トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2021年12月の日記31本

2021.12.31(金) 大晦日

ひとつの夢から覚めると次の夢が始まる。いくつもの夢を見ながら、眠りという水の中から明るい上の方を目指して浮かび上がっていく。時刻は4時48分。5時を過ぎての起床は「損した感」が強い。即、寝台から起き上がって服を着る。

応接間の、チークの長椅子に作り付けられた小さな机には、白菊6輪の花瓶と鏡餅一対があった。それを仏壇に飾り、更に水とお茶を供える。線香に火を着けるための蝋燭は短くなっているものの、新しく差し替えることはしない。食堂に戻り、きのうのうちに書けているおとといの日記を公開する。

年末にすべきことのほとんどを終えて迎える大晦日は、きのうまでより幾分かは気が楽だ。店や蔵や隠居の正月飾りはすべて、僕以外の人たちがしてくれた。曜日の並びからして正月の人出は数日に限られるだろう。店では既にして、福袋や「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬けの販売を始めている。

日中は、その回数を覚えていられないほど道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に通う。新鮮な品を、小まめに売場に並べるためだ。最後の納品を終えて後は如来寺に寄り、今月9日に四十九日の法要をした叔父のお墓を見まわる。

17時50分に場内放送にて、仕事を終えたら作業着のまま事務室へ集まるよう言う。本日、定時まで残った社員は12名。その全員によるジャンケン大会をして、すき焼き用の牛肉からコーヒーに至る賞品を配る。

大晦日の夕食は、いつも決まって鴨鍋と蕎麦。これらを肴に冷えた日本酒を飲み、21時前に就寝する。


朝飯 冷や奴、壬生菜漬けを添えた納豆、温泉玉子、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップかけないで特注)
晩飯 めかぶの酢の物、蒲鉾、塩らっきょう、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、鴨鍋、盛りそば、「松の司」の生酛純米酒(冷や)

2021.12.30(木) 日光の美味七選

製造現場から4階の食堂に戻る。例幣使街道の、杉並木の向こうの空を、いまだ姿を現す前の朝日が赤と金色に染め始めている。好天はいつでも有り難い。

先月27日や30日の日記に書いた「日光の美味七選」の、今日は出荷日だ。地元で優れた品々を作り続けている方たちが朝から続々と、品物を届けてくれる。そのたび小口現金の手提げ金庫から支払いをする。年末のこの時期には特に、充分な現金が欠かせない。

午後1番にて荷作り場へ行く。先ずは蕎麦と蕎麦つゆの器をひとつの袋にまとめていく。そしてそれらが確かに40組あることを確かめる。そこに嫁のモモ君と研究開発係のマキシマアキコさんが手伝いに来る。彼女たちには先ず、他の諸々が確かに40ずつあるか数えてもらう。そのうち長男がそこに加わる。僕は他の仕事に従うべく、その場を離れる。

かつて僕がしていたことを、若い人たちが次々と担ってくれる。この状況はすごく楽だ。「腑に落ちないのは酒を売る人々のこと」と、オマル・ハイヤームは詠んだ。院政を敷こうとする人、自分の仕事を手放すまいとする人こそ僕は不思議でならない。

数時間を経て「日光の美味七選」はすべて荷作りを終えた。これらの品物が、お客様の年末年始の食卓を、より楽しくしてくれることは間違いない。今年もいよいよ残り1日と半分、である。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、スクランブルドエッグ、壬生菜漬け、千枚漬け、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 梅干、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、壬生菜漬け、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、塩鰹のふりかけのお茶漬け
晩飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた鰤の照り焼き、上澤梅太郎商店の松前漬け、2種の蒲鉾、上澤梅太郎商店の塩らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、「鶴屋安藝」の「利休饅頭」、Chablis Billaud Simon 2015

2021.12.29(水) 14時54分の紅茶

2013年の秋に、箪笥を中味ごと幾竿も捨てるような断捨離をした。同時に住まいを改装し、建築誌の写真に見られるような、片付いた環境が実現した。翌年の秋にオフクロが亡くなった。それを期に業者には2トン車で5台分のものを引き取ってもらい、また家具の一部は欲しいと言ってくださる方にお譲りをした。

断食をして、からだの中の余分なものが消えると神経が研ぎ澄まされ、しまいにはカーテンを降ろした外の様子まで知ることができると、経験者に聞いたことがある。身のまわりを簡潔にすることにより自分の中に散らばったあれこれが整理統合されていくことも、それに似ているかも知れない。

自分のもっとも好きなことは何かと、そのころ考えた。そしてそれは美味い食べものと酒、本読み、日本語が通じないところへの旅の3つに集約をされた。「だったらクルマはどうか」と問われれば、クルマは一握りのイタリア車とブガッティにのみ興味がある。そのブガッティも35系の、更に過給機を積む以前の型こそ好きだ。

オヤジの死後、2006年から参加をし続けた「阪納誠一メモリアル走行会」は昨年「コロナ」で中断を余儀なくされた。しかし1年を置いたのみで、今年は見事に復活をした。

“BUGATTI 35T”のエンジンの、本日の最高回転数は3速で4500。第1と第2の複合コーナーをもっとも速く抜けたときの記録は、進入時が3速3300回転、脱出時は3400回転。第1コーナー、第2コーナー、バックストレッチ、シケイン、下りのS字コーナーから最終コーナーを駆け上がってホームストレッチに戻る西コース1,490.361メートルの周回時間は1分03秒。平均時速85.14Km。

来年も元気にこの日が迎えられれば有り難い。


朝飯 「ホテルルートイン宇都宮ゆいの杜」内「和み」の朝食ブッフェ
昼飯 「ツインリンクもてぎ」内「グランツーリズモカフェ」のカレーライス
晩飯 2種のキャベツのナムル牛肉と薄切り大根のたまり鍋Chateau Leoville Las Cases 1984

2021.12.28(火) 慎重に、正確に

部屋の中がほの明るい。「まさか」と飛び起き、カーテンを少しすかせて外を見る。雪は、地表の温度の特に低かったところのみを白くし、道路も、走るクルマの風圧に吹き飛ばされたのだろう、センターライン付近と路肩に残るのみだった。

2022年の元旦は土曜日で、2日は日曜日。そのような並びから、正月休みは例年より短く終わるに違いない。雪が降るなら、その短い休みの過ぎた後にしてもらいたい。

銀行の、ことし最後の営業日は12月30日。新年の営業再開は4日。年内最終日に頼むことは憚られるため、釣り銭の準備は今日のうちに済ませておく。

現在、蔵の脇の駐車場で、鉄の扉を新しくする工事が行われている。その駐車場はまた、重油の納品場所も兼ねている。工事の様子を見かけたのだろう、アンザイ商店のムラカミマコトさんから電話が入る。僕は工事の責任者に声をかけ、タンク車が入るなら今日のうちが良いと、教えられる。そのことを折り返しムラカミさんに伝える。正月中にボイラーの燃料が切れたら、それこそ「油断」である。ムラカミさんには感謝をしなければならない。

何年前のことになるか、菊五郎の、屋根の上での立ち回りを歌舞伎座で観た。「弁天娘女男白浪」の一幕だったに違いない。菊五郎の動きに名優の「慣れ」は窺えなかった。その所作は慎重にも慎重を重ね、正確にも正確を期そうとするものだった。

今年も残すところ今日も含めて4日間。手順を踏み、遺漏を避け、慎重、正確に正月を迎えようと思う。


朝飯 菠薐草の胡麻和え、ハムエッグ、ポテトサラダ、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、壬生菜漬け、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、塩鰹のふりかけ、梅干のお茶漬け
晩飯 「ホテルルートイン宇都宮ゆいの杜」内「和み」のトマトサラダ串揚げ盛り合わせ、「八代不知火蔵」の麦焼酎「白水」(お湯割り)

2021.12.27(月) SMS

パスワードだけでなく、SMSに送られてくる、二重認証のための数字を必要とするウェブショップがある。そのようなサイトに入るときにのみ、僕はSMSを開く。するとそこには過去に届いたおびただしいショートメッセージがあって、しばし驚く。

それらの中には〇月〇日の〇時に訪問してもよろしいかと問うもの、当方の家族の様子を訊ねるもの、あるいは人の死を報せるものなども混じっている。「申し訳の無いことをしたな」と思う。そして「取りあえずは、今年のうちに返事をしておこう」と決める。

オヤジの死後も、ながく社用の年賀状を送り続けてくれた人がいた。あるとき意を決してその会社に連絡を入れ、支社長だったその人と面談の約束を取り付けた。

それから7年が経って用事ができ、電話をすると、その人は既にして会社を退いていた。携帯電話の番号は知っているものの、それは会社から与えられたものかも知れない。ウェブ上を探すうち、その人はfacebookにアカウントを持っていることが分かった。メッセンジャーを読むか否かは不明なものの、しばらくしたら、また「意を決して」みようと思う。


朝飯 千枚漬け、納豆、菠薐草のソテーと目玉焼き、若布と玉葱の酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 トマトとサラダ菜と蛸のサラダカレーライスらっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」Chablis Billaud Simon 2015ケーキと苺の盛り合わせ、Old Parr(生)

2021.12.26(日) これ以上は

終業後、誰もいない事務室で焦燥を深めている。電話が鳴る。受話器を取り、先方の意図や望むところを紙に覚え書きする。会話を終えて更に要点を書き足そうとしているところに次の電話が鳴る。その繰り返しにて、どれもこれも中途半端なまま、また電話が鳴る。そして「先ほどのことはどうなったか」と訊かれる。訊かれても、何もできていないのだから、何も答えることはできない。

日光市今市の中心部が、どこの国から来たとも知れない人たちに制圧され、異様に静まりかえっている。用があって近所のお宅を訪ねようとする、ただそれだけのことに、異常に神経を研ぎ澄ます。目をつけられれば、どこに拉致をされるか分からない。その静かな街を、僕はひとりで歩いている。

これらふたつの、あまり面白くない夢から覚めると時刻は0時40分だった。いまだ4時間も眠ってはいないだろう。そのまま静かにしていても、眠気は訪れない。そして3時11分に起床する。

目覚めは良くなかったものの、日中は穏やかに過ぎた。ただし気温は急降下だ。いよいよ冬らしくなってきた。今月18日の日記に書いたような雪の予報が、また出されている。数年に1度の強烈な寒波が特に日本海側を襲い、東京にも初雪が舞ったと、テレビは伝えている。北へ15キロ離れた鬼怒川温泉の方から来るクルマはおしなべて、屋根やボンネットに雪を載せている。「これ以上は降らないでくれ」と祈るばかりだ。


朝飯 鶏の蒸し焼き、揚げ湯波の甘辛煮、トマトとブロッコリーのバター蒸し、壬生菜漬け、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、けんちん汁
昼飯 納豆、揚げ湯波の甘辛煮、揚げ玉、壬生菜漬け、なすのたまり漬のからし和え、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 トマトとレタスとモッツァレラチーズのサラダパンあれやこれやポトフChablis Billaud Simon 2015

2021.12.25(土) 鉄

きのうの「ゆきの美人 山田錦6号酵母 純米吟醸」は美味かった。「2軒目」の酒が美味く、且つ捗るときは要注意だ。何十年も前から分かっているものの、飲んでいるときにはすっかり忘れている。翌朝になってから、ようやく不調に気づくのだ。

浅草から08:00発の下り特急スペーシアに乗る。隣のプラットフォームには、現在のスペーシアが運行する以前の「けごん」や「きぬ」、更にはそれ以前の特急とおなじ色に塗られたスペーシアが停まっていた。その写真を撮ろうとする人たちも、数十人ほどは集まっていただろうか。

僕は、汽車や電車の写真を撮る趣味は持ち合わせない。しかし時刻表には興味がある。また、かつては日本の各所から京都、奈良、日光などに直通で運行した修学旅行列車の経路にも興味がある。バンコクの、もうすぐ役目を終えてしまうファランポーン駅から東線の終点まで、また南線の終点まで一昼夜をかけて乗れたことは、良い想い出だ。

昼食は抜いて、夜はまた飲酒活動を復活させる。


朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 大根と万能葱の味噌汁トマトと刻みキャベツと厚焼き玉子を添えた豚の生姜焼きTIO PEPE

2021.12.24(金) だったらやっぱり

1970年代から80年代にかけては僕が、2000年代には長男が、そして今は次男の住む甘木庵が、この夏に漏水事故を起こした。風呂場はこの45年のあいだにいちど新しくしていたが、それも既にして老朽化したらしい。

そういう次第にて、その風呂場を丸ごと新品にする工事が今月21日から始まった。完成は25日。ところがその後、24日の19時には引き渡せると、連絡があった。僕は予定を1日繰り上げて、本日、東京へ向かうこととなった。

新橋で用を足し、最寄り駅は本郷三丁目、住所は湯島の甘木庵には18時すぎに着いた。作業中の本職はふたり。風呂場は完成し、内装屋が脱衣所兼洗面所の床を張っていた。進捗状況を訊ねると、今日の工事は21時まで、更には電気の配線がややこしくて手に負えず、それについては明日、電気屋を派遣すると、設備屋のモトムラさんは言う。「だったらオレが東京に来るのは、やっぱり明日でよかったじゃんか」ではあるけれど、もちろん口には出さない。

それにしても、21時まで何もせずにいるわけにもいかない。モトムラさんには食事をしてくる旨を伝え、次男とふたりで切り通し坂を下る。


朝飯 菠薐草のソテーを添えたベーコンエッグ、納豆、広島菜、鮭の「朝露」漬け焼き、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 「やきとんあおい」のあれやこれやそれや、他あれこれ、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)。「まつうら食堂」のおでん5種盛り、「ゆきの美人 山田錦6号酵母 純米吟醸」(冷や)

2021.12.23(木) 心はいまだに

インターネット上に動画を上げつつ旅をするミニマリストより僕の方がよほどミニマルだったりすると、今月19日の日記に書いた。それはそうだろう、彼らの荷物には動画用のカメラや三脚が含まれるのだ。

1980年、僕は20リットル程度の、安物のデイパックひとつでカルカッタ、カトマンドゥ、アグラ、カジュラホ、デリー、そしてカルカッタから東京へ戻る、という旅をした。カトマンドゥではシロンとカジランガへの入域許可証も取得はしたが、使うことはしなかった。北半球は真冬で、安宿の水シャワーと部屋の寒さには大いに悩まされた。

その記憶もいまだ新しい1982年、今度はバンコク、コロンボ、ゴール、コロンボ、ゴール、コロンボ、キャンディ、コロンボ、マーレ島、グライドゥ島、マーレ島、コロンボ、マドラス、バラナシ、スノウリ、ポカラ、カトマンドゥ、バンコクと、気の向くままに這いずり回った。季節はやはり真冬で、荷物には極薄の寝袋を加えた。そのことによりザックは容量30リットルのサブアタック型に拡大をされた。

この2度の旅における持ち物は、先ず候補を書き出し、それを欠いては進退が窮まるものに〇、必需品に△、あれば便利なものに×を付けた。そして×はすべて持たないこととした。「あれば便利なもの」を持たないとは、たとえば水着は持たずに下着で泳ぐ、というようなことだ。歯ブラシの柄は戸塚宏に倣って握る部分を短く切った。

現在の僕の荷物は、34リットルのスーツケースひとつとデイパックひとつに落ち着いている。40年前にくらべて増えたものはコンピュータとスマートフォン、それらの電源コードと「あれば便利なもの」の一部。減ったものは寝袋、石鹸、洗剤、細引きのロープ、そしてナショナルのカセットテープレコーダー”RQ-339″。

心はいまだにバックパッカー。とはいえ安宿の共同便所で洗濯をした日々には、戻りたくない気分である。


朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、納豆、菠薐草の胡麻和え、たたき牛蒡、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、けんちん汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 たたき牛蒡、里芋と牛肉と「しいたけのたまり炊」の炊き合わせ、芋きんとん、鮪の「朝露」漬け、鮭の「朝露」漬け焼き、千枚漬け、紅白なます、けんちん汁、「松の司」の生酛純米酒(冷や)、「進々堂」のパンドカンパーニュ、TIO PEPE、エクレア、Old Parr(生)

2021.12.22(水) カボチャとユズふたたび

門松は、日柄を選んで届けられる。良い日の筆頭は大安である。昨年、門松は12月18日に置かれた。今年はそれより4日遅れの本日、店の前に飾られた。

いつまでが松の内か、ということは地方により異なる。日光におけるそれを僕は知らないものの、上澤梅太郎商店は、門松は新春15日まで置く。できるだけ長く置いて、1日あたりの単価を下げようという魂胆である。

オヤジが亡くなったのは2005年11月20日。そのとき「喪中に門松など出したら世間に嗤われますよ」と、ある人に言われた。よって門松は飾らなかった。年が明けると「どうして今年は門松が出ていないんですか」と、別の人から言われた。

「あちらを立てればこちらが立たず」は世の常。とはいえ「家と商売は分けて考えるべき」との、後者の意見に僕としては気持ちが傾いた。以降は何があっても毎年、門松を飾り続けている。

きのうは南瓜のプリンを食べろと言った家内が、今夜は南瓜の天ぷらを揚げた。僕はその南瓜を避けて、他のものを食べた。風呂には柚3個が浮かんでいた。今年の冬至は21日と、早とちりをしたらしい。


朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、菠薐草の胡麻和え、紅白なます、納豆、鮭の味噌粕漬け、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、けんちん汁
昼飯 ラーメン
晩飯 めかぶの酢の物、マカロニサラダ、蒲鉾、なすのたまり漬のからし和え、天ぷら盛り合わせ其の一、其の二盛り蕎麦、「菊水酒造」の「酒米菊水純米大吟醸原酒」(冷や)

2021.12.21(火) hot lemon

僕の仕事といえば、早朝に製造現場へ降りてするささいなこと、日中は道の駅の売り場の掃除と納品、電話番、諸々の連絡と調整、販売の補助、キャッシュレジスターの精算と釣り銭の準備くらいのものだ。頑張っているのは僕以外の皆である。そのような中で、師走も残り3分の1のところまでこぎ着けた。

この20日間に起きた諸々の問題は、そのほとんどを覚え書きに残してある。これらは来年の師走に生きてくる。大切なのは、問題が解消された後も、その問題を覚えていられるかどうか、だ。まぁ、僕が忘れても、他の誰かが覚えていてくれるだろう。

南瓜のプリンを食べろと、夕食の後に家内が言う。「芋たこなんきん」を、とかく女の人の好むものと最初に書いたのは西鶴らしい。僕は蛸は好む。しかし薩摩芋と南瓜は「甘い」というその性質により好まない。そう言いながら、それらで作った菓子は喜んで口にするのだから矛盾している。

そうして南瓜のプリンを平らげ、風呂に行くと、お湯には柚が浮かんでいた。おばあちゃんは柚を木綿の袋に収めたが、家内は丸のまま、である。「柚は搾って砂糖を加えて、ホットレモンのようにしても美味そうだよな」と考える。

ホットレモンはネパールではよく飲まれるが、日本では見たことがない。「明日あたり、飲んでみようか」と考えるものの、多分、飲まないまま季節は春になるだろう。


朝飯 クリームシチューかけごはん、なすのたまり漬のからし和え、菠薐草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 スパゲティナポリタンChablis Billaud Simon 2015バナナとホイップクリームを添えた南瓜のプリン、Old Parr(生)

2021.12.20(月) いつになる

本日、製造顧問のフクダナオブミさんが、勤続29年7ヶ月を以って職を退いた。満年齢63歳。上澤梅太郎商店の就業規則に照らせば、いまだ働き続けることのできる年齢である。しかし来春1月から年金が受け取れるため、もう良いのだという。

フクダさんは、学年は僕のひとつ下。入社は共に1982年。1990年代の半ばくらいまでは、二人三脚のようにして仕事をしていたこともあった。フクダさんが部長として製造現場の責任者になったのは2010年8月。以来11年のあいだ、品質の向上と製造行程の合理化に努めてくれた。フクダさんの先輩のアオキフミオさんと共に、持てる知識と技術のすべてを次世代へ伝えてくれたのも、大きな功績である。

それにしても、今年かぎりでの引退とは、大いに羨ましい。フクダさんの趣味は、家庭菜園と料理と適度な飲酒活動だろうか。フクダさんの隠退生活が、健やかで楽しいことを祈るばかりだ。

ところで僕は、小学生のころより隠遁生活に憧れていた。しかしいまだ人生から降りられずにいる。僕が仕事から解放されるのは、いつになるだろう。


朝飯 マカロニサラダ、赤魚の煮つけ、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「大昌園」のあれやこれやそれやほかあれこれ、麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)

2021.12.19(日) 尊敬、畏敬、驚愕

旅がままならなければ、それに関わる品を売る店も、今は閑なのだろうか。そう考えながら「スーツケース、日数、サイズ」と検索エンジンに入れてみた。あらわれたのが、以下の目安である。

2~3泊 → 30~50リットル
3~5泊 → 50~60リットル
5~6泊 → 60~90リットル
1週間以上 → 90~120リットル

しかしこれは「あのお城には、この帽子」とか「2日目のレストランには、このドレス」と、毎日、更には朝昼晩と異なる服の必要な人のための基準、という気がする。

一方「海外 旅 荷物」とyoutubeに検索をかければ、上から下までズラリと、いわゆるミニマリストたちが並ぶ。彼らの動画はなかなか面白い。しかし少なくとも僕の役にはほとんど立たない。彼らより僕の方が、よほどミニマルだったりするからだ。

むかしにくらべて増やさざるを得ないものの筆頭は、IT機器である。かつてはデイパックひとつで旅をしていた僕も、現在は、機内持込可能の小さなものではあるけれど、スーツケースを必要としている。

ところで僕のおじいちゃんは、100リットル見当のスーツケースをふたつ持った。ひとつは私物用、もうひとつは、往路においては行った先への土産、復路においては帰ってから配る土産を入れるためのものだった。尊敬、畏敬、驚愕の他は無い。


朝飯 マカロニサラダ、めかぶの酢の物、ウインナーソーセージと白菜のソテー、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、大根と人参の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトと紫キャベツのサラダ、人参と舞茸のきんぴら豚と白菜と厚揚げ豆腐の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(水割りのお燗)、シフォンケーキレーズンウィッチ、Old Parr(生)

2021.12.18(土) 雪の予報

大陸から日本海を越えて、列島に風が吹きつけている。その寒風が、日本海側を中心とする広い範囲に雪を降らせると、きのうの朝の天気予報は伝えていた。

雪が降って嬉しかったのは、せいぜい学生のころまでだ。否、無責任な旅行者として北国へ遊びに行こうとすれば、今でも、そこに大量の雪のあることを期待する。降って欲しくないのは、自分の生活圏内の雪である。

降雪を予報するテレビの画面では、日光はいつも、微妙な位置にある。群馬県との境にちかい山間部は、雪を意味する白い色で塗りつぶされている。一方、僕の住む南東部は、その白いところから外れているように見える。しかしその境界が、いかにも曖昧なのだ。

4時すぎに起きて洗面所へ行く。顔を洗ってから、窓のカーテンをすこしずらして外を見る。雪は降っていなかった。

雪は、朝礼を終えて道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場へ掃除に出かけるころ、舞い始めた。それは頭上から降る雪ではなく、山から風に乗って運ばれてくる風花だった。その風花もやがて消え、日が差しはじめる。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」には今朝、門松が置かれた。家の土地から伐り出した竹、先日、植木屋が剪定した松の枝、そしていただきものの南天を使い、隠居係のタカハシリツコさんが作ったものだ。門松は、正月10日の月曜日まで、置くつもりでいる。


朝飯 煮奴、生玉子、牛肉のすき焼き風、白菜キムチ、じゃこ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、白菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の中華丼
晩飯 レタスと紫キャベツのサラダカレーライスらっきょうのたまり漬Old Parr(水割りのお燗)

2021.12.17(金) 年賀状

小学生のころは、年賀状を送ったり送られたりすることが、心から楽しかった。冬休みに入ると年賀状づくりに精を出し、元旦は年賀状が届くのを心待ちにした。その楽しさは以降、漸減したものの、余韻は高校生のころまで続いたような気がする。

自分はいつ年賀状に対して興味を失ったか。それはどうも、年賀状を家庭で印刷作成できるワードプロセッサが世に現れた時期と重なっているような気がする。

現在、年賀状は一顧だにしない。と言いたいところだけれど、一瞥くらいはする。そして僕個人に届いたものには旅先から返事を書く。これがまぁ、大変な苦労である。

年賀状は大抵、コンピューターとプリンターで作ったか印刷屋に頼んだもので、そこにせいぜい「今年もよろしく」と、ほんの数文字の手書きが添えてある例がほとんどだ。一方、僕は返信のための絵ハガキに数百文字を連ねる。個人に届く年賀状は、それほど多くない。とはいえ、20通くらいはある。とすれば数百文字の20倍を、ひたすらペンで書き続けることになる。まるで「B29 vs. 竹槍」である。

旅とは、からだを休め、気を鎮めるために行くものだ。そこに毎年「数千文字を手書きする」という義務が生じている。そろそろ反撃に移るべきではないか。吟行で秀句を得る方法のひとつに「出かける前に詠んでおく」というものがある。この手は使えそうだ。

……
先般はご丁寧に季節のお便りをお送りくださいまして有り難うございました。

熱帯の朝は、日中の暑熱が信じられないほど爽やかです。緯度が低いため、日本の夏のように早く明けることはしません。いまだ暗いうちに目を覚ますと、先ずは既にできあがっている一昨日の日記を公開し、それからきのうの日記にとりかかります。そうするうち、外が明るくなり始めます。当たり前のことですが、啼く鳥の声は、この土地でしか聴けないものです。

朝食はたっぷり摂ります。そして部屋でひと休みをしてからプールサイドに降り、ここで午後の日が傾くまで本を読みます。驟雨の通り過ぎる日もあります。しばらくすると、濡れた椰子の葉やプルメリアを夕日が眩しく照らします。シャワーから上がったら、ゴム草履を突っかけ、手提げ袋に土地の焼酎の瓶とコップ、そして本を入れて部屋を出ます。

街の食堂では簡単な料理とソーダ、そして氷を注文します。そしてそのおかずを肴にして焼酎のソーダ割りを飲み、本を読みます。

酔うと歩くのが億劫になりますので、流しのオート三輪を拾い、それに乗ってホテルに帰ります。湿った夜風の心地の良さは、文字にできるものではありません。当たり前のことですが、鳴く虫の声は、この土地でしか聴けないものです。

部屋に戻ったらシャワーを浴びます。いまだ20時を過ぎてはいませんが、明かりを落として横になります。

気づくと早くも翌朝です。朝食までは3時間ほどもありますから、ポットにお湯を沸かし、持参したスープを飲みます。そしてコンピュータを起動し、既にできあがっている一昨日の日記を… とまぁ、こんな日々を、いましばらくは続けるつもりです。

またお目にかかれる日を、楽しみにしています。どうぞお元気にお過ごしください。
★にて
……

と、こういう文面のハガキを作り、旅の荷物に加えておく。出かけた先では★の部分に、そのとき滞在している土地の名を書き入れれば完成である。なかなかの妙案ではないか。


朝飯 納豆、牛肉のすき焼き風、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、千枚漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダブロッコリーの鉄板焼きとじゃがいもと人参のバターソテーを添えたハンバーグステーキトーストChateau Leoville Las Cases 1984

2021.12.16(木) お茶と味噌汁

味噌汁は毎朝、上手に作れる。出汁は多く、煮干しと昆布で引く。昆布はいつも、上出来のものがある。煮干しは上出来のものが切れることもあるけれど、工夫さえすれば、やはり美味い味噌汁は作れる。

難しいのはお茶、である。

朝のお茶については、手を変え品を替え、日々、あれこれ試している。それでも美味いお茶は、僕の場合、僥倖を祈るしか得る方法が無い。そして今朝の一煎目は美味かった。

と、「美味かった」に句点を打ったところで「地球は青かった」という言葉を思い出す。「さて、それは誰によるものだったか」と検索エンジンに当たって「そうだ、ガガーリンだった」と思い出す。一方「私はカモメ」と言ったのはテレシコワで、こちらは忘れなかった。

念のため再び検索エンジンを頼れば、女性初の宇宙飛行士としてテレシコワが地球を周回したのは1963年6月。そのとき僕は小学1年生。2021年12月16日現在、宇宙にいる前澤友作の「宇宙なう」を、還暦が過ぎるまで覚えている小学1年生がどれほどいるだろう。「昔は万事、ひとつのニュースをみんなで見ていたよな」と、隔世の感を覚える。


朝飯 千枚漬け、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、明太子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なすのたまり漬のからし和え、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の中華焼きそば
晩飯 「共働学舎新得農場」のレラ・ヘ・ミンタル、TIO PEPE、ツナと玉子とベビーリーフのサラダ2種のパン、林檎ジャム、レバーペースト、茹でたブロッコリーを添えたクリームシチュー「進々堂」のシュトーレンChablis Billaud Simon 2015

2021.12.15(水) おなじ昼食が続くわけ

昼食は大抵、ひとりで摂る。

食パン1斤は、厚く切ってもらうと5枚になる。カビさせてはいけないから毎日、1枚ずつトーストにする。街で買うラーメンの生麺は、5玉がひと袋に入っている。するとやはり、5日は続けてそれを食べ続けることになる。

宅急便で取り寄せる生ラーメンは、10食が1箱に収められている。うどんの乾麺なら、更に量が増える。そのうどんはきのう食べ終えた。

毎年、冬になると決まって、外へ出たくなくなる。この気持ちが勃興してくるのは大抵、年が明けて寒さに磨きのかかってきた頃だ。しかしこの冬に限っては、今日からその気分が兆してきた。昼食は、どうしよう。

昼食は軽く済ませたい。上澤梅太郎商店からもっとも近い麺類の店は蕎麦の「やぶ定」だ。その「やぶ定」まで歩いて温かい蕎麦を食べる。隠居の身ではないから、寒くても燗酒は飲めない。もっとも昼の酒は夜のメシと酒を不味くするから、よほどのことでもない限り、僕は飲まない。

蕎麦を食べ終えると「いま、こんなものをしていまして」とオネーサンが、三角クジの箱を差し出した。穴から手を差し込み1枚を取る。開くとそこには「1,000円食事券」の判が捺してあった。東京の有名店とは異なって「やぶ定」の蕎麦は高くない。1,000円をこなすには、よほど腹を空かせて来る必要があるだろう。

夜になるのを待って、気に入りの徳利に温め酒を作る。


朝飯 茸ごはん、鮭の「朝露」漬け焼き、菠薐草の胡麻和え、玉子焼き、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 「やぶ定」の魚の天とじ蕎麦
晩飯 めかぶの酢の物、お多福豆、鯛の煮付け、明太子、広島菜漬け、千枚漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、肉豆腐、メシ、「松の司」の生酛純米酒(燗)

2021.12.14(火) その方が良いに決まっている

早朝、インターネットの大海を泳ぐうち、気になる名前を見つけた。その人は本も書いていた。amazonで検索をすると、11年前に出た1,430円の本に4,054円の値が付いている。よってもうすこし範囲を広げて探してみる。するとmercariに300円で出ているものがあった。送料の必要なamazonの古書とは異なって、メルカリの価格は送料込みである。「購入手続きへ」の赤いボタンを即、クリックしたことは言うまでもない。

その余勢を駆って、いつかは買わなくてはならないと前々から考えていた本を検索する。こちらは定価が4,620円のところ、amazonの古書の最安値は4,200円。送料を含めれば、新品とほぼ変わらない。「ちょっとなぁ」と、別の結果を求めると「日本の古本屋さん」に1,500円のものが見つかった。メール便の送料を入れても1,698円。これまた即、赤い「かごに入れる」ボタンをクリックする。

「どんな人が触ったか知れない」と、オフクロは古書には手を出さなかった。僕が古書を好むのは「中味が一緒なら、安い方が良いに決まってるじゃねぇか」という理由による。もうひとつ、僕は本は多く、出先で読む。それは戸外であったり、あるいは飲み食いをしながらだったりする。必然的に、汚すことが多い。古書なら汚しても、心はそれほど痛まない。

注文した2冊のうち300円の方は、届くなり開いて、見て、読んで、今後の参考にするだろう。1,500円の方は、次の旅に備えてのものである。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、刻みキャベツを添えたハムエッグ、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 長葱のつゆで食べるうどん
晩飯 「魚登久」の酒肴其の一其の二其の三其の四其の五、鰻重、肝吸い、漬物盛り合わせ、8種の日本酒(冷や)

2021.12.13(月) ちらし

「宣伝の無い雑誌はつまらない」と言う人がいる。いや、そうではない。正確には「雑誌は宣伝が面白い」と、その人は言ったような気がする。「宣伝は世を知るための、ひとつの道具」というのが、その理由だったような気がする。

朝、社員により新聞が事務室の机に載せられると、僕は先ず、折り込まれた広告を紙の質により二分し、資源ゴミ置き場へ持っていく。つまり新聞の折り込み広告は、一瞥したのみで捨てる。この僕の習慣を、オヤジは嫌った。新聞のチラシはオヤジにとっては、世を知るための、ひとつのよすがだったのだろう。

チラシは一瞥したのみで捨てる僕も、ユニクロのそれにだけは目を留める。その理由について、深く考えたことはない。いま僕の目を吸い寄せるのは「ヒートテックウルトラウォームタートルネックT(超極暖・長袖)」というやつである。

先日の法事には、いつ買ったかも覚えていない、そしてほぼ着たことのなかった極暖のヒートテックを普段のヒートテックに重ね、黒いスーツを着た。葬式でなければ白いシャツも黒いネクタイも必要なかろうと考えてのことだった。着ていたのは法事のあいだの2時間ほどだったから、その「極暖」は翌日も着用に及んだ。そして遅ればせながら、この「極暖」は普通のヒートテックにくらべてとても暖かい、とても快適である、ということに気づいた。

2021年12月のユニクロのチラシにあるのは「極暖」から更に進化したらしい「超極暖」である。だったらいま使っている、買ってから何年経たか不明の、新品のときにくらべてどれほどすり減ったかも不明の普通のヒートテックは捨てて、すべて「超極暖」に換えてしまおうか、と考える。

善は急げ、だ。しかし年末の繁忙はいかんともし難い。ウェブショップで予約をして店舗で受け取る手、だろうか。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草と海苔のおひたし、ポテトサラダ、白菜キムチ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と絹さやの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 牡蠣のコンフィトマトとレタスとブロッコリーのサラダカレーライスらっきょうのたまり漬Old Parr(水割りのお燗)レーズンウィッチ

2021.12.12(日) このところ何だか

きのう今日と、週末が好天に恵まれて有り難い。

すこし前までの、紅葉狩りのお客様は「GoToトラベルキャンペーン」のあった昨年より少なかったような気がする。しかし上澤梅太郎商店は、その秋のひと山からいくらも間を置かないまま、年末贈答の繁忙に突入する。この師走の大きな山をくださるお客様には、感謝してもしきれない。

店はなぜか、昼どきに客足が増える。社員たちは時間をずらしながら昼食を摂る。それでも人員は薄くなるから、僕が販売の補助に入る。そうして忙しく働いてる最中に、足元が上下に細かく揺れている、ような気がする。「これは自分だけの、脚の血流か何かによる感覚だろうか」と考えるうち、その揺れが徐々に強くなる。僕は数メートルの範囲内にいらっしゃる複数のお客様に「地震ですね」とお知らせをする。

3.11の大地震のときには、店と同じ屋根の下にある事務室にいた。あのときには、鉄筋コンクリートにより強固に作られた建物さえ崩れてしまうのではないか、という恐怖を感じた。地震はどこまで強くなるか分からない。そこのところが何とも不気味である。揺れは幸い、すぐに収まった。

午後の何時ころだっただろうか「このまま受け続けても大丈夫ですか」と、販売主任のハセガワタツヤ君が焦り気味に事務室へ顔を出す。店で承った贈答品のお送り先が、とんでもない数になっているという。僕は数秒のあいだ考えて「今日はこのままお受けしよう。そして明日からは納期を1日、延ばそう」と答える。そして短い覚え書きを書いて、事務係のカワタユキさんに手渡す。

終業後、4階に戻ると、仏壇の水とお茶がお盆にこぼれていた。4階の揺れは1階のそれにくらべて格段に大きいのだ。このところ、何だか、地震が、多い。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草と海苔のおひたし、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、白菜キムチ、メシ、トマトと水菜と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 牡蠣のコンフィ、「片山酒造」の「ひやおろし純米吟醸」(冷や)、トマトとレタスのサラダ南瓜の煮物と上澤梅太郎商店のステーキソースを添えたビーフステーキChateau Leoville Las Cases 1984苺のショートケーキ、Old Parr(生)

2021.12.11(土) 穴場

4階の、本棚のある細い廊下のどん詰まりからは、真正面に茶臼山が望める。その山肌に日が差して、葉が枯れ落ちる前の木々を鮮やかにしている。

「このあたりには何も無くて」が口癖の田舎の人も、その価値に気づいていないだけで、実はいくつもの「穴場」を知っている。「穴場」は大抵、静かだ。「穴場」は「隙間」でもあるから、誰にでも好まれるわけではない。しかし好む人には強烈に好まれる。「穴場」については検索エンジンより地元の人の方が、より頼りになるような気がする。

茶臼山のふもとには「長久の湯」という温泉があった。広い露天風呂からは、初夏には新緑、秋には紅葉が間近に望まれた。冬は、湯おもてに融け消える雪の風情に格別のものがあった。しかしその「長久の湯」は、2011年3月11日の大地震により、営業を止めてしまった。夏に自転車で行き、帰りに蕎麦屋の「河童」で酒を飲むという計画は、遂に実行されずじまいだった。自分としては「穴場がひとつ消えたな」という思いが強い。

「穴場」はiPhoneの新型とは異なって、次から次へとは出てこない。そこが何とも悩ましいところではある。


朝飯 納豆、冷や奴、生玉子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、トマトと揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 長葱のつゆで食べるざるうどん
晩飯 蜜柑と人参とベビーリーフのサラダ「パンいしづか」の食パン南瓜のポタージュ牡蠣とロマネスコのスパゲティTIO PEPE

2021.12.10(金) 在庫

服を作って売る会社の社長と話をしたことがある。10.26事件が起きた日、たまたま韓国にいたという古株である。その人によれば、服は生鮮食料品と同じく腐るのだという。「腐る、ですか」と訊いた僕の顔には怪訝な色が浮かんでいたらしい。「はやりがすたれば損をしても、それなりの市場に流す、ということです」と、社長はより詳しく教えてくれた。

キャンディット・フォトという写真の分野を確立したのはエーリッヒ・ザロモン。その時代から今に至るまで、こと服装に関しては、男より女を写したものの方が興味深い。世に連れての変化に、より富んでいるからだ。捨て値で処分される服も、タンスに死蔵される服も、また整理により捨てられる服も、男物よりは女物の方が、よほど多いことだろう。

現在の日記の在庫は6日分。在庫は安心の元だから、ひとつを使えば、またひとつやふたつは増やす。しかし在庫は腐る。

子供のころ、もらったチョコレートを缶の中に、後生大事に溜めていた。いくつかの季節を経ていざ食べようとしたら、すべてのチョコレートは表面に脂肪分が染みだして、蟻さえ顔をそむけそうな風味、歯ごたえになっていた。

日記の在庫は近いうちに、すっかり放出してしまうかも知れない。


朝飯 菠薐草の胡麻和え、納豆、巻湯波と人参と絹さやの炊き合わせ、牛肉のすき焼き風、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、水菜と揚げ玉の味噌汁
昼飯 長葱のつゆで食べるざるうどん
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七其の八、ふたつあったサンセールの安い方、コーヒー

2021.12.9(木) 山が真っ白

「山が真っ白ですね-」と、出勤をするなり製造係のミヤタマユミさんは僕に笑いかけた。「そうですねー、おととい昨日と寒かったですからね」と僕は相槌を打った。しかし僕はいまだ、その山を見ていない。潤滑油としての会話とは、大抵、そんなものだ。

もっとも、そのまま済ませるのも気が引ける。4階に上がって西北西に面した窓を開ける。きのう雪雲に覆われていた山々は、なるほどミヤタさんのことばの通り、3日前とはまったく姿を変えていた。雪はここから更に、厚く積もるに違いない。

ところで今日は、10月24日に没した叔父の、いわゆる四十九日が営まれる。そういう次第にて、きのうのうちに用意しておいた白菊10本をたずさえて、朝のうちに如来寺のお墓へ行く。そして花立てを洗い、あらかじめその菊を供えておく。

9時30分をまわったところでスドー石材のオヤジさんに電話を入れる。納骨における石屋の役割は重要である。更には一周忌までにお墓に施すことも、確認をしておかなければならない。僕は3人の喪主をした経験から、このあたりについては詳しい。あるいは忘れても、訊けば的確に教えてもらえることを知っている。

法要は本堂にて11時に始まり、墓前にて12時20分に完了した。東京から来た従姉妹とその長男とは自宅で昼食を共にし、13時30分に解散をする。


朝飯 温泉玉子、菠薐草のおひたし、人参のスープ煮、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 薩摩芋の柚風味煮、鮭の「朝露」漬け焼き、揚げ湯波と人参と絹さやの炊き合わせ、菠薐草の胡麻和え、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、ミックスナッツの味噌和え、茸ごはん、揚げ湯波と蕪の味噌汁
晩飯 うずら豆、薩摩芋の柚風味煮揚げ湯波と人参と絹さやの炊き合わせ厚揚げ豆腐と水菜と牛肉の鍋、茸ごはん、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なすのたまり漬のからし和え、「松の司」の生酛純米酒(冷や)

2021.12.8(水) 作れと言いながら自分は買わない

毎朝、起きて最初にする行為は、パジャマから服に着替えることだ。しかしまぁ、こういうところから書き始めては、小学生の日記になってしまう。それでも続けてみれば、洗面を済ませると、何よりも先に仏壇の前に進み出て、その扉を開く。

仏壇の花は、朝と夕に水を換える。冬の花は、室温の低さにより、夏より格段に日持ちがする。それにしても、いま供えてある、家内が森友地区の農業協同組合で買った花は、異常なほど保っている。1週間は楽々と越えて、そろそろ10日に達するのではないか。

その花の、今朝も水を換えて仏壇の向かって左手に置く。次に蝋燭に火を着ける。今朝のマッチは、その軸が右手の親指と人差し指に巻かれたバンドエイドに粘着し、その結果、火消し壺に入らず脇に落ちた。軸に燃え続ける火は、息を強く吹きかけて消した。

仏壇の火が元で火事になり、焼け死んでしまう人がいる。脳や体の動きが緩慢になって以降は、蝋燭や線香には触らない方が無難だろう。

東アジアから東南アジアにかけての仏壇には、蝋燭の代わりとしての赤い電飾が目立つ。一方、線香は、おなじ地域においても蝋燭の火がなければ供えることはできない。

緑色の細長い棒の先端のみが赤く光る電気式の線香を、誰か売り出してくれないか。そう言いながら、自分は買わないと思うけれど。


朝飯 トマトのオムレツ、筑前煮、納豆、菠薐草の胡麻和え、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 白菜キムチをのせた冷や奴、鮪の刺身の「朝露」漬け、めかぶの酢の物、蕪の浅漬け、3種のかまぼこ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なすのたまり漬のからし和え、鶏肉と椎茸とシメジの「梅太郎赤味噌」炒り、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

2021.12.7(火) 星と月は天の穴

「雨が降ってるのに、空は晴れている」という詩が桑田佳祐にある。起きて洗面所のカーテンをずらすと、道は濡れているのに空には星が見えている。時刻は4時13分だった。

4時35分、先ほどの星を確かめようとして、食堂の窓に近づく。記憶した方角に、しかし星は見えない。「そんな馬鹿な」と窓を開け、空中に顔を突き出してみる。日光街道を疾走するトラックの、タイヤの水を切る音が聞こえてくる。雲が空一面に広がったらしい。

見つからないといえば、毎年、寄付を目的として社員の分も含めて買っているワカメの、車椅子の印のある袋が冷蔵庫から忽然と消えた。ワカメはいまだ、袋に3分の1は残っていたはずだ。これを欠くと、予備の乾燥ワカメを使うしかない。しかし乾燥ものは薄く、風味も生には遠く及ばない。あの肉厚の生ワカメは一体全体、どこに消えてしまったのだろう。

製造現場での、早朝の仕事が続いている。きのうは靴に水が染み込んで、靴下を濡らした。よって午前のうちにワークマンへ行く。そして手を使わなくても脱ぎ履きのできる、短いゴム靴を買う。英国製の洒落た品もあるにはあるが、僕には1,500円のもので充分だ。

夕食には何を食べたいかと訊く家内に、保育園へ出かけようとしていた孫は「お好み焼き」と答えた。お好み焼きを食事とする常識は、僕には無い。しかし孫がそう言うなら、僕は従うのみだ。夜はそのお好み焼きと焼きそばを肴にして焼酎のお湯割りを飲む。


朝飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、茹でたブロッコリー、しいたけのたまり炊と里芋のすき焼き風、納豆、菠薐草の胡麻和え、2種の蒲鉾、メシ、人参とセロリの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 めかぶの酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、お好み焼き、焼きそば、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、孫の残した羊羹、Old Parr(生)

2021.12.6(月) ムラキダン

このところの好天が今日は一変して、どんよりと曇った。真昼間とはいえ、まるで早朝か夕刻のような薄暗さだ。英国ではこのような天気を「ラグビー日和」と呼ぶという。本当だろうか。その空の下を、船村徹記念館まで歩く。

船村先生には生前、ひとかたならずお世話になった。一緒に食事をさせていただいたことも1度や2度ではない。そのこともあって、先生の弟子5人が日光に集うコンサート「船村徹を歌い継ぐ 演歌巡礼」には、できるだけ行こうと決めてきた。

今年のそれは6月12日に開かれると知って、5月に入場券を手に入れた。いまだ早い時期で、席は最前列を選べた。その6月12日の予定は3回目の緊急事態宣言により10月8日に延期をされた。その10月8日の予定はまたまた延期をされて、師走の今日まで延びた。払い戻しは可能だったが、その気は一切、起きなかった。

先生の晩年、使いとして上澤梅太郎商店に来てくれていたのはダイモンダンさんだった。今日の5人には、そのダイモンさんも含まれている。歌を歌うときの名前は村木弾。そして13時より、定数の半分だけ客を入れた小さなホールで贅沢な時間を味わわせていただく。終了後は隣接の道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場をまわり、15時20分に会社に戻る。


朝飯 酢蓮、納豆、コールスロー、筑前煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、ブロッコリーの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 トマトとレタスのサラダ2種のポタージュ浅蜊とトマトのスパゲティ「パンいしづか」のパンTIO PEPEChablis Billaud Simon 2015「與兵衛桃林堂」の薯蕷饅頭、いのこ餅、Old Parr(生)

2021.12.5(日) 飢え

覚えていられるものではないから、エディタの奥底に残している、昨年から今年にかけて、首都に出された新型コロナウイルス関連の宣言や措置は以下である。

緊急事態宣言(1回目)2020年4月7日~5月25日(延長1回)
緊急事態宣言(2回目)2021年1月8日~3月21日(延長2回)
まん延防止等重点措置(1回目)4月12日~4月24日
緊急事態宣言(3回目)2021年4月25日~6月20日(延長2回)
まん延防止等重点措置(2回目)6月21日~7月11日
緊急事態宣言(4回目)2021年7月12日~8月22日(後に8月31日まで延長、更に9月12日まで再延長、更に9月30日まで再々延長)

おととし、春日町1丁目の役員忘年会は、小倉町の居酒屋「和光」にて12月22日に開かれた。このとき我が日本の一般国民には、いまだ新型コロナウイルスの噂は届いていなかった。

上記の宣言や措置の隙間にあった昨年12月の、東京における新型コロナウイルスの新規感染者は1日あたり数百名。翌夏の数千名にくらべれば少ないものの、当時としては、世間をおののかせるに充分な数字だった。忘年会は「他の人」との接触を避けるため「汁飯香の店 隠居うわさわ」に場所を移して行われた。

今月、東京の1日あたりの新規感染者は10数名から20名。栃木県のそれは0名から数名。「今年も隠居で」という声もいただかないではなかったが、家内はできるだけ休ませたい。忘年会の場所は、おととしと同じ「和光」に戻した。

「居酒屋に集まって皆で飲む」という経験に飢えていたのだろう、18時の約束が、その10分前には全員が揃った。そしてそれから2時間と少々を、飲食と歓談にて過ごす。


朝飯 筑前煮、納豆、茹でたブロッコリーとコールスロー、じゃこ、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、舞茸の天ぷらと長葱の味噌汁
昼飯 長葱のつゆで食べるざるうどん
晩飯 「和光」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七其の八、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2021.12.4(土) 雨落ち

隠居の建物は残されている写真から、築150年は経ているものと想像される。その屋根は、1980年代の初めまではトタンで葺かれていた。元は瓦屋根だったものが1949年の今市地震で壊れ、しかし戦後の物資不足により復旧できないまま後代まで至ってしまったものと想像している。

その屋根は、というより建物全体は、1980年代の前半から中ごろにかけて、ほぼ元の姿に戻された。その際、雨樋を廃して設けられたのが雨落ちである。

雨落ちは風情のあるものだけれど、殊に落ち葉の季節は管理が面倒だ。作るときにはそのようなことは考えもしなかったに違いない。秋に植木屋が入れば彼らは落ち葉をブロワーで吹き飛ばす。しかし葉は彼らのいないときにも落ち続ける。

隠居係のタカハシリツコさんの苦労はいかばかりか。しかし石の間に入り込んでいるように見える落ち葉も、熊手を使うと意外や簡単に取り除くことができると、タカハシさんは教えてくれた。

取り扱いの面倒な雨落ちではあるけれど、隠居の建物が長く保っている背景には、この雨落ちがかなり貢献しているはずと、古建築に詳しい人に言われたことがある。雨落ちは建物が湿ることを強力に防いでくれるらしい。「汁飯香の店 隠居うわさわ」を開業するに当たって厨房の面積を広げるべく床板を外した2019年12月には確かに、床下の土が乾ききっていることに本職は驚いていた

さてその隠居は年が明ければ開業3年目を迎える。新年の店開きは1月8日。その土曜日から31日の月曜日までは「なめこのたまり炊」を使ったお雑煮も、品書きに加える。この雑煮はかなり美味い。これを肴に地酒をお楽しみくださるお客様がいらっしゃれば、とても嬉しい。


朝飯 コールスロー、納豆、筑前煮、温泉玉子、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、なすのたまり漬のからし和え、メシ、ブロッコリーの味噌汁
昼飯 長葱のつゆで食べるざるうどん
晩飯 ひじきと大豆の炊き合わせ、厚焼き玉子、豆腐と白菜の味噌汁トマトとレタスのサラダ鶏の唐揚げと揚げ餅「なすのたまり漬」のからし和え、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)

2021.12.3(金) 紙袋を長持ちさせる方法

紅葉狩りの観光客は毎年、旧体育の日つまり10月10日ちかくの週末から増え始めて、11月の勤労感謝の日を以て収束する。このことは今までに何度となく書いてきた。現在、日光や鬼怒川の景勝地や観光施設はまったく静かになっている、と思う。「思う」としか書けないのは、そこまで出かけて検証していないからだ。しかしまぁ、大体のことは想像できる。

観光のお客様がたくさんいらっしゃってくださっていた10日ほど前までは、釣り銭の両替は毎週のようにしていた。しかし以降、その頻度は極端に落ちた。それでもそろそろ特に5,000札と1円玉の在庫が減ってきた。よってこの日記に取りかかる前、今朝は5時すぎに両替のための種銭を銀行の紙袋に入れた。

銀行の紙袋はおなじものを2重にし、更に綿テープで全体を覆って補強してある。マジックインキで記した日付は「2021.0108」。ほぼ1年を経ても、びくともしていない。今朝はコンピュータ、デジタルカメラ、携帯電話と共にその袋も携えて事務室に降りた。

おとといの、早朝に窓を打つほど強かった雨は爆弾低気圧によるもので、屋根を飛ばされる被害もあったことを地元紙で知った。災害は年間を通じて皆無であって欲しい。これから正月にかけては特に、穏やかな日々の続いてくれることを願っている。


朝飯 スクランブルドエッグ、白菜のソテー、筑前煮、梅花はんぺん、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、豆腐と若布と玉葱の味噌汁
昼飯 サンドイッチ、ホットミルク
晩飯 ミックスナッツの味噌和えを添えたベビーリーフのサラダロールキャベツじゃがいものグラタンオリーブのパン林檎のジャムChablis Billaud Simon 2015エクレア、Old Parr(生)

2021.12.2(木) 着陸しない飛行機

2012年8月、バンコクのファランポーン駅から二等寝台列車でウボンラチャタニーを目指した。夜が明けると風は爽やかだった。朝日に向かって走る車両に右へ左へと激しく揺さぶられつつ「いつまでも着かなければいいのに」と思った

美味いスパゲティは「いつまでも無くならなければ良いのに」と、ひと口ごとに惜しまれる。面白い本は「いつまでも終わらなければ良いのに」と、残りのページの減るのが恨めしい。

何について調べていたときかは忘れた。とにかく一昨年の暮から昨年の正月にかけて、外神田の”gallery bauhaus”で小瀧達郎の写真展が開かれていたことを知った。そこからどうネット上を渡り歩いたかは覚えていない、田中長徳の「佃日記」に行き着いた。

その限定250部の豪華本は、amazonに古書で4,580円で出ていた。買おうか買うまいか数日のあいだ逡巡して、結局は「カートに入れる」ボタンをクリックした。

「古書であれば、失われている可能性もなくはない」と考えていたオリジナルプリントには141/250の通し番号が付いて、箱に収まっていた。付属の、田中長徳と島尾伸三による対談は面白い。本文は全509ページ。

田中長徳の、経験値の異様な高さによる筆の饒舌さは、たとえば彼の「日本名作写真59+1」あたりを開けば一目瞭然だ。しかしこの「佃日記」の文体は、日によってはむしろ偏奇館主人のそれに似る。

いつまでも着陸しない飛行機があれば、この枕のように分厚い本は、その中でこそ開きたい。


朝飯 酢蓮、納豆、菠薐草と榎茸のおひたし、牛肉のすき焼き風、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、ポタージュスープ
昼飯 ラーメン
晩飯 鮨あれこれだし巻き玉子、梅花はんぺん、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、「外池酒造店」の「燦爛夢ささら純米大吟醸」(燗)、わらび餅

2021.12.1(水) 新春まで

活字中毒ではあるけれど、家で本はほとんど読まない。家で読むのはほぼ、コンピュータやiPhoneのディスプレイに浮かぶ文字のみだ。なぜ本は外でばかり読みたいか。それは多分僕が本を読むという行いに、旅とおなじ非日常性を求めているからだ。本を日常に持ち込んでは勿体ない、という気持ちが頭のどこかにあるらしい。

しかしきのう11月30日の朝は、既にして書けていた28日の日記を「公開」し、29日の日記も完成させ、更には当日30日の日記にも目鼻を付けてしまった。他も含めれば日記の在庫は計7日分。時刻は5時30分。いまだ朝食には1時間の間がある。その余裕が本棚まで歩かせたのだろう、長男が貸してくれた菊池治男著「開高健は何をどう読み血肉にしたか」を1時間ほども読んだ。

今朝は雨が降っている。雨滴はときおり、南西に面した窓を叩く。風も強いらしい。外はいまだ夜とおなじ暗さだろうから、カーテンを巻き上げることはしない。荒井由実の歌でもっとも好きなのは「12月の雨」だ。

9時、きのう予約しておいたメールマガジンが一斉に配信される。「日光の美味七選」の最初のご注文をいただいたのは、9時01分19秒。本体価格1万円の限定40セットは43分間で完売した。この商品の荷作りは12月30日。健康に留意をしながら、新春まで駆け抜けるつもりである。


朝飯 納豆、酢蓮、菠薐草と榎茸のおひたし、じゃこ、蕪と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、トマトと若布と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ちらし鮨筑前煮、胡瓜のぬか漬け、刻みキャベツを添えたコロッケChablis Billaud Simon 2015「共働学舎新得農場」のレラ・ヘ・ミンタル、Givry 1er Cru La Brulee 2018

< 2021年11月の日記へ  2022年1月の日記へ >

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学