2019年10月の日記31本
2019.10.31(木) 天から降ってきたような
所用のあった宇都宮から帰社したのは12時35分。人気のたまり漬6種類を詰め合わせた商品「おうちたまてばこ」が関西地方のテレビ番組で10時20分に紹介され、以降は注文の電話が鳴り止まないと、長男に教えられる。このところは対外的な仕事のほとんどすべてを長男に任せているため、その取材については知らなかった。取り急ぎ口をゆすぎ、席に着いて僕も電話対応に当たる。
本日出勤の事務係は、マスブチサヤカさんとツブクユキさん。普段は16時まで勤務するマスブチさんは、退社を30分、遅らせてくれた。孫のために筑前煮を作ると言っていた家内も、それどころではない。次々に重なっていく受注のメモを、ツブクユキさんと共に発送伝票に起こしてく。
時間を経るに連れ、ご注文が溜まるに連れ、明日の出荷から明後日の出荷、やがては来週はじめの出荷と、納期が延びていく。僕は製造現場に走り、明日の包装係の人員につき、マキシマアキコさんに確認をする。
天から降ってきたような「特需」は、17時を過ぎるころに、ようやく収まる気配をのぞかせた。ツブクユキさんは30分だけ残業をした。残された受注メモのうち来週に出荷の分は、処理を急がない方が合理的かも知れない。電話が殺到する前に入った仕事のために、である。
朝飯 ほうれん草のおひたし、牛蒡と人参のきんぴら、トマトのソテーを添えたベーコンエッグ、ふきのたまり漬、胡瓜と大根のぬか漬け、新島芋の甘煮、メシ、アスパラ菜の味噌汁
昼飯 「コメダ珈琲」のミックストースト、コーヒー
晩飯 「ユタの店」の皮蛋、キムチ豆腐、2種の餃子、チャーハン、焼酎「鏡月GREEN」(お湯割り)
2019.10.30(水) 空へ向けてシャッターを切る
明け方の東の空は綺麗だった。それに向けて撮った写真はピントの甘い失敗作だった。テレビの天気予報によれば、しばらくは好天が続くらしい。しかし次に画面に現れた週間天気予報では、日曜日のところに雲から雨滴の垂れる絵があった。「折角の連休に水を差してくれるなよ」と思う。本日お見えになったお客様によれば、紅葉は中善寺湖畔でこそ見ごろだったものの、そこから日光市街に向かういろは坂までは、いまだ錦秋の帯は降りてきていないらしい。
登校していく小学生の中には、いまだ半袖半ズボンの子がいる。親の方針なのか、あるいは本人が暑がりなのかは分かりかねるが、今月のはじめまではとにかくとして、僕にはもう、半袖は無理だ。そして僕の禿げ頭は、そろそろ毛糸の帽子を欲している。冬は、夏の去る寂しさを感じさせる秋ほどには嫌でない。冬の何が嫌いかといえば、服を重ね着しなくてはならない、そこのところが嫌だ。
「17時30分の閉店時間には間に合わないかも知れない。しかし何とかして店を開けておいてほしい」と添乗員さんから電話のあったバスは、一般道を避けて日光宇都宮道路を駆け下り、16時40分に到着をされた。その大型バスの去るころ、南西の空には何ともいえない紅色があった。その空に向けて撮った写真は、これまたピントの甘い失敗作だった。
朝飯 ほうれん草のおひたし、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、胡瓜のぬか漬け、メシ、ベーコンと長葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 玉子と薄切りジャガイモの重ね焼き、鮪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けとブロッコリーのサラダ、ピッツァ其の一、其の二、其の三、其の四、Petit Chablis Billaud Simon 2016、バナナのアイスクリーム
2019.10.29(火) 栃木県で松前漬けの不思議
ウチはオフクロが千葉県、家内は東京都の出身のため、食べたくても作ってもらえない地元料理がある。松前漬けも、そのひとつだ。「松前漬けってのは、その名前からしても、北海道のものじゃないの」と問われれば「おっしゃる通り」ではあるけれど、栃木県ではなぜかこれを、特に年末に作り、年始にかけて盛んに食べるのだ。
この松前漬けが、ウェブショップでの月に1度の限定商品として、きのうメールマガジンで告知をされた。そして長男がひとりで作れると見込んだ50セットは、すぐに売り切れた。なぜ上澤梅太郎商店がこれを売るかといえば、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けるからだ。
朝夕に社員が記録するタイムカードの脇には、歩留まりが良かったときの対策として、社員からの注文も受けつける旨の紙が張り出された。そこに真っ先に、自分の名を記す。合わせるお酒は常温の日本酒だろうか、器は勺グラスが似合いそうな気がする。
朝飯 ほうれん草のおひたし、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、胡瓜と大根のぬか漬け、メシ、キャベツと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の五目そば
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草のおひたし、鶏肉と3種の茸の蓮根餡かけ、なめこのたまり炊、新島芋の煮付け、麦焼酎「ひゅうが晴」(ソーダ割り)、ペコちゃんのほっぺ(チョコクリーム)、Old Parr(生)
2019.10.28(月) 蔵見学はゆっくりと
太田三砂貴という、知能指数188の天才がいるという。ちなみに知能指数が188に達する人は、5億人にひとりの確率でしか生まれないらしい。この天才が、月曜日の22時から放映されているTBSの番組「1番だけが知っている」に出演した際に、戦争と平和を主題としてみずから画いた「逃避」という絵の寄贈先を求めた。
ウチは夕食の際にテレビは点けない。夕食が済めば僕は風呂に入って寝てしまう。よってこの番組については知らなかったが、かなりの人気らしい。とすれば「我こそは」と、絵の寄贈を求めた人や法人も、かなりの数に上ったことだろう。総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司も、そのうちのひとりだった。そしてどのような経緯によるものか、その絵を譲り受ける先として、瀧尾神社に白羽の矢が立てられた。いちばん驚いたのは、宮司本人だったに違いない。
本日は、その贈呈式が行われるとのことにて、13時50分に神社へとおもむく。式には神社のとなりにある今市小学校の高学年、またちかくの並木保育園の年長組も招待をされていた。120号の巨大な「逃避」は、本殿の奥左手に安置をしてあった。椅子は4客が用意してあり、僕はその右端に、僕の左隣には初めて見る太田三砂貴氏が座った。太鼓が鳴って、タナカノリフミ宮司が祝詞を奏上する。玉串奉奠の1番手は太田三砂貴氏、2番手は僕だった。贈呈式は小一時間ほどで完了した。
帰社して即、紺色の背広を仕事着に着替える。自由学園の職員さんご一行のご予約を15時にいただいているのだ。予定よりすこしはやくお見えになった皆さんは、長男の案内により隠居と蔵を見学していただくなど、ゆっくりお過ごしいただいた。なおその最中に更に2台のバスが入って、お陰様で忙しくさせていただく。
今年は残暑が長かった分、日光の紅葉は、いまだ「上の方」で始まったばかりだ。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根の塩もみ、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、なめこのたまり炊、メシ、大根と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のチャーハン
晩飯 マカロニサラダ、葡萄と胡桃のパン、ジャガイモのグラタン、茹でたブロッコリーを添えたタンシチュー、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982
2019.10.27(日) 雷雨
2時37分に目を覚まして3時10分に起床する。体調は完璧に回復をした。着替えて食堂に出て湯を沸かし、仏壇にお茶と水と花と線香を供えて後は、既にして完成していた先おとといの日記を「公開」する。それからおとといときのうの日記、そして今日の日記のここまでを書く。時刻は4時20分。深夜から明け方にかけての豊かな時間を知ってしまえば、夜更かしなどはとてもできない。
午後、製造現場を歩きながら雨の音に気づく。その音は、はじめこそ「蕭々」という感じだったものの、いきなり、目に見えない頭上に雷鳴が轟く。「梅雨は雷に始まり、雷に終わる」という。また「海に雷が鳴るころハタハタは来る」という。しかし紅葉の時期の雷は珍しい。
14時50分という時刻からは考えられないほど外は暗い。折しも、道向こうの駐車場に駐まろうとしていたバスが、お客様のことを考えて、こちら側の駐車場に頭を向けている。とはいえこちらの駐車場には乗用車が密集している。取り急ぎウィンドブレーカーを着て傘を持ち、そのバスを待ち受ける。
それでも団体のお客様は、犬走りの庇に接するようにして一時停止したバスから首尾良く、ほとんど濡れることなく降りて戴けた。ふたたび雷鳴が炸裂する。お客様のあいだから悲鳴が上がる。「大丈夫です、このあたりのこういう雨は、15分で止みますから」とお答えをしても、雷がただちに去るわけではない。
季節外れの雷雨は予想した通り、ほんの15分で去った。皮肉なことに、先ほどまでは満杯だった駐車場が、すっかり広々としている。多くのお客様は雨の最も激しいときにいらっしゃって、その雨の止む前にお帰りになったのだ。長男は帰路に着くバスを誘導し、僕は外に出した10本ちかくの傘を回収する。空は、明るさを取り戻しつつある。
朝飯 焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、納豆、大根と胡瓜のぬか漬け、メシ、エノキダケと万能葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 アスパラ菜のおひたし、だし巻き卵、大根と隼人瓜と人参のぬか漬け、漬け鮪、豆腐と豚肉の鍋、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)
2019.10.26(土) 明日は早朝から
平熱に戻っていることはすぐに分かった。腰も、きのうほどは痛くない。とはいえ不調から完全に復活したわけではない。時刻は4時53分。起きて服を着て食堂に出る。そして湯を沸かし、味噌汁の用意をする。外が明るくなるまでに、20分ほどかけてきのうの日記を下書きする。それからの10分ほどで、途中まで書けていた先おとといの日記の、文章のみを完成させる。
7時30分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へおもむき、売り場の拭き掃除と検品をする。8時前に戻って朝礼に参加をする。残り少なくなっていた「なめこのたまり炊」を道の駅へ納品し、またまた戻って、ちょっとしたメモを包装係のタカクコータロー君に手渡す。以降はきのうに引き続いて仕事を休む。
自宅に大規模なリフォームを施した2013年の秋以降、寝ながら本を読むことはしていない。中身もろとも箪笥を幾つも捨てるような整理を実行して以来、寝台の横に電気スタンドや、それを載せるための台を置くことさえ嫌になったからだ。そうして何もせず布団の中にいて、すこしは眠ったようだ。
舌が荒れている、だから、いまだ食べ物の味はよく分からない。それでも平時の状態にからだを戻すべく、夜は少しばかり焼酎を飲む。その勢いに乗じてウィスキーも飲む。明日は早朝から働くことができるだろう。
朝飯 鶏卵雑炊、梅干、なめこのたまり炊、ベーコンと白菜の味噌汁
昼飯 鶏卵雑炊、3種の佃煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
晩飯 鮭の味噌鍋、大根と胡瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」、チョコレート、Old Parr(生)
2019.10.25(金) どうしたことか
朝、まぁ僕の場合にはいまだ深夜のことも少なくないけれど、目を覚ました途端に「疲れたー」と発することが週に何度もある。ただし、起きてしまえばそれはすぐに忘れてしまう。以降はほぼ健康な日常のあるばかりだ。
ところが今朝は、すこし様子が違った。時刻は2時35分。どうにも起き上がる気力が湧かない。輾転反側して5時に至ったところで時間に限界の来たことを認め、製造現場に降りて仕事に従う。そして戻って朝食は要らない旨を家内に伝え、ふたたび横になる。
ここ10日ほどは寝室に床暖房を入れている。その暖房により布団が温められて、かなり暑い。もうひとつ、平時とは異なって、仰向けに寝ているだけで腰がひどく痛む。寝台から床暖房のスイッチまでは数メートル。おなじく洗面所までも数メートル。しかしその数メートルの移動が億劫で、暖房のスイッチを切るとか、洗面所にあるタオルを丸めて腰にあてがう、ということが何時間もできない。夕刻に計った体温は38.0℃だった。
「不調のときこそしっかり食べて体力を回復させるべき」とは聞き慣れた養生訓ではあるけれど「食欲の喪失は、食べない方が身のため、というからだからの信号」というもうひとつの説をこの10年ほどは採っているから、夕食は抜く。それにしても「ただ寝ているだけ」とは、非常に情けない状況である。
関東以北に大きな災害をもたらした台風19号の来襲から2週間を経たばかりにもかかわらず、iPhoneで見るウェブニュースはまたまた、ほぼおなじ地域での大雨を伝え続けている。
朝飯 「栃木乳業」の栃木県産とちおとめ飲むヨーグルト
昼飯 “Chez Akabane”の杏仁豆腐
2019.10.24(木) いちばん好きな時間
「いちばん好きな時間って、どんなときですか」と20代のころに訊かれて「尻のポケットに文庫本を入れて『さぁ、今夜はどこの飲み屋へ行こうか』と考えているときです」と答えたことがある。それから40年ちかくを経ても、その「いちばん好きな時間」が変わらないのは、進歩が無い、ということなのだろうか。
もっとも僕の仕事は居職のようなもので、且つ家で夕食を摂ることを好む。だから僕の「さぁ、どこの飲み屋へ行こうか」には、稀少な機会を愉しむ、ということも含まれているのだと思う。
それが旅先では、来る日も来る日もひとり飲みである。話しかけてくる人はほとんどいないから、本も読み放題だ。正に、盆と正月が一度に来たようなものではないか。
とすれば「いちばん好きな時間って、どんなときですか」と訊かれたときには、今なら「ひとりで海外へ出かけるために、とりあえず地元の駅のプラットフォームで列車を待っているとき」と答えるべきかも知れない。そのときの気分には、高揚も不安もなく、普段と変わらない平坦さがあるばかりではあるのだけれど。
ところで旅先に持参する本は、尻のポケットには入らない。読むべき文字が枯渇しないよう、それらはおしなべて、数百ページから千ページを超える分厚いものだからだ。
朝飯 生玉子、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 「和光」のお通しのひじきの煮物、飛び魚の刺身、秋刀魚の塩焼き、もろきゅう、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)
2019.10.23(水) 一喜百憂
このところ、また仕事のため早朝から製造現場に降りる日が増えてきた。前日の夕方に社員からそれを頼まれると、僕はiPhoneに目覚ましを設定する。この目覚ましは、目を覚ますために鳴らすものではない。「今朝は仕事がある」ということを思い出させるためのアラームである。
今朝も食堂でいきなりこの音を聞いて「おぉ、そうだった」と、食器棚の電波時計に目を遣る。そしてきのうの日記を書いていたコンピュータを閉じ、席を立つ。
このところようやく、日光を訪れる自家用車や観光バスの数が増えてきた。増税や大型の台風により鈍っていた消費に対する欲求が、徐々に回復してきたのかも知れない。しかし楽観はできない。商売は一喜一憂の繰り返しだ。あるいは、あの柳井正の書いた本の題名が「一勝十敗」であるところからすれば、僕などは一喜百憂あたりが実際のところかも知れない。
下今市と新鹿沼のあいだに流れる黒川の鉄橋が壊れて東武日光線が不通になったこともあって、鬼怒川温泉では予約の8割がキャンセルになった旅館もあるという。せめてこれから年末年始にかけての天気は晴朗であってほしいと思う。
朝飯 胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、エノキダケと三つ葉の酢の物、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の餃子ライス
晩飯 「食堂ニジコ」の煮奴、皮蛋、海老春雨、鶏もも肉の唐揚げ、ソース焼きそば、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2019.10.22(火) 徐々に復旧
「すべての荷受けを停止」から「クール宅急便の荷受けのみ停止」を経て「荷受けはするものの、お届け日、お届け時間帯の指定は不可」となっていたヤマト運輸が、きのうあたりからは「お届け日、お届け時間帯を指定されても約束に応じられるかどうかは配達先の状況による」というところまで復旧してきた。
これを受けて今日からは、お客様が望まれるまま、お届け日とお届け時間帯を記した紙を荷物に貼ることとした。もちろん、それが厳守される保証は無いと、お客様にはお伝えをしている。
それにしても「過去最大級の」とか「未曾有の」という言葉を伴う大雨が、ここ数年は毎年のように続いている。そしてこの大雨が、このところは「むかしから災害の少ない場所だったけれど…」と住民の言う場所にまで及びはじめている。我が栃木県日光市今市地区も、1949年に発生した今市地震を除けば災害の少ない地域だ。しかしこれからは、何が起きるか分からない不気味さを感じないわけにはいかない。
台風19号により不通になっている東武日光線は、10月24日に全便が復旧するという。とても、とても、有り難い。
朝飯 蓮根のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ピーマンのソテーを添えたベーコンエッグ、納豆、胡瓜のぬか漬け、メシ、ジャガイモと三つ葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 ほうれん草と海苔のおひたし、生のトマト、胡瓜と人参のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、豚汁、「福光屋」の「加賀鳶純米大吟醸藍」(冷や)
2019.10.21(月) 熱量の使い途
電話でご注文をくださりながら、遂に、どの商品をいくつ買うべきか決められず「かけ直します」と、保留をされたお客様がいらっしゃった。よって事務係のツブクユキさんには、このご注文のメモを手渡しつつそのことについて言葉を添えた。すると「私も今日、おなじようなご注文を承りました」と、未完成の発送伝用を見せてくれた。
ここで「迷う」ということについて、僕とツブクさんとのあいだで会話が発生した。
僕は、即断即決をして後悔することが多い。ツブクさんは逆に、迷いに迷って決めた結果に後悔をすることが多いと笑った。その笑いとは、僕にしてもツブクさんにしても、まぁ、自嘲を含んだ笑いである。
「後悔するくらいなら、そもそも決めるという行為をしなけりゃいいじゃねぇか」と言われれば、人は、ものごとを決めなければ生きていくことができない。あるいは、生きていくということは、次々とものごとを決めていく行いの積み重ねである。だから、決めるという行為をしないわけにはいかないのだ。
と、ここまで書いて「何もしないということをする」と同じ要領で「決めないということを決める」という生き方はあるだろうかと考えてみる。
たとえば、着るものは朝、自分以外の誰かが用意をしてくれる。その服はすべて、自分以外の誰かが買ったもの、という人がいる。この人は「着るものを決める」という行いから解放されている。あるいは「メシは出てきたものを食う」という人がいる。この人は「食べるものを決める」という行いから解放されている。他のほとんどすべてに対しても、特段の興味は持たない。
むかしも今も英傑たちは、こうして「決める」ために費消する熱量を省きつつ、ここぞというときには大きな決断をした、あるいはしているのかも知れない。
朝飯 蓮根のきんぴら、ほうれん草の胡麻和え、納豆、巻湯波と人参と隠元豆の炊き合わせ、エノキダケと三つ葉の酢の物、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波とキャベツとトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 刺身湯波、巻湯波と隠元豆の炊き合わせ、鯛の漬け、豚肉と人参とピーマンのソテー、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、ナッツのケーキ、Old Parr(生)
2019.10.20(日) “Prisoner of Love”
普段は宅急便で納品している卸先の一部に現在、自社便で配達をしている経緯は、きのうの日記に書いた。そしてきのうの朝の、長男との宇都宮行きは、今日の予行演習だった。JR宇都宮駅に隣接する商業施設「パセオ」の開店時間は8時。そして地元百貨店の商品陳列も、8時には始まる。上澤梅太郎商店の始業時間は8時だから、この配達に社員を頼ることはできない。
本日、長男は「屋台まつり」に町内青年会の一員として参加をする。家内は隠居で朝食の会の調理と接客に当たる。本日の配達は、否が応でも僕ひとりでこなさなくてはならない。すぐに食べ終えられるよう、朝のおかずは少なくしてもらった。
06:46 きのうの夕刻に検品した商品を冷蔵庫からホンダフィットに積んで会社を出る。時間の余裕は充分のため、高速道路は使わず日光街道を南下するも、当然のことながら、一般道では信号が赤になるたび止まらなくてはならない。その「モッサリ感」に嫌気がさして、13分後に大沢I.C.から日光宇都宮道路に乗る。
日光宇都宮道路を降りて、今度は宇都宮北道路に乗る。明け方までの雨に濡れた路面が、朝日を受けて眩しく光る。太陽は左右のサンバイザーのあいだにあって、その直射を避けることはできない。東に連なる低山はおしなべて、朝のもやに煙っている。
07:26 JR宇都宮駅の駐車場に入る。
07:38 駅ビルの商業施設パセオの物産店「宮源」さんに納品を完了。
07:46 パセオの駐車場を去る。
07:53 福田屋百貨店宇都宮店さんの駐車場に入る。
08:09 納品を完了して駐車場を去る。
クルマのスピーカーから”ASAP”の”Prisoner of Love”が聞こえてくる。神保町の岩波ビルの上階にあった英会話教室で、ある日、牢屋に入れられている人を何と呼ぶかと、エリザベスという英国人の綺麗な先生に訊かれた。僕はすかさず”desperado”と答えた。先生は唇の両端をすこし上げて笑った。正解は”prisoner”だった。「何だ、それでいいのかよ」と、僕はしばし呆気にとられた。40年ほども前のことである。
08:57 帰社して即、今度は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の、自社用の冷蔵ショーケースに、できたばかりの商品をお納めする。「忙しくてよろしいですね」という話ではない。物流を担う各方面の、できるだけ早い復旧を願ってやまない。
朝飯 生玉子、塩昆布、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、かき揚げとオクラの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のキムチタンメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、「屋台まつり」の会場で買ってきた鶏の唐揚げとポテトフライ、薩摩芋の甘煮、大根おろしを添えたハンバーグステーキ、トマトとエノキダケとかき卵のスープ、ABSOLUTE VODKA(ソーダ割り)
2019.10.19(土) 台風19号から1週間
台風19号により寸断されていた物流は、徐々に復旧しつつある。ヤマト運輸は数日前よりクール宅急便を荷受けするようになった。しかし到着日や到着時間の指定を受けるまでには至っていない。
いつ着くかが不明のままでは商品は受け取れないから注文はキャンセル、という東京の卸先が「いつまで欠品が続くのも…」と、従来の、クール宅急便による納品を容認してくださったのは有り難かった。一方、宇都宮の卸先には台風の去った直後より、自社便で商品をお届けしている。
今日はいつもより早く朝食を摂り、6時35分に事務室へ行く。長男は本日、東武日光線の下今市駅で開かれる「二宮金次郎の日光大収穫祭」のための納品書を作っていた。
06:54 ホンダフィットに商品その他を積み込んで会社を出る。
07:35 JR宇都宮駅の駐車場に到着。
07:40 駅ビルの商業施設パセオの物産店「宮源」さんへの納品を完了。
07:47 JR宇都宮駅の駐車場を出る。
07:53 福田屋百貨店宇都宮店さんに到着。
07:57 福田屋百貨店宇都宮店さんの巡回を完了。
08:50 「二宮金次郎の日光大収穫祭」会場への納品を完了。
東武日光線は、浅草と下今市のあいだで、いまだ2ヶ所が寸断されている。「二宮金次郎の日光大収穫祭」へは、どれほどの方が来てくださるだろう。
朝飯 納豆、里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、生玉子、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、かき揚げの味噌汁、トマトの蜜煮
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 トマトとモッツァレラチーズとブラックオリーブのサラダ、鮭とマカロニのグラタン、2種のパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.10.18(金) 彦名まで
夜、長男と次男との3人で列車に乗るべく、上野駅のプラットフォームに立つ。やがて列車が来てそれに乗り込む。我々に同行するわけではないけれど、町内の人が複数、ちかくにいると耳にして、僕のみプラットフォームに降りる。そしてそれらの人を探すうち、気づくと列車は走り出していた。速度は既にして、それに追いつきタラップに駆け上がれる限界を超えている。あるいはもとより、日本の列車の扉は、走り出したときには既にして閉じている。呆然とするうち上野駅は東武日光線の下今市駅に変わっていた。
こうなれば新幹線で追いかけるしか道は無い。行き先は彦名である。下今市駅からJR今市駅まで歩き、その待合室でiPhoneの乗り換え案内を調べる。旅館の宿泊券は僕が持っている。どうにか長男と次男に追いつかなくてはならない。
焦燥しながら目を覚ます。時刻は2時21分。枕の下からiPhoneを取り出し、乗り換え案内を開いて、JR今市から「彦名」という、これまで耳にしたこともない、だからそれが実在するかどうかも分からないところまでの経路を調べてみる。「彦名」という場所は鳥取県の米子市に実在した。夜に上野を発って、その晩のうちに着けるところではない。
先ほど上野駅で列車に置いていかれた顛末を、漫才師の僕は舞台で話している。相方の顔は見えない。二度寝の中で、先ほどの夢の続きを見ている。
しばらくすると季節は真冬で、僕は日光湯元にあるスキー場を目指している。いろは坂を上りきった先の道は幅50メートルほどもあって、長い下り坂だ。「子どものころは、湯元に行き着く前に、ここでスキーをしたものだ」と思い出しつつ、しかしその道に雪はなく、茶色い土が乾いている。
どこかの湖のほとりに出る。そこでは真冬にもかかわらず、大人や子どもが泳いでいる。驚いて水に手を入れてみると、それほど冷たいものでもない。「オレも泳いでみようかな」と呟いて、すぐ横にいる誰かに止められる。以降も、風景写真にひっかき傷のような螺旋模様の徐々に広がる夢を見る。
気づいてふたたび枕の下からiPhoneを取り出す。時刻は4時34分。このまま横になっていれば、すぐ5時になってしまう。5時台まで起床を引き延ばしたときの「損感」には僕の場合、馬鹿にできないものがある。よって慌てて服を着て顔を洗い、食堂に出て湯沸かしポットのスイッチを入れる。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、中華風春雨炒め、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、白菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 酒肴あれこれ、里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、かき揚げ、トマトの蜜煮、牛肉と三種の茸の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒め、おむすび、隼人瓜のぬか漬け、夏太郎らっきょう、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜とズッキーニの味噌汁、小豆と桃の抹茶ゼリー、4種の日本酒(冷や)
2019.10.17(木) コロモガヘ
高等学校の制服は毎年、6月1日に夏服になり、10月1日に冬服になった。僕は仕事着については、年間で、以下8回の衣替えをする。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
晩秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
今年は梅雨がいつまでも続き、夏は短かった。しかし残暑は長かった。夏8月の季語でもある「残暑」が不適当なら「気温は10月の頭まで下げ渋った」と言い換えても良い。
今年は、実に今週のはじめまで半袖のポロシャツで仕事をしていた。上に照らせば「盛夏」の服装である。そしておとといの15日にいたってはじめて、これに長袖のTシャツを重ねた。
クローゼットに押し込んだ箪笥の中身は自分で替える。私服については、既にして夏のものは一掃した。しかし仕事着の引き出しは、いまだ夏のそれと変わっていない。「着ぶくれ」は冬12月の季語である。
朝飯 納豆、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と大根の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 白菜のおひたし、巻湯波の淡味炊き、お多福豆、春雨の中華風炒め、厚揚げ豆腐の酢豚風、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」(お湯割り)
2019.10.16(水) 荒療治
昨年末からの、日に鎮痛薬を2度も用いないと消せない背中の痛みをどうにか治められたのは、ことし1月11日から通い始めた、宇都宮のカイロプラクティックの治療による。その背中の痛みは、ことし3月はじめのサワンカロークへの旅の最中に再発したが、帰国して治療を受けると、すぐに鎮まった。
このカイロプラクティックでは、初診のときに「右膝がぶっ壊れかけてる」と先生に指摘をされたものの、とにかくそのときには背中の治療のみに集中することとした。一方、この日記に「左肩」で検索をかけると、2017年10月3日に、チェンライのマッサージ屋”PAI”で馴染みのマッサージ師ジェップさんに「ここが痛い」と説明しながら、入念に揉みほぐしてもらった記述が出てくる。その左肩の痛みは昨年10月にぶり返し、年末にいたっては市内の外科でブロック注射を受けるほどに悪化をしていた。
背中の痛みが治まると、カイロプラクティックでの治療は左肩と右膝に移った。
上着を着ようとして袖に左腕を通そうとしても、左肩が痛くてそれがままならない、その治療ははじめ左肩にのみ施されていた。しかしいつまでも一進一退を繰り返すため、先生は新たに左鎖骨のもっとも中央に寄った部分に目を付けた。そして、右のそれに較べて倍ほどに肥大したその部分に9,000ボルトの電子ペンを突き立てることを繰り返した。その結果、左肩の調子はほとんど正常なところまで戻った。問題は、右膝である。
新春の初診から数えれば29回目の施術の本日、左肩のときとおなじく、先生は右膝以外のところに目を向けた。右の太ももに走る2本の筋である。僕を仰向けに寝かせると、先生はこの2本の筋を肱で強く押し始めた。電子ペンによる痛みもかなりのものだ。しかしそれは、数十秒を我慢すれば次第に薄れていく。しかし今回の、太ももの2本の筋を、膝から股関節に向かって間断なく肱でいじめていく痛みには参った。
声を上げ、身をよじり、休憩を求めても先生は応じない。そしてこの数分間の拷問に耐え、別室のベッドで低周波を数十分ほども流し、ふたたび床に足を降ろしたときには、太ももの痛みによりまともには歩けなくなっていた。
午後はずっと、脚を引きずりながら歩く。夜の入浴後は、右の太ももに4枚の湿布を貼る。右膝の不調が、背中の右側や左肩のように、治ってくれれば幸いである。
朝飯 ケープムー(豚の皮のカリカリ揚げ)の雑炊、細切り昆布の佃煮、浅蜊と珠芽の佃煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん(天かすと長葱は自分でトッピング)
晩飯 ポテトと「夏太郎らっきょう」のサラダ、人参の炒りつけ「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」風味、巻湯波の淡味炊き、隼人瓜のぬか漬け、夏太郎らっきょう、ピーマンの肉詰め、芋焼酎「宝山」(お湯割り)
2019.10.15(火) 献仏不假香多
今日はオフクロの祥月命日にて、墓参りに行く必要がある。墓参りは、開店前に済ませるのが、時間の使い方としては最上だ。しかしきのうは祝日だったこともあって、花は買い置いていない。取りあえず掃除と線香を上げるだけして、花は後から供えに行こうか、そんなことも考えたけれど、現実はなかなか忙しく、9時30分を過ぎてようやく、いくらかの余裕ができた。
自転車で日光街道を下り、小倉町の「花一」の前まで来ると、シャッターが閉まっている。申し訳ないとは感じつつ、脇に回ってインターフォンのボタンを押す。白い菊ばかり6輪を買って、今度は日光街道を上る。そしてそのまま如来寺の、お墓の水場まで自転車を乗り入れる。
墓石の一部は、いまだきのうの雨に濡れている。よって水を固く絞ったタオルではなく、乾いたタオルでその天辺から地面に接するところまでを拭く。白菊を左右それぞれ3輪ずつ供え、また昨年、麻布の禅寺で「献仏不假香多」という便利な言葉を知ったため、線香も左右の線香立てに3本ずつのみ上げる。
次の掃除とお参りは、来月の、オヤジの祥月命日のときになるだろう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、なめこの醤油煮、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、メシ、玉葱と隼人瓜とオクラの味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「グルマンズ和牛」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、ウイスキー(オンザロックス)、其の七、コーヒー
2019.10.14(月) 知らない言葉
今月20日に開催される屋台まつりについての、2回目の会議がきのう、町内の公民館で開かれた。その際に配られた印刷物に「拗飯」の文字があった。何と読むべきか分からない旨を発すると、どこからか「知んねぇんけ」の声が聞こえた。直後に「拗飯」の読みは「コジハン」で、朝昼晩の三食以外の食事を指すと、神社世話人を務めるアイザワヒロシさんが教えてくれた。
今朝、検索エンジンに「こじはん」と入れてみて、これが栃木県から茨城県にかけての方言と知る。栃木県に63年間も住みながら、いまだ知らない言葉の現出することを面白く思う。
高校1年の夏休みの最後のころに、自由学園の那須農場で、同級生たちと労働をした。そのころこの農場は近隣の農家から子弟を受け入れて、農学塾を開いていた。その塾生の話す言葉は、おなじ栃木県内に生まれ育った僕にも理解しかねるもので、しばらくは不便をした。アマゾン川のこちら側とあちら側では言葉が通じないと子どものころに読んで大いに驚いたが、日本でも数十キロを隔てれば、おなじことが起きるのだ。
お互いの言葉が通じれば便利だ。しかし言葉が通じないところには面白さがある。自国の言葉が世界の殆どのところで通じるイギリス人やアメリカ人の旅は便利でも、僕の感じるような面白さには、なかなか気づかないような気がする。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とパプリカのソテー、ほうれん草のおひたし、隼人瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、里芋とオクラの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鮭の焼き漬け、トマトと南瓜のサラダ、蓮根のきんぴら、鶏肉と厚揚げ豆腐と白菜の鍋、芋焼酎「宝山」(お湯割り)
2019.10.13(日) 昭和30年代なら数千人が亡くなったはず
枕元を手探りしても、iPhoneは無い。食堂のコンセントに繋いだままに違いない。起きることを決めて服を着る。「4時は過ぎただろうか、まさかもう5時台ではあるまいな」と考えつつ洗面所に入って明かりを点ける。低いところに置かれた時計には「2:56」の数字があった。外はしんと静まりかえっている。
食堂に出て窓を開ける。雨は既に止んでいる。空には、晴れているらしい真っ黒なところに雲がまだらに見えている。生暖かい風が吹いている。鈴虫の声が賑やかだ。
きのうの天気予報によれば、日光市は朝は曇り、11時から晴れてくるとのことだったが、普段は見られないような、幾重にも層を成した黒雲のむこうから朝日が昇る。6時を過ぎたところでテレビのスイッチを入れ、今般の台風19号が、特に関東甲信越から東北地方にかけて、甚大な被害をもたらしたことを知る。
8時の朝礼では、台風が去ったことを受けて、各部署がすべきことを伝える。販売係のササキユータ君は、風に飛ばされてきた諸々を掃いて袋に詰めるため、いつもの数倍の時間を掃除に費やした。製造係のイトーカズナリ君は、蔵の各所で発生した雨漏りについて、逐一、報告に来る。ウチで最も古い建物である、江戸末期のものと思われる隠居には、ひとかけらの被害もなかった。
宅急便はきのうから荷物を預かることを止めている。しかしJR宇都宮駅に隣接する商業施設にある宮源さんからは、正午の納品を頼まれている。これについては長男が、普段なら数十分で行けるところを2時間30分の余裕を見ながら配達をした。帰ってきたところで話を聞けば、あの、いつもなら堤防から10メートルちかく下を薄く流れるのみの田川が氾濫し、JR宇都宮駅周辺の道路はかなりの部分で通行止めとなって、ブルドーザーが泥をかいていたという。
お客様の中には、9月上旬の台風15号、そして今回の台風19号により被災をされた方もいらっしゃるに違いない。そういう次第にて、年末の贈答の季節に向けてお送りするダイレクトメールの挨拶文は、既にして発注済みではあるけれど、それは届いた後に捨てることとして、新たに書き直す。
閉店後は食堂に戻り、ハイボールで心を鎮める。19時より屋台まつりの話し合いのため、町内の公民館へとおもむく。話し合いは手際よく進んで数十分で完了した。そして家に戻って簡単な夕食を摂る。
朝飯 なめこの醤油煮、納豆、ほうれん草のソテーを添えたベーコンエッグ、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、オクラとシメジの味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 だしあごの網焼き、Old Parr(ソーダ割り)、スパゲティナポリタン、G7 The 7th Generation Cabernet Sauvignon 2018
2019.10.12(土) 「台風クラブ」はいまだ観ていない
「本日10月12日(土)は、台風19号の接近が伝えられていますが、上澤梅太郎商店は通常どおり、朝8時30分から夕方17時30分まで、営業いたします。どうぞお気をつけて、お出かけくださいませ。またお留守番の方は、どうぞ御身安全にお過ごしくださいませ」という文章を、朝、撮ったばかりの店の画像と共に、会社のfacebookページに上げる。雨風ともに、大したことはない。本日の口開けは、福島県からのお客様で、ご来店の時間は開店前の8時25分だった。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のウチの売り場には、きのうの夕刻に売り切れた商品を補充し、少なくなってはいるものの、今日1日くらいは保つだろうと思われる品については「売り切れたときには、すぐに持って参りますので」と商業施設の方に告げて店に戻る。
「今日はお店、やってますか」という電話を午前中に何本か受ける。受注係のカワタユキさんも、おなじ内容の電話を何本か受けたようだ。
昼が近づくにつれて、風雨が強くなってくる。長男は日光の卸先である金谷ホテルさんと早見商店さんに、火事見舞いならぬ台風見舞いに出かけ、昼すぎに戻った。
4人の子どもを持つ包装係のタノイチカさんは、正午に退社をした。販売係のオバタタキコさんも昼に退社をした。包装主任のヤマダカオリさんに続いて包装係のセオヨーコさん、タカクコータロー君も、14時に退社をした。事務係のカワタユキさんに声をかけると「心配なので」と、14時30分に退社をした。風雨はますます激しくなる。
「開いてて良かったわー、日光からここまで来るあいだ、どこのお店も閉まってましたよー、まるでゴーストタウン。お土産が買えて嬉しいわー」と、午後に見えたお客様が喜んでくださる。
どこもかしこも店を閉じる状況の中で通常通りに営業をするとは、まぁ、ウチの美学のようなものだ。「美学とは大げさな」と言われれば、痩せ我慢、あるいは意地と言い換えても良い。実利、つまり損益分岐点比率を考えれば休んだ方が得策でも、どうにもそれはできかねる。
終業時まで残った社員は製造主任のマキシマトモカズ君、製造係のタカハシアキヒコ君、販売主任のハセガワタツヤ君、販売係のササキユータ君の4名。「とんでもないこと」が起きたら、それこそとんでもないことだが、それがない限り、今日のような非常時の雰囲気は、嫌いではない。
社員がすべて去った蔵の中にふたたび照明のスイッチを入れ、雨漏りが心配されるところを見てまわる。蔵の大屋根から玄関前の川に雨水を逃がすための、直径20センチのパイプが不気味な音を立てて揺れている。これについては週明けにでも、ハヤカワ住宅設備に診てもらうことにしよう。
夕食のテーブルには肉の塊があるにもかかわらず、孫のリコは非常食のインスタントラーメンを食わせろと泣いている。小さな子どものいる家は、なかなかに賑やかだ。
朝飯 ほうれん草のおひたし、なめこの醤油煮、茄子のソテー、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」と3種のぬか漬け、メシ、隼人瓜の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 ラタトゥイユとオムレツを添えたレタスのサラダ、フレンチフライを添えたビーフステーキ、たまり漬「鬼おろしにんにく」によるガーリックライス、G7 The 7th Generation Cabernet Sauvignon 2018、きのうの残りのケーキ、Old Parr(生)
2019.10.11(金) 毎年のように「過去最大級」が来る
吉野彰先生のノーベル化学賞受賞のニュースは、ほんの2日ほど新聞やテレビを賑わせたのみだった。以降はそれまでの、千葉県に大きな被害をもたらした台風15号なみの勢力を持つという、そして明日12日の夜には関東地方への上陸が予想される台風19号のことが、報道をほぼ独占をしている。
きのうの朝礼では、子を持つ社員は、12日は遠慮なく休むよう伝え、今朝の朝礼でもそのことを繰り返した。ヤマト運輸は日本の各地において、12日の集配停止と営業所の休業を決めた。宅急便が休むとはよほどのことだが、嵐の中でもご来店になるお客様かならずいらっしゃるから、ウチは休むことはしない。
本日はまた、取引先の3名さんが東京から来て、家内や長男や販売主任のハセガワタツヤ君と仕事をしている。この3名さんが帰京できなくなれば大ごとのため、情報が確定するという13時に東武日光線の下今市駅へ出向き、本日は最終の上りまで通常通りの運行であることを確認する。
上澤梅太郎商店は新鮮な商品のみをお客様に提供することを旨とし、非常時にも造り溜めはしない。16時に包装主任のヤマダカオリさんが事務室に来て、明朝から包装する商品の種類と数量を決める。
19時30分、取引先の3名さんをホンダフィットにて下今市駅へお送りする。雨はいまだ降っていない。風もいまだ穏やかだ。帰宅してテレビのスイッチを入れると、ニュースはなお「過去最大級」の台風について、伝え続けている。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、薩摩芋の甘煮、メシ、大根の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダ、ラタトゥイユ、2種のパン、鶏肉とマカロニのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、“Chez Akabane”のケーキ、Old Parr(生)
2019.10.10(木) 年賀状
年賀状を年内に投函していたのは学生のころまでと記憶する。以降は、撮りためた写真の中から1枚を選んで街のプリントショップに作ってもらったり、長男が絵を描けるようになってからはそれを印刷したハガキを用いて、届いた年賀状に返事を書いていた。そしてここ20年ほどは、それもしなくなった。ただし、戴いた年賀状に、旅先から返事を書いて送ることはしている。
2014年6月、バリ島の”Patra Jasa Bali Resort & Villas”でコンシェルジュに投函を頼んだハガキの大部分は、届かなかったような気がする。2016年2月、バンコクの”The Grand Sathorn Hotel”のフロント係に投函を頼んだハガキは、1枚も届かなかった。後者においては多分、僕の書いたハガキと支払った切手代を預かった使いっ走りが、ハガキは捨て、切手代は懐に入れてしまったのだろう。
以降、旅先がチェンライであれば、街の真ん中にあるエジソンデパート内の郵便局の出張所に、あるいは空港内の郵便局にハガキを托すようになった。これで届かなかったことは、過去に一度も無い。
先月チェンライを訪ねると、前述のエジソンデパートは廃業をしていた。というか、郵便局の出張所は何年か前から無くなっていた。空港内の郵便局は、チェンライを去る日の9時を過ぎても開かなかった。よって前日にホテルのプールサイドで書いたハガキ15枚は、チェンライから着いたスワンナプーム空港内の郵便局から投函し、それらは日本国内の、地域により6日後から9日後には届いた。なぜそれが分かるかといえば、ハガキを受け取った人が、そのことをメールやハガキで報せてくれるからだ。
表面の宛名も、また裏面の文章もすべて印刷、という年賀状は読むことさえしない。しかし裏面にいくらかでも手書き文字のある年賀状には、できるだけ返事を書きたい。ほんの1行ほどの手書き文字に対して数百文字を記した返事を書くことは、旅先での半日を費やすことも手伝って、結構な負担ではあるけれど。
朝飯 納豆、トマトとハムのソテーを添えたスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、薩摩芋の甘煮、メシ、隼人瓜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 春雨サラダ、ごぼうのたまり漬、水餃子、ABSOLUTE VODKA(ソーダ割り)、葡萄
2019.10.9(水) 遂に
10月2日の日記に「本日14時の気温は28度」とある。10月6日の日記には「きのうは宇都宮の最高気温が30.1度」とある。それから数日を経たのみにて、今朝は食堂のエアコンディショナーを暖房にして回す。上半身に着ているものは半袖のポロシャツ1枚。暖房をかけるくらいならその上に長袖の何かを重ねれば良さそうなものだが、僕は重ね着を嫌う。可能な限り薄着でいたいのだ。
6時を過ぎて食堂に入ってきた家内は暖房の生暖かい空気に気づいてかなり驚いたらしい。そして即、そのスイッチを切るよう言う。暑さ寒さの感じ方は、人によりかなり違うようだ。
朝食を済ませてから寝室に入り、背の低い箪笥の、今はポロシャツの納められている引き出しを開ける。そこには長袖のTシャツ2枚が綺麗に畳まれてあった。明日はいよいよこれに袖を通すことになるかも知れない。
夜、小倉町の、すこし風変わりな中華料理屋へ行く。預けてある焼酎のボトルは、底から指2本くらいのところまで減っていた。その残りを干す前に、次の1本を取り寄せる。焼酎はお湯割りにした。「温め酒」は、秋10月の季語である。
朝飯 納豆、牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこの醤油煮、厚焼き卵、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とオクラの味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの白片肉、皮蛋、胡瓜の辛子和え、もやし炒め、鶏もも肉の唐揚げ、海老と春雨の酸っぱ辛い炒め、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2019.10.8(火) 熱湯を60℃まで冷ます方法
目を覚まして枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は4時50分だった。一般には早すぎる目覚めかも知れないけれど、僕には「グズグズしていると5時になっちまう」という、それは気分を焦らせるに充分な遅い目覚め、ということになる。
着替えて食堂に出る。仏壇にお茶を供えるに当たっては、沸かしたお湯を緑茶への適温である60℃まで冷ます必要がある。きのうの朝までは複数の器を用意し、熱湯を入れた器が湯の温度を奪って手に持てないほど熱くなったら次の器へ、その器がおなじく熱くなったら更に次の器へ、ということを繰り返していた。しかしそれでは湯が冷めるまで、他のことはほとんどなにもできない。
そう考えてきのうの夜は、湯飲みに注いだ熱湯が、どれほど放置をすれば60℃まで下がるかを調べてみた。結局のところ、つい今しがたまで沸騰していた熱湯は、16分30秒後に60℃まで下がった。
よって今朝は沸かしたお湯を仏壇用と僕用の湯飲みに注ぎ、テーブルに本を開く。そして16分30秒を経たところで料理用の温度計を差し込むと、湯温は60.1℃。即、そのお湯をあらかじめ茶葉を入れておいた急須に移しつつ、今度は90秒に設定したタイマーのスイッチを入れる。
朝飯 牛蒡の白和え、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、納豆、レタスのサラダ、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 豆腐と肉団子と白菜と椎茸と舞茸の鍋、ごぼうのたまり漬、芋焼酎「宝山」(お湯割り)
2019.10.7(月) 第一に目指すべきは
下今市10:35発の上り特急スペーシアに乗る。車中にて若林正恭の「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を開く。ハバナでのたった3日と数時間が宝石のように結晶した、素晴らしい紀行文。
浅草から銀座までは銀座線で移動をする。4丁目で地上に出て南西を目指す。「菊水」の前を歩きながら「ハバナの葉巻を買う」という欲求を、どうにか押さえつける。6丁目と7丁目のあいだの交差点で反対側の歩道に渡る。
リモワの店に近づくと、スーツケースを提げた僕を認めた店員はガラスの扉を開けて僕を迎え入れた。彼女は僕から受け取った機内持込サイズの”SALSA AIR”を手に2階への階段を上がる。受付の女の人の差し出す書類に必要なことを書き込む。9月19日の未明、スワンナプーム空港の不届き者に鍵の部分を壊されたスーツケースは、奥の工房に運ばれ、5分もしないうちに修理を完了した。料金は税込で4,180円。素晴らしいサービスだ。秋葉原の工房に持ち込めば、その日のうちに治してもらえるパナソニックのコンピュータと同じく、僕は結局のところ、そういう会社の品物ばかりを使うことになる。
先月チェンライにいるとき、僕が日にひとつずつfacebookに上げた画像とコメントを見ながら、バンコクMGの講師タナカタカシさんは、11月にチェンライを訪ねることを決めた。そのタナカさんに現地の情報を伝えるべく、新橋で待ち合わす。これは僕だけの趣味かも知れないけれど、チェンライで一番の名所は、大型の観光バスがひっきりなしに発着するワットロンクンなどではない。第一に目指すべきは、ナイトバザールの奥の、黄色いペコペコ椅子のフードコートだ。タナカさんのチェンライでの数日は、間違いなく楽しいものになるだろう。
17時を過ぎるころは湯島にいる。そして天神下のシンスケにて両関の樽酒を3合ほども飲む。
朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、焼きトマトを添えた目玉焼き、おろ抜き大根の葉のおひたし、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、蜆の味噌汁
昼飯 「まぐろ人雷門出張所」の鮨あれこれ、浅蜊の味噌汁
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、両関(樽冷や)、タナカタカシさんにいただいたわらび餅
2019.10.6(日) 秋について(その4)
高等学校に通っていたころ、10月の、あれは体育の日の前後だっただろうか、半袖のTシャツを着て外にいたら「そんな恰好では風邪をひく」と、オヤジに注意をされたことがある。一方、おなじころ、10月も体育の日が近づくと、東京でも吐く息の白くなった覚えがある。それを長男に話したところ「10月のはじめは毎年、暑い。しかし10日もすれば決まって急に寒くなる」と言った。それは本当だろうか。確かに木曜日と金曜日に飲んだ焼酎はソーダ割りではなくお湯割りだった。しかしきのうは宇都宮の最高気温が30.1度という暑さにて、冷えた白ワインで一拍を置いた。さて今夜の酒はどうなるだろう。と、酒のことばかりを気にしていてはいけない。
本日、午前10時から蔵見学にご案内したご一行7名様は、ご家族連れだった。小さなお子さまがいらっしゃるにも関わらず、皆さま熱心に、僕の話を聴いてくださった。蔵見学が終わって店までご案内して、なお、ご一行に付き添い商品の説明をすることは、なにやら押し売りのような気がして僕はあまり好まない。
見学者用のサンダルなどを片付けるため蔵に戻り、ふたたび店に来てみると、ご一行は45年前からのお得意様で、今回もたくさんの商品をお買い上げくださった旨を販売係のオバタタキコさんは教えてくれた。恐懼とはこのことだ。有り難いことこの上無い。
夜は孫のリコに好物のマカロニグラタンを食べさせるため、家族と街の洋食屋におもむく。
朝飯 刺身湯波、納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、茄子のソテー、ごぼうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、おろ抜き大根の葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、“TIO PEPE”、グラスの白ワイン、孫の作った人参のケーキ、”Old Parr”(生)
2019.10.5(土) 日光金谷ホテルの「百年ライスカレー」
午前、東京からいらっしゃった取材の方を、蔵の中や隠居にご案内する。昼は日光金谷ホテルにお連れして「百年ライスカレー」を一緒に食べていただく。この「百年ライスカレー」は、2003年に日光金谷ホテルの蔵から発見された、大正時代のレシピに依っているところからこの名が付けられた、いわくつきのものだ。そしてその付け合わせは上澤梅太郎商店の「らっきょうのたまり漬」と「ホロホロふりかけ」、というところが更に佳、である。
「ビーフ、チキン、鴨のうち、どちらになさいますか」と問うと、目の前の若い女の人は「…チキンでお願いします」と遠慮がちに答えた。僕は我が意を得たりとばかりに「ですよねー」と思わず発してしまったが、何が「ですよねー」なのか、相手は理解できなかっただろう。インドに旅した者からすれば、カレーは断然、チキンだ。しかし金谷ホテルのカレーは洋食由来のものだ。とすれは、実際に順当なのはビーフかも知れない。
チキンの「百年ライスカレー」のルーをこんもりと盛られらごはんにかけ、スプーンでひとすくいして口に運ぶ。その甘さ、そしてココナツミルクを思わせる香りとコクは、まるでゲーンキヨワーンのようで、日本人は元より、このところ増えつつある東南アジアからの旅行客には特に、圧倒的に好まれること間違いない。
互いに紅茶とコーヒーを飲み終えてラウンジを去るころ、入口の椅子にはたくさんの待ち客がいた。正午前の到着は正解だった。1週間後の連休から先は、どれほど混み合うことか。というか、渋滞の中を、この歴史と格式を誇るホテルまで辿り着くのも困難かも知れない。
取材の方は下今市13:35発の上り特急でお帰りになった。きっと良い番組になるだろう。
朝飯 焼きトマトを添えた目玉焼き、大根おろしを薬味にした納豆、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、刺身湯波、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とシメジの味噌汁
昼飯 「金谷ホテル」の「百年ライスカレー(チキン)」、付け合わせの「らっきょうのたまり漬(栃木県産小つぶちゃん)」と「ホロホロふりかけ」、コーヒー
晩飯 ジャガイモとツナとレタスのサラダ、トマトと浅蜊とグリーンアスパラガスのスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、梨
2019.10.4(金) 軽く済んで幸い
タイから戻った翌日か翌々日、つまり日曜日か月曜日に、腰に10円玉大の、そして右太ももの外側には1円玉大の、湿疹のようなものが発生した。手持ちの薬を塗り続けたにもかかわらず、症状は数日を経てまったく変わらない。
おとといの水曜日に市内の皮膚科を訪ねて、先ずは腰のそれを診てもらった。「あぁ、これは帯状疱疹ですね」と、先生は一瞬で断じた。帯状疱疹とは穏やかでない。「他にもできていませんか」と促されて、ズボンを膝まで降ろす。「あぁ、これは広がらないタイプですね」と、先生はなにやら自信がありそうである。「広がるか広がらないか、すぐに分かるものですか」と、いささか失礼な問いを発した僕に「えぇ、なんとなく」と、今度は先生は、すこし遠慮がちに答えた。
「ピリピリ痛みますか」と訊かれて「まったく痛みません」と返事をすると「それでは塗り薬だけお出ししておきましょう」と、先生はカルテにペンを走らせた。帯状疱疹とは意外だったが、それが広範囲に及ばず、しかも痛みも伴わないもので良かった。
日本人の3人に1人は発症するといわれる、そしていちど罹れば2度目はほとんどないらしい帯状疱疹が、僕の場合には軽く済んで幸いだった。このまま薬を塗り続ければ、1週間から10日で完治をするらしい。
朝飯 納豆、ほうれん草のおひたし、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、ごぼうのたまり漬、キュウリのぬか漬け、ほぐし塩鮭、メシ、若布と玉葱とトマトの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のラーメン
晩飯 椎茸と豆腐の卵とじスープ、豚肉と椎茸と赤パプリカと青梗菜の中華風炒め、刺身湯波の餡かけ、胡瓜のナムル風、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、桃とマスカットの杏仁豆腐
2019.10.3(木) 秋について(その3)
ここ数日の日記が秋づいているところから、今朝は「晩秋」という言葉を検索エンジンに入れてみた。すると「秋の終わり」や「陰暦9月の異称」などと共に「米国の作家ロバート・B・パーカーのハードボイルド小説(1991)。原題《Pastime》。『スペンサー』シリーズ『初秋』の続編」という説明があった。
この「スペンサー」シリーズは過去に隨分と読んだ。しかしその最高傑作と思われる「初秋」に続編のあることは知らなかった。それは「晩秋」が日本で出版をされる前に、僕が小説から離れたためだ。活字中毒は相変わらずでも、いまや小説は読まない。そしてその理由は分からない。
ふと思い立って、本棚の前に行ってみる。ロバート・B・パーカーの本は、果たして1冊も見あたらなかった。多分、2013年の秋から晩秋にかけて自宅をリフォームした際に、他の小説と共にすべて処分をしてしまったのだろう。
本棚から離れる前に、写真についての本ばかりを集めた一角からラリー・バロウズの写真集”VIETNAM”を引き抜き食堂へと運ぶ。そして朝食の準備が始まるまで、そのページを繰る。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、粉ふきいもと蓮根のサラダ、秋刀魚の南蛮漬け、五目白和え、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、メシ、大根と三つ葉の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん(天かすと長葱は自分でトッピング)
晩飯 舞茸と鶏そぼろの餡かけ豆腐、ほうれん草と焼き椎茸のおひたし、鯖の「日光味噌梅太郎赤味噌」煮、胡瓜のぬか漬け、お多福豆、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、蓮根餅
2019.10.2(水) 秋について(その2)
味噌、醤油、漬物の製造を継続するための、保健所による6年に1度の査察、また就職を希望する高校生のための入社試験は、僕がタイへ行っているあいだに、長男や嫁や社員により済んでいた。
一方、僕がタイへ行く前に事務室に用意しておいた「秋惜」の書は、一旦、2階の倉庫に片付けられていた。そのとき店舗の入口に掛けられていたのは「鬼灯」で、今やいかにも無理がある。よってタイから帰った先週の土曜日に、それを「秋惜」にかけ替えた。しかしその「秋惜」がこの時期に本当にふさわしいか否かを、僕はつまびらかにしていない。
今朝になって稲畑汀子の「ホトトギス季寄せ」を取り出し見ると、「鬼灯」は秋9月の、そして「秋惜」は秋10月の季語とされていたから、交換は彼岸前より先週末の方が、よほど時宜に叶っていた、ということになる。
ところで明治5年に、それまでの太陰太陽暦が太陽暦に切り替わったときには、俳句を詠む人たちは季語の扱いに大いに困ったことだろう。そして今は気候の変動により、季語と現実とのあいだに乖離が生じている。
本日14時の気温は28度。とてもではないけれど「秋惜しむ」という感じはしない。
朝飯 なめこのたまり炊のフワトロ玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、揚げ茄子、ほぐし塩鮭、胡瓜のぬか漬け、揚げ茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 ごぼうとレタスと玉葱のサラダ、刻みキャベツとトマトと大学芋を添えたコロッケとメンチカツ、豆腐と豆苗の味噌汁、芋焼酎「宝山」(ソーダ割り)、果物のゼリー寄せ
2019.10.1(火) 秋について(その1)
盛夏という言葉があるのだから、盛秋もあってしかるべし。そう考えてワードプロセッサに「せいしゅう」と入れて変換ボタンを連打しても「盛秋」の文字は出てこない。「はて、そんな言葉は無かったか」と「盛秋」を検索エンジンに入れて回すと、果たしてそれは存在していた。「そうであれば」と、ワードプロセッサの辞書に「盛秋」を登録する。そしてあらためて「盛秋」を検索エンジンに入れると「陰暦8月の異称」という説明が出てきた。とすれば現在は盛秋の過ぎた後、ということになる。
10月の末は晩秋ということになるだろうか。そのころお客様へ向けてお送りする季節のお知らせの宛先は、9月の末までに明らかにしておくよう、事務係のカワタユキさんには2週間ほど前から頼まれていた。午前、その仕事にようやく取りかかる。
この作業には大変な精密さが求められるため「近くまで参りましたのでお寄りしました」などと言いながらいきなり人の来る事務室ではできない。4階の食堂にコンピュータを開き、先ずはお送り先を抽出する。要した時間は24分。しかし途中「待てよ、何だかおかしい」という場面のあったことが気にかかる。よって振り出しに戻ってもう一度、おなじ作業に当たる。こちらに要した時間は18分。宛先の印刷には、この2回目の結果を用いることとして、コンピュータを閉じる。
夕刻、麻の白いシャツに夏用の紺色のズボンを合わせ、不要とは思ったが紺色の上着を着てホンダフィットに乗る。そして長男と共に会食の場所へと向かう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、莢隠元を添えた巻湯波の淡味炊き、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「了寛」のあれや、これや、それや、2種の日本酒(冷や)




































































































































