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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2017年5月の日記31本

2017.5.31(水) 空間

素人の家を訪ね、その家を建てる際のいきさつや意図、また現在の住み心地や管理の方法について聴く連載が、むかしどこかの週刊誌にあった。その週刊誌をウチは定期購読していたから、毎週、あちらこちらの家を見ることができた。僕が驚き感心をしたのは、どの家も綺麗に整っていることだった。そして毎回「このような家が本当に存在するのだろうか」と不思議に感じていた。

箪笥を中身ごと幾竿も捨ててしまうような、いわゆる断捨離を2013年の秋に決行した。そしてリフォームを加えてみると、僕の住み家は一変した。モノの無い、あるいはモノの少ない環境は、まさに天国である。一旦モノを減らすと、これ以上はモノを増やしたくない、元の環境には決して戻りたくない気持ちが持続して、簡素な身のまわりをいつまでも維持できるのだ。

食堂の、冷蔵庫と天井のあいだに幅80センチ、奥行き60センチ、高さ60センチほどの空間がある。オフクロならここに吊り戸棚を作らせ、その中を必要の無い、だから決して使われることのないあれこれで満たしただろう。オフクロの趣味は「空間の殲滅」にあった。しかし僕にとっては空間こそ安らぎ、である。

「このような家が本当に存在するのだろうか」と不思議に感じていた室内が、ウチにも実現して本当に嬉しい。「金は稼いで使わないのが一番」と言った人がいる。その意見には首肯できないけれど「モノは捨てて増やさないのが一番」とは心の底から思う。


朝飯 あれこれのたまり漬によるおむすび、煮昆布、揚げ湯波とサンチュの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 エリンギの網焼き、生のトマト、ポテトサラダ、茹でたグリーンピースを添えた豚の生姜焼き宝焼酎25度(ソーダ割り)

2017.5.30(火) 熱く乾いた

雨を伴う肌寒い日々が続いていた。しかしきのうあたりからはまた、僕ごのみの、熱く乾いた空気が戻ってきた。空を切り裂き急旋回するツバメの勢いも、こころなし強そうに見える。シャツ1枚で過ごせる季節の、できるだけ長く続くことを祈るばかりだ。

午後に料理の本を読むうち、自分も何か作りたくなる。事務室から4階の台所へ上がり、先ずは窓を開けて風を通す。冷蔵庫からレモン水を取り出し、これを喫して暑気を払う。おなじく冷蔵庫に保管しておいた、十三浜産の塩蔵昆布を念入りに水で洗う。そしてそれを流水にさらす。

事務室に戻って仕事をするうちタイマーが鳴る。昆布から塩を抜きすぎないための、時間の管理である。ふたたび台所へ上がり、分厚く容積を増した昆布を短冊に切る。

昆布は煮干しのだしで炊いた。これは明日からの、朝のおかずまたは夜の肴にする予定ではあるけれど、酒と塩と三温糖による、ごく薄い味付けだから、ほぼ、食感を愉しむだけのものになるだろう。


朝飯 たぐり湯波の淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、スペイン風目玉焼き、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 肉団鍋、塩らっきょう、宝焼酎25度(ソーダ割り)桃の杏仁豆腐

2017.5.29(月) すこしはまともな恰好

〇の中に「み」の字と「10:45」という数字を記したポストイットが、事務机左のカレンダーに貼ってある。栃木県味噌工業協同組合の、第66回総会への出席を忘れるな、という印である。

この集まりに行くといつも、すべての組合員は、いわゆる「ワイシャツ」とジャケットを着用している。それに対して僕は常に、ポロシャツやTシャツなど仕事着のままだ。会場に入ると当然、そのことに気づかされるけれど、過ぎればすっかり忘れている。

しかし今回は、珍しくそのことを覚えていた。よって麻の白いシャツを着て、ズボンとジャケットはきのうの「当番町を考える会」に出たときとおなじものを身につける。そうして10時すこし前にホンダフィットのハンドルを握り、宇都宮を目指す。

護国神社そばの「とちぎアグリプラザ」3階に指定された会場には、定刻の25分前に着いた。驚くべきことに、僕以外の組合員はすべて、既にして席に着いていた。総会は定刻を待つことなく即、始められた。午後は予想より30分はやく帰社して仕事に復帰する。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、焼き海苔、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と三つ葉の味噌汁
昼飯 「新三」の弁当
晩飯 肉じゃが、胡瓜のたまり浅漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトサラダ、たぐり湯波の淡味炊き、刺身湯波たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき牛肉のたまり漬のオーブン焼きいちご、「仙禽酒造」の「かぶとむし無濾過生原酒」(冷や)

2017.5.28(日) 総鎮守の祭礼について考える

平町の自治会長キタムラヒロシさんを議長とする「当番町を考える会」が、今日は14時より瀧尾神社で開かれる。先日の「山見」のように、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから「今日は欠席でしたっけ」などと電話をもらうような失念を重ねることはできない。よって事務机左側のカレンダーはもとより、事務机の上に置いた計算機にも「13:45 神社」と書いたポストイットをきのうから貼っておいた。

責任役員は「当番町を考える会」には、すこしはまともな恰好をして行った方が良さそうだ。そう考えて、白いシャツにネクタイを締め、紺色のズボンにおなじく紺色のジャケットを着て神社へとおもむく。

2011年を最後に途絶えていた「当番町を考える会」は、6年間の空白を埋めるべく、いくつかの基本的なことが決められ、次回への展望を大きく開くことができた。キタムラ平町自治会長および参集してくださった各町の自治会長には、厚く御礼を申し上げたい。

19時からは町内にて、来る7月に催行される八坂祭に向けての話し合いがある。いつもの時間に飲酒喫飯の始められない点において、夜の集まりは苦手である。しかし町内の用事であれば、そうも言ってはいられない。終業後は取り急ぎ4階に上がり、台所にて自分の肴を取りそろえる。そして家族の夕食よりも先に、その、大衆酒場風の肴にて焼酎のソーダ割りを飲む。

町内公民館から帰って後は、家内におむすびを作ってもらい、これを口へと運びつつ焼酎の、今度はお湯割りを飲む。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、夏野菜のソテーバルサミコ酢がけ、温泉玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト、モツ煮豆腐、塩らっきょう、芋焼酎「茜霧島」(ソーダ割り)、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.27(土) ゴミの問題

春日町1丁目役員の半分ほどが加わっている”LINE”のグループには、ときおり発言が頻発する。そのたび”iPhone”が音を発しては困ることもあるので、着信音は鳴らないように設定している。

13時53分、ウカジシンイチ自治会長から電話が入る。「来年度から日光市で始まるゴミの有料化について、市役所の職員が住民に説明をする、その説明会の開かれる公民館に今すぐ来られないか」というのが、その電話の内容だった。

おおかたの人は週末が休みだから、諸々の行事は、その週末に行われることが多い。ところがウチは土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は3倍、忙しい。よって今日の説明会にも参加をする意思は持っていなかった。しかし自治会長からの頼みとあれば、無碍にもできない。

電話を切ってから、”LINE”にも着信のあったことに気づく。開いてみると町内役員のグループに「公民館に誰もいず。これでは市役所の担当者が気の毒」という書き込みが、役員のひとりイケダツトムさんから13時51分に上げられていた。説明会が開かれるのは14時からだ。即、外へ出て日光街道を早足で遡上する。

公民館に敷かれた座布団は、しかしその4分の3ほどは埋まっていた。多分ほとんどの人たちは、早すぎず遅すぎず、定時の5分ほど前に集まったのだろう。そうして3名で公民館に来てくれた市職員の説明を、ビデオも含めて1時間ほども聴く。

結論からいえば、今日の説明会には来て良かった。ゴミの問題について、またゴミを個人で処理する場合の方法などにつき詳しく聴くことができた。日光市の家庭ゴミの排出量は、人口ひとりあたりの重量換算では、8年連続で、栃木県内の市町村ではもっとも多いのだという。


朝飯 ほうれん草の厚焼き玉子、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、塩鮭、生のトマト、納豆、メシ、野菜の天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 枝豆、蛸と胡瓜と若布の酢の物、モロッコインゲンの胡麻和え、塩らっきょう、たまり漬「夏太郎(改)」、牛蒡のたまり漬(試作品)、「日光味噌」のたまりによるすき焼き、「越銘醸」の「越の鶴壱醸無濾過生酒純米酒」(冷や)、最中

2017.5.26(金) 心理的に歩ける距離

歩くことを厭わない人たちが暮らす場所へ行くと、しばらくするうち自分も慣れて、普段なら気の進まない距離でも、心理に何の痛痒も感じないまま歩くことができる。1980年、1982年に引き続いて訪ねた1991年のカトマンドゥでも、着いて何日かすると、ホテルから片道4キロの知人宅へも、夜、平気で歩いて出かけられるようになった。

今日は日本酒に特化した飲み会「本酒会」が、大谷向町の「玄蕎麦河童」で開かれる。地元の人にしか実感はできないだろうけれど、普段なら決して歩かない距離である。行きはクルマで帰りは代行車、あるいは往復ともタクシー、という手はある。しかし今月の小遣い帳は、既にして赤字を示している。

そういう次第にて18時55分に、傘を差して霧雨の中へと出ていく。春日町の交差点から会津西街道の坂を下り、東武日光線のガードをくぐると、それまで平らだった道はまたゆるい下りになって、今度はゆるい上りになる。このあたりの高低差は、クルマに乗っているときには気づかないほどのものだ。

大谷川に架かる数百メートルの橋の上は、冬はひどく寒い。しかし今は、その風が却って心地よい。この橋を渡りきり、左手に小学校や大型のスーパーマーケット、また警察署を過ぎてようやく、セブンイレブンのある交差点が見えてくる。

「玄蕎麦河童」の駐車場の砂利を踏みつつ信玄袋から”iPhone”を取り出し、家を出るときに設定したストップウォッチを見ると15分43秒が経っていた。僕の歩行速度は、一般にくらべてかなり高い。

21時を過ぎて、ふたたび傘を差して来た道を戻る。酔っていることと、往路とは逆に上りの距離の長いことが関係しているのだろう、要した時間は17分05秒だった。


朝飯 納豆、ハムとほうれん草と玉子のソテー、生のトマト、冷や奴、茄子と赤ピーマンの炒りつけ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴盛り合わせ鴨の燻製とほうれん草のサラダ空豆の炙り焼き天ぷらの盛り合わせ鴨汁蕎麦、4種の日本酒(冷や)

2017.5.25(木) 好きなおかず

揚げ茄子におろし生姜を添え、酢と醤油をかけまわす、それが僕のもっとも好きなおかずである。ところがピーマンの肉詰めを目にすると、これこぞ自分のもっとも好きなおかずだと、これまた思う。

自由学園の最高学部では、在学している4年のあいだに1週間は、尾鷲市海山の演習林に入ることになっていた。学部1年でここの山小屋におもむいた僕は、夜の食事当番の際に、そのピーマンの肉詰めをつくった。鍋に満たした油の量が多すぎ、ピーマンと挽き肉の間から油の染み出るそれは失敗作だったけれど、昼に激しい労働をした10代から20代はじめの面々は、不平も漏らさずそれを黙々と平らげた。

ピーマンの肉詰めはフライパンで蒸し焼きにしたものも好きではあるけれど、これがトマトソースで煮込まれていれば、更に好きだ。

夕刻ちかく、何かのついでに台所に立ち寄ると、大きなマッシュルームをザクザクと家内が刻んでいた。そのマッシュルームは、脇の鍋でフツフツと煮立つホワイトソースに投入をされた。ホワイトソースやベシャメールソースは、僕の大好物である。

夕食のおかずはクリームシチューだった。それを夜になってから知って「これこそオレのもっとも好きなおかずだ」と、鍋の中身をいそいそと自分で皿によそう。


朝飯 生のトマト、ほうれん草のソテー、豆腐の卵とじ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 “TIO PEPE”トマトサラダパンクリームシチュー、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″

2017.5.24(水) ナルコユリ

いきなりかかってくる営業の電話が苦手だ。胡散くさいものも多く混じっている。よって手短に受話器を置くことがほとんどだ。しかしたまには例外もある。

きのう受けた営業の電話は、エアコンディショナーのクリーニング業者だった。業務用の冷蔵庫および冷暖房機の室外機はすべて、年に一度の割合で、長く取り引きをしている業者が洗浄をする。しかし室内機については、僕や社員が素人の手の届く範囲でしか綺麗にできない。

「よろしければ見積もりだけでも」という、きのうの電話の相手にそれを承諾する旨の返事をすると、今日の10時すぎには早くもサービスの人が来た。今後のやり取りの方法を訊かれてメールを希望すると、15時41分に見積もりが届いた。

その見積もりの内容を了承して作業の候補日を挙げるよう返信すると、17時27分にこれまたメールで日程一覧が届いた。それに対して当方は、18時09分に支払い条件などを添えた返事を送る。とんとん拍子の契約成立である。

それはさておき今朝は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に検品に行った際に、僕にとっては未知の山菜ナルコユリを農家のアクツさんからいただいた。そのナルコユリによる二品を肴にして、夜は白ワインを飲む。


朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 “TIO PEPE”ナルコユリとベーコンとレモンのスパゲティズッキーニとナルコユリのフリット、イカのトマトソース煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”プリン、”Old Parr”(生)

2017.5.23(火) マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会(第1回)

「ウチの畑で採れた」と、おととい包装係のアオキマチコさんが、らっきょうをくれた。らっきょうは綺麗にしたごしらえをされ、薄緑がかった象牙色に輝きを帯びていた。きのうの朝はその青い茎を切り落とし、ボウルの中で塩もみをしながら薄皮を除いた。そしてその塩を除かないまま米酢を振りかけ、プラスティックの容器に入れて冷蔵庫に収めた。塩と酢の量はどちらも「テキトー」である

今朝、そのらっきょうのうちの3粒を器に並べてお膳に添えた。いと美味し。しかし口が臭くなるため、以降はマチコさんが言ったように、夜の酒肴にしようと思う。

閉店に1時間を残して17時すこし前に仲町のコミュニティセンターへ行く。長男は1時間ほども前から、ここで会場の準備をしていた。

間もなく長男を講師として「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」が街の有志を集めて始まる。そして19時15分までに「1.とりあえず作表したい」から「16.空きページの目次を見たい」までをさらう。このあたりは、稀代の汎用ソフト「マイツール」の構造を学ぶ地道な部分で派手さに欠ける。しかしよく咀嚼をしながら一歩ずつ進めば、行く手にはかならず、明るい景色が開けてくるはずだ。

交流会はラーメンの「ふじや」。「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」は今後、月に1、2度の頻度で続けられるという。


朝飯 ズッキーニのソテー、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、らっきょうの酢漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と若布とキャベツとトマトの味噌汁
昼飯 きのう「巴屋」から持ち帰った豚カツによるソースカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 「ふじや」の焼き餃子肉野菜炒め鶏の唐揚げ日本酒(燗)

2017.5.22(月) 山見

「今日は欠席ですか」と、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから電話が入る。ギョッとして事務机の左に提げたカレンダーを見ると、今日のところに「8時45分、神社」と書いてある。現在時刻は9時19分。「スミマセン、すぐに行きます」と答えて電話を切る。

着の身着のままにタオル1本を首に巻き、自転車で日光街道を遡上する。瀧尾神社の駐車場にはマイクロバスが停まっていた。詫びながらタラップを駆け上がると、10名ほどは既にして車内に着席をしていた。最後にタナカノリフミ宮司が最前席に着いて、バスはすぐに発車をした。

総鎮守瀧尾神社は日光市内の小来川地区と和泉地区にそれぞれ山林を所有している。それを視察するのが「山見」で、責任役員の仕事としては最も楽しいものだ。

ふたつの山林は毎年、交互に視察をされる。今年は小来川の番で、素晴らしい五月晴れの下、バスは屈曲した山道を軽快に走る

鍛冶屋沢に沿った林道を数十分ほども登り詰めると、その林道が二股に分かれる左側を進んで間もなく、行く手を倒木に遮られたところに出る。その先に広がっている社有林につき、当番町や責任役員の面々と共に、宮司より説明を受ける。

下りは足取りも軽く、直会では楽しく語らって、13時30分に帰社する。今日の晴天には、本当に感謝をしたい。


朝飯 生のトマト、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、目玉焼き、揚げ茄子、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、塩鮭、メシ、揚げ湯波と若布とらっきょうの味噌汁
昼飯 「巴屋」の宴会膳冷やしなめこ蕎麦
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しのポテトサラダ皮蛋豆腐海老春巻き、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2017.5.21(日) 健康と食事の関係

目を覚ましても、からだが疲れていて、すぐに起きられない。この疲れは家内の父の通夜や葬儀によるものではない。多分、きのうの肉食と酒量によるものと考えつつ起床する。

健啖が健康をつくる。健康ゆえの健啖ということも、またあるだろう。「長生きをしたければ肉は食べるな」というような本が何年か前に売れた。僕のオフクロを見ていた限りでは「長生きをしたければ肉を食べろ」こそが正解のように思われる。あるいは元気だからこそ肉が食べられるのかも知れない。

僕も、肉食と、普段より少しばかり多い酒に疲れるようでは、いけないのだ。

それにしても今朝のメシの、豆腐の量は半端ではなかった。しかし苦しくなる程の量を食べないと、昼まで腹が保たないのだ。案の定、今日も正午になりかかるころには腹が減ってたまらず、昼飯が待ち遠しかった。これが僕の毎日の、午前の腹の状況である。

夜の集まりは、定時に食事が摂れない、という点において腰が重くなる。しかし町内の集まりとなれば仕方が無い。ウィスキーのソーダ割りのみを飲んで、19時前に公民館へと向かう。


朝飯 納豆、揚げ茄子、冷や奴、生のトマト、カキ菜のおひたし、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 トマトと水菜のサラダ、豚の冷やししゃぶしゃぶ、素麺、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.20(土) われに五月を

バンコクの、南国の豊穣そのものの香草、路上の汁麺屋の鍋の湯気、オート三輪の排気ガスの3種の混じり合った匂いが好きだった。「好きだった」と過去形なのは、2009年8月に、およそ27年ぶりにタイを訪れてみると、それらが綺麗さっぱり失せていたからだ。それでも日本からの飛行機を降りてスワンナプーム空港に一歩を踏み入れたときには「あー、確かにタイだ」と、街のそれとは異なるものの、特有の匂いに一瞬、酔いしれた。

その、タイに一歩を記した際に聞いた匂いも、翌年からは特に気づかなくなった。鼻が慣れてしまったのだろうか、寂しいことだ。

日本では、街の匂いに特に敏感になることはない。ただし空気の質感が季節によって異なることには、僕は割と敏感である。

今は半袖のポロシャツに長袖のTシャツを着て生活をしている。その長袖のTシャツに、今日は袖を通さなかった。熱く乾いた空気を肌が欲したのだ。夏の湿熱も好きではあるけれど、5月の空気も大いに悪くない。梅雨はいつ来るのだろう。


朝飯 ほうれん草のソテー、トマトのサラダ、ハムエッグ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとサラダ菜のサラダジャガイモのガレット細切り人参のソテーとクレソンを添えたビーフステーキ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”“MAZIS CHAMBERTIN Hospices de Beaune 1985”“Old Parr”(ソーダ割り)

2017.5.19(金) まるで5月のような

巻き上げ式の遮光カーテンの、窓の下まで降りきらなかった隙間から朝日が差している。その光の様子から、時刻は5時ころと推し量る。起きてテレビのスイッチを入れる。今日の東京の気温は30℃ちかくまで上がることを、天気予報が伝えている。きのうの雷雨が嘘のような快晴である。

同志社大学ボート部の、義父の棺に納めたオールは、当たり前のことながら、先端部分の金属を除いて跡形もなく消えていた。

骨壺をクルマの後席に載せてシートベルトで固定する。第三京浜道路を時速100キロで西へと向かう。多摩川の景色が、まるでコンピュータで加工した画像のように鮮やかに見える。空はいつまでも晴れている。

東海道線に乗って、今度は東へと戻る。新橋駅の銀座口から外へ出て「まるで5月のような空気だ」と、嬉しくなる。ややあって「いや、今はその5月じゃねぇか」と、あらためて気づく。

8丁目でカウンター活動の後、東武日光線の下り最終で帰宅する。納骨は6月の末になるだろう。


朝飯 「ニューオータニイン」の朝のブッフェ
昼飯 「秀」の弁当
晩飯 「鮨よしき」のあれこれ「仁井田本家」の「夏のおだやか純米吟醸」(冷や)

2017.5.18(木) お通夜

僕のオヤジとオフクロ、家内の父母のうち、唯一この世に生きながらえていた、家内の父が14日の日曜日に亡くなった。即、連絡を入れた葬祭業者には15日の通夜、16日の告別式も可能と伝えられたものの、それではいかにも急すぎる。次に示されたのが、今日からの日程である。

家内と大崎まで来て駅の外へ出ると、にわかに風が強くなり、頭上に雷鳴が轟いた。地を打つ雨の中を、屋根のある連絡通路から30メートルほど走ってホテルに駆け込む。

時間の余裕をもって、桐ヶ谷斎場へとタクシーでおもむく。祭壇は家内の兄嫁により、白と青の花で綺麗に飾られていた。右手には同志社大学、そして後に移った慶應義塾大学で、共にボート部に属した義父に手向けるべく、それぞれの部誌が置かれてあった。そのすぐ手前に立てられたタバコの箱の横に、長男が持ち来た”Old Parr”のボトルを置き、これまたウチの食器棚から選んだグラスに充分に、ボトルの中身を注ぐ。

義父の顔は最晩年のそれよりふっくらとして立派だった。麻布天真寺の住職と副住職による読経は40分にも及んだ。そうして食事も含めれば20時10分に、通夜式を無事に完了する。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、納豆、水茄子のぬか漬け、鰯の梅煮、ほうれん草のソテー、五目白和え、スクランブルドエッグ、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「美華園」の五目そば
晩飯 「仁平」から仕出しのちらし鮨、ほかあれこれ、”OLD PARR”(生)

2017.5.17(水) フリーズドライ味噌汁の効用

朝、味噌汁を作ろうとして冷蔵庫を開く。揚げ湯波は今朝の分のみが辛うじて残っていた。豆腐は充分にある。野菜庫にはズッキーニがあった。ズッキーニは好物である。

きのう整えておいただしから煮干しを取り出し捨てる。揚げ湯波を投入して弱火で充分に煮る。豆腐が温まったと思われるところで、だしに味噌を溶く。味噌は日光市塩野室地区で収穫された大豆「里のほほえみ」と、おなじくコシヒカリの麹による「日光味噌梅太郎白味噌」である。ズッキーニは1ミリ以下の厚さに小口切りして最後に加え、ほとんど煮ない。味噌汁は、自分で作ったものがいちばん美味く感じる。

今日は次男の同級生、それから僕の勉強仲間の双方から注文をいただいて、前述の「日光味噌梅太郎白味噌」によるフリーズドライ味噌汁をお送りした。

盆暮れのお贈り物に、いつもウチのフリーズドライ味噌汁をお使いくださっているお客様へのギフトのご案内は、おととしからは僕ではなく長男が書いている。いまだ5月とはいえ、自分の感覚からすれば、夏は間近に近づいているのだ。


朝飯 五目白和え、納豆、鰯の梅煮、筍と蕗の炊き合わせ、水茄子のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と豆腐とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト肉団子鍋「町田酒造」の黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.16(火) じみち

山手線を先ずは駒込で降りて朝食を摂る。ふたたび山手線に乗り、次の巣鴨で降りる。「なぜそんな面倒なことをするのか」と問われれば、駒込にある24時間営業の、朝から地元のオヤヂたちがチューハイを飲んでいる食堂が好きだからだ。

巣鴨での用事は昼前に完了した。今日はできるだけ早く帰りたい。西日暮里を経由して北千住まで来ると、時刻は12時20分だった。即、12:41発の特急券を買う。

「ボンヤリさせたら日本一」と自分では思っている。しかしバス、鉄道、船、飛行機など公共交通機関を使うときには、定められた出発時間の直前まで何かしていないと気が済まない。何もせず手持ち無沙汰にしてることは苦手である。今日も12時36分まではプラットフォーム直下の本屋にいて、めぼしい本を探していた。

夜はきのうに引き続き牛肉を摂取して、早々に就寝する。


朝飯 「じみち」のベーコン目玉焼き定食
昼飯 「小諸蕎麦」の盛り蕎麦
晩飯 サラダの盛り合わせパン茹でたブロッコリーと焼いたジャガイモを添えたビーフシチュー“MAZIS CHAMBERTIN Hospices de Beaune 1985”

2017.5.15(月) あちらこちら

この春から東武スカイツリーラインに導入された新車両リバティの上りは、下今市駅にて、鬼怒川から来た前3両に、日光から来た後ろ3両が連結されて浅草を目指す。その際には、連結部の壁がトンボのアゴのように左右に開き、自動で出てきた蛇腹は、しかし最後は駅員が手で結着させる。鉄道ヲタクと僕のようなにわか見物人とが入り交じりって、下今市駅のプラットフォームは中々の賑わいだ。そのリバティの12:35発に乗る。

この秋に改版されるパンフレットについて話し合うため、南青山のデザイン事務所で長男と落ち合う。夕刻は銀座に出て”GINZA SIX”の「蔦屋」を覗く。僕には、特に写真集のコーナーでは、いくら時間があっても足りない。夜になって、戻るようにして赤坂へ移動をし、小さな勉強会に参加をする。

長男とは銀座線の新橋駅で別れた。そうして飲酒活動の場所へと向かう


朝飯 納豆、野沢菜、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、独活のきんぴら、スペイン風目玉焼き、ズッキーニのソテー、メシ、揚げ湯波とオクラの味噌汁
昼飯 「とりや食堂」のワンタン麺
晩飯 “Food/Days”の3種のハーブと季節の野菜のサラダビーフステーキ、カリフォルニアのシャルドネ、カリフォルニアのカベルネソービニョン、グラッパ

2017.5.14(日) 正体不明の酒

日本にいるかぎり、特に家にいるかぎり、朝食は和食でないと気が済まない。ところが夜になると、どういうわけか洋食が食べたくなる。もっとも好きな酒はワイン、ということが関係しているのかも知れない。

今夜はひとりだから、夕食は自炊の他、外へ出る選択肢もある。何軒かの行きつけの中から選んだのは洋食屋の「コスモス」である。体内のアルコール濃度を早く上げろとからだが要求するのだろうか、「コスモス」では大抵、はじめにドライマーティニを飲む。

今夜はこれを2杯、飲んだ。ドライマーティニの後はティオペペと決まっていて、これも2杯、飲んだ。そうして家に帰る途中のセブンイレブンでロールケーキを買い、帰って後はこれを肴にオフクロの遺した正体不明の強い酒を飲んだ。

正体不明とはいえ、怪しいものではない。外国土産として持ち帰ったまま長く放置をしたからコルクが使い物にならず、仕方なしにデキャンタなどに移して元のビンは捨てた、そういうことによる正体不明である。

同様の古い酒は、隨分と人に進呈をしたものの、いまだひとかかえ以上もある。どうにかしなければいけない。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を薬味にした納豆、独活のきんぴら、ほうれん草の厚焼き玉子、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、野沢菜、メシ、シジミと浅蜊と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダマカロニグラタンドライマーティニ、”TIO PEPE”

2017.5.13(土) 休眠

事務仕事のうちもっともバカバカしい、できればしたくないことのひとつに「転記」がある。とはいえ自分の癖に照らして、しなくてはならないときもある。その随一は、コンピュータに記録した”to do”を紙のカレンダーに書き写すことだ。”to do”を、いちいちコンピュータを開いて見に行くのは面倒だ。電話で当方の日程を訊ねられたときなどは特に、である。

事務机の左の壁に提げたカレンダーの、様々な色のボールペンやサインペンで書き込まれ、蛍光ペンで線を引かれたあれこれには、大切なことも、そうでないことも含まれている。「靴をクリーニングに出す」などは、それほど大切なことではないけれど、忘れるわけにもいかない。

メレルのジャングルモック2足を普段履きとして買ったのは昨年10月のことだ。そのうちの1足はミンクオイルをたっぷり塗り込んで即、使い始めた。そして6ヶ月を経た先日、すぐちかくの「もみじや」にクリーニングに出した。その日から使い始めた2足目には、あらかじめ防水クリームを充分に染み込ませておいた。革靴には、履く前に先ずクリームを塗るのが僕の流儀である。

たかだか数千円の靴をクリーニングに出すのは、そのことにより、クリーニング代を補ってあまりある長持ちが保証されるからだ。クリーニングから上がってきた1足目のジャングルモックは、カレンダーによれば、2足目がクリーニングに出される10月27日まで、下駄箱で休眠をすることになっている。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、塩鮭、野沢菜、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、鶏卵雑炊
昼飯 ラーメン
晩飯 空豆としらすの天ぷら、ほうれん草と海苔のおひたし、刺身の盛り合わせ、空豆の甘煮、芋焼酎「茜霧島」(お湯割り)

2017.5.12(金) 反省会

本州では西から東まであまねく、今夜から明日にかけて強い雨が降ると、午後の天気予報は伝えていた。そしてその雨を予感させるような風が、夕刻から吹き始めた。

18時50分に通用口から外へ出ると、風は更に強くなっていた。小さな雨粒が、ふたつみっつ顔に落ちたような気もする。これからの外出であれば、傘を持った方が無難だろう。そう考えつつ、しかし屋内の傘置き場に戻ることを面倒に感じ、そのまま駐車場、そして歩道へと足を踏み出してしまう。後のことより今に流されてしまう、良くない癖である。

大堀に沿った細い道を辿って居酒屋「甚平」の戸を引く。先月の下旬に行われた春日町1丁目役員による親睦旅行の、今日は反省会である。会計係である僕は、この旅行における金銭出納帳と預金通帳のコピー10部をたずさえてきた。

反省会は、町内役員で、今月8日に亡くなったカミムラヒロシさんへの献杯で始まった。カミムラさんは様々な役を長く務め、瀧尾神社の祭典にも毎年かならず労力を提供してくれた。また、町内の役員会には自分の後継者を据えて晩年を迎えた。立派なことだと思う。

21時すぎに外へ出ると、風は止み、雨も降ってはいなかった。そうして数分を歩いて帰宅する。


朝飯 独活のきんぴら、ほうれん草のソテー、納豆、鯵の干物、野沢菜、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「甚平」のあれやこれや、芋焼酎あれこれ(お湯割り)

2017.5.11(木) 味噌汁ギャラリー

優れた仕事をしてくれている限り、自分の知らないところで何かが行われていても「オレは聞いていない」と気分を害することはしない。僕のこの性格には、利点よりも欠点の方が多いらしいけれど、それほど気にしてはいない。

会社のウェブページが大きく再構築をされた昨秋まで、そこには「四季のお味噌汁」というコンテンツがあった。旬の材料を具にした味噌汁を、季節ごとにまとめたページである。レシピはすべて、僕が考えた。

そのコンテンツが新しいウェブページにも引き継がれたことは、何となく耳にしていた。しかし関心を持って見に行くことはしてこなかった。

「四季のお味噌汁」はテキストのみのページで、画像は持たなかった。昨秋からのそれは「味噌汁ギャラリー」と名を変え、そこへのボタンは「日光味噌」のカテゴリーページの下部に置かれていたことを知る。「ギャラリー」というからには画像があってしかるべきである。そしてそこには長男の調理した味噌汁による、ほんのすこしの画像があった

「四季のお味噌汁」には、僕の考えたレシピが幾十も並んでいたけれど、新しい「味噌汁ギャラリー」には画像のある味噌汁しか載せられない。そして現在、「春のお味噌汁」には僅々ひとつの味噌汁しかなかった。

ここに新たな味噌汁を加えるべく、今日は午前から午後にかけて、18種の味噌汁の画像を撮る。味噌汁を作るのは長男。僕は三脚に固定されたカメラのシャッターを押すだけである。

あとひと月ほどもすれば「味噌汁ギャラリー」の「春のお味噌汁」には、本日撮影の味噌汁が一気に並んで賑やかになるだろう。「味噌汁ギャラリー」へのボタンはもうすこし目立つところに置きたい気もするけれど、そのあたりについては、本職つまりデザイナーの意見に従いたい。


朝飯 独活のきんぴら、しらすおろし、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、胡瓜とレタスとツナのサラダ、目玉焼き、じゃこ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、大根と貝割れ大根の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 トマトとモツァレラチーズのサラダ筍と蛍烏賊のスパゲティポテトサラダを添えたピーマンと椎茸の肉詰めトマトソース煮“Petit Chablis Billaud Simon 2015”いちご

2017.5.10(水) コロモガヘ

仕事着に限れば、僕は年間で、以下8回の衣替えをしている。

春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト

ゴールデンウィークまでは、上記のうち「春」の組み合わせを着ていた。ところが連休の入りばなから好天による気温の急上昇に恵まれ、二階級特進という表現がふさわしいかどうかは知らないけれど、一気に「初夏」あるいは「盛夏」の服に衣替えをした。

今朝、いつものように3時台に目を覚まし、洗面所から食堂へと続く廊下の窓から外を一瞥すると、いまだ薄暗いアスファルトが雨に濡れている。ここしばらく晴れが続いていたせいか、その景色はとても不思議に見えた。

雨はすぐに上がったものの、気温は日中も低いままで、フリースのセーターが欲しくなった。しかし3着あるそれらはすべて押し入れの衣裳ケースに仕舞われた後であり、今さら引っ張り出すわけにはいかない。

夕刻は会社を早上がりして、つい先日、一緒に酒を飲んだばかりの人の通夜式へと向かう。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、蕗の炊き物、生玉子、厚揚げ豆腐の炊き物、じゃこ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、らっきょうのたまり漬、メシ、レタスの味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 生のトマト、炒り豆腐、蓮根のきんぴら、肉じゃが、蛸と胡瓜の酢の物、コゴミ、タラの芽、空豆などの天ぷら、芋焼酎「茜霧島」(お湯割り)

2017.5.9(火) 修脚

踵にアカギレのない月は、若いころでも1年のうち6月から8月までの3ヶ月しかなかった。それが加齢により、昨年からは6月になってもアカギレが治まらなかった。現在は「かかとちゃん」という、踵の湿り気を保つカバーが欠かせない。しかし毎朝これを履くのは面倒だ。

秋に踵の角質を削ってもらい、そこに15分間ほども油を塗り込まれたら、その冬は一度もアカギレができなかったとは、何年も前に長男から教えられたことだ。そのような場所が、上海ではあちらこちらにあるらしい。

夕食の席でまたまたその話を僕は出した。「上海 かかと ピーリング」とでも検索エンジンに入れれば情報はいくらでも出てくるのではないかと長男は答えた。よって食事の後に調べてみると、先ずは香港の施術所が現れた。踵を削って綺麗にすることを中国語では「修脚」と表すらしい。

「茨城空港から春秋航空を使えば上海はすぐだよ」とも長男は言った。「だったら上海からバンコクまではエアアジアか」と、つい脇道に逸れるのが僕の思考上の欠点である。

香港で「修脚」ができるなら、それはそれで有り難い。「百徳食品公司」の豆板醤を、ウチはもう10年以上も切らしているからだ。ゆっくり考えてみよう。


朝飯  たまり漬も含めた3種のおむすび、らっきょうのたまり漬、ピーマンの味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩つけ麺
晩飯 ハムと野菜のスープ2種のパンポテトのグラタンルッコラとトマトを添えたチキンソテー「日光味噌ひしお」ソース“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.5.8(月) 若緑

目覚めて洗面所へ行き、時計を見ると4時ちょうどだった。着替えて食堂に出て花と水とお茶を整え、仏壇に供える。「お流れ頂戴」のようにして、自分もお茶を飲む。iPhoneとコンピュータをデザリングさせ、きのう書いておいた一昨日の日記をサーバに上げる。これだけのことしかしていないにもかかわらず、時刻は4時40分になっている。昼のそれより僕は、この早朝の時間を惜しく感じる。自営業者には、ひとりだけの環境が貴重なのだ。

世界の名だたる経営者たちが、自分には長時間の睡眠が必要なことを告白し始めたと、きのうインターネット上のどこかで読んだ。「もはや早起きは自慢にならなくなった」という意味のことも、そこには添えられていた。翌朝の目覚めが早くても、そもそも就寝が早いから、僕の睡眠時間は充分である。

店の駐車場にあるモミジの、先週の火曜日には、いまだ出たばかりだった若葉が、それから6日を経た今朝は、信じられないほど育って、その若緑を誇っている。

所定の書類を提出してくれないと、一度に200万円までしか引き落としができなくなったと、2ヶ月も前からトチギ銀行には言われていた。本日ようやく、会社の登記簿謄本と法人番号指定通知書を持参して、その書類を作成する。


朝飯 たまり漬を含む4種のおむすび、茄子の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 冷や奴、長葱の玉子焼き、蓮根のきんぴら、銀鱈の味醂漬け、蛸と胡瓜の酢の物、黒糖焼酎「浜千鳥乃詩」(お湯割り)

2017.5.7(日) 最後の4本

渋滞はきのうから収束の方向へと向かいつつあった。インターネット上の情報を調べるまでもなく、お客様との会話から推し量れるのだ。

それはさておき、一昨日とさきおとといの2日間だけで、会社の敷地内に居ながら3件の信号無視を目撃した。渋滞に閉じ込められていると気が焦り、少しでも早く目的地に着こうとして、そのような行動をしてしまうのだろう。自分も気をつけなければいけない。

5月3日から始めたゴールデンウィーク限定の「牛肉のたまり串焼き」は、今日が最終日になる。日中のおおかたは長男と次男がその仕事に就いている。僕が現場に立つのは長男と次男が交互に食事を摂る昼の2時間のみだ。

14時の残り本数は4本。それを焼いている最中に「これ、なに」と、クルマから降りたばかりのお客様に訊かれる。「ウチで一番高級な『日光味噌梅太郎白味噌』の上澄みに牛肉を漬けて、それを炭火で炙っています。残りはここにある4本だけになりました」とご説明をすると即「その4本、予約」とおっしゃって、お客様はお買い物のため店内へと向かわれた。見事な、一瞬での売り切れである。

いまだ炭火の熱い焼き台を安全な場所に移す。ふたつの作業台を、丸洗いできるところまで次男と共に移す。後の片づけは長男と次男に任せることとして事務室に戻る。そして明日すべきことを箇条書きにする。銀行はさぞかし混み合うことだろう。

今日は初孫の生まれて6ヶ月目の日にて、夜は普段より品数の多いあれこれを肴に赤ワインを飲む。


朝飯 蕗の炊き物、厚揚げ豆腐と三つ葉の炊き合わせ、ハムのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 蕗の炊き物、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、じゃこ、らっきょうのたまり漬、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、白菜キムチによるお茶漬け
晩飯 サラダその1サラダその2サラダその3パンその1パンその2エビフライズッキーニのソテーとマッシュドポテトを添えたハンバーグステーキ“VOSNE ROMANEE JEAN GROS 1983”イチゴのケーキ

2017.5.6(土) 辿り着かない旅

むかし室謙二の「帰らない旅 スペイン・モロッコ・フィジー…」という本を持っていた。読んだはずだが内容は忘れた。甘木庵のちかくに住む医師のモリスミノブ先生に呼ばれて行ったら、おなじ本が応接間の本棚にあって「おっ」と思ったことは覚えている。モリ先生も旅が好きでいらした。

台湾のどこかの山から、ブレーキのみを備えた無蓋貨車、というよりも、いかだに鉄の車輪を付けただけのような車両に乗って降りてきた話を、モリ先生はそのとき僕にしてくださった。台湾も隨分と変わったことだろう、僕は台湾には1983年に1度、行ったきりである。

「帰らない旅」にはちと憧れるところもあるけれど、「辿り着かない旅」というのはどうだろう。動くベルトコンベアの上を逆に歩いて一向に前に進まないような焦燥を覚えるだろうか。しかしまた、目的の場所にたどり着く前に、それより面白いことに遭遇する偶然も、あるかも知れない。

「日光の街の手前で渋滞の中に2時間いて、諦めて戻ってきたんです」とおっしゃったきのうのお客様が「それより面白いことに遭遇」できたとすれば、僕はとても嬉しい。


朝飯 焼きトマトを添えたベーコンエッグ、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、冷や奴、三つ葉のおひたし、らっきょうのたまり漬、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とうるいの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の塩焼きそば
晩飯 家のウォッカソーダ「コスモス」のトマトトモツァレラチーズのサラダカツレツ“TIO PEPE”

2017.5.5(金) もうひとつの「ずらし」

「日光の街の手前で渋滞の中に2時間いて、諦めて戻ってきたんです。どこか、このあたりに観光をするところ、ありますか」と、店の駐車場でお客様に声をかけられる。牛肉のたまり串焼き焼きながら長男が、あれこれご説明をする。僕は店から街の地図を持って戻り、それをお客様に差し上げる。

「オレはあれだからいいけどさ、クルマの人はどうするの、日光の渋滞」と、ビッグスクーターに二人乗りでいらっしゃった若いお客様が、赤く日焼けした顔の目を大きく見開きながら話しかけてくださる。観光シーズンの、いつもながらの風景である。

きのうの日記には「一つ目小町」という「場所のずらし」について書いた。「そう言われても、ピカピカになった陽明門も観たいじゃねぇか」という人は、行楽シーズンを外す「時間のずらし」を計ってはいかがか。「ゴールデンウィークくらいしか休めない」という方もいらっしゃるけれど「観たいものを観に来て結局は観られない」では、どうしようもないではないか。

昼に「大貫屋」のノレンをくぐり、ひとりテーブルに新聞を広げつつ「人の行く、裏に道あり花の山」の格言を思い出す。「大貫屋」は、テレビの音声を除けばとても静かだ。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、茄子とピーマンの味噌炒り、生のトマト、スクランブルドエッグ、若竹煮、らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と若布とうるいの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のキムチタンメン
晩飯 蛸と浅蜊とサーモンのサラダトマトと浅蜊と白魚のスパゲティ、トライフル、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.5.4(木) ひとつ目小町

日光東照宮の、修復の完了した陽明門を観ようとして、それを果たせず戻っていらっしゃったお客様と、お話しをさせていただく。「道路が大渋滞、駐車場に入るまでが大苦労、拝観券を買うのも大行列。もう、説明する気もしねぇよ」と、お客様は、むしろさばさばとした表情でおっしゃった。

むかし川本三郎が「大きな駅の、ひとつ隣の駅が面白い」ということを温かく淡々と書いていたことを思い出す。その駅を川本は「一つ目小町」と呼び、例として渋谷の隣の神泉を挙げていた。池袋の隣の大塚、新宿の隣の初台、上野の隣の日暮里と思い浮かべてみれば「なるほど」と、それぞれの街の風情が頭に浮かぶ人もいるだろう。

ゴールデンウィーク、お盆、シルバーウィーク、秋の行楽シーズン。このようなときには、川本の言った「一つ目小町」を目指すと面白そうだ。そういえば僕の「チェンマイではなくチェンライ」も、考えてみれば「一つ目小町」なのかも知れない。

閉店の15分前になって「いま宇都宮にいる。なんとか店を開けておいてくれないだろうか」という電話が入る。このようなときには、僕は自分の携帯電話の番号をお教えする。「店が閉まっていたら、私をお呼び出しください」というわけだ。ウチはお客様がいらっしゃる限り、閉店時間になっても店は閉めない。そして今日もそのような状況で商売を続けるうち、宇都宮からのお客様は無事に到着をされた。「良かった」と思える瞬間である。

過去の記録に照らしてみれば、明日も、今日と同じ繁忙が続きそうな気がする。


朝飯 カキ菜のたまり浅漬け、若竹煮、蕗のおひたし、納豆、スペイン風目玉焼き、らっきょうのたまり漬、きゅうりのたまり漬、メシ、厚揚げ豆腐と若布とうるいの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の炒飯
晩飯 春雨サラダ「ユタの店」から持ち帰った餃子同しそ餃子同海老春巻き長男が作った餃子のたれ「老龍口」(生)杏仁豆腐

2017.5.3(水) 牛肉のたまり串焼き、はじまる。

オフクロの最後の晩餐はメンチカツとスパゲティサラダ、そして炊きたてのごはんだった。大贅沢である。僕はサーロインステーキ、トマトとレタスと小玉葱のサラダ、そしてブルゴーニュ真ん真ん中の赤ワインを最後の晩餐にしたい。

それほどビーフステーキが好きではあるけれど、調理した後のコンロの汚れは嫌いだ。昨夜、長男が牛肉を焼いて油の飛び散ったコンロまわりを、早朝にアルコールを噴霧して完璧に綺麗にする

きのうはまた長男と嫁が、牛肉の串焼きを「日光味噌梅太郎白味噌」のたまりに漬けた。ゴールデンウィーク中は店の外で、これを炭火で焼いてお客様に供するのだ。この仕事に備えて次男はきのう帰宅をした。7日の日曜日までは総力戦である。

今日は15時ころから夕刻にかけて、お客様の数が一気に伸びた。閉店の間際になって、ご自宅へお持ち帰りになるのだろうか、牛肉のたまり串焼きをまとめてご注文になるお客様が何人も続いた。外の焼き台を片付け始められたのは、定時を30分以上も過ぎた18時35分だった。

明日は今日以上に忙しくなるだろう、多分。


朝飯 若竹煮、納豆、ウィンナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、トマトと山葵菜のサラダ、らっきょうのたまり漬、メシ、筍と若布とカキ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 カレー南蛮鍋“STOLICHNAYA”(生)

2017.5.2(火) 非常識は新常識

2013年の秋から初冬にかけて、自宅4階に大規模なリフォームを施した。以来、僕の居住空間は、おなじ4階でも北西側から南東側へと移った。朝は夜が明けていく様子を眺めている。そして日光の山々に目を遣ることはほとんどなくなった。今朝、久しぶりに北西に面した窓を開けると、西は男体山、東は赤薙山まで連なる山に、雪は随分と少なくなっていた。

07:35 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の清掃と在庫調べ。
08:05 「JAかみつが今市農産物直売所」で「たまり浅漬け」の胡瓜を購入。
08:45 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に「味噌三昧」を納品。
09:10 「鹿沼相互信用金庫今市支店」で連休中の釣り銭を両替。
09:35 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に「らっきょうのたまり漬」を納品。

こうして見ると、2時間に5回も外出と帰社を繰り返している。「一度にまとめた方が合理的」というのが常識である。しかし「小分けにした方が合理的」という新常識も、実はあるのだ。

「いやぁ、日光がひどい渋滞で」と、閉店間近にいらっしゃったお客様が苦笑いをされる。「次回は是非、連休を外してお出かけください」と、お答えをする。「今日は旗日じゃないでしょ、外したつもりだったんだけどねぇ」と、お客様はふたたび僕の相手をしてくださった。

真夏と真冬の日光が、僕は好きである。


朝飯 たけのこごはん、らっきょうのたまり漬、茄子とピーマンの日光味噌「ひしお」炒め、冷や奴、厚焼き玉子、若竹煮、メシ、筍と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ガスパチョほうれん草と人参のソテーを添えたビーフステーキ2種のチーズ“VOSNE ROMANEE JEAN GROS 1983”いちご

2017.5.1(月) 新茶の季節

首尾よく3時台に目を覚ます。洗面と着替えを済ませて食堂へ行く。仏壇に花と水とお茶を供えると、4時をすこし過ぎる。きのうのうちに書いておいた一昨日の日記をサーバに上げる。それからきのうの日記を書く。日記は他に2日分が書いてある。これはその日の出来事を綴ったものではないから、いつでも使うことができる。特に何も思い浮かばないときや、取り急ぎ1日分の日記が必要になったときのための、いわば「在庫」である。

一昨年まで、この季節になると、お茶屋の代理店をされているらしい、ひとりのお得意様から新茶の出たことを報せる手紙が届いていた。義理もあって注文を続けるうち数十年が過ぎた昨年、その手紙が突然、途切れた。ウチへの「らっきょうのたまり漬」の注文も、また途切れた。しかし長年の「慣性」のようなものにより、他の業者に切り換える考えは浮かばなかった。そしてお茶の袋に書かれた製造者に直に電話をして、1年分のお茶を取り寄せた。

ウチでは1週間に100グラムの茶葉を使う。この100グラムの袋がいまだ3つ残っている先週末に、これから1年分のお茶が届いた。その代金を、連休の狭間を縫うようにして本日、郵便局から送金する。


朝飯 胡瓜のたまり浅漬け、納豆、チャプチェ、蕗のおひたし、ハムエッグ、切り昆布の炒り煮、飛竜頭の淡味炊き、らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 カキ菜のおひたし、若竹煮、胡瓜のたまり浅漬け、鶯豆、タラの芽の天ぷら茗荷の天ぷらアスパラガスの天ぷら烏賊と大葉のかき揚げ海老と三つ葉のかき揚げ、芋焼酎「茜霧島」(お湯割り)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学