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上澤佑基

コラム5 上澤佑基
漬物はケの味わいー
日常を楽しむ贅沢さについて考えました。

(2018.01.12 財団法人味の素食の文化センター『vesta』 109号に寄稿した内容です)

 弊・上澤梅太郎商店は、約四百年前に創業したと伝えられている。戦後、曽祖父の代に、味噌醤油の醸造技術を活かした漬物「たまり漬」を世に先駆けて開発し、以来、弊社の主力商品は「らっきょうのたまり漬」である。

 漬物産業は、いま、衰退の一途をたどっている。『VESTA』94号に掲載されたMRSメニューセンサスにおいて、1979年から2012年までの間に、漬物の喫食回数は、実に44%となったことが確認された(1)。各種統計を見ても、漬物の市場規模は急速に縮小している(2)(3)(4)。一方で、原材料である野菜は高止まりが続く。原因は、農家さんの後継者不在と、天候不順による作柄の悪化である。今後、漬物をめぐる状況が好転することはないだろう。

 状況が苦しい中、漬物の魅力をより一層発信していかねばとの思いから、弊社は、2016年9月1日に、ウェブサイトを一新した。一般に、漬物の魅力を伝えたいという時、まず思い浮ぶのは、欧米化しつつある食卓への対応だろう。弊社も実際に、洋食に対応した、見た目にも花やかなレシピを開発した。例えば、刻んだらっきょうのたまり漬を、ツナマヨと和えてパンに挟むと、とてもおいしいなど。

 しかし、結局、サイトのメインに据えたのは「ごはん・味噌汁・漬物」が並ぶだけの食卓だった。漬物を、見栄え良く、豪華に演出しようとした従来の考え方に対して、「ごはん・味噌汁・漬物」はあまりに簡素で、地味である。しかし、そこにこそ、弊社が目指すべき、誠実で健全な価値観が見いだせるはず、と考えたわけである。

 サイト一新の翌月、土井善晴『一汁一菜でよいという提案』が出版された(5)。昔ながらの「汁飯香のある暮らし」の提案であり、和食の来し方行く末について、熟考を重ねた内容であった。栄養学的な観点からの批判もあったが(6)、昨今、「一汁一菜」は一大ブームとなっている。「日常の食事に肩肘張る必要はない」という主張が、多くの人々の心を捉えたのであろう。我々にとっても、考えが的外れではなかったとの確信を持つことができた。

 「和食」の世界遺産登録など、明るい話題は多いものの、統計調査が示すのは、日本の家庭から「汁飯香」が急速に失われつつある事実である。日々接客するなかでも、それを感じている。「漬物って、どうやって食べるもの?」「漬物、苦手なんだよね」等々。

しかしながら、反対に、「おばあちゃんが漬けてたなあ」というような声も、よく耳にする。「和食」、そして漬物は、あまりに身近な存在であったがゆえに、却ってその価値を認識できていない部分が、まだまだあるのではないかと感じる。

我々は、華々しい「インスタ映え」よりも、むしろ「ケ」の暮らしを味わう贅沢さを発信していきたいと考えている。

コラム5漬物は「ケ」の味わいー「インスタ映え」を超えて

参考文献

  • (1)的場輝佳責任編集『VETSA』94号「データで見るー和食をめぐる食卓の情景」
       (公益財団法人味の素食の文化センター、2014)p.4
  • (2)総務省『家計調査』「1世帯あたりの漬物支出金額等」(年次)
       http://www.tsukemono-japan.org/statistics/documents/kakeityousa-nenpou.pdf
       (2017年10月1日現在)
  • (3)経済産業省『工業統計』「野菜漬物(果実漬物を含む)の出荷金額」
       http://www.tsukemono-japan.org/statistics/documents/kougyoutoukei.pdf
       (2017年10月1日現在)
  • (4)一般社団法人 食品需給研究センター編『食品産業動態調査』
       (農林水産省大臣官房政策課食料安全保障室、2016)pp.162-163
  • (5)土井善晴『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社、2016)
  • (6)成田崇信「話題の一汁一菜に管理栄養士が感じたこと」(2017年5月31日)    https://news.yahoo.co.jp/byline/naritatakanobu/20170531-00071571/(2017年10月1日現在)

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