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清閑 PERSONAL DIARY

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2019.1.31(木) 金沢の雪

日本酒に特化した飲み会「本酒会」の旅行で金沢を訪れたのは、20年ちかく前のことだっただろうか。そう考えつつこの日記を検索すると、それは2001年1月21日から23日までの3日間と知れた。

その日は積もったばかりの雪を踏みつつ8時49分にJR今市駅を出発した。そこから宇都宮、大宮、越後湯沢、直江津と経由して金沢には14時9分に着いた。「街に雪はどれほど豊富だろうか」と胸を躍らせて来た金沢だったけれど、雪は街路樹の根元に残るのみで、大いに落胆をした。前日のテレビのニュースでは、北陸の大雪を伝えていたのだ。

人とは勝手なもので、冬に北国へ旅をするときには雪が多くあって欲しいと望みつつ、自分の生活圏内では、できれば雪は降って欲しくない。

昼食の後にスイッチを入れたテレビのニュースに、列島の地図が映し出される。明朝は東京でも雪の降る可能性があると説明しながら気象予報士が指した列島の地図の、雪の降る場所として白く塗りつぶされた帯の中には、我が日光も完全に収まっている。

17時30分に通用口を閉めようとして外へ出てみると、早くも、雨とは思われない小さな粒が空から落ちつつあった。明日はどれほど積もるだろう。戦々恐々の心境である。


朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまりだき」とほうれん草の玉子焼き、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 デコポンとベビーリーフのサラダ玉葱と白菜とベーコンのスープパン浅蜊と槍烏賊のスパゲティ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”“Chez Akabane”のリーフパイ、”Old Parr”(生)

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2019.1.30(水) 両名共に手元が危うい

朝飯に味噌汁は欠かせない。しかし夜は酒という水分を摂取することもあって、味噌汁はほとんど作ってこなかった。そうしたところ最近、2016年11月に生まれた孫がことのほか味噌汁を好むことを知った。そうであれば、これを用意しないわけにはいかない。

朝の味噌汁はほとんど僕が作る。その流れからすれば、夜の味噌汁も僕が作るべきだろう。孫は椎茸を好む。だったらなめこも好きだろうかと、今夜の味噌汁の具にはなめこを用意した。この、粘性のあるきのこを椎茸と同じく孫が食べるかどうかは不明である。

冷蔵庫を調べると、薬味になりそうな野菜は万能葱のみだったから、幼児には刺激が強すぎるかも知れないと考えて、代わりに若布を入れた。器は、1週間ほど前にウェブショップに注文して数日後に届いた朱塗りで、僕のものとおなじくユニバーサルデザインによる。

直径10.5cmの子供用のお椀ではあるけれど、それに、いまだそれほど温度を上げていないなめこの味噌汁をたっぷり注ぎ、孫の前へ置く。孫はそれを一気に飲み干し、お替わりをくれという。汁ばかりを飲ませては他のものが食べられなくなる。鍋からなめこのみを掬って孫の前へ置く。孫はそのなめこをひとつ残らず口の中へ入れて、ようやく気が済んだらしい。

これから孫と和食による夕食を摂る際には、味噌汁を作らなければならない。ひとあし先に酒など飲んでいる場合ではないのだ。


朝飯 大豆の炒り卵、蓮根のきんぴら、ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、たまり漬「刻みザクザク生姜」と同「おにおろしにんにく」による豚の生姜焼き、「らっきょうのたまり漬」を隠し味にしたポテトサラダ、松前漬け、白菜漬け、なめこと若布の味噌汁、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)、”Chez Akabane”のケーキ、”Old Parr”(生)


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2019.1.29(火) 道案内

地元の整形外科で処方された、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤は、おとといの昼からきのうの夜まで、およそ55時間ほど抜いても背中の痛みには何とか耐えることができた。そして今日は「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、6回目の施術日である。

今日の予約時間は10時30分だから割と早い。朝の諸々の用事を済ませて9時35分に会社を出る。僕はクルマでの移動はほとんどしないから道に疎い。宇都宮のカイロプラクティックへは、はじめの2回ほどはiPhoneのgoogleマップに頼った。しかし3回目からはさすがにその必要もなくなった。

電子ペンを患部に押し当てられたときの痛みは、前回26日のそれより更に弱くなった。姿勢やからだの使い方における長年の癖により凝り固まった筋肉は、順調にほぐれているらしい。

ところが帰路に着くと、またまた背中の痛みが強くなってきた。これがいわゆる好転反応なのかどうかは、素人の僕には分からない。家に帰って即、鎮痛剤を服用する。そして夜も鎮痛剤を飲んで早々に寝る。


朝飯 鮭の昆布巻き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜漬け、トマトと揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、鮭のバター焼き、白菜漬け、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)


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2019.1.28(月) 塩らっきょう

トンロー、つまりスクムビットsoi55… と書いて、この「つまり」は説明にも何もなっていないけれど続ける。そのトンローのパクソイ、つまりトンロー通りの根元から北へ向かって右側の歩道を往くと、間もなく右手に上出来の骨董屋が見えてくる。

昼ひなかでもその店は入口に鍵を掛けている。しかしドアの取っ手に手をかければ即、奥に控える人が駆け寄って鍵を外してくれる。店の中はまぁ、アリババの洞窟だ。自分には高価で買えない、あるいは大きくて持ち帰れない逸物がほとんどではあるけれど、ひとつ、磁器製の小さな高台が目に付いた。訊けば清代最後期のものだという。

商談が成立すると店の人はその高台を丁寧に包み、それを僕はホテルの部屋で更に、持参したエアクッションにくるんだ。

この器には、いつも塩らっきょうを盛る。塩らっきょうを盛って、これほど似合う器は初めてだ。タイではその後、節約に励んでいるため、その骨董屋には入っていない。前を歩くことはあるものの、いつも脇目で通り過ぎている。


朝飯 大根と豚三枚肉の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、柴漬け、塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、トマトとピーマンと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト、長芋の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」がけキムチ鍋、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)


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2019.1.27(日) 降雪

研究開発室に用事があって、早朝に仕事場へ降りる。すると裏玄関から出たところで消火栓のポンプがいつの間にか働き、工場内の床の一部が水浸しになっていることに気づいた。

24日に行われたキュービクル式高圧受電設備の交換に際しては、社内すべての配線がくまなく調べられ、翌25日には、齟齬のある部分につなぎ替えが施された。しかし消火栓の配電盤については、工事にあたった電気工事会社にも不明のところがあったという。本日は生憎と日曜日。よって明朝は即、防災担当の取引先に来てもらって、電気工事会社とすり合わせをしてもらうことを決める。築40年を過ぎた建物の中には、色々と分からないところがあるのだ。

1月は昇給の月にて、午前、子供を産み育てるために長期休暇を取っている以外の、すべての社員への給与辞令を作る。そしてそれに署名捺印をして、各々の給与明細と共に封筒に詰める。

通常、土曜日は平日の2倍いそがしく、日曜日は平日の3倍いそがしい。しかしこの週末に限っては不思議なことに、土曜日の売上げの方が良かった。

16時35分にお得意様から電話があり、すこし遅れても店を開けておくよう頼まれる。快諾をして店に立つうち、しかしそのお客様は閉店よりも前にご来店くださった。帰宅する社員に声をかけつつ3台のキャッシュレジスターを締めて4階に上がる。テレビのスイッチを入れると、豪栄道と貴景勝による結びの一番が始まるところだった。僕が相撲をもっとも面白く感じていたのは、富士櫻が全盛だった1980年前後だと思う。


朝飯 鮭の昆布巻き、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 トマトと人参とベーコンのスープ、林檎とレタスとチーズのサラダ、オムレツピッツァその1ピッツァその2ピッツァその3ピッツァその4、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″


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2019.1.26(土) 息つくひま

北千住07:42発の下り特急スペーシアに乗って、9時20分に帰社する。それからの2時間は、有り難いことに大型バス2台を含む少なくないお客様が入ってくださったこともあって、息をつくひまもない忙しさだった。

本日はまた「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、5回目の施術日だ。ホンダフィットの運転席に着き、宇都宮を目指して11時35分に会社を出る。

1回目に受けた低周波による治療では、その出力を最強にしても僕の症状の重さには効果を発揮しない。そう考えたらしい先生は、2回目からは道具を電子ペンに切り替えた。この治療器は、本体とペンを繋ぐ電線がからだに近づいただけで筋肉に電気が流れるほどだから、その手の感覚に弱い人は、説明を聞く前に逃げ出すかも知れない。しかしてそのペン先により感じる痛みは、前回のものよりも大分、軽くなっていた。

帰社すると時刻は14時20分。明日の朝に蔵出しする商品の数を包装係と決めるのは15時。以降17時までは、比較的おだやかな時間が流れる。

地元の整形外科で処方された、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、きのうは昼と夜、今日は昼のみの服用で何とか凌げた。

鎮痛剤を常用せざるを得ない人の話を耳にするたび「よくもまぁ、そんな不気味なことができるものだ」と感じていたが、いざ自分がからだに痛みを持つと、不気味さなどはどこへやら、痛苦を消すことが最優先になることを、文字通り身を以て知った。しかしいつまで鎮痛剤を飲み続けることはできない。全快の待たれるところである。


朝飯 「吉野家」の牛丼、生玉子、おしんこ、味噌汁
昼飯 「だるま食堂」のタンメン
晩飯 レタスと黄ピーマンとモッツァレラチーズのサラダクリームシチュー“Petit Chablis Billaud Simon 2015”小さなお菓子、”Old Parr”(生)


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2019.1.25(金) アルプス席とアリーナ席

テシマヨーちゃんは、稀代のデータベースソフト「マイツール」の伝道者のひとりだ。その、全国あちらこちらで月に1度ほどの頻度で開かれる小さな勉強会に、僕は昨年のうちから申し込んでいた。どちらかといえば引っ込み思案とされる日本人がほとんどの集まりであるにもかかわらず、人の発表を聴くアルプス席よりも、自分が発表するアリーナ席の方が先に埋まっていくところが面白い。それは、ヨーちゃんの巧みな手綱さばきによるところが大きいように僕は感じている。本日のアリーナ席は、以下の通り。

1.自社の日時MQ達成グラフ by クマキカオリ
2.「毎度お世話になります!名簿」 by ウワサワタクヤ
3.MT名簿で年賀状管理 by ワダノリコ
4.顧客名簿からのDMの抽出と分析 by ナガツカマモル
5.自社の2年分のデータ入力 by マエザワカズヒロ
6.V型ファイル、X型ファイルの活用法 by マエカワコータロー

今回の発表でもっとも驚いたのは、マイツールに触れて僅々2ヶ月にもかかわらず、自社の荒利が固定費をいつ超えるかを、日を追いつつ知ろうとするクマキカオリさんの試みだった。それにしても、弁当による夕食を摂りつつ21時まで続くこの勉強会は、中々に”tough”だ。

勉強の後の、いわゆる交流会にはほとんど顔を出さない僕ではあるけれど、今夜ばかりはつき合って、23時30分まで神田のお好み焼き屋に居つづける


朝飯 「ドトールコーヒーショップ」の熱々ハムチーズ、コーヒー
昼飯 「ラッキー屋」の赤魚鯛粕漬け定食
晩飯 勉強会の会場に出前の弁当、「日光味噌」の湯波とほうれん草のフリーズドライ味噌汁「おきばり屋」のあれやこれやそれやトマトハイ、それを濃くするためのナカ、チューハイ、それを濃くするためのナカ

2019.1.24(木) 後を託して

朝から工事の関係者が社内を忙しなく行き交う。きのうの日記にも書いた、キュービクル式高圧受電設備の交換が行われようとしている。それに伴う停電時間は9時から17時までの8時間。キュービクルの置かれる工場裏手では、関電工の高所作業車が、既にして電線の張りかえに当たっている。

「もう停電させていいですか」と、毎月キュービクルの点検に来ているコヤマアキラさんが言う。僕は腕の時計に目を遣りつつ「ちょっとまってください」と店まで走り、お客様が店内にいらっしゃらないことを確かめた上、停電の間もないことを社員に伝える。そうしてまた工場裏手まで走り、停電を許可する。

またまた店に走って戻る。トラックに載せられた発電機は動いているものの、同時にすべての回路に電力が供給されるわけではないらしい。数分のあいだ停電の続いていた店に、いきなり明かりが点る。胸をなで下ろす瞬間である。気がかりなのは、電話の主装置のバッテリーがビープ音を発し続けていることだ。工事を請け負ったヌマオ電工の社長によれば、大型の発電機を以てしても、負荷に耐えかねているという。よって店舗と事務室に置いた、電熱器などの電源を落としてみる。ここでビープ音はようやく消えた。

ところで本日の工事日程は、1週間ほど前に知らされた。しかし僕には今日と明日の予定が数ヶ月前から入っている。よって後のことは長男と社員に託して下今市10:05発の上り特急スペーシアに乗る。


朝飯 鶏卵雑炊、蓮根のきんぴら、じゃこ、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
昼飯 「つるまる」の鶏天わかめうどん
晩飯 「ひつじもん」のドライトマトのオイル漬け、グリーンサラダ、羊の肩ロースチーズの盛り合わせ“Terre Casali Montepulciano d’Abruzzo”


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2019.1.23(水) 昇給の説明

きのうの就寝が早かったため、目を覚ましたのは深夜の1時台だった。以降は覚醒と「浅き夢みし」とを繰り返して3時台に起床する。そして20日の分から滞っていた日記の、きのうまでの3日分を一気に作成する。

ここまでコンピュータに向かい続けても背中の痛みは大して感じず、よって12月25日から手放せなかった、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、今朝も抜いてみる。きのうの昼から丸一日のあいだ薬の世話にならずに過ごせたのは、快方へ向かっている証だろうか。

9時30分より、1月の昇給について説明をするため、本日出勤している社員にひとりずつ4階の応接間に来てもらう。当方の人員は僕と長男。昼の休憩をはさんで午後からは、販売係サイトーミホコさんのお母さんの告別式から戻った家内もその場に加わる。途中、背中の痛みが強くなってきたため、およそ30時間ぶりに鎮痛剤を飲む。

ところで昨年の11月1日から始まった、キュービクル式高圧受電設備を交換する工事が、その最終段階を迎えた。明日はいよいよ、新しいキュービクルが稼働を始める。それには新旧のつなぎ替えのための停電が伴う。停電する時間は9時から15時までの6時間。製造係は全員が休業。しかし販売係と事務係は出社をして通常の業務に当たる。店と事務室に電気を供給する発電機は、今日のうちに運ばれてきた。工事の終了日は、今月31日の予定である。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大豆の炒り卵、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐と若布とほうれん草の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 塩らっきょう鶏もも肉と厚揚げ豆腐とほうれん草の鍋、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)、いちご


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2019.1.22(火) 徐々に間遠に

白内障の、昨年の10月なかばに受けた手術に伴う定期的な診察は、今日のそれがひとつの区切りになる。はじめて目にする若い先生によれば、経過は順調とのことだった。これまで3ヶ月のあいだ注し続けてきた感染症を防ぐための3種の目薬も、いまある分を使い切れば、以降は不要になる。なお、術前にドライアイと診断されて処方を受けた目薬は、今後も注し続けるよう言われた。しかしこれについては多分、真面目に続けることはないだろう。目の乾きなど、自分では一切、感じないからだ。

ところで背中の痛みを和らげる鎮痛剤を、僕は昨年12月25日に街の整形外科で処方され、以降はこれに頼って1日に3回の服用を守ってきた。ところが本日、特急リバティの車内で本を読みながら、背中の痛みが昼を過ぎても訪れないことに気づいた。よって朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、今回は抜いてみることにした。きのうの晩の新橋でのカウンター活動が、筋肉の緊張をほどいたのだろうか。

昼すぎに帰社して短い仕事をこなしてから、今度はホンダフットで宇都宮を目指す。「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックで、4度目の治療を受けるためだ。そうして数千ボルトを発するという電子ペンを患部に押し当てられるなどの治療を受けて、夕刻に帰社する。

背骨と右の肩胛骨のあいだの痛みは増したり引いたりしているけれど、夕食を終えてもまたまた、おとといまでの耐えがたさは消えている。よって昼に続いて夜も、鎮痛剤を抜いてみる。


朝飯 「小諸蕎麦」のたぬきそば、ライス
昼飯 「カフェと~ぶ」のカレーライス(大盛り)、コーヒー
晩飯 蓮根のきんぴら、大豆の炒り卵、鯵の干物、巻湯波とほうれん草の炊き合わせ、大根と豚三枚肉の淡味炊き、塩らっきょう、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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