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夜は明けた 起きようよ ねえ酒姫  酒をのみ 琴を弾け 静かに しずかに
相宿の客はひとりも目がさめぬよう  立ち去った客も、帰っては来ぬように
Omar Khayyam

 2001.0228(水) 三越百貨店のレスポンス

ある日、東武日光線下今市駅で切符を買おうとしたら、駅員がロレックスのエクスプローラー?を手首に巻いている。もうひとりの駅員の袖口からは、オメガのスピードマスターが覗いている。

僕はワインには、1ヶ月に2桁万円の金額を投じることもあるが、なぜか時計には、お金を使うことができない。

いま愛用している電波時計は数千円のもので、1年間に1秒の狂いもない。まことに時間ギリギリを好む僕向きの時計だ。それ以前にはやはり数千円の、タイメックスの製品を長く使っていた。

時計や装飾品には興味のない僕が、かつて1度だけ買いそうになった指輪がある。1992年に、三越本店の宝飾品売場にあった、古代エジプト風のワニをかたどった金の指輪だ。

今日ふと思いついて、三越百貨店 のウェブペイジを訪ねてみた。

「各階のご案内」 で6階の美術宝飾品売場を調べたが、ワニの指輪については、店の名前を記憶していないために、探しようがない。各ペイジ最下部に設けられた 「お問い合わせ」 をクリックし、メイルにて質問をすることにする。これが午前10時のこと。

午後4時、以下のメイルが届いた。

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平素は格別のお引き立てを賜り、誠に有り難うござます。
お問い合せの件、下記の通りご連絡申しあげます。

お店の名前はバリーキーゼルシュタンコード(アメリカ)と申しまして、数年前迄お取り引きがございましたが、誠に申し訳ございませんが、現在はお取り扱いいたしておりません。

お買い求め頂いた商品につきましては、ご連絡頂ければ修理等承っておりますので、お申し付け下さいませ。

上記ご連絡申し上げます。
お問い合わせ有り難うございました。

株式会社三越 営業本部
インターネットショッピング担当
URL : https://www.only-you.co.jp
E-mail : center@mitsukoshi.co.jp
TEL : (03)3516-0354(10:00~18:00)

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eメイルによる顧客相談係が、数年前に撤退した指輪屋の消息など、知る由もないだろう。数時間のあいだに宝飾品売場の古株を捕まえ、調べさせたに違いない。

大きな百貨店の素早いレスポンスに、ちょっと感動した。

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 2001.0227(火) 黄昏の一杯

旅先の駅のホームでも飛行場の待合室でも、文庫本を置いたキヨスクを横目でやり過ごすことができない。

よく利用する駅のキヨスクには、それだけ多く立ち寄ることになる。しかしながら小さな本棚に、自分の欲しい本を発見することは、ほとんど無い。キヨスクのオバサンは僕について 「見るだけで買わないヤツ」 と認識をしていることだろう。

今朝は珍しく、東武日光線浅草駅2階のキヨスクで、文庫本を買った。

「半ズボンをはいた播磨屋」 中村吉右衛門著 PHP文庫 \590

飲み屋でしか本を読まない僕向きのものだ。吉右衛門ファンの家内はすぐにでも読みたがるだろう。もうすぐ91歳になる歌舞伎好きの祖母も、これを楽しむにちがいない。

今日の 黄昏の一杯 は、ドライシェリーと 小松屋 の牡蠣の佃煮。

先輩のもっちゃんが言うに、シェリーは近年、飲まれなくなった酒の代表だという。本当だろうか? 僕はメシのあいだずっと、ドライシェリーで通してもかまわないほどに、このお酒が好きだ。

黄昏の一杯から引き続いて、トマトサラダ、ジャガイモのグラタン、大きなロールキャベツの夕食。ロールキャベツのトマトソースが皿に多く余った。捨てるには忍びない。明朝のオムレツに、ソースとして使うことにした。

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 2001.0226(月) IT研究会

夜6時30分より、大井町の 西研究所 でIT研究会。今日のテーマは1月に引き続き、スケデュール管理。使うソフトはもちろん マイツール

hinano先生、そのそのさん、たらちゃん、YOちゃん、横山さん、星象さん、サクサクさん、チョーヤさん、JOKERさん、福澤さんといった名人上手鬼巨匠と、遊び人@僕が、 狭い事務所(失礼)に汗牛充棟 となる。

先ずはhinano先生の スケデュール管理 を、プロジェクタで壁に投影する。

マイツールは、それまでの自分をイニシャライズしないと、使えないソフトだ。

スケデュール管理のアプリケイションとして、手帳と同じ体裁のものをよく見かける。ああいうものは、自分のそれまでの環境をそのままコンピュータ上に持ち込めるため、一見使いやすそうに感じられる。しかし実は、何の役にも立たない。

何の役にも立たないというか、紙をコンピュータに移し替えただけで、ソート(並べ替え)やサーチ(検索)あるいはオート(デイタの使い回し)ができない。こういうアプリケイションは、コンピュータとしての仕事をしていない。ワープロセッサと呼ぶべきだろう。

質疑応答、出席者各自による闊達な意見の提出、投影されたディスプレイを指さしながらの「その盤面の理由」の説明など、室内は熱気に包まれる。

スケデュール管理についてのやりとりが一段落した後は、JOKERさん による、大量の画像を一括して加工し、ウェブペイジに貼り込むデモンストレイション、および 掲示板 の考察。

機能と動作環境を秤にかけて、自分好みの掲示板を見つけていく課程の話が、興味深かった。

3番目はYOちゃんの、マイツールを使った 「僕のキャッシュフロウ」

入金と出金を同じコラムへ。それを accumulate した残高を、もうひとつのコラムへ。両者を2本の折れ線グラフにし、残高がゼロのラインを割り込むと、すなわち資金ショート。

これは面白い。限られた資金を時系列に従って有効に使おうとするとき、大いに威力を発揮するアイディアものだ。

9時40分に西研究所を辞し、いつの間にか顔を出したtahitiちゃんと大井町駅前の飲み屋へ移動する。 いつの間にか まーいけるJさん川原さん も現れる。10名用のテイブルは、まるで通天閣下の串カツ屋のように混雑をしてきた。

もう1度、YOちゃんに 「僕のキャッシュフロウ」 を見せてもらう。グラフは資金ショートを起こす時期として、4月のなかばを示している。彼が出席しようとしている、日光MGの直前ではないか。

「たのむよ、YOちゃん」
「うん、なんとかせなイカンな」

Ted - Nelson 言うところの 「司祭」 には絶対になりようのない、賢い電脳小僧たち。宴は、その後1時間ほども続いた。

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 2001.0225(日) 旅館の朝飯

昨夜は我が町内、春日町青年会の新年会だった。地域経済に貢献するため、鬼怒川温泉のホテルに1泊し、下らない遊び をする。

商売をしている者は、週末とはいえ、なかなか時間どおりには集まれない。

ノリの良いメンバーは、遅刻をしても 金髪のカツラをかぶって堂々の座敷入り 。即、それまでの場の空気を追い越す勢いでバカバカしさに邁進する。

それにしても9人のメンバーに対して、3人のコンパニオンとは、少し多すぎやしないか? 僕もつい調子に乗って、不気味な画像 を撮影してしまう。

今朝は4時前に目が覚めた。眠っている6人の男を起こさないよう、金庫の鍵を探し、中からThinkPad240Xを取り出す。

6時少し前までかかって、会社のpatioへ7通のメイルを書く。また、巡回している他のpatioの読み書きもこなす。

外がだんだんと明るくなってきた。6階の部屋から見下ろす地面には、粉砂糖ほどの薄い雪が認められた。

7時30分、筋肉マンのTシャツを着たまま目の覚めない1人 を除いて朝食会場へ行く。僕は旅館に泊まった朝は、なぜか大量のメシを食べてしまう。ハム、サラダ、湯豆腐、とろろ芋、めんたいこ、漬物などで、飯を3杯。

フロントからの請求書は27万円。一同、苦笑い。この苦笑いが、反省として翌年に持ち越されたことは、過去に1度も無い。今後もずっと、無いだろう。

9時にホテルを出て、9時30分に帰社。そのまま日常の仕事に入る。

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 2001.0224(土) 初午

今日は初午(はつうま)。お稲荷さんに 赤飯、清酒、しもつかり を供える。神主はなぜか、すでに昨日の朝、ウチのお稲荷さんに祝詞(のりと)を奉じていったそうだ。

「しもつかり」 とは初午の時期の、いかにも栃木県の食の貧しさを喧伝するような郷土料理だ。新巻じゃけの頭、節分に撒いた大豆、大根と人参。それに酒粕を煮込んで作る。

しもつかれ というウェブペイジもあるほどの、北関東地方のメジャーな食べ物だが、猫の吐瀉物のようなその外観から、僕は27歳のときまで、食わず嫌いを通していた。

今年はこの貧乏くさい 「しもつかり」 を豪華にするべく、少し前から材料を調えていた。

日本橋高島屋の 「鮭市場」 にて、塩鮭の頭を2個と氷頭を1皿。同じく高島屋で、三之助豆腐の大豆を1袋。酒粕は我が町の柏盛酒造のもの。

先ずは鮭の頭を、水を足しながら1日中、煮込む。そこへ水を含ませた大豆を加え、更に煮る。適当なときを見計らって、鬼おろしで荒くおろした大根と人参を投入し、最後に酒粕を加えて火を落とす。味付けは塩と少々の醤油。

今朝の朝食のおかずは、しもつかり と、チンゲンサイと油揚げの煮物だった。

大鍋で調理され、冷蔵庫で冷やされたしもつかりは、温かい飯のおかずにも、また温かい酒の肴にも、よく似合う。

これから数日間は、この見た目の悪い郷土料理を楽しむ朝夕が続くだろう。

夕方5時30分に会社を出て、クルマで鬼怒川温泉へ向かう。6時ちょうどにホテルへ到着。軽くみぞれが降り続いていた。

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 2001.0223(金) ギフト・ショー

朝5時起床。2月14日からの1週間は繁忙で、コンピュータに触る時間も限られていた。1日に数通しかレスポンスのつけられなかった自分のpatioに、27通の返信を書く。

8時すぎ、本郷三丁目の交差点へ出る。吉野家の、生玉子ぶっかけ牛丼が食べたい。その気持ちをグッとガマンして、スターバックスコーヒーに入る。ショートサイズのアメリカーノと玉子サンドウィッチ。

甘木庵へ戻り、昨日撮った画像の処理をする。ウェブペイジからの5件の注文を処理し、会社のpatioへ出荷依頼のメイルを5通、送る。

午前10時すぎ、日本橋高島屋の味百選売場へ出向き、この1週間の御礼をする。担当のオカダさんはお休みだったが、何人もの顔見知りのスタッフがいらっしゃったため、特に問題はない。

そのまま和洋酒売場へまわり、今月26日に開かれる、本酒会 のためのお酒の発送を確認する。

高島屋1階の南の角にあるロッカーに、コンピュータやデジタルカメラなどの入ったザックを入れる。荷物を出すときにはお金の戻るロッカーで、しかもいつも空いている。

地下鉄銀座線にて新橋へ。ゆりかもめで東京ビッグサイトの ギフト・ショー 会場へ。招待状に印刷されたバーコードを赤い光にさらして、簡単に入場。

僕は職業柄、会場の中でも食べ物のカテゴリーに、つい目と足が向く。

食料品は地下1階で、調理器具や食器は6階で、ギフトは8階の特設売場で受け付けるような百貨店のシステムが、本当に顧客の利便性にかなっているのか? という問題提起は面白かった。

人は常に、その仕事において、相反する矛盾の高次元での融合を強いられる。食品と雑貨とテイブルウェアの同時販売も、多くの研究を要するアイディアだろう。

難しい仕事ほど大きな利益を、あるいは長いスパンでの利益を生むものだ。

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 2001.0222(木) GRICの設定

3月5日からのサイパン行きにつき、GRICの動作確認をする必要がある。昨年2月、ホンコン行きの前に、GRICの初期設定をしてくださったのが、楠山もっちゃんだ。僕のようなデジタルスキルの無い人間は、ひとりきりの作業を嫌う。

下今市から特急スペーシアで北千住へ。新御茶ノ水、瑞江と来て、最後はタクシーにて午後2時、もっちゃんが社長をつとめる 東興機械 へ到着する。

早速 社長室 にてLANカードやモデュラーケイブルをお借りし、Saipan-IslandのGRICアクセスポイントへ直接、つなげてみる。ところが何度試しても 「ダイヤル先のコンピュータが応答しません」 というメッセイジが出てしまう。

「本当にサイパンのアクセスポイントが混み合っているだけなのだろうか?」
「他の想像できないトラブルによって、このメッセイジが出るのだろうか?」
と、いささか疑心暗鬼にとらわれる。

ちなみに同じアメリカの、ロスアンジェルスのGRICアクセスポイントへ繋いでみると、こちらはすぐに応答し、メイルの送受信もブラウジングもサクサクと進む。

念のため、AOLのウェブペイジから、AOLの接続システムをダウンロードしたが、1時間経ってもこれが終了せず、諦める。

いずれにしても、今日はいろいろなヒントを得ることができた。あとは自力で細部を点検し、現地での幸運を祈るのみだ。

もっちゃんへの御礼は、銀座における数時間のコストを、僕が負担するというものだ。並木通り1丁目の鰻屋 ひょうたん屋 へ行く。

我々が夜に入っての最初の客。偏屈なオヤジはカウンターの端で何かを読んでいる。客の方は見向きもしない。新橋のモツ焼屋 「みくら」 のものと同じく、数十年も磨き込まれて、薄く丸くなってしまった白木のカウンターに座る。

今日は今年一番の暖かさだそうだ。ビールの小瓶で乾杯。直後から、温豆腐、おから、松前漬など、伝統的な肴で燗酒。

温豆腐は表面だけが暖かく、中が冷たい。「これはワザと、中を冷たく上げるんですか?」 と、調理をした若い人に訊いたら 「いえ、違います」

「いえ、違います」 と言ったきり 「すいません」 も何もない。それでもこの豆腐は、これがこの店のデフォールトな調理法なのではないか? と思わせるほどに美味い。何が何だか分からない店だ。偏屈なオヤジは外出中にて不在。

シイタケの串焼き、肝焼きと食べ進むにつれて、酒量も上がる。

蕎麦屋にて、肴と酒ばかりを喉元まで押し込んで、蕎麦まで行かない。オデン屋にて、肴と酒ばかりを喉元まで押し込んで、オデンまで行かない。これが僕の悪癖だ。そろそろウナギを頼まないといけない。

店に戻ったオヤジが、閑雅な速度でボロうちわを往復させながら鰻を焼く。

特上@2200円 は、銀座の鰻屋にしては異常な安値だ。この店の蒲焼きは関西のそれと同じく、ブリブリした食感を持つ。蒸さない鰻も悪くない。値段を勘案すれば、しごくまっとうな鰻だ。もっちゃんは、同じく特上の蒲焼き

6時を過ぎると、店はかなり混み合ってくる。メニュには焼き鳥もあるので、最初にこれで宴会を始めるグループもいる。

食べ物屋にも人間にも、美質と欠点が同居することに変わりはない。「ひょうたん屋」 は、21世紀の銀座に小津安二郎の世界をかいま見せてくれる貴重で奇妙な店だ。

僕は夏になったら、またこの店を訪ねるかも知れない。

二次会は西五番街5丁目のバー "GOOD TIMES" へ。僕はオールドパーベイスのロブロイを2杯とレッドアイを1杯。締めにテキーラを生で1杯。

もっちゃんは、マッカランの18年モノを生で飲みながら、同じくマッカランの12年モノを水割りにてチェイサーにするという、奇妙なスタイルを披露する。

夜9時すぎ、"GOOD TIMES" のある古いビルの前で、なぜか もっちゃんの写真 を撮影。地下鉄銀座駅にて解散。もっちゃんはそのまま、荷物をロッカーに残置する。これからどこかへ回るらしい。

本郷三丁目から春日通りをたどり、本富士警察の角から龍岡門へ向かうとすぐに、消防車の群れ が目に入った。酸素ボンベを背負った消防士たちは、すでに後かたづけを始めている。甘木庵のとなりのマンションから火が出たらしい。

顔見知りの人がいたので 「ボヤですか?」 と訊くと 「いいえ火事です」 と答える。

赤ん坊を乳母車に乗せて避難をしていた人は、今夜、どこで眠るのだろう? まさか 「ウチへ泊まりませんか?」 とも言えない。被害の大きくないことを祈る。

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 2001.0221(水) 街あるき

ホテルの小さな部屋から ビルの重なり を眺める朝も今日までだ。段ボール箱ふたつ分の荷物をフロントへ預け、外へ出る。 なつかしいバンド のシールを貼ったルノー4を見かける。

日本橋室町は蕎麦屋の密集地だ。その中でもこの 利休庵 は、悪くない風情を感じさせる。機会を捉えて寄ってみよう。

岡本太郎のデザインによるものか、筆文字の奇妙な看板を持つタロー書房の脇から、地下鉄銀座線の三越前駅に入る。

三越百貨店の地下入り口の前で偶然、お得意様の松井さんに会う。松井さんは三越百貨店の 「お経の教室」 に、月に1度、通っていらっしゃるということだ。

「こんど、おいしい中華、ごちそうするわよ」 と、お誘いを受ける。松井さんにはいつも何かとお気遣いをいただき、恐縮することが多い。

この1週間のあいだ、街で見かけて気になったディスプレイが2点ある。ひとつは三越前の地下通路にある エルメスの看板

もうひとつは、銀座の6丁目、並木通りにあるエトロの 春物

朝10時、日本橋高島屋の通用門 まで、休日出勤中のオカダさんに来ていただく。警備員とともに、新館駐車場から三菱デリカを出す。

昭和通りを日本橋、江戸橋と過ぎて、室町に入る。ホテルに預けてあった荷物を積み、中央通りから須田町、万世橋、妻恋坂、三組坂下、湯島中坂下から中坂上へ。三組坂上から春日通りへ抜けて、甘木庵へ。

甘木庵では、社員の荷物や1週間分のシーツなどを積み込む。午後3時近くに帰社し、積荷を降ろす。

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 2001.0220(火) 莫久来、ぎんなん、白子

高島屋販売の最終日。この6日間の売り上げは、目標の500万円に鼻差でとどかない494万円。諸処を分析して、また来年、がんばろう。

閉店後、7時10分から 後かたづけ を開始する。次に使う人のために、冷蔵ケイスの奥まで拭き上げる。

2台のコンビネットに用度品や僕の買った2ケイスのワインなどを積み込む。食料品売場のある地下1階から4階へ。連絡通路を通って新館4階の特別食堂へ。この裏から新館駐車場の地下2階へ。大移動だ。

担当のオカダさんや学生アルバイトの助けもあり、三菱デリカへはスムーズに荷物を積み込むことができた。8時25分に、全員が外へ出る。

この時間からでも心おきなく飯の食える数寄屋通りの 「おぐ羅」 へ。4丁目から予約の電話を入れたため、鍋前のカウンター4席 が用意されていた。

莫久来、ぎんなん、白子。オデン鍋で煮られた白子を食べたあとの、白子のコクの融けだしたダシが最高だ。

となりの酔っぱらい にせがまれて画像を撮るうちに、こちらの食も進む。きぬかつぎ、三つ葉のおひたし、ヒラメの薄づくり、あん肝、そしてたくさんのオデン。

10代にして 「おぐ羅」 で飯が食えるという社員 の贅沢は、最終日の長丁場にニコニコ耐えたことへのご褒美だ。

今夜は寄り道をせず、室町のホテルへ帰る。

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 2001.0219(月) 日本橋、柳橋、浅草橋

高島屋へ出張して以来、晴天が続いている。「今日は洗濯日和だわねぇ」 との声が、マネキンさんの間に取り交わされる。「天気が良すぎてお客が少ない」 と言うのだ。雨が降ったら降ったで 「こういう日はみんな、家を出ないわよねぇ」

降っても晴れても、言い訳がついて回る。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負け無し」 と言ったのは、阪神の野村監督だっただろうか。

三浦海岸で開かれたMGフェスティヴァルから一夜明けて、長崎の マイタイさんとあんぐりさん が売場へ見えた。羽田への途次にわざわざ回り道をしてくださり、恐縮する。3人で外の喫茶店へ行き、しばし歓談。

本日は 棚卸し のため、閉店時間はいつもより1時間はやい6時。夕食の相手は二転三転して結局、小松屋 の若主人に決まった。行き先は浅草橋の立ち食い鮨 「美家古」。

6時30分、小松屋さんのクルマで日本橋から柳橋へ。柳橋は神田川の最下流にかかる橋だ。神田川はこれにて隅田川と合流する。裏道を迂回して浅草橋の駅前へ。

美家古は 非常に伝統的な立ち食いスタイルを持つ鮨屋 で、総武線浅草橋駅の線路下にある。カウンターには荷物置きもなく、僕はThinkPad240Xの入ったショルダーバッグを肩からかけたまま、鮨を食う。

ほとんどの鮨は1カン100円。酒は瓶ビールと、給湯器の上で温められたワンカップ大関のみ。ぬる燗の酒を飲みながら、小振りの握りを十数個食べる。

勘定は、小松屋の若主人が食べた分も含めて3500円。ワンカップ大関を2本飲んだ僕が2500円、下戸の小松屋さんは1000円というワリカンにする。

小松屋さんが再びクルマにて、日本橋本町まで送って下さる。三越百貨店の本店は、いまだ ライトアップ の光を落としていない。時計に目をやると7時40分。素早く終結する江戸前のつきあいはサラリと粋で、大いに僕の好みに合う。

ホテルで1時間ほどコンピュータへ向かう。その後、地下鉄で3駅移動して銀座へ出る。"GOOD TIMES" にてオールドパーベイスのロブロイを2杯と、レッドアイを3杯。

午前0時過ぎにホテルへ帰着する。

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 2001.0218(日) 朝チョコ朝シェリー

前夜10時に就寝、今朝4時30分に起床。2月14日以来、もっとも普段のスタイルに近い睡眠パターンだ。

2月16日に 熊谷さんからいただいた "OGGI" のチョコレイトと、同日、高島屋の和洋酒売場で購った "TIO PEPE" を口に含む。
江藤淳の随筆 「夜明けの紅茶」 を思い出す。

明け方のチョコレイトとドライシェリーは、「朝から酒を飲む」 というシュールレアリズムと、1度つまむと止まらなくなるチョコレイトのリアリスティックな美味さが混交して、不思議な世界に僕を連れていった。

本日の売り上げは昨年の日曜日よりも優れ、一昨年の日曜日には劣る結果になった。

今日は木曜日から火曜日までの6日間の出張において、最後の2日間を担当する社員が合流する。夜7時30分に高島屋の社員通用門から外へ出ると、すでに2人の社員は外に立っていた。

またまた社員のリクエストにより、銀座の 「鳥ぎん」 へ行く。僕、anne@家内、社員4名の計6人用のテイブルは、すぐに準備された。みなが 「ごちそうさま」 と言うまで飲んで食べて、しかし一人あたりの平均単価は2800円にとどまった。

anne@家内と社員は、そのままカラオケへ。僕はそのままホテルへ向かう。

実際のヴァルヴを半割りにして貼り付けた、レリーフのような 東洋バルヴの看板 をみて、江戸川乱歩の 「押絵と旅をする男」 という小説を思い出す。

刃物の木屋のショウウインドウに "PEUGEOT"のコショウ轢き を発見して 「コショウ轢きは歯車を使うだけに、自動車メイカーのそれが優れる」 という聞きかじりがよみがえる。

今日の夜には重要な仕事が控えている。明日、我が社の蔵から発送する商品の数量予測だ。この月曜日の出荷をもって、高島屋への最終入荷となる。売り切れを出すのはバカバカしいし、余りを大量に持って帰るのも面白くない。

マイツール のマクロを走らせ、過去のデイタと今年のアイテム別売れ数量をつきあわせる。11時に最終の数字を決め、我が社のpatioに発送依頼のメイルとフォーマットをアップする。

本日撮影した3枚の画像処理が、眠気によるミスのため、なかなか終わらない。0時に就寝する。

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 2001.0217(土) 日本橋の秘境

週末、都心の朝は遅く始まる。高島屋の売場も開店して30分間は、お客様よりも社員の数が目立つ。忙しいときは仕事に追われて気づかないが、仕事中のヒマな時間にこそ、人は疲労をおぼえる。

丸善屋上にある ガラス張りの洋食屋 「スナック・バー」 は、日本橋の秘境だ。昼12時に行くと、ゴルフ練習場の芝生の方まで人が並んで、大いに時間を無駄にする。

週末の11時40分、店内はそれでも ほとんどのテイブルが埋まっている。僕の注文は カレーとハヤシの2色ソース@1050円。頼んでから2分で出てくる優れモノ。更に、セットに含まれるサラダとオレンジジュースも含めて、5分で食べられる安直さ。

この水曜日から繁忙が続き、巡回しているpatioへの書き込みも、ままならない。高島屋地下1階の社員休憩所へ戻り、eメイルを書く。昼どきの喫茶店はせわしないし、テイブルも狭い。ここなら自動販売機の飲物も100円で買える。

午後1時から客足が伸び始め、常連のお客様の大量注文によって、大混乱の一時期もあった。たくさん買いすぎてご自分では荷物が持てず、当方がタクシー乗り場までご案内する事態も2度、出来(しゅったい)した。

友人の来訪は、 "Computer Lib" のマヒマヒさんと桑沢さん。桑沢さんには、足の疲れをとるシートをいただく。コンピュータリブでは、来客にコーフィーではなく抹茶を出す。一手ひねった 「もてなし」 に、いつも感心をする。

閉店後は銀座5丁目のメガネ屋で、完成した近眼鏡を受け取る。外へ出ると、遠くのネオンまでよく見える。僕のようになまじ目の良かった人間は、少しの近視でも気になってしかたがない。

本日のスタッフ合計4名で、7丁目の まんまる鮨 へ行く。白ばい貝煮 と煮イカで冷酒。しょっぱなの握りは カツオとイワシ

あまり画像を撮りためると夜の作業が増す。なおのことpatioへの書き込みが出来なくなる。デジタルカメラをしまい、夕食に専念する。

9時30分にホテルへ帰り、Beckey!とniftermを回して10時に就寝する。

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 2001.0216(金) 慶楽、室町、おぐ羅

高島屋の売場に、知り合いや友達が次々と来てくれた。熊谷さん、酒本君、松蔭ちゃん、ミシゲさん。熊谷さんには、チョコレイトと本を差し入れにいただく。

午前中は来客数も少なく、売場も静かで心配だった。しかし午後からは客足が伸びた。

熊谷さんからいただいたチョコレイトを食べながら飲むものを、和洋酒売場で物色する。ボルドーの赤? シャブリ? ヴーヴクリコのピッコロボトル? 結局は、ドライシェリーに落ち着いた。

閉店後、外へ出てはじめて 「チョコレイト」 「本」 「シェリー」 の3点セットを売場へ置き忘れたことに気づく。僕はいつでもどこでもボヤーッとしている。反省。

社員は3交代制でこのイヴェントに臨む。最初の2日間を担当する社員は、今日で仕事はお終い。明日からの担当者2名も交えた6名で、有楽町の慶楽へ行く

僕は今夜11時からの飲み会にそなえて、紹興酒は2合弱にとどめる。

9時、室町のホテルへ戻る。マイツール のマクロを回して得た今日の売り上げ数量は、直近に 「6日間販売」 で臨んだ1998年の金曜日のそれを上まわった。

明日の、蔵から高島屋への発送数量を見積もりながら、いつのまにか眠っていたようだ。10時30分、電話の音に起こされる。松陰ちゃんからの連絡だ。

松蔭ちゃんは、川崎の MG 仲間の飲み会から銀座へ戻る手はずになっていた。現在、品川まで来つつあるという。

シャツとマウンテンパーカだけでは寒いだろうと、スエットシャツも着込む。10時50分、早足で銀座線三越前の駅へ。尾張町@4丁目から数寄屋橋へも、早足で歩き通す。

帰宅を急ぐ人の流れに逆らって歩く。街の 「あしらい」 には おひなさま が目立つ。

数寄屋通りの おぐ羅 は夜11時20分の外気に、いつもの装いを見せていた。

店内に入ると、川崎からの一行は、未だ突き出しでビールを飲んでいるところだった。絶妙のタイミング。

柴曳さん、大和撫子さん、りゅうとくさん、松蔭ちゃん
屋部さん、那須さん、あとはどなただったか

いつもはカウンターへ座るため気がつかなかった 梅原龍ちゃんの作品 を発見。

2種類のマグロとモンゴウイカのお刺身、くさや、たたみいわし。締めは オデン

優れた経営者と知的ワーカー、それにチャランポランオトコ@僕が深夜の飲み屋で交わす会話は、お決まりのヨタ話とスケベ話。

12時20分に散会。僕は7丁目ヤマハ近くのタクシー乗り場まで、柴曳さん、大和撫子さん、りゅうとくさんの3人を案内する。僕自身は尾張町、京橋と歩いてやっとタクシーを停めることができた。

午前1時にホテルへ帰着する。

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 2001.0215(木) Hot Buttered Rum

僕にしては珍しく、ホテル内で朝食を済ます。

朝9時に日本橋の 高島屋東京店 へ出勤する。今日からここで、1週間の出張販売が始まる。

9時45分、売場の デジタル環境 も整え、試食も並べ終える。

販売時の最大人数は、僕、anne@家内、社員2名、学生アルバイト君2名、マネキン1名、レジ1名の計8名。これだけ揃えないと食事時や繁忙時に収拾がつかなくなる。冷蔵庫から売場に商品が届かないという、機会損失も発生する。

初日は常連のお客様が多い。DMの回収率も良好。すぐに僕の昼食時間になる。日本橋の裏通りにある好きな料理屋 「新華菜館」 へ行く。玉子ベーコン炒め定食@750円

昨年までの安っぽいハムが、ベイコンに替わっている。単品で頼むと3個400円の餃子が2個、サーヴィスでついてくる。

値段は据え置き、原価率を上げる。利益率は下がるが、販売個数の増大によって粗利総額を維持する作戦。どこの料理屋も楽ではない時世だ。

夜7時に閉店。
前日の残 + 本日の入荷 - 本日の残 = 本日の販売数量
のマクロにより、アイテム別販売個数を出す。

昨年の木曜日よりも145個、多く売った。これは当然のことだろう。昨年は8日間の販売、今年は6日間の販売。販売日数が少ないほど、1日あたりの来客数は多くなる。

銀座5丁目、近藤書店裏手の 「鳥ぎん」 で打ち上げ。初日から打ち上げとは、いかがなものか。

普通のビールと黒ビールを割ったハーフ&ハーフと共に アスパラベーコン、ギンナンささみわさび、砂肝はさみ焼き、レヴァ、肉、皮つくね、ししとう手羽、鴨

釜飯は 五目 と、明らかに原材料の向上した

支払いは1人平均で3500円弱。この店の価格を考えれば、ずいぶんとたくさん食べたものだ。みな満足をする。

丸の内線で甘木庵へ向かうanne@家内や社員と別れ、僕は3丁目の "MOD" にて丁子を燃やすスタイルの Hot Buttered Rum を2杯。

10時前に、室町のホテルへ帰着する。

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 2001.0214(水) めまぐるしい移動

午前11時ちかくに、三菱デリカで会社を出発する。車検証は社員が見つけてくれた。

扇大橋、日暮里、千駄木、根津、池之端と辿り、無縁坂を上がって甘木庵へ至る。床暖房のスイッチを入れ、東京大学に面した窓のカーテンと障子を開ける。ここではこれから1週間、anne@家内とのべ6名の社員が生活をする。

で 連雀町の「まつや」でカレー南蛮蕎麦を食べようと、本富士警察前から順天堂大学病院前に至る。ふと考えが変わり、神保町の "Computer Lib" へ寄ることにする。

年間12冊のマガジンと諸々のサーヴィスが受けられる "CPL CLUB" の年会費12000円をふたり分、払うためだ。僕ともうひとりの新聞購読者は、自由学園の寮で暮らす中学校3年生の長男にした。

昼食は、"Computer Lib" のある矢野ビル1階の ボーイズ へ。ハムピラフ玉子スープ付@590円とアチャール@50円

駿河台下、小川町、淡路町と来て須田町を右折し、中央通りへ。今川橋から室町へ入り、ビジネスホテルに僕の荷物を下ろす。女子社員と僕が、甘木庵で一緒に寝起きをすることは出来ない。倫理感から生じる気楽な境遇。

甘木庵へ到着したanne@家内から電話が入る。神田から秋葉原へ。湯島中坂下から本郷の丘を上がる。甘木庵へ戻り、社員の私物など大量の荷物を下ろす。

本郷、神田明神下、秋葉原、万世橋。日本橋では、更地になってしまった東急百貨店の跡で、なにかイヴェント をしていた。巨大なキャラクターは鉢植えの集合体だった。これを抜き出し、道を歩く人たちに配っている。

八重洲の駐車場に三菱デリカを停め、時間調整のため銀座へ出る。尾張町の眼鏡屋ユニで近眼鏡をひとつ注文する。これは、数年前にここで買ったサングラスのフレイムを用いてのものだ。

社員達との待ち合わせまでは、まだ1時間以上ある。すでに夕刻だが、酒を飲むわけにはいかない。散歩の途次、2丁目の "ABC MART" でクラークスのモカシンを衝動買い。

1丁目の 「ひょうたん屋」 で鰻を食おうとanne@家内に電話を入れるが、鰻の食べられない社員がいると、却下される。

結局、夕食は 「たいめいけん」。僕は コールスロー @50円と カレーライス @750円。anne@家内と社員は同じくコールスローと オムライス@1850円

古色とモダンの合体した熱いカレーは美味い。もちろん、多めの油と甘みの勝ったコールスローのドレッシングも嬉しい。

高島屋の担当であるオカダさんから電話が入る。「たいめいけん」 にいることを告げると、わざわざ訪ねてきた。今のうちにクルマを、高島屋の屋上駐車場へ移動するという。手間を惜しまない段取りに驚く。八重洲の地下駐車場にある三菱デリカの鍵を渡す。

高島屋地下1階のウチの売場は、今日までヴァレンタインデイのチョコレイトを売っていた。8時に店内へ入ると、やっとその撤収が終わりつつあるところだった。8時30分に、やっと 冷蔵ケイス が届く。

僕は味百選売場のシシクラさんとアルバイト君の2名と共に、シュールレアリスティックな無人の屋上へ上がる。三菱デリカに満載された荷物を、ふたつのコンビネットに入れる。暗い通路を経て、地下1階に運ぶ。

10時30分、どうにか 売場の体裁 が整った。落語 「黄金餅」 のような、めまぐるしい移動の1日が終わった。

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 2001.0213(火) ナルコレプシー

夜10時に就寝して午前0時に目覚める。さすがに2時間の睡眠は短すぎると、1時30分まで布団の中にいた。眠れないので起き出す。

事務室に降りる。「13時間は充電するように」 とマニュアルにあるデジタルカメラのバッテリーが、ジージーと音を立てている。4枚のCDを次々と聴きながら、オンラインショップの受注処理をし、eメイル書く。

朝6時にシャッターを開けると、未だ夜は明けていなかった。

9時前、三菱デリカをはす向かいの大橋ガソリンスタンドへ持ち込む。洗車、タイヤの空気圧チェック、それと燃料の補充を求め、昼ごろまでに会社へ届けてくれるよう頼む。

午後4時からそこへ、高島屋イヴェント 用の荷物を積み始める。紙袋、しおり、パンフレットのような用度品については、昨年のデイタを元に、できるだけ余りの出ない数量を考えてある。

午後5時、明日の出発直前まで冷蔵庫に入れておくべきもの以外は、ほとんど積み込みが完了 した。

ふと気づくと、事務室からクリップにはさんで、クルマまで持ってきたはずの車検証が見当たらない。僕は社内の通路を30m歩いたのみだ。どうもよくわからない。

色川武大@阿佐田哲也には、ナルコレプシーという突然眠りに落ちる持病があった。先日は僕も、数十分のあいだに数回、立ったまま眠った。車検証の紛失も、一瞬の眠りによるものか? まさか。

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 2001.0212(月) パリでも見てるか

今朝は5時と、まともな時間に起床をする。

パリに住む人からメイルが入っている。「君に金沢の雪を見せたいシリーズが見つからない。どこへ行ったのか?」 と言う。

このペイジの最上部にある "DIARY" のボタンをクリックすれば、過去の日記へリンクする。パリの日本人はおっちょこちょいだ。「君に金沢の雪を見せたい」 は、今年1月21日 から23日にかけてのシリーズだった。

「これからも日本の食べ物や習俗の画像を、日記に載せていけ」 と言う。昨日は神様に供えるお飾りのことを書いた。時宜にかなった。

9時前、前回の床屋行きから20日を経ずして、ふたたび加藤床屋へ行く。

「アメリカの潜水艦に日本の船が沈められたっていうのによ、総理はゴルフでやんの。呆れっちゃぁよなぁ、あの親方にも」

これがホントの床屋政談。

連休で店が混み合っているため、道向こうから店舗の画像を撮ろうとしたら、これがバッテリー切れ。

買ってから40日ほどしか経たない "Fuji Fine Pix4500" による撮影枚数は、1997年の春から2000年の暮まで持った "Olympus 800L" のそれを、既に大きく追い越している。

安価な道具とは、使いやすい道具を指す言葉だろう。モノの値段は、決して絶対値では測れない。

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 2001.0211(日) 花市

我が町では毎年、冬の寒い時期に 「花市」 という市が開かれる。江戸期以前から行われていた六斉市が、明治初期に形を変えて始められたものだという。

僕が子供のころには 「ガマの油」 などの 「啖呵バイ」 や、「ルーレット博打」 のようないかがわしいものも残っていた。今は 「ダルマ」 「縁起物」 「草花」 「食べ物」 「おもちゃ」 が主で、すっかり健康的になってしまった。

「健康的」 とは 「興趣に欠ける」 ということだ。

午後3時30分過ぎ、日の傾き始めた花市の通り を日光方面に歩く。ウチは毎年、3本の縁起物をここで買う。店はいつも 「こぼり」 と決めている。

短い交渉の末、こぼりのオヤジ から 五つ俵 のものを3本、計18000円にて購入。

「こーんな値段じゃぁさー、オレ、泣いてんだよ、ホント、カッカッカ」 と言いながら、オヤジは僕に抱きついてくる。

「だって、去年も同じ値段だぜー」 と、僕は答える。

持ち帰ったお飾りは、1本をまず 神棚 へ。2本目は 水神 へ。3本目は蔵の中で酉(とり)つまり西の方角にある 地神 へ置く。

本日の仕事は、これにて終了。

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 2001.0210(土) 横田柔道

5歳の次男が 「足が痛いから横田柔道、行く」 と言う。自分が幼稚園へ行っているあいだに、僕と家内が鍼へ行ったことを知って、うらやましくなったのだろう。

次男は、欲求を憶えるといつまでも忘れず、満足するまで収拾がつかなくなる。

朝9時前に 横田道場@横田接骨院 の引き戸を開ける。朝5時に診療を始める、風変わりな、バカバカしい、あるいは非常に顧客満足度の高い接骨院だ。

待合室には3人の先客がいた。次男はそのまま診察室へ入っていく。先客たちはニコニコ、あるいはニヤニヤ。横田柔道は 「世の中すべてイイカゲンが良い」 という考えの持ち主ゆえ、僕も苦笑いをしてごまかす。

診察室から横田柔道の 「どうしたんでぇ?」 の声が聞こえる。僕は 「ただここへ来たかっただけなのかも知んないんすけど」 と言う。診察室の中から笑い声が聞こえる。

待合室で一昨年の太陽 「木村伊兵衛」 を読む。「横田さん、この本、くれませんか?」 と訊けば 「いいよ、持ってきな」 と気前よく答えてくれるだろうが、そんなことは言えない。

診察室へ入ると、次男は 「右足が痛い」 と言ったらしい。一丁前にハケで薬を塗られ、白い粉を振りかけられて、マッサージの最中 だった。

横田柔道は、子供心のよく分かる人間だ。パレットナイフで練った灰色の湿布薬をガーゼに載せ、足首に巻いて、包帯で固定してくれた。初診料も含めて640円。

「物より想い出」 とは、よく言ったものだ。今朝の 「イイカゲンな出来事」 も、きっと次男の良い想い出として残るだろう。

今年の1月から空き家になっている長崎屋の前を通り、いまだシャッターの開かない店も多い商店街を歩いて帰宅する。

そういえば 「商店街は、小学生の登校時間にあわせて店を開けるべきだ」 とは、横田柔道の言ったことだ。その理由は 「子供を守るのは、地域だから」

横田柔道は 「イイカゲン」 を愛する人間だけれど、一方、こういう優れた寸鉄を発する感受性の持ち主でもある。

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 2001.0209(金) GRICの設定

左右を振り返ろうとすると、いつもよりも首が後ろまで回らない。1週間くらい前から出始めた症状だ。

腰の痛い家内と、栃木市の慈養堂へ行く。我が町から東武日光線で35分。新栃木駅前からタクシーで5分。慈養堂は、これだけ時間をかけて行く理由のある鍼灸院だ。

電車の中でeメイルを打つ。首が痛いのだから、そんなことはしなければ良いのに。寸暇を惜しんでキーボードに触ろうとする貧乏性。

家内は初診だからと、先に診察室へ入る。「自分は、いつ呼び出されるのだろう?」 と待つうちに30分が過ぎた。ザックからコンピュータを取り出し、起動が終わったとたん、名前を呼ばれる。

首のまわりが異常に張っているという。鍼を数本打つ。その鍼をワニグチクリップで挟み、電気を流す。数十分間は眠っていたようだ。頸椎のズレを矯正し、首から背中までのマッサージを行って診療は終わる。

明らかに首の可動範囲が広くなっている。すっかり腰の楽になった家内と、再びタクシーに乗り、電車で帰宅する。

高橋savon厚坊のVAIO に、niftyのパティオを巡回設定する。telnet接続につき、どうにもわからないところがあったため、カトーノさん に電話をする。

折り返しカトーノさんからメイルで 「こういう手順で設定すれば、できるはず」 というチャート図が届く。

カトーノさんはniftyへのアクセスもせず、だからniftermも使わない。彼のコンピュータの中には、niftyの何物もない。我が社の4台のコンピュータを組み上げるあいだに、設定の手順を映像で記憶してしまったのだろうか? まるで将棋指しのような脳味噌だ。

高橋savon厚坊のVAIOは、完璧に設定された。彼女が巡回をしている5つの会議室と、VAIOフォーラムの過去ログを、35分間かかってダウンロードする。

3月の初め、サイパンからインターネット接続をするためのGRICについて、もっちゃん@楠山茂一サンに電話をする。

昨年は香港滞在中に6回、合計26分間のアクセスをした。電話代は、1回5香港ドルのローカルコールで6回、計30香港ドル。日本円にして450円だった。

「楠山さん、またGRICの設定、教えていただけませんか? こんどはサイパンなんです。銀座で一夕、ごちそういたしますんで。あ、谷河内の楠山さんの会社まで伺います」

「えっへっへ、銀座ですか? よし田の鴨豆腐でかまいませんよ」

「いえ楠山さん、もうちょっと良いもの、おごらせていただきます」

スキルの高い友人を多く持つということは財産だ。そのかわり、僕の人頼りの姿勢は、ますます払拭されないまま、いつまでも継続していく。

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 2001.0208(木) デフォールトとしてのオムライス

4人の社員に配布する4台のコンピュータの、最後の動作試験をする。

ThinkPad1124とVAIOのPCG-C1VJは新品。ThinkPad535Xと同530は、僕のお古。nifterm によるpatioの巡回と マイツール のみにコンピュータを使う社員は、当座は古いThinkPadで充分だ。

あらかじめ4台のセットアップを自宅で済ませてきた カトーノさん が、niftermのアクセスポイントを設定する。僕は僕で、4台のniftermの インターフェイスを統一 する。

環境の統一が、コンピュータ教室においては高い能率をもたらす。個々のカスタマイズは、技能を習得してからでも遅くはない。

10坪たらずの事務室 に8台のコンピュータが並び、一時はキチガイ博士の研究室のようになる。

カトーノさんに 「昼飯、食べますよね」 と言うと 「昼前に終わりますよ」 と答える。時計と作業の進み具合をみると、作業が午後にまで至ることは明白だ。

「大貫屋のオムライス、とりましょうよ、俺が食いたいんですよ」 と、たたみかける。僕は メシの量がドンブリに山盛り一杯はあろうかという、大貫屋のオムライス が好きだ。

一方、カトーノさんは1週間カンヅメで仕事をした際、毎日欠かさず、出前のオムライスを食べ続けたという。別段、オムライスが好きなわけではない。あれやこれやとメニュを考えることが面倒なだけだ。

「僕、食い物は何でも良いんですよ」 デフォールトとしてのオムライス。

フリーウェア版のマイツールから、以前のファイルを読みに行く設定に少し手こずる。コンピュータリブマヒマヒ氏 に質問の電話をする。午後2時に無事、作業は終了した。

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 2001.0207(水) 1982年の旅行日記

僕より10歳も若い友人のYOちゃんが今月の19日、インドネシアに赴任するという。
「餞別に、本、あげるよ」 と言った。候補はふたつ。

「覇者の驕り」  (上)(下)  David - Halberstam著  日本放送出版協会
「炎熱商人」  (上)(下)  深田祐介著  文春文庫

「覇者の驕り」 は日米自動車戦争の細部が、ニッサン現地法人の社長を狂言回しとして、壮大な規模で語られている。

しかしこれ、1987年の刊行で既に絶版。紀伊國屋BookWeb では取り寄せ不能となっていた。他に利用する ふるほん文庫やさん にも、(上)のみの在庫しかない。

「炎熱商人」 については一昨日、銀座の近藤書店で見かけた。重い荷物を嫌う僕は 「どこででも買える」 と、たかをくくって購入しなかった。今日、我が町の郊外型書店をふたつまわって在庫無し。まぁどうにかなるだろう。

こちらはフィリピンに渡った日本人商社マンの、ジェットコースターに乗ったような仕事と生活の物語。行く場所は違っても、YOちゃんにとっては臨場感のある小説に違いない。

これだけは確実にプレゼントできるのが、僕が1982年に書いて、結婚式の引き出物にした 「鏡の中の自画像」 。原稿用紙500枚分の、2ヶ月間の旅行日記。

青臭くて稚拙な文章。インドネシアで飲むジン&トニックの肴くらいにはなるだろう。

午後から降雪。夕刻までに 5Cmの積雪

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 2001.0206(火) ペンキの侵攻

昨年から会社のあちらこちらを、ペンキ屋のイナバ塗装が塗り始めた。掃除をしただけでは、ザラザラした壁についた長年の汚れは落ちない。壁の表面を薄く剥がし、塗料を乗せていく。

勢いがつくと、止まらない。店舗から始まって事務所へいたり、次第に 工場へ向かって、クリーム色がその面積を 増やしていく。

夏の結露によってホコリを溶かし、黒っぽくなっていた水道の露出配管も、すべてクリーム色 に塗り込められ、まるで新築の病院を思わせる。

箸休めのような感じで、鉄の門 を黒く塗る。ペンキが乾いた後に雪が降る。

忙しさと忙しさのあいだの、真空のような閑散。短くないeメイルを、60通ほども書く。

家内が実家から戻った。お土産は伊勢廣の焼き鳥。

店でしか食べることのできない長ネギのもも肉巻きも、高島屋で売るようになったようだ。百貨店で買える焼き鳥としては、伊勢廣のものが最高だろう。

西酒造の焼酎 「ちびちび」 は、料理に対して味が強すぎる。これは単独で飲む酒だろう。紅乙女酒造の「紅乙女」を飲み、8時30分に就寝する。

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 2001.0205(月) 魔味

本来であれば、吉野家で 「牛丼並もり」 「生玉子」 「けんちん」 といきたいところだが、朝から牛丼などを食べると、中性脂肪、脂肪肝、高脂血の数値がよけいに高くなる。

本郷三丁目の菊坂正面にあるスターバックスコーヒーへ行く。 ターキーサラダとゆで卵のサンドウィッチ。コーフィーはショートアメリカーノ

コーフィーを哺乳瓶のようなカップでテイクアウトし、それを飲みながら歩き去る人も多い。行儀の悪い文化を発明させたら、アメリカ人の右に出る者はいない。

東京大学では数年前から、増築工事が続いている。あちら でも こちら でも、巨大なクレーンが青い空を突き刺している。

切通坂を下りる。 湯島天神の梅 が咲き出している。

開店直後の日本橋高島屋にて商談。

過去4年間の売れ筋、今年の売れ数予想、出張社員の日別メンバー表、過去の問題点、本日いただくべきご返事のための質問票、屋上駐車場に保管するトラックの車検証などが、同じファイルで2冊、作ってある。

一方を高島屋さんの2名の担当者にお渡しし、写しを僕が持つ。同じペイジを繰りながらの打ち合わせ。ThinkPad240Xに画像 を出し、昨年の会場の飾り付けを確認する。1時間ほどでチェックは完了。

未だ20歳代の担当者オカダさんが 「だんだんと、緊張してきました」 と言う。僕は 「大丈夫です、準備さえしっかりすれば」 と答える。

銀座4丁目の眼鏡屋にて壊れたメガネの修理。近藤書店にて雑誌を1冊購入。

午後4時前、浜松町の秋田屋へ行く。いまだ平日の午後4時前だというのに、店内はすでに酒好きのオヤジやオバサン にて満たされている。

カウンターに座り、先ずは燗酒とニラおひたし、それにコブクロ、テッポウを頼む。昨年から読み終えない文庫本 「ジャッカルの日」 を取り出す。

隣のお客がグラスを倒す。こちらへも酒が流れてくる。しきりに謝る。 「いやぁ、僕もよくやるんですよ」 と言う。

ワカメ酢とぬか漬けを頼む。煮込み豆腐を注文する。ブタスジ煮込みも美味いが、牛の煮込みは魔味だ。わざと腸壁の脂を、取りすぎないようにしている。

2本目の燗酒を飲み終え、席を立つ。焼き場の上の 大きな電飾 を撮影する。新しくできた大江戸線と共通の口より地下に降りる。浅草線にて浅草へ出る。

それほど遅くならないうちに帰宅。24時までeメイルを書く。今日は20時間も、連続して起きていた。

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 2001.0204(日) コンフィとロースト

ここ2週間以内に僕がすべき仕事は、すべて済ませた。あるいは、全く済ませていない。

世の中には、いつも頭と体を動かしている人と、今日しなくても良いことは明日まわしにする人との2種類がある。僕はもちろん、後者だ。

店の駐車場の数時間おきの掃除、漬物の手入れ、急ぎの荷造り1件と、ゆるやかに仕事をする。

下今市駅17時01分発の東武日光線スペーシアで、浅草に出る。伝法院通りの入り口にほど近い 大宮 へ行く。

お金がない、あるいはそうお金を使う習慣を持たなかった学生のころ、僕はここでカレーライスとグリーンサラダ、そして生ビールばかりを注文していた。今はもう大人なので、もう少し高いものを食べる。

お酒はドライシェリー。またたくまに2杯。シェリーを飲んでいるうちに 鴨のコンフィ が出来上がる。煮詰めて甘くなったバルサミコが、鴨の肉によく似合う。食べかけたところで、オヤジの大宮さんに撮影の許可を得る。

ずっとシェリーで通しても良いほど、ここのドライシェリーは美味い。しかしまた、金色の泡の出る酒も飲みたい。パイパーの200ccの瓶 を頼む。

僕はフランス料理屋のメニュに 「コンフィ」 を見つけると、どうも注文せずにはいられない。これは中華料理屋の品書きに 「鹵味」 という文字を発見したとき、つい 「ろうみい」 と、中国人の店員に告げてしまうことと同じだ。

羊のロースト を食べかけて、写真を撮る。手をつける前に撮影をすればきれいに撮れるが、まず目の前の物が食べたくて、しかたがない。ブリブリの羊の肉を口に入れ、咀嚼してその脂を味わう。

鴨と羊では肉ばかりだが、羊も好物のため、いたしかたが無い。赤のグラスワインを1杯飲み、エスプレッソで締める。

大宮さん、デジタルカメラやコンピュータが好きらしい。ブラウジングも、もちろんされる。紙とペンを借り、清閑PERSONALのURLを書いて渡す。

湯島の仲町通りを歩く。僕の好きなバー"PEN"はお休み。藪蕎麦はまだ、店を開けていた。「燗酒と盛り蕎麦2枚、食えるな」 という思いを打ち消す。いまより以上に腹が出るとマズい。

8時15分、岩崎の大きな屋敷の横を通り抜けて、甘木庵に帰着。本日の画像を処理して10時に就寝する。

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 2001.0203(土) 社内豆まき

午前中は i-modeペイジ の手直しをする。そろそろカラー化をしようとも考えているが、僕のi-modeはカラー仕様なので、白黒のペイジでも色つきに見える。

午後3時すぎから社内で豆まき。まずは店舗から。僕を含む4人鬼のお面 をつけ、お客様に向けて 「福は内!」 と声を張り上げる。お客様は喜び、その豆をキャッチする。

次に、鬼のお面をつけた3人の社員 に豆を投げつけ 「鬼は外」 と叫ぶ。

あとは順次、包装現場、製造現場、原材料貯蔵庫と、豆の入った升を持って歩き、「鬼は外」 「福は内」 を繰り返す。

毎日おなじ飲み屋へ行くのは恥ずかしいので、雪が融けかけてぬかるんだ裏道を歩き、和光へ行くと、これが休み。やむなく昨夜と同じく 市之蔵 へ回る。

メニュには何十種類もの料理が並んでいても、自分の好みは限られる。どうしても注文するものがかたよる。今日はなにを食べようかと、しばし迷う。

結局、エシャロットキュウリのチゲ味噌。頼まなくても出てくるものは、ウドのキンピラとアサリの酒蒸し

今日はアンザイ畳屋のオヤジがいないため、ゆっくりと本が読める。自らは生まれてこのかた、1度として注文したことのない 揚げ出し豆腐 をとる。

この小振りのポーションは、酒の肴としてちょうど良いサイズだ。練り唐辛子とシシトウの色も美しい。食べてみると、油の味がとても良い。これは美味い。以降、この店における僕の定番としよう。

頼まなくても出てきた コロッケ は、スペインのバルで出てくる突き出しのように小さい。皿の上に小さな杯のソースを配した盛りつけが、僕は好きだ。まるでラジオ小僧が自作した迷路走行用ボットのように、きっちりと組み上げられている。

きのうの寄せ鍋は、エビをむくのが面倒だった。ワタリガニは食べずに返却した。というわけで、今日はチゲ鍋。揚げ出し豆腐、チゲ鍋と、豆腐の大量摂取だ。

これだけ食べて勘定は 2000円。すこし安過ぎはしないか?

事務室へ戻り、日記用の画像を整える。7時30分には、既にして眠気のためにミスが目立ちはじめた。居間に引き上げ、入浴をして8時に就寝する。

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 2001.0202(金) コンピュータの使命

午前中の数時間を費やして、高島屋での出張販売 で使う マイツール のオートを2つ、書き換える。マイツールではマクロのことを、なぜかオートと呼ぶ。

書き換えたマクロのひとつは、毎日の入荷と残を入力し、その日のアイテム別売れ個数を算出する販売管理システム。

前日の残 + 本日の入荷 - 本日の残 = 本日の販売個数

という単純な構造。

しかし以前は6日間の出店だったところ、最近は百貨店も定休日が無くなったり、前後の催しの関係で、7日間も8日間も販売をすることが少なくなくなってきた。そこで、毎年マクロの書き換えが必要になる。

コードを紙に印刷し、赤ペンで修正していくのが僕の流儀だ。

もうひとつのマクロは、過去4年間の曜日別アイテム別売れ数量に、今年のアイテム別売れ数量を、各曜日ごとに差し込んでいくというもの。

このフォーマットを検討することによって、ごく短い時間で、より精密な 「あさってのアイテム別売れ数量」 を予想することが可能になった。「あさっての」 とは

1.本日の夜に、あさっての売れ数量を予測し
2.あした、我が社から宅急便で出荷して
3.あさってに、日本橋の高島屋で販売をする

という流れによる。

このふたつのマクロによって、僕が出張先で夜の街へ飛び出す時間が、1時間は早まった。コンピュータは常に、人助けとゼニ儲けという、ふたつの使命を帯びている。

終業後は 市之蔵 へ。

灰皿に突っ込んでおいた携帯電話に、i-mailが入る。友人からのものかと思ったら、ウェブショップ から転送された注文書だった。それを確認し終えたとたん、メイルとは異なる着信音が鳴る。友人からの電話かと思ったら、仕事の電話だった。

いつものように、頼まなくても出てくるものは アサリの深川煮と、極小ジャガイモのバター転がし、それに貝割れ大根の厚焼き卵。

この店に何年も通って、1度として注文したことのなかった寄せ鍋 を頼む。この寄せ鍋には、ワタリガニとエビが入っていた。無精な僕には不向きな料理だ。次回からは元どおり、豆腐のチゲ鍋にしよう。

締めは キュウリのチゲ味噌。 味噌、ラー油、豆板醤、豚肉が入っていることは分かるが、レシピまでは不明。僕はこの店のチゲ味噌が大好きだ。

7時30分に事務室へ帰着。このところ3日続けて落ちている現場のブレイカーを調べる。諸方へのeメイルと日記を書いて、9時に居間へ戻る。

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 2001.0201(木) 赤絵の器

2月5日は、日本橋の高島屋東京店へ、出張販売 の最終打ち合わせに行く。

プレゼンテイション用の資料を、数時間かかって仕上げた。僕の分と先方の分で2冊。同じ順番でとじられたフォルダを、お互いめくりながら話を進めるうちに、相手への信頼感や親近感が増すという寸法だ。

短期の販売では、アイテム別の売れ個数を予想することが難しい。過去8年のデイタから、今年は1998年のそれにもっとも近いのではないか? と予想を立てる。デイタの解析なら任せておけ。

夜は飲み屋の和光へ行く。裏通りには、まだ凍った根雪が多い。

突き出しはウドの炒め煮。ウドはあまり得意な野菜ではないが、これは美味い。あげまき@マテガイのバター焼き。貝フリークの僕としては、頼まずにいられない品。サンマの塩焼きは、旬の生にはかなわない。これはまぁ、当然だろう。

注文した品物の完成投入速度を、読み切れないことがある。オヤジの料理を作るスピードと、当方の食べるスピードとのかねあい。目の前の肴が切れたため、マカロニサラダを注文する。締めはなぜかエビフライ。

モデムの不調からeメイルを飛ばせなくなったという 友人からハガキ が届いた。赤絵や金襴手の器を僕が好むということを、どうして知っていたのだろう?

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