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清閑 PERSONAL DIARY

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2026.9.28(月) タイ日記(5日目)

3時43分の起床。シャワーを浴び、日本から持ってきたフリーズドライのスープを飲む。朝が早いため、このようなものを用意しないことには、朝食までのあいだに腹が保たないのだ。

一昨日の日記を公開し、きのうの日記を書き終えると時刻は5時20分になっていた。ここで寝台に戻ってひと休みをする。そして気力を取り戻したところで荷造りを始める。

移動日にはこの荷造りが欠かせないわけだが、僕の場合、コンピュータ、その充電器、身の回りのものを除けば残りはすべて機内持ち込みサイズのスーツケースに収まるから、体積も重さも、それほどのものではない。しかし点数となると、何しろ卓上の小物をまとめておくジュエリートレイからコンピュータのディスプレイのホコリを払う除電ブラシまで持つため、常人のそれよりはよほど多い。だから荷造りもいきおい、面倒になる。

きのう一昨日と、朝食の場所は8時を過ぎると混み合った。よって7時55分に部屋を出る。すると今日の朝食の客は僅々3組のみで、食堂の温度も極端には低くなかったから助かった。

部屋に戻ったら、荷造りの最後の仕上げをする。出発のときから減ったものといえば、ラオカーオが300ccとスープの素くらいのものだけれど、スーツケースに余裕があるのは、なぜだろう。

水着も圧縮袋に収めてしまったから、プールサイドへは降りられない。9時を過ぎたろころでiPhoneに11時15分のアラームを設定し、本を持って寝台へ上がる。

バンコク在住の同級生コモトリケー君からは
……
タイ政府は洪水への対応として、バンコク都並びに周辺4県に、28日と29日を特別休日とすることを決定。バンコク都は各地で冠水や住居への浸水が相次ぎ、数万人が被災。バンコク中央を流れるチャオプラヤ川は上流の放流により水かさが増し、街なかの水路は逃げ場を失っている状態。
……
との、ニュースのコピーがLINEで送られてくる。

2011年の秋に、バンコクにいたことがある。コモトリ君と夕食のため訪ねた川沿いの料理屋の、それも川に張り出した席で食事をしていたところ、大型船の立てた波が客席まで押し寄せ、ウェイトレスたちはキャーキャー騒ぎながら椅子の上に膝立ちで逃げた。あのとき以来の、チャオプラヤ川の水の高さなのかも知れない。

今月、月が満ちたのは3日前の夜のことだったら、首都のまん真ん中を流れる川の面も、これからは徐々に低くなるのではないだうか。

11時15分にアラームが鳴る。それに応えるようにして、左手のガラス戸の向こうから雨の音が聞こえてくる。思わず「アウッ」と声が出る。ホテルが定めたチェックアウトの時刻は正午。「その直前になって降り始めることも、ねぇじゃねぇか」と、うらめしさを覚える。

「タイへは、3月と6月と9月に行くことにしているんです」と言ったら「どうしてそんなに悪い時ばかりに…」と笑った人がいる。会社の繁忙期の合間を縫おうとすると、そういうことになってしまうのだ。好き勝手に生きることのできる身分にできるだけ早くなりたいと思っても、それを実現させられる人は、ごく一部に過ぎない。大抵は、体調を崩すまで働いて、以降はボケるか病院送りになるのだ。

それはさておき、きのうは昼食を摂らなかったものの、バスで長距離を移動する今日は、そういうわけにはいかない。昼時には腹が減るよう、今朝はお粥を控えた。そして正午の15分前にチェックアウトをし、スーツケースとバックパックをフロントに預ける。

今日の昼は初見の店へ行くこととして、バンコク病院正面の飯屋に入ってみる。昼どきとあって、席はほぼ満ちていた。焼き飯を食べたらホテルへ戻り、ロビーで本を読みつつ食休みをする。そして12時47分にバックパックを背負い、スーツケースを曳いて外へ出る。来年の3月にも、僕は多分、このホテルを使うだろう。

13時に予約を入れておいたマッサージ屋で2時間のマッサージを終えると「シャワー、使うでしょ」と、女将が気を遣ってくれた。瞬間湯沸かし器の設定温度は何と、35℃だった。日本に旅行して温泉に浸かるタイ人は、一体全体、どのようにしてあの高温に耐えているのだろう。

15:12 馴染みのマッサージ屋を去る。
15:15 バスターミナルの4番プラットフォームちかくのベンチに着く。

地元の人は「センターン」と発音する”central plaza”にほど近いバスターミナル1は、プラットフォームを示す板が、鳥の糞だらけだったそれから、内側に照明を仕込んだプラスティック製に変わっていた。今年3月のチェンライ行きでは、道中に14時間7分を要した。はてさて今回は、どのような具合になるだろう。

15:38 チェンライ行きのバスが4番プラットフォームに入ってくる。
15:41 助手にスーツケースを預ける。日本のように、荷物に付けた札の半券を預り証として手渡してくれるようなサービスは、もちろん無い。

15:43 最後尾右窓際の席に着く。前回は、フロントグラスからの眺望に有利と考えて、最前列右の通路側を選んだ。しかしフロントグラスと客席の間には隔壁があって、前方は一切、望めなかった。今回の席は、前回の失敗を教訓にしてのものだ。
15:56 定刻の16時より4分はやく、ウドンタニー発チェンライ行きの深夜バスは発車。全32席に対して乗客は16名。ちなみに僕の隣席は、いまだ空いている。

16:32 ウドンタニー北バスターミナルに着。ここで隣の席に、人の良さそうなオジサンが乗ってくる。
17:00 最後尾の席とトイレの間の空間で、襟の高い半袖Tシャツの上に、襟の高い長袖シャツを重ね、ダウンベストを着て、最後にウインドブレーカーを羽織る。そして腰と両太ももに計3枚の使い捨てカイロを貼る。今年の3月には、車内の冷やし過ぎにほとほと参った。その経験を経ての、今日のカイロ3枚である。

17:32 MAZDA、NISSAN、ISUZUの3つのディーラーが並ぶ、見覚えのあるノンブアランプーを通過。
17:42 ノンブアランプーバスターミナルに着。このあたりを以て、暮れていく空の暗さに抵抗できず、本を読むことは諦める。

18:45 その中心にセブンイレブンのある小さな集落を通過。Google Mapsを開いてみれば、あたりの公共施設にも、またお寺にも「エラワン」の文字が目立つ。
19:05 国道210号と同201合の交差点でひとりが下車。
19:13 お坊さんひとりが下車。
19:21 薄い雲が紗をかけてはいるものの、大きな月が右手に見える。
19:26 ルーイのバスターミナルに着。ふたりが下車し、6名が乗り込んでくる。

タイで驚くのは、田舎にも巨大な病院のあることだ。ウドンタニー然り、チェンライ然り。しかしそのふたつの街よりはるかに小さなこのルーイにも、街道筋には巨大な病院が、幻ではなく存在している。

20:00 幸いなことに、眠気を感じ始める。
21:15 目を覚ます。
23:15 いつの間にか眠ったのか、ふたたび目を覚ます。Google Mapsによれば、ピサヌロークが近い。臨席のオジサンは、既にしてバスを降りたらしい。

22:22 バスがターミナルに着く。羽田からバンコクまでの便の中で最も嬉しい瞬間は、機がダナンの海岸線からインドシナ半島に入ったときと、この旅の初日に書いた。ウドンタニーからチェンライへの道中の、もっとも嬉しい場所は、夜食のための休憩がある、ピサヌロークのバスターミナルだ。乗客たちは続々とバスを降りていく。僕も彼らについて外へ出る。しかしそこは、3月のバスの助手が「ピサヌローク」と教えてくれたターミナルではなかった。

3月に休憩したところのトイレは無料だったが、こちらのトイレには「5バーツ」の表示があった。よってその入口に机と椅子を構えたオバサンに声をかけて起こし、20バーツ紙幣を硬貨に両替してもらう。

用を済ませて後にあたりの写真を撮りながら、ふと気づくと、ここまで乗ってきたバスが後退を始めている。僕は旅先で進退が窮まると、アドレナリンが噴出する質である。しかしそのような状況は、また面倒なことも確かだ。僕は動き始めたバスに近づき、自分がそのバスの乗客であることを身振りで示す。運転手は怪訝な顔つきと共にバスを停めた。バスのドアに鍵はかかっていなかった。即、タラップを駆け上がって自分の席に着く。

23:36 月は中天に上がっている。バスは国道11号を一路、北上している。

23:42 早くも次のバスターミナルに着く。助手は通路の真ん中あたりまで来て、それほど大きくもない声で何事かを言う。降りてみると、今度は確かに、3月に乗ったバスの助手が「ピサヌローク」と教えてくれたところだった。そこで今回の助手におなじ質問をすると、彼はひと言「ロー」と答えた。何が何だか分からない。停車している時間を訊くと、今度は右手の人差し指と中指を立ててみせた。ということは、休憩時間は20分、だろうか。

その助手に、3月に食事が支給された左手の”VIP”と表示のある食堂を指して「食事…」と訊いてみた。彼は黙って右を指した。そこには左手の食堂のような壁は無いながら、確かにテーブルの並べられた空間があった。

料理を受け取るカウンターには、お粥と汁麺の用意があった。お粥を選んで冷めていたら嫌なため、汁麺担当のオバサンにバスの切符を手渡す。オバサンはミシン目に沿って3分の1ほどを切り取り、既にして麺や具の盛ってある丼にスープを満たして僕に手渡した。

その汁麺を食べつつ視線を上げると、鄙にも稀な美人が何かを配っている。しばらくするとその美人は僕の席に近づき、ミネラルウォーターのパックを置いて、ニコリと笑って去った。あれほどの美人がなぜ、こんなところでと言ったら失礼ながら、深夜に働いているのだろう。しかしまぁ、人の選択肢はそれぞれだ。そろそろ席を立つことにしよう。


朝飯 “The Pannarai Hotel”の朝のブッフェ其の一、其のニ

昼飯 “Chef Daen”のカオパットムーサップ

晩飯 ピサヌロークだかローだか不明のバスターミナルのセンミーナム

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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