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大空に月と日が姿を現してこのかた 紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2006.0430(日) 「晴れた日」

5時に起床して事務室へ降りる。この時間には既にして外は明るいからシャッターを上げると、折しも毛糸の帽子をかぶって自転車に乗った女の人が新聞を配達してくれたところだったから、ガラス越しに軽く会釈をする。製造現場で作業をしたり、また事務室へ戻っていつものよしなしごとをしたりして7時に居間へ上がる。

朝飯は 「丸赤」 の極辛塩鮭、「味芳」 のじゃこ、「上澤梅太郎商店」 のしその実のたまり漬、ふきのとうのたまり漬、オヤジの弟が庭の梅の木から収穫して作ってくれた梅干によるお茶漬け。この梅干はまるでプラムのような香りがして非常に美味いが、なによりもらった個数が10個に満たなかったため、1個を何回にも分けてチビチビと大切に食べている

きのう "Yahoo!" のオークションを覗いたところ、篠山紀信と喧嘩別れする以前の荒木経惟が激賞して止まなかった写真集 「晴れた日」 が出ている。そのときの価格は36,000円で、オークションの終了は夜9時だった。競り合っている二者の履歴を見ればお互いに業者のようで、この先いくらまで値が付くかは分からない。「終了の直前にいきなり4万のビッドを入れたら落札できるだろうか」 と考え、しかし晩飯の後には酔ってそのまま眠ってしまった。

今朝あらためてそのペイジを見ると、価格は36,000円のままきのうの二者のうちのひとりが落としていたから 「あぁ、失敗した」 と後悔をする。篠山紀信のこの写真集と荒木経惟の 「食事」 の2冊が市場に出ることは滅多にない。

25日に行われた 「第155回本酒会」 の会報は、メイルマガジン版のみ数日前に発行した。終業後にそのウェブペイジ版を作成し、サーヴァーへ転送する。またヤマトのメイル便で送付する紙の会報も印刷して綴じ、封筒へ詰めて整える。

7時に居間へ戻る。キムチ鍋にて泡盛 「春雨カリー」 を2合ほども飲む。入浴して今度は牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0429(土) 味噌汁の具と着物の柄との関係

目覚ましのアラームが鳴ってようやく眠りから引きはがされるという経験は年にせいぜい1度か2度のことにて、今朝も薄明るくなった部屋で 「もうそろそろかなぁ」 と考えているところに、携帯電話に設定した5時の音が鳴る。仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。

朝飯はきのう次男が残したレタスとブロッコリーとツナとらっきょうのたまり漬のサラダ、胡瓜の塩もみ、ジャコ、おととい北千住の駅ビルで買った辛味大根による大根おろし、納豆、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁

1980年代の初頭、山手線の内側に唯一残存した味噌の醸造元 「田中味噌醸造所」 にいるとき、昼の味噌汁はお手伝いさんのササオさんが作ってくれる、具が4種も5種も入った田舎臭いもので、しかしあれはあれで美味かった。

「上品」 とはしばしば簡素で涼やかなものに向けられる表現と認識をしている。美術系の学校へ行ったある女の人がむかし、着物の柄をよくよく見ると、西洋の基準では考えられない大胆な補色の組み合わせが多くて困惑すると言っていた。しかし西洋の美術を勉強している人がウンザリするような混沌も、日本人の目からすれば別段、下品というものでもなく、だからササオさんの味噌汁もことによると、上品の極みだった可能性がある。

20日の木曜日から体調を崩した次男は翌週の月曜日から学校へ行き始めたが、きのうの晩よりまた熱を出した。体内に居残ってすぐには去らない質の風邪なのだろうか。その次男の要望により昼飯はうどんになった。玉葱と椎茸のみじん切りと共に甘辛く煮た豚挽肉のつゆが、細めのうどんの上からかけてある。僕はその上に更にもみ海苔を散らし、「百徳食品公司」 の 「辣椒油」 を振りかける。「九龍醤園」 で買ったこのラー油は1年を経ても使い切れず、だから九龍城の 「粗菜館」 で購い大切に取り置いた方のラー油などは、いつになったらそのフタを開けられるのか知れたものではない。

次男は午後に高熱を発し、それが夕刻に下がると先ずキムチ鍋が食べたいと言い、すこし後にはやはりウナギが食べたいと言い出した。自慢ではないが僕はウナギを3食3日つまり9回つづけて食べたことがあり、これは体がウナギの何かを要求していたのだろう。

というわけで初更には胡瓜とワカメの酢の物、肝吸い、「魚登久」 の鰻重にて泡盛 「春雨カリー」 を2合ほども飲む。来客と共に、あるいは町内の仕事の最中に食べる昼の鰻重よりも夜のそれの方が格段に美味いのは、酒を伴っているからに違いない。

気がつくと畳の上で眠っていて、時刻は11時30分だった。ヨロヨロと起きあがって入浴し、牛乳を200CCほども飲んで0時すぎに就寝する。

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 2006.0428(金) タダオ君の家の犬

5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。「春に三日の晴れ無し」 という言葉があるそうだが、そして現在が春なのかあるいは初夏の入口なのかは知らないが、予報によれば連休の天気はおおむね良いらしい。

朝飯はブロッコリーの油炒め、大根おろし、炒り卵とレタスとトマトのサラダ、胡瓜の古漬け、納豆、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と万能葱の味噌汁

大口のそれについては銀行から振り込むが、近所の取引先への買掛金支払いはウチの事務室にて月末にこれを行う。今月はその月末30日が日曜日、その前日は 「みどりの日」 というワケの分からない祭日に当たり、いつ行くべきか迷っているのだろう、集金に来ないお店が3軒ほどもある。

夕刻まで待ってその3軒への支払金を持ち、日光街道を渡る。1軒目をこなして2軒目はクルマにガソリンを入れている 「大橋油店」 で、そのアールデコ調のファサードの下の硝子戸から中を覗くと1匹のブルドッグがいる。

戸を開けるなり敷居に膝を突いて 「可愛いねぇ」 と声をかけると、ツチノコの胴体にピラニアの顔を付けたようなその犬は喜び勇んで突進し、僕の顔をペロペロと舐め始めた。ブルドッグは目も鼻も口も同一平面上にあるから、頭を愛撫というよりも軽く叩くと目も鼻も口も叩くことになり、そうするとこの犬はますます喜んで 「フッガー」 と声を発して僕にのしかかる。いつまでも遊んでやりたいのは山々だが、そうすると3軒目へ行くことができない。社長のオーハシタダオ君が後ろから首輪を引っ張り、無理やり犬を僕から引き離す。ブルドッグは悲しそうに目を剥いて 「ヒーッ」 と鳴いた。

2日も酒を抜いたから、まるで安酒場で飲むような酒が飲みたい。ジャコおろし、ポテトサラダ、ハムエッグを晩飯には出してくれるよう初更、家内には注文をしておいた。しかしながら実際の食卓に出てきたものは白花豆、生のトマト、レタスとブロッコリーとツナとらっきょうのたまり漬のサラダ、枝豆の湯波包み揚げ、そしてこれだけは注文通りのハムエッグだった。

「できるだけ荒っぽく仕上げてください」 と窯元に注文した粉引き刷毛目の茶碗が、完成してみれば職人の良心あるいは職業的常識により綺麗に上がりすぎている、そういう経験を思い出しつつこれらの食べ物にて泡盛 「春雨カリー」 を生で2合ほども飲む。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0427(木) 「近くまで参りましたので」

3時30分に目を覚まして 「チェ・ゲバラ伝」 を読み、二度寝をして5時に起床する。

事務室へ降りていつものよしなしごとをするうち、何ヶ月か前に通信販売で買った "Gramicci" のクライミングパンツ2本が目に留まる。自分のサイズに合わせて注文をしたにもかかわらず、実際に身につけてみたらウエストのサイズが大きすぎてどうにもならない。そのことに気づいたのは返品できる期限を過ぎてからだったから、今さらどうにかなるものではない。いずれ誰かにくれてしまうことになるだろうが、こうして無駄にする衣類が僕には少なくない。そして 「ユニクロの綿パンさえ穿いてりゃ間違いねぇんだわな」 と考える。

7時に居間へ戻る。朝飯は納豆、煮奴、ピーマンの油炒め、胡瓜の古漬け、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と万能葱の味噌汁

きのう上り特急スペーシアの中で下書きしたお客様への弔文を筆ペンで清書しようとして、しかし次から次へと仕事が舞い込み果たせない。あれもやらなきゃこれもやらなきゃ、しかしこういうときの仕事はひとつひとつ片付けていくしかないと考えているところに 「近くまで参りましたので」 と、どこかの営業係が来る。近くまで来たからという理由だけで客先を訪問する習慣は、日本の社会から無くすべきことのひとつだ。

初更、家族に先立ってトマトとレタスとブロッコリーのサラダ、刻んだ 「らっきょうのたまり漬」 を振りかけたカレーライスをそそくさと食べる

先日、春日町1丁目のユザワクニヒロ青年会長から、夏に行われる八坂祭の会計係を受けてくれるよう頼まれた。その 「大御輿を担ぐ会」 の会議へ出席するため、7時に春日町1丁目の公民館へ行く。ユザワ青年会長、オノグチショーイチ頭と並んで1番上の席に座りながら、8時から9時までのあいだはほとんどウツラウツラしている。町内の青年会だけなら畳の上で寝てしまうところだが、今日は他からも熱心な人たちが来ているため、そうそう失礼なこともできない。

9時すぎに散会した後は、場所を洋食屋の 「金長」へ替えて更に話し合いを続けるという一行からひとりだけ抜け出して帰宅する。入浴して牛乳を200CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2006.0426(水) 歩行

3時30分に目を覚まして 「チェ・ゲバラ伝」 を読む。二度寝をして5時に起床する。仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、6時30分に居間へ戻る。普段着よりもすこしましな服を着てとり急ぎネクタイを締め、おにぎり5個を持って外へ出る。空は晴れ、暑くもなく寒くもない。

下今市駅7:04発の上り特急スペーシアに乗って9時すこし過ぎに神田駅へ至る。

ひとつ仕事をこなして次の目的地の春日へ向かうとき、「乗り換え案内」 の入ったコンピュータあるいはせめて鉄道の路線図を持っていれば公共交通機関を使ったが、それらは無いから移動にはタクシーを利用することのみ考えていた。この近辺の地図を頭に浮かべて 「ここから乗ると遠回りになる」 と靖国通りまで出ると、道路は混み合っている。「渋滞ん中でタクシーに乗る気はしねぇな」 と歩くうち小川町、駿河台下、神保町と進む。「だったらいっそのこと歩いちゃえ」 と、水道橋から後楽園を左手に見て春日へ着く。

木綿のシャツ2枚を着ているだけだが太陽は本日のもっとも高いところにあり、うすく汗ばんでくる。「汗をかいて気持ちが良い」 という人の気が僕は知れない。汗をかいて気持ちが良いならその後にシャワーなど浴びることはないではないか思うが、これは変な意見だろうか。

汗をかくことは好きではないが、歩くという行為に弾みがついて地下鉄に乗る気がしない。文京区には5年ほど住んだが1度も歩いたことのない裏道を抜けて真砂坂上に出る。腹が減っている。ハンバーガーの "FIRE HOUSE" は満員、そのちかくの面白い定食屋も女の人で混み合っている。魚の美味い 「虎の子」 は夕方からの営業だからそのまま歩き続けて本郷消防署はす向かいの 「神勢。」 でつけ麺を食べる。昼時のこの店に行列ができないのは本郷の不思議のひとつだ。甘木庵へ寄り、本郷三丁目へ戻って2件の用事を済ませる。

湯島天神下からはさすがに地下鉄千代田線に乗る。17:12発の下り特急スペーシアに乗って7時前に帰宅する。本日の歩行距離は10キロを超えただろう。

若竹煮、菜の花の辛子和え、蕗と油揚げの炊き物、長芋とオクラのサラダ、バターをまぶしたジャガイモ、ハンバーグステーキにてメシ2杯を食べ、飲酒は避ける。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0425(火) ますます

5時に目を覚ましてすぐに起床する。仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ上がる。朝飯はブロッコリーの油炒め、胡瓜の古漬け、メカブの酢の物、納豆、メシ、これで終わりらしい豚汁

必要により連絡をしても幾日も応答のないお得意様がいらして不審に思っていたところ、奥様の急逝により忙しくされていたことがその理由と知って驚く。すぐに弔意を伝える手紙を書こうとして、しかし日常の業務に遮られて果たせない。

人には得意不得意があり、便箋に2枚ほどの手紙は数分で書き上げてしまう人もいるが、僕にその能力はない。弔文は後回しにしてメイルマガジンの文章を練る。ウェブショップの顧客へのメイルマガジンは月に1度は発行すると決めている。しかし今年は年初に蔵出しの商品が相次ぎ、1月には4通もメイルマガジンを出したから、その後の 「文章のタネ」 を見つけることが難しい。

夕刻になってようようこれを書き上げ、諸方へ向けて送付する。すべてのアドレスにこれを送り出すまでには、20分ほどもかかっただろうか。下今市駅を出るときこそ空席だらけだが春日部駅からは満席になる上り特急スペーシアの座席指定券を、駅へ買いに行く。

「第155回本酒会」 へ出席をするため、近所の洋食屋 「金長」 へ7時30分に行く。10本の日本酒を飲んで9時に帰宅する。最後に出た小さなステーキは、これを自分が食うとますます腹が出るため、次男へのおみやげとした。

入浴して何も飲まず、10時前に就寝する。

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 2006.0424(月) 夏五月

1時30分に目を覚まして 「チェ・ゲバラ伝」 を読んだり二度寝をしたりする。4時30分にふたたび目を覚まし、床に置いた血圧計を腕にはめる。1回目が109の68、2回目は117の77で 「酒を飲んだ翌朝は血圧が高いなんてのは、どこのデータベースから拾ってきた話だ?」 と思う。

仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は胡瓜の古漬け、ほうれん草の油炒め、メカブの酢の物、生のトマト、納豆、メシ、モミハツの香りのする豚汁

4階の窓から隠居の桜が見える。ソメイヨシノにはいまだ花びらが残っている。山桜は葉の若緑が花のピンクを圧して目立ってきた。しだれ桜は作業場の瓦屋根に遮られて見えない。庭に3本の桜がありながら遠くから眺めるのみにてその下まで行かないのはいかにも勿体のない話だが、これはみずからの怠慢による。

遠方より人が見えたため、昼に 「報徳庵」 へ行く。美味い蕎麦は我が町のいたるところで食べることができるが、この店は何より景色が良く、また会社からもほど近いから、来客のあったときにはこちらを訪なうことが多い。3人でそれぞれ天ざる、盛りの大盛り、なめこおろしの大盛りを食べ、ウェイティングリストに自分の名を書いてから90分後に帰社する。

初更をすこし過ぎたころに飲み屋の 「和光」 へ行く。若竹煮、ワラビのおひたし、鮪と蛍烏賊と鰹の盛り合わせにて焼酎 「吉四六」 のお湯割りを4杯ほども飲む。夏五月は目の前だというのに、僕はいまだ "Patagonia" のシンチラのセーターを着ている。

10時に帰宅して入浴し、牛乳を150CCほども飲んで11時前に就寝する。

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 2006.0423(日) モミハツの香り

5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。日曜日は降ったり止んだり、というのが2日前の予報だった。しかし洗面所の窓を開けてみれば、空には晴れ間さえ見えないものの雲はそれほど厚くない。

朝飯は納豆、ほうれん草の油炒め、胡瓜の古漬け、メカブの酢の物、メシ、豚汁。その豚汁に市販のキノコにはない、なにやらモミハツのような香りがするから問えば、これは沢又地区のサイトウトシコさんが鍋で持ってきてくれたものだというので得心する

胃を弱らせる質の風邪を木曜日の未明から患っている次男に、商売は忙しいけれども家内と交代で付き添う。本日が投票日となる日光市長および市会議員選挙については、既にして数日前にオフクロを連れて期日前投票を済ませている。

4時すぎに10日前の例大祭と同じ服装に着替え、歩いて5、6分のところにある宴会場 「あさの」 へ行く。これは 「笠抜き」 という儀式のためで、金棒引きの子供たちが背負った笠のヒモを区長が片端から解き、これを以て春の例大祭が終了したことになる。関係者の挨拶、酒飲み、オダ上げ、ビンゴゲーム、写真撮影などを経て8時前に帰宅する。

家内によれば次男は晩飯に豚汁を飲みながら 「治って良かった」 と、さめざめと泣いたという。不憫に思って 「完全に良くなったらコカコーラ、飲め」 と言う。次男は 「うん」 とうなずく。コカコーラこそは、次男のハレの飲み物である。

入浴してビールを120CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2006.0422(土) 「ニイサンヨロシク」

5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は温泉卵、トマトとレタスと水菜のサラダ、メカブの酢の物、納豆、メシ、アサリと長葱の味噌汁。「卵は数日から1週間にひとつ以上を摂取してはいけない」 と医師から言われている人間が、2日間で2個も卵を食べてしまう

予定外のあれこれもあって計画していたよりも1時間遅い、下今市駅14:35発の上り特急スペーシアに乗る。明日館での、2006年度・自由学園同学会本部委員会の初会議 「キックオフミーティング」 に、45分の遅刻で参加をする。2003年度には総務の一員として、2004年度にはホームページ研究室長、2005年度にはホームページ運営室長として加わった本部委員会からは、今年の5月を以て離れることができると判明してひと息をつく。

ウェブペイジを遅滞なく更新していく作業は、技術と事務能力さえあれば誰にでもできる。この2年間における僕の最大の仕事は、次代を任せることのできる、12年後輩のゴールドロベルト君を同学会へ引き入れたことだ。「後はひとつよろしく」 である。

同級生サカイマサキ君と共に明日館から数百メートルを移動し、北口近くの居酒屋 「鞍」 へ行く。運の良いことに僕のクラスはまとまりがあり、同窓会は高い頻度で開かれる。この同窓会に参加をして90分後に中座する

西日暮里、北千住と移動して、日光駅に停車した下り特急スペーシアの中で車掌に起こされる。駅から出て振り返ると、ホッとした気分をかがめた丸い背にあらわしながら、駅員は正面玄関を施錠しているところだった。

人ひとりいない駅前に立って 「どうしようかなぁ」 と考えているところに1台のタクシーがすべり込みつつその窓が開き、「ビャハハハハ、何やってんの」 という笑い声が聞こえる。僕の顔を知っている運転手さんだろう。すかさず乗り込み、しかし行き先を告げる必要はない。「ニイサンヨロシク」 と言われたから5キロと少々を走った料金は2,340円か2,460円だったはずで、ケチなくせに見栄っ張りの僕は千円札3枚を手渡し 「これで結構です」 と言う。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、11時30分に就寝する。

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 2006.0421(金) なにごとも世に連れる。

きのうと同じく2時30分に目を覚ます。「チェ・ゲバラ伝」 を読んだり二度寝をしたりして6時に起床する。仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。

朝飯はトマトとレタスのサラダ、ハムエッグ、メカブの酢の物、納豆、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と長葱の味噌汁

ハムエッグは大好物で、ベーコンエッグは更に好きだ。しかし血中の脂肪濃度や血圧について面倒を見てもらっている医師によれば、僕のような体質の者に卵は大敵で、数日から1週間にひとつ以上を摂取してはいけないのだという。「ホントかよ?」 と思う。「そんな説を流行らせたら第一、卵屋が困るだろう」 とも思う。

道徳律は時代によって変化する。ヴィクトリア朝には精神病の一症例とされたものが、現代においてはごく普通の行為として、誰もが疑わずにこれを行っている、ということもある。ある食べ物について 「これはからだに悪い」 とする学説も、時代が変われば噴飯物になることもあるだろう。とはいえ病院の壁のポスターにあるような病人になるのも怖いから、ある程度は医師の言うことを聞く。

片時もタバコを手放すことなく、しかしどこへでも自転車で出かけていく80歳のオジイサンが我が町内にいる。旧市街の日光街道は800メートルを進むあいだの高低差が30メートルもある。そういう道を、くわえ煙草のまま自転車で遡上していく齢80歳はまぁ、医学の方からすれば特殊な例に属するのだろう。「ああいうジイサンになりてぇよなぁ」 と思う。僕のおじいちゃんは酒もタバコもせずに72歳で死んだのである。

初更、蛸や小さな海老の入ったドリア、鶏の唐揚げを刻み込んだサラダを晩飯として飲酒は避ける。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2006.0420(木) シベリウス、あるいはハクシン

2時30分に目を覚ます。「チェ・ゲバラ伝」 を読んだり二度寝をしたりして5時に起床する。

同級生ヤハタジュンイチ君の、昨年暮に亡くなった奥さんスミレさんのピアノ演奏を、仕事場でよしなしごとをしながらCDで聴く。「これ、良いな」 と思った曲があったから席を立ってよその机に置いたライナーノーツを開くと、それはシベリウスによる 「樅の木」 という曲だった。僕はクラシックの音楽についてはほとんど何も知らない。シベリウスのそれにはなにやら、ビル・エヴァンスが襟を正して弾いているような風があった。

7時に居間へ戻る。朝飯はホットドック、サラダ菜とトマトのサラダ、コーヒー

例のカラス天狗のようなマスクと専用メガネが手放せるのは1年のうち3ヶ月だけ、という花粉症の友人がいる。僕の場合には、手やかかとにアカギレがないのは1年のうち3ヶ月だけ、ということが言える。

手については、まさか精神病の領域までは達していないだろうが、手を洗いすぎるところにその原因があると思う。小便をして手を洗い、便所の戸を開け事務室の戸を開けたらまた事務室で手を洗う。店舗でお金を触り、事務室へ戻ったらまた手を洗う。かかとのアカギレは、やれ風呂でこすれ、フットケアの店へ行け、サプリメントを飲めと色々言われて試すが、そのいずれにも大した効果はない。

アカギレは痛いから、あるいは血が出て靴下や書類やコンピュータのキーボードを汚すから、これを復旧させるために軟膏を塗りバンドエイドを貼る。アカギレにもっとも効く軟膏は岡山県にある 「山口製薬」 の 「ハクシン」 で、以前は広島県に実家のある家内の母にもらっていた。

何十日か前にとうとうこの薬を使い果たし、仕方なく他のもので代用すると、やはり治りが遅い。というわけで未知のその薬屋へ電話をしたのはおとといのことだった。早くも本日それが届いたから封筒を開くと、丁寧な手書きの手紙と共に普段つかっている3倍量の器ふたつが出てきた。これで5月を凌げば、夏の3ヶ月に限り僕のアカギレは消えるだろう

日中にはまるで夕立のような雨と台風を思わせる強風が長く続いたが、夕刻を迎えて空は晴れ上がった

初更に黒豆、冷蔵庫にまだあった鶏レヴァのオリーヴオイル炒めバルサミコソース、茄子の炒りつけ、数の子の醤油漬けにて芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲む。椎茸、豚肉、厚揚げ豆腐、水菜、にゅうめんの鍋にては泡盛 「春雨カリー」 を生で1合半ほども飲む

入浴して牛乳を飲もうとしたら、これが残り30CCほどしかなかったからとにかくその30CCを空けて9時30分に就寝する。

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 2006.0419(水) エスプレッソは注文せずに

3時30分に目を覚ます。「チェ・ゲバラ伝」 のペイジは折しもフィデル・カストロ以下81名を乗せたヨット・グランマ号が嵐を突いてキューバへ上陸するところだから、寝起きのぼやけた頭ではもったいなくて読めない。枕頭の活字をあさったり二度寝をしたりして5時に起床する。

仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯は茄子の炒りつけ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の炊き物、メカブの酢の物、納豆、メシ、シジミと長葱の味噌汁

開店前に春日町1丁目のユザワクニヒロ青年会長が来て、夏のお祭の会計係をしてくれと言う。青年会の会計係は他にいたはずだったがと返すと、僕にして欲しいのはお祭だけの特別会計だと答える。きのうの日記に会計係は楽だなどと書いてしまった手前、断ることもできずに引き受ける。

会計の仕事を楽にする方法はもうひとつあって、それは自らを人間ATMにしてしまうことだ。誰かがお金を持ってくれば入金し、誰かがお金をくれと言ってくれば出金する。現金残高を増やす手だては他の人にしてもらう。これに徹することができれば会計係に苦労はない。僕のウェブペイジのどこかに金銭出納帳を置き、お祭へ出資した者すべてがそれを閲覧できるようにしても面白い。

初更に "Casa Lingo" へ行き、イタリア風の3品盆、鯛のカルパッチョ、チョリソー、石釜で焼いたシーフードドリアとラザニア、唐辛子とにんにくのスパゲティ、生野菜を載せたピッツァなどにてカラフの白ワインを飲む。最後にエスプレッソのシフォンケーキを食べ、しかしエスプレッソは注文せずにワインの残りを空ける。

帰宅して入浴し、9時30分に就寝する。

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 2006.0418(火) 当番町の会計を楽にする3つの方法

目を覚ましてからどれくらいのあいだそのままの姿勢でいたのかは知らない。ようやく枕頭の携帯電話へ手を伸ばし、時刻を確かめると2時45分だった。「チェ・ゲバラ伝」 を読んだり二度寝をしたりして5時に起床し、仕事場へ降りていつものよしなしごとをする。

7時に居間へ戻る。朝飯は納豆、椎茸の油炒め、じゃこ、きのうのポテトサラダ、メシ、同じくきのうの鶏レヴァのオリーブオイル炒めと長葱の味噌汁。

中央のじゃこに照準を向けてスポットで合焦したにもかかわらず、その朝飯の画像を見ると、より遠くの納豆と、向かって右側のポテトサラダに焦点が合っている。これは他のデジタルカメラにもしばしば見られる現象で、パララックスの自動補正を備えていないのだろうか。「手ぶれ防止よりは技術的に楽そうだがなぁ」 と考えて、しかし疑問は払拭されない。

総鎮守 「瀧尾神社」 のお祭について1年のあいだ責任を持つのが当番町で、その春の例大祭は16日の後片付けを含めて無事に完了した。「ここがひとつの区切りだろう」 と思ったから会計の中間報告書を2部作成し、イワモトミツトシ区長宅へ持参する。2部のうち1部は春日町1丁目の会計係タケダショージさんの分である。

「当番町の会計は大変だんべ」 などと言われれば悪い気はしないが、以下の3点を守れば苦労はない。すなわち

1.当座勘定を開設し、支払いにはなるべく小切手を使う。
2.紙と電卓は使わない。(コンピュータを使う。マクロは自分で書く)
3.小口現金の残高が帳面の数字と合わないときには、先ずその差額を出す。

現金残高が合わないとき、得てして人は先ずお金の数え違いを疑う。お札やコインを逐一数え、それをメモにする。次は帳面を出し、計算が合わなくなったところから下へ、金銭の出し入れとそれに伴う残高とを1行ごとに電卓で計算し直していく。これが時間を無駄にする元である。現金と帳面の数字が合わないときには、先ずその差額を出す。そうすれば大抵、ミスはすぐに見つかる。

初更、鰹のたたき、茄子の炒りつけ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の炊き物、焼いた厚揚げ豆腐、鮪の刺身にて 「宮里酒造所」 の泡盛 「春雨カリー」 を生で1合半ほども飲む

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0417(月) むしろいくらかつたなく

2時30分に目を覚まして 「チェ・ゲバラ伝」 を読んだり二度寝をしたりする。5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをする。きのう撮った画像はどれもこれもピントが甘かったから、加工すればまぁまぁ見られるだろうが日記には使わない。

マニュアルカメラに焦点距離の短いレンズを付け、一定以上の明るさの下で写真を撮れば、まずピントを外すことはない。オートフォーカスと光量不足とが重なれば、つまり僕がメシの写真を撮る状況を考えれば、焦点が合わない事故はある程度折り込む必要がある。解せないのは明るい戸外での撮影において "RICOH GR DIGITAL" がしばしば甘い合焦をすることで、これは僕の研究不足もあるだろう。

朝飯は玉子と三つ葉の雑炊、蕗味噌、じゃこ、すぐき、きのう残った3品のおかず

ひと時代前の写真を見てもっとも時代を感じるさせるのは、そこに写っている街、クルマ、そして女の人である。街やクルマが写り込んでいるわけではないが、ウチのパンフレットの店内写真がいかにも古くさく、これについては20年も我慢をし続けてきた。こういう我慢は美徳ではない。というわけでお客様がいらっしゃる前の店舗に三脚を立て、数十枚の写真を撮る。

午後、ノヴェルティのデザインを頼んだ会社へ電話をし、"PDF" で送られてきた第1の案につき、デザイナーに対しては失礼と考えつつ、現在の案は格好が良すぎるので、むしろいくらかつたなくして欲しい旨を伝える。

初更、ジャガイモとキャベツとハムのサラダ、生の水菜、鶏レヴァのオリーヴオイル炒めバルサミコソース、豚肉を巻いたグリーンアスパラガスのフライにて、バキュバンで栓をしておいた "Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を飲む。収穫したばかりの太いアスパラガスは、とても柔らかい

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0416(日) 代替品

目を覚まして雨の音を聴きながら横になっていると間もなく、念のため携帯電話にセットした5時のアラームが鳴る。起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをする。このところそのよしなしごとの際には、先日オフクロが上海から買ってきた一葉茶というお茶を飲んでいる。これは正確にはお茶の葉から作られたものではなく、味はひどく苦い。美味いかと問われれば美味くはないが、しかしお茶の代わりにはなる。

20年以上も前に町内のオノグチショーイチさんから 「酒の代わりにさぁ、アルカリイオン飲料みたいの飲むと体に良いぜ」 と言われたことがある。アルカリイオン飲料を酒の代替品とするには、いささかの無理があるのではないか。だったらむしろタバコの方が酒の代わりにはなりそうだ。もっともタバコは酒よりも体には悪く思われる。

マドラスの下町でチャイ屋に入り、上半身はTシャツ、下半身は腰巻の店員に 「チャイとコーヒー、どっちが安い?」 と訊いて苦笑いをされたことがある。インドも南部へ下れば紅茶よりもコーヒーの生産量の方が高い。コーヒーの方が安いとの返事を確認して、僕はコーヒーを注文した。コーヒーと紅茶は代替品の関係と言えるだろう、いや、英国人に限っては、そうは思わないかも知れない。

雨は7時すぎに上がった。朝飯はブロッコリーの油炒め、すぐき、レタスとツナのサラダ、鮭の昆布巻き、メシ、天ぷらと三つ葉の味噌汁。

8時30分より神社の後片付けがあるが、オヤジの喪がかかっているため僕はこれには参加をしない。10時ころより店舗駐車場の屋台に人が集まり、これを解体場所の 「市縁ひろば」 へ運んでいく。その最中にもお祭に関係する金銭の出し入れがあり、そのたびに小切手を切ったり現金を出したり、あるいはそれを出納帳へ入力したりする。回覧板には屋台の解体に参加できると丸印をつけたが、店舗が繁忙になりそれがままならない。

初更、次男の音読と漢字練習の宿題を督励する。そののちに筍の炊き物、玉葱のマリネ、椎茸の油炒め、鶏肉の酢豚風にて芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲む。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0415(土) 格納

目を覚まして枕頭の灯りを点け、「チェ・ゲバラ伝」 を読んで5時に起床する。事務室に降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ上がる。

朝飯は納豆、大根おろし、すぐき、芹の天ぷら、温泉卵、水菜のサラダ、メシ、シジミと万能葱の味噌汁。納豆の薬味としては大根おろしが最も好きだが、今朝のそれは天ぷらに用いて余らなかった

8時30分にオノグチショーイチ頭が来て屋台のあちらこちらを点検する。今週後半の天気予報は雨ないし曇りだったがこれまで1滴の降水もなく、今朝に至っては晴れてさえいる。後祭りとなる本日の屋台巡行はこの3日間で最も長く、その総延長は6キロに達するだろうか。金棒引きを務める子供、着物に羽織の役員、半纏を着た男、あるいはお囃子、そういう人たちは9時に集まり、その30分後に日光街道へと出て行った。

僕は事務室にいて普段の仕事の他、お祭に関わる諸事の連絡や金銭の出納にあたる。

婦人会の人たちが昼前に、200個を超えるオニギリを運んでくる。やがて屋台が国道121号線の長い坂を上がり戻ってくる。僕は支給されたオニギリを事務机で食べ、これを昼飯とする。

午後も市内を巡行した屋台は夕刻5時30分に無事、今朝あった場所へと格納された。頭と区長の挨拶があり、後片付けを除いてはこれで春の例大祭のすべてのスケデュールが完了したことになる。

犬走り下の机には既にして70人分の弁当が用意されている。その弁当を手に子供たちは親と家路を辿る。半纏を着た人たちは屋台をシートで包んでから打ち上げ会場の公民館へ向かい、着物と羽織の役員も三々五々帰宅の途につく。僕はシャッターを降ろし、本日の金銭の出し入れを記録する。

茹でたブロッコリー、椎茸の油炒め、ジャガイモのオムレツ、芹の醤油煮にてメシを食う手もあったが、月に8回の断酒ノルマを早々に達成しては、その後は飲むばかりになってしまう。そういう理由にて芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲む。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0414(金) お祭とは畢竟、

4時前に目を覚まし、「チェ・ゲバラ伝」 を読んで5時に起床する。白の上下、白足袋、スンバ島の黒い帯、そして春日町1丁目の半纏を身につけてエレヴェイターを降りる。

事務室でいつものよしなしごとをするうち例大祭の開催を報せる花火が鳴り、「あぁ、6時だ」 と気づく。お祭の朝には、長さ2間半ほどの竹をふたりの男が腰から延ばしたひもへ結びつけ、旧市街南端の追分地蔵尊から同じく北端の瀧尾神社までのおよそ8丁を駆け上がる。この露払いの出発が6時だからカメラを持って日光街道へ出る。巫女の仕事は多く処女によって遂行される。同様の理由にて露払いは童貞の務めるのが望ましい。

ハザードを点滅させたクルマに守られ、遠くから中学3年のシバザキマサヒロ君と中学2年のカワナゴカズサ君が背後に長い竹を曳きつつ走ってくる。僕は車道の真ん中へ進んで腰を落とす。ふたりがディスプレイ一杯になるまで引きつけいざシャッターボタンを押すと、それはシャッターではなく電源のボタンだった。電源とシャッターボタンの位置関係は、 "RICOH GR DIGITAL" の弱点のひとつである。ふたりは僕のカメラに記録されないまま北へと去った。

朝飯はトマトとレタスのサラダ、鮭の昆布巻き、納豆、目玉焼き、ピーマンの油炒め、すぐき、メシ、蕪とその葉の味噌汁

当番町春日町1丁目の人員は午前7時に神社へ集合した。本日、諸々の役を請け負った各町内の面々が徐々に参集する。玉串料や祝儀を差し出す来賓の受付、装束を整える人などにくらべれば、会計係の僕は金銭の出納1件につきコンピュータに新たな1行を加えるだけだから楽なことこの上ない。渡御の行列が10時に神社を出発する。桜は急に気温の上がったきのう1日でかなりその花弁をほころばせた

広間で食事をする来賓のお膳の準備、同じ場所で昼食を取る余興委員の席の用意、生憎と来られなかった相談役への折詰め弁当の配達などをしてからカジキマグロの煮付け、3種の天ぷら、芥子菜のおひたし、豆腐と三つ葉の味噌汁という燗酒に適したおかずにて飲酒は為さず、メシ2杯を食べる。「お祭とは畢竟、飲み食いをすること」 とは、12年前の当番町で神社会計を務めたハガカツオさんの名言である。

昼食以降の3時間は嘘のようにヒマだったから社務所の座卓で本日の日記を書き、あるいは 「チェ・ゲバラ伝」 を読む。

予定よりも30分遅れの3時40分に渡御の一行が神社へ戻る。境内のテントで行われた出席人数150名ほどの直会は4時30分にお開きとなり、僕も5時前には社務所を出た。

「帰社してお祭の格好のまま仕事に復帰する」 と書きたいところだが、屋台巡行の面々は既にして店舗駐車場へ集まっていた。神社にいて出し入れをした金銭の計算をするうち終業時間になる。屋台が国道121号線へと出て行く。僕は事務室に残ってまたも留守居役をする

日光街道沿いに旧市街を往復した屋台は8時前に戻ってきた。その屋台に雨風を避けるシートを張り巡らせて8時半、打ち上げのビールを飲んだ青年会員がどこか酒の飲める店へ向かって9時。それから居間へ上がったら、今夜のおかずは神社での昼飯に引き続き天ぷらだった。海老は次男が食べ尽くしたから残り3種の天ぷら他にてメシ1杯半を食べ、昨夜と同じ理由にて飲酒は避ける。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、11時前に就寝する。

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 2006.0413(木) 幸いにも

3時45分に目を覚まして4時に起床する。洗面所を経由して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯はブロッコリーの油炒め、鮭の昆布巻き、メカブの酢の物、納豆、日の菜漬け、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁

瀧尾神社の春の例大祭にかかわる人たちが、入れ替わり立ち替わりひっきりなしに来る。そのつど話を聴いたり書類のコピーを取ったり小切手を切ったりする。当方も同じくあちらこちらへ出かけ、あるいは電話をして、あれやこれやの注文や要請をする。本業の仕事ももちろんあるから、こちらの方もする。そうして夕刻に至る。

6時前、我が町内の屋台がオノグチショーイチ頭の先導により、店舗駐車場から国道121号線へと引き出される。僕は会計係および留守居役だから、普段この時間にはすべて施錠するはずの事務室にいて、犬走りの灯りは点けたままにする。

一行が春日町1丁目の西地区と東地区の一部を巡行してふたたびウチの前へ戻ってきたのは、その2時間後のことだった。屋台の重さがどれほどあるかは不明だが、その方向を変える場所へ来るたびに小頭のサオトメヒサカズさんとカワナゴヨシノリさんは屋台の下へ潜り、「キリン」 と呼ばれるジャッキ1本でこれを持ち上げることを繰り替えす

イワモトミツトシ区長の挨拶、オノグチショーイチ頭の一本締めがあって宵祭りは完了したが、缶ビールを飲む面々はあしたの相談もあり、9時ちかくになってようやくその全員が去った。

僕の肉体あるいは精神が最もお酒を欲するのは夕刻で、この時間をやり過ごしてしまえばその欲求は収まってしまう。秋刀魚の開き、グリーンアスパラガスと蕪とキュウリのサラダ、ジャガイモの味噌転がし、千枚漬にてメシ1杯半を食べ、幸いにも飲酒は避ける

入浴して何も飲まず、11時前に就寝する。

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 2006.0412(水) 旅社でもいいよ。

2時すぎに目を覚ます。大きな雨粒が強い風に煽られてガラス窓に当たっているのだろうか、プツプツという音がすこしの間をあけながら、しかし途切れることなく聞こえている。「チェ・ゲバラ伝」 を読み、またうたた寝をしたりして5時に起床する。仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。

朝飯はメカブの酢の物、炒り卵とトマトとレタスのサラダ、日の菜漬け、納豆、じゃこ、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と長葱の味噌汁

先日 「加藤床屋」 の前を通りかかったら中にイワモトミツトシ区長の姿があったから 「オレも区長と同じくハゲてるけど、お祭の前には床屋へ行こう」 と考え、8時に 「加藤床屋」 へ行く。

9時30分に帰社してあれこれしていると、携帯電話に見慣れない番号の着信がある。出ると相手は同級生のコモトリケイ君だった。役所で何やらを申請中とのことだったから 「日本に帰ってきたのか?」 と訊くと 「いや、この番号がオレのバンコクのケータイだよ」 と言う。何年か前には年少の友人テシマヨーちゃんが、赴任先のジャカルタからよく電話をくれたものだ。僕が子供のころには電話の直通は市内のみで、市外にかけるときには交換手を通じて長く待たされた記憶がある。まったくもって便利な世の中になったものである。

「バンコックかぁ、ジム・トンプソンの家で、腰巻一丁で寝てたら楽だろうなぁ」 と考える。「ま、中華街(ヤワラー)の旅社でもいいけどよ」 とも考える。そういう僕の考えはタイへ遊びに行くことを前提とした安直なもので、しかし大抵の友人は仕事で赴任をするのだから、これは真剣ごとだろう。

次男がなにかの本を読んで 「10日に1度は肉を食べた方が良いらしいよ」 と洩らす。「肉なんて毎日、食ってるでしょう」 と返すが、次男の頭にある肉とは焼き肉とかステーキのことらしい。

初更、グリーンアスパラガスとエリンギを添えたオージー肉のステーキ、薬味として刻んだにんにくのたまり漬、トマトとレタスとキュウリのサラダにて "FORTANT Cabernet Sauvignon 2003" を飲む

入浴して以降は何も飲まず、9時30分に就寝する。

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 2006.0411(火) ハンコでもサインでも

毎度のことだが目を覚まして推定数十分の後に時刻を確かめると3時30分だった。「チェ・ゲバラ伝」 を読んで5時に起床する。仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は日の菜漬け、鮭の昆布巻き、豆腐と三つ葉の玉子とじ、メシ、なめこと万能葱の味噌汁。

午後に法務局と市役所をまわり、あれやこれやする。荷物嫌いだから持ち物はいつも最低限で、そうすると特に役所や銀行ではハンコや身分証明書がないことにより、まるで子供の使いのように 「じゃぁ会社へ戻って取ってきます」 ということになる。本日も同じ理由にて会社と市役所とのあいだを2往復する。

「ハンコは持ち主でなくても使うことができるから、何かを証明する手段としてこれを用いるのは理にかなっていない」 と言う人がいる。この理屈を逆手に取れば 「ハンコは持ち主でなくても使うことができるから、融通無碍で便利である」 ということになる。

「本人の自署は本人にしか書くことができないから、何かを証明する手段としてこれを用いるのは理にかなっている」 というのはもっともだ。しかし 「書留などが届いた際に本人が不在だとそれを受けとることができないから不便だ」 という意見もあって、それもよく分かる。

「あ、ハンコでもサインでも良いですよー」 と役所や銀行が言うようになれば、僕が仕事に費やす時間も短縮されるだろう。

初更、"Macallan 12 Years old" のお湯割りを飲みながら 「チェ・ゲバラ伝」 を読んでいるところに卵とハムのみじん切りを散らしたマカロニサラダが出てきたから2階のワイン蔵へ行き、"Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を食卓へ運んで抜栓する。トマトとタコのマリネ、クリームシチューにても同じお酒を飲む。

入浴してなにも飲まず、9時すぎに就寝する。

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 2006.0410(月) という朝飯

5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯はほうれん草の油炒め、納豆、ピーマンとツナのサラダ、メシ、シジミと長葱の味噌汁

向かう先がヴィエトナムか東欧かは知らないが、またぞろ家を出て行こうとする開高健に、ほうれん草を炒めながら彼の奥さんが延々と怨嗟の声を吐き続ける風景は、何という本にあったものだろうか。そしてそれとはまったく関係のないことだが、おかずはほうれん草の油炒めのみ、ただし珍しい 「油」 や 「醤」 を盛った豆皿がいくつも並んでいる、という朝飯を食べてみたい気がする。竹を編んだ机、そして目の前に芭蕉の林があれば言うことはない。

事務机に立てかけたカレンダーの今日のところには、これだけの小切手を切っておけ、何時にこれこれの人が、その1時間後にはだれそれが来る、何時が過ぎたらどこそこへ電話せよというような文字が密集して次の日にまではみ出している。そしてそれらは具合の良いことにすべてが予定の通りに進んで夕刻になる。

酒を飲まないと決めた晩にはカレーライスを食べてしまう、という人がいる。そのカレーライスを肴としても僕は酒が飲めるのだから始末に困る。僕が楽に酒を断つ唯一の方法はネパールへ行くことで、どういうわけかあそこでは鳥の声を聴いて目覚め、あたりが暗くなると眠って、成田で買ったコニャックは遂に栓を抜かないまま日本へ持ち帰った。カトマンドゥやポカラの戒厳令は、いつ解かれるのだろう。

豚肉、玉葱、人参、山伏茸のスープをおかずに炊きたてのメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0409(日) チェックライターまで

目を覚まして 「しばらく」 よりも長い時間を横になったまま過ごし、しかしいつまでもそうしているわけにもいかないから時刻を調べると3時だった。枕頭の灯りを点けて 「チェ・ゲバラ伝」 を読む。

4時30分に洗面所へ行って窓を開けると、ここ1週間あるいは10日間の例に漏れず北西の風が強い。いまだあたりは暗いが天気の様子は知りたく思う。強風が吹き来る日光の山を見ると明るくて、その明るさは、長く連なる山々が雪雲に覆われていることを示している。ただしその雲の高さはそれほどでもなく、上空の漆黒には多く星が光っていた。 

5時に起床して仕事場へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯はメカブの酢の物、ほうれん草のおひたし、納豆、トマトのオリーヴオイル和えとレタスのサラダ、メシ、豆腐と長葱の味噌汁

瀧尾神社の例大祭に即した飾りつけが本日は朝8時30分よりあるが、僕はオヤジの喪が明けていないため二の鳥居はくぐれない決まりになっている。御輿やら台車やらの倉庫はその二の鳥居の先にあるから結局、この午前中の奉仕には参加をしない。10時を過ぎて客足が繁くなり、店舗へと応援に駆けつけるが更に事務係のコマバカナエさんも呼ぶひとときがある。

午後1時より、日光街道に沿い、しかも春日町1丁目に属する家々の軒先へ、頭や小頭と共にしめ縄を張っていく。公民館を神様のいる会所とすべく飾りつけをしているイワモトミツトシ区長を手伝って、2時よりその入口に提灯台を設置する。休む間もなく3時よりその公民館に町内の役員や頭が集まり、13日より始まる例大祭の、最後の打ち合わせと質疑応答が行われる。僕は渡御つまりお祭りの行列には従わず、社務所に待機して諸々の用を足す。ことによるとコンピュータや小切手発行用のチェックライターまで持ち込む必要があるかも知れない。

会議の出席者は6時ごろに洋食の 「金長」 へ移動をした。数合の燗酒の後にカツライスを食べ、7時30分に帰宅する。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0408(土) 理由

目を覚まして現在時刻は知らず、長いあいだ横になっている。ようやく携帯電話のディスプレイを見ると2時30分だった。枕頭の灯りを点けて 「南方郵便機」 を開き、これを読み終えて5時に起床する。

「南方郵便機」 は僕には散文のように思われるが堀内大學は後書きにてこの一片を 「夜間飛行」 以上に称揚し、テグジュペリの処女作 「南方郵便機」 よりもこちらの方をより好むとの一節を持つ序文を 「夜間飛行」 に与えたジッドに対しては、精読が足りないと柔らかな批判を加えている。

あの文豪ジッドが 「この作品が要求する程度の精読を与えずに卒読してしまった」 とすれば、夢うつつで活字を追っている僕などは、一体どういうことになるのか。

仕事場へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯はメカブの酢の物、ほうれん草の油炒め、納豆、生のトマト、メシ、ナメコと長ネギの味噌汁

ここ数年のあいだ、欲しい本があれば "amazon" へアクセスをし、そこに 「ユーズド」 があって送料を支払ってもいまだ新品よりも安ければ、こちらの方を買ってきた。ところが

「チェ・ゲバラ伝」  三好徹著  原書房  \1,470

は1ヶ月ほど前に北千住駅構内の本屋にて購った。「定価」 「手荷物が増える」 の二重苦を無視してそのような行為に及んだのは例に漏れず夕刻から飲んでいた酒の勢いもあったが、もうひとつは僕がゲバラを好きだということによる。いや、僕はゲバラという人間が好きなのではない、彼を取り巻く物語が好きなのだ。彼を取り巻く物語とは何か、革命か、しかし革命の物語が好きなら井伊直弼や吉田松陰についての本も読むはずで、しかし僕はそういうものには手は出さない。とすれば僕を惹きつけるのは一体何か、「ラテンアメリカ」 における 「革命」 とそれに関わった 「英雄」 の叙事詩を体が欲しているのか。時代、ということもあるだろう、ゲバラは僕と同じ時代に生きたし、彼の僚友カストロに至ってはいまだ命を失っていない。

とにかくこの本を携えて居間へ上がり、最初の数ペイジを読む。

秋刀魚の開き、冷や奴、ほうれん草のおひたしなどを晩飯にしようと考えていたが、次男はピザが食べたいという。だから宅配ピザ屋へ電話をしてあれやこれやと注文をする。

半分ずつトッピングを変えた2枚のピザ、大盛りのレタスとサラダ菜にて、バキュバンで栓をしておいた "Chablis BILLAUD-SIMON 2004" を飲む。

入浴してなにも飲まず、10時前に就寝する。

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 2006.0407(金) 日常

目を覚まして枕頭の灯りを点け、思い出したこと、思い浮かんだことをメモにした後、携帯電話のディスプレイを開くと4時45分だった。5時に起床してエレヴェイターを降り、事務室や製造現場でいつものよしなしごとをする。

その最中に社員通用口に置いた温度計を見ると、気温は10度だった。同じ10度でも秋よりは今の方が多分、厚着をしているものと思われる。これは秋にはいまだ夏の感覚を引きずり、しかし春には冬の記憶を留めているための、いわば 「慣性」 による。

7時に居間へ戻る。朝飯はキャベツの油炒め、生のトマト、じゃこ、納豆、牛蒡の醤油漬け、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と万能葱の味噌汁

自分の日記を読み返してみれば、どこかへ出かけた日には文章量や画像も多いが、本当のところは 「あれやこれやして夕刻に至る」 と書く日常の方が、はるかにたくさんのことをしている。そして今日も誰彼の話を聴き、誰彼に電話をして誰彼を紹介してもらい、紹介してもらった誰彼からの電話を受けて仕事の段取りを付け、誰彼に借りたものを返し、誰彼からものを頼まれ、その頼まれごとを早々に片付けて誰彼の家へ届け、誰彼の名刺を受けとって挨拶をし、そういうことをしているうちに夕刻へ至る。

初更に冷や奴、メカブの酢の物、蛸のぶつ切りにて芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲む。このおかずでは次男は納得をしないから大皿には羊肉とモヤシとニラの炒めたものがあり、これにても同じお酒を飲む。大学芋は見るだけで食べない。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0406(木) 花見

明け方に目を覚ますと部屋の中は藍色で、それが徐々に群青色になり、青になり、そして最後には水色を帯びてくる。しかし今朝はそれが紺でも水色でもない墨色だったから携帯電話のディスプレイを開くと、時刻はいまだ0時30分だった。「南方郵便機」 を読み、しばらくして枕頭の灯りを落として休み、あるいは浅く眠ったりを繰り返して6時に起床する。その浅い眠りの前後につけたのか 「山崎にTEL」 とのメモを見つけ、しかしその山崎が誰なのかは分からない。

事務室と製造現場でいつものよしなしごとをし、7時前にエレヴェイターを上がって居間へ戻る。朝飯はハムエッグ、納豆、メカブの酢の物、かまぼこ、メシ、アサリと長葱の味噌汁。このうちハムエッグの大部分とかまぼこの一部は後で誰かに食べてもらうよう、他の皿へ取り分ける。

あれやこれやとして終業時刻が来る。この時期には 「花見」 という名目で、しかし隠居の桜はようやくつぼみが色づき始めたくらいのところだから花は見ず、社員と平ヶ崎地区の豚かつ屋 「あづま」 へ集まって夕食会をする。なお今春は販売係のヤマダカオリさんが勤続10年を迎えたため、表彰状とお祝いの品をこの場にて贈る。串カツ、大根と胡瓜の浅漬け、レタスと玉葱と胡麻のサラダを酒肴として焼酎のお湯割り3杯を飲む

帰宅していくらも経たない間に、ホットカーペットへ座ったまま寝てしまう。9時すぎに目を覚まして入浴し、牛乳を150CCほども飲んで10時前に就寝する。

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 2006.0405(水) 楽しい遊び

5時に起床してエレヴェイターを降り、事務室と製造現場でいつものよしなしごとをする。7時前にエレヴェイターを上がって4階へ戻る。

奥日光に連なる山のうち我が町から見える最も西に位置するのが男体山で、きのうここでふたりの凍死が確認された。入山時には冬の装備と1週間分の食料を持参していたとの報道があったから 「死ぬことはねぇだろう」 と思っていたが、アンザイレンで下山中にひとりが滑落し、それを助けようとしたもうひとりも途中で力が尽きたのではないか、というのが救助隊の見解だった。

酔わない酒と同じく、危険のない冬山も面白くはない。それを承知で出かけるのだから、たまにはこういうことも起きる。しかしかつての僕も含めて誰もが、自分が死ぬとは思っていない。楽しい遊びには常に、死の可能性とそれに対しての楽観とが並列している。

朝飯は胡瓜の塩もみ、ピーマンの油炒め、メカブの酢の物、生のトマト、納豆、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と三つ葉の味噌汁

「第154回本酒会報」 のメイルマガジン版とウェブペイジ版は、きのうのうちにこれを発行あるいは更新した。終業後には、これのヤマトメイル便版を途中まで作成する。

初更、はじめは芋焼酎のお湯割りを飲むつもりだったが、湯豆腐、秋刀魚の一夜干し、ウドの炒りつけ、イカのフリット、ぶつ切り叉焼の長葱和え、ブロッコリーの油炒めを眺めて1分ほど悩み、結局はメシ2杯を食べて飲酒は避ける。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0404(火) 本歌どり

4時すぎに目を覚ます。「夜間飛行」 に収められているうちの 「南方郵便機」 を読んで5時すぎに起床する。事務室や製造現場にていつものよしなしごとをし、7時前に居間へ戻る。

朝飯はじゃこ、ふきのとうのたまり漬、醤油つけ焼きの3種のおにぎり

つけ焼きといえば、僕は子供のころにはお餅はこの醤油のつけ焼きしか食べなかった。磯辺巻きはその海苔が邪魔だったのだろうか。つけ焼きの醤油が濡れているのが嫌で、何度も醤油を塗っては何度も焼いて、まるで煎餅のようにして食べた。あのときの長火鉢は今でもおばあちゃんの応接間にあるが、現在の土間のない住まいに炭火は危険だから、もちろん使われることはない。

あちらこちらへ出かけたり、訪ねてきた誰彼と話をしたり、あちらこちらへ電話をしたり、誰彼からの電話を受けたりして夕刻に至る。居間へ上がって欠けのある織部の蕎麦猪口で芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲みつつ William-Klein の写真集 "NewYork 1954.55" を開く。そして 「やっぱりオレはウイリアム・クラインが好きだなぁ」 と思う

「本歌どり」 という技巧あるいは創作の一手法はいにしえより短歌にも音楽にも、あるいは書画や彫刻にも用いられてきた。ウイリアム・クラインの写真集を見ていると、後の写真家たちがいかに彼の写真を本歌として用いてきたかということが、ありありと分かる。

引き続き同じ焼酎のお湯割りを、焼き鳥とマカロニサラダにて飲む。

入浴して今度は牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0403(月) 野生のあれこれ

6時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時前にエレヴェイターを上がる。洗面所の窓を開けると空はとりあえず真冬のように青く晴れているが、北西にある日光の山からは強い風が吹き付けている

朝飯は胡瓜のナムル、メカブの酢の物、キャベツの油炒め、かまぼこ、納豆、じゃこ、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

朝一番で銀行へ行き、ソファに座っていると会社から何本もの電話が入るから、なにやら忙しい経営者になったような気がする。そのつどあれやこれやと指示をするが、なにやら段取りの足りない経営者になったような気もする。

初更、春日町1丁目のイワモトミツトシ区長をホンダフィットに乗せ 「菊屋ホール」 へ行く。タカハシナオエさんのお通夜に出席して7時すぎに帰宅する。

茹でたブロッコリー、フライパンで炒りつけた薩摩芋と山伏茸とベーコン、解禁直後の湯西川で釣れたばかりの鱒のムニエル、それに添えたクレソン、きのう平ヶ崎地区の中華料理屋からテイクアウトした杏仁豆腐を晩飯として飲酒は避ける。

團伊玖磨がイギリスに留学中、メイドのオバサンに野生のクレソンをもらって食べていたが、それにはやたらに髪の毛やゴミが付着していた。ある日オバサンの家を訪ねると、そこは貧しい人の多く住む場所で、オバサンが 「あなたに上げているクレソンは、その川で採れるのよ」 と指したそこはどぶ川だった、という話を彼の随筆に読んだことがある。

自慢ではないが僕は年長の友人ヨコタジュードーが大谷川で摘み取ったクレソンをその場で鷲づかみにして食べ、ようよう落ち着いてその茎の部分を見たら得体の知れない卵がビッシリこびりついていた、という経験の持ち主である。その後、僕の腹に変調は無かった。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0402(日) 午後の曳航

5時に目を覚ましても、機敏に行動しないと事務室へ降りるころには6時になっている。昨夕のテレビの予報によれば、4月2日は朝から晩までほぼ降雨とのことにてげんなりしていたが、シャッターを上げて外の様子を窺うと、地面は濡れているものの雨は降っていない。「なんとかこのまま保ってくれればいいなぁ」 と考えつつ居間へ戻る。

朝飯はトマト入りスクランブルドエッグ、グリーンアスパラガス、じゃこ、大根おろし、納豆、かまぼこ、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波の味噌汁。薬味を欠く味噌汁は 「坊主汁」 と呼ばれ馬鹿にされたとある人の書いたものに読んだことがある。昨夕のメシにこの手の野菜を使い果たしたらしく、今朝の味噌汁はまさしくこの 「坊主汁」 になった

開店前より相次いでふたりのお客様があり、計1万円を売り上げる。これも時間外取り引きというのだろうか、なにやら得をした気分になる。

開店直後にもいくつかの仕事に追われ、定刻の8時30分にすこし遅れて春日町1丁目東蔵へ行く。春の例大祭に繰り出す屋台は分解され、ここに収まっている。何百とも知れない部品を町内の有志が運び出し、幾台ものトラックによるピストン輸送により組み立て場所の 「市縁ひろば」 へと運ぶ

設計図などはなく、すべては人々の記憶により屋台は組み立てられていくから、その過程にはまるでバベルの塔の構築さながらの風景も展開される。「安政六年未六月吉祥日 若者中」 と刻された鉄の棒により破風の彫刻が固定されたところで昼飯になる

3時をすぎてようやく雨が降り始めるが、それほど強いものではないから作業に支障はない。組み上がった屋台は日光街道へ押し出され、オノグチショーイチ頭の誘導により数百メートルの曳航の後、無事にウチの店舗駐車場へと収まった。これよりお祭が完了する今月16日まで、この歴史ある屋台はその巡行時以外、ここへ安置をされる

5時30分に 「今市コミュニティセンター」 へ行き、次男がお世話になっているテニスクラブの新年度総会へ出席をする。それを8時に終えて、こんどは春日町1丁目青年会が本日の反省会を行っている、平ヶ崎地区の中華料理屋へ行く。

会の開始から2時間以上を経た料理屋のテイブルには焼そばの残骸と餃子1個が残っていたから、それにて焼酎のお湯割りを飲む。しかしさすがにこれだけでは悲しい。ユザワクニヒロ青年会長に頼んでピータンを注文してもらう。葱チャーシュー細切り湯麺が全員に出てきたので、これにても同じく焼酎のお湯割りを飲む。

10時に帰宅して入浴し、牛乳を150CCほども飲んで11時前に就寝する。

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 2006.0401(土) たとえば湯豆腐とか

3時すぎに目を覚まして 「今日はいつもより早かったな」 とすこし嬉しく思う。しかし洗面や着替えには頭で考える以上の時間がいつもかかるから、事務室へ降りたときには3時30分になっていた。先ずきのうの日記を作成する。毎月1日に更新するなにがしかの今月分は組み写真の "WORKS" で、これを整え日記と共にサーヴァーへ転送する。

カメラの歴史は、より鮮明な写真をより簡便に撮るための努力と一致する。銀塩カメラとデジタルカメラを使いくらべての、僕にとって最も驚くべきは点は、低光量下における撮影の容易さにある。写真をウェブペイジへ載せる際にもデジタルカメラによる画像の扱いは大変に楽だから、「そうなるとライカが死蔵されたりして」 と考える。

せめてレンズだけでも使おうとすれば、ボディに "EPSON R-D1" を選ぶ手もあるが、大きくて不格好な点から、これを持つ気はしない。果たして僕の "WORKS" は、これからデジタル一辺倒になってしまうのだろうか

6時30分に居間へ上がる。朝飯はハムエッグ、椎茸とほうれん草の炊き物、じゃこ、納豆、茄子の塩水漬け、メシ、豆腐とワカメと万能葱の味噌汁。

あれやこれやとして夕刻に至る。夕食には何が食べたいかと家内に訊かれたから 「老人食のようなもの、たとえば湯豆腐とか」 と答える。

茹でたグリーンアスパラガス、だし巻き玉子、湯豆腐、次男のための鶏の空揚げにて芋焼酎 「白金乃露・黒」 のお湯割りを飲む。食後に "Chez Cima" の 「リヨンの繭」 を酒肴として "Macallan 12 Years old" を生ですこしだけ飲む

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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