2018年7月の日記31本
2018.7.31(火) あちらこちら
上澤梅太郎商店の「らっきょうのたまり漬」と「大根のたまり漬」が、今月23日より「もへじ」のブランドで、全国に店舗網を持つKALDIの76店舗で販売をされはじめた。それを受けて今日はそれらのお店のうち、長男は城東地区を、僕は城西地区を見て回ることとして、それぞれ別の時間に出発した。
「見て回る」とはいえ、お店とお店のあいだには公共交通機関を使って数十分の距離があるため、そうたくさんは訪問できない。また今日の仕事は、それだけではない、14時には、パフレットや包装資材のデザインを任せている先で、新しい商品についての詰めを行うことになっている。表参道の駅からその事務所までは、今日に限っては時間短縮のため、タクシーを使うこととなった。
事務所での話し合いを終えると16時。「もう1軒くらいは回れるだろう」と、長男とは表参道の駅で分かれた。
18時ちかくに神保町に出る。今日の夕食は、長男と次男との3人で摂ることにしていたのだ。予約をした料理屋へ行くと、その外で次男が待っていた。間もなく長男も来る。そして2時間ほどの飲酒喫飯活動を行う。
朝飯 刻みオクラの胡麻和え、人参の炒りつけ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、生のトマト、納豆、すぐき、らっきょう「夏太郎」、メシ、揚げ湯波と大根の味噌汁
昼飯 「はなまるうどん」のとろ玉めかぶぶっかけうどん
晩飯 “Bistro Maturista”のあれや、これや、それや。ドライシェリーのソーダ割り、アルゼンチンのメルロー、マール(生)
2018.7.30(月) ヒグラシ
「日光の山野草と野鳥について書ける人を紹介して欲しい」と、もう15年ほども前になるだろうか、ある雑誌から頼まれたことがある。思い当たる人に断られ、しかしその家で紹介された日光の自然観察家にしてロッジの経営者が、その仕事を引き受けてくれた。「ヒグラシと、驟雨を愛でる清閑の、心の****、発見の旅」とは、その人が僕の日記に付けてくれた、いわば副題である。「****」の4文字は忘れた。
検索エンジンで探しても見つからないから、その一節はウェブ上には存在しないのだろう。諦めかけて、ふと思いついて、一部の語句をコンピュータの「プログラムとファイルの検索」にかけてみた。すると果たしてその25文字が、地の底から這い上がるようにして日の当たるところに出てきた。それは「ヒグラシと、驟雨を愛でる清閑の、人とのかかわり、発見の旅」だった。「心の…」は、つまり僕の記憶ちがいである。
そのヒグラシの声を、今朝は4時30分に聞いた。聞こえてきた方角は東南東。そのヒグラシの声が雀のさえずりに変わる。時刻は4時50分。6時が近づくころ、空はそれまでの曇りから晴れに転じた。
午前は長男と宇都宮の得意先を訪ね、午後は通常の業務に復帰する。
朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、巻湯波の淡味炊き、納豆、温泉玉子、人参の炒りつけ、明太子、らっきょう「夏太郎」、メシ、トマトとズッキーニと椎茸の味噌汁
昼飯 「十文字食堂」の地獄麺
晩飯 レタスとジャガイモのサラダ、隠元豆のソテーを添えた鶏の網焼きトマトソース、パン、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、ブルーベリーのアイスクリーム、”Old Parr”(生)
2018.7.29(日) 台風一過
目を覚ますと時刻は4時をすこし過ぎたところだった。すぐに起きて食堂に移る。
南東に面した窓を開けて、外の様子を覗う。雨は弱くなっている。しかし風はいまだ強い。風向きによるのか、雨滴が家の中に吹き込む気配は無い。よって今度は南西に向いた窓も開けてみる。湿り気を帯びた風が、部屋の中を勢いよく吹き抜けていく。
湿度の高さに辟易して、窓は30分ほどして閉めた。そして今度はエアコンディショナーを「除湿」にして回しつつ、立ち上げたコンピュータの検索エンジンに「天気予報」と打ち込む。
「台風12号 29日は西日本豪雨地域で再び激しい雨警戒」
「台風12号 強い勢力で上陸か」
「台風12号の影響で29(日)フェーン発生か 北陸で40℃近い猛暑予想」
「強い台風12号 深夜に三重県付近に上陸する見込み」
「三重県が暴風域に入りました」
「台風12号 三重県伊勢市付近に上陸 紀伊半島の東側からの上陸は初」
「奈良県で約110ミリ 記録的短時間大雨」
「奈良県 記録的短時間大雨次々と」
1時間ごとの情報が、サムネイルの天気図と共に更新されている。そのサムネイルをクリックして更に詳しい情報を得ようとするも、今月24日の日記に書いた通り、僕のiPhoneは現在、速度制限の最中にあって、先に進むことが能わない。インターネットは諦めて、テレビのスイッチを入れる。
ここしばらく、昼食の時間にテレビをつけると猛暑のニュース。午後、水を飲むため仕事場から食堂まで上がってきてテレビのスイッチを入れるとワイドショーの話題は猛暑。夜のテレビのニュースはまたまた猛暑への注意喚起。「1日中、やらなくてもいいじゃねぇか」と思っていた。今日の未明からしばらくは、テレビも流石に猛暑から離れて台風の周辺を伝えるだろう。先般の豪雨で被害に遭った人たちが、この台風で更に痛めつけられることの無いよう、願うばかりだ。
台風12号の発生に伴って、我が日光市には大雨注意報が出ていた。「一体全体、どこにそんな雨が降ったのか」と不思議になるほどの、今日の日光の天気は穏やかだった。
朝飯 モロヘイヤのたたき、巻湯波の淡味炊き、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、人参の炒りつけ、生のトマト、刺身湯波、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げとズッキーニの味噌汁
昼飯 「たなか」の柿の葉鮨
晩飯 トマトとベビーリーフとモッツァレラチーズのサラダ、たまり漬「鬼おろしにんにく」のバターライス、マッシュドポテトのオーブン焼き、ステーキ其の一、ステーキ其の二、ステーキに添えたたまり漬「国産にんにく」、“Menage a Trois Folie a Deux 2016”、“Chez Akabane”の桃のケーキ
2018.7.28(土) 珍しく効くサプリメント
ここ数年のあいだ、facebook上のコメントをきっかけとして商品を買う機会が増えてきた。そのコメントは常に、その商品を売る人の宣伝によるものではなく、その商品を使っている人の書き込みによる。
ひと月ほど前には「若いころから疲れて、疲れて、立っているなどはとてもできないから、立食パーティにも出られなかった」という人が「これを飲むようになって以降、自分は一般の人と同じほどに動けるようになった」と画像を上げていたサプリメントを買ってみた。それが届いて飲んでみて、数週間が経つけれど、僕には効かない。というか、考えてみれば、僕は「疲れて、疲れて、立っているなどはとてもできない」人間ではないから、そのようなものを摂取する必要はもともと無かったのだ。大笑いである。
それからしばらくして、今度は「朝、起きた途端に疲れている」という人のための、睡眠の質を向上させるサプリメントというものを、またまたfacebookで目にした。実は僕は、1日の中でもっとも疲れを感じるのが、目覚めたときなのだ。そしてこのサプリメントも、懲りずに注文してみた。
おととい届いたこれを、その晩に早速、飲んで寝た。翌朝27日に目を覚ましたときの実感は「なるほど、疲れていない」だった。きのうの夜も、このサプリメントを飲んだことは言うまでもない。今朝は4時前に目が覚めた。そのときの気分も「やっぱり疲れていない」だった。
これは僕だけに起きる現象なのかも知れないけれど、効果の実感できるサプリメントは珍しい。今回のサプリメントの難点は、ビタミン剤などにくらべて値段が高いことだ。買ったのは1ヶ月分。以降も買い続けるかどうかは「飲まなくなったら、またまた朝の疲れがぶり返すのか否か」を確かめてから決めようと思う。
朝飯 ジーマミー豆腐の冷や奴、納豆、ほうれん草の胡麻和え、炒り豆腐、人参と蓮根のきんぴら、ごぼうのたまり漬、めんたいこ、メシ、溶き卵とロメオレタスの味噌汁
昼飯 「ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「魚登久」のう巻き、鰻重、漬物、肝吸い、「片山酒造」のカストリ焼酎「粕華」(生)
2018.7.27(金) 行っていない旅行の決算報告
ウチに栃木県の指定文化財3点のあることは、むかしから知っていた。昨秋、この所在を確かめるため、市から2名の職員が来た。よってその3点、それは脇差しと拵え、そして、この脇差しとは関係のない鐔であるが、それを彼らの前に差し出した。このような品物は、代が変わると行方不明になる例が多いのだという。
この3点について、今度は所有者の変更を行うとのことで、ふたたび市から、今度はそのための書類が届けられた。これには繁忙に紛れて1週間ほど手を触れないままででいたものの、いつまでそのままにするわけにもいかない。
記入用紙に目を通すと、専門家に確かめなくては記入のできないところもある。即、担当者にウチまで来てもらう。そしてその紙をあらかた文字で埋めたところで、またまた筆が止まる。所有者の変更年月日には、いつの日付を入れるべきか。
調べてもらったところ、ここには前の持ち主の財産分割協議書が作成された日が記入されるという。そういう次第にて、市の職員にはいちど帰ってもらい、オヤジの財産分割協議書を探し、ようやく書類の完成したところで、足労をかけて申し訳ないことだけれど、もう1度、担当者に来てもらう。オヤジが亡くなって13年。このような手続きが必要とは、つゆほども知らなかった。
18時に店が閉まり、3台あるキャッシュレジスターを締めると時刻は18時20分。ここから大急ぎで、町内役員が親睦のため積み立てている通帳と、あらかじめ作っておいた、今月21日から22日にかけて行われた旅行の決算書を複写して8部を作る。この旅行に僕は参加をすることができなかったけれど、会計を預かる者として、決算報告はしておいたほうが良いだろう。
その決算書の入った封筒を持って日光街道を下る。そして8名分の席を予約した居酒屋の戸を引く。
朝飯 ほうれん草ともやしの切り昆布和え、納豆、人参と蓮根のきんぴら、温泉玉子、炒り豆腐、ごぼうのたまり漬、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「和光」の刺身の盛り合わせ、焼き鳥、漬物の盛り合わせ、他あれこれ、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2018.7.26(木) すこし鳥肌
与世山澄子の名は佐野眞一の「沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史」で知った。彼女のアルバム”INTERLUDE”をamazonから取り寄せて聴いてみた。
あのボブ・ホープが「アメリカに連れていく」とまで力を入れていたという、そしてマル・ウォルドロンとの二人組によるアルバムまで出している、更にはジャズ通の柳家小三治が沖縄まで聴きに行き、帰ってからは思い出すたび泣くという与世山の歌の良さについては、僕には分からなかった。しかし「バックのピアノは上手めぇな」とは感じた。
ケースからライナーノーツを引き出し読むと、ピアニストの名は南博とあった。どこかで聞いた名前だ。そしてハッとした。南博とは、あの「白鍵と黒鍵の間に」を書いた南博ではないか。ここで僕は、すこし鳥肌を立てた。南博の書いた本は読んでいても、ピアノは聴いたことがなかったのだ。
未明にコンピュータを立ち上げ、amazonの中をしばらく逍遥してから南博の”Like Someone In Love”を注文する。CDは、今月中には届くらしい。
朝飯 ピーマンと人参の炒りつけ、金目鯛の煮こごり、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、ごぼうのたまり漬、煮昆布、メシ、トマトと揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 冷や素麺
晩飯 ほうれん草ともやしの切り昆布和え、人参と蓮根ときんぴら、炒り豆腐、空心菜の豆味噌炒め、生のトマト、揚げ物あれこれ、トマトハイ
2018.7.25(水) 山賊の酒盛り
「オレはグラスにしてちょうだい。ジョッキはどうも、山賊の酒盛りみたいで…」と、ある会食の席で真ん中に座った人が言った。「それでは皆さん、とりあえず生ビール、ということで」と幹事役がにこやかに宣言をした直後のことだ。「なるほど、山賊の酒盛りか、上手いことを言うな」と、僕はいたく感心をした。
僕は夏でもビールはほとんど飲まない。それでもたまには気が変わって飲むこともある。そのようなときにはやはり、ジョッキはできれば避けたい。あの縁の厚さが、酒の美味さを減じせしめるのだ。下から4分の1のあたりに星のマークの付いたチューハイグラスでさえ、縁の厚さが気にかかる。ビールに限らず酒はほぼすべからく、縁の薄い器で飲みたい。
何年か前にバンコクのチャルンクルン通りでステンレス製のコップを買った。薄い縁が外側にすこし広がっていて飲みやすい。もうすこし小さければ完璧と思わないでもない。しかしコップを氷で満たす癖のある僕には、これくらいの容量がちょうど良いのかも知れない。
「縁の厚さにはうるさいことを言いながら、金属製については平気なのか」と問われれば、なぜかそのあたりは許容ができる。「割れない」というところも金属製の持つ美質である。
海外へ旅に出る際には大抵、このコップを持参する。そして地元の焼酎をソーダで割るのだ。ところで今夜は家にいるものの、ふと興趣がわいて、このコップを使ってみた。ソーダで割った安い焼酎は、しごく美味かった。
朝飯 めんたいこ、胡瓜と水茄子のぬか漬け、なめこのたまりだき、ごぼうのたまりづけ、煮昆布によるお茶漬け
昼飯 「カルフールキッチン」のおむすび弁当、「日光HIMITSU豚のフリーズドライ豚汁」に薬味として刻んだ茗荷を加えた味噌汁
晩飯 スパゲティサラダ、煮込み豆腐、胡瓜と水茄子のぬか漬け、日光産のらっきょうを塩と酢だけで漬けた「旬しあげ生 夏太郎」、「寶酒造」の「タカラモダン」(ソーダ割り)、桃、「久埜」の麩まんじゅう
2018.7.24(火) 契約の更改
月末まで1週間ほどに迫ったころからiPhoneの通信速度が極端に落ちることは、数ヶ月前の日記に書いた。その速度の低下は、パケット通信の容量を使い切ったことによる速度制限に違いない。6月は海外に10日以上も出るから、この速度制限は起きないだろうと踏んで、何もしなかった。きのうは列車の遅れにより病院の予約時間に間に合わない事態に遭遇し、iPhoneの乗り換え案内に頼るうち、その速度制限が発生した。
パケット通信の容量を上げる必要があるとは、だから数ヶ月前から考えていたことだ。そして本日、遂に地元のドコモショップを訪ねる。
これまでのパケット通信は「データLパック(大容量)」で、容量は8ギガバイト、料金は6,700円だった。係から教えられた、新しい「ウルトラデータLパック」の容量は20ギガバイトで、料金は驚くことに、今の契約より安い6,000円になっていた。ドコモのサービス内容を頻繁に調べていなければ、このようなことは分からない。
いわゆる「ガラケー」の時代に地下鉄銀座線の車内で携帯電話を落とした。そのことを僕は、所轄の上野警察署からハガキが届いて初めて知った。紛失しても気づかないほど、こと通話に限っては、僕は携帯電話はほとんど使わないのだ。
その通話について、5分以内の通話なら月にどれだけ使っても1,700円の「カケホーダイライトプラン(スマホ/タブ)」に、これまでは入っていたらしい。それを今日は、基本料金980円、30秒の通話ごとに20円の料金が発生する「シンプルプラン(スマホ)」に改めた。
{1,700円(以前の基本料金)ー980円(新しい基本料金)}÷20円(30秒あたりの通話料)
の式で計算をしてみると、ひと月の通話が18分間を超えない限り、新しい契約の方が安くなる勘定だ。こちらから先方に電話をかけて月に18分以上も会話をするなどは、僕には考えられない。iPhoneはほとんど、ブラウジングかデザリングにしか使わないのだ。
詳細は省くが、更に他の部分でも今より料金の安くなる契約を交わしてドコモショップを去る。来月から、いまいましい速度制限は、もはや発生しないだろう。ひと安心、である。
朝飯 ジーマミー豆腐の冷や奴、ピーマンと人参の炒りつけ、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、明太子、昆布とじゃこと山椒の佃煮、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし中華
晩飯 ほうれん草と海苔のおひたし、ひじきと梅干しと白胡麻のふりかけ、うずら豆、金目鯛の煮付け、「松葉屋本店」の「北信流純米大吟醸」(冷や)
2018.7.23(月) 手術前検査
今日は白内障の手術を前提とした検査が、今月17日に初診をしてもらった眼科である。眼科の最寄り駅は東武野田線の七里、先方から言い渡された時間は9時30分だ。
新橋駅の2番ホームに8時20分に上がると「川崎駅での急病人の搬送により、ダイヤはおおむね20分遅れ」のアナウンスが流れていた。よって京浜東北線の6番ホームに移動をする。しかし遅れているのは、こちらもおなじだった。
赤羽駅まで来ると時刻は9時28分。ここでようやく、これまで話し中だった眼科に電話が通じる。遅れる旨を伝えると「どうぞ、お気をつけていらっしゃってください」と、受付の女の人は優しく返事をしてくれた。結局のところ、眼科に着いたのは10時15分だった。
検査は2時間ほどで終わった。眼科で出してくれた処方箋を持って、50メートルほど離れた薬局を目指す。瞳孔を開くための目薬を差されているため、ひどく眩しい。どれほど眩しいかというと、地面のアスファルトが雪のように見える。その真っ白な地面が太陽の直射を受けて、まるで競技場の照明のように強烈な光を発するのだ。とてもではないけれど、目を開けてはいられない。目の前に手をかざし、指と指の、1ミリほどの隙間から前方をのぞき見しつつ歩く。これでクルマの来る道を渡るのだから、危ないことこの上ない。
下り特急リバティが下今市に着いた14時40分になっても、その眩しさは、いささか弱まったとはいえ続いていた。目を細めつつ自転車のペダルを踏んで帰宅する。そしてシャワーを浴びてシャツを着替え、即、仕事場に降りる。
朝飯 「ガスト」の朝のブッフェ
昼飯 「カフェトーブ」のポークカレー
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ジーマミー豆腐の冷や奴、ピーマンと人参の炒りつけ、鰆の西京焼き、水茄子のぬか漬け、ひじきと人参と白胡麻のふりかけ、明太子、「松葉屋本店」の「北信流純米大吟醸」(冷や)
2018.7.22(日) OA大会
普段は東京はじめ日本、あるいは海外の各地でMGを開催する西研究所が開く行う大きな催しのうち、春いまだ浅いころに神奈川県で開かれるのがMGフェスティバル、そして盛夏に東京で開かれるのがMG学会、そしてOA大会だ。OA大会とは稀代のデータベースソフト「マイツール」による事例発表である。
きのうとおなじ9:30開場、10:00開始とばかり思って9時35分に会場のドアを押すと、本日の司会進行役であるテシマヨーさんの開会の挨拶は既に始まっていた。
本日の発表者および、その主題は以下。
1.「みんなで作るMQ管理」 ニシヨーコさん
2.「マイツールで請求書作成」 フジタノリヨシさん
3.「作業日報(手書き)をマイツールに!」 ヌマオケンタさん
4.「移動平均から変化を掴みMQ改善へ」 イワオカタカオさん
5.「PQ主義からMQ主義へ」 ダイテンマサオさん
6.「マイツールを使って自社のStrac2計画」 ヤマダトシカツさん
7.「マイツールによる給与計算」 コイズミサトシさん
夕刻ちかくにすべての発表が終わると、参加者全員に投票用紙が配られた。そこには自分が考える本日の最優秀の発表番号、そしてその理由が書かれるようになっている。すべての用紙が回収されると、ニシジュンイチロー先生と5名の審査員は、集計をするため別室に消えた。その結果は以下。
銅賞はヌマオケンタさん。社員さん各自による手書きのメモを、彼のお母さんが別紙に転記して早出、残業、現場ごとの作業日報を作成、それを電卓で集計して給与を算出していたものを、一気にデジタル化させた。使うソフトがマイツールだけに、省力化だけでなく、蓄積されたデータにより様々なことが結果として見えてきた、つまり1粒の飴玉が、実は2度も3度も甘かった、というところが痛快。
銀賞はコイズミサトシさん。コンピュータを使わない社員さんにも楽に入力できる仕組みにより、タイムカードを廃し、これまではほぼ1日がかりで行っていた給与計算を、その数分の1に縮めることに成功した。誰にでも使える点、社員さんが入力をすると、即、それがV型ファイルにバックアップとして保管される点が秀逸。
金賞はヤマダトシカツさん。多くの契約農家から旬の野菜や果物を消費者に直送する業態における、リスク管理と予算、この予算はMGを学ぶ者だけに売上げではなく、荒利総額を達成する仕組みの発表。考え得る様々な要因を入力しながら来年の数字をできるだけ精密に予測し、1年後にはその数字を達成する仕組みの構築。ご本人は「気がおかしくなるほどの作業」と言っていたが、その作業は実は、楽しさを伴うものではなかったか。吉田兼好の「あやしうこそものぐるほしけれ」である。
会場での交流会は、18時にお開きになった。参加者のほとんどは、きのうと同じく、ちかくの居酒屋に流れて更に交流を続けるだろう。日光から参加したヌマオケンタ君が銅賞に入賞となれば、そして会場には日光のヌマオアキヒロさんはじめウチの長男や次男も来ていることからすれば、僕もまた一緒に飲むべきだろう。しかしきのうの日記に書いたと同じ理由にて、ひとり新橋に戻り、きのう入れたボトルの消費活動をする。
朝飯 「吉野家」の牛丼、味噌汁、生玉子、お新香
昼飯 「OA大会」会場のお弁当
晩飯 「まこちゃん」のガツ刺、白菜キムチ、もつ焼きあれこれ、梅胡瓜、「寶酒造」の「タカラモダン」(ソーダ割り)
2018.7.21(土) MG学会
金曜日は銀座で夕食、土曜日は大井町で西研究所の「MG学会」に出席、日曜日はおなじく大井町でおなじく西研究所による「OA大会」に出席、というのが今週末の日程だ。本郷三丁目が最寄り駅の甘木庵には帰る気がせず、新橋に宿を取った。
9時30分に大井町駅前のきゅりあんに入る。本日の参加者は58名。本日の発表は以下。
10:00 「Y理論と創造」 オータヒデユキさん
11:30 「上澤商店の経営」 ウワサワユーキさん
14:00 「三方よしの経営とは?」 ミヤモトマサカズさん
16:00 「会計革命」 ニシジュンイチロー先生
17時からは会場で交流会が始まる。その時間を気にして、ニシジュンイチロー先生の講義の最中から感想文を書く人がいる。僕もまぁ、そのひとりだ。常道としては、感想文はすべての講義が終わってから書くべきだろう。交流会が始まろうとしているのに、なお机に向かって感想文を書き続ける人が数名はいた。立派だと思う。
会場での交流会は、18時15分にお開きになった。参加者のほとんどは、ちかくの居酒屋に流れて更に交流を続けるだろう。しかし僕の場合、これは僕が抱える多くの短所のひとつではあるけれど、孤独への欲求を何としても絶ちがたい。ひとり新橋に戻り、ひとりで飲酒活動をする。
朝飯 「ポンヌッフ」のカレーライス(大盛り)、生玉子、スープ(特注)
昼飯 「MG学会」会場のお弁当
晩飯 「まこちゃん」の冷やしトマト、もつ焼きあれこれ、ニラ玉、煮込み豆腐の豆腐だけ、「寶酒造」の「タカラモダン」(ソーダ割り)
2018.7.20(金) 「う」の付くもの
「土用の丑の日は、本来は『う』の付くものを食べると夏の暑熱を乗り切れるとされていた、その『う』の付くものが鰻一色になったのは、江戸時代の、鰻屋の宣伝による。しかし今や鰻は絶滅危惧種。よって特に、土用の丑の日にウナギ、ウナギと騒ぐことは慎むべし」という意味の書き込みを、今朝はfacebookで目にした。そう言われてみれば確かに、そんな話を以前も聞いたような気がした。そして「そうか、だったら今日は、オレは梅干しを食べよう」と決める。
その梅干しを含むあれこれによるお茶漬けを昼に2杯も食べたら満腹になった。食べる量を腹八分目に抑えるということが、僕はどうも苦手である。
今夜は次男と食事を共にする。きのうLINEで希望を訊いたところ「鮨が食べたいです」という返事が戻って意外だった。肉とばかり思っていたからだ。
次男とは18時45分に新橋駅の銀座口で待ち合わせた。そして金春小路ちかくの馴染みの店で鮨を食べる。あるじによれば、一時キロ10万円だった新子は現在7,000円。それが小鰭にまで育てば1,000円まで落ちるという。今はその新子と小鰭の同時に味わえる時期だ。
夕食を終えて次男と西五番街を歩く。今日の気温はそれほど高くないのか、あるいは僕が鈍いのか、暑さはまったく感じない。
朝飯 胡麻豆腐、納豆、生のトマト、巻湯波の淡味炊き、茄子と豚肉の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒り、柴漬け、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 水茄子、柴漬け、煮昆布、ごぼうのたまり漬、梅干しによるお茶漬け
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「秋田酒造」の「刈穂『夏』純米吟醸六舟」(冷や)
2018.7.19(木) 夏の朝
午前2時26分に目を覚ます。着替えて食堂に出ると3時15分になっていた。ことほど左様に時間とはすぐに過ぎるものだ。食堂は角部屋だから、直角に向き合った2枚の窓を全開にする。更にエアコンディショナーを「除湿」で回す。しばらくすると足元が冷えてきたのでエアコンディショナーは止める。
おとといときのうの日記を書くうち、外が明るくなりはじめる。遠く近くで鳥が啼き始める。朝食前にすべきことは、きのう寝る前にメモに残しておいた。それに従って仕事場に降りる。そしてあれやこれやして数十分後に食堂に戻る。時刻はいまだ4時47分。朝の時間は、僕にとっては夜のそれより100倍も貴重だ。
午前のうちに銀行へ行く。そして町内役員の各自がひと月に3,000円ずつ積み立てている親睦会の通帳から282,000円を下ろす。帰社してその282,000円を、今週末からの旅行に参加する7名の小遣い、バスの停留所まで自家用車を供出してくれる2名への礼金、参加できない8名への積立金の戻しと、それぞれの氏名と金額を書いた封筒に収めて金庫に仕舞う。
「そろそろ来るころ」と、18時に閉めた事務室のシャッターを18時30分に開ける。そして折良く勤務先からクルマで到着したウカジシンイチ自治会長に、昼に作った封筒をまとめて手渡す。
19時30分、僕が書記を務める日本酒の飲み会「本酒会」に参加をするため、相生町の蕎麦屋「やぶ定」に出向く。今月は多くの会員にやむを得ない事情が発生し、店主のワガツマカズヨシさんと差し向かいの、ふだりだけの飲酒活動となった。ふたりだけなら持ち込む酒は4合瓶1本で充分だ。
そうして21時前に帰宅して即、入浴をして、以降の記憶は無い。
朝飯 巻湯波の淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ポテトとハムのサラダ、人参のサラダ、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げと三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、盛り蕎麦、「石鎚酒造」の「槽搾り無濾過純米」(冷や)
2018.7.18(水) ソーマ先生の技術
虫歯の治療は、傷んだ個所を削ってそこに詰め物をする。更に症状が進むと、またまた削って、今度はクラウンをかぶせる。その奥歯について「これ以上は削れない。あとは入れ歯にするしかない」と、かかりつけの歯医者に言われたのは2012年8月のことだ。
入れ歯は絶対に避けたい。口に合わず頻繁に入れたり外したりしている人を目にすれば、ブリッジも嫌だ。よってインプラントについて訊くと、そのときには、その技術を持った歯科医師を東京から呼ぶという。それも大げさな話ではないか。
それからしばらくして、親戚が品川区大井町で歯科医院を開業していることを知った。「ものはためし」とばかりに訪ねると、そのソーマ歯科室は、まるでイタリア料理屋の個室のような、洒落た治療室を備えていた。
「これで入れ歯とは考えられない」と、ソーマ先生は僕の奥歯を診るなり言った。そしてそこにセラミック製のクラウンをかぶせてくれた。費用は、それまでのかかりつけに金冠を入てもらったときと、それほど変わらなかった。ソーマ先生の技術は、クラウンが入った直後から「さて、治したのは口の中の、一体全体、どの歯だっただろう」と分からなくなるほどの精密さだった。
新橋の大衆床屋で髪を丸刈りにしてから大井町を目指す。そして昨年8月以来の診察を受ける。その結果、今回も、僕の歯に特段の問題はなかった。
大井町、品川、渋谷、外苑前と移動をする。青山3丁目から神宮前3丁目までは容易に歩ける距離ながら、炎天に嫌気がさしてタクシーに乗る。そしてトリッペン原宿店で、トートバッグから取り出した1足と、履いていた1足の、計2足を修理に出す。そして持参したゴム草履に履き替えて、今度は歩いて銀座線の外苑前まで戻る。
帰りの合理的な経路は、その銀座線を終点の浅草まで乗る手だ。しかし車内は混み合っていて、どうも居心地が悪い。溜池山王で千代田線に乗り換え、ようやく席に着いて本を開く。北千住には13時23分に着いた。そして13:42発の下り特急スペーシアに乗って、またまた本を開く。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 サンドイッチ、アイスコーヒー
晩飯 ポテトとハムのサラダ、ズッキーニのソテーと人参のサラダを添えたハンバーグステーキ、トマトの蜜煮、“VOSNE-ROMANEE Jean Gros 1983”
2018.7.17(火) 人口水晶体
2010年9月18日の夜、バンコク発チェンライ行きのタイ航空機の座席にメガネを置き忘れた。当方は既にしてホテルに着いてしまっていたが、律儀なタイ人、親切なタイ人、事務能力に優れるタイ人などの連携により、メガネはその晩のうちに戻った。
2014年10月6日の朝、バンコク発羽田行きのタイ航空機の機内に、やはりメガネを置き忘れた。気づいたのはいまだ空港を出る前で、ちかくの職員に伝えると、まるで見えないベルトコンベアで運ばれたかのように、メガネはその場で戻った。
2016年6月13日の朝、ヤンゴン発成田行きの全日本空輸の機内に、またまたメガネを置き忘れた。このときは業界の親睦旅行で席はビジネスクラスだったものの、メガネは遂に見つからなかった。
それから1週間後の6月20日に馴染みのメガネ屋を訪ね、新調を頼んだ。紛失したメガネは、2013年にレンズを入れ替えたものだった。あらためて検眼をすると、3年のあいだに視力がかなり落ちていることが分かった。そして「メガネは現在の視力に合わせてお作りしますが、眼科の診察も、お受けになった方が…」と、メガネ屋の親切なオニーチャンは遠慮がちに僕に伝えた。
およそひと月半の後に訪れた市内のアクツ眼科では「白内障が始まっている。白内障の手術は、むかしはできるだけ引き延ばした。しかし今は、いつ受けても早すぎることはない、という方向に、眼科医の意見も変わってきている」と、アクツ先生は教えてくれた。そうは言われても、生まれてこの方、僕は歯医者を除いては体にメスの入ったことがない。決心はなかなかつかなかった。
それから2年が経とうとする今年の5月に「人生が変わる白内障手術」という本をウェブ上で目にしてamazonで買った。そしてすぐに読んだ。自分の目は、人により巧拙に差の出る「手に握ったメス」ではなく、できればコンピュータに制御されたレーザーで切ってもらいたい。
その本の著者ヤマザキケンイチロー先生が院長を務めるオーミヤナナサト眼科に、本日14時すぎに遂に足を踏み入れる。そして7台ほどの機器で検査を受けた。最後の検査はヤマザキ先生が受け持った。結論としては、僕の白内障はかなり進んでいて、特に右目の水晶体は硬化が始まっているという。眼球を切られることは恐ろしい。しかしいつまで放置をするわけにもいかないだろう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、茄子の塩水漬け、巻湯波の淡味炊き、温泉玉子、生のトマト、鰊の山椒漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、浅蜊と長葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、「両関」の大吟醸(冷や)、おなじく純米酒(冷や)
2018.7.16(月) 出たり入ったり
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」では先週の金曜日から「夏のスタミナフェア」というものが始まっている。スタミナにどう関係するのかは知らないけれど、ウチはこれまでの品に加えて唐辛子入りの「らっきょうのたまり漬ピリ太郎」、おなじく「辛ひしお」、また「青森県田子町産のにんにくです。」のスライス版を、乞われてお出ししている。
「日光街道ニコニコ本陣」は、明日が1ヶ月に1度の休みになる。よって「夏のスタミナフェア」は今日でお終いと考えていたところ、現在の商品構成を8月の終わりまで続けるよう、朝の検品のとき施設長から言われた。とすれば現在の「仮置き」のような陳列は改めたい。
午前から午後にかけて何度も「日光街道ニコニコ本陣」の現場に足を運ぶ。そしてどうにかこうにか売り場を整える。僕はむかしから”fixed”の状態を好む。「仮」はどうも、性に合わないのだ。
夜は家内と長男との3人で小倉町の「ユタの店」に出かけ、僕は預けてあった焼酎のボトルを空にする。今夜の食事はなんとなく「暑気払い」という感じがした。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、スクランブルドエッグ、鰊の山椒漬け、蒲鉾、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 「ユタの店」のネギワンタン、2種の焼き餃子、ソーキ味玉付き、焼酎「鏡月グリーン」(オンザロックス)
2018.7.15(日) 祭のおわり
「15:00に公民館集合とのことでしたが、神社のテントは、いつ片付けますか?」という質問を、ことしの当番町に関わる人たちのグループラインに上げたのが10時26分。これに対して「既読」は次々と増えるものの、誰からも返事は無い。
7月15日は夏の賞与の支給日だ。この日は社員ひとりひとりと面談をしつつ、賞与の内容について説明をする。「今年は連休で忙しいから、この仕事は週明けに延ばそう」とは、爪の先ほども考えなかった。日程を変更すれば、その先の日程に齟齬を来すからだ。ピッチャーのローテーションと同じことである。
午前、午後と、社員の休憩時間を睨みつつ、特に店舗においては、人員が少なくなりすぎないよう気を配り、4階の応接間に社員をひとりずつ呼ぶ。完了したのは14時10分。
「…神社のテントは、いつ片付けますか?」の質問には、いまだ返信が付かない。「今ごろになって、寝ぼけたこと訊いてんじゃねぇよ」との、声なき意思表示なのだろうか。
事務室に降りて、大机に開きっぱなしにしているノートを見ると、そこに「14:00 神社片づけ」とある。「なんだ、書いてあったじゃん」と、時計を見ると時刻は14時15分。慌てて自転車で瀧尾神社に行ってみると、しかし境内に人の姿は皆無だった。
15時に公民館へ行く。人の集まるのを待って、僕はオノグチショーイチ前頭、これは「まえがしら」ではなく「ぜんかしら」だが、この「前頭」とタノベタカオ中央地区委員長と共に、日光街道の西側に張り渡した縄を外して行く。そして「次は東側」と、横断歩道の先に目を遣ると、しかしそちらの縄は、別の誰かにより、既に外されていた。気温は推定34度、大いに助かる。
ふたたび公民館へと戻る。神社のテントは14時から片付けることとなっていたものの、有志が別の時間に神社へおもむいたらしく、テントは既にして町内の倉庫に収められていた。
16時すぎからは、来月5日に開かれる、町内の納涼祭についての打合せをする。午後の暑熱に炙られて、皆は冷たいビールを飲んでいる。僕は酒を好むものの、夜のそれに備えて半端な時間には飲まない。話し合いはいまだ終わらない。そうするうち、家の者の手を必要とする閉店の18時が近づいたため、おなじく自分の店に戻るシバザキトシカズ大膳委員長と共に階段を降りる。
春の大祭、そして夏の八坂祭を、今年の当番町である我が春日町1丁目はようやく乗り越えた。相撲の千秋楽がハネたあとの寂しさについて山口瞳はたびたび書いたけれど、僕にそのような気持ちはまったく無い。ただただ、安堵のあるのみである。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、鰆の西京焼き、蒲鉾、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のキムチタンメン
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや、冷麺、生ビール、チャミスル(オンザロックス)
2018.7.14(土) 渡御
総鎮守瀧尾神社の、7月7日に始まった八坂祭の、今日は最終日に当たる。当番町春日町1丁目の、これまでの打合せを記したノート、およびイケダアキヒロ青年会長が、ひと月以上も前から、何かが決まるたび更新し続けてきた工程表の最新版は、ここ数日のあいだ事務室の大机に開いたままにして、その中身はことあるごとに確かめてきた。
朝は、神社には長男が向かったことを幸いとして、僕は普段の仕事に従う。更には、仕事をしていれば珍しくない、お客様からの突然の依頼に至急、お応えしたりする。そうするうち「あ、来た。もう行っちゃった」と、春日町の交差点に目を凝らして家内が言う。台車に載せられた大御輿は各町内の白張り曳かれて、しずしずと僕の視界から消えつつあった。
これまた事務室の大机に用意した”NIKON D610″を鷲づかみにして外へ出る。渡御の行列は春日町1丁目を離れ、住吉町から小倉町3丁目にさしかかりつつあった。その姿をカメラに記録して会社に戻る。
一行の昼食は、きのう二宮神社に整えた会場で摂られることになっている。その片づけにおもむこうとして、12時30分にシバザキトシカズ大膳委員長に電話を入れる。ヒバザキさんによれば意外にも、昼食も、更には片づけも、既にして済んでしてしまったという。恐るべし、春日町1丁目婦人会の威力。
「次は境内の片づけだ」と、日光街道を自転車で遡上して14時20分に瀧尾神社に行く。日光市今市旧市街の、8キロメートルに亘る道を巡った渡御の一行は、既にして宮入を果たしていた。やがて大御輿は台車から降ろされ、オノグチショーイチ春日町1丁目前頭の号令により、無事、蔵へと収められた。白張りの面々が着替えを済ませたところで乾杯。ことしの八坂祭は、これにて完了。協力してくださった各町内の方々をはじめ、関係各位には厚く御礼を申し上げたい。
15時50分に町内公民館の階段を上がる。16時に直会が始まる。その席がお開きになったのは20時。帰宅して入浴して即、寝室に入る。
朝飯 生のトマトを添えた目玉焼き、切り昆布の炒り煮、蒲鉾、炒り豆腐、鰊の山椒漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とニラの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「河内屋」の仕出しの刺身、他あれこれ、お祭に奉献された「清開酒造」の「自然醸」(常温)
2018.7.13(金) お墓と神社と
今日は1972年に病没した妹の祥月命日だ。よって朝の決まった仕事、また商売をしていれば珍しくもない、突然に闖入するたぐいの仕事を完了させてから如来寺に家内と出向く。
日に熱せられた砂利を踏んでウチのお墓を目指す。墓石に水はかけない。水を固く絞った手拭いで拭くのみだ。花は色とりどりのカーネーション。一対の小さな線香立てには、それぞれ3本ずつの線香を上げる。ことしの初めまで、お墓への線香は毎度、ひと束まるごとに火を点けて上げていた。しかし5月12日の、おじいちゃんの祥月命日からは、それはやめた。「献仏不假香多」である。
14時30分に報徳二宮神社へと自転車を走らせる。そこに集まった町内の5、6人により、明日の渡御の一行が昼食を摂る席を整える。そこから町内の公民館を経由して瀧尾神社へと日光街道を遡る。そして、明日の渡御を担う白張りの人たちが着替えをするためのテント2張りを建てる。その上をフワフワと、大きなクロアゲハが越えていく。
ふたたび公民館へと戻る。西から日が強く差し込んで大変な暑さだ。窓を開け放ち、扇風機を回す。そして白張りの人たちが首にかける手拭いを、婦人会長のツカハラノリコさんと折る。そのうち他の仕事に当たっていた役員が、三々五々、戻ってくる。明日はここに瀧尾神社のタナカノリフミ宮司が来て、祝詞を奏上してくれる。その席として恥ずかしくないよう、皆で座敷を整える。会社に戻ったのは17時だった。全身、特に上半身は汗まみれである。
18時に店を閉め、キャッシュレジスターを締めてから、いつもの雑用を済ませる。それからシャッターを施錠しようとすると、ウチと警備保障会社を結ぶ端末に赤い警告ランプが点灯する。すかさず事務室に戻って火災受信機を調べる。「消火栓」と書かれたところに赤いランプが点滅している。
その状況を防災業者に電話で報せる。業者はこれから宇都宮を出てウチまで来るという。それまでに小一時間はかかることを勘案して、着いたら電話を入れるよう、携帯電話の番号を教える。
朝飯 鰊の山椒漬け、切り昆布の炒り煮、炒り豆腐、ほうれん草のおひたし、温泉玉子、納豆、茄子とピーマンと2種のパプリカのソテー、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 ジャガイモと胡瓜とツナのサラダ、ラタトゥイユと2種のシャルキュトリー、“Pain au sourire”の5種のパン、2種のチーズ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.7.12(木) なかなかに忙しい
今日は「本物のワインで漬けた本物のワインらっきょう”rubis d’or”」のビン詰めを、包装係のシバタミツエさんにしてもらわなくてはならない。しかしシバタさんは、いまだこの仕事を一から十までひとりではできない。よってその準備をするため、今朝は5時すぎから現場へ降りようとする。
4階のエレベータの前に立って、そのまま1、2秒。それからようやく「そうか、エレベータの扉ってのは、自動ドアじゃなかったんだな」と気づく。
「マーケティングは人をサルにする」という思いが僕にはある。企業は消費者の利便性を追求する。その便利さに慣れると人はサルになる。ウチの西洋式便器は、人が近づくと自動的にフタが開く。人が離れると、自動的に水が流れる。そういう便利さに慣れるうち、エレベータの扉も自動で開くと勘違いをしたのだ。僕もサルになりつつあるらしい。
シバタさんのための準備は30分ほどで完了した。4階の食堂に戻って朝食を摂り、長男と自転車で下今市駅へと向かう。
南青山も高樹町にちかいあたりでの仕事は90分ほどで完了した。表参道から千代田線に乗り、北千住には13時42分に着いた。下り特急スペーシアの発車時刻もおなじ13時42分だから、それには間に合わない。次は1時間後の14時42分発。
「北千住で1時間の調整かよ」と、いささか残念な気持ちと共に自動券売機に向かう。そのディスプレイに指を触れつつ特急券2枚を買い進める。東武日光線の特急券は、区間は同じでも、時間や車両により値段は様々だ。14:42発はリバティだから隨分と高い。
そのとき「13時42分発の切符をお求めのお客様は…」という左手からの声に長男が気づいて僕に教える。案内をした駅員によれば、当該の列車は9分遅れて北千住に着くという。僕は即、自動券売機の赤い取消ボタンを押す。13:42発の特急券は、そのあいだに長男が窓口で素早く買った。「助かったー」である。
15時15分を過ぎて、スペーシアが下今市に近づきつつあるころ、窓の外にはいきなり、強い雨が降り始める。この雨の中に自転車を走らせては、濡れ鼠になってしまう。駅までは、家内にクルマで迎えに来てもらった。
夜は19時30分より、これまた長男と春日町1丁目の公民館へとおもむき、集まった役員たちと八坂祭の、13日に必要とされる準備、14日に催行される渡御と直会、15日におこなう後片付けについての打合せを22時ちかくまで続ける。
朝飯 炒り豆腐、ほうれん草のソテー、目玉焼き、ごぼうのたまり漬、切り昆布の炒り煮、生のトマト、納豆、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 “The third burger”のルッコラ&トマトチーズバーガー、アイスコーヒー
晩飯 茄子とピーマンと2種のパプリカのソテー、レタスとマカロニのサラダ、冷や奴、鰊の山椒漬け、”TIO PEPE”
2018.7.11(水) 磨き上げ
おとといの日記に書いた、町内の役員旅行に重なる研修とは、西研究所の主催によるMG学会およびOA大会だ。21日のMG学会は、長男が講師のひとりになっている。22日のOA大会は、稀代のデータベースソフト「マイツール」を使った事例発表で、ここには日光市からヌマオ板金のヌマオケンタ君が登壇をする。
ヌマオ君は、ここ数年のあいだ長男が講師となって地元で開いているマイツールの勉強会に参加を続け、実力を涵養し、遂に、学会のOA大会に出られるまでになった。これを受けて本日の勉強会はいつもの内容ではなく、本番とおなじ発表をヌマオ君にしてもらい、それを彫琢する場とした。
18時前に、会場の二宮尊徳記念館に入る。そしてヌマオ君の疑似発表が始まる。
西研究所のOA大会については、僕はこの四半世紀のあいだに数回ではあるけれど、参加をして観てきた。どのような使い方が良くて、どのようなものが「いまひとつ」なのか、また「玄人」からの質問に対して、いまだ経験の浅い発表者は、どのような理由により立ち往生に至るか、ということを僕は知っている。
ヌマオ君が今回の発表に臨んで選んだ主題はかなり素晴らしい。そして本日、その中身はかなり研磨をされた。聞くところによればヌマオ君の、22日の持ち時間は15分から30分に延長をされたという。発表の当日を、僕はかなり楽しみにしている。
朝飯 切り昆布の炒り煮、人参とブロッコリーのスープ炊き、炒り豆腐、納豆、温泉玉子、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「金谷ベーカリー」の2種のパン、牛乳
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、スパゲティナポリタン、ドライマーティニ、”TIO PEPE”
2018.7.10(火) 深夜に働く人
「今ちまたで買うことのできる手帳は、1日の中に時間を表す目盛りはあっても、その1時間ごとの刻みは昼のあいだに限られている。深夜に働く人にはまったく使えない」という意味のことを、むかし團伊玖磨が随筆に書いていた。
きのうは20時から、なかなか面白い番組をテレビが流していた。入浴は既にして済ませていたから、からだに2枚のバスタオルを巻き付けた姿で食堂の椅子に座り、それを観ていた。ところが睡魔にたびたび襲われて、どうしても眠ってしまう。テレビを見続けることは遂に諦めて、21時前に寝室に入った。
今朝、目を覚まして枕の下からiPhoneを取り出し見ると、時刻は2時15分だった。3時台の目覚めは嬉しくても、2時台はいかにも早すぎる。早すぎても眠気は訪れない。即、服を着て起きてしまう。起きればお茶を飲みたい。しかし仏壇に花と水とお茶と線香を供えてからでなくては、お茶は飲めない。かくして本日の仏壇には、午前3時前から線香の香りがただようこととなった。
振り出しに戻れば、手帳に印刷された時間の刻みについて、である。僕は午前2時台に目を覚ましても、それから朝食までのあいだに何かをするというわけではない。更に言えば、マイツールという稀代のデータベースソフトを使い始めた1992年からこのかた、手帳は持ったことがない。だからいまの手帳がどのような具合になっているかは、まったく分からないのだ。
朝飯 糸こんにゃくの炒りつけ、ズッキーニの豆味噌炒め、トマトのスクランブルドエッグ、茄子とピーマンの素揚げ、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 トマトとレタスのサラダ、マッシュルームとブロッコリーのソテーと人参のグラッセとマッシュドポテトを添えたビーフステーキ、“TIO PEPE”、“Bourgogne Hautes Cotes de Nuits Vicomte Bernard de Romanet 1988”
2018.7.9(月) 2度目の梅雨明け
春日町1丁目の役員は、毎月3,000円の積立をしながら親睦旅行に出かける。旅行の時期はおおむね4月と決まっている。しかし今年の春日町1丁目は、総鎮守瀧尾神社の今年度のお祭を仕切る当番町に当たっている。よって旅行は春の大祭が完了して以降、黄金週間を避けて行うことと、いまだ寒かったころの会議で決められた。
この旅行には、地元のバス会社のツアーが使われる。ツアーには最低催行人数というものがある。その最低催行人数に申込者が達しなければ、ツアーはお流れになる。その「お流れ」を2度ほど受けて、今年の旅行は7月21日から22日にかけての週末までずれ込んでしまった。
しかし僕は、その両日にまたがる研修に、半年も前から申込みをしていた。受講料も払い込み済みであれば、今から断ることはできない。
多ければ10名が町内から参加するその旅行には、今年は8名が行くという。バス会社からの請求書は、きのうウカジシンイチ自治会長から受け取っていた。会計係として、その送金を午前のうちに済ませる。
午後は前期繰越金を含む現金残高を睨みつつ、参加者に配布する小遣いの額を計算する。あるいはまた「旅行を3年に1度にすれば、タイ行きも可能だよな」というような妄想もする。
最短で3泊4日の日程が得られれば、金曜日の夜に羽田空港へ向かう。土曜日は午前からチェンライのコック川を舟で遡り、途中から象に乗り換えトレッキング。夜はサタデーナイトマーケットで屋台のおかずを肴にビール。日曜日は静養、そして街歩き。夜はナイトバザールで伝統舞踊を鑑賞しながらチムジュムを肴にビール。月曜日は正午過ぎにバンコクに飛んで、午後は観光、希望者は深夜まで観光。火曜日は朝から午後まで観光をして、夕刻はマッサージ。夕食はチャオプラヤ川沿いのレストラン、そして空港へ、というコースが可能だろう。あるいは「田舎なんか行かねぇで、ずっとバンコクにいっぺよー」とか「タイっつったらパタヤだんべ」という意見が大勢を占めるかも知れない。
そんな妄想から覚めてコンピュータから視線を上げると、犬走りに提げた暖簾が右、左、表、裏と、風にもみくちゃにされている。時刻は14時15分。靴を履いて外に出てみる。風は、いかにも夕立を連れてきそうな気配を帯びている。空には黒い雲が見る間に広がって、晴れて青いところは、今やいくらも無い。
16時15分に、いよいよ雷が鳴り始める。外に出した「奉祝」の提灯4張を事務室に取り込む。暖簾も同じく事務室に取り込む。16時22分、遂に大粒の雨が降り始める。
6月29日に梅雨明けが宣言されたとき「雷も鳴っていないのに、おかしい」と家内は言った。そして遂に、雷の到来である。実は今日こそ、本当の梅雨明けではないのか。明日の朝の虫や鳥の声が、今から楽しみである。
朝飯 焼きトマトを添えた目玉焼き、揚げ茄子、糸こんにゃくの炒りつけ、生の胡瓜、大根おろしを薬味にした納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ユタの店」のざる担々麺、ランチサービスの杏仁豆腐
晩飯 ズッキーニの淡味炊き、冷やしトマト、厚焼き玉子、冷やし素麺、「花陽浴瓶囲無濾過原酒純米大吟醸」(冷や)
2018.7.8(日) 縮図
小学生のころ、「おてんのうさん」の期間中には、町内の子供みこしは毎日、今の日本生命のところにあったコンドー菓子屋の前に出されていた。午後の遅い時間になると、そこに大勢の子供があつまって、みこしを担いで町内を練り歩いた。順路は、そのころから僕が育成会長を務めた1990年代まで、否、次男がみこしを担げるようになった2000年代なかばまでは変わらなかったような気がする。
わが春日町1丁目には、日光街道を挟んで東西に2基の子供みこしがある。僕が担いだのは西のものだ。2010年代に入ると、子供の数は、まるでつるべ落としのように減り、現在は東西の子供が一緒になって、東西すべての順路を一気に歩いてしまう。子供がみこしを担ぐ日は、むかしは5日から1週間ほどではなかったか。今は1日のみで完了である。
子供みこしを先導する笛の音が近づく前に、賽銭を用意する。やがて歯切れの良い、鋭い笛の音とともに「わっしょい」という声が聞こえてくる。その声のうち、子供の占める割合はいかほどだろう。子供みこしは、子供だけでは担げない。担ぎ手のほとんどは、日光の工場に研修に来ているベトナムの人たちである。
今や、海外からの助っ人を欠いては行事が立ちゆかない。町内は、国家の縮図である。
朝飯 納豆、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、牛蒡と人参のきんぴら、ごぼうのたまり漬、ほうれん草のおひたし、糸こんにゃくの炒りつけ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 トマトとモッツァレラチーズとベビーリーフのサラダ、葡萄パン、細切り人参のマリネ、鶏のトマト煮、茄子のチーズ焼き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.7.7(土) 大御輿の巡行
町内の三役、つまり自治会長、神社総代、神社世話人は8時に瀧尾神社に集合と聞いていた。僕はその役にはないから通常の仕事に当たったが、長男は、鯉口シャツに白のダボズボンを合わせ、町内の半纏を着て神社へと向かった。
大御輿の宮出しは15時30分。その渡御に合わせて各町内のお囃子が日光街道の各所で演奏をしてくれる。おとといの話し合いにより、そのお囃子が雨に濡れないよう、ウチの駐車場を皮切りとして、10時30分よりテントを設置していくことが決まっていた。ところが神社での神事を完了したウカジシンイチ自治会長とクロスカオル神社総代は、早くも9時50分に僕のいる事務室に現れた。列島の各地には豪雨による被害が拡大しているものの、日光市今市地区には霧雨が降るのみだ。
09:50 上澤梅太郎商店の日光街道に面した角にテントを設置。
10:22 市縁広場にテントを設置。
市縁広場から神社へ回ると、今朝までは台車に載せられ一の鳥居前の御仮屋に収まっていた大御輿が境内に戻され、各方面からの助っ人により、それを担ぐための棒が差し入れられているところだった。町内役員は、本殿に向かって左手前に受付とお囃子のためのテントを設置。雨は上がりつつある。
14:52 各町内の御輿が神社に集合。イケダマナブ司会の紹介により関係者および宮司の挨拶。
15:38 伝承によれば重さ千貫、関東一の大御輿が宮出しをされる。
16:11 日光街道を下って当番町春日町1丁目を通過。春日町の交差点で折り返し。
16:24 市縁広場にて30分の休憩。
17:04 日光街道を上って春日町2丁目を通過。
17:11 神社の直前にて最後の担ぎ手の交代。
17:24 宮入。
17:30 イケダアキヒロ青年会長挨拶。
町内各所のテントは、朝、それを張った者が18時20分に公民館に集合し、片付けることと自治会長から伝えられていた。よってその時間に公民館に来てみれば、しかしテントは他の役員により、既にしてすべて片付けられたことを知らされる。
その公民館では、婦人会の皆さんにより直会の場が整いつつあった。僕は御神輿を担ぐという、お祭の第一線から退いて以降、この直会に参加をすることはしていない。
会社に戻ると、要所のシャッターは降ろされて、施錠も済んでいた。それを確認して4階へ戻り、夕食の席に着く。
朝飯 レタスのマヨネーズ炒め、ズッキーニの淡味炊き、「しいたけのたまりだき」と青葱の玉子焼き、人参と牛蒡のきんぴら、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と青葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のカツ丼
晩飯 糸こんにゃくの炒りつけ、ほうれん草のソテー、スパゲティサラダ、2種のフライ、「宝焼酎12度」(ソーダ割り)
2018.7.6(金) 数十年に1度
「台風にともなう強風による落下物に注意。早めの帰宅が望ましい」とのニュースがテレビで繰り返し流された日に、銀座の、どこかの百貨店で開かれた展覧会を、僕は観ていた。その日は確かに、晴海通りに面したマツモトキヨシの前の木が縦に裂けるほどの風が吹いたものの、夕刻には収まって、僕は百貨店から数寄屋通りまで、傘を差すことなく歩けた。
「頭の上からバラバラとモノが落ちてくるぞ、早く帰れ」と繰り返し聞かされれば確かに、人は家路を急ぐだろう。「営業妨害です」と、おでん屋のオヤジは僕ひとりしかいないカウンターの内側で溜息をついた。
「数十年に1度の大雨」と、テレビのニュースが伝えている。「数十年に1度の大雨」という表現に、僕はここ数年で慣れてしまった気がする。「数十年に1度の大雨」が、列島にはこのところ毎年のように降るのだ。とすればそれはもはや「数十年に1度の大雨」ではないだろう。
一目散に家を目指すサラリーマンとおなじく僕もテレビのニュースに脅かされ、お祭の提灯は、それが濡れて破れることを恐れて遂に、今日は夕刻まで外へ出すことはしなかった。日光地方に降る雨はしごく穏やかだったにもかかわらず、だ。
それにしても「数十年に1度の大雨」である。この豪雨により、列島の各地では死者と安否不明者が続々と増え続けている。亡くなった方や、その近しい方々の無念はいかばかりか。安否不明者のすべてが無事に戻ることを祈りたい。
朝飯 大根と大根の葉の浅漬け、納豆、茄子と2種のパプリカの炒りつけ、鰯の塩焼き、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、鶏とズッキーニの炊き合わせ、豆腐の卵とじ、万願寺唐辛子の網焼き、銀鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、ごぼうのたまり漬、「南陽醸造」の「花陽浴瓶囲無濾過原酒純米大吟醸」(冷や)、さくらんぼ、小豆と求肥の冷たいお菓子
2018.7.5(木) レインコート
列島のそこここを豪雨が襲い、多くの人々が、その被害に苦しめられている。気になってiPhoneでウェザーニュースを見に行くと「台風7号から変わった低気圧が北海道付近を通過し、梅雨前線が本州付近に停滞しています」とある。関東甲信越に梅雨明けが宣言されたのは先月29日のことだ。それが今になって「梅雨前線が本州付近に停滞」とは、どういうことなのか。
梅雨明け翌日のひどく暑い日に、各町内の協力により、瀧尾神社の大御輿が御仮屋に安置をされた。そして今週末には、その大御輿の巡行が控えている。春の大祭のときに200着ちかくを準備して、幸い使わずに済んだレインコートは、今度こそ出番かも知れない。
「本日19時、公民館に集合。イケダアキヒロ青年会長の要請により、大御輿についての打合せあり」との、シバザキトシカズ大膳委員長からの連絡が、12時22分に町内役員のグループLINEに上がる。
木曜日の終業後は社員たちとのミーティング。それから3台のキャッシュレジスターを締めると時刻は18時35分。このような夕べには毎度のことながら、取り急ぎ、喉を潤す必要がある。
4階の食堂に上がって即、食器棚から薄張りのグラスを取り出す。縁の高さまで氷を投入したら、ウイスキーを多めに注ぐ。そこに、あらかじめ冷やしておいたソーダを加える。最上部にはふたたびウイスキーを、しかし今度は少量のみ足す。そしてこれを1杯と半分のみこなす。時刻は18時55分。取り急ぎ、1階へ降りて通用口から外へ出る。雨はそれほど強くない。
朝飯 大根と大根の葉の浅漬け、キャベツの塩昆布和え、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、温泉玉子、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「杜泰興」で買った麺による汁麺
晩飯 鶏肉とズッキーニの炊き合わせ、鰯の塩焼き、”TIO PEPE”
2018.7.4(水) 北のホテル
「いまだ気の早いことではあるけれど」となかば躊躇いつつ、しかし9月下旬から10月はじめにかけてのタイ行きの、ホテルについて調べはじめた。日程は北部に9泊、首都に1泊である。
予約サイト”agoda”でチェンライの、いつも使う”Dusit Island Resort”を検索すると、これが満室。他のサイトで調べても、やはり満室。その後、このホテルが全面的に改装され、その名も”The Riverie by Katathani”と変わったことを知る。それでふたたび検索をすると、僕の知る過去の価格より何割も高くなっている。
落ち着いて考えてみれば、中国の国慶節は10月1日、それに伴う連休は7日まで続く。タイの北部は中国の南部に驚くほど近い。多分、団体による需要により空き部屋が少なくなっているのだろう。
北部に9泊をすることは決めている。バンコクとチェンライを往復する航空券も、既に手配は済ませてある。9泊のうちの後半は、飛行機の飛ぶチェンライにいるのが無難だろう。前半については未定である。これまで使ってきた名門の”Dusit Island Resort”あらため”The Riverie by Katathani”が団体により埋め尽くされているなら、いっそ9泊すべてを安いところで済ませるか、あるいはどこかでメリハリをつけるか。
旅先で僕がもっとも楽しみとするのは、庶民的な食堂での飲酒喫飯、そして静かなプールサイドでの本読みだ。歩いて街まで行ける場所にあること、屋外にプールと寝椅子を備えていること、団体は受け入れられないほど小規模なこと、この3つを条件として、ホテルはできるだけ早い時期に、予約を済ませたい。
朝飯 キャベツの塩昆布和え、長葱を薬味にした納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、スクランブルドエッグ、大根と大根の葉の浅漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「金谷ホテル」の3種のパン、コーヒー
晩飯 ズッキーニの豆味噌炒め、春雨サラダ、「ハルピン」の餃子による水餃子あれこれ、“Chez Akabane”の杏仁豆腐、芋焼酎「愛子」(ソーダ割り)
2018.7.3(火) 夏のBBQ
きのうは20時台に就寝した。そうしたところ、今朝は1時35分に目が覚めた。そのまま静かにしていても眠気は訪れない。そのことを確かめて即、起きて服を着る。
ワールドカップの日本とベルギーの試合を観るために目覚ましを設定したと言っていた家内が2時29分になっても起きてこない。よって寝室の戸を引いて声をかける。
「80点、90点と点の入るバスケットボールは、チームの実力がほぼ正確に勝ち負けに反映される」と、自由学園の高等科で一緒だった、当時バスケットボール部にいたコバヤシヒロシ君は言った。しかし2点、3点の得点で勝負の決まるサッカーも大抵は、チームの実力がほぼ正確に勝ち負けに反映される。それを裏付けるような、今朝の試合だった。
終業後は社員、家内、長男の準備により、既にして繁忙期には入っているものの「これからしばらくは特に頑張ろう」という食事会を店の駐車場で開く。いま現在からお盆、そしてお盆のあいだに承ったご注文を出荷し終える8月の20日すぎまでは特に気を引き締めて、社員と共に仕事に向かっていきたい。
朝飯 大根おろしを薬味にした納豆、巻湯波の淡味炊き、茄子と2種のパプリカの炒りつけ、歩運連想と海苔のおひたし、焼きトマトを添えた目玉焼き、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 「虎屋」の味噌つけ麺
晩飯 チョレギサラダ、キャベツの塩昆布和え、ポテトサラダ、茄子とトマトのマリネ、たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき、おむすび、包装係サイトーヨシコさん差し入れの大根の浅漬け、ごぼうのたまり漬(試作品)、焼きそば、ズッキーニの炭火焼き、砂肝の炭火焼き、牛タンの炭火焼き、ホルモンと豚のスペアリブの炭火焼き、他あれこれ、芋焼酎「愛子」(ソーダ割り)
2018.7.2(月) 奉祝
「今は5時台から明るいんですね」とfacebookに書いた人がいる。「なるほど、あの人は夜更かしの朝寝坊だったか」と、僕は「今は3時台から明るいですよ」とコメントを返した。数年前のことだ。
「早起きは三文の得」とは、いつごろできた格言だろう。貨幣の単位が「文」のところからすれば江戸時代だろうか。電気のない時代であれば、なるほどその格言のとおりだったかも知れない。しかし今は違う。前述の「夜更かしの朝寝坊」の人も、その生産性は、僕よりよほど高いことを僕は知っている。
ところでウチから眺める限り、今ほど山が綺麗に見えるときはない。今は、空が晴れればおおむね、山は綺麗に見える。しかし驚くほど美しいそれは、よほどの条件に恵まれなければ遭遇をすることはできない。ウェブショップのトップに置いた画像は、その「よほどの条件に恵まれ」た朝の1枚である。
八坂祭の提灯は、お祭の初日つまり7日から提げるのが常道だろう。しかし町内の主だった道には既にして、先週土曜日の午後から注連縄が張り巡らされている。よって「奉祝」と大きく書かれた提灯は、きのうから店の前に提げることとした。これからの2週間は、これも看板のひとつとして活躍をするのだ。
朝飯 巻湯波の淡味炊き、山芋のすりおろし、ほうれん草のおひたし、トマトのスクランブルドエッグ、大根おろしを薬味にした納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と胡瓜の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 冷や奴、蛸と胡瓜と若布の酢の物、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鶏の松かさ焼き、ズッキーニの炒め煮びたし、梅の甘煮、芋焼酎「愛子」(ソーダ割り)、抹茶ケーキ
2018.7.1(日) 朝に撒いた水
タイから帰って以来、いつもの早起きができないでいた。しかし今朝は3時50分に目を覚ますことができた。5時台の目覚めは「寝過ごして朝の時間を無駄にした」という残念な気持ちをもたらす。4時台の目覚めは「うかうかしているうちに、すぐ6時になってしまうぞ」と気が急く。2時台の目覚めは、いかにも早すぎる。僕には3時台の目覚めがもっともしっくりくるようだ。
今年の夏至は、早朝にバンコクに着いた先月の21日だった。それから10日を経ても、夜の明ける時間が遅くなった実感はない。食堂に出て窓を開ける。鳥の声が一斉に飛び込んでくる。食器棚の引き出しからエアコンディショナーのリモートコントローラーを取り出す。そして冷房ではなく除湿のボタンを押す。朝や夜であれば、それで部屋は充分に冷える。
おとといの日記を書いてサーバに上げる。きのうの日記も、そのほとんどを書いてしまう。それでも時間はいまだ充分にあるから、きのうの新聞の、読めなかったところを読む。
今年は7月の1日が日曜日に当たっている。このような年は特に、夏のギフトの出荷が忙しい。7月はじめの着荷を望むお客様が多くいらっしゃるからだ。製造係は、きのうは終業時間の直前まで荷造りに当たっていた。日曜日の当番として出社したイトーカズナリ君とカノーガユーキ君は、これまた今朝から懸命の荷造りである。
店が混み合うたび、事務室から店舗に走って販売の手伝いをする。18時に店を閉めようとすると、道路を隔てた向かい側の駐車場に、1台のクルマが駐まる。自動ドアのスイッチを切って店舗を開け放ち、そのお客様をお待ちする。
犬走りに置いた花の鉢は、朝に撒いた水を蒸発させて、夕方には軽くなっている。その鉢を店の中に仕舞い、18時7分にシャッターを降ろす。
朝飯 茹でトウモロコシ、巻湯波の淡味炊き、茹でたブロッコリーと生のトマト、ハムエッグ、納豆、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁、梅の甘煮
昼飯 「竹美荘」の蕎麦による盛り蕎麦
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、”TIO PEPE”




































































































































