へ入って小一時間ほどの作業に従う。事務室へ移動してからはいつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は僕の頭の中にあるそれよりもすこし火の通りすぎた目玉焼き、青梗菜のニンニク炒め、納豆、メシ、大根と長葱と椎茸の味噌汁。大根の断面は長方形、長葱の緑の部分は輪切りではなく細長く切ってあって、そうすると普段の食感とは全然ちがうから味噌汁の味わいも断然、新鮮に感じられる。

今月3日に、入金を確認しだい商品を出荷する旨のメイルをお送りしてあったお客様から 「まだどこからも着いたって返事がないんですけど、品物は出してくれました?」 というお電話がある。13日に、入力いただいたカード番号が桁数不足のため、完全なものを知らせて欲しい旨のメイルをお送りしてあったお客様から 「注文したのに返事が無いのはどういうわけ?」 というお電話がある。ウェブショップで買物をしながらメイルのチェックをされない方は、それこそ星の数ほどいらっしゃる。

別途 「頼んでない品物が届いたわよー、どうしたのこれ」 というお問い合わせもある。とんでもない間違いをやらかしたかと当方はコンピュータのキーボードを叩き、あるいは発送伝票をひっくり返して数十分の調査をして、ようやくその品物が、お客様ご自身のご注文ではなく、そのお客様のご友人から贈られたギフトだったことが判明する。「荷札の差出人を確かめろって? 荷札なんて無いよ」 と言われれば、いかにも真相の解明には時間がかかる。

こういう問い合わせに忙殺されるから日中は伝票処理がはかどらず、夜になってもきのうの受注分さえ処理できない。事務係のイリエチヒロさんが帰った後、内容の複雑な注文を1件こなして居間へ上がる。

胡瓜と薩摩芋のサラダ2種のソーセージと5種の野菜による鍋にてメシ1杯を食べ、飲酒は避ける。きのうも今日も酒を飲む気がしないとは、おとといはよほど酒量がはかどったらしい。四国から送られた扁平な柿にて締める

入浴して牛乳を400CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.1215(木) 引き続き履歴書を読む。

5時にはさすがに目が覚めなかった。6時に起床して製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従って7時すぎに居間へ戻る。

寝不足の状況に合わせた朝飯は白菜の漬物、叩いた梅干し、納豆、メシ、豆腐と長葱の味噌汁。味噌汁だけを先に飲み、次に3種のおかずをメシへ載せてお茶漬けにする。寝不足でも美味いものは美味い。

9時30分より事務室奥の部屋に社員をひとりずつ呼び、冬の賞与を支給する。

お届け先と注文品の明細をエクセルか何かの表計算ソフトに入力されたのだろうか、それをそのファイルごとではなく、文字や数字のみをウインドウズであれば "Ctrl+A" 続いて "Ctrl+C" したような平文の注文書がメイルで届く。お届け先のお名前、住所、電話番号にはさまれて商品名とその数量が混在し、しかもそれが改行なしで続いているから極めて判読しづらい。これを、ひとつひとつのお届け先ごとに区切りを入れ、全角混じりの数字は半角に統一するなどしているうちに急に眠くなる。時刻は2時20分だった。

寝室へ行き横になるが神経のどこかが敏感になっているのか眠れない。「巨人、大鵬、卵焼き 私の履歴書」 を読み終え、ほんの短い時間だけ眠り、下校して友達と遊んでいるらしい次男の声を遠く聞きながらウトウトとする。5時すぎに起きて仕事へ復帰する。

閉店後、本日の受注メモの中に、本日出荷しなければ顧客の要望に間に合わないものを事務係のコマバカナエさんが発見する。注文の内容を見れば幸いにも複雑なものではない。既にして灯りを落とした製造現場にてこの荷造りをする。ヤマト運輸の日光営業所までは、いまだ社員用駐車場にいた製造係のタカハシアキヒコ君が持っていってくれる。

レタスとハムと春雨とトマトのサラダ麻婆豆腐青梗菜のニンニク炒め、なぜか好物の、どこで獲れたものとも知れない鯛に似た魚の粕漬にてメシ2杯を食べ、飲酒は避ける。食後にイチゴを3個。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、

「帝国ホテル厨房物語 私の履歴書」  村上信夫著  日経ビジネス人文庫  ¥680

のさわりを読んで9時30分に就寝する。

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 2005.1214(水) そうして深夜の1時30分に

目を覚ましてしばらくはそのまま横になっている。「もう4時くらいにはなるのだろうか」 と考え枕頭の灯りを点けると時計はいまだ2時30分だった。「巨人、大鵬、卵焼き 私の履歴書」 を読み、灯りを落としてまたしばらくは静かにする。それを繰り返して5時に起床する。

事務室の施錠を外し暖房のスイッチを入れてから製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従う。ふたたび事務室へ戻ってはいつものよしなしごとをし、7時にエレヴェイターを上がる。

朝飯は納豆、ブロッコリーの油炒め、白菜の漬物、蛸入り天ぷらの炊き物、メシ、豆腐と長葱の味噌汁

"sartoria" のオヤジさんが今年の8月に亡くなったとは、11月に届いた、いわゆる 「年末年始のご挨拶は失礼いたします」 というハガキで知った。2001年の4月28日に注文し、同年の12月1日に届いたブレザーとパンツが僕にとっての、オヤジさんの最後の仕事になった。

薄いクリーム色のシャツ、チャコールグレイのネクタイ、イタリア製の濃い飴色のボタン、同じくイタリア製の紺生地によるそのブレザーと千鳥格子のパンツという気に入りの上下を身につけ、"trippen" の黒い靴を履く。3.2リットルのメルセデスの後席に乗って初更、鬼怒川へ行く。ヴァイキング式の晩飯を食べ、赤いヴェロアの椅子が並ぶクラブへ移動して 「夢の途中」 を歌う。次の店では 「蒼い星くず」 を歌い、3番目の店では 「12月の雨」 を歌った。そうして深夜の1時30分に帰宅する。

入浴はせず、2時前に就寝する。

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 2005.1213(火) そんなに寒いか?

何時に目を覚まして何時に起床したなどは大して意味のないことと、これを日記から省いた時期もあったが、そうするとどうも日記の起承転結がつきづらく、元に戻した経緯があった。起床した時間はとにかく目を覚ました時間はその朝のうちに記録しないと忘れてしまう。師走13日についてはこれを怠ったため、目を覚ました時間は不明だ。

とにかく5時に起床して事務室へ降り、製造現場へ移動して小一時間ほどの作業に従う。事務室へ戻って以降は昨晩から今朝にかけてのウェブショップの受注確認、きのうの日記の作成などのよしなしごとをする。夜半に降ったのだろうか、外へ出てみれば黒いアスファルトの一面に薄く雪があって、行き交うクルマはみな一様に速度を落としていた

7時に居間へ上がる。朝飯は鶏と三つ葉の雑炊、大根と胡瓜のぬか漬、花見小路から新門前通りを西へ入った 「味芳」 のジャコ

テレビのニュースでは天気図を前にお姉さんが、この気圧配置により日本は寒気に包まれ、今日明日は大変な寒さになると伝えている。お姉さんは長いダウンパーカを着ている。その後ろを歩くサラリーマンはカシミアのように見える膝丈のコートを着て首にはマフラーを巻いている。サラリーマンはその格好で、あの蒸し暑い通勤電車に乗ってきたのだろうか。

1月2月のインドへ行くと、僕が半袖半ズボンでこと足りているのに 「冬だから」 とコートを着てマフラーを巻いている現地人がたくさんいる。暑いところに住む人は、彼らなりの感覚で寒さを実感するのだろう。僕などは新年に仕事で東京へ行くと、ふだん着慣れないブレザーに汗をかき、路上でシャツ1枚になってその汗を乾かしたりする。「今からコートにマフラーもねぇだろう」 と思うが、東京の人には東京の人なりの基準があるものと想像される。

朝5時半に製造現場で仕事をしている僕は12月の中旬に入っても、"UNIQLO" の 「ウォームビズ」 と書かれた棚にあった長袖の薄いシャツ1枚で寒くない。

初更7時30分に居間へ上がる。今朝は次男が 「ノドが痛い」 と言い、「だから夜はステーキにして」 と続けた。きのうの晩飯は肉団子の味噌汁と揚げ物がおかずだった。今日の昼飯はその揚げ物の残りを使ったカツ丼だった。夕刻、いかにも肉の食べ過ぎだと家内に述べたところ、オフクロや次男の前にはサーロインが運ばれ、しかし僕の前には小さなフィレが置かれた。「肉の食べすきだ」 などと文句を付けながら、やはりフィレ肉はつまらない。

茹でたブロッコリー3種のキノコのオリーヴオイル炒めレタスと里芋のサラダ、それにフィレのステーキにて、バキュバンで栓をし廊下へ置いておいた "Castillo de Molina Cabernet Sauvignon Reserva SAN-PEDRO 2003 " と "Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を飲む。白菜の漬物でメシ1杯を食べ、晩飯を完了する。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1212(月) 晩飯の時間

目を覚ましてしばらくはそのまま横になっている。やがて部屋の中を薄明るく感じはじめたため 「うっかり時間をやり過ごしてしまっただろうか」 と考え、慌てて枕頭の灯りをつけると時計はいまだ4時30分だった。

「巨人、大鵬、卵焼き 私の履歴書」  大鵬幸喜著  日本経済新聞社  \1,575

を読んで5時に起床する。事務室を経由して製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従ってのち、ふたたび事務室へ戻っていつものよしなしごとをする。

7時に居間へ戻る。朝飯は白菜の漬物、メシ、きのうの鍋の残りを味噌汁に仕立て直したもの。これは文字通りの一汁一菜だが、汁の具が多く、ある程度の脂肪がそこに含まれていれば、僕は朝飯についてはこれくらいのところで満足だ

商品一覧をファクシミリで送ってくれ、との電話による依頼をメモにしたところで繁忙の店舗から応援を頼まれる。現場にしばらく張り付きようやく事務室へ戻ると電話が鳴っているので受話器を取り応対をする。そこへ店舗駐車場からお客様が入っていらして笠間へはどう行けばよいのかと訊く。笠間などは生まれてこのかた行ったことがないから地図を出して大きな道を指でたどっているうち、1時間前に商品一覧をファクシミリで送ってくれと電話をくださった方から 「まだ届かないけどホントに送ってくれたんですか」 と電話が入る。

事務仕事は結局、閉店後に留守番電話をセットしてからでなくては進捗しない。8時ちかくに居間へ戻る。

晩飯は、とんかつ 「あづま」 からテイクアウトしたカツ、フライ、コロッケのたぐい、これまた 「あづま」 の大根と胡瓜のぬか漬、きのうの鍋の残りを味噌汁に仕立て直したものにて炊きたてのメシ2杯を食べ飲酒は避ける。食後にイチゴ3個を食べる。当方の残業により晩飯の時間も遅れるから、次男にはいささか寝不足の気味が出てきた。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2005.1211(日) 静かな楽しさ

5時前に目を覚まして起床する。事務室へ降りて即、製造現場へ移動し、小一時間ほどの作業に従う。事務室へ戻って後はいつものよしなしごとをし、7時にエレヴェイターを上がる。

洗面所の窓からは霧降高原上空の雪雲が見え、一昨年まで営業したスキー場の斜面は雪に覆われている。ひとりスノウシューを履き小さなテントを持ってあそこへ遊びに行けば、静かな楽しさが得られるに違いない。

朝飯はきのう残った厚焼き玉子、蕪の葉と油揚げの炒め煮、納豆、蕪の葉と厚揚げ豆腐の煮びたし、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と三つ葉の味噌汁。ユバは日光では 「湯波」 と書き京都では 「湯葉」 とあらわす。これがときおり入り交じって面倒なため、ワードプロセッサの辞書から 「湯葉」 は消した。

年末ギフトの申し込みは12月の第1日曜日が頂点になるかと予想していたが、第2日曜日となる本日の数字の方が3割ほども高かった。明日以降は漸減してクリスマスを過ぎたあたりで暮の繁忙も落ち着くだろう。出勤した社員のうち事務係は事務の仕事を、販売係と包装係は売り切れが予想される商品の完成作業をして全員が1時間の残業となる。

それほど高くもない切り落としの鮪をオリーヴオイルのドレッシングにしばらく漬けおき、それをサラダ菜、水菜、トマトなどとサラダにしたもの、豚と鶏肉の団子、エノキダケの鍋にたっぷりの長葱を投入したものにて芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。食後は "Chez Akabane" のコルネにて "Macallan 10 Years old" を生で飲む

入浴して牛乳を300CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2005.1210(土) そんなことをしたら嗤われる。

5時に起床してエレヴェイターを降り、事務室を経由して製造現場へ行く。小一時間ほどの作業に従ってふたたび事務室へ戻り、いつものよしなしごとをして7時にエレヴェイターを上がる。

朝日新聞第1面 「親睦から危機管理へ、変わるPTAの役割」 と題された記事に、今市小学校PTA会長を務めるワガツマカズヨシ本酒会顧問の名前がある。保護者による通学路の見回り当番について、今市小学校では話し合いではなく、トップが素早く決めてPTA会員へ降ろしたのだという。この決定を受けて僕もこれまでに2度、朝の街へ立った。ワガツマカズヨシ顧問は良い判断をしたと思う。

朝飯は納豆、しょうがのたまり漬、「魚久」 の銀鱈、目玉焼き、蕪の葉と油揚げの炒め煮、メシ、豆腐と長葱の味噌汁。血圧や血中の脂肪濃度などを調べてもらっているオカムラ外科の医師には、あなたの場合、玉子は1週間にせいぜい1個と言われているが、このところの朝飯では結構、玉子を食べ続けているような気がする

オヤジの墓参りをし、オカムラ外科で定期検診を受け、その足で先日、諸方へシクラメンを送ってもらった 「弓手農園」 を訪ねてその支払いを済ます

店には家内の義姉が作り送ってくれたクリスマスの飾りがある。注連飾り、門松などについては、家内があるところから「社長が亡くなったのにお正月の飾り付けなどしたら、それこそ世間に嗤われますよ」 と言われてきたため、今回は取りやめることにしたが、僕としてはどうも釈然としない。松下幸之助が死んだときの松下電器産業については知らないが、たとえば三越の社長が死んでも三越の正面には門松を飾るだろう。JR東海の社長が死んでも東京駅の正面には門松を置くのではないか。

そもそも僕には子供のころから 「そんなことをしたら世間に嗤われる」 と言われるたびに 「オレを嗤う世間こそがナンセンスだ」 と感じるところがあった。いつも門松を頼むナカザワさんに電話をし、今回は門松の設置を見送る旨を話したら 「店は関係ねぇと思うけどなぁ」 と言うので 「オレもそう思うんだけどさ」 と答えておく。

お歳暮にいただいたタラバガニは洋風にして食べようと考えていたが、ポン酢好きの次男にその計画を覆され、晩飯の食卓にはコールスローはさておき厚揚げ豆腐と小松菜の炊き物、厚焼き玉子、蛸入り天ぷらの炊き物などが並んだそういうものを眺めながら僕だけはポン酢ではなくドレッシングにてタラバガニを食べる

"Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を飲んでオフクロが 「あ、これは美味しいわ」 と言う。「ビロー・シモンのシャブリは美味いんだよ」 と答える。もっとも先日まで在庫のあった同じ蔵による "Premier Cru Les Vaillons" にくらべれば、面白さはかなり落ちる。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.1209(金) "Love You Tokyo"

目を覚ましてのち闇の中で数十分は静かにしていただろうか。「こういう時間は非生産的だわなぁ」 と考え枕頭の灯りをつけると時計は2時30分を指している。「おぉ、ずいぶん早くに目が覚めた、ラッキーじゃん」 と喜んで起床し、事務室へ降りてコンピュータを起動する。

今月1日に発行したメイルマガジンが功を奏してか、昨年同月に上げた成績の半分を、今年のウェブショップは第1週目に達成してしまった。だからこなしてもこなしても受注作業が終わらない。こういうことにおける正確さ素早さは若い者に敵わないが、しかし若い事務係はアナログによる受注にかかりきりでウェブショップまでは手が回らない。

きのう残した分の作業を5時に完了し、ようやくウェブショップの受注残がゼロになる。とそのとき、新たな注文を転送された携帯電話がピカリと光って小さく震えた。これについては始業後に処理することとし、きのうの日記を作成するなどのよしなしごと、また製造現場での仕事をこなして7時に居間へ戻る。

朝飯はきのう食べきれなかった 「魚久」 の鮭、目玉焼き、ほうれん草の油炒め、蕪の葉と油揚げの炒め煮、納豆、蕪と胡瓜と生姜の塩もみ、メシ、蕪と長葱の味噌汁

昼前にお客様より電話があり、日曜日に頼んだギフトがいまだ先方へ届いていないとは何ごとか、今からそちらへ急行する旨を言われる。受注したのは明らかに僕だがそれを伝票化し、荷造り場所まで運んだ記憶はない。こともあろうに大得意の注文をどこかに紛失してしまったかと、いささか動転する。こういうときには相手を待たず、こちらから出かけて謝ってしまった方が良いと考え、お客様のご自宅を訪問する。平身低頭して本日の出荷を約し、また別のご注文もいただいて数十分後に帰社する。

騒ぎの最中には昼食で不在だった事務係コマバカナエさんにコトの顛末を説明すると 「その荷札、私が作りました。お送りしてあったんじゃないですか」 と言い、書類の棚からたちどころに伝票の控えを見つけ出した。商品が未着とは、あちらこちらの連絡の齟齬、また僕の記憶容量の少なさが招いた錯覚だった。お得意様には早速に電話を入れ、商品は間違いなく先方様へ届いていることをご説明する。そして受話器を置いた後には 「オレが死んだときには、一緒にお棺に入ってください」 と、コマバカナエさんに注文をつける。便利な人は、どこにいても必要である。

現在の繁忙がいつまで続くかは知らないが、こういうときには調理に時間のかかるものは食べられない。家内があるファミリーレストランの名を出してそこへ行こうと提案するので 「ヤダよ、オレはあそこ、好きじゃねぇんだ、いいよ、スパゲティでもなんでも」 と答える。家内は案外、ファミリーレストランやチェーンのハンバーガー屋が好きである。

Yahoo!オークションにて5,000円の値を付け、一夜明けたら5,250円を入れた人に負けていた 「ラヴ・ユー・トウキョー」 の図録を、次の1冊が出た機会に8,500円で落札したのは今月5日のことだった。それが本日届いたから早速に開封し、食卓に持ち込んで "Macallan 10 Years old" のお湯割りをその脇へ置く。「桑原甲子雄はオレのアイドル」 とまでは言わないが、やはりこのオジサンは素敵だ。メシ前の短い時間に眺めただけにしても、これに投じた8,500円は、僕にはなお十分に安い

水菜とサラダ菜とトマトとツナのサラダ、トマトとマッシュルームとスパムのスパゲティにて先日、バキュバンで栓をしておいた "Saint-Aubin Premier Cru Jean Marie Delaunay 1987" を飲む

「これ、何?」 と、フォークに刺したスパムをしげしげと見てオフクロが訊く。
「スパム」
「スパムって何?」
「アメリカ人が好んで食べる、下らない肉の練り製品」

とはいえスパムは僕の好物だ。普段は手を伸ばさないリンゴを、丸ごとにすれば1個ほども今夜は食べる

早朝2時30分の起床とウイスキー、ワインの酔いによりそのまま眠ってしまったらしく、気が付くとソファに寄りかかったままの姿勢で毛布をかけられていた。入浴して目が覚めてもいけないと考え、そのまま11時30分に就寝する。

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 2005.1208(木) 湯気を見て

5時に起床する。製造現場へ降りて小一時間ほどの作業に従い、今朝となっては一昨日の受注分もいまだ処理しきれていない事務室へ移動し、いつものよしなしごとをする。7時に4階の洗面所へ行くと、窓から望まれる日光の山はきのうよりも更に雪の量を増やし、晴れた空とも相まってますます冬の厳しさを感じさせる。もっとも当方はその山に裸で立っているわけではないのだから、冬が厳しくてもどうということはない

朝飯は納豆、トマトとレタスのサラダ、ベイコンエッグ、メシ、長葱と昨夜の天ぷらの味噌汁

年中無休のため社員は交代で休みを取る。本日の事務室にはイリエチヒロさんがいないから、忙しいコマバカナエさんに代わって郵便局へ行く。"SWEDEN POST" と黒文字のある青いビニール袋は何かと思ったが、開けてみればそれは先月17日に "amazon" を通じて注文したダイアン・アーバスの写真集 "REVELATIONS" だった

あたふたと動き回っているにもかかわらず、昼に至っても形のある仕事ができていない。電話が鳴る、人が来る、人に会いに行く、そういうことを繰り返して午後も遅くなる。

現在オヤジの墓を作っている 「須藤石材」 のおじいちゃんが亡くなったとは、下野新聞の 「おくやみ」 欄を読んだ家内に知らされた。 スドーさんは社長用、息子さん用とウチの印半纏2着を預けてある関係だから、お悔やみに行く必要がある。この17日間で5回目となる喪服を着て燈刻、またまた 「菊屋ホール」 へ出かけ、スドートクさんのお通夜に出席をする。

ホールから戻る途中右手の今市警察署には、パラボラアンテナを載せたテレビ局の中継車がいまだ7台も停まっている。その様子を見て、大沢地区で発生した女児誘拐殺人事件の犯人逮捕も近いと言う人がいるが、僕はそうは思わない。ニュースやワイドショウに需要があるうちは中継車もここにいる。しかし視聴者がこの悲しい出来事に飽き、あるいは他に大きな事件が発生すれば早晩、事件の解決とは関係なくマスコミはこの街を離れるだろう。

5時30分に帰社して着替え、溜まりに溜まったウェブショップの受注作業をする。事務係のコマバカナエさんは2時間の残業をした。彼女が事務室を出た20分後にシャッターを施錠する。

4階へ上がり、廊下の先に湯気の立つ炊飯器を見て 「今夜は初っぱなからメシを食おう」 と考える。「魚久」 の粕漬3種、ほうれん草の胡麻和え、うずら豆、蕪と胡瓜と生姜の塩もみ、湯豆腐にて炊きたてのメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1207(水) 地域性

5時に起床する。製造現場へ降りて小一時間ほどの作業に従い、発送伝票にできないままの受注メモが山積する事務室へ移動してはいつものよしなしごとをして7時に4階へ戻る。日光の山はときおりその全体を包み込む雲からの雪をまとい始め、徐々に冬らしい姿へと変わりつつある

朝飯はきのう 「魚登久」 で "Doggy Bag" にしてもらった鰻丼、それに添えられていたぬか漬、シジミと万能葱の味噌汁

ウチのウェブショップで発注ボタンをクリックするとペイジが切り替わって、24時間以内に正式の受注確認書をメイルで送付する旨が表示される。メイルマガジンを書いたりシステムの工夫をしたりということはしても、お客様からのご注文を素早く正確に処理する能力においては、僕は到底、若い事務係には敵わない。その僕がきのうからは、電話やファクシミリによるご注文にかかり切りの事務係に代わってウェブショップの受注作業をしているから、その 「24時間」 は守りづらくなっている。

あたふたあたふたと仕事をし、10時30分から喪服を着始めればそこにまた電話がかかってくる。10時45分の集合時間を守れず、イワモトミツトシ区長が事務室まで僕を迎えに来る。タノイハカル先生の告別式が行われる 「菊屋ホール」 へ組長ツカゴシユキオさんのクルマで移動し、弔問客の受付を担当する。

組内の者は火葬場まで同行し、親族や骨上げまでつきあう人たちと共に食事をする。この食事について、我が町近辺では食べきれないほどの量を出すから40センチ四方ほどの折詰めには手を着けずに持ち帰る例が多い。「折詰めの料理は子供のころから好きでない」 「特に遠方からのお客様に荷物を持たせるのは失礼だ」 「第一、そういう風習は野暮ったい」 との理由から、オヤジの葬儀に際してはこの料理を可能な限り簡素にするよう 「菊屋ホール」 へ伝えたが、対応したワガツマさんには 「地域性ということもありますから」 と、説得されたいきさつがあった。そして本日も、ハカル先生の骨を壺へ収めるお手伝いをした後にはこの、フタを開けることもなかった折詰めを持って帰宅する。

今朝より、受注のメモはその日のうちに処理できないものと諦め、日付をつけたカゴに仕分けして入れるようにした。そのメモやファクシミリによる注文書を発送伝票にし、不備のあるものについては顧客へ電話で問い合わせ、ヤマト運輸の荷札を印刷するまでの仕事に事務係は忙殺されて2時間の残業をする。「夜中まで残業をすれば良いではないか」 「社員に休日を取らせなければ良いではないか」 という意見もあるが、日本シリーズで稲尾和久に4連投させたような仕事は遠からず、どこかでほころぶものである。

8時前に居間へ戻る。火葬場から持ち帰った折詰めの中身、また家で作った少々を皿へ並べ、これにて芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。「折詰めの料理は子供のころから好きでない」 と書いたが 「みとや寿司」 の仕出し部による料理は悪くなかった。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.1206(火) 「お葬式」

4時30分に目を覚まし、枕頭の活字をあさって5時に起床する。製造現場へ降りて小一時間ほどの作業に従い、事務室へ移動してはいつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。

朝飯は胡瓜の塩もみ、ほうれん草の油炒め、ハム、納豆、生のトマト、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と万能葱の味噌汁

誤ったカード番号が入力してあるから、そのことを知らせるメイルを送付して3日も4日も返信がない、売り切れと表示のある商品を含むご注文があるから、そのことを知らせるメイルを送付して3日も4日も返信がない、よそのお宅へお送りするギフトにもかかわらず決済方法に代引き着払いが選ばれているから、そのことを知らせるメイルを送付して3日も4日も返信がない。そういうウェブショップでのご注文主へ向けて留守番電話への録音、紙の手紙などでそのことをお知らせする。

「ウェブショップは無店舗販売も可能な、かつ在庫の必要もない、つまり経費のかからない営業形態です。実店舗よりも商品価格を低くするなどの工夫が必要ではないでしょうか」 というご意見を、お客様ではない方からいただいたことがある。それに対し、ウェブショップの現実をお知らせするご返事をお送りしようとして 「ウワサワさん、いちいち答える必要はありません。相手の受け取り方もまちまちでしょうし。雉も啼かずば撃たれまい、です」 と諭されてから何年が経つだろうか。

お客様より電話にてご注文をいただき、それをメモにする。ファクシミリでも年末需要のご注文が次々と入る。それを伝票にする前に次の電話が鳴る。それが延々と続く。受注メモとファクシミリの紙がカゴへ溜まっていくだけで、仕事は何もはかどらない。そう言うと家内が 「少なくともご注文をお受けする、という仕事だけはできてるわよ」 と返すので 「そう言われてみりゃぁ、まぁそうだわな」 と思うが気は焦るばかりである。

オヤジの霊前にお花、お供え、香典をお送りくださる方々へのご返事もままならず、税理士、社会保険労務士、そういう人たちから取得してくるよう言われている書類を整えることもできないままに、ここ数日は過ぎていった。4時10分までコンピュータにかじりついて仕事をし、とり急ぎ喪服を着てタノイハカル先生のご自宅へ4時30分に伺う。2階へ寝かされている先生に組内の者として線香を上げる。

「8月にお祭りの寄付をいただきに上がったときと、すこしもお変わりありませんね」 と言うと、如来寺から来たイシカワ隊長が 「良いお顔でしょ」 とおっしゃるので 「はい、大したものです、ハッハッハ」 と、なぜか僕は笑う。次に焼香台へ近づいた人は神妙な顔をして 「クックック」 と嗚咽を噛み殺しているから 「オレはやはり不謹慎なのだろうか」 と心配になる。ストーンという音がするので思わず振り向けば、磨き抜かれた廊下におろしたての靴下を滑らせたのだろうか、老人が背中から転んでいる。現実のお葬式は伊丹十三の傑作映画 「お葬式」 に驚くほど似ている。ハカル先生は棺に入れられ夕刻5時15分に自宅を出た。

先月23日にオヤジの葬式を行った 「菊屋ホール」 にて弔問客の受付をする。クワカドシューコー本酒会員が導師が務めるお念仏の終了後、組内の12名は 「魚登久」 へ移動してずいぶんと美味いものを食べさせてもらう。コースの最後にさしかかるころ、店主のアイガテルジ君が 「お食事」 について当方の意向を訊く。みなの胃袋に、もはや鰻丼を収める隙はない。それは折り詰めにしてもらい、急に寒さを増した夜の道をたどる。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1205(月) 今度は落としたよ。

目を覚まして枕頭の灯りをつけ、時計を見ると3時30分だった。「遠い国」 を読み終え5時に起床する。洗面所の窓を開けると満天の漆黒に大きな星がたくさん光っている。「今日は晴れか、それにしては寒くねぇな」 と考えつつエレヴェイターを降りる。

蔵で仕事をし、事務室では 「本酒会」 の紙の会報を作成する、きのうの日記を書くなどのよしなしごとをして7時に居間へ上がる。朝飯は納豆、きのうの3種のキノコのオリーヴオイル炒めとにんにくのたまり漬のスライスを用いたオムレツ、ほうれん草の油炒め、メシ、大根と油揚げの味噌汁。

登校する次男をウチのあるブロックの端まで送っていくと、日光街道を隔ててはす向かいに住むツカゴシユキオさんが僕の姿を見て横断歩道ではないところを赤信号にもかかわらず渡ってこようとする。雪が吹きかけた昨夕から夜にかけて冷やされた地面が朝日を浴びて濃い霧が発生しているからクルマからの視界は利かないだろう。「あー、危ないですよ」 と、その行為を止めさせようとするがツカゴシさんは構わずこちらの歩道まで達して 「きのうハカル先生が亡くなったんだそうです」 と言う。

ハカル先生とはいわゆる向こう三軒両隣の組内にある 「タノイ歯科医院」 のタノイハカル先生のことだ。そういえばきのうの夕刻、買い物帰りの家内がタノイさんの前に救急車が停まっていたけれどなにかあったのだろうかと心配をしていた。「いやっ、2週間にふたつ葬式ですか」 と僕は驚き、「組内はとりあえず9時に、ご挨拶に伺います」 とツカゴシさんは手短に説明をして、ふたたび日光街道の横断歩道ではないところを赤信号にもかかわらず渡って自宅へ向かった。

来年は当番町を迎えるに当たって8月6日、お祭りの寄付をいただきに上がったところ 「カネ集めたって、どうせお前ぇらが飲んじゃうんだんびゃ」 と皮肉を言われ、当方はヘラヘラ笑いながら結局は予想していた金額の下限から5割り増しの現金をいただいた、あのときが先生と顔を合わせた最後になった。憎まれ口を叩かれたのも、今では良い思い出である。

組内のうち急な知らせに対応することのできた7名が9時に 「タノイ歯科医院」 へ集まり、日当たりの良い2階に寝かされた先生に線香を上げる。また明日あさってのお通夜と告別式につき、既にして顔見知りになった 「菊屋ホール」 のワガツマさんを交えて打ち合わせをする。

販売の社員といえども他の部署が忙しければ自らを配置転換させて応援をする。あすの残業に備えて販売係の何人かが商品包装の準備を整えていく。暮のギフト注文を伝票化するという事務室の仕事はやってもやっても終わらない。今日のところは帰るよう、終業後2時間の居残りをしたコマバカナエさんとイリエチヒロさんに言う。

市内に住む1年生の女児が下校時に連れ去られ殺害された事件を受け、今市小学校で7時から開かれる全校集会に出席するため家内は出かけた。オフクロと次男との3人にて冷や奴、レタスと胡瓜とツナのサラダ、ポトフにてメシを食べ、飲酒は避ける。9時ちかくに帰宅した家内によれば、これから冬休みまでは集団による登下校を実施し、当番の親が通学路のあちらこちらに立つことがとりあえずは決まったという。

牛乳を300CCほども飲んでベッドへ入るが枕頭の活字をあさりつつ眠らずにいる。10時30分に事務室へ降り、コンピュータを起動して以前、5,000円の値を付け僅差で負けた桑原甲子雄と荒木経惟の写真展 「ラヴ・ユー・トウキョー」 の図録を8,500円で落札する。今回の入札に競合する相手はいなかった。

寝室へ戻り、しかしなかなか眠れず、0時をすぎてようやく就寝する。

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 2005.1204(日) ジンニュウ

夢ともうつつとも区別のつかないところにしばらくいてから目を覚ます。夢の内容は忘れた。枕頭の灯りをつけ時計を見ると4時だった。「遠い国」 を読んで5時に起床する。製造現場で小1時間ほどの仕事をし、事務室へ戻っていつものよしなしごとをする。

7時前に居間へ戻る。朝飯は納豆、トマトのオリーヴオイル和え、メカブの酢の物、玉子のグラタン、メシ、豆腐と長葱の味噌汁。

きのう春日町一丁目の忘年会でカミムラヒロシさんが、ダチョウの肉を炙って食うと美味いと言っていたことを思い出す。僕は外国へ行けばすべて現地食でこと足りる。飛んできたバッタをそのまま食べろと言われれば抵抗はあるが、しかしおおむね温帯と亜熱帯の普通の家で食べられているものはほとんど食べることができるだろう。しかしダチョウの肉とワニの肉のふたつにはどうにも気が進まない。これが偏見というものだろうか。しかしまぁ、ダチョウだろうがワニだろうが、目の前に出てくればムシャムシャとこれを食べられることは間違いない。

「オレには無理だ」 と思われるのが人間の乳で、しかし友人知人の中には自分の女房が子供を産んだ際に母乳を飲ませてもらっている者が意外や多い。中には 「自分の大切な子供の命の元を、自分の口で確かめないとは無責任だ」 と僕に説教をした友人もいたが、水っ鼻を垂らしつつ涙目になって人を諭すような問題だろうか。

「ウワサワサン、食べ物に好き嫌い、ありますか?」
「特にありませんが、ジンニュウだけは気味が悪くてだめですね」

「ジンニュウ?」
「はい、牛の乳が牛乳で、人の乳が人乳です」

と答えた僕に向けた目を思わず伏せる人は、恐らく過去にジンニュウを飲んだことがあるのだろう。

終業後、オヤジの四十九日の案内状を整える。文面は既にできていたからこれをプリントしてコピーを取る。毛筆とはいえ筆ペンだが署名を入れ、封筒に収めてその表にまた筆ペンで宛名を書く。これを済ませて後に第150回本酒会報を書き、そのメイルマガジン版を会員および少数の酒蔵および酒屋へ宛てて送付する。またこの会報のウェブペイジ版も作成してサーヴァーへ転送する

思い出せない名前の葉と玉葱とトマトのサラダ3種のキノコのオリーヴオイル炒め、OGビーフのステーキにて晩飯前にデカンタージュしておいた "Castillo de Molina Cabernet Sauvignon Reserva SAN-PEDRO 2003" を飲む。先日 "Saint-Aubin Premier Cru Jean Marie Delaunay 1987" をひとくち含むなり 「これは、ダメだね」 と言ったオフクロも、今夜のワインについては 「あ、これは美味しい」 と、これを褒める。

入浴して牛乳を300CCほども飲む。午後おそくにごく短いあいだではあったが雪の降る時間があった。夜に入ってふたたび山から吹きかけたのだろうか、隣家の屋根にはうすく雪がある。「積もんなきゃいいけどなぁ」 と考えつつ9時30分に就寝する。

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 2005.1203(土) 福建省の山道

4時に起床して1階へ降り、事務室から蔵へと移動する。ひとしきり仕事をして事務室へ戻り、ウェブショップでの買物にカード決済を選びながらカード会社を特定されていないお客様、また、読みようによって様々な解釈のできるご希望を備考欄へお書きになったお客様に確認のメイルを送付する、きのうの日記を作成する、などのよしなしごとをする。

シャッターを上げて外へ出ると外気は冷たいものの、いまだ厳冬というものではない。我が町にある大沢小学校からおとといの下校時に行方不明となった1年生の女児が茨城県にて遺体で発見されたとの記事が新聞の1面トップにはある。そういうことをする人間が、我々の生活圏内を徘徊していたということだ。または今でもうろついている、あるいは何食わぬ顔で普通の生活をしているのかも知れない。子供を持つ者は特に、こういう事件に接して歯がみをする。小さな家族を亡くした人たちの嘆きはいかばかりだろうか。

きのうの雪雲は消えたが家々の屋根には霜が降り、その景色はいかにも寒々しい。朝飯はトマトのオリーヴオイル和え、白菜の油炒め、納豆、メカブの酢の物、メシ、大根と万能葱の味噌汁

朝のうち、家内、次男との3人で墓参りへ行く。マッチを扱えるようになった次男が新聞紙に火を着け、その火で線香を炙る。オヤジが亡くなった日から正確に49日を数えれば新年1月7日となり、しかし松の内に四十九日の法要をするのはいかにも常識はずれと、これは年内に行うこととした。

初更、家内と事務係2名が残業する事務室を出て自転車に乗る。豚かつ 「あづま」 手前にある中華料理屋に設定された春日町一丁目役員の忘年会に出席をする。八角の効いた三品盆が美味い。「オレの体には悪いんだろうなぁ」 と考えつつかなりの数のピータンを食べる。

「オレも中国さ行ったことあんだ」 とアンザイ畳屋のオヤジが言う。「センソーデスカ?」 と真顔で訊ねる中国人のオカミを見て 「人の外観から年齢を推測することが苦手な人は、オレ以外にもいるんだな」 と思う。アンザイさんは昭和11年の生まれというから第二次大戦終了時にはいまだ8歳か9歳だっただろう。

「中国はどこらへんから来たんだや?」
「シャンハイカライチジカンハンクライノトコ。フッケンショー」
「福建省っつえば山道あっぺ、その山道を登ってくとせー」

若輩者が横から口を出しては失礼と知りつつ 「アンザイさん、そんなこと言っても福建省に山道は何万本もあるでしょう」 と、その会話を終わらせオカミを仕事へと復帰させる。

イカと黒豆味噌の鉄板焼き、海老のチリソース炒め、牛肉とピーマンの細切り炒め、揚げワンタンなどなどで生ビール、焼酎、燗酒などが飲まれていく。仕事のため遅れて参加をしたオノグチショーちゃんは次の忘年会が控えていると、夜道に目立つオレンジづくめの服装で早々と座敷を去った。「海鮮焼そば、あれ食わねぇと帰れねぇんだ」 というカミムラヒロシさんのためにその焼そばを1人前のみ注文したが、卓へ届けられたそれは何人かで分けられるほどの量があった。

帰宅して時計を見ると9時が近い。入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1202(金) 左翼に「堅い」と言われたのだから

目を覚ましてから闇の中でかなりのあいだ静かにしていたが、それにも飽きて枕頭の灯りをつけ時計を見ると4時だった。携帯電話を開くと、昨夕のメイルマガジンに反応してくださったお客様のご注文がサーヴァーから転送されてたくさん並んでいる。「受注係のコマバカナエさん、大変だろうなぁ」 と人ごとのように思うのはいけないことだろうか、しかし餅屋は餅屋である。

起床してエレヴェイターを1階まで降りる。大切な時期のためこれからしばらくは毎朝、蔵つまり製造現場へ入って少々の仕事をすることとする。事務室へ移動してからはいつものよしなしごとをし、いつもより早くに居間へ戻る。いつもより早く居間へ戻ったのは、本日のテストに備えて次男の漢字練習を督励するためだ。いつものザラ紙の自由帳が見あたらないため、次男は折り込み広告の裏に指定の漢字を書いていく。その風景を見て昔のことを思い出す

僕が今の次男と同じころ、個人的な勉強は近くに住むナガシマリサブロウ先生に見ていただいていた。ある日のこと、次に来るときには計算用紙を持ってくるよう言われ、「広告?」 と訊くと先生はしばらくいぶかしげにした後 「あっ、広告ってのはチラシのことか、君の家ではそういうときにはチラシを使うのか、いやっ堅いなぁ」 と、なかば揶揄気味に賛嘆した。ナガシマ先生は左翼だった。左翼に 「堅い」 と言われたのだから僕も大したものである。

日光の山は雪雲に覆われている。朝飯は納豆、キャベツの油炒め、メカブの酢の物、ほうれん草のおひたし、メシ、シジミと万能葱の味噌汁。キャベツの油炒めとほうれん草のおひたしにも酢をかけたから今朝のメシには実質上、酢の物は3点ということになる

所用にて宇都宮へ行き、昼前に帰社する。小学校でマラソン大会があるというので繁忙な家内に代わって応援に出かけるが、どこに次男がいるのかも分からず写真1枚を撮り帰宅する。午後、東京から自動車関係の知り合いハマモトキ先生とミシゲムネヒサさんがオヤジに線香を上げに来てくださる。オヤジの死を悼み、また生前を懐かしんでくださる方が多くいらっしゃることはもちろん、僕にとっては有り難く、またかたじけのないことだ。

初更、水菜と胡麻のサラダ、白花豆、トマトのオリーヴオイル和え、グリーンアスパラガスの豚肉巻きバルサミコソースにて炊きたてのメシ2杯を食べ、飲酒は避ける。食後にホイップクリームと練乳をかけまわしたイチゴ4粒を食べる

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.1201(木) まるで抽象画を

3時に目を覚まして 「遠い国」 を読む。小林紀晴の文章は平易で透明だから文字を追うことに苦労はないが、この紀行文に限っては著者が自分のなかに説明できないものを包み込みながら歩き、また書いているためか、行が変わるごとにまるで抽象画を見ているような気分になる。

3時30分に起床して事務室へ降り、僕の署名と印鑑の必要な文章をひとつ、当方から請求書が届く以前に1度ならず2度も誤った金額を振り込もうとしている取引先に宛てた文章をひとつ、今夕に発行するメイルマガジンの文章をひとつ、計3葉を作成していまだ5時。きのうの日記を作成し、製造現場へ入って商品の仕上がり具合、年末ギフトの荷造り状況などを見て6時。

シャッターを上げて東の空を見ればいまだ夜中のそれだから新聞のみを取り込んでシャッターを降ろし、「オヤジが死んじゃったから日経新聞はもういらねぇかなぁ」 と考え 「しかし日経にはオヤジの同級生もオレの同級生も勤めているから義理もあるしなぁ」 と思い直したりしているうちに6時30分になったため居間へ戻って熱いお茶を飲む。

朝飯はメカブの酢の物、ほうれん草のおひたし、塩鮭、納豆、メシ、キャベツと長葱の味噌汁。ほうれん草のおひたしにも酢をかけたから今朝のメシには実質上、酢の物は2点ということになる

年末ギフトの出荷日としては12月1日がひとつの頂点となるため、午後から夕刻へ移りゆくころ製造現場へその進捗状況を調べに行っているところに事務係のイリエチヒロさんが来て 「コンピュータリブさんが見えています」 と言う。事務室へ行くとナカジママヒマヒ社長が黒い服を着て立っているから 「しょうがねぇな」 と思う。オヤジの葬儀に際して "Computer Lib" には献花をいただき弔電をいただき昔風に言えば番頭のイノウエタケシさんに列席していただきと、既にして 「いただきづくし」 なのである。

こういうときのために設けてある事務室奥の祭壇にてマヒマヒ社長には線香を上げていただき、ホンダフィットにて東武日光線下今市駅まで送る。マヒマヒ社長は事務室へ顔を出す前に店舗へ寄ったらしく、何万円ものギフト注文もいただいた。「だから」 というわけではないが改札口ではなくプラットフォームまで同行する。

初更、エノキダケ、椎茸、白菜キムチ、長葱を煮た鍋に水菜、豚の薄切り肉を投入して食べ、芋焼酎 「白金之露・黒」 のお湯割りを飲む。その鍋で煮たラーメンの後は、僕にしては珍しくホイップクリームをのせたイチゴを食べる。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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