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戀する者と酒飲みは地獄に行くという  根も葉もないたわごとに過ぎぬ
戀する者と酒飲みが地獄に墜ちたら  天國は人影もなくさびれよう
Omar Khayyam

 2001.0131(水) ノヴェルティ選び

高島屋でのイヴェント に我が社からのDMを持参してくださった方には、粗品を差し上げる。損益分岐比率など考えもしなかったころは、300円ほどの粗品を出していた。ウチはDMの効率が異常に高い。3000通のDMに対して600名ほどのリピートがある。

300円×600名=18万円。これはちとツライ。

100円ショップのダイソー へ行き、粗品に使えそうなものを数点、選び出す。 会社に戻り、各部署の意見を聞き、今年のノヴェルティを 「みそべら」 に決める。

家内が実家に1週間ほどの日程で帰った。こういう日々の晩飯は、飲み屋でとる。

市之蔵へ行く。案に相違してカウンターには先客が4人もいた。いちばん端の、アンザイ畳屋のオヤジの隣に座る。これで今夜の読書時間はゼロと確定。

例のごとく、頼まなくても出てくる小鉢は 「アサリの深川煮」 「イカゲソのバター焼き」 「厚揚げとひろうすの煮物」 。焼酎をオンザロックスで飲みながら 「イナダの刺身」 をとる。美味い。

昭和20年代の後期、木挽町で修行をしたアンザイ畳屋のオヤジのヨタ話は面白い。

溜池から六本木までの坂を、荷車を引いて上がったこと。杉並あたりまでは、自転車で出張したこと。 仕事先で一杯飲まされて手ひどく酔い、木挽町に戻って社長に 「布団を敷け」 と威張って、翌朝、こっぴどく叱られたこと。

豆腐のバター焼きでタンパク質の補給をし、キュウリのチゲ味噌で口をサッパリとさせ、トロロの茶蕎麦で締める。

事務室へ戻る。昼間、電話がつながらなかった顧客に、注文確認の電話を入れる。友人にeメイルを1通、送る。

玄関を入って居間まで行くエレヴェイターの中で、行き先ボタンも押さずに眠っていた。人間が立ったまま眠れるというのは本当だと思った。

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 2001.0130(火) マクロよりも手動

顧客に 高島屋でのイヴェント を報せる3000通のDMハガキは、すでに伴印刷がら届けられた。今朝の4時から、この送付先を特定することにしていたが、目を覚ましたのは5時30分だった。

朝8時30分から、この作業に入る。

昨日更新した マイツール の顧客名簿から、郵便番号の上3桁が、100~181,210~216,220~248,270~275,330~344の顧客のみを抜き出す。

更にここから郡部、三浦、野田、岩槻、幸手、吉川、流山、座間、厚木、海老名、大島町、東村山の顧客を消去する。

これにて我が社の顧客の中から、公共交通機関によって日本橋まで1時間以内に来ることのできる人だけが、抽出されたことになる。

ここに、1999年と2000年の高島屋イヴェントに訪れた顧客をドッキングし、最後に重複したデイタをデリートする。

これらの仕事は、すべて自作のマクロで回るようになっている。しかしマクロに任せきりでは不安な部分もある。マクロのコードをいちいち手動で追い、精密に仕事をしていく。

朝4時からこの作業を行おうとしていたのは、電話や来客に気を取られることによる、途中のミスを懸念したからだ。1時間30分をかけて、10時に無事に終了。3000を数十名超える数になったが、ハガキを追加発注すれば問題はないだろう。

10時20分から1時間かかってタックシールを印刷する。投函は2月5日の予定だ。

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 2001.0129(月) ふたつのにごり酒

夜7時30分から 本酒会。飲むお酒は全部で11本。

1本目は小林晴雄会員から寄贈された 「菊姫にごり酒」 。僕はにごり酒を苦手にしている。ドロリとしてベタベタとして、甘ったるい印象がある。

ところがこの菊姫、上出来も上出来。とても美味い。いわゆるにごり酒への認識を新たにした。確かに粘度は高いけれど、それが嫌味になっていない。飲み口も爽やか。

この他に僕が感心をしたのは、秋田県鹿角市 「かづの銘酒」 の 「千歳盛 地底の神秘大吟醸」 。切れ味が鋭く、適度に固く凝縮し、そして味わい深い。

11本目が本日のメイン、秋田県能代市 「喜久水酒造」 のにごり酒 「一時(いっとき)」 。

1999年1月の本酒会旅行 で訪ねた能代市の優れた居酒屋 「ていちゃん」 で、我々は初めて、この 「一時」 に出会った。

そしてこの 「一時」 を大きなタンブラーで飲み干し、トイレのダスキンタオルをたたき落としたのが、コバヤシ会員だ。放っておいたら凍死してしまう。コバヤシ会員はその夜、本酒会員ふたりの肩を借りて、ガビガビに凍った街をホテルまで連れ帰られた。

その コバヤシ会員 が、今夜は責任をもって、「一時」 の抜栓にあたる。 「一時」 は栓の開け方に作法がある。下手をすると、ビンの中の半分が噴水となって失われる。抜栓係は重要な仕事だ。ビンの周囲を、飛散防止の手ぬぐいと新聞紙でガードする。

この 「一時」 を喜久水酒造に提案し、ついには作らせてしまったという 天洋酒店の浅野さん から、以下のメイルが届いていた。

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今はまだ女子高生です。ピチピチしていて、それはそれで良いのですが、私的にはもっと大きくなってからお相手したい・・・
もちろん、もう少し、3ヶ月くらいしたら23.4の美人になること間違いなし! と思います。
一年寝かせたら、30過ぎくらいの人妻・・・
いかんいかん、失礼なことを書いてしまいました。
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つまり 「一時」 は、まだ飲みごろではないということだ。しかしまた、イチモト本酒会長の 「届くまでに1ヶ月待ったんだ。飲んじゃうべー」 の一声で、本日の抜栓となった。あぁ、もったいない。

無責任な衆生がニヤニヤと見守る中、コバヤシ会員は無事、抜栓に成功した。

「一時」 を飲んだ。やはりこれは優れたお酒だ。日本が生んだシャンペンと言っても過言ではない。宮中晩餐会の食前酒にしても、まったく恥ずかしくないお酒だ。

しかしまた 「いま飲んでは早すぎる」 という天洋酒店の浅野さんの言葉通り、スッと軽く喉元を通りすぎていく1月の 「一時」 は、やはり飲み頃というには若すぎた。「一時」 の理想の飲み方は、複数本を取り寄せ、時間差をおいて順次、飲んでいく方法だろう。

「一時」 は案外、夏のプールサイドに似合うお酒かも知れない。

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 2001.0128(日) 史上もっとも楽な会議

昨夜はげしく降っていた牡丹雪は、いつごろ止んだのだろう。

朝4時30分、闇の中には静かな街があった。スキー場へ向けて夜通し走るクルマだけが、ゴトゴトと鈍い音をたてて通り過ぎる。

朝7時、居間から南西にある蔵の屋根 を見る。冷蔵庫の空冷室外機が、雪をかぶっている。これを掃除しないと、蔵の冷蔵庫が効かない。

8時15分から雪かき。我が社から北西方角にある日光連山 は、ほぼ晴れている。日光の方角が晴れなら、今日1日の天気は、そう崩れはしないだろう。駐車場の雪は、日中にかなり融けるに違いない。しかし、まったく雪かきをしないというわけにもいかない。

昨日、間断なく降った雪は、クルマによって踏み固められた。それが夜のあいだに凍って、厚い板状になった。モザイクを分解するように、その氷の板をアスファルトから外す。

不景気に追い打ちをかけるような雪と思ったが、意外や今日はお客様が多い。

「クルマから降りるとき、地面がビチャビチャなのよね。もっと雪かきして」 と、お客様にお叱りを受ける。店舗の人員を最少にし、残余を雪かきに振り分ける。

「雪かきよりも客の相手だろ? 客を待たすなよ」 と、別のお客様に叱られる。

漱石の時代から、とかくこの世は住みにくい。たわむれに 雪だるま など、作ってみる。

夜6時から洋食屋の金長(かねちょう)にて、我が春日町の役員会。

ここで何をするかといえば、2月に行われる役員の旅行に、自分が出られるか出られないかの意思表明をするという、ただそれだけ。史上、最も楽な会議だ。

行き先は安房小湊。宿泊場所はホテル三日月。2月23日(金)、24日(土)のスケデュールなら、僕も参加できそうだ。

40歳代から60歳代のオヤジ連中が10人でヨタ話をし、ぬか漬けで燗酒を飲み、ロースカツ定食を食べて散会する。

バリバリに凍ってツルツル滑る道を歩いて、7時15分に帰宅。

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 2001.0127(土) かまくら作り

夜中の2時に目を覚まして、道を走る自動車の音を聴く。雨ではあっても、雪ではなさそうだ。事務室に降り、外へ出る。雪が降っていた。降り始めなのか、いまだ積雪はない。

午前6時の積雪は2Cmで、軽く雪かきができるほどの量に、一度は安心した。ところが社員が出社する7時30分すぎになっても雪の勢いは衰えず、むしろ増すばかりだ。

朝食は、昨夜あまったカキフライをタマネギと共に卵とじにし、カツドン風に飯にのせる。厚揚げと雪菜の味噌汁と相まって美味。

8時30分から、人力で店舗駐車場の雪かきを始める。粉雪のため、それほど体力を消耗することはない。

9時30分に雪かきは終了したが、後から後から降る雪は、せっかく露出させたアスファルトを、かなりの速度で覆っていく。

伴印刷のイワタさんが、高島屋販売 用のDMハガキ3000枚を、納品に来る。

FSEのシバタさんが、ハードディスクにエラーの出るThinkPad2611を調べに来る。

カトーノさん が、先日セットアップを依頼した4台のコンピュータにつき、後から必要になったアプリケイションのCDやドライヴァのディスケットを取りに来る。

午後2時、雪は降り止まないが、ブルドーザーを呼ぶほどの量でもない。朝にひき続き、2度目の雪かきをする。家内は5歳の次男のために、かまくら を作った。

夕食はカキのグラタン。ジャガイモのスライスをベシャメルソースに混ぜて成功。ムスカデを飲む。

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 2001.0126(金) 腹減らない病

数年に1度、僕は 「腹減らない病」 にかかる。

腹減らない病とは、何日メシを喰わなくても、腹の減らない病気だ。昨日の午後から夜にかけては、胃の中の物が腸に降りていかない感触で、食欲がまったく湧かなかった。 「これは腹減らない病か?」 と感じた。

「腹減らない病」 は数日も続くだけに厄介だ。

ところが今朝5時30分に起きて、7時ころになると、何となく腹が減ってきた。納豆、ほうれん草炒め、ツナのマヨネーズ和え、ネギと豆腐の味噌汁が、とても美味い。

ひとつひとつのおかずの量が多いため、大ぶりの茶碗で2杯でも足りないところだった。時間不足のため、それ以上のおかわりは諦めた。

午前9時30分、NTTの多田さんがフレッツの営業に来た。意外に早い、我が町へのフレッツの導入だった。もちろん申し込む。2月10日すぎからは、ウチにも繋ぎっぱなしの環境が実現する。

夕方、FSEのシバタさんが、お持ち帰りとなったThinkPad1124を持って来る。LANの設定がままらなかったのは、判明してみればつまらない部分でのチェックミスが原因だった。

これにて事務室の4台のコンピュータは、すべてLANで結ばれた。IEのアイコンをクリックすれば即、我が社のウェブペイジ がオンラインで立ち上がる。素晴らしい。

夕食には、家内の父から届いたカキをフライにする。

鮎の塩焼きだけで腹を満たす、マツタケの蒸し焼きだけで腹を満たす、羊の網焼きだけで腹を満たす。こういう 「○○だけで腹を満たす」 という食事は、僕に野蛮で豊穣な満足を与える。

今夜のメシも、カキフライとムスカデだけで腹を満たした。明日の朝は、カキの卵綴じを作ろう。

窓を開けて空を見た。雪はいまだ降らない。

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 2001.0125(木) 懸賞企画と無線LAN

今日の主な仕事はふたつ。ひとつは 我が社のウェブペイジ で1年に2回おこなっている 懸賞企画 のセットアップと、懸賞サイトへの登録。

午後1時すぎ カトーノさん が来て、昨年つかった懸賞ペイジをそのまま流用し、細部を整える。トップペイジに懸賞ペイジのリンクを設ける。

懸賞企画の目的は、端的に言えばカウンターのアップだ。そのため、懸賞ペイジへのリンクは、トップの真ん中よりも下につける。迷わずにスッと懸賞ペイジに入られると、カウンターが上がらない。

数十の懸賞サイトへの登録は、30分ほどで完了した。

午後5時から、コンピュータ会社FSEのシバタさんが来る。

コンピュータも人間も、線に繋ぐべきではない。点滴、酸素吸入器、モニターの電線が繋がれているスパゲティ状態の病人を、僕は可哀想で見ていられない。

LANも無線で組むに限る。我が社はモーバイルコンピュータしか持たない。軽快なコンピュータを日常的に太いストレイトケイブルに繋ぐなど、考えただけでも身震いがする。

夕食の時間になるが、昼すぎからまったく空腹感をおぼえない。ゴディヴァのチョコレイトと小川軒のレーズンウィッチを肴に、オールドパーをストレイトで飲む。

午後8時30分、1台のコンピュータを残して、LANは無事に機能した。不調のThinkPad1124は、シバタさんによってお持ち帰りとなった。

電話線から解放されたThinkPad240Xにて、niftyとinternetに接続をする。LANカード の緑と赤の小さなランプが点滅する。メイルの送受信速度も上々だ。ファイル転送プロトコルの速度も高い。

昼すぎまでの電線のあった生活が、数時間にして過去の遺物となってしまった。

午後9時、外へ出ると牡丹雪が降っていた。"maruru" と書かれた土の杯に雪を受け、オールドパーを立ち飲みした。

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 2001.0124(水) 仕事よりも床屋

種類の異なるいろいろな仕事が溜まり、どれから手をつけて良いかわからない。否 「わからない」 というのは言いわけで、ひとつひとつ片づけていけば良いだけのことだ。

そう思いつつ、加藤床屋へ行く。寝癖がつくほどに髪が伸びると、床屋へ行かずにはいられない。

加藤のオヤジに 「2週間したら、また来ても良いかな?」 と訊くと 「毎日でもいいよ」 と答える。いくらなんでも毎日は来られない。

会社に帰ると、伴印刷から電話がかかる。2月15日からの高島屋東京店の催し には、DMを何枚用意したらよいか? という内容だった。この算出も、延ばし延ばしにしていた仕事だ。

日本橋まで、公共交通機関を使って1時間以内に来られる地域を、顧客名簿から条件式に従って検索する。わずか5分の作業。2900名弱の顧客が現れた。

僕だって、やれば素早い仕事ができるのだ。3000枚のDMを、印刷することにする。

他にすることは、日本容器包装リサイクル協会 への、平成13年度の再商品化委託申し込み書の作成。ThinkPad240Xの中の "eco" というファイルを覗き、明日回しの仕事とする。これがイケナイ。

夕食は、近江町市場から送ったノドグロの最後の1尾を、オリーヴオイルで焼き、バルサミコをかけたもの。他にはトマトのサラダとポトフ。ビンの底に1/4ほど残ったシャブリを飲み干し、ムスカデのビンを開ける。

明朝、早起きをするため、早めに就寝。

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 2001.0123(火) 「君に金沢の雪を見せたい」 その3

8時00分
ホテルにて朝食。昨夕の食べ過ぎがたたって、一昨日の朝ほどには食欲が湧かない。朝食ヴァイキング代の元を取ろうと、ご飯を1杯食べた後に、お粥をお代わりする。

9時30分
金沢駅の中にある百番街にて、中田屋のきんつば25箱の発送を依頼する。

10時09分
しらさぎ6号が、米原に向けて出発する。雪の平原をちらちらと見ながら、車内でのほとんどの時間は、昨日撮影した画像の処理に費やされる。バカバカしいこと、この上ない。

12時09分
定刻通り、米原に着く。ここより少し前から、雪は視界から消えていた。東海道新幹線の開業時、つまり30数年前にできたホームのため、米原は、まるで在来線の駅のようにひなびている。

弁当を買う皆をしりめに、僕はお茶だけを手に入れる。ここでイチモト会長は、牛テキ弁当とステーキ弁当を購入。頭がどうかしているのではないかと思う。

12時19分
ひかり100号に乗り込む。出発。昼飯は抜こうかとも考えたが、車内の売店へ行き、サンドウィッチ@700円を買う。旅行中に溜まった、自分のpatioへの返信を、せっせと書く。

14時42分
東京駅着。神田から銀座線で東武日光線浅草駅へ行き、荷物をロッカーに預ける。浅草駅では数年前にロッカーの大増設をした。ロッカーがいつでも利用できるようになった。大いに助かる。

15時30分
フィリップ・スタルクのオブジェを間近に望む、駒形橋わきの 前川の座敷 に入る。この時間から鰻を食おうとする根性が凄い。昼飯をサンドウィッチにしたため、適度に腹も減ってきた。

品書きの 「鰻酒@1500円」に目が停まって離れない。辛抱たまらず注文する。しばらくの後、茶碗蒸しの器よりは二回りほどは大きな蓋物が運ばれてきた。

蓋をとると、そこには 1枚の蒲焼きの上から熱々の酒を注いだ鰻酒 が現れた。20歳代のはじめにはとても吸い込めなかった酒の湯気を、深々と鼻孔に送り込む。そしてひと口。これは美味い。@1500円も無理はない。これはヒレ酒に匹敵するうま酒だ。

本酒会の予算も残が少なくなってきた。6人に対して@1000円の 「うざく」 を3人前、やはり@1000円の 「うまき」 も3人前にとどめて、6人が1人前の半分づつを食べる。

例によってほとんど酒を飲まないイチモト会長が、今の季節にはもっとも高い @5500円の鰻重 を、初っぱなから注文する。駅弁を2個食べてから、まだ3時間と少ししか経っていない。

イチモト会長が言うに、この鰻重、メシの厚さが1.5Cmに対して、鰻の厚さは3.5Cmだそうだ。この期に及んで 「もっとメシが欲しい」 と言っている。

コバヤシ会員は酒も飲むクセに、 @6500円の蒲焼き などというものを注文している。そしてそれを、箸で大きくちぎってバクバク食べている。もったいないことをするものだ。ケチな僕には到底できない芸当だ。

僕はもっとも安い、それでも@3300円の鰻重を頼んだ。これをチビチビと肴にしながら、冷酒を飲む。ここの鰻は確かに美味い。

前川には、2時間以上も滞在した。本酒会の旅費は、ここで底をついた。@6500円の蒲焼きをガバガバ食べた者も、@3300円の鰻重をチビチビ食べた者も、等しく8250円ずつ拠出する。

17時40分
皆で隅田川からの寒風を感じながら、浅草駅へ向かう。

18時00分
きぬ135号にて浅草駅を出る。すでに外は暗い。僕はふたたびThinkPad240Xを机上に出し、patioへの返信を続けた。

金沢駅を出て以来いったい何時間、このコンピュータは動き続けているのだろうだろう? ThinkPad240Xのデカバッテリーは上出来の安定感で、いつも僕を安心させる。

19時40分
きぬ135号は無事、下今市駅に到着した。皆はあっさりと、それぞれの家に向けて歩き始めた。明日からは少し節制をしようと思う。無理だろう。

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 2001.0122(月) 「君に金沢の雪を見せたい」 その2

7時00分
ひとりで近くのJALホテルとANAホテルの朝食を調べに行く。結局、宿泊しているビジネスホテルで朝食をとることにする。

9時30分
男6人でホテルを出て、寺町から歩き始める。坂を下り、屋根が真緑の霊柩車に感心し、せっかく雪に強いブーツをはいてきたのだからと、わざわざ雪の中に入ったりしながら坂を下る。

10時00分
犀川大橋 を渡り、片町へ足を踏み入れる。しゃれたたばこ屋 を見つける。地方の街で、面白い店を見つけてフラリと入る、これは中々に嬉しい旅の楽しみだ。僕はここで、ダビドフのグランクリュを1本買い、その場で吸い口をカットしてもらった。

11時00分
大きな木の幹に、雪の人面 が盛り上げてある。その位置からして、子供の作品ではないだろう。しばし鑑賞。

12時30分
あちらこちらを歩き回るうち、昼飯時になった。すでに3Kmも歩いているため、タクシーで近江町市場へ行く。

12時45分
近江町食堂は市場のオッサンが行く雑ぱくな店ではなく、観光客用のこぎれいな食堂に様変わりしていた。酒のメニュも豊富だ。こうなると、本酒会に歯止めは効かない。

僕は先ず、カワハギの刺身と ヒレ酒@800円。3時間以上も寒気の中を歩き通しだった。熱くて香ばしい酒はめっぽう美味い。

他の会員が注文した、もずく、なまこ酢、ふぐの粕漬け、牛スジ、ヤリイカ刺身などを肴に、ヒレ酒を2杯飲む。

僕の昼飯は タラのアラ煮定食@900円。アラ煮のクセに、ふつうの定食の中では最も高い。他のメンバーも僕の定食に箸を伸ばす。キモだけは取られないようにと、漬物の皿に避難 させる。

13時45分
近江町食堂から路地を出てすぐの 清商店 にて、極上のノドグロを10尾発見。5尾を家へ送り、3尾を今夜の夕食用に確保する。ここのオヤジ、大変なる美男。

14時30分
皆は散策。僕は市場から10分ほど歩いて、駅前のホテルへ帰る。仕事とeメイルを少々。

16時00分
皆と近江町市場へ夕食の買い出しに出る。清商店にてノドグロを3尾、受け取る。忠村水産にて黒バチメ6尾と白バイ貝を2皿。他の店で万寿貝を2皿、いまだブリまで育っていないフクラギを2尾、ウニを1板、生ガキを1袋、スルメイカを3杯、タラの白子を1皿。

17時00分
しゃもじ屋の受付 にて、仕入れた魚を計量する。計量係は 「こんなに食べられますか? すっごい量ですよ」 と言う。調子に乗って食べ過ぎた昼食が、いまだ腹に残っている。だんだんと心配になってきた。

イチモト本酒会長に 「店に魚、ただでやっちゃいましょうか?」 と言うと 「食っちゃえば良いんだ」 と答える。僕は残すくらいなら、魚はしゃもじ屋に供出してしまいたい。

上品に盛られた刺身が2皿。僕はフクラギを2切れ、バイ貝を少し、万寿貝を少し食べただけ。刺身にした以外の 万寿貝は網焼き にする。網の上で貝が踊る。卓上のお酒 をチョロリと垂らして、生焼けのうちに食べる。美味い。

白バイ貝 も美味いが、到底、昨夜の山乃尾の先付にはかなわない。材料の差ではなく、調理法の差だろう。

小鉢にゴッテリと盛られた生ガキはほとんど食べられず、万寿貝の貝殻に載せて、焼いてしまう。ウニは、イチモト会長がひとりでウニ丼にして食べる。

イチモト会長は利き酒会の会長にして、酒は1ヶ月に1合しか飲まない。こういうスペシャルをひとりで食べてもらった方が、酒飲みの当方としては、ワリカンだけに気が楽だ。

煮物に最適と思い買い込んだ 黒バチメ はとても淡泊な味わいで、1人1尾の割り当てを、スルリと食べられた。腹の苦しいときには、網焼きの貝および煮魚は、わりあいとサクサク食べられる。刺身はなぜか辛い。

ノドグロ は2人に1尾の供給。先に箸をつけた方が、上面のパリッとした皮を楽しめる。僕は半身と頭を平らげる。

タラの白子は酢の物の他に、オチアイ会員の希望にて、焼いた物も作ってもらう。これが大成功。カリッとした表面を噛み破ると、なかからトロリとしたコクが噴出する。しゃもじ屋の計量係が感心した、1皿2200円もする高級な白子だけのことはあった。

スルメの素焼きは、さすがにほとんど食べられなかった。イチモト会長が綺麗に盛り直して、ついたての向こうのグループに差し入れると、とても喜んでくれた。イチモト会長の愛嬌は大したものだ。僕には、こういう性質が欠けている。

その隣のグループに運ばれた、洗面器ほどの大きさの汁物が気になって仕方がない。訊いてみると 「カニのデカ汁」 だという。笑顔の可愛いお運びのお兄ちゃんによれば、我々が持ち込んだ魚は遂に、イカにて終了したという。

貝やカニやアラの味噌汁に、僕は目がない。皆にはかり、このカニのデカ汁を注文することにする。腹が苦しいにもかかわらず、僕は大きめのお椀で2杯、この味噌汁を飲んだ。猫舌のオチアイ会員を除いた5人が即、飲んだ。

それでも洗面器ほどの容量を持つデカ汁は、そうそうには無くならない。最後にオチアイ会員が、器から直接 に飲み干す。オチアイ会員の顔がデカいため、デカ汁の器の大きさが際だたない。

恐れおののいていた勘定は、そう高いものではなく、安心した。しかし市場で購入した魚を持ち込めるという、このしゃもじ屋のシステム、手ぶらで行って店のメニュに従った方が、はるかに安く上がるだろう。

19時30分
早く始まった夕食のため、食べ終わりも早い。午前中に購入した ダビドフのグランクリュ をふかしながら歩く。本年1本目のタバコ。

21時00分
同室のコバヤシ会員は、オチアイ会員とANAホテルのバーへ出かけた。僕は今日撮り溜めた画像の処理にかかる。旅先でも日常を引きずらざるを得ないところが、モーバイルコンピュータの数少ない欠点だろう。

23時00分
コバヤシ会員の帰りを待たずに就寝する。

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 2001.0121(日) 「君に金沢の雪を見せたい」 その1

朝3時に起床。
外へ出ると、すでに雪は止んでいた。湿り気の多い雪が少し降っただけのようだ。1Cmほどの雪が、硬く凍っている。

8時15分
エディバウアーのザックにコンピュータとゴム草履を入れ、メレルのトレッキングブーツをはいて家を出る。今日は 本酒会 の旅行。行き先は、豪雪によって交通に混乱をきたしている金沢。

8時30分
JR今市駅にメンバー6人が集合する。ソバ屋の我妻さんは、積雪により奥さんが出前のクルマを運転できないと、急きょ参加を取りやめた。鉄道オタクの不参加は痛い。

8時49分
JR今市駅発。

9時29分
JR宇都宮駅着。雪のためか6分の遅れ。朝食は済ませてきたが、少し空腹をおぼえる。富貴堂の茶飯弁当を600円で購入。

9時47分
東北新幹線やまびこ34は少し遅れて宇都宮駅発。鶏肉、煮卵、オデンの入った茶飯弁当は当たり。とても美味い。

10時15分
定刻よりも5分遅れで大宮駅着。

10時38分
上越新幹線MAXあさひ313が大宮駅を出る。

11時34分
新幹線の速度をもってしても非常に長い国境のトンネルを抜けると、そこはやはり雪国だった。横殴りの雪が降っている。定刻から4分遅れて越後湯沢駅着。ほくほく線への乗り換え時間は5分しか無い。

自動改札機の前に1人の駅員と2人の女性が立ち、切符は差し込まず、そのまま乗り換えを急ぐよう指示している。この駅では、日常茶飯の風景なのだろうか?

大きめの弁当屋を横目に ほくほく線のホーム へ降りる。うまい具合に小さな弁当売場がある。あれこれ迷わず 「いくらたらこめし」 を5つと 「かにずし」 を1つ買う。

11時40分
はくたか8号は越後湯沢駅をあわただしく発車。豪雪地帯のため、線路脇のうず高い雪に眺望のはばまれる場所も多い。

これから2時間30分は、列車に乗ったままでいられる。やれやれという思いで靴を脱ぎ、ゴム草履にはき替える。

12時28分
ホームの上にさえ除雪機を備えた直江津駅に着く。川岳軒の 「いくらたらこめし」 は越後湯沢駅の寒いホームに置かれて冷え切っていたが、これまた美味い。まるで国際線の飛行機に乗ったような座り続け食い続け状態だ。

12時55分
映画 「砂の器」 に出てきたような 寒々とした海岸線 を、はくたか8号はかなりの速度で西へ進む。

13時20分
それまでの暗うつな空が、黒部付近から晴れ に変わる。カーテンを開けたままでは、コンピュータのディスプレイ も見づらくなってきた。

14時09分
はくたか8号は定時に、金沢駅へ到着した。「石川県の道路交通は雪のために混乱」 というニュースを何度も目にしたが、駅前の車道に雪は無く 、いささか拍子抜けする。

14時15分
ホテルに入る。僕以外の5人は散策。僕は仕事とメイルの送受信。

17時10分
フロントのイチモト本酒会長から、タクシーが迎えに来たことを知らせる電話が入る。夕食は魯山人が5、6年も逗留し、パトロネージュされていた料理旅館 「山乃尾」。友人からi-modeのメイルが入る。タクシーの中で返信を書く。風景を見るヒマがない。

タクシーの運転手から、5日前の雪の日だったら、とうてい外での食事はおぼつかなかっただろうことを教えられる。

17時30分
急坂を上り、山乃尾の入り口 に到着。滑り止めのため、踏み石の上にむしろが敷いてある。仲居さんに案内されて、赤い壁の離れ に案内される。

先ずは お菓子とお茶。お菓子は天狗舞を効かせたゼリー。

先付けは白バイ貝の酒煮。食前酒はいまだお正月気分で白酒。この白酒、醸造元は訊きもらしたが、とても美味い。

お酒は菊姫、天狗舞、手取川の吟醸を、それぞれ冷やで頼む。中心部に氷を入れた ちろり のお陰で、温度はいつも最適に保たれる。菊姫はくぐもった土の香り。天狗舞は豊かで華やか。手取川はマシュマロのように柔らかく、悪くない。

吸い物 は、くりぬいた聖護院蕪の中にウニと鶏卵。他にアワビ、白キクラゲ、ニンジン、鶯菜。吸い口はユズ。

造り はヒラメと甘エビ。

皿物 はズワイガニ。カニ酢にダシが効いてとても美味い。すべて飲み干す。

蒸し物 はこの地独特の唐蒸し。オカラの上に小鯛。

クワカド会員は、旅行を欠席したメンバーに、今夜の雰囲気を画像で送信 する。

3種類のお酒が混じり合わないよう、酒器 は各自の前に3種類ずつ用意された。

炊き合わせ は治部煮。合鴨、五三竹、すだれ麩、百合根、椎茸、ほうれん草など。料理が美味いと、料理ばかりに手を取られて、酒の進まなくなることがある。今夜の食事がその好例だろう。

揚げ物 はゴリ。

温物 は蓮煮。レンコン、タラ、ウナギ、サヨリ、菜の花、そして生麩。

はカニご飯。これをお代わりしたのが、オチアイ会員。腹が一杯で最初から辞退をしたのが、サイトウ会員。

水物 はイチゴ、パパイヤ、メロン。

山乃尾は高台にある。窓の外には 金沢の夜景 が、雪の下にうずくまっている。遠くに駅前の高いビルが、赤い光を点滅させている。良い夜だった。2合ほどの酒を飲んだはずなのに、酔いはほとんど感じられない。

ロビーに陳列された 魯山人の器 は、なぜか駄物ばかり。上出来の品物は、どこかにしまってあるのだろう。

タクシーを断り、ひとけの無い東の郭を歩く。鍵の手状に折れ曲がった石畳には、ときおり 店の明かり が漏れ出す以外に強い照明は無く、薄暗くしっとりと湿っている。

22時55分
浅野川大橋北詰、橋場、尾張町、博労町、近江町、むさし、むさし西、西門町、別院通り口と、凍り付いた道を2.5Kmほども歩き通して駅前のホテルに帰着。

みなはそのまま散策。僕は部屋へ入り、今夜の画像処理にとりかかる。友人とi-modeのメイルを往復11通ほども交換する。i-modeの即時性は認めるが、セックスをしている最中にもi-modeをもて遊ぶような人種が、そのうち必ずや出てくることだろう。

22時00分
眠気のため、画像の処理にミスが目立ってきた。即時就寝する。

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 2001.0120(土) 根雪

午後2時から義理がらみの営業を受ける。時間の無駄だが仕方がない。

午後4時すぎから、雪が降り始める。我が町に、雪かきが必要なほどの降雪があるのは、1年にせいぜい1回しかない。1月8日の雪は、いまだ街のあちらこちらで根雪になっている。これ以上の積雪は、もう望まない。

日光MGの間は山の上のホテルにこもり、テレビも見なかった。そのため浦島太郎状態になっていたが、北陸の大雪は、交通の混乱や宅急便の到着遅延を引き起こしているという。

ウチでも、受注はしたけれど出荷できない発送伝票が増えてきた。すべて石川、富山、福井の各県あての注文だ。

明朝は早く起床し、積雪の状態を調べて、ブルドーザーを要請するかどうかの判断を下すことにする。

イタリアの安い赤ワインを500ccと3種類のパスタを食べ、午後8時30分に就寝。

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 2001.0119(金) コウモリ

夕方4時ころ仕事場にいると、自宅4階の家内から 「部屋の中でコウモリが飛んでるから、捕まえて!」 と内線電話が入った。

居間へ行くと、床の間の土壁に 小さなコウモリ が静かにとまっていた。人の頭の中にあるコウモリのイメイジはたいてい、羽を広げたものだろう。壁のコウモリはもちろん羽をたたみ、どちらかというと四角い形状だった。

捕虫網などないので、茹でた麺類の水切りをするザルに誘導し、窓から外へ逃がした。今後はスパゲティを食べるたびに、このコウモリのことを思い出すだろう。

5時45分から市之蔵で、日光MGの打ち上げ。日光MGに参加した社員 のほとんどが集まる。

僕はことごとく、段取りというものが好きだ。集団でなにかを行う際には、行き当たりばったりを嫌う。今日の飲み会は、2ヶ月前から予約をしておいた。若い社員のために、若向きの料理も頼んでおいた。

大皿で何度も運ばれてくる熱々のグラタン、鶏の唐揚げ、ブリのカマ。ほうれん草のサラダ、油揚げの納豆包み焼き。お刺身の盛り合わせ、チゲ鍋、鶏のつくね鍋。豚足をつくね鍋に投入し、煮て食べる裏ワザ。

宴会は、だらだらしてはイケナイ。サッと飲んでサッと食べてサッと帰るのが、僕の好みだ。7時15分に打ち上げ終了。

クルマで帰宅する途中、徒歩で会社の駐車場へ向かう若い面々に、家内が窓を開けて 「バイバーイ」 と言うと、社員も同じく大きな声で 「バイバーイ」 と応える。

家内に 「会社、変わっちゃったなぁ」 と言うと 「会社の中でも、この雰囲気が出せるようにしていかなきゃダメよ!」 と返される。

また宿題だ。

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 2001.0118(木) 日光MG第2日目

朝6時30分に起床。部屋の人数は6人に増えている。布団からどうしても起きあがれない若い衆がいる。隣の掛け布団をむしり取っている、3月入社予定の高校生がいる。シャツとももひきでウロウロしているオヤヂがいる。

朝食時に、オヤヂ達の酒への耐久性が証明された。深酒のあげく3時間少々の睡眠でも、朝食をしっかり食べている。

反面、20代の若い衆は、水とジュースしか胃が受けつけないとか、梅干しとロールパンのみであとは入らずとか、だらしのない者が多い。

僕はMG2日目の朝が好きだ。細かい説明は抜きで即、第4期のゲイムに突入する。第4期は中間決算をし、昨夜たてた経営計画に対して、半期の見直しをする。

10代のうちから西順一郎先生の指導を受けられる高校生 は幸せ者だ。これを贅沢と言わずして、なんと言おう?

MGは教えすぎてはいけない。あくまでも自力による発見や進歩を尊ぶ。僕は初心者の脱落を心配するあまり、どうも教えすぎの度合いが強いようだ。西佳恵先生に、その点を注意される。

MGを始めて4回目の中年女子社員は、決算の速度が上がったことを、素直に喜んでいる。初心者の4名も、脂汗をたらしながら経験者に追随する。

MGは勝ち負けを重く見ない。しかしゲイムだけに、勝者を設ければ参加者の興味もより深くなる。

結局、5期を終わって自己資本第3位、次期繰り越し資産も充実の 高橋savon厚坊 が最優秀経営者賞をゲットした。

初めての日光MGは、成功のうちに幕を閉じることができた。西順一郎先生、西佳恵先生、ゲストの皆さん、そして社員の皆に感謝したい。

アスピリンスノウが軽く踏み固められたピステ状の山道を下る。次の日光MGは4月18日からの2日間。場所は同じくメルモンテ日光霧降。人生の楽しみが、またひとつ増えた。

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 2001.0117(水) 日光MG第1日目

朝4時30分に目が覚める。同室の3人は、まだ眠っている。ベッド横のデスクで長いeメイルを書く。コンピュータの前に座る時間が短くなると、とたんにパティオへの書き込みが激減する。悪いクセだ。

6時30分、遠く筑波山の北方から朝日が昇る。屋上の露天風呂へ行く。

9時すぎ、弊社前から送迎バスにて、前泊以外の社員が続々と会場入りする。

10時、ゲスト4名、社員23名による計5卓の記念すべき第1回日光MGの第1期が始まった。西先生の春風駘蕩としたルール説明は、初心者から不安を払拭し、脱落者を減じる優れた効果を持っている。

この場所の 「霧降」 とは、1日に何度も霧が出ることに由来するのだろう。そして霧とは雲のことだろう。早朝には快晴の空だったが、午前11時ころから雪が降り出した。

雪に反射した柔らかな早春の光が、室内に射し込んでくる。そのような空気の中で、hinano先生の 講義 が進められる。

夕食をはさんで夜8時に全員が第3期の決算を終わり、第4期の経営計画に入る。

僕が思い描いたペイスでMGの第1日目が進み、とても嬉しい。お互いに助け合う社員や、指導して下さるゲストの方々に感謝。

夜9時にすべてのカリキュラムを終了し、パーティルームにて27名による交流会が開かれる。

4名のゲストのうち2名は、浪花ろばた八角 の屋部さんと那須さん。おふたりの会社から黒木本店の焼酎 「中中」 と 「百年の孤独」 が届いた。社長である吉田源三さんの心配りに恐縮する。

夜11時にて、交流会は中締めとなる。宿泊室の中では最も広い4ベッドルームにて2次会が開かれる。屋部さんのパワフルなパフォーマンスに、社員一同は大喜びをする。2時30分に2次会を終える。

午前3時ちかくに部屋の風呂へ入る。10分後、ベッドへ倒れ込んだ。

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 2001.0116(火) MG漬けの毎日

先週末の東京MGに出席した3日後に、今度は日光MG。今週はMG漬けの毎日だ。

ウチでは女子社員のみが出席するMGを過去3回、行った。明日は全社員を対象とし、社外からの参加者もお迎えしての、初の公開MGに踏み切る。名前も 「日光MG」。

今日はその前夜祭。夕刻、下今市駅にて西順一郎先生と西佳恵先生をお迎えする。日光市内からクルマで20分ほど北へ上ったメルモンテ日光霧降へは、6時15分すぎに到着した。

自己負担をしても前の晩から宿泊したいという社員も含めて、夕食の後、ジャグジーも備わる4人部屋で宴会。

人数に対して部屋の容量が足りず、西noanoa佳恵先生 と仙台ニッサンから参加の 似内もも美和子さん には、申し訳なくもひとつのソファにお座りいただく。

市川右太衛門のような出で立ちの 西hinano順一郎先生 と、長崎のスーパーマーケット東美の 佐々木社長 も追って参加。遠方から駆けつけて下さった方々には、感謝の言葉も見つからない。

前夜祭の後、ウェブペイジ経由の注文を処理をし、顧客に礼状を送る。

夜11時30分、屋上の露天風呂へ行く。東方の下界を眺める。空は晴れているようだ。我が町の明かりが、薄い円盤状に光っていた。

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 2001.0115(月) 水神祭

酒蔵にしても味噌屋にしても醤油屋にしても、おそよ 「醸し(かもし)」 をなりわいとしている家には、水神のまつってあることが多い。1月15日は水神祭。

供え物は昨日、家内が準備をした。中心になるのは塩、米、かつおぶし。そのまわりに魚や野菜、あるいは果実を配置する。

酒は何を置こうかと考えたが、料理用にしか使えない不味い酒を使っては、神様に申しわけが立たない。山田錦を原料にした、すこし高級なものをお供えする。

午前9時に、宮司を迎えに瀧尾神社へクルマをまわす。白衣と袴の宮司はウチの蔵で神主のよそおいを整える。

灯明に火をともし、酒瓶のキャップを外しやすいようにゆるめる。神主の後ろに僕のオヤジ、家内、次男。蔵の親方から年功順に3人の男。店舗の責任者。

業務の平安を祈る 神主の祝詞(のりと) と、幣束(へいそく)を結びつけた榊(さかき)によるお清めは、毎年変わらない正月最後の儀式だ。

20年以上も前に、ウチの蔵はそれまでの明治初期のものから現在の建物へと、改築をした。その際には、この水神も移動を余儀なくされた。神様は魂を抜かないと、動かすことは出来ない。

神主が魂を抜いた後に、何人もの社員がこの水神の石を持ち上げると、意外や軽く感じられたという。

ところが後日、これを現在の場所に運び、ふたたび神主が魂を入れると、今度はひどく重くなり、移動したときと同じ人数では、とうてい持つことができなかったという。

「ホントですかぁ?」 と僕は笑いながら聞いているが、古い社員の真顔は変わらない。これを伝説と呼ぶかヨタ話と受け取るかは、聞く側のメンタリティが決めることだろう。

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 2001.0114(日) 最優秀経営者賞

朝9時25分、大崎駅東口の雑居ビルを抜け、MG会場へ入る。朝食をゆっくり取っていたため、参加者中で僕がもっとも遅い到着だった。簡単なオリエンテイションの後に、自分のあまり好まないセオリーどおりの会社 で、第4期のゲイムを始める。

この第4期で、僕は昨夜の経営計画どおり、まんまと150円の経常利益をひねり出した。しかしながら累積利益は▲6円。そのため自己資本は創業時の300円に達せず、借り入れ可能枠も自己資本の50%に留まる。

「あと1個、商品を売っていれば」 という、僕のいつものパターンだ。

最終の第5期、 Bテイブルの6人のメンバーにも恵まれた僕は95円の経常利益を上げ、自己資本を338円に伸ばした。

同じテイブル(市場)で競合する6人(6社)が、それぞれ異なる戦術でゲイムを展開すると、商売はとても楽だ。限りない価格競争のドロ沼に、市場全体が落ち込んでいったりするのは愚の骨頂だ。

そしてまた、わかってはいるけれど、自分の思うようにならないのがMGであり、また実際の会社だろう。

本日の最優秀経営者賞は、619円の自己資本を達成したMG界の鬼才 JOKERさん。彼には、2月に三浦海岸のリゾ-トホテルで開かれるMGフェスティヴァルへの招待券が、お年玉として渡された。

2日間で5期の経営を行うMGに20回出席すると、通算100期の経営を行ったことになる。今回の100期到達者は milkteaさん。誰もができそうで、その実なかなかできない100期のMGは、彼女に多くの果実をもたらしたに違いない。

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 2001.0113(土) 四弱

今日は MG(マネイジメントゲイム)。午前9時に湯島の坂を下り、9時40分に大崎のMG会場へ着く。

MGは、経営学と会計学をゲイムの中に凝縮した研修だ。参加者ひとりひとりが自分の会社を持ち、2日間で、第1期から第5期までの経営を盤面に展開する。第一期の資本金は300円。

日本の中に、MGの開発者である西順一郎のインストラクションによる 「生きたMG」 をしている人が何人いるだろうか? 1000人? 僕はその中で、四弱のひとりとして数えられている。

ゲイムに弱い原因のひとつは、定石を好まない僕の性格。正攻法を採らない人間は、勝負のアドヴァンテイジを握りづらい。

しかしながら荒唐無稽な手を用いて、ついには高い自己資本を実現する人もいる。

物事を深く考えない、損益分岐点に近づくと販売の手をゆるめる、入札 において、何が何でも売るという気迫に欠ける点なども、四弱と呼ばれる原因だろう。

1日目の夕方、第3期末の僕の 会社盤 は、なかなか良い具合に仕上がった。これで明日の第4期も、まともに戦えるだろう。

夜7時からは、各人が第4期の 経営計画 を考える。僕は第3期までの累積利益▲156円を一気に取り戻すべく、損益分岐比率64%という、四弱にとっては無謀なシミュレイションを採用する。

経営計画の立案を終えると、ビールとソフトドリンクをとりながらのスピーチ。9時過ぎに場所を変え、20数名で11時まで 飲み会。こういう机上を離れた交流も、MGの持つ大切な要素のひとつだ。

夜11時30分、甘木庵に帰着する。数ヶ月のあいだ放り出しておいた床暖房のマニュアルを、3日前にやっと読んだ。使い方はしごく簡単だった。そして部屋の中は、ほんのりと暖かかった。

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 2001.0112(金) 早朝の旅行

朝3時に起床。4時30分まで、いくつかのpatioにeメイルを書く。ふと思いついて、家内の実家に年始へ行くことにする。

インターネットで山手線と東海道線のダイヤを調べる。5時までにシャワーを済ませ、5時25分に玄関を出る。春日通りで首尾良くタクシーが停まる。

御徒町5時37分発の山手線で新橋へ。5時49分発の東海道線に乗る。乗り換え時間の無駄は、ほとんどない。戸塚のあたりでやっと、左手の海の方角から夜が明け始める。6時29分、大船着。

タクシーで家内の実家まで行き、中にいる家内の携帯電話に、家の前にいることを告げる。突然の訪問にもかかわらず、家内はそれほどビックリした様子もない。

家内の父母、叔母、兄、兄嫁、その子供たちに挨拶をし、朝食をとり、茅ヶ崎でちょっとした用事を済ませて、9時41分発の東海道線で東京に向かう。

10時45分、高島屋東京店の味百選売場に新年の挨拶。2月15日からの催し について、担当者と軽い打ち合わせをする。

夕刻、銀座3丁目のバー "MOD" にてホットバタードラムを3杯。 お年玉 をもらう。

日本橋から東西線に乗り、6時30分に竹橋の毎日新聞社ビルへ。最上階のアラスカで自由学園の同学会新年総会。

3時の起床と3杯のホットバタードラムが効き、総会のあいだはほとんど寝っぱなし。ときおり議案についての賛同を求められ、わけもわからぬまま拍手をする。

8時30分ごろ、ようやく宴会になる。僕はこのアラスカの宴会料理が大好きだ。魚介類のマリネに含まれるニンジンのシャキシャキ具合が最高。ワインは体内のアルコール度数が高いためか、小さなグラスで2杯しか飲めなかった。

一ツ橋の如水会館の前からタクシーに乗り、9時45分、甘木庵に帰着する。

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 2001.0111(木) i-mode教室

10時30分より品川区東大井にあるhinano先生の事務所で i-mode教室。講師はmilktea先生。

デジタルスキルが低く、かつマニュアルを読まない僕のようなオヤヂは、人から口伝えに教わる教室に頼らないと、i-modeも使えない。

A4サイズ1枚のレジュメに従い、みなで共通の機種502itのマニュアルを開きながら教室は進む。

生徒の使うハードを統一することによって、授業の能率は格段に上がる。麹町にあるビジネススクール グロービス のコンピュータリテラシーコースで、6年ほど前にとられた方法と同じだ。

以前ノキアのi-modeを使っていたときから、僕のi-modeメイルアドレスは uwasawa@docomo.ne.jp に変更済みだった。ところが今日、調べてみると、502itではこのアドレスが生きていない。あわてて登録をすると、すんなり受理された。どうもナゾだ。

昼食と午後の休憩をはさんで文字入力、電話帳登録、短縮ダイヤル、メイルの作成、送受信までを午後5時までに完了する。あとは自分で使いこなして、徐々に憶えていく手だろう。

モバイルコンピューティングは 「いつでも」 「どこでも」 「だれとでも」 を可能にしたが、i-modeはさらにその機能が先鋭化している。これは面白い道具だ。

湯島天神下のシンスケに行くと、いまだ相撲中継がテレビで流れていた。両関の純米酒をお燗にし、菜の花の辛子和え、久里浜のたこ、生麩の田楽、大根とホタテのサラダ。

湯島仲町通りのバー "PEN" にて、ランソンの黒ラベルを小瓶で1本。

夜9時すぎに甘木庵へ戻る。夜10時、milktea先生に今日の教室のお礼をi-modeから送信した瞬間、眠りに落ちた。

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 2001.0110(水) eメイルは書けるのに

eメイルは1日に50本も書けるのに、年賀状は、なぜか書けない。

ウチの年賀状には長男が6歳のときから9年間、彼の絵や版画を用いている。家内と長男は、1月2日に年賀状を書いた。僕が使うための50枚ほどが、ヘビの木版画をほどこされて、居間の机の上に載っている。

僕あてに届いている年賀状をあらため、返信の必要な41枚を選び出す。差出人の住所をコンピュータで整え、タックシールを印刷する。41枚の年賀状に、そのタックシールを貼る。

夕刻、荷物を整えて家を出る。6時10分すぎに「市之蔵」へ行き、焼酎のオンザロックスとチゲ鍋。例によって頼まなくても出てくる小皿料理は、マグロの刺身と八宝菜。

6時40分すぎに「市之蔵」を出て、東武日光線下今市駅へ行く。午後6時52分発の特急スペーシアに乗る。エディバウアーのザックから、年賀状と万年筆を取り出す。

肉筆文字のない年賀状は、受け取る相手にとって丁寧とは言い難い。差出人の顔を思い出しながら、2行から3行の文章を、ハガキの隙間に連ねていく。

次の新鹿沼駅までの18分間で、17通を完成させる。その後の5通を書き上げると、急に右手が疲れてきた。休憩をするうちに寝入ったらしい。まもなく北千住という社内放送で目を覚ます。

千代田線を湯島で降り、切通坂を上がって甘木庵に至る。ベッドが1台、配達されている。玄関に続く廊下はベッドに占領されて、風呂のドアも便所のドアも開かない。なんとかひとつの部屋にベッドを押し込む。

いまだ文字を入れていない19枚の年賀状を取り出し、10時すぎ遂に完成させる。坂下にはネオンの光が溢れている。今夜の外出は、もうないだろう。

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 2001.0109(火) 先生の変わりよう

長男のパスポートが今年の3月、期限切れになる。朝9時すぎに市役所へ行き、長男が戸籍抄本を申請する。

町内のミヤギ写真館へ戻って写真撮影。カラーではなく、白黒の写真にしてくれるよう頼む。ここの古色を帯びたレンズによるモノクローム写真は、名状しがたい「濡れ」を持っている。

実家へ行く家内と寮へ戻る長男を、駅まで送る。裏通りの特に日陰には昨日の雪が凍りついて、線路のようになっている。

夕刻、長靴を履き、文庫本を持って、飲み屋の「和光」へ行く。

「30年もこの商売やってると、学校の先生の変わりようが、よくわかりますね」
「悪くなった?」
「えぇ」

「たとえば、どういうふうに?」
「人に聞こえる声で、生徒の実名を出して、評価や批判をするんです」
「この店で?」
「えぇ」

「あと、酒を飲みながら、携帯電話で生徒の家に電話をしたり」
「そりゃマズいわなぁ」

そのうち常連のアキモッチャンが来たので、真面目な話はここで打ち切り。いつも通りのヨタ話になる。

というわけで、本日の読書は1ペイジ半のみ。明日はもう少し、読めるかも知れない。

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 2001.0108(月) heavy heavy snow

午前2時30分に目が覚める。雪明かりで室内が薄ぼんやりとしている。服を着て外に出る。店舗駐車場に積もった雪に定規を差し込む。積雪27Cm。

事務室にてeメイルを20通、書く。

朝6時、ふたたび外へ出て雪の厚みを測る。30Cm。人力による雪かきは無理だ。

6時30分、非常識な時間とは知りつつ、こういう際にはいつも仕事を頼んでいる、あおき建機に電話をする。

呼び出し音が1回鳴っただけで女の人が出る。作業車は昨夜から日光方面で稼働しているという。とりあえず現場からの連絡を待つことにする。

5分後に、あおき建機から電話。午前9時に弊社に到着予定と言う。その時間でかまわないので、来てくれるよう答える。

7時30分、朝食中に携帯電話が鳴る。あおき建機が予想外に早く、店の前に到着したようだ。事務室のシャッターを開けると、黄色いブルドーザーが巨大な爬虫類のように、ディーゼルエンジンのうなり声を上げながらうずくまっていた。

ブルドーザー の力をもってしても、南北ふたつの駐車場の雪かきには、1時間30分を要した。社員はこの雪の中を、ほとんど遅刻もなしに出社した。

プロによる大まかな雪かきの後に、販売の社員が細かい部分をきれいにする。10時30分に作業終了。ブルドーザーが作った雪山のひとつで 記念撮影

長男が雪山を、階段つきの滑り台に作り替えた。雪を喜ぶのは、子供と気楽な旅人、そして隠居をした趣味人だけだ。この冬の雪は、これ1度きりで終わることを希望する。

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 2001.0107(日) 聴雪

1月2日から今日までの、アイテム別の販売数を調べる。平均で前年度比9%の増。昨年は1月3日が初売りだった。今年の方が営業日が1日多い。9%の増は妥当なところだろうか。

3連休の中日にもかかわらず、店は割合に静かだ。冬休み中の連休は、連休としての効果を持たないのかも知れない。

「成人の日」 を1月第一日曜日の翌日とするような祝日の設け方には反対だ。「成人の日」 は1月15日、「体育の日」 は10月10日。こういうふうにデフォールトにしておいた方が、脳に余計な仕事をさせずに済む。

夜、ランソンの黒ラヴェルを飲みながら、カニのクレープ巻きを食べる。雪が降り出した。雪はみるまにその勢いを増しつつある。

今日は昼間から、神奈川や埼玉に降雪が続いたそうだ。その里雪が北上して、ついに日光地方に至ったか。あまり多く降らないことを希望する。

秋田県本荘市にある齋彌酒造の 「聴雪」 は、僕の最も好きな名前を持つお酒だ。縁側ごしに雪の音を聴きながら飲むお酒は最高だけれど、半日を雪かきに費やすのは、ちと辛い。

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 2001.0106(土) 小田君のタイヤ

テレビは東北や北陸の大雪を伝えている。我が町に雪は、ほとんど降らない。ウチから直線距離にして8Kmほどのところにある霧降高原のリゾートホテルが、澄んだ冬の空気を通してはっきりと視認できる。

しかしまた、リスクの回避は必要だ。今月の半ばには、この霧降高原へ何度も足を運ばなくてはならない。営業車の三菱シャリオに、スタッドレスタイヤを着けることにする。

春日タイヤの小田君に電話を入れる。タイヤの在庫はあるという。作業時間中にeメイルを打つため、ThinkPad240Xを持って春日タイヤにクルマを運ぶ。

ウチの営業車は新車購入時からノーマルタイヤは着けず、スタッドレスタイヤをデフォールトとして1年中、使い通すことが多い。このシャリオだけは例外だったようだ。

小田君は僕に欠けるふたつのものを、いつも顕著に発散している。マッチョな雰囲気と、子供のころから変わらない愛嬌だ。人は、自分にないものを持っている人間に魅力を感じる。小田君も、好きな友人のひとりだ。

eメイルを3通打つあいだに、深い溝を持つ4本のタイヤがカッチリと装着された。小田君とヨタ話を2、3交わして、会社に戻る。

夜は吉原君の料理屋 「カサリンゴ」 へ行く。

カルパッツィオ2品、サラダ2品。ピッツァ1枚にスパゲティが1皿。鮭のバターソースと羊のソテー。イタリア南西部の白ワインを1本取ったが、半分近く残ったボトルの持ち帰りは、チーズタルトとチョコレイトケイキを食べている間に、すっかり忘れてしまった。

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 2001.0105(金) 携帯電話で聴く賛美歌

同じコード進行を持つ二つのメロディを、同時に頭の中で響かせる。携帯電話の着信メロディを、ほんの少し改造する。四重奏のバスのパートを、自分で作ったものに換える。

ついでにソプラノからバスまでの4パートをすべて、アルトサックスの音色にする。これにて賛美歌380番のスーパーサックス化が完了した。

聴き惚れて最大音量で鳴らし続けるうちに、バッテリーの残量がみるみる減っていく。朝から馬鹿なことをしているものだ。

鬼怒川で泊まりの新年会をした帰りに、ウチへお寄りになる、あるいは冬休みの旅行の途次に、ウチへお寄りになる、こういうお正月のお客様による繁忙が、いまだに続いている。ありがたいことだ。

eメイルアドレスを新規に取得しなければいけない社員が3名いる。@niftyからは既に申請書類が届いている。書類の作成を急がなくてはいけない。

@niftyにとって法人は良いお客なのか、電話はとても繋がりやすい。しかしオンラインで入会の申し込みが出来ないシステムは不便だ。

午後4時すぎに社内を回り、1月17日から18日にかけて行う社員研修の出欠をとる。19日は社員研修の打ち上げ。社員研修も打ち上げも、賑やかで楽しい日になるだろう。

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 2001.0104(木) ブルックリン ティップトップス

中学校3年生の長男がまだ小学校4年生のころ、買ってあげた野球帽がある。

その夏、僕と彼は渋谷の公園通りにある、大リーグ用品の店にいた。好きな帽子を買うように薦めると、彼は 「いらない」 と言う。長男はお祭に行っても、何も買わずに帰ってくるような子供だった。僕は更に、好きな帽子を選ぶよう、うながした。

彼が選んだ帽子は、"Brooklyn TipTops" のものだった。僕は 「よりにもよって、どうしてこんなに地味なものを選ぶのだろう?」 といぶかしく思った。しかし、これは結果として良い買い物だった。長男はその後、この帽子を好んでよくかぶった。

帰省した長男は久しぶりに、家においてある "Brooklyn TipTops" の帽子をかぶった。そして 「ブルックリンティップトップスって、検索エンジンで探したら見つかるのかな?」 と言った。

僕は4つの検索エンジンに "BROOKLYN TIPTOPS BASEBALL" の文字を打ち込んだ。答えはすべて "No" だった。最後に僕がもっとも頼りにしている "Google" で試してみる。見つかった。foxsports.com。アメリカのサイトだ。

戦績 は、1914年がBill Bradley監督の下で77勝77敗の勝率5割。1915年がJohn Ganze監督とLee Magree監督の下で70勝82敗の勝率4割6分1厘。成績不振により、監督がシーズン途中で交代したのだろうか。

ティームの記録 は20世紀初頭のデイタにもかかわらず、きっちりと保存されている。

選手名鑑 には当然のことながら、19世紀生まれの選手がずらりと並ぶ。Three Finger Brown など、名前を読んでいくだけでも楽しい。

選手名鑑は投手、捕手、内野手、外野手の別に整備され、個々の選手の名前をクリックすると、その選手が生涯に渡り歩いたティームと、毎年の成績が詳細にデイタベイス化されている。さすがはアメリカ。

紺色の短いつばを持つ、グレイ地に紺色の細い縦縞の "B" というマークの帽子。小さくポッテリとした旧式のグローブ。ルーズな木綿のユニフォーム。

彼らが見上げていた1910年代のニューヨーク、ブルックリンの空は、いったいどんな色をしていたのだろう?

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 2001.0103(水) 着信メロディの送付

昨年の暮まで、僕の携帯電話NM 502i(ノキア)の着信メロディは賛美歌380番だった。強大な敵に立ち向かう戦闘の歌。題名は 「霊の戦い」

NM 502iは、赤外線によるコンピュータとの通信が可能だった。しかし着信メロディなどのお楽しみ機能は、高くなかった。着信があると、短音の安っぽい音で賛美歌380番が鳴り響いた。

家内の携帯電話N209i(NEC)の着信メロディもまた、賛美歌380番だ。こちらは四重奏まで可能だし、音源も選べる。まるで教会のパイプオルガンを聴いている気分だ。

昨年の暮、僕は携帯電話をカラーi-modeのN502it(NEC)に換えた。こちらはNM 502iに較べてとても使いやすい。マニュアルなど見なくても、基本的な操作ならサクサクこなせる。

このN502itに家内のN209iから、着信メロディをメイルに添付して送ることを目論んだ。しかしこれはどうも無理らしい。「添付するメロディが見当たりません」 というエラーメッセイジが現れてしまう。

16小節の音符を4回も入れるなど、気の遠くなる作業だ。しかし長男がこの仕事を請け負ってくれた。長男が言うには、音符の入力はN209iに較べてN502itの方が、とても楽になっているらしい。

これで僕の携帯電話にも、かかってきた電話になど出ず、ずっと聴いていたくなる着信メロディが装備された。

1990年代の初め、ビープの替わりに中山美穂の声を入れたMac使いがいた。操作ミスをすると、中山美穂が 「ダメヨ」 と叱ってくれる。僕はそういう人間を、バカにしていた。

「そんな枝葉末節のことは、放っておけ」

しかし世の中はますますMac風の枝葉末節に、あるいはMac風の遊び心に席巻されていく。

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 2001.0102(火) 魯山人の行灯(あんどん)

首尾よく朝4時前に目が覚める。事務室へ行き、eメイルの送受信やウェブペイジの手入れをする。

7時前に、駐車場の鎖を開けようと外へ出た。ちょうど、お花の晃仙先生がオートバイでやって来た。今日はどうして、こうも時間がピタピタと決まるのだろう。

店舗の 正月用生け花 は、すでに大晦日には下ごしらえが済ませてあった。先生はほぼ30分で、これの最終仕上げを終えた。魯山人のあんどん(レプリカ)は撤去せず、いつもどおりの場所に残置した。花だけを飾るよりも面白い。

8時15分に開店。9時に最初のお客様が入店される。昼ごろにかけて客足は伸び、国道121号線をはさんだ南北の駐車場は満杯になる。

昨年までは1月3日を初売りとしていた。1月2日の売り上げは捨てていた勘定だ。それよりもまず、顧客の利便性に対応していなかったということだ。

午後4時ころからふたたび店は静かになり、5時30分に閉店。

僕はスキヤキをあまり好まない。僕の舌に、関東のスキヤキは甘すぎる。また、スキヤキ用の肉をフライパンで焼いて大根おろしで食べようとすると、その牛脂の匂いにへきえきする。

ところがスキヤキ用の肉が、なぜか昨年の暮からウチの冷蔵庫に入っている。なんとかして食べなくてはいけない。家内の案に従って、この肉を強引にシャブシャブにする。そして金子君のタレにディップしてみる。

結果は大成功。これは美味い。これなら僕にもスキヤキ用の牛肉が食べられる。しかし1枚が限度だった。どうしても2枚目に手が出ない。僕の体内の脂肪摂取許容量が飽和しているのだろうか。

高カロリーのものばかり食べる食生活からは、早いうちに離脱しなくてはいけないことを、僕は知っている。

「知っている」 ことと 「実行する」 ことの間には、深くて広い河がある。

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 2001.0101(月) 早起きとデジタルカメラと美味と

僕の早起きは極端だ。午前0時前に起床するということが、ままある。今朝の起床は12月31日の午後11時30分。就寝は同夜8時だったから、睡眠時間は3時間30分だ。

1時20分から事務室にて、新年用に更新しておいたローカルのペイジをサーヴァーに転送する。回線が混雑しているかと思ったが、案に相違して、しごくスムーズだった。

僕は荷物を持つことを嫌う。常に身軽でいたい。僕がデジタルカメラを持ち歩かないのも、ひとえに荷物の増大を厭うからだ。これは現在の "Olympus Camedia C-800L" が、僕には大きすぎることを意味している。

きのう、コジマ電気にて富士フィルムの "FinePics4500" を購入した。64MBのスマートメディアとPCカードアダプター込みで7万円弱。"Olympus Camedia C-800L" に較べて重量は45%、容積は36%と、ワイシャツの胸ポケットにも入るサイズだ。

試写して画像をコンピュータに取り込むと、一瞬にしてデイタのコンバートが終了した。シリアルケイブルで長い転送時間を要した"Olympus Camedia C-800L" を3年間使ってきた身にしてみれば 「この異常な楽さは、一体何?」 という浦島太郎感覚だった。

これでこの清閑日記にも、今後は画像が増える・・・かも知れない。

元旦の朝は、いつもひもじい。

朝飯前に、家にある5個所の神仏を回る。神棚、仏壇、お稲荷さん、水神、地神。供える雑煮は、澄まし汁にモチ、大根、人参、昆布、ゴボウ、里芋の精進スタイルだ。

お供えが済んだら墓参り。花を飾り、線香を供え、家内安全と商売繁盛を祈る。

午前9時を過ぎてやっと雑煮にありつける。ウチの雑煮は、家内の両親や祖父母の出身地を、色濃く反映している。

アゴ、どんこ、鰹節、昆布のダシ。大根、京人参、ゴボウ、鶏肉、3日前から塩を振ったブリ、水菜、そして丸餅。これが異常に美味い。僕は家内がこういう雑煮を作るようになってから、関東風の雑煮は食べなくなった。

淡く濁った、神亀酒造の槽しぼりかめ口2000年元旦上槽酒を飲む。数の子と昆布とスルメの醤油漬けを食べる。あるいは今朝、東京に住む母の妹が持参してくれた、砂肝とタマネギ、セロリとニンジンのマリネを食べる。このマリネがめっぽう美味い。

家族で氏神の瀧尾神社へ初詣に行く。旧市街で、瀧尾神社と対角に位置する追分地蔵尊へ初詣に行く。初詣はこれにて完了。昼食は抜き。

昼寝をして夕刻に起床。明日の初売りのために袋詰めされるべき仕込み桶の中のラッキョウを、長男と点検する。

夕食は、神亀ひこ孫純米吟醸を飲みながら、ホタテ貝のグラタン、牛スジの煮込み、カマボコ、昆布巻き、ゴボウ巻き、ハマグリの佃煮を食べる。餅には穴を開けて自家製のちから味噌を充填し、上からオリーヴオイルをかけて食べる。

長い昼寝のために、僕の生活時間が狂うことを心配したが、首尾良く眠くなってきたため、午後9時に就寝する。

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