教条主義

「なるべく自然な状態で醗酵させた、熟成期間の長い、できれば2年以上のお味噌を探しています」 という問い合わせをいただき、僕は相当に頭を働かせて以下を書いた。



普通、名古屋の豆味噌などを除いて、味噌は大豆(タンパク質原料)と米または麦(でんぷん質原料)から成ります。米または麦の麹にはプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)とアミラーゼ(でんぷん質分解酵素)が含まれます。大豆に対する米または麦の麹の量(麹歩合)が高いほど、これらの持つ酵素の働きにより、味噌の熟成は早く進みます。

現在、日本で生産されている味噌の約8割は、麹に米を用いています。大豆と米の価格を比べれば後者の方がより高いため、温醸室を用いて速醸される味噌を除いては、麹歩合の高い、つまり熟成期間の短い味噌の方が原価率は高くなります。

麹歩合の高い味噌は、それほど長い時間を要せず熟成する。
麹歩合の低い味噌は、熟成に長い時間を要する。

つまり 「熟成期間の短い味噌よりも、その期間の長い味噌の方がより高品質」 という 「常識」 が、まずここで揺らぎます。また、味噌が熟成していく過程で人為的に加熱するなどのことを行わない天然醸造においては

暖かい地方では、それほど長い時間を要せず味噌は熟成する。
寒い地方では、味噌は熟成に長い時間を要する。

つまりここでも 「熟成期間の短い味噌よりも、その期間の長い味噌の方がより高品質」 という 「常識」 は揺らぎます。

更に、好気性の酵母を活性化するため、巨大な樽に仕込まれた味噌を別の樽に移し、それまで樽の底にあった味噌へも充分に酸素を行き渡らせる仕事を 「うたて返し」 と呼びます。この手間のかかる辛い労働を多くこなせばこなすほど、酵母の働きは活発になります。

「うたて返し」 をまめに行えば、それほど長い時間を要せず味噌は熟成する。
「うたて返し」 の省かれた味噌は、熟成に長い時間を要する。

ですからここでも 「熟成期間の短い味噌よりも、その期間の長い味噌の方がより高品質」 というものさしを実証することはできません。

体重150キロの相撲取りは100キロの相手よりも常に強いのか?
70歳の老人は20歳の若者よりも常に智恵において優れるのか?
100ページの本は50ページの本よりも常にその内容は濃いのか?

味噌は様々な条件、数多くの行程、入念な計算としばしばそれを裏切る偶然を経て完成します。「熟成の期間という単純な数値のみを以て味噌の品質を測ることは必ずしも適切ではない」 というのが、25年のあいだ味噌造りに携わって参りました私の意見です。



と、こういう返信を送付して、つくづく自分は商売が下手だと思う。「はい、手前共の味噌は2年以上寝かしてございます。おかげさまで、お客様にはいつもお褒めの言葉をいただいています」と答えれば商品は右から左へ売れてしまうのに、どうにもそれができない。自分をイライラさせているものは何なのか? と考えて、それが教条主義だということにここへ至ってようやく気づく。


昭和二年の社員・亀山と福田
2004.0501