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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

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2017.2.28(火) 航空券の購入

3月9日からのタイ行きを控えながら、次のタイ行きの日程も決まった。3月は北部での休暇、それに対して6月はバンコクでの研修がらみである。その、バンコクでのホテルは既にして予約を済ませた。次は航空券を確保する必要がある。

宇都宮の旅行代理店「トチギ旅行開発」のサイトーユカリさんに朝、往路は羽田発の深夜便、復路はバンコク発のおなじく深夜便、座席は最後尾の通路側として、注文のメールを送る。午後、メールに添付されたpdfによる予約確認書がサイトーさんから届く。僕はそれをプリントアウトし、指定された場所に署名をして、今度はファクシミリでサイトーさんに返送する。

航空券の、税金や手配手数料を加えた価格は60,090円。3月分の70,640円より15パーセントも安い。3月は乾季の最後のところ、6月は雨季の最初のところ。それが航空券の価格に影響しているのかどうかは知らない。

雨季とはいえタイのそれは日本の梅雨のように、1日中しとしとと降り続く雨ではない。夏の夕立のように一気に降って、いきなり止む。乾季、雨季に関係なく、タイの気候は僕好みだ。3月のタイ行きも、また6月のそれも、大いに楽しみである。


朝飯 納豆、五目おから、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、小鰯の土佐煮、切り干し大根と人参と油揚げの炊き物、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波とトマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 揚げ湯波のお粥、塩鮭、たらこ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 “TIO PEPE”ポタージュパン酒肴あれこれ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.2.27(月) 夢でも見た気分

“RICOH CX6″を何度目かの故障により欠いた今、普段使いのカメラはおなじリコーの”GR”のみになっている。”RICOH GR”は光学ズームを備えない。デジタルズームの操作法は知らない。写真は近距離での撮影を好みズームレンズを使う機会は皆無に等しいからだ

“RICOH GR”はアナログ時代のそれも持っているくらいだから、これがデジタル化されたときにはもちろん、すぐに飛びついた。故障の多い機種で、当時は銀座の昭和通り沿いにあったサービスセンターに持ち込み、修理を繰り返しつつ使った。

“RICOH GR”はその後も、保証期間を過ぎてからの故障により死蔵したり、あるいは紛失をするたび、そのときの最新の機種を買い続け、現在は2013年11月に購入した”IV”を常用している。

“RICOH GR”はその後、CMOSセンサーのAPS-Cサイズへの拡大に伴ってボディを7パーセントほど大きく、重さを1割ほど増して、デジタルの”GR”としては新しい時代に入った。これにwifi機能を加えたものが”RICOH GR II”である。

不思議なことに、あるいは良くあることかも知れないけれど、”RICOH GR”の使い手は簡素さを第一に求めるのだろう、市場の価格はここしばらく、最新型の”RICOH GR II”の最安値66,299円に対して、一代前の”RICOH GR”には92,833円の値が付いている。

先週土曜日の未明、この”RICOH GR”の価格を調べると、68,990円をビックカメラが出していた。驚きの「前週比:-23,843↓」である。「ショップの売り場へ行く」のバナーをクリックすると、数量に限りのある旨の説明があった。

CMOSセンサーがAPS-Cサイズに拡大されたわけだから、僕の”IV”よりも鮮明な画像が得られるのだろう。この新しい”GR”を普段使いとし、これまでの”GR”は防湿庫で温存しようと考えたこともある僕には、今朝の安値は絶好の機会である。しかし結局のところ、この、信じられないほど安くなった”GR”を買うことはしなかった。

翌日、当該のサイト「価格.com」に行ってみると、”GR”の価格は68,990円から元の92,833円に戻っていた。何やら夢でも見た気分である。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」他による4種のおむすび、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 鶏もも肉の網焼き、大根と人参のなます、根菜類の煮付け、鯛飯、玉子と万能葱のお吸い物、「旭酒造」の「獺祭磨き二割三分」(冷や)

2017.2.26(日) お食い初め

「一朗食初什器」と墨書された桐箱が倉庫にあるところから、オヤジが昭和5年にお食い初めをしたことは間違いない。昭和31年に僕がお食い初めをしてもたったか否かについては確かめたこともない。1985年に生まれた長男、1995年に生まれた次男に、お食い初めはしていない。そうして長男の、2016年11月7日に産まれた長女には本日、桃の節句のお祝いと共にお食い初めをすると、前々から知らされてきた。

日曜日の昼ごろは特に店が忙しい。その店を11時25分に抜け出し自宅へと戻る。長男の家族の住む3階には、嫁のおひな様、そして初孫のおひな様が並べて飾られていた。そのふたつのおひな様の前に置かれたお膳のあれこれを、正座した膝の上に抱いた初孫に家内が食べさせていく。「食べさせて」とはいえもちろん、それは「食べさせるふり」、つまり儀式である。

初孫は上機嫌のうちにお食い初めを完了した。後は嫁の、今日のために訪問してくれた父母も交えた総勢7名で昼食を摂る。そうして僕はといえば「リコちゃんが、おとなとおなじものを食べられるようになったら、面白いだろうなー」と、本日、何ごとが行われたかも知らない孫に向かって声をかける。


朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 鯛の塩焼きちらし鮨赤飯根菜類と昆布とこんにゃくの煮物、蛸と若布と胡瓜の酢の物、巻湯波の淡味炊き、蛤のお吸い物、金柑の飴煮、ひなあられ
晩飯 昼のあれこれ、菜の花の胡麻和え、牡蠣のコンフィ、大根のぬか漬け、「旭酒造」の「獺祭磨き二割三分」(冷や)「久埜」の草餅

2017.2.25(土) 小田急線唐木田行き

2月は総鎮守・瀧尾神社に参上することが多い。今年は7日が引継ぎ会議、21日が初会議、そして今日は春季小祭、これは秋の五穀豊穣を祈る祈年祭である。午前10時に責任役員、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人が御神水で手と口を清め、昇殿をする。宮司による式がひととおり完了すれば、次は社務所での直会になる。

昨年はこの直会の冒頭に、僕は責任役員として挨拶を求められた。今年の挨拶は宮司と当番町・仲町の自治会長カネコトモヤスさんのふたりのみにて即、乾杯に移った。そうして午前のうちからお清めの燗酒を2合ほどもいただく

今日はまた、同級生サカイマサキ君の1年目の命日にあたる。彼の自宅には本日、彼を知る者が三々五々、集まるという。僕も下今市13:35発の上り特急スペーシアに乗り、日の傾くころ多摩センターに至る。

駅前の雑踏の中で、iPhoneのgoogleマップを凝視しつつ道に迷っていた僕に、同級生イトーイクオ君が気づいて声をかけてくれたのは幸運だった。

サカイ君の家には入れ替わり立ち替わり10数名が集った。そうしてお茶を戴きつつ故人の思い出、あるいはいまだ生き残っている我々の近況を語り合う。

イリヤノブオ君、コバヤシヒロシ君と共に駅を目指すころには、あたりはすっかり暗くなり、駅前の人出も少なくなりつつあった。往路には小田急線を使ったけれど、帰路は彼らの意見に従って、京王線で新宿を目指す。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、豚三枚肉とジャガイモと人参の炊き物、飛び魚の丸干し、ほうれん草の卵とじ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「田蔵」のあれやこれやそれや。チューハイ、そのチューハイを濃くするための「ナカ」

2017.2.24(金) 床屋

「床屋へ行くタイミングは髪に寝癖のできたとき」と、むかし勉強仲間だったチョーヤさんは言った。チョーヤさんの髪型は坊主だった。僕の頭も坊主であれば、おなじく寝癖ができると同時に床屋にかからなければならない。しかしここしばらくは家内や長男、また社員の一部が出張をするなどして社内の人手が手薄になり、それが果たせなかった。僕の場合には髪のほかに髭もあるから、事態はチョーヤさんの寝癖よりも深刻である。

朝、行きつけのカトー床屋へ電話をすると、オヤジさんは生憎と留守だという。奥さんはそのオヤジさんに遠慮があるのか、僕の髪を切りたがらない。しかし今日を逃せば次の機会は来週にずれ込んでしまう。よって奥さんの逡巡を強引に突破して、春日町交差点の信号機がすべて青なら歩いて1分で行けるカトー床屋の扉を押す。

いわゆる「千円床屋」は髪の毛のみで髭は刈ってくれないから「東京に出たついでにホンの10分で」というわけにはいかないのだ。3月なかばのタイ行きの最中にも、いちど床屋にかかっておこうと思う。


朝飯 トマトとレタスと若布のサラダ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ウィナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、切り昆布の沖縄風炒め、納豆、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蒸し牡蠣トマトと刻みキャベツを添えた牡蠣フライ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”いちご黒豆煮、金柑の飴煮

2017.2.23(木) 環境整備

2013年の秋まで、まるで物置のようなところで寝ていた。「物置のような」とは「粗末な小屋」ということではない、「モノの詰め込まれた部屋」ということだ。床にモノが置かれすぎて、明かりを点けるための、壁のスイッチまで辿り着くこともできなかった。特にひどかったのはこの寝室だけれど、他の部屋においてもモノは多すぎた。

この環境に、意を決して大鉈を振るったのは家内である。箪笥などは中身ごといくつも捨てた。10年も20年も開くことのなかった箪笥であれば、中身ごと捨ててもどうということはない。

環境が整備されると、そこで暮らす人の頭も体も行動も簡素に、合理的になる。環境が人を変えるのだ。その環境整備を今度は社内でも行うべく、数ヶ月前より長男が計画を立てきた。その最初の3日間が今日から始まる。今朝は各部署の主立った者を製造現場に集め、資料を手渡しながら短い話し合いをした。

「いずれは使うときが来るかも知れない」とか「捨てるに忍びない」と取り置かれたモノが続々と集められ、社内の一角に積まれていく。僕も労働力の一端を担わなくてはいけないと、40年ほども保管されたままの、どこから取り外されたものかも知れない扉を1枚、指定の場所へと運ぶ。

「3日間だけじゃなくて、こういうことはずっとやんなきゃダメだよ」と製造部長のフクダナオブミさんが言う。「おっしゃる通り」である。

諸方から知恵と力を集め、環境整備はこれからも絶やさず続けていきたい。


朝飯 じゃこおろし、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、ほうれん草のソテー、刻み昆布の沖縄風炒め、グリーンピースの炒り卵、納豆、メシ、浅蜊と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「魚登久」の酒肴あれこれ、4種の日本酒(冷や)

2017.2.22(水) いつでも来てください

現在の店舗や工場、住まいは僕が20歳ころに建った。「ころに」とその時期が特定されていないのは、棟ごとに時間差を置いて建てられていったからだ。僕は現在60歳だから、いずれにしても築約40年ということになる。

鉄筋コンクリート造りとはいえ築10年を超えるころから諸方にほころびが見え始め、以降は修理あるいは作り直しの連続である。

屋上の更に上、エレベータの機械室の上に置かれた避雷針の、それを支えるワイヤーがいつまで健在だったの記憶が僕には無い。それが錆びて切れたときのことも覚えていない。そして避雷針はここしばらく、その「しばらく」が10年なのか20年なのかはつまびらかでないけれど、とにかく、支えを欠いた状態で直立してきた。

昨年は屋上の、2度目になる防水工事を行った。その際ようようこの避雷針のワイヤーについて真剣に考え、本日遂に、サイトー電設のサイトータダハルさんにより、その復旧が成った。

避雷針の上部から四方に下げられたワイヤーは、絶縁のための碍子を経てアンカーに取り付けられていた。その様子は僕には初見にて、やはり最初のワイヤーは、遙か昔に失われていたのだ。

真新しいワイヤーは、これからどれくらい保ってくれるだろう。「カミナリ? いつでも来てください」の、今は気分である。


朝飯 冷や奴、烏賊の塩辛、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を添えた大根おろし、じゃこ、梅干し、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 パン、コーヒー
晩飯 “TIO PEPE”蛸とトマトとレタスのサラダパン其の一パン其の二温野菜を添えたシャルキュトリあれこれ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.2.21(火) 初会議

事務机左手の壁に提げたカレンダーの、今日のところに「13:45 神社初会議」とボールペンによる黒い文字があり、それが緑色の蛍光ペンで目立たせてある。時刻を”13:45″としたのは「14時から始まる会議には、その15分前には現場に着いていろ」との、自分への勧告である。

白いシャツに、四半世紀ほど前に京都の小さな工房で買った、何色とも名状しがたいネクタイを締め、紺色のジャケットを着る。そうして「それほど遅くはならないと思う」と、事務係と販売係に言い置いて外へ出る。

瀧尾神社に近づいていくと、おおかたは既にして社務所に収まったのだろう、人の姿は見えない。破風の下に立つ僕の姿を仲町の神社総代ヨシダススムさんが認めて「宮司のとなり」と、僕の座るべきところを教えてくれる。

総鎮守瀧尾神社の、1年間の行事を取り仕切る当番町は、今月7日の引継ぎ会議を以て、前年度の平町から今年度の仲町へと引き継がれた。今日の初会議では、その仲町の自治会長カネコトモヤスさんが議長となって、居並ぶ各町内の自治会長、神社総代、神社世話人により、いくつかの議題が審議をされていく。それが完了すれば、あとは直会である。

酒は嫌いな方ではないから注がれればいくらでも飲んでしまう。それを避けて、今日は乾杯の猪口1杯に留めておく。以降は熱い日本茶をいただいた。

平町の皆さんには「有り難うございました」という気持ちである。仲町の皆さんには「よろしくお願いいたします」という気持ちである。今年度のお祭も、無事に成功することを願うばかりだ。


朝飯 ハムエッグ、塩豆、胡瓜の古漬け、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “TIO PEPE”ツナとハムと3種の野菜のサラダグリーンピースの卵とじ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“Chez Akabane”のチョコレートケーキ

2017.2.20(月) 都会とは異なって

3、4日前からホンダフィットのメーター中央に「まもなくメンテナンス時期です HMMF」という表示が出るようになった。走っている間もずっと消えないため、燃料を満たしてから今現在までの走行距離を確かめることもできない。「HMMFとはなんぞや」と検索エンジンを頼ると、ミッションオイルのことだった。「そろそろ交換した方がいいよ」との託宣である。

ウチから3キロほど離れたホンダのサービス拠点に出向き、作業が済むまで待つのは面倒だ。都会とは異なって、周囲にはクルマのディーラー、ガソリンスタンド、葬儀場くらいしかないから「ちょっとそのあたり、散歩してきます」というわけにもいかない。

よってEBエンジニアリングの、ウチのクルマについてはほとんどすべてを任せているタシロジュンイチさんにメッセージを飛ばすと「ディーラーの方が良いかと思います」との返事がすぐに戻った。

エアバッグの無償交換に引き続いて、またまたホンダ行きである。温かいコーヒーを出してもらい、本を読んで待つことにしよう。


朝飯 ルッコラのソテー、トマトとグリーンピースの卵とじ、大根と胡瓜と生姜としその実の刻み漬け、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 砂肝の黒胡椒焼き、”TIO PEPE”、パン野菜のスープ煮を添えたロールキャベツ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.2.19(日) 日朝洗たく

早朝の仕事を完了して4階に戻る。きのう食堂の丸テーブルに置いた「日朝洗たく」のメモに従い、この4日間の服を洗濯機に入れる。「日朝洗たく」とは「日曜日の朝は洗濯をせよ」の意味である。

3歩を歩けばものを忘れるたちだから、僕の身のまわりにはメモやらポストイットが多い。今朝の洗濯も、メモがなければし忘れていただろう。

朝食を済ませて事務室に降り、開店の準備にとりかかる。ウチの暖簾は開店と同時に、ではなく、開店の準備のいの一番に軒下に提げる。その、出したばかりの暖簾が、おとといから断続的に続く強風により煽られる。

強い風は幸い、朝のうちに収まった。「閉店の17時には間に合わない」とおっしゃるお客様ひとりを事務室で待ち受け、商品をお渡ししてから施錠をする。

町内役員による会議が19時に控えている。それまでの90分間を座して待つつもりはない。肴になりそうなものを用意し、ドライシェリーを飲む。それがことのほか美味くて、また飲みつつ読む本にも興をそそられ、気づくと19時がちかくなっていた。

公民館での会議を終えて帰宅し、夕食の用意に取りかかる。それほど寒くないとはいえ、この時期にはなぜか、外へ飲みに出る気があまりしない。よって自己流で焼いた肉にて、今度は白ワインを飲む。


朝飯 胡瓜の古漬け、納豆、グリーンピースの卵とじ、大根おろし、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 ルッコラのサラダを添えた鶏もも肉のマスタード焼きパン“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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