2020年1月の日記31本
2020.1.31(金) 石臼のあつかい
きのうの日記に書いたスドー石材の息子さんが、今朝も隠居の鍵を受け取るため、事務室に顔を出す。これまたきのうの日記に書いた、庭のそこここに置かれた、あるいは掘り出された石の処理につき話し合うため、長男と共に隠居へ向かう。今日は、スドーのオヤジさんも来ていた。
いくらむかしのものとはいえ、かつて食べ物を加工するために使った石臼を地べたには置きたくないとは、叔母より前々から言われていたことだ。スドー石材のオヤジさんによれば、石臼は僕の知る以外にもあって、それらふたつを合わせると、上下ひと組になるという。
午後、たまたま顔を出した叔母には「ちょうど良い機会」とばかりに、一緒に隠居へ行ってもらう。そしてスドーのオヤジさんと話し合いの結果、石臼は適当な台に載せて灯籠とすることに決めた。それをどこに置くかについては、後日にまた考えることとする。
それはさておき、信越のようないわゆる雪国にも、雪のほとんど無い暖冬である。隠居の梅は、早くも紅いつぼみをつけた。あるいは桜も、今年は早いかも知れない。
朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、納豆、揚げ玉と長葱を薬味にした冷や奴、生のトマト、ふきのとうのたまり漬、メシ、なめこの味噌汁
晩飯 フレンチポテト、ルッコラとベビーリーフと干し葡萄とブルーチーズのサラダ、たまり漬「刻みザクザク生姜」と同「おにおろしにんにく」によるソースを添えたビーフステーキ、チーズ、evodia、TIO PEPE
2020.1.30(木) 捨てるには惜しい石
先週金曜日の午後からきのうまでの5日と半日を、多く自宅で休んで過ごした。普段、僕がしていることは、僕以外の人が、ほとんどこなしてくれていた。それ以外のことを、仕事に復帰した今日は、午前のうちに済ませてしまう。
3月下旬から開業予定の「汁飯香の店 いんきょ上澤」において、厨房、食器、料理に関することは、着々と準備が進んでいる。そして庭の石や灯籠の整備は、つい先日から始められた。業者は、出入りのスドー石材を措いて他に無い。
崩れてしまっている小さな五重塔は、積み直せば悪くないものになりそうだ。玄関の内側に置かれた石の彫刻は、外へ出したいと、以前より考えていた。押せばぐらつく灯籠は、石と石の間の接着が必要だ。斜めにかしいだ灯籠は、直立させなければ格好が悪い。庭のそこここに置かれた、あるいは掘り出された数々の手水鉢や石臼、敷石、また「将来、使うこともあるだろう」と大昔に買われた巨大な柱石などの処理は、頭の痛い問題である。
そういえば、植木屋に下見に来るよう連絡をしてから、既に10日ほどが経つ。明日にでも、催促の電話を入れてみよう。
朝飯 生玉子、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、ふきのとうのたまり漬、メシ、ジャガイモとパセリの味噌汁
昼飯 ヨーグルト、レーズンウィッチ、コーヒー
晩飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
2020.1.29(水) 忘れていた感覚
子供のころ、熱を出すと、半割にしたアスピリンを噛みつぶし、水で流し込んだ。それがもっとも効く解熱法と、大人たちから教えられていたからだ。翌朝は大抵、光輝燦然とした爽やかさと共に目を覚まし、日常に戻った。しかし大人になると、熱は下がっても、その爽やかさは、とんと感じられなくなった、残念でならない。
今朝は、ほんの少しではあるけれど、その、数十年も忘れていた感覚を覚えつつ目を覚ます。時刻は4時をすこし過ぎていた。「眠りを妨げられるほど強い雨が降る」と予報されていたのは、関東地方でも、どのあたりだったのだろう。
雨は午前の中ごろに止んだ。景色はコマ落としのような速度で光を取り戻しつつ、空はやがて真っ青に晴れ上がった。
「平熱に戻っても、2日間は人との接触を断って安静にすべし」と、インフルエンザの患者は医師から指示をされる。その言いつけを守りつつ、楽は楽だけれど、どうにもずる休みをしている気分を拭えない。
果たして自分は全快したのだろうか。それを確かめるため、平時と同じ量のうどんを茹でてみる。時刻は18時18分。うどんはすこし多く感じられたものの、すべて胃に収まった。
食後、6日ぶりに入浴をする。脱衣所で測った体重は55.4Kg。先週の、鬼怒川温泉でのそれより2キロほども減っていた。現在のBMIは19.4。僕は太る体質ではないため、元へ戻すには、結構な時間がかかるかも知れない。
朝飯 ベーコンと菠薐草のソテー、ふきのとうのたまり漬、メシ、レタスの味噌汁
晩飯 玉葱の熱い汁で食べるざるうどん
2020.1.28(火) 雪の予報
月曜日の夜から火曜日の朝にかけて、関東甲信の平野部には大雪が懸念されること、また関東北部の平野部から山沿いにかけては、それに数倍から十数倍する積雪のあることを、予報は伝えていた。とはいえその大雪とは関東甲信の社会基盤を基準としたものだから、雪国の人からすれば鼻で嗤うほどのものだ。しかしいずれにしても、雪はありがたくない。
目を覚ましたのは4時台のおわりのころだった。起きて寝室のカーテンをすこしずらして外を見る。特に路上の雪はクルマに踏まれることにより融け、アスファルトの大部分は、黒く露出をしていた。「あぁ、この程度で済んで助かった」と、窓辺から離れて服を着る。
きのうまでの、仰向けに寝ているときの腰痛がほとんど去っていることに気づく。腰痛は、1日のうちのかなりの時間を寝て過ごしていることによるものではない。インフルエンザに罹っていなくても、腰は痛くなる。前回、おなじ痛み感じたのは昨年10月のことだった。その、10月25日と26日の日記を読めば、舌の荒れにより食べ物の味がよく分からないとも書いてある。今回とまったくおなじではないか。
味が分からなくては悔しいから味噌汁は作らない。舌の荒れは胃の不調によるものだろう。よってそろそろお茶漬けが食べたいところではあるけれど、今朝のところは自重をして白粥にしておく。
朝飯 白粥、梅干し、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、しその実のたまり漬、山葵海苔
晩飯 牛肉と長葱のうどん
2020.1.27(月) 給与辞令
いずれ安静の身であれば、いつ寝ていつ起きるかなどということには、それほど気を遣う必要はない。初更から夜中までずっと、目を覚ましながら寝台に横になっている。そして明け方にようやく3時間ほども眠る。
朝の体温は36.3度。時刻は7時22分。服を着てマスクをして仕事場へ降り、20分ほどあれこれをして4階へ戻る。
おととい「うっすらと」ではあるけれど、僕にはインフルエンザの兆候が認められた。記憶の中では、生まれて初めてのインフルエンザである。インフルエンザとは、聞くところによれば、高熱やからだの痛みなど、とても辛いものだという。しかし僕は、それほどの苦しさは感じていない。僕は本当にインフルエンザに罹っているのだろうか。
午後の体温も36.3度。金曜日に処方された麻黄湯が切れたため、今回3度目の、セキネ耳鼻科へ行く。そこで仕事は木曜日からは再開できる旨の診断を、セキネ先生より受ける。
ほぼすべての社員が退社しただろう時間を見計らって事務室に降りる。そして今年1月からの12月までの給与辞令を、すべての社員に対して作成する。
朝飯 「なめこのたまり炊」と鶏卵の雑炊
晩飯 海老の天ぷら蕎麦
2020.1.26(日) 夜中に腹を空かせて
夜中に腹を空かせて目を覚ます。カレーライスが食べたい気分だ。しかしそれは気分だけのことで、実際には、食べられるものでもないだろう。体温は36.3度に下がっていた。カロナールは効くのだ。
7時30分に事務室へ降り、そこに既に居た長男と、今日のことについて軽く打合せをする。長男が用意をしたのだろう、タイムカードの打刻機のちかくには複数の体温計があり、検温表が貼られていた。社員には今日から、出社時に体温を計って記録してもらうという。そのまま朝礼には出ずに、4階へ戻って朝食の用意にかかる。
いつも美味いはずの味噌汁を、今朝に限ってそう感じないのは、舌が荒れているせいだろう。とはいえ冷蔵庫の中で日の経ちすぎた塩鮭の不味さは分かるのだから、不思議なものだ。
晴れた週末なら尚更のこと、仕事がしたい。しかしそういうわけにもいかない。夕刻の体温は36.9度。微熱はいまだ去らない。
「えっ、横綱、ふたりとも休場しちゃったの」と、カウンターから店のテレビを振り向きつつ驚いたのは、今月17日、北千住の飲み屋でのことだった。ラジオを受信できる腕時計にイヤフォンを繋いで相撲中継を聞いていた20代のころのような熱心さは失っているものの、相撲はやはり面白い。
16時30分より、大相撲初場所の千秋楽をテレビで見ながらお茶を飲む。食欲は皆無、というよりも、食べたくない。そういう次第にて、本日の食事は朝の一食のみ。そして早々に寝室に引き上げる。
朝飯 昆布の佃煮、塩鮭、揚げ玉と長葱を薬味にした冷や奴、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、らっきょうのたまり漬、メシ、ピーマンの味噌汁
2020.1.25(土) うっすらと
体温は、36.7度まで下がった。しかしこれが僕の平熱かどうかは分からない。とにかく社員の出社する7時40分までに事務室へ降り、シャッターを上げる。冷蔵ショーケースの覆い外し、釣り銭の具合を確かめる。朝礼に出て後は、4階の寝室に籠もって休む。
日光MGの後もこちらに泊まり込み、ウチのSEとして仕事をこなしていたカネヒラケンジさんが発熱したと、昼すぎに長男が知らせに来る。僕の体温は朝の36.7度が37.8度まで、ふたたび上がっている。14時前、長男の運転により、カネヒラさんと共にセキネ耳鼻科へと向かう。鼻の穴に試験棒を突っ込む検査を、僕はきのうに続けて受けてしまった。
僕にはうっすらとインフルエンザの兆候が見られるという。カネヒラさんは、本日の昼からの発熱により、インフルエンザに罹っているか否かは、いまだ分からないらしい。しかしふたりでインフルエンザの吸入薬リレンザを処方され、帰りにハセガワ薬局でそれを買う。
今日もこちらに泊まる予定だったカネヒラさんは、長男が宇都宮までクルマで送っていった。社内できのう今日のあいだに調子を崩した者は、僕とカネヒラさんだけに留まらない。長男は宇都宮から戻り次第、本日出社している社員を集め、明日からのことにつき、緊急の話し合いをするという。
夕刻に体温を計ると38.5度。「そうであれば」と、先ずは食前に服用するよう指示されている麻黄湯を飲む。その30分後に完成するよう、うどんを煮る。それを食べて30分後に、きのう麻黄湯と共に処方された鎮痛解熱剤カロナール2錠を飲んで寝室に入る。
朝飯 鶏飯、生玉子、柴漬け、ふきのとうのたまり漬、菠薐草の味噌汁
晩飯 牛肉と長葱のうどん
2020.1.24(金) 次回からはかならず
戦略MG(マネジメントゲーム)は2日間にわたる研修だ。僕はこの2日間を終えると、1日、ゲレンデでスキーをしたほどの疲れを覚える。体力だけではない、脳も激しく働かせてることにより、気力も知力も振り絞ることになる。それだけ諸々を消耗させるMGであれば、その直前も最中も直後も、酒は程ほどにするべきだ。それは分かっているものの、自身の酒好き、また付き合いもあって、どうしても平時より多くの酒を飲んでしまう。
きのうも1次会で帰ろうとしたものの、そうはならなかった。そして今朝は二日酔いである。
普段は暖かいはずの事務室を寒く感じる。i以前より面談の約束をしていた銀行の人が帰ったところで、午後より自宅に戻って横になる。15時30分の体温は37.9度。家内に促されて16時にセキネ耳鼻科を訪ねる。診察の結果、幸いインフルエンザではなかった。喉も腫れていないところから、漢方薬を処方してもらって帰宅する。
次回からはかならず、MGの直前と最中と直後には、深酒は避けよう。ひとりで飲む分には問題は無い。「酒好き、且つ、付き合いも好き、という人と一緒」というところに陥穽が待ち構えているのだ。
朝飯 白粥、塩鮭、昆布の佃煮、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、ふきのたまり漬、ふきのとうのたまり漬
晩飯 牛肉と長葱のうどん
2020.1.23(木) 日光MG(2日目)
同室のタナカタカシさんと暗闇の中で朝の挨拶を交わしたのは、4時のころだったと思う。朝食は7時からだから時間の余裕は充分だ。広島市から参加の、バンコクMGの講師でもあるタナカさんは、6時より海外の先生とスカイプを通じて英会話の練習を始めた。これはタナカさんの日課である。僕はそのかたわらで、ウェブショップにご注文をくださったお客様に宛てて、受注確認書は明日に差し上げる旨のメールを送信する。
さてC卓へ落ちての第4期、僕は東京から参加の、戦略チップ7枚を持つシオザワタカヨシさんに戦々恐々としていた。僕の手持ちは僅々2枚。しかしシオザワさんは来期に備えて7枚のうちの4枚を温存し、3枚のみを今期用とした。それなら僕にも、いくらかは希望があるかも知れない。
その第4期において僕は264円の経常利益を上げ、3期までの累積損105円を一掃した。自己資本が300円を超えれば借り入れ可能枠も大きくなる。
第5期はふたたび最上位のA卓で勝負だ。僕はそれまでの中型機械に加えて大型機械を導入し、社員ふたりを同時に採用する。この期は激戦、激戦、また激戦。僕の首を真綿で絞めるような作戦を採ったタナカタカシさんは、しかし自己資本を減らした。また、このA卓における波の高い戦いを、水面下で淡々と凌いだ一心舘の女将ヌマオマリコさんは、僕より1円だけ安い売上高1,290円を上げ、自己資本は僕のそれとまったく同じ415円に付けた。
結局のところ、第5期終了時に自己資本がもっとも高かった最優秀経営者賞は、自己資本を649円まで急進させたタケシトーセーさんが得た。第2位の優秀経営者賞は包装主任のヤマダカオリさんが同じく471円で、またもうひとりの優秀経営者賞は同じく427円で、富山から参加のカネヒラケンジさんが獲得した。
なお、戦略MG(マネジメントゲーム)は、きのうの日記にも書いたように、2日間で5期分の経営を盤上に展開する。2回参加をすれば10期、20回参加をすれば100期と、期数が延びていく。それが体操であれ英会話であれ、練習や訓練は、続けられる限り続ける必要がある。
本日は製造係のイトーカズナリ君が200期を、また新潟から参加のマスダケーコさんは300期を記録して、みなから寄せ書きが贈られた。マスダさんは何と、30数年をかけて300期に達したとのことで、これは、1年で100期を達成して「よし、分かった」と消えてしまう人よりも、よほど価値のあることと思う。
戦略MG(マネジメントゲーム)は、社内のみで行っても勉強にはなるだろう。しかしそこに社外からの参加者が加わると、その学びは質量共に、加速度的に上昇する。遠いところから日光MGに来てくださった方々には、厚く御礼を申し上げます。
朝飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」のカレーライス、トマトとレタスと生ハムのサラダ、らっきょうのたまり漬
晩飯 “COCO’S”の牡蠣のドリア、カラフの白ワイン、「陶」のお通しの筍煮、油揚げの網焼き、モロキュー、焼き餃子、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2020.1.22(水) 日光MG(1日目)
各自が自分の会社を持ち、2日間で5期分の経営を盤上に展開する、ニシジュンイチロー先生による戦略MG(マネジメントゲーム)を最初に受講したのは1991年6月のことだ。MGの内容は、大まかにはゲームと決算と講義との3つから成る。僕は飲み込みの悪い人間にて、初回の特に決算は、文字通りの滅茶苦茶だった。「このままじゃ済まさねぇ」と、ほむらのような情念が心に芽生えたことを思い出す。
2回目の受講は1992年の1月だっただろうか。以降、当時は新宿御苑前で開かれていたこの研修に出続け、もっとも濃度の高かった時期には、たとえば2週間のうちの5日間ほどはニシ先生と顔を合わせていたこともあった。
ことし上澤梅太郎商店が店を休むのは3日間。元旦以外の2日間が、今日明日の日光MGである。
妊娠中や産前産後休業中の者を除いた全社員およびこの春からの入社が決まっている高校生、また社外から参加してくださった方々を含めて36名による、第39回日光MGが鬼怒川温泉の旅館を会場として始まる。
第1期、自己資本300円で始まった今回の、僕の第2期末の自己資本は変わらずの300円。これは、ゲーム下手の僕としては異例の好調さだ。その300円を、最上位のA卓で戦った第3期に195円まで減らす。
明日の第4期はC卓へ落ちる。そこへ今日のうちに移動をしてみれば、東京から参加のシオザワタカヨシさんは、会社の競争力を高めるための戦略チップを7枚も持っている。僕の手持ちは僅々2枚。毎期毎期の戦々恐々である。
朝飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の夜のお膳
2020.1.21(火) 新聞を取りに行く
年の末の迫りつつある昨月23日、下野新聞政経部のイトーカツユキ記者による取材を受けた。対象は、味噌蔵のある庭に建つ隠居を用い、3月下旬に開業する「汁飯香の店 いんきょ上澤」について、だった。それがいよいよ紙面に載ると、きのう電話で知らされた。
今朝は5時前に目が覚めた。真っ先に頭に浮かんだのは、きのう受けた連絡のことだった。即、着替えて食堂に出て湯を沸かす。沸いた湯を湯飲みで冷ますあいだに1階へ降りる。通用口を開くと、漆黒の空は晴れているものの、強く風が吹いていた。新聞は既にして配達をされていた。それを新聞受けから抜き取り、4階の食堂へと戻る。
その新聞を、第1面から開いていく。第9面にあった、カラー写真を伴った記事は、主に長男が説明させていただいたことを正確に伝えるものだった。とても有り難い。そう感謝すると共に、この事業はかならず成功させなければならないと、心を引き締める。
閉店後は鬼怒川温泉の旅館へ移動し、第39回日光MGの前夜祭に連なる。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、納豆、茹でたブロッコリー、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、なめこのたまり炊によるフワトロ玉子、白菜漬け、ふきのたまり漬、メシ、大根とパセリの味噌汁
昼飯 長葱の熱い汁で食べるざるうどん
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、他あれこれ、「片山酒造」の純米大吟醸「久太郎」(冷や)
2020.1.20(月) 安すぎて買えない
栃木県味噌工業協同組合の新年会は、毎年、茨城県の海沿いに一泊して開かれる。茨城県の海沿いということは決まっているものの、泊まる場所はいつも変わる。今回の宿は那珂湊に近かった。そういう次第にて、帰りは参加者全員で「那珂湊おさかな市場」に立ち寄る。
いまだ時間が早いゆえか、最初の4時間までは100円の駐車場に、観光客のクルマはほとんど無かった。フォークリフトが、ディーゼルエンジンの轟音と共に、大量の氷を運んでいる。市場の人たちは、店の前に商品を並べる仕事に専念をしている。その、並べられた品を見ていく。
魚は刺身よりも、煮たり焼いたり締めたり漬けたりしたものが好きだ。金目鯛やキンキ、鯵や鯖や鰯に目がいく。金目鯛は大きくて、今夜のウチの人員では食べきれない。キンキは小さなものに1尾2,000円の値が付いていて、僕の懐具合には似合わない。鯵や鯖や鰯は、ひと盛りが400円とか500円で、値段は魅力的ながら、量が多すぎる。結局は大きな蛤12個を1,800円で求めて帰路に着く。
その蛤を、僕はグラタンにしたかったものの、孫は何が何でもスパゲティだ。孫の意見に従ったことは、言うまでもない。
朝飯 「リゾート大洗まつもと」の朝のお膳
昼飯 ラーメン
晩飯 茹でたブロッコリー、3種のキノコのにんにく炒め、レタスとハムと黒オリーブのサラダ、蛤のスパゲティ、TIO PEPE、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズスティック、チョコレート、チーズ、Old Parr(生)
2020.1.19(日) 鮟鱇鍋も人間も
幻想小説、というものが苦手だ。内田百閒のそれは、最後まで読み通せた試しがない。稲垣足穂は開いてすぐに閉じた。ガルシア・マルケスの「エレンディラ」は、どうにか読めた。とはいえ耐えに耐えつつようやく最後のページに至っただけで、正確には、読めたの範疇には入らない。
もうひとつ、どうにも読めないのが、地中海の海沿いに展開する物語だ。書き手がル・カレであれ池田満寿夫であれ、それは変わらない。そして、その理由については分からない。
栃木県味噌工業協同組合の新年会は、毎年、茨城県の海沿いに一泊して開かれる。地中海の海沿いを舞台にした小説は読めなくても、茨城県の海沿いで食べる鮟鱇鍋、特に肝を溶かし込んだどぶ汁は美味い。鮟鱇は、肝や胃袋、卵巣や皮、ヒレの付け根のあたりが好きだ。
そのどぶ汁の、肉などには目もくれず、好きな部分のみ拾いつつ燗酒を飲む。ふと「鮟鱇鍋も人間も、グロテスクな部分が面白い」という、箴言めいたことが頭に浮かぶ。しかし即「人間については、面白いじゃ済まねぇわな」と、考えを改める。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、納豆、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、茹でたブロッコリー、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトと榎茸と茎若布の味噌汁
昼飯 蕎麦
晩飯 「リゾート大洗まつもと」の鮟鱇のフライ、鮟鱇のどぶ汁、他あれこれ、日本酒(燗)
2020.1.18(土) 高等遊民でもないかぎり
むかし、海外ではじめての街に入った晩は、からだは疲れているものの、そして寝不足ではあるものの、神経が高ぶっているらしく、なかなか眠れなかった。あの身の置きどころの無さや焦燥感は、いまでもありありと思い出すことができる。
きのうの夜からずっと眠れずにいるのは、神経の興奮によるものではない。よって不快感は皆無だ。それでも、いつまで眠れなくては困る。「眠れなくてもいいじゃない、そのうち眠れるんだから」とオフクロは言った。しかし高等遊民でもないかぎり、睡眠時間の規則性は、ある程度は保たれるべきだ。
明け方にようやく1、2時間ほども眠って6時に起床する。
年末にくらべて時はゆっくりと流れている。とはいえ事務机の左手にかけたカレンダーは、ほぼ毎日、予定で埋まっている。あちらこちらに電話を入れる。複数の社員とあれこれについてすり合わせをする。この春から移動をする社員には辞令を手渡す。そして夜はほどほどに飲酒活動をして、早々に寝る。
朝飯 油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、ふきのたまり漬、メシ、榎茸と長葱の味噌汁
昼飯 蕎麦
晩飯 トマトとレタスとチーズのサラダ、3種のパン、人参のなますとブロッコリーの鉄板焼きを添えた鶏肉とマカロニのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、“Mr.CHEESECAKE”のチーズケーキ、Old Parr(生)
2020.1.17(金) 急ぐ旅でもない
所用にて新橋へ行く。床屋にかかり、人と会う。用事はそれくらいだから、急ぐ旅でもない。案の定、すべきことはすぐに済んでしまった。
オヤジは酒を飲まかった。よって夕刻に東京に出て、夕食も摂らずに帰宅して平気だった。僕は、そういうわけにはいかない。夜までの時間はどうしようか。
僕が時間をつぶせるのは、本屋か登山用品屋くらいしかない。桜田小学校の跡地の向こうにTSUTAYAがある。そちらへ向かいかけて、足を止める。TUTAYAなら、北千住の駅の中にもあるではないか。iPhoneを取り出し、もっとも合理的な経路を探す。その乗り換え案内に促されてJR新橋駅の、2番線プラットフォームに立つ。そこではじめて、北千住のTSUTAYAは、JRではなく東武線の構内にあったことに気づく。
新橋から乗った上野東京ラインを、乗り換えのため上野で降りる。コンコースに上がると、幸いなことにbook expressがあった。ここであれこれと本を眺め、時には書架から引き出して、開いてみたりする。その本屋のちかくにANGERS bureauという洒落た文房具屋のあることに気づき、ここでもあれやこれや手に取って見る。KAILIという会社のポーチが目に留まる。質感も意匠も、とても良い。物欲が勃興する。しかし買わない。僕はこの手のものを持ちすぎている。
頃合いを見計らって、常磐線のプラットフォームに降りる。北千住に着くころ、空はようやく暮れかかる。飲み屋横丁を行き来する人は、それほど多くない。金曜日ではあるものの、時間が早すぎるせいかも知れない。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、生玉子、たぐり湯波の淡味炊き、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや、チューハイ
2020.1.16(木) それが義務になると
「日記、よく続きますね」と人に感心をされることがしばしばある。そのたび「趣味ですから」と答えている。「それにしても、20年も…」と更に問われれば、続く秘訣のようなものがないわけでもないことを伝える。それはすなわち針小棒大であり、牽強付会であり、我田引水である。
日記を書こうと強く決意して、しかし続かない人がいる。「儲かるウェブログ教室」というようなセミナーを受けても、その研修仲間と励まし合っても、書くことが義務になると、日記は続かない。
吉田兼好は、それで利を得ようとするでもなく、人の役に立てば幸いなどと考えるでもなく、ただの暇つぶしとして、身辺雑記、見聞きしたこと、また当時の逸話を書いた。アレン・ギンズバーグの「インド日記」は、ほとんど散文だ。
暇つぶしであれば、そこに義務の生ずる隙はない。散文も、義務に襟首を引きずられて書くものではない。「食べていくすべ」以外のことは特に、それが義務になった瞬間から、続きづらいものになるのだ。
朝飯 煮卵、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、たぐり湯波の淡味炊き、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、ふきのたまり漬、メシ、長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「やぶ定」のあれや、これや、他あれこれ、5種の日本酒(冷や)
2020.1.15(水) 水神祭
蔵には水神が祀られている。その石の碑がいつからあるのかは知らない。昭和30年代、つまり僕が子供のころ、それは蔵を横断する西裏用水の西20メートルほどのところに安置をされ、ちかくには醤油瓶の洗浄機があった。日光街道と日光宇都宮道路を繋ぐ道路の開削により蔵が新築をされた1976年には、そこから南に20メートルほどのところに移され、現在に至っている。
戦前の写真によれば、この水神のお祭の、多分、夜のことと思われる、隠居の6畳間におじいちゃんや主だった社員が集まり、芸者を呼んで宴会をしている。また、十数年前までの、瀧尾神社の先代タナカキヨシ宮司の時代には、水神祭は1月15日に行われ、その晩は会社の新年会と決まっていた。
オヤジが亡くなり、タナカキヨシ宮司も亡くなって以降は、現在のタナカノリフミ宮司の案により、水神祭は多く、1月の「みずのえ」とか「みずのと」の日に行われるようになった。今は新年会と日を合わせることもない。その水神祭が、今年はどのような理由によるものか、ふたたび旧に復して本日15日に催行されることになった。
水神の碑およびそのまわりは昨月28日に製造係の面々が水で洗ってくれた。供物を置く台も、早々と用意をしてくれた。供物は長男が用意をしてくれた。僕が現場に整えたのは、ロウソクとマッチのみである。
タカナノリフミ宮司は8時20分に来てくれた。そして僕、長男、嫁、孫、社内各部署からひとりずつの社員が参加をして、今年も無事に、水神祭の催行に至る。
朝飯 油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、たぐり湯波の淡味炊き、揚げ玉を薬味にした冷や奴、納豆、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、ふきのたまり漬、メシ、トマトと若布と長葱の味噌汁
昼飯 長葱の熱い汁で食べるざるうどん
晩飯 厚焼き玉子、巻湯波の炊き物、なめこと長葱と豚三枚肉の鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「鶴屋安芸」の利休饅頭、Old Parr(生)
2020.1.14(火) 面白いといえば面白い
ウチから数十メートルほども南東にあるカトー床屋の前には、むかし「標高400メートル」の看板があった。ウチから数百メートルほども北西にある今市小学校の校庭は、むかし「標高405メートル」と教えられた記憶がある。日光市今市の旧市街をつらぬく日光街道は、目には見えないながらも、実は結構な坂になっている。数百メートルを隔てた両者の標高差がわずか5メートルとは信じがたい。
それはさておき、とにかく標高400メートル内外にある街に、きのう雪は降らなかった。ところが今朝になって外を見てみれば、それほど遠くない里山はほとんど、白いものに覆われていた。山や海、谷や川にちかいところでは、ほんの目と鼻の先にもかかわらず天気の異なることがある。ときにはその激変ぶりに戸惑いを覚えたりする。しかし面白いといえば面白い。
日曜日の夜に家内を駅まで送った。大体の行き先は聞いていたものの、使う飛行機の便名やホテルの名は知らない。終業後は4階に上がり、肴の準備をする。ひとりの夜というものも、なかなかに楽しい。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、納豆、たぐり湯波の淡味炊き、塩鮭、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、たぐり湯波の淡味炊き、冷やしトマト、煮卵、白菜漬け、煮込み、麦焼酎「安心院蔵」(お湯割り)
2020.1.13(月) 空は晴れている
年末にくらべれば「ひねもすのたりのたり」の気分だ。昼を過ぎてものんびりしていたところに「らっきょうが売り切れそうです」と、販売主任のハセガワタツヤ君が言いに来る。
お客様には常に新鮮な商品のみをご提供するため、作り置きはしない。製造計画が針の穴を通すように決まると、とても気持ちが良い。一方、今日のようなことも、たまには起きる。
ハセガワタツヤ君を伴って製造現場へ行く。そして部署の皆と共に什器を洗っていた包装主任のヤマダカオリさんに、らっきょうのたまり漬の、これからの袋詰めを要請する。「きれいにしちゃおうって、きのう言ったじゃないですか」とヤマダさんには軽く責められた。しかし「きれいにしちゃおう」と売り切れとは、また話が別である。
明日の製造計画のこともあって、16時前に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」まで在庫を見に行く。ホンダフィットを降りながら、雨のまばらに降り始めたことを知る。雪の少ない冬だという。
夕刻、道は雨に濡れているものの、空は晴れている。冬の雨は好きだ。
朝飯 モツ煮、巻湯波の淡味炊き、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、メシ
昼飯 芹の熱いつゆで食べる冷たいざるうどん
晩飯 大豆とにんにくとブロッコリーのスープ、レタスと揚げ牛蒡のサラダ、ジャガイモのオムレツ、鮪のステーキ、浅蜊とトマトのスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、洋梨のクランブル、Old Parr(生)
2020.1.12(日) 夕刻からは
目覚ましに促されて目を覚ますことは、1年のうちでも数えるほどしかない。しかし非常時に備えて設定だけはしておく。今朝は6時に、その音により目を覚ました。大酒を飲めば眠りは深くなって睡眠時間は短くて済む、ということでもないらしい。
それにしても、3時に起きると6時に目を覚ますとでは、その差は大きい。3時に起きれば、きのうの日記を書き今日の日記を書き、その勢いに乗じて明日の日記の途中までも書き、更には製造現場に降りて仕事までできる。やはり酒の量は、ほどほどにしなければならない。
朝の白粥は美味かった。ところが昼が近づくに連れて二日酔いの症状が強まり、何かを食べようとする意欲が湧かない。食欲が無いとは「食べない方が身のため」というからだからの信号と思っているから昼食は抜く。問題は夕食である。
夕食は穴子のちらし鮨だという。鮨なら日本酒、ではないか。幸いにも夕刻からは体調が回復をしてきた。そういう次第にて、夜は冷えた日本酒を1合半ほども飲む。
朝飯 白粥、白菜漬け、胡瓜と人参のぬか漬け、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、塩鮭
晩飯 田作り、巻湯波の淡味炊き、白菜のたまり浅漬け、穴子のちらし鮨、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)
2020.1.11(土) 新年会
忘年会は、総鎮守瀧尾神社の責任役員によるそれ、もうひとつは春日町1丁目の役員によるそれ。昨年に参加をした忘年会は、このふたつきりだ。会社においては「それどころではない」という忙しさにて、これまで開かれたことはない。
年が明ければいくらかは楽になる。春日町1丁目の、向こう三軒両隣をたばねる組長を招待しての新年会は、今月5日に行われた。栃木県味噌工業協同組合のそれは、今月の19日。そのあいだの本日11日が会社の新年会。僕が顔を出す新年会は、今年はこの3つになるだろう。
年が明け、最初の日曜日が過ぎると、店は静かになる。しかし製造現場は異なる。年末の綱渡りのような状況からは脱したものの、売り切れている「なめこのたまり炊」の仕込みや、味噌の樽の上下を入れ替える「うたて返し」に忙しい。そしてそれらの仕事は、春のお彼岸が過ぎるころまで続く。多いにありがたい。
今夜、僕の真向かいには包装係のタノイチカさんが座った。作る人の手際が良いと、酒の量はいきなり進捗する。その結果は、いわゆる飲み過ぎである。カメラには、記憶に無い画像が多数、記録されていた。
朝飯 白菜漬け、菠薐草のソテー、たぐり湯波の淡味炊き、納豆、ふきのとうのたまり漬、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、コーヒー
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや。焼酎「眞露」(オンザロックス)
2020.1.10(金) 螺鈿細工
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場は、週末に備えて充実をさせておく必要がある。ウチは商品の作り置きはしない。社員が朝一番で整えた品をお納めする。商品はそれぞれ、準備できるまでの時間が異なる。よって8時から9時までのあいだに3回の納品を行う。
「すべての商品のできあがりを待って、一度に納品した方が合理的じゃねぇか」という考えもあるだろう。しかし「すべてを一度に」という発想はまた、押し合いへし合いを生む。ゴールデンウィークの観光地、年末年始の空港、朝のラッシュアワーなどは「すべてを一度に」の代表的産物ではないか。すこしずつずらせば楽になるのに。
納品の帰りに如来寺のお墓に寄る。元旦に供えた花は枯れていた、というよりも凍りついていた。それを花立てから抜き取り、花立ては水で洗い、また線香立てのまわりも綺麗にして会社に戻る。
上澤梅太郎商店は2月12日から18日までの7日のあいだ、日本橋高島屋の「老舗名店味紀行」で出張販売をさせていただく。ご案内は、お得意様にはハガキでお知らせをする。そのお送り先の特定に、午前中の1時間ほどを費やす。それにしても、この作業は複雑すぎる。コンピュータを使うにもかかわらず、その細密さは、まるで螺鈿細工だ。はやく長男に引き継いで、彼には簡素な方法を見つけて欲しい。
朝飯 里芋の肉じゃが風、ほうれん草のソテー、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、納豆、たぐり湯波の淡味炊き、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトとレタスと若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、マカロニクラタン、ドライマーティニ、TIO PEPE、家に帰ってからの「小川軒」のレーズンウィッチ、Old Parr(生)
2020.1.9(木) 添削原稿
きのう宇都宮から戻ると、出版社の名の印刷された封筒が届いていた。昨年11月12日に参加をした、下川裕治のセミナー「読まれる旅行記の書き方」の添削原稿だ。手を洗い、すこしつまりがちな鼻に点鼻薬を噴霧する。そして椅子に姿勢を正してから、その封筒の上端にハサミを入れる。
原稿は11月末日までに、ワードの形で送るよう言われていた。僕は2016年2月11日の、ナラティワートに滞在して3日目の日記を手直しして原稿とした。封筒から取り出した添削済みのそれには、朱と青による直筆にて、数え切れないほどのダメ出しがあった。
僕の日記は、この日記を読んでくれている人を対象として書いている。だから、きのうやおとといに書いたことについては説明を省く。しかし下川裕治は、そんなことは認識していない。初見の人にも理解できるよう、冒頭の部分から大きく手直しが施されてあった。考えてみれば当たり前のことだ。
以降の部分については、11月21日に留意を促された原則に則って、丁寧に朱が入れられていた。途中「そこをそう直しては俺の文章でなくなる」というところもあった。しかし技術の習得は手本に従うところから始まる。
取りあえずはこの添削原稿を座右に置いて、何度も読み返してみよう。そしてこの日記を書くときにはいつも、セミナーの最中にメモしたことを思い出すことにしよう。
朝飯 小柱と青葱のぬた、ワカサギの南蛮漬け、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、だし巻きゆば、胡瓜と蕪の浅漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとレタスと林檎のサラダ、“brivory”の大麦パン、ブロッコリーの玉子焼き、ポトフ、TIO PEPE、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.1.8(水) 荒れ模様
きのう長男は、いろは坂を上って中善寺湖畔の取引先まで新年の挨拶に行った。そこは、下界からは想像のできない銀世界だったという。
早朝に目を覚まして耳を澄ます。外を行くクルマの、水を切る音が聞こえる。起きてカーテンを少しずらしてみる。信号機の赤や青を映しながら、濡れた地面が黒く光っている。積雪は山間部に限られたのだ。とても有り難い。
午前、ホンダフィットを運転して宇都宮へ向かう。弱かった雨が、次第に強くなる。
昨年1月の初回から数えて42回目の施術を、宇都宮の整体院で受ける。ブロック注射も効かない背中や肩の痛みを消し去ってくれたここは、僕の人生史上、最強の「治し屋」だ。初めのうちは1週間に2回、そのうち1週間に1回、やがて2週間に1回、前回からは3週間に1回、そして今日は「次は1ヶ月後で良いでしょう」と、先生は告げた。
僕の右膝は初回から「ぶっこわれかけてる」と言われていた。しかし治療は、痛みの強い背中と肩を優先して後回しにされた。この右膝の回復を目指してここしばらくは毎回、太股の筋肉を強制的にほぐされている。その荒療治により痛む右脚を引きずりつつホンダフィットに乗り込む。
大粒の雨は、昼食を摂るあいだに止んだ。帰り道、青いところさえ見えはじめた空を望みつつ「荒れ模様」と伝えていた、今朝の天気予報を思い出す。
朝飯 ワカサギの南蛮漬け、納豆、湯波の五目餡かけ、小柱と青葱のぬた、細切り人参の炒り煮、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 「むさしの森珈琲」のベーコンエッグサンド、コーヒー
晩飯 里芋の肉じゃが風、揚げだし湯波、銀鱈の西京焼き、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、胡瓜と蕪の浅漬け、広島菜漬け、白菜漬け、黒豆、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)、わらび餅
2020.1.7(火) 積雪の予報
今朝の天気予報が、栃木県の山沿いには10センチの積雪と告げてる。きのうの予報は確か2センチだった。「こんなに良い天気なのに」と、明けつつある東の空を見ながら家内が言う。
その、朝こそ綺麗な色を保っていた空は、午前のはやいうちから曇りに転じた。気温も急に落ちてきた。雪が足りずに困っていた人たちにとって、この天気の急変は嬉しい限りだろう。雪の積もることを避けたい僕も、冬に東北や北陸へ旅をすれば、雪を踏んで歩きたい。まことに勝手なものである。
お金が入ってくるだけの銀行口座もあれば、出て行くだけのそれもある。その、前者から後者にお金を移すため、昼前に外へ出る。前者に着くころ、直前に飲んだコーヒーの利尿作用が効いてくる。そして後者で僕の持つ番号札が呼び出され、窓口に現金と入金帳を預けたところで「すぐに戻ります」と、オネーサンに断りを入れる。外の気温はますます低い。
閉店の直前、駐車場と歩道に長男が融雪剤を撒く。僕はホンダフィットを犬走りのひさしの下に入れる。雪国の人なら鼻で嗤うだろう10センチでも、積もれば面倒だ。雪は今のところ、地面に落ちるなり融けてはいるが。
朝飯 ほうれん草のソテーで柔らかくする”neu frank”のコンビーフ、納豆、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、細切り人参の炒り煮、らっきょうのたまり漬、牛肉のたまり炊き、メシ、油揚げと芹の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 苺とモッツァレラチーズとバジルのサラダ、レタスとセロリの芽のサラダ、トマトと浅蜊のスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、「小川軒」のレーズンウィッチ、Old Parr(生)
2020.1.6(月) 説明を尽くしても普段は売れない
大晦日以来、実に6日ぶりの味噌汁にありつく。お雑煮も嫌いではないものの、味噌の汁を口に含めばやはり、気持ちは落ちつく。酒が憂いを払うものなら、味噌汁はからだの内側の汚れを流すもの、という気がする。
「正月の繁忙は、むかしは15日の成人の日まで続いた。今はせいぜい最初の日曜日までだ」とは、おとといの日記に書いたことだ。そしてやはり、店は静かになった。
正月には「なめこのたまり炊」によるなめこおろしが食べたいと、これを先月18日に買っておいた。「なめこのたまり炊」は、子供のころから今に至るまで、ウチの品物のなかでは僕のもっとも好むものだ。普段はらっきょうのたまり漬などの売れ筋商品に隠れて目立たないこれが、あろうことか年末に日本テレビの「ヒルナンデス!」で紹介されてしまった。以降は推して知るべし、今朝の在庫は僅々5本。
夕刻は製造顧問のフクダナオブミさんと製造部長のマキシマトモカズ君を事務室に呼び、長男も含めて、その製造計画を立てる。
朝飯 細切り人参の炒り煮、納豆、厚揚げ豆腐の網焼き、芹のおひたし、「なめこのたまり炊」によるフワトロ玉子、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “neu feank”のコンビーフ、TIO PEPE、胡瓜とレタスとトマトのサラダ、ジャガイモのグラタン、茹でたブロッコリーと林檎の甘煮を添えた”neu frank”の羊のハムのオーブン焼き、「進々堂」のシュトーレン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、evodia
2020.1.5(日) シュークリームの上の粉砂糖
枕の下からiPhoneを取り出す。時刻は3時2分。僕の目覚めは、やはりこうでなくてはいけない。チラリと見たウェブニュースが、都心の初雪を伝えている。
既にして書けていたおとといの日記を公開し、きのうの日記も画像を含めて完成させる。そこでふと気づいて、食堂のカーテンをずらして外の様子をうかがう。国道121号線が濡れて黒く光っている。そこから視線を移した道向こうの駐車場に、シュークリームの上の粉砂糖ほどの雪が残っている。この程度の積雪で助かった。雪は、ウチのような商売には非常に有り難くないのだ。
長男と販売係のササキユータ君が、駐車場の雪を箒で払う。雲間に見える空は明るい。しかし雪は舞うことを止めない。どうも妙な天気だ。おととい電話で福袋6個を予約してくださったお客様は、幸いにも午後一番でご来店くださった。更にはそのときお盆にあった特製おむすびも、すべてお買い上げくださった。とても有り難い。
17時30分に町内の公民館へおもむく。そして向こう三軒両隣を束ねる組長の、この1年の働きに感謝する色合いの濃い新年会に参加をする。
朝飯 お雑煮
昼飯 ラーメン
晩飯 スーパーマーケット「かましん」の鮨、婦人会によるキムチ汁、石狩汁、お祭に上がった日本酒(燗)
2020.1.4(土) 飛び起きる
iPhoneはいつもの枕の下ではなく布団の上に置いたまま寝に就いた、ということは覚えていた。目を覚ましてそのiPhoneを手探りする。時刻は5時22分。ギョッとして飛び起きる。明かな寝過ごしである。早朝の仕事に向かべく、即、服を着て階下へ降りる。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の特設売場は、きのうの夜に撤収された。今日からは店に集中できるから、気は幾分か楽だ。正月の繁忙は、むかしは15日の成人の日まで続いた。今はせいぜい最初の日曜日までだ。この年末年始は、その並びが良い。9連休という人も少なくないのではないか。多いにありがたい。
きのうの日記に書いた特製のおにぎりは、今日は隨分と早くに売り切れた。福袋の売れ行きも順調だ。しかし明日の午後からは、まるで潮が引くように、お客様は少なくなるだろう。
夜は家族で、街のフランス料理屋に正月限定のカレーライスを食べに行く。そのテーブルに着いて「ようやくここまでこぎ着けた」と、昨年の大晦日に感じた気持ちを、ここでもまた覚える。
ところでウチの福袋は生ものを含むため、作り置きはしない。嫁のモモ君は明日の朝、これの最後の製造に当たるという。
朝飯 お雑煮
昼飯 「カルフールキッチン」のカツ丼、ごぼうのたまり漬
晩飯 “Finbec Naoto”の平政の刺身、チーズの盛り合わせ、エスカルゴのブルゴーニュ風、南瓜のポタージュ、レタスと人参のサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬、きゅうりのたまり漬、林檎のパイ、品書きの中で最も安かった赤ワイン
2020.1.3(金) 福袋
11月の場長会議に、正月の福袋の話が出た。「内容を一新すべし。具体的には、普段、店に並ばないものを組み合わせる。たとえば…」と意見を述べたのは、販売主任のハセガワタツヤ君だった。それを受けて長男と嫁のモモ君は即、その中身を考え始めた。そしてそれほど経たないうちに結論は導き出された。
「結論は導き出された」とはいえ、長男と嫁のモモ君が「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬けやチーズの製造に取りかかれたのは大晦日の午後。完成は同日の夜。本当に、走り続けの年末だった。
その本体価格5,000円の赤く大きな福袋は、きのう初売りの朝から店に並べられた。お買い上げくださるお客様の中には、これを、これから訪ねる知人や親戚へのお年賀とされる方もいらっしゃった。「なるほど、そういう使い方もあったか」と、そのお客様の良案に僕はいたく感心をした。
店には一方、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で炊いた牛肉のそぼろ煮と、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、そして真ん真ん中に「らっきょうのたまり漬」を埋め込んだ特製のおにぎりも並べられている。このおにぎりは、盆や正月など特別なときにのみお出しするものだ。いちどお召し上がりになったお客様の中には「通年、やってくれないかなぁ」とおっしゃる方もいらっしゃる。とても嬉しい。
閉店後は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」にホンダフィットを乗りつける。そして元旦から今日までの特設売場を、長男と共に片付ける。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給による「コスモス」のハンバーグステーキデミグラソース定食
晩飯 千枚漬け、レタスとブロッコリーとチキンのサラダ、厚焼き玉子、しもつかり、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、津軽漬け、ざるうどん、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)、洋梨
2020.1.2(木) 初売り
朝、何時に来社するかを、カワムラコーセン先生に電話で確認する。先月30日に準備を整えたところに点睛を加えるべく、先生は仕上げの花を抱えて、7時30分に店に入った。それと入れ代わるようにして、僕は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へとおもむき、長男と売り場の掃除をする。
一旦、戻ると開店時間の前より店にはお客様がいらっしゃった。ウチでは毎年、初売り一番乗りのお客様には地元のお酒を贈呈している。「ごちそうさま」とおっしゃってくださったお客様のお車には、福島のナンバーがあった。
包装係のヤマダカオリさんとタカクコータロー君が取り急ぎ準備してくれた品々をホンダフィットに積み込み、ふたたび道の駅へ行く。道の駅では普段の売場に加えて、三が日は入口の脇にもショーケースを設け、正月の需要にお応えする。その2ヶ所に商品を納めるため、商業棟の中を文字通り走り回る。ほどなくしてからだは熱を帯び、ウインドブレーカーとダウンベストをまとめて脱ぎ捨てる。
「初売りの11時から14時は、年間でもっとも店の混み合うとき」と、今朝の朝礼で長男が言っていた。「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ」の気分である。
とにかく、歩いてはいられない。というか、走らなくては間に合わないことが多すぎる。腹も減る。
贈答セットの「赤薙山」20組を予約されたお客様がいらっしゃり、そのメモを事務係のカワタユキさんに手渡す。カワタさんはここに含まれるフリーズドライ味噌汁”with LOVE”の在庫切れに危機感を覚え、念のため確認をした。ご予約のお客様の分を除けば、その数は社内に僅々3個のみ。
僕はカワタさんに頼まれ、フリーズドライ味噌汁と、それを含む贈答品すべてをウェブショップで「品切れ」にするよう、外注SEのカネヒラケンジさんにチャットワーク経由で要請する。更には念のため電話も入れる。
午後は、道の駅に出張している販売係タカハシリツコさんの休憩時間に合わせて、僕もショーケースの脇に立つ。
夜は酒肴のみの食事をして、早々に就寝する。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給による”Parrot”の和風ハンバーグステーキ定食
晩飯 栗きんとん、菠薐草と海苔のおひたし、紅白なます、津軽漬け、しもつかり、黒豆、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)
2020.1.1(水) 正月はなぜめでたいか
「ようやくここまでこぎ着けた」との安堵感から昨夜は酒が進んだ。それも手伝って、iPhoneを寝室に持ち込むことをし忘れた。現在の時刻が不明のまま起床して食堂へ行く。食器棚の電波時計は3時59分を指していた。
東の空が紅くなり始めたことを確認してから1階に降りる。そしてホンダフィットを如来寺の駐車場に駐める。夜はいまだ明けきっていない。白と紫の菊を一双の花立てに立て、蝋燭に火を点ける。正月がなぜめでたいかといえば、それは「また1年、生き延びることができた」というところがめでたいのだと思う。お墓には遅れて長男も来た。
家に戻ると、神棚、お稲荷さん、水神、地神、仏壇の5ヶ所には、既にして帰省した次男によりお雑煮が供えてあった。その次男や、いまだ眠そうな孫も含めた6名にて、正月のあれこれをいただく。家内の作る雑煮は酒肴としても悪くはないものの、酒は飲まない。
7時30分から9時までのあいだに、家と道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のあいだをクルマや自転車で4往復する。商業施設に入って左手のショーケースには、先ず長男が立つ。
その長男を除く5名にて、総鎮守瀧尾神社には10時に昇殿する。そして本殿に鮨詰めの人たちに交じってお祓いを受ける。次いで追分地蔵尊にお参りをする。
13時20分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行き、長男に代わって18時までショーケースの横に立つ。売場のサトーさんによれば、今日は来客数も売上げも、昨年とは比較にならないほど高いとのことだった。
後片付けをすべて済ませたところで館内に流れていた「蛍の光」が止む。帰社して、売り場でお客様がお茶をお飲みになった紙コップなどのゴミを片付ける。それから帽子とマスクと白衣を身につけ、製造現場に入って明日の準備に取りかかる。
朝飯 お雑煮、紅白なます、田づくり、黒豆、「久埜」の栗きんとん
昼飯 舞茸ごはん、紅白なます、ごぼうのたまり漬、お雑煮の汁
晩飯 菠薐草の胡麻和え、紅白なます、しもつかり、津軽漬け、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で炒りつけるすき焼き、洋梨、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)、「久埜」の黄身しぐれ、TIO PEPE





























































































































