2024年2月の日記29本
2024.2.29(木) 吟行
「二月は逃げる、三月は去る」と、世間では言われているらしい。しかし僕は、この2月はそれほど短く感じなかった。
先ずは1月31日からの、日本橋高島屋での出張販売が2月6日まで続いた。僕は会社に居残りではあったものの、普段より緊張をして事務室にいた。8日には責任役員として瀧尾神社の当番町引継ぎ式に出席。9日は水神祭。10日は練馬漬物物産店の視察。14日は昨年の春に木桶に仕込んだ味噌のうたて返し。17日から18日にかけては新しいコンサルタントの来訪。19日は永田町に同級生を訪ね、夕刻からは後輩と情報交換。20日はおととしと昨年に打った広告宣伝の効果測定。21日は月に1度の店休日ではあったものの、全社員が出社して各部との摺り合わせ。22日は外注SEと遠隔会議。24日はひとりだけ済ませていなかった社員との面談。25日は瀧尾神社での当番町初会議に出席。その夜は会計係として町内の役員会に出席、27日と28日は伊豆行きと、書き出してみれば結構、あれこれしている。
今朝は吟行、否、銀行に出かけ、9時30分からは金融機関の訪問を受ける。15時にも別の金融機関の訪問を受け、以降は店に立つ。
キャッシュレジスターの背後、ノレンに隠された棚をふと見ると、本の売上カード2枚があった。1枚は西加奈子の、もう1枚は石牟礼道子のものだったから「随分と渋い本が売れたな」と、嬉しくなる。というか、僕や家内や長男の選んだ本が売れれば素直に嬉しい。ひとりのお客様が2冊をお買い上げくださったのだろうか。
さて明日は月が改まる。隠居の軸は、午前のうちに替えた。「汁飯香の店 隠居うわさわ」は3月2日より営業を再開する。当日は、ほぼ満席のご予約をいただいている。とても有り難い。
朝飯 なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ブテチゲ風味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ブラックオリーブ、パン、洋風のおかずあれこれ、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018、レモンケーキ、Old Parr(生)
2024.2.28(水) 伊豆治療紀行(23回目の2日目)
夕刻には日本橋で鮨を食べる。だから朝食と昼食は軽く済ませるべきだ。そう考えて、きのうは治療を終えてからセブンイレブンに寄って、今朝のためのおむすびを買った。部屋に電子レンジは無い。しかし湯沸かしポットとアイスバケットはある。よって先ずは、隙間なく包装されたおむすびをアイスバケットに入れる。そこに沸騰したお湯を注ぐ、包装の内側に空気を含んだおむすびは。熱湯に浮かぼうとする。それを洗面所の、コップや歯ブラシの置かれたお盆で上から押さえつける。おむすびは熱々は無理としても、食べやすいほどの温かさにはなった。
きのうの治療は楽だった。しかしからだの具合が一夜にして悪くなる、ということも無いではない。戦々恐々としつつ治療台にうつぶせになる。先生はきのうと同じ手順で僕の脚と首を押すと「うん、大丈夫」と言ってくれたから、心配は軽くなった。電子ペンによる痛みはきのうに引き続いて、ほとんど感じないまま治療は完了した。
調子が良いときの治療は点検と調整くらいだから早く終わる。伊東線から新幹線への熱海での乗り換え時間は僅々4分。12時02分発のこだま712号は12時48分に東京駅にすべり込んだ。
予定からすれば「さて、夕食までは、どこで何をしようか」と考えるところだが、実は治療の最中にLINEによる連絡が入り、尻に帆かけて会社に戻らなくてはならなくなった。明日もこちらで用事のある家内とは、東京駅で別れた。
北千住13時42分発の下り特急は、下今市には15時10分に着く。会社までは徒歩で戻り、着替えをして仕事場へ降りる。時刻は15時30分だった。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
昼飯 「ドトールコーヒー」のチーズ in ミラノサンドA、コーヒー
晩飯 ピザ、クッキー、飲みさしの赤ワイン
2024.2.27(火) 伊豆治療紀行(23回目の1日目)
先にすべき事があるにもかかわらず、いつまでもコンピュータにかじりついて時間を失う、という悪癖が僕にはある。
今日から1泊で出かけるため、そのための荷物を作らなければならない。それを後まわしにして、おとといの日記を公開する。続いてきのうの日記を完成させる。生来の荷物嫌いが亢進したこと、また電子メールも短い意思疎通の範疇であればスマートフォンでこなせるようになったことにより、1泊2日くらいの外出にコンピュータを携帯することはしなくなった。それだけに、出かける前日までの日記はかならず完成をさせておく必要があるのだ。
下今市9時34分発の上り特急は、11時02分に北千住に着く。常磐線の東京行きには遅延が発生していたため、停車中の上野行きに乗る。11時30分すぎに東京駅に着き、紀伊國屋で食料を手に入れ、11時57分発のこだま723号に乗る。熱海で伊東線に乗り換え、伊豆高原には13時57分着。
「伊豆高原痛みの専門整体院」の治療室に入るときには、いつも戦々恐々としている。からだの具合が悪ければ、治療の際の痛みもそれだけ増すからだ。
ワタナベマサヤス先生は先ず、治療台にうつぶせになった僕の、両のかかとを外へ広げて「膝に響きませんか」と訊く。ここで膝に違和感を感じたことは、かつて無い。次は足首の少し上、ふくらはぎ、膝の直下と押していきながら「うん、たいぶ良い」と先生は呟いた。最後は頭の方にまわり、首の両側を押しつつ「全然、良い」と言ってくれたから、恐怖は漸減した。
背中の要所要所に9,000ボルトを発する電子ペンを押し当てられても、今日はごく軽い熱さを感じるのみだった。次は問題の膝に移る。
昨年11月の治療では「この調子ならひと月半や2ヶ月を置いても大丈夫」と太鼓判を押された。しかし年が明けて1月に来てみれば、前月の繁忙によるものか、からだの具合は悪くなっていた。左膝の内側に電子ペンを水平に打ち込まれたときの痛さは特にすさまじく、僕は背中を曲げ、身をよじり、額の脂汗は手拭いで抑え、先生の問いかけには一切、答えられず、ただ耐えるのみだった。
それが今日の治療では、痛みはほとんど感じなかった。「2ヶ月後で大丈夫って言われても、毎月、来るわ」と宣言をすると、先生は声を上げて笑った。
治療後は、伊豆高原駅前で借りたホンダフィットをセブンイレブンに着ける。家内はパンとコーヒーを、僕はおむすびを買う。18時がちかい。空は明るみを残している。そこから坂を下って銀行の角を曲がり、なじみの焼鳥屋にクルマを駐める。
ホテルに戻ったのは20時のころだっただろうか。本日2度目の入浴をして、早々に就寝する。
朝飯 茹でたブロッコリーと生のトマト、細切り人参の炒りつけと蓮根のきんぴら、玉子焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 「和居」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2024.2.26(月) 強風
2月26日には、二・二六事件を必ず思い出す。しかしそれを報じる媒体も、いまや無くなった。あるいは僕が気づかないだけなのだろうか。朝の山々は例年より少ないものの雪を蓄え、その中腹から上にかけては綿菓子のような雲が濃く薄くたなびいている。
昼頃より風がとても強くなる。
建物と建物のあいだには、いわゆるモンロー・エフェクトの発生することがある。上澤梅太郎商店では特に、店舗棟と工場棟のあいだに風が強く吹き抜ける。ここからの空気の圧力を受けて、店の犬走りに置いた萬両の鉢が、すべて倒れる。直しても直しても倒れる。よってそのうちのいくつかは、置く場所を変えた。
事務室の前にかけたノレンも、風で片側に寄ってしまう。こちらもまた、直しても直しても片側に寄る。こちらについては風がおさまる夕刻まで事務室に格納した。
これだけ風が強くても目の具合がそれほどおかしくならないのは、皮膚科で処方された抗アレルギー薬の効能によるものだろうか。
朝飯 蓮根のきんぴら、ハムエッグ、菠薐草のおひたし、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 細切り人参の炒りつけ、じゃがいもの味噌炒り、沢庵、ベビーリーフを添えた豚の生姜焼き、「黒龍」の「垂れ口純米吟醸」(冷や)
2024.2.25(日) 春季小祭
目を覚ましたのは1時30分。起床は3時。水とお茶と花と線香を仏壇に供えたのは3時17分。コンピュータを起動して、きのうの閉店後から現在までにいただいた「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約を確定させる。きのうの日記を完成させると心に余裕ができる。5時すぎからは、長男に手渡されていた書類をクリアファイルから取り出して読む。
9時を過ぎたところで店から4階へ上がり、素肌に白いシャツを着る。紺色のネクタイを締め、鰊骨というか杉綾のツイードの上着を着る。それだけでは胸元が寒いだろうから、黒いスカーフを首に巻く。
瀧尾神社には9時50分の到着。2020年より新型コロナウイルスの広がり受けて、春季小祭は極く限られた人数で執り行われてきた。それが今日は旧に復し、すべての町内の自治会長、神社総代、神社世話人、そして責任役員と責任頭が拝殿に参集した。もともと簡素なお祭だった春季小祭は、コロナ前の「当番町を考える会」での度重なるすり合わせにより、現在は更に簡素になっている。
小祭に引き続いて、今年の当番町である東町が主導する初会議および大祭祭典会議が社務所にて開かれる。会社に帰り着いたのは11時27分だった。販売係オバタタキコさんの昼食は11時30分から。よって彼女には事務係ツブクユキさんを通じて、僕の着替えが済むまでは店を離れないよう頼む。
18時の終業後は、この1週間の、日別に保管しておいた売上金をひとまとめにし、その金額を入金帳に記す。次は今夜の、町内の役員会で配付するA4の紙4枚を綴じた資料11部を作る。ここで時刻は18時25分。そそくさと4階へ上がり、ピザふた切れを肴にして白ワインを飲む。18時50分を過ぎたところで席を立ち、防寒のための上着を着る。そして公民館へと向かう。
朝飯 生のトマト、小松菜の胡麻和え、蓮根のきんぴら、牛肉と舞茸のすき焼き風、梅の実ひじき、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 2種のピザ、Chablis Billaud Simon 2018
2024.2.24(土) 好きな仕事
ある朝、知人の家を訪ねると、彼はコーヒーカップを手に庭をぼんやりと眺めていた。その姿を認めて「オレにはこういう時間はねぇな」と、あらためて気づいた。雪をまとった里山に朝日の差す様子は美しい。しかしそれを心ゆくまで愛でている時間は僕には無い。釣銭を載せた銭皿を左手に、コンピュータを入れた手提げを右手に持ってエレベータに乗る。
今月20日の日記に書いた、広告宣伝の効果測定の結果は、その翌日から複数の方面に周知をされた。周知をされた各人は即、それぞれの仕事の方向を探り始めた。新しい宣伝媒体の意匠については、遠隔会議のみでは隔靴掻痒の感を拭えない。よって来月8日には僕のみデザイナーの指定する場所へおもむき、その現場と長男とはインターネットで結ぶこととした。
自分を周囲から遮断してひとりで行うコンピュータ仕事も好きなら、複数で宣伝媒体を作っていく仕事も好きだ。さて当日の夜は、何を食べ、何を飲もうか。
夕刻に至り、明日の朝にし忘れてはいけないことを2枚のポストイットに記して事務机の電子計算機に貼る。そのうちのひとつは神社でのことだから、あまり寒くならなければ幸いである。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、ブロッコリーとペーコンのソテーを添えたスクランブルドエッグ、小松菜のおひたし、梅の実ひじき、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、エリンギとグリーンアスパラガスのソテーを添えた鶏もも肉の香草焼き、Chablis Billaud Simon 2018、アップルパイ、Old Parr(生)
2024.2.23(金) 無骨なかたまり
おとといの日記に書いたプロテックスFP-32Nが、朝のうちに届く。外箱は捨てたらしく、一般には「プチプチ」と呼ばれる緩衝材で包まれている。それを、はさみを使って慎重に開く。
メルカリの出品者の説明は「3回ほど使用しました」とのことだった。しかし地面に接する4つの突起には何の跡も無い。キャスターも、地面に触れた様子が無い。外側には小傷はおろか擦れたところさえひとつも見あたらない。中を開けると、保証内容を記したカードや鍵の密封されたプラスティック袋は封が切られていない。「3回ほど使用しました」が本当なら、自宅の玄関から慎重に抱えてクルマのトランクに収め、出先では絨毯の上にしか置いていない、そんな使い方だったのではないか。
税込み211,200円とはいえ、今や「誰でも持ってる」感のあるリモアのオリジナルキャビンにしなくて良かったと、つくづく思う。そして床に置いた無骨なかたまりに、事務机から何度も目を遣る。
新しい宣伝媒体の英文を確認して欲しいと、午後、長男に原稿を手渡される。僕が勉強をしたのは中学3年生までで、だから僕の英語力は、その程度のものだ。少なくない経費を支払い翻訳会社に訳してもらった英文を校正する能力など自分にあるのだろうかと疑問を覚えつつ、その文章に臨む。
「この表記は会話に用いるもので、印刷物としてはくだけすぎなのではないか」と思われる2ヶ所を黄色い蛍光マーカーでなぞる。「明らかな誤訳でしょ」というところもなぞる。「ここは固有名詞ではなく一般名詞の方が無難だろう」と思われるところもなぞる。他にも数ヶ所をなぞって長男に戻す。
「これを訳したのは日本語に堪能なネイティブかね。英語に堪能な日本人なら、こんな間違いはしねぇだろう」と、ある部分につき問えば「そこは日本人にも難しいところかも知れない」と、長男は解釈をしていた。とにかく、前へ進んでいこう。
朝飯 なめこのたまり炊のフワトロ玉子、茹でたブロッコリー、ジーマミー豆腐、梅の実ひじき、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と小松菜とトマトの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蓮根のきんぴら、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、牛肉と舞茸のすき焼き風、菠薐草の胡麻和え、鮪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「黒龍」の「垂れ口純米吟醸」(冷や)、洋菓子、Old Parr(生)
2024.2.22(木) 冬のもどり
三寒四温の時期には、いまだ達していないと思う。それにしても、東京へ出かけた4日前と今日の気温の差は激しすぎる。きのうおとといは、フリースのセーターの上にウインドブレーカーを羽織っていた。それを今日は、モンベルのU.L.サーマラップジャケットに戻した。
朝の雨は、小学生が登校するころアラレに変わった。その粒の小ささから、間もなく止むような気がした。しかし案に相違して、1時間ほどすると、今度は牡丹雪が落ちてきた。
らっきょうのたまり漬は、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」ではお陰様で、月間の販売個数がすべての商品の中で第1位になることが珍しくない。包装係からは、専用のバーコードが枯渇しつつあることを伝えられていた。バーコードは道の駅の業者用搬入口で印刷をする。暖かい日を選びたい気持ちは山々ながら、明日からは三連休になる。よって降りしきる雪を眺めつつ、まとまった数のバーコードを確保する。
食卓におかずの並べ始められた19時10分に、モンベルのU.L.サーマラップジャケットからマムートのセオンインサレーションカーディガンに着替える。首にはミズノのネックゲイターを付け、マムートの分厚いビーニーをかぶる。手にはオフクロの遺した、ブランド名の刺繍はあるものの本物かどうかは疑わしい手袋をはめる。そうして外へ出て、僕が書記を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の会場へと向かう。
朝飯 牛蒡の人参のきんぴら、トマトのスクランブルドエッグ、牛肉のしぐれ煮、鮭の日光味噌と粕漬け焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚登久」の特注弁当、う巻き、7種の日本酒(冷や)
2024.2.21(水) 道具
冷蔵庫の容積に不満を覚えたため、より大きな冷蔵庫に換えたところ、それまで以上の量を詰め込んで、不満は一向に解消されないとは、いかにもありそうなことだ。
コンピュータ以外のものは置けないよう、営業所内の事務机のすべてを小さくしてしまった会社のことを、1990年代のはじめに本で読んだ。
人を制御するには「制約」が必要だ。旅の荷物を減らすには、バックパックやスーツケースを小さくするに限る。
2014年からこのかた、スーツケースはリモアのサルサエアーキャビンSを使ってきた。機内持込が可能なサイズの中でも特に小さなものだ。安い店を選んで価格は税込38,800円だった。ちなみに現在の同型はエッセンシャルライトキャビンSで、定価は税込106,700円になっている。
サルサエアキャビンSの容量は31リットルで、何の不便も無かった。しかし昨年4月の旅では4合瓶2本を持つ必要があり、すると流石に苦しくなって、現地でのシャツをいつもの襟付きではなくTシャツに替えて空間を節約した。
今後、4合瓶2本を持参することはなくても、現地からすこし嵩の張るものを持ち帰ろうとすれば、いますこし容量が欲しい。もうひとつ、サルサエアは軽さを追求したモデルで堅牢さに欠ける。2019年9月には多分、バンコクのスワンナプーム空港でのことを思われるけれど、鍵を破られた。
そういう次第にて、ここ1年ほどはおなじリモアの、オリジナルキャビンを手に入れようと考え始めた。こちらはアルミニウム製のフレーム型で、安全性は格段に上がり、容量も35リットルに増える。価格は税込みで211,200円。
そして今朝の3時ごろまでは、これを買うこをを、ほぼ決めていた。ところがその考えは、30分ほどで変わった。
おととい東京のあるところでリモアの売場を訪ねた。カウンターでは、巨大な腕時計を好みそうなアジア人が支払いをしていた。リモアのスーツケースは今や道具ではなく、いわゆるブランド物になってしまったという、これまで薄々と感じていたことが、その様子を見て実感に変わった。僕が欲しいのは道具であって、ブランド物ではない。
そして出品者によれば「3回ほど使用しました」というプロテックスFP-32Nの中古品を、3時38分にメルカリで注文した。重さはリモアのオリジナルキャビンとおなじ4.3キログラムで、容量は40リットル。価格は送料まで含めて41,900円。定価は税込み54,780円だから、悪くない買い物だったと思う。
朝飯 生のトマト、小松菜のおひたし、納豆、スクランブルドエッグ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 鮭の日光味噌と酒粕漬けの焼きほぐし、牛蒡の人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、牛肉のしぐれ煮のお茶漬け
晩飯 ベビーリーフのサラダ、トマトとブラックオリーブのスパゲティ、2種のチーズ、飲みさしの2種の白ワイン
2024.2.20(火) 効果測定
昨年に行った広告宣伝の効果を一昨年のそれと並べてみる、という仕事を午前に始める。コンピュータを使ったひとり仕事は好物のひとつだから、数日前から腕まくりをして今日を待っていた。この作業には精密さが要求されるため、電話や来客を避けて4階の食堂へ上がる。
その前半部分を終えると時刻は9時20分。10分後には銀行員の訪問を受ける予定があったため、ひとまず事務室に降りる。銀行の人との質疑応答や書類への捺印は15分ほどで完了した。4階へ戻る足取りは「いそいそと」といったものだった。作業はそれから30分ほどで終わった。結果はA4の紙2枚にフェルトペンで手書きした。
その2枚の紙は長男の事務机に置いた。僕はコンピュータを使う職人であり、僕の出した数字に検討を加えることは、長男と担当コンサルタントにお任せである。
夕食は孫たちに配慮をして早めに始まった。僕は入浴をして、19時44分に寝室に入る。夜の諸々にはほとんど興味がない。朝の静かな時間だけが楽しみである。
朝飯 菠薐草のソテー、スペン風目玉焼き、鮭の日光味噌と粕漬け焼きほぐし、胡瓜の古漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 小松菜のおひたし、めかぶの酢の物、牛蒡の人参のきんぴら、胡瓜の古漬け、肉団子と白菜と雲呑のスープ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2024.2.19(月) 望むところ
1時台に目を覚まし、2時台に起床する。上半身にはユニクロのヒートテックウルトラウォームタートルネックTにパタゴニアのフリースのセーターを重ねている。食堂に床暖房は入っている。しかし温風の吹き出す空気調整器は動かしていない。それでも昨年末から続けてきたこの服装に、今朝は暑さを感じる。
日光市今市の今日の最高気温は12℃で最低気温は6℃。それに対して東京都千代田区のそれは17℃と13℃。東京へ出かけるときの服装は、真夏を除いては常に悩ましい。
地下鉄千代田線を国会議事堂前で降りて地上に出る。Googleマップの案内に従って歩いて行くと、坂上に頭を向けて、警備隊の車両が5台も駐まっている。「一体、何だろう」と視線を上げると、その先にはテレビで見慣れた首相官邸があった。
同級生ツナシマショーゾー君との面談を終えて、降りてきた坂を再び登る。来たときと同じ駅でも今度は丸ノ内線で銀座を目指す。僕は散髪は、東京へ出かけたときに新橋の大衆床屋で済ませることが多い。そこから銀座蔦屋書店、丸善日本橋店、くまざわ書店浅草店と回って17時の近づくのを待つ。
四半世紀ほども前のMG界にセキネヒサタケという切れ者が忽然と姿を現した。そして数年を経たところで、またまた忽然と姿を消した。しかし昨年の5月には思いがけず「汁飯香の店 隠居うわさわ」に来てくださった。そのセキネさんを、今回は僕から誘った経緯があった。
セキネさんとの2時間30分は、またたく間に過ぎた。東武鉄道浅草駅の改札口を抜けたところで指定席を確かめるべくスマートフォンを取り出す。するとそこには「いや~楽しすぎました! またいきましょう!」のメッセージが早くもセキネさんから届いていた。当方も、望むところである。
朝飯 牛肉のしぐれ煮、巻湯波と小松菜の炊き合わせ、玉子焼き、しもつかり、胡瓜の古漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 “FAUCHON LE CAFE”のクロックムッシュ、コーヒー
晩飯 「神谷バー」のエビマカロニグラタン、串カツ、他あれこれ、カミヤワイン(白)
2024.2.18(日) いま以上の勤行
昨年9月なかばの店舗改装以降、味噌の売れ行きが段違いに良くなった。味噌が目立つような置き方になったから、と言ってしまえば身も蓋もないけれど、まぁ、そういうことなのだろう。卸売りの引き合いも多い。先日は見積もりをお出しする前から「とりあえず納品して欲しい」というご注文をいただいた。
ひらめいてひらめいてしかたがない、という数ヶ月あるいは1年間が15年ほど前にあった。いま売れている味噌は、そのときに思いついて造り始めたものもあれば、それ以前から造り続けてきたものもある。いずれにしても、景気の悪い話ではない。
景気の悪い話ではないけれど、うかうかしているうちに「梅太郎白味噌」が今月ついに売り切れてしまった。お客様には大変に申し訳のないことながら、需要の急進に当方の脳内カレンダーが追いつけなかった結果である。
それに対する方策を先日、長男が持って来た。その製造計画はギリギリの線を狙ったものだった。しかし前述のように、見積もりより先に納品をせよ、という新しいお取り引き様も現れてきている。僕は長男が立てた計画の3倍の生産量を示唆し、長男はそれを受け入れた。
景気の悪い話ではないけれど、忙しい話でもある。いま以上に早寝早起きを勤行して、朝の静かな時間を確保しなくてはならない。
朝飯 巻湯波と小松菜の炊き合わせ、白菜の玉子とじ、納豆、しもつかり、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとレタスのサラダ、3種のパン、じゃがいもとベーコンの団子の素揚げと茹でたブロッコリーを添えた鱈のレモンバターソース、2種のチーズ、Chablis Billaud Simon 2018
2024.2.17(土) 効果測定
上澤梅太郎商店の店舗に向かって左側に目立たない坪庭がある。その小さな空間を、僕は毎日おとずれる。いつの間にか南天が育っている。いずれ密生するだろうから今のうちに引き抜いておけば話は簡単だ。それでも実生の植物には、どうにもそれを処理しがたい気持ちを覚える。「南天なら繁っても良いじゃねぇか」とも考え、そのままにしておくことにする。
昨年に行った宣伝広告の効果を測定する、という仕事を今月の21日までにする必要がある。コンピュータを使うひとり仕事は好きだから、今から腕まくりをしている。しかしそれには会社ではなく自宅の静かな環境が必要になる。だから週末の今日や明日に手を着けるわけにはいかない。
午後に新しい取引先の訪問を受ける。僕が店に立つあいだ、長男はその人に社内を案内し、以降は事務室にて数時間の話し合いをした。夜はその人と長男との3人で街へ出て夕食を共にする。お酒は結構はかどった。いちばん飲んだのは僕だろう、多分。
朝飯 巻湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、しもつかり、胡瓜の古漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、生春巻き、スパゲティナポリタン、他あれこれ、ドライマーティニ、Cono Sur Chardonnay Bicicleta Reserva
2024.2.16(金) あとは忙しくなるばかり
「ことによると4月の後半には南の国へ行けるのではないか」と、先月28日の日記に書いた。その翌日、ハジャイとバンコクで計10日間を過ごした昨年4月の日記を確かめたところ、種々の理由により4月の旅行は避けるべしとあった。とすれば3月はどうか。
3月5日には会社の健康診断がある。その日の閉店後に羽田空港へ向かい、深夜便に乗る。翌早朝にバンコクに着いたら国内線に乗り換えスコータイを目指す。帰りは同月15日の深夜便を使って羽田には16日の早朝着。しかし13日には取引先との面談が控えている。
先日この取引先と長男が遠隔会議をした際、3月の面談に社長は不在と伝えたところ「それでは話にならない」と先方は難色を示したという。親分的な性格の人、たとえば政治家などは、人に頼りにされることを好む。頼りにされないと、むしろ不機嫌になる。僕はその真逆で、頼りにされることは好まない。僕の現在の年齢に4歳を足せば、おじいちゃんの行年になる。7歳を足せばオヤジの行年になる。いつまで頼りにされても困るのだ。
健康診断は受けないこととして、羽田空港へ行く日を3月3日の日曜日に早めてみた。しかし面談前日の12日に帰国をしようとすれば、タイにいられる日数は10日間から8日間に減る。弾丸旅行ならしない方がマシ、という気質だから、2日間の短縮は痛い。
「だったら5月か」と考えてカレンダーをめくってみれば、既にしてあれこれの予定が入っている。春の彼岸が過ぎれば、後は忙しくなるばかりなのだ。
朝飯 しもつかり、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、鱈の肝と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの支那竹、胡瓜の辛子和え、皮蛋、チャーハン、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2024.2.15(木) 選択
きのうの夕食は「すぐに食べ終えられるもの」ということでスパゲティになった。1歳の誕生日を迎えたカコに「選び取り」をさせる計画があったからだ。
僕と家内にはとてもその余裕が無くて、というか、家にその習慣が無かったことから、みずからの子供の1歳の誕生日に一升の餅を背負わせ歩かせることはしなかった。しかし長男とモモ君は最初の子供リコの1歳の誕生日から、これを行ってきた。
カコはきのう一升の餅を胸と背中に振り分け立派に歩いて見せた。その行く先に置いてあるのは辞書、電子卓上計算機、お金、筆記用具、味噌、酒、はさみの7つだった。これらのうち何を選ぶかによって、その子供の将来を占おうとする「選び取り」である。
ところがカコは姉兄とは異なって、並べられた品と品のあいだを通り抜け、やり直しのときにはそれらの前で寝そべってしまった。彼女の将来は高等遊民かも知れない。うらやましい限りである。そして小学生のころから人生を降りたかった僕は、いまだ引退できずにいる。情けない限りである。
朝飯 菜花のおひたし、しもつかり、納豆、温泉玉子、紅白なます、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、紅白なます、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、鱈鍋、「黒龍」の「垂れ口純米吟醸」(冷や)、レモンケーキ、Old Parr(生)
2024.2.14(水) 汁飯香
上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、上から税込5,000円、3,000円、1,800円と、これまであった3種のお膳を、冬休み明けの3月からはもっとも簡素な1,800円の「汁飯香」のみにするとは、今月5日の日記に書いたことだ。
この「汁飯香」は、ごはん、味噌汁、漬物さえあれば、人は充分に満足ができる、ということを知っていただくための、いわば和食の入門編である。「日本人に和食を伝道しようというのか」と問われれば「その通り」と、僕は答えるかも知れない。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」にいらっしゃれば、ごはんと味噌汁と漬物だけで、充分に満足いただける。その自信はあるものの、中には「おかずもすこしは欲しい」というお客様もいらっしゃる。そのような方には定番のおかずを3種、季節のおかずも3種ほどはご用意する。
品書きには写真を添えた方が親切だ。しかしそれを本職に撮ってもらう時間は無い。よって今日は10時よりその撮影が隠居で行われた。作るのは家内、撮るのは長男。僕のしたことは味噌汁のための葱を朝のうちに買ってきたのみである。
お膳の簡素化と共に、飲物の種類も大幅に削った。それで不便をお感じになるお客様は多分、数百人にひとりに留まると思う。新しい品書きは、いつごろできるだろう。
ところで今日は、昨年2月14日に産まれた孫のカコの1歳の誕生日だ。彼女はひと月ほど前から歩き始め、それと同時に顔つきや行動も、赤ん坊から子供に近づいてきた。すべての赤ん坊や子供に望むのは「元気で長生きをしてください」ということに尽きる。
朝飯 小松菜のおひたし、牛蒡と人参のきんぴら、しもつかり、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、胡瓜の古漬け、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ポテトサラダ、スパゲティミートソース、チーズ、ウォッカマーティニ、Chablis Billaud Simon 2018、CLOS DU MAROUIS 1986、いちご
2024.2.13(火) と、いつも思う。
食器棚の戸を引くと、百貨店などで商品を入れてくれる紙の手提げ袋が複数、床に落ちる。戸を閉めるときには、その手提げ袋を中へ戻し、それがふたたび落ちる前に急いで戸を閉める。そんなことを何年も繰り返してきた。そしてとうとう先日、遂に業を煮やしてそれらの手提げ袋や不要と思われるものを90リットルのゴミ袋2つにまとめた。
そのふたつのゴミ袋が呼び水となって、家内は数日をかけて食器棚を整理した。その結果、廊下に並べられた市のゴミ袋は7つと半分に及んだ。僕も一念発起をしなければならない。何のための一念発起か。事務机の片づけである。
事務机の上は年に1度くらいは整理する。しかし再びものが増えて、使える面積は数十センチ四方に狭まる。気分は晴れないものの、面倒さが先に立って、年の大半はそのままになっているのが現状である。
午後も遅くなるころ会計事務所から電話が入る。内容は、僕の確定申告のための書類を求めるものだった。はてさてそんなものが届いていただろうか。それが見つけられない原因は机上の乱雑さにある。そこでようやくスイッチが入った。
机の上を乱雑にしているのは、そのうち目を通そうとしながら放置している書類やメモやパンフレット、開封しないままの郵便物、いただいたままコンピュータに入力していない名刺がほとんどだ。それらを次々と処理または処分していく。
数十分の格闘の末、事務机の上はすっかり片付いた。会計事務所から求められた剥離式ハガキも見つかった。現在の浄机が維持できれば気分も良いだろう。と、整理整頓の直後にはいつも思うのである。
朝飯 納豆、人参とピーマンの炒りつけ、生のトマトと菠薐草のソテーを添えた目玉焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 生のトマト、茹でたブロッコリー、ゆで玉子、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬、Chablis Billaud Simon 2018、カレーライス、Old Parr(ソーダ割り)、“DEMEL”のクッキー、Old Parr(生)
2024.2.12(月) セーター
きのうは21時前に寝に就いたにもかかわらず、今朝は6時直前まで眠ってしまった。実に9時間の睡眠である。もっともきのうの朝は朝とも言えない0時台に目を覚まし、以降はまったく眠らなかったから、そのツケが回ったのかも知れない。
日中、店にいながら暑さを感じてモンベルのU.L.サーマラップジャケットを脱ぐ。下に着ているのはパタゴニアのフリースのセーターだ。先週の金曜日に神田のパタゴニアで最新のセーターを試着しながら「これ、すごいでしょ」と、店のオネーサンに見せた代物である。
「その年に買ったうちの最上のひと品」というものがある。パタゴニアのフリースのセーターは、十数年前に手に入れた「その年に買ったうちの最上のひと品」だった。それが今では伸びきって、袖は折り返さなければならないほどになっている。
セーターは週に1度、着替える。来週の月曜日に最新型をおろせば、いま着ているこれはゴミ箱へ行くことになる。惜しい気もする。いまだ着ようと思えば着られる。しかしそれをすると服は増えるばかりだから、思い切りも必要なのだ。
東京では北風が南風に変わったという。セーターは僕にとっては「仕方なしに着るもの」だ。はやく半袖のシャツ1枚で過ごせる季節になって欲しいと思う。
朝飯 牛肉と椎茸のすき焼き風、大根おろしを添えた玉子焼き、人参とピーマンの炒りつけ、納豆、大根と胡瓜と白菜の浅漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と油揚げの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 かまぼこ、白菜と人参の浅漬け、鶏と豆腐の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、「久埜」の草餅、Old Parr(生)
2024.2.11(日) 居ても立っても
タイは「微笑みの国」などと呼ばれているものの、すべてに気楽なわけではない。実は厳密な階級社会だ。属する階級を端的に表すのは服装。「ニューヨークでは、できるだけ良い服を着るべし」と植草甚一は書いた。当てはまるのはニューヨーだけではないのだ。
昨年4月のタイ行きでは片山酒造の「初代久太郎」と「粕華」のそれぞれ四合瓶を1本ずつ持つ必要があった。これをリモアの軽さに特化したサルサエアーキャビンSに納めるため、生まれて初めて衣類圧縮袋というものを買った。
冒頭のことがあるからタイでは襟の付いたシャツを常用してきた。しかし手に入れた圧縮袋は上から見れば週刊誌ほどの大きさで、ここに9泊分の衣類を納めるには無理があった。よってシャツは仕方なくTシャツとした。しかし次のタイ行きでは、シャツは以前に戻って襟付きにしたい。
そういう次第にておなじ圧縮袋をもうひとつ購うべく、ウェブショップの購入履歴を検索してみた。するとそのいちばん上には昨年末にamazonに注文した本が現れた。それはよいとして、僕はその本を手に取った記憶がない。ウェブ上の記録は出荷済みになっている。
そうなると居ても立ってもいられない。本は棚に著者別に並べてあるからその場所へ行ってもそれは見あたらない。更に考えてみれば、その本の冒頭は案に反して固い内容だった、ということが思い出された。ということは、本は届いていた、ということになる。
以降は圧縮袋どころではなくなった。そうして1冊の本を探して自宅と事務室のあいだを行ったり来たりする。
朝飯 スクランブルドエッグとベーコンのソテーと生のトマトと茹でたブロッコリー、なめこのたまり炊、納豆、牛肉と椎茸のすき焼き風、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 SMIRNOFF VODKA(ソーダ割り)、人参とピーマンの炒りつけ、菠薐草の胡麻和え、2種のかまぼこ、豚ヒレ肉とシメジのソテー、のどぐろの干物、大根と胡瓜と白菜の浅漬け、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2024.2.10(土) ご予約のうけたまわり
夜の明ける前にメーラーを回す。ぐるなびから「汁飯香の店 隠居うわさわ」への予約がいくつも入っている。予約は電話をはじめ様々なかたちでいただく。きのう僕は会社を留守にした。そのようなことからいくつかの鍵を外しつつ事務室まで降り、ホワイトボードに磁石で留めた予約表を外す。そしてそれを手に4階の食堂へ戻り、その表とつき合わせつつ、きのうの閉店後から今朝までにいただいた予約を確定させる。
ぐるなびなど、インターネットを経由したご予約にはかならず文字によるご返事をお送りする。庭の見える席をお望みになったお客様の来店日は来月31日。そこで「気象庁 2024年3月 予報」と検索エンジンに入れてみる。現れたページを一読すれば案の定、昨年よりも気温は高そうだ。当該のお客様には、朝食に加えて桜もお楽しみいただけるだろう。
隠居係のタカハシリツコさんによれば、冬休み中の庭には鳥が増え、庭のそこここに繁る南天の実は食べ尽くされたという。その赤い実も3月2日を初日としてお客様がいらっしゃるようになれば、徐々に元に戻るのではないか。
休み明けの軸は河井寛次郎の「喜者開扉」と、今から決めている。床脇は昨年以来の文殊菩薩で、しばらくは行くつもりでいる。
朝飯 茹でたブロッコリーと生のトマト、筑前煮、納豆、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトのサラダ、鶏のクリーム煮、2種のパン、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018
2024.2.9(金) 歩行
07:45 東武鉄道けごん10号が下今市を発車。
09:19 けごん10号が北千住に着。
10:12 西武池袋線練馬着
10:25 「ねりま漬物物産展」の会場にて自由学園の後輩かつ練馬漬物事業組合のオザワユーキ君と数十年ぶりに邂逅。初日の開場直後にもかかわらず大変な賑わいように驚く。中には長いままの沢庵を10本も買っている人がいる。
11:25 神田すずき皮膚科の受付に診察券と保険証を提出。待合室には10名の患者。
12:27 診察を完了
12:42 メトロファーマシー神田にて薬を受け取る。
13:15 昼食
14:22 パタゴニア東京神田にてR1エアクルーを試着し、灰色2着を購入の上、発送を頼む。届いたら即、着古している現在のセーターは捨てることとする。
14:40 靖国通り沿いの古書店でTERENCE CONRANの”KITCHEN”を立ち見する。コンラン卿のこの手の写真集では”small spaces”が興味深い。
15:05 徒歩にて竹橋に至る。
15:12 東京国立近代美術館で開催中の「中平卓馬 火―氾濫」を観る。中平の写真の周辺には言葉が多い。言葉など、評論家に任せておけばよいではないか。
17:16 神保町の石井スポーツ登山本店にてあれこれの調査。僕のような荷物ぎらいにとって、外へ出るときの道具は登山用具が一番、というところがある。
17:48 松翁にて飲酒活動を開始。
19:14 猿楽町の女坂を上って御茶ノ水に至る。
20:13 東武鉄道リバティけごん49号が北千住を発車。
21:43 リバティけごん49号が下今市に着。
21:52 帰宅
朝飯 茹でたブロッコリーと生のトマト、牛肉と椎茸のすき焼き風、筑前煮、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布と揚げ玉の味噌汁
昼飯 「ドトール」のミラノサンド カマンベール&海老グラタン、コーヒー
晩飯 「松翁」のお通しあれこれ、穴子の煮こごり、菜の花の辛子和え、ざる蕎麦、黒龍(冷や)
2024.2.8(木) そのころの桜
雪の翌日つまりきのうは晴れたももの、午後はどんよりと曇り、雪のちらつくこともあった。しかし今日からは、しばらく快晴が続くのではないか。雪は綺麗な地下水の元になるから、これを厭うわけではない。降るなら山にだけ降って欲しいと思うだけである。
いまだ午前の早いころ、大豆「里のほほえみ」が上都賀農業協同組合日光中央支店から届く。これに、日光の八木澤ファームの棚田のコシヒカリによる麹に塩を加えて仕込めば、すなわち「日光味噌梅太郎」になる。仕込んで後は常温に置き、お盆が過ぎればうたて返しができるだろう。
15時にふと事務机左手のカレンダーに目を遣ると「15:50 神社」と書き込みがある。「見過ごさなくて良かった」とばかりに4階へ上がる。素肌に白いシャツを着てネクタイを締める。その上にツイードの上着を重ねる。胸元はシャツ1枚だから、オフクロがエアフランスの機内からもらってきた毛布をマフラーにする。
総鎮守瀧尾神社の参道に、雪は跡形も無かった。1年のお祭りを取り仕切る当番町の、小倉一二丁目から東町への引継ぎ式は16時に始まった。責任役員の僕は、宮司に続いて挨拶をした。式は20分ほどで無事に完了した。2ヶ月もすれば、春の大祭が催行される。桜は散り始めているに違いない。
朝飯 菠薐草のおひたし、きのうの鯛の残り、筑前煮、目玉焼き、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 菠薐草の胡麻和え、牛肉と椎茸のすき焼き風、大根おろしを添えた鰤の塩焼き、すぐき、大学芋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2024.2.7(水) 冬の温泉
きのう火曜日は、日光や鬼怒川のホテルや物産店への配達日だった。しかし雪のため、配達が困難なお得意様には事務係が電話で在庫の状況を伺い、可能であれば配達を遅らせていただく旨をお願いした経緯があった。
当該のお得意様には本日午前、製造係のイトーカズナリ君が味噌を届けてくれた。訊けば国道の雪はほとんどど片付き、その先の狭い急坂も、雪かきが行き届いていたとのことだった。
雪は、先ず予報が出たところで人の行動意欲を削ぐ。雪の当日はもちろん、人は外出を避ける。翌日は晴れてもいまだ足元は良くないから、人は多く家の中にいる。つまり雪がそれほど日常的でないところに雪が降ると、その前後も含めて3日間は、街は静かになる。
本日最後のお客様は、中国からの旅の方だった。レンタカーでいらっしゃった3名様は、らっきょうのたまり漬をお選びになって後にフリーズドライ味噌汁”with LOVE”に目を留められた。そして2食をお買い上げの上、試食をお望みになった。
僕は即、その2袋を給茶器のちかくに運び、中味を紙コップで受け、そこに熱湯を注いだ。そのコップを彼らに手渡しつつ、コップはお椀よりはお湯の量が少ないから、すこし濃いめの味になるとご説明をした。
結局のところ、その3名様は20食をお買い上げになり、鬼怒川温泉へと向かわれた。温泉は冬に限るとまでは言わないものの、冬の温泉は特によろしいと、僕などは感じる。
朝飯 玉子焼き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、茹でたブロッコリー、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとレタスの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 2種の蒲鉾、筑前煮、菜花のおひたし、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、鯛の煮付け、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、「紫野和久傳」の「果椒」、Old Parr(生)
2024.2.6(火) 雪かき
今朝の雪かきについてはきのうの夕刻に、会社の電子会議室に通達を上げておいた。そのせいかどうかは不明ながら、包装主任のヤマダカオリさんに続いて製造部長のマキシマトモカズ君も定時の30分以上前に出社をして、雪かきを始めた。
8時からの朝礼にて、目の前に仕事のある社員はそれをこなしてから雪かき、それ以外の社員はみな雪かき、ということを決める。登園や登校の時間を遅らせるよう幼稚園、保育園、小学校から沙汰のあった社員は遅れて出社をし、彼らもまた雪かきに加わった。その間、家内は電話番、僕は店番をした。
社員が精を出してくれたお陰で、お客様用の駐車場と周辺の歩道の雪かきは、10時15分にあらかた片付いた。以降、すこし遠いところの歩道は次男が、ヤマト運輸がトラックを着ける裏門の周辺は、嫁のモモ君が雪をかいてくれた。
今月1日から日本橋高島屋地下1階で催されている「老舗の人気店特集」の、今日は最終日。その現場へ向けてきのう出荷した商品は、羽田の中継所で止まったまま、遂に届かなかった。短期決戦の危機管理には、なかなか難しいものがある。
夕食はコロッケとのことだったため、白ワインを飲むつもりでいた。ところが食堂のテーブルには染付の皿にカマボコがある。「コロッケは洋食でしょ」と訊くと「コロッケは和食でしょ」と家内は言う。「日本のメシってのは面白れぇなぁ」と思う。
朝飯 鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、ベーコンとブロッコリーのソテーを添えたスクランブルドエッグ、小松菜のおひたし、炒り豆腐、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 2種の蒲鉾、牛蒡と人参のきんぴら、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、刻みキャベツとトマトとブロッコリーを添えたコロッケ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、チョコレート
2024.2.5(月) 汁飯香
上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様には、食後に感想を書いていただく。それをデータベースとしてコンピュータに入力するのは僕の仕事だ。昨年12月から冬休みを戴いていた同店は、来る3月から営業を再開する。そのお知らせのお送り先を先月、取りあえず抽出した。
ご家族4名でご来店になり、4名様すべてが感想を書いてくださった場合には、お知らせのお送り先は代表の1名様に絞る。それでも2020年3月の開業以来のお客様は数千名に及んだ。それを長男に伝えたところ、それだけの通信費は出せないと言う。よって今度は直近1年間のお客様に限って選んでみた。今度は長男も、その数字に納得をした。
「お知らせのお送り先を特定するなら、より良いと考えられる方法がある」と別の方面から意見をいただいたのは、それから数日を経たころだった。「なるほど」と僕は得心をして、もう一度コンピュータに向かった。そうして選び出したお客様へのハガキは今朝、郵便局に持参をして、料金別納にて預けた。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお膳にはこれまで、もっとも簡素な「汁飯香」、一汁三菜の「上澤の朝食」、その上の「一汁七菜膳」と、いわば梅竹松の3種があった。それを3月からは「汁飯香」のみとし、必要とされるお客様には別途、定番のおかずや季節のおかずをご用意することとした。
3日後、4日後の反響が楽しみでならない。
朝飯 玉子の油揚げ包み、納豆、炒り豆腐、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとレタスとベビーリーフのサラダ、2種のパン、ビーフシチュー、チーズ、いちご、CLOS DU MAROUIS 1986
2024.2.4(日) 協力
大型バス2台、総勢56名のお客様が12時30分から13時のあいだにいらっしゃるご予約は、先月末に承っていた。本日の出勤は、製造現場と隠居を除けば販売係が2名に事務係が2名。店が混み合うときには最低でも3名は欲しい。しかし当該の時間帯には、販売係と事務係のうち各々1名は昼食のため不在になる。とすれば残る事務係ひとりに助けを求めても接客に当たれるのは僕も含めて3名。それは良いとして、無人の事務室に電話がかかったらどうするか。
「そのときはそのとき」と考えていたものの、昼食はバスのお客様を送り出してから摂ることと、全員が昼食の時間をずらしてくれた。
56名のお客様は、お話をうかがって初めて知ったことだが、以前もいらっしゃってくださった方々だった。とても有り難い。そして販売係に事務係も加わった人員にて、接客と販売は無事に完了した。
15時すぎに道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ検品に出かけると、一部に売り切れが発生していた。即、製造現場に電話を入れて、すぐにそれを作るよう頼む。日光への観光客は、1月にくらべて増えているのだろうか。
開店の直前になって、隠居係のタカハシリツコさんが店の駐車場に融雪剤を撒いてくれる。明日の午後から明後日の午前にかけては、首都圏をはじめ広い範囲に雪の予報が出ている。「不要不急の外出は控えよ」と呼びかけるウェブニュースもあって、驚きを隠せない。「不要不急」の四字熟語は新型コロナウイルスの出現以来、世間に広まったような気がするけれど、どうだろう。
「出かけたければ、出かけりゃ良いじゃねぇか」と思う。「ノーマルタイヤで華厳の滝まで行けますか」などとお訊き下さるお客様には、流石に思いとどまるよう助言はさせていただくけれど。
朝飯 鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、ベーコンとブロッコリーのソテーを添えた玉子焼き、菠薐草のおひたし、炒り豆腐、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、寿司其の一、寿司其の二、「渡邊佐平商店」の「日光譽雄町純米吟醸」(燗)、「紫野和久傳」の「西湖」
2024.2.3(土) 節分
朝、歩道を掃除しながら、ふと気づくと箒の先に赤く長い毛が絡みついていた。咄嗟に頭に浮かんだのは「赫い髪の女」だった。中上健次原作、神代辰巳監督、宮下順子主演のその映画を観たことはない。ただしポスターには、池袋だったか浅草だったかで、しげしげと見入った記憶がある。「赫」という文字が印象的だった。
「赫」の文字が思い出させるもうひとつは野坂昭如による「赫奕たる逆光」で、こちらは読んだ。僕は本の内容は読むそばから忘れるから、家の本棚に見つかれば、また読んでみたい気もする。
事務机の電子卓上計算機に「10:00 二宮神社」と赤いフェルトペンで記したポストイットを貼りつけておいたにもかかわらず、実際に出かけられたのは14時30分を過ぎてからだった。豆と神饌とお守りを受け取り、会社に戻ってそれらを神棚に上げる。豆まきはきのう孫がしてくれたため、今日の豆は初午のしもつかりに使うつもりである。
夜はあれこれにより飲みさしのワイン2本を干して、早々に寝室に入る。
朝飯 鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、油揚げの玉子包みと小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬。メシ、若布と椎茸と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ポテトサラダ、パン其の一、パン其の二、ビーフシチュー、Chablis Billaud Simon 2018、CLOS DU MAROUIS 1986
2024.2.2(金) 豆まき
先月7日の日記に書いた、町内役員による積立金の計算は、数日前にようやく整った。その、文字による説明を加えた表や金銭出納帳、また預金通帳の最後のページを午後も遅くなってから印刷し、役員全員の分を綴じる。
明日は節分。しかし嫁のモモ君、孫のリコ、シン、カコは留守になる。よって豆まきは今日のうちにしてくれるよう、きのうのうちに頼んでおいた。夕刻、元気な声が店の前に響く。彼らはそこから蔵へ向かい、隠居を回って最後は自宅に豆を撒いてくれるのだろう。多いにありがたい。
18時43分に外へ出る、迎えのタクシーが駐まっていて、中には町内役員のうちふたりが既にして座っていた。僕が乗り込み、最後のひとりも乗り込んで、先般の親睦旅行の反省会が開かれる居酒屋へと向かう。
乾杯に引き続き、積立金の返金について、本日出席の8名に資料を配り、説明をする。「こんなの、よく作ったね」と、誰かが労ってくれる。金額に差はあるものの、海外旅行も可能なほどのお金が各自に返される。ちょっとした、否、ちょっとしたどころではないお年玉だと思う。
朝飯 鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、油揚げの玉子包みと小松菜の炊き合わせ、納豆、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚民」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「魚民」(お湯割り)
2024.2.1(木) やればできることもある。
3日つづいての2時台の起床。食堂に入ったのは2時55分。きのうの日記を書くべくコンピュータを開くと、果たしてそれは昨日のうちにできあがっていた。だったら何をしようか。
ひと月前に届いた年賀状は家内が整頓して食器棚に置いた。僕はそれらをチラリとは見たけれど、チラリとしか見ていない。そのハガキの束を「今日こそは」と、1枚ずつ検分していく。返信を送るべしと考えたのは、その中の13通。返信は必要ないものの、今後は仕事の関係ができるかも知れない未知の法人からのものが1通。その14通を分けて、新たに輪ゴムで束にする。
さて返信すべき13通には、日に1通を書けば、2週間以内にすべてが完了する。日記は書けても年賀状の返信はなかなか書けない。頑張ろうと思う。
ところで賀状といえば、元旦にお墓に供えた花のことがずっと気になっていた。こちらについても「今日こそは」と、朝のうちに大きめの洗面器とゴム手袋を携え如来寺へ行く。
花は、お寺の係が片づけてくれていた。古い方のお墓は、昭和に建てられた3基のみに花を供えたことを忘れていた。つまり洗うべき花立ては3対のみで済んだ。新しいお墓、そして叔父と叔母のお墓の、それぞれ1対の花立ても洗って、作業は意外に早く終わった。次の墓参りはお彼岸になるだろう。
年賀状の返信は結局のところ、昼の小一時間に8通が書けた。夕刻、目と鼻の先のポストまで行こうとしていた事務係マスブチサヤカさんに、それらの投函を頼む。
朝飯 ウインナーソーセージとブロッコリーのソテー、玉子焼き、細切り人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げと長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ウォッカマーティニ、パン、チーズ、サラダを添えたマッシュルームと生ハムのスパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018





























































































































