トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2026年2月の日記28本

2026.2.28(土) 一気呵成に

目を覚まして枕頭に体温計を手探りし、その細長いプラッスティック製のケースから取り出した本体を左の脇に差し入れる。数分後に音を発したそれをパジャマの胸元から取り出し、iPhoneに付属の灯りを点けてディスプレイの数字を見る。体温は予想に反して35.7℃まで落ちていた。腰の痛みを除いては、気分は平時のそれと変わらない。咳もだいぶ収まっている。よって寝台の下の乱れ籠に用意した服を身につけ、起床する。

洗面所を経由して食堂に来て、仏壇と自分のためのお茶を淹れる。直近の二日間は、家内に任せていたことだ。

WordPressを開いてみると、今週火曜日の日記は既に完成していた。しかしこれを公開すべき木曜日の朝には体温が37.7℃まで上がっていたため、起きてそれをする気が起きなかった。その火曜日の日記を公開する前に、本日土曜日の日記のここまでを書く。「日記は時系列にかかわらず、書けるときに書いておく」が、僕の流儀である。

そして火曜日の日記を公開した後は、滞っていた水曜日、木曜日、そして金曜日の日記を一気呵成に完成させる。

なお、熱は下がったものの大事を取って、仕事場へは朝のほんの短いあいだのみ降りた。以降は火曜日の日記に書いた一覧表に従って、旅の荷物を整える。


朝飯 お粥、なめこのたまり炊、ごぼうのたまり漬、カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」
昼飯 にゅうめん
晩飯 親子丼、ごぼうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」

2026.2.27(金) 川上、金田、別所、青田

今朝の体温は、またしても37.7℃。からだの具合が悪ければ、いつにも増して人の助けが必要になる。そのようなときにはいつも、ザ・ピーナッツとハナ肇による「おとっつぁん、おかゆができたわよ」「いつもすまねぇなぁ」の、いにしえのテレビの一場面が頭に浮かぶ。何の事やら分からない人は、検索エンジンに頼って欲しい。

きのう入れた予約に従って、10時20分にセキネクリニックへ行く。そして診察を受け、解熱、咳止め、去痰のための処方箋をもらう。その薬をハセガワ調剤薬局今市本町店で受け取って、家に戻る。

熱は収まってきたものの、咳は今日から頻繁になった。寝台の上では、痛む腰をかばって身体を丸くしたりする。

夕食は家族のそれが済んでからひとりで摂ると、家内には伝えておいた。やがて呼ばれた食堂のテレビでは、WBCの日本代表と中日ドラゴンズの試合が中継されていた。大谷の背番号は16。それを見て「あ、カワカミと同じだ」と、思わず声を漏らす。吉田正尚の背番号は34。それを見て「あ、カネダと同じだ」と、これまた声を漏らす。

プロ野球のニュースに別所毅彦が解説で出ると「あらベッショ、こんなに年とっちゃって」、青田昇が出れば「あらアオタ、こんなに年とっちゃって」と、オフクロは驚いた。そのころのオフクロよりも、今の僕は年長と思われる。時は流れる、のである。


朝飯 目玉焼き、ベーコンとブロッコリーのソテー、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、リンゴのジャムを添えたヨーグルト

2026.2.26(木) 不覚にも

きのうの上長会議のころより気管支が軽く苦しくなり始め、咳も出始めた。よってかかりつけのセキネクリニックで過去に処方された「ツムラ柴胡桂枝湯」を、夕刻と夜に服用した。

風呂上がりに腰と上半身にタオルを巻いた姿で食堂に来て水を飲み、その場でしばらく眠ってしまっても風邪はひかない。そのような自分を丈夫と感じつつ、しかし年に一、二度は具合を悪くする。そして今朝は、明らかに発熱をしている。だるいからだを引きずりつつ寝室から食堂へ行き、食器棚の引き出しから体温計を取り出し、寝台へ戻る。体温は37.7℃に達していた。

年に一、二度の不具合が、よりによってタイ行きを目前に控えて発生してしまった。しかも今日は木曜日で、個人営業の病院は大抵、休診である。「勉強仲間のカタヤマタカユキさんが風邪をこじらせて亡くなったのも木曜日だったな」と6年前のことを思い出す。

体温は、昼ごろには38.1℃まで上がった。もはや漢方薬では間に合わない。これまたセキネクリニックで過去に処方されたカロナール500を一錠だけ服用する。このことにより、体温は37.4℃まで下がった。

セキネクリニックの発熱外来の予約は、スマートフォンを用いて明日の10時30分に入れることができた。後は、栄養の補給と静養に努めるのみである。


朝飯 おかゆ、なめこのたまり炊、梅干
昼飯 プリン、ホットミルク
晩飯 刻みキャベツとトマトと茹でたブロッコリーを添えたコロッケ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ

2026.2.25(水) 発表と見学

上澤梅太郎商店は、月に一日の休みをいただいている。その日は「社内メンテナンスのため休ませていただきます。」と書かれた看板を店の前に置く。つまり店は休んでいても、建物の内外では維持補修整備のたぐいが行われている、ということだ。そしてその対象には、建物や設備など物理的なもの以外も含まれる。

今日は、分かってるようで、しかしその細部までは分からない、他部署の仕事を知るための発表会が行われた。先ずは販売、次は事務、裏の通路を抜けて製造、更に包装、最後は「汁飯香の店 隠居うわさわ」で締められた。

結論として、今日の企画は大変に良かった。他部署の仕事を、より知ることができたということの他に、発表の資料を作る課程で、自分の部署の仕事を振り返る機会にもなったからだ。若い人たちのお陰、経験の浅い人たちのお陰と、ひとえに感謝をする。

社内各部署での発表と見学は、予定は少し過ぎたものの、午前のうちに完了した。午後からは、経営者と各部署の上長が集まっての会議を、隠居にて催す。


朝飯 春雨と豚挽き肉の中華風炒め、スクランブルドエッグ、納豆、菠薐草のソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、トマトと菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 豚肉と厚揚げ豆腐とキノコと小松菜と若布の鍋、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、プリン、Old Parr(生)

2026.2.24(火) 150点

必要なものを登録しておき、それが準備でき次第チェックを入れていく、というスマートフォンのアプリケーションを、TikTokで目にしたことがある。しかしアナログ派の僕は、すぐ上にスワイプしてしまった。僕が使うのは、コンピュータのデータベースから紙に出力をした一覧表である。それによれば、3月2日からの旅の持ち物は、150点に及んでいた

150点とはいえ、たとえばパスポートや航空券やホテルの予約確認書のコピーはそれぞれA4の紙だから、重さも体積も皆無に等しい。また折りたたみ傘は一覧に含まれているものの、実際に持参したことはない。

極端な早寝早起きにて、目を覚ましてから朝食までのあいだにはかならず腹が減る。その空腹をなだめるためのスープは必須のため、それを保管してある二階の倉庫へ行く。粉末のコンソメスープは、12食が残っていた。今回ホテルで迎える朝は10回だから、大抵は間に合うだろう。

きのうamazonに注文した上下本は、早くも昼前に届いた。一冊あたりのページ数は600弱。現地では12日間を過ごすから、日に50ページ以上をこなせば、上巻だけでは足りなくなる。しかし僕の本の読み方は、行きつ戻りつ、また疑問の点は他の媒体を用いて調べつつで、時間がかかる。二冊を持つか、あるいは一冊に留めるかについては、これから数日のあいだ悩んでみることにしよう。


朝飯 トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、菠薐草のソテー、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」のキュウリのからし和えピータン鶏モモ肉の唐揚げあんかけ焼きそば麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2026.2.23(月) いよいよ

食器棚の電波時計は3時46分を指していた。昨日おとといとコンピュータは持参していたものの、日記を書く時間の余裕、また気持ちの余裕はなかった。だから今朝の早い目覚めは幸いだった。

きのう2月22日には「あと10日でタイ行きか」と、漠然と考えていた。しかし今朝になって食堂の小さなカレンダーに目を遣れば、今年の2月は28日までしかなく、よって6日後の夜には、自分は羽田空港にいる、ということが分かった。谷口正彦の「冒険準備学入門」をひもとくまでもなく、旅行の楽しみのかなりの部分は、その準備が占める。しかし残された時間はたったの6日。これは中々に忙しい。

先ずはamazonに本を注文する。この上下二巻は、数ヶ月前にはメルカリに安く出ていたものの、なにかのきっかけから僕はメルカリにログインできなくなっているから、それを手に入れることはできなかった。amazonの方は折に触れて調べていたものの、古書はほとんど出ず、出ても大して安くはなかったから、結局は二冊とも定価で買った。amazonに若干のポイントの残っていたことが、せめてもの慰めである。

ところで今日は「もう啓蟄か」と勘違いをしてしまうど、街に人が出た。「まさか、まだだよな」と検索エンジンに頼ったところ、今年の啓蟄は3月5日から20日までと出た。東京の青梅市では、25℃の夏日を観測したらしい。いよいよ冬ともおさらば、なのだろうか。


朝飯 春菊のおひたし、豆腐の玉子とじ、納豆、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と人参と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスのサラダ、木須肉、春雨と豚挽き肉の中華風炒め、チャーシュー、チャーハン、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2026.2.22(日) MG50周年記念フェスティバル(2日目)

今日の講演は9時から。一人目はカワイヨシフミさん、次はシミズノブヒロさん、締めは西佳恵先生。

僕は、ほぼどのような集団にも馴染みづらい性格である。その自分に仲間を与えてくれたのはMGである。MGを知り得ていなかったら、自分の世界は現在の100分の1ほどの広さに過ぎなかったと思う。MGに出会えていなかったら利益感度分析もSTRACも知らず、コンピュータをコンピュータらしく使うこともできないまま、今の今まで来てしまったことだろう。MGがなかったら、上澤梅太郎商店は、そして後継者の育成は、どうなっていただろう。MGには、ただ感謝のあるばかりだ。

参加者の、書き終えた感想文を手にした列は、東京プリンスホテルのプロビデンスホールを半周以上もする長さになった

ホテルの敷地から歩道へ出たばかりにもかかわらず、折良く東京慈恵医科大学病院の方からタクシーが来た。運転手には、飯倉から六本木の交差点を目指すよう言う。東京のタクシーの運転手の、このところの接客態度の良さには驚くばかりだ。

ひとり昼食を済ませて地下鉄日比谷線に乗る。はじめは銀座で降りるつもりであったものの、急に億劫になって、そのまま北千住を目指す。そしてその車内で、14:42発の下り特急の席を、東武鉄道のアプリケーションにて確保する。

帰って着替えて16時50分より店に立つ。環境のめまぐるしく変わった今日ではあったものの、忙しなさは感じなかった。夜は外へ出て、ひとり飲酒喫飯をする。


朝飯 「東京プリンスホテル」の朝のブッフェ
昼飯 「みそめぼれ」の塩おむすび豆腐と若布と万能葱の味噌汁
晩飯 「和光」のお通しの具だくさん汁鰹の刺身のたたき風槍烏賊のマヨネーズ和え、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

2026.2.21(土) MG50周年記念フェスティバル(1日目)

西順一郎先生がマネジメントゲームという画期的な教育を発表をしたのは1976年。その50周年の節目に講演をするよう、先生ご夫妻に依頼を受けたのは昨年夏のことだった。高いところに上がらせていただくような人間では、僕はない。しかし両先生からそれを言われれば、お断りをすることも憚られる。講演への準備については、直近の日記に書いてきた通りだ。会場の東京プリンスホテルには10時に着いた。

参加者は400名。基調講演はもちろん西順一郎先生。次いでチバヒトシさんショージカズヨシさん、そして最後は僕。

講演は、その持ち時間の延びることが多い。僕は16時からの予定ではあったけれど、壇に上がったのは16時10分。先生には17時に切り上げるよう言われたものの、そして話そうとしていたことの5分の1はきのうレジュメからバッサリと切り落としていたものの、結局は17時12分まで話し続けることになった。

会場を移しての大交流会は、18時30分から。日程表には20時30分までとあったような気もしたものの、20時がちかくなったところでその場を去り、部屋へ戻って入浴の後、すぐに就寝する。


朝飯 ほぐし塩鮭、納豆、擂り胡麻、梅干、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 「東京プリンスホテル」のいちごのショートケーキ、コーヒー
晩飯 「東京プリンスホテル」のあれやこれやそれや、他あれこれ、ビール、赤ワイン

2026.2.20(金) レジュメの作成

勉強仲間のテシマヨーさんに声をかけていただき、上澤梅太郎商店のコンピュータの使い方について、昨年の3月18日に、小さな発表をした。事前に準備をしたひとつが、自分の年表だった。その年表は、自画自賛ながら、参加者にとってはなかなか良い資料になったのではないかと感じた。その年表はもちろん、コンピュータに残した。そして今回は、そこに含まれる情報量を、この数週間で大幅に増やした。「年表にそのようなものをどのような方法で装備させるのか」と疑問に感じる人もいるだろうけれど、計算のためのマクロも組み込んだ。

その年表を紙に出力したもの、また文字による年表をより分かりやすくするため、より臨場感を持たせるための画像も、絵コンテのようにしてきのうは持参していた。そうしてきのうの日記に書いたように、それを元にして講演のレジュメの下書きをした。

今日は10時より、その下書きに従って、レジュメを清書した。講演は、立ったままするのか、あるいは座ってするのか分からない。よって立ったままでも、また演壇の照明が充分でなくても読めるよう、清書はフェルトペンを使い、大きな文字で書いた。文字を大きくしたこともあって、枚数はA3のコピー用紙で三枚になった。持ち時間は50分間。挨拶などに費やす時間を除けば45分間。とすれば一枚あたりに使える時間は僅々15分間で、よほど気をつけないと、制限時間を超える。しかも僕はその日の最後の講演者だから、参加者の気持ちは早くも、夜のパーティに向いている可能性が高い。

A3に三枚のレジュメは、明朝の上りの列車の中で、もう一度、見直すことにしよう。


朝飯 ウインナーソーセージのソテーを添えたスクランブルドエッグ、トマトとレタスのサラダ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスのサラダ三種の温野菜を添えた煮込みハンバーグステーキCono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018「和久傳」の「西湖」、Old Parr(生)

2026.2.19(木) 伊豆治療紀行(42回目の2日目)

きのうの就寝がいくら早かったとはいえ、0時台に目が覚めるとは、いささか参った。部屋は暖かくもなく、また寒くもない。枕元のコンセントに繋いだiPhoneでTikTokの動画を眺めたり、あるいはニュースを読んだり、あるいはふと興味の勃興したことについて検索エンジンに頼るなどをするうち5時台に至る。そして6時を回ったところで大風呂へ行き、きのうとおなじ「熱めの湯」の浴槽に浸かる。今朝のお湯の温度は、湯温計によれば42.7℃まで上がっていた。

朝食は、きのう夕食の場所から戻る途中で買ったサンドイッチとコーヒー。そうして7時50分に宿を出てレンタカーに乗り込み、取りあえずは南へ進路を取る。

いかにもむかしの峠道といった風情の裏道から国道135号に出ると、特に上り線の渋滞は、きのうほどのものでもなかった。いまだ時間が早いせいかもしれない。

今日の治療も幸いなことに、それほど辛くはなかった。レンタカーを伊東駅前の営業所へ戻し、10:57発の熱海行きに乗る。家内とは新幹線の車内で別れ、新橋へと向かう。

先ずはいつもの大衆床屋で散髪。軽く昼食を済ませたら、銀座線で京橋に移動をして、モンベルの大きな店でオレンジ色の手袋を買う。オフクロが遺した毛糸の赤い手袋は、自転車のハンドルを握る部分がすり切れてきたため、潔く捨てる予定である。と、ここでキーボードを打つ手が止まる。「毛糸の赤い手袋」とすべきか、それとも「赤い毛糸の手袋」とすべきか迷ったのだ。

学生のころ、神保町の岩波ビルの上階にあった、英会話の学校へ通っていた。Elizabethとう名の若い英国人の先生は”red big car”は誤りで”big red car”が正しいと教えてくれた。日本語にもそのような法則は、あるのだろうか。

京橋からは銀座を経由して本郷三丁目に至る。約束の場所には約束の時間より10分以上はやく着いた。取引先は既にして、その場所に来ていた。商談は想像していたより早く済んだ。そこから戻った銀座では、誰でもただで使うことのできる机に資料を広げ、あさってする講演のレジュメの下書きを作る。

家内とは17時20分に、歌舞伎座の地下で待ち合わせていた。そしてそこからほどちかい店で夕食を摂り、21時すぎに帰宅を果たす。


朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、カフェラテ
昼飯 「ドトール」のチーズ in ミラノサンドA、コーヒー
晩飯 「パリのワイン食堂」の帆立貝とスモークトサーモンのパテロールキャベツ、カラフの白ワイン、グラスの赤ワイン、林檎のタルトエスプレッソ

2026.2.18(水) 伊豆治療紀行(42回目の1日目)

下今市10:53発の上り特急リバティきぬ122号に乗れば、自分の好みとする経路、列車を使って伊東には14時51分に着く。僕は、JRを使っての長距離の移動には慣れないから、ひとりで伊東へ行く際には、どの駅に何時に着いて、そこから何時に出る列車に乗ってと、そのたび紙に覚え書きをして、それをポケットに入れる。あの広大なスワンナプーム空港での乗り継ぎに際しては、そのようなものはまったく必要としないにもかかわらず、である。

伊東の駅前で借りたレンタカーで、先ずは今夜の宿にチェックインをし、荷物を置いたら慌ただしく、ふたたびレンタカーに乗り込む。「伊豆痛みの専門整体院」のワタナベ先生に指定をされた時刻は16時だから、いささか忙しい。

9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は、患部の状態が悪いほど痛い。その痛みをできるだけ感じたくないため、からだの各部が悪くなる前に、いわば予防のために、僕はこの整体院に通っているのだ。

仕事により一日目の治療は受けられなかった家内を、19時に伊豆駅に迎える。そうして馴染みの店で夕食を摂り、宿へ戻って早々に入浴をする。伊東の温泉の温度は、おしなべて高くない。ふたつある浴槽は、いつも「熱めの湯」を選ぶ。それでも湯温計は41.7に過ぎない。就寝は、21時より随分と前だったような気がする。


朝飯 白菜、ソーセージエッグ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布の味噌汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 「かっぽれ」の刺身の盛り合わせ野菜の揚げだし黒ムツの煮つけ豚肉と長葱の串焼き釜飯日本酒「大関」(燗)

2026.2.17(火) 酸素の欠乏した状態

窓から外を見て「日陰の雪は、なかなか融けないな」と、何気なく思った。しかし、それはきのうの夜から今朝にかけて降った雪と、家内は断じた。そう言われてみれば、きのうの夕刻の空は、いかにも雪を降らせそうな様子だった。ただし「まさか」という気持ちもあった。いずれにしても、大したことにはならなくて良かった。

8時の朝礼の後は、ひとり開店の準備をする。開店の8時30分を前に販売係のカトーユキさんが出勤をしたため、僕は隠居へ行く。直近の「汁飯香の店 隠居うわさわ」には海外からの方を含む11名様のご予約をいただいている。よって床の間から柏木弘の”UNTITLED 08-III”を降ろし、河井寛次郎の「喜者開扉」にかけ替える。抽象画より筆文字の方が、彼らには喜ばれそうな気がしたからだ。雪は、隠居の庭もうっすらと白くしていた。

ところで気分に余裕があったのは、そのあたりまでのことだった。以降はいかにも気ぜわしく、脳を異常に働かせたせいか、あるいは脳を異常に空回りさせたせいか、数時間は酸素の欠乏した状態だった。そして腹は、午後も半ばになるまで空かなかった。

ようやく人心地を取り戻したのは、16時を過ぎるころ。夜は早めに入浴をして、早めに寝室に入る。


朝飯 鮭の昆布巻、菠薐草のソテーを添えたスクランブルドエッグ、しもつかり、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ウフマヨネーズスパゲティミートソースCono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018焼き菓子、Old Parr(生)

2026.2.16(月) むかしは簡単に買えた時計

2006年7月に「サイトー君のメルセデス」という文章を書いた。昨年の11月30日には、そのサイトーさんが、いにしえのメルセデスと同じ銀色の、しかし今度はフェラーリで店に来てくれた。その際サイトーさんは、自身が蒐集した品の展覧会の案内をくれた。たまたま東京に用事のあった僕は、翌12日1日に日本橋の古美術店を訪れ、置かれている品々に圧倒をされた

そのサイトーさんはきのうも店に現れて、少なくない買い物をしてくださった。大きな紙袋を提げつつ店を出るとサイトーさんは「今度、アルファロメオ、見せてよ」と、僕に笑顔を向けた。「だったらこれから」と、僕は答えた。

いわゆる「段付き」の”GT1300 Junior”のダッシュボードには、ホイヤーのラリーマスターと”WIPAC”のエルボーランプが取り付けられている。今は亡きバンノーセーイチさんの仕事である。EBエンジニアリングのタシロジュンイチさんが手を入れれば、二本のカムシャフトを持つ四気筒は、すぐにでも息を吹き返すだろう。

車庫から店の駐車場に戻ったサイトーさんは、456GTの操縦席に乗り込み、国道121号線を北へと去った。サイトーさんとのつきあいは、途中で長く途切れながら、いつの間にか数十年におよぶ。しかし携帯電話の番号も知らなければ、メールアドレスも知らない。次に顔を合わせるのは、いつ、どこで、になるだろう。


朝飯 鮭の昆布巻、しもつかり、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、トマトと若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 白菜漬け、しもつかりカレー南蛮鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2026.2.15(日) 24リットル

オヤジの日常の履物は日光下駄だった。日光下駄とは、足を乗せるところに畳表を敷いたもので、冬でも足の裏は寒くない。その日光下駄をオヤジは死ぬまで保つ分として数を確保し、しかしすべてを使い切る前に亡くなった。

僕にとってリステリンは必需品である。それがそろそろ枯渇しそうになってきたため、先ずはいつも買っている店をウェブ上に訪ねてみた。するとそちらは現在、1リットルのボトルを5本までしか買えない仕組みになっていた。5本では話にならない。幸い間もなく、安くて在庫は無制限という店が見つかった。僕はすこし迷ってから、2ダースを買い物カゴに入れた。

過去に買ったリステリンを小遣い帳に検索すると、僕は1リットルのリステリンを、およそ50日で空にしていた。ということは、24リットルのそれは40ヶ月のあいだ保つことになる。それまでに死ぬことはないと思う反面、意外とあっさり死ぬ人もいる。これからは買いだめも、よく考えてからする必要があるように思う。

それはさておき今日は、ユニクロの超極暖タートルネックTにパタゴニアのR1エアクルーを重ね、無印良品の防水防風のスモックを着る、というこれまでの服装が、すこし厚めに感じられた。いよいよ春がちかくなってきた、ということだろうか。


朝飯 しもつかり、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと揚げ玉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 シメジと小海老と明太子のスパゲティChablis Billaud Simon 2018バナナのショートケーキ、Old Parr(生)

2026.2.14(土) 梅の具合

朝の一連のことをこなして後は食堂の丸テーブルにコンピュータを開き、あちらこちらを逍遥する。しかして後に「さて、日記に取りかかろうか」と考えつつふと視線を上げると、食器棚の電波時計はいまだ5時10分にもなっていない。どのような理由によるものかは不明ながら「6時を過ぎたに違いない」と思い込んでいただけに、この60分間のボーナスは嬉しかった。

夜の明ける前の南の空の、それほど高くないところに旧暦12月27日の月が見える。鎌のように細くても、新月までは、いまだ数日を残している。ところで朝の月は東に出たり、ときには西の空に浮かんでいたりと、ところ問わずのところがある。その理由を天文に詳しい人に訊かないのは、訊けば余計に分からなくなるからだ。

さてこの週末も「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業が始まる。よって食材を入れた、決して軽くない袋を提げて、家内と共に隠居へ向かう。6時の空は、ここ数日で急に明るくなった。すべてのお客様のお帰りになった午後にふたたび来て、梅の具合を観たいと思う。


朝飯 揚げ玉、梅干、揚げ湯波の甘辛煮、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 しもつかり、なめこのたまり炊、白菜漬け、豆腐とキノコと菠薐草と豚肉の鍋、麦焼酎「麦っちょ」(お湯割り)、「久埜」の草餅、Old Parr(生)

2026.2.13(金) 南よりは北

いまだ6時になる前から、東の空に紅みが差してきた。それに気づいて「よし、よし、よし、いいぞ」と、思わず声を漏らす。

“merry”とGoogle翻訳に入れると「陽気な」「楽しい」「楽しげ」「うきうきした」と、肯定的な日本語が出てくる。クリスマスがなぜ”merry”かといえば、そのころがちょうど冬至に重なるからだ。夜明けは徐々に早くなり、夕刻の日は、それまでとは段違いに、ゆっくりと引いていく。多いに有り難い。

その、空の紅みを眺めつつ”udon thani temperature”と検索エンジンに入れてみる。直近一週間の最高気温は34℃、最低気温は20℃。次は”chiang rai temperature”と入れてみる。こちらのそれは32℃と16℃だった。これから二週間を経れば、チェンライの最低気温も、もうすこしは上がるだろう。

午後になって、9月の仕事の予定が具体的になってくる。「そうであれば」と、3月と5月に続いて、9月から10月にかけての訪タイの日程を決める。行き先は国境のちかく。南よりは北が有力、かも知れない。


朝飯 玉子焼き、揚げ湯波の甘辛煮、白菜漬け、鮭の焼きほぐし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ベビーリーフを添えたハヤシライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018シフォンケーキ、Old Parr(生)

2026.2.12(木) 好天を待って

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の5月の予約ページを食卓で整えながら、ふと気づくと東の空が紅く染まり始めていた。ここしばらくは、雪などで暗い朝が続いていた。そのせいか、今朝の、空のもっとも美しくなる時刻は、数日前のそれにくらべていきなり早くなった気がした。うかうかしていては、その紅みはすぐに失われる。よって部屋着のまま屋上へ上がり、凍りついた夜露を慎重に踏みながら、南東の端まで歩を進める。

数年前より、朝食の写真は自然光で撮ることとしている。きのうのそれは光が足りなくて、いかにiPhoneの画像処理エンジンを用いても、ノイズが目立った。そのような環境の下では、TikTokに「梅太郎」のアカウントで続けている朝食の動画も撮れない。取りあえずは翌日つまり今朝の好天に期待をし、それは無事に叶った

9時から18時までは、各方面からの3名の専門家と共に話し合いを持つ。話し合いとはいえ僕はその場にいるのみにて、大した発言はしない。販売係のサイトーミホコさんが17時30分に退社してからは、ひとり閉店の作業をする。


朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、白菜漬け、トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ薩摩芋のチーズ焼きブロッコリーのバターソテービーフシチューCono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018ショートケーキ、Old Parr(生)

2026.2.11(水) 第22回全日本しもつかれコンテスト

「日光 今市 花市 歴史」と検索しても、具体的な数字は出てこない。とにかく今日は花市の日だ。僕が子供のころは国道119号線の瀧尾神社から追分地蔵尊までの800メートルに、それが交通の妨げということになってからは、瀧尾神社から芝崎新道を経て桜木町からJR通りまで、その後は年により場所を変え、現在はJR通りとその周辺で開かれている。

花市ではダルマや熊手、セルロイド製の縁起物など、むかしからのものも売られている。しかしもっとも多いのは食べものの露店だろう。僕が子供のころは、龍の一筆書き、口に含んでしゃべると面白い声に変わる玩具、ガマの油、陶磁器のたたき売り、果ては子供だましのルーレット賭博まであった。しかし今はすっかり画一化されてしまった。

子供のころこそ楽しみで仕方なかった花市も、今年は寒さが先に立って、見物に出かける気は起きなかった。一方、この日に合わせて道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で開かれる「第22回全日本しもつかれコンテスト」には「汁飯香の店 隠居うわさわ」も出場をしている。よってその会場へは顔を出した。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」に割り当てられたブースには、隠居のしもつかりに使っている伝統野菜「唐風呂大根」の作り手であるワガツマアキノリさんと、日本橋高島屋での一週間の出張から戻ったばかりの長男が立っていた。

優勝は逃したものの、「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、百年以上も前からのレシピによるしもつかりは、お陰様で評判が良い。家内は今夜にも、追加の分を作るだろう。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、スクランブルドエッグ、納豆、菠薐草のソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜の天ぷらを具にした味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「和光」のあれやこれやそれや他あれこれ、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

2026.2.10(火) SSDの増設

きのうの早朝、コンピュータに不審な挙動が現れた。パッドを操作しても、ポインタが思うところに移動しないのだ。再起動をしようにも、ポインタが効かなければ通常の手順は踏めない。コントロールキーとオルトキーとデリートキーを同時に押してサインアウトする。ところが次の画面に出るはずの、パスワードを入力する枠はいつまでも現れない。仕方なくバッテリーを外すという、Windowsの黎明期には頻繁に用いた非常手段によりコンピュータの電源を落とす。

そして今度はiPhoneにメッセンジャーを開き、現在の状況を、外注SEのシバタサトシさんに知らせる。早朝にもかわらずシバタさんからは直ぐに、翌日つまり今日の午前に来社する旨の返信が届いた。

僕のコンピュータの変遷は、以下の通りだ。

1992.0414 RICOH LXN20
1994.0805 RICOH αNOTE
1995.1016 ThinkPad 530
1997.0305 ThinkPad 535
1999.0524 ThinkPad 535X
2000.0816 ThinkPad 240X
2001.0927 ThinkPad s30
2002.0820 ThinkPad s30
2003.1017 ThinkPad X31
2004.1227 ThinkPad X31
2006.0823 ThinkPad X60
2008.0325 ThinkPad X61
2011.0804 Let’s note N10
2019.0629 Let’s note CF-SV

IBMからLenovo GroupへのPC部門売却により品質の落ちたThink Padに見切りをつけ、Let’s note N10に持ち替えたのは2011年8月。それはハードディスクをSSDに換装しながら、7年10ヶ月のあいだ保った。現在のLet’s note CF-SVは購入してから6年8ヶ月だから、もうすこし保たせたい。

10時ちかくに来たシバタさんは事務室のテーブルに当該のLet’s noteを開き、あれこれ調べた結果、異常は見あたらない、しかしSSDは増設しようという結論に達した。当方は専門家の意見には素直に従う性格だから、ふたつ返事で諒承をする。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草の胡麻和え、しもつかり、目玉焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 しもつかり、白菜漬け、天ぷら其の一天ぷら其の二、麦焼酎「麦っちょ」(お湯割り)

2026.2.9(月) 賑やかに

目を覚ましたのは1時30分。いまだ着替えるには早すぎる。しかし選挙の行方が気にかかる。パジャマのまま入った食堂には、いまだ家内がいた。テレビの開票速報も続いていた。昨夜の20時から5時間30分を経た状況を目の当たりにして「一体全体、どうするの」と、ふたたび言葉を失う。そして寝室へ戻って5時までうつらうつらする。

夜中から明け方までのあいだに雪はふたたび降ったらしい。しかしその量は、きのうほどのものでもない。家内と共に隠居へ向かう。薄い雪は寒さにより凍りついて、足跡も残らないほど固くなっていた。

今朝の朝礼では、雪かきは必要ないことを皆に伝えた。きのうの雪により犬走りや店内の床に付いた泥靴の足跡は、販売係のササキミワさんに、水を含ませたモップで拭き取ってもらった。

空は徐々に明るくなって、昼ごろには完全に晴れ上がった。ウェブ上の「栃木県日光市の2週間天気予報」によれば、これからしばらくは、雪は降らないらしい。

ところで今日は嫁のモモ君の誕生日ではあるけれど、家内は「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日により、大した準備はできない。モモ君に3人の子どものいることを考えれば、落ち着いたフランス料理屋へ行くなども、思いもよらない。よって夜はファミリーレストランにて賑やかに夕食を摂る。


朝飯 納豆、鮭の「日光味噌梅太郎白味噌」漬け焼きほぐし、豚挽き肉と春雨の胡麻油炒め、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 “THE FRYING-GARDEN”のシーザーズサラダビーフシチューポテトのチーズ焼きデカンタの赤ワイン

2026.2.8(日) 歴史は繰り返す

夜の明ける前に寝室のカーテンを少しずらし、外の様子をうかがう。闇の中でも水銀灯の光の届く空間には、雪がまばらに落ちている。国道の、クルマの往来のあるところを除く地面は、おしなべて白くなっている。

6時をすぎるころ「汁飯香の店 隠居うわさわ」のための食材を入れた袋を提げて、家内と外へ出る。ホンダフィットの屋根には、10センチメートルほどの雪が積もっている。しかし駐車場や歩道の雪は、せいぜい2センチメートルほどと思われる。それでも雪かきは必要だろう

8時の朝礼では、本日分の「らっきょうのたまり漬」を包装する係、およびお客様用のトイレを掃除する係を除いては、店の駐車場の雪かきに取りかかるよう伝える。お客様用のトイレは店舗の北側にあって、凍りやすい。今日のトイレ当番のイトーカズナリ君は、そのトイレに至る通路に融雪剤を撒いてくれた。きのう融雪剤を買い足したことは、やはり正解だった。

普段は土曜日より日曜日の方が、店は断然、忙しい。しかし今日ばかりは雪により、売上金額はきのうのそれより二割五分ほど少なくなった。

夕食を済ませて19時50分に風呂へ向かう。風呂から上がると、テレビではNHKの開票速報が始まっていた。それをひと目見て「いやはや」と、言葉を失う。衆議院議員総選挙において、驚天動地の怪現象を目の当たりにしたのは2017年9月27日次は先月15日のことだ。歴史は繰り返す。そして20時45分に寝室に入る。


朝飯 筑前煮、しもつかり、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「こつぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、鶏の天ぷらと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 しもつかり、白菜漬け、いぶりがっこ、鶏モモ肉と豆腐とキノコと長葱の鍋その鍋で作ったラーメン、「本田商店」の「龍力米のささやき奥谷純米大吟醸」(燗)

2026.2.7(土) 次期繰越

友人の、第二次世界大戦時に従軍してインドネシアまで行った父親は、醤油差しの中味が半分まで減ると、すぐに継ぎ足して満杯にしたという。「だったら半分のサイズの醤油差しで充分だろう」と友人はいぶかしんだ。しかし物不足で苦労をした人には、そのような理屈は通じないのだ。

午前に社内の、雪かきの道具が置いてある場所へ行くと、融雪剤は大きな袋に5分の1ほどしか残っていなかった。「この冬の雪は、今夜から明朝までのそれを最後として、以降は降らないのではないか。とすれば、融雪剤は、次の冬まで必要ない、ということになる。しかし桜に雪、という年も、また無いではないな」と、考えが行ったり来たりする。

明日に納めるべき商品の数を決めるため、15時30分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行く。その帰りにヤマシロ屋の裏口にホンダフィットを乗り入れ、次期繰越のための融雪剤ひと袋を買って戻る。結局は、大事を取ったのだ。

空はどんよりと曇っているものの、雪の落ちてくる気配は閉店の直前まで訪れなかった。しかし袋に5分の1ほどの融雪剤を一輪車に載せ、店の駐車場に出て行く。そしてその白い粒を、薄く、広く撒く。


朝飯 筑前煮、しもつかり、豚挽き肉と春雨の胡麻油炒め、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと長葱と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 白菜漬け、しもつかり天とじ丼、「本田商店」の「龍力米のささやき奥谷純米大吟醸」(燗)

2026.2.6(金) 早寝早起き

今朝も綺麗な夜明けを臨むことができた。しかし明日からは気温が極端に下がり、週末の二日間は、首都圏にさえ雪の予報が出ている。たとえ降っても、それほどの量にならないことを祈るばかりだ。

ところで自営業の会社には、事前の連絡なしに来る人が多い。いわゆる「アポ無し」というやつである。今日も複数が訪ねてきた。そのいずれの時間にも、僕はたまたま事務室あるいは店にいて、対応をすることができた。

それはそうと今般の選挙については、各方面の熱量を高く感じる。「火事は最初の1分、選挙は最後の1分」という言葉がある。歌舞伎の六方は、花道の幕に消える最後のひと踏み、最後のひと飛びまで力が抜かれることはない。候補者にとっては、胸突き八丁を越えて最後の追い込みに入ったところだろう。NHKの開票速報は、あさって日曜日の19時55分から。しかし僕は極端な早寝早起きだから、それをいつまで視られるかは分からない。

夜の食事は簡単に済ませて、20時より前に寝室に入る。


朝飯 菠薐草のソテーを添えたハムエッグ、しもつかり、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、Old Parr(お湯割り)バナナ入りヨーグルト

2026.2.5(木) 期日前投票

木曜日は配達係のイザワコーイチさんが休みだから、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品は、僕がひとりでする必要がある。その商品の数が、今朝は多い。今日の販売係の、もっともはやく出勤する時間は開店とおなじ8時30分。それまでに道の駅から帰ってこられなければ、中々に忙しいことになる。長男は日本橋高島屋の催し「冬の味覚市」に出張中で不在。

そういう次第にて、今日に限っては、先ずは道の駅へは出かけず、開店の準備をする。そして販売係のカトーユキさんが店に入ったところで蔵の冷蔵庫へ行き、道の駅へ納める品を台車に載せて、駐車場のホンダフィットまで運ぶ。

今朝はまた、日光市役所の真ん前にあるアラカワタケハル司法書士事務所へ行くことになっている。「だったら選挙の期日前投票もしてしまおう」と、第51回衆議院議員総選挙の投票所入場券を上着の胸ポケットに入れる。

司法書士のアラカワ先生は、大学の体育会に入ってきた新入生のように、声が大きくて礼儀正しい。だから接していて気持ちが良い。市役所の事前投票の場所は、すぐに分かった。

午前に合理的に動けたため、午後はほとんど事務室にいて、あれやこれやする。


朝飯 切り昆布の炒り煮、白菜漬け、菠薐草のソテーを添えた目玉焼き、しもつかり、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 玉子焼き、しもつかり、菠薐草の胡麻和え、鮭の「日光味噌梅太郎白味噌」漬け焼きほぐし、白菜漬け、筑前煮、豚挽き肉と春雨の胡麻油炒め、「本田商店」の「龍力米のささやき奥谷純米大吟醸」(燗)

2026.2.4(水) しもつかり

「しもつかり」は、海を持たない栃木県の、食の貧しさ象徴するような郷土食だ。大根とニンジンを鬼おろしでおろし、そこに塩鮭の頭と煎った大豆を加えて煮て、最後に酒粕を加える。見た目は何やら分からないごった煮状で、とてもではないけれど、食欲をそそるようなものではない。

僕は27歳まで食わず嫌いを通してきたが、ある日、並木蕎麦の今は亡きオヤジさんに「こういうものを食わねぇから、しばしば熱を出すんだ」と、無理強いをされた。仕方なく口に運ぶと、これが存外に美味かった。以降は、朝はごはんのおかずとして、夜は燗酒の肴として、いそいそとみずから器に盛っている。

今年はこの「しもつかり」を、家内は1月31日の夜に作った。それは大鍋にいまだ残っているものの、早くもその二番手を、孫のリコが小学校から帰るのを待って、午後より作り始めた。使う大根は、日光市足尾が原産の唐風呂大根である。

「しもつかり」は家の最も寒いところに置いて保存する。むかしは凍ることもあったらしく、しかしそのまま小鉢に盛って食卓に載せたという。「しもつかり」は不思議なことに、温かいと美味くない。というか、気味が悪い。冷たいそれを口に含み、間髪を入れず温かいご飯を頬張ると、得も言われない幸福が訪れるのだ。

さて今年はいつまで「しもつかり」を楽しむことができるだろう。今夜の酒はワインでも、明日は燗酒にしようかと考える。


朝飯 ブロッコリーとマッシュルームのソテーを添えたスクランブルドエッグ、納豆、しもつかり、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、大根と人参と牛蒡と椎茸と小松菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダパンポトフChablis Billaud Simon 2018チョコレート、Old Parr(生)

2026.2.3(火) 豆まき

週に何度かすることだが、今日も夜の明けるころに屋上へ上がる。南東の空はいつもながら美しい。そしてきびすを返すと驚いたことに、それがそこにあるとは予想もしなかった朝の月が、西の空に大きく浮かんでいた。

蕪村による「月は東に、日は西に」の上の句は「菜の花や」だから、これからすこし後の風景、ということになる。菜の花といえば、1982年にポカラからバスでカトマンズを目指した、その最後の峠を越えると眼下は菜の花の黄色で埋め尽くされていた。その景色は忘れることができない。3月2日の深夜便でウドンタニーへ飛ぶ。菜の花を詠んだ「筑後途上五絶」の軸は、2月が終わる前に、隠居に掛けることとしよう。

それはさておき今日は節分にて、ふたつの神社からの豆は既にして神棚に載せてある。先ずはこれを、小学校から帰った孫のリコが撒いてくれる。夕刻には保育園から帰った孫のシンとカコが撒いてくれる。僕はその声を事務室や店にいて聞くだけにて、大いに楽だ。大いに有り難い。


朝飯 たたきごぼう、目玉焼き、納豆、しもつかり、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と人参と牛蒡と小松菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとアボカドとベビーリーフのサラダウフマヨネーズブロッコリーとマッシュルームのソテーパン其の一パン其の二鶏のトマト煮鶏のチーズ焼きリンゴのジャムChablis Billaud Simon 2018

2026.2.2(月) レジン

テレビの放映から三日を経ても、きのうの終業後から深夜にかけていただくいた「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約は、いまだ少なくない。今早朝も事務室へ降りて、それらをコンピュータからA4の紙に印刷する。今週の土曜日と日曜日は、ほぼ満席になってしまった。

9時01分に、宇都宮地方法務局日光支局の駐車場に着く。そこで今日明日あたりに使う登記簿の謄本を出力してもらってから銀行へ寄り、9時37分に帰社する。

今年の正月にお雑煮の餅を食べながら、餅以外の食感を覚えた。「何だろう」と不審に感じても、それを吐き出すということは、僕はほとんどしない。そのときも自分の通例に従って飲み込んだ。口の中のものがなくなって初めて気づいた。異物は歯の一部だった。

かかりつけのソーマ歯科室の直近の予約可能枠は、ひと月ほど後の2月2日だった。奥歯の欠けたままひと月ちかくを過ごすことには気が引けたものの、人気の歯科医院であれば、仕方がない。

ソーマ先生によれば、欠けたのは、2013年に盛ったレジンの一部だった。とすれば、それは13年ものあいだ保ってくれたことになる。ソーマ先生の技術は精密なため、その歯にふたたびレジンを盛ってもらうと、いつものことながら、一体全体、どの歯を治したのか分からなくなるほど、噛み合わせは正月以前の感覚に戻った。

ソーマ歯科室のある大井町からは京浜東北線に乗り、上野で日比谷線に乗り換えて北千住に至る。取引先と約した時間より30分ちかく早かったものの、電話で確認をしてから先方を訪ねる。北千住には大学が多く、若い人が目立つ。駅前では、今月8日が投開票日になる第51回衆議院議員総選挙の候補者が、しかし老人ばかりの支持者を前に演説をしていた。


朝飯 しもつかり、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊、白菜漬け、メシ、揚げ湯波と若布の味噌汁
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれやこれやそれや、他あれこれ、日本酒(燗)、チューハイ

2026.2.1(日) 初午

「汁飯香の店 隠居うわさわ」をご紹介いただいたテレビの放映から二日を経ても、きのうの閉店後から深夜にかけていただいたご予約は、依然として多い。今朝コンピュータに取り込んだその数も手書きのメモで家内に手渡せるものではなく、事務室へ降りて逐一、A4の紙に出力をする。

そのうちもっとも先のご予約は、4月はじめのものだった。隠居の梅と桜は、東京のそれらにひと月ほど遅れて花を開く。山桜や染井吉野は4月の上旬、枝垂れ桜は4月の20日ごろが今年も見ごろになると思う。いずれにしても、春の花にはできるだけ早く咲いてもらいたい。

今日は「汁飯香の店 隠居うわさわ」でのお食事と共に、蔵見学のご予約も同時になさったお客様がいらっしゃる。その打ち合わせのため開店前の隠居へ行き、家内と段取りを立てる。そこから座敷に回って室礼を確認する。床の間の掛け物は、柏木弘の”UNTITLED 08-III”。その下には、僕の好きな鉄の花瓶に菜花と桜。そこに朝の光が差して、床脇には陰影ができていた

会社に戻ったところで「そうだ」と四階へ上がり、家内の用意してくれたお膳を手に一階へ降りる。そして外へ出て坪庭の稲荷社に、そのしもつかりと赤飯と日本酒をお供えする。


朝飯 生玉子、白菜漬け、ほぐし塩鮭、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ピーマンとキャベツと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、三種のキノコのスパゲティ、Old Parr(お湯割り)、プリン、Old Parr(生)

< 2026年1月の日記へ  2026年3月の日記へ >

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学