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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2020年2月の日記29本

2020.2.29(土) 既にして封緘済みの封筒に

水曜日の日記にも書いた通り、朝食に特化した「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、3月20日(金)、21日(土) 、22日(日)の3日間に、関係各方面の方々をお招きして内覧会を催す。その招待状は長男が作り、宛名のほとんどは家内が筆で書いた。

一方、政府はおととい、新型コロナウイルスによる肺炎の蔓延を防ぐため、多くの人の集まるスポーツの試合や文化活動の、3月15日までの中止を国民へ向けて要請した。これを受けて、ウイルスを恐れてのものではない、この「非常時」に集まりを持とうとしていることへの懸念について、きのう電話をくださった方がいた。

よって今朝は、招待状の、既にして封緘済みの封筒に逐一、それについてのご説明を手書きするよう、隠居係のタカハシリツコさんに頼んだ。この根気の要る仕事に、タカハシさんは午前中のすべてを使った。僕はその封筒を、できあがった順にトートバッグに入れ、3回に分けて、計28名様にお届けした。なお、招待状のうち郵送するものについては、タカハシさんが手書きしたとおなじ文章を印刷して、同封することとした。

さて内覧会には、どれほどの方が来てくださるだろう。3日間、6回に分けて開く会は席数の関係から、いずれも10名様前後の、こぢんまりとしたものになる予定である。


朝飯 蓮根のきんぴら、豚肉と切り昆布の炒り煮、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、目玉焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜漬け、メシ、トマトと揚げ湯波と大根の葉の茎の味噌汁
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注した白菜漬け、白菜漬けと豚三枚肉の鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2020.2.28(金) 日本にいては叶わない

あさっての夜に羽田空港へ行く。そして日が変わって20分後のタイ航空機に乗る。そろそろ荷物を作らなければならない。

旅における、もっとも大きな楽しみは本読みだ。「本など、どこででも読めるではないか」と言われれば、本はプールサイドの寝椅子で、あるいは地元の人の集うメシ屋で読みたい。日本にいては、それが叶わないのだ。

これまでインドシナへ出かけるときには、ほとんど決まって、ベトナム戦争に関する本を読んできた。なぜベトナム戦争かといえば、小学生のころから高等学校を出てもなお、それが新聞やテレビで伝えられない日はほとんどなく、それらの活字や映像が自分の中に沈潜、蓄積をされていったせいかも知れない。

そのような本を持ちながら、なぜベトナムではなくタイなのかと問われれば、これまで何度か訪れたベトナムには雰囲気として「勤勉」があり、対してタイの、特に田舎には緩やかな空気が満ちているからだ。神経の慰撫には「勤勉」より「緩やか」さの方が断然、環境としては優れている。

今回は、石川文洋の「ベトナムロード」を選んだ。帯には「戦場カメラマン石川文洋が見た統一13年目のベトナム」の文字がある。これを僕は1988年に初版で手に入れ、しかし32年ものあいだ本棚に温存してしまった。それは、これも含めた多くの本は「将来、インドシナに行ける日が来たら、そのときこそ現地で読もう」と考えたからだ。ベトナムはそのあいだに「統一44年目」を迎えている。

「ベトナムロード」は参考文献の列記も含めて348ページ。本読みに費やせる日数は7日間。活字が尽きれば旅の愉しさは半減する。予備の本は、何にしよう。


朝飯 胡麻豆腐による冷や奴、鮭の焼き漬け、なめこのたまり炊によるフワトロ玉子、蓮根のきんぴら、トマトとレタスのサラダ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と大根の葉の茎とのげ海苔の味噌汁
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 「バーミヤン」のあれこれ、紹興酒(常温)

2020.2.27(木) トロール外出

住所録の管理にコンピュータを使っている人は少なくない。しかしその住所録を、都度、様々な条件に従って並べ替えている人は、それほど多くないと思う。たとえば出張に出かける際に、先ずは郵便番号、それから住所で並べ替えれば、目的の会社あるいは人の周辺に、様々な場所や組織の存在することが分かる。「だったらこの機会に、どこへも行こう、誰にも会おう」と、一覧で判断をすることができる。これを西順一郎は著書「戦略的マイツール入門」に「トロール出張」と表現した。

職業柄、僕は遠くへ出かけることはほとんどない。しかし街で用足しをするときにはいつも、この「トロール出張」を思い出す。そして「あそこへ行くなら、ここにも寄れる。だったらこの用事も済ませてしまおう」と、それらを紙に書き出し、クルマのダッシュボードに貼る。

今日もそのようにして、営業車のホンダフィットは車検の最中にあるから、代車の日産マーチの運転席に着く。

そうして出かけたまでは良かったが、本日、何ヶ所目かの法務局に日産マーチを駐め、歩き出したところで法人カードを持ってこなかったことに気づく。免許証、保険証、病院の診察券、法人印、銀行の通帳、おなじく銀行の入金帳は持ちながら、法人カードはカバンに入れ忘れた。ここで「トロール外出」は一旦中止。仕方なく会社に戻る。

たとえ街なかのこととはいえ、準備にはもうすこし、念を入れることにしよう。


朝飯 納豆、菠薐草のソテー、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、鮭の焼き漬け、牛蒡と人参のきんぴら、メシ、ケープムーと大根の葉の茎と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鮑のバター焼き、ホウレンソウの胡麻和え、南瓜の煮付け、大根おろしを添えた鰤の照り焼き、蓮根のきんぴら、小海老とグリーンピースの天ぷら、らっきょうのたまり漬、「秋田清酒」の「刈穂渡船特別純米」(冷や)

2020.2.26(水) お客様に負うところ

13時30分に隠居へおもむくと、家内と長男は「リビングカマトク」のアキザワマサアキさんより厨房器具の使い方を教わっていた。おなじく「リビングカマトク」による食器はほとんど、数日前に洗われて食器棚に収まっている。僕は玄関を上がってすぐの6畳間で「ツクバ材木店」のツクバヒロミさんより名刺を受け取る。奥の6畳と8畳の部屋には本日、ツクバさんにより2棹のテーブルが据え付けられていた。

隠居には、今月21日より販売係のタカハシリツコさんが配置転換をされ、屋内の掃除はきのうまでにほとんど完了した。庭の灯籠の、傾きを直し接合部を接着剤で固定し、またそこここに点在した石を一ヶ所にまとめたスドー石材の仕事は、残すところわずかになっている。植木屋の「クリーンガーデン」は当初、6日間で仕事を終える手はずになっていたものの、池泉の土さらいに手間取って、その作業は今も続いている。

朝食に特化した「汁飯香の店 隠居うわさわ」の今後の予定は以下の通り。

・3月15日(日)、16日(月) 社員をお客様に見立てての練習
・3月20日(金)、21日(土) 、22日(日) 関係各方面の方々をご招待しての内覧会
・3月28(土) 新規開業

モダンなテーブルと椅子を築百数十年の建物に馴染ませるのは、我々なのか、お客様なのか。お客様に負うところが大きいと、僕は感じている。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、牡蠣の佃煮、メシ、大根の味噌汁
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 ジャガイモと玉葱のソテーの熱で柔らかくして食べるコンビーフ、TIO PEPE、人参と白菜とベーコンのスープ、3種の茸のソテー、ベビーリーフのサラダ、ハムステーキ、ジャガイモのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、団子、Old Parr(生)

2020.2.25(火) 日本人にしては

大学の登山部では、夜明け前の暗闇の中でもアイゼンが付けられるよう、練習を繰り返すという。暗闇の中でもタンスから服を出して身支度を調えられるというのが、僕の密かな自慢である。あるいはそんなことは、誰にでもできることだろうか。

自宅にwifiの電波は飛んでいない。インターネットにはiPhoneを通じてアクセスをする。しかし今朝はそのiPhoneが、ベッドのどこかにはあることは分かっていても、見つからない。よって既にして書けている日記の「公開ボタン」をクリックしたり、あるいは新しい日記を書くことができない。仕方なく英会話の勉強をすることにする。

僕には何か学習障害のようなものがあるのか、ビジネス書などの「利益を得ようとして読む本」は一切、読めない。自己啓発書などの「みずからを向上させようとして読む本」も同じく、読めない。しかし英会話の教則本くらいなら大丈夫だ。現在時刻は5時10分。そして6時10分までは、それを読み、付属のCDを聞く。

「日本人にしては英語を話しますね」と言われたことが、過去に3度ある。先ずはサイパンで、スカイダイビングのオーストラリア人の教官に言われた。次は同級生ウィルソンアキラ君の息子がアメリカから泊まりに来たときに言われた。3度目は、タイ最北部の山中でカレン人の高床式住居に泊まったとき、その家の娘に言われた。

先方は褒めているつもりでも「日本人にしては」の前置きが付いては、めでたさも半減どころか10分の1だ。

教則本に付属のCDの中で”That’s a waste”とアメリカ人が言っている。その”waste”と”waist”の発音の違いは、どんな塩梅だっただろう。アメリカ人は更に”We’ll see wheter the newspaper print the story”と言う。その”wheter”と”weather”の発音の違いは、どのあたりにあっただろう。

タイ語でアヒルはペッ、辛いもペッ。しかしてその違いが僕には分からない。赤シャツ組の頭目で、国を追われた政治家タクシンと、かつての王様タークシンの区別も僕にはつかない。

外国語の習得とは、まことに厄介なものである。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、納豆、グリーンピースの玉子とじ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、牡蠣の佃煮、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、盛り蕎麦、4種の日本酒(冷や)

2020.2.24(月) 在庫

今朝、コンピュータの中には、おととい、きのう、そして明日でも明後日でも使える、計3日分の日記の在庫がある。在庫は過剰でない限り、現金の残高と同じく、心を楽にする。

「そもそも日記など書かなければ、在庫の心配も、する必要はないではないか」と言われれば、まぁ、それはその通りだ。しかし日記を書くことは僕の趣味なので、仕方が無い。「明日でも明後日でも使える日記とは、おかしなことを言うものだ」と問われれば「そういえば先日…」とか「このところ…」など、今日でない日のことを書く日記は珍しくない。

とにかく3日分の在庫のうち、おととい22日の日記の「公開」ボタンをクリックし、ウェブ上に現れたそれを見ながら、すこしばかり修正を加える。時刻は4時10分。余裕綽々の時間配分である。そして今日の日記の、とりあえずはここまでを書く。

きのうの売上げ金額は、前年にくらべて隨分と良かった。その反動が翌日に来ることを、販売主任のハセガワタツヤ君は心配していた。しかしそれは杞憂となった。今日の実績も、また悪くはなかったからだ。

一方、新しい天皇誕生日の一般参賀は、コロナウイルスの集団感染を避けるため、中止をされた。コンサートやスポーツの試合においても、この動きは燎原の火のように広がっている。ウチの商品を使って下さっている食べ物関係のお店の中には、会合自粛の風潮を受けて、相次ぐキャンセルに憂いを増していらっしゃるところも少なくない。

事態の、一日も早い収束を祈らない人はいないだろう。


朝飯 五目サラダ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、牡蠣の佃煮、メシ、若布と菠薐草と人参の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 玉子と青梗菜の中華風炒め、トマトとレタスのサラダ、春巻き、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、バナナの春巻き

2020.2.23(日) 不思議の根拠

ウチの前で日光街道と交わる会津西街道が渋滞をしている。クルマはきのうから多かった。そして今日はきのう以上に混んでいる。三連休なら、その初日の土曜日がもっとも混みそうなものだが、不思議なこともあるものだ。あるいは渋滞の専門家からすれば、不思議でもなんでもない現象なのかも知れない。

道は、ちょうどよく流れているのがもっとも良い状態だと思う。そして閑散としている、あるいはクルマが高速で通り抜けるだけにくらべれば、また「賑わい」という観点からすれば、渋滞も、それほど悪いものでもないと思う。

事務室からは店の様子がガラス越しに見える。店が混み合うたび、事務室から店へ移動をして、販売を手伝う。あるいはお客様に商品のご説明をする。

各々のお客様が、それぞれの移動手段でお見えになるにもかかわらず、店というものは、混むときには一気に混む。そして空くときには一気に空く。そしてそれを日に何度も繰り返す。それが不思議でならない。あるいは人の心理や行動の専門家からすれば、不思議でもなんでもないことなのかも知れない。

販売係から配置転換されたタカハシリツコさんが掃除をしている隠居にも、日中に何度も足を運ぶ。隠居には、厨房を除けば4つの部屋がある。午前中は、そのもっとも奥まった部屋に、庭に面した6畳と8畳から茶箪笥や外した襖などを運び込んだ。これは、客間の掃除を一気に進めるための準備だ。今月の26日には、お客様用のテーブルが据え付けられる。それまでに、ほとんど一切の掃除は済ませておかなければならない。

午後にはタカハシさんに乞われて、より高い脚立を隠居に運ぶ。築百数十年前と思われる隠居の廊下には天井板がなく、垂木が露出をしている。そこに砥の粉のような白い汚れがある。より高い脚立は、それを濡れ布巾で拭くためのものだ。

空が、快晴を保ったまま暮れていく。ウチは、お客様が途切れない限り、店は閉めない。本日、店は定時を20分すぎて閉まった。


朝飯 牡蠣の佃煮、牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」によるお茶漬け
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 トマトとソーセージとピーマンのスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズケーキ、Old Parr(生)

2020.2.22(土) 御の字

僕の旅の日程は、半年でも1年でも前から決められる。それは、いつが忙しくて、いつがそれほどでもないか、ということが分かっているからだ。航空券は宇都宮の、懇意にしている旅行社に頼んでいる。僕の買う航空券は多分、誰でも知っているような、安くて有名な旅行会社のそれより安い。直前まで売れ残って投げ売りされる例を除けば、航空券は、早く注文をした方が安いような気がする。

その、宇都宮の旅行社からおととい、メールが入った。「3月2日の往路便に機材の変更があった。それにより、指定していた席65Cは、新しい機材の最後尾が64列のため無くなり、代わりに60Jで再指定をした」というのが、その内容だった。

飛行機の最後尾ちかくの席は、種々の理由により多くの人から敬遠をされる。客室乗務員も、経験を積んだ順に機の前方から配置をされるという。それではなぜ僕は最後部ちかくを好むか。それは「機内」という世間から隔絶された、ある種の静かさが好きだからだ。

旅行社の手配係には、了解した旨の返信を送った。

新型コロナウイルスの騒ぎにより、諸方で航空機の減便が続いている。機材の小型化くらいで済めば、それこそ御の字である。


朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊によるなめこおろし、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、牡蠣の佃煮、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの中華風煮奴、皮蛋、エビと野菜のあんかけ焼きそば、エビと春雨の酸っぱ辛い丼の頭だけ、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2020.2.21(金) 隠居の普請の最後のところ

事務机の左手に提げたカレンダーの、今日のところに「13:45 神社」の文字がある。よって昼食のための休みはいつもより早めに取ることにした。食後は白いシャツを着て赤と紺と緑の格子模様のネクタイを締め、ツイードの上着を着る。

冬の難点は服を重ねなければならないところと、何日か前の日記に書いた。英国製やオーストリア製の毛の上着は特に、暖かいことは暖かいものの、まるで鎧のように重い。

総鎮守瀧尾神社の鳥居をくぐって参道の石畳を行く。社務所の玄関には、既にしてたくさんの靴があった。僕が小学生のころまでは「今市時間」と、街の名を冠したことばがあった。これは、定刻を30分すぎてようやく人の集まることを指した。今はむかしの物語である。

本日は初会議。初会議とは、瀧尾神社の今年度のお祭を取り仕切る当番町が、それにかかわる役員を全町内の三役に紹介し、また諸々の報告、発表をして、参加者の賛同を得る集まりだ。今年の当番町は大谷向町。僕は責任役員として挨拶をさせていただいた。

神社の直会には日本酒が付きものだ。僕は小さな猪口に3杯ほどをいただいたろころで、周囲に、また大谷向町の方々に挨拶をして席を立った。時刻は14時を20分ほど回っていたように思う。

着替えて15時30分に隠居へ行く。そして家内、長男、本日より販売係から隠居の仕事に配置転換をされたタカハシリツコさん、そこにオタニ建具店のオタニさんに加わっていただき、普請の最後のところについて、打合せをする。また「汁飯香の店 隠居うわさわ」が開店すれば、お客様の出入り口になる辰巳に面した門に、暖簾かけを設ける件につき、現場の採寸をする。

隠居の建物は、先祖が遺し、おじいちゃんが増築をし、オヤジとオフクロがほぼ元の姿に戻した。そこに長男が修業から帰って以降、新しい息が吹き込まれつつある。最初は混乱もあるだろうけれど、ここを訪れる方々が楽しく過ごせる空間を、どうにかして創り上げていきたい。


朝飯 トマトのスクランブルドエッグ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、きのうの鍋の残りによる味噌汁
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 牛タンと白菜と人参のスープ、フランスパン、3種のパテ、Petit Chablis Billaud Simon 2016

2020.2.20(木) 予感

「10月は昼に18回も外食をした」と、昨年12月16日の日記に書いている。その、10月の外食の多さを反省し、11月は、宇都宮や東京へ出かけたとき、またお祝い事を除いては、昼の外食は4回に減った。翌12月は、他所の街へ出かけたり法事を除いては、昼の外食は皆無、年が明けて1月も皆無、そして今月も皆無で現在に至っている。昼に行きつけだった店の人は、不審に感じているかも知れない。

先月の末ちかくに、生まれて初めてインフルエンザに罹った。そしてこれが癒えると、1日に3度の食事は多いと感じるようになった。しばらくは朝と晩の2食を続け、今月の6日になってようやく昼食を摂る気分になった。しかしそれほどの量は欲しくない。そして選択をしたのが、分厚いトースト1枚にヨーグルト1椀である。

この昼食を始めて3日目に、バターを分厚く塗ったトーストに刻んだらっきょうのたまり漬を載せてみたところ、存外に美味かった。そして5日目からは、バターとジャムを塗った上にらっきょうのたまり漬を載せた。すると美味さの更に高まることが分かった。ただし、らっきょうのたまり漬は、ママレードには合わない。合うのは苺、ブルーベリー、無花果などのジャムである。

トーストの、甘いジャムの上にらっきょうのたまり漬を載せるとはかなりのゲテと、自分でも思う。思うけれども美味いものは仕方がない。これから少なくとも数日のあいだは、あるいはそれ以降も時々は、このトーストを食べていく予感がする。


朝飯 こんにゃくの煮つけ、牛蒡と人参のきんぴら、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、納豆、鮭の昆布巻き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜漬け、メシ、若布と白菜の味噌汁
昼飯 バターとママレードと無花果のジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、「百徳食品公司」の豆板醤で食べる白菜漬けと豚肉団子の鍋、麦焼酎「むぎっちょ」、松露饅頭、Old Parr(生)

2020.2.19(水) 冬は冬

冬は嫌いな季節ではない。むしろ好きかも知れない。冬に困るのは、服を重ねなくてはならないところだ。そして春は、花粉が飛ぶとはいえ、冬よりはよほど過ごしやすい。着るものが徐々に減って、遂にシャツ1枚で足りるほどの気温に達したときには、大変な嬉しさを感じる。

学生のころ頻繁に通った黒姫に、ことしは雪が無いと知って、心底、驚いた。それほどの暖冬である。しかし本日、植木屋の入っている隠居に、その仕事ぶりを見るため行ってみると、玄関のひさしの雨を受ける鉢には氷が張っていた。暖冬とはいえ、やはり冬は冬なのだ。

ところで先週の火曜日からきのうまでの8日のあいだ、夕食は自炊をしていた。その8回のうち7回は、洋食だった。それには、僕の最も好む酒がワインということと、夜は洋食を多く食べていただろうかという、遠い記憶が関係しているように思う。日本にいる限り、朝は和食でなくては我慢がならないというのもまた、子供のころからの習慣による。

今夜は家内がいて、久しぶりに焼酎を飲む。


朝飯 こんにゃくの煮つけ、コールスロー、鮭の焼き漬け、牛蒡と人参のきんぴら、生のトマト、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、鮭の昆布巻き、唐辛子の味噌漬け、牛タンと大根と白菜のスープ、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注した白菜漬け、牛タンのソテー、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、松露饅頭、Old Parr(生)

2020.2.18(火) おなじ活劇でも

起きて食堂に出ると、食器棚の電波時計は5時を1分、過ぎていた。「深夜を1分、過ぎていた」なら格好はついても、5時を過ぎてからの活動には著しい「損した感」を覚えざるを得ない。

「深夜プラス1」を「ハードボイルド小説の金字塔」と激賞するのは内藤陳だけではない。僕も大変な意気込みを以てこれを読み始めた。しかしまったく面白く感じられなかった。むしろ退屈だった。僕には多分、ハードボイルドという分野は合っていないのだ。国境を越えての逃亡劇に、シトロエンのDSを使うあたりにも違和感を覚えた。いかにも逃げ遅れて捕まりそうなクルマではないか。

「ジャズに最も似合いの食べ物は天ぷらだ」という原田芳雄の発言を「自分の好きなものを並べただけ」と茶化してみせたのはタモリだ。ギャビン・ライアルは洋の東西を分かたず売れた作家だから「シトロエンのDSが好きだっただけ」ではないだろう。もちろん、ここにメルセデスを持ってきても面白くも何ともないことは僕も分かっている。しかし「それにしても」の感は拭えない。

本棚の最上段、つまり「2度は読まないかも知れないものの、捨てるには惜しい」という中に、やはりクルマを使った活劇の、景山民夫による「虎口からの脱出」がある。それを取り出し、裏表紙から数ページを戻ってみると「1987.5.31-6.3」の記録があった。二段組248ページを4日で読み終えたのだから面白かったのだろう。「深夜プラス1」の方は処分をしてしまったのか、どこにも見あたらない。

ところでこの日記を書きながら「深夜プラス1」は、2016年に新訳の出ていたことを知る。「だったら」と一瞬、考え「でもな」と、その気持ちを打ち消す。


朝飯 鮭の焼き漬け、コールスロー、目玉焼き、菜花と小柱の辛子和え、牛蒡と人参のきんぴら、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
昼飯 バターとママレードとブルーベリージャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 レタスと生のトマトとコールスローと玉子焼きとハムのソテー、スパゲティナポリタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016

2020.2.17(月) どちらが先かは分からない

中華人民共和国の武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の、感染経路を明らかにしない患者が、国内の各所に発生し始めた。市場からマスクが一斉に消えたことは、今月8日の日記に書いた。その日記にはまた、一般的なアルコール、それも一斗缶入りのものであれば、いまだ購入できることも書いた。

蔵でしその実の選別をしているタカハシリツコさんに、不織布による使い捨ての帽子が少なくなっていることを知らされたのは、おとといの朝だった。即、町なかの、それの置いてありそうな店へ行く。店主に確かめると、見慣れた箱は棚にあって、胸をなでおろした。

すると今朝は、使い捨ての手袋が残り1枚と、またまたタカハシさんに知らされた。そこで研究開発室の、キッチンペーパーや塩素消毒薬の納めてある場所を覗いてみる。そこには幸いなことに、いまだ1箱の買い置きがあった。しかし1箱100枚入りであれば、50回の使用で枯渇する。

使い捨ての帽子のときと同じくホンダフィットに乗り、しかし今回は別の、郊外型の大型薬局へ行く。店の入口には、マスクの入荷の無いことを報せる大きな張り紙が目立つ。店内で、商品を陳列中の人に手袋の空き箱を見せ、おなじものがあるか訊く。案内された先には僕の求める手袋が幾箱もあった。

どうもこのところ、衛生に関する品を求める際には決まって「売り切れているのではないか」と、及び腰になる。しかしマスクのように騒がれているもの以外は、案外、市場にしっかりと流通しているようだ。

マスクは「騒ぎになった」から「売り切れた」のか、それとも「売り切れた」から「騒ぎになった」のか、については、僕の知見の及ぶところではない。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、春雨サラダ、スクランブルドエッグ、紫玉葱のマリネ、小柱と菜花の辛子和え、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 バターとママレードとブルーベリージャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 紫玉葱のマリネ、ポテトサラダ、TIO PEPE、ハムとトマトとピーマンのスパゲティ、チーズ、Petit Chablis Billaud Simon 2016

2020.2.16(日) 明確でも気づかない

目を覚まして枕の下からiPhoneを取り出し見る。時刻は2時台。起きるにはいかにも早すぎる。次に気がつくと、4時がちかくなっている。またまた眠りに落ちれば寝過ごしの恐れがある。よって即、起床して食堂に出る。時刻は4時15分。朝はやはり、これくらいの余裕は欲しい。

ところで「これくらいの余裕は欲しい」と書きながら、その空いた時間を何に使うかといえば、ほとんど何もしない。ことによると僕は、早朝の、何もしない時間を捻出するために規則正しい生活を送っているのかも知れない。

午前、すこし困ったことにつき、昨秋、コンピュータに記録した人に電話を入れる。話し合いは穏やかに進み、心配ごとは、とりあえず解決した。その結果を、本日は3名全員が出社した事務係に伝える。

ささやかなものではあるけれど、解放された気分を感じつつ4階の食堂に上がる。そしてお茶を淹れる。目の前の棚に、これまでその上に封筒が重ねられていたため気づかなかった、昨年に買ったバンコクの案内本が見える。amazonに注文をしたものの、届いてみれば、自分には用の無い本だった。僕は旅先では、ほぼ何もしない。何もしない人間に案内は不要である。それほど明確なことに、僕はなぜ気づかなかったのだろう。


朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、人参と牛蒡のきんぴら、トマトと南瓜とレタスのサラダ、菜花と小柱の辛子和え、ごぼうのたまり漬、沢庵の油炒め、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 バターとママレードとブルーベリージャムとらっきょうのたまり漬の焼きバゲット、ヨーグルト
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダ、TIO PEPE、刻みキャベツを添えたメンチカツ、チーズ、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982、苺のシュークリーム、Old Parr(生)

2020.2.15(土) お彼岸まで5週間

「こんなに明るくなっても、閉めちゃっていいんでしょうかね」と販売係のササキユータ君に訊かれたのは、記憶は定かではないけれど、10日か2週間ほども前のことだ。明るかろうが何だろうが、ウチは昨年の9月21日から、閉店時間は17時30分と決めた。野球の投手の登板間隔と同じく、このようなことは、決めたからには守らなくてはならない。それに、10日か2週間ほども前といえば2月のはじめで、17時30分の空は、いまだ夜に近かったはずだ。

僕の日程管理に検索をかけてみれば、国道121号線に沿って立つ看板の照明は、10月10日に電源を入れるよう記してある。しかしその電源をいつ切るかについての覚え書きは無い。10月10日といえば、秋彼岸の2週間後。とすれば、看板の電源を落とすのは春彼岸の2週間前、というあたりが順当かも知れない。

日本橋高島屋で2月12日から18日までの7日のあいだ開かれている「老舗名店味紀行」は、今日で中日を越えた。準備日から現場に詰めていたハセガワタツヤ君は本日、ササキユータ君と交代をする。そういう次第にて、15時45分にササキ君を東武日光線の下今市駅までホンダフィットで送る。

閉店直前の17時25分に、外へ出て空の具合を確かめる。看板の照明はやはり、いまだしばらくは、点けておく必要があるだろう。


朝飯 蕗と姫竹とグリーンピースの炊き合わせ、菠薐草のソテー、厚揚げ豆腐の網焼き、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、こんにゃくの煮つけ、ごぼうのたまり漬、メシ、菜花と茎若布の味噌汁
昼飯 バターとブルーベリージャムとらっきょうたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 春雨サラダ、なめこのたまり炊によるなめこおろし、河豚の唐揚げ、ごぼうのたまり漬、麦焼酎「安心院蔵」(お湯割り)、「岡埜栄泉」の大福、TIO PEPE

2020.2.14(金) タクシーでシンガポールへ行く話

警察の催しにオヤジと出かけて、町内の自動車整備工場「エガワ自動車」の脇まで戻ってくる。今日の移動手段はタクシー。オヤジはこのまま宇都宮へ行くという。それなら渡りに船だ。僕は夕刻の便で香港へ行く。宇都宮からは、羽田空港までのバスが出ている。

タクシーの運転手が、宇都宮へ向かう旨を会社に無線で知らせる。ところがタクシー会社の社長はそれを許さない。これほど陽気の良い日に宇都宮まで足を延ばすとは、ピクニックあるいはドライブで、それは仕事ではなく遊びだ、と言い張っているらしい。おかしな理屈もあるものだ。僕は怒り心頭に発し、その社長に電話を入れようとするが、うまく繋がらない。

事を荒立てる必要はない、運転は自分ですればいいのだと、オヤジはタクシーの運転席に着く。僕はスーツケースをトランクに収め、助手席のドアを開く。運転は自分でしながらタクシー料金は払うということに、僕はいまだ、釈然としない気持ちをかかえている。

タクシーはやがて宇都宮の街に達する。そこで小休止のため喫茶店に入る。強い日差しを避けるため、店のひさしは低い。薄暗く古ぼけた店の、簡素なテーブルに着く。客は白人ばかりだ。テーブルの真ん中には大きなガラス瓶があって、中にはバゲットが立ててある。左手ふたり目の女の人が、1本だけ残っていたそれをそこから取り出す。左隣の男の人は、そのバゲットに太く長いソーセージを挟み込んだ、巨大なホットドッグ状のものを食べている。

場所は、数十年前のシンガポールだった。喫茶店のオバサンが僕に近づいてくる。僕は熱いお茶を、なぜかタイ語で注文した。

眠りと覚醒の境界が薄れていく。枕の下でiPhoneが鳴る。時刻は5時。そこで、今日は製造現場に早朝の仕事のあったことに気づく。そして着替えて食堂に出て、先ずは湯沸かしの電源を入れる。


朝飯 鮭の焼き漬け、細切り人参の炒り煮、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、筑前煮、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とクレソンの味噌汁
昼飯 バターとブルーベリージャムとらっきょうのたまり漬のトースト、ヨーグルト
晩飯 トマトとクレソンとマカロニのサラダ、刻みキャベツを添えた牡蠣フライと鶏の唐揚げ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チョコレート、Old Parr(生)

2020.2.13(木) あの時代の旅行

「私は来年五月までニ渡米、南米からロオマのオリンピツクなどと考へて居ますがどうなりますやら」とは、昭和34年、つまり1959年10月13日の日付を記した、川端康成から三島由紀夫への手紙の一部だ。このとき川端は60歳。

今、1960年のローマオリンピックについて調べてみれば、開会式は8月25日とある。大作家の旅行なら、行く先々に案内役がいて、世話をしてくれることは間違いない。それにしても、5月にアメリカに入って南米に下り、そこから大西洋を横断して8月にイタリアとは大旅行で、川端はよほど体力に自信があったとみえる。

新潮文庫の「川端康成・三島由紀夫往復書簡」の巻末にある川端の年譜の、1960年には「五月、アメリカ国務省の招きで渡米。続けて七月に、ブラジルのサンパウロで開催された国際ペンクラブ大会に、ゲスト・オブ・オナーとして出席し、八月帰国」とある。川端は、本当に行ったのだ。

日本が海外への渡航を自由化したのは1964年。その4年前であれば、行く先々での不便は想像してあまりある。しかし逆に、面白いことも多々あったに違いない。同文庫の三島の年譜に目を移してみれば、こちらもまた、一旦海外に出れば、その旅程は数ヶ月に及ぶ。滅多に得られない機会ゆえ、それを最大限までしゃぶり尽くそうとしたのだろう。

「あの時代に小型のビデオカメラがあって、動画と音声が残されていたらなぁ」と、つくずく思う。川端や三島のそれに、ではない、あの時代の旅行というものに、興味があるのだ。


朝飯 蕗と姫竹の炊き合わせ、生玉子、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、牡蠣飯、菜花の味噌汁
昼飯 バターとブルーベリージャムとらっきょうのたまり漬のトースト、チーズ入りパン、ヨーグルト
晩飯 トマトとクレソンとマカロニのサラダ、ハムエッグ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、蓮根餅、TIO PEPE、チーズ、Old Parr(生)

2020.2.12(水) 隠居の厨房

3月下旬に開業する、朝食に特化した「汁飯香の店 隠居うわさわ」に、今日は厨房器具が設置をされる。企画担当の長男および調理担当の家内は日本橋高島屋へ出張中のため、現場監督は僕に託された。

昼食を早めに済ませて事務室で業者を待つ。13時に冷蔵庫が運ばれてくる。「職人さんは…」と、運転手が言う。「職人さんと言われても…」と困惑しているところに厨房機器の会社「タニコー」のトラック2台が到着をする。「なるほど職人さんとは彼らのことだったか」と、先ずは3人を隠居に案内する。

現場にもっとも近い駐車場を教え、隠居にトラックを後退で入れられる戸を開く。彼らはすぐに要領をのみこみ、次の行動に移った。そのうち厨房を設計した「リビングカマトク」のアキザワマサアキさんも到着する。

家庭用のそれよりはるかに大きな冷蔵庫やガス台や調理台が、果たして築150年の伝統家屋の、狭い隙間を縫って奥まで入れられるものだろうか。しかしさすがは本職、4時間と少々という時間は要したものの、すべては真新しい厨房に隙無く収まった。

一方、僕はその4時間と少々のあいだに家屋の内外をくまなく回り、これから解決すべきこと30件弱を箇条書きにした。試験操業は、1ヶ月の後に迫っている。


朝飯 茹でたブロッコリー、鮭の焼き漬け、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、細切り人参の炒り煮、沢庵の油炒め、ふきのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 バターとらっきょうのたまり漬とブルーベリーのジャムのトースト、ヨーグルト
晩飯 生のトマト、白菜漬け、Petit Chablis Billaud Simon 2016、ハッシュドビーフのソースをかけたスパゲティ、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982、チーズ、TIO PEPE

2020.2.11(火) 心ゆたかに

2月12日から18日までの7日のあいだ、日本橋高島屋で「老舗名店味紀行」という催しがある。場所は本館の地下1階。上澤梅太郎商店は、ここに参加をさせていただく。

準備は先月から怠りなく進められた。そして本日できたての品を載せて、長男と販売係のハセガワタツヤ君は14時に、使い初めのトヨタハイエースで会社を出発した。ハセガワ君は土曜日まで現場に詰め、日曜日からは代わってササキユータ君が売場に立つ。家内は昨年から東京に泊まり込むことを止め、日光と日本橋のあいだを通勤することになった。

これから8日か9日のあいだは、僕は夕食はひとりで摂る。暖冬とはいえ2月であれば、夜に外へ出る気はしない。出来の良し悪しは別として、自炊は一向に苦にならない。残り物や自作のあれこれに、ワインか焼酎さえあれば、心ゆたかに過ごせるというものだ。

終業後、ひと気のない製造現場に、明早朝に使う白衣や帽子やマスクを運ぶ。それから4階へ上がって湯船にお湯を溜める。タイマーは14分。そしていそいそと、夕食の準備に取りかかる。


朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、菠薐草のおひたし、厚揚げ豆腐の網焼き、細切り人参の炒り煮、鮭の焼き漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の茎の味噌汁
昼飯 玉葱と若布のうどん
晩飯 トマトのサラダ、おとといの夜に残った鶏肉とマカロニのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズ、Old Parr(生)

2020.2.10(月) 冬の景色

1982年から行きつけだった、住吉町のカトー床屋が昨年、店を閉めた。行きつけの床屋を換えるとは、行きつけの飲み屋を換えるよりも、ことによると難しい。オヤジさんが店を休みがちになった最後の1、2年から、新橋の大衆床屋をしばしば使うようになった。僕の仕事はほぼ年中無休で、決まった休みは無い。東京まで出てしまえば電話がかかってくることもなく、心も落ちつこうというものだ。

下今市07:45発の上り特急スペーシアに乗る。幾駅か過ぎたところで、すこし後ろの席の老人が、電話で誰かを責め始めた。「自分は4号車が良かったのに、そこは満席と、5号車に回された。しかし乗り込んでみれば、4号車には空席がたくさんあるではないか」と、くどくどと駅に苦情を述べ立てている。列車内での電話による通話は、デッキ部分に限られている。老人は、自分の正義にのみ忠実な人なのだろう。というか、こういう手合いは老人にこそ多い。

10時すぎに大衆床屋へ行く。待ち客は8人。ここできびすを返せば、次の機会は数週間後になるだろう。30分ほども待ってようやく僕の番になる。散髪は、カトー床屋の半分以下の、40分ほどで完了。そこから有楽町、銀座、日本橋と経由をして、夕刻に北千住に至る。それらいずれの場所でも空は晴れ上がり、太陽の光は建物や人に直射して、目に見えるすべてを平板にしている。とても美しい、冬の景色だ。


朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、納豆、なめこのたまり炊によるフワトロ玉子、細切り人参の炒り煮、茹でたブロッコリー、ごぼうのたまり漬、沢庵の油炒め、メシ、菜花の味噌汁
晩飯 「天七分店」のあれや、これや、他あれこれ、チューハイ、それを濃くするための「ナカ」、日本酒(燗)

2020.2.9(日) 孫よりも先に

夜明け前に製造現場に降りてはじめて、風の強く吹いていることに気づく。頭上から、屋根の風を切る音が聞こえる。蔵の、それぞれ北東と南西に面したシャッターが、大げさに言えば、アコーディオンの胴体のようにたわむ。それによって蔵の中の気圧が変わるのか、機械類を覆ったビニールシートが揺れる。このような夜を経た朝の掃除は、なかなか厄介だ。枯れ葉が、そこここに吹き寄せられるのだ。

風の強い朝はまた、空は綺麗に、鮮やかに澄むことが多い。今朝の空もその例に漏れず、雲は、東の彼方に少しばかりあるのみだった。

午前、食堂に森川七月の”& Jazz”を流しながら、1,000円札の新券と並券を50万円ずつ卓上に用意し、それらを交互に重ねていく。11曲目の”Your Song”の、歌詞が”So excuse me forgetting, but these things I do.”に差しかかったところで計100万円の釣り銭を作り終える。紅葉の時期ならいざ知らず、今はお客様も少ない。これだけあれば、こと1,000札に限っては、しばらく保つだろう。

夜は長男夫婦が留守にしたため、3歳3ヶ月の孫の面倒は家内が見る。夕食の後、風呂から上がって寝室に入ると、孫は僕の枕の横ではしゃいでいた。僕はいつものように横になり、天井の明かりが点いたままにも関わらず、即、眠りに落ちる。


朝飯 豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、納豆、菠薐草のおひたし、細切り人参の炒り煮、沢庵の油炒め、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 バターと苺ジャムとらっきょうのたまり漬のトースト、キャベツと豚肉のスープ
晩飯 トマトとブロッコリーのサラダ、鶏肉とマカロニのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、「久埜」の草餅、Old Parr(生)

2020.2.8(土) マスクに加えて

この歳で、全寮制の高等学校に入学した夢を見た。初めての環境に対する戸惑いは、48年前に経験したものと変わるところがなかった。幸いにも、というべきか、夢はすぐに終わった。目を覚ますと時刻は3時52分だった。

中華人民共和国の武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎が、留まることなく世界中に広がっている。中国以外でもっとも感染者の多く見つかっているのは日本だ。マスクは既にして市場から払底している。加えて医療用のアルコールも不足しているらしく、それを個人病院の院長が心配する様を、先日はテレビが伝えていた。

ウチでは社内の各部署にアルコールスプレーを備えている。各々の残量は充分ながら、そこに継ぎ足すための、大元の在庫が空になった。僕が目端の利く人間なら、肺炎についての報道が喧しくなりつつあった昨月のうちに注文をしていただろう。

心配をしながらいつもの店に電話を入れる。果たして一斗缶入りのそれは、いまだ普通に流通をしていたから胸をなでおろす。この18リットルを使い果たす頃には、騒ぎも収まっていて欲しいものと思う。


朝飯 納豆、じゃこをのせた菠薐草のおひたし、煮奴、細切り人参の炒り煮、牡蠣と切り昆布の甘辛煮、ごぼうのたまり漬、メシ、三つ葉の味噌汁
昼飯 バターとママレードを分厚く塗ったトースト、ヨーグルト
晩飯 ルッコラとベビーリーフのサラダ、チキンライス、ロールキャベツ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズ、Old Parr、“Chez Akabane”のショートケーキ

2020.2.7(金) 稼働開始

きのうは20時に寝室に入った。今朝は2時30分に目が覚めた。きのうは宴会だったから、普段よりも酒量は多かった。二日酔いにならなかったのは、二次会への誘いを丁重にお断りし、すると先方もそれ以上は押すことをしなかったからだ。多いにありがたい。

既にして書けていたおとといの日記に食事の画像をはめ込む。しかし最上部に置くべき大きな画像は用意できていないため「公開」ボタンはクリックできない。僕の日記では、よくあることだ。そしてきのうの日記を書き、やはり食事の画像のみ設置をする。

朝食の準備を始めるべき時間までは、いまだ充分に余裕がある。よって今日の日記のここまでも書く。24度に設定したエアコンディショナーの風を暖かく感じないのは、外の気温が低いせいだろう。春日町の交差点付近から聞こえていた夜間工事の音は、いつの間にか止んだ。

社員の出勤する時間になって、事務室のシャッターを上げる。そのとき改めて、きのう宴会で留守にしているあいだに、新しい営業車であるトヨタハイエースが届いていたことに気づく。このクルマは来週からの、日本橋高島屋での出張販売において、稼働開始の予定である。


朝飯 菠薐草のおひたし、細切り人参の炒り煮、揚げ玉と長葱を薬味にした冷や奴、ごぼうのたまり漬、沢庵の油炒め、牡蠣と切り昆布の甘辛煮、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 バターとママレードを分厚く塗ったトースト、ヨーグルト
晩飯 軟骨ソーキと大豆とブロッコリーと人参のスープ、レタスのサラダ、合鴨とトマトのスパゲティ、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982

2020.2.6(木) 分厚い上着

事務机の左手に掛けたカレンダーには、ボールペンで記した予定が、それぞれ色の異なる蛍光ペンでなぞられている。ピンクは仕事、黄色は仕事以外で人と関わりのあること、緑は個人の用事である。今日は総鎮守瀧尾神社の、年間のお祭を仕切る当番町が、春日町2丁目から大谷向町へ引き継がれることに伴う食事会が17時よりある。神社の責任役員としては、これを失念するわけにはいかない。

それはさておき、気温はきのうから急に下がった。ここまで暖冬と言われ続けてきたものの、皮肉なことに、立春を過ぎてより本来の寒さが到来したようだ。雪の無かった雪国には「ここを先途と」という勢いで雪が降っている。そして今日はきのうに増して寒い。山々を覆う雲がその裾をほんのすこし払うと、山肌には本来の冬を思い出させる白い色があった。

16時20分に4階へ上がる。そして白いシャツに毛の格子模様のネクタイを締め、ツイードのジャケットを着る。MAMMUTの苔色の帽子をかぶり、赤いマフラーを巻き、赤い手袋をする。そして会場までは家内にクルマで送ってもらう。

僕は気の利かないたちにて、どうも酌は苦手だ。しかし昨年から今年にかけて当番町の任を果たしてくださった春日町2丁目の方々、そしてことし当番町の重責を担っていただく大谷向町の方々には、酔う前に酌をさせていただく。

徒歩での帰り道には、分厚い上着や帽子やマフラーが役に立った。そして4階へ戻るなり入浴をして、20時に寝室に入る。


朝飯 牡蠣と切り昆布の甘辛煮、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、茹でたブロッコリー、沢庵の油炒め、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
晩飯 「あさの」の宴会膳あれや、これや、それや、他あれこれ、日本酒(燗)

2020.2.5(水) 調整

昨年1月の初回から数えて43回目の施術を、宇都宮の整体院で受ける。なぜこの整体院にそれほど通うことになったかは、この日記のところどころに書いてきた。ひと言で言えば、僕の人生史上、最強に、効くのだ。

「年間に40回以上も通わなくてはならないとは、効かない故なのではないか」と問われれば、とにかく、ここに通うきっかけとなった背中の痛みは、整形外科のブロック注射でも散らせないほどの、そして鎮痛剤の服用が欠かせない重篤さだったからだ。「効いたなら、もはや通う必要はないではないか」と問われれば、現在はほとんど、痛みを再発させないために通っている。

本日、先生は僕の右膝を見るなり「ずいぶんと膝らしい形になってきた」と言った。そしてここ2ヶ月ほど続いていた、太股の筋肉への、肱による荒療治はしなかった。その代わり、膝には9,000ボルトを発する電子ペンが押し当てられた。この電子ペンによる痛みはかなりのものだが、太股への強力かつ執拗な攻撃にくらべれば、いまだ我慢もできようというものだ。

次は今月の26日に予約を入れた。タイへ行く直前の、調整である。


朝飯 油揚げの網焼きと小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、沢庵の油炒め、茹でたブロッコリー、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
昼飯 「コメダ珈琲」のザ・厚切りピザトースト、カフェオレ
晩飯 南瓜の甘煮、沢庵の油炒め、刻みキャベツと茹でたブロッコリーを添えた牡蠣フライ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チョコレート、Old Parr

2020.2.4(火) 尾長

年末より店の犬走りに置いた万両の、その実は鳥にほとんど食べ尽くされた。鳥は先ず、お稲荷さんのある坪庭にちかいところに置かれた鉢の、赤い実を狙った。それ以降は、端から順に食べていったのか、あるいは紅白が交互に置かれた、先ずは赤い実を食べ、次に白い実に嘴を延ばしたのか、そこのところは分からない。とにかく紅白3鉢ずつ、計6鉢の万両は現在、見た目の良くないことになっている。

現況を報せるメールを「花一」のヤマサキジュンイチさんに送った。ヤマサキさんからは「即、新しい鉢の準備にかかるも、時節がら、すこし時間が欲しい」旨の返事が戻った。まったく遅きに失してしまった。僕の日程管理には「1月の末には万両に続く花を用意すべし」と記してあるものの、見逃していたのだ。

一方、昨年の2月に家内が鉢から坪庭に植え替えた万両は、一切、鳥に襲われていない。こちらは自然に任せるままにして、その実は小さい。それゆえの無事、なのかも知れない。

万両の実を食べる鳥の姿を目にしたことはない。しかしそのうるさい啼き声は聞こえる。多分、主には尾長の仕業だろう。


朝飯 油揚げの網焼きと小松菜の炊き合わせ、蕪と蕪の葉の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬、胡瓜と大根のぬか漬け、納豆、牡蠣と切り昆布の甘辛煮、メシ、若布と長葱の味噌汁
晩飯 春雨サラダ、沢庵の油炒め、水餃子、「紅星」の「二鍋頭酒 」(生)

2020.2.3(月) タンスの手前にタンスを置く

タンスの手前に更にタンスを置いている人を知っている。

タンスの手前に更にタンスを置けば、奥のタンスは使えない。しかし当の本人は、その自らの行いに、いささかの奇天烈さも感じていない。奥のタンスの中には、その人にとっての「お宝」が納めてあるのだろう、そして手前のタンスでは、日常の衣服が日々、出し入れされているのだ、多分。

タンスの手前に更にタンスを置く人を、しかし僕は嗤えない。

僕の本棚は奥行きが29cmある。時が経つに連れて、古い本は奥へと押し込められていき、新しい本が手前に増えてくる。そうするうち、奥には一体全体、どのような本があるか分からなくなった。

「はて、自分はあの本を持っていたはずだが、それはどこに行っただろう」と、このところ考えることが多くなってきた。そして今日は遂に、本棚の整理に手を着けた。整理、とはいえ捨てた本は1冊も無い。読み終えた本の一部、および当分のあいだ読まないだろう本を、空いている最上段に移しただけだ。それでも本棚は隨分と風通しの良い見た目になった。

脚立を降りたところに孫が節分の豆を撒きに来た。よってその様子を1枚だけ写真に撮る。「1枚だけ」とはいえ今の写真はほとんど紙には焼かない。だれか写真についての新しい数助詞を考えてくれないか。


朝飯 納豆、牡蠣と切り昆布の甘辛煮、蕪と蕪の葉の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、大根となめこの味噌汁
晩飯 千切りキャベツと生のトマトと茹でたブロッコリーを添えた牡蠣フライ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズ、Old Parr

2020.2.2(日) マスクを巡る騒動

2週間ほど前から騒がれ始めた新型コロナウイルスによる混乱が、いよいよ収拾のつかないところまで大きくなってきた。前例として語られるのがSARS(重症急性呼吸器症候群)で、しかし僕はこの2003年のことは、よく覚えていない。それに対して、2009年に流行したインフルエンザA(H1N1)の記憶は鮮明だ。海外からの航空機が日本の空港に着陸するなり、厚生労働省の職員が白衣にマスク姿で機内に乗り込み検疫をする、テレビによる映像は強烈だった。

そのときに見知った「住友3M」によるマスクを僕は即、ウェブ上に探し、まとまった量を購入した。ところが「手に入れた途端に安心する」という悪癖により、その、大仰な外観を持つマスクは使われないままどこかに仕舞われ、行方知れずになった。

「多分、2階の倉庫にあるはず」と数日前に探したところ、「住友3M」のそれは見つからなかったものの、他の機会に買い置きされた複数が目に付いた。よってそれらすべてを抱えて戻り、社員の誰もが利用できるよう、通路の棚に置く。


朝飯 牡蠣と切り昆布の甘辛煮、広島菜漬け、なめこのたまり炊、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 鴨鍋、麦焼酎「安心院蔵」(お湯割り)、チーズケーキ、金柑のコンポート、Old Parr(生)

2020.2.1(土) 食欲

目を覚ましてしばらくしても食欲は湧かない。仏壇に花と水とお茶を供えつつ、お茶のみをいただく。早朝の仕事に久しぶりに従い、そこから食堂へ戻っても、やはり食欲は感じない。そのうち社員の出てくる刻限になって、事務室へ降りる。

インフルエンザを経験したことのある事務係のカワタユキさんに、食欲について訊いてみる。快癒してから1週間ほどは、大して食欲は感じなかったという。包装主任のヤマダカオリさんによれば、インフルエンザの後は、食べたくて食べるのではなく、体力を保つために食べている感じだったという。

インフルエンザは、からだの各部に損傷を与える病気で、胃腸もその範疇に入る。治ってすぐのときには、その胃腸に負担をかけないよう、からだが食欲をしばし抑制する、という話も耳にした。「みんなもそうなのか」と、すこし安心をする。

ということは、来週あたりからまた、ほとんど常に腹を空かせ、あれやこれや食べたくて焦燥する、元の自分に戻る、ということだろうか。そして「蒲柳の質には、なりたくねぇよなぁ」と考える。


朝飯 生のトマト、豚三枚肉と切り昆布の炒り煮、揚げ玉、ごぼうのたまり漬、梅干しによるお茶漬け
晩飯 茹でたブロッコリー、“neu frank”のコンビーフ、千切りキャベツを添えた牡蠣フライ、TIO PEPE、Petit Chablis Billaud Simon 2016

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学