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大空に月と日が姿を現してこのかた 紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2005.0930(金) 北千住風

目覚めて枕頭の灯りを点け、時計を見ると3時30分だった。「青いあひる」 を読み終えて4時に起床し、事務室へ降りていつものよしなしごとをする。6時すぎに居間へ戻り、本日のテストに備えて次男の漢字練習を督励する

朝飯は納豆、生のトマト、メカブの酢の物、胡瓜のぬか漬、刻んだ柴漬け、メシ、水菜の味噌汁

7時30分にふたたび事務室へ降りてシャッターを上げる。ふたり3人と社員が出社してきた頃合いを見計らって外へ出る。

国道121号線の歩道を掃除していくと信号が青になっても動かないクルマがあって、何台かの後続車が盛んにクラクションを鳴らしている。見れば運転者はガックリと頭を垂れ胸へアゴを埋めて動かない。「突然死じゃねぇだろうな」 と、ホウキとちり取りを持ったままその白いライトバンへ近づいていくと、青い作業着を着た、まるで糸の切れた操り人形のような男は突然、折れていた首をピョコリと持ち上げ、何ごともなかったようにクルマを発進させた。一瞬のあいだによほど深く眠ってしまったのだろう。こんなのが、小学生が学校へ行く時間に大手を振って道路に存在しているのである。

初更、晩飯の前に火にかかっている鍋の中を覗き込むと牛すじ肉の煮込みがあって 「だったら焼酎はウメ割りだわな」 と考える。その北千住風の酒と肴から晩飯を開始し、オデンには無論 「九龍醤園」 で求めた豆板醤を添える。北千住といえば東京の場末のひとつに数えられるかも知れないが、その発展ぶりはここ数年の大井町にたとえることができるように思う。

今夜から読むべき本がないため階段室へ行き、本棚の前を右往左往して

「東京的日常」  関川夏央・山口文憲著  リクルート出版  \1,020

を探し出す。これは1990年の初版で買い、以降ずっと眠ったままのものでやはり、いまだ勿体なくて読むことができない。牛乳を200CCほども飲み、枕頭の活字をあさって10時前に就寝する。

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 2005.0929(木) 生玉子の理由

2時30分に目を覚まし、「青いあひる」 を読んで4時より二度寝に入る。6時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時前に居間へ戻る。

朝飯は柴漬け、生卵、きのうの夜の松茸ご飯、きのうの朝と同じ舞茸の天ぷらを煮込んだ味噌汁

京都の街を見おろすいくつかの山に 「大」 とか舟形とか鳥居形の火の燃える日は僕の誕生日と重なっていて、1974年のこの日、僕は何人かの同級生と初更の四条河原町に立っていた。我々は、というか僕以外のみなはどうにかふたりの女の子を京都駅まで送ろうと算段をしていたが渋滞する河原町通りのクルマは一向に動かず、タクシーもつかまらない。ひとつ先輩のツヅキ君は 「進々堂」 の息子だからと、この会社へ電話をして営業車を貸してくれないかと頼んだが返った答えは 「いま出払っていて」 というものだった。

「いま出払っていて」 とは体の良い方便だったかも知れない。いきなり電話をしてきた高校生にクルマを貸すとはいかにも危険なことで、僕がこの由緒あるパン屋の者であればやはりクルマの貸し出しは断っただろう。

ようやく停まった空車に女の子を押し込め一件落着のつもりでいたら、みなは京都駅までそのタクシーを追いかけ、駅の改札口で彼女たちを見送るという。「馬鹿くせぇ」 と僕は思った。何の義理があって、この蒸し暑い晩に京都駅までの数キロを走らなければならないか。

僕は同級生たちと別れ、ジャズ喫茶の 「蝶類図鑑」 で1時間かその倍ほどか本を読んだ後にちかくの中華料理屋へ入ってタンメンを肴に 白乾児(パイカル)を飲んだ。時刻は既にして10時になりかかるころだっただろうか。あれほど混雑していた街は暗くなりつつあり、大きな通りを外れればそれはなおのことだった。

泊めてもらっていたフカミカズヒロ君の家は南禅寺にほど近く、そう遠くないところに 「瓢亭」 や名の知れないラヴホテルを見た記憶はあるけれどもそこへ至る道が分からない。平安神宮前の無人の交番へ入り、巨大な地図帳を勝手に開いて大体の見当をつけてからどれくらい歩いただろう。四条から京都駅まで走った面々は既にしてフカミ君の家へ帰り着き、麻雀をしていた。

0時をすぎて腹を減らした我々が夜食にしたのは台所に山のようにあったかやくご飯で、フカミ君とフカミ君の兄はこれに生玉子をかけた。その、初めて目にする彼らの習慣を真似た僕はその美味さに驚倒し、つまり今朝の松茸ごはんへの生玉子ぶっかけは、この31年前の経験に端を発しているという説明がついつい長くなった。松茸ごはんもかやくごはんの一種である。

次男の漢字練習を督励した後カレーライス胡瓜のぬか漬を晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を200CCほども飲み、「青いあひる」 をすこし読んで9時に就寝する。

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 2005.0928(水) 松茸のいちばん美味い食べ方

4時30分に目を覚まし、「青いあひる」 を読んで5時30分に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時前に居間へ戻る。

朝飯は温泉玉子、タシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の炊き物、メカブの酢の物、柴漬け、納豆、メシ、舞茸の天ぷらと万能葱の味噌汁。天然の舞茸による天ぷらを具にした味噌汁は果たして豪華なのか、あるいは前夜わざと残した天ぷらを翌朝の味噌汁へ投入して煮込むなどは小市民的行為の極みなのか、そのどちらかは知らない。

「自分は東京の真ん中、それもお堀端で育った」 とあちらこちらに書いているのでよほどの財閥ででもあったのだろうかと思っていたら、皇居を望むその家は父親が国から貸し与えられた官舎だったことが後に分かって 「官舎で威張るなよ」 と白けたことがある。それと似て、あちらの高級ふぐ屋、こちらの高級鮨屋、どこそこの高級フランス料理屋で美食三昧したことを言いふらすので黙って聞いていればそれらすべては他人の財布による食事で 「自腹も切らずに偉そうなこと言うなよ」 と嗤ったこともある。

飲み屋はおろか町内の公民館でさえエロ話を飛ばすアンザイ畳屋のオヤジなどは、これらの人間からすれば上品も上品、大上品である。そして僕もアンザイのオヤジと同じほどには上品だから下品な自慢話はしない。実は今朝、生まれてこのかた見たことはあっても食べたことは決してない立派な松茸をもらった。自腹を痛めていない贅沢を自慢するのは下品だから粛々と書く

松茸は採りたてを山で新聞紙にくるみ焚き火で蒸し焼きにするのが最高だと、何十年もウチに勤めたコイズミヨシオさんは言った。松茸はフライにするのがいちばん美味いと、誰に後ろ指を指されてもかまわないから僕は主張する。なにがなんでも松茸はゴハンだとは家内の意見で、しかし次男は汁物が好きだからこれはお吸い物だろう。

というわけで今夕は7時30分より 「本酒会」 が控えているけれど、とりあえずは松茸のお吸い物で唇をうるおし、松茸のフライに塩とスダチ汁を振ってがぶりと噛みつきシャキシャキと咀嚼をし、飯茶碗に軽く盛った松茸ごはんを肴にいつもの焼酎ではなく冷えた 「白神の鼓動」 を飲む。どれもこれも静かに美味い秋の夜、である。

今月の 「本酒会」 が開かれる 「魚登久」 へは定刻すこし前の7時28分に着いた。鰻の肝の佃煮が突き出しで、これを平らげたところで隣席のイチモトケンイチ会長から 「やるよ」 と同じものが回ってきたのは幸いだった少々胃袋の苦しい思いをしつつ酒肴代わりの弁当を綺麗にし、計8本の日本酒の味見をしたところでまぁ、これは先ほど家の食卓に上がったものとは異なり中国製の松茸によるものだが本日2杯目のお吸い物を飲んで9時に帰宅する

入浴して牛乳を200CCほども飲み、10時に就寝する。

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 2005.0927(火) 温豆腐

目覚めて枕頭の灯りを点け、時計を見ると1時20分だった。「なにがなんでも早すぎるわな」 と思うが眠気はない。洗面所へ行き顔を洗い口をすすぎ、寝室へ戻って 「青いあひる」 を3分の1ほどのところまで読む。何時かは知らないが二度寝に入って5時30分に起床する。

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時前に居間へ戻る。朝飯はだし巻き玉子、ソーセージとピーマンの油炒め、柴漬け、納豆、メカブの酢の物、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

午後、新聞記者がフラリと来て産業再生機構についての取材を受ける。「どの新聞だったかは忘れたけど」 と、10日ほど前に読んだある記事について話すと 「あ、それ、私が書きました」 と、英国風のストライプとゴージの高さを持つ細身のスーツを着た愛嬌のある青年は嬉しそうに笑った。ひとしきり話を聞いた後で 「でもね、それを記事にしても読んだ人は 『今さらなに純情なこと言ってんだ』 ってなもんだと思うよ」 と答えつつ20年ほど前の自分の経験を振り返る。

初更、次男の漢字練習を督励する。これが長々と続いたため晩飯が始まったのはいつもより30分ほども後のことだった。

タコと胡瓜とワカメの酢の物、うずら豆、温豆腐の肉そぼろかけ、グリーンアスパラガスの豚肉巻き、鶏手羽肉と水菜のサラダ、町内のハガさんからいただいた舞茸の天ぷらにて芋焼酎 「無月」 のお湯割りを飲む

冷や奴から一転して温豆腐である。クーラーの必要がなくなると即、暖房の欲しくなるのがこのあたりの秋の特徴である。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.0926(月) すこし前の数寄屋橋

4時30分に起床して事務室へ降りる。いつものよしなしごとをして7時前に居間へ戻る。3連休の天気がぐずつき、それが過ぎた途端に晴れても別段、そう嬉しいものではない。朝飯はきのうの残りの秋刀魚の南蛮漬け、なめこのたまり漬の大根おろし和え、納豆、胡瓜のぬか漬、メカブの酢の物、メシ、大根と三つ葉の味噌汁

この2ヶ月の統計をとるとウェブショップへのアクセスは木曜日が最も多かった。だから9月のメイルマガジンは木曜日に発行しようとし、しかし "Computer Lib" で新商品4点を載せた直後の22日は連休の入りのため顧客は統計通りの行動は取らないだろうと、この日の発行はとりあえずやめた。きのうになって今年1月からのアクセス記録から曜日ごとの小計を出してみると、今度は火曜日のアクセスが最も多いとコンピュータが言う。

メイルマガジンを出せば注文はそれなりに増えるから、有力な受注係コマバカナエさんの欠勤日に絡めてこれを行うわけにはいかない。あれこれと考えて、とはいえ頭を働かせた時間はほんの数秒だが、新商品をお知らせするメイルマガジンは本日の昼前に発行することとする。

コンピュータがメイルを発射し続けているあいだはその場を離れるわけにはいかない。1通1通が "Symantec" のウイルスチェックという目の細かい網を透過しつつ送られていくため、最後のメイルが外の世界へ出て行くまでには数十分の時間がかかる。メイラーの淡々とした仕事ぶりをディスプレイに眺め続けるのも退屈なため、事務机の端より荒木経惟の 「東京は、秋」 を取り上げる。

何気なく開いたペイジには日劇の写真があった。その右側には築地へ移転する前の朝日新聞本社が見える。「夜、有楽町の方から歩いてくと1階の印刷室で輪転機が回ってたよなぁ。オレも自分らの写真ばっかりじゃなく街の写真も撮っときゃ良かった」 と思うが失われた景観は戻らない

初更、きのうの残りの秋刀魚の南蛮漬け、白花豆、刻んだ柴漬け、キノコ鍋にて飲酒は為さず、メシ1杯半を食べる

入浴して牛乳を300CCほども飲み

「青いあひる」  水木楊著  文藝春秋  \2,000

をすこし読んで9時すぎに就寝する。

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 2005.0925(日) 代表的傑作

キャンプでの疲れのせいか、6時前にようやく目を覚ます。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。

朝飯はほうれん草の胡麻和え、トマト入りスクランブルドエッグ、イクラの醤油漬け、メカブの酢の物、納豆、メシ、適当な野菜が払底したか豆腐とワカメのみの味噌汁。薬味の入らない味噌汁は古来 「坊主汁」 と呼ばれ疎んじられたと耳にしたことがあるが、自分の生活の中で聞いたことはない。ただし 「へぇ」 と思い、ウェブショップの 「四季のお味噌汁」 には薬味を含めたレシピを載せている。いま思いついて "google" に 「坊主汁」 と入れてみたがそれらしいものは見あたらなかった。

荒木経惟の絶版になった写真集 「東京は、秋」 に、"amazon" へ出品している古書店が15,000円の値を付けていることを知る。初版帯付きなら僕がいにしえに購ったそれも同じで、だから終業後に階段室の本棚からこれを抜き出し、次男の勉強机で読む。かなりの文字を含むこの写真集は明らかに、荒木の代表的傑作である

初更、昆布の炊き物、白花豆、冷や奴にて芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲む秋刀魚の南蛮漬けニンニクに串を打ちたれ焼きにしたもの他サイトウトシコさんにもらった混ぜご飯もお湯割りの肴にしてしまう

入浴して牛乳を300CCほども飲み、「心は孤独な数学者」 を読み終えて10時に就寝する。

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 2005.0924(土) 「那須農場キャンプ大会」 2日目

シュラフは厳冬期用のもので、普通に使うと暑くて眠れないからファスナーは全開にしておいた。目覚めて暗闇に携帯電話を手探りし、4時20分という時刻を確かめスルリと起き出す。早朝に本を読むことは想定済みだから寝場所はもっとも出口に近いところへ確保しておいた。靴を履きいまだ朝露も降りていない草を踏みしめ三菱デリカへ近づく。

前夜から手の届きやすいところへ準備したヘッドライトを点け、ガスのランタンに火を灯す。そのまま6時まで 「心は孤独な数学者」 を読む

やがて起きてきた子供たちは牛舎へ向かい、乳搾りをする。調理場へ行くとシゲマツマミさんが 「ウワサワ君、スープ、適当にお願い」 と言う。「レシピに従ってお願い」 と頼まれたら手の下しようもないが 「適当にお願い」 であればどうということはない。前夜からキャベツや刻みソーセージが煮てあった大鍋を前に考えることなく、あたりにあるトマト数十個を刻み、これを投入する。またそこいらへんにあったカレー粉、塩、胡椒を次々と加えて攪拌すること数十分、なかなか悪くないカレースープができあがった

近くを通りかかった小さな子にこれを食べさせると 「カライ」 と言うので別途、先ほど絞ったばかりの牛乳とこのカレーを混ぜ子供用のスープも調製する。

近づきつつある台風によりきのうから変わりやすい天候に見舞われてはいるが晩飯どきになれば晴れ、夜に降った雨も朝飯どきになれば止み、という具合で大変に有り難い。具だくさんのカレースープ、トマトとキュウリのサラダ、ロールパン、牛乳という朝飯は予定通り、コテイジ前に運んだ椅子とテイブルに参加者全員が集まりとることができた

メシが終われば、あるいはメシのあいだから子供たちはじっとしていられないから畑で芋掘りだなどと言われれば大喜びで出て行く。薩摩芋と枝豆の収穫の次にはバター作りの時間となり、牛乳の入ったペットボトルを激しく30分も振り続ける無聊を僕は知っているから今年はその時間、三菱デリカに戻ってきのうの日記を完成させる。

今朝の牛乳から作ったバターを先ほど採って茹でたばかりの薩摩芋につけて食べれば、それは美味いに決まっている。そして枝豆は形こそ不揃いなものの非常に甘く、この時間からこれを肴にビールを飲む者さえいる

コテイジ、庭、調理場の後かたづけには主催者である35回生だけではなく34回生、36回生あるいは参加者の一部もこれに加わってくれたからとても助かった。僕が風呂場の掃除をしているとヤエガシホーレー君の奥さんが 「トイレのお掃除、しましょうか」 と声をかけてくれる。「下地のある人はさすがに違うなぁ」 と感心しつつ 「ハ、ハイ、よろしくお願いします」 と返事をする。

同学会委員長のイトーイクオ君が11時に閉会の言葉を述べ、今年の那須農場キャンプ大会は無事に完了した。食堂の前まで来てきのうから予約しておいた那須農場のアイスクリームを受けとると、同じく那須農場の蜂蜜とジャムも買えとシノトーマキト君が言う。「いや、蜂蜜はウチにあるんだよ」 と答えるとシノトー君は 「普通は買うでしょう」 と更に大きな声を出すので蜂蜜2本とジャム1本を購入する。いよいよ昼が近づいたため、いまだ立ち去りがたい次男をうながし荷物をまとめさせる。農場には元の静けさが戻りつつあった

2時すぎに帰社して仕事に復帰する。

夕刻に次男をつかまえて 「晩飯に何が食べたい?」 と訊くと 「ニク」 と答える。「きのうバーベキュー食ってまた肉かよ」 と普通は考えるが実は僕も焼き肉が食べたい。なぜならば、その肉がどの程度の焼け具合なのかを確かめられる明るさの下で、椅子に座ってゆっくりと肉を食いたいという欲求が、生焼けの南瓜などをバリバリと噛み砕いた昨夕のバーベキューにより醸成されたのである。

終業後に家族で 「大昌園」 へ出かけ、モヤシナムルオイキムチタン塩レヴァ刺しカルビ、子袋、ホルモン石焼きビビンバテグタンラーメンと摂取をする

帰宅して入浴し、牛乳を200CCほども飲んで9時30分に就寝する。

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 2005.0923(金) 「那須農場キャンプ大会」 1日目

闇の中で目を覚まし、枕頭の灯りを点けて時計を見ると3時だった。「多分このまま起きてしまうんだろうなぁ」 と考えて洗面所へ行き顔を洗い、しかしふたたび眠って6時に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。

朝飯は温泉玉子、ほうれん草の油炒め、納豆、メカブの酢の物、イクラの醤油漬け、胡瓜のぬか漬、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の味噌汁

三菱デリカに次男を乗せ、10時30分に家を出る。キャンプ道具はひとつの箱に納めであるから面倒はない。東北道にはときとして時速が40キロ台に落ちる渋滞もあったが1時間を経ず自由学園那須農場に着く。今日から明日までのキャンプは同学会に委員長を出している35回生が仕切るから 「みんな12時までに来い」 との達しがあったが、いざ来てみればその大方はタープの下で談笑をしているだけだった

この人里離れた場所で明日の朝に読む活字がなくなっては困るから本は開かず、本日の日記を途中まで書くなどのよしなしごとをして、しかし時間はいくらも経たない。コテイジに寝場所を確保するため置いたシュラフの上では知らないよその子供が飛び跳ねている。

高等科1年生だった1972年の初秋にコモトリケー君が包丁で指を切り、以降、労働の予定を病院がよいに費やすこととなった調理場にて晩飯の準備をする。途中で玉ネギが足りなくなり、牛舎2階の作物庫へ追加分のそれをシゲマツアキラ君と取りに行ったりもする。調理場へ戻った僕が羊肉にタレをなじませ冷蔵庫へ収めたのは、「オレは今夜、この肉を重点的に食うぞ」 というマーキングのつもりである。

3連休の渋滞によりいまだ到着しない参加者もいるため、2時の予定を3時に遅らせてトラクターによる農場ツアーが始まる4時にじゃんけん大会5時に火おこし大会と徐々に夕食へ近づき、あたりに闇の気配が漂いはじめたころようやくバーベキューの材料がコテイジ前に運ばれる。

羊肉、ピーマン、キャベツ、玉ネギときてふたたび羊肉を食おうとするとこれがもう無い。牛肉、ピーマン、エリンギ、玉ネギときて焼そば、炊き込みごはんにて締める。この間、ロワールの赤ワインを400CCほども飲んだだろうか。

眠気を覚えて三菱デリカの荷台へ横たわり、すぐに寝入ってしまう。後部のドアは開け放ったままだから車内の温度は外と変わらず、その涼しさで目を覚ます。キャンプファイヤーの前にはいまだ子供たちの姿があったからそれほど遅くなってはいないだろうと時計を見て、実は2時間も眠っていたことを知る。36回生のイズミタニタカヒコ君は自らの手作り楽器を使い子供の教育をする。そのイズミタニ君による星空音楽会はずいぶんと前に終了していた。

350CCの缶ビールを1本だけ飲んでコテイジの風呂場へ行くと先客は誰もいず、熱い湯につかって気分は天国だった。同じく熱いシャワーを浴びつつふと、手作りの小屋に暮らしてこの農場の開墾を進めた1回生たちのことを思う。

今度こそはコテイジのシュラフへ潜り込んで11時に就寝する。

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 2005.0922(木) 謝辞のバン

6時に目を覚まして起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯はきのうのマカロニサラダ、生のプティトマト、メシ、きのうのカレー南蛮鍋の残り汁。3日間に4度のカレーを食べてもその各々が美味いのだからどうということはない

むかし 「謝辞のバン」 という人がいた。その呼び名は謝辞を述べることが上手だったことから来ている。集団や勉強会においては多く、外部から著名人や高い役割にある人を招き、講演をしてもらうことがままある。そのような会は通常ゲストへの謝辞で締めくくられる。ここで 「謝辞のバン」 の出番である。

バンちゃんの天才的なところは、講演の最中には別のところで麻雀などをし、ゲストの話などはなにも聴いていないのにいざ謝辞の時間になると脇のドアから会場へ入り、マイクの前に立って立て板に水のごとく講師の略歴と当日に語られたであろう内容を組み合わせて見事な 「御礼のことば」 に代えてしまうところで、その才能の源はどのあたりにあるのかと僕はいつもいぶかしく思い、しかしもちろん感心もしていた。

僕は活字を手放せないが日記には大抵 「○○を読む」 と、その文字を目で追ったことのみ記して内容についての感想は書かない。それは、僕にとっての読書がただの暇つぶしと言って悪ければ飲酒喫煙のようなもので、感想文まで書くとそれは遊びではなく仕事あるいは勉強になってしまうからだ。しかし本の感想文をウェブペイジへ書きつける人は多くいて、そういう人は多分、ほとんど何も考えなくても指がキーを叩き続け、たちどころに文章ができあがるのだと思う。と、ここまで考えて、だから僕は 「謝辞のバン」 のことを懐かしく思い出した。

それはさておきいま読んでいる、3人の天才数学者を訪ねる紀行文 「心は孤独な数学者」 はとても面白い。特にイギリスのアイザック・ニュートンに61ペイジ、アイルランドのウィリアム・ロウアン・ハミルトンに40ペイジが割いてあることに比してインドの陋巷に生まれたシュリニヴァーサ・ラマヌジャンについては157ペイジも費やしているところがインド好き、あるいはインド嫌いの僕には大いに悪くない。

初更、ジャガイモのサラダ、鱧のうざく風、秋刀魚の柔らか煮、オカラの厚揚げ豆腐風だし巻き玉子芝海老のゆば巻き揚げ、鶏肉つくね焼きという、母親の墓参りに行った家内が買って帰った総菜にてメシ2杯を食べ、飲酒は避ける。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、「心は孤独な数学者」 をすこし読んで9時30分に就寝する。

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 2005.0921(水) 「ボーイズ」でメシ3杯ですか?

目を覚ますと開け放った窓の外はいまだ暗かった。新聞配達はオートバイか自転車で来るだろう、とすれば龍岡門へ続く鉤の手に折れた道を歩くのはウォーキングの人だろうか。早起きのあまり夜明け前に散歩をする人に 「冬に道で倒れたら、その場で凍死しちゃいますよ」 と注意をしたことがある。健康のためにウォーキングをして死んだら本末転倒である。もっとも 「オレは体のために歩いてんじゃねぇんだ、好きでやってんだ」 と言われれば、それはそれで筋の通った意見だから反対をする理由はない。

「心は孤独な数学者」 をすこしばかり読んで起床する。熱いお茶を淹れ、きのうの日記を完成させてサーヴァーへ転送する。長男の作った朝飯はジャガイモのグラタン、島唐辛子の佃煮入り納豆、メシ、きのうの残りに豆腐と小松菜を足した味噌汁

長男が学校へ出かけた後、切通公園まで行って付近の写真を撮る。戻って玄関に置いたトートバッグを持ち、ふたたび外へ出る。コンピュータ1台、銀塩カメラ1台、デジタルカメラ1台、2日分の着替えその他の入った荷物を持って神保町まで歩く気は到底ないが、財布を見ると600円ほどの硬貨の他は1万円札しかない。「タクシーに釣り銭がなかったら気の毒だわなぁ」 と考え、本郷消防署、順天堂医院、御茶の水橋、御茶の水美術学院、山の上ホテル裏、錦華坂とたどって "Computer Lib" へと至る。

いまだ始業前のフロアには、ウチの係のマハルジャン・プラニッシュさんひとりが出勤していた。ウェブショップに新しい商品4点を載せる作業が早速に始まり、それが昼まで休みなく続く。

"Computer Lib" が入る矢野ビルの1階にはカレー屋 「ボーイズ」 がある。きのうオギノヒロツグ君の家で食べさせてもらったカレーはチキンカレーだったが、今日も同じくチキンカレーを注文し、50円のアチャールを追加する。僕はインドではもっぱらマトンカレーを食べていた。チキンはインドでは高級品だからどこの食堂にもあるメニュではない。ビーフはヒンドゥー教徒には法度の食べ物で、だから僕は日本にいてもビーフカレーについてはなんとなく違和感を覚えてあまり頼まない。

サーヴァーへ載せた新商品を試験発注し、その先に問題があればひとつずつつぶしていくことを繰り返して4時になる。未解決のところがひとつ残ったが本日の仕事はここまでとし、小川町、北千住と来て17:11発の下り特急スペーシアに乗る。雨の中を家内の運転する三菱シャリオで帰宅する。

初更、マカロニサラダ、胡瓜のぬか漬にて芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲む。やがて食卓に、次男が所望したというカレー南蛮鍋が運ばれる。日本の学生は何を食べるか、とインドで訊かれた小田実が 「カレーライス」 と答えて質問者が大いに喜ぶ場面が 「何でも見てやろう」 にはある。2日間に3度のカレーを食べてもその各々が美味いのだからどうということはない。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、「心は孤独な数学者」 を読んで10時ちかくに就寝する。

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 2005.0920(火) 「自由学園音楽集」 の録音

5時に目を覚まし、「心は孤独な数学者」 を読んで6時に起床する。

朝飯は長男が作った鯖のオイル漬けのから煎り、グリーンアスパラガスと小松菜とベーコンの油炒め、納豆、メシ、茗荷と椎茸と豆腐の味噌汁。長男が夏休みの終わりに八丈島のタグチさんを訪ねた際にいただいて帰った島唐辛子の佃煮が納豆には混ぜ込まれ、これをメシと共に口へ入れ息を吸うと、その辛さを含んだ空気が涼しい急流のようにノドを直撃して感動する。ほかに梨と煎茶

7時前に甘木庵を出たときには遅刻必定と思われたが 「35回生有志および録音技術者は8時に羽仁吉一記念講堂前」 との約束には余裕を以て間に合った。今日は 「自由学園音楽集」 の内容のほとんどを占める、児童生徒学生による歌と演奏の録音がある。

10:00 「れいすいまさつ」 ほか 幼児生活団23名
10:45 「かかげよ旗を」 初等部245名
11:15 時を報せる鐘 初等部
11:30 時を報せるチャイム 女子部

というところまで来て男子部の時を報せる板木は午後一番の録音とし、サッカーグラウンド前にあるオギノヒロツグ君の家へみなで移動する。チキンカレー、らっきょうのたまり漬、4種の野菜のサラダの昼食をとり、ふたたび各々の持ち場へ散る。

13:00 賛美歌ほか 学部有志コーラス38名
15:00 「清風寮歌」 ほか 女子部高等科2、3年99名
16:00 「東天寮歌」 ほか 男子部221名
17:00 「かかげよ旗を」 ウインドオーケストラ

2学期の初めより練習を重ねた児童生徒学生、教師、関係各位の協力にてスケデュールは遅滞なく進み、あとはスタジオでの調整、工場でのプレスを待つばかりとなった。記念講堂玄関のスリッパを整えて箱へ入れ、歌う人たちに供した飲みものや飴などの残りを持って、小雨の中をふたたびオギノ君の家へ行く。

「乗松印刷」 のノリマツヒサト君たちはそこで歌詞カードの最終校正、ポスターのデザインなどの話し合いに入ったが、制作にかかわる僕の仕事は既にして完了したのではないか。だからよく冷えた "MEURSAULT" を飲みつつ彼らが食卓へ着くのを待つ

ほうれん草のおひたし
平目とクロムツの刺身
たしろけんぼうんちの湯波の刺身
「なめこのたまり漬」 によるなめこおろし
筑前煮
鰹のたたき荻野家風
鰹のたたき上澤家風
シメジのにんにく風味
茄子の四川風
サカイマサキ君がオギノアキコさんに特に所望して作ってもらった肉団子
ぶどう
プリン
豆を濃く煎ったコーヒー

「日光のオジサンが寝てるよ」 というサカイマサキ君の言葉で目を覚ますと9時を過ぎていた。オギノ君の運転によりひばりが丘の駅まで送ってもらう。茗荷谷で目を覚ましたときには 「いつの間に丸の内線に乗り換えたんだろう?」 との感があった。

傘を差すまでもない雨の中を歩いて甘木庵へ至る。既にして長男は帰宅をしていた。シャワーを浴びて牛乳を300CCほども飲み、11時30分に就寝する。

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 2005.0919(月) 一目瞭然

3時すぎに家内に起こされ、起床して事務室へ降りる。4時より製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従う。その後は 「不備のある」 と言っては失礼だが確認を要するご注文にメイルを送付する、きのうの日記を作成するなどのよしなしごとをし、6時30分に居間へ戻る。

朝飯は3種のおにぎりけんちん汁2杯

7時30分に次男を丸山公園のテニスコートへ送る。本日はここで試合があるそうだが会社から3キロの距離だから、昼飯は後から届けることとして一旦は帰る。

10時30分に弁当を持ってふたたび丸山公園へ行く。1970年代中ごろよりテニスコートには覗きを避けるためか視線を遮る目の細かい網が張り巡らされるようになり、ここもその例に漏れないから試合を見る利便性にははなはだ欠ける。張り出されたトーナメント表を調べると次男のダブルスは1回戦に勝ち2回戦に負けて、以降の試合はない。僕は持ち込んだ椅子に座り、いまだ強い日差しを木の陰に避けて 「心は孤独な数学者」 のアイザック・ニュートンの項を読み終える。

次男と弁当を食べ、コーチの挨拶などを聞いて1時30分に帰社する。

今夜は甘木庵に泊まる。家でメシを食べても最終の電車には間に合うが、外でメシを食べそのまま駅まで送ってもらうと段取りが良さそうにも思われる。終業後に社員とのミーティングをし、居間へ上がってそのことを述べると次男がにんまり笑って 「回転鮨、行こう」 と言う。その回転鮨も、「ウチの既存店の "poorman's version"」 とまでは 「元気寿司」 も言わないが、「1皿オール105円」 の価格設定で新展開している 「すしおんど」 に行きたいのだという。

連休最後の晩とあって 「すしおんど」 の店外には行列も見られたが、何分か待っただけで席へ案内をされる。僕と家内と次男、それにサイトウトシコさんの4人が 「もう限界」 というところまで鮨を食い、代金は僕の生ビールをふくめて三千数百円だった。

東武日光線下今市駅19:52発の上り特急スペーシアに乗る。明朝は忙しいから車内にて本日の日記を完成させる。北千住、湯島と来て天神を左手に見ながら切通坂を上がる。コンピュータ1台、銀塩カメラ1台、デジタルカメラ1台、2日分の着替えその他の入ったトートバッグが重い。

10時前に甘木庵へ入り、買い置いたビールを飲みながら本日の午前中、ウチが属する 「春日町1丁目五組」 に住む70歳以上の老人7名に敬老のお祝いを配って歩いたことを思い出す。僕がイワモトミツトシ区長に頼まれて作った春日町1丁目の老人名簿には今秋92人の名があった。同じく春日町1丁目の0歳から中学3年生までの子供はそれよりもはるかに少ない。「少子高齢化社会」 などとテレビで言われても現実味はないが、自分が住む地域の数字を見ればそれは一目瞭然である。

シャワーを浴びて 「心は孤独な数学者」 を読み、11時に就寝する。

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 2005.0918(日) 8月の月

障子を透かして差し込む明かりで 「すわ、寝過ごしたか」 と、枕頭の時計を見るといまだ1時30分だった。居間へ行きガラス窓から空を見上げると煌々とした丸い月が見え、「そういえばきのう、十五夜のお飾りはどうするのか、なんてことをサイトウトシコさんが言ってたなぁ」 と思い出す。その後はうつらうつらとしか眠れず結局、3時に読書灯を点けて 「心は孤独な数学者」 を読み30分後に起床する。

警備保障の施錠を外して事務室へ降り、4時より製造現場へ入って小一時間ほどの作業に従う。事務室へ戻ってからは、きのうのうちにそのほとんどを書いておいたきのうの日記を完成させる、ウェブショップのフォームからの問い合わせに返信をする、1年半ほど店の試食入れに使ったが、その後おなじ意匠の品が市場に出ないため保存すべきと決めた佐藤和次の蕎麦猪口を熱湯に漬け置くなどのよしなしごとをする。

「ほかにすべきこともなかりせば」 と外へ出て朝日新聞と下野新聞をそれ専用の木箱より取り出す。日本経済新聞はいまだ届いていない。5時30分に寝室へ戻ってふたたび 「心は孤独な数学者」 を読む。

朝飯はジャガイモとレタスとプティトマトのサラダ、胡瓜のぬか漬、刻みオクラの鰹節かけ、メカブの酢の物、納豆、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁。

日中はかなり繁忙にて夕刻にいたれば、それはまぁ、馬返からずっと歩いて富士山8合目の山小屋 「富士山ホテル」 に到着した午後の疲労困憊具合にくらべれば屁のようなものだが、それでもずいぶんと疲れている。

ススキ、団子、けんちん汁、ふかした薩摩芋によるサイトウトシコさんが準備してくれたお供えを、夏前に蔵をひっくりかえしているときに見つけたいにしえの銭函の上へ飾る

冷や奴と昆布の炊き物にて芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲むマカロニサラダ鶏もも肉の塩焼きわさび添えけんちん汁は2杯

入浴して何も読まず、8時30分に就寝する。

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 2005.0917(土) 騎馬戦

3時30分に起床する。警備保障の施錠を外して製造現場へ入り、小一時間ほどの作業に従う。同じ仕事をした3日前とくらべて水の冷たさがかなり増している。あることに触れて現在の次の、あるいはその先の季節を感じるとは確かにあることだ。現場を上がって後は事務室へ行き、ウェブショップのフォームからではなくメイルによるご注文、同じくメイルによる問い合わせに返信を送付するなどのよしなしごとをして6時30分に居間へ戻る。

運動会の弁当作りの割を食った形なのかどうかは不明だが、椎茸と玉子の雑炊、すぐきによる朝飯を済ます

8時前に折りたたみ式のテイブルと椅子を持って今市小学校へ行ってみれば、塩梅の良さそうな場所にはすべて敷物やテントの類があり、「3時半から起きてんだから来年はもっと早く場所取りに来よう」 と考える。

昼時にふたたび小学校へ行き、数時間前に確保した場所にて筑前煮、春巻き、卵焼き、おにぎりなどを食べる。これでもかというほど作るからいつも余って晩飯にも同じものを食べる羽目になる弁当だが、今日は製造係のマキシマトモカズ君と販売係のサイトウシンイチ君が来てくれたからその大方は綺麗になった。

帰社してなにやかやとしているときに家内から電話がかかり、これから騎馬戦だと教えてもらう。「運動会の写真を撮るためにこれを買いました」 などと調子の良いことを言いながら新しいデジタルカメラを次男に見せたら、ぜひそれで騎馬戦を撮ってくれと頼まれたため、三たび小学校へ出かけていく。その "Olympus CAMEDIA C-5060 Wide Zoom" では次男の馬が押し込まれて崩れる様などを撮影し、またまた会社へ戻る。

初更、うずら豆昼の残りの筑前煮、これまた昼の残りのソーセージとピーマンの油炒め、「メンチ屋トム」 が代行販売をしている 「宇都宮餃子」、胡瓜の浅漬けにて炊きたてのメシ2杯を食べ、飲酒は避ける。毎度毎度言うが炊きたてのメシはどんな酒よりも美味い。それでもなお酒を飲むのは僕がこれに毒されているからだろう。

7時より春日町一丁目公民館へおもむき、「自主防災組織結成について」 「当番町について」 という議題の役員会にて真面目な話を半分、ヨタ話を半分する。

8時30分に帰宅し、入浴して 「心は孤独な数学者」 をすこし読む。9時30分に就寝する。

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 2005.0916(金) 「このままじゃ死んじまう」

5時30分に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして6時30分に居間へ戻る。次男を起こしてきのうテストで書けなかった漢字の練習をさせ、熱い煎茶を飲む。朝飯は刻みオクラの胡麻かけ、胡瓜の浅漬け、納豆、茄子のぬか漬、トマト入りスクランブルドエッグ、メシ、ワカメと玉ネギの味噌汁

トートバッグにあれやこれやと詰め込みつつ、ふと気づいて

「心は孤独な数学者」  藤原正彦著  新潮文庫  \438

も差し込む。下今市駅11:36発の上り特急スペーシアに落ち着き、今朝の繁忙で書けなかったきのうの日記を作成する。大きな川を横断していることは鉄橋を渡る音で分かり、何度も繰り返されるそのたびにコンピュータから顔を上げて窓の外を見る。底辺の高さをひとしく並べた雲が青い空に並んでいる風景には夏の名残があった。

北千住から地下鉄千代田線で新御茶ノ水、徒歩で小川町へ移動して都営新宿線から京王線へ乗り入れ八幡山に着く。歩道の地図板にて大きなケヤキの並木は甲州街道と知る。これを歩いて環状八号線を越えサカイマサキ君の会社へ至る。

サカイ君が企画をし、その同級生である自由学園男子部35回生有志が主に制作している 「自由学園音楽集」 のCDは着々と完成に近づき、お陰様にて先行予約も殺到しているが、その飛び先はサカイ君のメイルアドレス、サカイ君の会社のファクシミリだから 「このままじゃ死んじまう」 と電話があったのは3週間ほど前のことだった。

「発注フォームから、あるいはメイルで押し寄せる注文の処理なら任せておけ」 の僕ではあるが生憎となかなか救出にはおもむけず、本日ようやくその運びとなった。電話やメイルでは詳細を説明しきれずにいたシステムをサカイ君のコンピュータに仕込み、また他にも諸々として先ほどの並木道を駅へたどる。

北千住まで来てバッグから携帯電話を取り出し見ると、家内からの着信記録が5回もある。バッテリーの残量はほとんど無いため公衆電話から折り返すと、明早朝に仕事が発生した、だからあまり飲み過ぎるなとのことだった。ついでに晩飯の内容を訊ねると、明日の次男の運動会に備えてニンニクを利かせたステーキを食べているという。「オレもそういうの、食いてぇよ」 と考えつつ北千住で飲酒を為す人なら知っている、北千住で飲酒を為さない人はほとんど不案内な道へ足を踏み入れ、「大升」 にたったひとつ残ったストゥールに、両脇の客の協力を得て座を確保する。「ニンニクを利かせたステーキ」 というようなメニュはもちろん 「大升」 には無い

北千住駅20:11発の下り特急スペーシアに乗り、10時前に 「ぐっへー、疲れた」 と腹の中でつぶやきつつ徒歩で帰宅する。インスタントの味噌汁を飲み、入浴して11時前に就寝する。

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 2005.0915(木) 火事場の情報

4時に目を覚ます。4時30分に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをする。

6時8分に電話が鳴ったため、録音テープが作動する前に素早く受話器を取る。電話はお客様からのもので、開店前から12,900円を売り上げる。「いま何時だと思ってるんですか?」 という詰問が含む中華思想と客観性の欠如を極端に嫌ったのが登山家の高田直樹で、その気持ちは僕もよく理解できる。しかし、いつもこの時間に電話の応対ができるかどうかは不明である旨も、お客様にはお伝えをする。

朝飯は生のトマト、すぐき、メカブの酢の物、納豆、温泉玉子、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

昼前に火事を報せるサイレンが鳴り、外を見ると意外なほどちかくに大量の煙が見えたため即、屋上へ上がる。そこから眺めた限りでは、火元は森病院と如来寺のあいだと思われた。森病院の院長はオヤジの友人だしおばあちゃんも世話になっている。如来寺のクワカドシューコー住職は本酒会員だ。すぐに1階へとって返して自転車に乗る。

如来寺に併設された今市幼稚園の児童はみな本堂前の庭に避難をしていた。森病院の前まで来ると煙は更に先にあり、「燃えてんのは朝日町の屋台蔵だわ」 と言うオッサンがいる。そのままペダルを踏み、以前は階段が切ってあった崖のスロープを下ると、東武日光線の線路脇にある木造家屋が盛んに火を吹いている。「このあたりまで配達に来たことがあったよなぁ、怪我人だの死んだ人がいなけりゃいいけどなぁ」 と考えつつ会社へ戻る。

それにしても、火元から僅々100メートルほどのところで 「燃えてんのは朝日町の屋台蔵」 などと公然と言う人がいることから推しても、災害時に流れ飛ぶ情報の取捨選択の難しさがうかがわれる。

これ以上試食入れが破損すると代えがないと、きのう販売係のオーシマヒサコさんに言われたため、早い昼飯の後ホンダフィットに乗って宇都宮へ行く。「四季の器たまき」 は数ヶ月前より長男が戻ってランチを出し始め、これが顧客の支持を得て昼時は常に混み合っている。今日は佐藤和次展の初日だからそれに輪をかけての盛況で、ランチのお客、そのすべてはオバサンだが、彼女たちに買われる前に取り急ぎ鼠志野の蕎麦猪口10客と割山椒の向付5客を選び、それを持って会社へとんぼ返りする。

初更、先日の 「日光MG」 の反省会にて社員と "Casa Lingo" へ集結する。ハムの盛り合わせ、ハーブチキン、ほうれん草とベーコンのスパゲティ、ピッツァマルゲリータ、ウニとゴルゴンゾーラチーズソースのペンネ、茸のリゾット、イカとレタスのサラダときて社員のリクエストによりふたたび先ほどのリゾットトマトソースのスパゲティを追加する

「紙のおもてを飛ぶ鉛筆のモーグル」 としか初心者には思われない速度で第5期の決算を終えた包装係のツカグチミツエさんに、日光MGにしかない 「計数力トップ賞」 が贈られる自己資本を急伸させたにもかかわらず次期繰り越し資産が規定に達しなかったため優秀経営者賞を逃したイトーカツナリ君、同じくハセガワタツヤ君には 「しょうがねぇなまったく、こん次はちゃんと気をつけてやれ」 の言葉が飛ぶ

生ビールこそ注文しなかったが目の前に酒の強い販売係ヤマダカオリさんが座ったため、また飲み放題のプランということもあって、いつもよりかなり多いと思われるワインとグラッパをこなす。

何時に帰宅したかは知らない。入浴して牛乳を300CCほども飲み、これまた何時かは知らないが就寝する。

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 2005.0914(水) 結局のところ "CAMEDIA" を買う

午前0時に目を覚ます。「いくら何でも早すぎるよ」 と努めて二度寝をし、3時前に起床する。警備保障の施錠を外して製造現場へ入り、小一時間ほどの作業に従う。その後は事務室へ行き、いつものよしなしごとの最中に 「祭も終えたれば」 と新しいデジタルカメラの選定を始める。

"Pen"、"PEN-F"、 "OM-1" ではなく "M-1" の時代から 「オリンパス」 のカメラを使っている僕はこの会社の製品に愛着がある。4年と数ヶ月を大過なく働き続けて先日ハードの数ヶ所に故障を生じた "Olympus CAMEDIA C-700 Ultra Zoom" も大いに気に入っていた。とすれば次の機種も 「オリンパス」 から選ぶのが順当だろうか。

使い道は自宅あるいは自転車で出かけられる先での 「低光量下における近接撮影」 だから手ぶれを防ぐためある程度のサイズと重さ、それにパララックスの生じないファインダーがあれば有り難い。デジタルカメラのデザインで何と言っても好きだったのは "CAMEDIA" の最初期モデル "C-2000 ZOOM" のそれで、いまだに同じイメージを保ち続けているのは "CAMEDIA C-7070 Wide Zoom" と "CAMEDIA C-5060 Wide Zoom" の2機種になる。

「2軸回転式マルチアングル液晶モニタ」 という過剰装備には我慢をしよう。光学実像式のファインダーは近接撮影に不利だが慣れれば良いだけのことだ。デザイン、スペック、サイズ、重量ともほとんど同じと言って良い両者の差は "7070" の画素数が7.1メガピクセル対して "5060" のそれが5.1メガピクセルというあたりで、僕は画素数にはこだわらない。

早速に "kakaku.com" を検索し、最安値47,800円を呈示していた 「賞栄堂写真機店」 にこれを発注する。注文ボタンをクリックした瞬間の感想は 「ブハハハハ、これで気が済んだ」 というもので、「大金持ちが "Daimler Double Six Vanden Plas" を発注したときの嬉しさとはこれくらいのものだろうか」 というほどの高揚はあった。僕は 「リコー」 の "GR" は、銀塩だけがあれば良い。

6時30分に居間へ上がり、熱い煎茶を飲む。朝飯はタシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の炊き物、きのうの晩飯で手をつけなかった銀ムツの粕漬、メカブの酢の物、生のトマトとサラダ菜、納豆、メシ、三つ葉とワカメの味噌汁

終業後に居間へ行くと、宿題を考えあぐねた次男に助けを求められる。それはいつも出る漢字練習や計算問題ではなく、迷路をたどるパズルのようなものだった。解答用紙を読めば 「スタートからゴールまで、全部のサッカーボールを通っていきましょう。同じところを2回以上通ってはいけません。お家の人といっしょに考えてください」 とあるから親の責任も重大である。

僕はこういう問題について 「とにかく試行錯誤を繰り返して」 と、手数で解くことを好まない。「うまい計算式があるんじゃねぇか?」 とか 「条件式とか補助線のようなものが見つかりはしないか?」 と考えて経路の要所に色を塗り、次男に 「はい、これがヒント」 と手渡して後は放っておく。

しかしながら次男がこれを完成させないうちは晩飯にありつけない。遂に家内の要請を受けて考えることしばし、思いついた解答を忘れないうちに太いマジックインキでなぞる

冷や奴、水菜と鶏手羽のサラダにてようやく芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲むニラと蛸のピンデット豚肉と筍と椎茸と白菜キムチの油炒めすぐきにて2杯目のお湯割りを飲む

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時30分に就寝する。

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 2005.0913(火) 祭の終焉

夜中に目を覚まし、枕頭の活字をあさってふたたび寝入ったことは憶えているが、それが何時から何時にかけてのことだったかは時計を見なかったから知らない。5時30分に起床していつものよしなしごとをし、きのうより依頼を受けていた情報の追加を 「自由学園同学会ホームページ」 にほどこす

今朝の更新は 「学園新聞定期購読のおすすめ」 と 「羽仁吉一先生ご逝去50年のお知らせ」 の2点で、前者の画像については日が昇ってから外へ出てこの新聞を開いたところ、ちょうど赤トンボが来てとまったのでそれを撮った。

後者についてはその著作から肖像写真を複写してどこかからクレイムが届いてもいけないため、夏の制服を着たオヤジと寮を訪ねたらしいおばあちゃんが東京の街頭を歩いているものを用いた。オヤジの生年から判断をすれば、これはたぶん1943年ころのものだろう。「羽仁吉一先生のご逝去とあなたのお父様とのあいだに、一体全体どのようなご関係があるのでしょう?」 とのご意見があればすぐに差し替えるられるよう、予備の画像も準備済みである。

7時に居間へ上がる。朝飯は生のトマト、胡瓜の叩き胡麻油和え、メカブの酢の物、納豆、温泉玉子、メシ、キャベツとワカメの味噌汁

今日は待ちに待った "RICOH GR" のデジタル版が発表される日にもかかわらず、8月の末から発動している 「リコー」 の公式ウェブログ "GR BLOG" はいつになっても更新されず、それは東京国際フォーラムで記者会見が始まる午後1時30分を過ぎても変わらなかった。そしてスウェーデン語のサイト、中国語のサイトに先ず画像入りの詳細がアップされ、日本経済新聞系のサイトに公式情報が載り、他のサイトにも次々と 「リコー」 が満を持したらしい新商品の紹介がされた夕刻以降もなお "GR BLOG" はきのうのままだった。

「更新要員が6人も雁首ならべて何やってんだ?」 と思うがこれも手の内なのだろう。そして海外のサイトから先ず知った "RICOH GR" のデジタル版は光学ファインダーを持っていなかった。ファインダーが必要ならば別途 「コシナ」 製と思われる外付けファインダーを買って小さなデジタルカメラにこれを装着することになる。このスペックだけを見てもこのカメラは僕の好みには合わない。祭は終わったのである

初更、豆腐のお吸い物あんかけ風、タシロケンボウんちのお徳用湯波と水菜の炊き物、うずら豆、銀ムツの粕漬ちらし鮨を晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を350CCほども飲み、9時すぎに就寝する。

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 2005.0912(月) イヤフォンで聞く相撲中継

2時に目を覚ます。選挙速報のテレビをすこし見て二度寝に入り、5時30分に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをするうち、あるウェブログで普天王という新小結が朝青龍を破ったことを読み、きのうから秋場所が始まったことを知る。

1970年代、銀座5丁目の 「鳥ぎん」 はいまだ木造の3階建てで、入ってすぐの左手にあった調理場ではラジオの競馬中継を流しながら職人が焼き鳥を焼いていた。ある夕刻に隣の客から 「今日の第3レース、何が来ました?」 と問われて 「いえ、僕、競馬はやりませんから」 と答えた記憶もあるが、そのとき僕は腕時計に仕込まれたラジオで相撲の実況を聞いていた。

旭國や富士櫻や荒瀬が元気だったあのころには熱心にその経過を追ってた大相撲も、いまでは朝のテレビニュースを見て 「あ、いまやってるのか」 と気づく程度のかかわりしか持たなくなった。若いころに好きだった国技への興味を中年以降より失うとはどのような事情によるものだろうか。それはさておき相撲関係者の持つ雰囲気は、スポーツマン、アスリートよりも邦楽日舞の人のそれに近い。自分が相撲を好むのは、それがスポーツでないから、と言ったのは死んだ杉浦日向子だ。

7時に居間へ上がる。朝飯はキャベツの油炒め、生のトマト、メカブの酢の物、納豆、壬生菜の漬物、メシ、豆腐と万能ネギの味噌汁

終業後、事務机の上に "Leica ?c" と "RICOH GR1v" を並べてみる。そして 「"RICOH GR" のデジタル版は、そう小さくなって欲しくねぇなぁ、スパイカメラじゃねぇんだからさぁ」 と考える。あした発表になるリコーの新しいデジタルカメラについて 「15万円までなら買う」 と気の早いことを言う人もいるが、その値段だったら僕は買わない。事務机右の防湿庫にある6台のライカのうち3台は、ひと桁万円の買物である。

初更、タシロケンボウんちのお徳用湯波と貝柱、春雨、椎茸の中華風スープと共に芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲み始める胡瓜の叩き胡麻油和えモヤシとピーマンと豚肉の油炒め春巻きにて計2杯のお湯割りだから僕の酒量はそう多いわけではない

入浴して牛乳を350CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2005.0911(日) 眠れない夜の眠り方

「面白半分 快人列伝」 を2時に読み終えていまだ眠気は訪れない。「しょうがねぇな」 と考えつつ階段室へ行く、本棚および床に積まれた、あるいはそこから崩れ落ちた本の中から 「こんなのあったのか、まだ読んでねぇみてぇだな、まぁ、これにしとくか」 と1冊を取り出して寝室へ戻る。

「自分が興味を持つ対象を、それほど上手でない文章で解説した」 この本を開いて数行を辿った途端に眠くなった事実は、やはり僥倖と呼ぶべきだろうか。眠れない夜の眠り方をひとつ憶えて2時30分に就寝し、何の助けもなく5時30分に目覚めたのは僕が老境に差しかかった証拠である。

事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時前に自転車で今市小学校へ行くと、衆議院選挙の投票が行われる体育館には既にして短くない行列があった

その10分後に帰宅をする。朝飯は昆布の炊き物、ソーセージとほうれん草の油炒め、トマト入りスクランブルドエッグ、壬生菜の漬物、納豆、メシ、シジミと万能ネギの味噌汁。

「朝飯の画像がときどき無いのは撮影に失敗をした証拠で、白いメシと色の濃いおかずを同じ画面に収めるため露出が平均に得られないこと、畳の上の食卓と天井の灯りとの距離があるため光量が不足すること、小さなカメラが手ぶれを起こしやすいことの3点が、その主な原因である」 と書いた今月1日と同じ状況にて朝飯の画像はない。

「で、どうなのよ、"RICOH GR" のデジタル版は」 ということだけれども、あさってにはその全貌が明らかになる

初更、とは荷風がよく使った言葉だけれどもこれは季節によりその時間帯は変わるのではないかと思われる。夏には初更と言って違和感のなかった時間も夜が早くに始まる秋以降は晩と呼ぶべきかも知れない。とにかく午後7時ころより生のトマト、卓上で焼くジンギスカンにて芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲む

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時すぎに就寝する。

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 2005.0910(土) ボタンの「エムニ」

5時に目を覚ましてしばらく後に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、6時30分に居間へ上がる。

熱い煎茶を飲みながら 「あ、今日は土曜日か、だったら学校は休みだから早くにメシを食べ始める必要はなかったんだな」 と気づく。その朝飯はレタスと玉ネギと生ハムのサラダ、昆布の炊き物、秋刀魚と野菜の南蛮漬け、壬生菜の漬物、ピーマンの油炒め黒酢がけ、メシ、豆腐と万能ネギの味噌汁

9時前に丸山公園のテニスコートへ次男を送り、1週間前にフィルムを入れた 「エムニ」 で35枚目と36枚目の写真を撮る。帰社する途中で 「かみじょうカメラ」 へ寄り、コンタクトプリントを頼む。

僕の 「エムニ」 はフィルム巻き戻しのスイッチがレバーではなくボタンの初期型で、しかも巻き戻しが完了するまでボタンを押し続けなければいけないタイプだ。このシステムは一見面倒に思われてしかし、巻き戻しの途中でボタンから指を離すとシャフトが回転不能になるところから、フィルムがパトローネに完全に格納されたか否かの判断が容易にできてとても便利だ

初更、きのうあまった蓮根と海老すり身の天ぷら、ほうれん草の胡麻和えやはりきのうあまった秋刀魚の南蛮漬け、牛タンを薄いだしで煮て冷ましたものを肴に芋焼酎 「百秀」 の水割りを飲む。「味芳」 のジャコ、壬生菜の漬物、「丸赤」 の 「極辛塩鮭」 によるお茶漬けにて締める

入浴して牛乳を350CCほども飲み、床へ着くがなかなか眠れない。「面白半分 快人列伝」 を読んで0時に至る。

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 2005.0909(金) 日記の値段

3時に目を覚まし、起床して事務室へ降りる。3時30分より製造現場へ行き、小一時間ほどの作業に従って事務室へ戻る。いつものよしなしごとをするうち5時前になったため、シャッターを上げて戸外へ出る。日中の残暑がいくら厳しくても空に未明の群青色はなく、だからいまだ真っ暗なこの時間には明らかに秋を飛び越えて冬の予感がある。

6時30分に居間へ戻って熱い煎茶を飲む。朝飯はスクランブルドエッグ、生のトマト、ワカメとさらし玉ネギの鰹節かけ、メシ、豆腐と万能ネギの味噌汁、葡萄

日光MGの会場 「メルモンテ日光」 は宿泊するには申し分のない施設だがただ一点、インターネットへの接続だけはいただけない。PHSはほとんど役に立たず、docomoを使うにしても電波を強く捉える場所を探して歩くことがしばしばだから残る方途は灰色の公衆電話に頼るのみとなる。

そのようなわけで2日のあいだできなかったブラウジングをするべく、先ず田中長徳の日記へ飛んで過去ログを読もうとしたところ、これが6日の午後から有料になっている。説明によれば会費は6ヶ月で3,000円とのことだから1日あたり16.6円で、アンドレ・ケルテスの写真集には数万円を投じてもウェブ日記にはなかなかお金は払いづらい。「ま、当日の日記に限っては無料だから、今後はそれだけを読むことにするか」 と、会員になることは避ける。

「松岡正剛の千夜千冊くれぇになれば、会費を取っても良いかも知れねぇけどなぁ」 とは思う。もっともこれの一冊分ですら、僕は読み通したことはないが

初更、冷や奴を酒肴として芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを飲む蛸と野菜のマリネ生ハムと玉ネギのマリネ蓮根と海老すり身の天ぷら秋刀魚と野菜の南蛮漬け、昆布の炊き物というお総菜にて計3杯のお湯割りを飲む。おこわは次男の好物だが僕はほとんど食べない

晩飯を終えるころに強烈な眠気を覚え、すぐに入浴をする。牛乳を350CCほども飲んで8時30分に就寝する。

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 2005.0908(木) 日光MG・2日目

4時すぎに目を覚ます。スケデュールが混み合っているときにはいつものような朝のよしなしごとの時間を取りづらいため、日記は同時進行のようにして2行3行と書き進めておく。きのうそうして文字数を増やしておいた日記を完成させてフォルダに保存する。

動物や植物、更に範囲を広げれば地学や天文学と呼ばれるものの対象にいたるまで、いわゆる自然科学系の教養が僕にはまったくない。「だったらお前の専門はなんだ?」 と訊かれればなにもないわけだけれど、だからいよいよ赤く染まりつつある東の空に啼く鳥の名前も知らない

きのうよりもすこし早い5時30分に山を下る。13キロを走って14分後に会社へ着く。事務室にてきのうの日記をサーヴァーへ転送し、メイルの受信を行う。ついでに4階の居間へ行き熱い煎茶を飲む。

「メルモンテ日光」 へ戻っての朝飯は鯵の干物、スクランブルドエッグ、ベーコン、生野菜の盛り合わせ、メシ、ワカメと三つ葉とお麩の味噌汁、ジャコおろし、牛乳。

9時より 「第10回日光MG」 の2日目が始まる 。きのう "strategy accounting" の講義の際に行った第4期経営計画では 「僕にしては」 という条件付きだがすこしばかり頭を悩ませた。長期借り入れを起こしてまとまった現金は手にしたものの、そしてこれからいくらでも大きくしていける内容の会社が盤上にはできているけれど、生憎と僕は大きな会社が好きではない。もちろんMGは自分自身で様々な "case" を作り、また刻一刻と変化していく "case" に自ら対応していく図上演習だからいろいろと試してみることは大切だけれども、どうにも自分の好みでないゲームを展開するのは気がすすまない。

結局のところ 「すこし大きい」 くらいの会社で第4期を闘い、経営計画よりも11パーセントすくない経常利益を得る。昼食は、スパゲティ・ナポリタンとサラダ

第4期までに積み上げた、あるいは減らした自己資本はどのような自身の姿勢によるものかを同じ市場の競合相手に評価してもらう 「ビジネスパワー分析」 を経て第5期を迎える。僕においては脇目を振らず第4期の経営方針を堅持することとし、当初計画に比して5割増の経常利益を上げる。

MGは成績で評価されるものではないが、ゲームである以上、参加者のはげみとするために表彰式がある。定められた条件を満たした上で第5期の到達自己資本が最も高かった者に与えられる最優秀経営者賞は、茨城県から参加をされて自己資本を505まで増やしたクノシンイチローさんが得た第2位は自己資本405の僕そして第3位は自己資本365の販売係サイトーシンイチ君に与えられた

MGにおいては定石に外れた経営をするから成績の悪い僕が、ことしは2度も表彰をされている。「オレが表彰状なんてもらっちゃいけねぇなぁ、次の機会には、またちと常識に外れたことをしてみよう」 と考える。

参加者から質問を集め、それに先生が答える中で行う式の最後の講義を終え、僕が締めの言葉を述べて第10回目の日光MGを完了する。次回の日光MGは来春1月18日と19日の両日、同じ 「メルモンテ日光」 にて開催をされる

台風一過の空の下で写真撮影の後、多くの社員は特別仕立てのバスに乗り、また荷物運びの社員は三菱デリカにて日光市内へと降りていく。西順一郎先生、社外から参加のクノシンイチローさんとサクライマサタカさん、僕と家内の5人は日光市内の蕎麦屋にて軽く打ち上げをし、クノさんとサクライさんとは店の外で、西先生は東武日光駅のプラットフォームにてお別れをする。

7時に帰社して 「正式の受注確認書は明日お送りします」 との返信を、ウェブショップからご注文を下さったお客様に送付する。7時30分に自宅へ上がって入浴し、牛乳を350CCほども飲んで9時前に就寝する。

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 2005.0907(水) 日光MG・1日目

闇に枕頭のデジタル時計を確認すると3時を過ぎたところだった。その後、眠っているのか覚めているのか定かではない時を送り、気がつくと4時30分になっている。起床してきのうの日記を仕上げ、次いで携帯電話を見るとウェブショップへの注文が転送されてきている。

日記の更新、受注確認書送付のためインターネットに接続しようとするも、携帯電話と公衆電話の双方で、その都度さまざまなエラーメッセージが出て失敗する。「そういえば1月の日光MGの2日目からも、同じ症状が出ていたっけ」 と、のど元過ぎれば熱さ忘れる性格ゆえの記憶がよみがえる。

「いまだ6時前ならば」 と駐車場へ行き三菱シャリオにて山を下る。道を横断する鹿の親子に速度をゆるめる場面などもあったが15分後に会社へ入り、顧客への返信などを行う。ついでに居間へ上がり、熱い煎茶を飲んでいま来た道を引き返す。

「メルモンテ日光」 での朝飯はシラスおろし、秋刀魚の干物、スクランブルドエッグ、ベーコン、納豆、生野菜の盛り合わせ、メシ、ワカメと三つ葉とお麩の味噌汁、温泉玉子、牛乳。

10時より第10回 「日光MG」 が始まる。5人あるいは6人による市場の中で各々が自己の盤上に経営を展開し、決算に至るまでを1期としてこれを2日間に5期おこなうのが「西研究所」 のMG(マネジメントゲーム)だ。MGは "spartan" な研修だそうだけれど僕はこれを苦にしたことはない。ただし頭を働かせすぎて脳が酸素欠乏を起こすことはしばしばある。

第3期の決算中に時計を見たらいまだ4時を回ったばかりだったから本日の進捗は早い。その決算において、コンピュータと数字と帳面を扱い慣れているはずの事務係コマバカナエさんを、販売係のトチギチカさんが指導するのも面白い。夏に葉を茂らせた木々を大きくたわませていた台風の風もようやく収まり、雲が徐々に薄くなる。

いつもは晩飯を終えてから行う "strategy accounting" の講義は本日の能率の良さを受け、研修会場に弁当が運び入れられる前に完了した。晩飯の後には不肖僕が 「我が社の戦略会計」 という題で20分ほどの話をして会場の灯りを落とす。

きのう前夜祭で賑わった男子社員の6人部屋にて7時30分より交流会が開かれる。西順一郎先生の誕生日を明日に控え、今夜もまたその前夜祭のようなものだろうか、"Chez Akabane" の大きなケーキとマグナムの "Moet & Chandon Brut Imperial" を全員に行き渡らせ、きのうより幾分かは上品な席を持つ。

製造係のマキシマトモカズ君とイトウカズナリ君、販売係のサイトウシンイチ君が後かたづけを完了しつつある部屋を10時30分に辞去して最上階の露天風呂へ行く。岩に背中を預けつつ見上げた空には飛ぶように流れる雲ではなくチロチロと点滅する星ばかりがあった。僅々10分ほどの入浴を終えて自分の部屋へ戻り、「面白半分 快人列伝」 は手に持ったまま開くことなく11時すぎに就寝する。

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 2005.0906(火) 枕石三軍臥白砂

目を覚ましてしばらくしてから洗面所へ行く。100円ショップで売っているような小さなプラスティックの時計を見て4時という時刻を知る。日光の山は雲に隠れているようだが、ふもとの灯りだけは見える。事務室へ降り

「淡々幽情」  鄧麗君  TACL-2400  \3,000

を聴きつついつものよしなしごとをして6時30分に居間へ戻る。

朝飯は目玉焼き、メカブの酢の物、刻みオクラの鰹節かけ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き物、メシ、豆腐とワカメと万能ネギの味噌汁。「大力納豆」 の 「辛味納豆」 を取り寄せたときには 「ずいぶんと高けぇな」 と感じたが、8月14日より連日のように食べて今日まで保ったから 「高けぇ感」 も半分ほどは減じた気がする。

始業後一番の仕事としてクルマで鬼怒川へおもむき、ブーメランのように戻る。往復24キロを所用も含めて1時間でこなせたのだから上出来だろう。帰社すると事務机には、きのう軽く督促した 「平井製作所」 のストラップ2本が届いていた

あしたから始まる 「日光MG」 へ出席をされるため、茨城県からクノセイイチローさんが10時前に来社をする。30分後、下今市駅のプラットフォームに西順一郎先生をお迎えする。

先生が日光へお見えになったときには戦場ヶ原の散策へなどご案内をすることにしているが、生憎と台風が近づいている雨模様にて、だから田母沢の御用邸をお見せしようと朝方インターネットで調べたところ、本日火曜日は定休とのことだった。ふと思いついて先生とクノさんをお乗せした三菱シャトルを金谷ホテルの駐車場へ置き、8年を費やし今年3月に大修理を終えた神橋のたもとへと坂を下る。

東京の人が東京タワーへ昇らないことと同じく、僕もこれまでこの橋は多くクルマの中から眺めるのみだった。雨に濡れた奇岩絶壁と杉の大木、白く泡立つ大谷川、その面からわき上がる霧にひときわその朱色を鮮やかにする神橋に近づき、これを渡る。更には1年だけとその設置期間を限定された階段を降り、橋の下部構造を見る

先ほど来た道を戻り、金谷ホテル2階の食堂にて古色蒼然とした洋食による昼飯をとる。ふたたびクルマに乗って霧降高原を目指せばその名のとおりに霧はいよいよ深い。

「私は六方沢が好きでねぇ、あそこまで行けばいくらかは景色も見えるのではないでしょうか」 との言葉にうながされて 「メルモンテ日光」 より山道を更に7キロ進んで六方沢の橋へ至れば 「あー、やはり何も見えませんでした」 というのが先生の口から漏れた言葉だった。このあたりの先生の "sophisticated" 具合については、分かる人には分かるが分からない人には分からない。ところで137年前の春、この橋の下130メートルの沢で北へ敗走する大鳥圭介が一夜を過ごしたとは、今日はじめて知ったことだ

先生とクノさんを 「メルモンテ日光」 の部屋までご案内し、いったん帰社して仕事に復帰する。終業後に20分ほどクルマを走らせて 「メルモンテ日光」 へ入る。西先生、クノさん、今夜からここへ泊まり込む社員たちと夕食を共にし、その後、男子社員のための8人部屋を開放して前夜祭を行う。社外からの出席者サクライマサタカさんが到着したのは9時を回ったころだっただろうか。

更に続く会を10時すぎに中座し、最上階の露天風呂に入って部屋へ戻る。「面白半分 快人列伝」 をすこし読んで11時すぎに就寝する。

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 2005.0905(月) 早く買った方がいいぞ

3時に目を覚まして 「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を開き、4時すぎにこれを読み終える。4時30分に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをして7時に居間へ戻る。朝飯は「大力納豆」 の 「辛味納豆」、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き物、メカブの酢の物、マカロニサラダ、メシ、エノキダケと三つ葉の赤だし味噌汁

「エムロク」 用の速写ケースを 「平井製作所」 に注文してその出来映えに感心し、しかしストラップについてはしばらくコードバンによる他社製を使っていた。そのうちにこのストラップが 「エムロク」 とそれを覆う分厚い革ケースの重さに対して華奢に過ぎるのではないかと感じだし、バルナックライカの "?c" に転用した。

「速写ケースと一緒に買っときゃ送料が助かったのになぁ」 と考えつつメイルで注文したドイツ革のストラップがなかなか届かないためヒライさんに電話を入れると 「メールで? ちょっと待ってくださいよー」 としばしあってから 「黒の100センチですね、今から作ります」 ということになり、目的の商品はその翌日に到着した

最近その 「エムロク」 に光線漏れの疑いが生じたため、35ミリのMマウントレンズを付けて無理なく使えるカメラは 「エムニ」 のみになった。事務机右の防湿庫にある 「エムサン」 と 「エムニ」 にストラップは無い。「だったら今度もヒライさんのを買おう」 と決めて注文のファクシミリを送ったのは先月27日のことだった。

それから9日を経ても 「平井製作所」 からは何の音沙汰もなく、だから本日の午前中に電話を入れてみれば、ヒライさんは 「あ、あのご注文ね、それでは今日つくってお送りします」 と言うので 「いえ、別に今日お作りにならなくても結構です、無理のないようににしてください、黒の90センチを2本です」 と答えて電話を切った。

「毎度毎度しょうがねぇなぁ」 というところだが 「平井製作所」 のカメラケースやストラップの品質を知った者にとって、これくらいの手続きはどうということもない。「オレも年をとったから引退だ」 とヒライさんが決めてからでは遅いのである。

先週の金曜日、白崎彩子トリオのコンサートへ行く途中、日光宇都宮道路の日光インターチェンジを出たところで 「むつみ庵」 という新しい蕎麦屋を見つけた。日光でだれかとメシを食べる際に役立つかも知れないというのが、そのときの僕と家内の認識だった。そうであればとりあえず下見をしておく必要がある。

12時40分に家内とホンダフィットに乗り、150円から100円に値下げをした今市日光間の高速道路を5分でこなして目的の店へ着く。簡素かつ清潔な客席にて家内は湯波の炊き物やら舞茸の天ぷらの付くセット、僕は 「野州地鶏旨汁そば」 と 「山椒めし」 を注文する。熱い鶏肉の汁で食べる盛り蕎麦には長葱の他に茹でたニラが薬味として添えられていたから、むかし我が町の 「並木苑亭」 へ行くと食わせてくれた、しかし品書きには無かったニラ蕎麦を思い出す。

「むつみ庵」 で特筆すべきはむしろ炊き込みごはんにあるかも知れない。家内のセットに付いた舞茸飯、そして僕の山椒飯ともかなり美味く、またそのかたわらに控える胡瓜と茗荷の漬物も上品だった

充分以上に満ちた腹を抱えて5キロの道を引き返し、出発して50分後に業務へ復帰するスケデュールは苦しいからしばし休憩を取る。

初更、明日あさってと飲酒を為すから今夜は断酒した方が後が楽だ、ということに気づく。コールスローポテトのフレンチフライきのうのビーフシチューの残りで煮た巨大なハンバーグをおかずとしてメシ1杯半を食べ、ワインは遠ざける。

入浴して牛乳を300CCほども飲み

「面白半分 快人列伝」  佐藤嘉尚著  平凡社新書  \777

をすこし読んで9時前に就寝する。

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 2005.0904(日) 美味いシチュー

3時前に目を覚まして起床する。3時30分より製造現場へ入り、小一時間ほどの作業に従う。その後は事務室にていつものよしなしごとをし、5時30分に居間へ上がる。朝飯は胡麻、ジャコ、ふりかけ醤油焼きの4種のおにぎり油揚げと小松菜の味噌汁

そのおにぎりの残り、および別途に作ったおかずを弁当として持ち、ホンダフィットに乗って集合した今市小学校を6時25分に出る。1時間後に宇都宮総合運動公園へ達し、次男は 「栃木県小学生ソフトテニス大会」 に参加をする。おなじ部の上級生が決勝まで進むという白熱したゲームが終わり、その表彰式と写真撮影が済んだときには5時を過ぎていた。

宇都宮から日光街道の裏道・栗谷沢街道を走り、その最高地点に巨大な道祖神があるところから、旧知のウスイベンゾーさんが 「チンポコ峠」 と呼んだ山道の直下に掘られたトンネルを一気に抜けると、それまでの曇り空は一転して強い雨に変わった。土砂降りの中を6時30分に帰宅して即、入浴をする。

ジャガイモと胡瓜とレタスのサラダフランスパンとトマトのグラタン、牛すね肉のシチューという晩飯の、このシチューが料理屋の手をかけた高級品よりもずっと美味いのは、いわゆる 「かーちゃんの味」 だからなのだろう。こういう晩飯だと飲む酒も忙しく、2階のワイン蔵より持ち出した、いずれもバキュバンで栓をしておいた "Mouton Cadet Blanc Baron Philippe Rothschild 2002" と "Castillo de Molina Cabernet Sauvignon Reserva SAN-PEDRO 1999" とを忙しく交互に飲む

食後、次男の教科書音読の宿題を督励する

牛乳を350CCほども飲んで 「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を読み、10時に就寝する。

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 2005.0903(土) 高級サンマ

3時に目を覚まして 「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 を読む。4時から二度寝をして5時30分に起床する。事務室へ降りていつものよしなしごとをし、7時に居間へ戻る。朝飯はオクラの叩き鰹節かけ、レタスとツナのサラダ、めんたいこ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁

9時前に丸山公園のテニスコートへ次男を送る。いまだかなりの暑さにて、東京では33、4度まで気温が上がるのではないか。僕が子供のころ、といえば東京オリンピックをはさんだ数年間の風景をいくつも思い出すが、あの時代には盛夏にあっても天気予報が30度とその日の最高気温を伝えると、「今日は特に暑いんだなぁ」 と考えた記憶がある。

地球ではそのうち、熱帯から温帯へ、温帯から寒帯へと移り住む人が多く出てくるのではないか。あるいは空調の効いた家から空調の効いたクルマに乗って空調の効いた会社へ移動するような、その活動をカプセルの中に限定した社会が現れるのではないか。農業もカプセルの中で作物を育て、漁業もカプセルの中で魚を得る社会。ウェルズどころの騒ぎではない。

初更、枝豆マカロニサラダ厚揚げ豆腐と小松菜の炊き物、塩焼きの秋刀魚にて芋焼酎 「百秀」 のお湯割りを360CCほども飲む

次男が今夜の秋刀魚について 「美味すぎる。これ、高級サンマ?」 と訊くので 「そう、高級サンマ。ひとり分が150円」 と答えると 「なーんだ」 という顔をする。鮪のトロは数十年を経るあいだに車夫馬丁の食べ物から高級嗜好品に上り詰めた。「ゴミにしかならない」 と、むかしは八百屋や魚屋でタダで貰えた品物で、今はお金を出さなくては手に入らなくなったものを数え上げればきりがない。鰯も徐々にその値を上げている。「家で食うサンマくれぇは、いつまでも安くあって欲しいよなぁ」 と思う。銀座や赤坂の料理屋で食う秋刀魚は、既にして充分に高い。

8時に至って猛烈に眠くなったため、寝ることにする。入浴はメシの前に済ませていた。「華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢」 をすこし読んで8時15分に就寝する。

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 2005.0902(金) 「助けてください」どころじゃない

目を覚ましてしばらくそのままベッドへいたが、一向に眠くならないため4時に起床して事務室へ降り、いつものよしなしごとをする。

6時前、店舗駐車場のお稲荷さんに柏手を打つ音が聞こえる。外を見ると習志野ナンバーの日産車があり、そのかたわらには僕よりもすこし年長らしいオジサンが立っている。オジサンはやがてリコーダーを取り出し 「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」 の 「ふるさと」 を、「ドードードーレーミレ、ミーミーファッピーッ!」 と、古拙の音調にて吹き始めた。

このとき、僕が思わずオジサンからの視線をさけて事務室の奥へ身を隠したのは、どのような心理によるものだろうか。人は言語で物事を考えるよりも先に、名状しがたい本能により体を動かすことがままある。

7時に居間へ戻る。朝飯は生のトマト、きのう 「めんち屋トム」 にて求めたポテトサラダ、ほうれん草の油炒め、メカブの酢の物、めんたいこ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メシ、茄子と万能ネギの味噌汁

先日、コンサートの当日まであと10日と迫りながらティケットがいまだ15枚しか売れていないから助けてくれと旧知の顔が来社したため、1枚2,500円のこれを4枚購入したところ、他に招待券4枚をくれたから手持ちの合計は8枚になったと、先日の日記には書いた。そのような背景およびウチの終業時間の関係から演奏開始の15分前に会場の 「小杉放菴記念日光美術館」 へ来てみれば、ホールは親子3人が一緒に座れる場所の見あたらない満席にて 「助けてくださいどころじゃないじゃーん」 である。最後列の更に後ろへ美術会員が並べてくれた椅子に、我々はようやく落ち着いた。

1曲目は "If I were a bell" だから今夜はじめて聴くピアノ・トリオの性格はなんとなく分かる。そして白崎彩子の弾く "Airegin" はとても Bud Powel っぽくて 「こういう "Hard Boper" は好きだねぇ」 と思う。第二部のはじめのスピーチによれば、やはり彼女のアイドルはバド・パウェルだったらしい。

コンサート会場と同じ日光のまちなかにある中華料理屋 「翠園」 で晩飯にしようと考え店に近づくと、既に片づけの最中だったため、ホンダフィットの鼻先を南へ向け日光街道を下る。あそこにしよう、いやイヤだ、だったらどこそこは? もう9時だから閉まるころだろうなどと話しつつ日光駅のちかくまで来ると、右手にひときわ明るいラーメン屋がある。「ここでいいじゃない」「晩飯難民になってもいけねぇしな」 と、波形トタンで壁を覆ったレトロスタイルのチェーン店 「馬力」 に入り、3種のラーメンを注文する。僕は別途、焼き餃子と味玉子を肴にウーロンハイ1杯を飲んだ

ウーロンハイではガツンと来ないから帰宅して入浴後、「大力納豆」 の 「辛味納豆」 を肴に 「日當山酒造」 の芋焼酎 「百秀」 を生で1合ほども飲む。その後なにやかやとして牛乳を300CCほども飲み、11時に就寝する。

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 2005.0901(木) 「めんち屋トム」?

2時すぎに目を覚まして以降はうつらうつらとしか眠ることができず、「だったら」 と起床して時計を見ると4時だった。事務室へ降りてシャッターを上げ外へ出ると、あたりは盛夏のころとはすっかりおもむきを異にして真っ暗に近い。事務室から漏れる明かりにて、店舗駐車場に散乱するカップヌードルの器と箸、縮れた麺とトウモロコシが見える。信号待ちのクルマから投げ捨てられたものだろう。こういうものを片付けるのも、朝のよしなしごとのひとつである。

きのうのうちから新しい月のものに書き換えておいたウェブペイジのトップや更新履歴をサーヴァーへ転送し、6時30分に居間へ戻る。今日から2学期が始まるからメシも早くに食べなくてはいけない。その前にまず熱い煎茶を飲み、ソファにもたれてゆっくりとする。

朝飯は南瓜の炊き物、ブロッコリーのバター炒め、めんたいこ、「大力納豆」 の 「辛味納豆」、メカブの酢の物、メシ、ワカメとほうれん草と万能ネギの味噌汁。朝飯の画像がときどき無いのは撮影に失敗をした証拠で、白いメシと色の濃いおかずを同じ画面に収めるため露出が平均に得られないこと、畳の上の食卓と天井の灯りとの距離があるため光量が不足すること、小さなカメラが手ぶれを起こしやすいことの3点が、その主な原因である。

栃木県今市市の店舗へご来店になるお客様のために作ったペイジ 「街の美味しいもの屋さん」 にもある洋食の 「金長」 が国道121号線に面した、そしてウチの蔵のはす向かいに作ったテイクアウトの店は本日11時30分に営業開始とのことにて、早速に出かけてみる。店の名は本店と同じとばかり思っていたが、厨房の窓に立てかけられた葦簀には 「めんち屋トム」 とあった

注文を受けてから揚げるメンチカツのハンバーガーは、なかなかに美味い。ただし僕でも2個は欲しいサイズだ。大食漢なら3個、弊社の製造係タカハシアキヒコ君なら4個でようやく満足をするかも知れない。同時に購入したポテトサラダをおかずにして朝飯の残りごはん1杯を食べる。9月にはいささか交通量も落ちるが、それが過ぎれば紅葉の季節が来る。走るクルマが次々に停まって製造が間に合わない、そういう店になったらいいなぁと思う。

トマトとレタスとグリーンアスパラガスのサラダ、カレーライスを晩飯として飲酒は避ける

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時に就寝する。

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