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清閑 PERSONAL DIARY

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2026.10.5(月) タイ日記(12日目)

目を覚ましたのは1時台。いかにも早すぎるため、4時台の半ばころまでは、寝台に横になっている。

そのうちどこからともなく奇妙な音が聞こえてくる。それは1秒に1回ほどの間隔で断続しているから、時計に関係するものと考えて、枕元にそれらしいものを探る。しかしそのあたりは静かなままだ。うるさくはないものの、鳴り続ければ神経を疲れさせるような音は、やがて止んだ。よくよく考えて、それはエアポートレイルリンクの高架の真下を走る在来線の踏切の警報と、思い当たる。

5時より一昨日の、午後のあたりまでしか書いていなかった日記を完成させ、公開する。その最中に、仕事に関する質問が長男よりメッセンジャーで届いていたことに気づく。資料として後々まで検索ができるよう、コンピュータのメールアドレスに宛てて返信をする。

長男には、日本時間の9時までは電話を受けることができる旨を、メールの返事に添えた。その日本時間の9時、タイ時間の7時を過ぎたところで外へ出る。

5月のバンコクMGの際に見つけたカオゲーン、つまりぶっかけ飯屋を、僕はとても気に入っている。そこまではアソークモンティ通りの一本道。とはいえGoogle Mapsで調べれば距離は1,400メートル、徒歩では22分と出たから、歩く気はしない。地下鉄に乗ればひと駅だが、運転間隔の長さを考えれば、使う気はしない。

天気は晴れ。しかしバンコクらしく、空はそれほど青くもない。外の通りは、この時間から既にして混み始めている。先ずはアソークモンティ通りを渡り、次いでペチャブリー通りを渡る。そして歩道で待機をしていたモタサイの運転手に「MRT、スクムビット」と告げる。

およそモタサイほど客を危険にさらす乗り物は無い。しかしその手軽さ、便利さには抗しがたい。地下鉄ひと駅分の距離の運賃は20バーツだった。

「味よし、盛りより、オヤジの愛想よし」のカオゲーン屋のメシは、今朝も美味かった。帰りもモタサイを捕まえて、瞬く間にホテルへ戻る。

今日は移動日であれば、日記は長くなるだろう。明日の負担を減らすには、チェックアウトの正午までに、きのうの日記をできるだけ文字にしておく必要がある。コンピュータにかじりつくと時を忘れる性分のため、iPhoneには念のため11時にアラームを設定しておく。

きのうの日記は9時55分に書き終えた。よって次はきのうの画像をiPhoneからコンピュータに取り込んで取捨選択し、日記に使える形にする。ここで時刻は10時24分。11時のアラームを待つことなく、荷造りの仕上げに取りかかる。今日の日記のここまでも書きたいところではあるけれど、それは避けて11時22分にホテルをチェックアウトする。ただしスーツケースとバックパックは、フロントの奥に預かってもらう。

タイにおける最終日は、何をして過ごすべきか。そのホテルにプールがあれば、できるだけそこで過ごしたいため、追加の料金を支払ってチェックアウトを遅らせる。しかし今回のホテルにプールは無い。そういうときには僕の場合、マッサージ一択である。

先ずはペチャブリーからシーロムにMRTで移動をする。地上に出たら、タニヤの横丁の屋台街で、汁無し麺を食べる。80バーツの料金は超強気に思われるけれど、バンコクの物価の上昇は、それほど急なのだろうか。

そのうち空が暗くなって、風が吹いてくる。一部の屋台では「それ急げ」とばかりに、ビニールシートの屋根からはみ出るところに置いてあるものを、大わらわで片付けている。僕の席の頭上には有難いことに、鉄の骨を持つ、ビニールハウスのような屋根がある。やがて降り出した驟雨は、僕が麺を食べ終えるまでのたかだか5分のあいだに土砂降りになった。「出るも入るもできない雨」である。

幸い、眼の前にはチャーンイサラタワーの2階へ上がる、ケモノ道のような階段がある。食後はそれを昇ってビルの中に逃げ込み、しばし徘徊をする。しかし立ったままでは、あるいは歩いていては、いかにも楽でない。ビルの中にはスターバックスコーヒーもあったものの、外の見える構造にはなっていない。

スターバックスコーヒーなら、タニヤプラザの中にもある。そこなら壁はガラス張りだから、雨の具合を確かめることができる。そうして雨の勢いがいくらか弱まったところで、意を決してケモノ道の階段を降りる。タニヤ通りの屋台街側からタイヤプラザの側へは、プールサイドのパラソルほど大きな傘を持ったタニヤプラザの従業員が、親切にも渡してくれた。

こちらのスターバックスでは、小さなトートバッグから「日本のいちばん長い日」を取り出して読む。本は持っても傘は持たない、というあたりが僕の泣き所である。

傘を差さずに歩く人たちがちらほら見えてきたところで僕も外へ出る。しかし雨は、いまだ無視できないほどの量で降っていた。ウインドブレーカーを羽織っていれば何とかなったかも知れないものの、それもまた、ホテルに預けたバックパックの中だ。

タニヤ通りを小走りにスラウォン通りへ向かう途中、外に傘を立てかけて売る薬局があった。価格は100バーツ。僕は、チップの100バーツは、理由さえあれば躊躇なく出す。しかし日本に持って帰ることのできない傘に100バーツは惜しい。しばし考えて、結局はその傘を買う。そしてそれを差して100メートルほどを歩き、マッサージの有馬温泉に入る。

足マッサージ1時間と耳掃除の料金は600バーツ。マッサージのオバサンには100バーツ、耳掃除のオネーサンには50バーツのチップ。ここで時刻は14時。プロンポンのマッサージ屋に入れた予約は15時だから、それまでの時間はどこで過ごそうか。

そうして頭を巡らせた結果、サラデーンから乗ったBTSをサイアムで降りる。そしてsoi2を奥まで歩き、先ずは”Deus Ex Machina Thailand”に入る。しかし僕はその店よりも、むしろおなじsoi2にある”PRONTO”の品揃えに惹かれた。ただしそれらを買うか買わないかは、また別の問題である。ユニクロの品質と価格を考えれば、ほとんどの衣類は、今や買う気が起きないのだ。

プロンポンのミエマッサージには、15時を1分すぎるころに入れた。足の角質削りとオイルマッサージを組み合わせた2時間のコースは900バーツ。オバサンには200バーツのチップ。ここで時刻は17時。「また、そこのイサーン屋台か」と笑いかけたオバサンには「今日の晩飯はアソークで、だよ」と答えて店を出る。

深夜便を使う帰国日にラオカーオは危険だ。蒸留酒は、閾値を超えると、そこでいきなり効く。空港の搭乗口で眠りに落ち、名前を呼ばれても目を覚まさないなどは、絶対に避けなければならないのだ。

アソーク駅直下のイタリア料理屋は、長方形の巨大なピザを切り売りする一方、店内でそれを食べることもできる。気楽なその店のガラス戸を押すと、席まではオネーサンが案内をしてくれた。いまだ夕食どきでもなければ、ほとんどの席は空いていた。

マルガリータの”1 Piece”とイタリアのピノ・グリをグラスで注文する。ピザはワンピースとはいえ、それを二つ割にした状態で出てきた。ピザはあらかじめ焼いたものの焼き直しではあるけれど、これがとても美味い。ワインも上出来である。ピザはおかわりをし、ワインは3杯を干した。

ホテル最寄りのペチャブリーまでは、目と鼻の先のスクムビットからMRTでひと駅。フロントに預けた荷物を出してもらい、結局は100メートルの距離にしか使わなかった100バーツの傘は、ホテルに進呈をした。

18:48 ホテルを出る。
18:57 ペチャブリーの駅からエスカレータでスカイウォークつまり空中に渡した歩道へ上がり、マッカサン駅の改札口を通過。
19:04 帰宅時間の駅は混み合っていたものの、パヤタイから来た車両には何とか乗り込める。

19:09 幸運にも次のラムカムヘンから座ることができる。バックパックを床に置くには忍びなく、いかにも重そうなそれを仕方なく背負っている、という風情のオバサンが目の前に立っているため、僕のスーツケースの上にそれを置くよう身振りで示す。しかしオバサンは遠慮をして、礼を述べるのみに留まった。ARLの線路に並行して伸びる高速道路は、特に空港から街へ向かう側が渋滞をしている。

19:26 ラムカムヘンでようやく席に着くことのできたオバサンと、しばらく世間話をする。
19:26 空港へ向かうARLはいつもなぜか、ラートクラバンで急に空く。いわゆるベッドタウンなのだろうか。
19:38 ARLの車両が空港に着。

19:40 地下1階から出発階の4階へ向かう。僕がいつもい選ぶエスカレータより、それと競うようにして上がってきたエレベータの方が、今日は一瞬だけ早く4階に達した。
19:45 タイ航空のオネーサンとオニーサンに助けてもらいつつ、自動チェックインを完了。
19:53 保安検査場を通過。
19:59 出国審査場を通過。
20:15 メインターミナルからサテライトターミナルまではシャトルトレインで運ばれて、S110ゲートに達する。

21:40 なかなか座り心地の良い籐椅子の上で睡魔に襲われ、たびたび眠りに落ちる。しかし近くにはヒンドゥー語だかウルドゥ語の大きな声で電話に応え続ける男がいて、だから僕はその都度、目を覚ますことができて、大いに有難い。

22:13 ロイヤルシルククラスから搭乗が開始をされる。
22:25 最後尾右列通路側の72Jの席に着く。
22:28 ラバトリーで腰と両太ももに使い捨てカイロを貼る。

22:44 Boeing777-300ER(77B)を機材とするTG682がプルバックを始める。鼻と口にはマスク、目にはアイマスクをする。以降の記憶は無い。


朝飯 “Kuay Jub Asoke”のカオゲーン

昼飯 タニヤの横丁の屋台のバミーヘン

晩飯 “Pala Pizza Romana”のマルガリータピザ、イタリアのピノ・グリ

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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