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清閑 PERSONAL DIARY

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2026.9.26(土) タイ日記(3日目)

1時台の中ごろに目を覚まし、3時がちかくなるころに起床する。きのう目覚めたときのような、異常なほどの疲れは感じない。熱は多分、下がったのだろう。

この旅の初日の日記は既にして完成していたものの、文章や、文章から画像へのリンクを納得できるまで修正するうち1時間30分が過ぎる。なぜそれほどの時間がかかるのか。

先月28日まで使っていたWordPressは、頭の中に言葉を発生させないまま推敲や校正ができていた。具体的に言えば「ここに読点を入れれば、より読みやすくなるな」と考えるより前に、ブラウザを視る目とキーボードを操作する指だけで読点が入れられていた。しかし先月29日からのClaude Codeでは、いちいち文章で命令をしなければならない。すわなち一昨日の日記で説明をすれば

……
9月24日の日記のテキスト
「TG661は定刻より25分はやいタイ時間04:26にスワンナプーム国際空港に着陸。」
を
「TG661は、定刻より25分はやいタイ時間04:26にスワンナプーム国際空港に着陸。」
に修正する。
デスクトップの「日記の文章と画像」のフォルダの中の「日記のテキスト」のフォルダの中の同じ日のテキストも、同時に修正する。
プレビューの確認はせず、そのまま公開する。
……

と、こうする必要があるのだ。Anthropic社のClaude Codeは、舌を巻くほど頭が良い。毎日の学習により、更に利口になっていく。しかしすべては言葉で命じる必要がある。「初めに言葉ありき」である。

そうして5時45分に体温計を口に含む。体温は36.7℃まで下がっていた。喉の痛みなどはなかったから、きのうの38℃の発熱は、風邪によるものではなく、深夜のエコノミー席に疲れたことが原因と思う。

年齢からして、そろそろビジネスクラスを使うべきなのだろうか。しかし来年3月の訪タイの航空券は、エコノミー席で購入済みだ。

ビジネスクラスは、エコノミークラスと所要時間が変わらないにもかかわらず、運賃が倍もして、どうにも納得がしがたい。「エコノミーよりすこしマシなだけのメシ」も要らない。客室乗務員による、より丁寧な接客も要らない。「放っておいていただきたい系」の僕が求めるのは「ほとんど平らになるシートだけで、他はすべてエコノミーと同じ」という席に他ならない。無理な望みだろうか。

まるで冷蔵庫のような食堂の温度には、きのう懲りた。よって今日はTシャツの首にスカーフを巻き、ウインドブレーカーを着て、足元には靴下を履いて部屋を出る。失われた夏を追いかけて南の国に来ているにもかかわらず、馬鹿な話である。

フロントには初日の朝のオバサンの顔が認められたため「宿泊料は前払いをしました。しかしレシートを受け取っていませんでした」と声をかける。僕の部屋番号を確かめると、オバサンは直ぐに、レシートをコンピュータから出力してくれた。

部屋に戻ったのは7時45分。きのうは念のため避けたシャワーを浴び、浴衣を羽織る。今日はこれまでの洗濯物を洗濯屋に出す日だ。洗濯屋の開く時刻は9時。「熱は下がった。今日は16時に行ける」とマッサージ屋にLINEを飛ばし、以降は寝台に横になって本を読む。

ホテルから歩いて1分もかからない”SMILE LAUNDRY”の女の子が数えてくれた洗濯物の点数は8点。料金は55バーツ。タイではコインランドリーよりも、洗濯屋の方がよほど安い。その足で街の中心部にある旧い方のバスターミナルを目指す。バス会社「ソンバットツアー」には、初めて見るオバサンいた。

「チェンライまで」
「午後4時の便ね」
「次の月曜日」と答えつつ、念のためカウンターのカレンダーを引き寄せて、その28日を指す。

「729バーツ」と言われて硬貨の入った封筒を逆さにし、そこから34バーツを数える。それに1,000バーツ札を加えると、オバサンは「なぜ」という顔をした。オバサンのデスクにある電子卓上計算機に手を伸ばすと、オバサンは「ノー、ノー」と言って1バーツ硬貨4枚を僕に戻し、更に301バーツの釣りをよこした。小銭をできるだけ少なくしようとする日本式のお釣りの計算は、タイでは理解されないことが多い。あるいは「小銭が邪魔なら仏様にもでも喜捨をしろ」ということなのだろうか。

9時35分に部屋に帰り、10時前よりプールサイドに降りる。頭上のプルメリアの枝からは、白い花がポトリ、またポトリと落ちる。プルメリアはタイ語でリラワディー。しかしこの土地ではラオス語を用いて「ツァンパー」と呼ぶ。だから国境のちかくは面白い。余談ながら、鴨志田穣の「日本はじっこ自滅旅」は、未完に終わった「焼き鳥屋修業」と並ぶ傑作だと思う。

10時52分に雨が降ってきて、ひさしの下に逃げ込む。ふたたび晴れて、寝椅子に戻る。雨の降っているあいだの黒い雲が、一瞬ともいうべきあいだに青空に変わる様子は、日本ではなかなか見られないものだ。そのうち日差しがきつくなってきたため、11時40分に部屋へ引き上げる。

昼食は、ホテルの隣の、昨秋も今春も通った”Morning House”で摂る。席はもちろん、外のそれを選ぶ。気温は予報の33℃より数度は高いのではないか。

プールサイドでも部屋でも”Morning House”でも本を読んで、今日はページが随分と捗った。そして15時40分にホテルを出て目抜き通りを西へ歩く。

馴染みのマッサージ屋の女将は、2時間を頼んでも、かならず2時間以上を揉み続けてくれる。チェンライの行きつけのマッサージ屋の女将も然り。初見の、チップを渡す前からそうだったのだから、奉仕の精神が旺盛、ということなのだろうか。

ところでバンコクの南、パタヤでは大雨による洪水で、街は大変なことになっている。そして今朝、バンコクのコモトリケー君から届いたLINEによれば、バンコクにも大雨が降って、首都の全域に警報が出されているという。ウドンタニーは今のところ平穏ではあるけれど、今日はマッサージの最中から、トタン屋根を叩く雨のうるささが尋常でなかった。

女将にはトゥクトゥクを勧められたものの、数百メートルの距離にそれは贅沢だ。よってズボンの裾をめくり上げ、店の傘を借りて、ホテルまでの道をたどる。ホテルに戻ったら、この雨の中を5分も10分も歩く気にはならず、きのうとおなじ、ホテルから数十秒のところにあるイタリア料理屋で夕食を摂る。

ホテルやイタリア料理屋は、小さな歓楽街の中にある。突然、斜向かいのバーで鐘が鳴らされる。それは「この店の中にいるすべての人間に、一杯ずつ奢ろうじゃねぇか」という酔客の意思表示だ。そのけたたましい音を聞いた隣のデーブルの白人は”White wine!”と、高らかに叫んだ。


朝飯 “The Pannarai Hotel”の朝のブッフェ其の一、其のニ、其の三

昼飯 “Morning House”の中華ソーセージと豚の挽き肉を挟んだベトナムパン、アイスカフェラテ

晩飯 “da sofia”のグリーンサラダ、スパゲティ・プッタネスカ、グラスの白ワイン

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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