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大空に月と日が姿を現してこのかた 紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2007.0731(火) また嫌いではない

洗面所の窓を開けると換気扇の雨よけから蜘蛛が1匹、細い糸を頼りにぶら下がっている。その背景には夏の朝に似合わない薄暗さがあり、青空などはどこにも見あたらない

事務室へ降りてコンピュータを起動しメイラーを回すと、新しいウェブショップに対してお客様から、不備のあるところを指摘するメイルが届いている。この種の親切は新ショップをサーヴァーへ転送した翌日からポツリポツリとあったが 「いや、そんなところの脱字まで見つけてくださったか」 と、有り難いことこの上ない。

新しいウェブショップについて、自分の気づいたあれこれは先週末に長いメイルにしてペイジ作成者へ送付した。その処理が終わらないうちに別の齟齬をいくつも知らせては先方も混乱するだろう。だから一気に修正要求を出すことはしない。それでも来月の上旬までには、なんとかしてお客様に快適な環境を完成させたい。

夕刻、地採れの野菜による天麩羅を肴に焼酎のお湯割りを飲む。「田舎に住んでも美味いものは野菜くらいで、だから更にたくさんの美味いものを食べたい自分は都会に住むのだ」 と言った人がいる。しかし換言すれば田舎の人は美味い野菜の採れる環境で空気を吸い、美味い野菜の採れる土壌の水を飲んでいる、ということである。

ま、バンコックの路上でサムローの排気ガスを浴びながらセンヤイヘンを食うことも、僕はまた嫌いではないが。


朝飯 生のトマト「ぱんいしづか」 のパンスクランブルドエッグ、ミルクティー

昼飯 鞘隠元豆の油炒め、豚肉の生姜焼き、しらす、豆腐と三つ葉の炒り卵、メシ

晩飯 生のトマト、茄子、鞘隠元豆、獅子唐、玉ネギ、鶏肉の天麩羅、ご近所からいただいた手打ちうどん、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

日光みそのたまり漬   たまり漬ヤフーショップ

 2007.0730(月) 土用

所用で市内瀬尾地区へ行ったついでに 「ぱんいしづか」 に寄る。むかし小林彰太郎が "Alfa Romeo 8C 2300" の試乗記で 「英国の典型的な田舎道」 と形容した、なかなか気持ちの良い屈曲した道にこの店は面し、看板も目立たないから知った者でもうっかりするとつい行き過ぎる。午後も遅い時刻で残りのパンはそれほど多くなかったが、それでもあれこれ選んで2,000円と少々の買い物をする

降ったり止んだりの肌寒さがいまだ続いている。「土用って感じじゃないわね」 と社員の退社時に家内が言うと、タイムカードを打ち終えた製造係のマキシマトモカズ君が 「だって今日は月曜日ですから」 とすかさず応答する。僕は、こういう風に頭の回転する人を密かに畏敬している。僕だったら相づちを打つにしても 「まだ梅雨が明けませんからね」 と、しごくまっとうなことしか言えない。

「暑中見舞いに扇子をご手配くださるとは、洒落た贈り物に感服した次第です、いやまったくセンスの良い扇子を有り難うございました」 と、この程度の駄洒落なら僕にも理解はできる。しかし 「私はスキーが好きだからナイターも笑いながら滑るんです」 となると、もうお手上げである。

豚肉の生姜焼きという、至極メシに合うおかずを選んで今月8度目の、つまり月末にあと1日を残して断酒のノルマを達成する。ウチは、土用の丑の日には鰻は食べない。


朝飯 生のプティトマト、獅子唐の味噌炒り、納豆、しらす、刻みオクラの鰹節かけ、胡瓜のぬか漬、メシ、豆腐とワカメと長葱の味噌汁

昼飯 擂り胡麻、胡瓜と茗荷の千切り、錦糸卵を薬味にした素麺

晩飯 トマトとジャガイモとサラダ菜のサラダ、しらす、胡瓜のぬか漬、うずら豆、しょうがのたまり漬とにんにくのたまり漬を使った豚肉の生姜焼き、メシ

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 2007.0729(日) 強雨

甘木庵へ行くというオフクロを土砂降りの中、ホンダフィットに乗せて下今市駅へ送ると、待合室に人があふれ、電源を切られた自動改札機の前には 「東武日光線は現在、落雷のため電車の運行を止めている」 旨の掲示があった。

当方の仕事はオフクロを駅に送るだけでなく、相当量の何がしかを納めた車輪付きケース通称 「お引きづり」 を上りのプラットフォームに運んではじめて完了である。ひとりの駅員に何人もの乗客があれこれ質問している状況にあっては、機能していない自動改札機を素通りしても咎める者はいない。

「停電が、いつまで続くわけないよ、待ってりゃそのうち電車は来るから」 とオフクロを促し、その自動改札機を抜けて跨線橋を渡る。買ったばかりの入場券は差し込むところもないから、帰社する前に駅のゴミ箱へ棄てた。

雨はその後も断続し、ウチの夏の閉店時間6時30分を過ぎるころには本日何度目かの強雨が地面を叩いていた。その中を家内と投票所へ行き、参議院選挙の投票をする。


朝飯 しらす、刻みオクラ、トマト入りスクランブルドエッグ、納豆、メシ、徳用湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 「日光味噌」 の粒みそ、ひしお、豚挽肉、刻み長葱を炒めたソースに胡瓜の千切りをトッピングした素麺

晩飯 茄子の炒りつけ、胡瓜のぬか漬、スッポンのゼリー、冷や奴、獅子唐の味噌炒り、甘鯛の一夜干し、芋焼酎 「明月」(オンザロックス)

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 2007.0728(土) 伝統商法

「自分は粗忽者につき、これなら完売できるだろうと考えられる量の10倍を、誤って商社に発注してしまった。キャンセルの利かない取り引きで途方に暮れていたが、かくなる上は日ごろのお客様のお情けにすがるしかなく、出血覚悟の値付けをしたから、馬鹿な店主と嗤って買ってはくれまいか」 という主旨のメイルマガジンが、過去に商品を取り寄せたことのあるウェブショップから先日届いた。

この店からこの手のメイルを受けとったことは、この3年以内に少なくとも2度はあって、1度目は 「そうか、それは大変だな」 と同情もしたが、2度目の今回については何の感想もない

このメイルマガジンのような売り方を 「泣きバイ」 と呼ぶとは、ある大阪人から教えてもらったことだ。

「ウェブショップに、アナログの商売と変わるところはなにもない。もしもそういうところがあるとすれば、それはデジタル上の技術に関する部分のみである」 とは良く耳にする意見だ。そしてこのたびは我が国に伝統的な 「泣きバイ」 というものをインターネット上で経験し、「なるほどなぁ」 と得心した次第である。


朝飯 茄子の油炒め、くさや、次男が小田原の海で収穫してきたしらす、納豆、メシ、シジミと万能ネギの味噌汁

昼飯 「ふじや」 の冷やし味噌ラーメン

晩飯 "Casa Lingo" の酒肴3点盛り夏野菜の冷たいカペリーニ、他いろいろ、白ワイン(カラフ)、店主兼料理長のヨシハラさんが晩酌にしているというブルネロのグラッパ

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 2007.0727(金) 夏休み

1週間ほど前のことだったか、今市警察署の先から瀬尾方面へと左折する角に、いかにも東京の住宅街にありそうな蕎麦屋を見つけた。「ここいら辺には珍しい造作だな」 と思って、しかし健忘癖のある僕のことだから、その風景は直後には頭から去った。

午前、イチモトケンイチ本酒会長が来て、この蕎麦屋のことを話し始めたところで 「そうそう」 と思い出し、昼に家内と出かけて、晴れた茶臼山を見ながら冷たいぶっかけ蕎麦を食べる。

「玄蕎麦河童」 は 「こんど来るときには酒が飲みてぇな」 と感じさせる店だが、僕は地元の蕎麦屋ではお酒を飲んだことがない。理由は、このあたりの蕎麦屋のほとんどが昼のみの営業にて、飲もうと思えばいきおい昼酒になるから飲めない。「お前は昼の酒も厭わないようなヤツだろう」 と問われれば 「それはそうだけれど、地元の蕎麦屋へ行くのは仕事の合間に限られるから酒は飲めない」 という理屈になる。

「日光市・小田原市子供会交歓会」 に参加をして、きのうの早朝から小田原へ行っていた次男を夕刻、日光市役所まで迎えに行く。次男は本日午前の地引き網で収穫した、結構な量のシラスを土産として手に提げていた。夏休みはいまだ、始まったばかりである。


朝飯 梅干、ジャコ、炊き昆布、胡瓜のぬか漬のお茶漬け

昼飯 「玄蕎麦河童」 の冷やしぶっかけ蕎麦

晩飯 モツァレラチーズとプティトマトのカプレーゼ風鶏肉の網焼きとマッシュルームのオリーヴオイル炒め砂肝のオリーヴオイル焼きバルサミコソース小海老と浅蜊のピラフ、シャブリ産のテイブルワイン

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 2007.0726(木) 新しいウェブショップ

疲れもあってか目を覚ましたら7時が近かった。本日は、この4ヶ月間に準備してきた新しいウェブショップを午前中に開店する。そういうときにあっても更に、ウェブショップの設計に関わる本を布団に腹ばいになって読む。

晩秋から初春にかけては、甘木庵から徒歩で通うことも多い "Computer Lib" だが、すくなくとも夏のあいだだけはタクシーに乗る。「鶴八」 のある路地の裏までは740円だった。

2時間ほどかけて最終の手直しを加えたウェブショップを、一気にサーヴァーへと転送する。これを家内に電話で知らせると、しばらくして 「たまり漬を使ったレシピのペイジに画像の入れ違いがある」 などと言われて複数箇所を修正する。小さなバグはその後も頻々として見つかり、靖国通りへ出るころには午後6時を過ぎていた。

ナカジママヒマヒ社長、担当のヒラダテマサヤさんとマハルジャン・プラニッシュさん、それに僕との4人で錦華通りのスペイン料理屋 "Casa de Miyu" へ行き、打ち上げの宴を張る。本番は、正にこれからである。

浅草駅21:00発の下り特急スペーシアが北千住を過ぎると、左手で花火が盛大に打ち上げられている。それを見て 「ウチの方の花火大会は来月の1日だったか、そんときの焼そばは、福島屋のよっちゃんとこで買うのがいちばんコストパフォーマンスが高かったな」 というようなことを思い出す。

11時前に帰宅し、12時30分に就寝する。


朝飯 蕪の葉と油揚げの炒め煮、サラミソーセージと青唐辛子のオムレツ、生のレタス、焼いたオクラ、赤ピーマン、茄子、メシ

昼飯 "SHANTI CLUB INDIA "の2種のカレーのコースKingfisher Beer

晩飯 "Casa de Miyu"のハモンセラーノタコとトマトと白隠元豆のサラダ、タコとポテトの温製サラダ、トルティージャマッシュルームのオリーヴオイル煮夏野菜のパエリャイカスミのパエリャ、ほか酒肴各種、ドライシェリー1種、ワイン3種、食後酒1種

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 2007.0725(水) 格別のもの

"Computer Lib" のふたりの担当者に長大な指示書を書きつつふと気づくと、下今市駅7:04発の上り特急スペーシアは北千住に停車中だった。テイブルの上には書類が積み重なり、脱いだ靴下は前席背もたれ裏側の網に突っ込んである。

「あぁ、ダメだ、浅草まで乗り過ごし決定だな」 と落胆したが、あたりを見まわせば列車を降りようとしている客が通路に滞って停車時間が延びている。「よしっ」 と網棚のザックを降ろし、電源が入ったままの "Think Pad" を閉じてその上に乗せ、更に書類や靴下を抱えたままプラットフォームに飛び出す。

9時5分に "Computer Lib" へ達して直ぐに、ウェブショップの大規模な改装に備えての最後の作業に入る。午前中は、スペーシアの中で書いた指示書に沿っての、ヒラダテマサヤさんやマハルジャン・プラニッシュさんとの各部分の最終確認、また僕が文言の才人と認めるハットリさんと商品説明や"putmail" の最終調整をし午後は不備のある画像の入れ替えなどを行う

仕事は夕刻5時に完了の予定だったが、インテリジェンステクノロジーに関する作業が予定通りに終わることは決してない。僕の頭が 「飲み屋の席がぜんぶ埋まったらどうしよう」 との懸念に侵食され始めて1時間後、ようやくすべてのコンピュータの電源を落として靖国通りへ出る。

「書泉グランデ」 裏の 「兵六」 には幸い、3人分の席があった。「夏の夕刻、いまだ明るいうちから酒を飲むについては格別のものがありますね」 などと話しながら冷えた焼酎を生で飲む。

明日はこの4ヶ月間に準備してきた新しいウェブショップを、午前中から一気にサーヴァーへ転送する。"Computer Lib" の担当者は 「緊張しますねー」 などとと身を引き締めるが、すべてを専門家に委ねた当方は気楽なものである。

駿河台下、御茶の水橋、順天堂大学前と辿って徒歩で甘木庵に帰着する。


朝飯 3種のおむすび

昼飯 「野らぼー」 の 「鶏天おろしうどん」

晩飯 「兵六」 の酒肴各種、2種の焼酎(生)、キリンビール

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 2007.0724(火) ノレンを替える

きのう作業着の人が、国道121号線の雑草をチェーンソーで刈り取ってくれた。今朝になってみると、その刈り取られた草が歩道や車道に散乱している。「しゃがんで雑草を抜く手間が省けたんだ、これくらいはオレが掃除しよう」 と、始業前に竹ぼうきを持ち出し、これを掃いていく。

なにより百数十メートルにわたって散乱した雑草だから、ちり取りを使ってもすぐ満杯になる。「あとからビニール袋に入れりゃいや」 と、その雑草をところどころに掃き集めて山にしているところに 「日光土木」 の軽トラックが停まる。「おや?」 と思う間もなく助手席から "OAKLEY" のサングラスをかけたオニーチャンが降りてきて、やはり同じく雑草を掃き始める。

訊けばこの道は県の管轄にて、このあたりの県道は 「日光土木」 が見まわり1ヶ月に1度、手入れをするという。これまでは社員がタイミング良く綺麗にしていたから本職が草を刈ることはなかったのだろう。隠居の端から店の前までを、オニーチャンを助けて掃き掃除をする。というわけで本日は朝から汗だくになった。

汗だくになったは良いが、僕がこれまで国道121号線とばかり思っていた道はどうやら県道らしく、当の国道121号線はといえば、ウチの脇など通らず春日町の交差点からどちらかの方角へ曲がるらしい。国道252号線がいつの間にか121号線になったり、異なる国道が重なり合っていたりと、どうも道というのはややこしい。

それはさておき本日は久しぶりの晴天にて、こげ茶に 「上澤梅太郎商店」 と白く染め抜いた3シーズン用の暖簾を、白麻に墨で「涼味在中」 と大書した夏用のものに替える。しかしながら梅雨は、いまだ明けないらしい。


朝飯 ベーコンエッグ、トマトと胡瓜のサラダ、炊き昆布、しその実のたまり漬と納豆、くさや、メシ、ワカメと玉ネギの味噌汁

昼飯 しいたけのたまり漬とニラのオムレツ、胡瓜のぬか漬、じゃこ、炊き昆布

晩飯 モロヘイヤのたたき、胡瓜のぬか漬、モヤシとニラのナムル風エノキダケ入り麻婆豆腐、じゃこ、炊き昆布、メシ

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 2007.0723(月) 誰のお陰かは知らないが

店舗から隠居の端までが接する国道121号線の、歩道の雑草がずいぶんと伸びてから1ヶ月は経つだろうか。道路だからもちろん公の土地ではあるが、会社の前あるいは脇の道路だから、これを綺麗にするときには社員を動員する。

ところが現在は夏の繁忙期でそこまで手が回らない。「オレが朝はやくに、すこしずつするしかねぇか」 と考えていたところ、午後になって金属音が音が聞こえ、外へ出てみると作業着の人がチェーンソーで、その雑草をみるみる刈っていくところだった。「歩道が汚ねぇからどうにかしろ」 とでも、日光市役所へ言った人があったのだろうか。ゴミは拾えても、長さ百数十メートルにわたる範囲の草取りは大仕事である。誰のお陰かは知らないが、いずれにしても助かった。

晩飯の前に2階のワイン蔵へ行く。「ブルゴーニュの古い白はドンドン飲んじゃおうぜ」 作戦は今月16日に終了したとばかり思っていたが、棚の一番下に "Batard"、"Puligny"、"Chassagne" の、1970年代から80年代にかけての各"Montrachet" 計12本を発見する。「これは、長男が帰ってこなければ飲みきれねぇわな」 と考え、今日のところは新しいシャブリを持って4階の居間へ向かう。


朝飯 生のトマト、しその実のたまり漬と納豆、カマボコ、スクランブルとエッグとレタスのサラダ、メシ、徳用湯波と茗荷の味噌汁

昼飯 夏野菜のつゆで食べる素麺

晩飯 茄子のオーヴン焼きジャーマンポテトピッツァマルゲリータ豚レヴァのオリーヴオイル焼きバルサミコソース"CHABLIS Alain-Corcia 2004"

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 2007.0722(日) 真骨頂

5時前に目を覚ます。きのうの就寝前から用意しておいた本と携帯用のスタンドランプを持ち、音を立てないよう廊下へ出る。あたりを見まわすとちかくにアイロンがけのための机と椅子があった。ここで活字を追ううち5時30分の、起床を知らせる声が1階のあちらこちらで上がる。

食堂を見おろす2階のエプロンに出ると、割と素早くベッドを離れられたらしい子供たちはやがて、寮長のかけ声に合わせて乾布摩擦を始めた。僕にとっては35年前を思い出させる、懐かしい風景である。

しっとりとした早朝の空気の中、父母たちはツノダ先生の案内により学園内を散策する。数十分後に戻ると、食事係による朝食を前に、この催しを手伝う生徒たち、子供たちは既にして席に着いていた。つつましやかな食事を済ませてから荷物整理をし、ふたたび食堂に集合する。子供たちがひとりひとりが感想を述べ、東天寮での宿泊体験は無事に完了した。

解散後は男子部へ移動し、一般の体験入学に合流する。羽仁吉一記念ホールで副学園長のお話を聴いた後、子供たちは5種の中からあらかじめ選んでおいた各カリキュラムに分散した。

2時間つづきの理科を希望した次男はスズキコウヘイ年生の指導の下、ペットボトルロケットの制作を始める。手伝いに入った数名の現役生徒の、子供たちが失敗する直前まで口も挟まず手も出さず、限界のとろこまで黙って見守る姿勢に大いに感心をする。「教えない」 ということは、実は大切なことである。体操館前での発射実験では次男のロケットも高く飛び、やれやれと胸をなで下ろす

授業を終え、スポーツなどの課外授業へ移る子供たちと別れた父母たちは学部の食堂に移動をした。ここで男子部委員長、寮長、現役父母のお話しを聴き、質疑応答に入る。「あえてお訊きしたいが、この学校の短所はなにか?」 との参加者の質問に対し、教師が委員長、寮長のふたりの生徒をうながして答えさせたところに、先ほどの 「教えない」 教育と共に、この学校の真骨頂を見た思いがした。想定外の難しい場面での対応を任せるとは、生徒へのよほどの信頼がなければできないことだ。

しばらく後、羽仁吉一記念ホールでの、現役生徒の手になる昼食を食べた子供たちが学部の食堂に入ってくる。僕は別途、パン工場のパンによる昼食を済ませていた。個人面談は希望しなかったから、我々は予定したよりもずいぶんと早く、今回の体験入学を終えた。

ひばりが丘駅の上りプラットフォームを歩いていくと突然、長男がベンチから立ち上がって近づいてくる。夏休み中も学園の施設を利用して勉強している長男の、甘木庵に帰る時間と当方の行動が偶然、重なったのだろう。長男とは池袋で別れ、次男とふたりで帰宅の途につく。


朝飯 食事当番の生徒によるワンタンスープ、メシ、納豆、梅干し

昼飯 「自由学園パン工場」 のパン、ミルクティー

晩飯 「光家」 の串カツ、生ビール

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 2007.0721(土) 東天寮に泊まる

自由学園は、入学を希望する人たちに学校を説明するため種々の催しを行っている。本日は、東天寮で宿泊体験をする次男を連れ、午後、自由学園に行く。 在学中には学園は自分の家、自分の庭のようなものと感じて気楽にしていたが、卒業生として正門をくぐれば常に、背筋の伸びる思いがする。

受付開始時間を見計らって東天寮へ行くと、夏休みを返上してそれぞれの仕事を担う生徒たちが玄関に待機し、食堂に案内してくれる。このときから、親と子は座る場所も別々になる。そこへ別段、打ち合わせをしたわけでもないが長男があらわれ、「室長の言うことはしっかり聞け」 と次男に告げて去った。

やがて高等科の2年生の、この催しにおけるリーダーが参加者に対して明日までの大まかなことを説明し、参加した13名の子供たちは3名の室長に促されてそれぞれの部屋へと収まった。当方は男親の宿泊部屋となる2階の寮長室へと移動し、ツノダノゾム先生とのうち解けた質疑応答にて夕食までの時間を過ごす。

子供たちは夕食の食器洗いを手伝った後、体操館でサッカーをするとのことだった。付き添いの父母たちは1階の個室へ集まり、2時間30分ほどの懇談を持つ。入浴後は2階の部屋へ戻り、ツノダ先生を交えて更に1時間以上もお話しができたから、今回の宿泊体験は親にとってもずいぶんと内容の濃いものになった。

0時ちかくに就寝する。


朝飯 納豆、スクランブルドエッグ、茄子の油炒め、生のトマト、胡瓜のぬか漬、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

昼飯 鶏肉そぼろと徳用湯波と卵の温かいうどん

晩飯 食事当番の生徒による、トマトとキャベツとトウモロコシとツナのサラダ、ハヤシライス

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 2007.0720(金) そろそろエムロク

昨夏からつい先日まで、LEICA IIc の中にあって撮り終わらずにいたフィルムのベタ焼きが上がってきた。これを見ると、光量不足を懸念するあまり、大方の写真が露光過多になっている。反面、三四郎池の暗がりや本郷三丁目駅構内のあたりは良く写っていて皮肉である。

僕は荷物を嫌うから、フォクトレンダー製の小さな露出計すら持ち歩かない。その代わり、環境に応じたシャッター速度と絞りの一覧表をポケットに入れている。しかし大して確認をするわけではない。そして 「今後は人間露出計としての経験を更に積むか、露出計を持ち歩くか、あるいはライカはエムロク一本に絞るか、方法は3つだわなぁ」 と考える。

エムロクは今年3月、日暮里の 「フォトメンテナンスヤスダ」 で光線漏れの修理を終えている。そろそろ出番、かも知れない。


朝飯 昆布巻き、胡瓜のぬか漬、ジャコのお茶漬け

昼飯 スパゲティナポリタン

晩飯 冷や奴、レタスと胡瓜の細切り鶏肉そぼろかけ、鯛と蛸と帆立貝の刺身、昆布巻き、胡瓜のぬか漬、"patisserie Sadaharu AOKI paris" のマカロン、芋焼酎 「明月」(お湯割り)、"Smirnoff Black"(生)

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 2007.0719(木) テンサク

「明日はまた隠居に避難しなくちゃなぁ」 と考えていたが、首尾良く3時に目が覚めた。よって3時30分より事務室へ降り、新しいウェブショップについての長大なダメ出しを書いたり、あるいはそちらに使う画像を50点ほど選んだりする。

午後、しくじるわけにはいかない大切な手紙をようやく書き上げた家内が僕に向かって 「添削、大好きでしょ?」 と声をかける。要は 「この手紙の手直をしせよ」 ということだろうが、とりあえずは 「大好き。オレ、カワバタヤスナリだって頭の中でテンサクしながら読んでるから」 と答えると 「何様のつもりなの?」 と訊くので 「オレはオレ様だよ」 と言う。

これは今の作家だが "Taittinger" を 「デタンシェ」 と書くような人が、いくつもの文学賞の選考委員をつとめているのだ。どこをどうひっくり返せば "Taittinger" を 「デタンシェ」 と読めるのか。そして、そういうところにいちいち引っかかっているから、僕の本を読む速度はいつまでも上がらない。


朝飯 生のトマト、茄子の炒りつけ、ジャコ、焼いた甘唐辛子の鰹節かけ、納豆、メシ、玉ネギとワカメと万能ネギの味噌汁

昼飯 鶏の冷たいつゆで食べる素麺

晩飯 「大昌園」のレヴァ刺し、モヤシナムル、オイキムチ、タン塩、カルビ、ギアラ、脂腸、子袋、レヴァ、テグタンラーメン、焼酎 「田苑」(オンザロックス)

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 2007.0718(水) せめてあと100位

"RICOH GR DIGITAL" を購入して2ヶ月と少々しか経っていない昨年5月、電源を切ってもレンズがボディに格納されない故障が発生し、そのとき日記にはこのカメラについて 「複雑な交配を重ねて開発された、美しいけれども病害虫にはひどく弱い花、といったおもむきのもの」 と書いた。

その後もこれを修理に出す機会は2度あった。そして先日、神保町の路地で撮った画像を見ればその上部にCCDのゴミがひどく目立ち、このゴミはその後も数を増し続けて僕をウンザリさせている。「GRDってのは2台買って、1台が故障しても痛くも痒くもねぇ体制をとればいいんだわな」 とは思っても、それを実際の行動へ移すにはいささか抵抗がある。

僕の背後に明窓はあるが、僕の目の前に浄机は無い。その、書類や諸々の積み重なった中に未開封の封筒に入った 「日流eコマース」 という新聞があり、目をこらすとそこに「掲載紙在中」 との印字がある。「へぇ、知らなかった」 と中身を取り出し 「どこだどこだ」 と探すが一向に見つからない。

5分ほど目を皿のようにしてようやく発見したのは 「ネットショップ売上高ランキング247位 日光みそのたまり漬・上澤梅太郎商店」 の小さな文字だった。ちなみにランキングの1位は "amazon" の1,500億円で、まさかこれに対抗しようとは思いもよらないが、せめてあと100位は順位を上げたいものである。


朝飯 2種のおむすび、胡瓜のぬか漬、豆腐とワカメと万能ネギの味噌汁

昼飯 「ふじや」 の冷やし味噌ラーメン

晩飯 うずら豆、胡瓜のぬか漬、たくさんの野菜のサラダ、2種のかまぼこ、レタスとポテトと人参のサラダ、ヒレカツ、"patisserie Sadaharu AOKI paris" のシューアラクレーム、芋焼酎 「明月」(お湯割り)、"Smirnoff Black"(生)

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 2007.0717(火) 仕事の進捗を阻むもの

住まいとしてはニューヨークのペントハウスが、息抜きとしては、どこからも電話のかからないリゾートが年に2ヶ月与えられる境遇について、開高健が書いていたのは何という本だったか。便利な道具ではあるが、しかしこれほど厄介なものもない、それが電話というものだ。

本日は能率を上げて取り組まなくてはならない仕事があったため、9時を回ったところで隠居に避難をする。隠居に電話の回線は通じていない。「清閑」 の額のある六畳間を抜け、その隣の八畳間に "Think Pad" を置き窓を開ければ目の前は緑一色にて、なにやら観潮楼の主人にでもなった気分である

そして案の定、作業は大いにはかどった。不意の来客と電話さえなければ、仕事のハカはいくらでも行くのだ。


朝飯 納豆、ほうれん草の油炒め、トマト入りスクランブルドエッグ、ジャコおろし、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

昼飯 「ふじや」 の味噌ラーメン

晩飯 唐辛子の味噌炒り、茄子の炒りつけ、モロヘイヤのたたき、銀鱈の粕漬茄子の塩漬けと胡瓜のぬか漬大学芋"W.Bolero" のザッハトルテ、芋焼酎 「明月」(お湯割り)、"Smirnoff Black"(生)

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 2007.0716(月) 曇天の下かき氷を作る

「日光だいや川公園オートキャンプ場」 で目覚めた子供たちは朝食の後、丸山公園のテニスコートへ徒歩で移動したという。僕も9時すぎにここへ合流し、球拾いの後、天然氷の 「松月」 から届けられた機械を使い、長い行列を作る子供たちにかき氷を作る。空は台風一過の快晴からふたたび怪しげな雲行きに立ち戻り、どうにも安定しない。

前回の 「本酒会」 は先月29日に行われたが、この会報がいまだに書けていない。あったことを字数の制限なしに連ねれば良い日記とは異なり、どうにも本酒会報は書きづらい。とはいえこれには次月の例会日程や場所が記してあるから、いつまで出さないわけにはいかない。時間が迫ったときには例会当日の日記をコピーしてペイストしてしまう、という手も使う。

しかし今日は 「いよいよ日程も限界だ」 と思った途端に考えがまとまり、15分でこれを作成する。本酒会報はできれば、事務連絡だけにしたいものである。


朝飯 茄子と赤ピーマンの油炒め、モロヘイヤのおひたし、ジャコ、メシ、豆腐と茗荷の味噌汁

昼飯 「金長」のメンチカツ弁当

晩飯 スクランブルドエッグと胡瓜とレタスとトマトのサラダ、テニス部の合宿で残ったクリームシチュー"W.Bolero" のチーズケーキ、"Chassagne Montrachet 1er Cru Les Caillerets Olivier Leflaive Freres 1986"、"Smirnoff Black"(生)

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 2007.0715(日) 雨天決行

朝4時に起床する。熱いお茶が飲みたい。しかし死んだ人よりも早く、否、死んだ人がお茶は飲むことはできないが習慣として、仏壇にお茶を上げる前に自分がお茶を飲むことには抵抗がある。おばあちゃんの居間の蛍光灯を点けカーテンを開け、仏壇の花と水とお茶を整える。

途中で切れて差し替えるのは面倒だから大振りの湯飲みを選び、これを熱い煎茶で満たす。ソファに身を沈め両足はテイブルに投げ出して 「年を歴た鰐の話」 のふたつ目の寓話 「のこぎり鮫とトンカチざめ」、続いて最後の 「なめくぢ犬と天文學者」 を読み終える。

「年を歴た鰐の話」 を含めて3編の寓話については 「読んでみろ、面白いから」 としか言えない。久世光彦によるあとがき(実は山本夏彦の他の著作の解説から転載)が秀逸である。

午前は "Patagonia"のレインコートを着て会所と子供御輿の片付け、昼は町内役員たちとの酒を伴わない直会、夜は次男がお世話になっているテニスクラブの、「日光だいや川公園オートキャンプ場」 での合宿に顔を出す。キャンプ場からナイター設備のあるテニスコートへの子供の送迎という僕の役割は、降ったり止んだりする雨のため無くなった。

8時30分に帰社し、白衣に着替えて製造現場へおもむく。いくらかの仕事をして10時に居間へ上がる。入浴して1時間ほどでようやく眠気が訪れたため、居間から寝室へ移動して即、就寝する。


朝飯 モズクの酢の物、なめこおろし、納豆、メシ、豆腐とワカメと万能葱の味噌汁

昼飯 「金長」のカツライス

晩飯 生のトマトとレタス、シシャモ、ホッケ、豚カルビ、豚ロース、牛ステーキ、ジャガイモ、ホヤワタ、チャンジャ、カレーライス

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 2007.0714(土) 今日の気温

本日は八坂祭のもっとも肝心のところで、旧市街渡御の行列は9時に瀧尾神社を出発する。これを迎えるため、春日町1丁目の役員は8時30分より町内会所で待機をする。天気は小糠雨だから祭の計画が変更になることはないだろうと思っていた。

ところが観測史上最大という鳴り物入りの台風が近づいていることを懸念したのだろう、当番町春日町2丁目はギリギリになって行列の運行を中止し、禰宜や当番町役員は2台のクルマに分乗して春日町1丁目の会所へ来た。彼らはこれから20町内を廻るからそうゆっくりはしていられない。禰宜が短い祝詞をあげ、当方はそれに答礼して一行を見送る。

「今より天気が良くなることはあんめぇ」 との理由から、子供御輿のテントを役員たちで片付ける。御輿は雨ざらしにするわけにもいかないから一旦、消防小屋へと納めた。

夕刻、レインコートを着た次男と会所へ行くと、今夏最後の御輿かつぎに集まった子供は4人だけだった。その4人に前4本のカキ棒を担がせ、後ろ4本はふたりの大人が持ち、僕は休憩場所で御輿を乗せるための 「馬」 を左手に、右手には傘を差して町内を巡行する。今年の梅雨は長引くらしい。午後6時30分の気温は燗酒の飲みたくなるほど低かった。


朝飯 茄子の煮びたし、刻みオクラの鰹節かけ、納豆、ピーマンの味噌炒り、モズクの酢の物、メシ、徳用湯波と茗荷と万能葱の味噌汁

昼飯 「魚登久」の鰻重

晩飯 トマトとモツァレラチーズのサラダ生ハムとグリーンアスパラガスと赤ピーマンのスパゲティキウイ、"Chassagne Montrachet 1er Cru Les Caillerets Olivier Leflaive Freres 1986"

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 2007.0713(金) 子供のお神輿

血液検査の結果が戻ったら、これがとても良かった。γGTPも総コレステロールも中性脂肪もLDLコレステロールも基準値の範囲内、それも上限スレスレというような滑り込みではなく、どれもこれも余裕の数字である。これは節制のたまものというよりむしろ、齢を重ねて食の好みが和風に傾いてきた、そのことに因みのあるような気がする。

振り返ってみても、1週間に1度は焼き肉を食べたくなったいにしえとはことなり、今は、知り合いと料理屋へ行くようなときには知らず和食の店を選ぶことが多いし、また家でもステーキなどはあまり食べなくなった。しかしということは、ワイン蔵に保管してあるあまたの赤ワインを飲む機会も減ることになり、こちらについてはちと問題である。ワインは書画骨董とは異なり腐るのだ。

本日は男手が不足とのことにて夕刻、春日町1丁目の会所へおもむき、6時より子供御輿に付き添って町内を渡御する。僕が子供のころには御輿のカキ棒にあぶれ、ゾロゾロとその脇を歩く子供も目立ったが、今では8本のカキ棒に子供の数の足りない日もある。いまの小学6年生が抜ける来夏の子供御輿は、何人かの大人が混じらなければ成立しないのではないか

「中国には敵わねぇな」 と思うのは、制御しなければ子供の数のどんどん増えていくところで、逆に日本のように、官が鉦や太鼓で囃し立てても子供の数の減っていくところは危ない。希少動物や経済的に立ちゆかない伝統芸能は国に保護をされている。保護をされるようになったら、その動物も芸能も、実はお終いなのである。


朝飯 3種のおむすび、胡瓜のぬか漬、豆腐とワカメと万能葱の味噌汁

昼飯 冷やし中華

晩飯 茄子の煮びたし、ピーマンの味噌炒り、揚げ焼売、肉豆腐、胡瓜のぬか漬、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

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 2007.0712(木) サクラ

4時に目を覚ます。きのう 「読むなら外で酒を飲みながらだ」 と決めたはずの 「年を歴た鰐の話」 を、ベッドに腹這いになって読む。表題作の3分の2ほどのところまで進んだときには 「まるで 『私が棄てた女』 みてぇじゃねぇか」 と苦さを感じたが、それだけに結末の素頓狂さはどうにも不思議な味わいだ。次の短編はあした読むことにする。

9時30分にプランナーとカメラマンが来て、ウェブショップおよび店舗で配るためのチラシのブツ撮りが始まる。撮るものは 「たまり漬を使ったメニュ」 というやつで、家内はサイトートシコさんを助手とし、午後4時までに45種の料理を作った。次々と運ばれる皿を見て途中、プランナーだかカメラマンが 「飲み屋さん、できますね」 と言ったが、そんな飲み屋ができたら僕は是非、そこのカウンターでサクラを務めたい。締めは稲庭うどんだろうな、やっぱ。


朝飯 茄子の炒りつけ、生のトマト、モズクの酢の物、納豆、胡瓜のぬか漬、メシ、徳用湯波と茗荷と万能葱の味噌汁

昼飯 海老フライ、メシ、胡瓜のぬか漬

晩飯 鯵のたたき、鰹のたたき、胡瓜のぬか漬、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

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 2007.0711(水) 染付だけでは

きのうの朝より体調は復旧し、次男との歩行および軽い走りも2日ぶりに再開した。酒の有り無しが自身の健康を測る指標とまでは言わないが昨夕はウイスキーも飲み、これからしばらくはまた、鈍いほどの健康体に戻る予感がする。

4時に起床して少々の仕事をこなした後、おばあちゃんの居間へ上がってソファへ座り、テイブルに両足を投げ出して

「年を歴た鰐の話」  レオポール・ショヴォ著  山本夏彦訳  文藝春秋  ¥2,100

を開く。翻訳者による「昭和二十一年冬 秋田縣横手町にて」とある前書きを過ぎ、本文の3行目に差しかかったところで 「これは家で読むのは勿体ねぇな、読むなら外で酒を飲みながらだ」と決めてケイスに戻す。

遠方よりカメラマンが出張しての、ウェブショップおよびチラシのためのブツ撮りが明日、行われる。これに備えて、20年ほども前に買い溜めた安くもないが高くもない器をあれこれ茶箪笥から出し、おばあちゃんの居間に並べる。「しかし染付だけでは話にならねぇだろう」 と、更に別の茶箪笥を開け閉めして土もののいくつかも同じ場所に運ぶ。

梅雨はいつ明けるのか、家の中の湿度はいよいよ高い。


朝飯 納豆、炒めたベーコンとブロッコリー、スクランブルドエッグ、茄子の炒りつけ、壬生菜の古漬け、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁

昼飯 サンドウィッチ、コーヒー

晩飯 生のトマト、豚の冷しゃぶ、お多福豆、「魚久」の粕漬3種胡瓜のぬか漬、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

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 2007.0710(火) 衒い

今月に入ってから日記の文章が長い、文章の長いウェブ日記など誰が読むか、一汁一菜でも豊かなメシはある、書きたいことのすべてはA4の紙1枚に収まると山本夏彦は言った、「フランス革命について述べよ」 の小論文試験に 「バスティーユの」 で始まる五七五七七で答えて80点を獲った人がいる、そういうことを見習わなくてはいけない。

きのうは前から決まっていた血液検査の日で、そのため

朝飯を抜いた。採血が今日なら2日ではなく3日つづけて酒を抜いた翌日だったからγGTPの値は更に良くなっていたことだろう、惜しいことをした。

師走になると特に自分の忙しさを衒う人がいて、「スケデュールなんてスコスコの方がカッコイイじゃねぇか」 と考える僕とは趣味が合わない。衒うといえば 「オレなんてガンマジーティーピー800だぜ」 とか 「私ね、中性脂肪、1,100を超えたことがあります」 だのと、自分の体についての数値の悪さを自慢する人もいる。こういうのはカッコイイんだかどうなんだか。


朝飯 2種のおむすび、胡瓜のぬか漬

昼飯 サンドウィッチ、コーヒー

晩飯 冷や奴、胡瓜のぬか漬、甘唐辛子の味噌炒り、茄子の炒りつけ、鯵の干物、メシ、"Macallan 12 Years old"(水割り、お湯割り)

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 2007.0709(月) 心の持ちよう

自宅とは異なり飲み屋では当然のことながら知らない人が出入りして僕の右やら左に座る。店のあるじと話をしていると、それに呼応して話しかけてくる人もいる。なにより当方は酔っぱらっているから話の内容はおろか隣の人の顔も記憶に定かではないが、しかしうっすらと覚えていることもある。

「お酒を飲んでも飲まなくても、タバコを吸っても吸わなくても、人の寿命は決まっているのだから、そう頑張って節制することもない」 というのが家内の意見で、これは彼女の人生経験による。それを受けて僕が 「だったら癌にかかって、手術をしなければあと1年の命だと医者に言われて、でも所詮、人の命は寿命だからと、手術を受けないことと同じではないか」 と返したら、「それはすこし違う」 との返事が戻った。

ところが先日ある飲み屋で家内のこの意見を開陳したところ、薄暗いというかほの明るいというか、つまり酔眼ではあたりを良く視認できないような環境にあって僕の左に座った、天皇陛下ほどの髪の長さの、つまり現在の標準からすれば長めの髪の、しかも偶然ではあろうが公家顔の知らない人が 「いえ、癌も、心の持ちようでは小さくなるんです」 と言った。まぁ、そういうことも、まったく無いわけではないだろう。

そのときには 「はぁ、そうですか」 と答えたが、酔いが覚めてみれば 「しかしなぁ、それじゃぁ世の中に医者はいらなくなっちゃうじゃねぇか」 と思う。

で、一体なにが言いたいかといえば、本日で3日も続けて飲酒を避け得た、これは正に僕の不健康の証しであって、どうにも調子が出ない。健康であれば昼でも夜でも酒が飲みたくなる、しかし酒は体に悪い、体に悪い酒は飲まない方が健康に良い、しかしその酒を避けうるのは多く不健康なときである。こういうことも絶対矛盾的自己同一と言えるのかどうなのか。

「いえ、お酒も、心の持ちようでは飲めるんです」 か。しかしそこまで無理をして飲酒を為すこともない。反動で、今月の後半は飲み続けになったりして。


昼飯 「ふじや」 の雷ラーメン

晩飯 茹でたブロッコリー、マカロニサラダ、ポテトフライ、トマトのソースでニコンだハンバーグステーキ、壬生菜の古漬け、メシ

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 2007.0708(日) 自動保存

きのうの昼ごろより風邪の症状に見舞われ、だから瀧尾神社と追分地蔵尊のあいだ八丁を往復した大御輿渡御の直会も、準備を手伝ったのみにて参加はしなかった。今朝もからだに倦怠感があるから、次男との朝の運動は避け、事務室から居間へ直行して

朝飯を食べる。

風邪、とはいえ仕事ができないほどではない。「とはいえ仕事ができないほどではない」 と変換したら 《否定の連続》 とワードプロセッサから赤文字で注意を受けた。文法的になにかおかしいところがあるだろうか、僕には分からない。

とにかくそういうわけで、店舗で販売や地方発送受注の手伝いをしたり、包装現場へ行ってあれこれ確認をしたり、その他もろもろをしながら "Computer Lib" のヒラダテマサヤさんとマハルジャン・プレニッシュさんに宛てて新しいウェブショップへの長大な要望書を書いていて、これを、作業上不要になった複数のアプリケイションを閉じていく数秒のあいだに消してしまう。

「保存しますか」 の文字は見えたが、それよりも左手の親指と中指が "Alt" と "F4" を押す方が早かった。これは、キーボードを打つ手が速く、おまけに気の短い僕の良くやらかすことで、家内は 「ぜんぶ開いたままにしておけば良いじゃない」 と言うが、余計なものをコンピュータのディスプレイに出しておくのは好きでないのだ。

だったら 「紙2001」 のような、いきなり電源が切れたりしてもデイタの保存されるエディターを使えば良いわけだが、ソフトを自分でダウンロードし、マニュアルを読みながら自分ひとりで使い方を習得し、ということに気が進まないこともあって、僕は十数年も 「秀丸」 ばかりを使っている。

先ほどとほとんど同じ内容であろうメイルを気を取り直して書き始める。うっかり閉じても損害の少ないよう、今度は頻繁に "Ctrl" と "S" とで保存をする。「書くだけでウンザリするこの要望書に従ってペイジを作る人は、オレの100倍はウンザリするだろうなぁ」 と気の毒に思う反面 「ま、餅屋は餅屋だからな」 とも考える。

本日も飲酒を避け、今月は8日にして早くも月の断酒ノルマの4割近くを達成する。


朝飯 茹でたソーセージ、茄子の炒りつけ、壬生菜の古漬け、くさや、納豆、メシ、徳用湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 冷やし中華

晩飯 壬生菜の古漬け、冷や奴、ジンギスカン、うずら豆、メシ

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 2007.0707(土) 「八坂祭」 が始まる

本日より瀧尾神社の夏のお祭り 「八坂祭」 が始まる。自分の役割を失念すると町内に大迷惑をかけるから、それらは逐一メモにしてエレヴェーターの操作盤に貼った。自宅の1階と4階のあいだを日に何往復するか数えたことはないが、少なくとも自分にとってはここがいちばん目に付くところである。

青年会の御輿が町内の渡御を終えた後、担ぎ手たちが食べるおむすび用の漬物を、婦人会長タケダミッちゃんの家に朝一番で届ける。8時に春日町1丁目の会所へ行き、外の提灯台を整えているカミムラヒロシさんの脇を通って2階の座敷へ上がる。当方はイワモトミツトシ区長と30分ほどもかけ、祭壇の準備をする。帰社する途中で湯澤歯科医院の駐車場に立ち寄ると、9時すぎに御輿を担ぎ出す青年会員が徐々に集まり始めているところだった

1時間ほどして町内の御輿がウチの前まで来たところで賽銭を上げ、お祭りの、僕にとっての午前中の仕事を終える。

昼を過ぎたころより、事務室の冷房を寒く感じ始める。「下手をしたら直ぐにでも高熱が出るぞ」 という、ここ十数年は忘れていた懐かしい感覚が体の芯からじわじわと浸みだしてくる。別段、体にも精神にも大きな負荷をかけた記憶はないが、どこかに疲れでもあるのだろうか、あるいはこのあたりで思い切りカロリーの高いものを食べるべきなのだろうか。

終業後の事務室にいると、遠くから笛の音が聞こえてくる。4時30分に宮出しされた瀧尾神社の大御輿が近づいてきたのだろう。店舗犬走りと顧客用トイレの照明を点灯する。瀧尾神社から日光街道を8丁下った追分地蔵尊からふたたび上がってきた大御輿が、やがて最後の休憩のためウチの駐車場に入ってくる。カキ棒つまり担ぎ手が肩に当てる太い棒がたまにはへし折れてしまうほどの巨大な御輿の運行には、毎年入念な下準備が行われている。

僕は御神輿については既にして引退をしているが、しかし白いダボシャツに同じくダボズボン、白足袋に白い鼻緒の雪駄という、お祭りの装束は身につけている。7時を過ぎたところでこの格好のままホンダフィットに乗り、予約したオードブルを受け取りに先ず郊外の中華料理屋 「バーミヤン」 へ行く。次にすぐ近くの回転鮨 「すしおんど」 へ回り、プラスティック製の大きなすし桶をいくつもクルマへ運ぶ。こういう使い走りは若い人の仕事のように思われるが、若い人はできるだけ神輿に集約させるのが合理的である。

まるで小学校の給食室のような匂いの充満するホンダフィットを10分ほど走らせ、朝方に飾りつけした会所へ乗り入れる。待ちかまえていた面々が、オードブルや鮨の器を次々と座敷へと運び上げる。神社で大御輿の片付けに従っている者たちが戻り次第、すぐにでも直会の始まれる体制が夜8時にようやく整い、僕はこれを見届けたところで帰宅をする。

残り物による簡単な晩飯を食べ、酒は飲まず、入浴も避けて9時30分に就寝する。


朝飯 茄子の油炒め、納豆、胡瓜のぬか漬、ひじきと鶏レヴァの炊き物、茹でたソーセージ、サクランボ、メシ、徳用湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 お茶漬け

晩飯 茄子の炒りつけ、ハムと玉葱のオムレツ、壬生菜の古漬け、メシ

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 2007.0706(金) 受容せよと言われても

5時に目を覚まし、真南に向いた窓からの明かりで 「いずれ我が身も」 を読む。5時30分になると長男の部屋で携帯電話に設定した目覚ましの音が聞こえるが起きてこないのは、あるいはもう夏休みに入ったからかも知れない。僕の在学中、自由学園最高学部における1学期最後の日は7月5日だった。

腹這いになったまま目で活字を追うことに疲れ、7時に外へ出て龍岡門から東京大学構内に入る。東大病院の手前に "LAWSON" ができたことを初めて知る。左に折れ右に折れしていくと右手に剣道場があり、早くも朝の練習が始まっている。その先の広大なグラウンドにはラクロスの選手が散らばりゲイムの最中である。三四郎池の窪地から階段を上がり、グラウンドを迂回して甘木庵に戻る。

歩けない距離ではないがタクシーを使い、9時ちょうどに神保町の "Computer Lib" へ行く。新しいウェブショップに調整を加え、気に入らないところを減らすと同時に好みの部分を増やしていく。「ウェブショップは品物を売るためにある。売るための文法を尊重し、気にそぐわない部分については敢然とこれを受容せよ」 と言われても、そうそう割り切れるものではない

昼からは八重洲に移動し、ウチの現在のウェブショップも資料のひとつとして取り上げた、アクセスログ解析のセミナーに出席をする。プロジェクターにより映し出されるあれこれを朝から凝視し続け脳も動かし続けてきたから、午後も3時になれば頭がクラクラする。その頭を楽にしようと会場の窓を開け、盛り場の裏町を眺めて息を抜く

勉強会は夕刻5時30分に終わった。交流会場の中華料理屋 「博雅」 へ移動し、この数時間のあいだにとったメモを逐一、隣に座った "Computer Lib" のマハルジャン・プラニッシュさんに示す。そして、これから数日のあいだにしていただきたいことを伝える。

いまだ活発な意見の出続ける場を7時15分に中座して日本橋まで歩く。地下鉄銀座線で浅草へ至り、20:00発の下り特急スペーシアに乗る。下今市駅に着くと、直前に激しい驟雨でも降ったか、屋根があるにもかかわらず跨線橋の床にはところどころ水が溜まっていた。10時前に帰宅する。


朝飯 鳥レヴァのワイン煮、冷や奴、トマトとレタスとオクラのサラダ、2種のおむすび、蕪と蕪の葉と揚げ玉の味噌汁

昼飯 "illy" のチキンパスタサラダ、2種のフォカッチャ、アイスコーヒー

晩飯 「博雅」 のピータン、餃子、鶏肉とカシューナッツ炒め、時菜牡蠣油、焼酎 「宝海」(オンザロックス)

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 2007.0705(木) 読むそばから忘れる

先月19日は日産だかトヨタの中型セダンだったが本日は同じく日産だかトヨタの、パールホワイトのワンボックスカーの後席に収まって宇都宮へ行く。宇都宮市保健所でのちょっとした講習は幸い予想よりも早く終わって、だからワンボックスカーの持ち主が送ってくれた宇都宮駅からも、予想したより早い新幹線に乗る。車中

「いずれ我が身も」  色川武大著  中公文庫  ¥800

を読み始め、「養女の日常」へ至ったところで、この本を開くのは今日が初めてでないことに気づく。以前は本を読むと必ずその裏表紙に読み始めと読み終わりの日を記したが、この清閑日記を書くようになってからはここに記録が残るようになったから、万年筆による本へのデータ記入はしなくなった。これによりずいぶんと綺麗な本は、一読したことに気づかず再読してしまうことが増えた。本の内容は、読むそばから忘れるタチである。

新幹線が埼玉と東京の境を越えるあたりになると、本を読むより外を見る。荒川を渡り、下町というよりは都市が無定見に広がった、およそ美とは遠く隔たった風景を眺めるのが好きだ。王子が近づくと首を右へ振り、飛鳥山ではなくその手前のさくら新道がいまだ健在なことを確認して安心したりする。

上野から三越前を経由して神保町に至る。"Computer Lib" で少々の用を足し、同社のナカジママヒマヒ社長と靖国通りからタクシーに乗る。駿河台下を過ぎて小川町を左折、坂を上って聖坂。湯島坂を下り、今度は清水坂を上がって正面が湯島天神。ここでタクシーを降り、境内を突っ切って女坂を下る。「シンスケ」 にて両関の純米吟醸と大吟醸をふたりで4合ほど、二次会は男坂下の 「すいせん」 でウイスキーを飲む。

マヒマヒ社長が帰宅の途について後、湯島の崖下から実盛坂を上がる。湯島天神の表参道から龍岡町までの近道を辿ろうとするといつも道に迷う。今夜も酔って行きつ戻りつし、空には俵を立てたような縦長の月を見ながらようやく甘木庵に帰着する。


朝飯 くさや、ザーサイ、胡瓜のぬか漬、生のトマト、納豆、メシ、お麩と茗荷と万能葱の味噌汁

昼飯 「宇都宮市保健所」の仕出し弁当

晩飯 「シンスケ」 の酒肴各種、「両関」 の純米吟醸、大吟醸(冷や)、「すいせん」 の酒肴各種、"Macallan 12 Years old"(お湯割り)

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 2007.0704(水) 金色の署名

午後7時ごろ、東京の下町、やっちゃばを思わせる、しかしひとけのない街を歩いていると、山本麟一に似た男がその面相に似合わず笑顔で近づいてくる。水色の作業服を着た男は見ず知らずの僕に挨拶用のタオル2本をいきなり差し出したから受けとってそのかけ紙を見ると、そこにははからずも古くからつきあいのある樽屋の名があった。

「こんな時間までお仕事ですか、お疲れ様です」と男が如才なく言ったところで目が覚める。枕頭の携帯電話を取り上げディスプレイのスイッチを入れると朝4時になりかかるところだった。

「代々木忠の世界 愛の学校」  山田陽一編  夏目書房  ¥1,400

を読み終えて5時30分に起床する。ほかの多くの例に漏れず "amazon" に出品している古書店から購入したこの本は、昨月に買った伊集院静の 「美の旅人」 と同じく、しかしこの本については著者の、というわけではないが署名があった。金色の署名というのも実際に見てみれば悪くない

初更まで仕事をし、晩飯は食べて飲酒は避ける。そして10時に就寝する。


朝飯 ザーサイ、ほうれん草の油炒め、メカブの酢の物、納豆、くさや、メシ、大根と万能葱の味噌汁

昼飯 ソーキソバ

晩飯 次男が小学校の畑から収穫してきたジャガイモのカレー煮ヨーコさんちのトウモロコシ、お多福豆、昆布と豚肉と筍の炊き物、ザーサイ、刻みキャベツとトマトとレタス、メンチカツ、ヒレカツ、メシ

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 2007.0703(火) こんなアドレス使うなよ

本はほとんど "amazon" に品を出している古書店から買う。しばらくすると 「この出品者を評価せよ」 とのメイルが"amazon" から届く。よほどの不手際がない限り、僕は 「説明どおりの品が迅速に配達されました」 と書いて5つ星をつける。

ところが先日は注文から配達まで梨のつぶての店があったため 「商品が届くまで1度も連絡が無くて不安だった」 と書いて2つ星の評価をしたところ、「評価欄を見て驚いた、自分は購入者にはかならずメールを送っている、もちろんあなたにも送信した。そちらのメイラーの受信設定を確認してほしい」 という内容のメイルが "amazon" 経由で出品者よりあった。

見ればこの出品者のメイルアドレスは "hotmail" のもので、とすればウチの借りている安全性の高いメイルサーヴァーが、これを 「受け手のコンピュータに危害を与えかねないメイルアドレス」 と判断して排除した可能性がある。

「ビジネスにホットメールのアドレスなんか使うなよ」 と思ったが、それをあらためて出品者に伝えることはしなかった。「雉も鳴かずば撃たれまい」 とは、数年前までの外注SEカトーノさんに教わったことである。


朝飯 3種のおむすび、豆腐とワカメと万能葱の味噌汁、胡瓜のぬか漬

昼飯 「糸屋」のトマトサラダごぼう天せいろ大盛り

晩飯 エビチリ、いろいろな野菜のナムル、餃子、焼売、胡瓜のぬか漬、お多福豆、芋焼酎 「明月」(オンザロックス)

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 2007.0702(月) 「多少楼台烟雨中」

電話が鳴って受話器を取る。電話の内容をメモにする。そのメモを持って、たとえば製造現場へ何ごとかを頼みに行くとか、その顧客の過去の受注内容を調べるとか、あるいは店舗の販売係に必要な情報を伝えるとか、そういう 「次の行為」 に移る前にまたまた電話が鳴る、そして机上にはメモばかりが重なっていく、そういう繁忙期特有のありさまに本日より突入する。

朝はやくに起きて会社の中を見まわる。事務室に戻ってはコンピュータを起動して顧客や取引先からの注文や連絡を確認し、そのうち自分が対応すべきものには即、返信をする。日中はあれやこれやに忙殺され、夜はメシを食って寝るだけと、もう楽しみはメシを食うことだけ、という状況にあって 「そんなことやってる場合じゃねぇだろ」 と思いながら、毎月1日に更新することにしている今月は "WORKS" を、今回は1日遅れの本日に作成してサーヴァーへ転送する。

「多少とは日本では少ないことを意味するが、中国では逆に多いことを意味する」 とは高等学校のとき古文のヤマグチヒカル先生に教えていただいたことだ。これを思い出して中国での12枚には「多少楼台烟雨中」 と題を付けた。西安の風景のほとんどは、肉眼にもまるで烟雨にけむっているように見えた。これは実際には雨ではなくスモッグによるものである。


朝飯 メカブの酢の物、ハム、スクランブルドエッグ、納豆、胡瓜の塩漬け、メシ、シジミと万能葱の味噌汁

昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン

晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、秋刀魚の干物、冷や奴、豚肉とピーマンと玉葱の油炒め、茄子の塩漬け、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

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 2007.0701(日) あの巨匠がホンダ車に乗っていた?

1975年、モデナの "HONDA Planet Di Cesarini" に、エンツォ・フェラーリの秘書を名乗る男から電話が入った。

その内容は 「老いて自社のクルマを操縦すること能わず、しかし自社以外のイタリア車には乗りたくないコメンダトーレは実は、ホンダが前年シビックのラインナップに加えた "RS" にたいそう興味を持っている。ついては "L'italiano rosso" の特別仕様車を1台、ただちに日本から空輸してもらえないだろうか」 というものだった。

この内密の商談はテレックスを通じて即、ホンダの本社に伝えられ、その日本語訳を手にした本田宗一郎は満面に喜色を浮かべてバンザイをした。あのレーシング界のマエストロが、荒っぽくはあるがずいぶんと元気の良い極東の小さなクルマを自分の普段乗りに使おうとは、ずいぶんファンタスティックなニュースではないか。

今朝、同じようなことがウチにもあった。弊社のブランド 「結庵 (むすびあん)」 のおむすびを地域の寄り合いに使うので各種盛り合わせて相当数を用意せよ、という予約が農家の方から入ったのだ。「オタクのおむすびは米が美味いから」 と、先様はおっしゃったという。

農家が米の美味さを褒めるとは、あのフェラーリが他社のクルマを褒めると同じこと、と感激して本日は冒頭のヨタ話を創作した次第である。


朝飯 焼き茄子、納豆、冷や奴、トマト入りスクランブルドエッグ、メシ、お麩と茗荷の味噌汁

昼飯 3種のおむすび

晩飯 ほうれん草の胡麻和え、黒豆、胡瓜の塩漬け、しょうがのたまり漬とにんにくのたまり漬による鰹のたたき湯豆腐茄子の塩漬けサクランボ、芋焼酎 「明月」(お湯割り)

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