2026年9月の日記2本
2026.9.2(水) のようなもの
日記を書き、またその日の画像を加工することは、義務や仕事ではなく遊びだから、僕にはお茶の子さいさいである。しかし先月29日以来の、Visual Studio CodeとClaude Codeの取り扱いにおいては今朝も、先月30日の日記にあると同じ、僕には意味不明の画面が出て一頓挫。既にして文章も画像もできているおとといの日記の公開は、今日のところは諦めた。解決法を担当者に訊く、その時間が今日は無いからだ。
今日は月に一度の店休日にて、朝から隠居で上長会議と全体会議。昼食を挟んで事務室で事務係との会議、続いて店での販売係との会議、最後は4階の食堂で経営者会議と、9時から18時までのあいだは、ずっと会議が続いた。
「それだけ会議づくめでは、いかにも疲れるに違いない」と言われれば、僕はいまや傍聴者のようなものだ。また特に事務係との会議では僕だけ自分の机に着いて、皆の会話を聞きつつ普段の仕事をしたりしていたから、特に疲れるということはなかった。
ただし「14時から15時のあいだでしたらお電話ができます」と朝に電子会議室を介して伝えた日記のデジタル部門の担当者とは、電話はしたものの、会話はほとんど交わすことができなかった。
さて仕事を終えればそれまでのことは綺麗さっぱり忘れて、孫たちと賑やかに夕食を摂る。
朝飯 法蓮草のソテーを添えたスクランブルドエッグ、鮭の焼きほぐし、揚げ湯葉の甘辛煮、生のトマト、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」。らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、揚湯葉と小松菜の味噌汁
晩飯 夏太郎らっきょう、人参とブロッコリーのソテーとマッシュドポテトを添えたハンバーグステーキ、TIO PEPE
2026.9.1(火) 伊豆治療紀行(49回目は日帰り)
20世紀までの作家のほとんどは、紙と鉛筆またはペン、あるいはタイプライターで原稿を書いていた。しかしその20世紀も末ごろになると、彼らの多くは、それらの道具をワードプロセッサに替えた。その際に文体が変わる、ということがあったかどうかに、興味がある。
先月29日に記したように、この日記は2000年の9月よりHTMLで書き始め、途中からDreamweaver、更にはWordPressを「書いて整えて公開する道具」としてきた。それぞれのアプリケーションに、それが新しいゆえの違和感を覚えることはなかった。しかし今回のVisual Studio CodeとClaude Codeの組み合わせの、特に「文章を整える」ことをAIに委ねる方式には、大いに戸惑い、また手間取っている。開高健の小説の表題を借りるなら、それは正に「新しい天体」に他ならない。
先月29日からの「書いて整えて公開する道具」の変更を境として、僕の文章の調子が2000年9月からのそれに比べて変わってしまうのかどうかについては、いまだ不明である。そして今日も、何とか新しい方式により、8月30日の日記をウェブ上に公開する。
ところで、ひと月に一泊二日の頻度で通っている伊豆の整体治療だが、今月は繁忙により日帰りで行くことになった。
今年のはじめのころから調子の悪かった家内の左手首は、喜ばしいことに昨月から劇的に快方へ向かい、今日はほとんど完治した。僕の背中や腰や首の具合は昨月よりよほど良く、膝は特に、9000ボルトを発する電子ペンを押し当てられても、熱さも痛さも感じなかった。
症状が軽ければ、治療に要する時間も短くなる。そのお陰で東京へは予想より1時間以上も早く戻ることができ、日本橋高島屋で開催中の「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」も観ることができた。
そうしておなじ日本橋で夕食を摂り、地下鉄銀座線の車内にて浅草20:59発の下り特急の席をスマートフォンから確保する。浅草ではほとんど1時間の余裕があったため、僕だけは駅を離れて、あたりを散歩する。
朝飯 揚げ湯葉の甘辛煮、目玉焼き、厚揚げ豆腐と小松菜の淡味炊き、蕪と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯葉と法蓮草の味噌汁
昼飯 「BECK’S COFFEE SHOP」のB.L.T、コーヒー
晩飯 「吉野鮨本店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)














