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大空に月と日が姿を現してこのかた  紅の美酒にまさるものは無かった
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと このよきものを売って何に替えようとか
Omar Khayyam

 2003.1130(日) チーズで飲む泡盛

4時に目を覚ます。「モハメド・アリ その生と時代」 はソニー・リストンとのヘヴィー級チャンピオンを賭けた試合という前半の要所にさしかかっているが、訳文のせいではなく僕のだらしなさから3行を読んでは眠り、目を覚まして2行を読み、そしてまた眠るということを繰り返したため、5時に灯りを落として二度寝に入る。

5時30分に起床して事務室へ降り、朝のよしなしごとをして7時に居間へ戻る。雨と霧が、1キロほど先の杉の森から数キロ先の山、そのまた向こうの山までを霞ませて、灰青色の階調をその景色に作り出している

朝飯は、玉子とミツバの雑炊、牛肉とシイタケの佃煮、くぎ煮、ダイコンとキュウリのぬか漬け

昼ごろ、外注SEのカトーノさんが来社する。今月はじめに、過去14ヶ月使い続けたThinkPad s30を、同じThinkPadのX31に換えた。その際に登録することのできなかった、過去に辞書登録をした単語や僕の変換癖を、新しいコンピュータに移築する。今後は自分でもこの仕事が行えるよう、カトーノさんに指導してもらいつつ自分自身のマニュアルを作成する。

夕刻も近くなって、足利銀行今市市店の支店長とウチの担当が、今般の破綻について詫びに来る。この支店長は赴任挨拶の際、突っ立ったまま片手で僕に名刺を渡した人間だ。オヤジが応対をする。事務机に座ったまま席を立たない僕の顔色を、担当がチラリと伺う。

この銀行のどうしようもない仕事ぶりのために、この暮、いったいいくつの会社が倒産を余儀なくされるだろうか。

終業後、社員たちと対前年度週間粗利ミックス表の検討をする。店売りは昨年の実績を超えているが、ギフトの受注高は低い。個人のお客様はいまだ元気だが、多くの法人顧客については、ただ出足が遅いだけなのか、あるいはもう注文が来ないのか、11月30日現在のところは不明だ。

初更、ダイコンとキュウリのぬか漬けにて、泡盛 「どなん」 を飲み始める。すき焼きの牛肉はその多くを次男に与え、僕はタシロケンボウんちのお徳用湯波やエノキダケ、あるいは豆腐やシュンギクなどをもっぱら食べる。ノルマンディのチーズ "LE RUSTIQUE" にて、更に泡盛を飲み進む

入浴して本は読まず、9時に就寝する

日光みそのたまり漬   たまり漬ヤフーショップ

 2003.1129(土) グラッパのグラス

3時に目を覚ます。「モハメド・アリ その生と時代」 を3時30分まで読んで二度寝に入る。5時30分に起床する。

事務室へ降りて、昨晩、本酒会の席上にて途中まで作成し、頼りがいのある外注SEにして本酒会員のカトーノさんにデスクトップへ保存してもらったある公式の申請書類を立ち上げてみると、それは途中までの作成ではなく、必要事項のすべてが満たされていた。

「酒は飲んでいたけれど、ちゃんと完成させたんだなぁ」 と、ある種の感心を自分に対してする。

朝飯は、野菜のスープ炊き、納豆、キュウリとダイコンのぬか漬け、小判揚げ、モズクの酢の物、キャベツのおひたし、メシ、豆腐とワカメと長ネギの味噌汁

僕はメカブは好きだがモズクは好まない。本体よりも量の多そうなあのドロドロを薄気味悪く感じるためだが、しかし同じようなドロドロを持つジュンサイは好きなのだから、訳が分からない。そういえば知り合いに、目玉焼きもハムも好きだがハムエッグは嫌いだという人がいて、これについても本人はその理由を説明できなかった。

昼ごろ、"Computer Lib" のナカジママヒマヒ社長より電話が入る。

i-shopに注文があった際、顧客に自動送信する受注確認書、当方にメイルで届く受注書、ブラウザに反映される受注書、そのブラウザから顧客に代金や納期を知らせる通知書の、代引き着払い、クレジットカード払い、銀行振り込みという支払い方法別のフォーマットと、これを送信するシステムが完成したというのが、その内容だった。

文章にすればたかだか3行ほどに収まることだが、4種の書式を3種の支払い方法別に分けて顧客や当方に送付するということは、計48種のテンプレイトが必要だということになる。僕のようなパラノイアにつきあう "Computer Lib" も気の毒だが、ウチよりも優れるウェブショップは星の数ほどある。手を抜くわけにはいかない。

午後、足利銀行破綻の号外が出る。

「足銀がいよいよ立ちゆかなくなった」 との情報を、僕は今月の13日に得た。預金は全額保証されるだろうが、面倒な手続きが必要になってもいけないと、僕と長男の預金はその日のうちにすべてを払い戻した。自由学園の寮で暮らす長男にはその旨を手紙で知らせた。家内は以前からこの銀行を嫌い、預金は持っていなかった。

「国有化? それはあり得ません」
「第三者割り当て増資についてはデスネ、頭取の首と引き替えにしてまでデスネ、お願いをしている次第です」
「どうしてウチの株価がこんなに低いのか、いま本部に問い合わせ中です」

トンチンカンな言葉を吐き続けた何人もの支店長や行員の顔は、しばらく忘れることがないだろう。本日の朝刊と号外を読みくらべてみれば、「新聞なんか読んでもしょうがねぇ」 ということがよく分かって面白い。

初更、弱い雨の中をホンダフィットに乗って "Casa Lingo" へ出かける。

そこに施されたウサギの模様は悪くないが、グラッパのグラスが小さくなった。次回からは 「高くなってもいいから昔のでかいグラスで出して」 と言うことにしよう。

イタリアの魚醤ガルムをその一部に使ったという前菜の盛り合わせタコのカルパッチョトマトとルッコラのピッツァ。飲み物をイタリアの新酒 "TINI Novello GAROFOLI 2003" に換える。

クレソンのポタージュアサリとアンチョビのスパゲティヤリイカとマイタケのフリットビーフシチュー牛が重なってビーフステイキ。ステイキに添えられたピーマンとチンゲンサイとズッキーニは、ヨシハラ料理長の畑で収穫されたものだという。

デザートは、家内がシフォンケイキと大量のナッツを含むアイスクリーム、僕はシフォンケイキのみを注文する。新酒はアルコール度数が低いため、1本すべてを飲み干した。

帰宅して居間のソファで小休止をする。その後の記憶はない。

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 2003.1128(金) 昨夜の節制、今夜の暴食

いつ目覚めたのかは知らない。そのまま横になっていると、からだの疲れた部分がじわじわと溶けていくような心地よさを感じる。頭にはよしなしごとが次々と浮かんでは消え、そのうち浅い夢を見たりまた闇の暗さに気づいたりする。そのような酔生夢死を朝まで続けることもできるがいかにも時間がもったいない。

枕頭の灯りを点けると3時30分だった。「モハメド・アリ その生と時代」 を38ペイジまで読み、二度寝に入る。この本は全742ペイジと枕のように分厚いにもかかわらず、しおりのひもが無い。したがって本を閉じるときには、どこまで読んだかを記憶する必要がある。5時30分に起床する。

事務室へ降りて、ウェブショップの受注確認、アクセス解析、顧客からの問い合わせに対する文章作り、フォーマットからではなくメイルにて届いている注文の処理、きのうの日記の作成など、いつもと変わらないあれこれをする。

朝飯は、塩鮭、梅花はんぺん、ダイコンとキュウリのぬか漬け、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、納豆、メシ、お麩とワカメの味噌汁

年末ギフトの申し込みはいよいよ増えてきたが、いまだ神経を疲労させるところまでは達していない。大きな注文をひとつ逃し、大きな注文をひとつ受ける。その大きな注文の発送伝票を製造現場へ運び、包装部門へ行ってその内容につき説明をする。

打ち合わせに訪れた来客を事務室へ請じ入れ、何枚もの設計図や見取り図を開く。ウチの社長と来客ふたりの吐くタバコの煙を逃すため外への扉に電卓をはさんで隙間を作り、ホットコーフィーを1杯飲む。

今夜は本酒会の日だが、それを待たずに体へアルコールを導入すべく、終業後、月の杯に泡盛 「どなん」 を注ぐ。この器の容量は知らないが、かなり大振りな馬上杯にて、酔いが進む。

家内と次男が美味そうなミネストローネとピッツァの晩飯を始めるころ、大きめのトートバッグへ筆記用具やデジタルノート、コンピュータの他にテンキーやディスケットドライヴまでを入れて家を出る。

7時30分より蕎麦屋の 「やぶ定」 にて第126回の本酒会が始まる

僕がここへコンピュータを持参したのは、ある官庁のサイトからダウンロードした書類作成用ソフトの、入力後の保存方法を知らなかったからだ。そのため僕は数日前に書類を1通、反故にしている。次々と巡り来る杯の酒を飲みつつ、今一度そのフォーマットに必要事項を打ち込んでいく

やがて完成した申請書は無事、カトーノマコト本酒会員の手によってデスクトップに保存された。

醤油で煮込んだモミハツタケのおにぎり2個を食べた後、意地汚くも更に蕎麦屋のラーメンを食べて腹が苦しくなる。ヨーグルトとラフランスによる昨夜の節制がその意味を失う。

9時に帰宅し、入浴して10時に就寝する。

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 2003.1127(木) 8本のかりんとう

目を覚まして数十分は、暗闇の中で静かにしている。ある時を以て枕頭の灯りを点けると3時30分だった。10年間も本棚にあった

「モハメド・アリ その生と時代」  トマス・ハウザー著  小林勇次訳  東京書籍  \3,500

を床から取り上げる。この稀代のボクサーの伝記を読むのは、デイヴィッド・レムニックによる 「モハメド・アリ その闘いのすべて」 に続いて2冊目となる。

「なかなか良い訳文だ」 と思いつつ数ペイジも進んだところに、

「モハメド・アリの健康状態についても、一言つけ加えさせてもらいたい。この問題については本書の後半でくわしく扱っているが、この問題は私がこの企画を引き受ける前にまずかたづけておかねばならない問題であった」

という一節がある。これほど短い文章に 「この問題」 が2回、追い打ちをかけるようにしてその後 「この」 と 「問題」 がそれぞれ1回ずつ出てくる。どうにかしてこれをもっと簡素な言い回しに変えられないかと、頭の中で同意の新しい配列を組み上げてみる。あちらこちらでこういうことをするために、僕の読書の能率は著しく落ちることになる。

もっとも引っかかったところはここ1個所のみにて、後はサクサクと読み進む。なにしろこの本は全742ペイジもあるのだから、読み終えるまでに何ヶ月かかるや知れたものではない。4時30分から二度寝に入り、5時に起床する。

事務室へ降りていつものよしなしごとを為し、いよいよ増えてきたギフトの発送伝票などを点検して居間へ戻る。

朝飯は、3種のおにぎり

空はどんよりと曇って気温も低い。既にして半袖のシャツ1枚で活動をすることはできない。いれかわりたちかわり来社する人たちと相談とも雑談ともつかない話をする。次に、こちらは雑談ではなく必要な打ち合わせを明日に予定している数社に電話をして、その内容につき確認をする。

初更、今月8回目の断酒日として、ヨーグルトとラフランスを摂取する

食後、次男が 「かりんとうが食べたい」 と言う。「いいよー」 と答えて茶箪笥から古い染め付けの小鉢を取り出す。「何本、食べるの?」 と訊くと 「13本」 との返事がある。「13本は食えねぇだろう」 と話しながら器にかりんとうを8本まで重ねたところで 「これで8本だよ」 と知らせると次男は 「あぁ、それでいい」 と僕の手を止めた。

僕は子煩悩な父親ではないが、子供が食べるものを器へ盛るくらいのことはする

入浴して牛乳を300CCほども飲む。本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1126(水) "Poorman's Rolls Royce"

「無想庵物語」 の次に読むべき本は枕頭に準備した。そして夜中に目を覚ましもしたけれど灯りを点けるまでには至らず、ふたたび眠って5時30分に起床する。

事務室へ降りてコンピュータのスイッチを入れる。メイラーを回して毎日午前0時に "Computer Lib" より届くアクセスログをマイツールへ取り込み、その解析をする。

8月下旬から始まった懸賞企画も締め切られ、1日に数百もあったウェブショップのアクセス数は"清閑PERSONAL"のそれの半分ほどに落ち着いた。ウチのウェブペイジは、ショップよりも個人ペイジの方が高いアクセス数を維持している。本当は、その逆でなければいけない。

きのうの日記はきのうのうちにそのほとんどを書き終えていたため、短時間にて完成させてサーヴァーへ転送する。

朝飯は、牛肉とシイタケの佃煮、塩鮭、ダイコンとキュウリのぬか漬け、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、メカブの酢の物、納豆、メシ、豆腐とワカメの味噌汁

口をゆすぎながら洗面所の窓を開けると、昨夜の強風にもかかわらず、日光の山々にかかる雲はいまだ飛ばされずに居残っている

始業から1時間ほどして急に、会社にかかる電話が年末繁忙期のそれに変わる。注文をメモに残し、それを発送伝票に仕上げる前に、「自分が着日として指定した日を忘れたから教えてくれ」 との電話が入る。その顧客情報をコンピュータで検索している最中に、「12月に入ったら出荷してくれと頼んだ商品の内容を変更してくれ」 との電話が入る。その伝票を探している最中に、「この前の注文では歳暮ののしは不要と伝えたが、やはりのしはつけてくれ」 との電話が入る。それをメモしてコンピュータのキーを叩き始めたところに次の電話が、という具合にキリがない。

店舗へ行き、製造現場へ行き、荷造りに際して不足の商品を館内電話で包装現場へ伝え、来社した社会保険労務士と話をし、「金曜日に参ります」 という電話をくれた冷蔵庫屋の営業係に 「金曜日とはいつの金曜日か?」 との電話を入れ、「これだけ買ってるんだからまけろ」 という顧客に値引きはしない旨を伝え、つまりそういうことをして終業時間を迎える。

初更、次男の音読の宿題を督励する。次男はその報告を、先日、家内に買ってもらった筆圧を加えると頂部のクリスマスツリーが点灯する式のボールペンにて、教師へ提出するカードに記入した。表と裏の片面しか終えていないかけ算のプリントが机上に発見される。これをオマケとしてこなし、本日の次男の勉強が終了する。

むかしある家に呼ばれ晩飯を食わせてもらったとき、まず漬物に箸を伸ばして 「漬物は、最初に食べるものではない」 との注意を受けたことがある。そのようなマナーが本当にあるのだろうか? 漬物をチーズと捉えればそれは最後に食べるものだろうが、これをサラダと考えれば最初に食べても不合理な点は見あたらない。

もっとも、すべてのマナーが合理不合理で決められているわけではないから、やはり漬物は食事の途中あるいは最後に食べるものなのだろうか。ただし、単機能型の飲み屋、つまりメニュにあるのはモツ焼きと漬物のみというような店で、初っぱなに 「焼酎、常温で生で。あとおしんこ」 などと注文をし、小皿に出てきた漬物をみみっちくも楊枝に刺して口へ運ぶ楽しみには格別のものがある。

というわけで、泡盛 「どなん」 をグラスへ注ぎ、浅漬かりのぬか漬けにて今夜の飲酒を始める

コンブとかつお節にて出汁を取り、あらかじめエノキダケとタシロケンボウんちのお徳用湯波を煮た鍋に、ホウレンソウと豚肉を投入する。豚肉は主に次男へ与え、僕は野菜と湯波をもっぱら食べる。できあいのポン酢は好まない。半割のユズを搾り、醤油と豆板醤をそこへ落とす。

クルマに少し詳しい人なら、"Vanden Plas Princess" が "Poorman's Rolls Royce" と呼ばれることを知っている。僕が最高級品の刺身湯波よりも規格落ちのお徳用湯波を好むのは、その歯ごたえはもとより外観までもが牛豚の大腸や鱈の内臓に似ているからだ

ロールスロイスを買う金のない人が、その代用として、本皮やウォールナットを室内に多用したバンデンプラスプリンセスを所有するとは、実はバンデンプラスプリンセスという小さなクルマの上質さを説明するたとえ話だろうが、タシロケンボウんちのお徳用湯波はつまり、浅草の 「うまいち」 や立石の 「宇ち多」 へふらりと行けない僕の欲望制御装置と言えなくもない。

新得農場の 「シントコ」 をよく噛んでいくと、牛が胃から口へ戻したドロドロを思い起こさせるような香りが立つ。もちろんこれは、この優れたチーズに対するほめ言葉だ。

パリに住む家内のいとこがくれた乾燥果実入りチョコレイトを最後の酒肴として、今夜の飲酒を締める。

半割のユズがひとつ余ったため、家内がカップにそれを絞って熱湯を注ぎ、砂糖を入れて攪拌する。これを飲んだ次男はその味に大いに感心し、「給食でも出ればいいのに」 と言う。「ネパールへ行けば、いくらでも飲めるよ」 と答える。吐く息の白い夜のカトマンドゥで、僕は一体、何杯のホットレモンを飲んだだろうか。

入浴して本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1125(火) 酒よりも美味い米

深夜0時30分に目を覚ます。「無想庵物語」 を開いて2時にこれを読み終える。そのまま二度寝に入って6時に起床する。夜半より気づいていた雨の音は止まず、居間の窓からは望遠の利かない霧に煙った街が見える。

事務室へ降りても遅い寝起きでは大したことはできず、ただウェブショップのアクセス解析と、きのう撮った日記用の画像をコンピュータへ取り込んだところで7時が迫る。

朝飯は、塩鮭、トウガラシの佃煮、納豆、キャベツとブロッコリーの油炒め、クレソンのカラシ和え、メカブの酢の物、メシ、シジミと長ネギの味噌汁

午前9時の雨に、ポインセチアの紅い葉が打たれて揺れている。まるで雪の日のように静かだ。

いよいよ現在の家も築30年がちかくなり、壁に埋め込まれた水道管を露出配管にする工事が1週間ほど前から始まった。見た目は悪いが仕方がない。いよいよ階段室にも職人が入るため、もうすこし本の整理をすべきだろうかと、昼食後、そこにある本棚といまだ散らばる本を調べに行く。

調べに行って、しかし為すべきことの本道を外し、むかしの本を取り出して眺めたりする。

「動物の人達 図鑑絵本」  久住昌之著  白泉社  \1,000

という本に目がとまる。これは家内の同級生が著者の友人だったところから、長男がいまだゼロ歳のときに献辞入りでもらったものだ

偶然にも何週間か前に、この久住昌之による面白いペイジを見つけた。それは自身の飲み歩きを随筆風にまとめたものだが、試みにトップまで遡上すると、そこは風俗営業の案内板になっている。

僕はここで、吉行淳之介が馬鹿ばかしくも価値ある対談を残した週刊誌が 「アサヒ芸能」 だったことを思い出す。泥田に蓮花、掃きだめに鶴とまでは言わないが、久住昌之も吉行淳之介も洒落た人物であることに変わりはなく、そしてこのふたりに共通するのが自己韜晦だ。

洒落た、あるいは粋な人間に共通することがらのひとつが自己韜晦と僕は考えるが、どうだろう。

おとといの日記に、 ホウレンソウの胡麻よごし、サツマイモのマヨネーズ和え、ブリカマの照り焼き、湯豆腐を酒ではなくメシに合わせるという行為を気違い沙汰と書いたが、実はそのとき、これらをおかずに食べた米飯がべらぼうに美味く、「ひょっとして米のメシってのは、酒よりも美味めぇんじゃねぇか?」 と思ったいきさつがある。

そのため、これまでの 「美味い食い物があるから酒が飲みたくなる。だから断酒日にはせいぜいヨーグルトと果物のみを摂取して飲酒欲を抑えよう」 との考えを改め、メシを食いつつ酒を抜くということをしてみようと考える。

家内に 「月に8回のヨーグルト食を止めたら、これから先の血液検査の結果は悪くなるかな?」 と訊いたところ 「そんなことないよ」 との返事があり、今夜は次男の所望した和風ハンバーグを家族と共に食べつつ酒は飲まないこととする。

ジャガイモの唐揚げレタスとカブとニンジンのサラダ和風ハンバーグとサヤインゲンとエリンギ

このハンバーグに粗い大根おろしとポン酢のソースを載せ、柔らかめに炊かれた新米と共に咀嚼をすれば、その美味さは尋常ひととおりのものではない。ハンバーグステーキをおかずに米飯を食って喜ぶとは、およそ高等学校以来のことではないだろうか。

それにしても、今市沢又地区のサイトウトシコさんの田圃で収穫された米の美味さは特筆ものだ。

普通、米の流通業者は長期の在庫にも耐えられるよう米の乾燥度を14%ちかくまで高めるよう農家に要求する。それを何とかかわしてもせいぜい15%。しかし農家が自家消費する米の乾燥度は16.5%ほどと低く、だからいくら米屋で高級な米を買っても、農家から譲ってもらう米の美味さにはかなわない。

ダイコンとキュウリのぬか漬けにて締める

酔っていないことを幸いに居間にて家内の月末の仕事を手伝い、10時に就寝する。

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 2003.1124(月) 不思議な美味さのカキフライ

2時30分に目を覚まし、「無想庵物語」 を4時まで読んで二度寝に入る。6時に起床する。

事務室へ降りてメイラーを回すと、ウェブショップへの注文とは別に、エクセルによる数十件のギフト名簿がメイルに添付されて届いている。この名簿を科学的合理的な形に整え、社員へ渡せるまでにするという行為は、日記を書くよりも面白い。面白いことを優先して、きのうの日記は作成しないまま居間へ戻る。

朝飯は、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、グリーンアスパラガスのオリーヴオイル炒めと "neu frank" のコーンビーフ、ダイコンのぬか漬け、塩鮭、納豆、メシ、お麩とミツバの味噌汁

次男はこの3連休にどこへも行かず、会社の中で遊んでいる。今日はそれにも飽きたらしく、しかし他に方図もないため、このところ滞っていた小遣い帳の記入を事務室にて始めた。数千円も貯まった中から、昨月 「自分の小遣いを出すから」 と言って買ってもらったおもちゃの代金4,000円ちかくをマイナスされ、急減した残高に驚いている。

昨年同日の倍ちかい売上げを記録して終業時間を迎える。昨年はこの日が休日に当たっていなかったための前年度比増だが、しかし倍近くの差とはいかにも極端だ。日記を1年さかのぼると、果たしてその日は静かに氷雨の降る1日だったことが分かる。

初更、ワイン倉へ寄って、早くに飲みきってしまおうと考えている "Rully Blanc Appellation Rully Controlee 1986" を棚から引き出す。居間へ戻ってこれを抜栓する

マカロニサラダレモンとブロッコリーと刻みキャベツきのうブリと共に届いたカキのフライにて、この古い白ワインを飲み進む。

マカロニサラダも美味いがカキフライも美味い。カキではなく、ただ美味いものを食べているという、このカキフライの美味さの説明が難しい。家内に訊けば、ただただ塩水を何回も取り替えつつ、それが濁らなくなるまでカキのむき身を洗うことがその秘訣らしい。

家内はまた、「栄養は損なわれるかも知れないが、米も同じく徹底して研いだ方が、炊きあがりは美味い」 と言う。

新得農場のチーズ 「シントコ」マロングラッセにて、今夜のメシを締める。

入浴して本は読まず、9時前に就寝する。

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 2003.1123(日) 気違い沙汰の決行

秋眠不覚暁(しゅうみんあかつくをおぼえず)、6時に起床する。

この時間から事務室へ降りても、それほどの仕事ができるわけではない。きのうの画像をコンピュータへ取り込み加工し、ウェブショップの受注数とその売上げ合計を確認する。また、アクセス解析のマクロをすこし書き換え、全448ペイジとは別に、そこに含まれるファイル名に index のつく27ペイジのペイジヴューも別途、表示するようにする。

朝飯は、ダイコンのぬか漬け、納豆、塩鮭、プティトマトとレタスとワカメの胡麻ドレッシングサラダ、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、メシ、ダイコンとミツバの味噌汁

この中の、いつぬか床に入れたのかも知れない古いぬか漬けが乳酸発酵をして、その見た目を飴色に近くしている。シャクリと噛み切れば舌にはかすかに二酸化炭素の刺激を感じ、つまり中国の泡菜のようなあんばいになっている。「漬物は野菜の刺身」 と言った人もいるが、このぬか漬けは明らかに野菜のチーズだ。

最後に2片だけ残した酸っぱいダイコンを食べつつお茶を飲む。空は晴れている。

洗面所の窓を開けると、昨夜、スズキナオキさん一家の泊まったメルモンテ日光が霧降高原の裾にあって、細長いコンコンブルのような雲が、その直上から左端は男体山にまでつながって浮いている。それを写真に撮りたく思うが、カメラは既にして事務室にあるためかなわない。

洗面所と事務室とを往復してかかる時間は2分ほどのものかも知れないが、2分もあれば雲は必ずその形を変える。

ここで僕は池田満寿夫の書いた 「美の値段」 という本の、「印象派の絵はなぜ小さいか?」 という問いかけを思い出す。「印象派の画家たちは、今、見ているままの風光を描こうとして、キャンバスを野外に持ち出せる大きさに縮小した。だから印象派の絵は必然的に小さくなった」 という説明を読んで、僕の目が数枚のウロコを落としたことは確かだ。

昼ちかくに "Sartoria" の若主人が来社する。今月15日に池袋で採寸したブラックスーツの仮縫いをする。イタリアの "Romana" というボタンが好きで、スーツには十数年来これを用いてきたが、現在は生産終了の上 "Sartoria" の在庫も切れている。オヤジが親切にも自分の着られなくなったジャケットからこれをハサミで外し、僕にくれる

「毒を食らわば皿まで」 の心境にて手持ちの麻のコートを持ち出し、同じデザインでレインコートが作れないかと若主人に相談をする。また、何年か前に雑誌から破りとった山本夏彦の写真を手渡し、「以前オヤジさんは、こういう女仕立ての服はウチでは作れないと言ったけれど、何か方策はないか?」 などとも訊いてみる。

中縫いは東京にて来月6日に行うこととし、仮縫いを終える。

今週なかばにヒマな日があったためその結果を心配していたが、本日の成績が存外に良く、なんとか粗利は対前年度の週間記録を抜いてきた。もっともギフトの受注高はいまだ昨年にくらべてずいぶんと少ない。

初更、家内の携帯電話に自由学園の寮で暮らす長男から画像を添付したメイルが届く。東天寮では今日の昼にバーベキューが行われるとして、ウチからも漬物を送った。

現在は晩飯の準備中らしく、1枚目の画像には大鍋の向こうでなにかの指導をしているクロサワマサタカ君のお父さんと下級生が、そして2枚目にはピッツァを作るクロサワマサタカ君と、その後ろにツノダノゾム先生らしい人が写っている

ピッツァは粉を練り、頭上に掲げた指で回し、空中高く放り投げて作っているという。今夜、東京都東久留米市の森の中では、いったい何枚のピッツァが坊主頭の集団に飲み込まれるのだろうか。

毎月1回、北陸のどこかの港から魚が届く。今日の箱の中身はブリだった。しかし僕は断酒をしなければいけない。美味いメシがあればどうしても酒を飲みたくなる。家内に 「オレ、ヨーグルトね」 と言うと 「だって、ブリがあるのよ」 と返される。

結局、ホウレンソウの胡麻よごし、サツマイモのマヨネーズ和え、ブリカマの照り焼き、湯豆腐にて酒ではなく、メシを食うという気違い沙汰を決行する。机上に酒がなければそれはそれでこのメシにも違和感を感じなくなるから不思議だ。

入浴して牛乳を200CCほども飲み、「無想庵物語」 を読む。10時に就寝する。

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 2003.1122(土) レヴァカツ

6時に起床する。最近、夜半に読書をしているわけでもないのに早起きができにくくなっている。事務室へは降りず、居間へ持ち帰ったコンピュータにて朝のよしなしごとをする。事務室のルーターとの無線交信はコンクリートの壁に阻まれて不能のため、オフラインでの仕事となる。

朝飯はカレー丼。カレーライスを丼へ盛って箸で食べると、まるでこの国籍不明のメシが日本料理に思えてくるから不思議だ。余談だが、カレーライスをフォークで食うと英国料理の感じになり、また同じものを手づかみで食うとインドの雑踏を思い出す。

料理は錯覚の部分を多く含んでいる。この錯覚を僕は否定することもあるが肯定をすることもある。いい加減なものだとは自分でも思う。中尾佐助の 「料理の起源」 は本棚に20年も置いていまだ読んでいない。

昼過ぎに知り合いのスズキナオキさん一家がクルマで見える。家内が留守にしているため、次男とふたりで日光街道の旧道沿いにある蕎麦屋 「報徳庵」 へご案内をする。1時を回っても江戸期の農家を移築した店には人があふれているため、名簿に名前と人数を記して隣接した公園を散策する。

30分ほど後にようやく座敷へ上がり、芋串、五合の盛り蕎麦、天ぷらの盛り合わせなどをとる。うっかりしてカメラは持参しなかった。スズキさんの幼稚園年長の男の子がシュンギクの天ぷらを見て 「これ大好き」 と喜んだのには驚いた。普通、子供はシュンギクのような香りの強い葉物を好まない。次男は順当にカボチャの天ぷらへ手を伸ばした。

今夜は日光へ泊まるという彼らに宿の名を訊ねると、「どこも満員で予約できず、なにも分からないままメルモンテという旧郵政省系の宿に決めた」 と言う。あちらこちらに断られた結果、最も対費用効果の高い場所に今夜の宿泊が決まったとは幸運だ。

食後、公園を去る際にふたりの子供がクワガタムシをかたどった御影石の彫刻へよじ登り、管理人に叱られる一幕があった。「彫刻になど自由に登らせたら良いではないか」 と思う一方、「やたらに登ってそれが崩れ、人が死ぬようなことになってもいけないのだろうな」 と理解をする。

終業後、居間の大きなテレビがアニメイションを映すかたわらで、次男が同じ番組を携帯型の小さなテレビで見ている。僕のオヤジがクレジットカードのポイントを集めて得たものをそのまま次男へ回したもので、むかしも今も子供はアンテナの着いた無線装置が大好きだ。

今夜は断酒を予定していたが、家内が出先から総菜を買って帰り、その中にはポテトサラダもレヴァカツもあるという。これらを上げられてなお酒を飲まない酒飲みは少ないのではないだろうか。早速に分厚いガラスのコップを持ち出し、ここへ粟焼酎 「高千穂峡」 を注ぐ。

スモークトサーモンとレタスとタマネギとブラックオリーヴのサラダポテトとキュウリとタマネギと赤ピーマンのサラダレヴァと豚の串カツ五目おこわにて、グラスにすり切り3杯の焼酎を飲む。

入浴して更に少量の焼酎と200CCほどの牛乳を飲む。本は読まず、10時に就寝する。

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 2003.1121(金) おかずはパセリ

5時30分に起床して事務室へ降りる。よしなしごとをして7時ちかくにシャッターを上げると、夜の雨は上がって、朝の日が濡れた地面や木の幹に差し始めている。この時間から気温は高い。悪いことではない。

自宅へ戻って洗面所から日光街道の杉並木を眺めれば、その中に混じった広葉樹が紅葉をして、深い緑の中に赤や黄色のまだら模様を作っている。数百年も前に植えられた杉に互してその高さを競っている木も見えるが、その種類を特定することはできない。

朝飯は、塩鮭、青森市千刈1丁目 「武田」 の大粒納豆、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、グリーンアスパラガスの胡麻ドレッシング、メカブの酢の物、メシ、シジミと長ネギの味噌汁

朝の雨に工事の実行をためらっていた樹脂を扱う特殊な左官屋が、その後の天気の好転を見て、かねてより依頼してあった店舗側溝脇の割れたコンクリートの修繕に来る。その仕事と平行して彼らは、「営業だから無料でしていく」 と、駐車場の一部に砂利を樹脂で固めた水はけの良い舗装をほどこして帰った

この、公園の遊歩道やサイクリングロードに用いられる舗装を店舗駐車場の全面に為すといったいいくらの金がかかるのかは知らない。

この仕事を仕切った 「日本環境クリエイト」 のミヤゾノテツロウさんは、「しかし、お客様や社員さんや自然に良い環境を提供しようとする会社が残っていくという事実はありますね」 と言う。

この意見は 「鶏が先か卵が先か」 という話に似ている。「社内外に良い環境を提供するから利益が上がる」 のか、あるいは 「金銭の余裕があるから社内外の環境を整えることができ、その結果、会社が栄える」 のか。いずれにしてもこの両者は、あざなわれた縄のようなものだ。

終業後、夕刻に降ってすぐに上がった雨のために濡れた道を自転車でたどり、「とんかつあづま」 へ行く。社員たちは三々五々この店に集まった。昨年暮れのデイタと来春の主な予定を3枚綴じにした資料を全員に渡し、目前に迫った年1番の繁忙に対して奮起をうながす。

やがて食事会が始まる。僕はカキフライにて焼酎 「真露」 のオンザロックスを飲む。店主が障子の隙間から差し出したコンタックスにて、製造係のタカハシアキヒコ君が参加者の写真を撮る場面もある

飲酒を為さない若い者は各々の 「ロースカツ大」 やら 「盛り合わせ大」 などと共に、初めからメシと味噌汁を所望した。メシは別途おひつにても運ばれるが、このおひつがすぐ空になってはまた厨房から運ばれる。

僕はカキフライをすべて酒の肴としてしまった。メシには上出来のダイコンとキュウリのぬか漬けをおかずにしたが、やがてこれも尽きる。周囲の誰からともなく残したパセリを集め、これをソースへ浸して最後のおかずとする。豆腐と長ネギの味噌汁も美味い。

ゆっくりと飲み食いをする社員に先立ち店を出て7時に帰宅する。入浴して粟焼酎 「高千穂峡」 少々と牛乳を150CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2003.1120(木) 昼飯の時間

0時から3時までは目覚めている。3時からもほとんど眠ることなく闇の中でじっとして過ごす。

6時に事務室へ降りる。今日は 「ウェブショップ開設5周年感謝プレゼント」 の当選者を発表する日だ。応募はウェブショップの応募フォームからだけではなく、紙の媒体や携帯電話のサイトからも為されて、その合計は27,233件に上った。2ヶ月の懸賞期間中に上がったアクセスカウンターは約33,000だった。

懸賞企画にてメイルアドレスを集め、それを使って商売をしようとする人が多いらしい。懸賞への応募者がお客様になり得るとは、僕は考えない。ウチのウェブショップにとって懸賞企画とは、ただのお祭りのようなものだ。そこから金銭的な利益を得ようとは思わないし、第一、得ようとしてもそれは無理だろう。

否、無理ということはない。しかし、ウェブショップを活発にしようとすれば、他にも採るべき道はある。

4日前の締め切り日に抽出した当選者10名をトップペイジに掲げ、その各々へメイルにて当選のお知らせを送付する。

朝飯は、豚とダイコンの炊き物、ホウレンソウの油炒め黒酢がけ、メカブの酢の物、納豆、メシ、サトイモとミツバの味噌汁

午前中、店舗の改装に際して新調する2台の大きな作業台について話し合うため、30年ちかく前に今の店舗を設計したキシさんと注文家具製造のタカハシマサユキさんが来社する。打ち合わせは細部にわたり、1時間30分もかかってようやく終了する。その後も取引先の来訪は続く。

1時ちかくになってようやく、家内が作り置いた薄味だが大量のピラフを食べる。繁忙にて昼飯を抜く人は世の中にたくさんいる。あるいは小鳥のようにちょこちょことなにかを食べつつ仕事をする人も多い。昼飯の遅れに文句を言うのは贅沢というものだ。

子供のころ、「ブルーカラーとホワイトカラーをくらべたとき、その平均寿命はブルーカラーの方が際だって長い」 という記事を読んだ覚えがある。考えてみれば白襟よりも青襟の方がずっと、食事の時間においては規則正しく生きている。

今月に入ってもう20日も経つが、断酒はいまだ4回しかしていない。今夜は飲酒を避けることとし、家内と次男がワンプレイト式のステーキディナーを食べる横で、ヨーグルトとリンゴを摂取する

入浴して本は読まず、10時に就寝する。

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 2003.1119(水) そこまでがんばって

目を覚まして居間へ行く。壁の時計を見ると5時だった。場所は変わっても、コンピュータの電源を入れて、いつものよしなしごとを為す。軽い二日酔いにて気分はあまり良好ではない。

8時25分に甘木庵を出て、きのう帰った道を逆にたどる。およそ15分を歩いて靖国通りへ出る。駿河台下からほど近い 「潘街粥麺専家」 にて、アヒルの塩漬け玉子を載せた中華粥を食べる。中華粥といっても、米が全粒を保って残る台湾式と、粒の崩れた広東式がある。僕はポタージュのような広東式の方が断然、好きだ。

9時10分前に "Computer Lib" のドアを開けると、すべての社員がそろって会議の最中だった。ややあって、僕とマヒマヒ社長はきのうの続きを開始する。

10時を過ぎて、いよいよ動作試験に入る。テストの発注を繰り返す。しばらく後に札幌のヌマハタヒロキさんから 「注文確定の直後に顧客へ自動送信するメイルが長すぎて、i-modeではそのすべてを読めない」 との電話が入る。早速にその文案を考えマヒマヒ社長へ渡す。

それでもまだ、エンジニアが作ったシステムを自分好みに変えていく過程でバグが出る。そのつどマヒマヒ社長は、はるかかなたのシステム会社に電話を入れる。受話器を肩と首に挟み、口と両手の指を忙しく動かしながらコードを書き換えていく。そしてまた次のバグが見つかる。

「ナカジマさん、北海道のエンジニアに開発を頼むのは良いけれど、電話代がかかってしゃーないでしょう?」
「でもねー、このヌマハタさんってのが、いままで付き合ったSEの中では例外的に日本語が通じるんですよ、分かります?」

「あー、そういうことなら僕にもよく理解できます。言葉の通じない技術者って、よくいますよね」
「でしょ?」

それでもバグつぶしは延々と続く。果たして今日のうちに作業は終わるのだろうか? 昼が近づき、やがて過ぎる。受話器を首に挟んだままのマヒマヒ社長に顔を近づけ、「オレ、メシ食ってきます」 と言い置いて外へ出る。

今日も小学館ビルの地下に 「七條」 を訪ね、軽く薫製にした鴨をローストした定食と赤ワインを注文する。ここのグラスワインは500円ほどのものだろうか。しかしながら量はたっぷりとあり、そして 「体に良いから私は赤ワインを飲むの」 などという飲酒の趣旨をはき違えた人間を辟易させるほどに、その燻し香は強い。

"Computer Lib" へ戻ると、いまだマヒマヒ社長は受話器を離さず、キーボードを叩き続けていた。しかしそのうちにSEへかける電話の回数も間遠になって、「ウワサワさん、いいっすねー、どうですこれ?」 と軽口も出るまでになる。

僕はマヒマヒ社長のコンピュータを借り、

「自宅あて」 の 「ヤマト代引き着払い」 「クレジットカード払い」 「銀行振り込み」
「他所あて」 の 「ヤマト代引き着払い」 「クレジットカード払い」 「銀行振り込み」

という計6回の発注テストをして、そのつど文言の無駄を省いていく。

4時を前にして、ようやく完成まで99パーセントのところまでこぎ着ける。きのうの朝の状態を考えれば、頻発するバグを直しながら、よくもここまでたどり着いたものだとの、ある種の感懐を覚える。

一息ついたところで、「あっ、そうだ」 とマヒマヒ社長が、インドで買い求めたガネッシュの絵を奥から持ち出してくる

「100ドルって言われたんですけどね」 「100ドル? 米ドルで?」 「そう、米ドルで。60ドルまで値切りましたよー」

所々に金箔を押した細密画とはいえ60ドルは高すぎるようにも思われるが、値切り上手だからといって会社運営が上手とは限らず、値切り下手だからといって会社運営が下手とも限らない。

マヒマヒ社長や社員さんたちに挨拶をして、靖国通りから地下鉄神保町駅への階段を降りる。半蔵門線を三越前にて乗り換え浅草へ至ると4時30分になっている。

17:00発の下り特急スペーシアの切符を買ったところで 「光家 、開いてねぇかな?」 と考える。立ち食いの串カツ屋なら、短時間の飲酒も可能だろう。しかし5時前に開く飲み屋は少ない。浅草駅の裏手へ回ると、果たしてその 「光家」 は開店前ではなく定休日にあたっていた。

ふとその2軒となりの蕎麦屋を見ると、店内の壁に酒と肴のメニュが見える。「そこまでがんばって飲むこともねぇじゃねぇか」 と思いつつ店へ入り、店員にその要領を訊きながら自動販売機にて酒と肴の食券を買う。ウーロンハイは290円、とろろ納豆は250円、ワカメ酢は150円だった。

「無想庵物語」 を読みつつ飲酒を為し、5時5分前に席を立つ。スペーシアが鉄橋を渡れば隅田川は既にして暗く、水面が河岸のネオンを映してゆっくりと動いていく

7時に帰宅し、キュウリとワカメの酢の物、豚とダイコンの炊き物、ホウレンソウの胡麻よごし、冷や奴、銀だらの西京焼きにて、麦焼酎 「高千穂峡」 を飲む。

入浴して本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1118(火) 七條、兵六

下今市駅7:03発の上り特急スペーシアに乗る。

「無想庵物語」 を読みながら、ザックに入れて中身がつぶれないよう、家内が箱状に組み立てた牛乳パックに納めたおにぎり3個を食べる。「大きなおにぎりなら3個、小さなおにぎりなら5個」 と頼んだにもかかわらず、食べた3個のおにぎりは小さかった。

コンピュータを起動し、きのうの日記を作成する。画像は朝のうちに加工してフォルダへ納めておいた。

北千住から新御茶ノ水を経由し、9時過ぎに神保町の "Computer Lib" へ達する。i-modeのウェブショップを、今日と明日の2日間にて完成させなくてはいけない。ナカジママヒマヒ社長は 「楽勝っすよー」 と太鼓判を押すが、あてにはしていない。

朝日の差す大テイブルに2台のコンピュータをLANでつなぎ、双方を連携させて作業を進める。あるいは僕とマヒマヒ社長がそれぞれのコンピュータで異なる仕事をしつつ、その結果から次へ進むひとときもある。昼になる。

「ナカジマさん、時間節約のために出前取って、ここでメシ食いながら作業しましょうか」
「外、行きましょうよー、大丈夫ですよー。ウワサワさん、なに食べたいですか?」

「うーん、洋モノかなぁ」
「じゃぁ 『七條』、行きましょう」

「いや、あそこはダメ。まーた雑誌に載っちゃって、この前も行列だったから」
「ヘーキ、ヘーキ、あの店は行列あっても回転はやいから」

舗道から小学館ビルの地下に降りると 「七條」 には8人ほどの待ち客がいたが、マヒマヒ社長の言うように、我々は数分の後には店内へ案内をされた。

羊の黒こしょう焼きバルサミコソースと赤のグラスワインを注文する。間もなくスープとワインが運ばれる。ほんの少しのワインを飲み、スープは早々と空にする。ポテトグラタンの上にグレイビーソースをからめたぶつ切りの羊肉を載せ、まわりにバルサミコソースをシューッと振りかけた皿が届く。その肉のひと切れを箸ではさんで口へ運ぶ。「いーじゃん」 と、強烈に思う。

ワインを飲む。グラタンのドロドロとグレイビーソースを混ぜたところに肉を転がす。それを口へ入れて繊維をズブリズブリと噛んでいく。柔らかめに炊かれたメシを頬張る。美味い。

マヒマヒ社長がエビフライとフランスパンを食べ終えると同時に、僕の皿も綺麗になる。即、"Computer Lib" へ戻って続きの仕事を開始する。

注文フォームにある 「袋入り250g入り」 という文言を、「入り」 の重なりでおかしいと感じる。後ろの 「入り」 をデリートして 「袋入り250g」 としようかと独り言を言えば、午後から姿をあらわした編集者のハットリヒロシさんが 「だったら 『250g袋入り』 とすべきでしょうね」 と示唆してくれる。

「よしっ、それで行こう」 と、早速にサーヴァーへ入り込んで、すべてのアイテムにつきその部分を直していく。時計の針の回転が、いやに速く感じられる。

ある商品とその個数を選んで 「買い物を続ける」 ボタンをクリックすると、あまり合理的ではない場所へ飛んで、次の品選びがはなはだ面倒くさい。マヒマヒ社長がこのシステムの開発者ヌマハタヒロキさんに電話を入れ、そのリンク先を変える。

「ウワサワさんさぁ、お客さんに品代と送料の合計とか納期を知らせるメイルの中身、考えてよ」
「それはもうできてるよ。支払い方法別に3種類、3週間も前にメイルで送ったじゃん」

「あっ、そうか」
「お客さんの注文内容がどんな形で表示されるか、それさえ分かれば後はテンプレイトの問題だよ」
「了解」

その、顧客の注文を読める形に整えるシステムにバグが見つかる。あるいは顧客が複数の商品を注文した後、ある特定の商品だけをキャンセルしようとすると、注文したすべての商品が買い物かごからデリートされる。これもおかしい。再びマヒマヒ社長は札幌のヌマハタヒロキさんに電話を入れる。窓の外が暗くなる。

「ナカジマさん、大丈夫かな、泊まり込みなんてことにはならねぇかな」
「大丈夫っすよー、まだ夕方の5時ですよー、ヘーキヘーキー」

その札幌への電話が45分間も途切れない。マヒマヒ社長のコンピュータと津軽海峡のはるか先にあるシステム会社のコンピュータが同時にサーヴァーへアクセスし、あれやこれやを書き換えていく。バグはいつまでも解消されない。

「うーん、心配になってきた」 マヒマヒ社長が焦燥の色を濃くして苦く笑う。「だからこの手の開発に 『楽勝』 だの 『ヘーキ』 だのは禁句なんですよ」 客の僕は、ある程度は気楽なものだ。

「ウワサワさん、先方も少し時間が欲しいみたいだから先にメシ、行きましょうか」
「行きましょう」

「メシ」とはいえ燈刻ともなれば、そこには 「酒」 という文字が代入される。冬の寒さを予感させる風を受けつつ神保町の交差点を直角に2度渡る。「書泉グランデ」 裏の 「兵六」 へ行く。

「いい店じゃん」
「でしょ? ウワサワさん好みの店だと、ずっと思ってたんすよー」

焼酎 「無双」 とヤカンのお湯、ひじきと納豆の突き出しを載せた盆が、小さなコの字型のカウンターからテイブル席の我々に手渡される。猪口にお湯を注ぎ、それをひなびた徳利の焼酎で満たす。

「美味いじゃん」
「いいでしょ?」

ジュンサイの酢の物、酒盗焼いた油揚げとコマツナのおひたし、赤カブの漬け物、ししゃも、刻みオクラなどを矢継ぎ早に注文する。

「ウワサワさん、これ見てくださいよ」 と、ナカジママヒマヒ社長は "TUMI" のカバンから赤い布袋を取り出し、それを逆さにして鈍い光を放つ真鍮の何物かをコロリと手の平に落とした

「ガネッシュじゃん」
「分かります?」

「ヴェンチャーの神様でしょ?」
「そう、商売と、なにか新しいことを始めるときの守り神」

マヒマヒ社長は先月の下旬に1週間ばかりインドへ行っていた。このヒンドゥー神は、そこで買い求めたものだろう。

「ほら、インドの最高の神様、何だっけ?」 マヒマヒ社長は右手に小さな神様を持ち、左手で猪口を口へ運ぶ。
「シヴァ」 僕も、良い具合に湯で割られた焼酎を飲む。

「そうそう、これはそのシヴァと、あと何だっけ、誰だっけ、オフクロさん、うーん、出て来ねぇ」
「パールヴァティ」

「そうそう、ガネッシュはそのふたりの子供。それにしてもウワサワさん、よく知ってんねー」
「だってオレ、インドには20年前に2回、行ってんだぜ」

「それにしてもさぁ、よく知ってるよー」
オレがいつもしてるスカーフ、あの模様はガネッシュだしさ、それからいつか、神保町の駅で同じようなガネッシュ拾って、あんときゃ嬉しかったよ」
「へぇ、そんなことあったのかー」

話は尽きないが、「兵六揚げ」 という名の餃子と 「チャーミン」 という名の焼きそばにて今夜のメシを締める。焼酎はふたりで6合をこなした。仕事の合間に飲む酒の量ではない。

帰途、ちかくの路地にある 「さぼうる」 でコーフィーを飲み、酔いを覚ましたつもりで "Computer Lib" へ戻る。マヒマヒ社長は本日何度目かの電話を札幌の会社に入れ、ヌマハタヒロキさんと暗号のような言葉でやりとりを続ける。

「なーんだ、そこ書き換えれば良かったのか、じゃぁ大丈夫? 頼むよ明日までに、明日がリミットなんだから」 という言葉を以て受話器のスイッチがピッという電子音と共に切られる。

時計を見ることもなくふたり外へ出て、マヒマヒ社長は地下鉄への階段を下りる。僕は靖国通りから錦華通りへ入り、駿河台を裏手から上がってお茶の水に至る。本郷通りから春日通りへ出て甘木庵に帰着する。

入浴して冷たいお茶を飲む。本は読まず、11時30分に就寝する。

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 2003.1117(月) グラナダのシャンピニオン

背もたれ付きの座面が上げ下げできるピアノ用のそれに似て、しかし黒塗りでなく白木に薄くニスをかけたような椅子の脚を持ち逆さに立て、ちょうどブルドーザーが土砂をすくうような形で木の床を押し進んでいる。床の上を滑っていくその背もたれが、やがて漆喰の壁にコツンと当たる。

すると場面は替わって、カウンターしかない立ち食いの店に僕はいる。多くは裏革のブーツをはいた大勢の客が各々の皿を持ち、賑やかに飲み食いをしている。カウンター背後の酒棚には1メートル四方ほどの穴がうがたれて、奥の厨房の様子が伺える。コックがフライパンを一振りすると、炎が天井近くまで上がって消えた。

直径30センチほどの皿に盛られたそれは、薄切りのシャンピニオンをオリーヴオイルで炒めたものだった。僕は大きなコップの白ワインを含んで素早く口の中を洗い、巨大なそのシャンピニオンの、まるで腎臓の断面のような模様と油のはね返す光にわくわくしながら、安っぽいフォークをそこへ差し込む。

夢はそこで醒めた。

横になってじっとしていた時間がどれくらいの長さだったかは知らない。枕頭の灯りをつけて時計を見ると3時30分だった。4時30分まで 「無想庵物語」 を読み、二度寝に入って6時に起床する。

事務室へ降り、いつものよしなしごとをして、7時に居間へ戻る。

朝飯は、キャベツの油炒めと "neu frank" のコーンビーフ、明日館のバザーで買い求めた納豆、メカブの酢の物、カブとカキのサラダ、ホウレンソウの胡麻和え、メシ、豆腐とワカメと万能ネギの味噌汁

"neu frank" のコーンビーフは直接に熱をかけるともったいないため、炒めたキャベツの熱でその脂が溶けるようにしてもらった。納豆の包装紙には、青森市千刈1丁目の 「武田」 という店の名と、「北海道十勝産ツルムスメ大豆使用」 との文字が読み取れた。近年、これほど粒の大きな納豆は珍しい。しかも1パックの値段は150円に過ぎない。

日本のあちらこちらから優れた食品を宅急便で取り寄せ、あるいは百貨店の食料品売り場でこれを求め、それらに最小限の手を加えて、趣味の良い器で客に供する小さな店がある。ここへ行けば僕の酒量で代金は1万円ほどだが、しかし家で同じことをすれば、コストはその5分の1ほどで済むだろうか。

外でひとり飲む気楽さ、酔って雑踏を歩く心地よさ、座ったままであれこれと所望すればそれがすぐ目の前に出てくる便利さはあるが、しかし家で飲む酒が、それ以上に美味くないということはない。

頭の中にあれやこれやと思い浮かべ、それらに合わせる器を考え、それではそのときにはどのような酒を飲むべきか、などというところまで想念を走らせて、しかし仕事に遅れるわけにもいかないため、現実に戻って急がず休まず朝飯を終える。

あちらこちらに電話をし、だれそれを集めての会合を取り決め、顧客にメイルを書きあるいは紙の手紙を書き、銀行へ行き郵便局へ行き生命保険会社へ行き、そして仕事を終える。

初更、ヨーグルトとリンゴを摂取する。「共同学舎新得農場」の 「シントコ」 という名のチーズを咀嚼する。そしてやはり、明日館のバザーで求めた、僕よりも20歳ほど年長の卒業生が作ったらしいイチジクのケイキを食べる

そのイチジクのケイキを食べながら、「そうか、夢に出てきたシャンピニオンは、1978年にグラナダのバルで食ったやつだった」 と思い出す。ただし僕はスペインでは赤ワインばかりを注文し、白ワインは1度も飲んだ記憶はない。

入浴して牛乳は飲まず本も読まず、9時に就寝する。

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 2003.1116(日) 「シントコ」 という名のチーズ

3時30分から5時まで 「無想庵物語」 を読む。二度寝に入って6時に起床する。

事務室から外へ出ていまだ暗い空を見上げれば、雲は少なくないが朝日もまた差し始めている。新聞受けから2紙を引き抜いて事務室へ戻る。ウェブショップの受注確認、そのアクセス解析、メイルのチェック、きのうの日記の作成など、いつものよしなしごとをする。

朝飯は、ダイコンのぬか漬け、キュウリとワカメの酢の物、アサリの佃煮、トウガラシの佃煮、五目おこわ、お麩とミツバの味噌汁

天気も悪くないところから、先週よりも早い時間から客足が増え始める。

販売係のオオシマヒサコさんに案内をされて、お客様が事務室へいらっしゃる。「このあたりに大塚履物店というお店があると思うんですけど、テレビで見たんです」

「オオツカハキモノテンですか?」 「えぇ、ここ、春日町ですよね?」 「そうですけれど・・・」

我が町内に大塚という名の靴屋は無い。しかし 「テレビで見た」 とまで言われては、形だけでも調べなくてはいけない。電話帳では春日町に1軒のオオツカさんが見つかったが、これは僕が今市小学校へ通っていたとき校長だった大塚先生の家だ。

「いやぁ、この通り、春日町にはオオツカというお宅は1軒だけで、しかもここは学校の先生の家なんです」
「確かにテレビで見たんですけどねぇ、ここ、春日部ですよね?」
「あっ、いや、春日部は埼玉県で、ここは栃木県今市市春日町という場所です」

最近、「テレビで見たが、○○という店はどこか?」 というお客様の問い合わせがとても増えた。旅番組の影響だろうか。

「テレビで見たんですけど、駅の近くの美味しいおまんじゅう屋さん、ご存じですか?」
「まんじゅう屋ですか? お店の名前は、お分かりになりますか?」
「そこまでは覚えていないんですけれどね」

モザイクのような断片を拾い集めてようやく判明したまんじゅう屋が、実は駅から10キロも離れている。テレビでは駅に降り立ったタレントが、次の場面ではまんじゅう屋のノレンをくぐっているから、見ている方はつい 「駅の近くのおまんじゅう屋さん」 と錯覚をしてしまうのだろう。

人がテレビの画像や音声を目や耳で捉え、どう脳にインプットして、どうアウトプットしているのかの、これらは典型ではないかと僕は考える。「だから僕は」 と続けるのはいささか乱暴だが、テレビはほとんど見ない。

紅葉はとうにその盛りを過ぎ、残った葉は枯れ落ちていくばかりだろう。しかし、なんとか紅葉見物の最後に間に合った先週よりも今日の方が、薄日が差して暖かかったせいか、売上高はすこし多い。

初更ワイン蔵へ行き、早くに飲みきってしまおうと考えている "Rully Blanc Appellation Rully Controlee 1986" を棚から取り出して居間へ運ぶ。そしてこれを開栓する

きのう明日館のバザーで隣に出品をしていた 「共働学舎新得農場」 のモツァレラチーズとトマトのサラダカブとカキのサラダ、同じくバザーでウチのはす向かいに出品をしていた"neufrank" のコーンビーフ同じくチョリソーと焼きソーセージにて、この黄金色の白ワインを飲む。

チョリソーにナイフを入れると、中から熱々の肉汁が吹き出してあたりを汚す。今度はそのまま縦にかぶりつく。もしもまだ残りがあれば、次はこれをウイスキーの肴にしようと考える

ジャガイモとタマネギのグラタンにて、更にワインを飲み進む。「金谷ホテル」 のブドウパンと "Chez Akabane" のラスクに新得農場のクリームチーズを載せて食べる

チーズの販売に当たっていた新得農場の息子ミヤジマ君に家内が 「あなたが1番好きなのは何?」 と訊いたところ、彼はすこし考えて 「えー、シントコですかね」 と答えた。これはハードタイプのチーズで、「シントコ」 とは新得を意味するアイヌ語だという。

この 「シントコ」 を口へ入れて、入念に咀嚼する。グジャリグジャリと噛んでいるうちにたくさんの唾があふれ、更に噛むと、チーズの細片と唾の混じったドロドロができあがる。それまでの乳の香りが一変し、鼻腔には牛の子宮や大腸を感じさせる獣臭が満ちる。「うめぇなぁ」 と思う。

新得農場で最も売れるチーズは何だろう? この 「シントコ」 ではないはずだ。作り手の好きな商品と売れ筋は、得てして一致しないことが多い。

これまたバザー会場で求めたスパイスケーキにて、今夜のメシを締める。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2003.1115(土) コーフィーと紅茶、どっちが安いの?

目を覚まして居間へ行く。照明のタンブラースイッチを押して時計を見ると4時だった。ThinkPad X31に電話のモデュラーケイブルが差しっぱなしになっている。夕べ、ダイヤルアップ接続はできたものの、なぜかサーヴァーへのアクセスが不能だったことを思い出す。

とりあえずカメラの画像をコンピュータへ取り込み加工する。きのうの日記を書き始めるが、検索エンジンで調べなければ文字にできないことがらが出てきたため、サーヴァーへアクセスをしようとして、昨夜と同じくはね返される。不明の部分のみ空白にして日記を書き終える。

9時すこし前に西池袋2丁目の 「自由学園明日館」 へ行く。既にしてたくさんの人たちが集まっている。今日はここで卒業生会主催のバザーがある。倉庫から机を出すなどの準備を終えて後、2年先輩のアキサダノゾム君が、きのうのうちに届いていた 「日光みそのたまり漬」 と用度品を、大昔の教室を使った会場まで持ってきてくれる。

その陳列を終えたころに家内が来る。関係者に支給されるパンと紅茶による昼食を、中二階の食堂にて早くも取る。食べ物以外の出品は講堂にある。それを見に行き、また教室へ戻る。

11時30分の開門を待つ人の列が、明日館と講堂のあいだの道に長く続いている。いよいよバザーが始まる。僕の在学中、既にしておばあさんという印象のあった先生が、いまだ元気な様子で 「らっきょうのたまり漬」 を買ってくださり感動する。長男の同級生の親たちが来る、むかしの印象を残した卒業生が来る、家内のいとこも来る。

お客が入り始めてからわずか30分後に 「だんらんのたまり漬」 が売り切れる。短期の販売では、年間のアイテム別売れ数量の比率は役に立たない。それにしてもこの売り切れは早すぎた。来年はもう少し 「だんらん」 の割合を増やそうと考えるが、そうするとこんどは皮肉なことに 「らっきょう」 が先に売り切れたりするから世の中はあてにならない。

売り場を家内に任せ、1時30分にホテルメトロポリタンのロビーへ行く。しばらくして上を見上げると、2階の張り出しから "Sartoria" の若主人が僕を見つけて笑いかける。その2階へ上がり、差し出された見本帳から礼服の生地を選んで大まかなデザインを決める。細部については仮縫いのときに伝えれば良い。ウエストのみ採寸をする。

2時に明日館へ戻る。1時45分まで残った 「らっきょう」 は、1972年、馬返しから山開き前の富士山へ登る厳しい遠足に水筒も持たず参加した2年先輩のミヤジマチヒロ君と、今朝5時まで銀座で飲酒を為していた1年先輩のウチダヒトシ君が、家内を先導して明日館の中を売り歩いてくれたお陰で完売したという。

会社へ送り返す用度品の荷造りをし、それを持って池袋駅へ向かう。途中のヤマト運輸にそれを預ける。きっちりサイズを測られて、2個で2,330円もの送料を支払う。

浅草に着いて家内が 「スターバックスへ行こう」 と言う。僕は 「神谷バーへ行こう」 と言う。「今から飲んで、どうするつもりなの?」 と返されて、スターバックスコーヒーへ行く。

家内が何を注文したのかは知らないが、僕は晩飯に差し障りがないよう、エスプレッソにする。

2階の席へ向かおうとしたとき、アメリカ人の "regular coffee?" という質問の声が聞こえる。女店員のとまどいを見てとったらしいアメリカ男が "You speek English?" と続けると、女店員は曖昧に笑って 「ノー」 と答える。その女店員に 「レギュラーコーフィーはあるか? だってさ」 と伝えて階段を上がる。

コーフィー屋の店員が "coffee" という英語を聞き取れなくてどうするというのか。「自分は英語が話せない」 と考えている日本人は、実は話せないのではない。ハナから英語を聞こうとしない、あるいはハナから英語を話そうとしないだけだ。

「英語は、聞けば分かるし話せば通じる」 という経験を 「自分は英語が話せない」 と思いこんでいる日本人にさせれば、そのおおかたは、次の日から英語を話し始めるだろう。

5時40分に下今市駅へ着く。後席に次男の乗ったサイトウトシコさんのクルマで帰宅する。

事務室にて昨夕以降のメイルをダウンロードする。あした締め切りを迎える 「ウェブショップ開設5周年感謝プレゼント」 に、最後の応募が殺到している。

"Minolta DiMAGE X" からカードを取り出そうとして、それの入っていないことに気づく。カードは今朝の日記作成時から、コンピュータに差し込まれたままだった。つまり、本日、明日館で撮った画像はすべて写っていないということになる。

"Olympus Camedia C-700 Ultra Zoom" をカードのない状態で起動すると、エラー音と共に 「カードを認識できません」 とのメッセイジがファインダーとディスプレイに現れて、それ以降の操作は不可能になる。

ところが "Minolta DiMAGE X" では 「カードが入っていません」 という小さな文字がディスプレイ中央に出るものの、ディスプレイには普段通り、レンズの向こうにある風景が映し出される。小さなエラーメッセイジの文字色は黒で、だからディスプレイに黒っぽい風景があれば、この文字は特に見えにくい。

その状態からシャッターを押すと、普段通りにストロボは光るしシャッター音もする。"Minolta DiMAGE X" が、カードの入れ忘れについては、はなはだ認識しづらいカメラだということを知る。

焼き肉の 「大昌園」 へ行く。あずけてあった焼酎のボトル 「田苑」 は先日空にした。店内には 「真露」 のボトルも見えるため、おばさんに 「デンエンとジンロ、どっちが安いの?」 と訊く。

1982年の春にマドラスのチャイ屋で 「コーフィーと紅茶、どっちが安いの? コーフィー? だったらコーフィーちょうだい」 と言って、腰巻1枚の店員に、僕は笑われた経験がある。

「田苑は2,500円、真露は1,800円。ウチは焼酎は安いんだよ」 という返事を聞いて、次のボトルを 「真露」 に決める。

タン塩モヤシナムルとオイキムチレヴァ刺しカルビホルモンとコブクロにてその 「真露」 のオンザロックスを飲み進むテグタンラーメンにて締める

帰途、次男はセブンイレブンにて 「コロコロコミック12月号」 とアイスキャンディー 「ガリガリ君」 を買ってもらった。

帰宅して入浴し、牛乳を300CCほども飲んで、9時30分に就寝する。

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 2003.1114(金) クール、おぐ羅

下今市駅16:33発の上り特急スペーシアに乗る。大きくなったコンピュータが果たして車内の小さなテイブルに収まるだろうかと懸念をしたが、ThinkPad X31はそこからはみ出しつつも、しっかりと安定した。コンピュータでの仕事のしやすさにおいて、スペーシアは国内すべての鉄道車両に勝ると思うが、国内すべての車両に乗ったわけではないので断言はしない。

地下鉄銀座線の田原町駅から顔を見知ったソプラノ歌手が乗り込んで、僕の左手すこし離れたところに座る。いきなり 「今晩は、ウワサワです」 などと話しかけて驚かせてもいけないと、挨拶はしないことにする。大きな胸を持つその歌手は上野駅で降りていった。

6時40分に数寄屋橋へ達し、首都高速会社線と泰明小学校とのあいだの弧を描いたひとけのない暗い道を歩く。蕎麦屋 「泰明庵」 の脇を抜けてコリドー街へ入る。

金曜日の夜にもかかわらず、ポリネシア風の意匠でまとめられた新しく大きな店に客がひとりもいないのは、どういうわけだろう。その感じからして、コンセプターやらデザイナーやらなんとかコンサルタントが知恵を絞って作った店には違いないが、それでも流行らない店は流行らない。

他にも席のたくさん余った店はある。もちろんほどよく客が入って、大きなガラス窓から色とりどりの楽しさが外まであふれ出している店もある。そして 「美登利寿司」 は今夜も、舗道に大行列をこしらえている

コリドー街がつきる前に首都高速会社線の下へ入り、いくつものハイヤー会社の構内を抜けて、新橋第一ホテルの前に出る。バー "John Begg" のある短い路地を過ぎ、6時52分に新橋駅頭へ出る。

「ここら辺に便所、ねぇかなぁ」 と思う。烏森口のパチンコ屋まで歩く気はしない。三井アーバンホテルまで移動して、中2階の便所を借りる。しばらく夜遊びをしないうちに、街の様子がずいぶんと変わっている。

外へ出ると、フィンガーファイブのヴォーカルの少年がかけていたような四角いスモークのめがねをかけた女が、携帯電話を耳に押し当て、大きな声でなにごとかを言っている。

「エッ? 三井アーバンを背にして右に歩く?」 という会話が聞こえる。このホテルは角地に本を開いて立てたようにしてある三角形の建物だ。その表紙を背にするか裏表紙を背にするかによって、同じ 「右」 へ歩いても、土橋へ突き当たるか、あるいは並木通りを北上して京橋へ至るかの大きな違いが出る。他人事なので、よけいな口出しはしないことにする。

再び新橋駅の銀座口へ戻り、鎌倉の実家から東上した家内と落ち合う。今度はコリドー街へ北から入って、バー "KOOL" の緑色の看板を目指す。古川のオヤジは来週の水曜日で上がりだという。名バーテンダー古川緑郎が上がるということは、この店が閉まるということだ。

カウンターには常連客が二重三重の人垣を作っている。僕と家内は突き当たりの席に案内をされ、ゆったりと落ち着く。僕はマンハッタン、家内はダイキリを注文する。「今夜は混んでいるんだから、フローズンは遠慮しろよ」 とは、数分前に家内へ言い渡したことだ。

この店でフローズンダイキリを注文するとバーテンダーはアイスピックで氷を砕くのだから、僕のような小心者はとてもではないが、これをオーダーできるものではない。

マンハッタンと聞いて思い出すのは、穐吉敏子の作った "Manhattan address" という曲と、マンハッタン島を数十個のビーズと交換に白人へ渡したインディアンのことだ。すこし酔い始めた頭で 「そういえばインディアンとは、まだ差別語にはなっていなかっただろうか?」 と考える。

アイヌはウタリと呼ばれ始め、ジプシーは最近ロマと表記されることが多い。「インディアンはいま、アメリカ先住民?」 とここまで考えて現実に戻る。僕のグラスが空になる。家内はいまだ、ダイキリを半分まで飲んだに過ぎない。

この店へ入って左手すぐのところに、周囲とは隔絶された電話ボックスのような席がある。そこに、顔を見知ったイタリア料理屋の社長が案内されて座る。やがて赤い髪を縦ロールにしたホステス風の女が来て、その隣に座る。僕は2杯目をダイキリに決めて注文する。

帰り際、その電話ボックスのような席に顔を差し入れて、「今晩は、ウワサワです」 と挨拶をする。社長は 「あっ、いやっ、これはどうも、気がつきませんで」 と如才なく、しかし何軒もの大きな店を経営する人にはいささか不似合いのヘドモド具合を以て僕に答礼をする。

数寄屋通りの 「おぐ羅」 へ行く。混んでいる。白い三角巾を 「それでは頭が痛くなるのではないか?」 と思われるほどきっちりと着けた若い女店員が 「寒いので、中でお待ちください」 と言ってくれるが、当方は酔っているため、外の方が気持ちが良いことを笑って伝える。

やがて一組の客が出て、僕たちは左手奥のテイブルに案内をされる。それと同時に鍋前の二人組が席を立つ。僕たちの後にも待ち客はいる。椅子席よりはカウンターに座りたい。オヤジに断って鍋前へ移動をする。息子が僕を認めて笑顔で会釈をする。花板も僕に気がついて、やはり笑顔で頭を下げる 。「なじんだ店はいいなぁ」 と思う。

家内が冷酒と黒ムツの刺身を注文する。僕は考えた末に、菜の花のカラシ和えとキンキの煮付けを注文する。酒は焼酎 「島美人」 のストレイトだ。キンキの煮付けができてくるまでの時間を鯨ベーコンでつなぐ。マンハッタンとダイキリを1杯ずつこなしているにもかかわらず、焼酎が進む。

目の前にキンキが届いたところで、「身ンとこはやるよ、アタマはオレにくれ」 と家内に言って、オヤジに笑われる。

これを食べ終えて、オヤジにメシを所望する。このメシに、キンキの煮汁をダラダラッとかけまわす。それを見ながらオヤジが 「もうちょっとー、もうちょっとかけてー」 と言う。この、乞食メシのようなものがすこぶる美味い。

家内は他にも数品は頼んだのだろうが思い出すことはできない。締めに僕が取ったおでん3品は、ゼンマイの油揚げ巻きと糸こんにゃく入りの巾着までは記憶にあるが、もう1品は不明だ。

外へ出ると、家内が 「タクシーで帰りたい」 と言う。僕は、家から持って出たお金は帰宅までにすべて使ってしまうような金銭感覚に欠けた人間だが、しかし、地下鉄で乗り換えなしに行かれる場所までタクシーで移動することだけは、どうにももったいなくてできない。

これができるのは僕の知る限り、僕のオヤジと家内、"Computer Lib" の中島マヒマヒ社長、それにナンシー関くらいのものだ。そのナンシー関は太りすぎで死んだ。

銀座から乗った地下鉄丸ノ内線を本郷三丁目で降りる。

むかし、上野駅から靖国神社まで歩いたおばあさんがいる。「久しぶりね」 と言ってそのおばあさんの手を引いたのが歌手の島倉千代子だ。いや、あの歌は 「九段の母」 ではなく 「東京だよおっ母さん」 だっただろうか。その島倉千代子が母親の手を引いたように僕も家内の手を引き、甘木庵へ至る。

入浴して就寝する。就寝の時間は確かめなかった。

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 2003.1113(木)  "Chateau Margaux 1956"

3時に目を覚まし、4時まで 「無想庵物語」 を読む。本を読む速度の高い人は、僕からすれば斜め読みの人だ。良い方に解釈をすれば、木を見ずに森を見る人、細部にはこだわらず大意をつかむ人と言い換えられるかも知れない。

僕はその逆で遅読の人だ。読んでふたたび戻り、一行一節を2度も3度も読む。だから僕が1冊の本を読み終えるまでには、速読の人はおろか普通の人にくらべても3倍は時間がかかる。

この 「無想庵物語」 も、いつ読み終えることができるのか、知れたものではない。

二度寝に入って5時30分に起床する。着替えて事務室へ降り、いつものよしなしごとを為す。ふとたわむれに、検索エンジンに 「1956」 「マルゴー」 と、ふたつの語句を入れてみる。するとそのトップに、楽天市場に出店をしている酒屋のあるペイジがヒットする。そして "Chateau Margaux 1956" が、何本の在庫があったのかは知らないが、52,000円で売り切れている。

僕は同じく1956年物の木箱入りシャトー・マルゴー12本を、1990年6月に帝国ホテルで開かれたクリスティーズのオークションで落札した。このヴィンテイジはボルドーが霜による大きな被害を受けた最低のもので、だから僕は、僕に追随して競り上がってくる競争相手を、僕と同じ1956年の生まれと考えた。

競りが終わって後にその相手に近づき生年を訊くと、やはり僕の予想は当たっていた。どこの誰が、自分に縁もゆかりもない最初から不味いと知れているワインを競り上げるだろうか。それでもこのときの落札価格は、西暦2003年の楽天市場で売り切れたものの半額以下だった。

僕は今、自宅のワイン倉にあって、このままではたぶん一生のあいだ飲まないだろう "Chateau Margaux 1956" について、「どうしたものか?」 と考えあぐねている。

朝飯は、ダイコンのぬか漬け、トマト入りスクランブルドエッグ、焼きナスのサラダオイル和え、キャベツとピーマンの油炒め、ゴボウとニンジンのきんぴら、納豆、メシ、お麩とミツバの味噌汁

十代なかばのころに、オヤジと一緒によく遊びに行った家がある。ある日、1階の客間に請じ入れられると突然、天井から照明も落ちるのではないかと危ぶまれるほどに、2階が賑やかになった。さしずめこの家の高校生の姉と小学生の弟がプロレスごっこでもしているのだろうと、オヤジと僕は顔を見合わせて苦笑いをした。

その、当時は小学生だった、だから僕よりも数歳は年少の跡取りが病を得て亡くなったとの知らせが入る。

午後になって、また思いがけない訃報が届く。優秀な自動車修復家にして粋な遊び人だった "Bugateque" のバンノウセイイチさんが、長く患った肺の病にて亡くなったという。クルマに対して 「小股の切れ上がった」 などという表現を用いるクルマ屋を、バンノウさんの他に僕は知らない。

「結婚する前、奥さんとつきあってるとき、奥さん背が高いから、僕、下駄はいてベラ噛んじゃったの」

ラグナセカのクラシックカーレイスから成田空港へ着いて 「いまから引き返せって言われたら、僕、喜んで戻るね。朝から水割り飲んでも、カリフォルニアじゃぁどんどん皮膚から蒸発して、いくらでも飲めるんだよ」

別のレイスの前夜祭でベストドレッサー賞をもらって 「簡単だよ、審査員の女の子と、最初に仲良くなっとくの」

バンノウセイイチさんは、いまだ60になるかならないかの齢ではなかっただろうか。謹厳な人の死も悲しいことは悲しいが、遊び人の死は思い出も多いだけに、また悲しい。

「みんな、もうちょっと長生きしろよ」 と、思う。

初更、" Rully Blanc Appellation Rully Controlee 1986" を開栓する。先日、何年かぶりに酒蔵から出してその味の変わりようを知り、早くに飲みきってしまおうと決めたワインだ。

「日光金谷ホテル」 のブドウパンに、ウォッシュタイプとしては何の(くせ)もないチーズを塗って食べる

壇一雄の文章に、「フランスで、チーズ屋のオヤジが止めるのも聞かずに買ったチーズをどうしても食べられず、野良犬に投げ与えたら匂いをかいだだけで立ち去った」 という意味の一節を読んだことがある。壇一雄が食えないほどのチーズは困るが、しかし、何の曲のないチーズも、また面白さには欠ける。

エリンギとマッシュルームのスパゲティ鶏肉のホワイトソースとグリーンアスパラガスのオリーヴオイル炒めにて、17年前の白ワインを飲み始める。"Chez Akabane" のミルフィーユにて、とうとうそれが底をつく。

辻バードというおじさんがniftyの 「海外通信の部屋」 に、「ペトリュースの1961年物を飲む機会があったけれど、1杯しか飲めなかった。本当に凄いワインを味わうと体の中の何かが一杯になって、とてもではないけれど、それ以上は飲めなくなるということを経験した」 と書いていた。

少々年を取りすぎて、その力を失いつつあるワインは、普段よりも多く量を飲むことができる。これは、辻バードが言うことの 「逆の真」 にあたるだろう。

入浴して本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1112(水) 乾隆年製

ほとんどいつも闇の中で目覚めるが、そのときの体の感じから、とりあえずは 「だいたい○時ごろだろうな」 などと予想をする。今朝も3時ごろと予想して枕頭の灯りをつけてみれば、いまだ0時30分だった。2時30分まで 「無想庵物語」 を読み、二度寝に入る。

5時30分に起床する。洗面をしていると、隣家の玄関が開かれたらしく、ピンローン、ピンローンとチャイムが鳴る。春日町1丁目青年会の会計係ユザワクニヒロさんの奥さんは働き者だ。たぶん、ゴミ出しをしているのだろう。

事務室へ降り、朝のよしなしごとをする。シャッターは大抵、6時前には上げてしまうが、ほどなくして、ここ数日は見ることのなかった朝日が差し込んでくる。外へ出て国道121号線に立ち、朝日をはね返す店舗の写真を撮る

朝飯は、キュウリとタマネギと鶏ささみ肉の胡麻油和え、ナスのオリーヴオイル炒め、トウガラシの佃煮、イワシ煮、納豆、メシ、ワカメとタマネギの味噌汁

日中、高橋家具のタカハシさんを呼び、店舗の改装に際して新設するふたつの大きな作業台の設計図を見せて、その詳細につき説明をする。素人の引いた図面に玄人が意見を出し、徐々にその完成度が高まっていく楽しさを味わう。

午後、ヤマト運輸のSEが来社する。新しい伝票発行の仕組みにつき説明を受ける。学校でも仕事場でも、ただぼんやりと講師の話を聞いているだけでは、そのときは分かったつもりになって、しかし後にはなにも残らない。ここ数年で2冊目となったデジタルノートに、自分が理解できる文章にてマニュアルを作成する。

ふたりの事務係には数日のうちに、各々が理解できる文章にて、各々のマニュアルを作ってもらうことにする。

夕刻、強めの地震がある。ウチでは最も揺れないのが製造現場、次に揺れないのが店舗と事務室、最も揺れるのがこれは当たり前だが居住棟の4階だ。その事務室がずいぶんと揺れたため、心配をして4階に電話をすると、次男と一緒にいたサイトウトシコさんは 「茶箪笥の上から朱肉入れが落ちて割れただけ」 と言う。

朱肉入れとは普通プラスティック製ではないか? それが割れるとはどういうことなのか? と考えつつ4階へ上がって現物を見ると、それは家内が叔母からもらった磁器の印泥だった

割れたフタを煉瓦でドームを築くように寄せ集め、次男がセロファンテイプにてこれを固定する。何気なしに裏を返すと 「乾隆年製」 の文字があって、だからこれが本物とすれば18世紀の品ということになる。

初更、ゴボウとニンジンのきんぴら、キャベツのおひたし、トウガラシ、アサリ、カキの佃煮にて、麦焼酎 「高千穂峡」 を飲む。サワラの味噌漬け、チンゲンサイのカキ油炒め、焼きナスのサラダオイル和えにて、更に焼酎を飲み進む。

入浴して本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1111(火) 断酒日に食べるもの

2時30分に目を覚まして、4時まで 「無想庵物語」 を読む。二度寝に入って5時30分に起床する。

ウェブショップの売り上げを対前年比でみると、2000年には6倍、2001年には1.9倍、2002年には2.3倍と順調に推移したが、毎年2倍の成長を続けるとしたらこれはねずみ算と同じで、世の中はそう甘いものではない。

今年のウェブショップは10月までに昨年1年間の売り上げ実績を超えたが、いくら年末が1年で最も繁忙とはいえ、前年度比で倍の売り上げを記録するようなことは、よほどの僥倖に恵まれない限り、今年は無理だろう。そしてこれからも難しい。

しかし難しいなどと言っていては、今年の初めに東京国際フォーラムのカンファレンスで述べた、1日に100万円の売り上げを達成することはできない。「よほどの僥倖」 を引き寄せるための手段を考えていこうと思う。

朝飯は、ダイコンのぬか漬け、ユリネのオリーヴオイル焼き、納豆、キャベツのおひたし、カキの佃煮、塩鮭、メシ、豆腐と長ネギの味噌汁

あちらこちらへメイルを送ったり電話をかけたり、あるいは紙の手紙を書いたりする。大口ギフト客の送付先名簿は、とうのむかしに事務係のタカハシアツコさんが整え、先日、各方面へ送付した。夕刻、同じ大口のギフト客でも、僕が作ることになっている名簿を印刷してバインダーに綴じ、明日の送付に備えて机上へ置く。

名簿の整っている家は意外と少ない。紙の名簿は、検索、並べ替え、繰り越し演算が利かない点において、名簿とはいえない。

初更、今月3度目の断酒日として、ヨーグルトと、ふかしたジャガイモにカレーをかけまわしたものを食べる。断酒日にはアルコールと同時にカロリーや脂肪の摂取も抑えようとするが、今夜はヨーグルトが500CC、ジャガイモは2個もあって、かなり満腹になる。

入浴して 「無想庵物語」 をすこし読み、9時に就寝する。

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 2003.1110(月) カレー南蛮しゃぶしゃぶの味

3時から1時間をかけて 「美の値段」 を読み終える。周辺に活字の無くなることを予想して、昨夜は8日の朝日新聞の一部 "be on Saturdey" を床へ置いて寝た。今週のインターヴューは、村上隆や奈良美智を世に出した画廊の経営者、小山登美夫だ。その内容が、池田満寿夫による 「美の値段」 の記述と多くの一致を持つことに驚く。

5時30分に起床する。よしなしごとの最中にメイラーの送信ボタンをクリックすると、なにかのエラーメッセイジが現れて一瞬で消える。ふと気づくと、フォルダへ保存した過去ログのすべてが失われている。それらは個人のアドレスで受けたものにて、だから受注の記録、顧客とのやりとりではない分、重要度は低いけれど、それでもあまり良い気持ちはしない。

メイル保存用のフォルダを、その保証はないが中身の失われそうにない場所へ移し、きのうの日記を作成する。

朝飯は、筑前煮、ブロッコリーとキャベツの油炒め、大根のぬか漬け、しその実のたまり漬を混ぜ込んだ納豆、アサリの佃煮、塩鮭、メシ、お麩とミツバの味噌汁

3時を過ぎて、"Computer Lib" のナカジママヒマヒ社長から、i-modeによるウェブショップの立ち上げについて、途中経過を知らせるメイルが入る。短い返信を書いて送る。

霧のような雨が小雨に変わる。紅葉時期の繁忙に対応するための交通整理係は、今日にてその仕事を終える。すっかり暗くなった夕刻にはクルマの数も少なくなり、彼らに30分早い上がりを提案する。そこに2台のバスが立て続けに入ろうとして、濡れたアスファルトにウインカーのオレンジ色を反射させる。

交通整理係は笑ってふたたび雨具を身につけ、赤いランプが点滅する棒にてバスを誘導する。

今夏、「らっきょうのたまり漬」 の値上げを知らせるハガキを顧客へ送付したところ、「値上がりは気にしない。それよりも現在の質を維持せよ」 との内容を持つ手紙やファクシミリを複数いただいた。これら心強いご意見を下さった方々へはお礼として新らっきょうをお送りすることにしていたが、それに添える礼状を万年筆にて書き封筒へ収める。

「酔わせて下町」 という粋なペイジを、ときおり見に行くことがある。ここの京成高砂のカテゴリーに 「高砂屋」 という飲み屋があって、きのう 「カレー豆腐鍋」 というお薦め料理に目がとまった。早速、晩飯のとき次男に 「あした、カレーしゃぶしゃぶにしない?」 と提案をすると、「うん、食べたい」 と答える。

それを受けて今夜の食卓に、鰹節と昆布のだしによる蕎麦つゆにカレーの素を溶かし込んだ鍋が運ばれる。厚揚げ豆腐、ユリネ、シイタケ、それに次男の好きなエノキダケはあらかじめ煮込まれて、湯気を立てている。

卓上には別途、チンゲンサイと長ネギ薄切りの牛肉とうどんが用意される。チンゲンサイはサイトウトシコさんの自家用で、だから農薬は使われず虫食いが目立つ。牛肉は主に次男が食べ、僕は厚揚げ豆腐とキノコを皿へ取る。この、今日はじめて作った鍋が、すこぶる美味い。

生煮えのチンゲンサイをシャキシャキと音をさせて噛む。熱々の豆腐を口へ入れる。カレー南蛮うどんと同じトロリとしたつゆを飲む。ネギは下仁田ネギがあれば良かったが、贅沢は言えない。京成線沿線の大衆酒場に思いをはせつつ角七勺グラスに麦焼酎 「高千穂峡」 を注ぎ、これを飲む。

親子3人でこれまた熱々のうどんを食べ、今夜のメシを締める。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、

「夢想庵物語」  山本夏彦著  文藝春秋  \1,500

を読む。「美の値段」 と同じくこれも、本棚に長く眠っていた本だ。

9時30分に就寝する。

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 2003.1109(日) 活性濁り酒 「尾久久」

朝3時に目覚めて 「美の値段」 を読む。4時に二度寝に入ったが、その眠りの中で、いささか込み入った夢を見る。

荷物嫌いの僕が、北千住駅のコインロッカーにコンピュータの入ったザックを保管する。そのまま都心へ出るが、そこでコンピュータが必要になる。(この後の内容を書けば膨大な文字量になるため、割愛をする)

コンピュータ無しでどうにか用を終えたのか、あるいは仕事を後日に延期したのかは不明だが、僕は夕刻、北千住の高台に、まるで等高線に沿って敷かれたような道を歩いている。眼下には常磐線の線路と無数の一戸建て家屋が、夕日を浴びて霞んでいる。

平たい屋根を持つバラックに毛が生えたほどの四角い食堂へ、僕は入っていく。夫婦が切り盛りをする店内には5、6席のカウンターと10人ほどが座れる大テイブル2卓があって、品書きには何種類かのラーメンと鮨が見える。

「ラーメンと鮨を出す店ってのは珍しいな」 と思いつつ、オヤジに酒を所望する。

「お酒ください、常温のやつ、コップで」
「どんなお酒がいいの?」

「すっきりして辛口のやつ」
「そこにあるから自分で選んで」

僕はオヤジにうながされるまま、雑誌の棚の上や、あるいはあまり清潔ではない床の隅などに置かれた一升瓶を、次々と物色していく。ワインならばそのレッテルから大体の味は想像できるが、日本酒の持つ地域特性はかなり曖昧だ。

床から取り上げようとした瓶の酒が先ほど伝えた僕の好みに合わないと見て取ったオヤジは、じれったそうに、その隣の1本を僕に手渡しながら 「こっちの方がいいよ」 と、言った。酒の銘柄は 「尾久久(おぐひさし)」 というもので、まるで花瓶のように大きく寸胴のコップになみなみと注げば、それは活性の濁り酒だった。

その活性濁り酒を飲む前に目を覚まし、5時30分に起床する。事務室へ降りて、日本全国の酒蔵2,425軒を網羅したデイタベイスに、「尾久久」 という語句で検索をかけてみる。当然のことながら見つからない。

メイルを読む。その必要があるものには返信を書く。要があってもただちに返信が書けず、フォルダに蓄積されていくものも、もちろんある。最優先は、顧客からの問い合わせだ。

ウェブショップのアクセス解析をし、そこから必要な情報を読み取る。きのうの日記を作成し、それをサーヴァーへ転送するなどのよしなしごとを終えて居間へ戻る。

朝飯は、ダイコンのぬか漬け、小アジの干物、ブロッコリーの胡麻マヨネーズ和え、ホウレンソウの芥子和え、カキの佃煮、納豆、メシ、シジミと万能ネギの味噌汁

閉店後、店舗の客だまりに、まるでハゲが頭に載せるヘアピースのように掛けられている、大したこともない水墨画を外してみる。何もない方がよほど明るく感じが良い。"strip down" という言葉を英国人も使うのかどうかは知らないが、無駄なものを省いていく効率主義を僕は好む。

燈刻、否、初更、ホウレンソウの胡麻よごし、花豆煮、筑前煮にて、粟焼酎 「高千穂峡」 を飲む。その瓶が空になって後は、同じ 「高千穂峡」 でも麦を原料としたものに切り替える。焼いた厚揚げ豆腐に大根おろしとミツバのみじん切りをのせたもの、厚焼き玉子、マグロの山かけを、二巡目の酒肴とする。

入浴して牛乳を300CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2003.1108(土) 「美の値段」

明け方にはいまだ早い3時30分に目を覚ます。

「美の値段」  池田満寿夫著  光文社  \820

を5時30分まで読んで起床する。この本は1990年5月の初版だから、書かれたのはまさにバブルの爛熟期だろう。市場に流通する絵画の価格を画家別のチャートで示すなど、美術品を投機の対象とした 「日経アート」 が大型書店1階の目立つところに置かれていた時代だ。

この 「美の値段」 は購入後13年も読まずにあったものだが、平易かつ論理的な文章で芸術家とその作品および市場経済を美術史の領域にまで分け入って語った、とても興味深いものだ。

5時30分までこれを読んで起床する。事務室へ降りてよしなしごとを為す。「ウェブショップ開設5周年感謝プレゼント」 」 への応募数が、昨年の実績を超えてくる。

朝飯は、ゼンマイと油揚げの炊き物、小アジの干物、納豆、ダイコンと豚肉の炊き物、アサリの佃煮、ホウレンソウの油炒め、メシ、タシロケンボウんちのお徳用湯波とお麩と万能ネギの味噌汁

細部まで行き届かない設計のせいか、あるいは精密さに欠ける組み立てのせいか、ThinkPad X31のUSBコネクターが本体の奥まで差し込めない。コードを持って左右に振ると、最後にはポロリと抜け落ちる。CtrlやShiftのキーは、叩かれるたびに新品らしくない安っぽい音を立てる。

僕が最初に使ったThinkPad 530が、そしてその後継機535が米粒の満ちた重い弁当箱だとすれば、以降のThinkPadはみな、コンビニエンスストアの棚に並べられた菓子パンのようなものだ。つくづく昔の名機が懐かしい。

X31になって唯一の収穫は、トラックポイントがゴム製になったところだ。これまでのザラザラのものは、濡れた指で触った場合、得てして表面が早く摩滅することがあった。ゴム製であれば、頻繁に手を洗う癖のある、そして短気なため濡れた手のままでコンピュータを使い始める僕にも安心だ

朝がた、ベゴニアを引き取りにきた弓手農園のユミテマサミさんが、昼を過ぎてポインセチアに植え替えた鉢を持ってくる。この紅は、果たして年末まで保つだろうか?

初更、家内と次男は、ショウガとニンニクのたまり漬けを用いた揚げ餃子茹でたブロッコリーなどを食べている。僕は断酒日にて、ヨーグルトとカキを摂取する。ユミテマサミさんが自家用の畑から錆びた包丁で切り取ってくれたブロッコリーは、おとといのホウレンソウに続いて馬鹿のひとつ覚えだが、とても甘い。

入浴して 「美の値段」 をすこし読み、9時に就寝する。

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 2003.1107(金) 古酒、その最後の1杯

3時30分に目を覚ます。「愛国少年漂流記」 を開き、ほどなくしてこれを読み終える。枕頭の灯りを落として二度寝に入ろうとするが、眠れずしかし覚醒もせず、幽冥の境を行ったり来たりする感じで5時30分を迎える。

事務室へ降り、ウェブショップの受注確認、そのアクセス解析、メイルのチェックと返信、きのうの日記の作成など、いつものよしなしごとをする。

朝飯は、玉子と万能ネギの雑炊、ゼンマイと油揚げの炊き物、ダイコンと豚肉の炊き物、カキの佃煮、ホウレンソウの胡麻よごし。このうちホウレンソウの胡麻よごしは昨夜、次男が家内に翌朝のおかずとして所望したものにて、葉物を嫌っていた次男もようよう、いろいろなものが食べられるようになってきた。

午前中、店前に置いたベゴニアがそろそろその花弁をしおらせてきたため、次の鉢物を見つくろうよう頼んでおいた弓手農園から電話が入る。「午前中でも見に来なよ」 という ユミテマサミさんの言葉もあって、家内とクルマに乗って2キロばかりの移動をする。

次の鉢は、紅いポインセチアに決まった。家内は2ヶ所へ向けて、それぞれ赤とランジェリーピンクのシクラメンを選び、その発送手続きをとる。ランジェリーピンクとは初めて耳にする種類だが、ユミテマサミさんによれば、その花弁は人工の灯りを照射すると、怪しげな燐光を発するという。英語の綴りは女の下着を意味する "lingerie" だろうか。

帰途、日光街道や例幣使街道を北上した際の旧市街の入り口、つまり追分けに位置する 「並木そば」 にて家内はとろろ蕎麦、僕はカレー南蛮蕎麦を食べているところに、事務係のタカハシアツコさんから、"FSE" のシバタサトシさんが来社したとの知らせを受ける。

コンピュータの中身を移し替えるには、想像以上の時間と労力を要する。また、OSに "XP" を採用して以来の不具合、ここ数ヶ月のあいだに徐々にあらわれてきた不具合、あるいはOSを "2000" へ戻すことによって生じる不測の事態にも対処しなくてはいけない。教育の目的もあるのだろう、本日のシバタさんは社員さんひとりを同伴した

午後3時に世田谷の "Sartoria" から電話が入る。昨夜、この会社に電話をして、折り返し若主人からの連絡が欲しいと頼んだいきさつがあった。家内の母の四十九日にあわせて礼服をあつらえなければいけない。

できることなら裸で暮らしたい。裸が無理なら、インドではルンギー、スリランカではサロン、タイではパコマと呼ばれる腰巻きひとつで暮らしたい。その腰巻きの対極にあるのがスーツで、それよりも窮屈なのが礼服だ。しかし、齢50が近づいて礼服も持たない僕のような人間は、世間では珍種の部類に属するらしい。

「タカマツさん、問題は、その礼服を12月13日までに納品していただかなくてはいけない、というところにあるんです」 "Sartoria" の経営者はタカマツという。「大丈夫です」 若主人はいとも簡単に、1ヶ月以内に礼服を仕立て上げる仕事を請け負った。

電話を切ってから、「どのようなデザインにしようか」 と、考える。往年のクレイ・レガッツォーニが好んだ以上の、馬鹿げて幅広のピークトラペルを採用しようか、というようなことも、アイディアのひとつとして温存することにする。あるいは外観は普通でも、生地をレインコートのそれにしてしまうかだ。全天候型礼服というのも悪くはない。

ThinkPad s30からX31へのデイタの移送は、ほぼ終わった。机からキーボードの高さがきのうよりも5ミリほど上がった。たったそれだけのことに違和感を覚える。椅子の高さもそれにあわせて5ミリほど上げる。

燈刻、サイトウトシコさんによるゼンマイと油揚げの炊き物と、とんかつあづまの店主による花豆煮にて、焼酎 「高千穂峡」 を飲む。どれもこれも美味い。

豆腐とタシロケンボウんちのお徳用湯波とエノキダケ、シイタケを煮た鍋に、豚薄切り肉、餅、そしてシバタヒロシさんのホウレンソウなどを投入して食べる。肉は主に次男へ与え、僕は豆腐や湯波ばかりを食べる。

入浴して後、月の器にて瑞泉酒造の泡盛 「十年熟成古酒おもろ」 の最後の1杯を飲む。ひなびた香ばしさと、それとは別の野趣ある香り、深く落ち着いた味、口の中を清めて巡るその濃度、これは本当に優れたお酒だと、僕は思う。

9時に就寝する。

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 2003.1106(木) むかしのホウレンソウ

朝3時30分に目が覚める。「愛国少年漂流記」 を5時30分まで読んで起床する。

事務室へ降りて、ウェブショップの受注を確認する。メイルマガジンを送付してから4日目ともなれば、いただいたご注文も既にして、メイルマガジンの効果によるものなのか、あるいは普段通りのものなのかの判別はつかない。きのうの日記を作成して、7時に居間へ戻る。

朝飯は、ホウレンソウの油炒め、小アジの干物、納豆、梅干、アサリの佃煮、ブロッコリーの胡麻マヨネーズ和え、メシ、ダイコンと万能ネギの味噌汁

先日、江戸末期の農家を解体した際に出た格子戸3枚を稲葉塗装に洗ってもらったが、酸を用いたため、ほとんど歳月を感じさせないほど綺麗になってしまった。そこで、いまだ車庫に残る処理前のものをふたたび稲葉塗装に、しかしこんどは表面のほこりのみを水で流すよう頼んだ。

これがきのうの閉店間際に収められたため、始業後、明るい場所に双方を並べて比較をしてみると、その見た目の差は想像以上のものになった。水のみにて軽く洗った方は、なにより積年の囲炉裏の煙やヤニが厚く表面を覆って黒光りしている

「店の中でパーテイションに使うのは、これに決まりかなぁ、でも、見る人が見ない限り、ただ古く汚いものとしか認識されないだろうか」 などと考えつつこの戸を裏返してみれば、かんぬきに更に小さな木片をはさむ機能を追加して二重の安全を図っている。僕はまるで円空仏を鑑賞するように、その木片に残る古拙の刃跡をまじまじと見る。

昨年8月20日に使い始めたThinkPad s30から先月 "Computer Lib" にて購ったThinkPad X31にその中身を移すべく、"FSE" のシバタサトシさんが来社する。シバタさんはs30からハードディスクを抜き出し、そこから直接、X31へのデイタの移送を開始した

僕の使用頻度が高すぎるのだろう、コンピュータを新調してほぼ1年を経ると、必ずハードにも中身にも不安な部分がいくつも出てくる。「清閑PERSONAL」 の自己紹介ペイジを見れば1999年以降は毎年、コンピュータを買い換えていることが分かる

直前のマシンのOS "Windows XP" には、ずいぶんと辟易させられた。新しいマシンは "Windows 2000" に戻し、そのかわりメモリは1ギガに増強した。利益を生む道具に経費を惜しむべきではない。

シバタさんは店を閉めて後の6時30分に帰った。デイタ移送の作業は明日もなお続く。僕はようやく10月本酒会の紙の会報を完成させ、郵便送付の準備を整える。

日中、コンピュータ会社を経営する息子がウチヘ出張しているとは知らないシバタヒロシさんが、趣味で育てているホウレンソウを持ってきてくれた。「社長に約束していたから」 と差し出された巨大なそれは、今風の楕円形の葉を持つものではなく、まるでアザミが化けたような見事さだった。根に近い部分は赤く、むかしの品種らしい。

「社長に約束していたから」 とのことだが、オヤジはいま台北で休暇中だ。自分が食ってしまうことにする。

きのう飲みさしたワインを冷蔵庫から取り出してみれば、その残りは底から3センチに満たない。僕のワインの適量は、重いもので半本、軽いもので1本だ。ルフレーヴの赤は決して軽くはないが、9年を経て力が落ちた分、量が進んだのだろう。

とりあえずこれは待機をさせておいて、バキュバンで栓をしたまま3週間も冷蔵庫へ入れっぱなしにした " Rully Blanc Appellation Rully Controlee 1986" を飲む

カキとカブのサラダが美味いホタテガイとエノキダケのオリーヴオイル焼きも美味い

病院からもらったパンフレットによれば、ホタテガイはコレステロールの含有量が少ないという。そのパンフレットのコレステロール最大のエリアに、ホタルイカの表示がある。

太った人は、より太るような食べ物を好む。やせた人は、よりやせるような食べ物を好む。太った女の人は、より太って見えるような服を好む。やせた女の人は、よりやせて見えるような服を好む。およそ人間には、自らに損を与える方向へと進んでしまう癖がある。

ホタテガイとホタルイカのどちらが好きかと問われて迷わず 「ホタルイカ」 と答えるとろに僕の悲劇はある。

シバタヒロシさんのホウレンソウ、ベイコン、ニンニクによるリングイネは 、べらぼうに美味かった。野菜や魚を誉める際に 「甘い」 という言葉を使う人が多くいる。それを聞くたびに僕は 「甘けりゃいいってもんじゃねぇだろう」 と思うが、それにしてもこのホウレンソウは甘い。

「パパン」 のパンにチーズを塗って食べ、今夜のメシを締める。

入浴して、ビールを350CCほども飲む。「愛国少年漂流記」 のペイジが残り少ないため、「あー、今夜中に、次に読む本を探さなきゃ」 などと生意気なことを考えたが、すぐに眠くなって本を置く。

9時に就寝する。

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 2003.1105(水) 9年前のルフレーヴ

深更0時30分に目を覚まし、「愛国少年漂流記」 を読む。120ペイジからの推敲の甘さはごく短い部分のみにて終わり、ふたたび細密なヴィエトナムの風景描写が始まる。

これまでそれがあることに気づかなかった表紙折り返し部分の 「推薦の言葉」 によれば、著者は現在77歳だという。その年齢にして倦むことなく、自らが60年以上も前に触れた南国の風物や空気を緻密に積み上げていく、その記憶力、根気、文章力には驚きを隠せない。

1時間後に二度寝に入り、5時から6時までは、起きてふたたび同じ本を読む。

6時に起床して事務室へ降りる。メイルマガジンを送付してから48時間以内の受注件数と合計金額を、その表示のあるブラウザを開いて計算する。きのうの日記はきのうの夕刻までにほぼ書き上げていたため、画像を追加しただけで、すぐに完成する。

それにしても、「市之蔵」 での開催から2週間を経て、いまだに紙の 「第125回本酒会報」 ができていない。これはひとえに、文章を書きデイタベイスを整え、あるいはそのメイルマガジン版を作りウェブペイジに起こしということにくらべ、その印刷やホッチキス留め、折って封筒へ入れてタックシールを貼ってという作業が、ひどく面倒に感じられることによる。

朝飯は、メカブの酢の物、「あをき」 の小アジの干物、茹でたブロッコリー、千枚漬け、納豆、カキの佃煮、メシ、シジミと長ネギの味噌汁

ここ2日間の繁忙、否、実際に忙しいのは事務係で、僕のは気分的繁忙というものだが、それによってできなかった、店舗に置く新しい椅子の見積もり依頼書を作成する。送る先は長野県美麻村の 「柏木工房」 だ。

「ここ2日間の繁忙」 と書いたが、ウェブショップのフォームから為される注文の他、メイルによるものも今日は多く、またその中に含まれる抽象的なご注文、品切れ商品のご注文などに対して逐一メイルにて問い合わせをし、届いた返信にまた返事を書きということを繰り返しているうちに、「ここ2日間の繁忙」 が 「ここ3日間の繁忙」 になる。

燈刻、ワイン蔵へ行って、"Blagny 1er Cru Sous Le Dos d'Ane Domaine Leflaive 1994" を棚から選び取る。

トマトのオリーヴオイルとバルサミコかけグリーンアスパラガスのソテーポテトフライとニンジンのグラッセを、台所から居間へ運ぶ。夕刻のスーパーマーケットで3割引になったOGビーフによるステーキに、トマトの皿からオリーヴオイルとバルサミコ酢の混じったものをかけ回す。そこへ 「にんにくのたまり漬」 の薄切りを散らしてナイフを入れる。

9年前のブルゴーニュはやや力を失いかけて、エッジは濃いルビー色から朱を帯びた紅に変わりつつある。これを大切に取り置いて "Castillo de Molina Cabernet Sauvignon Reserva Vina San Pedro 1999" 他を飲んできたが、そろそろこのルフレーヴも飲みきってしまおうと考える。

入浴して本は読まず、9時に就寝する。

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 2003.1104(火) 酒のない晩飯

いまだ3日の夜11時30分に、過剰な暖かさとのどの渇きを覚えて目を覚ます。冷たいお茶を飲み、ベッドへ戻って 「愛国少年漂流記」 を読む。おとといの日記でこれを書いた宮脇修の文章を褒めたが、100ペイジを過ぎるあたりから推敲が甘くなるのは、どのような理由によるものだろうか。

1時30分に至って枕頭の明かりを落とし、二度寝に入る。いつもより遅い6時に起床して事務室へ降りる。

パリの知人からメイルが入っている。返信を送ると、すぐにまた返事が戻る。必要があって、同じくパリに住む別の知人へ電話を入れる。呼び出し音が鳴り続けて誰も出ない。ようやく、この家の電話が夜間には切られるならわしだったことを思い出す。

連絡の方法をファクシミリに切り替える。応答を待つあいだに別の要件についてのメイルを読み、かつ返事を書いて送る。このようなことをしているうちに、きのうの日記を書く時間が失われる。

朝飯は、千枚漬け、アサリの佃煮、納豆、焼きナスのサラダオイル和え、ホウレンソウの油炒め、メカブの酢の物、メシ、豆腐と万能ネギの味噌汁

開店1番のお客様は、今年の 「今市そばまつり」 で最も長い行列を作り出した 「越前そば道場」 の方々だった。彼らはこれから陸路4時間をかけて福井まで帰るという。来年、このお店の蕎麦を食べるには、会場が開くと同時にブースへ急ぐ必要があるだろう。

ウェブショップには、きのう送付したメイルマガジンの影響から、いつもの数倍あるいは10倍の注文が入っている。この24時間の注文数とその合計金額を、"Computer Lib" のナカジママヒマヒ社長にメイルにて知らせる。普段とは異なり、追って即、感想の返信が戻る。

そうこうするあいだにも僕の携帯電話が "You've got mail" を連発して、つまりウェブショップの受注を次々と知らせる。店舗から「忙しいので人をよこしてくれ」 との要請を受けた事務室は一見すると静かに見えるが、実は注文の対応に追われている。

受注係のコマバカナエさんは結局、2時間ちかくの残業をした。

初更、今月初の断酒を実行すべく、イチジクのパン、ウォッシュタイプにしては癖のないチーズ、カキ、ヨーグルトを摂取する。いまや酒のない晩飯を食べて、痛痒は一向に感じない。しかし、「だったら一生、断酒をしろ」 と言われれば、それも困る。

入浴して 「愛国少年漂流記」 を読み、9時30分に就寝する。

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 2003.1103(月) 今夜は家でメシを食う

5時30分に起床する。洗面所へ行き窓を開ければ、夜明け前の薄闇に浮かぶ紫色の山は雲に隠れがちだが、雨の心配は無さそうだ。

事務室へ降りてコンピュータを起動する。先日、"Computer Lib" にて作成した自製のマニュアルに従って、慎重にメイルマガジン送付の手続きを取る。数日にわたって練り上げた文章をテンプレイトに当てはめ、6時15分、遂に送信ボタンをクリックする。メイルマガジンの表題は、「新らっきょうの蔵出しが始まりました」 とした。

ディスプレイに現れる情報から逆算をすれば、すべてのあて先にメイルが行き着くまでには、25分間を要するらしい。席を立ち、シャッターを上げ、これから暮の繁忙期へ向かうにあたって、用度の倉庫に諸々の在庫を確かめたりする。

メイラーが停止した後、自分宛にも送られたメイルマガジンの、ヘッダやフッタのデザインに崩れはないか、行ずれは発生していないか、ホットリンクはしっかり機能するか、あて先の氏名はプレヴューで見た通りの場所へ収まっているか、などの確認をする。

外でお囃子の音がする。春日町の交差点へ出てみると、きのう 「市之蔵」 にてオダ上げをしていた朝日町の人たちが花屋台を引いて、日光街道を下っていくところだった

事務室へ戻り、きのうの日記を作成する。本酒会の紙の会報は今日も印刷されないまま、後日の作業を待つことになる。

10時に日光街道の片側が、場所によっては両側が封鎖されたことに伴って、鬼怒川へ向かう会津西街道も混雑の度合いを増す。僕は、杉並木祭りの行列に参加する春日町1丁目の面々を撮影するという任を負っている。10時20分に会社を出て、観客が鈴なりに充満する歩道を南下する。

本酒会員にして市役所職員のオチアイマナブさんがいる。カメラを向けると顔をそむける大量の子供たちは、どこから徴用されたものだろうか馬に乗る人がいる緋毛氈の上に並んで座る偉いさんがいる着ぐるみもいる

姉妹都市の小田原から今日のために駆けつけた提灯踊りの面々がいる。その中に、いつもたくさんの漬物を買ってくれるオバサンを発見する

ようやく春日町1丁目の御輿を発見するその後ろに子供御輿が従っている。消防団の礼装に身を固めたシバザキトシカズ本酒会員と、紋付きを着たアンザイ畳屋のオヤジがいる。そのオヤジの襟元に、はやりのチタンのネックレスが見え隠れする

大名行列、踊りの行列、各種団体の行列などが、日光街道を北上する。ようやく大小2機のお神輿が、春日町1丁目の会所前に達する。大人の記念写真を撮る子供の記念写真も撮る。ここで自分の役割を終え、会社へ戻る。

午後1時を過ぎて、手塚工房のテヅカナオちゃんに電話を入れる。昨秋の同じ時期、宇都宮の器屋 「たまき」 のタマキヒデキさんに書いてもらった 「新らっきょう」 の全紙を、本日の明るいうちに店前へ貼ってくれないかとの、メチャクチャなお願いをする。テヅカナオちゃんは、「うーん、何とかします」 と、言ってくれた。

2時間後、その新らっきょうの蔵出しを伝える力強い筆文字は、店舗入口右側の壁に取り付けられた

夕刻、杉並木祭りの画像を保存したスマートメディアを持って、近くの写真屋へ行く。CDへの焼き付けとすべての画像の紙焼きを頼んで会社へ戻る。

5時40分、母親への最後の看病と葬儀を済ませた家内それに次男を、下今市駅に迎える。家へ戻り、先ほどの写真屋へ行く。できあがったものを、今夜、春日町1、2丁目の合同直会が開かれる 「市之蔵」 へ届け、役員に手渡してくれるよう店主に頼む。

今夜の直会を知らせる着信が相次いで携帯電話に入るが、今夜は家でメシを食う旨の返事をする。

焼きナスのサラダオイル和え、冷や奴、シュンギクの胡麻よごし、カキの佃煮にて、萬代酒造の粟焼酎 「高千穂峡」 を飲む。この焼酎はむかし、オフクロが百貨店の頒布会にて取り寄せたもので、しかしそのころの僕は焼酎を飲むことができなかった。

ビンには 「60-914」 の数字があった。昭和60年つまり1985年の9月14日に中身が詰められたということだろうか。さすがに蒸留酒だけあって、飲めないものではない。あるいは美味い。

「魚久」 のギンダラの味噌漬け「村上重」 の千枚漬けにて、更にこの焼酎を飲み進む。

入浴して牛乳を500CCほども飲み、9時に就寝する。

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 2003.1102(日) そばまつり

目覚めると午前1時だった。「愛国少年漂流記」 を2時まで読んで二度寝に入る。4時にふたたび目を覚まし、着替えて事務室へ降りる。

先月23日に開かれた第125回本酒会の会報が、いまだに作成されていない。ただちにその原本を書き、メイルマガジン版を各会員へ送付する。またそのウェブペイジ版を整えて、サーヴァーへ転送する

郵便にて送付する紙の会報は、後日の作業にゆだねることとする。

朝からクルマの数が多い。お客様に、ここから中禅寺湖畔までの所要時間を訊かれる。道路情報センターへ電話をする。普段なら40分の行程に、3時間はかかるだろうとの見通しを伝えられる。紅葉狩りのツウは平日の午前5時前に山を上がっていくが、一般の人には秋の日光の、それも連休のさなかの混雑は、なかなか想像できないらしい。

10時30分をすぎて、自転車を市街地から田園に乗り入れる。15分ほどで、今市オートキャンプ場に設けられた 「今市そばまつり」 の会場へ達する。本年、ここには我が町の蕎麦屋が9軒、日本各地の蕎麦屋や愛好会が18軒の模擬店を出している。蕎麦を作るための道具を売る店がある。また、この地方の物産を紹介する店もある。

本酒会員にして「やぶ定」 の社長を務めるワガツマカズヨシさんが、見物客から求められて茶蕎麦についての説明をしている。「いやぁ、大変ですね」 と挨拶しつつ、その様子を撮影する。最も待ち客の多い店は、今日の昼前に限っては、「越前そば道場」 だった

店名も確認しないまま、看板に 「へぎそば」 の文字がある店へ入る。僕は蕎麦にうるさい者ではない。盛り蕎麦は冷たくのどごし良く歯ごたえさえあれば、香りには拘泥しない。立ち食いの 「小諸蕎麦」 に 「藪」 のつゆと生ワサビと酒といくつかの酒肴、それに椅子を置いた店が存在するならば、ことによるとそれが、僕にとっての理想の蕎麦屋かも知れない。

このお祭りと連動して開催される 「杉並木祭」 に寄付をした際にもらった食券を出し、きのこそばを注文する。野天の席に間もなく運ばれたそれは、きのこと長ネギの熱いつゆに、冷たい蕎麦をつけて食べるものだった。このつゆが、異常なほど多量の油を含んで、まるで鴨汁のように美味い。いわゆる蕎麦通からすれば、僕の好みは邪道に類するものだろう。

500円の食券を3枚も余らせて会場を出る。あちらこちらの駐車場は満杯になり、クルマによる見物客は、ここから4キロ以上も離れた今市中学校の臨時駐車場へ迂回させられている。当方は自転車のため、秋草の香りを風に感じながらサクサクと帰社する。

昨日の売上げはあまりはかばかしくなかったが、本日のそれは昨年同日の記録を抜いてくる。終業後、社員たちとこの1週間の反省などをし、事務室の明かりを落とす。

自転車にて日光街道を下り、「市之蔵」 へ行く。昼間は暖かかったが、日が落ちて後はずいぶんと肌寒くなった。あずけてある焼酎 「いいちこ」 を、お湯割りにする。即、鶏手羽とクリの甘煮、ワカメ酢が、目の前に現れる。

「牛スジ、食べられる?」 と、店主のナガモリユミコさんが訊く。「食えるよ」 と、答える。

「本当は、オレの体にそういうものは、良くないんだけれどね」
「あら、そう?」

「うん、ゼラチン質のものは、確かコレステロールが高かったと思う。豚足とか」
「大丈夫?」

「まぁ、ヘーキだよ。でもそのうち、野菜しか食えなくなったりしてな。そうだ、冷やしトマト、もらおう」
「はい」

牛スジを含むオデンがことのほか大盛りのため、「オレ、もう今夜は、これだけで良いと思う」 と、カウンターの中に声をかける。小上がりでは朝日町の長老たちが、明朝から始まる杉並木祭へ向けて、打ち合わせなのかオダ上げなのか、まぁ、そのようなことを大声で楽しそうに行っている。

「これ、おくすり」 と差し出されたものは、モロヘイヤのたたきだった。それを口へ入れるとあたかもなめろうのように、味噌の香りが立ち上る。「愛国少年漂流記」 を読む。

作者の宮脇修については何も知らないが、短くポキポキ折れた文章に多く触れる僕にとって、この現代的な美文は目に新鮮だ。しかもその中に古典調の熟語を絡めて嫌らしくならないところが凄い。と、ここでも僕はまた本の内容ではなく、いつものように文体のみを追っていく。

若い男の客が 「正嗣(まさし)」 の生餃子を差し入れつつ隣の席へ座る。それを店主はフライパンで焼き、おこぼれが僕のところまで回る。この餃子についてはいろいろと思い出も多いが、またまた日記が長くなるため、今日のところは割愛する。

隣席の客に餃子の礼を述べ、店を出る。

どこかに記録を残さない限り、僕はほとんどすべてのことを忘れていく。帰宅して、明朝、メイルマガジンを一斉送付する義務が自分にはある旨をメモし、エレヴェイターの中に貼る

洗濯物を洗濯機へ入れてスイッチを押し、風呂のお湯を満たして止める。

気がつくと居間のソファにいて眠っている、帰宅してから3時間もの時が過ぎている。そそくさと入浴し、牛乳300CCと1杯の "GLEN ROSA" を飲む。11時30分に就寝する。

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 2003.1101(土) 「ロースカツの小」

きのうから 「今市そばまつり」 というものが、大谷川河畔で開かれている。僕には見物癖、有り体に言えば野次馬根性が欠けているため、ここへはこれまで足を運んだことがなかった。今回こそは行かなければと考えつつ、今日も店舗の繁忙と事務室の人手不足から、会社の半径100メートル以遠には出なかった。

10日ほど前からタバコを吸いたい気分がある。同じく数日前からトンカツを食べたい気分がある。タバコの方はさておき、トンカツは食べることにする。終業後、家内の電動自転車のタイヤに空気を入れる。JR日光線を横断する地下道を抜けて、「とんかつあづま」 へ行く。自転車のカゴには、

「愛国少年漂流記」  宮脇修著  新潮社  \1,500

を入れた。

「とんかつあづま」 のカウンターにてこれを開くと、"amazon" 経由で購った古本にもかかわらず、まるで新品のように綺麗だ。印刷所から出荷されて以来、その位置が変わっていないらしいヒモのしおりが、ペイジにくっきりとその凹形を刻んでいる。

クルマには、売れたわけでもないが新車でもない新古車というものがある。本にも、同じようなものがあるのだろうか。

お酒を所望すると、オヤジさんが 「漬物には飽きているだろうけど」 と言いつつ、ダイコンとキャベツとショウガの浅漬けを出してくれる。「漬物には飽きている」 などということはない。この店の漬物は美味い。すこし遅れて、ごま油の香りも高いサラダが運ばれる。これにて菊正宗の燗酒を飲む

僕は1981年の12月、2週間のうちここへ2度通い、宇都宮の 「グリル富士」 へも2度通って、体重を2キロ増やしたことがある。その20代はじめのころから、ここのロースカツでメシを2杯食べると、過剰な満腹感に午前0時までうなされた。

現在の年齢を勘案し、今夜は 「ロースカツの小」 を注文する。ところがこれを食べ始めると箸が進んで、またたく間に残り3切れとなる。菊正宗の徳利は小振りのため、計3本は飲まなくてはいけない。

そこへ至るまでは1切れをふた口で食べていたが、急な物資不足にて節約の要が出てきた。ちょうど肉から外れた衣をどっぷりとソース皿へ沈め、これを酒肴にしたりする。自由学園の寮で暮らしていた時分、直径5センチばかりのハンバーグステーキをソースの海へ浸し、そのソースの味でどんぶり飯をかき込んだことを思い出す。

ソースと共に添えられた自然塩らしいものも、あわせて酒肴とする。

この店が開かれて以来ずっと変わらない、朝鮮風のポッテリと厚い飯茶碗が好きだ。ここへ盛られた温かく柔らかいメシを、ロースカツの右端つまり長さの短くなった部分2切れと、ダイコンとキュウリの浅漬けにて食べる。また、普通のお椀の倍量はある、豆腐とワカメと長ネギの味噌汁を飲む。

少しは酔っているため、慎重にもと来た地下道を走り抜ける。7時30分に帰宅する。

入浴し、牛乳を300CCほども飲む。洗濯は洗濯機がしてくれるから楽なものだ。新聞を拾い読みしているうちに9時になる。眠気を覚えたため、ここで就寝する。

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