2026.10.2(金) タイ日記(9日目)
きのう、いまだ日も改まらない22時過ぎに目が覚めたときには、いささか焦燥した。しかし以降は眠れて、今朝の3時15分には、爽やかな気分で寝台を離れることができた。
おとといの日記をClaude Codeに公開させる命令は、きのうのうちに書いておいた。今朝はきのうの画像を整え、きのうとおなじく5時55分に窓を開け、鳥の声を聴きつつ6時25分にきのうの日記を書き終えた。
食堂には7時に降りる。食事を終えたら屋上へ上がって、南から北へと、つまり180度の眺望を楽しむ。プールサイドにはきのうに倣って8時17分に降りた。
この旅には、半藤一利による「日本のいちばん長い日」に加えて、おなじ著者による「新版昭和史戦前篇1926-1945」を持参した。そして旅の初日より先ずは前者から読み始め、それをSNSに上げた。すると既にして2冊とも読んでいた自由学園の後輩ナカヤブノリマサ君が「自分もおなじく『日本の…』を先に読んだが、後から『昭和史…』を読んで、むしろこちらを先に読んだ方が良いと感じた」と、返信を付けてくれた。
僕の性格の中には、徹底的に反逆をするところもあれば、また妙に素直なところもある。確かに歴史の流れからすれば「昭和史…」を先に読んで、知識を蓄えておくべきだ。よって30ページまで読み進んでいた「日本の…」は脇へ置いて、改めて「昭和史…」を読み始めた経緯があった。
その、旅の2日目つまり先月25日から読み始めた「新版昭和史戦前篇1926-1945」の、年表と参考文献を除いた全552ページを10時に読み終える。すかさずそれを手に3階の部屋へ戻り、今度は「日本のいちばん長い日」を手にプールサイドへ降りる。
初日に30ページまで読み進んでいたとはいえ、ふたたび最初のページ、否、大宅壮一による「序」はあまり気持ちの良い文章ではないから、著者による「プロローグ」まで戻って、再び文字を追うことを始める。
寝椅子に仰向けになった足元から、太陽の直射を受ける部分が徐々にせり上がる。空には積乱雲が林立している。プラスティック製の屋根の下を離れて、パラソルの下の椅子に逃げて、更にページを繰る。
部屋に戻ってiPhoneに触れると時刻は奇しくも正午ちょうどだった。腹はそれほど空いていない。しかし妙な時間になってから空腹を覚えても困る。そういう次第にて、自転車をナイトバザール入口ななめ向かいのアイスクリーム屋に乗り付ける。そして”Nutty Crispy Towr”なる、平時には決して口にしない類のものを食べる。
16時からは、いつものマッサージ屋で1時間の足マッサージを受ける。そうしたら自転車を目抜き通りから旧空港の通りに転進させて、いつもの食堂で飲酒喫飯をする。
食後は「この街に来たからには、その様子を覗いていかないわけにはいかないわな」と、ナイトバザールの入口に自転車を駐め、奥のフードコートへ歩を進める。
矩形の広場に数え切れないほどのテーブルと椅子、その左右には料理や飲物を供する店がずらりと並ぶこちらは、かつては大好きな場所だった。しかし素朴だった土鍋は、一部地域からの気前の良い旅行者の需要に合わせて伊勢海老までを具にした豪華版になり、また飲食物の持ち込みは禁止をされるようになって、僕はラオカーオが飲めなくなった。そういう次第にて、以降は足が遠のいて、今に至っている。
部屋へ戻ると時刻は18時40分。もちろんすぐにシャワーを浴びて、すぐに寝台へ上がる。
朝飯 “Blue Lagoon Hotel”の朝のブッフェ其の一、其のニ、其の三
晩飯 「ジャルーンチャイ」のガイサップルートロット、パッカナームークローブ、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)













