2018年2月の日記28本
2018.2.28(水) 銀山平の温泉
付き合いはできるだけ狭く保とうとする僕にも所属する団体はある。団体は、その大小にかかわらず名簿を持ち、時にそれを会員に配布する。僕が所属する団体のうち、個人情報保護法という法律ができて以降、そのことに敏捷に反応をして、会員への名簿の送達を止めたところがある。
それから何年かして、会員への名簿の発行を止めた団体には、その団体への帰属意識が徐々に薄れていくことに気づいた。そしてそれが引き金になって、とまでは言わないけれど、僕はその団体から退会をした。「名簿の配布を止めると、その団体への帰属意識が薄くなる」という心の傾向が、僕以外の人にも発生するか否かについては不明である。
なぜこんなことを書いたかといえば、今日は地図を持つことなく未知の場所を訪ねようとしていたからだ。地図帳→紙→名簿という連想である。
日光市の清滝地区と足尾地区を結ぶ日足トンネルを抜け、しばらく進んだ先の大きな交差点を左折とばかり考えていた僕は、しかし「渡良瀬渓谷鐵道のガードをくぐったら右折」という宿の人の案内に従って、初めての道を走っていた。頼りは、その宿の住所を登録したiPhoneのみである。
そのiPhoneの地図により、国道から山道を6キロほども登り詰めた谷あいの宿には、家から僅々50分にて着いた。そうして即、浴衣に着替えて風呂へ行く。昨年に改装されたばかりの宿は何から何まで新しく、至極快適である。
朝飯 秋刀魚の梅煮、納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、温泉玉子、生のトマト、大根と胡瓜としその実の醬油漬け、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「かじか荘」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、“PREDICADOR blanco 2013”
2018.2.27(火) 午前も夜もコンピュータ
ウェブショップに1998年の開店以来何度目かの、且つ最大の改装を施したのは、2016年9月のことだった。それを境として、社内にあるコンピュータのうちの3台に、メーラーのフォルダ分けが無効になる不具合が生じた。
その不具合は、僕の技術により修復できる部分もあれば、また元に戻せないところもあった。そのままでも何とか使い続けられるという事務係に甘えて、その不具合には目をつぶってきた。しかしいつまで放置をするのもまずかろうと、今月に入ってようやく、旧知の外注SEヒラダテマサヤさんに声をかけた。
ヒラダテさんの乗った特急リバティは、08:11に下今市に着く。よって僕はそのことが頭から失われないよう、07:50に設定したタイマーを朝から身につける。
ヒラダテさんにはあらかじめ、フォルダの名と振り分け条件をメールで送ってあった。その段取りとヒラダテさんの知識により、作業は昼前に呆気なく完了した。頼るべきは、やはり本職である。
夕刻は終業時間より早くに会社を出て、徒歩で二宮尊徳記念館へと向かう。佐藤雅栄による、稀代のデータベースソフト「マイツール」の教則本である「逆引きマイツール基本コマンド編」に沿いつつ「マイツール」への理解をより深めようとする「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」の第5回目に出席をするためだ。この勉強会の参加者は近隣の有志で、講師は長男が務める。
今日は「第二章・基本コマンドの活用事例」の「42.月別に横罫線を引きたい」から「48.重複データを削除したい」までをさらった。経験だけは長くても、マイツールについては未知のことが僕には多い。また、若い人の進捗は著しい。そのうち更に長い時間を確保して、事例発表会ができれば、僕も真似をしたくなる使い方がいくつも出てくるだろう。
会が終了してのちはちかくのファミリーレストランに席を移し、出席者8名にて歓談のひとときを持つ。
朝飯 独活のきんぴら、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、トマトのソテーを添えた目玉焼き、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、大根と胡瓜としその実の醬油漬け、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「報徳庵」のこんにゃくの田楽、盛り蕎麦(5合プラス1人前)、天ぷら盛り合わせ
晩飯 “Parrot”のチキンカントリー、“evodia 2015″
2018.2.26(月) “Climbing Ice” by Yvon Chouinard
昨年の秋も深まったころ、数寄屋通りの「おぐ羅」で一夕、芋焼酎のお湯割りを飲んだ。そして地上に上がって更に視線を上の方に及ばせると、三亀の2階に思いがけず、蕎麦の「よし田」が見えた。僕の知る「よし田」は確か、鈴らん通りの7丁目にあったはずだ。だから「隨分と遠くに引っ越したんだなぁ」と、そのときは感じた。
新橋で用を足し、銀座で更に用を足すと、時刻は13時を過ぎていた。なにか食べようとして、数ヶ月前の「よし田」のことを思い出した。よって中央通りから金春通り、見番通り、並木通りと突っ切って旧電通通りを渡る。
「よし田」の蕎麦は、7丁目のときより美味くなっているように思われた。次は夕方に来て、蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを飲みたい。
銀座から乗った地下鉄を末広町で降りる。禿頭にもかかわらず、帽子はかぶらず、しかし襟元をマフラーで守った人が新橋や銀座には目立った。その傾向は上野でも変わらない。襟元も悪くはないけれど、防寒には帽子が一番だ。僕はそのことを、イヴォン・シュイナードの「アイスクライミング」で知った。
長男と次男とは、御徒町のガード下で待ち合わせていた。そして中国北方のあれこれを肴に白酒を飲む。
朝飯 独活のきんぴら、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、生のトマトと茹でたブロッコリー、小松菜のおひたし、鯵の干物、大根と胡瓜としその実の醬油漬け、メシ、揚げ湯波と二種の葱の味噌汁
昼飯 「よし田」の牡蠣南蛮蕎麦(関西風つゆ)
晩飯 「老酒舗」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、其の九、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)
2018.2.25(日) 春季小祭
本日は、秋の豊作を祈念する春季小祭が、10時より瀧尾神社で挙行される。春日町1丁目の役員は、9時30分までに社務所に集まることを決めていた。しかし「静かな環境で打合せの時を持つべく、集合は9時15分に早めたい」との提案が、クロスカオル神社総代より役員のグループLINEに上げられた。そういう次第にて、それに間に合うよう会社を出る。
春季小祭は、我が春日町1丁目が当番町として仕切る最初のお祭である。春日町1丁目はまた、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人を集めて昨年春より始められた「当番町を考える会」にてまとめられた、人口減少下における負担の少ないお祭の執行を、全町内に先駆けて試す町内になる。クロスカオル神社総代は、挨拶に際してはかならず原稿を準備する性格である。いろいろと心配があるのだろう。
そうして直会の簡略化された春季小祭は、11時に無事、完了した。宮司、責任役員、当番町の自治会長による挨拶と乾杯のみの短い直会は、各町内の三役には、おおむね良い感触を与えられたように思う。
今日はまた、前述の「当番町を考える会」の集まりが、小倉町5丁目の公民館で15時より開かれる。ここへは過去に1度、春季大祭の渡御に伴い行ったことがある。しかしそれも隨分と昔のことだ。よって午前のうちにホンダフィットに乗って、この場所を確かめに行く。同時に、そのすぐちかくにあるという臨時駐車場も確認しておく。
14時30分を回ったところで、普段着からふたたび春季小祭のときの服に着替える。そしてホンダフィットに乗って日光街道を下る。「定刻より常に30分おくれるのが今市時間」なとど揶揄されたのは半世紀ほども前までのことにて、14時50分に小倉町5丁目の公民館に入ると、今月から議長を務める直前当番町の自治会長カネコトモヤスさん以下、各町内の自治会長および神社総代のほとんどは席に着いていた。
「当番町を考える会」から帰社したのが16時15分。冬時間により17時に店を閉め、キャッシュレジスターから売り上げ金を引き上げる。
夕食を摂る間もなく19時前に、春日町1丁目の公民館に行く。そして今日の春季小祭を振り返ると共に、4月の春季大祭について細密な打合せを行う。とにかく夏の八坂祭を乗り切るまでは、こと瀧尾神社のお祭については、気の抜けない日々が続くだろう。
朝飯 独活のきんぴら、納豆、鯵の干物、生のトマト、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、大根と胡瓜としその実の醤油漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩ネギラーメン
晩飯 バターの上にママレードを載せたパン、チーズ、4種のクッキー、”TIO PEPE”
2018.2.24(土) 敢闘、殊勲、計数
iPhoneでブラウジングをする際の速度が極端に落ちた。今月21日からのことだ。先月は、下旬の何日からかは忘れたけれど、やはり通信速度がめっきり落ちた。それ以前にこの症状が出たことは一切、無い。iPhoneによる通信量を、今年に入ってから一気に増やした覚えもない。どうにも謎である。
ところで、この通信制限を受けているらしいiPhoneとLet’s noteをデザリングさせ、Let’s noteでブラウジングをすると、速度の低下は否めないものの、しかしこのウェブログを更新するなどの作業に支障を来すほど遅くならないのは有り難い。
それでも速度制限らしい現在の状況については、一度docomoショップへ行って訊いてみよう。必要とあれば、通信の容量を上げなくてはならない。
終業後は、様々な業務によりすこし遅れてしまったものの、1月17日から18日にかけて行われた日光MGの打ち上げを4階の応接間で開く。
社内的な表彰では、第5期の入札で誤った価格を口に出すコールミスさえなければ、あるいは優秀経営者賞を獲っていたか、というところまで自己資本を伸ばした製造係タカハシアキヒコ君に敢闘賞が、経験の浅さをものともせず、自己資本を社内で2位まで伸ばした事務係ツブクユキさんに殊勲賞が、また第2期から第5期までの決算速度を、全参加者40名中の平均2.75位に保った包装係ヤマダカオリさんに計数賞が与えられた。
次の日光MGは9月に開かれる。それまでの日常に、社員と共にMGを活かしていきたい。
朝飯 秋刀魚の梅煮、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、小松菜のおひたし、茹でたブロッコリー、ひじきと梅干のふりかけ、大根の麹漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 エノキダケと三つ葉の酢の物、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、独活のきんぴら、厚焼き玉子、鮎の昆布巻き、包装係アオキマチコさん差し入れの鶏の唐揚げ、里芋と肉団子の揚げ浸し、鯵の干物、牛肉のたまり漬焼き、おむすび、ごぼうのたまり漬、日本酒あれこれ(冷や)、イチゴ
2018.2.23(金) 仕事が絡まないかぎり
きのうの夜、家内は何度もカーテンをずらしては、暗闇に目を凝らしていた。雪を心配してのことだ。「積もるほどではない」と天気予報のオジサンだかオネーサンが言っていたから、僕はそれを信用して、椅子から腰を浮かせることもしなかった。
朝が来ると、家内はきのうとおなじくカーテンをずらして「ほら、やっぱり」と独りごちた。僕は別の窓からやはり外を見て、しかし「このくらいなら、ひと掻きで済みそうだ」と、何かを気にすることはしない。
朝食を早めに済ませ、いつもより1時間ちかく早く事務室に降りる。店の前の雪は、既にして長男により掻かれていた。僕はホンダフィットの屋根や窓に積もった雪を箒で落とし、エンジンをかけて前後の窓を温める。
ホンダフィットの窓の雪は、すぐに融けた。東京での商品撮影に臨む家内と長男をそのクルマに乗せ、東武日光線の下今市駅まで送る。
仕事が絡まないかぎり、雪は嫌いではない。旅先での雪は、大好きである。
朝飯 5種のおむすび、トマトと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「ユタの店」のピータン、焼き餃子、生ハムとチーズとほうれん草の揚げ春巻き、焼酎「鏡月GREEN」(お湯割り)
2018.2.22(木) 床を磨く
住まいの、2013年の秋から年末にかけて行われたリフォームを終えて、もっとも嬉しかったことは、間取りが合理的になり、目に入るほとんどすべてのものが新しくなったことではない。不要の物の一掃されたことが一番、嬉しかった。そして2014年の秋にオフクロが亡くなると、オヤジとオフクロが何十年ものあいだに溜め込んだほとんどの物も捨てることができた。そうして与えられた居心地の良い環境を、僕はできるだけ維持しなければならない。
きのうの夜のおかずは牡蠣フライだった。今朝、そのフライを揚げたレンジを見ると、綺麗に掃除がしてあった。しかし床についてはどうだろう。念のため、レンジのまわり3平方メートルほどにアルコールを噴霧し、柔らかい紙で床を磨く。
オヤジは生前、自分が生活している場所を「巨大なゴミ溜め」と言っていた。そういう世界に後戻りをしたくなければ、日々の「増やさないこと」と「減らすこと」は欠かせない。そして小まめな埃はらいと拭き掃除、である。
朝飯 小松菜のおひたし、ひじきと梅干のふりかけ、秋刀魚の梅煮、グリーンピースの卵とじ、生のトマト、納豆、大根の麹漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、なめこと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “rubis d’or”、“TIO PEPE”、トマトと玉葱とパセリのサラダ、牛タンのポトフ、パン、チーズ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、イチゴとケーキの盛り合わせ、”Old Parr”(生)
2018.2.21(水) 初会議
「2/21(水) 昼食12:00 神社13:30」と記したポストイットが事務机の電子計算機に貼ってある。このクリーム色の紙はきのう、左手のカレンダーから否が応でも目に付くところに移したものだ。
すべての社員が昼の休憩から職場に戻る13時30分以降に、僕は昼食を摂ることにしている。しかし今日は、サンドイッチとホットミルクによるそれを、12時より事務室でそそくさと済ませる。
「それでは皆さん、13:30に神社集合ということで、よろしくお願いいたします」と、12時47分に町内役員のグループラインに流す。しかし「既読」の表示される速度ははかばかしくない。「みんな、大丈夫か」という不安が頭をもたげる。
総鎮守瀧尾神社の今年度の行事について、日光市今市地区旧市街すべての町内の自治会長、神社総代、神社世話人に、当番町の自治会長が諮る「初会議」は14時からの予定だ。昨年まで僕は、神社の催しには責任役員として、定刻の15分前には社務所に着いているよう心がけていた。しかし今年度は当番町の一員として、神社には定刻の30分前に集まることが、町内で決められている。
“JAPAN BLUE JEANS”の紺色のパンツを穿き、白いシャツにオレンジと緑の縞のネクタイを締める。その上に”HOFFER”の青いチロリアンジャケットを重ね、”MAMMUT”の黒い帽子をかぶる。そして首にはむかしオフクロがエアフランスの客室乗務員にもらった赤いブランケットを巻いて外へ出る。脱ぎ履きの際に手間取らないよう、靴は”MERRELL”のジャングルモックである。
13時27分、神社の参道では、頭のユザワツネオさんが分厚い羽毛服を着て下足番を務めていた。社務所へ上がると、会議のための机や座布団が、既にしてきれいに並べられていた。役員の男はほとんどスーツを着ている。接待のための婦人会はおそろいの作務衣姿で、いつ声をかけられても動けるよう、座敷で待機をしている。僕だけが、まるで遊びに行くような恰好をしている。町内役員のグループラインに「既読」が付きづらかったのは、多分その時間から、みな忙しく立ち働いていたからに違いない。
初会議は、多生はギクシャクするところもあったものの、まぁまぁ無事に完了した。次は今月25日の春季小祭である。その春季小祭へ向けての話し合い、および今日の反省のための飲み会が急遽、今夜18時30分から催されることになる。しかし僕は、そこに参加をするための挙手はしなかった。
帰社すると、先週の火曜日から日本橋タカシマヤに出張をしていた家内と長男が戻っていた。彼らの、取りあえずの残務整理が完了したところで彼らの報告を聞き、また彼らが留守のあいだに書き留めた覚え書きに基づいて、彼らに種々の相談をしながら夜に至る。
朝飯 秋刀魚の梅煮、大根の麹漬け、納豆、生玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、なめこと万能葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 牡蠣の酒蒸し、ポテトサラダと刻みキャベツを添えた牡蠣フライ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、ケーキ、“Old Parr”(生)
2018.2.20(火) 良い酒とは
そのテレビドラマの原作者は花登筺だったと思う。 たまたま目にしただけだから、出演者は浪花千栄子、夢路いとし、喜味こいしの3人しか覚えていない。浪花千栄子は酒蔵の主人、そして夢路いとし、喜味こいしはその蔵の社員だった。
あるとき主人役の浪花千栄子が「良い酒とは、どのような酒か」と、先ずはしっかりした方の社員である喜味こいしに訊く。「それはコクです」と、こいしは断言する。浪花千栄子は今度は、すこし頼りない社員である夢路いとしにおなじ質問をする。いとしは「馬鹿なことを訊くものだ」という顔をしながら「良い酒とはすなわち美味い酒に決まっている」と、呆れつつ答える。
この場面だけを覚えているテレビドラマを検索エンジンで調べてみると、それはどうやら1971年から翌年にかけてNHKで放映をされた「あまくちからくち」というものらしい。
もし「良い酒とは、どのような酒か」と訊かれたら「飲む人の気分を良くする酒」と、僕なら答えるかも知れない。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、秋刀魚の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、大根の麹漬け、メシ、なめこと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」の酒肴あれや、これや、それや、他あれこれ。5種の日本酒(冷や)
2018.2.19(月) この時期に特有の気分
朝、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場を拭き清め、検品をしたときには、在庫は充分と思われた。ところが13時20分の電話により「らっきょうのたまり漬」が少なくなっていると報される。よってその配達と共に昼食を済ませてから戻る旨を事務係に伝え、外へ出る。
「日光街道ニコニコ本陣」バックヤードの冷蔵庫に「らっきょうのたまり漬」を納め、ふと立ち止まる。空腹感は、それほどでもない。よってウチの売り場から10メートルほどのところにある金谷ホテルベーカリーでパンふたつを買って帰社する。昼食を少々の汁麺に変えて以降、胃袋が小さくなっているのかも知れない。
「買い溜めた食材の一部は日曜日に枯渇する」と分かった数日前から「月曜日の夜は外食かなぁ」と、考えていた。しかし17時に閉店してすべての社員を送り出すと、もうどこへも行く気はしない。この時期に特有の気分である。
「一体、朝の食膳にのぼせて、あったかいご飯でたべておいしいものは、同時に、酒のさかなにしてもいいものが多い」という池田弥三郎のことばは痛いほど分かっている。よって4階へと戻り、今朝のおかずと同じものにて焼酎のお湯割りを飲む。
朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しもつかり、秋刀魚の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、油揚げとトマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 「金谷ベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 切り昆布の炒り煮、松前漬け、しもつかり、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根の麹漬け、トマトと赤蕪と牛肉のスープ、「紅乙女酒造」の胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.2.18(日) 予備の鍵
新橋の桜田小学校は、検索エンジンによれば平成3年3月に廃校になったという。僕は子供の誕生年すら元号では覚えられない。「平成3年 西暦」とふたたび検索エンジンに入れてみる。するとその年は西暦で1991年と知れた。そこで「隨分と前から廃校になっていたんだなぁ」と感慨を新たにする。
桜田小学校の宿直室に泊めてもらったのは、1983年のことだったと思う。1982年に知り合った人が当時、この学校の夜警をしていた関係で泊めてもらえたのだ。深夜にはその人につき合って、校内の見まわりもした。自分の客を宿直室に泊めるなどは、就業規則違反に違いない。しかし当時の我々は若かった。また社会も、今ほどはせちがらくなかったに違いない。
なぜこのようなことを書いたかといえば、僕は今、学校の夜警とおなじくらい人口密度の低いところで寝起きをしているからだ。それは、家内と長男が日本橋タカシマヤに出張をし、嫁と孫は嫁の実家に帰っていることによる。
会社に出入りするための扉の鍵は僕しか持っていない。急病や頓死など、その扉を解錠できない事情が僕に発生した場合、社員は会社に入れない。店も開けられない。と、ここまで考えて、明日からは予備の鍵を社員に預けることとする。
朝飯 秋刀魚の梅煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、しもつかり、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、油揚げと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蒸し牡蠣、パン、牡蠣のポタージュ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.2.17(土) 初会議へ向けて
事務机の左手には今月のカレンダーが提げてある。予定はそのカレンダーに直に書き込むが、特に忘れてならないことは、ポストイットに書いて貼る。そして今日のそこには「10:00神社、15:00ミヤタ駅」の文字がある。
今朝蔵出しの「らっきょうのたまり漬」が事務室に届けられたのは9時40分だった。それをホンダフィットに載せ、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の冷蔵庫に収める。その足で今度は瀧尾神社へと向かう。
総鎮守瀧尾神社の祭礼一切を仕切る当番町を、今年度は我が春日町1丁目が務める。自治会長、神社総代、神社世話人の三役をはじめ、総務、祭典委員長、当番町会計、大膳は特に大役である。
本日は21日の初会議、また25日の春季小祭に向けて、町内10名の面々が社務所に参集し、タナカノリフミ宮司を囲んで多くの質疑応答を交わした。不明の点は細かいところまで詰め、不安はすべて、塗りつぶしておかなくてはならない。打合せは100分に及んだ。
15時をすこし過ぎたところで販売係のミヤタマユミさんが事務室に顔を出す。そのミヤタさんをホンダフィットの助手席に乗せ、東武日光線の下今市駅まで送る。日本橋タカシマヤで14日から始まった「老舗名店味紀行」の、彼女は後半部分に出張をするのだ。
そうして15時25分に事務室に戻り「10:00神社、15:00ミヤタ駅」と書いたポストイットをカレンダーから外す。
朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しもつかり、秋刀魚の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「金長」のメンチカツランチ
晩飯 オイルサーディンのオーブン焼き、”TIO PEPE”、パン、牛肉とクリームのポタージュ、“GEVREY CHAMBERTINE DOMAINE DUJAC 1985”
2018.2.16(金) 明るい空き家
町内の空き家に布団を持ち込み、昼から惰眠をむさぼる。窓から差し込む日の光によりその布団はいつまでも暖かく、これ以上の心地の良さがあるだろうかと、僕は恍惚としている。
ふと目を開け、布団から頭を出したのは、人の気配を感じたからだ。男が玄関に立っている。男は僕の寝る布団と玄関のあいだの空間を凝視しながら驚愕の表情を浮かべている。そこではじめて、この家には僕よりも先に来て、僕よりも先に寝ていた老人のいたことを知る。
先ほど自分は、その老人に気づかないまま布団を玄関から運び入れた。しかしそれほど広くもない部屋で、そんな馬鹿なことがあるものだろうか、と思った瞬間に目が覚める。
家の窓はすべて開かれている。空は晴れて、太陽の光は眩しいばかりだ。その様子を僕は外に立って眺めている。居心地のよさそうな家を空き家にしている持ち主が、いつの間にか横に立っている。そして、ここに住めない事情が自分たちにはあるのだと、その家に視線を向けたまま僕に語りはじめる。
ここまできたところで、いまだ夢から覚めていないことに気づく。気づきながら、いまだ夢を見つづけている。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しもつかり、秋刀魚の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐とトマトとピーマンの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ハムと大根とトマトと塩豆のサラダ、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、3種のキノコと牛蒡のポタージュ、”TIO PEPE”
2018.2.15(木) 格子の修理
朝、事務室にいるとイナバ塗装の社長が来て、前々から気になっていた隠居の木の格子について、大工の手配ができたと言う。ここで「じゃぁ、適当にやっておいてください」と任せるのは無責任だ。よって毛糸の帽子をかぶり、ジャンパーを着て現場へと向かう。
春日町の交差点から日光宇都宮道路の今市インターチェンジまでのバイパス工事が始まったのは、1970年代がなかばに近づきつつあったころのことだ。そのバイパスにより、ウチの敷地は細長く削られた。隠居の木の塀もそのときに失われ、以降は工事用の鉄パイプと鉄板が塀の代わりになっていた。
この、鉄パイプと鉄板によるにわか作りの壁が見苦しいと諸方から言われ続け、鉄筋コンクリートによる現在の塀を作ることをオヤジが遂に決めたのは、1990年代の後半だったように思う。とすれば、その塀の一部にはめ込まれた木の格子も20年ほどが経つわけで、一部が腐り落ちるのもやむを得ないだろう。
そういう次第にて、すぐに見積もりを出すよう、現場にいた親子らしいふたりの大工さんに頼む。
朝飯 秋刀魚の梅煮、しもつかり、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と揚げ湯波と白菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ジャガイモとトマトとオイルサーディンとベーコンのパン粉焼き、パン、“CHARMES CHAMBERTIN DOMAINE DUJAC 1985”
2018.2.14(水) 省脳
「省脳」とは西研究所のニシジュンイチロー先生が提唱をされたことだ。「脳には、ここ一番のときに最大の働きをしてもらうべく、普段は休ませておけ」ということと僕は解釈をしている。ところでこの「普段は休ませておけ」の「普段」とは、どのようなときを指すか。
僕の場合には、服のことが第一に挙げられる。普段着を決めておけば「今日は何を着ようか」と考えなくて済む。スーツは三季用と夏用の、黒の二着しか持っていない。黒の二着のみであれば、そのどちらかを季節に応じて選ぶまでだ。スーツ用のシャツは白の三着を着回している。ネクタイはこの数十年のあいだ、ほとんど決まった2本しか使わない。
営業車は30年ちかくホンダばかりを乗り継いでいる。トラックは四輪駆動の三菱デリカが30年目を迎えそうだ。長く愛用してきたThinkpadをLet’s noteに換えて以降は、秋葉原の修理工房が便利すぎるから、もはや他の機種は眼中にない。「そう頑なになることもねぇじゃねぇか」と言う人がいるかも知れない。しかしこれと決めてしまえば脳を迷わせることもない。
先月の下旬からは、昼食までいわゆる”default”になってきた。乾麺を茹で、それを丼の汁に沈める。具は野菜だけのことが多い。
それはさておき、きのうから家内と長男は日本橋タカシマヤの催し「老舗名店味紀行」に出張をしている。嫁と孫は嫁の実家へ行った。というわけで、これから1週間は、ひとりメシである。朝は、家内の作り置いた常備菜にメシと味噌汁。夜はパンとスープとワインと決めて、省脳を図ることとする。
朝飯 ほぐし塩鮭、切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しもつかり、秋刀魚の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シメジとサニーレタスの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトのサラダ、オイルサーディンのパン粉焼き、パン、鶏とマッシュルームのスープ、”TIO PEPE”
2018.2.13(火) 新しい破風
予報におびやかされた雪は、結局のところ降らなかった。しかし日光の山々は、その上半分を雪雲に覆われている。日光市今市地区の道路に雪はない。街のあちらこちらに残っているのは、今月2日の降雪時にかかれて端の方に盛り上げられたところのみだ。
事務室で仕事をしていると、木を鎚で叩くような音が、社員用通路を隔てた裏の方から聞こえてくる。僕が席を外しているときに来たイナバ塗装のイナバユーイチさんが長男に伝えたところによれば、破風の材料がようやく調い、今はそれを取り付けている最中だという。
現場に足繁く顔を出せば職人が煙たがるだろうと逡巡する気持ちはあるものの、工事の進捗状況をまったく見ないというのも無責任だ。そう考えて、久しぶりに店の裏手に回ってみる。
昨年6月の、隣家の全焼により炭のように焦げた破風板は、今まさに、真新しいそれに交換されているところだった。雪さえ降らなければ、工事は今月中にも完了するらしい。
朝飯 生玉子、納豆、しもつかり、切り昆布の炒め煮、ほうれん草の胡麻和え、うずら豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミとサニーレタスの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトと大根とサニーレタスのサラダ、鶏とマッシュルームのポタージュ、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.2.12(月) 北部山沿い
九州南部と関東中南部を除く列島には、明日の朝までにほとんど満遍なく雪の降る予報を朝のテレビが伝えている。それによれば、栃木県の北部山沿いには30センチの降雪があるという。ところでこの「北部山沿い」という地域の定義が、日光市今市地区に住む者には悩ましい。
雪の予報と共に栃木県の地図がテレビの画面にあらわれるとき、日光市今市地区は多く、雪が降ると降らないの境界線上にある。つまり日光市今市地区に住む者は、雪が降るか降らないかを考えるとき、多く丁半博打を強いられるのだ。
「さすがにまだ降らねぇだろう」と思われても、師走の声を聞けばいつノーマルタイヤをスタッドレスタイヤに換えるべきかとそわそわする。春の彼岸が過ぎても「まだ分からねぇぞ」と、雪かきの道具は片付けない。
しかしまぁ、本州の日本海沿いや東北地方に住む人たちの苦労にくらべれば、月に何度かの丁半博打などは、どうということもない。そしてあとひと月ほどもすれば梅が、そしてふた月ほどもすれば桜が咲く。もうしばらくの辛抱である。
朝飯 シメジと茄子とピーマンのソテー、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、しもつかり、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、大根の麹漬け、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 エノキダケと三つ葉の酢の物、秋刀魚の梅煮、ほうれん草の海苔和え、しもつかり、鮭の味噌漬け、「片山酒造」の「素顔」(冷や)
2018.2.11(日) 残月
朝、廊下の遮光カーテンをすこしずらして外を見ると、道が濡れていたからすこし落胆をした。折角の休みに雨が降れば、日光へ遊びに来ようとする人の出鼻をくじく。そうすれば店の売上げも落ちる。雨はできれば夜に降って、昼のあいだは止んでいて欲しいのだ。
それから小一時間ほどもするうち夜が明けてくる。僕の不安を大きく裏切るように、東の方角には、これから晴れ上がろうとする空の青があった。南寄りの少し高いところには、旧暦12月26日の月も残っている。何も言うことのない、朝の景色である。
今年の2月の連休は、昨年のそれよりも日の並びが良い。今日は、子供のころはとても楽しみにしていた花市がJR通りで開かれている。しかしそこに足を延ばす時間の余裕は無い。
ところで花市といえば、僕は賭け将棋や「焼け跡から掘り出された万年筆」には間に合わなかった。しかしルーレット賭博や「ガマの油」には間に合った。また地元ではなく木更津の八幡様の縁日ではあったけれど「蛇女」にも間に合った。今、そのような面白さをお祭に求めるなら、遠く南の国まで足を延ばさなければならないだろう。
朝飯 納豆、しもつかり、目玉焼き、ほうれん草のおひたし、大根の麹漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と茄子の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ウォッカマーティニ、ドライマーティニ、”TIO PEPE”
2018.2.10(土) 起こされたのは2回
1990年代のはじめにまとまった数のワインを買った。そのころ市場に出ていたワインの、ボルドーやブルゴーニュにおける当たり年は1982年、1985年、1986年あたりだったから、ウチにある赤ワインは、その年代のものが多い。
それらのワインは、普段飲みとしては勿体ない価格帯のものばかりだ。迂闊にも後から気づいたことだが、それらは当然のことながら、普段は勿体なくて飲めない。よって別に安いワインを買い、普段はそれらを飲んできた。その結果何が起きたかといえば、飲まれないまま老いたワインの大量発生である。
今日は19時から町内の会議が公民館である。話し合いはことによると、21時くらいまで続くかも知れない。よって家内には取り急ぎスパゲティを作ってもらい、それを肴に普段飲みとしては勿体ない価格帯の、老いたワインを飲む。
力のあるワインは、僕の酒量ではせいぜい1本の半分しか干せない。ところが老いて衰えたワインは不思議なことに、スルリと1本が飲めてしまう。そうして18時50分に食堂を離れ、公民館へと向かう。
会議の席では何回か眠り、僕の記憶や意見が必要になったところで起こされる。今夜、起こされたのは2回だった。そのうちの1回は、僕にしては中々の妙案を提供できたように思う。
朝飯 しもつかり、納豆、温泉玉子、ほうれん草のソテー、生のトマト、大根の麹漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 トマトと牛挽き肉のスパゲティ、“CHARMES CHAMBERTIN DOMAINE DUJAC 1985”
2018.2.9(金) 安全第一
一体全体、どれくらい前のものか見当もつかない阿弥陀如来の立像が仏壇の下の空間に存在したことを、昨年、叔母に教えられて初めて知った。それは、何代か前の女の人がウチに嫁に来るときに持って来たものだという。その女の人の名は叔母から聞いたものの、すぐに忘れた。僕はそういうことは、覚えられないタチである。それはさておき傷みの激しかったその阿弥陀如来は、叔母との話し合いにより、京都の仏師に預けることとした。
修復を終えた阿弥陀如来は先月、叔母が京都まで受け取りに行ってくれた。
届けられた箱を開け、緩衝材を解いていくと、先ずは蝶番を調整された厨子があらわれた。更にその内側の阿弥陀如来は、いにしえの地震により失われたという右手をはじめその全体に、また光背や蓮台にも極めて精緻な修復がほどこされ、以前の姿を思い出せないほど綺麗になっていた。
阿弥陀如来は、仏師が添えた画像付きの修復説明書や請求書、また代金を振り込んだ際の明細書と共に箱に収め、ふたたび仏壇の下に仕舞おうと考えた。ところがそこにはモノが多く、箱に入れられた、つまり元よりかさの増した仏像を納めることができない。そこで今日は、その空間を片付けることにした。
先ずは兎に角、そこからすべてのものを出すことだ。そうして畳の上に並べられたものが以下である。
・この家の人が亡くなったときの香典帳が多数
・この家の亡くなった人の写真が複数
・この家の人の腕時計や笛などの遺品が複数
・僕の知らない4人の連名による、むかしの1,000円札2枚の入った香典袋
・「記念品」と印刷したのし紙のかかった知恩院の手拭いが複数
・おなじく知恩院に寄付をしたときのお返しのテレフォンカード
・「記念品」と印刷したのし紙のかかった新品の数珠が複数
・僕の同級生がネパールに新婚旅行をした際の土産のマニ車
・何に用いるのか分からない、多分、仏具であろうものが複数
・仏壇の埃を払うための化学繊維の布巾が複数
・おなじく化学繊維のはたきが複数
・大量のマッチ
・お墓で線香に火を点けるためのライターが複数
・普段に使える長さの線香が少数
・普段には使えない形の線香が多数
・普段に使える長さの蝋燭が多数
・普段には使えない太い蝋燭が多数
・香木が複数
・小さすぎて使えない高月
・仏壇を新調したときに付いてきたらしい使わない線香立てが一対
・同じく使わない燈篭と、その電球が一対
・同じく使わないリンと、その台
そのうち、おじいちゃんがインドから買ってきたと思われる、だから半世紀ちかく前の線香や、普段使いに適さない形の線香は、捨てるため紙袋に入れた。布巾もはたきもその紙袋に入れた。長いあいだに溜まった冊子もまた、その紙袋に入れた。2013年秋のリフォーム以来、モノを捨てることは得意なのだ。
そうして仏壇の下の、整理整頓の行き届いた空間の一番奥に、阿弥陀如来の入った箱を納める。「せっかく綺麗になった仏像なのに、勿体ないではないか」と言われても、仏壇のある4階は、地震のときにはひどく揺れる。安全が第一である。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、塩豆の卵とじ、巻湯波の淡味炊き、しもつかり、大根の麹漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 “TIO PEPE”、トマトと玉子のスープ、生ハムのムース、ブラックオリーブとアンチョビのムース、パン、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、チーズ、チョコレート、”Old Parr”(生)
2018.2.8(木) ガス
「自営業の経営者は、いつも会社にいるもの」と世間には認知をされているから、毎日、不意に訪れる人がたくさんいる。昼に麺を茹でているときとか、その麺を食べ始めたときの呼び出しなどは、最悪のタイミングである。しかし「昼食の最中ですので、出直してください」などと言えば、相手の心証を悪くする。よって即、食堂のある4階から1階まで駆け降りて社員用通路を事務室まで走り「いやー、お待たせしてスミマセン」などと笑顔を作る。
今日のいきなりの訪問は、うどんによる昼食を食べ終え、キャラメルを舐めつつ新聞を読んでいたときだから、まだ良かった。
そうしてその来客が去ってしばらくしたところで「ガス臭くないですか」と、事務係のカワタユキさんが言う。もうひとりの事務係ツブクユキさんも、ガスが漏れている場所を探すように、事務室の中を心配顔で歩いている。
事務室に隣接した研究開発室の扉を開いて中を見る。ガスの元栓はしっかり閉められている。「とすれば、試食を作るための、給湯器を備えた小部屋だろうか」と靴を履こうとして、ひらめくものがあった。そしておもむろに「ガス臭いのは、オレの口だよ」とカワタさんに言う。カワタさんは一瞬、身を固くした。
4階の食堂から呼び出されたとき、僕の口にはタイ土産のドリアンキャラメルが入っていた。そのドリアンの臭いがガスの臭いと間違えられたのだ。それを説明するとようやく、カワタさんとツブクさんの顔から緊張の色が消えた。
カワタさんとツブクさんには終業前に、そのドリアンキャラメルを1粒ずつ進呈した。彼女たちがそのキャラメルを食べるかどうかは知らない。
朝飯 しもつかり、ポテトサラダ、巻湯波の淡味炊き、納豆、生のトマト、大根の麹漬け、豚肉の白菜巻き、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 トマトとベビーリーフとモツァレラチーズのサラダ、パン、林檎ジャム、鶏肉と2種のキノコのクリーム煮、チーズ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.2.7(水) 初午
おとといの夜からきのうの朝にかけては、ほとんど眠らなかった。眠れないにもかかわらず横になっていては時間が勿体ない。よって隨分と早い時間に起床し、食堂に来た。レンジの上には、鮭の頭を煮た鍋があった。それを見て「もしも早くに起きられたら、鮭の頭を更に煮てほしい」と家内に言われたことを思い出した。そして数時間ほども、その鍋に熱を通す。
鮭の頭にはその後、鬼おろしでおろした大根や人参、また酒粕が加えられて「しもつかり」ができた。午前、そのしもつかり、これまた食堂で蒸し上げられた赤飯、そして日本酒を、坪庭のお稲荷さんにお供えする。
午後は「16:15 瀧尾神社」とのカレンダーへの書き込みにしたがって、16時05分に会社を出る。白いシャツに紺色のブレザーだけでは寒いから、その上にマウンテンパーカを重ねている。仲町から春日町1丁目に当番町を引き継ぐ会議は、日光市今市旧市街の各町内自治会長、神社総代、神社世話人を集めた社務所で無事に完了した。
直会が開かれる竹美荘までは、シバザキトシカズ大膳がクルマに乗せていってくれた。竹美荘では宴会に先だって、僕は責任役員を代表して挨拶をした。竹美荘を経営するオータケヒサオさんは、僕のオヤジの同級生としては、数少ない生き残りである。
引継ぎ会議の直会には毎年、出席をさせていただいている。しかしその二次会にはほとんど出ない。普段の早寝早起きにより、夜には極端に弱くなっているからだ。しかし瀧尾神社のお祭り一切をこれから1年のあいだ仕切っていく春日町1丁目は僕の住む町内でもあるから、いつもとは事情が違う。
シバザキトシカズ大膳が手配したカフェの珈茶話までは、同級生のオーハシタダオ君がクルマで送ってくれた。ここでは僕も責任役員ではなく、春日町1丁目の一員として、仲町の方々を労う役に徹する。そして三本締めの後は、1キロちかくを歩いて帰宅する。
朝飯 納豆、ポテトサラダ、ブロッコリーのソテーを添えたベーコンエッグ、巻湯波の淡味炊き、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」、メシ、シメジと三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「竹美荘」の宴会膳、蕎麦、「渡邊佐平商店」の日本酒あれこれ(冷や、燗)
2018.2.6(火) 明け方と夕方
下今市12:35発の上り特急リバティに乗る。きのうの夜から今朝にかけては、ほとんど睡眠をとっていない。それが関係しているのだろう、いつの間にか眠りに落ち、目を覚ますと春日部を過ぎていた。
浅草から地下鉄銀座線に乗り換え新橋に出る。所用を済ませたところで「新橋 床屋」と、iPhoneのgoogleに入力をする。検索された1軒に電話をすると、18時まで満席だという。よって2軒目に、しかし今度は電話をしないまま行ってみる。こちらは予約なしでもかかれそうだ。そして案内をされた席で15分ほども待ち、髪と髭を刈ってもらう。
ところでその床屋で順番を待つあいだに、のし紙を買ってきて欲しい旨の電話を家内から受けた。急に必要になったのし紙を求めて日光市のあちらこちらを回ったものの、どこにも見あたらないのだという。
そういう次第にて、新橋から銀座まで地下鉄に乗る。そして伊東屋の2階で目指すのし紙100枚を買う。外に出ると、新橋の方面には、いまだ明るい午後があった。しかし京橋の方面からは、夜が刻々と近づいていた。明け方と夕方は、1日の中でも面白い時間帯だと思う。
朝飯 生のトマト、納豆、ほうれん草のソテー、温泉玉子、しその実のたまり漬、明太子、メシ、油揚と大根の葉の味噌汁
昼飯 「味彩たむら」の日替わり弁当
晩飯 「天七分店」のあれや、これや、それや。チューハイと、それを濃くするためのナカ
2018.2.5(月) 朝の遊び
家にいるときには、ほとんど毎朝、味噌汁を作る。味噌汁を作ることは、僕にとっては遊びである。毎朝、小さな実験をする。自分の口に入るものであれば、その実験が成功しようが失敗しようが大した問題ではない。
1杯の味噌汁には、およそ200ccの水が必要だ。だしには煮干しを使う。扱いが楽だからだ。煮干しは水100ccに対して1尾が適当量だ。前の晩に鍋の水に投入をしておけば、翌朝には水が出汁に変わっている。難しいことは何も無い。
九州西部で獲れた銀色の煮干しは、そのまま使って問題はない。銚子沖で獲れた青みを帯びた煮干しは、ことによると頭と内臓を除いた方が、万人向きの味噌汁ができるかも知れない。
水に煮干しを入れることを前の晩に忘れたときには、朝、鍋の水に煮干しを入れ、沸騰直前に火を止めて煮干しを取り出せば、それで問題は無い。
今朝は小ぶりのトマト2個をおろし金ですり下ろし、それを出汁に加えた。好物の揚げ湯波は、きのうまでに使い果たしていた。よって今朝の具は、トマトと万能葱のみである。
味噌汁は、熱くなければ気が済まない。量も、たっぷりなければ気が済まない。鍋からお玉でお椀に満たした味噌汁が冷めないよう、味噌汁以外のものはすべて、あらかじめ食卓に並べておく。
今朝の味噌汁は、実験としては失敗だったかも知れない。出汁と味噌とをできるだけ高い次元で調和させようと考えれば、具には、あまり新奇さを加えない方がよろしいと思う。
朝飯 塩豆、生玉子、納豆、塩鮭、なめこのたまりだき、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトのサラダ、茄子とトマトとベビーリーフのサラダ、無花果のパン、鶏肉とマッシュルームのグラタン、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、イチゴの杏仁豆腐
2018.2.4(日) 五月三十五日
子供のころ個人的に勉強を教えていただいていたナガシマリサブロー先生の家には、半紙に筆書きしたスローガンが、壁に何枚も貼られていた。「一日不作、一日不食」は、そのうち唯一、それから50年を経た今でも頭を離れない「激」である。「一日不作、一日不食」を遵守すれば、僕などはたちまち飢えて死んでしてしまうだろう。
それはさておきナガシマ先生には、名前に「秀」の付く、文字通りの優秀な息子さんがいた。そのシューちゃんがある日「五月三十五日」という本を借してくれた。僕は子供のころから活字中毒だった。しかし好みに片寄りがあり、その「五月三十五日」は、なかなか読めなかった。読めなければ感想を伝えることもできず、その気まずさにより「そろそろ返せ」と言われても、本は遂に返せなかった。
その「五月三十五日」をamazonで検索してみて、それがケストナーの作品であることを初めて知った。今から取り寄せて読んでみようか。しかし50年前とおなじく本棚に死蔵されれば買うだけ無駄である。思いは行きつ戻りつして、結論はいつまでも出ない。
朝飯 生玉子、納豆、ごぼうのたまり漬(試作品)、油揚げと小松菜の炊き合わせ、塩鮭、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、豆腐と生姜の吸い物、パクチーサラダ、豚の腸とキャベツともやしの炒め、「軸屋酒造」の芋焼酎”Rin precious”(お湯割り)、チョコレートケーキ、”Old Parr”(生)
2018.2.3(土) 節分
朝、起きるとiPhoneがフワリと明るくなった。見ると「ダウ急落、666ドル安」の文字が見えた。ダウ平均株価については、これが18,000ドルを超えようとするところで「下げに転じる」と大見得を切った経済評論家がいた。あるいはこれの売りに2016年から賭けてきた人もいる。それがまさかの26,000ドル台だ。ここで1日に666ドルばかり下げても、騒ぐほどのことではないのではないか。
着替えて食堂に来て、茶箪笥ではないから何と呼べば良いのか、とにかく作り付けの棚から茶筒を取り出す。そうしてフタを引き抜くと、中身が少なくなっている。よって2階の倉庫の、ティッシュペーパーや乾物や蒸留酒を買い置きしている場所から真空パック入りの茶葉2袋を持って4階に戻る。
ひと月ほど前に「買い溜めは大抵、損をする。」という日記を書いた。しかし2階の品々は、しっかりした計算に基づき買った消耗品ばかりのため、捨てなくてはならないようなことは、まず発生しないだろう。
ところで1月の小遣いは、正月に特有の出費があったにもかかわらず、予算の54パーセントしか使わなかった。赤字が常の僕としては、上々の結果である。そして今月も、小遣いはそれほど使わないような気がしている。
朝飯 塩鮭、明太子、切り昆布の炒り煮を添えた納豆、肉じゃが、塩豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダ、マカロニグラタン、ドライマーティニ、”TIO PEPE”
2018.2.2(金) 降雪
朝、寝室の遮光カーテンをすこしずらして外を見ると、先月の22日から23日にかけてのそれほどは深くないものの、雪が積もっている。
子供のころは、朝、外を走るクルマのチェーンの音が、夜に雪の降ったことを知らせてくれた。スタッドレスタイヤが全盛の今は、何とはなしの気配は感じるものの、とにかく目で見ないことには、積雪に確信を持つことができなくなった。
7時20分から続々と出社する社員たちは、喫緊の仕事を持つ者を除いてすべて、即、雪かきに当たる。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の検品と売り場の拭き掃除には、僕はいつも自転車でおもむく。しかし今日ばかりはゴム長靴で雪を踏み、徒歩で日光街道を下る。
歩行者のために、早朝、歩道の雪を掻いてくれる人がいる。その、誰とも知れない人を有り難く思いながら、その人の作ってくれた、雪のない部分をふたたび辿って日光街道を戻る。
春日町の交差点まで来ると、駐車場に積もった雪は、社員の働きにより、あらかた掻かれていた。店の入口に掲げられた季節の文字は「春隣」である。
朝飯 肉じゃが、油揚げと小松菜の炊き合わせ、塩豆の卵とじ、塩鮭、なめこのたまりだき、切り昆布の炒り煮、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ミネストローネ、スパゲティカルボナーラ、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.2.1(木) 外だけでは済まず
隣家の全焼により皮膜の熔けた電話線を、それから半年を経てようよう交換するため、午前の早い時間に”NTT”の技術者が来る。きのうの日記にも書いたように、現場はきのうのうちに確認をしてもらっていた。
ところで当方は素人だから、電話線の交換は屋外部分のみと考えていた。しかし実際には、電話線は屋内まで、それも配線板のある3階まで新しいものを引き込まなくてはならないという。そういう次第にて午前中は、主装置、配線板、内線電話を置いた場所すべてに技術者を案内する。あるいはまた外へ出て、電話線と共に束ねられていた使途不明の電線の、処置について判断を求められたりする。
ところで、熱により熔けたパイプと電線を交換するため冷蔵庫の業者がきのう来たのは、予報されていた降雪を恐れてのことだ。その予報は幸いなことに外れたものの、今夜の雪は、どうも避けられないらしい。よって閉店の直前まで待って、店舗の駐車場に融雪剤を撒く。
朝飯 切り昆布の炒り煮、明太子、油揚げと小松菜の炊き合わせ、肉じゃが、ごぼうのたまり漬(試作品)、塩豆、塩鮭、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ザーサイ、ポテトサラダ、トマトと春雨のサラダ、水餃子、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

























































































































