2026年7月の日記31本
2026.7.31(金) 受注残
7月最後の日、とはいえ、まるで梅雨どきのような雨が降っている。その中を傘を差しながら、隠居の枝折り戸を押す。建物の南東側に回ってみれば、きのうの午後はしぼんでいた朝顔が、今朝は花を開いて雨を受けていた。朝顔の種は複数のところから集めたもののため、青紫、赤紫、白と、あちらこちらに散っているのが、かえって面白い。蔓はいまだ地面から数十センチメートルほどのところまでしか達していない。よって日差しを遮るには、いまだ高さが足りない。蔓が軒先へ至るまでには、どれほどの日にちが必要になるだろう。
すぐにも止みそうな弱い雨は、枝垂れ桜と梅の木の下草に、深い陰影を作っている。スマートフォンで「栃木県日光市の2週間天気予報」を開いてみれば、少なくとも来月の15日までは、曇りがちの日の続くことを伝えていた。
事務室に戻って、今度は机の左手に提げたカレンダーをひとめくりして、8月のところを開いてみる。すると今年のお盆の人の出は、おおむね8日の土曜日から16日の日曜日までのあいだに多くなりそうなことが分かった。
長男と嫁の桃君によれば、今月はじめに日光の畑で収穫されたらっきょうを塩と酢のみで漬けた「夏太郎」は、来月の8日には蔵出しができるという。「夏太郎」は人気の商品のひとつで、事務係のカワタユキさんによれば、専用のかごには受注残の伝票が溜まってきているという。大いに有難い。
朝飯 グリーンアスパラガスのソテーを添えた目玉焼き、納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の煮物、生のトマト、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とズッキーニと若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 パン、チーズ、ベビーリーフのサラダを添えた2種のきのこととうもろこしと豚肉のソテー、「サンサンワイナリー」の「柿沢シャルドネ・ネイキッド2025」
2026.7.30(木) 午後の庭
おととい熊本を襲った大地震による被害は目を覆うばかりだ。朝礼の際には、ちょうど注文をいただいていた熊本県のお客様への対応、また熊本はもちろんのこと、九州にお届けする商品の取り扱いについても、長男より報告があった。僕は僕で、自分にできる対策を執るつもりでいる。
ところで今月24日の日記に書いた挨拶文は、午前のうちに、改めて清書をしなおした。それに際しては、デザイナーの苦労を鑑みて、文字数を大幅に減らした。その画像を電子会議室で受け取ったデザイナーからは即、季節に沿った画像との組み合わせの作業に入る旨の返事が戻った。
午後は、誰もいない隠居の庭を訪ねる。南東からの日差しを遮るためのグリーンカーテンには、幾輪もの朝顔が、花びらをすぼめて静かにしていた。朝顔は、明日の朝にも来て、いまいちど見てみることにしよう。そのときに撮る画像が、明日の日記の最上部に使えれば幸いである。
画像といえば、スマートフォンであれこれしている最中に興味を惹かれる本があれば、それをスクリーンショットする。そしてほとんど間を置かないままコンピュータに移す。その画像をしげしげと眺めてみれば、本棚の「積ん読」とおなじく「ホントに読むのかよ」と思われるものもある。取捨選択を急ぐことにしよう。
朝飯 胡瓜の辛子漬け、鮭の焼きほぐし、たらこ、納豆、揚げ湯葉の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、玉葱と若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 厚揚げ豆腐と小松菜の煮物、蛸と胡瓜の辛子漬け、枝豆、かまぼこ、玉子焼き、グリーンアスパラガスのバター炒め、とうもろこしのバター炒め、焼き鮭、松かさ焼き、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)、マドレーヌ、Old Parr(生)
2026.7.29(水) 伊豆治療紀行(47回目の2日目)
治療のための、伊豆での一泊二日の滞在においては、夕食は外で、朝食はコンビニエンスストアや駅ナカの店で買ったものを部屋で、という形が今年の1月より定着した。それはひとえに合理性を求めてのものだ。そして1日目の夕食は、ことし3月から通い始めた南伊東駅前のビストロで、今後も変わらないような気がしている。
ところできのうは酔って寝て、日付の変わった1時に目を覚ましたときには宿の枕に頭を預けて眠っていた。よって「これはいけない」と、床に置いたトートバッグから持参の枕を取り出し、それを首に巻いて、ふたたび眠りに落ちた。
今朝「伊豆高原痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになり、きのうとおなじく先生の触診を受けると、先生は「いいですねー」の代わりに「若干…」とか「すこし張ってるな」と口にしたから、小さな不安が勃興する。そしてやはり、今日の9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は「ただ触れているだけ」だったきのうとは異なって、背中と腰には熱さと圧力、そして膝の裏側にはそれに加えて結構な痛さを感じさせた。原因はひとえに、宿の枕が僕の頭や首に合っていないところにあると、先生は言う。来月は、宿に入るなり、持参の枕を布団の上に用意しておこう。
新幹線の中で別れた家内と落ち合うまでの時間は、普段であれば、新橋から銀座、京橋、日本橋と、銀座線の上を北上しつつ調整する。しかし今日は日本橋を降り出しに、徐々に南に至る。スマートフォンによる東京の今日の最高気温は35℃。晴れてはいるものの、日差しはそれほど強くない。
中央通りを、赤いフェラーリ812の右ハンドル車が、ゆっくりと銀座へ向かいつつある。その古典的な横顔に「良いね」とは思うけれど、欲しい気持ちは起きない。僕はクルマは全長4メートル以内、排気量はせいぜい1600ccまでのものが好きなのだ。
京橋のパタゴニアで、僕ごのみの色柄のシャツを見つける。しかし19,800円の価格は僕の経済観念に照らせば手が出づらいこと、アロハは古着市場でプレミアの付いているものも含めて社員に形見分けするほど持っていること、それらのいずれも何年も着ていないことから、色柄は好みでも、僕の目を引き寄せたそのシャツを買うことはしなかった。
おなじ京橋のモンベルでは、防水性の高いショルダーバッグが新製品として出ていることを知り、いくども触る。しかし貴重品を入れるチェストポーチとしては、現在のtomtoc製が自分には最も優れているため、こちらもひやかしたのみにて、他の売り場へ移った。
京橋から日本橋への復路も、地下鉄は使わず歩く。今度は小豆色のランボルギーニ・ウラカンが、やはり銀座へ向かってゆっくりと、あるいはのっそりと進んでいく。こちらについては「良いね」とは思わない。
それはさておき9月のタイ行きに持参する本は、1冊は決めている。しかし滞在日数が12日間であれば、途中で読み終える恐れがある。よって丸善で、次の1冊を、ほぼ決める。
ネット上の本屋は、その黎明期においては、抽象的な言い方になるが、本を「点」で見つけていた。それが今では技術も上がって「線」で探す感じになっている。しかし実際の書店では「面」で、あるいは感覚を頼りにその書棚に近づくことができる。アナログの書店は、そこのところが有難い。
家内とは16時55分に待ち合わせていた。そして夕食を摂って、浅草19:19発の下り特急に乗り、21時過ぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび、豚汁
昼飯 「ベックスコーヒーショップ」のB.L.T、アイスロイヤルミルクティ
晩飯 「吉野鮨本店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)
2026.7.28(火) 伊豆治療紀行(47回目の1日目)
時刻は3時すぎ。いつものように食堂の、南東と南西に面した窓を開く。きのうに引き続いて涼しい。そして部屋の空気が外からの空気に完全に入れ替わると、涼しさどころか寒さを覚えてきた。まるで高原にいるような感覚である。半袖のポロシャツ1枚で耐え難い気温とは何度くらいのものだろうと考えるも、寒暖計を確かめることはしなかった。
剥き出しの腕は、木綿のセーターを求めている。しかし脳は、夏に重ね着をすることを拒否している。結局は壁際に置いた足温器をテーブルの下に引き込んで、電源を入れる。
上りの特急が下今市を発車したのは10時52分。東海道新幹線が小田原を過ぎるころに降り出した小雨は、伊豆急行が伊豆半島の東岸を南下するに連れて驟雨に変わった。伊東に着いたのは14時51分。雨は幸い、傘を必要としないくらいまで弱まっていた。
駅前で予約済みのレンタカーに乗り、宿には荷物を置いたくらいで、すぐにまたスズキソリオの運転席に着く。
「伊豆痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになった僕のアキレス腱のあたり、ふくらはぎ、膝の直下、膝の両側を触りつつ先生は「いいですね」と呟いた。そして首の両側を押しつつ「これまでで一番、良いんじゃない」と続けた。それを聞くと僕は大いに安心をする。自分のからだの状態が良いことに安心をするのではない。この整体院の電子ペンによる治療は、具合が悪いほど、それを打ち込まれたところに痛みを感じさせるのだ。膝など肉の薄いところが悪化したときなどのペン先による痛みは、まるで拷問まがいである。
治療は案の定、痛みは両膝の一部にすこし感じたのみ、更には時間もごく短く終わった。後は別のベッドに仰向けになって、膝への低周波を、家内の治療が終わるまで受けるのみだ。
夕食は前に来たときに予約をしておいたビストロで摂り、宿に戻ったら入浴をして即、寝に就く。
朝飯 スクランブルドエッグ、鮭の日光味噌と地酒酒粕の焼きほぐし、胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、揚げ湯葉の甘辛煮、メシ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「日本橋だし場」の炭火焼き鳥弁当」、JAVA TEA
晩飯 “Brasserie ChouChou”のグリーンサラダ、帆立貝のブルゴーニュ風バター焼き、パン、オーストラリア産サーロインのステーキ、ソーヴィニヨンブランのグラスワイン、ランドックのグラスワイン、クレームブリュレ、サントリー「角」(生)
2026.7.27(月) 解けない謎
今朝はことのほか涼しい。涼しさは心地の良さをもたらす。しかし面白くはない。夏の朝はすべからく「東京物語」で平山周吉がつぶやいたような、酷暑を予感させるものであってほしい。
今月24日の日記に書いたお客様への挨拶文を、忙しない事務室から離れて、4階の食堂で清書する。これを長男が画像にしてデザイナーへ送ったところ、文字と文字の間の空間や改行の調整にかなりの手間を要すると電子会議室に返信があった。よって今週の木曜日に書き直して再送する旨の返事を送る。意外や早く書けたと喜んだ文章ではあったものの、結局は、デザイナーに要請された最終の期日の納付、ということになってしまった。
ところでこのところは開店と閉店に伴う一連の作業、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品、販売係が手薄なときの手伝いなどの業務に加えて、今日の清書のような、何かひとつでも特別なことをすれば、いかにも仕事をしたような気分になる。これすなわち加齢によるものだろうか。
加齢といえば、あれほど好きだったラーメンにさっぱり興味を失ったことが、不思議でならない。小遣い帳を「ラーメン」および「冷やし中華」で検索してみれば、2024年7月23日に東郷町のフジヤで冷やし味噌ラーメン、同年8月22日に小倉町の食堂ニジコでラーメンを食べて以来、それら4文字はプッツリと途絶えている。
それが今日は、孫に請われたこともあって、皆でフジヤに出かけてみた。家内が注文した冷やし味噌ラーメンを分けてもらうと、2年ぶりのそれは相変わらず美味かった。だったらなぜ、ラーメンから足が遠のいたのか。なぜ具だくさんのラーメンではなく、具のない盛り蕎麦を選ぶようになったのか。加齢による変化ではあるだろうけれど、まったくもって、解けない謎、である。
朝飯 茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、鮪の生姜煮、胡瓜と若布の酢の物、生玉子、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茗荷と揚げ玉の味噌汁
昼飯 溶き玉子のつゆの素麺
晩飯 「フジヤ」の冷やし味噌ラーメン、焼き餃子、日本酒(燗)、家に帰ってからの「久埜」の麩饅頭、Old Parr(生)
2026.7.26(日) 自製の理由
ことし初めての麺つゆが完成したのは今月14日の朝。できた量は2,149ccだった。それが今日の昼には枯渇する模様だったため、きのうの夜より2回目の麺つゆ作りに取りかかった。2リットルを超える麺つゆが2週間もしないうちに無くなろうとしているのは、天ぷらのつゆに流用したりしたためだろう。
昨夏、麺つゆ作りは4回で済むと考えていたものの、足りなくなって、9月13日に5回目を行った。その記録が残っていたから、今年はその回数に足りる材料を、梅雨の前に確保しておいた。
家内に言われるまま砂糖を増やした結果、今年はじめてのそれは、僕には甘すぎた。よって2回目の今回は、その量を15パーセントほど減らしてみた。
麺つゆは、出来合いを買うより自製する方が高くつく。しかし市販のものより自分で作った方が美味いこと、今回のように味の調整ができること、またあれこれ工夫を凝らすことのできる面白さなどにより、結局は毎年「面倒くせぇな」と感じつつも、鍋に向かうことになるのだ。
さて今回の麺つゆは、いつまで保ってくれるだろう。とにかく毎日、昼に素麺の食べられることが、嬉しくてならない。
朝飯 胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、大和芋のすりおろし、鮪の生姜煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニと大根の味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしのつゆの素麺
晩飯 「やまだ宴楽」の其の一、其のニ、其の三、其の四、其の五、其の六、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2026.7.25(土) ナツグモ
起床は4時。普段ではれば、仏壇のお供えを済ませたら即、コンピュータを開く。しかし今日ばかりは湯沸かしポットの電源を入れたところで冷蔵庫から胡瓜を取り出し、辛子漬けの調理に取り掛かる。
この漬物をつくることは僕には初体験だ。ウェブ上のレシピはおしなべて、驚くほどの砂糖の量を示している。僕は酒飲みだから、甘い漬物は苦手だ。しかし初めてのことであれば、とりあえずは「標準」に従うべきだろう。そういう次第にてきのう道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で買った胡瓜を洗って刻み、その重さを計ってから、それに見合うだけの砂糖や塩や粉がらしを計る。そしてそれらをビニール袋に入れて、全体をなじませる。
これを2時間ほども常温に置けば、袋の中には胡瓜から出た水が粉からしを溶かして黄色く満ちる。そこに、これまた胡瓜の重さに見合った茹で蛸をぶつ切りにして加え、冷蔵庫に格納する。
日中には、なにか目覚ましい仕事をしたような気がするものの、その内容についてはまったく覚えていない。午後もなかばを過ぎるころ、南東の空に素晴らしい夏雲の立ち上がったことに気づいて屋上へ上がる。しかし雲は、地上から屋上へ至る2分ほどのあいだに随分と形を変えてしまっていた。
夕食の前に、サワンカロークの疎林のなかで拾ってきた陶片に、胡瓜と蛸の辛子漬けを盛ってみる。この、長年の風雪、否、タイの中部に雪は降らないだろうから、長年の風雨にさらされたおもては緩やかな凸状を示しているから、元は巨大な壺だったのかも知れない。陶片の乳白色は胡瓜の緑と蛸の赤をよく引き立たせたものの、凸状であれば、汁気のあるものには使えないだろう。
胡瓜と蛸の辛子漬けは、まぁまぁ美味かった。次は砂糖と粉からしの量を減らし、酢を加えてみようと思う。
朝飯 揚げ玉、たらこ、梅干、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 紫蘇の葉のつゆの素麺
晩飯 胡瓜と蛸の辛子漬け、冷奴、鶏ささみ肉と小松菜の胡麻和え、大根おろしを添えたパプリカと茄子の素揚げ、焼き鳥、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)
2026.7.24(金) ツァンパー
4時すぎの食堂には熱気がこもっていたから、きのうとおなじく南東と北西に面した窓を開ける。しかしきのうとおなじく風は通らないから、開けたばかりの窓を閉めて天井の空気調整機を冷房で回す。しばらくするときのうとおなじく足元が寒くなってきたから、きのうとおなじく空気調整機は止めて、きのうとおなじく、ふたたび窓を開ける。すると今度は、朝食を終えるまで、部屋は涼しいままに保たれた。
7月も最終週が近ければ、きのうは事務机の左手に提げたカレンダーの、8月のひと月分を確認した。8月は繁忙の月だから、そこには諸々のすべきことが書いてある。そして唯一、遊びに関しては「8/20(木)までに2027.02のウドンとチェンライの宿をAgodaで予約すること。ステイタスの関係」とあった。
ラオスとの国境が近いウドンタニーには、これまで3回、行っている。新型コロナウイルスが世界中に蔓延しはじめた2020年3月に使ったホテルのプールサイドには、タイ語ではリラワディ、ラオス語ではツァンパー、一般にはプルメリアと呼ばれる木による日陰があった。2回目と3回目は、初回より幾分か高いホテルを使った。こちらのロビーや部屋の雰囲気は申し分がないけれど、プールは日当たりが良すぎて、薄曇りの日にパラソルの下にいたにもかかわらず、昨秋はひどく日焼けをした。
そのことから、今秋のホテルは、最初に使ったところに戻って予約をした。ここでもういちど居心地を確認してから来春のホテルを決めたいところだが、カレンダーの文字は8月20日までの予約を急いている。せいぜい迷ってみることにしよう。
さて目の前にぶら下がっている仕事としては、お得意様へ向けて10月に投函するご案内の、挨拶文をそろそろ作らなくてはならない。デザイナーに指示された納期は「7月29日か30日」。夏のさなかに秋の挨拶を綴ることは中々の難題ながら、どうにかすることにしよう。
と、ここまで文字を連ねたのが7月24日の早朝。しかしその挨拶文は、昼前にはあっけなく書けてしまった。ペンによる清書は、事務係と販売係の充実している日を選び、且つ仕事場を離れてすることにしよう。
朝飯 生のトマト、スクランブルドエッグ、納豆、春雨の中華風炒め、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆの素麺
晩飯 レタスのサラダを添えた鶏肉とマッシュルームのトマト炒め、パン、チーズ、梅の砂糖煮、TIO PEPE
2026.7.23(木) 夏よいつまでも
食堂の電波時計は3時を3分だけ過ぎていた。僕にとっては理想的な起床時間だ。夕食の席で過分に酔って椅子の上で寝てしまうとか、風呂に入る前にひと休みのつもりでベッドカバーの上に仰向けになって、しかし天井の明かりを点けたまま数時間ほども眠ってしまうとか、そういう失敗をすると、朝の、ひとりの、静かな悦楽は得られない。
食器洗浄機がいまだ動いている食堂は、機械の発する熱気もあって、大いに蒸し暑かった。その熱気を逃そうとして南東と北西に面した窓を開けるも、風は通らない。仕方なくその窓を締めて、天井の空気調整器を冷房にして回す。
小一時間ほどして寒さを感じるほどになったら空気調整器は止めて、窓を開ける。7月下旬の晴れの朝であれば、5時30分を過ぎれば部屋は本を読めるほどには明るくなるから、天井の明かりを落とす。
そういえば、きのうの夕食時には窓から雷光が望めた。ここに至って「一体全体、何回、それを窓に入れたよ」と苦く笑いたくなる「2026 関東 梅雨明け」を、検索エンジンに入れてみる。「AIによる概要」には「気象庁は2026年7月20日に関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました」と出た。夏には、できるだけ長く続いてほしい。
朝飯 パプリカとブロッコリーのソテーを添えた目玉焼き、納豆、牛肉のすき焼き風、揚げ湯葉の甘辛煮、胡瓜と大根の糠漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 玉葱のつゆの素麺
晩飯 たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」のタレで食べる鰹の刺身、枝豆、とうもろこしのバター炒め、春雨の中華風炒め、空芯菜の牡蠣油炒め、肉団子のあんかけ、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)
2026.7.22(水) 遺失物の収容
起きて洗面所へ行くと、低い戸棚の上の電波時計は2時54分を示していた。
きのう20時03分に下今市の駅に着いて、跨線橋を渡りつつ、トートバッグにiPhoneの無いことを、うすうす感じた。改札口を出て待合室で調べてみると、iPhoneはやはり無かった。特急の座席指定券はiPhoneを用いて買い、席にはそのiPhoneを確かめつつ着いた。そのことからすれば、iPhoneは車内に置き忘れた可能性が高い。
それを伝えたところ、駅員は僕の席の番号およびiPhoneの色を訊ねてメモに残し、待合室で暫し待つよう言った。
下今市から終点の日光までは僅々7.1キロメートルの距離だから、iPhoneが見つかったとの、日光駅からの返事はすぐに戻った。僕は駅員の差し出した専用の紙に自分の名と電話番号を記し、明朝の、日光駅の開く時間を確かめて家路をたどった。
4階の自宅にはwifiが無く、コンピュータはいつも、iPhoneを用いてインターネットに繋いでいる。今朝はそれができないから事務室へ降りてWordPressを開き、きのう書きかけたきのうの日記をディスプレーに出したまま4階へ戻る。そしてそれをエディタに写し、文章を完成させる。
時刻はいまだ4時にも至らない。よってきのう事務室に届いたらしい、孫のリコのために買った「小さなバイキング ビッケ」の包みを解き、最初の章である「ビッケ、オオカミに追いかけられる」を読む。それでもなお時間があるため屋上へ上がり、明け方の空気に触れる。北に目を遣れば、左から右へと動いていくヘッドライトは、大谷川の手前のバイパスを行くクルマだろうか。その向こうを右から左へと動いていくヘッドライトは、大谷川の対岸を行くクルマだろうか。しかしあの川沿いに、果たして道はあっただろうか。そんなことを考えるうち、一羽の白鷺が東から西へ向かってゆっくりと飛んでいった。
食堂に戻って今度は開高健の「生物としての静物」のうち「ラッキー・ストライクよ永遠に」を最後まで読む。ここで時刻はようよう4時45分に至ったため、地上に降りて外へ出て、ホンダフィットの運転席に着く。そしてハンドルを西へと向ける。
東武線の日光駅には4時59分に着いた。にこやかに応対をしてくれた駅員は所定の紙を差し出し、僕はそれに住所、氏名、電話番号を書き込む。駅員はその電話番号を、駅の電話機で呼び出す。それに応じて僕のiPhoneは着信音を発した。ここですべては終了。きのう下り特急の車内に置き忘れたiPhoneは、無事に僕の手に戻った。今月末に東武線の特急を使うときには家内も一緒だから、今回のような粗相は免れるだろう。
夕食が終わりつつあるころ「小さなバイキング ビッケ」を孫のリコに手渡す。今は「エミール」を読んでいるという彼女に「ビッケ」はいささか簡単すぎたかも知れない。そのリコに「ドイツ語版のエミールでは”auf füße”という言葉のみ覚えている」と伝えると「それだけ覚えていてもしょうがない」と返される。おっしゃる通り、である。
朝飯 生のトマト、鮪の生姜煮、揚げ茄子、スクランブルドエッグ、胡瓜と大根の糠漬け、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、なめこのたまり炊、茗荷とズッキーニの味噌汁
昼飯 揚げ玉のつゆの素麺
晩飯 マカロニサラダ、パプリカとブロッコリーのソテーとマッシュドポテトを添えた鶏のチーズ焼き、クロワッサン、チーズ、「サンサンワイナリー」の「柿沢シャルドネ・ネイキッド2025」
2026.7.21(火) 玉関西望堪腸断
上杉謙信は鞭の音も粛々と、夜の千曲川を渡った。と、ここまで書いたところで、この頼山陽による有名な詩がしっかり韻を踏んでいるかどうかを、新漢字林で調べてみる。すると、当該の漢字を音読みしたときに薄々感じていたことだが、まったく押韻していないことが分かった。よって次は「日本人のつくる漢詩 韻を踏んでいない」と検索エンジンに入れてみる。「AIによる概要」には「それでいいのだ」という意味のことが出た。
とすれば、日本のある政治家が自作を毛沢東に贈り、毛沢東はそのお粗末さを嗤い、しかし周恩来は紳士だから漢詩についての本をその政治家に土産として手渡したという噂話の、その漢詩は日本式のものだったのかも知れない。
とにかく、僕は夜の千曲川ではなく、14時38分の神田川を、聖橋の上を歩いて南から北へ渡る。そして湯島聖堂への石の階段を降りて、斯文会館の講堂に入る。スマートフォンの天気予報によれば、本日の東京の気温は35℃。講堂には冷房が効いていた。
ゴトージュンイチ先生の講義のあいだに時宜を得て、今月10日の日記に書いた、唐代の中国人は辞書を調べなくても漢字の平仄や韻目が分かっていたのではないかという、かねてからの疑問を質してみた。先生の答えは「それは今となっては不明です」とのことだった。
ところで本日、教材に用いたうちの、岑参による以下を皆で声に出して読み下したときには「僕、行ったことあります」と手を挙げたいところだったけれど、講義の邪魔をしてはいけないと考えて、それをすることはしなかった。
東去長安万里余
故人何惜一行書
玉関西望堪腸断
況復明朝是歳除
それにしても、あのような砂漠の先まで赴任する気分を想像してみれば、「堪腸断」も決して大げさではない。進士の試験に合格してなお、楽でなかった役人もいたのだ。
定時の15時に5分おくれて講堂に入ってきた先生は、しかし16時30分の定時で講義を終えた。来月の教室は夏休み。9月は仕事の関係から僕はここに来られない。よって10月までにどこまで自習してくるべきかを先生に訊き、それをノートに書き付ける。
床屋へは教室の前に行っていたから今日の時間配分は楽だ。17時すぎに北千住へ戻って飲酒活動をし、18時33分発の下り特急に乗って20時すぎに帰宅を果たす。
朝飯 目玉焼き、ピーマンの網焼きと茄子の素揚げ、キャベツの浅漬、胡瓜と大根の糠漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ドトール」のトースト、アイスコーヒー
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、チューハイ、それを濃くするためのナカ
2026.7.20(月) 海の日
おとといは強い雨。きのうもまた、ぐずついた天気だった。しかし今朝の空には日の出の気配がうかがえた。よって家内がつけたテレビではFIFAワールドカップの決勝戦が始まっていたものの、食堂から応接間を横切って、階段室の扉に鍵を差し込む。
夜が明けつつある屋上には暖かい空気があった。「防ぎようのない暑さの夏より、着込めば凌げる冬のほうがまし」という人がいる。まったくもって、信じがたいことだ。
スペイン対アルゼンチンの延長戦が決まったところでようよう、家内は隠居の厨房へ向かうべく席を立った。僕はテレビを消して、家内と共に1階へ降り、急ぎの注文などがファクシミリで入っていないかどうかを事務室で確認する。そこに長男に連れられて3人の孫が降りてくる。その姿を見て、今朝から町内のラジオ体操が始まることを、あらためて思い出す。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様からのご要望があって、11時がちかくなるころ蔵見学にご案内する。自分の体感としてはそれほどのこととも思ってこなかったが、今年は例年にくらべて梅雨どきの日照が少なく、雨が多かったらしい。その結果、夏野菜の不作と高騰が心配されている。一方、水を好む生姜は「今のところ」ではあるけれど、豊作が予想されている。紫蘇の実の出来については不明ながら、できるだけ長い期間で買入れをしたいと考えている。
午後には清々しく天気雨が降った。それが上がろうとする間際には、ごく小さくではあったものの、雷鳴が届いた。日光地方の梅雨は、今日を以て上がるのではないか。夏に最も似合いの四字熟語は光輝燦然。冬至のころを思えば、天国である。
朝飯 キャベツの浅漬け、揚げ玉、焼鮭、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 生玉子のつゆの素麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)
2026.7.19(日) 伏兵と提灯
きのう早く寝に就いたせいか、今朝、起きて仏壇に花と水とお茶と線香を供えたのは1時45分のころだった。外の道は黒く濡れて街灯の明かりをはね返しているものの、雨は止んでいる。
おとといの日記は既にできていて、きのうの日記もきのうのうちに九割方は書けていたから、すぐに完成してしまった。以降は「流れ流れて木更津の」の「与話情浮名横櫛」についてウェブ上で調べるうち十五代目羽左衛門、岩下尚文の著作、更には松岡正剛のサイトに至って長い文章をふたつ読む。
ここで流石に活字には飽きて、普段は決してしないことながら、外へ出て、小倉町三丁目のセブンイレブンまで歩く。そして少々の買い物をして、600メートルほどの散歩を終える。
今月の6日から病院に通い始めた風邪は、おとといまでは事務室に龍角散を持ち込むなどしていたものの、きのうに至ってようやく完治したらしい。全治13日とは、なかなか手強い風邪だった。こんなものに旅行の直前に罹ろうものなら、その全日程が台無しになる。もっとも「だから気をつけよう」などと考えても、風邪は夜露に濡れた藪の中の伏兵のようなものだから、いつ狙い撃ちをされるかは、分かりづらい。
ところでその準備日から数えれば7日のあいだ店の前に飾り続けた八坂祭の提灯は、いつ作られたか分からない古いもので、流石に傷みが目立ってきた。今回はそれに加えて、後退してきたお客様のクルマが当たって、4丁のうちの1丁は大きく破れた。よって9時ちょうどに隣の町内のタムラ提灯にそれを持参し、来年の春の大祭までに張り替えてくれるよう頼む。なお、お盆の「お迎え」に使う提灯も傷みがひどければ、こちらもお盆すぎに、タムラさんに持ち込むことにしよう。
朝飯 キャベツの浅漬け、大和芋のすりおろし、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしのつゆの素麺
晩飯 チーズ、穴子の佃煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、TIO PEPE、たらこと大葉のスパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018、桃
2026.7.18(土) 長梅雨
「梅雨明けは7月15日ころ」とした予報をウェブ上で目にしたのは7月14日のことだった。しかし梅雨が明けたとする明確な宣言は、いまだ気象庁からは出ていない。僕が住むあたりには「梅雨は雷に始まり、雷に終わる」という言葉がある。確かに今年は、その雷鳴は聞いていない。
しかし自分では「梅雨明けは7月15日ころ」の情報を信じ込んでいたから、きのうは高さも重さもある脚立を隠居へ運び、軒先に風鈴を釣った。また床の間の絵は今井アレクサンドルの「ガーベラ」から、まるで庭の木々を映したような「ヒサオさんの緑の絵」に換えた。このひと仕事を終えると上半身は汗ばんだが、なんとはなしの遠慮があって、シャワーを浴びることはしなかった。
虫が知らせたわけではないけれど、軒先に立てた脚立を仕舞うころを見計らったように、細かい雨が落ちてきた。そしてその雨は13時30分を過ぎるころには強雨に変わった。ホンダフィットは配達で出払っていたから、所用による外出にはトヨタハイエースを使った。そして最初の立ち寄り先のある森友地区へ行くと、街からは3、4キロメートルしか離れていないにもかかわらず、道に雨の形跡は一切なくて、大いに驚いた。雨のまだら模様は、確かにあるのだ。
雨の合間を見計らいつつ、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に、本日最後の検品に赴く。そのついでに、如来寺のお墓へ回る。5日前の、妹の祥月命日に供えた花は、お寺の係が気を利かせてくれたか、既にして片付けられていた。よって花立ておよび線香立ての周りを水で洗うのみにて会社に戻る。
これまで「2026 関東 梅雨明け」と検索エンジンに入れると「平年並なら7月19日」とか「7月15日ころ」などと出て、その日を待ち望んでいた。しかしことによると今年の梅雨は例外的に長引いて、それが明けたとする宣言は、8月にずれ込むかも知れない。
朝飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、なめこのたまり炊、胡瓜のぬか漬け、メシ、精進揚げの味噌汁
昼飯 精進揚げの熱いつゆで食べる素麺
晩飯 生のトマト、チーズ、穴子の佃煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、焼売、炒飯、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)
2026.7.17(金) 精進揚げ
2時30分のころ、耳の後ろ、肘の内側、太ももの後ろ側に、点々と痒みを覚え始める。当初、痒さは、その部分を指先でひねるなどしてやり過ごしていたものの、そのうち「これは蕁麻疹ではないか」と、しばらく前のことを思い出す。
痒いところの特に太ももの後ろ側にはやがて、蚊に刺されたときのような、小さな膨らみがあらわれた。「蕁麻疹ではないか」という疑いは「また、蕁麻疹だ」という確信に変わった。よって洗面所を経由して食堂へ行き、テレビ台の下の、僕のためだけの薬を収めた抽斗から皮膚科の処方による抗アレルギー薬を取り出す。そしてそれを1錠だけ服用する。
症状は30分ほどで軽くなり、1時間が経つころには痒みも皮膚の膨れも引いた。そこでようよう起床する。食堂の電波時計は3時58分を差していた。
この日記を遡ったところ、人生初の蕁麻疹は、今年の5月1日未明のことだった。その日記を読み返してみれば、蕁麻疹は、胃痛を追いかけるようにして起きていた。それではその前の晩は何を食べていたか。1日を遡って4月30日の夕食を確かめたところで「あーっ」と声が出た。それはきのうの夜とおなじ天ぷらだった。胃は、実は今朝も、胃薬を飲もうか飲むまいか迷うほどには痛かったのだ。
蕎麦屋でたぬき蕎麦を食べても、またスーパーマーケットの出来合いの天ぷらをにゅうめんに乗せて食べても、蕁麻疹は起きていない。とすれば家の天ぷらの、何かの具材が悪さをしているに違いない。その具材とは何だろう。そして家においては、しばらくは精進揚げのみに箸を伸ばすことにしようと決める。
朝飯 揚げ湯葉の甘辛煮、トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とズッキーニの味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 チーズ、穴子の佃煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、トマトとベビーリーフのサラダ、目玉焼きを添えたカレーライス、Old Parr(ソーダ割り)、メロン
2026.7.16(木) 極悪非道のクソ野郎
家内は今朝も4時に起きてテレビの電源を入れるだろう。静かな時間を確保するには、それより先を行く必要がある。洗面を済ませて食堂に来て明かりを点ける。時刻は3時になりかかろうとするところだった。
FIFAワールドカップのアルゼンチン対イングランド戦がハーフタイムに入ったところで席を立ち、開高健の「生物としての静物」を、本棚の高いところから脚立を用いて取る。そしてその中の「書斎のダンヒル、戦場のジッポ」を、応接間のソファに仰向けになって読む。ベトナム戦争の最中にサイゴンの露天で売られていたという、聖句をパロディにして彫り込んだジッポのライターについて調べたかったからだ。
その聖句のそもそもは詩篇23篇の「たとひわれ死のかげの谷をあゆむとも禍害をおそれじ、なんぢ我とともに在せばなり、なんぢの笞なんぢの杖われを慰む」だが、ジッポに彫られた文字は、開口によれば以下と紹介をされている。
……
Yea Though I Walk Through The Valley Of The Shadow Of Death, I Will Fear No Evil For I Am The Evilest Son Of A Bitch In The Valley.
……
サイゴンに旅したとき、もっとも訪ねるべきは、戦争博物館と戦跡のクチトンネルと、人に訊かれれば言い続けている。あのような戦場に放り込まれれば、こんな戯言を彫り込んだライターも、身に付けたくなろうというものだ。
ところで僕の手元には、ダンヒルのシルフィードと、ジッポのスターリングシルバー製が、ひとつずつある。ダンヒルはオヤジが遺した新品、ジッポは1980年代のはじめに従姉妹が新婚旅行先のハワイから土産として買ってきてくれたものだ。タバコは年に4本までと決めている僕にはいずれも無用の長物ではあるけれど、ときどき取り出してその重さを確かめる玩弄物としては、中々に悪くない。
さてサッカーは、アルゼンチンがイングランドに2対1で勝った。「生物としての静物」は、しばらくしたら、また別のページを開きたくなるだろう。
朝飯 生のトマト、きのうの夜の煮物の残り、納豆、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 すり胡麻のつゆの素麺
晩飯 チーズ、穴子の佃煮、天ぷら其の一、天ぷら其の二、稲庭うどん、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、メロン
2026.7.15(水) malicia
普段は6時30分に食堂に来る家内が、今朝に限っては4時に姿をみせた。そしておもむろにテレビの電源を入れた。FIFAワールドカップのフランス対スペインの試合は、既にして始まっていた。
老人は何かにつけて「昔は」と口に出す。ことによると僕も、その例に漏れないかも知れない。とにかくオリンピックのサッカーで日本代表が銅メダルを獲得した1968年のころは、サッカーのボディコンタクトは、少なくともルール上は、肩や背中でするのみが許されていた。しかし今は、相手を手で突き飛ばす、相手のユニフォームを掴んで引く、走る相手の脚に自分の脚をカンヌキのように差し込むなど、何でもありになっている。あるいは相手が自分を蹴らざるを得ない位置に故意に突進することまでする。そして望んだ通りに相手が自分を蹴ってくれれば大仰に転んで痛がってみせるたりする。まるでプロレスである。
卑怯さが勝つことに貢献しないスポーツは、あるだろうか。競泳などは、それに該当するかも知れない。
ところで本日は月に一度の店休日にて、すべての入口を閉じた社内で、9時30分から16時30分までのあいだに、複数の会議に参加をする。夜は早々に夕食を摂って、早々に寝室に入る
朝飯 茄子とパプリカとブロッコリーのソテー、スクランブルドエッグ、「中華丼」のあたまだけ、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、芋がらと玉葱の味噌汁
昼飯 オクラのつゆの素麺
晩飯 小松菜の胡麻和え、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、竹輪とこんにゃくの炒り煮、鶏肉と厚揚げ豆腐と茄子の煮物、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)
2026.7.14(火) 初そうめん
数日前からの予報が当たって、東の空には赤みが差している。一瞬を逃せば、その最高のところは望めない。食器棚に置いたキーホルダーを掴んでそそくさと応接間を横切り、廊下に出て階段室への扉を解錠する。
屋上から食堂に戻って「2026 関東 梅雨明け 予想」と検索エンジンに入れる。すこし前までは「平年は7月19日」と、予想でも何でもない日が出てきた。しかし今朝は「7月15日ごろ」と、ようやく断言めいた見解が示されていた。思わず食卓の右手に置かれたテレビ台のカレンダーに目を遣って、それが明日であることにすこし驚く。
きのうに引き続いて、4時25分より素麺のつゆを作ることをふたたび始める。既にして完成している一昨日の日記を公開し、きのうの日記を整え、素麺のつゆ作りが最終の段階に差し掛かっても、時刻はいまだ5時45分なのだから、早寝早起きのできる体質は有難い。
4階のベランダの、既にしてツバメの去った巣の下の卵の殻や糞や細い枯れ枝を、午前のうちにホウキで掃いて、塵取りに集める。ツバメが日本に留まるのはいつごろまでだろう。そのころになったら、僕は彼らを追って、南の国へ行きたい。
素麺を包んでいる紙には
……
ざるそうめん(ゆで時間約四分)
冷やしそうめん(ゆで時間約四分)
にゅうめん(ゆで時間約三分)
……
の説明がある。しかしきのうまでのにゅうめんは、タイマーを1分30秒にしていた。昨夏の茹で時間は覚えていない。3分30秒で試してみると、氷水で締めても麺は明らかに柔らかすぎた。明日は3分まで縮めてみようと思う。
朝飯 筑前煮、揚げ茄子、納豆、いんげん豆の胡麻和え、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 納豆のつゆのざる素麺
晩飯 チーズ、鰻の佃煮、ズッキーニとブロッコリーとパプリカのソテー、スパゲティミートソース、TIO PEPE、伊予柑のゼリー、Old Parr(生)
2026.7.13(月) 墓参り
吉行淳之介の角川文庫版「牝らいおんと豹」に、amazonで4,250円の値がついていて一驚を喫する。そのamazonで、佐多稲子のちくま文庫版「私の東京地図」の表紙が桑原甲子雄によるものと知って「やっぱり」と思う。アーネスト・ヘミングウェイの「日はまた昇る」は彼の最高傑作と、広く認められているらしい。処女作が最高傑作と言われる作家の気分は、どのようなものだろう。と、そういうことを寝床に仰向けになってスマートフォンで見ているから起きる時間が遅くなるのだ。
今日は中学2年生のときに病没した妹の祥月命日にて、8時20分に販売係のサイトーミホコさんが出社をしたところで如来寺のお墓へ行く。そうして家内が用意してくれたピンク色のカーネーションと白菊を供え、線香を手向け、また夜来の雨に濡れた墓石をタオルで拭って会社に戻る。ここで時刻は8時55分。
9時からは町内役員による、お祭りの後片付けが予定されている。その9時にすこし遅れて公民館へ行く。今日は平日のため、集まれた役員は少ない。オノグチショーイチ責任頭と日光街道に沿って延ばされた七五三縄を外しているところに「銀行の方がいらっしゃいました」と、事務係のサイトーハヅキさんから電話が入る。よって申し訳のないことながら、オノグチさん一人を残して一時、その場を去る。
縄外しの現場に戻れたのは、それから15分ほども後のことだっただろうか。七五三縄は当然のことながら、張るときよりもよほど、外すときの方が作業は楽で早い。それをしながら同時に路上に捨てられた缶やペットボトルも拾いつつ公民館へ戻る。
東地区や西地区の七五三縄を外した役員たちと共に一服をしていると、それまで堪えに堪えていたような空から雨が強く落ちてくる。その雨が上がるまでは、今週末に控えた役員旅行について話をしたり、あるいはお祭りの直会について打ち合わせをしたりする。ちなみに7月、それも連休の週末となれば僕は忙しいから、今年の旅行は見送った。
梅雨は列島の西から次々と明けている。関東のそれはいまだながら、明日は暑くなるらしい。そういう次第にて夕食の前より、意を決して素麺のつゆの作成に取りかかる。なぜ「意を決して」かといえば、結構な手間がかかるだ。「だったら既製品に頼れば良いではない」と言われれば、自分で作った方がよほど美味いから、そうするしかないのだ。
朝飯 鰻の佃煮、鮭の焼きほぐし、揚げ玉、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」のテイクアウトの「中華丼のあたまだけ」、同「鶏もも肉の唐揚げ」、トマトスープの冷やし中華、チーズ、鰻の佃煮、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、豆乳のゼリー、Old Parr(生)
2026.7.12(日) 天王祭
きのうセキネクリニックで処方された2種の薬のうち、パッチ式の気管支拡張剤は、胸に貼るなり劇的な効果を示した。また、これまでの薬と重複しながら服用を始めた新しい漢方薬が効いたのか、あるいはたまたまその時期が来たのか、咳は随分と少なくなってきた。今回の風邪は不思議なことに発熱を伴わないから、からだの辛さは元より大したことはない。
いまだ暗いうちに食堂の窓を開け放って一昨日の日記を公開し、またきのうの日記を書き上げる。その日記に画像を加えようとしたところでコンピュータがフリーズする。すこし放おっておけば元に戻るだろうと高をくくっていたものの、やがて画面のすべてが黒くなり
「デバイスに問題が発生したため、再起動する必要があります。100%完了」
「停止コード:hypervisor_error(0×20001)」
と白い文字が出たままになった。
文字を除けば画面のすべてが黒に覆われているため、右上のバツ印をポインタでクリックしてページを閉じることはできず、ctrlキーとaltキーとdelキーを同時に押さえても何も起きない。また電源ボタンを押しても電源は落ちない。
Windowsの黎明期からつい先日までならバッテリーを外して再起動をするところだ。しかし新しいLet’s noteのバッテリーはネジで固定をされているため、ドライバーを使ってまで外す気にはならない。よって傍らのスマートフォンを引き寄せて、外注SEのシバタサトシさんに状況をメッセンジャーで知らせる。
シバタさんは10時すぎに来てくれた。今回のエラーはシバタさんにとっても難しかったらしく、しばらく調べてからようやく解決策を見つけ、また修理にも数時間を要した。今回のようなことが海外で起きれば、それこそ”Out of business”である。
むかしから夕刻の出発と決まっている子供神輿の巡航ではあるけれど、今日は雷雨が懸念されていた。しかし幸いその兆候はあらわれず、17時が近づくころ、それを先導する笛の音が聞こえてきた。その神輿はやがて、上澤梅太郎商店の駐車場に降ろされた。今年も子供神輿にご祝儀を献ずることができて、大いに嬉しい。同時に、来年はもうすこし子どもの数が増えていれば良いなと思う。
朝飯 小松菜の淡味抱き、たらこ、大和芋すりおろし、生玉子、鮭の焼きほぐし、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 カレー南蛮鍋、ソーダ
2026.7.11(土) 八坂祭
咳が止まらずに目を覚ます。喉の右奥が痛い。鎮痛解熱剤をいつまで続けることは良くないだろうと考えて、火曜日の午前から服用を始めたカロナール500は木曜日に止めた。一方、水曜日の昼から飲み始めた鎮咳と去痰の薬はいまだ効かず、喉の痛みもぶりかえすとは、今回の風邪はまったく、しつこい。
起きてうがいをし、食後でないにもかかわらず、カロナール500を1錠だけ飲む。洗面所の時計は2時57分を差している。廊下に出てカーテンをずらすと、東の空の高いところには、旧暦5月26日の月が残っていた。
僕には草庵の二畳を好むようなところがあるけれど、いくら狭くても、外の景色や空気は欲しい。そういう次第にて、いまだ夜が明けていなくても食堂に来ればカーテンを巻き上げ、窓も開ける。鳥はいまだ啼かない。
咳は相変わらずにより、月火水に引き続いて今日もセキネクリニックへ行く。先生は遂に内視鏡を取り出し、それを僕の両の鼻腔に代わる代わる差し込み、声帯も気管も綺麗だと、その画像を見せてくれた。新しい処方箋もくれたため、それを小倉町3丁目のハセガワ薬局に持ち込む。
先に書いたように咳は相変わらずだから、今日もまた事務室を離れて4階へ上がる。ただし漢詩の宿題や自作の添削をしたきのうとは異なって、今日は「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様にいただいた感想カードの内容を、コンピュータに入力する。
夕刻が近づくころに、お神輿を担ぐ人たちの掛け声が聞こえてくる。各町内の青年神輿は、瀧尾神社から追分地蔵尊を目指して日光街道を下っていくところだった。明日は町内の子供神輿が巡ってくるだろう。ご祝儀は忘れずに用意すべし、である。
朝飯 筑前煮、小松菜と油揚げの炊合せ、大和芋のすりおろし、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、オクラと若布の味噌汁
昼飯 バターとチーズを塗ったフランスパン、牛乳
晩飯 キャベツとエリンギとパプリカのソテーを添えた「きっかぶ」改め「ねっこ」の焼きそば、たまり漬によるソースを添えた牛肉の鉄板焼、ソーダ
2026.7.10(金) 容易ではない
昨夕は孫たちが来る前にひとりで食事を済ませ、入浴をして19時22分に寝室に入った。目を覚ましたのは22時のころ。咳が止まなかったことによる。夕食後に鎮咳と去痰の薬は服したものの、効いていないらしい。仕方なく起きて、本棚の下段に保管している旅行用の薬袋から龍角散の小さな缶を取り出す。そしてそれを付属のさじに一杯だけ舌に乗せ、唾液でゆっくりと溶かす。咳は、しばらくするうちに引いた。
次に目を覚ましたのは今朝の2時ごろで、咳のぶり返しによる。龍角散は今度は枕元にあるから、それをまた同じようにして用いた。咳はまたまた、しばらくすると止んで、ふたたび眠ることができた。
5時前に起きて、月曜日に処方された青い薬にてうがいをする。喉の痛みは、もうほとんどない。しかしからだのだるさと気管支の重さは消えていない。
朝礼のときにふと気づくと、声の調子だけは元に戻っていた。それにしても、なかなか長い、今回の風邪である。
午前、咳の絶えない状態で事務室にいるのは周囲への迷惑と考えて、4階へ上がる。そして先月の第3火曜日に漢詩の教室で出されたまま手を付けずにいた宿題「次の漢字の平仄を辞典などで調べ、平声ならば○、仄声ならば●を記入してください。平声の場合は韻目(漢字一字)も記入しなさい」および「次の七言絶句の中から韻字(韻を踏んでいる字)を抜き出してください。そして辞典などでその韻目を調べて記入してください」をこなす。
次は、今月3日に地下鉄千代田線の中で浮かんだ七言絶句が、果たして漢詩の体をなしているかどうかの検証にとりかかる。先ずは押韻について。すると発句と承句と結句のうち、発句のそれのみ規則から外れていることが分かった。よってその一文字を「尤」の韻目に合わせて変える。しかしこれで完成というわけにはいかない。
発句、承句、転句、結句の、各々二文字目、四文字目、六文字目の平仄を入れ替える「二四不同、二六対」、その各行の関係を反法、あるいは粘法として規則化すること、更に各行の最後の三文字における平仄の「三連の禁止」に自作を照らし合わせると、まったくなっていない。しかしここから先はお手上げで、どうにもならない。
本日、漢和辞典で調べた文字は70を超えただろうか。にっちもさっちもいかなければ、あとは秋以降の、ゴトージュンイチ先生による添削に頼るまでだ。
生まれつき中国語を話している人は、辞書に当たらなくても漢字の四声はもちろんのこと、平仄や韻目まで感覚で分かるのかも知れない。しかし僕にとっては、漢詩の創作は、外国語で詩を作る、ということだ。そのためには漢和辞典が欠かせない。更には韻目からそれに属する漢字を逆引きする辞典があれば、是非にも欲しい。「いやはや容易じゃねぇな」というのが、今のところの感想である。
朝飯 小松菜と油揚げの炊合せ、擬製豆腐、鮭の昆布巻き、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 スパゲティナポリタン、ソーダ
2026.7.9(木) いわゆる「サブスク」
梅雨の合間の小康という感じにて、およそ10日ぶりに、早朝の屋上へ上がる。しかしまぁ、晴れているわけではないから、それほど気勢の上がる空が望めるわけではない。
2018年の晩秋より我慢できない背筋痛に襲われ、県都の国立病院から果ては他県の「手かざし」まで巡った後に「宇都宮痛みの専門整体院」を知った。そしてここのワタナベ先生に言われるまま治療を重ねた結果、背筋痛は遂に去った。しかし先生が予言をした通り、次は右肩だか左肩が痛くなり、それが快癒してからは、自分ではまったく気づいていなかった、しかし先生に言わせれば背筋よりよほど前から悪かったという膝の治療が始まった。
「タイ人は治療のためではなく、予防のためにマッサージを受ける」と、2009年にタイの最北部で、地元の人に聞いた。悪くなってからでは遅いのだ。
治療の最中の2020年の秋に、ワタナベ先生は寒さを避けて伊豆へ転居した。「参ったな」とは思ったけれど、以降は伊豆に通い続けて先月は46回目を数えた。
伊豆まで行くなら1度の治療では勿体ないから、1泊をして2度の治療を受ける。その2日目には「きのうより悪くなってんじゃん、宿の枕が悪かったんじゃないの、惜しいよ、初日にお金をかけてるんだから」と言われることが度々あって、いつからか枕を持参するようになった。
この枕は折りたたみ式ではあるものの、トートバックの体積の半分くらいを占めるため、またそれなりの重さもあるため、荷物嫌いの僕にはふさわしくない。よって空気でふくらませる式に換えようとしながら何年も経ってしまった。
今朝はamazonで格好の品を見つけた。「プライムデー先行セール」とやらで買えば定価の24パーセント引き、更には送料無料の1,240円。しかし僕は、amazonプライムのような”subscription”を嫌う。「自分にとっては」という条件付きではあるものの、飲食店の「食べ放題」や「飲み放題」とおなじく損の明らかな取り引きだからだ。
そういう次第にてamazonプライムを避けつつ、その枕を試しに買い物かごに入れてみる。すると支払いの合計は通常価格に送料が加算されて2,140円になった。ほぼ倍、である。それでもamazonプライムは嫌だ。そうして更に先へ進もうとしながら、しかし一旦、元へ戻ってその品のレビューを読み直す。結果、結局はその枕を買うには至らなかった。
しばらくは、今の、かさばる枕を使うことにしよう。持参しながらトートバッグから出すことを忘れてしまうことも少なくない枕ではあるけれど。
朝飯 茹で玉子、レタス、秋刀魚の塩焼き、納豆、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 炒り豆腐、小松菜と油揚げの炊き合わせ、擬製豆腐、筑前煮、甘塩鮭、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、メシ
2026.7.8(水) ステーキあるいはプッチェーロ
きのうの日記に書いたように、カロナールを服用してからは、喉の痛みは去った。そかし咳、また喘息持ちだったオフクロのそれを思い出させるような、胸底から絞り出されるようなくしゃみ、そして痰と鼻水は相変わらずにより、今日も午前のうちにセキネクリニックへ出かける。先生は「頑固だねー」とつぶやきつつ、新たに鎮咳と去痰の薬を処方してくれた。
今回の風邪は、先週土曜日の勤労奉仕で疲れた体に、ちょうど空中を浮遊していた流行りのウイルスが取り込まれたせいではないかと考えている。今すべきことは何だろう。それはことによると、分厚いビーフステーキの咀嚼と嚥下ではないか。しかしステーキは、ワインを欠いては食べることができない。そして体内に炎症の残る状態では、アルコールは摂取できない。よって牛肉の塊は、もうすこし後に取り置くこととしよう。
おととい、きのうに引き続いて、日中は要所の時間のみ会社に出て、以降は寝室で休む。そしてポトフとほとんど同じ感じもするけれど、アルゼンチンの、非常に野蛮な魅力を湛えたプッチェーロも食いてぇなぁと思う。
ステーキもプッチェーロも、家族で食べるなら肉はグラム単位ではなく、キロ単位の量が必要になる。もっとも今は、体調が元に戻ったときのこと想像するしかない。
夜は鶏肉とマカロニのグラタン、バターとチーズをたっぷり塗りつけたパンに飲み物は牛乳という、普段の僕からは想像もつかない食事を皆が集まる前に摂って、19時より前に寝室に入る。
朝飯 ミズの煮びたし、豆腐の玉子とじ、納豆、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、胡瓜と長葱と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ベビーリーフのサラダ、パン、チーズ、鶏とマカロニのグラタン、牛乳
2026.7.7(火) 不思議な風邪
7月7日ではあるけれど、空模様は芳しくない。もっとも今日は、旧暦では5月23日だから、もし空が言葉を発することができれば「七夕? そんなことは知らねぇな」と言うかも知れない。
それにしても、笹の枝に願いごとを記した短冊のたくさん提げられている様子は良いものだ。そしてその願いごとは圧倒的に、大人のものより子どものものの方が、読んで感心をさせられる。大人のものは、どうしても人の目を意識している。それが、いまひとつ面白くない理由だろう。
さて喉に違和感はあっても体温は平熱のまま、という不思議な風邪は、きのう処方された漢方薬を服用し、うがい薬を用いても、快方へは向かわない。よって午前のうちにセキネクリニックに裏を返す。処方された薬の中には鎮痛解熱剤も含まれていたものの、それは高熱を発したときの非常用と考えて使わなかった。しかしセキネ先生によれば、それも飲むべしとのことだった。その言いつけに従って、家に戻るなりそれを1錠だけ服用する。
仕事については、出勤する社員の迎え入れ、朝礼、開店、道の駅の売り場の午後の検品、閉店、社員の送り出しのとき、また僕を指名されるお客様がご来店になったときのみ事務室や店に出て、それ以外の時間は寝室で横になる。
咳が出るため、夕食は皆の迷惑にならないよう、自分だけ先に摂る。今日はなぜか早めに来た孫のリコには、僕の症状は、先週、自分と妹のカコがかかった風邪のそれと同じと言われた。風邪にも、いろいろな種類があるものである。
朝飯 ミズの煮びたし、目玉焼き、鮭の昆布巻き、いんげん豆の胡麻和え、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と揚げ茄子と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 春雨サラダ、水餃子
2026.7.6(月) 不調のタネ
からだの中に不調の種の存在しているような気が。きのうの午後よりしていた。それが今早朝は「やはり」という形で現れた。喉が痛く、からだがだるい。熱は38℃台に上がっているかも知れない。しかし左の脇の下に差し込んだ体温計は36.5℃で止まった。10日ほど前に製造係のイトーカズナリ君が「喉に違和感があって、しかし熱は出ない」という不思議な風邪で休んだ。それを思わせるような症状である。
今日は10時から会計事務所へ行くことになっている。その15分前にホンダフィットで会社を出て、先ずは耳鼻咽喉科セキネクリニックへ保険証と診察券を出しておく。長男とは会計事務所の入口で待ち合わせていた。顧問税理士との面談は、30分ほどで完了した。これから決算月の8月までのあいだには、僕にとっては色々と楽しいことが起きそうな気がする。
セキネクリニックから戻って以降は、昼食を挟んで15時の直前まで横になって休む。15時30分からは道の駅「日光街道ニコニコ本陣」を訪ねて明日の納品数を決めたり、あるいは店に立ったり、最後はキャッシュレジスターを締めたりする。
夕食はサンドイッチと牛乳。酒を抜いたのは、海外へ出かける日を除いては、今年2月の風邪のとき以来と思う。
朝飯 お粥、納豆、鰻の佃煮、たらこ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小粒ちゃん」、ごぼうのたまり漬
昼飯 にゅうめん
晩飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
2026.7.5(日) 這えば立て
上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」に、現在いただいている最も先のご予約は11月9日のものだ。一方、隠居のウェブ予約に使っている「ぐるなび」のシステムは、3ヶ月先までしか入力ができない。よって11月のご予約は、今のところ紙にのみ残してある。また3ヶ月先の10月については、これは毎月の初めに行っていることだが、お客様にできるだけゆっくり食事をお楽しみいただけるよう「ぐるなび」で席と席のあいだを調整している。その、特に難しくはないものの、ある程度の根気は要る作業を午前中に済ませる。
10月の3ヶ月先は新年の1月。隠居の営業日は毎週の土日月。そしてその3日間の、2027年の最初は1月2日、3日、4日。これは流石に休むことになるだろう。10月のはじめには、僕はチェンライにいる。だから来年初の休みと席間の設定は彼の地で行うことになる。先月29日の日記にも書いたように、僕は旅先での仕事を厭わない。ヒマはいくらでもあるのだ。
ところで隠居の朝顔の鉢には、共に植えたマリーゴールドが早くも花を開かせた。「這えば立て」ではないけれど、朝顔も、また待ち遠しい今日このごろである。
朝飯 揚げ湯葉の甘辛煮、たらこ、梅干、鰻の佃煮、揚げ玉、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 たらこ、鰻の佃煮、かまぼこ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、牛丼、「山本合名」の山廃純米「天杉」(燗)
2026.7.4(土) 祭の準備
きのう地下鉄千代田線の中で作り、小田急小田原線の中で整えた七言絶句を朝、Googleの翻訳ソフトに入れてみた。するとそれはしっかりと、中国語から日本語に訳された。しかしまぁ、漢詩の体をなしているかどうかまでは分からない。それはさておきその七言絶句は、簡体より繁体を選んだ方が、より文学的な日本語に訳された。「へー」という感じである。
来週末に催行される瀧尾神社の八坂祭に備えて、10時より七五三縄を町内に巡らせる。我が春日町一丁目には東、中央、西と、3つの地区がある。いつもなら僕は中央のみを担当するが、今日は西地区の役員が少ない。そういう次第にて、中央地区の縄が整ったところで西地区へ向かう。昼食は蕎麦の「やぶ定」に12時30分の予約を入れていたものの、西地区での作業が長引いたことにより、それを13時30分に変更し、更には14時まで遅らせた。
結局のところ、今日の勤労奉仕には4時間を要して、いささかくたびれた。役員はほとんどが老人だから、脚立に昇っての仕事には危険が伴う。「七五三縄は省略」という日も、そう遠くないのではないか。いつも書いていることながら、町内は国家の縮図である。
会社に戻ると15時が迫っていたから、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ検品に出かける。そして明朝に収めるべき品をメモに留める。明日は本来の仕事に専念をしたい。
朝飯 冷奴、生玉子、厚揚げ豆腐と椎茸の炊き合わせ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、長葱と若布の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の冷やしたぬき蕎麦(大盛り)
晩飯 チーズとらっきょうのたまり漬、パン其の一、パン其の二、ズッキーニのソテーを添えた鶏のチーズ焼き、TIO PEPE
2026.7.3(金) 漢詩の創作
3時台の起床。晴れていれば朝日の兆しを見ることのできる3時50分になっても、空は夜のままだ。雨は止んだらしいから、食堂の、南東に面した窓を開ける。寒くはないものの、足だけは温めておこうと、温風暖房機をテーブルの下に引き込む。
車道に溜まった水をクルマのタイヤの切る音がする。きのうの夜は割り下が入っていたから使えなかったミルクパンを調理台に載せて、味噌汁の準備をしておく。おとといときのうの日記に始末をつけても時刻はいまだ5時。まったくもって、身についた早寝早起きは有難い。もっとも世間の経営者がよくするところの、夜の密談密議、寝技足技については、僕は不得手よりも以前に眠くてできないから、早起きが三文の得かどうかは分からない。
11時になりかかるころに急な用事ができて、仕事着を外出着に替える。幸い空席のあった下今市11:35発の特急リバティきぬ124号は、春日部を過ぎると間もなく「安全点検」のため速度を落とした。速度を上げ始めたのは越谷の手前からだっただろうか。以降は通常より高い速度を維持して、北千住には5分の遅着。
乗換案内に示されていた北千住着は13時02分。登戸行きの地下鉄千代田線の発車は13時12分。それが実際には13時07分の着だったから、駅構内を走って13時12分発の車両にすんでのところで乗り込む。僕には乗り換えの合理性に非常にこだわるところがあるのだ。そうして町田には14時20分に着いた。
この忙しい往路の中で、荒削りながらも七言絶句がひとつできたことは良かった。毎月の第三火曜日に通っている漢詩の教室では、秋ごろに自作の詩を提出することになっている。鑑賞のみと考えて入った教室が、実は創作を目的としていると知ったときには「聞いてないよ」と焦燥し、課題を重く考えていた。それがあっけなく、できてしまった。その過程を振り返ってみれば、先ずは日本語で四行詩を作り、その一行ごとを漢字の七文字に置き換えていく、という手順だった。
七言絶句は一行目の起句、二行目の承句、そして四行目の結句のそれぞれ最後のひと文字で韻を踏む。地下鉄千代田線の中で作ったばかりのその韻は、日本語の音読みとしては成立しているように思われるものの、漢和辞典で調べるまでは、決まりに沿っているかどうかは分からない。その調査は明日にすることとして、iPhoneを閉じる。それにしても、漢詩の創作を紙と筆ではなく、スマートフォンのメモを使ってするとは、いかにも「21世紀も四半分すぎ」である。
町田15:02発の小田急小田原線快速急行を代々木上原で地下鉄千代田線に乗り換えて、北千住には16時5分に着いた。そして16:12発の特急けごん37号に乗って、18時前に会社に戻る。
朝飯 水菜の胡麻和え、プチトマソのソテーを添えた目玉焼き、納豆、揚げ湯葉の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布とズッキーニの味噌汁
晩飯 マカロニサラダ、パン其の一、パン其の二、豚肉とマッシュルームのクリーム煮、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018
2026.7.2(木) ツバメ
「巣立った」と朝、ベランダの高いところを見上げつつ家内が言った。ツバメの巣が空になっている、というのだ。「やれやれ」である。というのは、その巣は空気調整器の室外機の真上に作られているから、糞はその室外機に落ち、またベランダに敷かれた人工芝に落ちて溜まっている。室外機は毎夏に業者が来て高圧洗浄機で洗う。しかし人工芝の上の糞だけは、どうにかして片付ける必要がある。室外機は上下にふたつ重なるようにしてあって、その下の部分と人工芝のあいだには、いくらも隙がない。一体全体、糞はどうやってかき集めればいいのか。まったくもって「やれやれ」である。
ツバメの巣は、1階の玄関の上にもある。糞の落ちるところにはダンボールを敷き、風で飛ばされないよう、コンクリートブロックの重しを乗せてある。糞はここに、溜まりに溜まっている。また玄関の扉にも、落下の途中に付着した糞が点々と見える。玄関の汚れについては、来客があるたび「この時期はこんな有様で」と、言い訳を続けた。「ツバメは縁起の良い生き物だから、巣は取り除くものではない」と言う人がいる。「そうは言われても」である。
春いまだ肌寒いころにツバメが舞い始めると「いよいよ夏だ」と、嬉しくなる。ツバメの姿が見えなくなったころに南の国へ行くと、そこにはツバメがいて、懐かしい友達に逢ったような気持ちになる。
ツバメはどこかにいて、朝や夕刻の空でのみ目を楽しませてくれれば、それで良い。しかしまぁ、そういうわけにもいかないのだ。
朝飯 炒り豆腐、揚げ湯葉の甘辛煮、ミズの煮びたし、目玉焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「なめこのたまり炊」のなめこおろし、かまぼこ、豚肉のすき焼き風、メシ、「齋彌酒造店」の「雪の茅舎秘伝山廃純米吟醸」(燗)、「紫野和久傳」の「西湖」、Old Parr(生)
2026.7.1(水) 伊豆治療紀行(46回目の2日目)
目を覚ましたのは2時44分。以降、いくらかは眠れたのか、それとも眠れなかったのか、気がつくと障子の向こうは明るくなっていた。
家内とほぼ毎月の頻度で通い続けている治療の一泊二日の食事については、今年の1月から、宿では摂らなくなった。初日の夕食は外で、翌日の朝食はコンビニエンスストアで買ったもので済ませるように、自然となった。一番の理由は宿の食事に飽きたこと。また経済合理性の点でも、馬鹿にならないことが分かったからだ。
「伊豆高原痛みの専門整体院」での今日の治療は、きのうほどは痛みを感じずに済んだ。そして来月の予約を入れて、レンタカーで伊東の駅前へ戻る。
東京駅まで行く家内とは、東海道新幹線の車両が品川駅に着いたときに別れた。先月26日の日記に書いた「本と財布とカードーケースとiPhoneを同時に収められるケース」は、京橋のmont-bellで買った。値札には「ピンク」と色の表記があるものの、実際には鮮やかなオレンジ色だから、青いトートバッグの中では極端に目立って取り出しやすい。
京橋から日本橋までの石畳には、まるでタイの歩道のそれのようにぐらつくものが、僕が踏んだだけでも2ヶ所もあって驚いた。管理者は東京都だろうか、それとも中央区だろうか。
家内とは16時55分に待ち合わせて夕食を摂る。そして浅草19:19発の下り特急に乗って、21時過ぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび、同ひきわり納豆汁
昼飯 「ドトール」のチーズインミラノサンド、コーヒー
晩飯 「吉野鮨本店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)





































































































































