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おれは天國の住人なのか それとも地獄に堕ちる身なのか わからぬ
草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば  この現物と引き替えに 天國は君にやるよ
Omar Khayyam

 2015.0430(木) 当面の敵

「被写界深度」という言葉も、だから当然その意味も知らない人が、しかしとにかく一眼レフさえ使えば綺麗な写真が撮れる。それが悔しいから「よし、オレも一丁、一眼レフを買おう」という気になった。先月上旬のことだ。

その気になった週の土曜日には折良く新宿へ行く用事があった。良い機会だからニコンプラザに寄って自分の用途を伝え、どのレンズ、どのボディを買うべきかを係員に助言してもらおうと考えた。

「なぜニコンなのか」と問われれば、僕は一眼レフは、中学生のころからニコンとオリンパスを使ってきたからだ。「なぜオリンパスでないのか」と問われれば、むかしも今もオリンパスのカメラの外観が好きでないからだ。

しかしよくよく考えてみれば、僕はレンズは単焦点1本しか使うつもりはない。もうひとつ、僕は一眼レフの、レンズを取り外すとボディの内側がさらけ出されてしまう、その無防備さが好きでない。空気中のゴミが入り放題ではないか。

「とすればやっぱり、オレの買うべきはソニーの"RX1"しかねぇじゃんか」と思い至った。なぜ「やっぱり」かといえば、このカメラに近づいては離れることを僕は繰り返してきたからだ。

「だったら金、貯めなきゃなー」と直ぐに考えた。現金はある。しかしあるからといってこれを使い続ければ先細りである。資金は毎月の小遣いを切り詰めて捻出するしかない。

そして先ずは、買おうとしていた40ミリ幅の革のベルトを諦めた。在庫の切れた"Billaud Simon"のシャブリ12本を買うことも諦めた。「ユニクロにしちゃ高けぇな」と感じていた麻のシャツが安売りになっていたけれど我慢した。アカギレには抜群に効く薬「ハクシン」を使い果たして、しかしこれの購入も先延ばしにした。

あれこれ諦めた結果、3月は小遣いの15パーセントを残した。そして今月は同じく56パーセントを節約した。以降は、会社の経費として計上できるたぐいの支払いにも自腹を切る、そういう僕の「美学」が当面の敵になる。"RX1"を手に入れることができるのは、一体いつになるだろう。


朝飯 ほうれん草のソテー、玉子焼き、納豆、若竹煮、山椒の佃煮、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁

昼飯 ハヤシライス

晩飯 たけのこの淡味炊き、7種の野菜のピクルス、"LE SAKE EROTIQUE NUMERO SIX 2014"、ほうれん草の胡麻和え、胡瓜の古漬け、山椒の佃煮、細切り人参の和風炊き、鶏もも肉の網焼きたけのこごはん

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 2015.0429(水) セットメニュー

自社の商品の状況を調べるため、いまだ営業を始める前の道の駅「日光ニコニコ本陣」へ行く。その仕事を数分で終えて東郷町から二宮神社へと続く、僕が高等学校に上がるころまでは映画館、パチンコ屋、鮨屋、飲み屋、喫茶店、はたまたピロシキ屋などが並んでそこそこ賑やかだった道に自転車をこぎ出す。

会社へ戻る道を数十秒ほども行くと右側に近づいてくるのがラーメンの「みはと」である。普段はクルマで通り抜けるから気づかなかったけれど、その「みはと」の外壁のホワイトボードに「セットメニュー」の赤文字が見えたため、自転車を降りてしげしげと見る。

「つけめんセット(ラーメン・つけめん)」とは、ラーメンとつけ麺の双方を一度の食事で摂る、ということなのだろうか。その組み合わせは少しく奇異な感じもするけれど、蕎麦屋で盛り蕎麦と汁蕎麦のふたつを食べる人を、そういえば目にしたことがある。

その人は、先ず盛り蕎麦を、次に天ぷら蕎麦だかの汁蕎麦を頼んでいた。「みはと」で「つけめんセット」を注文すると、ラーメンとつけ麺は、どのような順序で出てくるのだろう。

志ん生、文楽ではないけれど「どちらを先に行くか」とは、なかなかに軽んずることのできない命題である。「みはと」の「つけめんセット」については、そのうち充分に腹を空かせた状態で試してみなければならない


朝飯 納豆、スペイン風目玉焼き、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、筍の淡味炊き、ウドの炒りつけ、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁

昼飯 「美彩たむら」の3種の笹巻きおむすび、鶏と大根と椎茸の炊き物、なめこと万能葱の味噌汁

晩飯 蛸と黒オリーヴと2種の葉物のサラダフランスパンマッシュポテトを添えたポークソテートマトソース"Takun Reserva Chardonnay 2014"(オンザロックス)

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 2015.0428(火) 三段跳び

「アメリカには衣替えがないから、中には季節外れの素っ頓狂な格好をしている人がいて、それはそれで面白い」というようなことを40年ほど前に黒須敏之が書いていた。白人には特に寒さに対する耐性の異常に高い人がいて、それも「素っ頓狂」の一因と思われる。

冬はユニクロの、ヒートテックのハイネックシャツに、同じくユニクロの、フリースのハイネックセーターを重ね、そこにモンベルのダウンベストを加える。

冬が終わり春が来ると、先ずはダウンベストを脱ぎ、次はフリースのセーターを木綿の長袖Tシャツに換える。このとき素肌には、いまだヒートテックのハイネックシャツは着ている。

ところが今年の春は満開の桜に雪が積もるなど妙な天気が続き、そこからいきなり、具体的にはきのうから初夏の陽気になった。

きのうの朝9時まで僕は、ヒートテックのハイネックシャツにフリースのハイネックセーターを重ねていた。それが9時すぎには半袖のポロシャツ1枚になっていた。これは僕の段階的衣替えにおいては三段跳びの異常さである。

諸々を考えれば梅雨も必要ではあるけれど、個人の気持ちとすれば、ここから一気に夏を迎えたい。夏とはすなわち僕にとっては、青い空と入道雲、間断なく吹きつける熱風、半袖Tシャツとタイパンツ、そしてゴム草履の季節、である。


朝飯 納豆、ブロッコリーのソテー、ダシ入り玉子焼き、ウドの炒りつけ、若竹煮、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、胡瓜の古漬け、メシ、筍と若布と万能葱の味噌汁

昼飯 「五街道今市宿日光おいなり本舗」の稲荷寿司(トッピングは自宅で振りかけた、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」)

晩飯 「魚登久」の胆焼きうな重、肝吸い、「片山酒造」のカストリ焼酎「粕華」(生)

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 2015.0427(月) 裏側へと回り

日光市今市旧市街の中心部に完成した道の駅「日光街道ニコニコ本陣」は、今月21日に商業施設のみオープンした。そして今日は「船村徹記念館」も含めたグランドオープンの式典が11時45分より開かれる。そこでその様子を見るため8時すぎに会社を出る。

先ずは「日光街道ニコニコ本陣」のオープンに合わせて開店した、そしてウチの「楽楽らっきょう」をトッピングとして使ってくださっている「五街道今市宿日光おいなり本舗」を訪ね、店長のヤマダカズアキさんほかスタッフの方々と記念写真を撮る

そこから数十メートルを進んで「日光街道ニコニコ本陣」の前まで来ると、早くも「満車」のプラカードを持った人が立ち、また式典に集まる芸能人をひと目見ようと待ち構える人たちが、その数を増しつつあった

当方は日光街道沿いの表側から玉藻小路を伝って裏側へと回り、売り場の点検をして引き返す。そして今朝上がった品をホンダフィットに載せ、できるだけ多くの社員に現場を知ってもらうため、今度は4名でふたたび売り場に戻る。そうして新たに商品を陳列する

船村徹およびその高弟たちによるテープカットまでは、いまだ2時間ほどはあるのだろうけれど、おそろいの半纏を着た集団によるお囃子が広場で始まる。それと同時に当方は現場から引き上げる。

夜、テレビを観るともなしに見ていると、毎週録画するよう設定している「酒場放浪記」にチャンネルが切り替わった。よって東京の東の端の居酒屋2軒を吉田類が訪ねる様子を見てから就寝する


朝飯 グリーンアスパラガスのソテー、ベーコンエッグ、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、沢庵の油炒め、納豆、大根の千枚漬け風、メシ、揚げ湯波とカキ菜の味噌汁

昼飯 チャナ豆のカレーライス、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬

晩飯 7種の野菜のピクルス、フランスパンブロッコリーのソテーとフェットチーネを添えたビーフシチュー"Veenwouden Private Cellar Classic Red Paarl 2000"

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 2015.0426(日) 習慣に従わないまま

きのう今日と、早朝の仕事が続く。製造現場に降りてするこの仕事を辛いと感じたことはない。冬の寒さも気にならない。今の時期に何より嬉しいのは、4時台から空の明るくなり始めることだ。

仕事を終えて4階に戻る。ここしばらくははっきりしない天気が続いていたけれど、今朝は空が乾いて晴れている。ヴェランダの草花は急に伸び、その正面には鶏鳴山が青々と澄んでいる

駐車場の隅の、つい先日までは冬木立と変わらなかったモミジが不思議な色になってきた。近づいてみると、紅色の細い枝から緑の葉が萌えはじめている。そして「関西は新緑の盛りと聞いたけれど、このあたりもいよいよか」と考える

夕刻が夜になりかかるころにはすこし疲れていた。

ラーメン屋や居酒屋以外の店に出かけるときには事前の電話を欠かさない。ところが今夜ばかりはその習慣に従わないまま鰻の「魚登久」まで歩くとシャッターが降りていた。よって家に引き返して「これはこれで美味いわな」というものを肴に赤ワインを飲む。


朝飯 カキ菜のたまり浅漬け、大根の千枚漬け風、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」生のトマトのコンソメゼリーがけ、厚焼き玉子、若布と玉葱の酢の物、こんにゃくとデコポンの白和え、メシ、揚げ湯波とシメジと三つ葉の味噌汁

昼飯 「美彩たむら」の日替わり弁当

晩飯 生ハム、「共働学舎新得農場」の「シントコ」、干しぶどう、7種の野菜のピクルスフランスパンベーコンとカキ菜のスパゲティ"Veenwouden Private Cellar Classic Red Paarl 2000"

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 2015.0425(土) "Richebourg Jean Gros 1985"

「結婚した日の旅の宿に、いまだ処女の君といる」というような意味の歌をどこかで目にしたことがある。詠んだのは吉野秀雄に違いないと、あちらこちらを調べてみたけれど、それらしいものは見つからなかった。

リシュブール、しかもジャン・グロ、しかも1985年、しかもマグナム。記録を調べてみれば、これは銀座のミツミで1991年に買ったものと知れた。1985年はフランスではワインの当たり年で、かつ長男の生まれた年でもある。

大切に取り置いたこのワインは当初、長男が成人に達した2005年に飲む予定にしていた。しかしその年には今では思い出せない何かの理由があって、機会は先に延ばされた。以降も飲もうとしたことは何度かあったけれど、その都度やむを得ない事情から計画は頓挫し続けた。

それが本日、諸事ようよう整って朝、当該の瓶を蔵から4階の食堂に運ぶ

長男の同級生4人が東京から昼前に来る。彼らは昼のあいだは隠居で花見をし、夕方からどこかの温泉へ行った。濡れたバスタオルを手に彼らが戻ると時刻は19時にちかくなっていた。

「結婚した日の旅の宿に、いまだ処女の君といる」というような気持ちで温存し続けたワインの鉛のキャップを外すと、コルクは良い具合に湿っていた。その栓を大過なく抜き取り、30年を経た紅の液体をグラスへと注ぐ。夜は始まったばかりだ。


朝飯 胡瓜と鶏笹身のサラダ、スペイン風目玉焼き、納豆、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、沢庵の油炒め、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁

昼飯 「美彩たむら」の日替わり弁当

晩飯 小海老と白身魚のサラダウニと赤ピーマンのムース7種の野菜のピクルス生ハム、フランスパン、バジルを混ぜ込んだオリーヴオイルポテトグラタンとグリーンアスパラガスのソテーを添えた牛肉の赤ワイン煮、"Richebourg Jean Gros 1985"、「共働学舎新得農場」の「 シントコ」イソベさんのシュークリームイチゴのムース、"COURVOISIER XO"(生)

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 2015.0424(金) 集まり

オフクロの最晩年の楽しみは「家族との食事、そして若い友人たちとの交流だった」とは、昨年10月20日つまりオフクロの通夜をした日の日記に書いたことだ。

その「若い友人たち」には、よって僕としては恩義がある。オフクロの死から半年が過ぎてしまったけれど、今日はようやくそれらの方々をオフクロの好きだったフランス料理屋にお招きし、お礼および歓談の会を催す

僕の最晩年の楽しみは何になるだろう。南の国のプールサイドで本を読んでいたいところだけれど、実際にはからだのすべてが衰え、南の国へ行くどころか本も読めなくなっているに違いない。

終業後は事務室にて、長男を含めた製造係が5名、そこに市内の歯科医師ヌマオ先生を加えた6名にてデータベースソフト「マイツール」の勉強会が開かれる。僕は彼らとおなじ場所にいて他のことをしながら、なにか訊かれたら発言するに留めておく。教えすぎは良くないし、また場合によっては経験の浅い彼らの方が僕より先を行っていることもあるからだ

19時30を過ぎてのちは、その勉強会の参加者全員が4階の食堂へ上がり、食事を共にする。


朝飯 カキ菜のおひたし、生のトマト、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、沢庵の油炒め、納豆、メシ、タラの芽の天ぷらと三つ葉の味噌汁

昼飯 "Finbec Naoto"の昼のお決まり、サンセールの白

晩飯 カキ菜のたまり浅漬け、厚焼き玉子、肉豆腐筑前煮「干瓢のたまりだき」による海苔巻き「しその実のたまり漬」を混ぜ込んだ稲荷寿司、芋焼酎「喜左衛門」(お湯割り)、羊羹

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 2015.0423(木) 脳と燗酒の関係

数日前に届きながら開封をせずにいた、先月27日に社内で行われた健康診断の結果を本日ようやく見る。その数字の集合の中から真一番に探すのは、毎年決まってガンマGTPである。

昨年の2月9日から同25日までの17日間、僕は突然「酒などなくても平気」という病に冒された。しかしこの原因不明の病が癒えて以降は健康に恵まれ、今回の健康診断までの394日間は、1日も欠かすことなく飲酒をした。更に検査の前夜は居酒屋にいた。その挙げ句のガンマGTPが79なら、これは立派なものではないか

「自画自賛している場合ではないだろう、基準値から外れているぞ」と責められれば「そう堅いことは言うな」と答えたい。

所用により午後から東京に出る。今日の仕事は複数の人と話し合い、摺り合わせをするものだったからジャケットを着ていったところ、都内は随分と暖かくて汗ばんでしまった。

仕事を上がり、さきおとといに来たと同じ店で頼んだものは、汗をかいたにもかかわらず、なぜか燗酒だった。僕の場合、脳をほぐそうとすると、なぜか気持ちが燗酒に向くらしい。

そして北千住19:13発の下り特急スペーシアに乗り、21時前に帰宅する。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、牛蒡と人参のきんぴら、沢庵の油炒め、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、グリーンアスパラガスのソテー、メシ、2種の天ぷらと豆腐と万能葱の味噌汁

昼飯 「ドトールコーヒー」のホットドッグロイヤルマサラチャイ

晩飯 「加賀屋北千住店」で店員に請われるまま席を移動したらお礼としてタダでくれたキャベツの古漬け、他あれこれ、日本酒(燗)

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 2015.0422(水) 毒

喉の痛みにより目を覚ます。イソジンでうがいをすれば朝のお茶が不味くなるけれど、背に腹は替えられない。イソジンでうがいをするときには、あたりに鉄さび色の飛沫が散ることを避け、紙で口を覆う。そうして着替えをして食堂に出る。

先週土曜日の晩までは良い調子だった。翌日曜日の未明からいきなり喉が痛んだ。その朝、旅のホテルを出るときには、町内の複数の面々が、フロントで風邪薬をもらっていた。ということは、このバス旅行のあいだに風邪を負ったのは僕ひとりではなかった、ということだ。

その最中に興味深いことがあった。団体には長く外資系の製薬会社に勤めた人がいた。この人は旅行前から風邪気味で、マスクをかけての参加だったけれど、一切の薬は持参していなかった。非常用の薬を必ず持つ僕の目には大層めずらしく、よってその訳を訊くと「薬は毒だから」と答えた。

その「薬は毒だから」という言葉の明晰な響きに「紺屋の白袴」というような軽みを伴ったものではない、なにか重みのようなものを僕は感じた。

しかしてまた「毒を以て毒を制す」ということもある。きのうから服している薬の早く効くことを、僕は願っている。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き物、小判揚げの網焼き、大根おろし、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、沢庵の油炒め、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、メシ、大根と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 2種のカツサンド、トマトのサラダ、紅茶

晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴あれやこれやきのこのかけ蕎麦、3種の日本酒(冷や)

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 2015.0421(火) 所以

日光市今市旧市街の真ん真ん中に、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が完成した。今日はその商業施設が稼働を始め、内覧会が催されている。ここにはウチの品の一部も出ているため、午前中からその様子を見に行く

ここには僕の欲しいと感じる品が多く並んでいる。僕がこれまで見てきた数々の「道の駅」にくらべても、かなりの魅力を感じる。しかし人の購買動機、購買衝動には不思議なものがあって、僕の目から見た魅力と、売れる売れないには関連性の無いことが少なくない。よってここの売り場にはしばらくのあいだ、足繁く通いたい。

きのうは飲酒を為したけれど、喉の痛みは去っていない。午前にはセキネ耳鼻科で診察を受け、薬を処方してもらった。そして夜は飲酒を避け、米のメシを食べる。

飲酒を避けて米のメシを食べるといつも驚くことだけれど、米のメシは酒より遥かに美味い。それではその美味いものを退けてまで、なぜ酒を飲むか。それが正に、酒の酒たる所以である。


朝飯 壬生菜の浅漬け、生のトマト、グリーンアスパラガスのソテー、目玉焼き、沢庵の油炒め、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、メシ、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 チャナ豆のカレーライス、梅湯

晩飯 冷や奴、エノキダケと三つ葉の酢の物、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ノドグロの干物、メシ

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 2015.0420(月) 「ステーキで!」

4月20日は一緒に晩飯が食べられるか否かと次男に"LINE"で質問をしたところ「行きます」と返事があった。よって「鮨なら新橋、モツ焼きなら池袋、ステーキなら北千住」と送ると間髪を入れずに着信音が鳴り、そこには「ステーキで!」と短くあった。

昼のあいだは恵比寿にいた。荷物の増えることを嫌う僕も、天気予報でおどかされれば傘くらいは持って出る。そしていよいよ強くなりかかる雨風をその傘で避けつつ恵比寿の駅に戻る

次男とは北千住の西口で待ち合わせた。空の模様は、その気にさえなれば傘なしでも歩けるくらいになっていた。

次男は350グラムのステーキを、それほどの時間もかけずに平らげてしまった。僕はそのうちのふた切れをもらった。きのうは酒を控えたけれど、今日はドライシェリーをワイングラスになみなみと、そして赤ワインは2杯飲んだ。

そうして「もうすこしイケる」とばかりに次男と共に2軒目に入り、しかしこちらではそこそこに留めて駅へと向かう。


朝飯 3種のおむすび、沢庵の油炒め、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」

昼飯 "AFURI"の柚塩ラーメン(淡麗)

晩飯 「ダイニングバー山崎」のクレソンのサラダ鶏ときのこのマカロニグラタン、ビーフステーキ、ドライシェリー、イタリアのカベルネソービニョン。「加賀屋北千住店」のあれこれチューハイ

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 2015.0419(日) 囲炉裏料理で楽しむ鳴子温泉(2日目)

喉の痛みに目を覚ます。どこかで風邪を染されたのだろうか。うとうととしてふたたび目を覚ますと、痛みは喉の右側から徐々に中央、そして左側へと、その勢力を拡大しつつある。

ようようベッドに腰かけスリッパを履く。同室者の迷惑になってはいけないと、洗面所のコップを握って部屋を出る。そして1階の、いまだ明かりを落としたままのロビーを抜けて共用の洗面所へ行く。

うがい薬は持っていないから水だけでうがいをしてエレベータに乗る。そして5階の501号室に入ると、非喫煙者ばかりを集めた部屋にもかかわらず、ひどくたばこ臭い。また、机の上も散らかっている。部屋の真ん中に立ち尽くしてその理由を考えるうち、ベッドからガバリと身を起こした女の人が「違いますよッ」と強い口調で言う。「あ、すみません」と詫びて廊下へ出て503号室のドアのノブを回すと鍵がかかっている。

「しまった、閉め出されてしまった」とうろたえた一瞬あとに、自分の部屋は301号室だったことを思い出す。そしてまたまたエレベータに乗る。

08:43 「湯乃里幸雲閣」を出発
09:32 道の駅「三本木」着
10:45 レガッタの滑る北上川を石巻市内で渡り女川町を目指す
11:00 「マリンパル女川」(仮設)着
11:28 「蒲鉾本舗高政」着

昼食場所の「海喰亭」は、コバルトライン沿いの高台に新築された宿「ステイイン鈴家」の食堂である。「鈴家」は、元は女川漁港ちかくにあった宿だけれど、2011年3月11日の津波に没した。その当時の状況を食後、オカミが解説してくれる。「それで、また借金。アハハハハ」と屈託なく笑うオカミの明るさには畏敬の念さえ覚えた

12:45 テラスで記念撮影の後「海喰亭」を出発
14:32 「大崎八幡宮」を見学
16:30 東北自動車道の安達太良S.A.着
18:33 宇都宮市下金井の「おおるりツアー」専用駐車場着
19:00 日光市春日町の「いち縁ひろば」着

昨年の2月9日から同25日までの17日間、僕は原因不明の「酒欲しくない病」に冒され、一切の飲酒をしなかった。それが癒えてよりきのうまでの約1年2ヶ月のあいだは健康に恵まれ、1日も欠かさず飲酒を為した。その連続飲酒の記録が本日とうとう途切れた。体調はできるだけ早くに復旧をさせたい。


朝飯 「湯乃里幸雲閣」の朝のブッフェ

昼飯 「海喰亭」の女川丼定食

晩飯 ハヤシライス

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 2015.0418(土) 囲炉裏料理で楽しむ鳴子温泉(1日目)

町内役員の今年の親睦旅行は、そのツアー名からすれば「囲炉裏料理で楽しむ鳴子温泉」という、バスに乗り合ってのものである。費用は各自の、毎月3,000円の積立による。今朝は早くから製造現場で仕事があり、また「いち縁ひろば」での集合時間は6時だけれど、前夜iPhoneにアラームは設定しなかった。いずれ自然に目が覚めるのだ。

06:00 日光市春日町の「いち縁ひろば」から自家用車2台にて出発。
06:23 宇都宮市下金井の「おおるりツアー」専用駐車場着
07:25 県南から客を拾いつつ北上してきたバスがようやく姿を現す。
07:30 宇都宮I.C.から東北自動車道に入る
08:10 東北自動車道の安達太良S.A.着

11:01 川の水の綺麗さに驚き見入っているところにニッカウヰスキー仙台工場着をガイドが告げる。ここの見学は、本来は60分の時間を必要としているけれど、我々は時間の限られる団体旅行のため、ごくごく短い案内を経て試飲に至る

買い物の苦手な僕はここで一気に、諸般の事情にて参加できなかった役員への公的な土産、また社員への私的な土産の購入を済ませた。

12:10 「仙台ヒルサイドアウトレット」の「伊達の牛たん」で昼食
14:31 「道の駅むらやま」着
15:30 銀山温泉を散策
17:00 鳴子温泉「湯乃里幸雲閣」着

国内、国外の別なく僕はいわゆる名所旧跡には興味が無い。バスや列車や航空機など限られた空間に押し込められて移動をする際の楽しみは唯一、本読みである。今朝から読み始めた文庫本は、ホテルに着くころには著者による後書きに差しかかっていた。

僕は社交性に欠ける人間ではあるけれど、町内の宴会は嫌いでない。そして21時前に就寝をする。


朝飯 「関東バス旅行社」支給の2種のおむすび

昼飯 「伊達の牛たん」のタンシチュー定食オプションのタン焼き、ビール

晩飯 「湯乃里幸雲閣」の宴会料理あれやこれや。ビール、焼酎「鏡月」(オンザロックス)

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 2015.0417(金) 春宵値千金

我が街の優れた酒蔵「柏盛」には「15年熟成酒」というお酒がある。これについては先代の社長カタヤママサクニさんからも話だけは聞いていたけれど、その値段からして飲むことは一生ないだろうと考えていた。

ところが先般、庭に枝垂れ桜の望める蕎麦屋で一夕、この古酒を飲む集まりを、勉強仲間のヤナギバヤシヒロシさんが計画してくれた。しかもこの貴重なお酒についてはヤナギバヤシさんの振る舞いだという。

そういう次第にて図々しくも長男とふたりでその誘いに応じ、日光と宇都宮の境目あたりにある蕎麦屋「石奈多」を訪ねた。

「石奈多」は若い夫婦による新進の蕎麦屋で、建物は古い農家を使っている。その座敷の中央に通され、今夜は特に灯りを点した枝垂れ桜を観ながらの食事である。

畳の、高い技術を持つ職人だから指先は力強く器用なはずのヤナギバヤシさんが、しかし大いに苦労をしつつ、4合瓶に厚く巻かれた古文書を解いていく。そして遂に現れた瓶の栓を抜き、猪口に注がれたそれを飲んでみれば、氷点下5度に保たれたまま15年を経た甘露は剛毅にして絢爛、枯淡にしてなお瑞々しく、しかも紛れようもなく「柏盛」の酒である。そして僕は遠慮会釈もなく、金主のヤナギバヤシさんより高い頻度で杯を干す。

なにかの物語を視ているような春の宵には千金の価値がある。ヤナギバヤシさんには、次はウチに来ていただき、ヤナギバヤシさんの好きなお酒を飲んでいただきたい。更には「石奈多」の佳肴や精密な蕎麦にも裏を返すことを決める。


朝飯 ラタトゥイユと茹でたブロッコリーを添えた目玉焼き、若竹煮、明太子、大根ときゅうりのたまり漬、納豆、揚げ湯波とエノキダケと青梗菜の味噌汁

昼飯 壬生菜の浅漬け、豚キムチ、炒めた沢庵、竹の子御飯、豆腐と三つ葉の味噌汁

晩飯 「石奈多」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六盛り蕎麦蕎麦茶のアイスクリーム抹茶

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 2015.0416(木) 表彰状

花見といえば桜を観る集まりに決まっている。しかしウチの花見はむかしから花は見ない。花見と称して飲み食いをするのみである。しかし時によってはそこに、いくつかの表彰の加わることもある。

第29回日光MGの開催されたのは1月20日、21日のことだ。西研究所が教導するMGには、第5期終了時までに積み上げた自己資本など、数字を根拠として表彰をされる。ところで数字に表れない活躍をする者も中にはいる。そういう人には社内に限った表彰状を出す。

製造係のイトーカズナリ君は、将棋に例えれば飛車角を欠いた状況をみずから選び、通常はひとりのセールスマンを7人も雇って最高位のA卓まで登り詰めたところで討ち死にをした。成績が伴わなかったことは残念ではあるけれど、荒唐無稽な手を試すことは、できるようで中々できない。その勇気により敢闘賞を得た

製造部長のフクダナオブミさんは「直ちゃんは、弱くていいんです」と、MGの開発者である西順一郎先生に上達の遅さを認められつつ、しかし今回は第5期終了時に自己資本391を達成した。また、日常の業務とMGを常に対照して考える姿勢は他の見本となるところ大である。その真面目さから殊勲賞を得た

これまた製造係のマキシマトモカズ君は、1995年3月22日に17歳で入社して以来、早い時期から部下の面倒見が良く、全体を俯瞰する能力に優れ、また急進的な改革案を出し続けてくれている。そして今年は遂に勤続20年を達成し、本日その表彰を受けた

そして更に、社員たちとの飲み食いを続ける。


朝飯 じゃこのおむすび、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、焼き海苔、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁

昼飯 カレーライスたまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」

晩飯 カレーひしおとキャベツのサンドイッチ7種の野菜のピクルスイソベさんの玉葱とブルーチーズのタルト同じく紫キャベツのワイン煮ラタトゥイユ玉子のスフレキッシュモツァレラチーズのたまり漬鶏の香草焼きミートローフ、"Takun RESERVA VALLE CENTRAL CABERNET SAUVIGNON 2013"、"Sevas Regal 12Years old"(生)

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 2015.0415(水) このところ何やら

朝の街に霧が深い。徐々に晴れるかと思われたその霧は、しかし空が明るくなるにつれ、更に深くなってきた。テレビの天気予報は東京の快晴を伝えつつ、しかし遠く四国のあたりから東進する雷雨が関東まで達することを伝えている。

月曜日に引き続き今日も、所用にて宇都宮へ行く。月曜日は雨が降っていたけれど今日は晴れている。そして午前のうちに帰社する。

社屋の、これまで何十年ものあいだ、屋根の面積に対して大きく容量の不足していた雨樋を、銅製から合成樹脂製の広く深いものに換えた。その仕事を請け負った「イナバ塗装」は今春より、原材料搬入口の庇、そこから味噌蔵の屋根へと修理の場所を移している。

「破風、どうですかね」
「限界ですね」

かねてより気になっていた部分についてイナバ社長に問えば、そのような答えが返ってきたから、味噌蔵の破風の塗装も頼み、作業は着々と進んでいる。そして今日もその現場に足を運ぶと、おなじ敷地の枝垂れ桜は満開に近づいていた

遠くで雷が鳴っている。「天気予報ってのは当たるもんだな」と感心をする。そのまま傘を持たずホンダフィットに乗り、みどり町の食堂「大貫屋」へ行くと、今にも強い雨に襲われそうな僕を慮ってオカミが戸を開けてくれた。

オムライスを注文していくらも経たないうちに、激しく雨が降ってくる。オムライスを食べ終えたころに、空が晴れてくる。

このところ何やら忙しくて、夜は久しぶりに焼肉屋へ行く。


朝飯 たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、冷や奴、若竹煮、生のトマト、明太子、メシ、若布と筍と万能葱の味噌汁

昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)

晩飯 「板門店」のあれやこれや生ビール

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 2015.0414(火) 発掘

グラスに梅干しを落とし、ここに熱湯を注いでスプーンの先で梅干しを突き崩す。そしてできた塩気と酸味のある熱い汁を飲む、その年寄りじみた行いを、しばらく前から数日おきに続けて来た。そうするうち遂に、僕の知る範囲内においては梅干しの在庫が尽きた。よって食堂とは別のところにあるむかしの冷蔵庫の扉を開けると、先ず目についたのが「九龍醤園」の「海鮮醤」だった。

そこでこの日記に検索をかけ、当該の店を訪ねた日が1996年4月1日だったことを突き止める。同店にはその後、2000年3月14日に裏を返している。今朝の「海鮮醤」が、そのどちらの日に購入されたかは、今となっては明かでない

僕に限ってのことかも知れないけれど、旅先で興味を惹かれて手に入れた調味料も、いざ家に持って帰ってみると、いつまでも使わないことが多い。あれこれ種類を買いすぎるせいだろうか。ただしおなじ「九龍醤園」の品でも辣油と豆板醤は随分と愛用をしたものだ。

使い果たしたその辣油と豆板醤は今でも欲しい。欲しいけれどもそのふた品を買うためだけに香港を訪ねることはできかねる。「静養を兼ねて行けばいいじゃねぇか」と言われれば、これまた僕に限ってのことかも知れないけれど、静養ならタイの最北部が随一なのだ、なぜか。


朝飯 たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、6種の野菜のマリネ、島豆腐と青梗菜の卵とじ、納豆、しもつかり、若竹煮、明太子、メシ、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 肉うどん

晩飯 若竹煮、キムチ豆腐、春雨サラダ烏賊とホタテ貝と小海老の香り野菜炒め、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

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 2015.0413(月) 会合の酒

太平洋戦争も末期の昭和20年、酒が欲しいばかりに物資豊富と聞き及んで渡満した志ん生は、しかし筆舌に尽くしがたい苦労を味わう。そして昭和22年1月、復員船でようやく帰国を果たすと、ここでも好物を求めて「サケタノム」の電報を家に送る。

それほど酒を好んだ志ん生も会合の酒は嫌った。「酒なんてぇものは、好き勝手に飲むから美味いわけで」というのが理由だという。

その気持ちは僕も良く分かる。酒を飲むのも仕事のうち、そういう職業に就かずに済んで僕は幸せである。

ところで会合の酒は嫌いとはいえ、志ん生にも好きな集まりはあったのではないか。僕におけるそれはいくつかあるけれど、そのうちのひとつが町内の酒である。町内の酒席であれば、僕は喜んで出かける。

18時の開始とは、僕にはいささか早すぎる時間である。今日は殊に、午後から夕刻にかけてあれこれの用事が詰まっていた。よって数分の遅刻を以て春日町1丁目の公民館に入る。今夕の集まりは、瀧尾神社の春の大祭に前後して町内の飾り付けと片付けを担った役員の直会である。

肴は鶏皮の唐揚げとスーパーマーケットの鮨、酒は御神酒のお下がりという質素さながら楽しさはいつもと変わらず、また経験者から聞く「前立腺の肥大について」という話は大いに僕の知識を増やしてくれた

この週末には同じ顔ぶれにより東北地方への親睦旅行が催される。これまた楽しみな行事である。


朝飯 納豆、キャベツとツナのサラダ、若竹煮、トマトのスクランブルドエッグ、しもつかり、ふきのとうのたまり漬、明太子、メシ、大根と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 鶏飯

晩飯 ビーフジャーキー、「鳥秀」の鶏皮の唐揚げ「かましん」の鮨、ほか乾き物あれこれ、お祭に上がった日本酒(燗)

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 2015.0412(日) それでもその風は

日光はぐずついた天気からようやく抜け出した。鶏鳴山が良く見える。そして味噌蔵の脇の染井吉野は、これは何分咲きというべきだろうか、とにかくかなり開いてきた。

この桜が満開を過ぎると公道上に大量の花びらを散らす。それを迷惑と感じる人もあるだろうと、僕は竹箒で必死にこれを掃く。すると「綺麗なものをなぜ捨てるか」といまだ生きていたころのオフクロは僕の行為を難じた。

何か気に入らないことがあって幼児が激しく泣く。あるいは幼稚園や小学校の子どもが上機嫌にはしゃいで高く声を上げる。そういうところに出くわすたび「おー、元気で良いねぇ」と僕は明るい気持ちになる。しかし幼稚園や小学校の運動会が始まると同時に「うるさい」と抗議の電話を入れる人も中にはいる。

「であれば桜吹雪を始末に負えないゴミと感じる人もいるだろう」というのが僕の想像である。ウチの染井吉野は、今年はいつごろから散り始めるだろうか

7時45分に今市小学校へ行き、栃木県議会議員選挙の投票をする。そしてきびすを返すようにして会社に戻り、店を開ける。

空に何発もの花火が上がる。瀧尾神社の春の大祭もいよいよ佳境に入ってきたらしい。店のノレンが風に揺れる。それでもその風は、花を散らすほどの強さではない


朝飯 明太子、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」ふきのとうのたまり漬、じゃこ、しもつかり、白粥

昼飯 「ふじや」の雷ラーメン(バタートッピング)

晩飯 イソベさんの野菜のゼリー寄せトマトソーススパゲティボロネーゼ「共働学舎新得農場」の「 シントコ」、"Code de Nuits Villages Le Domaine Leroy 1990"

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 2015.0411(土) 春の大祭

雨が降っている。強い雨ではない。そして6時を待っていたかのように花火が上がる。総鎮守瀧尾神社の大祭は予定通りに挙行をされる、それを報せる花火だ。

いつもの仕事着を、開店の15分後にスーツに替える。傘は目立つ赤を選んだ。その赤い傘を差して日光街道を上がっていく。神社には昇殿の9時より15分は早く着いている必要があるのだ。そして手を清め、口を漱ぐ。

今年の当番町である住吉町をはじめ各町内の自治会長、神社総代、神社世話人、また金棒曳き、あるいは我々責任役員に満たされた本殿では「開扉」から始まり「撤饌」で終わる神事が1時間ほども続いた。

日光市今市地区の旧市街をおよそ8キロに亘って歩く渡御の行列は、今年は雨により大幅に簡略化をされた。昨年この行列に従って歩いた僕は、今年は社務所に収まり、直会の席に着く

住吉町は、会津街道の、東京オリンピック直後に始まったバイパス化により土地を削られた町内のひとつだ。現在の日本を覆っている少子高齢化は、我が町においても例外ではない。できる範囲に規模を縮めても当番町を引き受けてくれた、その決断がとても有り難い。

関係の各人は各々の持ち場で粛々と役目を果たしている。大祭は明日も続く。天気は多分、好転するだろう。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、豆腐の卵とじ、しもつかり、若竹煮、野沢菜、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、明太子、メシ、若布と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁

昼飯 高野豆腐と椎茸と蕗の炊き物、天ぷらの甘辛煮、鮎の塩焼き、メシ

晩飯 3種のおむすび、野沢菜、芋焼酎「喜左衛門」(お湯割り)

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 2015.0410(金) 乗り換え

味噌蔵の、何十年ものあいだ風雨にさらされ続けた破風は現在、複数の塗料を「イナバ塗装」に与えられて僕を安心させている。その味噌蔵の脇の染井吉野が、季節外れの雪にもかかわらず一気にほころんできた。その花を、しかしいつまで愛でているわけにはいかない

10時を過ぎて急遽、本日の出張を決める。そして下今市12:35発の上り特急スペーシアに乗る。車内ではほとんど、からだを休めている。本は持たず、新聞のみにしたのは正解だった。

牛田で東武スカイツリー線を降り、小さな飲み屋街を30メートルほども歩いて関屋から京成本線に乗り換える、その、今のターミナル駅なら絶対にあり得ない非現実性が好きだ。そして川をいくつも渡ってむかし永井荷風の住んでいたあたりまで行く

所用を済ませて後は来た道を戻る。今週のはじめのように寒くはないけれど、暖かくもない。北千住にて若干のカウンター活動をし、小雨の降るなか23時前に帰宅をする。


朝飯 納豆、茹でたブロッコリー、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、明太子、若竹煮、小松菜のおひたし、たまり漬「七種刻み合わせ(だんらん)」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁

昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン

晩飯 「ダイニングバー山崎」のクレソンのサラダ砂肝のアヒージョ鶏ときのこのマカロニグラタン、イタリアのカベルネソーヴィニョン、ドライシェリー

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 2015.0409(木) よってあれこれの肴にて

今朝も目を覚ましたのは3時台だった。

先週の土曜日には麻布と六本木のあいだでアルザスの赤ワインを飲んでいた。それが随分と以前のことのように思われる。わずか5日前のことが遠い昔に感じられるほど、ここ数日の僕は、特に脳の部分で忙しかったらしい。

「サクラ、ユキ、perfect」と、中国の若い女の人が東洋人らしい、つまりそれほど感情を顕わにしない顔つきでテレビのインタビューに答えている。彼女は箱根を旅行中に、その景色に出くわしたらしい。雪を見て喜ぶとは、中国でも南の、それも海岸線にちかいあたりから遊びに来たのだろうか。

店を開ける前に、味噌蔵のある庭へ出かけてみる。草の上にも灯籠にも、また桃の木にも雪が積もり、いまだ融けていない。そして枝垂れ桜のつぼみはだいぶほどけてきた

マウンテンパーカとダウンベストは既にして洗濯屋に出してしまったけれど、ほとんど着ないダウンパーカはそのままタンスに入っている。夜はこれを着て自転車に乗り、日光街道を下る。

前回の「和光」では「吉四六」のボトルを飲み干した。そこまでは覚えているけれど、その場で新しいボトルを入れたかどうかについては覚えていない。そして常連の並ぶカウンターにひとつだけ空いた椅子に腰かけ問うと、その日は「吉四六」が切れていたため代わりに「二階堂」を入れたのだと、オカミは教えてくれた

よってあれこれの肴にてその「二階堂」のお湯割りを飲み、いまだところどころに残る4月の雪を眺めつつ家に戻る。


朝飯 4種のおむすび日光湯波とほうれん草のフリーズドライ味噌汁"with LOVE"(三つ葉は後から追加)

昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン

晩飯 「和光」の突き出しのハムとグリーンアスパラガスと椎茸の卵とじ茹でた蛍烏賊つくしの甘辛煮を添えた鮪の味噌漬け焼き、「二階堂酒造」の麦焼酎「二階堂」(お湯割り)、生ビール

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 2015.0408(水) 大旅行

闇の中に目を開き、1秒か2秒のあいだ考えて、いま自分が浜松にいることを思い出す。21時に寝れば3時に目が覚めても不思議はない。すぐに起きて、このところ滞りがちだった日記の更新をする。

それはさておき部屋が寒い。暖房を最強にしてもいまだ寒い。よって昨夜に引き続いて入浴をする。

おとといの日記を書いてサーバに上げる。きのうの日記も書いて、しかしこれはローカルファイルに保存する。またまた寒さを覚え、またまた風呂に浸かる。

テレビのスイッチを入れると、新橋の駅前に雪がちらついている。「桜に雪なんて花札があったら洒落てるよな」というようなことを、風呂の湿気の結露した窓ガラス越しに外を見ながら考える。

昼の飯もまたウナギである。そして浜松12:11発の「ひかり464号」に乗る。

東京駅の7番ホームから上野東京ラインに乗れば北千住に直行できることを、"iPhone"の「乗り換え案内」により知る。それ従って、7番ホームにすべり込んできた電車に乗る。その電車のアナウンスが「次は赤羽」と言ったところで異変に気づく。7番ホームに来る電車にも、いろいろな行き先があるらしい。

北千住まで戻ることも考えたけれど、いずれ15:12発のスペーシアには間に合わない。よってその、小金井行きの電車に乗り続けて栗橋で降りる。栗橋からは東武日光線の普通に乗り換えて栃木で降りる栃木からはスペーシアに乗り換え車窓に雪景色を見ながら遂に下今市に着く。時刻は17時39分になっていた。浜松を発って5時間27分。大旅行である。


朝飯 「すき家」の「まぜのっけごはん朝食」(味噌汁を豚汁に変更)

昼飯 「八百徳」の「お櫃うなぎ茶漬肝吸付」

晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダマカロニグラタンドライマーティニ"TIO PEPE"

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 2015.0407(火) 11時を以て旨とす

「身にまとって運ぶ」と考えれば、服もまた荷物のひとつである。荷物を持つことが嫌いな性分の僕は、だからできれば裸、しかしそれでは社会で生きていけないから可能な限りの薄着を目指す。

関東近辺では昨日から今日にかけての気温が10度も下がると、テレビの予報が伝えている。そうは言われても、洗濯屋から戻ってきたマウンテンパーカやダウンベストを今さら着る気はしない。そうしてヒートテックの長袖シャツに木綿のTシャツを重ねて家を出る。

日光から東京までの移動にはJRよりも東武日光線の方が圧倒的に便利かつ安価だ。しかし今日の目的地は浜松であり、そこでは先ず餃子を食べる。目指す店には11時すぎから行列ができはじめるため浜松着は11時とすべしとは、ある識者による厳命にちかい示唆である。

よって今朝ばかりは東武日光線の下今市ではなく、JRの今市から06:52発の宇都宮行きに乗る。宇都宮からは07:42発の「やまびこ204号」に乗る。東京駅からは09:03発の「ひかり465号」に乗るそして浜松には10時32分に着く

「むつぎく」の餃子は中身が細かく刻まれ、だから口の中で柔らかくほどけた。形は日本橋の「吉野鮨」の握りのように食べやすく、油は強くない。「浜松の餃子はサッパリしている」と地元の人の語ることを理解できずにいたけれど「なるほど」と大いに納得をする。

浜松の夜は早い。雨が降っていることもあってか、いまだ20時前にもかかわらず、繁華街にも人通りはほとんど見えない。「浜松といえば餃子、となる以前は、浜松といえばウナギ、だったのではないか」と考え、昼のあいだに仕入れた情報を元に駅前を歩いてみても、既にして営業を終えた店が目立つ

そうして歩き回った結果ようやく、いまだ仕舞っていない店を見つける。戸を引いて一歩を踏み入れれば、いかにも太田和彦ごのみの渋い普請だ。店員にうながされて入れ込みに上がる。あるじの趣味を映してか「いかにも」の酒が品書きには並んでいたけれど、ここは敢えて菊正宗の樽を選ぶ。

突き出しの美しさを見てあらかたの予想はついていたけれど、うな重も、とても品の良いものだった。昼の餃子と夜の鰻の、たかだか2食を食べたのみにては早計と知りつつ「浜松の人の味覚はなかなかにみやび」ということを自分の「知識」に組み入れる。

そうして小雨の降る中をふたたび歩いてホテルに戻る。


朝飯 6種のおむすび

昼飯 「むつぎく」の餃子(小)、ライス、味噌汁

晩飯 「曳馬野」のうな重「菊正宗樽酒」(冷や)

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 2015.0406(月) 3種の桜

味噌蔵の建つ庭には染井吉野、枝垂れ、山桜の3種の桜が複数本ある。「これより大きく育てば老いて倒れる前に、コンクリート製の塀を壊し、高所作業車や重機を入れて伐る必要があるかも知れない」などと植木屋におどかされて、そのうちの何本かは根こそぎ伐り倒し、それを免れたものも枝や梢を大胆に伐採した。

「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」ということばには「なるほど」と思える理由があるけれど、しかし植木屋のすることに間違いはないだろう。

太い枝が塀を越えて外の歩道に張り出し、よってこれが何かの拍子に折れて歩行者を傷付けるようなことがあってはいけないと、オヤジが生前に気を揉んでいた染井吉野の老木は、樹木医によればこれから数十年は保つとのことだったけれど、当該の枝は昨年、念のため植木屋に伐り落としてもらった。

その染井吉野の花がきのうあたりから淡く紅味を帯び始めた。今朝はそこから更に色が進んでいる。空は晴れて青く、絶好の日和である。よって開店前に国道121号線を100メートルほども歩き、味噌蔵を背にしていまだ一分咲きにもなっていない花の写真を撮る


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、しもつかり、鮭の親子漬け、メシ、大根と万能葱の味噌汁

昼飯 にんにくのたまり漬きゅうりのたまり漬、揚げ湯波、梅干し、揚げ湯波と小松菜の淡味炊きによるお茶漬け

晩飯 「ばん」のあれこれ、日本酒(燗)

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 2015.0405(日) 桜ふたたび

どんよりと曇った空の下、甘木庵から上野広小路までの1キロ少々を下っていく

2010年の「日本橋架橋99年祭」に、催しのひとつとして「ジャパン・クラシック・オートモービル」という、古いクルマの集まりがあった。それは2011、2012、2013年と続いて、今年もまたその時期が巡ってきた。これまで一度も来たことのなかったその催しに、今回はちょうど東京に居合わせたこともあって、顔を出してみる。

きのうの国際文化会館の桜は崩れる直前の美しさを夜の闇に放っていた。今朝の会場の日本銀行本店も、おなじく満開の桜に彩られている。降る雨は優しく、あたりは東京の真ん中とは思われない静かさだ

銀座線の浅草駅から階段を上がると時刻は9時58分だった。10:00発の切符は、既にして売られていなかった。よって11:00発のそれを買い、外の喫茶店で発車の直前まで本を読む

夜は春日町1丁目の総会に出席をするため、18時30分に公民館まで出かける。僕の、会計係としての決算報告は、今年も無事に完了した。家内も長男も次男も今夜は家にいない。よって日光街道を徒歩で下りつつ家の前を通り過ぎ、東郷町にて若干の飲酒活動をする。


朝飯 「上島珈琲店」の朝のセットコーヒー

昼飯 焼きうどん"Chez Akabane"のロールケーキ

晩飯 「フジヤ」の焼き餃子野菜麺日本酒(燗)

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 2015.0404(土) アルザスの赤ワイン

宇都宮の優れたフランス料理屋"Pont Neuf"がいまだ県庁のちかくにあった1980年代には、結構な頻度でここに通っていた。その後この料理屋はおなじ宇都宮でも仏舎利塔ちかくの高台に瀟洒な新店を構えた。オヤジとオフクロはその後も贔屓にしたけれど、僕と家内は多分、仕事や家庭の運営が忙しくなったのだろう、無沙汰を続けて今に至った。

今日はその"Pont Neuf"を、およそ19年ぶりに訪ねた。そして総勢7名にて昼のひとときを持った。飲み物にはシャンペンを選んだ。料理の質と量に比しての値段は驚くほど安かった。有り難い気分になった。

午後に帰社して黒いスーツを気楽な上着に換えた。ネクタイは黒と銀の格子から赤と緑の跳ね馬に換えた。コンピュータは持たず、しかし傘は携えて、下今市15:05発の上り特急スペーシアに乗る。

麻布十番で地下鉄を降り、商店街を経て鳥居坂を上がっていく。風は強いけれど、桜はいまだ満開を保っている。出席をした会はドイツとフランスの国境地帯に関するもので「懇親会にはアルザスの赤ワインを用意しました」と、集まりの長は宣言をした。

アルザスといえばリースリングであり、リースリングなら白ワインに決まっている。だからすこしく不思議な気持ちのまま配膳台に近づくと、なるほどそこにはピノノワールによる赤ワインが並んでいた

今日は昼にかなりの量をこなしたため、20時を回っても腹は一向に減らない。よってウェイターの持つ銀盆の"PINOT NOIR ALSACE MERSIOL 2013"のみを何杯も重ね、再び坂を上り下りして甘木庵に戻る


朝飯 ほうれん草のソテー、しもつかり、納豆、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メダイの煮つけ、ひじきと人参と揚げ湯波の炊き物、メシ、なめこと三つ葉の味噌汁

昼飯 "Pont Neuf"の其の一其の二其の三其の四、パン、コーヒー、"Moet & Chandon Brut Imperial"

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 2015.0403(金) お茶の購入

お茶の販売に関わっているお客様がふたりいらっしゃる。新茶の季節になると、このお二人から相次いでお茶の注文をうながす手紙が届く。相手がお得意様であれば義理もあるからお付き合いをする。その際どれほどの量を買うかについては特に決めていない。「これくらいあれば1年は保つだろう」と想像される量を買う。

その「1年くらいは保つだろう」と想像された量のお茶が切れてしまった。統計を取らず勘のみで量を決めるからこういうことになる。

よって今回は精密を期し、街で買い足したお茶100グラムが一体全体どれほどの期間で費消されるか調べてみた。調査の結果は「1週間」だった。ということは、ウチでは年間52.14週間に5.3キロのお茶が必要ということだ。

「5.3キロとは容易じゃねぇな」とは思うけれど仕方がない。そして事務机の左の壁に提げたカレンダーの、5月25日の余白に「お茶5.3キロ購入」と記入する。


朝飯 厚焼き卵、梅干し、ひじきと人参と揚げ湯波の炊き物、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、じゃこ、しもつかり、白粥

昼飯 トマトのリングイネ

晩飯 トマトとレタスとベビーリーフのサラダ、3種の野菜のソテー、ビーフステーキたまり漬「青森県田子町産のにんにくです」"Code de Nuits Villages Le Domaine Leroy 1990"、イチゴのムース、"COURVOISIER XO"(生)

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 2015.0402(木) 桜

このところ"facebook"に桜の話題を目にしない日は無い。日本全国、桜、桜、また桜、である。

「アメリカでは、桜は石鹸の箱のデザインに使われるほどの、大したこともない花」という旨のことが高等学校の英語の教科書にあったような気がする。石鹸の箱にその絵や写真や意匠が使われるようなものは、なぜ元よりつまらないのか。それは石鹸への差別ではないか。しかしあるいは石鹸には"soap opera"にも似た、アメリカ人にのみ通じる何かがあるのかも知れない。

アメリカ人の琴線には触れなくても、アジアからの観光客については、桜の盛りを見物しようとして続々と来日をし、特に東京は芋を洗うような混雑ぶりだという。そうであれば、日本人として、とても嬉しい。

東京の桜は、そろそろ散るらしい。ウチの味噌蔵のある庭では、梅こそ満開を過ぎたけれど、桜はいまだ、固く閉じている。見ごろは1週間、あるいは10日ほど後になるかも知れない


朝飯 ひじきと人参の揚げ湯波の炊き物、小松菜と油揚げの淡味炊き、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、納豆、メダイの煮つけ、しもつかり、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁

昼飯 トマトと芽キャベツとベーコンのスパゲティ

晩飯 レタスとグリーンアスパラガスのサラダ2種のパンポテトグラタンソーセージと野菜のスープ"Auxey Duresses Le Domaine Leroy 1990"

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 2015.0401(水) いささかの時間

にわかに忙しくなってきた。

4日の土曜日から8日の水曜日までは出たり入ったりの予定が鮨詰めになっている。11日の土曜日は瀧尾神社の役員として春季大祭に参列。12日の日曜日は県議会議員選挙と共に大祭の後片付け。13日の月曜日は大祭の直会。

18日の土曜日から翌19日の日曜日までは町内役員の親睦旅行。20日からの週初にもあれやこれやあり、22日の水曜日は日本酒の飲み会。25日の土曜日はワインの飲み会。翌26日の日曜日は、日光市はその範疇には入っていないけれど市議会議員選挙。

27日からの週にも気は抜けず、更には上に列挙したことに割り込むようにして、片付けなければならない事ごとが並ぶ。

もっとも、僕が忙しいと感じることも、忙しくしていることの好きな人からすれば「まだまだ詰め込めるじゃねぇか、それに何やら遊びめいたものも含まれているし」となるだろう。

年が明けたころこそ「5月になったら海外へ行きたい」と考えていた。しかしそのあたりにはどうも大きな動きが世の中にありそうな気がしたから、熱帯の空や森を眺めて過ごすことは諦めた。秋になれば、いささかの時間も作れるだろう、多分。


朝飯 ほうれん草のソテー、スペイン風目玉焼き、納豆、鮭の親子漬け、しもつかり、たまり漬「刻みザクザクしょうが」 、メシ、大根と揚げ湯波と万能葱の味噌汁

昼飯 キャベツと長葱と小松菜のソース焼きそば

晩飯 メダイの煮付け、豚のしょうが焼き、ひじきと人参の揚げ湯波の炊き物、小松菜と油揚げの淡味炊き、「飯沼本家」の「甲子純米吟醸生原酒立春搾り」(冷や)「久埜」の最中、"COURVOISIER XO"(生)

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