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清閑 PERSONAL DIARY

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2019.4.22(月) 花見

味噌蔵のある庭の隠居には数年前まで、実生のものも含めて少なくない数の桜があった。それに対して「育ちすぎれば倒木による被害を避けるため、鉄筋コンクリートの塀を壊し、重機を入れて処分する必要がある。しかし今なら梯子とチェーンソーだけで伐れる」と出入りの植木屋に言われ、惜しげなく減らした。その結果、現在は山桜、染井吉野、枝垂れ桜の3本のみになっている。咲く順番は、いま書いた通りで、最後に残るのが、庭のほぼ真ん中にある枝垂れ桜である。

きのう清楽亭寄席を開いた座敷で、今日は終業後に社員を集めて花見を行う。花見は一時期「花より団子」とばかりに街の飲食店ですることもあったけれど、ここしばらくは元の形に戻して続けている。

花見の日には毎年、10年、20年、30年の永年勤続表彰をする。今年は包装係のタノイチカさんが入社20年を迎えたものの、彼女は4人の子持ちで、だから途中、産前産後と育児休暇を5年ちかくは取っているはずだ。よって5人目の子供を産まなかったとしても、表彰は5年後になるだろう。

皆で穏やかに飲んで食べて、20時30分に散会する。


朝飯 モッツァレラチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けとトマトのサラダ、納豆、豆腐の卵とじ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、メシ、ほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌バターラーメン
晩飯 キャベツのサラダ冷やしトマトカキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けだし巻き玉子ジャガイモとズッキーニとパプリカの素揚げ「日光味噌梅太郎白味噌」和えたまり漬「鬼おろしにんにく」と同「刻みザクザクしょうが」を薬味にした鰹のたたきおむすび焼き鳥各種チューハイ


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2019.4.21(日) 清楽亭寄席

味噌蔵のある庭の隠居で「清楽亭寄席」を開くようになって、今年で4年になる。寄席の名は、築150年の建物の六畳にかかっていた額による。企画は長男、準備のほとんども長男。12時からの昼席と14時30分からの夕席の各々の中入りには、たまり漬を使ったおむすびとらっきょうのたまり漬と味噌汁を、お客様にお出しする。僕の仕事は、味噌汁の出汁を前夜から引くこと、本宅と隠居のあいだの食器の移動、当日の受付と給仕である。

「清楽亭寄席」に出演する噺家は、原則として瀧川鯉白。長男のこだわりは、そこに必ず色物を加えるところにある。今年は音曲の桂小すみ先生。「先生?」と不思議に感じる人もいるかも知れないが、色物の芸人につける敬称は「先生」と決まっている。

今年の「清楽亭寄席」も、街うち、あるいは県内、遠くは東京からのお客様に恵まれて、無事に完了した。長男と僕と家内が隠居に詰めているあいだ、週末の忙しい店を守ってくれる社員のいることが有り難い。

夜は春日町1丁目の会計係として、町内の総会に臨む。


朝飯 キクラゲと鱈子の佃煮、塩鮭、梅干し、塩昆布、ふきのとうのたまり漬によるお茶漬け
昼飯 「しその実のたまり漬」と「刻みザクザクしょうが」によるおむすび揚げ湯波とカキ菜の味噌汁
晩飯 マカロニサラダを添えた鶏の唐揚げ、”ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)


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2019.4.20(土) 朝の景色、夕方の景色

4時に目を覚まし、その20分後に食堂に来てカーテンを巻き上げると、東の空には水色と桃色による帯が、既にして淡く重なっていた。夏至まではいまだ2ヶ月もあるというのに、隨分と早くから明るくなるものだと、すこし驚く。その空がもっとも美しくなるころに写真を撮ろうと、おとといの日記を書きつつ待ち構える。しかしふと気づくと、空は、夜と夜明けのあいだを離れて朝のそれに近くなっていた。よって軽い落胆と共に立ち上がり、見まわりのため製造現場へと降りる。

特に何も無い一日という日は一日として無い… と書きながら「オレが日本語を習得しようとする外国人だったら『この和文を翻訳せよ』なんて問題が試験に出たらイヤだな」と思う。とにかく、特に何も無い一日という日は一日として無い。今日も、何も無いようでいて、あれこれのことが僕の耳に集まってくる。そしてそれらのあれこれは、数日後には、あるいは数週間後には、僕もそこに加わって、手やからだを使うことになるのだ。色々と楽しみである。


朝飯 蓮根と人参のきんぴら、納豆、スクランブルドエッグ、ほうれん草のソテー、塩鮭、ふきのとうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダマカロニグラタンドライマーティニ、”TIO PEPE”、家に帰ってからのチョコレートケーキ、”Old Parr”(生)


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2019.4.19(金) 棚割り

来週の土曜日から10連休に入る。銀行も10連休だから、そのあいだに必要な釣り銭は、来週の金曜日までに準備を終えておく必要がある。その、金種別の数を推し量る。10連休とはいえ、途中にはかならず中だるみの日も出てくるだろう。それを考えれば、それほど大量の紙幣や硬貨を溜め込むこともないことが分かった。

海外に遊びに行く初日の、家を出て飛行機の座席に着くまでの気持ちは案外、恬淡としたものだ。それにくらべて10連休を迎えようとしているそれには、何とはなしに華やいだものがある。遊びより仕事の方に、より浮き立つ気分を感じるとは、一体全体、どのような心の働きによるものだろう。

きのう出かけた先で読みさした本を、夜になってから本棚に戻す。本は、その内容に従って、棚のしかるべき場所に区分けをされている。しかし本が増えるに連れ、その「しかるべき場所」からはみ出すものも出てくる。

インターネットで本を買うときに困るのは、初見の書き手については、その文体が確かめられないことだ。あるいはまた、むかしの文庫本は、現代の水準に照らして文字が小さすぎる。そのふたつを理由として、買われたものの読まれない本は、徐々に、確実に、増えていく。そんな本ばかりを集めた一角を棚に作ってみるのも面白いかも知れない。


朝飯 人参と蓮根のきんぴら、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、エノキダケと胡瓜の酢の物、ふきのとうのたまり漬、キクラゲと鱈子の佃煮、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 ジャガイモとレタスとブラックオリーブのサラダモッツァレラチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けパン牛タンと根菜のスープ“Chablis Billaud Simon 2015”


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2019.4.18(木) タルヒヤ

日光の勉強仲間が西研究所のマイツール経営教室に参加をするというので、息抜きも兼ねて、会場のある品川区まで出かける。

僕がこの教室で学んだのは1992年4月。僕にとって幸いだったのは、そのときの僕の中には、コンピュータの「コ」の字も無かったことだ。空洞だったからこそ、新しいことが、水が高きから低きに流れるように入ってきたのだ。稀代のデータベースソフト「マイツール」に出会い、習得していった自分を振り返るときにはいつも「幸いなるかな心の貧しき者、天国はその人のものなり」という、マタイ伝第5章の一節を思い出さないわけにはいかない。

会場ではニシジュンイチロー先生に促され、上に書いたようなことを、10分間ほどで話させていただく。

いまだ空に明るみの残るうちに湯島の天神下に至り、シンスケの縄のれんをくぐる。桜の咲くころには終わってしまうとばかり思っていた樽酒は、いまだ残っていた。これを冷やした「タルヒヤ」を、上出来のあれこれを肴にして飲む。どのような理由によるものかは分かりかねるが、今日はいくらでも飲める。とはいえいつかは仕舞いにしなくてはならない。

そうして北千住を経由して23時前に帰宅する。


朝飯 ほうれん草の胡麻和え、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬、メシ、天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の2種のサンドイッチ
晩飯 「シンスケ」の小鰭酢、キャベツと帆立貝のサラダ、鮭の焼漬け、タルヒヤ


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2019.4.17(水) ステーキのタレを作る

昨年の10月下旬から始まった背骨と右の肩胛骨のあいだの痛みは、ここ20年ほどのあいだ通い続けた接骨院や鍼灸院では治せず、噂に聞く、知る人ぞ知る施術者を他県にはるばる訪ねたところ、他のどこよりも効かなかった。12月の下旬には仕方なく整形外科でブロック注射を打たれるに至ったが、これも効果は皆無。ようよう辿り着いた「宇都宮肩腰痛みの専門整体院」で「1週間に2回、計8回の治療で快方へ向かう可能性が高い。それで駄目なら更に8回」と、ワタナベマサヤス先生に診断されて通うことを始めた。

その、本日は23回目の施術日である。背中の痛みは前回までの治療でほぼ完治した。そしてすこし前からは、左の五十肩、および初回に「ぶっ壊れかけてる」と図星を突かれた右膝の治療に重点が置かれるようになった。

左肩の、入り組んだ筋肉の隙間に9,000ボルトの電子ペンを差し込まれたときには、その痛みにより脂汗と吐き気の伴う気がした。「そこまで嫌な感じがするなら、ここがようやく辿り着いた、最後の要所かも知れません」と、先生はギョロ目を更に見開いた。一方、膝の皿の真ん中に電子ペンを突き立てられる痛みも相当なものだ。しかしこの右膝の悪いことは、2013年7月にネパールのシヴァプリに登った直後から認識をしている。将来のためにも、今は耐えつつ治療を続けなければならない。

昼休みには玉葱をおろし、たまり漬「鬼おろしにんにく」、同「刻みザクザクしょうが」、また「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」などを使ってステーキのタレを作る。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、筑前煮、トマトのソテーを添えた目玉焼き、ウィンナーソーセージとピーマンのソテー、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ茹でたブロッコリーと人参の細切り炒めとマッシュドポテトを添えたビーフステーキにんにくと玉子のチャーハン“Almaviva 1997”


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2019.4.16(火) 弥生祭もたけなわ

午前、ホンダフィットの助手席に座る。おなじ方角から出勤する包装係サイトーヨシコさんには「道、混んじゃって、行けないよ」と朝のうちに言われていたが、まぁ、どうにかなるだろう。あるいはどうにかしなくてはならない。

先ずは神橋の手前から左手の屈曲した急坂を登って日光金谷ホテルさんに至る。そしてその売店に、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊、日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露、日光味噌と日光湯波のフリーズドライ味噌汁をお納めする。坂を下って今度は東武日光駅前の早見商店さんにお寄りし、冷蔵ショーケースの在庫を確かめる。

そうするうち下、この「シモ」とは日光では東照宮の反対側、つまり日光街道の起点である日本橋の方角を指す言葉ではあるが、そちらから松原町の花屋台が近づいてくる。旧日光市のお囃子は、ここから6キロを下った旧今市市の威勢の良いものとは異なって、とても雅だ。ふと気づくと、警察官の姿が増えている。これから各町内の花屋台が次々に繰り出されることを考えれば、もはや一刻の猶予も無い。

裏道を辿って旧日光市街から脱出をする。そして会社に戻って即、普段の業務に復帰する。


朝飯 イカナゴの釘煮、納豆、筑前煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン
晩飯 南瓜のにんにく蒸し金目鯛のオーブン焼きトマトと浅蜊の炊き込みごはん、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“TIO PEPE”


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2019.4.15(月) 考えを改める

子供のころは、風邪による熱の下がった朝は、光輝燦然とした爽やかさと共に目を覚ますことができた。その気分を久しぶりに味わったのは20代のころ。そして以降は今に至るまで、病み上がりの気分ははなはだはっきりしない。そういう気分のまま、きのうに引き続いて早朝に製造現場に降り、本日、袋詰めするための商品の手入れをする。

取引先や銀行に寄りつつセキネ耳鼻咽喉科へ行く。「先生、今朝はどうも、喉にすこし痛みがあって、うがいをしました」と説明すると、先生は僕の喉を覗き込み「ぜーぜん」と笑った。子供のころと異なって、風邪は去ったのか、あるいはいまだ自分の身中に留まっているのか、それがよく分からないのだ。

「明日も飲酒は控えるべし」ときのうの日記に書いた舌の根も、否、筆の先も乾かないうちに何ではあるけれど、夕食のおかずが金目鯛のアクアパッツァであれば、飲まないわけにはいかない。ただし最大限の譲歩をして白ワインは止め、ドライシェリーをソーダで割る…

と、ここまで書いたのが4月15日の夕刻。しかし長男の調理によるそれを目にして考えを改めた。冷蔵庫の野菜室には思いがけず飲みさしの白ワインが横たわっていたから、それを取り出しテーブルに立てる。


朝飯 「金谷ホテルベーカリー」のソーセージパン、「スープストックトーキョー」の菜の花のポタージュ、イチゴのヨーグルト和え
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 金目鯛のアクアパッツァ豚の背脂とグリーンアスパラガスのパン“Petit Chablis Billaud Simon 2015”


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2019.4.14(日) つつましやかな人

いまだ体調は元には戻っていないものの、早朝は製造現場に降りて、本日、袋詰めするための商品の手入れをする。9時までのことはきのうとおなじ。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達は、日中に2度、行った。昼に館内電話で事務室に呼び出される。16時に明日の、商品ごとの販売個数の決定。18時に閉店作業。それ以外の仕事は休む。

「花火は、見ないまま音だけを聴く方が風情がある」と、何度かこの日記に書いたことがある。今日は寝室にいて、日光街道を渡御していく行列の、お囃子の音を聴いていた。こちらは花火とは異なって「何も手伝えなくて申し訳なし」の気分が増すのみだ。

これまで3、4日のあいだ続いた病人食を、今夜から普通食に戻してみる。冷やしトマトやスパゲティサラダや豚の生姜焼きをおかずにして、酒ではなくごはんを食べる。そのごはんの白い色を見るうち、なにやら自分がつつましやかな人になったような気がした。

明日も飲酒は控えるべし。それが僕の、自己診断である。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の雑炊、ふきのとうのたまり漬、梅干
昼飯 いちごのヨーグルト和え
晩飯 スパゲティサラダ生のトマトとレタスとグリーンアスパラガスのソテーを添えた豚の生姜焼き、大根のぬか漬け、メシ、豆腐と大根と万能葱の味噌汁


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2019.4.13(土) そちらはできなくてもこちらはできる

明け方の体温は36.7度。それでもからだが楽になったわけではない。今朝の平熱は、鎮痛解熱剤により人工的に下げられた体温である。とはいえすべきことは諸々ある。

仏壇に花と水とお茶と線香を供えてから食堂でコンピュータを起動する。そして先ずは3日前、水曜日の日記を完成させて「公開」ボタンをクリックする。その勢いに乗じて木曜日と金曜日、そして今日の、ここまでの日記を書いてしまう。総鎮守瀧尾神社の春の大祭が予定通り催行されることを報せる花火が上がって、6時になったことを知る。

7時20分から9時にかけてはきのうと同じ。10時30分からは、蔵の雨漏りのする個所を調べに来た防水業者を、非常階段から屋根スラブに案内する。以降は寝室に籠もって休む。

午後一番に、歯を磨き直して白いシャツを着る。紺色のパンツを穿き、橙色と緑の縞のネクタイを締める。そして紺色の上着を着て事務室に降りる。

「神社の役員の勤めは休みながら、自社の仕事はできるのか」と問われれば、春の大祭は「宮司一拝」から「開扉」を経て「撤饌」に至る、ほぼ1時間の祭祀を拝殿で見守らなくてはならないため、微熱を帯びたからだでこれに参加をすることは憚られた。それに対して午後の仕事は挨拶と書類の提出くらいだから、なんとかこなせると判断をしたのだ。

販売係ハセガワタツヤ君の運転するホンダフィットの助手席に収まり、旧日光市の市街におもむく。そして複数のお得意様を回って1時間後に帰社する。

夕刻から夜にかけてはきのうと同じ。そして20時前に寝室へと引き上げる。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の雑炊、ふきのとうのたまり漬
昼飯 スポンジケーキ、ホットミルク
晩飯 バナナのヨーグルト和え


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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