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大空に月と日が姿を現してこのかた 紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2010.0930(木) おみやげ

今朝一番の仕事は路上の吸い殻拾いだった。新年最初の仕事も路上の吸い殻拾いだった。「何とかならねぇか、まったく」と思う。

タイでは、不特定多数の出入りする屋内はすべて禁煙と言っても差し支はえない。香港では、スターフェリーの甲板でさえタバコは吸えない。ファミリーレストランに喫煙席のある日本は、中華人民共和国並みとは言わないが、喫煙に対してはかなり甘い。

バンコクの空港では決まって1カートンのタバコを買う。タイで売られているタバコの箱には「いつまでもタバコを止めることのできなかった人間の末路」の写真が印刷してある。帰国後にこれを喫煙者たちに配ることは僕の趣味のひとつだ。

喫煙の常習者はニコチンの中毒患者であり、アル中ポン中モヒ中のお友達だから、こんなものを見ても実際は意に介さない。ところが今年は10月1日からタバコが40パーセントも値上げされる。

ニコチンやタールによる健康被害は数年後あるいは数十年後のことだが値上げは中毒患者にとっても喫緊の課題である。「この機会に」と考えている中毒患者も多いらしい。事実、今回の「タイ土産」を手渡したひとりは「タバコはこのひと箱で最後になりそうです」と言った。実現すれば慶賀の至りである

コモトリケー君が土産に持たせてくれたカレーペーストによるカレーライスを晩飯に食べる。平均的日本人には激辛なのかも知れないが、僕にはこれが強烈に美味い。ひと皿をサラリと食べて即、入浴する。


朝飯 茄子の油炒め、茹でたブロッコリー、白菜キムチ、壬生菜の古漬け、納豆、メシ、揚げ湯波と雪菜の味噌汁

昼飯 「大貫屋」の五目そば

晩飯 豚肉とトマトと茄子とピーマンのカレーライス、炒り卵、ピクルス、"Chez Akabane"のプリン、同チーズスティック、"KIRIN FREE"

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 2010.0929(水) あさがほ

日曜日以来の好天に恵まれる。

家から最もちかい農協の直売所へ行く。朝一番に地野菜を仕入れ、それを朝のうちにたまりで浅漬けにする「たまり浅漬け」の材料購入は、この数ヶ月ですっかり自分の日課になった。農家によって運び込まれる野菜は気候や自然を映し、毎日すこしずつ、あるいは突然に変わる。

胡瓜は夏の野菜だが猛暑の最盛期には一時的に消えた。その猛暑の最中にも茄子は平気な顔をして出ていた。大根は今月中旬に一瞬、花開いたように棚にあふれ、しかし今はそれほど多く見られない。

直売所に出品されている野菜や花や惣菜には作り手の名前が貼り付けてある。自分用の小さな畑であれこれ作っているのか、ごく少しずつ、様々な野菜を出品している人がいる。その「少しずつ」の中にはなかなか面白いものがあり、予定外の買い物をすることもある

店舗の坪庭は竹垣で駐車場と仕切られている。その竹垣に絡みついた朝顔は盛夏に咲かず、今ごろになって白く小振りな花を開いた。朝顔は秋8月の季語、そして今日は旧暦の8月22日。とすれば「今ごろになって」ではなく、それはしごく真っ当な咲きごろなのかも知れない


朝飯 壬生菜の古漬け、おから、納豆、白菜キムチ、とろろ芋、レタスとスクランブルドエッグとハムのサラダ、メシ、なめこと長葱の味噌汁

昼飯 「玄蕎麦河童」のつけたぬき蕎麦

晩飯 マッシュドポテトとブロッコリーのソテーを添えたハンバーグステーキピクルスワッフル"Vina San Pedro Cabo de Hornos 1998"

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 2010.0928(火) 宿痾

自分のヤマイについて、どうにかならないものかと思う。欲しいものができたら、それをすぐに買わなくては気が済まない、という病だ。欲しいものがマイバッハの62だのブレゲのクラシック5177だのというあたりではないところだけが救いだ。

それでは何がそんなに欲しいか、数日前の日記に書いた、ボーディングカードを折らずに収められる貴重品入れが欲しい。

今の航空券、それを航空券と言って良いかどうかは知らないが、多くはA4の紙が1枚だ。A4の紙の幅は21センチ。そしてボーディングカードの長さも21センチ。日本のパスポートの幅は8.7センチで長さは12.5センチ。だから幅10センチ、高さ21センチほどの貴重品入れがあれば万々歳だ。

いや万々歳ではない、容れ物というものは、中に仕切りの多くなるほど戦術的に傾いていく。仕切りなどない、ただの袋こそ戦略的な道具となりうる。そしてウェブ上にふたつの候補を見つけ、その双方とも買い物カゴに入れる。

しかしまた僕の頭の中には、その双方とも届いてみれば気に入らず、結局は人にやってしまう、そして鞄屋に手書きの設計図を送って新規に制作してもらう、そんな近未来が見えて仕方がない。それもまた僕の病のひとつである。


朝飯 壬生菜の古漬け、じゃこ、昆布の佃煮、白菜キムチによるお茶漬け

昼飯 「麺屋ききょう」の塩ラーメン炒飯

晩飯 鰯煮、おから、ハタケシメジと豚肉と長葱の鍋、芋焼酎「あか銀滴」(お湯割り)

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 2010.0927(月) 半年前のことを覚えているか?

朝、西北西に向いた窓を開ける。晴れていれば日光連山の見えるところには、雲のあるばかりだ。次いでおばあちゃんの応接間の、南西に向いた窓を開ける。金平山までは見えても、針葉樹に覆われた、より遠くの山までは望めない

きのう町内のタカオちゃんが町会費をとりまとめて、会計係である僕のところまで持ってきてくれた。タカオちゃんがどこかで聞き及んだところによれば、今年は夏の暑かった分、その揺り返しとして冬が寒いのだという。

秋にくらべれば冬の方が僕の好みに合うが、それでも冬の寒さには、なにか人の気勢をそぐところがある。

ことしの2、3月ころより、どうも飲み屋へ足が向かなくなった。それはそのころの寒さにも原因があったように思う。夏の猛暑により多くの人は忘れてしまったかも知れないが、今年のはじめから3月までは「今年の米は、ハー、ダメだんべー」と言われた厳冬の日々があったのだ

飲み屋へ行くことのできないある種の引きこもりは、夏ごろから徐々に快方に向かった。そして今夕はわざわざ傘までさして、巾着袋に財布と文庫本を入れていそいそと飲み屋へ向かうまでに回復した。まぁ、わざわざ報告するほどのことでもない。


朝飯 じゃこ、白菜キムチ、壬生菜の古漬け、オムレツ、レタスのサラダ、納豆、メシ、なめこと豚肉と三つ葉の味噌汁

昼飯 「ふじや」の湯麺

晩飯 「和光」の突き出しの海老と数の子のマヨネーズ和え同おからタコブツ秋刀魚の塩焼き、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

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 2010.0926(日) 秋惜

空は晴れた。男体山の上に月が残っている

「こんなにクーラー、効かせやがって。まったく電気の無駄遣いじゃねぇか」と憤り、壁のスイッチを見るとクーラーなど作動していない、そんなことがタイから帰国した後に何度かあった。汗だくになって1日に3度もシャツを替えていたチェンライが懐かしい。

農家のユミテマサミさんには、店頭に置く次の花を用意するよう、タイへ行く前にファクシミリで頼んでおいた。しかし準備が整っていないのだろう、新しい花はいまだ届けられず、夏を越したニューギニヤインパチェンスは枯れ加減である。

一方、包装係のアオキマチコさんが数年前に種を播いたアサガオが、夏を過ぎた今になって、坪庭の竹垣に花を咲かせている。店の前の書は「鬼灯」から「秋惜」に変わった

夜に白ワインを飲む。そして荒木経惟の「東京は、秋」を見る。あるいは読む。


朝飯 ピーマンとソーセージのソテー、納豆、白菜キムチ、温泉玉子、じゃこ、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 「ユタの店」の担々麺

晩飯 エリンギのオリーヴオイル焼きトマトのスパゲティ"Manster du GrandPere Fischer""Chez Akabane"のプリンアラモード、"Chablis Billaud Simon 2007"

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 2010.0925(土) 三寒四温

夏のあいだは、ほとんど朝ごとに日光の山々を"iPhone"で撮り、その様子をツイッターにアップしていた。夏の山はまばゆいばかりに明るく、それが青い空を背にして、どんどんこちらに迫ってくるような気がした。

その夏の習慣を久しぶりに思いだし、今朝もおなじことをしたら、しかし撮れた画像はひどく暗く憂鬱なものだった。そして「これはわざわざツイッターに上げるようなものではない」と、すぐに削除した。

三寒四温ということばを改めて調べてみた。これは春先にのみ使うものとばかり考えていたが、晩秋から口にして差し支えのないものらしい。

おととい乗ったタクシーの運転手は「前日までは真夏のように暑く、しかし今日は寒い上に雷雨もあった」というようなことを言った。北海道や富士山頂では雪が降ったらしい。季節はこのまま雪崩を打つように、冬へ向かって傾斜していくのだろうか。


朝飯 壬生菜の古漬け、胡瓜と茄子のたまり浅漬け、納豆、温泉玉子、大根と豚肉の炊き物、メシ、豆腐とワカメと三つ葉の味噌汁

昼飯 トマトのハヤシライス

晩飯 ちらし鮨刺身湯波のお椀、芋焼酎「あか銀滴」(お湯割り)

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 2010.0924(金) 真骨頂

今般の旅行のあいだに持ち歩いた小さなノートを開いてみる。その最終ページ近くには、次回に持参すると便利なものとして以下が記してあった。

・ボーディングカードを折らずに収められる貴重品入れ
・機内で使う一切をまとめるための透明の袋(内容の一覧を貼り付ける)
・ボールペンは2組
・小さなハサミ

僕の貴重品入れは日本のパスポートが縦長だった時代のものだが、ボーディングカードの長さには足りない。機内で使うものをまとめるための袋とは、今回、チェンライで機内にメガネを置き忘れたことを省みてのものだ。1本しか持参しなかったボールペンは出発早々に壊れ、ガムテープで補修する羽目になった。ハサミがあれば何かと重宝する。

一方、持参して使わなかった代表は濡れティッシュだった。僕は手指を清潔に保つことにおいては人後に落ちない。しかし仕事を離れれば、そのような欲求は湧かないらしい。今回利用した3つのホテルではすべて、無線LANがサクサク使えた。とすれば"iPhone"は必要ない。

旅行中に左足薬指の爪だけが伸びていることに気づき、しかし爪切りは持っていなかったからときどき気になった。南の国で街を散歩すると汗をかき、1日に3枚のシャツが必要になる。このあたりについてはよく頭に入れておこう。

コンピュータは常に機内持ち込みをした。しかし往路においては日記を書き急ぐ必要もなく、だからこれはトランクに収めても問題はない。

チェンライの"Dusit Island Resort"はダウンタウンまで1キロ以上の距離がある。そして僕はホテルと街とのあいだを徒歩で往復していた。ホテルに貸し自転車はないと聞いていたからだ。ところが「ホテルの裏側、プールへ行く途中にそれらしい自転車があったぜ」という話を後に小耳に挟んだ。覚えておかなくてはならない。

旅行前に持っていたバーツと今回の両替分を"IN"の側に、そして今回使ったお金を"OUT"の側に入力して自作の小遣い帳を走らせると、その帳面上の残高は手持ちの現金より1,041バーツも多い。41バーツは自分の記帳ミスか、あるいはどこかの店の釣り銭間違えだろう。しかし残りの1,000バーツは大きい。そして自分には思い当たる節がある。

チェンマイのホテルの部屋で夕刻、外へ持って出る金額を考えながら紙幣を2度数えた。2度目に数えた金額は、1度目のそれより1,000バーツ少なかった。しかし数分前に数えた札の減るわけがない。「これは何かの間違いだろう」と、それほど気に留めず部屋を出た。実はそのとき、ことによると1,000バーツ札1枚が床に落ち、机の下にでも入り込んでしまったのかも知れない。

もしそうだとしたら、その1,000バーツ札を見つけるのは宿泊客だろうか、あるいはメイドさんだろうか。1,000バーツは為替の上では3,000円だが、タイでは日本の10,000円ほどの価値がある。いずれにしても見つけた人は大喜びするに違いない。トゥクトゥクの100バーツを惜しんで1,000バーツを紛失する。まさに僕の真骨頂である。


朝飯 胡瓜のたまり浅漬け、ニラの玉子とじ、壬生菜の古漬け、豚肉と大根の炊き物、納豆、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 肉うどん

晩飯 揚げ茄子、ジャガイモの味噌炒め、エリンギの煎餅、胡瓜とワカメの酢の物、焼売、芋焼酎「あか銀滴」(お湯割り)

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 2010.0923(木) 箱の中のペストリー

なにしろ今朝は4時に起きなければならない。よって昨夜はベッドのサイドボードに置かれた時計と携帯電話にアラームを設定し、その上フロントに電話をして同じ時刻のモーニングコールも頼んでおいた。そして10時に就寝した。そして本日、目覚めた時間は何と1時15分だった。よほど気が張り詰めていたのだろう。

そのまま部屋の灯りを点け、お湯を沸かしてお茶を飲み、きのうの日記を書く。あるいはきのうの朝、部屋のドアの取っ手に提げられていた日本経済新聞を読む。

このホテルの内部のデザインは総じて先鋭的で、だから特にロビーなどをTシャツ半ズボン草履履きといった格好で歩いている客はひどく浮いてしまう。「そういうホテルなのに」というべきか「そういうホテルだから」というべきか、クーラーの調整法がよく分からない。目覚めたときには部屋か冷え切っていた。よって巨大なバスタブに湯を満たし、からだを温める。

4時45分にロビーへ降りていき、たったひとりで当番をしている係に精算を頼む。"wifi"の費用は"included"だった。そして一通りの作業が終わるとその女の人は針金の取っ手の付いた、かなり高級感のある黒い箱ふたつを僕に手渡してくれた。「なにも言わなくても」というわけにはいかないが、このホテルでは、朝食前にチェックアウトする客には弁当を用意してくれる。

箱の中にはリンゴジュース、何種類かのペストリー、そして小振りではあるけれど磨き上げられた深紅のリンゴ1個が入っていた。ひとけのないロビーで僕はそのジュースを飲み、ペストリーを食べる。ペストリーは素晴らしく美味い。残ったリンゴをザックに入れ、ベルボーイの開けてくれたドアからいまだ夜のように暗い戸外へと出る。

スワンナプーム空港の、一般旅客用のレストランでメシを食べる気はしない。「あなたは160バーツのソムタムや170バーツのカオパッに心理的負担を伴わず代金を支払うことができますか?」という話だ。よってチェックイン後にエレベーターで1階へ降り、外を見て左手突き当たりのクーポン食堂"Magic FOOD POINT"に入る。そして100バーツ分の食券を買う。

結局のところその食券は50バーツ分しか使わなかった。「残りは来年また使おう」と考えながら何とはなしにその食券に目を遣ると「本日のみ有効」とあったから「読んで良かったー」と、これを券売所へ持ち込み、オネーサンに現金化してもらう

"TG676"は定刻より早く成田空港に着陸した。そして夜8時30分に帰宅する。


朝飯 "Le MERIDIEN BANGKOK"の朝食弁当、"Magic FOOD POINT"内"MAE BOON NOODLES@YAWARAJ"のカオトム(豚の皮とホルモンはガンガン入れてね特注)

昼飯 "TG676"の機内食(パンとヨーグルトとコーヒーだけでいいや特注)

晩飯 「海老寿司」の上にぎり

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 2010.0922(水) 宮殿の器

廊下の騒ぎで目を覚ます。騒ぎに用いられている言語は英語だ。複数の部屋に滞在する白人が夜遊びから戻ってきたのだろう。そのうちの2人はこともあろうに隣部屋の客だった。声高の会話はやむ気配がない。ベッド脇に置かれたソニー製のデジタル時計は朝4時10分を示している。むかし「ファランはどこへ行ってもファランだ」と言ったのは誰だっただろう。

そのまま起床してコンピュータを起動し、インターネットにつなぐ。このホテルのログイン画面に1時間214バーツ、1日530バーツの表示が出る。インターネットへアクセスするための情報を、僕はチェックインのときに手渡されている。「あ、でも金は取るのか」と思いながらも"USER NAME"と"ACCESS CODE"を入力する。そしてきのう撮っためぼしい画像のいくつかをツイッターにアップする。やがてバンコクの夜が明ける

南の国の朝飯は路上のカオトムやクイティオが好みだが、このホテルの安くない宿泊料には朝飯代が含まれている。そういう関係から2階のレストランへ行く。そしてその内容の良さに驚く。数多くの生チーズ、数多くの生ハム、色黒で肉付きの良い美人の焼くオムレツの美しさ、コックがそのたびに切り分けてくれる、フルーツのソースをかけまわしたローストポーク。バミーは、イタリア料理屋の使いそうな洒落た器にごく少量が盛られている。白ワインをボトルで取り寄せ、このまま飲酒活動になだれ込みたくなる朝飯は初めてだ

朝飯後の数時間は、きのうの日記を書いたり本を読んだりして過ごす。昼前にコモトリ君が迎えに来て、そのままランスアン通りの「源利大飯店」へ行く。ここは南国華僑の食堂によく見られる、入り口に材料と調理場のある店で、僕はできるだけこういうところでメシを食べたい。例によってあれこれ材料を選び、店の人と調理法を相談しながらメニュを組み立てる。「源利大飯店」は、何度でも通いたい店だ。

午後は僕の希望により「スアンパッカード宮殿」へ、コモトリ君にもつき合ってもらう。僕はタイの古い家屋と古い陶器が好きなのだ。喧噪のバンコクに存在する異空間で、南国の庭と、地面から屋根へ向かって柱の内側に傾斜していく高床式の小さな家、そしてスワンカロークの銘品にゆっくりと触れる

それにしても、いくらこの元宮殿が貴顕への貸し出しを可能としているにしても、貴重な美術品の置かれた建物の直下でパーティー用のパッタイを炒めるのは、いささかマズくはないか。もっとも、そういういい加減なところもまたこの国の魅力のひとつなのだから、認めないわけにはいかない

それ以降は何もせず、コモトリ君の家で新聞を読んだり本を読んだりして過ごす。そして暗くなりかかるころ、戦勝記念塔ちかくのジャズクラブ"Saxophone"に入る。今日は"Bigband Day"だが始まるのは9時30分ということだったから、なかなか上手なギターの弾き語りのみを聴き、1時間ほどで外へ出る。

すぐそばのアヌサワリーチャイ駅は交通の要衝だ。駅前に広がった屋台や露天は地元の人のためのもので、こういうところこそ面白い。しかし僕は明朝、4時には起きなくてはならない。そういうわけで散策はせず、ちょうど良い酔い心地のままホテルへ戻る。そして10時に就寝する。


朝飯 "Le MERIDIEN BANGKOK"のバイキングその1その2

昼飯 「源利大飯店」のナマコと袋茸と青梗菜と白身魚のスープ海老と空豆のにんにく炒め豚豆と緑葱の炒め牡蠣の卵焼き、ビール

晩飯 "Saxophone"のあれこれ、"Johnnie Walker Blacklabel"(ソーダ割り)

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 2010.0921(火) "Hotel California"

今朝こそはまともな時間つまり6時に目を覚ます。きのう夜の歩行などし、その後は部屋でツイッター活動をして0時まで起きていたのが良かったのかも知れない。

"TG103"は定刻の9:30に随分遅れて10:07にチェンマイ空港を離陸した。眼下には赤く乾いた土、丸い灌木、曲がりくねった茶色い川、ときおりそれらを覆い隠す雲が見えている。そして金子光晴の「マレー蘭印紀行」のことを想う。

金子光晴の旅は男旅だったのだろうか。彼の放埒、底抜けの無責任、捨て鉢さ加減を考えれば、あれは旅などではなく仕方なしの流浪だったに違いない。しかし凄い旅をした先人の誰彼を思い出してみれば、彼らの中には先ず必ずと言って良いほど放埒や無責任さや捨て鉢さがあったような気がする。

"TG103"は11:10にスワンナプーム空港に着陸。昼ごろホテルに入る。そしてタニヤの酒屋での両替は1万円が3,605バーツになった。3日前の、空港の"TMB BANK"による1万円が3,387バーツは、ちとレートが悪すぎやしないか。

ホテルの最寄り駅は、ワットフアランポーンの脇道を抜けたところのサムヤーンだ。ここまで歩き、チットロムを目指す。地下鉄"MRT"でシーロムまでひと駅乗って15バーツ。ここで地上に出て行くべき方向を失う。黒いスーツを着た、色白の綺麗な女の人に高架鉄道"BTS"サラデーン駅の所在を訊くと、僕が行こうとしている逆の方向を指さし苦笑いをしながら"There"と教えてくれる。

そのサラデーン駅の自動券売機でチットロムまでの料金を調べると20バーツ。よって財布から20バーツ札を取り出したところで、この機械は硬貨しか受け付けないことに気づく。僕に硬貨の手持ちはない。振り返ると、手の平に10バーツ硬貨2枚を用意して、ナンシー関をタイ人にしたようなオネーサンが立っている。僕はオネーサンの人の良さに助けられ、自分の紙幣を彼女の硬貨と交換してもらう。

高架鉄道"BTS"をチットロムで降り、ラチャダムリロードを北へ歩く。時刻は3時にちかい。この時間まで昼飯を食べず我慢してきたのは、プラトゥーナムの船着き場ちかくにある店のカオマンガイを食べるためだ。しかし地元の人さえ「あそこが1番」と太鼓判を押す通称「ピンクのカオマンガイ」は生憎と昼休み中だった。僕は本日の昼飯を諦め、セブンイレブンで7バーツのミネラルウォーターを買う。

ひとつの旅にはふたつみっつの宿題がある。センセーブ運河の舟に乗ることもそのひとつだった。公共の交通機関を使いながら地元の人に紛れていることが僕は好きなのだ。「ピンクのカオマンガイ」から川沿いのマーケットを150メートルほど歩いてプラトゥナームの船着き場へ行く。そしてこの運河を東へ走る舟に乗る。

ことに臨んでの下調べは楽しい。しかし活字やインターネットだけでは、その調べの行き届かないところも多々ある。とりあえず行ってみたい、水門のあるサパーンクロンタンまでの料金は幾らなのか、そしてそれはどのようにして支払うのか、ということを僕は知らない

左隣に座っている、ひどくほっそりした男の人に自分の行き先を告げ、代金を訊ねる。それと同時に券売係が細い舷側を歩いて僕に近づく。取り立て人は、「えぇっと」などと言っている間に僕の後ろ席の人から代金を受け取っている。隣の痩せた男の人が「15バーツ」と言う。僕は券売係に20バーツ紙幣を手渡し、切符と5バーツ硬貨1枚を受け取る。

調べの行き届いていなかったことがもうひとつある。センセーブ運河の船着き場は、場所によって右岸にあったり左岸にあったり、また乗客の乗り降りの多いところでは両岸にあったりすることを今しがた知った。とすれば僕の目指すサパーンクロンタンの船着き場は一体どちらにあるのか。ここでまた隣の男の人に質問をして"Left"の答えを得る。やがて水門をくぐり、サパーンクロンタンに停まった舟から船着き場へ上がる。そして間もなく来た、今度は運河を西へ戻る舟に乗る。

小さなころ、東武日光線の上今市駅から下今市駅までの1キロほどの行程を、何度かおじいちゃんに乗せてもらったことがある。それから50年以上も経って、いまだ僕は同じようなことをしている。今や見慣れたプラトゥーナムの船着き場で舟を下り、もと来た道をホテルまで戻る。ホテルを出る直前に計った体重62.7キロは、昼飯を抜き、汗をかいたせいで62キロちょうどになっていた。

夕刻、バンコクで仕事をしている同級生コモトリケー君がホテルのロビーに来てくれる。そしてタイ料理屋"TALING PLING"へ行く。料理はどれもこれも美味い。僕は自重をして、ビールは少しだけにした

1980年代はじめ、僕がこの街をやはり汗まみれで歩いていたころ、旅費を節約したい旅行者はヤワラーの旅社に泊まった。そして安宿街はやがてカオサンに移った。2次会はそのカオサンへ行こうとコモトリ君が言う。僕はふたつ返事で了承する。

しかしそのカオサンに着いてみれば、ここは今や安宿街というよりも大観光地になっていた。チェンマイのナイトバザールよりも更にまばゆく広い道が何百メートルも続いている。その道カオサンロードは何百とも知れない露店に埋め尽くされ、旅行者がぎっしり密集している。

コモトリ君に誘われて階段を昇った先の"Roof Top Bar"にはタイ人の歌手がいた。彼はギターを達者に弾きながら"Hotel California"を歌っている。そして歌詞が"Welcome to the Hotel California"に差しかかると店内の白人たちはこぞって声を張り上げ、歌手と共に歌う。これ、浅草の神谷バーに日本人が集まって山口百恵の「いい日旅立ち」を合唱しているようなものではないか。

むかし「ファランはどこへ行ってもファランだ」と言ったのは誰だっただろう。ちかい将来「バンコクではカオサンに滞在したい」と次男が言ったら「あんなところに泊まっても男旅にはならねぇ」と答えようと決める。

コモトリ君が「ケーズバーへ行くか」と言う。「ケーズバーって、どこ?」と訊くと「オレの家だよ」と答える。「あー、静かなとこに行きてぇなー」と、周囲の騒音に根を上げた僕は、一刻も早くカオサンから逃げることを考える。

古い街並みの、どことも分からない場所を抜けながらコモトリ君の家に着く"K's Bar"のブラッディマリーとチーズは美味かった音楽も静かで渋かった。そして11時すぎにホテルへ戻る。


朝飯 "Royal Princess Hotel"のバイキングその1その2

晩飯 "TALING PLING"の焼き茄子のヤム菜の花を大きくしたような野菜と海老と玉子と春雨の炒め海老すり身のフライタイ風ムースーロー、他あれこれ、ビール

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 2010.0920(月) ソンテウ

就寝の時間が早すぎるのだろうか、あるいは軽い時差ぼけなのだろうか、今朝は2時30分に目が覚めてしまった。しかし眠りの足りない感じはしない。即、起床して荷造りをする。

きのうフロントで買った、インターネットへアクセスするための"Username"と"Password"がまだ使えていない。よって60分250バーツのこの権利を行使し、僕の商用ツイッターアカウントに画像付きの旅行経過報告を次々と載せる。その内容が興味深いものなのだろう、タイムラインには続々とリプライが現れる。そのひとつひとつにまたリプライをする。

タイの夜明けは遅い。6時も近づくころ、ようやく空に赤みがさし始める。そしてその景色をしばし眺める。この眺望を得るためにこそ僕は、すこし不便であってもこのホテルを使うのだ

チェンライでは数年前より、長距離バスの一部は市中心ではなく郊外のバスターミナルで発着をする。そのターミナルまでホテルのハイヤーを頼んだら代金は何と400バーツだった。400バーツは邦貨にして1,200円。しかし感覚としては4,000円だろう。「クーッ、高けぇ」と思いながら車載のミネラルウォーター1本をもらう。運転手には50バーツのティップを渡した。

ホテルからバスターミナルまでは6キロの距離だ。50バーツが効いたか、運転手は僕の乗るバスの出る12番プラットフォームまで案内をしてくれた

その12番プラットフォームで「チェンマイ行きは9時15分発ですよね?」と、同じベンチに座った女の子に話しかけられる。「そうだよ」と僕は自分の切符を彼女に示す。女の子はそれでも心配そうに停車中のバスを見ているので「それは8時50分発だぜ」と、目と鼻の先にある案内板へ彼女の視線を促す。女の子は「あー、見てなかった」という風に苦笑いをし、目頭を揉んだ

チェンマイまでは3時間の行程と聞き及んでいる。よってトイレに寄っておこうと奧へ歩いて行くと、市中心部のバスターミナルまでのソンテウがあり、そこには「10バーツ」の表示があった。それを見て「そうだよな、それが妥当な値段だよ」と、まだホテルハイヤーの400バーツを恨めしく思っている

いよいよ当該のバスが来て、それに乗り込む。ガイドさんによるタイ語の挨拶については「本日は当グリーンバスをご利用くださいまして、誠に有り難うございます。ご気分の悪くなられたお客様は、乗務員までお知らせください」というところだけ何となく分かった。

ガイドさんは挨拶の後、キンキンに冷えたミネラルウォーターとスナック菓子を各席に配ってくれた。ホテルのハイヤーからミネラルウォーターをもらう必要はなかった、というわけだ。バスは定刻に3分遅れて9時18分にバスターミナルを離れた

チェンライからそれほど南下しないうちにバスは山道に入る。赤土の崖に密生する太い笹の、その葉の長さは60センチもある。日本の楠を何倍にもしたような大きな木がある。青空と入道雲を背にして、ひょっこり立つ細い木もある。そういう景色のいちいちが目に愉しい

道標にあるチェンマイまでの距離と時計を見比べると、山道にもかかわらずバスは平均して時速60キロで走っている。南国の例に漏れず車内の冷房は効きすぎているが、僕の座る左の窓際には強い陽光が差し込み、だから差し引きすればとても快適だ。

山道を抜ければチェンマイは意外に近い。市郊外のバスターミナル「アーケード」に着いたのは12時02分だった。

トゥクトゥクの写真を示しながら声をかけてくる客引きには目もくれず、「アーケード」の券売所兼待合室に入っていく。どこの国へ行っても、こういうところの風景や人の作り出す雰囲気が僕は好きだ。そしてようやく外へ出て炎天下の道を、日陰を選びながら歩いて行く。

南の国の、壁のない、屋根だけの食堂をむかしのことばであらわせば「いとをかし」ということになる。そして「イェンタフォーダーラー」も、そうした店のひとつだ。日本なら鶏飯といったところだろうか、カーオガイヌンを頼んで、その量のあまりの可愛らしさに驚く。

むかし中国南部にいた民族が戦争に負け続け、インドシナの南端ちかくに追いやられたのがタイの始まりとする人がいる。タイの食事の小さなポーションを見れば、戦に弱いのもやむなし、という気もする。もっとも開高健によれば前線にまで大きな冷蔵庫を運び、そこにコカコーラと巨大なステーキ肉を欠かすまいとしたアメリカ軍はホーチミンの軍隊に敗れたのだ。食べるメシの量と戦争の強弱のあいだには、やはり何の関係もない。そして僕はカーオガイヌンだけでは足りず、イェンタフォーを追加する。

「イエンタフォーダーラー」のあるドイサケットカオロードから西へ進み、ふたつの大きな学校に挟まれた道へと左に折れる。南に歩いてカエゥナラワットロードへ出たところで右に折れる。太陽は中天を過ぎ、ジリジリと地面に照りつける。帽子はトランクに収めて別送してしまった。ポケットから手ぬぐいを出し、これを頭に巻く。

ときおりトゥクトゥクが寄ってきてクラクションを鳴らす。あるいはその運転手が「ハロー」と声をかける。彼らの言い値は安くて100バーツだろう。50バーツに値切るまでが手間かも知れない。トゥクトゥクの誘いを無視しながら「ここから歩いてホテルまで行けたらオレ、偉いぞ」と考える。当方はチェンマイの邦字新聞"CHAO"の、チェンマイ俯瞰図を持っているのみだ。ホテルまでの距離は知るよしもない。

「ピン川はまだ見えてこねぇなぁ」と考えつつ汗だらけで歩いているところにボロボロのソンテウが停まる。僕はありったけのタイ語を並べて行き先を告げる。オヤジはすこし考えて「トゥエンティーバーツ」と答えた。僕が了承するとオヤジはなぜか荷台ではなく助手席を示して「乗れ」と身振りする。その汚い車内に収まって「助かったー」と安堵する。

ソンテウはやがてナコンビン橋を渡ってすぐに左折する。間もなく右手にワロッロ市場の中の花市場が見えてくる。その、白や紫の大量の蘭を眺めるうちターぺーロードを右折。チャンクランロードとの交差点を左折。そして"Royal Princess Hotel"の前まで来たところでソンテウを降りる。時刻は13時10分だった。

チェンライでもチェンマイでも僕は汗まみれだ。僕は名所旧跡の見物をしない。それをするだけの教養がないのだ。名所旧跡の見物をしなければ、寝るか本を読むかメシを食べるか散歩をするかしかない。9月のタイで散歩をすれば汗まみれになる。シャワーを浴び、バスの冷房がきつかったときのために用意した長袖のシャツを着る。そしてまた外へ出る。

今日は日本ではお彼岸の入りである。そういうときにお墓の掃除もせずお参りもしないのはどうにも気が引ける。よって先ずはホテルちかくのワットロイクローを訪ね、日本から持参したお香を上げる。そして100バーツをタンブンする

昨年のチェンマイでの日記に「この美しい古都を訪れながら城壁内の旧市街にも入らずナイトバザールの散策もしない、そんな馬鹿が僕である」と書いた。今回はせめて旧市街に一歩を記したい。裏道やピン川沿いの道をたどりながらターぺー通りに出る。そしてその道を西へ進む。

城壁の東門ともいうべきターぺー門の前まで来ると、多分、高校生なのだろう、制服を着た学生の一団がいる。その中のひとりの女の子が僕に寄ってきて「写真を撮らせていただいてもよろしいですか」と英語で訊く。何のことやら分からないながらも了承すると、その子はひとりのメガネ男子と僕とを並べて立たせ、携帯電話のカメラで我々の写真を撮った。

僕が「君たちの写真も撮りたいなー」と言うと、メガネ君が僕のカメラを受け取り、先ほどの女の子が僕の横に立つ。彼らが何のために人の写真を撮っているかは訊かなかった。そのままターぺー門を入り「ホントはこういうところに泊まりたいんだよねー」とかねがね考えている"Tamarind Village"の前まで来たところでホテルに戻る

夜10時すぎ、ついでもあってチェンマイ駅まで行く。僕は鉄道ファンではないが公共の交通機関を使うことは好きだ。この駅ではこれから朝までに少なくとも2本の列車の発着があるらしい。駅の中をひとわたり眺めて外へ出る。

「駅なら夜遅くてもソンテウはいるだろう」と考えたが甘かった。暗い駅前広場を出ても大きな通りは歩かない。"Bostel"の駐車場を横切る途中に安いゲストハウスを発見する。そして「こういうところに泊まって話す相手もいないと、気分が滅入ってくるんだよなぁ」と、むかしの自分の旅を思い出す

暗渠からドブの匂いの立ち上る、ときおりネズミやゴキブリの動きまわるチャロンムアンロードでは、東つまり郊外へと向かうソンテウはあるものの、西つまり市中心部へ向かうそれはなぜか来ない。

しばらく歩くうちガソリンスタンドで給油中のソンテウを発見する。これが車道に出てきたところで手を挙げて停め、「ナイッパサーッ」と告げる。運転手は一瞬考えて頷く。僕はひとりその荷台に乗る。「ナイッパサーッ」を英語で表記すれば"Night Bazaar"ということになる。タイ人の英語の発音にはいくつかの特徴がある。これを踏み外すとまったく通じず、時に焦燥することもある。

何も説明しなかったにもかかわらず、ソンテウはピタリと"Royal Princess Hotel"の前に停まった。そして運転手に20バーツ紙幣1枚を渡し、長い1日を終える。


朝飯 "Dusit Island Resort"のバイキング

昼飯 「イェンタフォーダーラー」のカーオガイヌンシーフードのイェンタフォー

晩飯 "SUAN PAAK"のプーパッポンカリーカオニャオ、ほかあれこれ、ビール

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 2010.0919(日) 空、雲、山、緑。

闇の中に目を覚ます。ベッドのサイドテーブルに置かれたコントロールボックスの時計が4時30分を示している。すぐに起床してお湯を沸かす。睡眠時間はきのうと合わせて8時間45分に過ぎないが、気分は爽快である。紅茶を何杯も飲むうち、徐々に夜が明けてくる

強く朝日の差すレストランに、7時30分に降りていく。チェンマイやチェンライにはこのところ、ひどい雨が続いたらしい。自分の天気運に感謝をする。外の気温は28、9度といったところだろうか

明日はチェンマイまでバスで移動する。よって朝のうちに市中心部のバスターミナルへ行く。僕の矜恃に照らし合わせればローカルバスを使いたい。しかし自分の年齢を勘案し、また所要時間の短さを選択し、恥ずかしながらVIPバスの切符を買う

バスターミナルからはナイトバザールの会場を経由して、チェンライの目抜き通りパフォンヨーティンロードへ出る。ホテルへ歩いて戻るに際しては、広い道だけではつまらないから路地にも入ってみる犬の盛んに吠える空き地の大樹の下には修行僧の人形があるソンテウのたまり場を過ぎる市場の中も歩くその市場はかなり広い範囲に及んでいる目の前にいきなりワットムーンムアンが現れる。クライソラシットロードを通ってホテルに戻る。帽子もTシャツも下着も汗でびしょ濡れである

シャワーを浴び、ローブを着てベッドに横たわる。しばらくまどろんで目覚めても、いまだ正午にもなっていない。枕を高くし、広い窓から青い空と入道雲を眺める。しかし、いつまでくつろいでいるわけにもいかない。

"Dusit Island Resort"はコック川の中洲にあって、落ち着いた、風光も明媚な良いホテルだ。ただし街からはちと離れている。再び橋を渡り、緑深い道、続いて炎天下を歩いて20分ほどで賑やかなところに出る。

ワットミンムアンから金色の時計塔へ向かって左側の歩道を歩く。牛汁麺の「ロットイアム」を過ぎてイスラム寺院のある通りを渡った角に、数多くの惣菜をバットに盛って並べている店がある。そのおかずの内容が良いので若い女の子に目で合図をすると、彼女は奧から店主を呼んだ。僕はひとつのおかずを指さし、やや間を開けて「カーオ」と言った。

キャベツと厚揚げ豆腐と豚の皮を多めの汁で煮たおかずをメシにぶっかける、いと美味し。それだけでは足りずに頼んだムースーローのぶっかけ飯、美味し。青梗菜の漬物と豚あばら肉の酸っぱいスープの味、佳なり。出された水も美味い。ネスレのミネラルウォーターだろうか。

店員のひとりふたりは、ヒマさえあればショーケースのガラスや、見えないところの拭き掃除をしている。メシ代75バーツを払いながら店主に店の名前を訊くと「シークラン」とのことだった。英語で表記すれば多分"Sri Klung"なのだろう

すこし遠回りをしながら、やはり汗だくでホテルへ戻る。そしてシャワーを浴び、またまたベッドへ横になって青い空を眺める。そして今日の日記のこれまでのところを書いてしまう。

夕刻、今度はさすがにクルマを使ってナイトバザールへ出かける。ここにはすこし高級な木造屋根付きの席と、黄色い折りたたみ椅子を並べた広場との2ヶ所がある。僕は当然、地元の人の多い後者を選ぶ

広場にはそれを取り囲むようにして、間口2メートル、奥行き4メートルほどの食べ物屋が数十軒ほども並んでいる。そのうちのひとつチムジュム屋の人が、昨年とは変わっている。僕はチムジュムさえあれば、他のものは要らない。と言いながら芋虫の素揚げも食べる。

夕立ちはなかったが気温は随分と下がった。9時前にホテルへ帰る。そして入浴して即、就寝する。


朝飯 "Dusit Island Resort"のバイキングその1その2

昼飯 「シークラン」のキャベツと豆腐と豚の皮の煮物、ムースーローのぶっかけ飯、青梗菜の漬物と豚あばら肉の酸っぱいスープ、メシ

晩飯 チムジュム芋虫の素揚げ、ほかあれこれ、ビール、焼酎(生)

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 2010.0918(土) 連携

目を覚まして枕頭の携帯電話を取り、ディスプレイを見ると3時15分だった。困った状況ではあるが、ある種のおかしみも感じた。昨年8月のタイ行きの日も、おなじような時間に目を覚ましてしまったからだ。

定刻10:50発の"TG6003"は滑走路の混雑により11:26に離陸した。久しぶりのタイ航空バンコク便は、しかしスターアライアンスの関係で、機材も搭乗員も丸ごと"ANA"だった。木更津で潮干狩りをしていると頭上にパンナムの飛行機の見えた、あの時代が懐かしい。

当たり前のことだが機内には電話もかかってこず、人も訪ねてこない。たとえエコノミー席の窓際に押し込められていても気分はしごく楽だ。トマトジュースを飲み、近藤紘一の「目撃者」を読む

離陸して5時間ほど経ったところで行く手右に高度11,000メートルに達する巨大な雲を見る。それからほどなくしてダナン付近の海岸線を横断する。ここから1時間も飛べばバンコクだ。ヘッドフォンは袋から出しもせず、そして眠ることもしない。

機が徐々に高度を下げ低い雲を抜けると、眼下には湿地帯を造成した住宅地が見えてくる。日本時間17:24、タイ時間15:24にスワンナプーム空港に着陸。バンコクの天気は曇り、気温は29℃。機のドアが開けられた途端、タイの香りが一気に流れ込んでくる。

昨年8月は1万円が3,490バーツ。今日はおなじ1万円が3,387バーツ。円は対バーツで3パーセントの下落。空港内のコーヒーショップで90バーツの高いエスプレッソを飲み、乗り換えの3時間をやり過ごす。

今度は正真正銘のタイ航空"TG140"は、ほぼ定刻の日本時間20:25、タイ時間18:25に離陸。成田バンコクの"B767-300"は日本の連休の関係か満席だった。しかしこちらの"AurBus A300"には空席が目立ち、雰囲気ものんびりしている。チェンライには予定より早く日本時間21:27、タイ時間19:27に着陸した。

ひなびた空港を出て迎えのクルマに乗り、暗い座席でザックの中を手探りして悪い予感を覚える。コック川の中洲にある"Dusit Island Resort"にチェックインし、部屋でザックの中身すべてを出して、飛行機の中にメガネを置き忘れたことを確信する

そして数十分後、そのメガネは律儀なタイ人や親切なタイ人の連携により無事、僕の手中に戻った。「まったく、しょうがねぇなぁ、ウワサワも」である。

日本時間では23時30分という遅い時間にホテルのラウンジへ行く。ケーキを運ばせ誕生祝いをしているパーティがいる。僕はカオソイを食べ、今日1日を締める。


朝飯 "TATSU"の助六寿司

昼飯 "TG6003"の機内食

晩飯 "BISTRO"のカオソイ、ビール

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 2010.0917(金) ネグロニ

首尾良く朝4時30分に目を覚ます。すぐに起きておばあちゃんの応接間へコンピュータを運び、きのうの日記を書く。僕はお彼岸には日本にいない。よって部屋の明るくなってきた頃合いを見て、応接間から一段上がったところにある仏壇の掃除をする

この夏、数十日間は風呂に入らなかった。「オマエあれだけの猛暑に風呂に入らず平気だったのか」と問われれば、シャワーだけは浴びていた。しかし一昨日からはバスタブにお湯を張り、ここに漬かっている。

シャワーと同じく夏の数十日間は寝室の窓を10センチほども開け、素っ裸で寝ていた。やはり一昨日からは窓を閉め、パジャマを着て薄がけをかけて寝ている。

一昨日より販売係のハセガワタツヤ君は半袖ポロシャツの上に長袖のTシャツを着て接客をしている。包装係のサイトーヨシコさんは一昨日、コートを着て出勤した。

1982年2月、僕はバラナシにいた。半袖のTシャツに半ズボンで一向に困らなかったが、まわりの人たちはコートを着て毛糸の襟巻きをしていた。「暑くても、インド人だけ冬支度」である。僕はサイトーヨシコさんの出勤する姿を見て、このときのインド人を思い出した。

夕刻と夜のあいだにクルマで成田へ移動する。明朝はタイ航空の飛行機でチェンライまで行く。この航空会社のバンコク便を使うのは19年ぶりのことになる。19年前はスッチーに「ジンとカンパリとベルモットを混ぜてオンザロックスにしてください」などと頼んでイヤな顔をされていた。しかし今や僕も大人である。機内ではトマトジュースでも飲んで大人しくしていたい。


朝飯 ほうれん草のソテー、壬生菜の古漬け、納豆、煮昆布、ツナとピーマンのサラダ、メシ、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)

晩飯 「ほかけ鮨」の上にぎり、赤だし

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 2010.0916(木) ちょっと待ってりゃ

今月1日、「日光MG」の会場から画像付きのツイートを"iPhone"でアップしようとして、それがどうしても果たせなかった。僕と同じようなことをしている人が周囲には何人もいた。よって彼らに状況を訊くと、何ら問題はないと口を揃えて言う。

だったら自分の"iPhone"に問題ありと考え、あれこれしたが状況は変わらない。よってこの"iPhone"を"Computer Lib"のヒラダテマサヤさんに宅急便で送り「どうにかしてください」と頼んだ。

それがきのう届いたから、夏のものから3シーズン用のそれにかけ替えたばかりの茶色いノレンを撮し、その画像を添付して"iPhone"からツイートしてみた。結果は上々どころか、恐ろしいほど送信速度が上がっている。

"iPhone"には「海外パケットし放題」というプランがある。「今なら定額上限1,480円」という数字をウェブ上に見て「おっ、安いじゃん」と一瞬、目を見張った。しかしよくよく見れば1,480円の後ろに「/日」とあったから「あ、/月じゃなかったのね」と、すこし落胆した。

1995年には、一般家庭でインターネットの繋ぎっぱなしを実現させようとすれば月に50万円はかかった。それが間もなく月あたり5万円まで下がり、それが5千円になるまでには、そう大した時間はかからなかったと思う。

海外での安い「繋ぎっぱなし」も、待てば海路の日和あり、だろう。


朝飯 煮南瓜のヨーグルトマヨネーズ和え、グリーンアスパラガスとベーコンのソテー、壬生菜の古漬け、目玉焼き、納豆、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 「糸屋」のかき揚げ蕎麦

晩飯 煮昆布湯波鍋、芋焼酎「あか銀滴」(お湯割り)

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 2010.0915(水) つまんねぇもの

僕の通った学校のクロスカントリー走は、図書館脇の小さな戸から外へ出て畑や住宅地を抜け、4キロほど走って学校へ戻るものだった。寮の脇を通過するときは終盤もちかく、足も肺も疲れている。まさにそのとき後ろから追いかけてきて「ウワサワッ、体力が無くなったら次は気力ダッ、つま先で地面を後ろに蹴れッ」と怒鳴ったのが、ふたつ年長のオームラ君だ。

長男がおなじ学校へ進むころ、オームラ君は美術の講師になっていた。オームラ君がヨーロッパでの修行中に食べてもっとも美味かったものは、海辺の街で働かせてもらった料理屋の、常連が持ち込む雑魚で作ったブイヤベースの、その鍋の底に魚の骨やエラの沈んだジャリジャリのところだったとは、長男に聞いたことだ。そして「そういう、つまんねぇものこそ美味いんだ」と、長男は言った。

家内の作ったメシを「つまんねぇもの」と言っては失礼だが、きのうの夜の鶏レヴァの、オリーヴオイルでソテーしてバルサミコをかけ回した「どうってことねぇもの」は美味かった。

そして今日も「晩飯、なに?」と、朝のうちから訊いて嫌がられるのだ。


朝飯 胡瓜と人参と鰻の酢の物、トマトとイタリアンパセリのサラダ、スクランブルドエッグ、壬生菜の古漬け、満願寺唐辛子とこんにゃくの炒りつけ、納豆、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁

昼飯 「大貫屋」のキムチタンメン

晩飯 満願寺唐辛子とこんにゃくの炒りつけ、胡瓜と人参と鰻の酢の物、煮南瓜のヨーグルトマヨネーズ和え、煮鰯、肉豆腐、抹茶のチーズケーキ、芋焼酎「あか銀滴」(お湯割り)

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 2010.0914(火) 洒落た場所

四半世紀以上も前、"SALEWA"のサブアタックザックを背負って南の国を渡り歩いていた気楽なときにも、そのザックの底には弁当箱ほどの薬箱を納めていた。薬は保険のようなものだ。使わなければ現地の人に上げても良い。

今週末のタイ行きに備え、必要と思われる薬を「旅行用持ち物」という自作のリストを見ながら整えていく。そしてその薬をスタッフバッグに入れたらどうも収まりが悪い。そこから特定の薬を取り出そうとすれば、一旦それらすべてをザラザラーっと机の上に広げる必要がある。

そういうことは気が進まないから、中に仕切りのあるプラスティックの箱を買ってきた。そしてスタッフバッグの中身すべてを、その半透明の箱に移してみる。なかなか悪くない。リップクリームなど頻繁に使うものはここには入れず、別途ポーチに収めることとする。

服については、コンピュータに宿泊地と泊数を入力し、どのホテルでクリーニングが可能かを考える。そして最小の線を狙って必要な数を出す。

現在のタイは雨季のため、夕刻から夜にかけてスコールに見舞われる可能性が高い。舗装道路ではあっても、時には飛び越えられないほど大きな水たまりのできることもある。よって洒落たクラブに似合いそうな革靴は持参しないこととする。もとよりそんな場所に縁はないが。


朝飯  満願寺唐辛子とこんにゃくの炒りつけ、胡瓜と人参と鰻の酢の物、壬生菜の古漬け、納豆、煮鰯、メシ、大根と万能ネギの味噌汁

昼飯 「ゼンジー南京」のラーメンと半チャーハンのセット

晩飯 蛸とイタリアンパセリとブラックオリーヴのサラダトマトとモツァレラチーズのサラダ、鶏レヴァのオリーヴオイル焼きバルサミコソース、2種のパン、"Manster du GrandPere Fischer"、"Chablis Billaud Simon 2007"、抹茶のチーズケーキ

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 2010.0913(月) 情報信ずべし

日光近郷の農家からしその実の買い入れを始めたのは先週の月曜日だ。今年は異常気象でしその実の穂が伸びず収量も少ないと、そのころ何軒かの農家に聞いた。しかし実際には納入量は増え続け、5日目の先週土曜日には、昨年12日間の買い入れ合計を超えてしまった。

「情報信ずべし、しかも亦信ずべからず」 とは菊池寛による競馬の格言だ。そして本日も、ズボンからポロシャツの裾を出したまま買い入れ作業を行う。いちいち服装を直しているヒマがないのだ。

午後3時にようやくひと息ついて"Chez Akabane"の杏仁豆腐を食べる。甘い物を好まない僕の言うことはアテにならないかも知れないが、これは僕が考えるところの、甘くて美味いもののひとつの究極である

夜、飲み屋の「和光」へ行くと、カウンターの8席すべてが常連で埋まっている。よって僕は入れ込みに上がり、テーブルに着いて本を開く。と、間もなく数人が勘定をして店を出た。常連のマコトさんが「空きましたよ」と僕を呼ぶ。僕は本を手提げ袋にしまい、カウンターへ移動する。

8時に帰宅して玄関前に立つと防犯灯が点く。鉄門に留まったカマキリが薄緑色のからだを明らかにする。そのカマキリを戯れに手に取ると、僕の指に盛んに噛みつくのはなぜだろう。「ういヤツじゃ」と思う


朝飯 3種のおむすび、シジミの味噌汁

昼飯 「ほっかほっか大将」の牛ハンバーグ弁当

晩飯 「和光」の突き出しの槍烏賊の海苔和え、常連のイシモトさんが横浜の中華街から買ってきたシナチク、秋刀魚とつぶ貝の刺身、なぜかスーパーマーケット「かましん」の惣菜売場のコロッケ、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

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 2010.0912(日) 宮殿の庭

店舗のすべてのショーケースは、専門の業者により8日夜に洗浄された。翌朝のショーケースは当然のことながら空っぽである。よって社内のすべての部署より人員を出し、開店前から商品の陳列作業をするよう前から決めていた。

そうしたところ朝一番で出社したのは、この日は休みを取っていた筈のマキシマトモカズ君だった。報酬もないのに休日に出てきて仕事を手伝うとは、なかなかできることではない。僕は「マキシマ君が65歳で定年になったら、オレのおごりでバンコクに連れて行ってあげてもいいな」と思った。

しかし計算をしれみれば、マキシマ君が65歳のときには僕は86歳である。65歳と86歳がバンコクで何をするか、スアンパッカード宮殿の庭でも散策するか、タイスキの"MK"でオバチャンのMKダンスでも観賞するか、第一86歳では、生きているかどうかも不明である。

日曜日の商売は平日の数倍も忙しい。よって自分の関わる製造作業は避けたいところだ。しかし周囲の予定と突き合わせて、この日に何かをすることもある。今日も夕刻4時ちかくより、包装係のアキザワアツシ君とリュビドオルの瓶詰めを行う。2時間ほども神経を張り詰めた仕事が完了すると、アキザワ君が「フーッ」と安堵のため息をつく。僕はしばし、事務机の椅子に座り込む。

先日「日光MG」に参加してくださった「こきょう」のモリモトシゲオさんが、ウチのことを自身のウェブログに書いてくださったという。そしてそれを読んで「これは褒めすぎだ」と僕は恥じた。この褒めすぎにすこしでも近づくべく、あれこれしていきたい。


朝飯 玉子と万能葱の雑炊、梅干し、昆布の佃煮、茄子のたまり浅漬け生姜風味

昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン

晩飯 "Parrot"のグリーンサラダ牛たたきステーキ

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 2010.0911(土) 乾杯

快晴。雲の姿は完全に秋のそれだ

荒井由実がむかし「14番目の月」という歌を作った。夏至のころは季節にその「14番目の月」の風情がある。だったら盛夏は「15番目の月」だろうか。秋には「これから先は欠けていくばかり」という気味があって、どうも好きになれない。

賑わう店にいてふと横を向くと、カワムラコーセン先生が花を整えてくれている。近づいて赤い実に気づき「トマトですか」と訊くと「これは茄子なんです」とのことだった。越後や備前の古い壺、今井アレクサンドルの絵。それらにその赤い色が似合っている

しその実の納入量が、昨年同日の累計を大きく超えてきた。明後日の月曜日にまとまった買い入れをすれば、あとは漸減の方向だろう。

夜、飲み屋の「和光」へ行く。奧の座敷は賑やかだが、詰めれば8人の座れるカウンターは珍しく空っぽである。よって手提げ袋から文庫本を取り出し、岩井加代子の紀行文を読む。しかし3、40分もすれば常連がなだれ込んで、だから文庫本は手提げ袋にしまい、何だか分からないが彼らと乾杯をする


朝飯 大根おろし、茄子の炒め煮びたし、冷や奴、ベーコンのソテー、スクランブルドエッグ、メシ、大根と万能葱の味噌汁

昼飯 「ふじや」のタンメンバター

晩飯 「和光」の突き出しの煮南瓜とモロヘイヤのおひたし槍烏賊とつぶ貝の刺身焼き鯖、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

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 2010.0910(金) イナゴ

タイの首都バンコクより東京の方がよほど暑くなるなど、一体誰が予想しただろう。埼玉県のどこかの農家ではマンゴーを作っているという。北海道の気温が上がり、道産米が美味さを増しているという。そういう情報に鑑みれば、今年の日本の暑さは、今年いきなり訪れたわけではない。

しその実の買い入れが今週の月曜日より続いている。農家によれば、今年は異常気象でしその実の穂が伸びず、収量も少ないとのことだった。ところが一昨日の慈雨がきっかけとなったか、その後しその実の納入量は増え続け、本日の夕刻を以て、昨年同日の買い入れ量を超えてきた

春に種を播いて毎日眺めてきたしその実が、夏の日照りに晒され思うように育たない。「今年はダメだったか」と諦めかけたころ、たった1日の降雨で勢いを取り戻し、数日後には昨年より多くの実りがもたらされつつある。これこそ正に「人事を尽くして天命を待つ」の典型ではないか。

農家の軽トラックで運ばれてきたのだろう、店の前にイナゴが跳ねている。それを手の中に捕まえ、その顔をしげしげと眺めながら「あと1週間もしたらタイの北の方へ行って、君の同類を食べてやるからな」と告げる


朝飯 納豆、ピーマンと茄子のソテー、大根おろし、豚肉とシシトウの油炒め、茹でたソーセージ、メシ、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 ドライカレー

晩飯 みんなで寄ってたかって作った寄せ鍋、芋焼酎(オンザロックス)

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 2010.0909(木) キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

チューリッヒの"FREITEG"に商品を注文した話は今月4日の日記に書いた。発注と同時に届いた"Order confirmation"には"10-15 days"という納期が記されてあったが本日午前、早くも商品が届く。注文したのは4日の夕方だったから時間で計算すれば5日もかかっていない。恐るべし"FREITEG"、そして"UPS"、そしてヤマト運輸

段ボール箱を開けば先日"ThinkPad"のブラウザで見たと変わらない、モスグリーンの"HAWAII FIVE-0"が姿を現した予想した通りハードカバーの本も難なく収まる。税込み品代135CHFに送料38CHFを加えて計173CHF。現在のレートでは邦貨14,700円。まぁ、良かった。

さてこの"HAWAII FIVE-0"に本、財布、メガネ、携帯電話、デジタルカメラ、メモ、ボールペンを入れてどこへ行くか。さしあたってハノイからハイフォンまで、とか?


朝飯 ブロッコリーのソテー、ハムエッグ、納豆、冷や奴、メシ、豆腐と揚げ湯波とエノキダケと万能葱の味噌汁

昼飯 サンドイッチ、牛乳

晩飯 「和光」の突き出しのピーマンとモヤシと油揚げの胡麻和え鰹の刺身たたき風秋刀魚の塩焼き、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

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 2010.0908(水) ゲリラ豪雨

晴天は好きだが晴ればかりが続くのも問題だ。野菜の価格は高騰し、今週月曜日から買い入れを始めたしその実も、その持ち込まれる量は昨年にくらべてまだまだ少ない。そういうときに台風の到来となれば何やら有り難い気すらする。そして日光には昨夜から雨が降り続いている

午後になると、インターネットのニュースが次々と、関東各所での大雨の被害を伝え始める。僕はそんな中を、傘もささずにカトー床屋へ行く。

本日、冷蔵ショーケースの商品は売れても補充せず、夕刻にはほとんど底をついた。これは意図したことで、夜には専門の業者によるケースの清掃が行われるのだ。そういう次第にて閉店時間に合わせてケースを空にする。そして駐車場で待機していたらしい業者がそれとほぼ同時に店内に入る。

業者だけを残して会社を去るわけにはいかない。よって店舗とガラス窓1枚をへだてた事務所にて軽く仕事をし、同時に晩飯も済ます。

雨は夜半には止んでしまった。そして後には涼しい風と虫の音のみが残った。日光は本当に、災害のすくない場所である。


朝飯 玉子と万能葱の雑炊、しその実のたまり漬、茗荷と青唐辛子のたまり浅漬け

昼飯 「玄蕎麦河童」のとろろ蕎麦

晩飯 豚肉とピーマンとエノキダケの丼、胡瓜の「しその実のたまり漬」和え、「王手門酒造」の芋焼酎「あか銀滴」(生)

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 2010.0907(火) 簡単にできること、どうしてもできないこと

「ウワサワさんは大したもんですな、ウェブ日記がもう10年も続いている」と先日、ひとに言われた。僕にとって日記を書くなど大したものでも何でもない、甘い物を好む人が毎日欠かさず饅頭を食べるようなもので、そんなことは努力しなくてもできる。

ところでウェブショップのトップページ上部には現在「社長のツイッター」「社長の仕事日記」「社長のごはん日記」と、3つのボタンが並んでいる。10年続いているのは「ごはん日記」で、しかしながら昨年から始めた「仕事日記」は、どうにも書けない。

「仕事をしていないから書けないんだろう」と言われればそうかも知れないが、とにかく更新できない日記を衆人に晒しておくのはみっともない。よってこちらは来月にでもサーヴァーから削除してしまおうと考えている。

なお仕事についてのことも、その媒体がツイッターであればいくらでも書ける。よってこちらは残し、これからも小まめにつぶやくこととする。


朝飯 おでん、ナスの油炒め、納豆、胡瓜の「しその実のたまり漬」和え、トマトのスクランブルドエッグ、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 サンドイッチ、牛乳

晩飯 大根とハムのマリネ、茗荷と青唐辛子のたまり浅漬け、ブロッコリーの胡麻マヨネーズ和え、ピーマンの肉詰め、「王手門酒造」の芋焼酎「あか銀滴」(オンザロックス)

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 2010.0906(月) 初秋の風物詩

日光近郷の農家からの、しその実の買い入れを今朝より始める。店舗の犬走りに竹のザルを並べ、台ばかりを置く。その台ばかりとガラス戸1枚を隔てた事務室には専用の机を用意し、計算機や支払い用の伝票を整える。

しその実は、収穫と同時に処理をしないと熱を持って真っ黒になってしまう。そのため製造現場にはしその実を3度洗いできるよう、3つの大きな水槽が準備される。水槽の水は掛け流し式に循環し、常に清水を保つ。

この時期の社内には、店舗といわず製造現場といわず、ありとあらゆるところが紫蘇の香りで満たされる。その香りは僕が小さなころからの、ウチの初秋の風物詩だ

ところで「清閑PERSONAL」の日記以外のコンテンツについては、毎月1日に"BANYAN BAR"、"MY FAVORITE"、"GOURMET"、"WORKS"のいずれかを更新することとしている。ところが今月は1日と2日に「日光MG」があり、それがままならなかった。そして本日ようやく"WORKS"を更新する。今回の組写真「ソムタム」は、6月5日に訪ねたアンパワーでの12枚である


朝飯 小海老とマカロニのサラダ、目玉焼き、プティトマトとグリーンアスパラガスのオリーヴオイル炒め、しその実のたまり漬、ごはん、どこかの会社のフリーズドライ味噌汁

昼飯 ハヤシライス

晩飯 胡瓜とジャガイモとベーコンのサラダ、海老の揚げ湯波巻き、冷や奴、おでん、「王手門酒造」の麦焼酎「麦酎伝無ろ過」(オンザロックス)

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 2010.0905(日) 季語の破壊

夜おそく、自宅から、あるいはホテルから離れた場所でしたたかに酔い、一刻も早く横になりたいのにそれが果たせないときの情けなさには格別のものがある。気が確かでないから焦燥もせず、ただ漠然とした不安と気分の悪さを感じている。それにくらべて早寝早起きの何と心地よいことか。

正確には一昨日の夜ということになる、9月3日の夜は8時30分に就寝した。そして目を覚ましたのはおなじ3日の夜11時20分だった。なぜ就寝から3時間足らずで目を覚ましたか、それは暑さのためである。

僕のベッドのヘッドボードから数十センチのところに窓がある、その窓は夏のあいだ常に十センチほどは開け、ここから別の窓へと夜気が流れていく。その微風は涼しく、先月は寒ささえ覚える日もあった。

寒ささえ覚える夜が8月にあったにもかかわらず、なぜ9月に汗だくで目覚めるか。それはまるで凪のように空気の動かない夜が今月に入ってしばしばあるからだ。そして数時間ほども本を読み、「あさきゆめみし」の状態で朝を迎える。

午後、後輩のマハルジャンさんからメイルが入る。「きのうの日記は面白いです」に続いて"FREITEG"の受注確認書を日本語に翻訳してくれていた。マハルジャンさんはこの受注確認書について「感動的」と書いている。まぁ、あの"FREITEG"だからこそ、これほど大げさで"Freaky"な文章でも客は笑って受け入れることができるのだろう、と、そう言い切ってしまうことなく、そのあたりのことを学んでみようと思う。

マハルジャンさんによれば、カトマンドゥには毎日、雨がかならず1時間は降って、寒いくらいだという。


朝飯 3種のおむすび、メカブの味噌汁

昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦とライスのセット

晩飯 マカロニサラダ、牛ぶつ切りの黒胡椒焼き、揚げ出し豆腐、"KIRIN FREE"

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 2010.0904(土) "we will drink at least 17 times to you"

「結局のところ、オレのもっとも好きなショルダーバッグはこれだよ」と、四半世紀ほども前に買った"karrimor"の、自転車のハンドルに取り付けることもできるバッグを家内に見せたら「バカみたい」と言われた。何ゆえの「バカみたい」か。

僕はショルダーバッグを少なくとも年に数個は買う。買う場所は決まってウェブショップだ。実店舗へ出かけていく時間は僕にはない。

実店舗で商品を間近に見ると、その細部や質感に気に入らない部分を発見し、それが買わない理由になる。ウェブショップでつい購入ボタンをクリックしてしまうのは、商品を詳細に検分できないからだ。

そしていざ商品が届いてみればその細部や質感に気に入らない部分を発見し、結局は社員用通路にこれを掲示して「欲しい人がいたら上げます」とメモを挟む羽目になる。

ところでここ最近、新しいショルダーバッグの必要を感じていた。入れるものはハードカバーの本1冊、メモ帳1冊、ボールペン1本、コンパクトサイズのデジタルカメラ1台、財布ひとつ、リップクリームや目薬などを納めた小さなポーチひとつ、といったあたりだ。

「大は小を兼ねるんだから、既存の大きなショルダーバッグで間に合わせろ」とか「それこそ四半世紀ほども前に買った"karrimor"が、容量からすればちょうど良いではないか」と言われても、「バカみたい」な人間にそれは通用しない。

「大は小を兼ねる」は収まりが悪い。8人乗りのワンボックスカーを独身男がひとりで乗り回すようなものだ。"karrimor"のバッグは経年劣化により雨蓋が閉まらない

自分の要求する容量に対しては"FREITAG"の"HAWAII FIVE-0"がちょうど良い。"FREITAG"はトラックの幌をリサイクルした素材を用いるからひとつとして同じ物はない。これを多く在庫している銀座の「伊東屋」に行っても気に入った個体に出会える確率は至極低い。

よってこの数ヶ月のあいだずっと"FREITAG"のウェブショップを観察してきた。そしてこのほどようやく気に入った色柄を見つけて注文ボタンをクリックした。価格は125.45CHF、送料は38.00CHFの計163.45CHF。納期は"10-15 days"とのことだった。そして追っつけ以下の受注確認書が届いた。ただでさえ英語のおぼつかないところに持ってきて、こういう文学的な表現では、オレには到底、理解できんぜよ。

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Dear TAKUYA of idyllic TOCHIGI-KEN NIKKO-SHI your Ordernumber is: 000273VR

We‘re honered to announce that you soon will be proud F41 HAWAII FIVE - 0 owner. We do everything within and beyond our power to make sure that in no time a charming delivery man will ring your bell to hand over your personal piece of FREITAG!

Later this evening we‘re going to celebrate your shopping skills till dawn and we will drink at least 17 times to you. Therefore again, thank you very much!

Best regards
Your FREITAG Online Team


朝飯 3種のおむすび、豚汁

昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)

晩飯 ご近所からいただいた五目おこわ"Chez Akabane"の杏仁豆腐、"KIRIN FREE"

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 2010.0903(金) 逃亡

家の裏手、公道一本を隔てたところの土地建物を、ウチでは「隠居」と呼び習わしてきた。しかしそもそも隠居とは物ではなく状況を表す言葉ではないか。一般には「離れ」だろうか。こちらの地方では「別荘」や「別宅」と言う人もいる。

2日間、前夜祭も含めれば2泊3日に及ぶ日光MGは無事に終わった。僕は肩の荷を降ろし、しかし先週から溜まった仕事は今週中に片付ける必要がある。

「年末には円安ドル高が定着すると、当社のアナリストは予想しています」というような電話がかかったり、あるいは「近くまで参りましたのでお寄りしました」というような人のやたらに訪ねてくる環境で精密な仕事はできない。よって午後よりコンピュータ一挺を携え隠居へ逃げる。

隠居には冷房はおろか扇風機もない。しかし大昔の日本家屋は、四囲を開け放てばまるで琉球の家のように風を通す。ほの暗い八畳間より濃い緑を眺めつつ仕事をする

縁側に差す日も陰るころ、1、2分を歩いて会社に戻る。そして本日午後に仕上げたものをメイルとファクシミリにて関係する会社へ送信する。


朝飯 目玉焼き、巻き湯波のしっかり煮、胡瓜の「しその実のたまり漬」和え、茄子とピーマンの味噌炒り、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン

晩飯 "COCO'S"のシーザーズサラダフレッシュトマトのイタリアンカレー

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 2010.0902(木) 日光MG(2日目)

夜9時に寝て朝4時に起きることを理想としている僕だが、1泊2日のマネジメントゲームのときには、そういうわけにはいかない。1日目夜の交流会は文字通りの交流の場で、これを欠いて"MG"は成立しないのだ。そういう次第にて昨夜は遅くまで多くの方々と意見を交わした。今朝は6時前にようやく目を覚ます。

そして「日光MG」の会場「ヴィラデアグリ」のロビーで新聞を読んでいると、きのうの夜おそくに現地入りしたタグチヤスミツさんがとなりの椅子に座ったので、ここで1時間ほど歓談をする。

マネジメントゲームの場が上手くまわり始めると、集団は無意識のうちに「善」を目指す。学びは自然に質と量の双方を高め、渦巻き状に向上していく。このあたりについては"MG"に参加した者でなくては分からない

マネジメントゲームは2日間で5期分の経営を盤上に展開する。よって表面上は経営経理計数の勉強に見える。しかし僕は自分が参加し始めたごく初期のころから「むしろこれは人間を鍛える研修だ」と感じた。

"MG"の参加者は成績の高い順に重く見られる、というものではない。目立たない参加者の顔つきや一言隻句から得ることもある。そうはいってもゲームはゲームだから「そうした方が面白かろう」くらいの位置づけの表彰はある。

第5期終了時に種々の条件を満たした上で参加者中最高の自己資本を記録した最優秀経営者賞は、大阪市から参加のフキヨシノブさんが到達自己資本636でこれを得た。同じく自己資本第2位と第3位の優秀経営者賞は、蓮田市から参加のカンダヒロトさんにそして堺市から参加のモリモトシゲオさんに与えられた

原稿用紙2枚ほどの感想文を書きながら、僕が締めの挨拶をする。その内容の大部分は、先生と外部から参加の方々に対する御礼である。そして「第20回日光MG」は無事に完了した

残暑というよりは盛夏と表現した方が良さそうな暑熱の中に、社員やクルマで帰る方々を見送る。短い時間ながらウチの見学をなさりたいという面々とは、日光宇都宮道を北上して会社に入る。そしてファミリーレストランでの大急ぎの夕食を済ませた後は、東武日光線下今市駅に先生や幾人かの参加者をお送りし、ホッとひと息をつく。


朝飯 「ヴィラデアグリ」の朝定食

昼飯 「ヴィラデアグリ」の昼定食

晩飯 "FLYING GARDEN"の爆弾ハンバーグ、サラダ、ライス

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 2010.0901(水) 日光MG(1日目)

上澤梅太郎商店の主催する「日光MG」が本日より2日間にわたって開催される。「日光MG」は年2回の開催だから今回で満十周年ということになる。

「MGは遠くへ行くほど学びが多い」という言葉がある。今回の「日光MG」には遠く九州や大阪からも参加者してくださる方がある。社員はもちろんのこと、外部から参加された18名の方々にも良いものを持ち帰っていただかなくてはならない。この10日ほど気持ちの落ち着かない日々が続いたのは、「日光MG」の主催者としての責任の重さを痛感してのことだ。

そして午前10時より「第20回日光MG」が始まる。"MG"は相撲のぶつかり稽古のようなものだから、いったん始まってしまえば脳も使うがからだも使う。声を出し、汗をかくうち今朝までの心配は徐々に解け、いっそ楽な気持ちになっていく

マネジメントゲームの2日間のスケデュールの中でも1日目の夜は特に大切な時間として認識されている。その交流会では先生はじめ参加者全員が車座になり、くつろいだ空気の中で様々な意見の交換ができた。僕は胸をなで下ろし、周囲を見まわす。

そして午前0時に就寝する。


朝飯 「ヴィラデアグリ」の朝定食

昼飯 「ヴィラデアグリ」の昼定食

晩飯 「ヴィラデアグリ」の夕定食

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