時計の中身、クルマの中身

いまだ学生だった25年以上も前、二玄社の熊倉重春さんが所有する "LANCIA Fulvia Rallye" についての記事をカー・グラフィック誌上に読み、大いに羨ましく思いました。家の車庫あるいはワークショップ "Bugateque" は後の一時期、別のランチア・ラリーを預かることになりますが、「いつかは欲しいクルマ」の筆頭としてこれを眺めていたときの気分は、今も記憶に鮮明です。

1980年代が後半に入って本業以外にも小金を得るようになった僕は、早速にこれを、フランスのワインとイタリアのクルマへと投じ始めました。なにしろ小金ですからヴィンティジ期の逸品には足りません。目は自分が小学生だったころの、つまり1960年代のクルマへと向き、「右ハンドル」「全長4メートル未満」 「排気量1600ccまで」 という自ら決めた基準により、のべ6台のイタリア車を持つに至りました。

現在も残るクルマはそのうちの4台で、中でも 「絶対に譲れない1台」 は1968年製の "LANCIA Fulvia Rallye 1.3 HF" です。これはステアリング・タイロッドの不調に業を煮やしたオーナーが手放したがっているとのウワサを聞きつけ、その状態を確かめることもせず入手したものですが、当時はラグナ・セカなどにも積極的に出かけていた今は亡き阪納誠一さんの手により素晴らしい状態によみがえりました。

屈曲と上り下りの連続する田舎道へこのクルマを初めて乗り出したとき、小さな室内にあって幅広の革ベルトに固定された僕は、かつてのヨーロッパで幾多のトロフィーを得た無双の操縦性を腕と背中に感じ、「これが、あのランチア・ラリーか」 と、しばし陶然としました。そして右足と左足はスカットル下の暗がりにありながら3つのペダルを交互に踏んで、まるで踊る子どものようにいきいきとしていました。

昔日に逍遙した丘や渓谷を離れ、書斎にこもって道具の手入れや読書に専念する釣人を、英語では "armchair fisherman" と呼ぶそうです。諸方より情報をあつめクルマを手に入れ、必要とあれば遠い工房における修理もいとわず、メカニックが眉をひそめるほどにエンジンの回転を上げてサーキットを駆けた日々から離れ、今は一閑張りの文机にてクルマのあれこれをウェブペイジへ書きつけ満足しているかつてのクルマ好きについては、英国人はどうあらわすのでしょう。

もう、欲しいクルマはありません。ランチア・フルヴィア・ショーカー? 確かにあの姿かたちには強い魅惑を憶えますが、ムーヴメントを他社に依存するブランド物の時計と同じく、フィアットのエンジンはおろかフェラーリのエンジンを積んだランチアにさえ、僕は興味を持ちません。

それでは、もしもこの現代のランチア・ラリーが伝統の狭角V型4気筒エンジンを搭載したら? 「フム、そのときには当然、某所より資金を調達し」 などと夢想するのもまた、隠者の悦楽というものです。


LANCIA Fulvia Rallye 1.3 HF
2004.0401