トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

< 日記一覧へ  2026年9月の日記へ

2026.9.24(木) タイ日記(1日目)

00:02 まるで冷蔵庫のように冷えた機内に入り、ラバトリーで使い捨てカイロを腰に貼ったりダウンベストを着たりしてから63Hの席に着く。予約時の航空券の控えには、席は72Jと記されている。変わってしまったのは、機材の変更によるものだろうか。

00:07 プルバックが始まる。
00:35 Boeing777-300ER(77B)を機材とするTG661は、定刻に15分おくれて羽田空港を離陸。
00:41 「ポーン」という音の合図と共に、椅子の背もたれを最大に倒す。
00:53 チーズとコールスローを具にした丸パンとペットボトルの水が配られる。普段は食べないこのパンを、今回に限ってはすぐに食べてしまう。

旅の初日の深夜便では、これまで、オフクロが遺した大量のデパスとハルシオンを各1錠ずつ服用することにしていた。しかし特にハルシオンは残り2錠まで減ったため、今回はそれらを使わずに済むかどうかを試すこととした。

04:18 いくつもの夢から覚めた後も、飛んでいるところがいまだ台湾の上空などだったら落胆が甚だしいため、目はアイマスクの奥で頑なに閉じ続けていた。しかしいざそのアイマスクを外してみれば、機内は暗いものの、客室乗務員たちは朝食の準備を始めていた。

04:25 機内が徐々に明るくなる。機は海南島に近づきつつある。
04:27 ハラルの人たちから朝食が配られ始める。
05:12 ダナンの海岸線からインドシナ半島の上空に入る。往路においては、この瞬間がもっとも嬉しい。

05:50 ラバトリーで歯を磨いている最中に「スワンナプーム空港まで、あと30分」のアナウンスがある。
06:04 地上の灯りが見え始める。
06:26 TG661は、定刻より25分はやいタイ時間04:26にスワンナプーム国際空港に着陸。以降の時間表記はタイ時間とする。

04:41 この日記には、これまで何度も書いてきたから長くは続けない。バンコクからウドンタニーへ飛ぶ際には、羽田で預けた荷物はウドンタニーまでは運ばれない。バンコクで「入国」をしたら羽田からの荷物を一旦、引き取り、次の便に預け直す必要がある。よっていつもとは異なって、今日はできるだけ早く外へ出ようとして、機内の通路に並ぶ。

04:48 シャトルトレインがサテライトターミナルを発。
04:51 シャトルトレインがメインターミナルに着。

05:01 入国審査場の各ブースには10数名ずつの旅客がいたものの、それほど待つことなく通過をすることができた。今年の5月までは左右10本の指の指紋を登録させられていた。しかし今回は、右手の4本のみで済むようになっていた。

05:06 トイレの個室にてウインドブレーカー、ダウンベスト、襟の高い木綿のシャツを次々と脱ぎ、半袖のTシャツ1枚になる。とにかく一刻も早く薄着になりたいのだ。
05:07 回転台には既にして僕のスーツケースが運ばれていた。羽田でオネーサンが付けてくれた”Priority”の札が効いているのだろうか。
05:13 到着階の2階から出発階の4階へ上がる。そしてはるか遠くのBカウンターに近づいていく。
05:20 係のオネーサンの助けを借りながら、自動チェックイン機でチェックインを完了。
05:22 別のオネーサンの助けを借りながら、荷物預けを完了。

スワンナプーム空港では、階の移動はエレベータよりエスカレータを使った方が、歩く距離は長くなるものの、待ち時間が無いだけ時間を短縮できる。もちろん、例外もある。

05:35 地下1階に降りて、エアポートレイルリンクの乗り場ちかくに並ぶ両替所の交換率を見ていく。オレンジ色の看板の「スーパーリッチ」は1万円が2,085バーツ。緑色の看板の「スーパーリッチ・タイランド」の交換率は、1万円が2,090バーツ。それでもオレンジ色のブースには人だかりがあり、緑色のブースの前には僕ひとりしかいない。意味が分からない。ここで1万円札10枚を20,900バーツに替える。

05:40 地下1階のベンチに落ち着いて、腕時計をiPhoneの時計に従って2時間だけ遅らせる。先ほど4階のチェックイン機から出力された搭乗券を確かめてみれば、搭乗時刻は06:30とある。うかうかしてはいられない。

05:49 ふたたび制限区域内に入る。
05:59 保安検査場を通過。
06:02 B2ゲートに達する。夜が明けつつある。雨が降っている。
06:30 搭乗開始。
06:39 最後尾右窓際の54Kの席に着く。

07:00 プルバックが始まる。雨はいつの間にか止んだらしい。周囲に乗客のいないことを幸いとして、バックパックから取り出した財布の日本円を、タイバーツに入れ替えるなどをする。本来であれば、羽田空港でしておくべきことだったかも知れない。機内はまたしても寒いため、バックパックからウインドブレーカーを取り出して着る。

07:12 Airbus A320-200(32X/3206)を機材としたTG002は、定刻に12分おくれてスワンナプーム国際空港を離陸。
07:40 眼下には、蛇行する川の作った複数の島や三日月湖が見えている。
07:43 「ウドンタニーまで20分」のアナウンスがある。雨季の雨をしっかりと含んだイサーンの大地は、緑の部分がほとんどを占めている。

08:01 TG002は、定刻より9分はやくウドンタニー国際空港に着陸。「国際」とはいえ、この空港に国際便は発着していない。
08:10 機外に出る。
08:15 回転台の先頭から2番目に、見慣れたスーツケースが現れる。

ロビーに出て右側のハイヤーのブースには、今朝は係の姿が見えない。よって声をかけてきた手配のオジサンに、ホテルの名と場所を告げる。オジサンは「200バーツだけれど、よろしいか」と訊く。その料金はいつものものと同じだから了承をする。オジサンはあたりに立つ別のオジサンにそれを伝える。僕はそのオジサンの後に付いて空港のビルから外へ出る。

08:21 タクシーとはいえメーターなどは備えていない、オジサンの自前ではないかと思われる日産車が空港の駐車場から動き出す。
08:36 ホテルのポーチにタクシーが横付けをされる。即、ロビーからはベルボーイが出てくる。

08:43 ホテルのフロントには、見覚えのある優しそうなオバサンがいた。ことによると、昨年の秋と今年の春に使った、斜向かいのホテル”THE BAN BUA”で働いていたオバサンではなかったか。4泊分の6,534バーツを支払い、且つデポジットの1,000バーツも預ける。オバサンは「チェックインの時間は15時です。部屋の準備が整うまでお待ちください」と、穏やかな顔を僕に向けた。

さて現在の時刻からすれば、15時まで待つのは容易ではない。よってベルボーイが奥の部屋に預かろうとしていたスーツケースとバックパックをとりあえずはロビーのソファへ運び、床に開いて本とトートバッグを取り出す。更には「昼ごろ」と大雑把に予約をしておいた、昨秋から馴染みになったマッサージ屋にLINEを飛ばし、既にして開店してることを確かめる。

この時間から商売を始めているとは、いかにも勤勉な店だ。2時間のオイルマッサージの間に眠ってしまうのではないかと懸念をしたものの、それは杞憂だった。マッサージの代金は、700バーツから800バーツに値上がりをしていた。オバサンには200バーツのチップ。

マッサージ屋の帰りには、遠回りをしてウドンタニーの駅のちかくまで歩く。左手の”FOOD CENTER”に正面から入って左の3番目と4番目のふたつのブースを使っている店は、ことし3月に食べて美味かった、その店も女将も健在であることを確かめる。そしてホテルへ戻り、正午ちかくまでロビーで涼んでから、ふたたび”FOOD CENTER”へ行く。

“FOOD CENTER”では、卓上に置かれた4種の調味料のうちの砂糖を、雀が食い放題にしていた。「なんだか暑くなくて面白くないな」と感じていたものの、食後には汗が吹き出した。それをホテルのロビーで拭いつつ、半藤一利の「日本のいちばん長い日」を開く。30ページまで進んだところでベルボーイに呼ばれる。時刻は13時22分だった。

通された部屋は、最上階の423号室だった。ベルボーイには50バーツのチップ。およそ30分をかけて、部屋の中を自分ごのみに模様替えする。そして落ち着いたところで机上にコンピュータを開き、きのうから完成しているおととい22日の日記を公開する。

僕は日記を公開をした後も、その文章をこまめに修正する。しかしおとといの日記には、どこにも直すべきところは無かった。多分、旅先での手間をできるだけ少なくしようとして、その下書きに限っては、詳細に読み直しをしたのだろう。

次は、途中まで書いておいたきのうの日記を、50分ほどかけて完成させる。ここでようよう昨夕からの服を脱いでシャワーを浴びる。そして今度は浴衣を羽織り、15時30分からは今日の日記に取り掛かる。

旅の初日の日記は、どうしても長くなる。「23日の夜に羽田空港へ行き、ウドンタニーには翌日の朝に着きました」というような、途中の経過を欠いた旅行記は好まないからだ。その、今日の日記に目鼻がつくころには腹が減り始めていた。時刻は17時40分。そろそろ晩酌の時間である。

ところでこの旅には前述の、半藤一利による「日本のいちばん長い日」に加えて、おなじ著者による「新版昭和史戦前篇1926-1945」を持参していた。それをきのうSNSに上げたところ、既にして2冊とも読んでいた自由学園の後輩ナカヤブノリマサ君が「自分は『日本の…』を先に読んだが、後から『昭和史…』を読んで、むしろこちらを先に読んだ方が良いと感じた」と、返信を付けてくれていた。

確かに歴史の時系列からすれば「昭和史…」を先に読んで、その時代の空気を知っておくべきだ。よって30ページまで読み進んでいた「日本の…」は脇へ置いて「昭和史…」の方をトートバッグに入れる。

街は良い案配に暮れ始めていた。行く店は決めてある。今年3月に見つけた駅ちかくの屋台街である。そのとき機敏に動いてくれたから20バーツのチップを欠かさなかったオバサンは、僕の顔にすぐ気づいてくれた。後はオバサンにお任せ、である。

ホテルに戻ると時刻は19時20分。すぐにシャワーを浴びて歯を磨き、ためらうことなく寝台に上がる。


朝飯 TG661の機内食、TG002の機内スナック

昼飯 “FOOD CENTER”に入って左手の3番目と4番目のブースを使っている店の豚ひき肉のガパオ炒めライス目玉焼き添え

晩飯 ウドンタニーの駅に向かって左の屋台街の串焼き屋の豚ひき肉の串焼き、その斜向かいの店のソムタムタイ、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)

< 前の日(2026.9.23(水))

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学