2026.9.29(火) タイ日記(6日目)
00:00 また勝手に発車をされては堪らないからバスの近くに立っていると「なんとか、かんとか、カップ」と、運転手に声をかけられる。「そろそろバスに乗ってください」という意味と解釈をして、タラップを上がる。
00:04 バスがプラットフォームを後退で離れる。それにしても一体全体、ここはどこなのか。Google Mapsを開いても、付近には「メースリー」という飲食店が示されるのみだ。ただしその営業時間は午前7時から午前3時となっているから、このターミナルの食堂には違いがなさそうだ。ちなみにGoogle Mapsの座標は7P82W8RW+2J。
00:20 バスは3月とおなじように、そのターミナルの敷地でしばし待機の後、ふたたび国道に戻った。来年の2月にも、僕はこの便を使うだろう。そのときには、重々、注意をしたい。そしてそのときの助手にはタイ語でターミナルの名を訊けるよう、準備をしておこう。
02:12 目を覚ます。このバスの席のヘッドレストは位置が低く、肩甲骨の上の方に当たる。フットレストはいかにも椅子に近く、脚が収まりきれない。しかし飛行機のエコノミー席よりはよほど楽らしく、何度でも眠ることができている。バスはデンチャイの手前まで来ていた。
02:53 プレーのバスターミナルに着。
04:05 雪というよりも大量のアラレが急に降ってきた夢を見て、驚いて目を覚ます。バスはドイナーン国立公園ちかくの山の中を走行中。どうやら霧が出ているらしい。
04:28 交差点に馬車のモニュメントが見える。ということは、ランパーンのちかく、ということだろうか。Google Mapsのナビゲーションには、チェンライまで144㎞、所要時間は2時間20分と出た。
05:11 パヤオの街のほぼ中心に達する。国道1号線の脇の広場には、既にしてたくさんの露店が明かりを灯している。朝市である。
05:20 パヤオのバスステーションに着。
05:40 東の山の端が明るくなり始める。
06:07 東の山の端に、朝日による紅い色が見え始める。Google Mapsのナビゲーションは、チェンライのバスターミナル2までの距離を37㎞、所要時間は33分と教えているけれど、33分は無理だろう。
06:39 バスは何と、Google Mapsのナビゲーションより1分はやくチェンライ郊外のバスターミナル2に到着。ウドンタニーからの今回の所要時間は14時間と43分だった。今回は3月の便ほど冷房がきつくなく、椅子の具合も、より良かった。隣は空席の時間が長かった。そのお陰か、何度もまとまって眠ることができて、疲れはまったく感じていない。
バスの胴体から、助手にスーツケースを降ろしてもらう。3月には人っ子一人寄り付かなかったバスに、今朝はオジサンたちが集まって、タクシーだのトゥクトゥクだのと、声をかけてくる。その中に「ソンテウ」と発するオジサンがいたため「オレはそれを使うよ」と、目で合図を送る。安全性と運賃とを勘案すれば、ソンテウは最強の移動手段だと思う。
人の良さそうなオジサンは、これまた人の良さそうな別のオジサンに僕を預ける。バスターミナルの端に3台あるソンテウのうち、オジサンは右端の一台に僕を案内した。そのオジサンに予約済みのホテルの名を告げる。「ちょっと分からない」と、オジサンは困った風でもなく答える。「え、知らねぇの」という感じで、ちかくにいたドライバー仲間らしい男の人は、苦笑しつつその場所をオジサンに説明してくれた。
ソンテウとは、10名くらいは座れそうなベンチをトラックの荷台に設えた乗り物で、どこでも停まってくれ、且つ目的地が経路に沿っている限り、どこからでも乗ることのできる乗合自動車だ。
06:45 そのソンテウが、僕を含めた5名を乗せてバスターミナルを発車。
ソンテウは途中、道端で手を挙げた女の人を助手席に乗せた。次は目抜きのPhaholyothin RoadからRuamchittaway Roadに左折をしたから「なになにー」と疑問が生じたものの、慌てることはしない。ソンテウは後席の女の人とお爺さんを、チェンライ病院の入口で降ろした。女の人が助手席の窓を通して運転手に手渡した二人分の料金は、100バーツだった。
06:58 元のPhaholyothin Roadに戻たソンテウは、間もなく僕が指定したホテルの前で停車。
07:02 チェックインを完了。
このホテルのチェックイン時間は正午のはずだ。それが朝の7時から部屋に入れるのだから、そのサービスは500バーツにも値しそうだ。フロントには、見慣れた細くて可愛い女の子がいた。「私はお客様を、覚えていますよ」と言われれば「オレだって、忘れやしねぇよ」ではあるけれど、口に出しては言わない。スーツケースを3階の部屋まで運んでくれたオニーチャンには40バーツのチップ。
オニーチャンが設定してくれた空気調整器の温度を後から確かめてみれば16℃だったから「なにー」と、今度は声に出して言う。
07:50 きのうバスの助手が手渡してくれたチョコレートケーキに、持参したインスタントのコンソメスープを並べて今日の朝食とする。
08:10 シャワーを浴びる。このホテルのお湯は出たり出なかったりの差が激しいものの、今日は朝から熱い湯が出て助かった。
08:15 コンピュータを起動する。
タイではよく経験をするところの、しかし日本人からすれば諦めと失笑を禁じ得ない状況を「タイ、あるある」という。デスクのコンセントが使われすぎて、ソケットがゆるくなっている。そのため差し込んだANKERの充電器は、外れて机の上に落ちてしまう。よって自分の持ち物を総動員し、それらの様々な積み重ね方を検討した結果、ちょうどよい高さに充電器を保つ組み合わせに、遂に到達する。これもまた「タイ、あるある」のひとつである。
そして先ずは一昨日の日記を公開する。次に、きのうの日記の文章を完成させる。ここで昼が近づいたため、洗濯物をひとつにまとめる。それを手に、ホテルから目抜き通りに出て右手に数件先のコインランドリーへ行く。使い方は忘れていたから、今年3月の日記を振り返ってメモに残した。
ところがそのコインランドリー”Otteri”には若い女の子の係がいて「洗濯と乾燥ですか」と訊く。「はい」と答えて、もっとも容量の低い9リットルの洗濯機の上に洗濯物を置く。そして液体洗剤の自動販売機に5バーツ硬貨ひとつを入れて洗剤を買い、それを女の子に手渡す。
次は両替機に100バーツ紙幣を入れて、10バーツ硬貨10枚を得る。そのうちの5枚を「洗濯は50バーツです」と言う女の子に手渡す。僕の洗濯物を洗濯機に入れ終えた女の子に「乾燥も50バーツです。ご自分でなさいますか」と訊かれて「君がしてくれるの」と訊くと、すべて彼女がしてくれるらしい。女の子に10バーツ硬貨5枚を手渡したことは、言うまでもない。出来上がりまでは1時間20分と教えられて部屋に戻る。
ところで昼食に出ながら、驚いたことがあった。2013年に街の人に薦められて以降、今年の3月まで13年のあいだ通い続けたマッサージ屋”PAI”が廃業していたのだ。これまでは、休みの日でも、足のツボのシールなどを貼ったガラス戸は通りから見えていた。今日は、そこにシャッターが降りていたのだ。
横に回って窓から中を覗くと、フットマッサージ用のソファから会計のためのカウンターから、すべてが綺麗さっぱり消えている。経営者とLINEの交換をしておかなかったことが悔やまれる。「自分にとっては」という条件付きかも知れないけれど、惜しい店を見失ってしまった。
そのまま目抜き通りを北へ歩き、ふと脇道に入ると、1階には郵便局の出張所があって、かつては重宝していたエジソン百貨店が、取り壊しの最中にあった。街もどんどん変わるのだ。
こちらは変わらず繁盛している食堂「ナコンパトム」では、昼を過ぎたばかりにも拘わらず蒸し鶏は既にして売り切れていたから、カオマンガイを食べることはできなかった。仕方なくチャーシューを載せたごはんにしたものの、こちらはタレの粘度が高く、しかも甘いから、それほど好みではない。しかしまぁ、仕方がない。
昼食から戻ったらシャワーを浴び、いよいよ今日の日記に取りかかる。移動日の情報量は、とにかく多い。そのうち「出来上がりまでは1時間20分」のアラームをiPhoneが発する。
先ほどのコインランドリー”Otteri”に、サンダルを脱いで上がる。すると乾燥はとうに終わっていたらしく、女の子はプラスティック袋に収めた洗濯物を手渡してくれた。中身はすべて、丁寧に畳んである。女の子は「コップンカー」と、愛想の良い顔を僕に向けた。こちらこそ「コップンカップ」である。
再び部屋に戻ってコンピュータに向かう。そして今日の日記のここまでを書くと、時刻は15時25分になった。“PAI”を失った残念な気持ちを除けば、38℃の発熱で落ち込んだ気力も体力も、何やら復活をした感じがする。
タイの田舎へ来たら、飲酒喫飯の時刻から逆算をしてマッサージを受ける。ウドンタニーではオイルマッサージに徹したものの、チェンライでは今年の3月より、それを受けつつ本の読めるフットマッサージを多く受けるようになっていた。そして今日は、昼食から戻る途中で清楚な女の人に気づいた”monmueng lanna massage”を使ってみることにした。
時刻は16時になりかかろうとしているころだった。目抜き通りに出てその”monmueng lanna massage”のある賑やかな方面へ歩きかけて、いつも夕刻になると”PAI”の前に出ていた甘味の露店を、以前の場所からすこし移った場所に見つけた。よって迷わず道を渡ってその店に近づく。そしてその主に”PAI”について訊いてみた。
主によれば、女将は実家に戻り、勤めていた二人、この二人の名を彼は具体的に挙げたが、僕には聞き取ることができなかった。しかしその二人が共同で、今は新しいマッサージ屋を開いたという。その新しい店がどこにあるかを確かめたものの、僕と主であるオヤジのあいだには言葉の壁があって、それ以上を知ることは出来なかった。
ところで先に書いた”monmueng lanna massage”は、施設も人も素晴らしかった。家内を同伴するようなことがあれば、僕はこの店を選ぶだろう。しかし広いマッサージルームや木製の寝椅子に敷かれた民芸調のマット、豪華な壁飾りなどは、僕には必要なものでない。足マッサージの1時間の料金は300バーツ。オバサンには50バーツのチップを手渡した。
マッサージを終えたら次はワットジェットヨット斜向かいのナイスレンタルへ入り、これから4日間の契約で自転車を借りる。1日あたりの料金は100バーツ。デポジットは1,000バーツ。レシートの写しをくれないのは、これまた「タイ、あるある」だろうか。
そこからは自転車に乗って、馴染みの食堂へ行く。オニーチャンたちは僕の顔を見知っていて、笑顔を浮かべつつ、すこし深めに頭を下げてくれる。
ケール菜と薄いトンカツの炒め物は、この店で一番の出来かも知れない。以前、この店で豚ひき肉の玉子焼きを頼んだところ、豚ひき肉と鹹蛋の和え物が出てきて面食らったことがある。よって今日はメニュを指しつつ慎重に、豚ひき肉の玉子焼きを注文する。この店の小さなテーブルで、旧空港に通じる道を眺めつつラオカーオのソーダ割りを飲む時間は、何ものにも代えがたい。そして一人旅を好む僕ではあるけれど、この店であれば、気のおけない人たちと賑やかに食事をしてみたい、そんな気持ちになることも確かだ。
酔っているから、交通量の多いところでは、自転車には乗らずに押す。そして目抜きのPhaholyothin Roadに戻ったところで、午後に”monmueng lanna massage”とおなじく目をつけていた、しかしこちらはカジュアルなマッサージ屋”mary smile massage”で、またまた1時間の足マッサージを受ける。こちらの利点は寝椅子の背後に明かりがあり、だから夕食の前に空がたそがれても本の読めるところだ。料金は250バーツ、オバサンには50バーツのチップ。オバサンには明日の来訪を約して帰路に着く。
部屋に戻った時刻は19時台だった。シャワーを浴びたら空気調整器の温度を30℃に設定して、寝台に上がる。
朝飯 チョコレートケーキ、コンソメスープ
晩飯 「ジャルーンチャイ」のパッカナームークローブ、カイジャオムーサップ、ラオカーオ“BANGYIKHAN”(ソーダ割り)













