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戀する者と酒飲みは地獄に行くという  根も葉もないたわごとに過ぎぬ
戀する者と酒飲みが地獄に墜ちたら  天國は人影もなくさびれよう
Omar Khayyam

 2006.0731(月) 肉を食う体力

5時に目を覚まして起床する。シャワーを浴びたついでに風呂場の掃除をする。仕事場へは降りずに1時間ほどを、新聞を読んだりお茶を飲んだりして過ごす。

朝飯はきのう残ったカプリ風サラダ、胡瓜のぬか漬、納豆、塩鮭、茹でたグリーンアスパラガス、茄子の炒りつけ、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と万能葱の味噌汁

所用にて9時すぎに宇都宮へ行く。かねてより訪問を約束していたお宅だが、着いてみれば不在にて、日光宇都宮道路の往復料金600円、それを超えるガソリン代、およそ90分の時間を無駄にして昼前に帰社する。そして、当方の無駄はさておき、先方に突然の変調でもあったのでなければ良いがと思う。

「暑い」 だの 「寒い」 だのとむやみに口に出すことを僕は好まない。「暑いと言えば涼しくなるのか」 と、そういう人には言う。しかしその僕の口をついて、ここ1ヶ月ほどは1日に数十回も 「疲れたー」 とか 「バテたー」 とかの言葉が出続けている。本日はそのような状態に午前中の無駄足が追い打ちをかけてか、午後になって急に疲れが増してきた。夕刻以降は寒気がするため、シャツを半袖のものから長袖に替える。

7月の晦日はオフクロの誕生日にて終業後、オフクロと家内のと3人で、久しぶりにフランス料理屋の "Finbec Naoto" へ行く。肉を食う体力がないため、2種のエビとヤシオマスの冷製、穴子のサラダ仕立て、その後の主菜も含めてすべて魚を注文する。体力が欠乏しているとはいえワインはしっかりと飲む。夏ミカンのゼリーとエスプレッソにて締める。

帰宅して入浴はせず、アスピリンの箱を見ると 「成人1回1錠」 とあるからこれを2錠まとめて飲む。本は読まず、推定で9時前に就寝する。

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 2006.0730(日) 長く続いている作戦

地震で目を覚ます。「このまま揺れがだんだん強くなって、そのうちオレの家も倒れてしまうのではないか」 という恐怖を感じ、息を潜めて闇の中に目をこらす。幸いとそれは長引かず、いつの間にか眠る。5時30分に起床し、仕事場へは降りずにゆっくりする。

朝飯は目玉焼き、胡瓜のぬか漬、塩鮭、生のトマト、茄子の炒りつけ胡麻和え、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁

長かった梅雨はようやく明けようとして、工場内の湿気も減ってきた。僕が留守のあいだに製造の人たちが精を出して清掃したところはカラリと乾いて気持ちが良い。その製造現場、包装部門、店舗の内外を行ったり来たりして、今日のこと、明日のこと、2週間後のことなどを考えたり、あるいはその部署の人たちと話し合ったりする。

思い立って取引先に電話をしようとし、しかし今日は先方が休みと気づく。きのうは少々の時間ができたため、繁忙に紛れて訪問できずにいた金融機関へ行こうとし、しかし家内に 「土曜日だからお休みよ」 と出鼻をくじかれた。少なくとも生活や産業の基盤を担う会社においては 「年中無休にして欲しいよなぁ」 と思う。

「ブルゴーニュの古い白は早く飲んじゃおうぜ」 作戦により初更、"Chassagne Montrachet 1er Cru Les Caillerets Olivier Leflaive Freres 1986" を抜栓する。トマトとモツァレラチーズのカプレーゼ、アンチョビとニンニクと唐辛子のスパゲティ小海老とホタテ貝とタコとズッキーニのオリーヴオイル焼きを酒肴としてこれを飲む

いくら良いワインとはいえ、ブルゴーニュの白を20年は置きすぎである。あと10年はやく飲めば今よりもかなり美味かったに違いない。一方、5年目に飲んで大したこともなかった赤が今では驚くほど良くなっている例をここ数ヶ月のあいだに2回ほど経験した。盆前に長男が帰宅したら、そのようなものをまたどれか選んで試してみようと思う。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0729(土) 夏の昼飯

東京大学の、こんもりと葉を茂らせた大きな銀杏で鳥が鳴いている。時刻は5時45分だった。鳥が鳴きやんだかとおもうとにわかに、今度はミンミン蝉が鳴き始めた。起床してコンピュータを起動し、為すべき仕事が発生していないかを調べる。遅い就寝時間を2日つづけた次男が早くも目を覚ましたため、まだ寝ているように言う。

荷物をまとめ、牛乳を200CCほども飲んで6時35分に甘木庵を出る。空は薄曇りにていまだ梅雨明けの気配はない。岩崎の屋敷裏を歩いていくと、ラジオ体操の音が聞こえてくる。やがてそれは、切通公園からのものと知れた。大人と子供あわせて100名ほどがラジオ体操をしているのだから、このあたりには感心な人が多く住んでいるということだ。

次男はこれより1週間ほどを長男と過ごす。本日はお台場の 「フジテレビ」、明日は秋葉原の3Dシアター、あさっては幕張の 「世界の巨大恐竜博2006」。8月1日からは三浦海岸に子供を集めた3日間の研修に参加をし、東京に戻って翌4日は 「ワタリウム美術館」 へ "Bye Bye Nam June Pike" を見に行くという。まるで夢のようなスケデュールではないか。

北千住7:40発の下り特急スペーシアに乗り、9時25分に帰社する。机上に面倒な案件のメモはなく、ほっと一息をつく。

豚や鰹でダシを取った薄味の汁に素麺を沈め、胡瓜と茗荷の千切り、万能葱のみじん切りをこんもりと盛った冷たい麺を昼飯にする

あれやこれやして夕刻に至り、終業後は製造現場でしばらく仕事をする。

初更、冷や奴、茄子の炒りつけ、胡瓜とワカメの酢の物、まだある冬瓜と豚肉の炊き物、お多福豆、焼いたホッケにて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む。

メシの直後に寝入ってしまい、9時すぎに起こされてようやく入浴をする。牛乳を150CCほども飲んで9時30分に就寝する。

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 2006.0728(金) こんなに具合の良い肉なのに

夜明けと共に、東京大学の大きな銀杏から幾種類もの鳥の声が聞こえはじめる。しばらくして携帯電話のディスプレイを開くと4時45分だった。起床してダイニングキッチンのコンピュータを起動すると、きのう目黒より戻ってからした仕事の跡があったから 「すっかり忘れてたけど、こんなことしてたのか。オレもいよいよキグチコヘイみてぇになってきたな」 と思う。

本日より春日町1丁目のラジオ体操に参加できなくなる次男はなんとか皆勤賞をもらおうと、6時に目を覚ましてラジオのスイッチを入れようとする。僕は長男を起こし、あれやこれやと頼みごとをする。

数日前より話し合いの持たれてきたことだが、7時前に 「東京MXテレビ」 より電話が入り、受話器を持ったまま待機する。そしてこのテレビ局の番組 「モーニングサプリ」 の 「ごはんのおかず」 というコーナーに、7時11分より3分間、電話出演をする。物音を立ててはいけない時間が終わり、パジャマから着替えたポロシャツのボタンを感心にも1番上までかけた次男は、漢字の練習を始める

朝飯は、きのう 「オリジン弁当」 で仕込んだ茄子の炒め煮浸し、ジャーマンポテト、イカと春雨のサラダ、長男が作ったマヨネーズ入りスクランブルドエッグ、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と長葱の味噌汁

9時すぎ、次男とふたりで 「としまえん」 のプールに行く。ここで5時間ほど遊び、ちかくの 「トイザラス」 をひやかして4時30分に甘木庵へ戻る。次男にシャワーを浴びさせ昼寝に就かせ、僕はその横に寝そべって 「本よみの虫干し」 を読む。

6時45分に次男を起こし、ふたりで春日通りを東へ行く。10歳のこどもを疲れさせてはいけないからタクシーを掴まえようとして、しかし空車はなかなか来ず、来ても中央寄りの車線を飛ばしているからそれを見送るうち天神下の交差点まで来てしまう。「それほど遠くないから、もう歩いちゃおうぜ」 と右手に折れて三組坂下を左折、中央通りを横断して末広町の 「中村理科工業」 へ達する。

社員通用口から4階の会議室へ上がると、長男の受けていたちょっとした講習は終わりかけていた。この会社のナカヤカツヒコさんが、その講習の道具として用いた電子黒板を目にして 「これ、バスケットボールのティームなんか、欲しくなるんじゃないですか」 と言うと 「あるんですよー、そういうソフトが」 と、選手とボールをマウスで動かしながらフォーメイションの説明ができるシステムを実際に見せてくれた

パワーポイントに綺羅星のような "GUI" を実装し、ブラウジングもできるこの黒板は英国製とのことだが、訊けば教育にIT機器を用いる技術においては、ハードとソフトの両面において、現在は英国が世界の最高水準を行っているのだという。地図の一部を虫眼鏡型のポインタで拡大する機能を見て 「これ、不動産屋にも売れそうだな」 とつぶやいたら 「そうか、不動産か、そっちの方にも売り込んでみるか」 とナカヤさんは答えた。

そのナカヤさん、講習に参加をしていたクマキユイさんと長男、次男と僕との5人で山手線のガード下を歩き御徒町へ出る。雑居ビルの階段を4階まで上がり、延辺料理の店 「故郷味」 にて先ずは犬鍋を注文する。次男は真っ赤な汁にしこたま入った犬肉の一片を食べるなり 「チョー美味いっ」 と叫んだ。「こんなに具合の良い肉なのに、どうして日本には犬食いの文化が根付かなかったかなぁ」 などと話しつつ鍋を空にし、今度は鉄串に刺したあれこれを自分たちで焼きつつ数十本ほどもこなす

階段を降りて外の通りへ出ると、金曜日の夜の喧噪は既にしてなかった。ナカヤさんとクマキさんと長男は、もう一軒どこかに寄っていくらしい。次男とふたりで上野広小路まで歩き、ここからタクシーで甘木庵まで行く。

次男は夕刻にシャワーを浴びていたからすぐに寝かせ、僕はシャワーを浴びて11時30分に就寝する。

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 2006.0727(木) 目黒の鰯

目を覚まし、いまだ暗い部屋の中で携帯電話を開くとディスプレイには2時40分の表示があった。今朝は3時に起きるつもりだったからそのまま起床する。3時より製造現場と事務室のあいだを往復してあれやこれやする。

この日記を読んでいる人から 「あんなに早起きして、からだに毒じゃねぇのか」 と訊かれることがままあるが、なにしろ前夜は9時30分に寝ているのだからどうということはない。「早くからお仕事をされて、ずいぶんと真面目なんですね」 などということも言われる。当方は好きなことをしているだけで、早朝からゴルフや釣りに出かける人と、ワケは同じである。

5時30分から二度寝をしようとしたが結局は起き続けて、6時30分より次男と町内のラジオ体操に出る。本日、小林小学校で行われる水泳大会に次男が参加をするため、朝飯はそのお弁当と同じ2種のおにぎり計6個。始業を前にして、"Leica ?c" にフィルムを詰める

水泳大会から戻って昼寝をした次男とふたりで、下今市駅16:04発の上り特急スペーシアに乗る。地下鉄千代田線と南北線を使い、「乗り換え案内」 が示した通りの6時18分に目黒駅へ至る。その15分後に、長男が中央口のエスカレイターを上がってくる。

権之助坂を下り、目黒川のほとりを歩いて鮨屋の 「仁平」 へ行く。ホヤの塩辛で飲む冷酒が美味くてたまらない。ミル貝のぶつ切り、焼いたアゲマキなどで更に冷酒を飲み進むが、おでん屋でおでんまで到達しない、蕎麦屋で蕎麦まで到達しないのが僕の悪い癖で、鮨屋で鮨まで到達しないといけないため鰹から握りに入り、干瓢巻きにて締める。「トロと中トロください」 などと注文をするのは次男のみにて、僕と長男は、そうは高いものは食べない。

権之助坂を、来るときとは逆に上って目黒駅から南北線に乗る。頭上の網棚から足許に何かが落ちる音で目が覚める。床でひしゃげたそれは僕のショルダーバッグだった。誰かが自分の荷物を取ろうとして引っかけてしまったのだろう。 「そこにはオレの "ThinkPad" とライカが入っているんだよ」 とウンザリする。

後楽園で丸の内線に乗り換え本郷三丁目で降りる。明日の朝飯のおかずや牛乳などを買い、甘木庵に帰着して時計を見ると10時が近かったから 「ずいぶんと長いあいだメシを食っていたんだなぁ」 と考えつつビールを300CCほども飲んだり入浴をしたりする。

布団の上で腹這いになり、

「本よみの虫干し」  関川夏央著  岩波新書  \819

をすこし読んで11時30分に就寝する。

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 2006.0726(水) 「どこで渡る?」

目覚めて携帯電話のディスプレイを開くと3時45分だった。「ボブ・ディラン自伝」 を読み終え、長く床に落としてあった表紙と帯をかける。その帯には 「全米50万部突破!」 の文字があるから 「これだけの本が、たったの50万部か」 と思うし、また 「たかだか50万部でも、宣伝文句にはなるんだな」 とも思う。

5時に事務室へ降りていつものよしなしごとをする。6時30分から次男と町内のラジオ体操に参加をする。ようやく雨のない夜が明けて、今朝は10名の子供が集まった。小学1年から6年のあいだに、ただの1度も夏休みのラジオ体操に出てこない子供がたまにいるが、これは親が忙しいか寝坊かのどちらかによるものと思われる。

僕が小学生のころ、夏休みのラジオ体操は今市小学校の校庭で行われていた。その指導のために出勤する先生もいたように記憶する。ある年、僕はこのラジオ体操に3日しか行かず、2学期のはじめに担任のエダタダシ先生から注意を受けた。あの夏の僕は多分、休みに入って3日目の昼から、オフクロの実家がある木更津へ行ってしまったに違いない。

下今市から東武日光線で浅草、浅草からタクシーで両国、両国から房総西線で木更津という小旅行を、僕は小学3年と4年のあいだの春休みからひとりで始めた。タクシーの運転手に 「(隅田川は)どこ(の橋)で渡る?」 などと訊かれたのも、良い思い出である。あのころ子供を取り巻く環境は、今よりもずっと安全だった。

6時45分に居間へ上がる。朝飯は胡瓜のぬか漬、刻みオクラの鰹節かけ、納豆、冬瓜と豚肉の炊き物、生のトマト、温泉玉子、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

特に海外への旅行においては、見たい行きたい食べたいと計画したことの3分の1が実現すれば良しとすべきだ、との意見がある。出かける前の欲望は大きく、しかし現地で費消する体力や時間はそれ以上に大きいということなのだろう。仕事においてもこのようなことはままあって本日も、予定していたことのすべてを終えることなく夕刻に至る。そして 「やっぱ朝はやく、人の動き出す前から飛ばさねぇと無理だわな」 と思う。

短く穏やかな初更の雨が上がった日光街道を自転車で下り、二宮神社裏の 「陶」 へ行く。「第158回本酒会」 へ出席をし、寄贈品も含めて9本のお酒を飲む。9時30分に帰宅する。

そのまま居間のソファで寝てしまったのだろう。家内に起こされ入浴をし、時間は不明ながら今度はベッドで二度寝に入る。

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 2006.0725(火) 冬瓜

いまだ部屋が明け方の青みを帯びる前に目を覚ます。携帯電話のディスプレイを開くと時刻は3時40分だった。「ボブ・ディラン自伝」 を読み、5時に起床する。

事務室へ降りていつものよしなしごとをするうち次男が降りてくる。6時30分からのラジオ体操に参加しながら 「この子供の少なさは、どういうことだろう」 と思う。小学生が中学生になると、子供御輿やラジオ体操には出てこなくなる例が多いが、しかし町内で絶え間なく子供が生まれ続ければ、総量としての子供の人数は確保できるだろう。「国民の数が減れば、より効率的な国家運営が可能になる」 という説を唱える者もいるが、「しかし、その行き着く先はどうなんだよ」 と僕などは思う。

朝飯はトマト入りスクランブルドエッグ、オニオンスライスとワカメの鰹節かけ、納豆、茹でた隠元の胡麻和え、胡瓜のぬか漬、メシ、玉葱の万能葱の味噌汁。

所用にて鹿沼市と宇都宮市を回り、昼過ぎに帰社して今度は日光市へ行く、とここまで書いて 「俺が住んでるところも、今年の3月からは日光市なんだよな」 と気づく。役所や銀行、病院では自分の住所を書く機会が多々あるが、その際にうっかり 「今市市」 と書いてしまう僕のような人は、いまだに少なくないだろう。そしてこういう適応能力の欠如は、老人に多く見られるところのものである。

日光市旧日光地区から日光市旧今市地区へ戻りながら 「今市警察署」 に寄り、自動車運転免許証を5年ぶりに更新する。

帰社して事務室に入ると、家内が 「いまお坊さんが来て、千円くれって言うから上げちゃった」 と報告するので 「ソイツはインチキだ、何分くらい前だ」 と訊き、日光街道へ飛び出す。笠をかぶり托鉢の格好をした男は家々を物色しながら北へ向かっているところだった。それを追いかけ 「今市タクシー」 の前で呼び止める。男はやはり、昨年の夏にも 「千円ほどいただきたい」 と来たため、「千円とは何ですか?」 と追い返したと同じ人物だった。

「ウチの店には二度と来るな」 と怒鳴ると男は薄笑いを浮かべて 「はいよ」 と答えた。もらいたい金額を指定する托鉢が、一体どこにいるか。

30分後、お祭の会計の用事で町内のタケダさんを訪ね用を済ませた後に、笠をかぶった坊主が来なかったかと訊くと 「来たよ、自分はこの店に使われている者で、主人はいま留守にしてるつって断ったよ。あの坊さん、もらって歩ったあとはカーチャンがクルマで迎えに来ててよ、それに乗って帰るんだよ」 と言う。とにかく、数ヶ月にいちど我が町にあらわれて 「千円くれ」 というギョロ目で体格の良い托鉢は托鉢ではなく、ゆすりたかりの類である。

長く続いた梅雨もようやく上がりかけているのだろうか、宇都宮では今日、アブラゼミが鳴いていた。きのうまでは冬のホットカーペットが欲しくなる気温だったが、終業後に戻った居間は、久しぶりに扇風機のスイッチを押したくなる暑さを回復していた。

初更、とろろ芋とオクラのだしかけ、冬瓜と豚肉の炊き物、鮪の刺身、胡瓜のぬか漬にて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0724(月) ピッタリ賞

3時に起床して仕事場へ降り、いろいろなことをする。いろいろなことをするとその結果もいろいろだから面白い。

毎日の受注は事務係がそのつどデイタベイス化するが、ウェブショップからご注文を下さった顧客のメイルアドレスを、次回のメイルマガジンに備えて登録するのは僕の仕事で、事務室へ移動して後は、溜まった直近2週間分をコンピュータに入力しつついささかゲンナリする。

ゲンナリの原因は、メイルアドレスを頻繁に変える方が世の中には少なくないことによる。お名前をよく存じ上げているお得意様であってもメイルアドレスの変わっている可能性はあるから、そのすべてをいちいち過去の分と照合し、だからこの作業からしばらく離れていると、次に費消する時間は馬鹿にならず、マウスを操作する手も叩きたくなるほどだるくなってくる。そして 「この仕事は、溜めても1週間が限度だわな」 と反省をする。

6時30分からのラジオ体操に次男と参加をしてから居間へ上がる。朝飯は刻みオクラの鰹節かけ、レタスとツナのサラダ、胡瓜のぬか漬、茄子の油炒め、納豆、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁

我が春日町1丁目が当番町を務める 「瀧尾神社」 の催しも、今月8日の大御輿巡行、14日の八坂祭を終えて一段落した。できるだけ早く中間決算をしたいというイワモトミツトシ区長の命を受け、支払いの済んでいない諸方へ連絡をして午後4時、ようやく7月14日現在の残高を出す。酒代については春先に 「坂本酒店」 へまとまった金額を前払いし、その残金が今日のところで400円なにがしというのだから、これはまるで買物クイズのピッタリ賞ではないか。

当番町会計はまた当座預金の口座を設け、一定以上の支払いには小切手を用いることが肝要である。1円単位の出納を現金のみで2年近くも行えば、これは帳尻の合う方がおかしい。

初更に厚揚げ豆腐と小松菜の炊き物、刻んだ長芋とオクラと隠元のひしお和え、豚挽肉の春雨、焼き餃子にてメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける。いまだ1週間を残しながら、今月は本日にて8日の断酒ノルマを達成してしまった。後は月末にかけて、ただ飲むだけである。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2006.0723(日) 不実な回答

中学生のとき、京都で泊まった 「大文字家」 では籐を薄く削いで編んだものが部屋の全面に敷いてあって 「これは気持ちいいなぁ」 と感じた。その簡易版のような夏用マットの上に、毛布をかぶって着の身着のままで寝ていることに気づいたのが朝の5時。「ということは晩飯以来、どれくらい寝ていたのか」 と考えつつ起きてシャワーを浴びる。

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、徐々に参加者の増えてきた、町内のラジオ体操に次男と6時30分より出て20分後に居間へ戻る。朝飯は茄子とピーマンの油炒め、目玉焼き、納豆、生のトマト、胡瓜のぬか漬、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と三つ葉の味噌汁

雨はいつまで降り続くのか、日本列島の西の方からは連日、土砂崩れで人が亡くなったニュースが届く。「2006年の梅雨明けは8月2日」 説を唱えるのは町内のカミムラヒロシさんだが、夏の日差しにはもうすこし早く来てもらいたい。そのような日々の中、今日は珍しく青空が顔を見せた

終業後に "amazon" へアクセスし、関川夏央の本3冊を注文する。メイルで届いた確認書には 「商品\467 配送料・手数料\1,020 合計\1,487」 の数字があった。「送料の方が高いなんてモノの買い方、オレには絶対できねぇ」 という友人もいるが、その総額が新品よりも安ければ、僕は送料は問題にせず古書を買う。

初更、"VOLNAY 1re Cru SANTENOTS Viconte Bernard de Romanet 1985" を抜栓する。中身をグラスに注ぐと、強く優れた香りがそこから数十センチほども離れたところまで届く。晩飯まではまだ間があるため、次男の勉強机にてこれを飲みながら 「ボブ・ディラン自伝」 を読む

レタスとトマトのサラダ、にんにくのたまり漬のバターライス、隠元とエノキダケのオリーヴオイル炒めを添えたステーキにて先ほどからのワインを飲み進む。2杯目のそれには先ほどの良好な香りが感じられない。3杯目には強めの酸味があらわれ始めた。21年前のワインは空気と混じり合って、ごく短い時間に大きく変化をしているらしい。そして5月、6月、7月と僕はこのワインを飲み続けているが、そのどれもこれもがみな違う飲み口を持っている。

数ヶ月前にあるお客様から 「今日注文するらっきょうは、去年のものと同じ味ですか」 と訊かれ、だから年に1度しか収穫されない露地物の野菜を使い、生きた微生物の力で味を調えていく漬物が、いつも同じ味であることはあり得ないし、厳密に言えばらっきょうはその一粒一粒において味が違うとお答えをしたところ 「もう結構です」 と電話を切られてしまったことがある。

しかし 「はい、弊店ではいつも替わらぬ味をお客様にはご提供しています」 などという回答ほど不実なものはないと僕は思うがどうだろう。

そしてきのうと同じく、居間のソファにもたれて眠ってしまう。

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 2006.0722(土) 半年ひとむかしのウェブ上に

3時に目を覚まして 「ボブ・ディラン自伝」 を読み、5時に起床する。

持ち合わせた遅読癖のため、僕は1冊の本を長く楽しむことができる。速読の人はテニヲハ、同種の品詞が連続するときの使い分け、読点の打ち方などにはまったく関心もなく文章を読むんだろうなぁと考えているが、本人に確かめたわけではないから定かではない。厚さ3.5センチのハードカバー上下を2日で読んでしまう知り合いがいるから、今度会ったらそのあたりについて質問をしようと思う。

そういえば 「速く食わなきゃ美味くねぇ」 と、次から次へと呑み込むようにして鮨や蕎麦を食べる人がいるけれど、僕はその双方においてもよく噛んで、食感を確かめて、いくつもの香りを感じながら食べる方が好きだ。

朝飯はピーマンとソーセージの油炒め、納豆、メカブの酢の物、生のトマト、茄子の炒りつけ、メシ、茄子と万能葱の味噌汁

ウェブショップ店長の写真と実物が一致しないと、何ヶ月か前にご来店になったお客様から言われたことがある。いま使っている画像は、パソコン通信によるウチのオンラインショップ "tamari" が 「ニフティサーブ」 の会員向け機関紙 "ON LINE TODAY JAPAN" に紹介される際、事務係のタカハシアツコさんに撮ってもらったものだから、かれこれ9年も前のものになる。

以来 「半年ひとむかしのウェブ上に、9年前の写真はマズイわな」 と考え続けて遂に、販売係のトチギチカさんに今日現在の写真を撮ってもらう。そしてウェブショップの自己紹介ペイジを更新する。

初更、小鯵とへしこ鰯の味醂干し、胡瓜のぬか漬にて泡盛 「春雨」 を生で飲み始める。その後、卓上で焼くジンギスカンでも同じお酒を飲む。8酌グラスを干して2杯目を注ぐと、その2割ほどをこなしたところで口にグラスを運ぶ手が急に止まる。「疲れているから酒の量がはかどらないのだろうか」 と考えるが分からない。そしてその後のことは覚えてないない。

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 2006.0721(金) その種類を問わず

4時に目を覚まして 「ボブ・ディラン自伝」 を読み、5時に起床する。事務室でいつものよしなしごとをするうち次男が降りてくる。6時20分にシバザキトシカズ育成会長がウチの駐車場へラジオを提げてきて、店の壁のコンセントを電源にする。6時30分から夏休みのラジオ体操が始まる。雨が降っていること、回覧板を回さなかったことの双方により、今日来た子供は僅々4人に留まった。

朝飯は鰯の丸干し、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、トマト入りスクランブルドエッグ、納豆、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

午前より所用にて鹿沼市へ行く。例弊使街道は両側を杉並木に挟まれて幅が狭い上、交通量の割に手入れの頻度が低いのだろう、アスファルトにできた轍に雨水や、ところにより川の水などが溜まって大いに危ない。三菱デリカを4輪駆動に切り替え、屈曲した道を往く。鹿沼市から今度は宇都宮市へ移動して2、3の用を足し、午後2時ごろ帰社する。

初更、胡瓜のひしお味噌、茄子の炒りつけ胡麻和え、鯵の干物にてメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける。

遅れても問題のない会議と決めつけてはいけないが、今夜のそれは大丈夫と判断をし、終業後の仕事および晩飯により40分ほど遅刻をして春日町1丁目公民館へ行く。2階の座敷では長男の同級生オノグチタッチャンが、今年の春に行ったハワイでの失敗談を披露しているところだったから、とにかく会議には間に合った。

当番町の大役を果たすため延び延びになっていた、納涼祭についての話し合いを行う。10時を過ぎて散会するとき誰かが 「卓ちゃんが寝なかったんだから、今日の会議は多分、意義あるものだったんだよ」 と言う。確かに僕はその種類を問わず、大抵の集会では眠っていることが多い。

帰宅して入浴し、牛乳を150CCほども飲んで10時30分に就寝する。

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 2006.0720(木) 夏休み

目を覚ましたのは4時だったが、起床して着替え洗面をすると4時30分になっていた。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、しかしいつもとは異なって、6時前にコンピュータを持ち居間へ戻る。あれやこれやしてからふたたび "ThinkPad" を開き、きのうの日記を書き終える。

朝飯は牛蒡と人参のきんぴら、メカブの酢の物、モロヘイヤのたたき、納豆、メシ、茄子の油炒め、その茄子の油炒めと長葱の味噌汁

夏のギフトの注文は東京のお盆を過ぎて、ようやく落ち着いてきた。ここで 「東京のお盆」 と書いたが、7月にお盆の諸行事を行うのは、日本では東京だけではないだろう。しかし他の地域についてのことは知らない。そしていわゆるお盆の休暇というと、その東京も含めて8月なかばに集中するのはどのような理由によるものか。

今日は1学期の終業式にて、次男は明日から夏休みになる。いま日本列島を北上中の長大な停滞前線が去れば、梅雨も明けるだろう。しかしそれがいつになるかは天気予報も報せてくれない。この長雨により、田んぼや畑の手入れに支障をきたしている農家も少なくないと聞く。夏野菜の高騰などがなければ良いが、どうなることか。

初更、枝豆、スティック胡瓜とひしおのマヨネーズ和え、肉団子とほうれん草のコンソメ鍋、それに投入した稲庭うどんにて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む。食後にメロンを食べると、腹は苦しいほど満杯になった。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0719(水) 雨の勢い

目を覚ましてしばらくは、そのまま横になっている。すこし経って枕頭の携帯電話を開くと3時45分だった。「この時間なら、起きても問題はねぇわな」 と考え起床する。製造現場へ降りて繁忙期につきもののあれこれをし、事務室へ移動してからは、この10時間ほどのあいだに届いた顧客からのメイルへの返信、またきのうの日記の作成など、いつものことをする。

6時30分に居間へ上がる。朝飯はタシロケンボウんちのお徳用湯波と小松菜の炊き物、梅干、茄子の油炒め、メカブの酢の物、胡瓜のひしおマヨネーズかけ、納豆、メシ、これまたタシロケンボウんちのお徳用湯波と長葱の味噌汁

今月12日の日記に 「いまだヒグラシは鳴いていないから」 と書いたが、その3日後の15日、テニス部の合宿が行われている 「日光だいや川公園オートキャンプ場」 で、僕はヒグラシの声を聞いた。そして72歳のフクダコーチは広葉樹の梢を見上げつつ 「カナカナは、むかしは盆過ぎにならないと鳴かなかったような気がしたが」 と言った。こちらの 「盆過ぎ」 とは、8月なかば過ぎのことを指す。

ここ数日の、九州から中部、あるいは北陸への記録的な豪雨では死者や行方不明者が続々と出て、しかも雨の勢いはいまだ衰える気配を見せない。むかしよりひと月も早く鳴くヒグラシがこの天変地異を報せていた、というような説を述べるつもりはないが、ここ10年ほどの、特に夏の気候はおかしい。

初更、牛蒡と人参のきんぴら、胡瓜のひしおマヨネーズかけ、鯵の開き、モロヘイヤのたたき、鰯の丸干しにて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0718(火) 「ボブ・ディラン自伝」

4時ごろに目を覚まして 「ボブ・ディラン自伝」 を読む。6時に起床して仏間兼おばあちゃんの応接間のカーテンを開け、仏壇の水や花やお茶を整える。線香も上げる。居間へ戻っておじいちゃんや家内の母の写真に水を上げる。

朝飯は梅干、茄子の炒りつけ、納豆、ハムとキャベツの油炒め、メシ、タシロケンボウんちの刺身湯波と万能葱の味噌汁

先週の金曜日、八坂祭の留守居役を 「瀧尾神社」 の社務所で務めながら、僕は汗にまみれて 「ボブ・ディラン自伝」 を読んでいた。これは、葉をつけたまま折れた樫の小枝が風に転がっていくような文章を追うだけでも静かな喜びがふつふつと湧いてくる優れた本だ。著者が、そのときの自分にとって重要と思われるできごとを、他との釣り合いを無視して長く書くところも良い。なぜならそのような場面は、他のところよりも更に深い感懐を、あるいは更に大きな興味を読み手の中に呼び起こすから。

何かを褒めたとき、人からそれのどこが良いのかと訊かれても、行けば分かる、見れば分かる、食えば分かると、そういう説明しか僕にはできない。あるいはそういう説明しかする気はしない。「ボブ・ディラン自伝」 の良さも、読めばただちに分かる。そして人がそれを読んで 「こんなの、どこが良いんだ」 と感じたなら、それはそれまでのことだ。

初更に冷や奴、厚焼き玉子、タシロケンボウんちのお徳用湯波と小松菜の炊き物、鰻の炊き込みごはん、黒豆を晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0717(月) 多くの人にとって

2時前に目を覚まして 「ボブ・ディラン自伝」 を読み、二度寝をして5時前よりふたたび同じ本を読む。6時に起床して仏壇その他の水やお茶や花を整え、ようやく自分のお茶を飲む。本日は 「海の日」 という祭日で連休の2日目だが、テレビの天気予報によれば終日雨が降り続くらしい。

朝飯は刻みオクラの鰹節かけ、マヨネーズ入りスクランブルドエッグ、大根と胡瓜のぬか漬、茄子の油炒め、生のトマト、納豆、メシ、ワカメと桜海老と万能葱の味噌汁

午後、当番町春日町一丁目青年会長のユザワクニヒロさんが、八坂祭のために作成した、首から下げる木札の売上金14万500円を持ってくる。これを 「大御輿を担ぐ会」 の会計に入金し、かねてより僕が立て替えていた20万円を出金すると、計算上の残高は19,588円、封筒に残った紙幣とジャラ銭の合計も同じく19,588と一致したから 「こんだけ面倒くせぇやり繰りして、それでピタリと合うのが不思議ですね」 と言うと、青年会長は声を出さずににんまりと笑った。

初更、ジャガイモとトウモロコシのサラダ、茄子の炒りつけ、白花豆、茹でたオクラを添えたタシロケンボウんちの刺身湯波、きのう 「あづま」 から持ち帰った食べ残しのロースカツを築地場内の食堂 「豊ちゃん」 の 「あたま」 風にしたもの、大根と胡瓜のぬか漬にて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む。

「あづま」 のロースカツで作った 「あたま」、つまり豚かつに玉葱を加えて玉子でとじ、醤油だしで煮て三つ葉を散らしたものが、「オレの最後の晩餐はこれでいいや」 と思わせるほどに美味い。もっとも、多くの人にとって、最後の晩餐とは血管への点滴、あるいは体のどこかを切開して差し込まれたチューブからの栄養剤ではないか。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0716(日) 半纏、手拭い、暖簾

多分、5時ごろに目を覚まして起床する。6時前よりジャコ、塩鮭、ふきのとうのたまり漬による3種のおにぎりの朝飯を食べる。テニスクラブの合宿の朝飯当番として、家内は6時すぎにキャンプ場へ向かった。始業の1時間前に朝飯を済ませれば、その後は大変な余裕にて、居間に腹這いになって新聞を読む。僕は新聞を多く腹這いの姿勢で読むから、紙面上部の記事までは、あまり目が届かない。空は晴れている

昨夏、宇都宮の器屋 「たまき」 のタマキヒデキさんに 「涼味在中」 の文字を書いてもらった。そして秋口にこれを町内の 「岩本京染店」 へ持ち込み、暖簾に仕立ててくれるよう頼んだ。暖簾が完成したのはそれから9ヶ月後の数週間前で、使うのは梅雨明けからにしようと考えていたが、しかしそれを待ちきれずに今朝、犬走りの梁からこれを垂らしてみる。大いに悪くない。

それはそうと今日のように晴れた日には涼しそうな麻暖簾も、雨降りの日にはどうすべきか。風を伴って夕立が来れば、びしょ濡れになる可能性もぬぐえない。しかしそのときにはまぁ、なるようになるだろう

蔵にわずかばかり残った大正時代の印半纏を数年前に復刻し、先日は昭和30年代のデザインを用いて手拭いを作成した。「岩本京染店」 のイワモトさんにむかしの半纏を見せたときには、染料はおろか木綿の糸でさえ、今の時代にはできないものだと言われた。手拭いの技術は廃れていないようだが、注文した1割は早くもお客様の手に渡った。暖簾については替えを準備すべきと考える。

初更、豚かつの 「あづま」 へ行く。カウンターに 「片山酒造」 のカストリ焼酎 「粕華」 が見えたため、これを生で注文すると、奥さんが 「ダブルくらいですか」 と訊くので 「いえ、1合くらい」 と答えると 「えぇっ」 と驚いた顔をする。きのうは酒を抜いたのだから、今日は焼酎の1合くらい飲みたいではないですか。

豚肉の生姜炊き、玉葱とレタスのサラダを肴にして 「粕華」 を飲む。ロースカツは小さい方を注文したが、それでも3切れを残して腹が膨れ、オヤジさんに持ち帰り用のアルミフォイルをもらう。いやそれにしても、ここのロースカツは美味いぞ。

帰宅して入浴し、牛乳を150CCほども飲んで9時30分に就寝する。

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 2006.0715(土) 美味さの理由

目を覚まし、部屋の暗さから 「まだ3時台だろうな」 と考えつつ枕頭の携帯電話を開くと、いまだ1時にもなっていなかった。きのう社務所で挟んだしおりのところから 「ボブ・ディラン自伝」 をすこし読んで2時に起床する。製造現場へ降りて地方発送の受注残を確認し、事務室へ移動して今度は本日支給するボーナスの、社員ひとりひとりにする説明の資料を印刷する。

きのうの日記をサーヴァーへ転送しても時刻はいまだ4時台にて、二度寝をしようと4階へ戻る。洗面所の窓を開ければ日光の山を背景にして、横に細長い雲が何本も浮かんでいる。そしてその隙間に見える空は夜の余韻を残して濃い群青色を留めていた。

5時30分にふたたび起きてふたたび着替え、6時より町内のタノベタカオさんの手伝いを得て、旧日光街道沿いに張った縄飾りを取り外して歩く。

朝飯はジャコ、目玉焼き、茄子と乳茸の炒りつけ、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、納豆、メシ、シメジとワカメと万能葱の味噌汁

9時前に丸山公園のテニスコートへ送った次男には、空模様が急変したときのために僕の携帯電話を預けてきた。「すごい雨、すごい雨、すぐ迎えに来て」 と、まるで誰かが川に流されたような大げさな調子でその携帯電話より次男が助けを求めてきたのは11時前のことだっただろうか、驟雨は針で刺したような狭い地域を狙って降る。帰宅した次男が早い昼飯を食べ終えるころ、空はふたたびインドシナのそれのような青さを取り戻した。

次男を先ほどのテニスコートへ送ってすぐに帰宅する。きのう神社の直会で余ったお酒はウチで保管していたが、今夜ひらかれる町内の直会にこれを使ってもらうべくオノグチショーイチ頭の家へ運ぶ。お祭に際して、直会と呼ばれる飲み会はおよそいくつも持たれるが、春の例大祭、夏の八坂祭と、我が春日町1丁目が当番町を務めた 「瀧尾神社」 の祭礼に直接かかわる直会は、今夜のそれが最後になるだろう。

閉店後、次男がお世話になっているテニスクラブの合宿が行われている 「日光だいや川公園オートキャンプ場」 へ行く。焼き魚が皿に大盛りにあるため 「もう冷めてるかな、まぁいいや」 とひとつつまみ上げるとこれが指を焦がすほどの焼きたてで、頭からかぶりつくとかなり美味い。「ハタハタだろうか、しかし今はその季節じゃねぇし」 とよく見ると、それは大振りの柳葉魚だった。誰かが 「それ、ホントのシシャモだって」 と言う。「カペリンじゃねぇ、ホントの柳葉魚か、それにしても美味めぇな」 と、これを立て続けに3尾食べる。

子供達が持ち寄ったジャガイモによるポテトサラダ、茹でた隠元のマヨネーズかけ、錦華ハムでダシを取った塩焼きそば、すべてが美味い。その美味さの理由は何か、食べ物そのものの美味さもあるだろう、もうひとつはこのあたりに満ちる空気の清浄さ、森や土が保つ適度の湿り気によるものと思われる。

生ビールを勧めてくれるお父さんが何人もいる。しかし僕は今夜、ナイトゲイムをする子供達の、キャンプ場とテニスコートのあいだの送迎を担当しているから酒は飲めない。燻した山椒魚の焼酎などというものもあったが、これも飲めない。

食事を終えた子供5人とお母さんひとりを三菱シャリオに乗せて数キロ離れた丸山公園のテニスコートへ行く。クルマが北上するに連れ、遠い空に稲妻が見えてくる。他のクルマからも子供達が降り、コートに夜間照明が点く。雷鳴が近くなる。準備体操が終わってゲイムに移ろうとしているまさにそのとき、大粒の雨は落ちてきた。

同じメンバーがそれぞれのクルマに乗っていま来た道を引き返す。キャンプ場へ戻ると、子供達は走ってキャンピングカーに飛び込んでいった。留守居役の親たちが食事をしている頭上のブルーシートが、激しい雨を受けて大きな音を立てている。僕はしばらくそこで世間話をし、ウチの 「だんらんのたまり漬」 を仕込んだ焼きおにぎりひとつを食べる

帰宅してもいまだ8時にはなっていなかった。ユザワクニヒロ青年会長からの不在着信が携帯電話に入っていることに気づく。リダイヤルをし、イワモトミツトシ区長には伝えてあったが、町内の直会にはやはり出席できない旨を伝える。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0714(金) 焼き肉を食べて寝ました。

5時前に目を覚まして窓のカーテンを開ける。お茶を飲みたいから先ず仏壇その他の水やお茶を整え線香を上げ、そしてそのお茶を飲みながら居間の畳に腹這いになって 「ボブ・ディラン自伝」 を読む。しばらくして仕事場へ降り、しかし今朝はさしてすることもないから、あちらこちらを見回っただけでふたたび居間に戻る。

朝飯はハムエッグ、茄子と乳茸の炒りつけ、納豆、メカブの酢の物、きのうの銀鱈の残り、胡瓜のぬか漬、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

今朝は起きたときから白のダボシャツに同じく白のダボパンツを穿いていた。社員が開店準備を進めるなか8時前にホンダフィットで 「瀧尾神社」 へ行く。そのクルマに目をつけられて使いっ走りのようなことを3件ほども言いつけられ、数十分後にようやく社務所の机に "ThinkPad" を設置する

9時に花火が鳴り、八坂祭の行列が境内を出て行く。梅雨の最中にもかかわらず、朝から巨大な入道雲が立ち上っている。気温はとうに30度を超えているだろう。先週の土曜日に旧市街を巡行した大御輿は台車に載せられ、これから20町内延べ8キロ強を渡御していく

いまだオヤジの喪が明けていない僕は当番町の今年、その渡御には加わらず社務所で留守居役を務めることが多い。行列が出発して間もなく、先ほどまで大御輿の置かれていた御仮舎が取り壊される。ただの柱や板に分解されたそれは次年度当番町・春日町2丁目の人たちにより、30分ほどで倉庫に収められた。その2丁目の人たちと早くも10時すぎより、社務所にて御仮舎撤去の直会を行う

訊けば来年の当番町に際して、2丁目ではいまだ大膳と会計の係が決まっていないという。「お祭は畢竟、飲ませ食わせだ」 という言葉もあるくらいで大膳は確かに高負荷な仕事だが、こと会計においては僕にも務まるくらいだからどうということはない。コンピュータが使え、少々のマメささえあれば、会計係はむしろ楽な役割といえる。

神社の木の高いところで蝉が鳴いている。硝子戸を開け放った縁側の向こうには濃い緑がある。社務所の大広間には僕だけが座って汗を掻いている。宮司の奥さんが作ってくれた鮪の漬け丼、豆腐と素麺と茗荷の吸い物、胡瓜の浅漬けによる昼飯を食べる。どれもこれもみな美味い

渡御は街のどのあたりを移動中だろうか。炎天下に草履履き、あるいは足袋裸足で8キロ強を歩くとは大変な重労働と思われる。しかし僕も、社務所に持ち込んだコンピュータで本日の金銭出納帳を作成したり、あるいは本を読んでいるだけではさすがにない。直会に備えてビール瓶やお茶のペットボトルを樽の水に沈め、3貫目の氷でこれを冷やす

3時をすぎて渡御の行列が戻り、1週間も続いたお祭の最後の祝詞が奏上される。台車と大御輿は倉庫へと格納されつつあるが僕はその集団には加わらず、熱射病にかかった老人を家まで送り届けたり、あるいはクリーニング屋へ電話をして、白張の着た着物を取りに来てもらったりする。

閉店直前に帰社してあれやこれやする。社員を送り出して通用口を施錠し、今度は会所へ行って、子供御輿が格納してあったテントを片付ける。明日の早朝には旧日光街道沿いに張った縄を取り外す仕事があり、その手伝いを、ユザワクニヒロ青年会長に頼む。ふたたび帰社して製造現場に入り、本日の仕事の進捗状況などを見る。

シャワーを浴びサンダルを履いて焼肉の 「大昌園」 へ行く。モヤシナムル、タン塩、カルビ、子袋、レヴァ、レヴァ刺し、ビビンバ、テグタンラーメンなどで焼酎のオンザロックスを飲む。

8時すぎに帰宅して入浴し、牛乳を150CCほども飲んで9時30分に就寝する。

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 2006.0713(木) メスのカブトムシの匂いがする

4時に目を覚ましてすぐに起床し、仕事場へ降りてきのうと同じことをする。事務室へ移動してコンピュータを起動しメイラーを回すと、きのうまでに受けた注文についての追加、変更がいくつも入る。それに対してメモを書いたり返信を書いたりする。また、既にして荷造り現場へ回っているその発送伝票を、書き換えのため探しに行ったりする。

7時前に居間へ戻る。朝飯は茄子と乳茸の炒りつけ、ピーマンの油炒め、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、生のトマト、納豆、メシ、キャベツと万能葱の味噌汁

本日は妹の祥月命日にて始業後、オフクロと家内との3人にてお墓参りに行き、数十分後に帰社する。

お客様などに手紙を書くと、大抵その1個所には 「お願いいたします」 という言葉が入る。自分のワードプロセッサではこれが 「お願い致します」 となり、しかし 「致し」 が漢字になるのはなぜか気に入らないから、これまで10数年のあいだ、この部分はいちいち手で直していた。そして本日遂に 「いた」 で変換される 「致」 の文字を辞書から削除する。このような行為は、自分のいわゆる癇性とでも呼ぶべき性格によるものだろか。

昨夕に作った茄子と乳茸の炒りつけを具にした冷たいつゆにて、やはり冷たい素麺を昼に食べる。これがすこぶる美味い。そして 「夏の昼飯は、ずっとこんなのが良いなぁ」 と思う。それはさておき、乳茸と共に炒った茄子には雌のカブトムシの匂いを感じると言って、家族の了承が得られない。みな、雌のカブトムシの匂いを嗅いだことがないのだろう。

夕刻、普段よりも長く仕事をして居間へ戻ると、いまだ次男が宿題をしている。訊けば2日前から出ていた課題を期限の直前まで放っておいたとのことにて、これから更に漢字を4ペイジも書き連ねる必要があるという

その宿題は8時30分にようやく完了した。「子供が頑張ったんだからオレは今夜、酒は飲まないことにするよ」 と言うと、次男が 「えー、飲んでもいいよー」 と返すが、既に断酒は決めたことだ。キャベツとトマトのサラダ、キノコ入り豆腐ステーキ銀鱈の粕漬、胡瓜と茄子のぬか漬にてメシ1杯半を食べ、飲酒は避ける。

入浴をしたら10時を過ぎていたから、これは到底、小学生の起きているべき時間ではない。次男には冷たいお茶を飲ませ、僕は牛乳を150CCほども飲んでその10分後に就寝する。

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 2006.0712(水) いまだヒグラシは鳴いていないから

4時前に起きて製造現場へ降り、小一時間ほどの作業の後に事務室へ移る。

ウェブショップの顧客へメイルマガジンを送付するには、そのメイルアドレスを名簿に登録する必要がある。ご注文を下さるたびに異なるメイルアドレスをお使いになる方もいらっしゃるから、お名前を存じ上げているお客様についても、いちいち過去の顧客名簿に照会する必要がある。このような陰気な作業を日中に行っては時間がもったいない、あるいは繁忙の最中にはしていられないから朝5時の事務室にてこれを行う。

7時前に居間へ戻る。朝飯はキャベツの油炒め、冷や奴、メカブの酢の物、胡瓜の紫蘇の葉巻き、納豆、メシ、シジミと万能葱の味噌汁。夜になれば冷や奴でメシを食うなど思いも寄らないが、朝においてはこれはかなり美味いおかずである

繁忙期特有の、たとえば本日出荷の商品に追加や変更が入るなどの仕事が1日に何件も舞い込むから通常の業務がなかなかはかどらない。追加や変更の電話を受けて荷造り現場へ行き、その注文品を探し回ると、ようやく発見されたそれは既にして荷造りを終えている。事務係は発送伝票を書き換え、以前のカード決済をキャンセルして新たにカードの支払い手続きをする。書き換えた発送伝票を荷造り現場へ持参すると、荷造り係はいったん作った荷物をほどいて使い物にならなくなった段ボール箱を捨て、はじめから荷造りをやり直す。

この作業には平均で延べ30分を要するから4件の追加変更が入れば120分が無駄に、といっては何だが浪費され、結果、他のお客様への出荷が翌日に持ち越されたり、あるいは社員の残業時間が延びたりする。そしてこのような混乱も、今月下旬に入れば徐々に収束していくことだろう。

初更、鯛と鮪の刺身、メカブの酢の物、茄子と乳茸の炒りつけ、豆腐の玉子とじ、胡瓜のぬか漬にて泡盛 「春雨」 のお湯割りを飲む。

「ヒグラシが鳴くころ、山にはチタケが出る」 と、製造係のアオキフミオさんだかフクダナオちゃんから聞いたとき、その言葉の詩的な響きに感銘を受けたことがある。まるで西脇順三郎の 「少年は小川でドルフィンを捉えて笑った」 のようではないか、そうでもないか。とにかくいまだ蜩は鳴いていないから、つまり食卓にある乳茸は昨年収穫したものの冷凍保存版である。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2006.0711(火) 避暑地

4時に起床して仕事場へ降り、いつものあれこれをしてから事務室に移動する。「なぜこれこれの商品をウェブショップから外したのか」 とか 「メイルに添付したエクセルファイルの送り先名簿がそちらに届かないのは、どのような理由によるものか」 とか、そういうお客様からのメイルに返信をお送りする、あるいはきのうの日記を作成するなどする。

6時30分に4階へ上がり、仏壇その他にお茶や水や花などを供えて回る。「線香を1本だけ上げるのは良くない、必ず2本にすべし」 とか 「線香は3本上げる。なぜならば」 と教えてくれる人がいる。2本なのか3本なのか分からないから家内に訊くと、自分はパッとつまんで取れただけの線香に火をつけるので、本数は決まっていないという。

「線香は3本上げる。なぜならばウンヌン」 と僕に説明をしてくれた人は、線香をひと束いくらで売っている観光地のお寺でも、そこから3本のみを抜き出して火をつけるのだろうか。「さすがにそりゃねぇだろう」 と思う。

朝飯は塩鮭、胡瓜のぬか漬、胡瓜の紫蘇の葉巻き、メカブの酢の物、納豆、刺身湯波、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁。この朝飯からメシのみを抜けば酒の肴になる。そして神楽坂の 「伊勢藤」 を思い出す。決まり切った一汁四菜しか出さなくても、やり方次第では長く続く店になるのだ。

夕刻、すこしまとまった配達があって日光へ行く。「日光へ行く」 とはいえ我が今市市は今年3月の市町村合併により日光市になったから、正確には 「旧日光地区へ行く」 だろうか。今日の東京は高い気温と高い湿度の双方により大変な不快指数だという。日光は霧雨の模様にて暑さなどはみじんもなく、また寒くもない

モロヘイヤのたたき、茄子の炒りつけ、ポテトフライ、胡瓜のぬか漬はすべてもらい物の野菜による。鶏の唐揚げは主に次男用のおかず。これにてメシ2杯を食べて飲酒は避ける。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0710(月) その人の名は失念したが

目を覚ますと部屋は青ぐらい薄明のなかにあった。洗面所へ行き、まるで100円ショップで売っているようなプラスティック製の時計を見ると4時30分になっている。洗面して着替え、お茶が飲みたいから仏壇の水やお茶や花を整え、居間にある亡くなった人の写真に水を上げ、ようやく自分のお茶を淹れる。

テレビの電源ボタンを押すと、ワールドカップの決勝戦は後半残り12分のところだった。間もなく1対1のまま延長戦に入り、その後半残り10分のところでイタリアのマラッツィに何ごとかささやかれたフランスのジダンが数歩行きかけた後にきびすを返してマラッツィの胸に頭突きをした。あおむけに倒れながらマラッツィは 「しめた」 と思ったのではないか。ジダンは退場処分を食らい、そしてイタリアはPK戦の末に勝った。

東京オリンピックの三段跳びの選手で、後にホテルマンに転じて赴任先の韓国で客死した人がいる。1970年代前半の、特にNHKのテレビに良く出たこの人の名は失念したが、スポーツが宿命的に持たざるを得ない汚らしさ、またそれに最も強く関わっていくスポーツマンという人種の嫌らしさを紳士的かつユーモラスに語る論調が僕は好きだった。よほど腹に据えかねるようなことを、ジダンは言われたに違いない。

朝飯は胡瓜のぬか漬、塩鮭、「はれま」 の 「やさい」、茄子の炒りつけによるお茶漬け

溝の口のホテルでは、"Computer Lib" のサーヴァーが、僕が申告したIPアドレスとは異なるところからのアクセスを拒絶しているためメイルの送受信も、また書き上げた日記のサーヴァーへの転送もできなかった。帰宅しさえすればこの問題は解決するとばかり思っていたが、日記の転送については復旧しても、相変わらずメイルの送受信はできない。

今早朝に "Computer Lib" のマハルジャン・プラニッシュさんに現状を説明するファクシミリを送り、昼前に電話をすると、マハルジャンさんは僕にいくつかの質問をした後、メイラーの設定の一部を変えるよう言った。「こんなとこ、いじった覚えはねぇけどなぁ、木曜日の晩、ホテルで悪戦苦闘してる最中に触ったんかなぁ」 と考える。メイラーはただちに元の機能を取り戻し、100通を超えるメイルが流れ込んできた。

「ブルゴーニュの古い白は早く飲んじゃおうぜ」 作戦により初更、"Puligny-Montrachet Les Folatieres LOUIS JADOT 1985" を抜栓する。鮪と3種の野菜によるサラダ、にんにくと唐辛子のスパゲティ、平目のバター炒めトマトとオクラ添えを肴にこれを飲む。それにしてもなぜデジタルカメラはマクロの必要がないほどの接写において、画面の中央ではなくその先にピントの合ってしまうことが多いのだろうか。砕いたクルミを台にしたチーズケーキにても21年前の白ワインを飲む。

入浴して何も飲まず、9時30分に就寝する。

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 2006.0709(日) 蕎麦は短いほど良い?

目を覚ますと同時に起床する。仕事場へ降りていつものことをし、事務室へ移動してからはきのうの日記を作成するなどする。4時に起きれば朝飯までの時間は3時間もあって、これは実に東京から大阪までの新幹線による所要時間と変わらない。「だから早起きは三文の得」 などとは、しかし言うつもりはない。早く起きて余計なことをすれば、三文の得どころか三億の損になることもある。

7時前に居間へ上がる。朝飯はメカブの酢の物、塩鮭、ピーマンとソーセージの油炒め、目玉焼き、メシ、ワカメと玉葱の味噌汁。質素な内容ながら 「久しぶりにまともな朝飯を食ったなぁ」 という気がする

八坂祭の日程は本日が青年御輿の町内巡行、11日から14日までが子供御輿の巡行となる。その14日が過ぎれば当番町会計の仕事も一段落をするだろう。ギックリ腰を繰り返してから参加することはなくなった青年御輿が夕刻4時前に店舗駐車場へ入ってきたため、カミムラヒロシさんの持つ賽銭箱にお包みを入れる。

仕事を終えた7時すぎ、上半身のポロシャツはそのままに、仕事用のズボンだけをテニスパンツに履き替えて草履を履く。小倉町の 「和光」 へ行くと、町内の直会は既にして始まっていた。焼酎グラスの縁まで氷を入れ、焼酎をやはり縁まで満たす。たたき風のたれにどっぷりと漬け込んだ鰹の刺身が美味い

その直会は1時間と少々でお開きになった。いソノてルヲはむかし 「ジャズと蕎麦は短いほど良い」 と言った。短い蕎麦のどこが良いのかは分からないが、なるほど長いジャズは僕も好まない。そして宴会も同じく、長引かすよりは短く切り上げた方が粋である。

夜の湿り気を帯びた日光街道を上りながら家内に電話をし、おにぎりを作っておくよう言う。帰宅してそのおにぎりと胡瓜のぬか漬、茄子の炒りつけを食べる

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0708(土) 大御輿の渡御

4時に目を覚まし、二度寝をして5時に起床する。

先週、黒磯市で行われるはずだったテニスの試合が雨で1週間後に順延され、普通、このようなときは僕が次男を引率するが、八坂祭の大御輿が渡御する本日にそれは叶わない。3種のおにぎりによる朝飯をそそくさと済ませ、次男は母親の運転するホンダフィットで6時すぎに家を出た。

始業して間もなくの8時40分に 「瀧尾神社」 へ行く。祭のあいだ大御輿は台車に載せられ御仮舎という名の覆いの下にある。各町内からの手伝いがここから台車を境内まで曳航し、大御輿に担ぎ棒を入れて担げる形にする。いまだオヤジの喪がかかっているから二の鳥居はくぐれないと言うと、その鳥居をくぐらず宮前まで行けば問題ないと禰宜が言う。ウエシチオトートさんが僕を案内し、まるで蟻の戸渡りのような小径を通って社殿の前に出る。

このお祭において、僕に与えられた役割は当番町会計、「大御輿を担ぐ会」 会計、写真記録、渡御連絡係の4つもあるから、午前中に神社と会社を何度も往復して頭とからだを使う。そのあいだにも繁忙期特有の仕事は入り続け、僕自身がメイルによる受注確認書を送付しなければならない注文などもあって、いささかくたびれてくる。とにかく7月に入ってからの、特にこの4日間の忙しさは尋常ではない。

腹が減って仕方がない。「昼飯はステーキだな」 と考えていたら 「大御輿を担ぐ会」 から弁当を支給されたので家に戻ってこれを食べ、睡魔を払いつつ事務室へ降りる。「魚伸」 の、上品な盛りつけの弁当は美味かった。

白いダボシャツ、白いダボパンツ、白足袋に白い鼻緒の雪駄と、まるで死にに行く人のような白ずくめの格好で3時すぎに神社へ行く。大御輿渡御の写真記録において僕は、晴れれば明るいうちはライカの "Ic"、暗くなってからは "GR DIGITAL" を使おうと考えていたが、木村伊兵衛流に言えば本日午後のルミエールはあまり良くないからシャツの胸ポケットには "GRD" 一挺のみを入れた。境内には徐々に、各町内の小振りの御輿が集まりつつある。

午後4時30分に花火が上がって大御輿が宮出しされる。日光街道の旧市街を8丁下って 「追分地蔵尊」 へ至る。写真撮影などしてふたたび来た道を上がる。火照った体を冷ますほどの短い雨が止み、あたりは薄暮の青色に満たされて投光器に灯が入る

休憩は設けず、ごく短い時間で担ぎ手の交代のみを行うという今年の試みは至極合理的で、渡御の時間を30分短縮できる見込みが立った。路程が変更され、ウチの顧客用駐車場に大御輿が誘導される。各町内の会所前に置かれたお囃子の音に数百人のかけ声が入り交じり、まるでガムランのように僕を酔わす。15分の休憩の後、大御輿はふたたび日光街道を遡上し始めた。

大御輿がやがて宮入りを果たす。担ぎ手たちはこれをそのまま長く担ぎ続け、杜はなかなか静まらなかった

町内の御輿を片付け、大御輿を台車に載せて御仮舎へ戻し、ようやく本日の全日程が完了する。しかし八坂祭はいまだ始まったばかりだ。

春日町1丁目公民館にて数十人の直会を行う。10時すぎに帰宅して入浴し、10時30分に就寝する。

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 2006.0707(金) 感想文

目を覚ますと、カーテンの隙間から弱い光が差し込んでいる。ベッドのヘッドボードに取り付けられた時計を見ると5時だった。

きのう交流会から帰ってコンピュータを起動し、LANケイブルを壁の穴に差し込んで外部とアクセスしたところ、ブラウジングはできるがメイラーは回らず、また書き上げた日記のサーヴァーへの転送もできなかった。"Computer Lib" のサーヴァーが、僕が申告したIPアドレスとは異なるところからのアクセスを拒絶しているのだろう。

今朝、おなじことを繰り返してやはり同じ結果となり、だからメイルの受信と日記の更新は諦めて外へ出る。しばらく散歩をするうち、ホテルと田園都市線を隔てた向こう側にバラックが密集した素晴らしい商店街を見つけ、大きな陸橋を渡る。薄暗い通路に並ぶ古ぼけた店のうち、この時間から開いているのはクリーニング屋とその隣の洋服屋だけだった。迷宮の入口にも見えるその商店街を、駅までの道を急ぐ人たちがひっきりなしに通る。

一般客にも販売できるよう、その通路にもカウンターをはみ出させた焼鳥屋がある。「こんなとこで飲みてぇなぁ」 と思う。それにしても僕は、どうしてこのようなところにばかり惹かれてしまうのか

ホテルへ戻り、朝飯を西先生とご一緒する。お粥、ミネストローネ、水菜とポテトのサラダ、スクランブルドエッグにベーコンという不思議な取り合わせは僕の趣味によるものではなく、ホテルのビュッフェに従ったに過ぎない。

9時30分より 「小川税務会計事務所」 7階にて "strategy accounting" の講義が始まる。15年もマネジメントゲームをやりながら3期で債務超過に陥った僕は特別融資を受け、4期に浮上の足がかりをつかんだ昼食後の5期を大過なく過ごして自己資本を369に伸ばす

最後の講義のテキストは岡本清の 「管理会計」 だった。800字ほどの感想文を書き、呼んでくださった 「小川税務会計事務所」 の方々、また出席者の方々にご挨拶をしてエレヴェイターを下る。

西先生、スタッフのカネコケンジさんと駅前にて軽く打ち上げをする。溝の口から表参道を経由して北千住に至る。名前を知らない、しかしよく歩く通りの「永見」 にてまたまた軽く飲酒活動を行い、20:12発の下り特急スペーシアに乗る。

本日の感想文は、出席者から提出があるたびに主催者がコピーを繰り返し、僕が帰るまでにそのすべてを手渡してくれた。これ読んでいるうちに新鹿沼に着く。あと16分で下今市に到着する旨のアナウンスがあったから 「今日は乗り過ごさねぇわな」 と安心した途端に眠ってしまったらしく、気がつくと電車は終点に差しかかっていた。

東武日光駅からウチまでは5.5キロほどの距離だろうか。タクシーの代金は2,020円だった。

入浴してビールを350CCほども飲み、「ボブ・ディラン自伝」 をすこし読んで11時すぎに就寝する。

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 2006.0706(木) 質問

5時30分に目を覚ます。昨夕の飲み食いを逐一思い出させるようなゲップが出る。軽度よりもすこし重い方に振れた二日酔いである。冷蔵庫に牛乳の1リットルパックが手つかずであったため、この半分ほどを飲んでからきのうの日記を作成する。お客様からのご注文やお問い合わせのメイル数通を読み、返信を書いたり、またそれについて本日、社員にしてもらうことを箇条書きしてデスクトップに保存する。

切通坂を下って湯島より地下鉄千代田線に乗り、表参道で半蔵門線に乗り換えるつもりが代々木上原まで乗り過ごす。表参道まで戻り、半蔵門線に乗り換えて溝の口に至る。駅前にて上手い具合に西順一郎先生と行き会い、「ジョナサン」 へご一緒して僕はトーストと野菜ジュースを腹に入れる。

「小川税務会計事務所」 のマネジメントゲームは9時30分に始まった。1期、2期、3期と盤上に経営を展開してあっという間に午後6時を過ぎる7時30分より 「MGと経営・自社を語る」 という表題で、持ち時間60分の発表をする。僕がこの手の話をするとき、過去には持ち時間の足りなくなることも何度かあったが、本日は59分30秒で完了したから、少なくとも時間管理においては上出来だった。

駅前の 「ホテルメッツ」 にチェックインを済ませ、ふたたび外に出て指定された居酒屋 "NUJUMARU" へ行く。既に9時30分を過ぎている。普段であれば、そろそろ寝る時間である。30人ほどの交流会に出席し、先ほどの発表について、聞き足りないところのあった人たちから熱心な質問を受ける。

11時45分に部屋へ帰り、シャワーを浴びて0時30分に就寝する。

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 2006.0705(水) いささか飲み過ぎではないか

目を覚まして枕頭の灯りをつけると、枕元に携帯電話がない。時間を知るため洗面所へ行き、100円ショップで売っているような小さな時計を見ると3時40分だった。「ちょうどいいや」 と起床して仕事場へ降りる。

6時に居間へ戻ると、テレビではワールドカップのドイツ対イタリア戦が、延長戦の後半を迎えたところだった。

「自分が便所に行ってるときくらいにしか点の入らねぇサッカーの、どこが面白いんでしょうね」 と、"Computer Lib" のナカジママヒマヒ社長に言ったところ 「村上龍はですね、我々はサッカー場に奇跡を見に行くんだ、って書いてるんですよ」 と答え、なるほどそういう比喩を持ち出してくれればオレにもサッカーの見所は分かると、頭の霧が晴れたような気のしたことがある。そして今朝の試合ではイタリアがその奇跡を最後の2分に2度も起こし、決勝戦へとその歩を進めた。

朝飯は胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、生のトマト、納豆、メシ、きのうの天ぷらと万能葱の味噌汁

それにしても忙しい。繁忙に加えて銀行の人や保険会社の人が来る。電話も入る。こちらからしなくてはいけない電話もある。製造現場へ行き、店舗へ行き、倉庫へ行きと、会社の中を歩き回ってまたたく間に昼になる。

昼飯は豚挽肉と刻んだ舞茸の赤だし味噌汁をつゆにした素麺。薬味は万能葱、茗荷、そして青唐辛子

早めに事務室へ戻り、ときおりハーハーと荒く息を吐きながら仕事をする。3時30分をすぎてようやく外出の準備を整え、家内の運転するホンダフィットで下今市駅へ行く。「お暇がおありでなかったら、第5章だけでもお読みください」 と銀行の人が置いていった本の、出がけに引きちぎった第5章を読みつつ浅草に着く。そしてその25分後に新橋に着く。

烏森神社の参道にある 「鹿火矢」 に年少の友人テシマヨーちゃん、ナカヤカツヒコさん、長男との4人で集まり、7時前から11時まで飲酒を為す。この人数で芋焼酎の4合瓶3本はいささか飲み過ぎではないか。

たぶん銀座線で上野広小路に至り、たぶんタクシーで春日通りを北上し、甘木庵に帰着してたぶんシャワーを浴び、就寝時間は特定できない。

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 2006.0704(火) もうひとつの山は来るか

居間の畳の上で目を覚ます。枕を使わず横向きに寝ていたため首が痛い。違い棚の電波時計が1時30分を指している。ゆるゆると起きあがって風呂場へ行く。20分後にこんどはベッドへ横になって二度寝をし、4時に起床する。

製造現場から事務室へ移動して、繁忙期に特有のあれやこれやをする。ポストイットに簡単な連絡事項を書き、緊急に伝えたいことのある社員のタイムカードにこれを添付する。社員が出勤したときに僕は別の場所にいるかも知れないための措置だが、「朝っぱらからあれこれ指図をされるのはイヤかなぁ」 とも考える。しかし考えるだけで、これを止めることはしない。

7時前に居間へ戻る。朝飯は納豆、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、辛くない唐辛子を焼いて鰹節をかけたもの、トマト入りスクランブルドエッグ、メシ、ワカメと玉葱と万能葱と桜海老の味噌汁

始業後しばらくして事務係のイリエチヒロさんが、きのうの地方発送受注高を持ってくる。それを見て 「これが、この夏1番の数字になるかなぁ」 と予想する。この予想が有り難いことに外れるなら、山はもういちど来るはずだ。

昼前に年少の友人テシマヨーちゃんから 「ナカヤさんもいっしょに飲みたいって言ってるんですが」 と、明日の晩についての電話が入る。「それはもちろんかまいませんが、店の予約はヨーちゃんがしてくれると有り難いですねぇ」 と、自分の手間をひとつ減らす。いずれにしても、一緒に飲みたいと言ってくれる人がいることは、座敷のかかった幇間と同じく嬉しいものである。

煮豆、冷や奴、胡瓜のぬか漬、小柱と小海老と舞茸と玉葱と三つ葉のかき揚げによる丼を晩飯として飲酒は避ける

今夜はまともに入浴して牛乳を150CCほども飲み、10時前に就寝する。

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 2006.0703(月) 余裕、気合い、一瞬

2時前に目を覚まして 「ボブ・ディラン自伝」 を読み、3時に起床する。

製造現場へ降りて数十分の作業に従い、事務室へ移動しては、今月なかばに支給する賞与の大まかなところの決定、今週後半に川崎市の 「小川税務会計事務所」 で1時間ほどする話のレジュメの作成、きのうの日記の作成、普段の数十倍の量の地方発送伝票の整理などをして7時前に居間へ戻る。

朝飯はメカブの酢の物、納豆、カマスの西京漬け、きのうの残り物を使ったグリーンアスパラガスと胡瓜とトマトのオリーヴオイル和え、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁

「余裕、気合い、一瞬」 とは、自由学園男子部が難関を突破する際の手法を好意的に揶揄したもので、「余裕」 とはその難題が近づくまで平静を保ち、それが目前に迫ったところで 「気合い」 を入れ、「一瞬」 の集中によってこれを解決する様を指す。「オレの今朝3時の起床とその後の仕事ぶりは、まさにそれだったな」 と考え、しかし 「前々から分かってることをギリギリまでやらねぇってのが、そもそもの間違いだわな」 と思い直す。

社会の多数が仕事を始める9時以降になると、当方の仕事はてんで進捗しなくなる。1日の作業量の限界まで詰め込んだ夏のギフトの出荷について、既にしてお申し込みになったお客様からの追加や変更の電話、自分への商品送付を、他のお客様の先頭に割り込ませて明朝に到着させよとの電話、昨年暮に数度にわたって行った注文の内容を、そのときのすべての伝票を探し出して教えてくれとの電話、そういう依頼がただでさえ忙しいところに届くから事務机にはメモばかりが積み重なってなにもできない。

いまだ処理していない多くのメモを乱れ籠に残して夕刻、「日光野口病院」 へ行く。おばあちゃんの部屋を訪ねて冷蔵庫からプリンを出し、これを食べてもらう。チョコレートも食べてもらう。窓の外には雨上がりの、強く西日を受けた木々が、背後の空からくっきりと浮き上がってまるでパノラマ写真のように見えている。

晩飯にはマカロニグラタンが食べたいところだが、その作り手の家内も残業をしているからそれがままならない。町内のケンボウが学校の畑で作り、それを下校時に次男がもらったジャガイモを使ったフライ春雨サラダ、鶏レヴァによるレヴァニラ炒め、胡瓜のぬか漬にて泡盛 「春雨」 を生で1合6勺ほども飲む。

そしてまたまた、この晩飯の後のことは、なにも覚えていない。

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 2006.0702(日) オムレツは好きだね

居間の畳からようやく起きあがって時計を見ると午前1時30分だった。テレビではワールドカップのイングランド対ポルトガル戦を中継している。入浴の後、これの延長戦からPK戦までを見て二度寝をし、5時に起床する。

仕事場へ降りていつものこと、事務室へ移動してこれまたいつものことをして6時30分に居間へ上がる。仏壇へ水などを上げたりすることも、またいつものことだ。朝飯はアサリの佃煮、「はれま」 の 「やさい」、胡瓜の塩もみ、鰆の西京漬けによるお茶漬け

次男を所野運動公園のテニスコートまで送り、とんぼ返りして仕事に就く。午前11時まではひまと思われたが徐々に客足は繁くなり、一時はかなり忙しくなる。店舗や事務室だけではなく、製造現場、包装部門も渡り歩き、それぞれの仕事の進み具合を見る。夏のギフトの繁忙は、今こそ長い高原状態の端緒についたばかりだ。

閉店を前にして、販売係のヤマダカオリさんが週間ミックス表を作成する。若い人については知らないが、僕は軽く消耗して1日の第3クォーターを終えようとしている。

今週の後半は飲酒の機会が多い。よってその前半に2度の断酒日を設けることとし、本日をその第1日目と決める。こう書くとなにやらものものしいが、酒好きにとって、週に2度の断酒はなかなか決心のいるものである。ドラッグの常用者に対すると同じく冷たい目で喫煙者を見る僕も、「だったらオメェの酒はどうなんだ」 と問われればからきしだらしがない。

茹でたアスパラガス、生のキュウリ、トマトのオリーヴオイル和え、ハムと玉葱のオムレツにてメシ2杯半を食べる。

入浴して牛乳を150CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2006.0701(土) 失敗がないからつまらないデジタルカメラ?

4時30分に目を覚まして本は読まず、すぐに起床する。1階の仕事場へ降りていつものことをし、事務室へ移動してからはきのうの日記を作成するなどする。

その最中の6時ちょうどに電話が鳴るので 「久しぶりだな、突拍子もない時間の問い合わせ」 と思いながら、留守番機能が作動する前に素早く受話器を取る。案に相違して相手は 「今市ソフトテニスクラブ」 のタカマツさんで、内容は本日の試合の延期を伝えるものだった。すぐに4階の居間へ戻り、連絡網を見ながら回し電話をする。

朝飯はトマト入りスクランブルドエッグ、メカブの酢の物、冷や奴、納豆、メシ、大根と三つ葉の味噌汁。メシの画像のないのはその撮影に失敗したからで、「失敗がないからつまらないデジタルカメラ」 という田中長徳の言葉には綾がある。

夜半から朝まで降り続いた雨は7時ころには止み、空の雲も薄くなってきた。「人はそれぞれ自らの生まれた季節を好む」 とは本当だろうか。8月生まれの僕に限れば、その俗説に矛盾はしない。それも、四季の移り変わりの中での夏が好きということではなく、年間を通じて夏ならば、それが1番ありがたい。今朝の天気予報は、いまだ梅雨明けの時期を特定しなかった。

何週間も食べたいと思い続けてきた、赤だしの豚汁に様々な薬味を入れ、そのつゆで冷たい稲庭うどんを食べるという昼飯がようやく実現する。本日の薬味は万能葱、茗荷、白胡麻それに三つ葉だった。暑い季節の昼飯には、ずっとこのようなものを食べていたい

そのメイルマガジン版とウェブペイジ版は会員に送付し、あるいはサーヴァーへ転送したが、郵便送付分のみが手つかずで残っていた 「第157回本酒会報」 を終業後にプリントし、必要な枚数をコピーする。メシの時間が迫ったため、これの綴じ、折り、封筒詰め、タックシール貼りは明朝にすべきこととして残す。

ウチの 「ひしお」 をつけて食べる生の胡瓜、枝豆、キャベツのおひたし、焼いた厚揚げ豆腐、6種の魚の西京漬け、グリーンアスパラガスとベーコンの油炒めにて泡盛 「春雨」 の水割りを飲む。ウイスキーは、生で飲むよりも水で割った方が却って香りが開いたりするが、今夕の泡盛に限っては、どうも味も香りも薄い。そのためグラスにどんどん泡盛を注ぎ足し、しかしそれを繰り返してもなにかものたりない。2杯目をお湯割りにすると、こちらの方がよほど塩梅は良い。

そしてその後のことは、なにも覚えていない。

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