2020年5月の日記31本
2020.5.31(日) 足跡
戦後の、ある疑獄事件について、その糸口を最初に掴んだのは検察庁ではなく国税庁だったと、近しい税務関係者に聞かされたことがある。お金の出入りとは、人がいつ、どこで、何をしたか、つまり人間の営為の足跡に他ならない。
と、大きく構えて始めた今日の日記ではあるけれど、ここから先は大したものでもない。2015年8月から今日までの小遣い帳を、誤って消してしまったのだ。
僕が会計係を務める町内の入金と出金は、紙とコンピュータに記録をしている。支出証拠書つまり領収書も保管している。だからコンピュータの金銭出納帳を毀損しても、復旧は可能だ。しかし個人の小遣い帳は、コンピュータ上でのみ動かしている。消してしまえばそれでオシマイ、である。
「大のオトナが小遣い帳なんて、小学生じゃあるめぇし」という意見もあるだろう。しかしたとえば「あれ、あの本、買ったつもりだったけど、まだ買ってなかったかな」というようなとき、あるいは「一体全体、オレはクルマ関係に、今年はいくら使っただろう」というようなときには、やはりデジタルの小遣い帳は便利だ。
失った部分は仕方ない。そして2015年7月のすぐ後ろに2020年6月の小遣い帳を、取りあえずは作る。
朝飯 納豆、生玉子、蕗の醤油煮、菠薐草の胡麻和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、ズッキーニと茗荷の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 らっきょうのたまり漬と鶏笹身肉とパセリのサラダ、2種のピーマンとセロリのサラダ、たまり漬「鬼おろしにんにく」によるガーリックライス、薩摩芋とスナップエンドウとにんにくのソテーを添えたビーフステーキ、San Pedro Castillo de Molina Merlot D.O.Valle del Rapel 2017、プリン、「共働学舎」のチーズ「笹ゆき」、Old Parr(生)
2020.5.30(土) 迂闊だった
半袖のポロシャツ1枚で自転車に乗れる日が、ふたたび戻ってきた。きのう今日と二日つづけて、空には入道雲が立ちのぼっている。空気は二の腕に心地よく、青みを帯びた光は目に眩しい。
紫外線を避けるメガネをかけるべしと、おととし白内障の手術を受けたオーミヤナナサト眼科で言われた。メガネはすぐに作った。しかし南の国で外にいるときにしか、僕はこれを使わない。視力に恵まれていた僕には、メガネがひどく鬱陶しく感じられるからだ。
「庭で食事ができたら、さぞかし気持ちが良かろう」というお客様の声にお応えをして、日除けの傘と机と椅子を、きのう長男が手に入れてきた。暑くない限り、寒くない限り、雨に濡れない限り、机と椅子がある限り、僕は外で飲み食いすることを好む。その僕が、庭での食事に思いを致さなかったのは迂闊だった。
朝の仕事を終わらせて、10時30分に隠居へ行く。隠居は今、魅力的な緑陰にあふれている。その光と緑を、ニコンの大きなカメラに記録する。
真新しい傘と机と椅子は、夏の終わりまで使うことができるだろう。
朝飯 牛丼、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」と「おばあちゃんのふわふわ大根」、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、揚げ湯波とカキ菜の炊き合わせ、梅干し、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 ユミテマサミさんの畑のトマトによる冷やしトマト、「あづま」から持ち帰ったチキンカツ、ABSOLUT VODKAとNOILLY PRAT DRYのソーダ割り、「久埜」の栗饅頭、Old Parr(生)
2020.5.29(金) 徐々に
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急事態宣言は、4月16日に、その範囲をそれまでの1都6府県から全国に広められた。土日月と、週に3日の営業をしてきた「汁飯香の店 隠居うわさわ」はそれを受けて、4月25日からお客様の受け入れを止めた。そして代わりに「一汁五菜弁当」のお届けと店頭でのお渡しを始めた。
緊急事態宣言はその後、当初に期限とされた5月6日から、先延ばしをされた。よって「隠居うわさわ」も、営業の自粛と「一汁五菜弁当」のお作りを、6月22日まで続けることにした。「6月22日まで」とその期間を長くしたのは、大事を取ってのことだ。
いつまで続くかと思われた緊急事態宣言だったが、4月16日から数えれば5週間と少々を経て、今月の25日に解除をされた。そのあいだ上澤梅太郎商店は、お客様および社員の密閉、密集、密接を避けながら、従来の「ほぼ年中無休」を守ってきた。「隠居うわさわ」も、徐々に元の形に戻していく必要がある。そして以下を決めた。
・5月30日(土)、5月31日(日)、6月01日(月)は、10時30分開店、12時30分オーダーストップにて、お飲み物、茶菓、たまり漬の盛り合わせ、一汁五菜弁当のご提供。
・6月06日(土)から6月22日(月)までの土、日、月は、10時30分開店、12時30分オーダーストップにて、上記に加えて汁飯香(土鍋炊きごはん、たまり漬の盛り合わせ、味噌汁、甘味)のご提供。
・6月27日(土)からは、8時30分開店、12時30分オーダーストップ、14時閉店による、本来の営業を再開。
「一汁五菜弁当」は、6月22日までは、隠居でのお召し上がりのほか、店頭でのお渡し、お近くへの宅配も、引き続き承っています。前日の15時までに、電話0288-21-0002(08:30~17:30)にてご予約ください。医療に従事される方からのご注文で、病院様までお届けをする場合には、代金は無料とさせていただきます。どうぞよろしく、お願い申し上げます。
朝飯 納豆、揚げ湯波とカキ菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリー、切り昆布とジン人と豚三枚肉の炒り煮、牛肉と玉葱のすき焼き風、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 天ぷらの盛り合わせ(其の一)、天ぷらの盛り合わせ(其の二)、ざるうどん、うずら豆、胡瓜のぬか漬け、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2020.5.28(木) 祈るばかり
夏のいつごろだったかは覚えていない、とにかく「今って、5時台から明るいんですね」とfacebookに上げた人がいる。「3時台から明るくなりますよ」と僕はコメントを付けた。今、太陽は、冬至のころにくらべれば驚くほど北東に寄ったところから昇る。そしてその頂点は、これから3週間ほど後に巡ってくる。晴れて鳥の啼く朝であってほしいけれど、さて、どうなるだろう。
らっきょうの収穫は、その夏至のころに重なる。むかし、台風は秋に襲来するものだった。ところがこのところは梅雨に集中豪雨の重なることが少なくない。「過去最大級」と気象予報士の言う豪雨が、毎年のように来襲するのだ。らっきょうの原材料の価格は高騰を続けるばかりだ。そんなことよりも、コロナ禍の収まる前に、市民が集団で避難せざるを得ないような災害が発生したらどうするか。すべての行政は、そのことに神経を尖らせていると思う。
有史以前より、ヒトはできることを増やしてきた。そのことによって、できないこともまた増やしてきた。洞窟から外をうかがいつつ雨水で喉を潤し、昆虫を食べて飢えを凌ぐ、などということは、もはやヒトにはできない。世の安寧を祈るばかりだ。
朝飯 納豆、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、揚げ湯波とカキ菜の炊き合わせ、鰯の丸干し、山椒の佃煮、山芋のすりおろし、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 バジルと茹でたブロコリーを添えた鶏の網焼きトマトソース、パン、ミネストローネで煮込んだ2種のソーセージ、San Pedro Castillo de Molina Sauvignon Blanc 2018
2020.5.27(水) 目には青葉
「バッテリーの残量が少なくなっています」という警告が、ほとんど常に、携帯電話のディスプレイに出ている社長を知っている。あるとき、この社長が社員に何ごとか報告を求めているところに居合わせたことがある。「万事、上手くいっています」と答える社員に「その万事を箇条書きにすれば幾つになるか、また、それらのそれぞれは、どう上手くいっているのか」と、社長は更に説明を求めた。一日中、そのような長電話が続くゆえの「バッテリーの残量が少なくなっています」なのだろう。
僕は「オレは聞いてねぇ」とヘソを曲げる性格ではない。自分の知らないところで若い人があれこれしてくれているのは有り難い。あるいは、報告を受けながら、右から左へ抜けているだけなのかも知れない。
鰹のたたきを食べるときには、様々な香味野菜と共に、たまり漬の「刻みザクザク生姜」と「鬼おろしにんにく」を混ぜ込んだタレをウチは使う。この「タレ」の予約を現在、ウェブショップで、期間限定で承っているらしい。製造は、嫁のモモ君が担当するのだろうか。
仕事上がりの食卓には、その「鰹のたたきのタレ」の試作品が用意されていた。気温はそれほど高くない。「焼酎のお湯割りか」と、一瞬、考える。しかしここはやはり、日本酒だろう。
冒頭に戻れば、夜食を摂るために入ったラーメン屋でもコンセントを探しまわる社長のような人を、僕も見習わなくてはいけないと思う。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、納豆、三つ葉の玉子とじ、揚げ湯波とカキ菜の炊き合わせ、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 胡瓜とキウイの酢の物、菠薐草の胡麻和え、牛肉のすき焼き風、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、鰹のたたき、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)
2020.5.26(火) よほど高級
自分の記憶に残る本を7日間に亘って紹介し、且つ1冊ごとに次の人を指名していくという奇怪な連鎖が、すこし前よりfacebook上に発生した。そのようなもの対して、僕は距離を置く性格である。しばし傍観をするうち、しかし僕も遂に、自由学園でひとつ上のカワハラミチヒロ君に名指しをされてしまった。
真面目で、下級生の粗相にも寛容だったカワハラ君に言われては仕方がない。今月12日より、僕も本の紹介を始めた。ただし、自分から先へは繋げない。人に何ごとかを頼むことは、僕にとっては気の重い行いだからだ。
その「ブックカバーチャレンジ」と呼ばれるものは、7日間を期限としている。僕は活字中毒だから、続けようとすれば1年でも続けられる。本日、facebookに上げた本は11日目のそれだった。
応接間から北東に延びる細い廊下の両側は、畳にして7枚分ほどの面積の棚を、本が埋めている。長男の本棚も、おなじほどの大きさだろうか。それに対して嫁のモモ君と次男は、本はほとんど読まない。
本などはほとんど持たず、日曜大工で家の補修をしたり、家庭菜園で茄子やトマトを収穫する人の方が、南の国のプールサイドに寝転がり、終日、本を読んで過ごす僕よりも、よほど高級と思う。
朝飯 だし巻き玉子、蕗の醤油煮、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、薩摩芋の蜜煮、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と若布の味噌汁
昼飯 焼きうどん
晩飯 蛸と里芋の炊き合わせ、三つ葉のおひたし、豆腐ステーキ、揚げ湯波とカキ菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、梅干しのおむすび、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)
2020.5.25(月) 先ずは梅雨の来る前に
眼科で診察を受ける、歯科でも診察を受ける、夏用の帽子を買う、服用のブラシを買う。関東平野を数ヶ月ぶりに南下すれば、すべきことは目白押しだ。「帰りは都合の良い駅までクルマで送ってやる」と、自由学園男子部35回生のクラス委員ツナシマショーゾー君が言ってくれたのは有り難い。しかし用事はなかなか終わらない。
高校生を満載したバスが、車列を連ねて日光街道を上っていく。客席より一段低いステップに胸を張って立ち、前方を見据えるバスガイドは、おしなべて凛々しい。
そのような、ふたつの夢を続けて見ながら目を覚ます。
半袖のシャツ1枚で自転車に乗れた初夏の日々は、しばらく前に途切れた。以降は降っては上がりの天気が続いている。更には、いまだクリーニングに出さずタンスに温存していたのだろう、ダウンパーカを羽織る人まで現れはじめた。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」に棚田米を納めてくれているヤギサワヒロシさんによれば、今月の日照は記録的な少なさだという。昨年末から今春にかけて、降雪は列島の日本海側にさえ、ほとんどなかった。新型コロナウイルス、低気温、水不足と重なれば、一体全体、どのような夏になってしまうのか。先ずは梅雨の来る前に、徹底的に晴れて欲しいと思う。
朝飯 蕗の醤油煮、牛蒡と人参のきんぴら、だし巻き玉子、牛肉と玉葱と白滝のすき焼き風、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、メシ、菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 2種のサラダ、スナップエンドウと長葱のサラダ、シメジとレタスの玉子とじスープ、水餃子、「紅星」の「二頭鍋酒」(生)、苺の杏仁豆腐
2020.5.24(日) ことし2皿目の
場所は岬の突端。そこで烏帽子に直垂すがたの貴族たちが、海に向けて矢を放つことに興じている。矢はamazonの刻印のある読み取り機にクレジットカードをかざすと、どこからともなく供給される仕組みだ。そこに、岬の付け根の方から、老人が若い者に車椅子を押させて近づいてくる。老人は絣の着物に袴、白髪混じりの蓬髪に長い髭、頬骨は高く張っている。そしてやおら「その決議は殺してやる」と大声で叫ぶ。
目を覚ますと時刻は3時33分だった。それにしても「その決議は殺してやる」などということばの組み合わせが、よくもまあ夢の中に現れたものだ。amazonを便利に使いながら遊ぶ平安貴族を車椅子の老人が怒鳴りつけるという荒唐無稽さも、何やら面白い。
きのうの天気予報では、昼ごろには暑くなるはずだった。しかし気温はそこまで上がらない。一汁五菜弁当の今日のお届け先は千本木にて、ホンダフィットで出かける。道案内は、ダッシュボード右端のカップホルダーに立てたiPhoneのgoogleマップだ。
雑木林を切り拓いて通したバイパスから農道へとハンドルを切る。速度を落としたところで「目的地に到着しました」と、iPhoneが音声を発する。googleマップは、僕がすこし行きすぎたことを示している。「引き返すべきだろうか」と、空き地に鼻先を突き入れたところで、田んぼからひとりの婦人が上がっていらっしゃった。そしてその方が、今日のお客様だった。”www.tamarizuke.co.jp”と大書した当方のクルマに気づいていただけて幸いだった。
琴平山の尾根が南東に延びるそのあたりの景色は、僕が初めて目にするものだった。夏には蛍さえ舞いそうだ。夢から覚めつつあるときと同じような気持ちと共に、先ほどのバイパスへと戻る。気温はそれほど上がっていないものの、帰途、ことし2皿目の冷やし中華を食べる。
朝飯 焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、だし巻き玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蕗の醤油煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の冷やし中華
晩飯 豚レバの燻製とトマトとキウイとロメインレタスのサラダ、ベーコンとスナップエンドウとおろしチーズによるスパゲティ、TIO PEPE、Petit Chablis Billaud Simon 2016、バームクーヘン、Old Parr(生)
2020.5.23(土) アメアガル
上澤梅太郎商店が運営する朝食の店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、一汁五菜弁当を家内が作り、ご予約に従ってお届けをしたり、あるいは店頭でお手渡しをする土日月が、また巡ってきた。県境をまたぐ移動の自粛が延長されたことに伴って「隠居うわさわ」も、営業の自粛は解かないこととした。弁当は、6月22日を最終日としてお作りを続ける。
はじめに用意した弁当箱は、先週に払底した。よっておなじ箱をおなじ会社に家内が注文したところ、6月下旬の納期が示された。それではどうにもならない。長男は即、なじみの厨房用品屋へ急行し、あらたな箱を注文して戻った。ところがカタログで選んだこの弁当箱が届いてみれば、これまでのそれに較べていささか小さい。とはいえ今から別の箱を手当てしているヒマは無い。
今朝、家内はどうにか工夫をして、これまでとおなじ量のごはんとおかずをその箱に詰めた。蓋は浮き加減になるけれど、仕方がない。宅配は小倉町の1軒様のみにて、残りはすべて店頭でのお手渡しになる。小倉町のお客様には、隠居諸々係のタカハシリツコさんが徒歩でお届けをした。
歩いてお届けができたのは、きのうまでの雨が上がったことによる。明日は暑くなるらしい。暑さは大歓迎である。
朝飯 牛丼、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、レタスの味噌汁
昼飯 焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、梅干しによるお茶漬け
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、マカロニグラタン、ドライマーティニ、TIO PEPE
2020.5.22(金) カオトム
目を覚ましても、現在の時刻を知ることはできない。夜のうちにソフトウェア・アップデートとやらを済ませるため、wifiのある事務室にiPhoneを置いてきたからだ。部屋の明るさを計ろうと闇に目を凝らす。明け方の明るさのようなものが、感じられなくもない。よって起床して洗面を済ませ、食堂に出る。食器棚の電波時計は2時17分を指していた。起きるには早すぎる時間だ。しかし既にして服は着てしまっている。取りあえずは事務室へ降り、iPhoneを取って4階の食堂へ戻る。
ダイニングキッチンを食堂と呼ぶことに、人は違和感を持つかも知れない。しかしこれは子供のころからの、オフクロからの刷り込みにより、今さらどうすることもできない。ところでよそのお宅に夕食に招待をされたときなどは、その家のおなじ場所を食堂と感じることはない。そしてその理由についてはは分からない。
それはさておき朝食までの時間をどうしよう。お湯を沸かし、仏壇に花と水とお茶と線香を供え、今日の日記をここまで書いても、時刻はいまだ2時56分だ。
「読みさしの本があったはずだ」と、食堂から応接間に出る。その、南西に窓を持つ場所の一角から北東に延びる廊下の本棚に、天井の明かりを点けつつ近づく。しかし読みさしの本はどれだったか、それを思い出すことができない。仕方なく目についた「本の雑誌」の2011年3月号「いま冒険本・探検本が熱い!」を選んで食堂に戻る。そして目次から沢野ひとしの「北京のお粥屋」を選び、当該のページを開く。
天壇公園ちかくの天橋という、いささかうらぶれた界隈で入った粥屋の、案に相違して素晴らしかった粥について、沢野は微に入り細を穿って語っていく。残念ながら僕は、中国で粥を食べたことはあっても、それほどのものには出会っていない。そうして2015年の秋にタイ北部の山中で食べた、引き抜いたばかりのレモングラスで香りづけしたカオトムを思い出す。あれは美味かった。「カオ」は「米」、「トム」は「煮る」をあらわすタイ語である。
朝飯 焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、スペイン風目玉焼き、山椒の佃煮、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 セロリの酢漬け、らっきょうのたまり漬、Old Parr(ソーダ割り)、トマトとレタスのサラダ、茹でたブロッコリーとビーフステーキを添えたカレーライス、San Pedro Castillo de Molina Syrah 2015、メロン
2020.5.21(木) タニン・チャワラノンをはじめ
先週、タイ航空からメールが届いた。自分のページにログインすると以下の、マイレージの有効期限が示されていた。タイ航空は現在、国際線を飛ばしていない。それでもマイレージは着々と、定められた期限に従って失効していく。「何だと」と思うが仕方ない。あるいは現在のタイ航空には、そんなところまで気を回している余裕は無いのかも知れない。
Expiring Miles on 30 Jun 2020:5,021
Expiring Miles on 30 Sep 2020:1,217
Expiring Miles on 31 Dec 2020:3,369
Expiring Miles on 31 Mar 2021:7,304
我が春日町1丁目の役員は、毎年、総鎮守瀧尾神社の春の大祭が完了し、5月の連休が過ぎたところで親睦旅行に出かけていた。今年の大祭は本殿での神事のみを催行して渡御の行列は中止、町内役員の旅行は無期限に延長をされた。
6月には栃木県味噌工業協同組合の親睦旅行が控えていた。今年の行き先はインドの北部だったが、早々と中止が決まった。というか、インドはそれよりも先に、日本人に対する自国への渡航禁止を決めていた。ジャイプールからアグラまでは鉄路を辿ることになっていた。”RIMOWA”の、昨秋スワンナプーム空港で破られたスーツケースより安全性の高いものを用意しようと考えていたけれど、その必要も無くなった。
そんなところにタイ航空が破綻したとのニュースが飛び込んできた。破綻の理由は、稲盛和夫を呼ばざるを得なくなった日本航空と、ほぼ同じである。タニン・チャワラノンをはじめ、タイにも優れた経営者は多く存在する。タイ航空の再建は、かならず果たされるだろう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、豆腐の玉子とじ、菠薐草のおひたし、ごぼうのたまり漬、キウィ、メシ、きのうの鍋の具を流用した味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛肉と玉葱と白滝のすき焼き風、焼き鮭、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、薩摩芋の蜜煮、蛸とニラのチジミ風、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、「久埜」の柏餅、Old Parr(生)
2020.5.20(水) トマトの味噌汁
本棚から辻嘉一の「味噌汁三百六十五日」を、食堂の丸テーブルに持ち来る。目次を追って、今朝はそのうちの「トマトの味噌汁由来記」を読むことにする。
辻嘉一にトマトの味噌汁を飲ませたのは、当時、京都の、数寄を凝らした家を住まいとしていた蓑助。味噌汁は、茶事の後に、蓑助自身が包丁を振るった懐石で出された。汁については「おいしいお加減」としながら、箸でつまんだ具がトマトと知って「歌舞伎をみようと詰めかけて、新劇をみせられたようで、ちょっととまどいました」と、辻留の二代目は続けている。
僕は、朝の味噌汁だけは自分で作る。僕には料理の基礎というものが無い。また性格的なこともあって、いわゆる「常道」を守らない。だからトマトの味噌汁も、他で知る前に試し、なかなかいけるところから、特に初夏から初秋にかけては、月に何度も作っている。今朝は、前述の文章を読んだこともあって、味噌汁の具はトマトにした。
ところで蓑助といっても、幾人もいる。辻にトマトの味噌汁を飲ませた蓑助とは誰だろうと、検索エンジンで調べた。そしてその人物こそは六代目蓑助、後の八代目三津五郎と知る。
トマトの味噌汁は、トマトをだしでしばらく煮た方が、トマトの酸味が多く抽き出されて美味い気がする。今朝はそこにズッキーニを加えた。ズッキーニは薄く刻み、こちらは逆に、あまり煮ない方が歯ごたえの点からもよろしいと、個人としては思う。今朝のそれは、すこし煮すぎてしまった。
朝飯 納豆、牛蒡と人参のきんぴら、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、「らっきょうのたまり漬」と鶏笹身肉と水菜のサラダ、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の酸辛麺
晩飯 鮭の麹漬け、うずら豆、ししゃもの燻製、鳥肉団子と椎茸と菠薐草の鍋、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)
2020.5.19(火) 徒労に終わることは知りつつ
インターネット上に銀行口座を開設するよう、お客様に軽く背中を押されたのは、2003年のことだった。重い腰を上げたのは翌年。お客様がお勧めくださった銀行はジャパンネット銀行。そこからの行動は速かった。上澤梅太郎商店の口座はすぐに開設をされた。
そのころ、ジャパンネット銀行と提携しているATMは、ほとんど無かったように思う。預金を引き落とすには、ジャパンネット銀行から一般の銀行に、ネット上で送金をする必要があった。それに面倒さを覚えたこと、および送金手数料を嫌って、以来16年のあいだ、引き落としは一度もしなかった。
先日、税理士事務所に報告をするための、この口座の残高を目にした長男が「ただ遊ばせておくのも」と言い出した。今ではセブンイレブンをはじめ、使えるATMも増えたらしい。しかし引き落としに必要なカードなどは見たこともない。カードの発行手数料は1,100円と、長男はコンピュータのディスプレイに目を落としたまま口にした。今さら1,100円もバカバカしい。
徒労に終わることは知りつつ、今朝は金庫の引き出しを探ってみた。すると「JAPAN NET BANK カード2枚他在中 重要」とマジックインキで書かれ、それをオレンジ色の蛍光ペンで強調した封筒が底の方から出てきた。中には書類と共に、ATMで使えるカードも収められていた。実に16年ぶりの邂逅である。
その青いカードを手に、いそいそと郵便局へ向かったことは、言うまでもない。
朝飯 小松菜のおひたし、納豆、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、牛蒡と人参のきんぴら、茹でたブロッコリー、ごぼうのたまり漬、メシ、蓴菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 ミネストローネ、キウイと苺とベビーリーフのサラダ、トマトと牛挽き肉のラザニア、“brivory”の大麦パン、San Pedro Castillo de Molina Syrah 2015、「共働学舎」の2種のチーズ、Old Parr(生)
2020.5.18(月) 緑したたる
上澤梅太郎商店が運営する朝食の店「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、家内と長男が話し合って、今月30日からの営業再開を決めた。しかし一汁五菜弁当のお作りとお届けは、新聞の折り込み広告でお知らせをしたこともあり、6月22日まで続ける。
お客様ごとにごはんを土鍋で炊き上げる朝食と宅配弁当を、同時にお作りすることはできない。よってそのあいだ「隠居うわさわ」は、茶菓のみのご提供になる。それでも、したたるような緑を眺めていただきつつ築150年の座敷で寛いでいただければ嬉しい。隠居の庭では藤と入れ代わるようにして、サツキとカキツバタが花を開きつつある。
本日の一汁五菜弁当のうち、20数食は店頭でのお手渡し。それ以外の5食は東町のお客様と、こちらは宅配範囲の「上澤梅太郎商店がら半径1キロ以内」よりもことによると遠いかも知れない病院様。お届けには僕が当たった。東町のお客様には「あなた、チラシで見たけど、病院にはタダで持っていくんだって、大変だねぇ」とおっしゃってくださった。僕からすれば、現在の、医療に携わる方々の神経のすり減らしかたを思えば、どうということもない。いずれ「隠居うわさわ」にいらっしゃっていただければ幸いである。
夜は、数ヶ月ぶりに焼肉を食べに行く。焼酎のボトルはいまだ置いてもらえていた。そのボトルを空にして、新しいボトルを入れる。
朝飯 鮭の麹漬け、納豆、生玉子、牛肉の生姜煮、ごぼうのたまり漬、メシ、蓴菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2020.5.17(日) ゴガツバレ
早く寝れば、それだけ早く目が覚める。今朝は3時16分に起床した。明け方の時間は多く、日記を書くことに費やす。”WordPress”のサーバには、木曜日からきのうまでの3日分に加えて、いつでも使えるもの、つまり4日分の在庫がある。更には今日の日記まで、こうして書いている。しかし更新は、今週の水曜日で止まっている。木曜日の日記の、頭に置く画像が得られていないからだ。僕の日記にしばしば発生する問題である。
それはさておき「汁飯香の店 隠居うわさわ」の休業に伴う「一汁五菜弁当」のお作りとお届けは、粛々と続けられている。きのうのお客様は、東町、小倉町、大谷向町と、歩いて回れる範囲になかった。よって宅配は、僕と隠居諸々係のタカハシリツコさんのふたりで、ホンダフィットを使って行った。今日の宅配は小倉町の1軒様のみにて、残りはすべて店でのお手渡しになる。小倉町のお客様には、僕が徒歩でお届けをした。今日も5月に典型的な晴れ日にて、とても気持ちが良い。
そうして、先ほどは下ってきた日光街道を今度は上りつつ「風薫る五月晴れの本日」と書かれた演説用の原稿を「風薫るゴガツバレの本日」と、大勢の前で読み上げた同級生のことを思い出す。そのときは驚いたものの、後に当たった辞書には、新暦5月の晴れた日については「ゴガツバレ」が正しいとあった。
朝飯 トマトとピーマンの雑炊、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、ベーコンとパプリカのスパゲティ、マッシュルームのソテーと茹でたブロッコリーを添えた鶏もも肉のソテートマトソース、「共働学舎」のチーズ「笹ゆき」、同「さくらのアフィネ」、同チーズパウンドケーキ「さくら」、Petit Chablis Billaud Simon 2016、Old Parr(生)
2020.5.16(土) なぜかとても
政府はおととい14日、47都道府県のうちの39県に限り、新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言を解除した。39県には我が栃木県も含まれている。次々と緩められていくだろう規制に対して、会社としては、どのように対応していくかを、13日の場長会議では話し合った。
緊急事態宣言の解除を受けて、栃木県はきのう対策本部会議を開き、外出の自粛と特定の業種への休業要請を取りやめた。これを受けて本日は、これまで何週間も閉鎖をしていた、お客様がお休みになる空間を開放した。木製のベンチには、家内が数日前に購入した小さな座布団を間を開けて並べた。座布団と座布団の間には、長男が作った、お客様の協力に感謝する旨の注意書きを置いた。
規制は徐々に緩められている。しかし県境をまたぐ移動については、国も県も、依然として自粛を求めている。関東の一都六県の中では、栃木県の、新型コロナウイルスによる感染者は目立って少ない。その少なさを、我々はこれからも維持しつつ、ウイルスの収束を待つ必要がある。
ふと気づいて事務室からガラス越しに店を眺めると、開放したばかりの場所で、お客様がお茶をお飲みになっていた。普段であれば当たり前の光景に、なぜかとても、嬉しいものを感じる。
朝飯 牛肉の生姜煮、生玉子、納豆、トマトのサラダ、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、チーズオムレツのカレーライス、ドライマーティニ、グラスの赤ワイン、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)
2020.5.15(金) 悪くない考え
「オマエ、ひと晩で金、どれくらい使える」と、むかし同級生のコモトリケー君に訊かれた。「せいぜい10万かなぁ」と答えると「それだけかよ、先ず、クラブでまわりの客に酒をおごって…」と、コモトリ君は続けたような気がする。確かに、往年の銀幕のスターのように、大勢の取り巻きを引き連れて飲み歩けば、かなりの金を使えるだろう。闇の賭場へおもむけば、それ以上に使えることは確かだ。しかしそのような行いは、僕からすればビルの屋上から札束をバラ撒くことに似て、使うというよりは捨てる感覚にちかい。
「特別定額給付金に関するお知らせです」と表書きのある封筒が、おととい市役所から届いた。開いて説明を読むと、書式は簡単だった。案内に従って文字を入れ、必要な資料を添付して即、投函した。国から支給される10万円は、奇しくも僕がひと晩に使えるとした金額に等しい。
「この給付金は、パーッと使って国民総生産を引き上げよう」と先日、勉強仲間のテシマヨーちゃんがfacebookで呼びかけていた。現金を守りたい人もいるだろう、借金の返済に充てたい人もいるだろう。しかし概ねにおいては、僕もヨーちゃんの意見に賛成である。だったら僕は、この10万円を、どこで使おう。
「お前ぇ、そりゃぁねぇよ」と言われるかも知れないけれど、僕はこの10万円は、上澤梅太郎商店で使おうと思う。ウチの味噌や漬物や「たまり」と共に地元の産品を詰め合わせた、何やらいま人気の商品を、頭に浮かぶ人へ、片端から送るのだ。悪くない考えと思うけれど、いかがだろう。
朝飯 納豆、豆腐の玉子とじ、鰯の梅煮、牛肉の生姜煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、空豆の甘煮、メシ、蓴菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華(大盛り)
晩飯 蓴菜の酢の物、らっきょうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、筍と鶏肉団子の鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2020.5.14(木) 静かな18時
「ウワサワさんはフットワークが軽い」と褒めてくれる人がいる。自己による評価は逆だ。僕の尻は、まったく重い。その僕が、今日は9時から市内のあちらこちらを回って10時30分に戻る。
社内にいる人間の密度を下げるため、4月の21日より社員の出勤数を絞っている。週7日のうち木曜日は販売係の出勤を停止し、代わりに僕や家内や長男が店に立つ、ということも、その対策のひとつだ。今日の午前は、僕が10時30分に帰社したところで、朝から店に立ち続けた家内と交代をする。
おととい宇都宮の中心部にクルマを走らせた限りでは、ショッピングセンターやスーパーマーケットの駐車場は、満杯の盛況だった。とはいえ「県境は越えるな」との、国や県による勧告は続いている。商業圏は「コロナ前」とそう変わらなくても、外からのお客様を多く受け入れている日光には、人の姿は少ない。ウチの店番も、平日はひとりかふたりで充分に間に合ってしまう現在の状況である。
本日、終業の18時まで在社した社員は僅々4名だった。家路を辿る彼らにひとりひとり声をかけて後は、明日の午前に使う小切手を1枚だけ切って自宅へ戻る。
朝飯 牛肉の生姜煮、菠薐草のソテー、納豆、蕗の醤油煮、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、鰯の梅煮、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 蓴菜のすり流し、豚レバの燻製、鳴子百合のおひたしを添えた穴子の網焼き、胡瓜のぬか漬け、空豆の甘煮、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)
2020.5.13(水) 野の花
7時40分、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と検品に向かうため、奥の置き場から自転車を曳き出し、事務室の前でそれにまたがる。そこに、孫のリコが長男に抱かれてどこかから戻ってきた。リコの手には、野の花が4、5本ほども握られている。彼女はそのうちの1本を僕に差し出した。僕はそれを、布巾を入れた紙袋の底に静かに置き、日光街道を下る。会社と道の駅の往復にクルマではなく自転車を使うのは、昨年の秋以来、数ヶ月ぶりのことだ。
道の駅での用を済ませて、先ほどの花は、お墓の花立てに加えようと考えた。如来寺は目と鼻の先にある。その水場まで自転車を乗り入れ、閼伽桶に水を汲む。そしてきのう花立てに足したばかりの水を捨て、新しい水を満たす。孫がくれた小さな野花は、一対の花立ての、向かって左の方に、折れないよう気をつけて差した。
桜の古木が枝を垂らして、いくつかのお墓に涼しげな影を作っている。空の高いところでは、雲雀が啼いている。ふたたび自転車を漕いで日光街道を遡上する。会社には7時57分に滑り込んで、無事、朝礼に臨む。
朝飯 牛肉の生姜煮、ウインナーソーセージと菠薐草のソテー、炒り豆腐、納豆、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 きのうの夜と今朝のおかずを流用した弁当
晩飯 マカロニサラダ、玉葱のサラダ、胡瓜のぬか漬け、うずら豆、刻みキャベツを添えた「渡辺精肉店」の豚カツ、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、プリン、Old Parr(生)
2020.5.12(火) 奇怪な連鎖
今日はおじいちゃん梅太郎の祥月命日にて、8時からの朝礼を完了すると同時に家内と如来寺のお墓へ向かう。お墓は叔母が手配した人の手により、とてもきれいになっていた。花も供えられていた。僕のすることは、墓石の掃除と線香を上げること、そのふたつのみだ。
お墓の掃除にはいろいろな作法、作法と言って大げさなら方法がある。墓石の頭から水を注ぐことを、オフクロは好まなかった。僕が人から教えられた方法は、水を固く絞ったタオルで墓石を拭くことだ。墓石は小さく、ふたつしかないから、それほどの時間は食わない。
死者は死者で、人ではない。「さぞかし暑かろう」とか「さぞかし腹を空かせているだろう」などと、死者を想うことを僕はしない。しかし便利さには簡単に転ぶ。「水気を含んだ布でお墓を拭けば、その水分だけで、ご先祖様は充分に癒やされます。茶碗の水までは必要ありません」という、おととし耳にしたこともそのひとつだ。以来、僕はお墓には茶碗は置かない。「献仏不假香多」という、これまたおととし麻布の禅寺で目にした筆書きにより、上げた線香は家内のものも含めて4本のみ。次の墓参りは6月の、おばあちゃんの祥月命日になるだろう。
SNSには時として、人から人へと何かを繋げていこうとする現象が起きる。最近では、自分の記憶に残る本を7日間に亘って紹介し、且つ1冊ごとに次の人を指名していくという奇怪な連鎖が発生した。人のそれを眺めるうち、僕はこともあろうに尊敬する先輩であるカワハラミチヒロ君に名指しをされてしまった。カワハラ君に言われては仕方がない。
そういう次第にて、いまだ光の量の落ちないうちに、食堂のテーブルに何冊かの本を積む。そしてそれらの写真を、取りあえずは次々と撮る。
朝飯 炒り豆腐、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、鰯の梅煮、牛肉の生姜煮、茹でたブロッコリー、メシ、若布と揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 胡瓜の若布の酢の物、鮭の麹漬け、らっきょうのたまり漬、天ぷら其の一、天ぷら其の二、天ぷらその三、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2020.5.11(月) トマトづくし
もっとも好きな季節は夏だ。暴力的な旺盛さに隠しようのない虚無感の混じるところが好きだ。好きではあるけれど、過ごしやすいわけではない。肌が喜ぶのは何と言っても新緑のころ、そして秋だ。ただし秋には夏の去った後の寂しさの色濃く漂うところがいただけない。とすれば、僕にとってもっとも居心地の良い季節は、まさに今に違いない。
今月1日からきのうまで休業をしていた道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が、今日から営業を再開する。8時の朝礼が完了すると同時に冷蔵庫に入る。そしてきのう製造係と包装係の用意してくれた商品をホンダフィットに積む。道の駅の2ヶ所の売場を拭き掃除し、すべての商品を納めるには、小一時間を要した。
11時が近づくころ、半袖1枚の薄着で自転車に乗る。空は晴れ上がり、空気は乾いている。日光街道を下りつつ「一汁五菜弁当」を宅配する。「社長じきじきに…」などと気遣ってくださるお客様もいらっしゃるけれど、おやすい御用です。
更に自転車を走らせて、緊急事態宣言に合わせて休んでいた飲食店を見ていく。既にして営業を再開しているお店、メニュを絞って営業しているお店、今のところは持ち帰りに専念をしているお店、明後日から店を開けるお店、「もうすこし休みます」と張り紙のあるお店など、様々だ。「なにをジロジロ見てやがる」と問われれば、外食の好きな僕は、街の食べ物屋のことが気になって仕方がないのだ。
夕刻になっても気温は24度を下まわらない。夜は冷たいトマトを肴にして、トマトの酸味を利かせたチューハイを飲む。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリーを添えたハムエッグ、炒り豆腐、なめこのたまり炊、椎茸の甘煮、メシ、トマトの味噌汁
昼飯 トマトとブロッコリーの雑炊、ごぼうのたまり漬
晩飯 トマトのサラダ、だし巻き玉子、鶏もも肉とピーマンの網焼き「日光味噌の辛ひしお」添え、牛肉の生姜煮、トマトハイ、シュークリーム、Old Parr(生)
2020.5.10(日) それだけは惜しむ
目を覚まし、きのうメンソレータムをたっぷり擦り込んでからはめた手袋を脱ぐ。枕の下からiPhoneを取り出し見ると、時刻は3時55分だった。
一寸どころかひと尋の光陰さえ軽んずる僕ではあるが、朝の時間だけは惜しい。3時台に起きられれば得をした気分、4時台なら特に何も思わず、5時台の目覚めは寝過ごしたことにより罪悪感を募らせるとは、この日記にしばしば書いていることだ。急がなくてはならない。
布団をはねのけ、室内履きに足を通す。洋風押し入れの扉を開き、奥に置いた低いタンスからユナイテッドアスレのポロシャツを取り出す。パタゴニアのポロシャツは高い割りにすぐにすり切れた。しかし京都のTシャツ屋「イージー」が1着1,000円台で売る化学繊維によるそれは、4年や5年ではビクともしない。
そのポロシャツに袖を通し、靴下を履き、ズボンを穿く。洗面を済ませて食堂に出ると、食器棚の電波時計は3時59分30秒を過ぎたところだった。3時台の活動開始とはいえ、あと30秒で4時であれば、それほど嬉しくもない。
6月22日まで営業を自粛するつもりの「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、そのあいだ「一汁五菜弁当」を土曜日、日曜日、月曜日にお作りして店頭でのお手渡し、あるいはお届けをする。この仕事のある日は、家内は4時に起きて5時前に隠居へ向かう。それを見送ってから僕は製造現場に降りて、自分の仕事に従う。
朝飯 炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、生玉子、蕗の醤油煮、なめこのたまり炊、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」の海老天玉子とじ蕎麦
晩飯 トマトとサラダ菜とブロッコリーのサラダ、「バンマリー」のドライフルーツとナッツのパン、無花果の菓子、シェパードパイ、飲みさしの3種のワイン
2020.5.9(土) 初代久太郎
徳川義宣の「迷惑仕り候」に「ボウ」と呼ばれる、アイヌの血を引く案内人のことが、愛情のこもった筆で書かれている。あるときこの殿様は「ボウ」への土産を求めようと、酒屋の前に自転車を停める。徳川農場の、付き従った場長は「ボウ」の好みを知っている。それは「焼酎の中でも一番強く、臭ひも強く舌にピリリとくるほどの酎」だった。値段は昭和30年代ということもあるが「私は一升瓶を二本買った。五百円もしなかったかと思ふ」と記されている。
焼酎は、すこし前の、ことに九州以北の日本人には縁の薄い酒だった。東京の食べ物屋が焼酎を置きだしたのは、せいぜいここ30年ほどのことと記憶する。
ウチでは、本体価格5万円以上の買い物をしてくださったお客様には、地元「片山酒造」の「原酒」を差し上げてきた。ところがいつごろからだろう、日本酒より焼酎を希望されるお客様が増え始めた。今はおなじ片山さんの、酒粕を原料とする焼酎「粕華」のみを用意している。
昨年の初秋、片山さんの純米大吟醸「初代久太郎」をはじめて飲んだ。宴席に僕が持ち込んだものだ。これを、普段はあまり召し上がらない主賓は吟醸グラスで4杯も干した。それだけ美味いということだ。
今月3日、その「初代久太郎」をふたたび手に入れた。「原酒」は剛直な味わいでも、それ以外の片山さんのお酒はおしなべて柔らかい。
「初代久太郎」は美味すぎるから、食前にすこしばかりを嗜み、その後は他の酒に切り替えた方が良さそうな気もする。しかしそう考えながら、つい食中も飲み続けてしまう。
片山さんを知る仲間が東京に集まる機会があれば、僕はこの「初代久太郎」を持参して、皆と飲みたいと思う。
朝飯 茄子の味噌炒り、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、蕗の醤油煮、椎茸の甘辛煮、メシ、万能葱と煎り胡麻の味噌汁
昼飯 蕗の醤油煮、茄子の味噌炒り、昆布の佃煮、なめこのたまり炊によるお茶漬け
晩飯 鮭の麹漬け、鰯の梅煮、キャベツのおひたしを添えた松かさ焼き、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たけのこごはん、「片山酒造」の純米吟醸「初代久太郎」(冷や)、エクレア、Old Parr(生)
2020.5.8(金) 家に閉じこもっていても
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、日本よりよほど厳しい措置を執っている国は多い。その措置とは、たとえば都市封鎖であり、戒厳令さながらの夜間外出禁止令であり、あるいは昼の行動さえ思いとどまらせようとする商業活動への制限などだ。
そのような国に住み、日々ウェブログを書いてきた人が、このところは1週間、10日と、更新の間を空けるようになった。その、櫛の歯の抜けたような有様を眺めつつ「熊谷守一の晩年の画業を想えば、家に閉じこもっていても、日記くらいは書けるだろう」と、叱咤にも似た考えを持ち続けてきた。しかし「コロナ 鬱」と検索エンジンを回してみれば、事態はそれほど単純なものでもなさそうだ。
家から一歩も出ない日は、僕にもある。しかし僕の家は会社と一体である。蔵の中を歩き、テニスコートほどの広さの冷蔵庫に出たり入ったりし、店に立ち、事務室では電話を受けたりお客様にメールを書き送ったりする。今日は「一汁五菜弁当」のために届けられた米や玉子を2度も隠居に運んだ。つまり蟄居とはほど遠い環境にあるのだから、感謝すべきなのだ。
夕刻の西北西の空には水色と朱と金色があった。晴天が続けば有り難い。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生玉子、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、茄子の味噌炒り、山椒の佃煮、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜に残したかき揚げの味噌汁
昼飯 茄子の味噌炒り、牛蒡の醤油煮、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、たけのこごはん
晩飯 らっきょうのたまり漬と鶏笹身肉とベビーリーフのサラダ、マニケの牛挽き肉トマトソース、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズ、Old Parr(生)
2020.5.7(木) 必要なもの
必要なものの蓄えが充分にある状態は、人を安心させる。あるいは心を豊かにする。必要なものの代表は、アジアにおいてはいまだ米だろうか。穀物とは異なって、それがなくては生きていけないというものでもないけれど、ウチでは線香も「必要なもの」に含まれる。
廊下に作り付けの本棚の、下の2段は引き出しになっている。そしてそのうちのひとつには線香が収められている。2014年の秋に亡くなったオフクロの、初彼岸や初盆にいただいたものだ。それがいまだ3分の2ほども残っている。多いにありがたい。
きのうの朝、仏壇の線香立てには2本の線香があった。それを供えて線香立ては空になった。よってその引き出しから新しい箱を取り出し、蓋を取る。するとそこにはこれまで見たこともない、長い線香が隙間なく並んでいた。どれほど長いかといえば、易占に使う筮竹ほども長い。
今朝はその、いつもの倍くらいの長さの線香を、いつものように2本、お供えした。
現代の線香の、火を点けてからの持ち時間は30分、しかし江戸時代のそれは45分だったという。今朝から使い始めた線香は、果たしてどれほど持つだろう。計ってみたい気持ちはあるものの、線香とは大抵、気がついたときには灰になっているのだ。
朝飯 蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、若竹煮、生のトマトと茹でたブロッコリー、ごぼうのたまり漬、椎茸の甘煮、蕗の醤油煮、メシ、胡瓜と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 かき揚げ、薩摩芋の天ぷら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、松かさ焼き、茄子の味噌炒り、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、たけのこごはん、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)
2020.5.6(水) full of green
北西に面した柴折り戸から隠居に入り、玄関まで歩く途中で、ところどころに杉菜の顔を出していることに気づく。「ところどころ」ということは、その勢いは既にして弱くなったのか、あるいは隠居諸々係のタカハシリツコさんが小まめに引き抜いているのかも知れない。
店に向かって右側、おきゃくさまがおやすみになるべんちのわきのきせつのしょ…とここまで入力して変換キーを押すと《修飾語の連続・「の」の連続》とワードプロセッサから注意を受けるも、このまま続ける。とにかく、お客様がお休みになるベンチの脇の季節の書はしばらく「杉菜」だった。これを販売主任のハセガワタツヤ君に頼んで「萬緑」に掛けかえてもらう。隠居の、きのうの山桜の新緑が、あまりに鮮やかだったからに他ならない。
「萬緑」は英語で”full of green”。それを知ったのは、同級生スズキマサカズ君の、何年か前のfacebookへの投稿による。この時期、東武日光線に乗って南を目指すと、特に下今市と新鹿沼のあいだは正に”full of green”で、本は座席の前のテーブルに置かれたままになる。
緊急事態宣言が解除され、心おきなく県境を越えられるのは、いつになるだろう。
朝飯 若竹煮、生玉子、冷や奴、蕗の醤油煮、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 レタスと玉葱と人参のサラダ、パン、トマトと牛肉団子のスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.5.5(火) いつの間に
6時前、食堂の食器棚に置いたiPhoneが鳴る。かけてきたのは家内で、隠居に新聞紙を持って来て欲しいというのが、その内容だった。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」を作る日は、家内は4時に起きる。そしてひとりそそくさと朝食を済ませ、5時前には隠居へ向かう。今日は、揚げ物をする際に床に敷く新聞紙を持参し忘れたらしい。
よって即、階下に降りる。そして買い物のたびに溜まる紙袋を籠から選び、その脇に重ねてある古新聞を多めに詰め込む。社員用の通用口から隠居の柴折り戸までの距離は、100メートルほどのものだろうか。早朝から半袖のポロシャツ1枚で歩ける暖かさが有り難い。
家内が隠居に籠もる朝は、食事はひとりで用意する。テレビの天気予報は本日の、午前の穏やかさと午後からの急変を伝えている。
「そうであれば」と、午前の早い時間にふたたび隠居へ行く。10日ほど前にはアルマジロのような不気味なつぼみを天に向けていた藤が、今日は見事に花房を垂らしている。その藤棚の横を流れる池水の最上流、緑の濃いあたりには、シャクナゲが満開になっている。藤もシャクナゲも山桜の青葉も、いずれも「いつの間に」と驚くほどのあでやかさ、鮮やかさだ。
4月7日から明日5月6日までを期限とした新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言は、5月末まで延長された。それを受けて午後、臨時の場長会議を開く。そして現在の、出勤者数を平時の半分に絞る対策を、6月20日まで続けることを決める。日に余裕を持たせたのは、大事を取ってのことだ。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、土曜日、日曜日、月曜日の、週に3日の営業だ。よってこちらの方は、6月22日の月曜日まで、営業の自粛を延ばす。これに伴い「隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」も、週に3日のお作りとお届けを続けることになるだろう。
どこもかしこも非常事態の初夏である。
朝飯 若竹煮、菠薐草の胡麻和え、だし巻き玉子、刻んだ玉葱を薬味にした納豆、蕗の醤油煮、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布の味噌汁
昼飯 じゃこ山椒、梅干し、鮭の麹漬け、蕗の醤油煮、菠薐草の胡麻和え、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 玉葱とにんにくとブロッコリーとシメジのスープ、チーズと玉葱の無発酵パン、林檎とキウイとレタスのサラダを添えたトマトと玉葱とピーマンのドレッシングで食べるビーフステーキ、バンブー、飲みさしの赤ワインのうちのSan Pedro Castillo de Molina Cabernet Sauvignon 2017、チーズ、Old Parr(生)
2020.5.4(月) ツバメ
ここしばらく続けて、早朝は製造現場に降りている。冬、目的の場所までは、真っ暗な中、照明の、からだがその場所を覚えているスイッチを次々と入れつつ歩いて行く。それが今は、空は4時から明るくなりはじめるのだから有り難い。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」の今日の分は、店でのお渡しは無し、すべて宅配のみだった。タカハシリツコさんは休み、長男は繁忙により、その仕事には僕が当たる。店から数百メートルのところにはホンダフィットで行き、町内の2軒様には、それぞれ徒歩でお持ちする。
3番目の配達先から戻り、店の駐車場に足を踏み入れた瞬間に、頭上数メートルのところで黒いひとひらが一閃した。見上げると、それはウチの玄関の上に何年も前からある巣に飛び込もうとしているツバメだった。高雄、厦門、海南島。ツバメはどこから来るのだろう。
夕刻、6日に期限を迎える緊急事態宣言の、31日までの延長が発表された。「隠居うわさわ」も、営業の自粛は続けざるを得ないだろう。つまりそれは、弁当宅配の継続を意味する。家内がこの仕事に慣れてきたところから、内容は引き続き「一汁五菜」でいく予定である。
朝飯 じゃこ山椒、牛蒡と人参のきんぴら、「日光味噌辛ひしお」を添えた納豆、菠薐草の胡麻和え、ごぼうのたまり漬、鮭の麹漬けによるお茶漬け
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとベビーリーフとベイジルのサラダ、茹でたブロッコリーとスパゲティを添えたハンバーグステーキ、飲みさしのワインの白と赤
2020.5.3(日) 時宜
「田中角栄は、金の配り方が、まこと上手だった」と、むかし藤原弘達の例を引いて書いた人がいる。
どうしてもアメリカに取材旅行に出かけたい、しかし手元は不如意だ、焦燥しているところに田中角栄から100万円が届けられた。藤原は身を綺麗に保つため、その金は即座に返した。そして改めて、角栄の情報収集や人心掌握の確かさ、そして恐ろしさを知ったという。
梅雨時の「バックビルディング現象」は近年、列島に多くの災害をもたらしている。それとは逆に、日照りに降る雨は、土への慈しみとなる。金は配りどき、雨は降りどきが肝要である。
僕は、夜の冷や奴を有り難がらない。まったく自分の好みのみで言うことだが、冷や奴は酒の肴になりづらい。冷や奴は、朝ごはんのおかずにしてこそ美味い。それに対してトマトは、夜に酒と共にあると、とても嬉しい。
ウチでは、冷たいトマトは朝に出されることが多い。そのたび「なぜ朝なのか」と首をかしげつつ、まるでビタミン剤を飲むように、淡々と口へ運ぶのだ。
朝飯 山椒の佃煮、納豆、茄子の炒りつけ、菠薐草の胡麻和え、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 玉葱と椎茸のつゆで食べるざるうどん
晩飯 茹でたブロッコリー、らっきょうのたまり漬と鶏笹身肉のサラダ、菠薐草の胡麻和え、新生姜と豚肉のソテー、若竹煮、鮭の麹漬け、ごぼうのたまり漬、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)、花林糖、Old Parr(生)
2020.5.2(土) 引き絞られた弓の
「フリースなんて着てられないよ」と家内に注意を促されたのは、おととい朝のことだ。家内は早々と、半袖ポロシャツ1枚の薄着になっている。
仕事着に限れば、僕は年間で、以下8回の衣替えをしている。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
上記の「真冬」からは、1週間ほど前の、4月の最終週に脱した。以降は「春」および「初冬」の組み合わせで今朝まで来た。
物質だけでなく、人にも慣性というものがある。否、それは慣性ではなく惰性と呼ぶ方が適当だろう。ストーブを例にとれば分かりやすい。夏から秋になり、その秋もいよいよ熟すころに、人は納戸からストーブを出して火を入れる。そのストーブを仕舞うのは、それを出した晩秋よりよほど気温の上がった初夏直前である。
人は、引き絞られた弓の、本体が折れるか弦が切れるかの瀬戸際まで惰性に支配をされる。そして強い刺激に促されてようやく、まるでバネがはねるようにいきなり変わる。あるいは変える。
本日、僕は「春」および「初冬」の組み合わせから一足飛びに「盛夏」のそれに衣替えをした。「強い刺激」はもちろん、今日の「夏日」に他ならない。
朝飯 納豆、生玉子、揚げ玉と大葉を薬味にした冷や奴、茄子の炒りつけ、大根おろし、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「汁飯香の店 隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」
晩飯 酒肴4点盛り、菠薐草の胡麻和え、鮪のユッケ風、万願寺唐辛子の網焼き、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、花林糖、Old Parr(生)
2020.5.1(金) 物々交換
過去に、もっとも異国情緒を感じた場所は香港だ。ハン・スーインの”romanticism”と、全体主義という枷の嵌められていない中国人の、肉体的、精神的活発さの混淆に酔った。
昨年、お客様にいただいた百德食品有限公司の豆板醤が、いよいよ残り少なくなってきた。これを売る九龍醤園は、香港島の中環と上環のあいだ、皇后通り(Queen’s Road)と平行して走る威霊頓街(Wellington St.)から嘉咸街(Graham St.)の急坂を上った右側にある。百德食品有限公司の豆板醤が本物中の本物かどうかは知らない。しかし僕にとっての「最高」は、これしかない。
この「掌中の玉」のような豆板醤を思いがけず落手していくらも経たないある日、先輩のヤナセヨシヒコさんが旺角のホテルに滞在していることをfacebookで知った。コメントを送ると「香港で買うべき土産は何か」と訊かれた。すかさず僕は「利工民のシャツと百德食品有限公司の豆板醤」と答えた。
ねだったわけではなかったけれど、ヤナセさんは九龍半島の南端からフェリーボートで香港島に渡り、その豆板醤と辣油を買った。そしてそれをザックに入れ、空港へ向かった。
ヤナセさんは若いころ、台湾東岸の海でサーフィンをしていて官憲に捕まったことがある。1980年代はじめの台湾には、至るところに「スパイがいたら報せましょう」というポスターが貼られていた。「スパイ」は中国語で「萬惡的匪諜」と書かれていた。
ヤナセさんはまた、タイから急に思い立ってシエムリアップへ飛び、カンボジアの担当官に「ビザはどうした」と訊かれて「それが必要とは知りませんでした」と、やらかしたこともある。「今回ばかりは見逃すが、出国の際には絶対に陸路は選ぶな」と言われながら、ポイペトからアランヤプラテートにバスで戻った。それで無事に済むところがヤナセさんの不思議である。
ヤナセさんは、東京と香港の往復にLCCを用いていた。荷物は機内持込のザックのみ。そして豆板醤は、香港国際空港の保安検査場で没収をされてしまった。
「なぜ自分で買いに行かないか」と問われれば、豆板醤を手に入れるためだけに香港へは行けない。「オマエが美味いと言うラオカーオ”BANGYIKHAN”と百德食品有限公司の豆板醤を交換しようではないか」という奇特な人はいないだろうか。いれば何本でも、僕は”BANGYIKHAN”をタイから日本に運ぶ。もちろん、世界がコロナ危機を脱してからのことになるけれど。
朝飯 鰹節を薬味にした納豆、茄子の炒りつけ、ハムエッグ、牛蒡と人参のきんぴら、トマトとベイジルのサラダ、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツとズッキーニと若布の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 三品盆、冷や奴、水餃子、紅星二鍋酒(生)





































































































































