2017年2月の日記28本
2017.2.28(火) 航空券の購入
3月9日からのタイ行きを控えながら、次のタイ行きの日程も決まった。3月は北部での休暇、それに対して6月はバンコクでの研修がらみである。その、バンコクでのホテルは既にして予約を済ませた。次は航空券を確保する必要がある。
宇都宮の旅行代理店「トチギ旅行開発」のサイトーユカリさんに朝、往路は羽田発の深夜便、復路はバンコク発のおなじく深夜便、座席は最後尾の通路側として、注文のメールを送る。午後、メールに添付されたpdfによる予約確認書がサイトーさんから届く。僕はそれをプリントアウトし、指定された場所に署名をして、今度はファクシミリでサイトーさんに返送する。
航空券の、税金や手配手数料を加えた価格は60,090円。3月分の70,640円より15パーセントも安い。3月は乾季の最後のところ、6月は雨季の最初のところ。それが航空券の価格に影響しているのかどうかは知らない。
雨季とはいえタイのそれは日本の梅雨のように、1日中しとしとと降り続く雨ではない。夏の夕立のように一気に降って、いきなり止む。乾季、雨季に関係なく、タイの気候は僕好みだ。3月のタイ行きも、また6月のそれも、大いに楽しみである。
朝飯 納豆、五目おから、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、小鰯の土佐煮、切り干し大根と人参と油揚げの炊き物、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波とトマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 揚げ湯波のお粥、塩鮭、たらこ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 “TIO PEPE”、ポタージュ、パン、酒肴あれこれ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.27(月) 夢でも見た気分
“RICOH CX6″を何度目かの故障により欠いた今、普段使いのカメラはおなじリコーの”GR”のみになっている。”RICOH GR”は光学ズームを備えない。デジタルズームの操作法は知らない。写真は近距離での撮影を好み、ズームレンズを使う機会は皆無に等しいからだ。
“RICOH GR”はアナログ時代のそれも持っているくらいだから、これがデジタル化されたときにはもちろん、すぐに飛びついた。故障の多い機種で、当時は銀座の昭和通り沿いにあったサービスセンターに持ち込み、修理を繰り返しつつ使った。
“RICOH GR”はその後も、保証期間を過ぎてからの故障により死蔵したり、あるいは紛失をするたび、そのときの最新の機種を買い続け、現在は2013年11月に購入した”IV”を常用している。
“RICOH GR”はその後、CMOSセンサーのAPS-Cサイズへの拡大に伴ってボディを7パーセントほど大きく、重さを1割ほど増して、デジタルの”GR”としては新しい時代に入った。これにwifi機能を加えたものが”RICOH GR II”である。
不思議なことに、あるいは良くあることかも知れないけれど、”RICOH GR”の使い手は簡素さを第一に求めるのだろう、市場の価格はここしばらく、最新型の”RICOH GR II”の最安値66,299円に対して、一代前の”RICOH GR”には92,833円の値が付いている。
先週土曜日の未明、この”RICOH GR”の価格を調べると、68,990円をビックカメラが出していた。驚きの「前週比:-23,843↓」である。「ショップの売り場へ行く」のバナーをクリックすると、数量に限りのある旨の説明があった。
CMOSセンサーがAPS-Cサイズに拡大されたわけだから、僕の”IV”よりも鮮明な画像が得られるのだろう。この新しい”GR”を普段使いとし、これまでの”GR”は防湿庫で温存しようと考えたこともある僕には、今朝の安値は絶好の機会である。しかし結局のところ、この、信じられないほど安くなった”GR”を買うことはしなかった。
翌日、当該のサイト「価格.com」に行ってみると、”GR”の価格は68,990円から元の92,833円に戻っていた。何やら夢でも見た気分である。
朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」他による4種のおむすび、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 鶏もも肉の網焼き、大根と人参のなます、根菜類の煮付け、鯛飯、玉子と万能葱のお吸い物、「旭酒造」の「獺祭磨き二割三分」(冷や)
2017.2.26(日) お食い初め
「一朗食初什器」と墨書された桐箱が倉庫にあるところから、オヤジが昭和5年にお食い初めをしたことは間違いない。昭和31年に僕がお食い初めをしてもたったか否かについては確かめたこともない。1985年に生まれた長男、1995年に生まれた次男に、お食い初めはしていない。そうして長男の、2016年11月7日に産まれた長女には本日、桃の節句のお祝いと共にお食い初めをすると、前々から知らされてきた。
日曜日の昼ごろは特に店が忙しい。その店を11時25分に抜け出し自宅へと戻る。長男の家族の住む3階には、嫁のおひな様、そして初孫のおひな様が並べて飾られていた。そのふたつのおひな様の前に置かれたお膳のあれこれを、正座した膝の上に抱いた初孫に家内が食べさせていく。「食べさせて」とはいえもちろん、それは「食べさせるふり」、つまり儀式である。
初孫は上機嫌のうちにお食い初めを完了した。後は嫁の、今日のために訪問してくれた父母も交えた総勢7名で昼食を摂る。そうして僕はといえば「リコちゃんが、おとなとおなじものを食べられるようになったら、面白いだろうなー」と、本日、何ごとが行われたかも知らない孫に向かって声をかける。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 鯛の塩焼き、ちらし鮨、赤飯、根菜類と昆布とこんにゃくの煮物、蛸と若布と胡瓜の酢の物、巻湯波の淡味炊き、蛤のお吸い物、金柑の飴煮、ひなあられ
晩飯 昼のあれこれ、菜の花の胡麻和え、牡蠣のコンフィ、大根のぬか漬け、「旭酒造」の「獺祭磨き二割三分」(冷や)、「久埜」の草餅
2017.2.25(土) 小田急線唐木田行き
2月は総鎮守・瀧尾神社に参上することが多い。今年は7日が引継ぎ会議、21日が初会議、そして今日は春季小祭、これは秋の五穀豊穣を祈る祈年祭である。午前10時に責任役員、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人が御神水で手と口を清め、昇殿をする。宮司による式がひととおり完了すれば、次は社務所での直会になる。
昨年はこの直会の冒頭に、僕は責任役員として挨拶を求められた。今年の挨拶は宮司と当番町・仲町の自治会長カネコトモヤスさんのふたりのみにて即、乾杯に移った。そうして午前のうちからお清めの燗酒を2合ほどもいただく。
今日はまた、同級生サカイマサキ君の1年目の命日にあたる。彼の自宅には本日、彼を知る者が三々五々、集まるという。僕も下今市13:35発の上り特急スペーシアに乗り、日の傾くころ多摩センターに至る。
駅前の雑踏の中で、iPhoneのgoogleマップを凝視しつつ道に迷っていた僕に、同級生イトーイクオ君が気づいて声をかけてくれたのは幸運だった。
サカイ君の家には入れ替わり立ち替わり10数名が集った。そうしてお茶を戴きつつ故人の思い出、あるいはいまだ生き残っている我々の近況を語り合う。
イリヤノブオ君、コバヤシヒロシ君と共に駅を目指すころには、あたりはすっかり暗くなり、駅前の人出も少なくなりつつあった。往路には小田急線を使ったけれど、帰路は彼らの意見に従って、京王線で新宿を目指す。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、豚三枚肉とジャガイモと人参の炊き物、飛び魚の丸干し、ほうれん草の卵とじ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「田蔵」のあれや、これや、それや。チューハイ、そのチューハイを濃くするための「ナカ」
2017.2.24(金) 床屋
「床屋へ行くタイミングは髪に寝癖のできたとき」と、むかし勉強仲間だったチョーヤさんは言った。チョーヤさんの髪型は坊主だった。僕の頭も坊主であれば、おなじく寝癖ができると同時に床屋にかからなければならない。しかしここしばらくは家内や長男、また社員の一部が出張をするなどして社内の人手が手薄になり、それが果たせなかった。僕の場合には髪のほかに髭もあるから、事態はチョーヤさんの寝癖よりも深刻である。
朝、行きつけのカトー床屋へ電話をすると、オヤジさんは生憎と留守だという。奥さんはそのオヤジさんに遠慮があるのか、僕の髪を切りたがらない。しかし今日を逃せば次の機会は来週にずれ込んでしまう。よって奥さんの逡巡を強引に突破して、春日町交差点の信号機がすべて青なら歩いて1分で行けるカトー床屋の扉を押す。
いわゆる「千円床屋」は髪の毛のみで髭は刈ってくれないから「東京に出たついでにホンの10分で」というわけにはいかないのだ。3月なかばのタイ行きの最中にも、いちど床屋にかかっておこうと思う。
朝飯 トマトとレタスと若布のサラダ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ウィナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、切り昆布の沖縄風炒め、納豆、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蒸し牡蠣、トマトと刻みキャベツを添えた牡蠣フライ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご、黒豆煮、金柑の飴煮
2017.2.23(木) 環境整備
2013年の秋まで、まるで物置のようなところで寝ていた。「物置のような」とは「粗末な小屋」ということではない、「モノの詰め込まれた部屋」ということだ。床にモノが置かれすぎて、明かりを点けるための、壁のスイッチまで辿り着くこともできなかった。特にひどかったのはこの寝室だけれど、他の部屋においてもモノは多すぎた。
この環境に、意を決して大鉈を振るったのは家内である。箪笥などは中身ごといくつも捨てた。10年も20年も開くことのなかった箪笥であれば、中身ごと捨ててもどうということはない。
環境が整備されると、そこで暮らす人の頭も体も行動も簡素に、合理的になる。環境が人を変えるのだ。その環境整備を今度は社内でも行うべく、数ヶ月前より長男が計画を立てきた。その最初の3日間が今日から始まる。今朝は各部署の主立った者を製造現場に集め、資料を手渡しながら短い話し合いをした。
「いずれは使うときが来るかも知れない」とか「捨てるに忍びない」と取り置かれたモノが続々と集められ、社内の一角に積まれていく。僕も労働力の一端を担わなくてはいけないと、40年ほども保管されたままの、どこから取り外されたものかも知れない扉を1枚、指定の場所へと運ぶ。
「3日間だけじゃなくて、こういうことはずっとやんなきゃダメだよ」と製造部長のフクダナオブミさんが言う。「おっしゃる通り」である。
諸方から知恵と力を集め、環境整備はこれからも絶やさず続けていきたい。
朝飯 じゃこおろし、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、ほうれん草のソテー、刻み昆布の沖縄風炒め、グリーンピースの炒り卵、納豆、メシ、浅蜊と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「魚登久」の酒肴あれこれ、4種の日本酒(冷や)
2017.2.22(水) いつでも来てください
現在の店舗や工場、住まいは僕が20歳ころに建った。「ころに」とその時期が特定されていないのは、棟ごとに時間差を置いて建てられていったからだ。僕は現在60歳だから、いずれにしても築約40年ということになる。
鉄筋コンクリート造りとはいえ築10年を超えるころから諸方にほころびが見え始め、以降は修理あるいは作り直しの連続である。
屋上の更に上、エレベータの機械室の上に置かれた避雷針の、それを支えるワイヤーがいつまで健在だったの記憶が僕には無い。それが錆びて切れたときのことも覚えていない。そして避雷針はここしばらく、その「しばらく」が10年なのか20年なのかはつまびらかでないけれど、とにかく、支えを欠いた状態で直立してきた。
昨年は屋上の、2度目になる防水工事を行った。その際ようようこの避雷針のワイヤーについて真剣に考え、本日遂に、サイトー電設のサイトータダハルさんにより、その復旧が成った。
避雷針の上部から四方に下げられたワイヤーは、絶縁のための碍子を経てアンカーに取り付けられていた。その様子は僕には初見にて、やはり最初のワイヤーは、遙か昔に失われていたのだ。
真新しいワイヤーは、これからどれくらい保ってくれるだろう。「カミナリ? いつでも来てください」の、今は気分である。
朝飯 冷や奴、烏賊の塩辛、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を添えた大根おろし、じゃこ、梅干し、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 パン、コーヒー
晩飯 “TIO PEPE”、蛸とトマトとレタスのサラダ、パン其の一、パン其の二、温野菜を添えたシャルキュトリあれこれ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.21(火) 初会議
事務机左手の壁に提げたカレンダーの、今日のところに「13:45 神社初会議」とボールペンによる黒い文字があり、それが緑色の蛍光ペンで目立たせてある。時刻を”13:45″としたのは「14時から始まる会議には、その15分前には現場に着いていろ」との、自分への勧告である。
白いシャツに、四半世紀ほど前に京都の小さな工房で買った、何色とも名状しがたいネクタイを締め、紺色のジャケットを着る。そうして「それほど遅くはならないと思う」と、事務係と販売係に言い置いて外へ出る。
瀧尾神社に近づいていくと、おおかたは既にして社務所に収まったのだろう、人の姿は見えない。破風の下に立つ僕の姿を仲町の神社総代ヨシダススムさんが認めて「宮司のとなり」と、僕の座るべきところを教えてくれる。
総鎮守瀧尾神社の、1年間の行事を取り仕切る当番町は、今月7日の引継ぎ会議を以て、前年度の平町から今年度の仲町へと引き継がれた。今日の初会議では、その仲町の自治会長カネコトモヤスさんが議長となって、居並ぶ各町内の自治会長、神社総代、神社世話人により、いくつかの議題が審議をされていく。それが完了すれば、あとは直会である。
酒は嫌いな方ではないから注がれればいくらでも飲んでしまう。それを避けて、今日は乾杯の猪口1杯に留めておく。以降は熱い日本茶をいただいた。
平町の皆さんには「有り難うございました」という気持ちである。仲町の皆さんには「よろしくお願いいたします」という気持ちである。今年度のお祭も、無事に成功することを願うばかりだ。
朝飯 ハムエッグ、塩豆、胡瓜の古漬け、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “TIO PEPE”、ツナとハムと3種の野菜のサラダ、グリーンピースの卵とじ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“Chez Akabane”のチョコレートケーキ
2017.2.20(月) 都会とは異なって
3、4日前からホンダフィットのメーター中央に「まもなくメンテナンス時期です HMMF」という表示が出るようになった。走っている間もずっと消えないため、燃料を満たしてから今現在までの走行距離を確かめることもできない。「HMMFとはなんぞや」と検索エンジンを頼ると、ミッションオイルのことだった。「そろそろ交換した方がいいよ」との託宣である。
ウチから3キロほど離れたホンダのサービス拠点に出向き、作業が済むまで待つのは面倒だ。都会とは異なって、周囲にはクルマのディーラー、ガソリンスタンド、葬儀場くらいしかないから「ちょっとそのあたり、散歩してきます」というわけにもいかない。
よってEBエンジニアリングの、ウチのクルマについてはほとんどすべてを任せているタシロジュンイチさんにメッセージを飛ばすと「ディーラーの方が良いかと思います」との返事がすぐに戻った。
エアバッグの無償交換に引き続いて、またまたホンダ行きである。温かいコーヒーを出してもらい、本を読んで待つことにしよう。
朝飯 ルッコラのソテー、トマトとグリーンピースの卵とじ、大根と胡瓜と生姜としその実の刻み漬け、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 砂肝の黒胡椒焼き、”TIO PEPE”、パン、野菜のスープ煮を添えたロールキャベツ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.19(日) 日朝洗たく
早朝の仕事を完了して4階に戻る。きのう食堂の丸テーブルに置いた「日朝洗たく」のメモに従い、この4日間の服を洗濯機に入れる。「日朝洗たく」とは「日曜日の朝は洗濯をせよ」の意味である。
3歩を歩けばものを忘れるたちだから、僕の身のまわりにはメモやらポストイットが多い。今朝の洗濯も、メモがなければし忘れていただろう。
朝食を済ませて事務室に降り、開店の準備にとりかかる。ウチの暖簾は開店と同時に、ではなく、開店の準備のいの一番に軒下に提げる。その、出したばかりの暖簾が、おとといから断続的に続く強風により煽られる。
強い風は幸い、朝のうちに収まった。「閉店の17時には間に合わない」とおっしゃるお客様ひとりを事務室で待ち受け、商品をお渡ししてから施錠をする。
町内役員による会議が19時に控えている。それまでの90分間を座して待つつもりはない。肴になりそうなものを用意し、ドライシェリーを飲む。それがことのほか美味くて、また飲みつつ読む本にも興をそそられ、気づくと19時がちかくなっていた。
公民館での会議を終えて帰宅し、夕食の用意に取りかかる。それほど寒くないとはいえ、この時期にはなぜか、外へ飲みに出る気があまりしない。よって自己流で焼いた肉にて、今度は白ワインを飲む。
朝飯 胡瓜の古漬け、納豆、グリーンピースの卵とじ、大根おろし、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 ルッコラのサラダを添えた鶏もも肉のマスタード焼き、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.18(土) 夜のラーメンとジム通いの関係
出勤してくる社員を迎え入れるため事務室のシャッターを上げる。そうして外へ出てみると、きのうから今朝にかけての強風により、どこかの工事現場から赤い三角コーンが飛んできている。どこかの林から、枯れ枝も飛んできている。それらを含め、目立つゴミのみ拾って歩く。その後は枯れ葉と砂を、箒とちりとりを使って掃き集める。
所用にて、きのうに引き続いて宇都宮へ出かける。往復60キロをこなして2時間以内に帰社する。
定時の17時には店にいて、閉店の準備をする。しかしお客様が途切れず、店を閉めることができない。販売係のハセガワタツヤ君に言い置いて自宅へ戻り、喪服に着替える。店は17時20分になっても閉まらない。よって施錠などはハセガワ君に任せてホンダフィットで菊屋ホールに向かう。義理のある人の母親が亡くなったのだ。
お通夜から戻って用意を始めた夕食は、これは夕食ではない、酒の肴である。その肴にて20時に飲酒活動を完了したときにはラーメンが欲しくて一瞬、外へ食べに行こうか行くまいかと迷ったけれど、即、その雑念を霧消させる。
夜のラーメンとジム通いの双方を平行して行う人を、facebookなどでたびたび見かける。「馬鹿じゃねぇの」と嗤うのは凡人で、あれは絶対矛盾的自己同一の求道的実践なのだ、多分。
入浴して水を飲み、21時すぎに就寝する。
朝飯 納豆、生玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、じゃこ、梅干し、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カオガイトード、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬
晩飯 グリーンピースの塩ゆで、蛸と若布の酢の物、焼叉、「名手酒造店」の「黒牛純米」(冷や)
2017.2.17(金) 春一番
テレビの天気予報では、きのう、おとといから「春一番」ということばが聞かれるようになった。今朝は朝からそれほどは寒くない。
午後、いよいよ風が強くなって、店舗に向かって左側に掛けたのれんが片側に寄ったり、あるいはまるで洗濯機の中のハンカチのように舞ったりしている。そのままにしては見た目も悪く、またのれんも汚れたり痛んだりしそうだ。よって早々と事務室の中に避難をさせる。
夕方、どこからともなく駐車場に飛来し、しかしどこかへ飛んでいくことはせずに留まっているゴミや落ち葉を掃除する。しかし強風はちり取りの中にも侵入して渦を巻き、掃き集めたばかりのゴミや落ち葉をふたたび吹き散らしていく。砂埃もかなり舞っているのだろう、目の玉にも違和感を覚える。明日の朝もまた、広い範囲での掃除が必要になるかも知れない。
午後の遅い時間から来て、エレベータの天井の明かりをこれまでの蛍光灯からLEDに換える作業をしていた技術者が、電気の回路に問題があるため、もうすこし時間がかかりそうだと閉店後に事務室に来て言う。
待つうち2時間が経つ。いつまでこのままでいるわけにはいかない。施錠を施し、裏玄関から鼻をつままれてもわからないほど真っ暗な階段を、手すりを頼りに4階まで上がる。
作業は結局のところ「もうすこし」と言われてから3時間を経て完了した。自分の立てた行動計画がつまらない理由により乱されることを僕は極端に嫌う。しかしこのエレベータ会社には、例の「3.11」の大地震のとき、驚くべき速さで駆けつけ、レールから外れた昇降室を復旧してもらった恩義がある。よって不満を述べることはせず、ねぎらいの言葉をかける。
そしてようやくスープを温め、パンを焼き、ワインの栓を抜く。
朝飯 筑前煮、しもつかり、ハムエッグ、じゃこ、胡瓜の古漬け、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 チキンカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 3種の野菜とウィンナーソーセージのスープ煮、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.16(木) ひとりめし
メール、メール、またメール。電話、電話、また電話。書類、書類、また書類。ある人にとっては未知の領域について相談をされ、僕においてはそれは既知のことだったので説明をして。というようなこと繰り返すうち、早くも夕刻を迎える。
クリスマスのころにくらべれば日は圧倒的に長くなり、しかし現在は17:00閉店の冬時間を採用している。よって終業後にミーティングをしても、空はいまだ明るい。その明るさが、僕を不思議な気分にさせる。
自炊は嫌いではないから夕刻、仏壇の花と水とお茶を下げてその器を洗えば即、料理に取りかかる。料理とはいえ僕の場合にはいい加減なものにて、野菜はただ刻んで酢と塩と油をかけるだけ、パンは焼くだけ、ロールキャベツは取り寄せたものを家内が作り置いたスープに投入して温めるだけ、ワインは栓を抜くだけ。そんなところである。
そうして普段はできない行儀の悪いこと、すなわちテーブルの上に南の国の地図だの時刻表だのを広げ、それを読んだり眺めたりしながらひとり夕食を摂る。結構、楽しい。
朝飯 筑前煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を薬味にした冷や奴、しもつかり、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 トマトとレタスのサラダ、パン、“neu frank”のロールキャベツのスープ煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.15(水) 電源喪失
“ThinkPad”は1995年10月から2011年8月までの16年間に、530からX61までの9台を使った。”ThinkPad”との長い付き合いはそこで終わり、2011年8月からは”Let’s note”に乗り換えた。この”Let’s note CF-N10″は優秀で、今日までの5年半のあいだ、いまだ致命的な故障を起こすには至っていない。
午後、その”Let’s note”の見慣れない部分に警報のような赤ランプの点滅していることに気づく。ネット上に情報を探してみれば、それは「バッテリーパックまたは充電回路が正しく動作していない状態です」とのことだった。試しにACコードを外してみると、その瞬間に”Let’s note”は落ちた。
騒ぐことはない。秋葉原の「LUMIX & Let’s note修理工房」を頼れば良いのだ。予約の上、午前に当該機を持ち込めば、夕刻には修理が完了する。問題は僕の日程である。日本橋タカシマヤへの出張組が戻る22日までは会社を空けられない。23日は地元で夜に集まりがある。24日は床屋にかかる。25日の午前は瀧尾神社の春季小祭で、夕刻には同級生サカイマサキ君の一周忌。26日は孫のお食い初め。
“Let’s note”は毎夕、事務室から自宅へ引き上げる際に、トートバッグに入れて持ち帰る。自宅ではこのコンピュータをバッテリーで駆動していたけれど、しばらくは電源コードの予備を置く必要があるだろう。
朝飯 ウインナーソーセージのソテー、しもつかり、筑前煮、烏賊の塩辛、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 じゃこ、なめこのたまり炊、揚げ湯波、胡瓜の古漬け、烏賊の塩辛によるお茶漬け
晩飯 筑前煮、胡瓜の古漬け、冷や奴、豚の軟骨のオーブン焼き、「名手酒造店」の「黒牛純米」(燗)
2017.2.14(火) 日本代表
朝、銀行へ行くと、キットカットの小さなチョコレートを女子行員が手渡してくれた。よってそれを受け取りつつ「キャンペーンか何かですか?」と訊いたら「今日はバレンタインデーで…」と、女子行員は控え目に微笑んだ。その微笑みが含羞によるものか、実はそうではなく苦笑に類するものかについては、僕には判断ができなかった。
バレンタインデーが何月何日なのかも知らない、そういう無知蒙昧の徒は、いわゆる専門馬鹿にはたくさんいそうである。しかし専門を持たない僕は、専門馬鹿ですらない。バレンタインデーは2月14日と覚えても、来年になれば、いずれ忘れてしまうのだ。
販売を応援するため店に入っていた事務係のコマバカナエさんが、事務室まで僕を呼びに来る。海外からのお客様だという。結局のところ、そのお客様のお買い上げはかなりの額に上った。そしてお客様はそれに見合うだけの1万円札を僕に手渡し、手洗いへと向かわれた。
その1万円札を数えてみると、1枚、多い。バレンタインデーが何月何日なのか知らない僕も、このような機会を得れば、オリンピックの選手ではないけれど、日本代表の気分になる。お戻りになったお客様には即、その1万円札をお返しした。
客の差し出した高額紙幣が多すぎた場合、そしてそのことに客が気づかないでいる場合、多すぎた分を客に返す国民性を持ち合わせる国が、世界にどれだけあるだろうかと考える。
「国民性などは存在しない。存在するのは個人のみだ」という意見もあるだろう。しかし僕はやはり、国民性というものはあると思う。「いい加減で、しかし正直な人」のたくさんいる場所が世界のどこかにないか。あるならそういうところにこそ旅をしてみたい。
明日から日本橋タカシマヤで始まる販売に伴い、家内と長男は東京へと去った。そのあいだ嫁は実家の世話になる。来週の水曜日まで続く自炊が、なにやら楽しみである。夕食は当面、家内の作り置いたスープにあれこれを投入していく、ブリコラージュ風のものになるだろう。
朝飯 納豆、筑前煮、なめこのたまり炊のスクランブルドエッグ、しもつかり、胡瓜の古漬け、メシ、きのうの夜に残した天ぷらと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 トマトとレタスとハムのサラダ、人参とソーセージのスープ炊き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.13(月) オータケさんの蕎麦
今でこそ「蕎麦の街・日光」ということになっているけれど、僕より年長の人には蕎麦嫌いが多かった。僕も子供のころは蕎麦を好まなかった。多分、むかしの蕎麦はそれほど美味くなかったのだ。もうひとつ、蕎麦は大昔においては仕方なしに食べる救荒食で、その記憶が長く引き継がれた可能性も否定はできない。
それが今は「蕎麦嫌い」など、どこを見まわしても存在しない。それは田舎の蕎麦も洗練され、劇的に美味くなったからだ。「蕎麦には野趣こそ大切」などと言ういわゆる「ツウ」に、僕の知る太くてボソボソのけんちん蕎麦を食べさせてみれば、「酢豆腐」の若旦那と同じく二度は求めない気がする。
「日本中のすべての蕎麦屋の蕎麦より上出来」とまでは主張しないものの、旅館「竹美荘」の蕎麦は美味い。それを先日7日の宴会の帰り際、あるじのオータケさんに伝えたところ「今度ぶって持ってってやっから」と言われた。ウチのあたりでは「打つ」を「ぶつ」と言う。
そのオータケさんが早くも今日、蕎麦を届けに来てくれた。2005年に亡くなったオヤジの、オータケさんは同級生である。僕は恐縮しつつその「10人前くらいあっから」という紙の箱を受け取った。
初更、その箱のフタを開けた瞬間「わー、綺麗」と家内が賛嘆の声を上げる。そうしてオータケさん言うところの「10人前くらい」の蕎麦を「美味いでしょ」「ホントにおいしいね」などと言い交わしつつ、家族4人で大切にいただく。
朝飯 しもつかり、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、厚焼き玉子、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 烏賊の塩辛、4種の天ぷら、なめこのたまり炊によるなめこおろし、盛り蕎麦、「大七酒造」の「皆伝純米吟醸」(冷や)
2017.2.12(日) しもつかり
「明日の朝のお味噌汁の具は、ここにシジミが用意してあるからね」と家内に言われて、しかしそれを忘れ、いつものように煮干しでだしを引いた。それから1週間も経ってはいないと思われるきのうは「浅蜊が用意してあるからね」と言われ、しかしまたまたそのことを忘れ、やはり煮干しでだしを引いた。これもいわゆる「ダブルだし」の一種なのだろうか。シジミの味噌汁も、また浅蜊の味噌汁も、風味は至極良かった。
鮭の頭、鬼おろしでおろした大根と人参、節分に撒いた大豆の残り、そして酒粕。これを大鍋でグツグツと煮た「しもつかり」は、いかにも、海から遠く隔たった土地の貧しさが生んだ食べ物である。その、猫の吐瀉物のような見た目も手伝って、僕はこの郷土食を27歳まで食べられずにいた。
その27歳のある晩に蕎麦の「並木苑亭」を訪ねたところ「こういうものを食べないから体が弱いんだ」と、あるじのアオキウイチさんにしもつかりを無理強いされた。しもつかりが滋養強壮に役立つとも思えないけれど、出されれば食べないわけにはいかない。そうして恐る恐る口に運んだそれは意外や美味かった。
しもつかりは不思議なことに冷たいほど舌に心地よい。酒の肴としても、またごはんのおかずとしても重宝する。「しもつかり」は初午に、赤飯と共にお稲荷さんに供えるものとして作られる。ウチの初午は旧暦に則って行われるため、今日のしもつかりは日光市塩野室地区のサイトートシコさんにいただいたものだ。
「しもつかりと赤飯の組み合わせは最高」と家内は言う。そのあたりについては僕は良く分からないけれど、夕食にはやはりサイトーさんによる赤飯を僕は隨分と食べた。明日の朝のしもつかりも大いに楽しみである。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、じゃこ、生のトマトを添えた目玉焼き、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、メシ、浅蜊とレタスの味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バターのせてね特注)
晩飯 菜の花のおひたし、しもつかり、胡瓜の古漬け、ししゃもの燻製、筑前煮、赤飯、「名手酒造店」の「黒牛純米」(冷や)、“Chez Akabane”のコルネ、”TAMURE RHAM”(生)
2017.2.11(土) 「いきなり」という感じ
夏至ちかくとは比べるべくもないけれど、年末のことを考えれば、このところは隨分と日の出が早くなってきた。今朝も、製造現場での仕事を終えて照明を落とすと、南東に面した窓の色はこれまでの漆黒でななく、群青色に染まり始めていた。
それほど忙しくない午前を過ごし、13時30分より自転車に乗って昼食を摂りに行く。30分後に戻ると駐車場には「いきなり」という感じでお客様のクルマが並んでいた。食休みなどしている場合ではない、即、店に入って販売の手伝いをする。
ウチは普段は18時までの営業でも、成人の日が過ぎると春彼岸までは17時閉店の冬時間になる。昼すぎからその17時までは、特に忙しければ「あっという間」である。
その閉店の後は事務室ですこし仕事をしてから4階の食堂へ上がり、冷えた白ワインを飲む。
朝飯 ほうれん草のソテー、牛蒡のきんぴら、納豆、じゃこ、トマトのスクランブルドエッグ、ベーコンのソテー、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 トマトとルッコラのサラダ、ブロッコリーのソテーとマッシュドポテトを添えたミートローフ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Jacques & Francois Lurton Gran Araucano Cabernet sauvignon 1997”
2017.2.10(金) 鮭の焼漬
大切なものほど強く握って壊すことなどないよう、細心の注意を払ってフワリと手に載せ、結果として落として壊してしまう癖がある。それを知っているから赤ん坊は抱かない。自分の子供でさえ、首が据わって以降も抱くことはほとんどなかった。
今朝、朝食を終えてお茶を飲んでいると、開店準備のため店に降りようとする家内が、それまで抱いていた孫を僕に渡した。当方は嫌も応もない、そのまま腕の中にすっぽりと孫を入れ、数分間は椅子に座っていたものの、嫁の手が空くと同時に即、返す。粗相などあっては取り返しがつかないのだ。
ウェブショップの、自分で触れるところは自分で更新あるいは修正をする。自分の能力に余るところは技術者に頼む。その「技術者に頼む」のために午後より駒込に出る。仕事は遅滞なく進んで予想より早く完了した。
駒込からの合理的な帰路は、西日暮里を経由して千代田線で北千住に出るか、あるいは日暮里を経由して常磐線で北千住に出るか、だ。その、合理的な経路を無視して湯島にまわる。そうして復活した酒肴「鮭の焼漬」その他にてタルヒヤを飲み、今度こそ北千住から下り特急スペーシアに乗る。
朝飯 なめこのたまり炊、納豆、牛蒡のきんぴら、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、ほうれん草のソテー、厚焼き玉子、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁、いちご
昼飯 「ドトール」のジャーマンドック、コーヒー
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、タルヒヤ
2017.2.9(木) 最適でも買わない
昨年のいつごろだったか、フィットの運転席側のエアバッグをリコールで交換する旨の案内がホンダから届いた。それについてはそれほど間を置かず指定の工場にクルマを持ち込み、処置を受けた。すると今度は助手席側のエアバッグにも問題ありと、またまた封書が届いた。昨年の年末ちかくのことだったと記憶する。
作業は最大で90分ほどもかかるらしい。我が街のホンダはウチから3キロほどのところにあるから、徒歩で帰ってのち時間を見計らってふたたび徒歩でクルマを受け取りに行く、というようなことはできない。
忙しい年末に修理工場で90分を過ごすわけにはいかない。そして本日ようやく、予約の上で日光市森友地区にあるホンダにフィットを乗り入れる。作業は70分ほどで完了した。
「どうしてこんなにたくさん買ってしまったのだろう」と不審に感じられるほど引き出しに詰まっていた靴下が、気づいてみれば3足に減っている。穴の開いた順に捨ててきたからである。よって不足の分を補充するため、ホンダの帰りにユニクロに寄る。
ユニクロの自動扉が開いて店内に足を踏み入れるなり、良さそうなジャケットが目に飛び込んでくる。左胸と前身頃の左右にひとつずつ、つまり計3つのポケットがある。左の裾の裏側には、ちょうどパスポートが入るくらいの隠しポケットもある。
「旅行用の上着に最適じゃねぇか」と、更に生地の手触りを調べたりする。品名は「ストレッチワークジャケット」で、値段は3,990円だった。「へー」とか「ふーん」とか思いつつそこから離れ、奥の棚から黒い靴下3足を選んでレジの脇に置く。
「旅行用の上着に最適」でも、旅行用の上着は僕は買わない。旅の行き先は南の国ばかりで、上着などは暑くて着ていられないのだ。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、トマトのソテーを添えたベーコンエッグ、巻湯波の煮つけ、納豆、じゃこ、大根のたまり漬、メシ、油揚とトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 なめこのたまり炊、大根のたまり漬、鮭の親子漬け、じゃこ、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮によるお茶漬け
晩飯 “TIO PEPE”、トマトとレタスとブラックオリーヴのサラダ、ビーフシチュー、メシ、“Jacques & Francois Lurton Gran Araucano Cabernet sauvignon 1997”、プリンパフェ
2017.2.8(水) 器の整理
昨年の11月に注文した有田の豆皿が先日、ようやく届いた。欲しい物については、待つことを厭わない性格である。
器は5客を単位として買っていた時期もあるけれど、そのすべてを使う機会はほぼ無いということを、この四半世紀ほどで知った。この時を逃しては手に入らないと思われるものは今でも複数を買うことがあるけれど、大抵は1客ずつの購入である。
食器棚の容量には限りがある。というよりも、それがなぜそこにあるのか不明の、趣味に合わない食器を持ち続けても結局は使わないから、新しい豆皿と入れ替えに、大小合わせて3客の皿を処分する。
来週から再来週にかけて、家内と長男は日本橋タカシマヤに1週間の出張をする。「そのあいだの晩飯は、この豆皿に肴を並べて日本酒だわな」と今から決める。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、巻湯波と鶏と人参の煮付け、豆腐の卵とじ、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、若布と油揚げと三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、ふきのたまり漬、らっきょうのたまり漬、大根のたまり漬
晩飯 蛸と胡瓜の酢の物、ほうれん草と乗りのおひたし、“TIO PEPE”、3種の生野菜を添えたコロッケ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご
2017.2.7(火) 当番町の引継ぎ
嫁と孫が嫁の実家から帰ってきて、朝に味噌汁を飲む人数は4人になった。これまでの800ccのミルクパンでは容量が足りない。よってきのうからはすこし大きな鍋に換えた。今朝もその鍋を用いて、6時前にはだしを引いておく。
「食品衛生指導員再委嘱予定者講習会」という、栃木県食品衛生協会主催の講習会に出席をするため、14時20分に中央公民館の中ホールへとおもむく。これが定刻より少し延びて16時すぎに閉会する。ホンダフィットで会社にとんぼ返りし、今度は16時20分に、これまたホンダフィットにて瀧尾神社にすべり込む。普段なら歩ける距離でも、今日ばかりは徒歩では間に合わないのだ。
世間の年度は4月1日に変わる。しかし瀧尾神社の年度は、昨年の大祭および小祭を仕切った町内が次の町内に当番町を引き継ぐ「引継ぎ会議」を以て変わる。僕は神社の責任役員として、本日この会議に加わった。
各町内の自治会長、神社総代、神社世話人が見守る引継ぎ会議には、33名が出席をした。これらの人々がそのまま小倉町の竹美荘へと移動をする。そうして17時より直会が始まる。
平町の自治会長キタムラヒロシさんは、昨年度の当番町を、地道に堅実に運営してくださった。今年度の当番町は仲町、そして我が春日町1丁目は次年度の当番町である。諸々、気を引き締めていかなければならない。
朝飯 巻湯波の淡味炊き、切り昆布の沖縄風炒め、トマトのソテーを添えたハムエッグ、油揚げと小松菜の淡味炊き、鮭の親子漬け、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 「竹美荘」の宴会膳、蕎麦、日本酒(燗)
2017.2.6(月) マイツールの話
先月31日の日記「仕事場ではできない仕事」をはじめ、ウチがコンピュータを使ってする仕事のほとんどは「マイツール」というソフトによる。「エクセルでもできるんじゃないですか」とか「ファイルメーカーでもできるんじゃないですか」と問う人には「だったらエクセルで僕と同じ仕事をしてみてください」とか「だったらファイルメーカーで僕と同じ仕事をしてみてください」と答えたいところだけれど、それを言っては話はそこでお終いである。
「マイツールには興味があるけれど、いまひとつその実態がつかめないので、教えて欲しい」という方がちかくにいらっしゃったため、指定された小倉町の「コスモス」へ終業後に行く。
コンピュータは長男がたずさえている。僕は手ぶらである。説明のほとんどは長男がさせていただく。僕はその横にいて、ほぼ、ドライマーティニを飲んでいるだけである。
結論としては、3月の下旬ころより逐次、勉強会を開くことが決まった。一も二もなく僕はそれに賛成をする。
朝飯 切り昆布の沖縄風炒め、大豆の薩摩揚げの甘辛煮、油揚げと小松菜の淡味炊き、鮭の親子漬け、らっきょうのたまり漬、柴漬け、納豆、メシ、大根とアスパラ菜の味噌汁
昼飯 梅干し、油揚げと小松菜の淡味炊き、ふきのたまり漬、大根のたまり漬、なめこのたまり炊、じゃこによるお茶漬け
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダ、カツレツ、スパゲティナポリタン、ドライマーティニ、グラスの赤ワイン
2017.2.5(日) 無事の引っ越し
真夜中の2時すぎに目が覚める。就寝が前夜の20時すぎであれば別段、不思議はない。10分か15分のあいだそのまま横になっていて、しかし結局は起床する。洗面所の時計は2時30分になっていた。
家の中でもっとも好きな場所、すなわち南東と南西に面した角部屋の食堂の明かりを点け、先ずは花の水を入れ替える。その花を仏壇に供えたら食堂に戻る。今度はおなじく仏壇にお茶を供えるため、ポットの”0.5L”の目盛りの少し上まで水を満たして電源を入れる。朝一番の、僕の”routine”である。
長男の、昨年11月7日に初めての出産をした嫁とその子は「日光は寒いから」と、これまでずっと嫁の実家で預かってもらっていた。その嫁が今日は子を連れて帰ってきた。彼女の父親も同行をしてくれて、その引っ越しを手伝ってくれた。有り難くて頭の下がる思いである。
夜はその、無事の引っ越しを祝って皆でケーキを食べる。
朝飯 トースト、コーヒー、トマトと玉子のスープ、煮リンゴのヨーグルト和え
昼飯 「魚登久」の鰻重、大根のたまり漬、ふきのたまり漬、肝吸い
晩飯 “TIO PEPE”、トマトとレタスとベビーリーフのサラダ、鶏と海老とマカロニのグラタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Chez Akabane”のイチゴのショートケーキ、“Glenfiddich”(生)
2017.2.4(土) 寒さの基準
「暖冬だって言われてたけど、そんなこたぁない、今年は寒いね」
「長期予報ってのは、アテになりませんね」
などと言い交わす人に遭遇をするたび「いや、予報はやっぱり当たってるよ」と腹の中で思う。
東京にいても、夜の交差点などに立っていると、体の芯から冷えてくる日がある。ところがこの冬、僕は東京へ出かけるに際しては、セーターを着ることがない。それよりも「汗などかいては不愉快だ」という心配が先に立つ。
掃除道具を洗うための、外の水道が今年はほとんど凍らない。犬走りの、店に向かって左端の手水鉢の縁も、今年は2度くらいしか凍っていない。今早朝は製造現場に降りた。床も壁もコンクリートの仕事場に暗いうちからいて、しかし寒さを感じることはなかった。
普段は朝8時から夕方18時の営業時間が、成人の日を過ぎると春分の日の直前までは17時閉店の冬時間になる。家に帰る社員を見送る通用口で、あらためて日の延びたことを実感する。このまま一直線に、春になってしまうのだろうか。
朝飯 メシ、切り昆布の沖縄風炒め、大豆の薩摩揚げの甘辛煮、トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とアスパラ菜の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の蕎麦焼酎「峠」の蕎麦湯割り、酒肴三点盛り、山芋の磯辺揚げ、だし巻き玉子、アボカドの山葵和え、せいろ蕎麦
2017.2.3(金) 粛々と
朝にはまったくふさわしくない曲、すなわち青江三奈による”Cry me a river”を聴きながら、食堂の丸テーブルに集めた活字を拾い読みする。朝にはまったくふさわしくない曲、とはいえ外はいまだ夜とおなじ色を保っているから違和感はない。そのアルバムの最後の曲”Honmoku Blues”が徐々に消えていく。それとほとんど時を同じくして、東の空に薄く明るみが見え始める。
今月15日から21日までの7日のあいだ、日本橋タカシマヤに出店をする。それをお得意様にお知らせする案内ハガキのお送り先は、先月31日に顧客名簿から抽出をした。それを今度は3名の事務係が目視により再確認をした。今日はそれをタックシールに印刷する。
プリンターはレーザーだから、印刷はすぐに終わる。タックシールは女子社員の手により右から左へとハガキに貼られ、郵便番号順にまとめられて、箱に整然と並べられていく。
ハガキの投函は6日。すべてが届くまでに3日ほどはかかるだろうか。会期中は「お足元の悪い中」とならないことを祈るばかりだ。
朝飯 里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、「しいたけのたまり炊」の厚焼き玉子、ほうれん草のソテー、牛蒡巻き、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、アスパラ菜の味噌汁、いちご
昼飯 「森清」のラーメン
晩飯 キムチ鍋、「常楽酒造」の「黒麹焼き芋」(お湯割り)
2017.2.2(木) お鮨とワインのマリアージュ
これまで半世紀以上ものあいだビン詰めで販売をしてきた「しいたけのたまり炊」が、今年のはじめより袋詰めに変わった。これに伴い、自社ショップでは外観写真を入れ替えた。しかしYahoo!ショッピングの方には、いまだ手を入れていなかった。
詳述は避けるけれど、今回の修正では、自社ショップよりYahoo!ショッピングの方が手間がかかる。作業の内容は、既にして外注SEのヒラダテマサヤさんにメールで送ってあった。その作業の完成形を確かめるためヒラダテさんの、恵比寿にある仕事場を訪ねる。
その仕事を完了して後は銀座に出る。マネジメントゲーム用の定規を求めて伊東屋を訪ねるも、在庫は無かった。よって先般の日光MGの最中に壊れたシャープペンシルの代わりのみ、新たに買う。
中央通りを1丁目から8丁目まで、5丁目のリコーのギャラリーを経由して歩く。旧電通通りに出て「たくみ」に入る。普段は見かけることのない、古い深皿に目が留まる。棚には2客のみがある。その2客とも包んでもらってザックへと納める。
おなじ8丁目で鮨を肴に日本酒を飲む。「お鮨とワインのマリアージュ」というようなことは、僕はしない。
新橋から銀座線で浅草を目指す。ところが酔っ払いの悲しさにて、なぜか上野で降りてしまう。プラットフォームの電光掲示板には、いま降りたばかりの車両の、浅草への到着時刻が20:57と示されている。次を待っていては浅草21:00発の最終には間に合わない。
よっておなじ上野から日比谷線に乗り換えると、北千住には21:02に着いた。そうして21:11発の下り特急スペーシアに悠々と乗り込む。
ふと気づくとスペーシアは僕が降りるべき下今市を通り越し、終点の日光に停まっていた。年に何度かはやらかすことである。改札口を抜けて外に出る。タクシーなど停まっていない駅前のタクシー乗り場に、タクシー会社の電話番号が並んでいる。そのいちばん上に電話をすると「6分お待ちください」と配車係が言う。5分でも10分でもなく「6分」というあたりに、何とはなしの好感を持つ。
上半身には3枚しか身につけていないにもかかわらず、寒さは大して感じない。家までのタクシー代は、浅草から下今市まで特急で帰る料金と、ほぼ同じである。
朝飯 じゃこ、牛蒡巻き、里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、トマトのスクランブルドエッグ、ほうれん草のソテー、すぐきを薬味にした納豆、らっきょうのたまり漬、メシ、玉葱とトマトの味噌汁
昼飯 「ドトール」のトースト、コーヒー
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「八戸酒造」の「陸奥八仙芳醇超辛純米無濾過生原酒」(冷や)
2017.2.1(水) 予備も含めて
きのうの朝の味噌汁は量が少なかった。長崎のダシ屋から買った煮干しの、最後に残った頭や尻尾や皮など細かい部分ばかりでダシを引いたところ、それらに水が吸い取られてしまったことによる。今朝からは、その煮干しが築地のダシ屋から届いたものにかわる。
長崎の煮干しは中ほどの大きさで綺麗な銀色だった。今度の煮干しには太平洋のものも、また日本海のものも混じる、大ぶりで背中の黒いものだ。
きのうまでの味噌汁と今朝の味噌汁の風味の差は、素人が何も知らされないまま飲めば気づかないほどのものだろう。そうだとしても、専用の小さな鍋であれこれするのは楽しい。
強い酒を生で飲むためのショットグラスのうち、このところ気に入って使っているのは、家内が旅の土産として持ち帰った、腰蓑を着けて踊る女の人の絵柄の安物である。そのグラスの絵がこのところ急に薄くなったのは、食器洗浄機で洗ったことが原因だという。惜しいことをしたものだ。その店をふたたび訪ねることがあれば、そしてその棚にいまだこのグラスが並んでいれば、ぜひまた買ってきて欲しい、予備も含めて。
朝飯 里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、鮭の昆布撒き、「しいたけのたまり炊」と万能葱の玉子焼き、納豆、らっきょうのたまり漬、大根の甘酢漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 “TIO PEPE”、ワカサギの南蛮漬け、ジャガイモとソーセージのカリカリ焼き、2種のキノコのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Glenfiddich”(生)
























































































































