2018年12月の日記31本
2018.12.31(月) 大晦日
大晦日の朝は事務室のシャッターを普段よりすこし早めに上げて欲しい旨、包装係のヤマダカオリさんに頼まれていた。普段よりすこし早めとは具体的に何時かと訊いたら7時15分という。よってきのうの夜は「山田 07:15」と書いたポストイットを食堂の時計に貼りつけた。今朝、その時間にシャッターを上げると、ヤマダさんだけでなく製造係のイトーカズナリ君も、既にしてドアの前に立っていた。大晦日にはお客様用の手洗いに大掃除を施す。彼らはその係に当たっていたのだ。
今日から1日3日までの4日間、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で「日光みそのたまり漬」の試食即売会を行う。そのための商品は包装係が、また用度品その他については長男がきのうの夕方までに整えてあった。それを朝のうちに長男と現場へ運び入れる。そして長男の立てた計画に従って、僕は9時から13時30分まで売り場に立つ。
長男と入れ替わって14時ちかくに会社に戻る。昼食を摂って小休止の後に事務室へ降りると、道の駅で品薄になっているという贈答箱が作られ用意してあった。よってそれをホンダフィットに乗せて売り場に搬入する。
帰ったら今度は、きのう「日光の美味七選」を出荷した顧客へ向けて「何か不具合がありましたらご連絡ください」という意味の、僕の携帯電話番号を記したメールを書いて送る。閉店の18時が間近に迫っている。
閉店後は販売係に製造係と事務係も加わって、店の商品の陳列を、1月2日から6日までの特殊なものに替える。完了したのは18時35分。それから福引きめいたジャンケン大会をして、今年の業務を完了する。
夕食は、ここ何十年も変わらない鴨鍋と蕎麦。食後は入浴をして即、就寝する。
朝飯 牛蒡と蓮根の佃煮、刺身湯波、切り昆布の炒り煮、トマトのスクランブルドエッグ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、玉葱とジャガイモの味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のカレーライス、らっきょうのたまり漬「つぶより」
晩飯 鴨鍋、盛り蕎麦其の一、盛り蕎麦其の二、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)、黒豆、わらび餅、”Old Parr”(生)
2018.12.30(日) 降雪は遂に訪れず
テレビの天気予報の地図には、日光が、雪の数十センチは積もる地域として示されている。日光連山は雪雲に覆われて、その様子はまったくうかがい知れない。そこから風に飛ばされてくるのか、ウチのあたりにはときおり風花が舞っている。しかし雪は降らない。このまま明日に至ってくれれば年末年始の雪は避けられる。旅先の雪は嬉しくても、自分の生活圏内のそれは困るのだ。
活花のカワムラコーセン先生が朝から来て、店の客だまりに大きな壺を3つ置く。それを太い竹組みで囲って松を差す。仕上げは1月2日の開店45分前からすることとして、先生は10時すぎに去った。
「松葉屋」の刺身湯波、「三たてそば長畑庵」の蕎麦、ムラカミタダオさんの生わさび、「一秋庵久埜」の栗きんとん、”Chez Akabane”の生チョコレート、「上澤梅太郎商店」の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」、おなじく「上澤梅太郎商店」の「らっきょうのたまり漬・浅太郎」と「ごぼうのたまり漬」、おまけに「片山酒造」の「本醸造原酒」を加えた商品「日光の美味七選」の荷造りを、13時から長男と始めて14時45分に完了する。
日曜日の当番として一般商品の荷造りに当たった製造係のタカハシアキヒコ君は「何とか年内に…」という駆け込み需要により、休憩時間を返上した。また午後に会社を訪れた製造部長のマキシマトモカズ君は急遽、その荷造りを手伝うこととなった。
明日は年内最後の営業と共に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」での試食即売会が始まる。ひと息をつけるのは、1月も下旬に至ってからになるだろう。
朝飯 人参のきんぴら、納豆、赤ピーマンのオムレツ、油揚げと蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「つぶより」、切り昆布の炒り煮、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 鰤大根、刺身湯波、松前漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、黒豆、盛り蕎麦、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)
2018.12.29(土) 蔵の松飾り
ここ数日のあいだ、包装係の一部が恐ろしいほどの勢いで贈答用の箱詰めを作っている。賞味期限は1ヶ月だから「そんなに作って、余ったらどうするのか」と不安を口にすると、その数量は、包装係ヤマダカオリさんの予測に基づいているのだと教えられた。社員が自らの裁量で、それも僕の知らないところで仕事を進めている、そういう状況は嫌いでない。
それはさておき明日は30日。社内の各所に正月飾りをほどこす日だ。しかし今年はその日が日曜日に当たっているから、製造係は休日当番しか出社しない。明日が当番のタカハシアキヒコ君は多分、年末の駆け込み需要による荷造りに忙殺されるだろう。よって工場のみは、今日のうちに松飾りを立て、また輪飾りや幣束をいつもの場所に取り付けるよう、製造部長のマキシマトモカズ君に指示する。
休みなく働いているものの、風邪はひかない。その理由を考えてみれば、ひとつは家内が丈夫で、家の中で風邪をうつされることがない。もうひとつは僕の、アルコールで手を消毒する癖が効いているのではないかと思う。
兎に角、来年1月の上旬までは、気を引き締めていきたい。もちろん、それ以降も風邪はひきたくない。そして夜は焼肉を食べに行く。
朝飯 塩鮭、切り昆布の炒り煮、納豆、温泉玉子、人参のきんぴら、油揚げと蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、麦焼酎「田苑」(オンザロックス)
2018.12.28(金) 水銀柱は見ないまま
大雪の予報がかまびすしくなってきた。テレビに映る列島の地図の、北海道から東北、北陸、中国地方のほとんどは、雪をあらわす白で覆われている。これらの地域へ向けて到着日指定で承っている商品については、既定の出荷日より早く送り出すこととして、それを事務係と製造係に伝える。
本日、僕は神棚とお稲荷さんの掃除に当たることになっていた。しかしお稲荷さんは、僕の知らないあいだに長男が洗い終えていた。神棚も、僕は本殿を棚から下げて、すす払いのため外へ出したところで任務終了となった。この年末年始における銀行の休業は6日におよぶ。そのあいだに必要な釣り銭を、ちかくの信用金庫で整え会社に戻る。
僕は、暑さ寒さを口に出すことはほとんどしない。しかし今日の気温の低さは、これまでにくらべて極端に厳しい。その具体的な温度を知ろうとして寒暖計を外へ出し、しかし慌ただしさに紛れてその水銀柱は見ないまま閉店時間に至る。
朝飯 鮭の昆布巻き、油揚げと小松菜の炊き合わせ、2種のピーマンのソテーを添えた目玉焼き、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、マカロニグラタン、“CHIVAS REGAL”によるホットウィスキー、”TIO PEPE”、家に帰ってからのエクレア、”Old Parr”(生)
2018.12.27(木) 物語の世界
製造現場は年末年始のための商品づくりと地方発送の荷造りで大車輪の働きである。事務室はおなじく年末年始の地方発送を受注することに忙しいものの、家内が応援に入っている。店舗が忙しくなるのは今週末からで、現在、販売係の半数は、ふだん手の届きづらいところの掃除をしている。明日は僕は、神棚とお稲荷さんの掃除に当たらなければならない。その後の予定も目白押しだ。ほんの短いあいだに考えを巡らせて、カトー床屋に電話を入れる。そして即、会社を抜け出す。
ほぼ年中無休の体制にある者は床屋へ行きづらいと、23日の日記に書いた。僕の髪と髭は正月を迎えられる状態ではない。店から目と鼻の先にあるカトー床屋の椅子に着きながら「だいぶご無沙汰しちゃったよ」と、鏡に映るオヤジさんに声をかける。
南の国での散髪は、ほんの10分ほどで終わる。しかしカトー床屋のそれは、ほとんど90分を要する。そのあいだに「床屋が大晦日の仕事を終えるのは元日の午前を迎えてから」とか「商店の売り上げを、大晦日の銀行員は夜中まで集金して歩いた」というような昔話を聞く。21世紀の今からすれば、まるで物語の世界だ。
そしてようやくまともな姿になって、会社へと戻る。
朝飯 里芋の淡味炊き、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、人参のきんぴら、らっきょうのたまり漬「つぶより」、塩鮭、メシ、トマトと白菜の味噌汁
昼飯 2種の林檎
晩飯 ポテトサラダ、大根おろしを添えた鰤の照り焼き風、広島菜漬け、油揚げと蕪の葉の炒め煮、ニラの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)
2018.12.26(水) 撮れそうで撮れない
この日記を新しい構造にした2016年9月以降、文章は書けているものの、最上部に置く画像が用意できずに更新が遅れる、ということをたびたび経験してきた。今朝は日の出が綺麗だったため、それにカメラを向けようとして「いや、今日は宇都宮へ行く。その途中で何か撮れるだろう」と、防湿庫からニコンD610を取り出すことはしなかった。
財布とiPhoneと”RICOH GRD”の入った”ISUKA”のギヤバッグを持ち、長男の運転するホンダフィットの助手席に収まって、9時30分に会社を出る。そうして10時10分から得意先まわりを始める。帰社したのは13時過ぎ。カメラをバッグから取り出すことは遂になかった。
午後も遅くなると背中の痛みが耐えがたいほどになった。よって自宅へ戻り、朝夕の食後と定められている鎮痛剤を、夕食後でもないのに服用する。そして寝室に入り、指圧具の上に仰向けになって背中の痛むところを圧す。
痛みの和らいだところで起き上がり、店に戻る。「きのう注射したばかりなのに」と現在の状況を説明すると「それは根本的な治療じゃないから」と家内が口を開く。それを横から聞いていた長男は「根本的な治療は、チェンライに移住することだよ」と言う。僕も、そんな気がしている。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、鮭の昆布巻き、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布と玉葱とトマトの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のサンラーメン
晩飯 切り昆布の炒り煮、銀鱈の西京焼き、里芋の淡味炊き、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、千枚漬け、「井上酒造」の芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)、「松之助」のハミングバードケーキ、”Old Parr”(生)
2018.12.25(火) おなじ勢いで
10月の下旬から続いている、背骨と右の肩胛骨の間の痛みがいまだ去らない。その間、日光市内の接骨院で鍼と低周波による治療を受けること5回。それが効かずに、今度はギックリ腰を起こすたび頼りにしてきた栃木市の治療院で鍼とマッサージによる治療を3回。それでもまったく快方に向かわず、遂には「ふた撫でで治す」と「本酒会」のイチモトケンイチ会長が語る、群馬県の施術院を訪ねることまでした。
その伝説の施術院には、しかし神がかった技術を誇ったという名人は既に存在せず、今の先生の「撫で」や「手かざし」は、まったく効かなかった。正に処置なしである。
背中の痛みは午後に強くなるため、そそくさと昼食を済ませると即、寝台に指圧具を置き、その上に仰向けになって数十分のあいだ静かにしている。それで痛みを鎮めてふたたび仕事に戻ることを、このところは繰り返してきた。また、夜にふたたび強まる痛みは、アルコールを摂取することで治めてきた。しかしその「アルコール療法」もここ数日は効きづらく、今日は朝から背中が痛んでいる。いよいよ整形外科の世話になるときが来たようだ。
院長は僕の説明を聞くなり「首ですね」と断言した。下を向いて仕事をする人に多く見られる症状だという。
案内されたレントゲン室では、問題の個所と、もうひとつ、やはり10月下旬から、上着の袖に腕を通そうとするときなどに強い痛みを発する左肩の写真を計8枚撮られた。その写真を診た院長は「投薬と注射のどちらを望むか」というようなことを訊いた。僕の希望は勿論、注射である。
左の肩には関節腔内注射が1本、打たれた。背骨と右の肩胛骨の間には肩甲背神経ブロック注射が2本、打たれた。そして痛み止めの飲み薬2週間分を渡されて、本日の診療は待ち時間も含めて2時間と少々で完了した。それにしても、この対症療法はいつまで続くのか。
今回の降って湧いたような不調はもちろん、加齢による。当方は、段差の高い階段を降りるようにして衰えていく。それに対して幼児は逆に、同じ勢いで成長をしていく。小さな子供のいる家庭は賑やかだ。
朝飯 切り昆布の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、人参とブロッコリーの卵とじ、納豆、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布とレタスの味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の赤飯のおむすび、らっきょうのたまり漬「つぶより」、日光味噌のフリーズドライ豚汁
晩飯 セロリのオムレツ、レタスとシメジのサラダ、トマトと秋刀魚のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、もみの木のクッキー、”TIO PEPE”
2018.12.24(月) 夜は静かに
どうも今年はクリスマスソングをそれほど耳にしていない気がする。あるいは、そのような曲のかかるところ、つまり繁華街やスーパーマーケットに出かけていないだけのことなのかも知れない。
ウチの商品の中で、贈り物としてもっともお客様にお求めいただいているのは、たまり漬の詰め合わせを風呂敷でお包みした「たまてばこ」だ。12月に入って以降は、その風呂敷にクリスマス柄のものを用いてきた。それがことのほか好評で、今日までにどれくらいお買い上げいただけただろう。しかしこの風呂敷も、使えるのは今日までだ。クリスマスは25日。とはいえ多くの人の考えるクリスマスは24日だからだ。
その24日の夜にどこかへ出かけて行くということは、ウチはほとんどしない。
終業後に4階の食堂へ上がったら冷蔵庫からドライシェリーを取り出し、小さなグラスに満たすと、それでボトルは空になった。よって2階のワイン蔵に降りて、新しい1本を4階へ上げる。2杯を干したら今度は白ワインの栓を抜く。そうしてあれやこれやのおかずやパンを肴にして、そのふたつの酒を静かに飲む。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ハムエッグ、らっきょうのたまり漬・つぶより、じゃこ、なめこのたまり炊、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 じゃこ、広島菜漬け、昆布と蓮根の佃煮、なめこのたまり炊、ふきのとうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 マッシュルームのグラタン、たまり漬「鬼おろしにんにく」をドレッシングに用いたほうれん草のサラダ、「進々堂」のシュトーレンと「自由学園パン工場」のシュトーレン、「進々堂」の2種のパン、ブロッコリーと人参のスープ煮を添えた鶏もも肉のソテー2種のたまり漬ソース、焼き林檎、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.23(日) なかなかままならず
僕の勤務は会社に合わせて「ほぼ年中無休」である。休みが無いことには慣れている。困るのは、床屋にかかる時間が捻出しづらいことだ。自社で仕事をしながら床屋へは行きづらい。カミソリを使われている最中に電話が鳴るのも迷惑だ。
そういう次第にて、住吉町のカトー床屋には半年以上も無沙汰をしてしまっている。それではいつ、どこで床屋にかかっているかといえば、ひとつは海外で、だ。6月はバンコクで、9月はチェンライで床屋にかかった。もうひとつは東京に出張をしたときにかかる手である。
むかしチョーヤさんというハンドルネームの勉強仲間がいた。大阪で就職した彼が首都圏の店に店長として転勤してきたときに、一夕、有楽町で飲酒活動をした。この日記を遡るとその日は2001年7月24日で、だから隨分と昔のことになる。
チョーヤさんの髪型は坊主だった。床屋への行きどきは髪に寝癖が付いたときと、チョーヤさんはつねづね語っていた。その基準からすれば、僕はとうのむかしに床屋へ行かなければならないところ、それがいつまでも果たせない。
社員の出勤表を見ると、28日は人数が厚い。床屋にはこの日にかかろうか。しかし師走の28日は毎年、神棚とお稲荷さんの掃除をすることになっている。中々に難しい、時間のやり繰りである。
朝飯 じゃこ、キャベツのソテーを添えた目玉焼き、納豆、切り昆布の炒り煮、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、揚げ湯波と若布と白菜キムチの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 ニラの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、蓮根のきんぴら、薩摩芋の蜜煮、鶏肉とラーメンの鍋、芋焼酎「八幡」(お湯割り)
2018.12.22(土) 何故にビール
「人間の価値は、どんなヤツと酒を飲んでいるかで決まる」と言った人がいる。その解釈からすれば、独酌を好む僕の人間的価値はゼロ、ということになる。そんな僕も、たまには集団で飲む。今日は18時30分より、町内役員による忘年会が開かれる。昨年はこの忘年会に、少々お金を使いすぎた。今年はすこし締めなければならない。僕は会計係である。
「うーっ、寒っぶー」と身を縮めつつ店へ入るなり「取りあえずナマね」と頼む人が、日本にはいささか多すぎやしないか。寒いなら燗酒なり焼酎のお湯割りなりを飲めば良いではないか。冬の寒さを呪いながら、冷凍庫から取り出したばかりの霜の降りたジョッキに注がれたビールを所望するとは、どのような神経によるものか。
更には、ビールはアルコール度数が低い。よってこれを好む者は何杯も干して飽くことを知らない。会計係としては、そのあたりを牽制する必要がある。生ビールの注文は経費をいたずらに増大させる旨を、今日はあらかじめ町内役員のグループラインに流しておいた。
数時間後、その生ビール好きの協力もあって、本日の宴会はクエ鍋を頼んだにもかかわらず、無事、予算内に収まった。今回のことは、来年の12月まで覚えておくことにしよう。
ところで「ネパールのビール」という珠玉の文章がある。いまamazonで調べたところ、単行本は1円、文庫本は100円で出ていた。「取りあえずビール」派は特に、読むべきと思う。
朝飯 蓮根のきんぴら、切り昆布の炒り煮、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、冷や奴の「なめこのたまり炊」のせ、広島菜漬け、じゃこ、メシ、揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「和光」のお通しの巻湯波と鱈子の炊き合わせ、刺身の盛り合わせ、タン塩焼き、クエ鍋、その鍋で整えた雑炊、お新香の盛り合わせ、焼酎「眞露」(お湯割り)
2018.12.21(金) クリスマスはなぜめでたいか
朝のテレビは、スイッチが入っていても見ていないか、あるいは朝食を作る際の換気扇の音がうるさくて、アナウンサーの言うことはまったく理解できない。だったらなぜスイッチを入れるかといえば、まぁ、それが家内のクセなのだろう。
その、見るともなく、聞くともなくしていたテレビから「冬至」という言葉だけは耳にい届いた。僕は「ほう、今日は冬至か、年末もそこまで押し迫ったか」と、一瞬、虚を突かれた気持ちになった。これから夜は短く、昼は長くなる一方と思えば嬉しくないわけがない。
「クリスマスはなぜめでたいか」という議論を、23、4歳のころ、家内の親戚の家で交わした。その喧々がくがくのやり取りは「クリスマスは冬至に重なる。キリスト教などできる以前から、人々はこの時期を喜びと共に迎えていたはずだ」との、家内の叔母の意見により収束をした。
「誕生日はなぜめでたいか」についても僕は理解できずにいたけれど、それから数年後の「また1年、生き延びることができた、ということがめでたい」とオフクロに言われて得心をした。13歳の娘を病気で亡くしたオフクロの発した言葉となれば、その思いが軽いわけはない。
「正月はなぜめでたいか」ということを僕に的確に気づかせてくれたのは、ある年の元旦、朝日新聞に大きく載ったサントリーの宣伝上での高橋義孝の随筆によるが、長くなるのでここには引用しない。
「正月はなぜめでたいか」と自分なりに考えれば、それは正月が「クリスマスのめでたさ」と「誕生日のめでたさ」のふたつを持ち合わせているからだと思う。むかしの人はみな、ひとしく元日が誕生日だったのだ。
そんなことを頭に巡らせるうち、日の出の直前の、つまりもっとも美しい空は、いつの間にかありふれた、普通のそれへと変わっていたから「しまった、冬至の朝の写真を撮り損なった」と、いささか残念な気持ちになった。
いまだ冬至ではないと気づいたのは、それから数時間後のことである。
朝飯 納豆、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、蓮根のきんぴら、じゃこ、切り昆布の炒り煮、広島菜漬け、メシ、椎茸と若布と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 玉葱とジャガイモのポタージュ、ハムとレタスと炒り卵のサラダ、“brivory”の食パンによるトースト、2種のジャムとレバーペースト、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.20(木) 朝の好みと晩の好み
日本にいる限り、朝は和食を食べたい。味噌汁は大抵、自分で作る。味噌汁はむかしながらの手順を踏んだとしても、おそらくは世界でもっとも作り方の簡単なスープだ。朝のお膳に臨んでは、先ずこの味噌汁を口に含む。味噌汁は毎日ほぼ例外なく美味く、他に目もくれず半分ちかくを一気に飲んでしまうこともある。この、家での朝食を欠けば、僕の人生から楽しみがひとつ抜け落ちることになる。大げさではない、本当のことだ。
夜になると、今度はなぜか洋食が食べたくなる。その洋食とは日本で独自の発達を遂げた、いわゆる「洋食」ばかりでない、とにかく、動物性蛋白質やデンプン質を、おなじく動物から取り出した出汁や乳脂肪で調理したものを肴にワインが飲みたくなるのだ。
ところが今日も夕刻に至ってみると、その洋食を避けたい気分が強くなってきた。そうして僕としては年に1度あるか無いかのことと思われるけれど、夕食は和食にするよう家内に頼んだ。
冷蔵庫にあったものを茹でたり炙ったり、あるいは朝食のために作り置いたおかずで飲む焼酎のお湯割りはなかなかに美味かった。年末年始を控えてもっとも注意すべきは健康である。今夜に限っては、僕のからだが和食を欲していたに違いない。
朝飯 じゃこ、生のトマト、切り昆布の炒り煮、ウィンナーソーセージとピーマンのソテー、納豆、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布と白菜の味噌汁
昼飯 牛肉と玉葱のスープ、アスパラ菜のソテーを添えたハムエッグ、「進々堂」の2種のパン、マーマレード、オレンジキウィのジャム、紅茶
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で調味した松前漬け、鰯の明太子詰め焼き、蓮根のきんぴら、アスパラ菜のおひたし、千枚漬け、薩摩芋の蜜煮、芋焼酎「八幡」(お湯割り)
2018.12.19(水) 新らっきょう
店の入口の右側に季節の書を掛けている。おとといまでのそれは「冬耕」だった。それをきのう「新らっきょう」に掛けかえた。
らっきょうの季語は夏6月。収穫は季語に等しく夏のはじめ。それがなぜ、完成までに半年ちかくもかかるかといえば、塩漬けによる乳酸発酵に3ヶ月。その発酵が止まったら一粒ずつ頭と尻尾を落として皮を剥く。以降は異なる濃度の甘酢に複数回を漬けていき、最後に「日光味噌のたまり」で仕上げる。そういう複雑な工程を経ての、師走の新らっきょうである。今年も無事の蔵出しができて、とても嬉しい。
ところで今日は大安にて、午前のうちに門松が届いた。昨年から取り引きをするようになった業者の門松は中々の立派さで、満足をしている。門松を飾る期間は地域により、または家により異なる。ウチは新年の14日まで置くため、ほとんどひと月のあいだ飾れることになり、何となく得をした気分だ。門松の届けについては、来年からも早めの日を指定していきたい。
朝飯 塩鮭、納豆、トマトとほうれん草のソテー、なめこのたまり炊、ふきのとうのたまり漬、メシ、シジミとアスパラ菜の味噌汁
昼飯 きのうの朝食の一部を流用した弁当
晩飯 らっきょうのたまり漬とツナとレタスとトマトのサラダ、トマトと根菜類のスープ、玉葱とベーコンのオムレツ、「進々堂」の2種のパン、マーマレード、オレンジキウィのジャムとレバーペースト、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.18(火) 学名は”Wollemia nobilis”
忙中閑あり、でもないけれど、ホンダフィットを西北西に8キロメートルばかり走らせて、大谷川の急流に赤い神橋の架かるその直上、日光金谷ホテルへの急坂を登る。
ロビー右手の、そこは読書室なのか、あるいは談話室なのか、とにかく長椅子の幾つも置かれた部屋の棚にはなかなか面白そうな本が並んでいる。ここに長く逗留をし、それらの本を読んで過ごしたら、どれほど楽しいだろう。そしてその、暖かい部屋のソファから眺める日光の山々は、ウチからのそれにくらべていかにも近く、大きい。
その庭に、どこか鳥かごを思わせる不思議なものがある。訊けば20世紀の最後のころにオーストラリアで発見されるまでは化石の中にしか存在しないとされてきた、つまり恐竜が現世にいきなり出現したような稀少な植物だという。いまは膝丈くらいでも、そのうちジュラ紀の巨木のように、天を突くまでに育ってしまうのだろうか。
終業後は4日前の日記をようやく整え公開ボタンをクリックする。文章は書けていたものの、その冒頭に置く画像を用意できずにいたのだ。
朝飯 鮭の昆布巻き、松前漬け、生のトマトを添えたハムエッグ、じゃこ、広島菜漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、玉葱とアスパラ菜の味噌汁
昼飯 「日光金谷ホテル」のグリーンサラダ、霧降高原牛のステーキ日光味噌のバターソース、葡萄パン、フレンチコッペパン、キリン零ICHI、コーヒー
晩飯 白菜キムチ、薩摩芋の蜜煮、キムチ鍋、その鍋で食べる長寿麺、芋焼酎「八幡」(お湯割り)
2018.12.17(月) booze
「こと鮨に関してはオヤジが威張るだけのことはあるけれど、酒については首をかしげざるを得ない」とか「ステーキこそ大したものだけれど、ワインは国産の、それも180ccのボトルしか用意がない」というような食べ物屋が、むかしはそこここにあった。それから数十年、今はさすがに、若い人の集まる居酒屋のような店でも、複数種の、あるいは数え切れないほど多くの酒を品書きに連ねるところが当たり前になった。客としては有り難い。
「酒は料理を美味くするbooster」と考える僕のもっとも好きな店は、特に鮨屋や小料理屋においては、しかし多くの中から好きな酒の選べるところではない。「お酒、ください」と頼むと「はい」と、そのときの僕がもっとも美味く感じるだろう酒を黙って出してくれる店こそ最高だ。
昔の男はものの味にはうるさいことは言わなかった。あるいは、ものの味にあれこれ注文をつけることに恥ずかしさを感じていた。たとえば、酒場の席に着くなり”booze”のひとことで通す男は様子が良い、という頭が僕にはある。それゆえの「お酒、ください」である。
今日は、育児休暇などで休職中を除く22名の社員のうちの18名ひとりひとりと面談を交わしつつ賞与を手渡した。残る4名との面談は明日に行う。というわけで、年が明けたらそれなりの店に行って、先ずは「お酒、ください」と、口を開いてみたい。
朝飯 おでん、納豆、冷や奴、鮭の昆布巻き、蕗のとうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波と若布の味噌汁
昼飯 3種のおむすび
晩飯 トマトと玉葱のサラダ、エリンギと根菜のバターソテーを添えたビーフステーキ、本物のワインで漬けた本物のワインらっきょう”rubis d’or”、“Almaviva 1997”、アップルクランブ、銘柄不明のコニャック
2018.12.16(日) ことし最後のころもがえ
寒さがいよいよ増してきたことはきのうの日記に書いた。それでもいまだ、自分の考える最低気温帯までは達しないため、屋内では、上半身には2着の長袖を重ねるのみで耐えてきた。なぜ耐えるかといえば、着ぶくれによる不快さよりは、いまだ寒さの方が我慢できるからだ。
しかし今朝あたりからは、気温の低さが我慢の範囲を超えてきた。よって昼すこし前に自宅へ戻り、mont-bellのダウンベストを取り出して着る。着てしまえば当たり前のことながら暖かく、多分、来年の3月までは、これが手放せなくなるだろう。
16時3分前に「お祭の話し合いに行くのではなかったか」と家内に声をかけられて、今日は16時から朝日町の公民館で「当番町を考える会」が開かれることを思い出す。そのことを記したポストイットを事務机の目の付くところに貼っておいたにもかかわらず、この始末である。
そそくさとウィンドブレーカーを着て手袋をする。春日町から朝日町までは下り坂だから、自転車ではほとんどペダルを回すことなく朝日町の公民館に着く。会議は幸い、始まったばかりだった。数十分のあいだに2つの発言をして、ふたたび店に戻る。
事務机の左にかけたカレンダーに目を遣れば、来週の水曜日には早くも門松が届く。いつまで今年のつもりでいても、大晦日は2週間の後に迫っているのだ。
朝飯 納豆、ほうれん草のソテー、野菜の素揚げ、広島菜、なめこのたまり炊、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 きのうの夜のきりたんぽ鍋を流用したうどん
晩飯 ポテトサラダ、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた厚焼き玉子、白菜漬け、広島菜漬け、揚げ湯波と万能葱の味噌汁、おでん、鶏肉と大根の炊き物、芋焼酎「八幡」(お湯割り)、「湯沢屋」の酒饅頭
2018.12.15(土) 南天
今年の12月上旬は異常な高気温が続き、列島には夏日を記録したところもあった。しかし先週の末ごろからは急転直下の寒さにて、それまでが暖かかっただけに、その気温の低さが余計に際立って感じられる。もっともユニクロのヒートテックとフリースのセーターを重ね、そこにウィンドブレーカーを羽織れば自転車に乗れるのだから、今の寒さがこの冬の気温の下限であるはずはない。年末から新年にかけて、寒さはますます厳しくなるだろう。
それはさておき店頭の風景が、このところめっきり年末らしくなってきた。「年末らしさ」とは多分、業種業態によって違う。おなじ業種業態でも土地が変われば、その「らしさ」はまた異なってくるだろう。自身を振り返ってみれば、なにやら落ち着かない気分のまま大晦日まで突き進んでしまいそうな予感がしている。
それはさておき、お客様から立派な南天をいただいた。「南の国から渡来した」と書けば大層なものに感じられるけれど、それほどでもない壺を長男は蔵から店に運び、そこにその南天を活けた。
「南天は難を転ずる」とは、オフクロがつねづね口にしていたことだ。南天はお客様がお茶をお飲みになる一角に静かにあって、店の、今年から来年への橋渡しをしてくれるように、僕には見えている。
朝飯 じゃこ、塩鮭、納豆、野菜の素揚げ、スクランブルドエッグ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 じゃこ、梅干し、納豆、ごぼうのたまり漬、塩鮭、蓮根と昆布の佃煮によるお茶漬け
晩飯 マカロニサラダ、鶏の唐揚げ、広島菜漬け、きりたんぽ鍋、麦焼酎「いいちこ」(お湯割り)、蓮根菓子「西湖」
2018.12.14(金) 飛行機の切符を買う
来年3月の飛行機の切符を買った。買い物はウェブ上で済ませることの好きな僕も、飛行機の切符に関しては、LCCを除いては馴染みの旅行社で買う。担当者と交わすメールは3、4通。最後はPDFで送られた予約確認書を紙に出力し、それに署名してファクシミリで送信すれば、あとは発券を待つばかりだ。
出発はいつもの羽田00:20発。スワンナプーム空港にはタイ時間で04:50着。07:00発の国内線でスコータイには08:20着。呆気ないほどの速さである。
スコータイはユネスコの世界遺産に登録されている遺跡の街ではあるけれど、遺跡には特段、興味は無い。目を覚まして日記を書き、朝食の後はプールサイドで本を読む。昼食に出かけながら散歩をし、帰ってまた本を読む。夜はそこいら辺の食堂で飲酒喫飯をし、部屋に帰って20時台に就寝という、僕の旅の定形を保つのみだ。
「だったらなぜスコータイに」と問われれば、スワンナプーム空港から朝のうちに飛べる街を、いくつかの条件に従って消去していったらスコータイが残った、ということだ。
ホテルについて調べたところ、旧市街に散らばるそれらは意外と安く、agodaのポイントも手伝って、3泊の合計は邦貨5,000円に収まった。その余勢を駆って、首都の3泊分も予約する。
朝飯 焼き海苔、蓮根と昆布の佃煮、ごぼうのたまり漬、梅干し、切り昆布の炒り煮、じゃこ、塩鮭によるお茶漬け
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 マカロニサラダ、ソーセージのソテー、”brivory”の食パンによるトースト、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.13(木) 倉庫群の一角にて
今年の大根の出来を確かめるため、午後、長男の運転するホンダフィットの助手席に収まって、栃木県の南部を目指す。作柄はおおむね上々のようだった。その理由として、12月に入って以降も暖かい日の続いたことを挙げた人がいた。しかしそれは、いくつもある条件のひとつに過ぎないような気がする。
冬の日の斜めに差す街道を今度は北上して宇都宮に入る。13歳で病没した妹の同級生を名乗る人に、昨年、長男は意外なところで声をかけられた。今夜はその人と会食をすべく、南宇都宮駅ちかくの倉庫群には17時40分に着いた。
60年ほど前に建てられたと思われる倉庫を改修した料理屋は、剥き出しの天井が高いところにあるものの、とても暖かかった。我々の席は、人の声さんざめくホールとは大きな暖簾で仕切られた、落ちついた空間にあった。食事は3時間ちかくに及んだ。僕は日本酒をかなり飲んで、かなり酔った。来年は干支は「つちのと亥」。妹が生きていれば、どのような60歳になっていただろう。
朝飯 切り昆布の炒り煮、おでんあれこれ、マカロニサラダ、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とレタスの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「了寛」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、其の九、日本酒(燗)
2018.12.12(水) 文字の調整
来年の4月に商品の包装形態を変える。ウチはありがたいことに長いお付き合いのお客様が多い。よって「変える」とはいえ、これまでのお客様には、できるだけ自然に受け入れていただける姿を目指す。今日は、その商品名に用いる文字を調整するため、下今市10:35発の上り特急スペーシアに乗った。高樹町にほどちかい会社での約束の時刻は13時。表参道には12時41分に着いた。絶妙の時間配分である。
会議室に入ると、テーブルの上には既にして、林檎の印のある大きなコンピュータが用意されていた。作業は13時10分に始まった。きのうインターネット経由で送られた文字の、気になるところを逐一、言葉と図でデザイナーに伝える。デザイナーはそれをスケッチに起こし、それと言葉により、コンピュータの前に座ったもうひとりのデザイナーに指示を出す。作業が完了したのは15時40分。本日の仕事に関わった人たちの、効率の良い仕事ぶりに感謝をしたい。
表参道から北千住までは千代田線で一直線。17:13発の下り特急スペーシアにて帰宅の途に就く。
朝飯 納豆、ほうれん草のソテー、小さなトマトを添えた目玉焼き、切り昆布の炒り煮、ごぼうのたまり漬、じゃこ、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の赤飯のおむすび
晩飯 「あづま」のレタスと玉葱のサラダ、牡蠣フライ、白菜の漬け物、ごはん、豆腐と若布の味噌汁、麦焼酎(お湯割り)、芋焼酎(お湯割り)
2018.12.11(火) 敢えて相場に逆らって
瓦屋根には銅の雨樋と、相場は決まっている。そうではあるけれど、蔵や店の雨樋については、ここ何年かをかけて、次々とプラスティック製のそれに換えてきた。
専門家によれば、雨は瓦の酸性の成分を溶かしつつ雨樋に流れ込み、雨樋は、その酸により徐々に浸食されるという。脚立に登って実際に雨樋を見てみると、瓦の波形に凹んだところから雨の落ちる部分は特に、その厚みを薄くしていることが分かる。
社内において、最後まで銅製の孤塁を守ってきたのは店の、犬走りにかけられた庇の雨樋だった。この雨樋は、ここ40年のあいだにバスのような背の高い車両に押されたり当てられたりして隨分といびつになっていたところ、先般は巨大なキャンピングカーが雨樋を押しつぶしつつ、その先の瓦まで割るほど強くぶつかって、いよいよ放っておけなくなった。
キャンピングカーの持ち主は幸い、みずから名乗り出てくださって、修理には保険が利くことになった。修理を依頼した業者によれば、銅製のそれを叩いて直すより、いっそすべてプラスティック製に換えてしまった方が安上がりだから、保険会社には自分が交渉すると、請け負ってくれた。
それからひとつき半ほどが経っただろうか。今朝は遂に、その雨樋の交換作業が始まった。軒先から外された雨樋は、長いあいだ酸に侵されて、大げさに言えば紙のように薄くなっていた。半日かかると教えられていた工事は幸い、3時間ほどで完了した。
瓦屋根には銅の雨樋と相場は決まっているものの、プラスティック製の雨樋は、そうと教えられなければ誰も気づかないほどの自然さで庇に収まった。「私のクルマでぶつけてしまった」と名乗り出てくださったお客様には、何かお礼の品をお送りしたい気分である。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、温泉玉子、春菊のおひたし、生のトマト、松前漬け、ごぼうのたまり漬、鶏レヴァの甘辛煮、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “Parrot”のイタリア風ハンバーグ、“evodia”、家に帰ってからのパイ、銘柄不明のコニャック
2018.12.10(月) 後悔の分析
10月16日は右目に、おなじく19日には左目に受けた白内障の手術の、翌日の眼帯外しを除けば今日は5回目の診察日に当たる。診療予約票に記された時刻は14時00分。下今市12:35発の上り特急リバティに乗り、春日部を経由して、眼科のある七里には14時01分に着いた。オーミヤナナサト眼科には、予約票に6分遅れて14時06分に着く。
眼圧の測定に続いて視力の検査を受ける。両目で1.0の視力は前回と変わらない。3人の先生のうち院長の姿が見えないところからすると、今日は手術日なのかも知れない。向かって右の、若くて声の良い先生の診察を受ける。レンズは両目ともに、相変わらず瞳の真ん真ん中に留まって安泰とのことだった。
近視、遠視、乱視のメガネは死ぬまで九分九厘不要だけれど、加齢黄斑変性を予防するための、紫外線を避けるメガネは必要とこの眼科で言われ、馴染みのメガネ屋に注文してあった。それを受け取るため、大宮経由で池袋に至る。
今度のフレームは、これまで9年ちかく使い続けた”LINDBERG”の、新しい型から選んでみた。非の打ちどころのないメガネができあがるはずだった。しかし僕の、それほどしつこくない性格が災いして最後のところで妥協をし、今回はすこし悔いの残る買い物となった。というか、メガネについてはいつも後悔ばかりだ。しつこさを欠きながらこだわりだけは強い、ということなのだろうか。
北千住での飲酒活動を経て19:11発の下り特急スペーシアに乗る。ふと気づくとまわりの人たちがこぞって席を立つ。「すわっ、下今市か。乗り過ごさなくて良かった」と集団の後に続き、跨線橋を渡っていくと、なんだか様子がおかしい。落ちついてあたりを眺めてみれば、そこはいまだ春日部だった。1時間後に来る特急に、更に特急料金をい支払う気はしない。乗客もまばらなローカル線を乗り継ぎつつ、ようやく下今市に辿り着く。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ニラの卵とじ、ごぼうのたまり漬、じゃこ、鶏レヴァの甘辛煮、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「本酒会」の12月例会から持ち帰った牛肉の照り焼きを流用した弁当
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや、チューハイ
2018.12.9(日) 蔵見学のご案内
「いま下今市の駅にいらっしゃって、蔵見学をなさりたい、というお電話がありました」と、店で販売の手伝いをしていた僕に、携帯電話の番号を記した紙を、事務係のカワタユキさんが持って来た。有り難いことだ。時刻は13時18分。次の見学開始は14時ちょうど。即、折り返し電話をして、その時間をお客様にお知らせする。
長男は消防の通常点検からいまだ戻っていない。僕の昼食時間は13時30分から。それを10分繰り上げて4階の食堂に入り、鍋に湯を沸かして中華麺を茹で始める。これを食べ終え事務室に降りると13時48分。隠居に走って辰巳門を開き、座敷のカーテンを開け放つ。そこから数十メートルを移動し、見学していただく蔵の鍵を解いて、天井の明かりは点けておく。
事務室に戻ると時刻は13時58分。お客様は既に、お出ましになっているという。店の客だまりへ足早に近づくと、女性ばかりの6名がいらっしゃった。見学に要した時間は30分。皆様には満足を戴けたようで幸いだった。
15時20分には、発酵の専門家が取材に見える。こちらのご案内は、帰社した長男と僕とですることができた。専門家は17時すぎまで当方の話を丁寧にお聴きくださり、またあちらこちらを見てくださった。更には、急遽、この街にお泊まりになるとのことで、長男が旅館の「熱海館」に部屋を、僕は居酒屋の「和光」に席を確保する。長男は消防の忘年会、僕は町内の会議と別件の会食により、ご一緒できないのが心苦しい。
18時55分に春日町1丁目の公民館におもむく。最重要の話し合いのみに参加をし、19時20分に中座をする。そして会社の駐車場で待ち受けていた家内の運転するホンダフィットにて、会食の場所へと向かう。
最後に、上澤梅太郎商店の蔵見学は電話のほか、こちらのページからも承っています。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、納豆、トマトのバターソテーを添えた目玉焼き、ほうれん草のソテー、ごぼうのたまり漬、大根おろし、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、パン、其の四、パン、其の六、シャルドネのグラスワイン、其の七、其の八、カベルネソービニョンのグラスワイン、其の九、コーヒー
2018.12.8(土) 焦燥からの復活
きのうの終業後に”Word Press”を立ち上げると、バージョンとプラグインに新規更新の案内が出ていた。よって先ずはバージョンの方のみ更新すると「これまでのエディタを使い続ける」という文字リンクが現れたものの、それを無視して先に進む。開いたのは、見慣れたものとはまったく異なる、あたりに散らばる文字も日本語ではなく英語ばかりのエディタだった。
「しまった」と後悔しつつ、とにかく手探りで6日の日記を書いた。文章は書けたものの、線のひき方も分からない、画像の貼りつけ方も分からない、公開の仕方も分からない、ほとんどすべてが分からない。よって詳しそうな人のいるチャットワークに助けを求めるメッセージを上げてから「本酒会」の会場へと向かった。
今朝、そのチャットワークを開いてみると「古いエディタのプラグインで解決できると思う。後ほど確認してみる」との返信が、きのうの18時35分に上がっていた。更に「旧エディタをインストールしたので、これまでのように使えると思う」との追記が19時28分にあった。
「まさか」と、それほど期待せず”Word Press”にログインすると、エディタは見事、旧に復していた。そこで先ずは、助けてくれた人へのお礼をチャットワークに上げる。そしていそいそと6日の日記を完成させて「公開」ボタンをクリックする。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、納豆、グリーンピースの卵とじ、切り昆布の炒り煮、鶏レヴァの甘辛煮、ごぼうのたまり漬、じゃこ、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 きのうの朝食の一部を流用した弁当
晩飯 若布とエノキダケの酢の物、うずら豆、ごぼうのたまり漬、醤油の代わりに「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を使った松前漬け、天ぷらあれこれ、麦焼酎「いいちこ」(お湯割り)、オレンジケーキ、銘柄不明のコニャック
2018.12.7(金) 無休への褒美
僕が書記を務めている、日本酒だけを飲む飲み会「本酒会」は、1ヶ月に1度の開催で会費は6,000円。内訳は、料理屋への支払いが3,000円と、持ち込むお酒の予算が3,000円。しかしひとりあたりの酒代は、実際には3,000円に達しない。また、今年の7月は9名いる会員のうち参加したのは2名で、このときは4合瓶1本しか出品しなかった。そんなことをしながら11月の例会を終えると、毎年、結構なお金が貯まっている。
イチモトケンイチ会長は繰越金を好まない性分で、だから剰余金はすべて、12月の例会に投入される。普段の料理代は3,000円でも、12月のそれは、クワカドシューコー会計が剰余金と12月例会への参加者数を睨みつつ算出をする。今回の料理代は12,000円になった。ちなみに1月から11月まで休むことなく出席し続けた僕は、剰余金への貢献度が満点として、今回の参加費は無料である。
そうしてあん肝だのキャビアの載った白焼きだの鰻重だのを肴に、ヤマサキジュンイチ会員からの寄贈も含めれば9種の日本酒を飲み、お土産のケーキとくじ引きの景品を提げて帰路に着く。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、納豆、ほうれん草のソテーを添えたハムエッグ、切り昆布の炒り煮、じゃこ、ごぼうのたまり漬、11月の「伝統家屋でいただく、なんでもない日の食卓」に使って残った「なめこのたまり炊」、メシ、豆腐と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 おとといの夜の宴会から持ち帰った2種のフライによる弁当
晩飯 「魚登久」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、9種の日本酒(冷や)
2018.12.6(木) 厳密に言えば
早朝に起きて遮光カーテンをずらすと、水銀灯の明かりを映したアスファルトが青白く光っていた。きのうまでの好天は、未明から雨に変わったらしい。
午前の慌ただしさが収まったところでホンダフィットに乗り、複数の金融機関をまわる。そして現金を下ろしたり、あるいは入金をしたりする。師走の銀行、それも昼どきのそれはさぞかし混み合っているだろうと覚悟をしていたものの、どこも例外なく静かだった。
どうということもない現金の移し替えではあるけれど、何やらひと仕事を終えたような気になって、会社に戻ると事務室を素通りし、自宅の食堂に上がる。そして立ったまま、窓ガラスと、いまだ冬景色とは言いがたい山々のあいだにある、雨を含んでいるのかいないのか分からない、淡く霞んだ空気を眺める。
お湯を沸かし、お茶を淹れて飲むと、気分は一層、落ちついた。そうして気持ちに一区切りをつけて、下りのエレベータに乗る。厳密に言えば、乗ったのはエレベータではなく、エレベータのカゴの部分ではあるけれど。
朝飯 切り昆布の炒り煮、ピーマンと人参のきんぴら、納豆、大根おろしを添えた蒲鉾、トマトのスクランブルドエッグ、じゃこ、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトと山葵菜のサラダ、ロールキャベツ、ジャガイモのグラタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、柚ジャムのヨーグルト、林檎、レーズンウィッチ、銘柄不明のコニャック
2018.12.5(水) 鶏鳴山
102歳まで生きたおばあちゃんの一周忌を契機として、20数年ほども住んだ自宅の4階に修復を施したのは、2013年の初秋から初冬にかけてのことだ。それまで僕は4階の北西にある部屋に起居していたから、朝に窓から眺めるのは、そちらの方にある日光連山がもっぱらだった。
おなじ4階でも南東に面してあった、おばあちゃんの台所と寝室を食堂に作りかえてからは、それ以前とは真反対の、南東の空ばかりを眺めることになった。その南東には平地が広がるばかりで、大きな山はひとつも見えない。
ところで北西と南東のちょうど真ん中、つまり南西には、重畳と続く里山の向こうに鶏鳴山が見える。その山の名は地元の人にしか馴染みでないかも知れない。しかしこれを僕は、日本百名山のひとつ男体山、また日本二百名のひとつ女峰山を含む日光連山よりも、むしろ愛でている。それはこの山が、遠く高い山よりも、四季の移ろいを、より精密に映すからだ。
今朝の鶏鳴山の上空には西から東にかけて雲が真っ直ぐに延びていた。その様を珍しく感じて廊下の防湿庫に向かう。そしてそこから”NIKON D610″を取り出し、”AF-S NIKKOR 24-85mm f/3.5-4.5G ED VR”をもっとも長い85ミリにしてシャッターを切る。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、納豆、生のトマトと茹でたブロッコリー、切り昆布の炒り煮、鶏レヴァの甘辛煮、ごぼうのたまり漬、じゃこ、メシ、豆腐と椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 「幸楽」のあれや、これや、それや。日本酒(燗)
2018.12.4(火) 何かと重宝
僕の昼休みは、すべての社員が昼食を済ませた13時30分に始まる。13時30分とはいえ、仕事が立て込んでいたり、あるいは電話がかかってきたりすれば、そこからいくらかは遅くなる。
よほどのことがない限り、朝昼晩の食事を間引きすることはない。そして今日は14時に来客の予定が入っている。どうしたものかと考え、小倉町のコンビニエンスストアへ自転車を走らせる。サンドイッチと牛乳を買って戻ると13時42分。それを事務机に広げる。食べ終えたのは13時57分。その2分後に来客は姿を現した。
よほどのことのない限り間引くことのない食事ではあるけれど、旅の最中には、しばしば抜く。直近のそれはチェンライからバンコクに飛んだ10月4日の昼… とここまで書いて、念のため当該の日の日記を見に行くと、バンコクエアウェイズの機内でお菓子2個と紅茶を腹に収めていた。
その画像を眺めながら「このときの水の容器は保管してあっただろうか」と考える。300ccほどの、そして日本語による表記のないペットボトルは、旅先ではなにかと重宝するのだ。
朝飯 切り昆布の炒り煮、ピーマンと人参のきんぴら、茹でたブロッコリー、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と山葵菜の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」の2種のサンドイッチ、牛乳
晩飯 胡瓜と茄子とトマトと玉葱の炒め煮びたし、高野豆腐の鶏挽き肉詰め、厚焼き玉子、蒲鉾、5種の野菜の素揚げ、松前漬け、4種の焼き鳥、麦焼酎「いいちこ」(お湯割り)、レーズンウィッチ、銘柄不明のコニャック
2018.12.3(月) なめこのたまり炊
ウチの店に入ると正面に3基、左手に1基の冷蔵ショーケースが目に入る。そのうちの真ん中に位置するショーケースは「らっきょうのたまり漬」のみで満たされている。このことからも分かるように、ウチで最も数多く売れる商品は「らっきょうのたまり漬」である。一方、僕がウチの商品中、最も好んで食べるのは「なめこのたまり炊」で、これは子供のころから今に至るまで一貫して変わらない。
その「なめこのたまり炊」が先月あたりから急速に在庫を減らし、今日は残り数十本のところまで来てしまった。このようなときに気をつけるべきは、受注をしながら在庫切れ、という事態である。
なめこのたまり炊は少し前より、店頭、電話、ファクシミリ、ウェブショップなどで地方発送のご注文をいただくたび、その分を決められた場所に確保してきた。伝票の数字と実在庫を目の届くところで一致させておかないと、心配でならないのだ。
本日、長男はウェブショップの「なめこのたまり炊」を「在庫切れ」に設定した。「なめこのたまり炊」の最新のロットは、来週の土曜日に蔵出しの予定です。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、納豆、焼きトマトを添えたニラの卵とじ、切り昆布の炒り煮、11月の「伝統家屋でいただく、なんでもない日の食卓」に使って残った「なめこのたまり炊」、ごぼうのたまり漬、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、ごぼうのたまり漬
晩飯 ニース風サラダ、パン、ビーフシチュー、イチゴを添えたチーズケーキ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“Almaviva 1997”
2018.12.2(日) どこへ行くか
個人でタイ以外の国を訪ねたのは2013年8月のカンボジアが最後で、以降はタイにしか行っていない。タイばかりに行く理由を問われれば「気分が楽」のひとことに尽きる。
このところ、タイには年に3回ほどは行く。ホテルは大抵、agodaから予約をする。するとagodaにポイントが貯まる。僕はポイントにはほとんど興味の無い人間で、そのポイントが年をまたぐと失効することは昨年、ようやく知った。
本日しらべたところによれば、ポイントは現在、50米ドルほどが貯まっていた。地方でなら何泊もできる金額である。
この50米ドルを無駄にしないためには「いつ、どこへ行くか」を大晦日までに決めなければならない。タイへは行きたい。しかしタイのどこへ行きたいかが決まらない。2016年にナラティワート、2017年にはプレーを、鉄道や乗り合いトラックを足にして訪れた。そのような旅は移動に丸一日もしくは一昼夜を要するところから、1週間ほどの旅程では、どうも時間の惜しい気がする。
僕は都会より田舎を好む。とすれば到着したばかりのスワンナプーム空港からひと飛びできる街が候補に挙がるだろうか。明日の未明には久しぶりにタイの地図を取り出して、机に広げてみようと思う。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、グリーンピースの卵とじ、炒り豆腐、生のトマト、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊、メシ、ほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による6種のたまり浅漬け、マカロニサラダ、聖護院蕪の千枚漬け風、鯛とほうれん草の味噌汁、鶏の唐揚げ、麦焼酎「いいちこ」(お湯割り)
2018.12.1(土) 日光の美味七選
「日光の美味七選」は、僕が普段から口にして「それにしても美味いよなぁ」と感じている品々の作り手にお願いをし、これを集めて大晦日にお届けする限定40セットの商品だ。各々のお店や農家が1年の最後の力を振り絞って作るものだけに、多くの数をお願いすることはできない。ゆえの限定40セットである。
長男が修業先から戻った2013年1月以降、それまで僕がしてきた仕事のかなりの部分を長男に引き継いできた。この「日光の美味七選」を形づくる品々を、各々のお店や農家に「今年もお願いできるでしょうか」と、数ヶ月前に挨拶に行くのも、今は長男が受け持っているから僕はとても楽だ。
「日光の美味七選」の販売をお知らせするメールマガジンは、きのうまでにその文章を整え、本日の午前9時に配信する設定も、おなじくきのうの夜には済ませておいた。
午前9時12分に調べてみると、既にして21セットが売れていた。受注システムは順調に機能しているようだ。最後の1セットが10時24分に売れて予定数終了。商品ページを見に行くと「買い物カゴへ入れる」のボタンには「申し訳ございません。ただいま在庫がございません」の文字が表示されていた。
それを確かめてから、このセットを注文してくださったお客様各位のご希望を記した一覧表、およびそれらの大晦日における着荷を確認するための追跡表を作成する。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、じゃこと大根の葉の乾煎り、ふきのとうのたまり漬、メシ、けんちん汁の具を具にした味噌汁
昼飯 おとといの朝のハムエッグと今朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「和光」のお通しの煮物、生牡蠣、こんにゃくの日光唐辛子煮、河豚の唐揚げ、梅胡瓜、サービスの柚ヨーグルト、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)





































































































































