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一壺の紅の酒 一巻の歌さえあれば  それにただ命をつなぐ糧さえあれば
君とともにたとえ荒屋に住もうとも  心は王侯の榮華にまさるたのしさ
Omar Khayyam

 2002.1130(土) 自由学園の学業報告会

朝7時に起床する。きのうの日記を作成している時間は無い。メイラーだけを回して、コンピュータの電源を落とす。

8時すぎに甘木庵を出て、9時すぎに自由学園へ達する。正門にて、本日の、学業報告会への申し込みをする食料部の前から学部の石畳を歩き、羽仁吉一記念講堂へ入る。

11. 生物 磯の勉強 2年生
12. 情報 道具としてのコンピューターを考える 5年生
13. 音楽 モーツァルトとレクイエム 6年生
14. 産業 夢は果てしなく広がる 3年生
15. 日本史 関東平野の戦国時代 4年生

自由学園では、中学生と高校生が同じ場所で学び、また同じ寮で生活をしている。従って、高等科の1年生から3年生までは、日常、4年生、5年生、6年生と呼ばれることが多い。

午前の部を終え、男子部の羽仁吉一記念ホール へ移動をする。

本日の昼食は、長男のいる5年生が、朝からこれを作っていた。席へ着き、サラダ、ビーフシチュー、チーズスティックとクロワッサン、プリン、お茶による昼食を、楽しく食べる。

自由学園のメシは、僕が在学していた30年前と、ほとんどその味に変化はない。ただし今日のビーフシチューは、ことのほかに美味かった。

食事も済みかけるころ、昼食リーダーが、本日のメニュについての報告をする。また、1年生が、入学をするとすぐに作る、自分の聖書袋と勉強机についての説明をする

午後の部が始まる。

16. 生活 一年生の生活 衣類の管理をとりあげて 1年生
17. 数学 黄金比 3年生
18. 炭を焼く 那須農場の新しい活用の提案 4年生
19. 自治区域 5年生
10. 物理 液晶パネルの制作 6年生
11. 生活文章 各学年

「生活文章」 とは、生活から導き出された自分の考えや決心をまとめた作文だが、長男のクラスから選ばれて壇に上がったハセガワシゲル君の、立派になった姿に驚く。

すべてのプログラムが終了した後、5年生の父母は、来年、最高学年を迎えて与えられる責任と仕事について、小さな話し合いを持った。

暮れていく雑木林を背にして、自由学園を後にする。

浅草駅19:00発の、下り特急スペーシアに乗る。9時前に帰宅する。入浴して、10時に就寝する。

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 2002.1129(金) コルシカ島のソーセイジ

朝4時30分に起床する。

メイラーを回し、ウェブショップの受注を確認する。2、3の短いメイルを書き、きのうの日記を作成する。

先日の本酒会で、12月2日に役員会を開くことが決まった。会議への参集を呼びかけるハガキを印刷する

朝飯は、ハクサイの浅漬け、タシロケンボウんちのお徳用湯波とミズナの炊き物、温泉玉子、ホタテ貝の薄味煮、ゴボウとニンジンのキンピラ、茎ワカメの炊き物、メシ、シジミと万能ネギの味噌汁

今日は外出をするため、カメラは朝から、持ち運びに便利な "Minolta DiMAGE X" を使っている。ファインダーから写る対象をしっかり把握できる "Olympus Camedia C-700 Ultra Zoom" と異なり、構図が甘くなるのは致し方がない。

午前中、クルマの中へ鍵を入れたまま、ドアをロックしてしまわれたお客様のために、そのクルマの販売店からメカニックを呼ぶ。1時間30分かかって埒があかないため、宇都宮の 「街の鍵24」 という、ほとんどどんな鍵でも開けてしまう業者に電話をし、助けを求める。

1時間ちかく後に来た 「街の鍵24」 のオニーチャンは、わずか3分で、まるで真空容器のように密閉されたクルマのドアを開けた。今後、同じ問題が発生したときには、迷わずこのオニーチャンに声をかけようと考える。

午後、ウェブショップのアクセス数が、開設以来1,507日目にして10万を超える。この店の経営については、来春1月23日に、東京国際フォーラムにて話をすることになっている。

終業後、家内と、下今市駅18:52発の上り特急スペーシアに乗る。9時前に銀座へ達する。クリスマスの色を濃くした並木通りを歩き、「金春湯」 ちかくの 「一寸桜」 にて、遅めの夕食をとる

1時間後、目と鼻の先にある自由学園の社交クラブ "Y's Bar" へ顔を出さないのも不義理と考え、花椿通りの雑踏から石造りの螺旋階段を地下へ下る。

店内には、顔見知りの上級生ばかり6人がいた。僕はグレンフィディックをダブルで、家内は赤ワインを注文する。酒肴として、8年先輩のオガワミホさんがコルシカ島から送ってくれた、サラミソーセイジが運ばれる。これを自分でそぎ切りにしながら、酔った頭にて 「キチガイ水を飲んでいる人間に、刃物など持たせても良いものだろうか?」 と考える。

6年先輩のイダアキロウ君が、「ウワサワ、クリスマスの集まりがあるから、18日も来い!」 と言う。
5年先輩のマツダキュウ君が、「ウワサワが来ると品が落ちちゃうから、来なくていいや」 と言う。

生ビールにて締め、人の少なくなった夜の街を歩く。

数寄屋橋の交差点では、電飾付きシャネルの5番をクリスマスツリーに下げる作業が続いていた

0時30分ごろに甘木庵へ帰着する。シャワーを浴び、1時に就寝する。

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 2002.1128(木) ボルネオの日本酒

朝4時30分に起床する。

いつもの朝の仕事をこなしていて、ふと、今日が本酒会の日だったことに気づく。シンガポールの 「萬豪軒」 から持ち帰った、先端に緑色のミントを塗布した楊枝を、イチモトケンイチ会長へのおみやげとして準備する。

むかし、「雪花堂」 の黒豆の美味さに感動したイチモトケンイチ会長は、当の黒豆ではなく、それへかけ回すために付いてきた三温糖を、齢80になりかかろうとしている蕎麦屋 「やぶ定」 のオヤジさんの手の上へ乗せて
「オヤジさん、これ、うめぇから、舐めてみ?」 と、言ったことがある。

そういう人には、仰々しいおみやげよりも、1本の楊枝を上げた方が、よほど洒落ているというものだ。

6時より、「ウェブショップ開設4周年感謝プレゼント」賞品を荷造りする。事務室へ戻り、当選者へ向けて、本日、賞品が発送される旨のメイルを書いて送る。

朝飯は、ハクサイの浅漬け、タシロケンボウんちのお徳用湯波とミズナの炊き物、サケの昆布巻き、温泉玉子、納豆、メシ、アサリと万能ネギの味噌汁

既にして申し込みは済ませてあるが、「連絡があってから出荷せよ」 と伝えられていた大口のギフト顧客から、続々と 「そろそろ出してくれ」 との電話が入る。その度に製造現場へ足を運び、仕事の段取りを組み替える。

夜7時30分より、本酒会 のため、会場の 「やぶ定」 へ行く

「月の輪酒造」  雄町で作りました大吟醸  岩手県紫波郡紫波町高水寺向畑101 TEL.0196-72-2503

のビンに、「南部杜氏発祥の地」 と墨書された、よだれかけのような売り文句が提げられている

「南部杜氏発祥の地と美味い酒とのあいだには、何の因果関係も、ないんじゃないでしょうかね?」
と、カトウノマコト会員が言うので、

「ボルネオで日本酒つくって、そこに 『オランウータン発祥の地』 って書くのと同じだよ」
と、僕が答えた瞬間から、カトウノマコト会員は体をふたつに折り曲げ、激しく震え始めた。

「アハハハ、オレ、ツボに入っちゃうと、笑いが止まらなくなるんですよ、アハハハ」

今月、ファミリーマートを開店したため、本日は忙しくて出席できないカネコマスオ会員から、

「松井酒造店」  源水点大吟醸  栃木県塩谷郡塩谷町船生3683  TEL.0287-47-0008

の寄贈を受ける。これを飲んで、出品された9本のお酒すべてに、飲み順を示すプラスティックの札が下げられる。

いつも締めにはラーメンを注文し、イチモトケンイチ会長から 「蕎麦屋に来て、ラーメンなんか食ってんじゃねぇよ」 と言われるため、今日は山菜たぬき蕎麦を頼む

そうこうするうち、イチモトケンイチ会長の前には、ラーメンが運ばれてくる。よく考えてみれば、夏は冷やし中華、冬はラーメンしか、彼はこの店では注文しない。

9時に帰宅する。入浴して牛乳を飲み、9時30分に就寝する。

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 2002.1127(水) 自分の舌

朝5時に起床し、事務室へ降りる。

メイラーを回し、ウェブショップ の受注を確認していると、外の木箱に新聞の差し入れられる気配がする。この時間に届くのは、日本経済新聞だろう。2、3のメイルに返信を書き、自分のものではないpatioに、やはり2、3の返信をつける。

コーフィーを入れ、事務室のカウンターに置いてある、きのうの朝日新聞朝刊に目を落とす。

第38面に、「イチョウ葉エキスに高濃度アレルギー物質」 という見出しの記事がある。これを医薬品として使用しているドイツの基準に照らすと、1日の摂取量としては、8万倍のアレルギー物質を含むものも、健康食品として販売されていたと、記事は述べている。

むかし團伊玖磨が自身のエッセイ 「パイプのけむり」 で

「子どものころから体に良いと食べさせられ続けたものが、オトナになってから、実は有害だったと言われても、もう遅い」

ということを書いていた。團伊玖磨は、巷間、体に良いといわれるものを食べることについて、これを好まない人間だったに違いない。僕も同じだ。

ことしの春ごろ、僕はオフクロから 「イチョウ葉エキス」 をもらって、1ヶ月ほど飲んでいた。このようなものを僕は、飲めと言われれば飲むし、それが無くなれば、以降は飲まない。

「それはさておき、ジンの在庫がねぇんだよなぁ」 というようなことしか、僕は考えない。

同じ紙面に、「ワイン熟成、海底でどうぞ」 という記事がある。パラオの臨時代理大使がワインの生産地である勝沼町に、パラオの海底でワインを熟成させたらどうか? との提案をしたことが、記事の大枠になっているが、僕の目はその中の、「ここ数年、白ワインの消費低迷で、町では供給過多の状態」 という部分に止まった。

日本人は、25年ほど前から甘めの白ワインを好んで飲んできたが、このところは、赤ワインに含まれるポリフェノールが体に良いとして、こちらに消費の傾向が移ってきている。

「自分の飲みたいものくらい、自分の舌で判断しろ」 と、僕は言いたい。そもそも赤ワインは酒なわけで、ならば、これが体に良いわけはない。

朝飯は、納豆、ベイコンエッグ、カキと昆布の煎り煮、ホウレンソウの油炒め、ハクサイの浅漬け、メシ、タマネギとワカメの味噌汁

午後3時より加藤床屋へ行き、4時30分に戻る。

夜、ノイリープラットを猪口で軽く一杯行きたいところを我慢して、カスピ海ヨーグルトとバナナを摂取する

入浴後、6歳の次男にせがまれて、堤智恵子の "Tiny Pocket" をCDプレイヤーへ入れる。僕は同じベッドにて、「新聞王 ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯」 を読む。

9時30分に就寝する。

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 2002.1126(火) 一刻も早いメシを

朝4時30分に起床する。

ウェブショップ へ注文があれば、それは僕の携帯電話に転送される。しかしそこで見られるのは "Subject" のみのため、受注高や注文内容を知るためには、コンピュータのメイラーを回すか、ブラウザにパスワードを打ち込んで、受注画面へ行く必要がある。

その確認をし、数行で済むメイルのみを書いて送る。複数のpatioに数本の返信をつけ、きのうの日記を作成する。

これから天気が快方へ向かうのか否かの、判断のつきかねる雲が出ている

朝飯は、カキと昆布の煎り煮、ホウレンソウの油炒め、マヨネーズ味のスクランブルドエッグ、納豆、かまぼこ、ハクサイの浅漬け、メシ、湯波とダイコンとダイコン葉の味噌汁

夜のあいだに、店舗駐車場にあるモミジの木が、ほとんど丸裸になる。落ちた葉の量は、尋常なものではない。販売の社員数名が、1時間ほども落ち葉を集める

数日前より、「このまま放っておいたら、危なくなりそうだな」 という気配を腰に感じていた。キャスターの壊れたトランクを下げて、シンガポールや成田の空港を歩いていたことが原因かどうかは知らない。

午後、東武日光線にて30分ほども南下し、栃木市の 「慈養堂治療院」 へ行く。鍼を打たれ、そこに電気を通され、丁寧至極なマッサージを受け、背中から腰にテイピングを施されて、夕刻に帰社する。

終業後、スーパーマーケット 「かましん」 にて、同級生のカミヤマノブコさんに会う。

「買物も、するんだ」
「女房、なにか仕事があるみたい。一刻も早く晩飯が食いてぇからさ、オレが買物に来たんだよ」

帰宅し、数日前からバキュバンで栓をしておいた、"Chablis Premier Cru Les Vaillons BILLAUD-SIMON 1999" を飲む

"neu frank" のコーンビーフを、薄く切り取って口へ入れてみる。優れた品物というのは、それまで自分が触れてきたものとくらべて 「なにか別のもの」 であることが多い。そしてこのコーンビーフも、その例に漏れることはない。

ジャガイモとタマネギとコーンビーフのバターソテー同じく "neu frank" のソーセージ網焼きザワークラウトとトマトサラダ

ワインを、先日、知り合いから買った "Beaujolais Nouveau Jean Saint-Honore 2002" に替える

入浴して牛乳を飲み、9時に就寝する。

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 2002.1125(月) 冬の訪れ

朝4時30分に起床する。どうにか冬眠生活から脱することができそうだ。事務室へ降り、決められた朝の仕事をする。

「ウェブショップ開設4周年感謝プレゼント」 の当選者を ウェブショップのトップに発表したのは、今月20日のことだった。この10名様へは同時に、商品の送付先を折り返し知らせてくれるよう、メイルを送った。現在、返事が戻ったのは7名のみだ。

「自分が懸賞に応募したことを忘れ」、同時に 「自分に用事のあるとき以外、メイラーは開かない」 あるいは 「応募したときのメイルアドレスを、現在は変えている」 という人が、とても多いということを、僕はこの数年の経験から、よく知っている。

きのうの日記を作成する。

朝飯は、紫タマネギのスライス、生玉子、納豆、カキと昆布の煎り煮、メシ、豚汁

午前中、一緒にシンガポールMGへ参加したオカノトミちゃんから、ハガキが届く。70シンガポールセントの切手が貼ってある。現在のレイトでは、郵政省のハガキ代50円よりも格安ということになる。

消印は、11月18日の投函を示している。僕が自由学園の寮で暮らす長男に書いたハガキも、今日あたりに届いているのだろうか。シンガポールから日本まで1週間というのは、ちと時間がかかりすぎ、という気もする。

午後、旧財閥系の商社が運営するショッピングモールから、出店依頼の電話が入る。担当者と話をしながら検索エンジンを回し、そのモールをブラウザに呼び出す。

「出店料はリーズナブルで、売上げの8パーセントだけをいただくシステムです」 という、おだやかで説得力のある声が、受話器の向こうから聞こえてくる。

8パーセントのサヤを取られながら 「らっきょうのたまり漬」 を売るとき、その粗利総額は、定価のときの2.2倍の数量をさばいてようやく超えることを、"Strategy Account" のマクロを仕込んだ僕のマイツールは示している。

わざわざこのようなことをするまでもなく、僕はショッピングモールには、店は出さない。

外へ出て冷たい空気を吸う。青みを帯びた空の下で、紅葉が弱い雨に打たれながら、葉を落とし続けている

燈刻、カスピ海ヨーグルトとカキによる夕食のようなものを済ませ、入浴して9時に就寝する。

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 2002.1124(日) "Brut" ならなんでも

朝6時に起床する。

事務室へ降り、綾戸智絵の "YOUR SONGS" を聴きながら、いろいろな人のことを思い出す。「"I hope you don't mind" かぁ、まぁな」 などと、意味のないことばが、頭の中に浮かんでは消える。

ウェブショップの受注を確認し、この12時間に、どれほどの売上げがあったかの足し算をする。メイラーを回し、数行で済む返信のみを書いて送る、きのうの日記を作成する。

社員が会社のpatioに、これから1ヶ月間の休みをアップしている。すべてをコピーしてマイツールへペイストし、日のコラムでソートする。人員の厚い日、薄い日が一目瞭然になる。ざっと見てから、それをpatioへ送り返す。

朝飯は、納豆、生玉子、ハクサイの浅漬け、メシ、豚汁

冬空の下で、塀の瓦屋根に、紅葉が落ちて重なっている。これから製造現場は年末ギフトのために忙しくなるが、来店客の数は減っていく。駐車場整理のガードマンが来る週末も、年内は今日が最後になるだろう。

午後、蔵の床から冷蔵室の壁が立ち上がる部分のカビを、袋詰め部門のコイタバシミキコさんとふたりで、タワシでこすって落とす。事務室へ戻り、コンピュータのキーボードを打っているときには気づかなかったが、ボールペンでメモを取ろうとすると、手が震えて、幼児がクレヨンで画用紙に連ねるようなローマ字しか書くことができない。

改めて、キーボードの便利さに感心をする。タワシを握り続けたための手の震えは、30分ほどで収まった。

今夜は酒とメシを抜こうと考えていたが、家内がカキフライを作るというため、その案を帳消しにする。

先日、オフクロがエールフランスの機内でもらってきた、小瓶のシャンパンを飲む。"Brut" ならば、ほとんどどんなシャンパンでも、僕は文句は言わない。

2種類のサラダとカキとエビのフライを食べる。タルタルソースにはピクルスではなく、「きゅうりのたまり漬」 が混ぜ込んである。飲む酒を、"Chablis Premier Cru Les Vaillons BILLAUD-SIMON 1999" に替える。

入浴して牛乳を飲み、9時30分に就寝する。

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 2002.1123(土) ダイコン

9時間30分も眠って、朝6時30分に起床する。人間にも冬眠というものはある、という話を耳にしたことはあるが、シンガポールから帰って以来、早朝の仕事ができなくなっている。

朝飯は、生玉子、厚揚げ豆腐とホウレンソウと長ネギの炊き物、納豆、「味芳」 の塩昆布、メシ、ハクサイと豚肉の味噌汁

塩昆布は、僕が 「こんなものの、どこが美味いのだろう?」 と感じる代表だが、こういうものこそ、長く命脈を保つ食品の代表のように思われる。

始業後、僕が留守のあいだに入った大口ギフト注文の、発送伝票を作成する。そろそろ増えてきた到着日指定の荷札を、日にち別に仕分けして、荷造り現場へ運ぶ。

11月下旬、それも連休の土曜日なのに、緊迫感もなければ特に繁忙でもない。事務係のタカハシアツコさんに僕の漠然とした不安を伝えると、「去年の今日の日記にも、ヒマだと書いてあります」 と言うので、すこし安心をする。

午後、6歳の次男が、今市市沢又地区のサイトウトシコさんに連れられて、彼女の家へ出かける。

燈刻、サトイモの味噌煮、ハクサイの浅漬けブリカマの塩焼き、大根おろしブリ大根豚汁にて、焼酎 「黒七夕」 を飲む。

ブリは、福井県のどこかの港から届いた。大根おろしは、次男がサイトウトシコさんの畑から抜いてきた。サトイモの味噌煮やハクサイの浅漬けも、サイトウトシコさんからのお裾分けだ。

美味い食べ物と美味い酒があれば、他に何が必要だろうか? と思うが、よく考えてみれば、イタリアのクルマも備前の大鉢も、僕はまた嫌いではない。

入浴して牛乳を飲み、9時に就寝する。

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 2002.1122(金) 奮闘の要請

きのうと同じく、時計にセットしたベルの音で、6時30分に目を覚ます。起きてカーテンを開くと、東京大学の色づいたイチョウの向こうに、どんよりと曇った冬の空が見える。

ウェブショップ への注文状況とメイルのチェックをする。シャワーを浴び、きのうの日記を作成する。

7時45分にコンピュータの電源を落とし、荷物の整理をする。8時20分に甘木庵を出て、9時すこし前に大井町へ着く。

いつのまにか、駅前にスターバックスコーヒーができている。アメリカーナのショートサイズを注文する。ここでは店内で飲むにしてもテイクアウトをするにしても、みな等しく、歩きながらコーフィーを飲むための、「大人のほ乳瓶」 のような使い捨てコップにて飲み物が手渡される。

アメリカという国は、資源の無駄遣いと行儀の悪さを世界中に広める天才だ。

MGの開始前、西順一郎先生は僕に、シンガポールMGの感想文集と数葉の写真をくださった。

名人巨匠鬼上手、人格者や内省の人による、深く考えられた、あるいは不思議な部分から物事の断面を解析してみせた、思想のある文章を読む。

都合で早退しなければいけない今日は、思い切っていこうと考えていた。第4期には、きのうにも増して強力な会社を作り上げ、結果として214の経常利益をたたき出した。これにて前期までの累積損は一掃され、自己資本は361に跳ね上がった。

MGの2日目には、昼食時に 「私とコンピュータ」 というスピーチを、参加者の各人が行う。僕は今夕に開かれる、社員との飲み会に配布する資料について述べる。

午後、第5期のゲイムに臨もうとしているみなさんに挨拶をし、会場を去る。ウエキコウタ君は、この2日間に学んだことを、うまく仕事に生かしてくれるだろう。

浅草駅15:00発の、下り特急スペーシアに乗る。

5時前に帰社する。この3日間に溜まった資料やデイタベイスの訂正箇所が、机の上に重なっている。これをコンピュータへ入力しているうちに、終業時間となる。

近所の洋食屋 「金長」 に社員ともども参集し、繁忙期前の食事会を催す。ホタテ貝のグラタンがあれば、ホタルイカの沖漬けもある。ワインを頼んだり燗酒を頼んだりと、僕もなにかと忙しい

1ペイジ目に昨年末の諸デイタ、2ペイジ目に来春の日光MGの資料、3ペイジ目に高島屋東京店でのイヴェントにつき説明したプリントを各自に配り、これから数十日間の奮闘を要請する。

食事会はその後も1時間ほど続き、8時すぎにお開きとなった。

帰宅して入浴し、9時に就寝する。

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 2002.1121(木) またMGかい!

朝6時30分に、時計にセットしたベルの音で目を覚ます。無理矢理起こされるのは性に合わないが、仕方がない。

メイラーを回してなにか変わったことがないかを調べ、数行で済む返信のみを書いて送る。昨日の日記を作成する。

9時に甘木庵を出て、湯島の切り通し坂を降りる。御徒町から京浜東北線にて大井町へ移動をする。駅前にある大井町きゅりあん5階の、MG会場へ入る。

「先週末にシンガポールでMGをしたばかりなのに、またMGかい」 という感じだが、今回は自由学園の同級生ウエキコウタ君が生まれて初めてMGというものを経験する。つきあうのが友達というものだろう。

無災害倉庫についての説明をなさりながら、西順一郎先生が、「私も以前、15個ほど材料を燃やしたことがあります」 と、聞き捨てならないことをおっしゃる。

「15個も材料を貯めた時期が、かつては先生にも、おありだったんですね?」
「えー、つい口が滑って、大げさな数字を出してしまいました」

先生のようにおっとりした性格の人間が、倉庫に15個も材料を貯められるわけがない。

僕は10年以上もMGを続けているにもかかわらず、2期末にキャッシュをショートさせ、短期借り入れを起こした。

第3期には心機一転、「これでも食らえ」 というような会社を作り上げ、湯水のごとき経費を使いながらも、なんとか今期を黒字にする。

今回はヴェテラン3人の初心者8人という組み合わせにて、決算には長い時間を要した。夜7時30分を回ってようやく、"Strategy Account" の講義が始まる

9時すぎに会場での交流会が終わる。大抵はこのあと、有志により近くの 「和民」 にて飲み会が開かれるため、ウエキコウタ君と会計の専門家ハマダタクヤさんとの3人にてそちらへおもむくが、店内のどこにも、知った顔が見られない。

「これ幸い」 と、和民に向かって右手に50メートルほども離れたところにある焼鳥屋 「とり広」 へ行く。ここは、きゅりあんのヴェランダからいつも見下ろしては、「和民より、あっちに行きてぇよなぁ」 と思っていた店だ

僕は、インカムを付けた若いアルバイトの店員がマニュアル通りの応対をするチェーン系の飲み屋よりも、オヤジやオバサンが切り盛りをする小さな店を好む。

焼き鳥の盛り合わせ、冷やしトマト、レヴァ刺しなどにて、焼酎のオンザロックスを飲む。予想通り、ここはなかなかに美味い店だ。鶏のささみに梅干しを巻いて焼いた、いささかゲテっぽい一品が、特に良かった。

ウエキコウタ君とハマダタクヤさんとは、大井町の駅で別れた。

京浜東北線に乗り、眠って気がつくと、新橋だった。次に気がつくと、御徒町から20分ほども乗り過ごして、東十条に着いている。「サウナ・スリースターに泊まっちまおうか」 とも考えたが、どこかへ行く最終列車にて戻ることにする。

冬の寒空の下を、いい年をしながら木綿のシャツ2枚のみを身につけ、湯島の切り通し坂を上がる。

甘木庵へ帰着したのは、1時すぎのことだった。2、3の短いメイルを書き、それを送らないまま、シャワーを浴びて2時に就寝する。

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 2002.1120(水) "Non c'est bon"

朝6時に起床する。依然として早起きはできない。

事務室へ降り、コンピュータを起動してメイラーを回す。遅い起床の日、朝飯前にできることは、せいぜい ウェブショップ からの受注確認と、メイルのチェックくらいのものだが、今朝はそれをも犠牲にして、しなくてはならないことがある。

今週の金曜日に行う社員との晩飯会に配布する、昨年末繁忙期の資料を作成する。

朝飯は、ホウレンソウの胡麻よごし、ベイコンエッグとブロッコリーの油炒め、油揚げとカブの葉の炒め煮、鶏レヴァの薄味煮、納豆、ダイズとヒジキとニンジンの炊き物、メシ、豆腐とワカメと長ネギの味噌汁

出勤してきた事務係のタカハシアツコさんに、朝飯前に作成した資料を、社員の数だけ印刷して綴じるよう頼む。

下今市9:01発の、上り特急スペーシアに乗る。

神保町のコンピュータリブにて、ウェブショップのメインテナンスを行う。

今回の作業は、9月以来、顧客から指摘された、より使いやすくより安全なシステム作りの相談と、もうひとつは、パラノイアのように文字の並び方にこだわる僕にも納得のできる 「ご注文御礼メイル」 のテンプレイト整備だ

「ナカジマさん、こんなにカッコイイ自動返信メイル、どのショップでも見たことありませんよ」
「そうすか? あいたっす」

体育会出身の人間は、なぜか 「ありがとうございます」 を、「あいたっす」 と発音する。

既にして暮れた靖国通りの雑踏を歩き、三田線と日比谷線を乗り継いで、六本木で地上へ出る。俳優座の横から裏道に入る。1分ほど歩いて、"Satin dall" へのエレヴェイターに乗る。

堤智恵子カルテットのライヴを聴く。1曲目は "Que bom" だった。これは、フランス語の "C'est bon" と同じ意味だろうか?

アルジェリアで、日干し煉瓦のビルの上から髪の毛の短い、顔の小さな、肌の浅黒い女の子に手招きをされ、屋上へ上がったら、いきなり 「パンツをおろせ」 と言われた。素直にパンツをおろすと、女の子はひとこと "Non c'est bon" と言った。慌てて "Bon bon. C'est bon!" と反論をしたが、女の子はすげなく、手を横に振るばかりだった。

こういう間抜けな体験をした男を、僕は知っている。それにしても、知らない女の子にいきなり 「パンツをおろせ」 と言われて、素直に従ってしまう男も凄い。

堤智恵子は最高のサックスプレイヤーだが、ピアノの扇谷研人、6弦の電器ベイスを使うコモブチキイチロウ、ドラムスの石川智が、そろいもそろって達者なことに驚く。

2種類のサラダを食べながら、マコンを1本、ぺろりと飲んでしまう。

0時前に甘木庵へ帰着する。床暖房のスイッチを入れてシャワーを浴びる。メイルをチェックし、午前1時に就寝する。

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 2002.1119(火) 拾い読み

朝6時30分に起床する。10時間も眠っていたことになるが、きのうの睡眠時間が90分だったことを思えば、これは順当なところだろう。

事務室の鍵を外し、暖房と湯沸かしのスイッチを入れる。シャッターを開けて新聞受けから新聞を取り出す。コンピュータを起動し、Becky!とNiftermを回したまま、自宅へ戻る。

朝飯は、ダイズとヒジキとニンジンの炊き物、ハムエッグ、日本のどこかでは天ぷらと呼ばれるところの練り物、くぎ煮、納豆、油揚げとカブの葉の炒め煮、メシ、油揚げとカブの味噌汁

送りを頼んであった社員用のおみやげが届く。これを社員に配る。"ABC" がトランクを運んでくる。昼の休みに、この荷物整理をする。シンガポールMGへ最初に参加を表明した賞品として、ジャカルタの手島YOちゃんが僕にくれたワインは、エアキャップで何重にもくるまれて無事だった。

僕のコンピュータが通信不能のあいだに届いた友達のメイルに、返信を送る。乱れ箱に積み上げられた諸々の数字や連絡事項を、逐一、コンピュータへ入れていく。

4日間、飲酒を続けたため、今夜は酒を抜くことにする。カスピ海ヨーグルトとカキのみを、体内に取り込む。

入浴後、枕元に重なる何冊かの本を拾い読みし、10時に就寝する。

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 2002.1118(月) 「星島日記」 その5

飛行機が水平飛行に移ると、飲み物と軽食が供される。コーフィーのみを頼み、スコーンは断る。

コンピュータのスイッチを入れる。客室乗務員を呼び、缶入りの水をもらう。16日の日記を完成させ、次いで、シンガポールMGの感想文を書く。

午前3時に就寝する。4時30分に、朝飯だからと起こされる。目の前に、蒸しタオルが置いてある。これで顔を拭き、オレンジジュースを飲み、運ばれた飯を食う内に、徐々に目が覚めてくる。

朝焼けの空を飛び、7時すぎに成田空港へ着陸する。別れ行く同行者のそれぞれと、挨拶を交わす。

"ABC" へトランクを運び、それを自宅まで送る手続きをする。「関東地方は本日配達」 という大きな看板の下で、「お届けは明日になります」 と、係から伝えられる。「はい」 とのみ答え、「だったらこんな看板、外してしまえ」 とは言わなかった。

モーニングライナーが出るプラットフォームへ降りたところで、バンドウヒデユキさんとシミズノブヒロさんに声をかけられる。同じボックスに座り、約1時間を共に過ごす。

京成上野駅から15分ほど歩いて甘木庵に達する。16日の日記をサーヴァーへ転送し、機内で書いたシンガポールMGの感想文を、西順一郎先生にお送りする。

個人宛のメイルは170通あまりだったが、懸賞企画 への申し込みが1,680通も届いている。アナログポート経由でこれを受ければ、どれだけの時間がかかるか想像もつかない。途中で回線を切断し、帰り支度を始める。

浅草駅11:00発の下り特急スペーシアへ乗り、午後1時前に帰社する。

ふたたびメイラーを回し、今度はすべての懸賞応募を、コンピュータに取り込む。

ウェブショップ からの問い合わせや注文に、返信や確認書を送付する。友人からのメイルには、明日以降に返事を書くこととする。

メイラーは回るが、ブラウザとファイル転送プロトコルを使おうとすると、15日にインストールした、Niftyの接続アシストが立ち上がってしまう。LAN接続のためのシステムに、これが上書きされたのかも知れない。

すぐ人に頼るクセが、僕にはある。「日光わんわんの森」 にカトーノさんを訪ね、「これで多分、大丈夫でしょう」 というところまで復旧してもらう。僕が孤島でコンピュータを使っていたとしたら、即、通信は途絶するだろう。

燈刻、コンニャクとマイタケ入りの肉じゃが、ダイズとヒジキとニンジンの炊き物、マグロの刺身湯豆腐鶏レヴァの薄味煮、油揚げとカブの葉の炒め煮にて、焼酎 「黒七夕」 を飲む。

入浴し、8時30分に就寝する。

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 2002.1117(日) 「星島日記」 その4

昨夜、0時30分にベッドへ入ったときには、それほど眠いとも感じなかったが、即、寝入ることができたのは、幸運だった。

朝5時に起床する。

「同室のイトウサダオさんを起こしては申し訳がないけれど、しかし、きのうの日記も書きたいな」
と思い、とりあえず小便をしようと床のスリッパをつま先で探していると、暗闇の中から

「ウワサワさん、私はもう起きていますので、どうぞご自分のことをなさってください」
という声が聞こえる。お礼を述べて、机上の明かりを点灯する。

旅先では特筆すべきことも多く起きれば、画像の点数も増える。あわただしい時間の中で、日記に費やす時間も増えていく。

6時45分で日記の作成を切り上げ、最後の荷物整理をする。きのうの午後と晩に、ある程度の目鼻はつけておいたため、15分で完璧にパッキングの為されたトランクとザックができあがる。

積乱雲を朝日が赤く染める。セキグチヒロシ君に教わったことだが、この国では、「夜7時から朝7時までは、クルマのランプを点灯すること」 という決まりがあるという。時計を見ると、ちょうど7時になりかかるところだった。

西順一郎先生からの電話が入る。

「準備は、いかがでしょうか?」
「完璧です。7時15分に、ロビーへ集合ですね?」

「はい、できればー」
「大丈夫です」

先生みずから、本日インドネシア領ビンタン島へ渡るメンバーの、時間の心配をしていらっしゃる。申し訳のないことだ。

7時30分に、シンガポールの "JTB" が手配したマイクロバスへ、数名の有志と共に乗り込む。8時に、ビンタン島への船着き場へ着く。

食堂にて、ビーフンの上に目玉焼きを載せてもらったものと、中国茶を頼む。それを平らげても物足りないため、ハッシュドブラウンを追加する

なかなか洒落た双胴船にて、45分後にビンタン島に着く。強い雨が降っている。遠くに大きな竜巻が見える。ここはインドネシア領のため、入国審査を受けて、船着き場の外へ出る。

天気雨の中を、送迎バスは走る。アスファルトの両側には、原生林が広がるばかりだ。赤い土が雨に流されて、泥の小川になっている。

やがて雨は小降りになり、我々は "manamana resorts" へ到着した。それと同時に、スコールも上がった。大きな椰子の葉ぶきの屋根をもつインフォメイションの向こうに、まばゆい海が広がっている

シュノーケリングをするための道具を日本から持ってきた人も何人かいたが、僕は川上おぼっちゃまとふたり老人力を発揮して、マッサージを受けることにする。

レセプションの若い女の人に、マッサージを受けたい旨を伝える。それについては、隣のリゾートへ行っていただくことになる、と彼女が言う。パンフレットを読みつつ、その女の人も交えて、様々なコースについての質疑応答をする。

「川上さん、この "classic" ってのは、仕事の諸々を忘れてリラックスするタイプだそうです」
「よし、それで行こう」

川上おぼっちゃまは売店にて、マッサージを受けに行くためだけに、100シンガポールドルもする半ズボンを買った

「旅行だからな」
「そうですね、でもできることなら、ゼニは日本で落として欲しいですねー」

「ダメだよ、日本じゃ。『私のも買って』 って、言われるから」
「ハハハ」

ゴルフコースの中のカートで走るような細い道を、迎えの車に乗って5分ほど走る。降ろされた "Mayang Sari Resort" から、更に細い道を辿る。やがて、玄関の水受けに蓮の花を浮かべた、小さくはあるが素晴らしい木の家にたどり着く。"Asmara tropical spas" という表示が見える。

「川上さん、ここでしょうか?」
「おぉ、いいじゃねぇか」

パティオを持つ応接室から、個室へと案内をされる。鎧戸から草木を透して緑色の日が差し込み、魚の泳ぐ池から絶えず水の音が聞こえてくる。それと同時に隣の部屋からは、川上おぼっちゃまの、"underwear still on?" の声も聞こえる。

それからのひとときは、まるで別世界にいるような気分だった。いつのまにか眠ってしまい、パレオを巻いた女の人の指示に従って、ときおり目を覚ましては、体を反転させる。庭から、虫の声がひっきりなしに聞こえてくる。

マッサージが終わると、応接室のテイブルに、トロリとしたショウガのジュースが用意してあった。

「バカヤロー、このストロー、詰まってて飲めねぇよ」
「おぼっちゃま、それ、ストローじゃなくて、ショウガの茎です」

ホテルのメイン棟から海岸に出る。そのまま砂浜を歩き、"manamana resorts" へ戻る

日なたは暑くても、日陰はことのほか涼しい。さわやかな風が吹き抜ける食堂にて、ビンタンビールとタコスの昼食をとる

シンガポールへ戻ったのは、夕刻のことだった。チェックアウトを午後6時まで延長してある西順一郎先生の部屋にて、荷物整理をする。

今日の晩飯だけは、みなが離れず一緒に食べた方が良いという提案もあったが、それでもバラバラになってしまうところが、MG仲間の良いところだ。

僕は、ホテル近くのホーカーズ 「ニュートン・サーカス」 へ行く

カニのチリ炒め、鶏肉の香草焼きチャーハン、カキのオムレツ、茹でたチャンバラ貝

近くに、僕の好きな鹵味(ろうみい)を売る店を見つける。鍋の中を指さし、特に食べたいものを皿へ載せてもらうと、6ドルだった。これを肴に、いまだ少し余っているコーリャン酒を飲む。

近くの麺屋で、何種類もある麺の中から黄色い細麺を選び、「麺とスープだけで、シンプルなの作って」 と、英語で頼む。価格は3ドルだった。やがて運ばれてきたものには、菜の花系の葉が入っていたけれど、飯の仕上げにはちょうど良い

これを見た手島YOちゃんが、「それ、うまそうやな、どこの店で買ったの?」 と訊く。YOちゃんの、インドネシア語での 「麺とスープだけ」 という注文によって運ばれてきたものは、やはり同じ葉の入ったものだった。

腹ごなしに、南洋の巨木に囲まれたホーカーズの中を、ゆっくりと歩く。アラブ系のオヤジが、ガラスケイスの中に牛の関節を並べた店の前で、盛んに声をかけてくる。食べたいのは山々だが、腹の余裕はない。

果物屋の軒先には、早めのドリアンも下がっているが、こちらの方も、満腹にて食うことはできない。

ゴムゾウリを履いたインド人のオヤジが、ティッシュペイパーを売り歩いている。その 「成功できなかった印僑」 に、MGを10年も続けて、まだまだ頭の悪い自分の姿が重なる。

1時間30分ほどを夕食に費やし、マンダリンホテルへ戻る。時間調整のために入ったコーフィーショップで、手島YOちゃんがハガキと切手を手渡してくれる。自由学園の寮で暮らす16歳の長男にあてて、短い手紙を書く。

チャンギ空港へ着いたのは、10時を過ぎたころだっただろうか。全日空のジャンボ機は、ほとんど0時ちかくに離陸した。右隣に座ったサトウマサヒデさんは、まだ雪駄を履いている。

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 2002.1116(土) 「星島日記」 その3

目を覚まし、まぶたを開く前に、なんともいえない違和感を覚える。

昨夜の記憶を呼び戻す。「ラウパサ・フェスティヴァル・マーケット」 における晩飯の諸々に時間を取られ、そのあげく、自分は最後のタクシーにてホテルへ帰還したため、西順一郎先生の部屋へ行ったときには、既にして TOC(theory of constrain)ゲイムが始まっていた

確か僕が立ったまま眠り、それにお気づきになった先生がご自分のベッドを指して 「ウワサワさん、あそこで休んでいても良いですよ」 と、おっしゃったことを思い出す。僕はお礼を述べて、いかにもsuitの部屋にふさわしい、大きくて真四角の、丈の高いベッドへ横になった・・・

とんだ失態を演じてしまった・・・ 恐る恐る目を開ける。ベッドの足下の方を見ると、こともあろうに先生が、ソファでお休みになっている

腕時計が、5時58分を示している。いかにもsuitの部屋にふさわしい、未来的な多目的シャワーを備えるバスルームで小便をし、抜き足差し足で部屋を出る。

新館から南館へタワーを移動し、自室へ戻る。同室者のイトウサダオさんは、起きていらっしゃった。僕が先生の部屋で寝てしまったことは、もちろんご存じだ。

「きのうは先生の部屋に、あの後もずっといらっしゃったんですね?」
「はい、そうです」

ごく簡単な会話が交わされる。

7時30分にプールサイドのレストランへ行くと、西順一郎先生は、既にしてテイブルへ着いていらっしゃった。

「先生、昨晩はとんだ失態を演じまして、申し訳ございませんでした」
「なんのなんの、あれは予想済みのことです。ただし、あなたがベッドで私がソファというところだけが、計算違いでした」

社会性のない僕が10年以上も MG(マネジメントゲーム) を続けてこられたのは、先生のこういうご性格が、多分に影響しているものと思われる。

1皿目には、目玉焼きとハム、若干のフルーツと薄いパンを選ぶ。焼いた玉子がことのほかに美味い。2番目の皿には、目玉焼きとプティトマトを載せる。

9時より特設の会議室にて、2日目のゲイムが始まる。僕はこの第3期にて、生まれて初めてというほど多くの次期繰り越しに成功した。この会社盤を画像へ残すと共に、サトウマサヒデさんの、機械も材料も仕掛品も、従ってワーカーも置かない、荒唐無稽なゲイム展開を記憶に留める

日本のMG界で4弱と言われる僕だけに、これだけの戦力を持っていたにもかかわらず、次の第4期には自己資本を振り出しの300へ戻したのみにて、ゲイムを終了する。

全員が決算を完成させたのは、1時すこし前のことだった。部屋を片づけ、午後の自由な時間に入る。セントーサ島へ行く人とラッフルズホテルへ行く人を、ロビーにて見送る。ひとりで部屋へ戻る。昼飯を食う時間が惜しい。自分で作った紅茶を飲みながら、きのうの日記を作成する。

3時に、自由学園 の同級生セキグチヒロシ君と、ロビーで落ち合う。セキグチヒロシ君は、今年の2月からシンガポールに転勤をしてきた。

「行きたいところはどこだ?」 と訊かれても、特に希望はない。ラッフルズホテルちかくの洒落たアーケードにクルマを停めて、ほんの少しの買物をする。また、すぐそばの百貨店へ移動をして、ここでも2、3の商品を購う。

昼飯を食べていないため、シンガポールで初めて開けた埠頭にある "Gloria Jean's COFFEE" にて、スコーンとエスプレッソを腹に入れる

目と鼻の先にあるシンガポール川のほとりへ行く。素晴らしい橋が架かっている。そのひとつには、"Anderson bridge"、もう一方には、"Cavenagh bridge" との銘板が見える。この2本の橋の間を占める川岸に、ザ・フラートン・シンガポールはある。

1928年に建てられ、役所や郵便局として使われてきたこの歴史的な建造物が、いまは改造されてホテルになっている。その壮麗な内部を見物する

埠頭の駐車場からクルマを出し、大きな木の並ぶ屈曲した道を進む。やがて僕の好きな、南方中華系の古い建物が見えてくる。セキグチヒロシ君に確認をすると、やはりここはチャイナタウンだった。

オーチャードロードに近い、セキグチヒロシ君のコンドミニアムを訪ねる。奥さんのヨウコさんとお嬢ちゃんに挨拶をする。目の前に、濃い緑が広がって、その向こうに高層ビルが見える。小一時間ほど休んで、ふたたびクルマに乗る。

"Turf Club" という場所へ案内される。ここは競馬場を改造した施設にて、観覧席が食堂街とショッピングセンターに、トラックが遊園地になっている。階段を上がり、「阿一海鮮」 に入る。

この食堂街には、多くの水槽を備えた魚屋がある。客はここで自分の好きな魚を選び、お気に入りの料理屋にて、これを調理をしてもらうステムだ。

僕は巨大なミルガイと、清蒸に良さそうな魚を選ぶ。セキグチヒロシ君は、スリランカ産の大きなカニを2匹、所望する。我々に着いてきた 「阿一海鮮」 の女店員が、これらを調理場へ運ぶ。

昔の馬場、いまの遊園地を見下ろす戸外の席に着く

タイガーの生ビールを飲みながら、ミルガイのシャブシャブ と、ハタ系の魚の清蒸 を食べる。

ミルガイはもともと僕の好物だが、シャブシャブのスープも、とても美味い。小鉢にこれを取り、何杯もお代わりをする。もちろん、魚の清蒸も上出来だ。

カニのブラックペッパー炒め、同じくカニの清蒸 と、食べ進む。マレイシアの特産品が黒コショウのため、ここではそれを使った料理を食べるべきなのだと、セキグチヒロシ君は言う。先ほどまで生きていたカニの肉が、プリプリと口の中ではじける。海鮮五目麺にて締める

このいかにもエキゾティックな晩飯をごちそうになり、ホテルへ送ってもらう。9時30分を過ぎている。午後に買った品物を部屋へ置き、ふたたびセキグチヒロシ君のブルーバードに乗る。

"Stadium Road" の "Asok Music Lounge" へは、特に僕が希望して、その近くまで連れて行ってもらうことになっていた。同級生の、「そういうところへは、手ぶらで行った方が良いぞ」 との忠告をいれ、ポケットには現金とパスポートのコピーのみを入れる。

セントラルから南東に、広い道をクルマは走る。シンガポールとしては 「ちょっと遠いところまで」 という距離を移動し、すこし迷って、目指す雑居ビルの前に着く。

「おい、ウワサワ、ホントにそのディスコがあるか確認して来いよ、ここで待ってるから」
「そうだな」

数段のステップを上がって、薄汚い雑居ビル "Kallang Leisure Park" へ入る。飴やキーホルダー、携帯電話用品やパジャマなどを売る屋台をかきわけ、レセプションのブースに近づく。"Asok Music Lounge" の所在は確認できた。外へ出て、クルマの中のセキグチヒロシ君一家に礼を述べ、別れを告げる。

3階までエレヴェイターに乗り、回廊を進むと、数人の怪しげなインド人が立っている。チークの扉が開かれる。その瞬間から、僕はインド世界へ突入した。

2本のギター、ベイス、ドラムス、キーボード、ダブルパーカッションの7人をバックに、紫色に金糸を織り込んだサリーの歌手が、インドのポップスを歌っている。壁が震えるほどの大音響だ。大きなミラーボールが回り、ストロボが明滅している。

小さな丸テイブルに案内される。ウォッカのオンザロックスを飲みながら、練り香水のように濃厚な空間に身を置く。頭からも体からも、現実感が飛んでいく。いつこの街へ来たのかの記憶も、遠いものになっていく。

蛇のようにからみつく旋律に、いつまでも身を任せていたい気分だ。しかしながら、そういうわけにもいかない。1時間後に店を出て、ひとけのない道路を歩く。ディスコティックのウェイターが

「今夜は近くの競技場で、台湾の有名な女性歌手のコンサートが開かれている。これが11時にはねると、吐き出される聴衆の数からして、タクシーはつかまえられないだろう」

と言っていた。コンサートの終わった気配はないが、だいたい、このあたりは競技場の他には海鮮料理屋が1軒あるばかりの寂しい地域にて、普通のクルマさえ、まれにしか見ることができない。

少し先に高速道路が見える。たまに来るタクシーは、すべて "ON CALL" か "HIRED" の表示を出している。オレンジ色の明かりが広大な芝生を淡く照らしている。モンキーツリーの並木道を、1Kmほども歩く。

駐停車禁止を表す道路の二重線が途切れて、そこに四角いワクの書き込んである場所がある。闇に目を凝らすと、4人の若い男女がベンチに座っている。

"Excuse me. Is this bus stop?"
"Yes, where are you going?"

"Orchard road."
"No problem."

"How much money will it spend?"
"I don't know, ask to driver."

「助かったぁ」 と思ったが、初めに来た16番のバスは、運転手が満員の乗客を指しながら走り去った。バス停にいた男女が、曖昧な笑いを浮かべて歩き始める。僕はあわてて、彼らに声をかける。

"Is your home near here?"
"No. but we must go back to home by walk."

小さなツキにも見放されたかと嘆きかけたとき、次の16番バスが見えてきた。僕も彼らも、ホッとしてこれに乗り込む。

僕は運転手に料金を訊ね、1ドル20セントを集金箱に投げ込む。車内に置かれたテレビが、大きな音でハリーポッターやスターウォーズの宣伝を流している。

バスは6Kmほどの距離を思いのほか早くこなして、クリスマスのイルミネイションが点灯したオーチャードロードと平行する、サマセットロードに入った。僕は窓枠のブザーを押し、運転手に下車する旨を伝える。

時刻は、11時30分を過ぎている。マンダリンホテル裏にある、娯楽系雑居ビルのエスカレイターを降りる。地下のキャンティーンで、小ジョッキのタイガービールを飲む。

11時45分に、ホテルの部屋へ戻る。同室のイトウサダオさんは、ベッドの上で本を読んでいた。

明朝の早い出発に備えて荷物を整理し、シャワーを浴びて、0時30分に就寝する。

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 2002.1115(金) 「星島日記」 その2

暗闇の中で目を覚ます。枕元の時計を手探りし、時刻を確かめようとするが、何も見えない。洗面所へ行き、明かりをつける。6時30分になっている。

就寝は午前2時30分だったから、4時間は眠れたことになる。きのうの日記を作成しているうちに、東の海上から太陽が昇り始める

朝飯をとるため、プールサイドのレストランへ行く。1皿目には洋もののおかずとビーフン2皿目には中華粥を食べる。ビーフンと粥とコーフィーから、同じ匂いを感じる。何の匂いかは分からない。

9時より、シンガポールMGが始まる。会場の準備は、誰がしてくれたのだろう。

今回のゲイムは、資本金300を持っていきなり経営を始めるという、普段の第1期を省いたものだった。12時すぎに第2期の決算を終え、1日目のMGが終了する。

隣のビルの上に、鮮やかな積乱雲が現れている

昼飯は、有志10数名と共に、マリオットホテルの 「萬豪軒」 へ飲茶を食べに行く。

3種の点心、フカヒレの湯波巻きスープ仕立て、カナダ産大ハマグリとブロッコリーの油炒め北京風スペアリブチンゲンサイとニンニクの上湯茹でエビ入り自家製麺のアワビソースマンゴープリンのバニラクリームかけ

ジャカルタから来た手島YOちゃんの会社は、社員に毎年、シンガポールでの健康診断を義務づけているという。いきおい社員はこの地の事情に通じることとなり、美味い店にも明るくなっていく。それにしても、ここの飲茶は美味かった。香港の 「凱悦軒」 に、勝るとも劣らない味だ。これで35ドルとは、驚く他はない。

帰途、幸福商業中心にて日本円からシンガポールドルへの両替をし、ホテルへ戻る。レイトは空港の交換所よりも少し落ちて、1万円が143シンガポールドルだった。

今朝は、ユーザー名とパスワードが受け付けられず、コンピュータがシンガポールのGRICアクセスポイントに繋がらなかった。Niftyの接続アシストを使えばなんとかなるだろうかと、バンドウヒデユキさんとシミズノブヒロさんの部屋を訪ねる

バンドウヒデユキさんのThinkPad240Xからソフトをダウンロードし、これを用いてGRICのアクセスポイントに達する。ところがなぜか、Niftermに二重ログインのエラーが出て繋がらない。Becky!も回らず、NextFTPも働かない。

コンピュータの中を探し回り、過去において、GRICにはocnのユーザー名とパスワードではなく、niftyのそれを使っていたことを思い出す。これにてシンガポールのGRICにアクセスを果たすが、しかし同じく、Becky!にもNextFTPにも、「接続に失敗しました」 のエラーが出る。

ついに、シンガポールにおけるコンピュータの通信を諦める。

夕食までにはいまだ間があるため、ひとりで地下鉄南北線に乗り、終点の "MARINA BAY" まで行く。ビルや家が建ち並ぶ前のお台場といったおもむきの道を歩き、埠頭の景色を眺め、巨木の並ぶ公園を歩く。

地下鉄の駅へ戻る途中、植え込みのあいだを強引に突っ切ろうとして、トゲのある植物にてふとももに数条のキズをつくる。

オーチャード駅から地上へ出て、高島屋地下1階の "cold storage" へ寄る。シンガポールの街路やホテルには、早くもクリスマスの飾り付けがなされているが、ここでも店員のほとんどは、サンタクロースの帽子をかぶって仕事をしている。

中年の女店員に、中国製の強い酒はないかと訊ね、教えられたブースにて、コウリャン酒を23ドルなにがしかで購う。

6時に有志10数名と共に、タクシーで 「ラウパサ・フェスティヴァル・マーケット」 へ移動する。ここはフランス植民時事代のアメリカ南部を思わせる巨大な屋根に覆われた、大規模なホーカーズだ。

川上おぼっちゃまが、タイガービールの制服を着たオネーサンに、ピッチャーで3杯のビールを注文する。誰かが頼んだ鶏脚のスープ煮を肴に、それを飲む。

新鮮な魚を氷の上に並べた店を見つける。バンコック中華街の楽宮旅社1階にある北京飯店にて、タムラショードー君が一気に3皿を食べ、翌朝、体に紫色の斑紋を作った貝を、オニーチャンに注文する

同時に様々な肴を眺めつつ、清蒸にするにはどの魚が適当かと訊ねる。オニーチャンが「香港風の清蒸か?」 と訊くので 「そうだ」 と答えると、少し迷ってマナガツオを指す。値段を聞くと、18ドルだというので、それも同時に調理するよう伝える。

持ち込んだコーリャン酒を、店に借りたプラスティック製のボウルに注ぐ。「62度もあるのに、こんなに美味く、こんなにお代わりが進んで不思議だな」 と感じつつ、これを更に飲み進む

日も完全に落ち、まわりのテイブルが、ほぼ満員になる。誰の口によるものかは忘れたが、「8時からの TOC(theory of constrain)ゲイムには、間に合わねぇんじゃねぇか?」 との声が出る。ホテルで待機中の西順一郎先生に、僕の携帯電話から、連絡を入れることに決まる。

「あ、先生、ウワサワです。いま晩飯の最中なんですが、まず道路が渋滞していて、ここへ来るのが遅れてしまいました。それと同時にですね、客がごった返していて、料理ができてくるまでに、えらく時間がかかっているんです。ちょっと8時の集合は難しいかなぁ、という感じなんですよねぇ」

「それは困りましたねぇ、地下鉄でいくらかでも早く帰るわけにはいきませんか?」

「それが、地下鉄の駅が、ここからちょっと遠いところにあって」
地下鉄の駅がどこにあるのか、実際には僕は知らない。

「うーむ、そちらには、誰がいるんでしょう?」
と訊かれたため、その場にいるすべての名を上げる。

「それでは、ほぼ全員じゃないですか」
「えぇ、まぁ」

「それじゃ、1時間遅らせて、9時からのスタートにしましょうか?」
「よろしいですか? 申し訳ございません」

酔った頭でここまで言葉を並べ立てるのも、容易な仕事ではない。

西順一郎先生の部屋にたどり着いたのは、何時ごろのことだったろうか。TOCのゲイムは、発案者のシミズノブヒロさんの進行により、既にして始められていた

それ以降、僕の記憶に残っていることは、何もない。

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 2002.1114(木) 「星島日記」 その1

朝4時30分に起床する。

洗面を済ませ、コンピュータの電源を入れて、モデュラージャックを繋ぐ。ダイヤルアップネットワークのダイヤラーをクリックしても、サーヴァーにアクセスすることができない。よく見ると、ユーザー名のセルが空白になっている。保存場所からこれをコピーして、ようやくメイルの受信が可能になる。

昨夜は酔っていたため、壊れたダイヤラーの復旧方法を思いつかないまま寝てしまったことを、何となく思い出す。

こういう忙しいときに限って、顧客からのメイルや問い合わせが多い。すべてに返事を書き、またウェブショップ用の社内patioに、連絡事項をアップする。

きのうの日記を作成し、これをサーヴァーに転送して、コンピュータを閉じる。

冷蔵庫から 「はれま」 の 「やさい」 と 「らっきょうのたまり漬」 を出し、エディバウアーのスリーウェイパックに格納する。厚すぎてそこには入らない 「新聞王 ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯」 を手に持って、甘木庵を出る。頭上に、青い空が広がっている。

無縁坂を下り、不忍池の縁を歩く。ほとんどの人は、コートを着て歩いている。その中を僕は、パナマ帽をかぶって歩いている。シンガポールで使うための帽子を今からかぶっているとは、自由学園のスキー合宿へ行くとき、集合した上野駅で、既にして頭にスキーゴーグルを付けていた、同級生のマルヤマタロウ君と 同様の、滑稽な姿だ。

京成上野駅で、インターネットから予約をした、12:40発の切符を買う。荷物と帽子をコインロッカーへ入れ、目と鼻の先のJR上野駅へ移動する。構内の 「アンデルセン」 にて、サンドウィッチとエダマメのサラダ、それにコーフィーの朝食を済ませる。

コンピュータとも分厚い本とも別れて、すっかり身軽になる。上野の森美術館で開かれている、ピカソの展覧会へ行く。平日の朝一番から、館内はとても混雑していた。入り口にちかい絵の前などでは、観客の列が1メートル進むのに、5分もかかるありさまだ。

お陰で、すべてを見終えて売店の横から外へ出ると、11時を大きく回っている。西郷隆盛の銅像の斜め後ろにある、「聚楽」 の階段を降りて、上野駅前に出る。

ふたたび不忍池の縁を歩いて、湯島の繁華街へ至る。池之端 「藪」 の引き戸を開けると、昼前にもかかわらず、ほぼ満員の盛況だった。女店員に案内をされて、入れ込みの小さな卓に着く。

やがて僕の前に、天ぷら蕎麦が運ばれてくる。ホロホロチリチリの衣が、暖かい蕎麦つゆの中で、やわらかくほぐれていく。大きめの芝エビをその中から掘り出し、少な目に箸にはさんだ蕎麦と共に口へ運ぶ。近くの卓では、6人の老人が、硬ヤキソバ風に仕上げた 「巣ごもり」 を肴にして、燗酒を飲んでいる。

この店の小振りの蕎麦は、腹にもたれることがない。「もっと寒くなったら、ここで鴨鍋を食べよう」 と考えながら、店を出る。

スカイライナーに1時間乗り、成田空港の第二ビルに着く。携帯電話で、先に着いているはずの篠ヶ瀬アシベさんを、携帯電話で呼び出す。彼は同じく湘南に住む、川上おぼっちゃまさんと一緒に、これから昼飯を食べるところだった。

2階の食堂街で落ち合い、彼らが食事をするあいだ、僕はトマトジュースを飲む。

今回の旅行の目的は、MG(マネジメントゲーム) だ。

当初、東京からジャカルタに転勤したMG仲間の手島YOちゃんにより、バリMGが企画された。これが順調に練り上げられ、すべてが整ったところに、イスラム過激派によるバリ島のディスコティック爆破事件が起きた。ツアーを請け負った "JTB" は、バリ島へのツアーを全社的に中止した。これにともなって、MGの場所は、バリからシンガポールに移された。

行く場所が変わっても、どうということはない。バリは魅力的な場所だが、海外で気の合った仲間たちとMGができれば、僕はそれで良い。

集合場所のDカウンターへ降りていくと、今回の参加者が、続々と集まってくるところだった。僕は "ABC" にて届いているトランクを受け取り、チェックインをする。

本日最後のメイルをアップしているうち、4時を過ぎる。全日空のジャンボ機は、4時25分の定刻に10分遅れて離陸した。

「新聞王 ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯」 を読み、機内食ではビーフカレーの牛肉とハムとケイキを残し、飲酒はせず、今日の日記を途中まで作成して過ごす。

川上おぼっちゃまが、ゴールドラットの 「チェンジ・ザ・ルール」 を、何時間も読み続けている。「この人も、馬鹿ばかりしているわけではないんだな」 と、大いに感心をする。

飛行機は6時間45分のあいだ飛び続け、ようやく降下を始めた。主翼の後端から、小さなフラップの跳ね上がった気配がする。中央の通路側にある僕の席からも、街の灯りが見えてくる。

シンガポール時間10時18分に、飛行機はチャンギ空港に無事、着陸をした。

混み合ったイミグレイションを抜け、両替所で1万円札を146.2シンガポールドルに替える。関西空港から出発したバンドウヒデユキさんと落ち合い、迎えのマイクロバスにて、30分後にオーチャード通りのマンダリンホテルへ到着する。

僕の同室者は、名古屋の税理士、イトウサダオ先生だ。29階の部屋へ荷物を置き、即、1階のコーフィーショップに降りる。

メンバーの中には、雪駄を履いたような人もいる深夜のミーティングが始まる。まわりが生ビールを飲む中で、エスプレッソを注文した自分を、褒めてやりたい気分だった。

夜は9時30分に眠り、朝は3時に起きる普段の生活からすれば狂気の沙汰だが、午前1時より有志8名にて、タクシーで5分ほどのところにある ホーカーズ 「コー・ホン」 へ行く。ホーカーズとは、テイブルの並んだ広場を囲むようにしてある料理屋から、自分の好きなものを取り寄せて食べる、多くは野天の食堂街のことを指す。

エビとイカとハクサイのスープ、豚のスペアリブワンタンスープ、五目チャーハン、カエルの唐辛子煮 などを、あちらこちらの店から取り寄せる。ここでも僕は、飲酒を避けた。

夜食も終わろうとするときになって、雪駄を履いたサトウマサヒデさんが、ズボンの前の部分に、カニのチリ炒めを大量にぶちまける。普段は何かと文句の多いマサヒデさんも、今夜だけは、なぜか上機嫌だ。

1時30分に部屋へ戻る。シャワーを浴びて身の回りの整理をし、2時30分に就寝する。

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 2002.1113(水) ラタトゥイユを肴に

とても良い気分で目が覚める。起きて居間へ行くと、4時30分だった。

事務室へ降り、コンピュータを起動してメイラーを回す。ウェブショップ の受注をチェックし、短くて済むメイルのみを書く。シンガポールへの旅行用に設定されたpatioにいくつかの発言をし、きのうの日記を作成する。

朝飯は、ハム、レタス、ツナ、ブロッコリー、ゆで卵のサラダ、カサゴの干物、ダイズとヒジキの炊き物、納豆、メシ、豆腐とワカメと長ネギの味噌汁。

ギフトの受注を忙しくこなし、あわただしく昼食を済ませる。

シンガポールまで手で運ぶ荷物の最終点検をする。現地で落ち合う手島YOちゃんに頼まれていた 「らっきょうのたまり漬」 を、あやうく忘れるところだった。包装部門へ行き、ツカグチミツエさんから、特にカッチリと梱包したもの2袋を受け取る。

下今市駅14:36発の、上り特急スペーシアに乗る。車内にて、自分の運営するpatioに12の返信をつける。

4時30分に日本橋の高島屋へ入る。味百選売り場のエノモトトシヤスさんに、来年2月に開かれる 「老舗の味を集めて・特選会」 の日程を、お訊きする。同時に、今週の土曜日に会う同級生のセキグチヒロシ君のために、「はれま」 の 「やさい」 を買う。

日本橋から飯田橋までは、地下鉄東西線にて、僅々数分の距離だ。神楽坂を上がり、「伊勢藤」 の薄暗くて暖かな囲炉裏端に座る。お決まりの一汁四菜にて、白鷹の燗酒を飲む。湯豆腐を追加し、更に盃を重ねる。

「伊勢藤」 からの出しなに縄のれんをすかして、クレープ屋の 「ル・ブルターニュ」 を見る。今夜はとても空いている。そのまま神楽坂を下り、外堀通りへ出る。

まっすぐに帰れば良さそうなものを、"Le Train Blue" にて、ラタトゥイユを肴にブルゴーニュのシャルドネイを飲む。

地下鉄大江戸線に数分乗り、8時前に甘木庵へ着く。メイラーを回し、ウェブショップの細かな部分を更新する。

シャワーを浴びて、9時30分に就寝する。

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 2002.1112(火) からだの弱い運送屋

目を覚ましたのは多分、2時ころのことだったろう。ベッドの上でぐずぐずしてから、ようやく起床する。3時30分になっている。実に、1時間30分も損をしたことになる。

事務室へ降り、いつもどおりの決まったことをする。

僕はベイコンエッグが大好きで、数年前まではこれをほとんど毎朝のように食べていた。その後、高脂血だのなんだのと言われ、朝飯から動物性のタンパク質を遠ざけた。しかしながら今朝は、"neu frank" のベイコンによるベイコンエッグが食べたい。家内にそのことを伝える。

朝飯は、ハクサイキムチ、ベイコンエッグとホウレンソウの油炒め、くぎ煮、ダイズとヒジキの炊きもの、納豆、メシ、ハマグリと長ネギの味噌汁

午前中、"NOKIA" の衛星携帯電話が届く。着信音を、カエルの鳴き声に替える。シンガポールの雑踏で、これが聞こえるかどうかは知らない。

スターバックスコーヒーのBGMがCDで売っているという話を、どこかで読んだことがある。あの店内に、音楽など流れていただろうか? スターバックスコーヒーではないが、栃木旅行開発のトバヤシヒロシさんが台湾みやげとして、故宮博物館のBGMをCDにした 「華夏文明・故宮雅韻」 を、くださる

きのう詰め終えた機内持ち込みサイズのスーツケイスから、その中身を、大きなゼロハリバートンのケイスに移し替える。これにて、スペイスの半分はカラッポという荷物が完成する。

午後、何をしゃべっているのか分からないオヤヂが、事務室に入ってくる。確認をすると、スーツケイスの集荷に来たということが判明する。"ABC" の下請けのそのまた下請けという感じの運送屋だ。

「フォーク、ある?」
「フォーク? スーツケイスを、フォークリフトでトラックに積むの?」

「うん、からだ弱くて」
「オレが積んでやるよ」

スーツケイスを荷台に上げ、オヤヂの指示通りに寝かせて端へ寄せる。荷物は、果たして成田空港の指定したカウンターまで、無事に運ばれるのだろうか?

終業後、日中に電話の通じなかった顧客へ、ギフトのご受注に対する質問や必要事項の連絡をする。

カスピ海ヨーグルトとカキによる晩飯を済ませる。これしか無いと思って食べれば、子どものころから興味の無かったカキも、そこそこは美味く食べられる。

9時30分に就寝する。

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 2002.1111(月) "neu frank" のソーセイジ

朝3時30分に起床する。

ウェブショップ の受注チェックし、きのうの日記を作成する。数行で済むメイルのみ書き、諸方のpatioに10通ほどの返信を送付する。両手指先のアカギレに、合わせて5枚のバンドエイドを巻いている。キーボードがとても叩きづらい。

里の山が、徐々にその紅さを増している

朝飯は、野菜と玉子の雑炊、ハクサイキムチ、ダイズとヒジキの炊きもの、「はれま」 の 「やさい」、カキの佃煮、くぎ煮

知人から、今朝、畑から抜いたばかりのネギをもらう。これからは朝飯の納豆にも、万能ネギではなく、長ネギが使われることになるだろう。

夕刻、機内持ち込みが可能な大きさのスーツケイスに、旅行の荷物を詰めてみる。自分の持ち物だけで、これが満杯になる。旅先でなにかを購入した場合、それを入れる隙間はない。ゼロハリバートンの巨大なスーツケイスに入れ物を替えようかどうか、しばし思案する。

燈刻、"Chablis Premier Cru Les Vaillons BILLAUD-SIMON 1999" を開栓する。午前中に届いたばかりの、"neu frank" のピクルスにて、これを飲み始めるパンもかじる

やがて食卓に、"neu frank" のベイコンやポトフ用ソーセイジ、今朝もらったネギなどの鍋が運ばれてくる

「キャベツ、うめぇな」 「イモ、うめぇな」 「ネギ、うめぇな」 「ソーセイジ、メチャクチャうめぇな。このスパイス、マドラスでビリヤニを食った晩のことを思い出すよ」

「うめぇな」 を連発するたびに、僕はいつも、円谷幸吉の遺書を思い出す。

"Jean Verrier" のカマンベールチーズにて、今夜のメシを締める。

9時30分に就寝する。

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 2002.1110(日) 厚くて重い本

朝3時30分に起床する。ひさかたぶりの早起きだ。

事務室へ降り、事務室と店舗のコンピュータに供給される、顧客検索用のデイタベイスを更新する。ウェブショップ の受注を確認し、メイラーを回す。短くて済むメイルのみを書き、諸方のpatioに4、5通の返信をつける。

ウェブショップに懸賞企画をアップしたのは9月10日のことだったが、その締め切りが5日後に迫っている。このペイジに最も多くのアクセスがあるのは、最初の3日間と最後の3日間だ。僕はシンガポールのホテルで、1日に数百本の応募を受け付けることになる。

きのうの日記を作成し、サーヴァーに転送する。昨夜から今朝にかけての雪が、それほど遠くないところまで迫っている

朝飯は、くぎ煮、トマト

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以下10日分紛失

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