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清閑 PERSONAL DIARY

2021年11月の日記30本

2021.11.30(火) サヤナリ

今年の日光連山の初冠雪は10月21日。しかし以降は暖かい日が続き、雪は消えた。その暖かさにはどうも、先週の金曜日に終止符が打たれたらしい。土曜日からは目立って気温が下がってきた。山には新しい雪が降った。この雪は融けることなく春まで残るだろう。

朝礼を終えて駐車場に出てホンダフィットのエンジンをかける。今のクルマは暖機運転を必要とせず有り難い。とはいえ国道121号線へ向けてアクセルを踏むと、ギアの音が目立って高く感じられた。それはまるで1930年代の英国車の立てるような音だった。

「ギア鳴り、いや、これはギア鳴りとはいわないな、ミッションオイルが冷たいせいだろう。ギア鳴り、鞘鳴り。鞘鳴りならミシマだ。そういえば今年はテレビも新聞も憂国忌を伝えなかった。あるいは気づかなかっただけだろうか」と、そういうことを考えながら運転をしては危ない。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の掃除と本日1回目の納品の帰りに如来寺へ寄る。11月20日に供え、25日に水を換えた花は、いまだ瑞々しかった。ためらう気持ちはあったもの、明日からの忙しさを慮って、その花は処分した。

午後、「日光の美味七選」の発売に備えて、当該の販売ページのURLを記したメールマガジンを、明日の朝9時に配信されるよう設定する。夜は、明早朝の製造現場での仕事に備えて早めに就寝する。


朝飯 筑前煮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、菠薐草と榎茸のおひたし、蕪と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、ベーコンと白菜の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 ミックスナッツの味噌和えを添えたキャロットラペポタージュスープ菠薐草のソテーを添えたハンバーグステーキTIO PEPE「共働学舎新得農場」のレラ・ヘ・ミンタル、Givry 1er Cru La Brulee 2018

2021.11.29(月) 無事之名馬

午前、事務室から4階の食堂へ上がる。新たにアカギレのできた手指やかかとに絆創膏を貼るために、である。

アカギレには先ず、かつて岡山県にあった山口製薬の軟膏ハクシンを、楊枝の先を使って患部に埋め込む。それをバンドエイドのキズパワーパッドで覆う。キズパワーパッドは使用前に1分、患部に貼った後にも1分、それぞれ体温で温めて、その性能を最大にせよとの説明がある。今回は手指に4枚、かかとに2枚を貼った。前述の理由により、6枚だけでも貼るために使う時間は馬鹿にならない。

左の手指なら、全5本が絆創膏に覆われたとしても、大した痛痒は感じない。もっとも貼りたくないのは右手の人差し指だ。コンピュータのトラックパッドもiPhoneも、僕はこの指で操作をするからだ。右の人差し指に絆創膏を巻くたび僕は、倉田精二を思い出す。

午後は質問および要望を箇条書きにして顧問税理士の事務所を訪ねる。税理士との質疑応答は、バンドエイド6枚を貼るより短い時間で済んだ。

さて今日は、孫のシンの満1歳の誕生日である。夜、彼は一升の餅を胸と背中に振り分けて歩き、更には足踏みをして見せた。選び取りでは6つか7つの中からワインの瓶、次いで国語辞書を選んだ。無事之名馬。元気に長生きをしてくれれば有り難い。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、冷や奴、ウインナーソーセージとピーマンのソテー、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとレタスとオレンジのサラダポテトフライカレーライスらっきょうのたまり漬、Old Parr(お湯割り)

2021.11.28(日) 残るもの、通り過ぎていくもの

写真を撮って、後からそれを見る。すると、撮るときには気づいていなかったものが写っている、ということがある。戦場など緊迫したところでは、撮った覚えのないものが撮られていた、ということもあるだろう。カメラが銀塩からデジタルになり、いつでもどこでも写真が撮れるようになった今は、我々シロートにも、覚えのない画像が記録されている、ということが起きる。

きのうの日記のために、きのうの画像をデジタルカメラからコンピュータに移す。するとそこには撮ったことを忘れていた、きのうの日本経済新聞朝刊40面にiPhoneをかざした画像があらわれた。記事は松本隆についての評論で、その「風をあつめて」の歌詞に「へぇ」と感心して撮ったものと、思い出した。

だったら「ところは東京麻布十番折しも昼下がり、暗闇坂は蝉時雨」の詩についてはどうなのだろうと考えて検索エンジンに当たったら、こちらもまた松本隆によるものだった。

「ところは東京麻布十番…」と歌い出される「暗闇坂むささび変化」は、数十年を経ても歌詞を覚えていた。しかし「風をあつめて」の「緋色の帆を掲げた都市が碇泊している」は、今回、はじめて認識をした。

歌は多く、詩と曲からできている。今朝は、歌詞には頭に残るものと、通り過ぎていくものがある、ということにあらためて気づいた。そしてすこし考えれば分かるけれど、通り過ぎていくものが残るものにくらべて劣る、ということはないのだ。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、生玉子、なめこの醤油煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、ベーコンとピーマンの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 春雨サラダ、若布と玉子のスープ、搾菜、焼売蒸し餃子焼き餃子ソース焼きそば、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)、ドーナツ、Old Parr(生)

2021.11.27(土) 先ず12月1日には

広島の井辻食産イツジエースケ会長をカタヤマタカユキさんの墓前に案内する大役を無事に務めて、今は安らかな気持ちでいる。さてこれから目指すべきは、おとといの日記にも書いた、師走という大きな山を越えることだ。

先ず12月1日には、自信を以てお薦めできる地元の産品を、上澤梅太郎商店の商品と共に詰め合わせた「日光の美味七選」の販売ページを9時に開く。毎年、大晦日にお届けする限定40セットが数十分で売り切れる人気商品で、お知らせの方法はメールマガジン。朝から数時間は気が抜けない。

なぜ気が抜けないかといえば「wifiの調子が悪くてページにアクセスできない。電話で注文を受けてくれ」とか「完売の表示が出てしまったが、ひとつくらい、何とかならないか」という電話をいただくからだ。当方としては何もできないお問い合わせにも、ご対応はしなくてはならない。

メールマガジンの文面は数日前に確認し、必要な個所は書き直した。それを今日はもういちど、あらためた。商品ページは長男に更新してもらい、こちらも確認済みである。

朝のミーティングは7時54分ころに始まって8時に終わる。12月1日は、その時間からコンピュータに張りつくことになるだろう。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品は、前日の夕刻に済ませておく必要があるかも知れない。


朝飯 なめこの醤油煮、鶏の唐揚げ、生のトマト、めかぶの酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、「なすのたまり漬」のからし和え、メシ、味噌けんちん汁
昼飯 ラーメン
晩飯 大豆とひじきの煮物、ラーメン鍋、「なすのたまり漬」のからし和え、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)

2021.11.26(金) 聖地巡礼

広島の井辻食産イツジエースケ会長の誕生日は4月29日。2020年のその日、イツジさんには日光の片山酒造から高級酒”ALL BLACKS”が届いた。当時の社長カタヤマタカユキさんは、イツジさんを深く敬愛していた。そのカタヤマさんは翌日、どうということもない風邪が急変して亡くなってしまった。イツジさんの驚愕、いかばかりだっただろう。

イツジさんは通夜葬儀への参列、せめて墓参りを切望した。しかし当時は国内とはいえ往来は思うに任せなかった。その墓参が本日、ようやく実現する。僕は新三共胃腸薬3錠を服用してから下今市駅へと向かった。

イツジさん、そのイツジさんが主催する「東京禿げます会」の会員ナカシマミホさん、また片山酒造の顧客名簿を、お客様の利便性により即した形にすべく僕がカタヤマさんに紹介した”Computer Lib”の中島マヒマヒ社長の3名は、9時13分に下今市駅に着いた。

片山酒造のすぐちかくにある回向庵の墓前に焼香を済ませると、イツジさんは手提げ袋からウクレレを取り出した。そして我々に歌詞カードを配った。そこにはイツジさんが作詞した追悼歌があった。ちなみに3番の歌詞は「今日は悲しい禿げます会、片山さんが亡くなった、わしらももうすぐ行くからね、そちらでしばらく待っててね」。節はイツジ会長の十八番である、牧伸二の「あゝやんなっちゃった」である。

片山酒造では買い物をしながら、カタヤマタカユキさんのお母さんや弟のトモユキさん、そして番頭のイーノマサヒロさんにご挨拶。一行は上澤梅太郎商店にも立ち寄ってくださり、お買い上げを戴いた。問題は、その後である。

僕が「ラーメン二郎」のラーメンを初めて食べたのは、1980年あるいは1981年。そのころ「ラーメン二郎」は慶應大学三田キャンパスの南東角に、創業者による店のみが存在していた。盛りつけは、現在のような巨大なものではなかった。味は僕の理解の範疇を超えていた。以来40年、二郎のラーメンは口にしていない。

一方カタヤマさんは「ラーメン二郎栃木街道店」に、週に2度は通っていた。日光市今市から同店までの距離は片道50km。週に2度なら計200km。まるで千日回峰の修行僧である。イツジさん一行は今回、その「ラーメン二郎栃木街道店」での昼食を以て墓参は完結するとの認識である。

googleマップを頼りに同店に到着したのは11時08分。行列の人数は18名。イツジ会長はfacebookを遡って「ラーメンは豚入りのTARO、野菜多め、油とニンニク増し。サイドディッシュに生玉子とピリ辛らっきょう。ドリンクはサントリーの黒烏龍茶」というカタヤマさんのいつもの注文を探し出し、それを呪文のように頭に刻み込んだ

入店までに要した時間は70分。更に店内の丸椅子で10分間の待機。カウンターの先客たちは、さながら求道者の趣である。僕は店主に「麺半分」と「野菜少なめ」を申し出た。

イツジ会長から墓参についての希望をうかがったときには「えっ、ジロー?!」と大いに疑問に感じた。しかし結論からすれば、来て良かった。本日、4人で「ラーメン二郎栃木街道店」に来たことは、いわば聖地巡礼だったのだ。

13時10分、一行を東武鉄道の栃木駅までお送りする。イツジ会長とマヒマヒ社長は東京を目指し、ナカジマミホさんは、日光から降りてきた来た道を戻るようにして鬼怒川温泉を目指す。

ホンダフィットが会社に帰り着いたのは14時34分。着替えて15時より仕事に復帰する。


朝飯 菠薐草のおひたし、温泉玉子、紅白なます、じゃこ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、焼き葱の「朝露」漬け、メシ、味噌けんちん汁
昼飯 「ラーメン二郎栃木街道店」のラーメン(麺半分、野菜少なめ)
晩飯 ミックスナッツの「日光味噌」和えトマトと刻みキャベツとポテトサラダを添えた豚肉の味噌炒め、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

2021.11.25(木) 12月ついてのこと

10代のころ、深夜から朝にかけて勉強しながら、5リットルほどの鍋にあったけんちん汁を、すべて食べてしまったことがある。

けんちん汁は、大鍋からお椀に取り分けるうち、具だけが残ってしまう。よってきのうの夜は寝る前に、小鍋に出汁の用意をした。今朝はその鍋にけんちんの具のみを移し、味噌汁にした。明日の朝も、おなじ味噌汁になりそうだ。好物であれば、痛痒はまったく感じない。

8時すぎに道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品をした足で如来寺へ回る。そして20日に供えた花の水を交換する。土には霜が降りていても、花はいまだ元気だった。数日したら、また来てみよう。

紅葉狩りの行楽客は毎年、勤労感謝の日を最後として去り、景勝地や街は静かになる。上澤梅太郎商店は、その23日から数日をおかないまま、年末贈答の繁忙に突入する。きのうの朝礼と閉店後のミーティング、そして今日の朝礼も、僕が採り上げたのは、この12月についてのことだった。

夕刻、味噌の欠品は出さずに済みそうだと、製造部長のマキシマトモカズ君が報告に来る。「そういえば」と昨年のことを思い出す。自転車操業は、どの部門においても御免こうむりたいものだ。


朝飯 紅白なます、納豆、鮪の煮付け、菠薐草のおひたし、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、味噌けんちん汁
昼飯 ラーメン
晩飯 めかぶの酢の物、筑前煮、菠薐草の胡麻和え、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、なすのたまり漬の辛子和え鯛の塩焼き、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

2021.11.24(水) 恵比寿講

昨夜、目を覚ますと部屋の灯りは点けっぱなしだった。銀座の1丁目から新橋までは歩いた。ホテルに入るとすぐに風呂を使った。その後、パジャマに着替えてベッドに横になり、そのまま2時間ほども眠ってしまったらしい。持参したメンソレータムを手に塗り、木綿の手袋をした。そして灯りを消してふたたび眠ろうとしても、どうにも眠れない。2時間ほども経って手袋を外すと、荒れた手は軟膏を吸収し尽くして、ベタつきは消えていた。

きのうの日記に書いたとおり、泊まりがけでも1泊ほどなら、コンピュータもカメラも持参することは止めた。そのかわり今回は、本は単行本を持参した。手の具合からすれば、もはや本を汚すこともないだろう。そう考えて、部屋の灯りを点ける。

目は朝まで冴えたままだった。きのう初めて開いた本は、ほとんど最後のところまで読んでしまった。

デザイナーふたり、きのう帰宅して今朝はあらためて出てきた長男、そして僕の4人で新橋の貸し会議室に集合する。時刻は10時。遠いところにいるシステムエンジニアとはZOOMで繋いだ。今年末から来春にかけてのあれこれについての話し合いは、予定を1時間ほども過ぎて4時間に及んだ。

これから横浜へ向かう長男とは銀座で別れた。新橋で小さな用を足してひとりで浅草へ移動する。15:00発の下り特急に乗り、17時前に会社に戻る。夜は恵比寿講の飾りに灯明を点し、商売繁盛を祈る。


朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「古市庵」の巻き鮨
晩飯 菠薐草のおひたし、紅白なます、鮪の煮付け、けんちん汁、らっきょうのたまり漬、「島岡酒造」の「群馬泉超特選純米酒」(燗)

2021.11.23(火) 歓談

外へ出るときの荷物は、紙1枚、カード1枚でも減らそうとする。体力を浪費したくないからだ。このクセは、自由学園の遠足を経験して以来のものかも知れない。自由学園の遠足は登山で、これが僕には誠に辛かった。たとえば前穂高岳に登ろうとすれば、上高地から登山道の入口までは小走りにちかい速歩で移動をする。峨々とした山稜を目指しながらの速歩である。

その日、宿泊した五千尺ロッジの支配人は時間を見計らって、我々の姿を確かめようとした。しかし壁面に登山者らしい姿はどこにも見えない。双眼鏡の角度を上げていくと、百数十名の集団は信じられないことに、既にして頂上に蝟集していたという。

話を元に戻せば、とにかく荷物は極限まで減らす。とはいえ1泊以上をするときには必ずコンピュータは持参した。理由の多くは、この日記を書くためだ。しかし昨年からは、その習慣を改めた。カメラも持たない。体力を温存したいとの意識が、以前より増したことによる。日記は、事前に書き溜めておけば良い。既に完成していたおとといの日記を公開すると、今朝の在庫は5日分になった。

夕刻、銀座の中央通りは歩行者天国だった。僕は、土日祝祭日にはほとんど会社にいる。銀座の歩行者天国を目の当たりにするのは、ほとんど40数年ぶりのことではないか。

長男と次男、そして後輩のムラヤマムツミ君と割烹に集合したのは17時すこし過ぎ。そこで2時間ほども歓談をする。東京都の、新型コロナウイルスの新規感染者は日に30人を切っている。しかし街の人の数は、いまだ平時のそれには戻っていない。師走は賑やかになるだろうか。


朝飯 筑前煮、酢蓮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、菠薐草のおひたし、焼き葱の「朝露」漬け、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、コーヒー
晩飯 「三州屋銀座本店」のあれやこれやそれや。他あれこれ。「白鶴」(燗)、ハイリキレモン

2021.11.22(月) 言わんこっちゃない

雨の音がする。夜はいまだ明けていない。おとといの日記はすぐに書けた。その「公開ボタン」をクリックしてから食堂の遮光カーテンを上げる。外の光は夜のままだ。水銀灯の光をはね返すアスファルトの地面をじっと見る。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日である土、日、月曜日の家内の朝は早い。その家内が空の暗鬱な様子をひと目見るなり「駄目だ-」と口にする。今日の隠居のお客様は、ご予約をいただいているおひとりのみで終える、というのが家内の予想である。「わからないよ」と僕は答える。

本日は、おとといからお作りしてきた”NIKKO-DON”の最終日にて、販売係の3名は早くから事務室奥の厨房に入った。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への、本日2度目の納品を終えて事務室に戻る。机の上には隠居へ連絡を入れるように、との事務係による書き置きがあった。

朝から不意のお客様が続々といらっしゃって、このままでは食後の甘味が足りなくなる。よって4階の食堂からリンゴを持ってきて欲しいと、電話の向こうで家内が言う。「だから言ったじゃねぇか」である。リンゴは生のままお出しするものではない。これから煮て間に合うのだろうか。

14時を過ぎるころ、お客様のすべてお帰りになった隠居へ行く。そしてこのひと月のあいだ床の間にあった大黒の軸を降ろす。そして柏木弘の”UNTITLED 2008 Ⅲ”にかけ替える。冬の室礼には暖色を多く用いたい。しかしこの”UNTITLEED…”以外に思いつくものはない。

大黒の軸は箱に収めて自宅4階へ運ぶ。そして今度は和室の床の間に掛ける。その向かって左には恵比寿の軸を掛ける。明後日の恵比寿講に備えてのことである。


朝飯 肉団子のケチャップ煮、なめこの醤油煮、トマトとピーマンのバター蒸し、納豆、焼き葱の「朝露」漬け、メシ、舞茸の天ぷらと長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 レタスと柿のサラダカレーライスらっきょうのたまり漬Old Parr(水割りのお燗)

2021.11.21(日) ご挨拶

柏髙島屋様が上澤梅太郎商店の商品を「味百選」売場に置いてくださるのは来年の3月下旬から、ということになっていた。それが急転直下、4ヶ月も早められた。決定の連絡をお受けしたのは今週に入ってからのこと。販売の初日は本日。

そういう次第にて、9時にホテルを出て山手線に乗る。柏に着いたのは10時すこし前。お伺いする時間は開店直後と、長男には先様に伝えてもらっていた。開店直後とはいえ、百貨店の社員や関係者が、まるで王侯にかしづく家来のようにお客を迎える、あの数分間は苦手である。よって10時30分から5分を待って分厚いガラスの扉をすり抜ける。店内は既にして大勢のお客で満ちていた。

僕は名刺は3枚から5枚くらいしか持たない。しかし今回は用心をして、充分に用意をした。ご挨拶を終えると、それらは3枚を残すのみになっていた。

北千住を経由して、会社には13時すぎに戻った。普段の朝食は6時30分から摂る。しかし今日はそれより3時間ちかく遅かった。結局のところ昼食は抜く。そして着替えて即、普段の仕事に復帰する。


朝飯 「蕎香」の「朝そば」
晩飯 レタスとグレープフルーツと「らっきょうのたまり漬」のサラダポトフChablis Billaud Simon 2015

2021.11.20(土) 希望満充

きのうの夜に書いた、今朝の持ち物の忘備録に「めがね」とある。2018年の秋に白内障の手術を受けて以降、僕は眼鏡を必要としていない。この「めがね」とは一体全体、何だろう。

「隠居でのお食事をご希望のお客様がいらっしゃるんですが…」と、販売係のカワカミナオさんが事務室に顔を出す。時刻は開店直後の8時35分。今日の「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、11時30分から満席。ということは、10時までなら入店は可能。即、席を立って店へ行く。念のため隠居に電話を入れて席のあることを確認する。それからその2名様を隠居までご案内する。

おとといの日記に書いたように、今日はオヤジの祥月命日だ。本日2度目の納品を道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の開店直前に行い、開店の9時を過ぎたところで切り花2束を買う。そしてそれを手に如来寺のお墓に参る。

とにかく今朝は、急げや急げ、である。お墓から戻るなり4階へ上がる。仕事着を脱いで紺色のパンツを穿く。イタリアでは下着だが日本ではセーターに見える、襟の高い白いシャツを着る。それに紺色の単衣の上着を重ねる。更には紺色の帽子を手に1階へ戻る。下今市10:05発の上り特急スペーシアの切符は購入済みだ。

湯島で昼食を済ませて天神下から切り通し坂を上がる。先月18日の日記に書いたように、甘木庵は近々、その風呂場を丸ごと新しくする。その件につき設備屋のモトムラカズヒサさんと、甘木庵で13時に待ち合わせていた。時間どおりに来たモトムラさんは風呂場の天井裏から洗面所の床下に至るまで採寸をした。それが済むと、次は風呂桶や壁の色選びになった。すべてを決めて、モトムラさんは14時30分に去った。

本郷三丁目から地下鉄を乗り継いで新橋に出る。所用をひとつ済ませ、しかしふたつ目の用事は相手の店が週末により休みだったため、果たせず延期をする。そしてまたまた地下鉄に乗って、上野広小路へと移動をする。

僕の通った高等学校は1学年がひとクラス。全員の名を50音順に暗唱することはできないけれど、人数はおよそ50人だったろうか。そのうち17人が17時より同級生アケミツシ君の創業したスパゲティチェーン「ポポラマーマ」の御徒町店に集まる。既にして1割が鬼籍に入っていることを考えれば、また地方在住の者も少なからずいることを考えれば、出席率は非常に高いように思われる。

隅の席に位置を占めて、出されたものを片端から平らげていく。この店のクロサキ料理長は人を慶ばせることにまことに熱心、ということは幹事のセキグチヒロシ君より聞いていた。それにしても、自由学園のレシピブックを事前に手に入れ、給食でたびたび食べたシェパーズパイ、そしてお祝いの席に出された「希望満充」を作ってくれたことには大いに驚いた。

料理にも、周囲との会話にもすこぶる満足をして21時に会場を去る。次の同窓会は、おなじ店で半年後に開かれるという。その5月の夜が、暑くなれば嬉しい


朝飯 なめこの醤油煮、ピーマンと肉団子の土鍋蒸し、油揚げの網焼き、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの鍋の残りによる味噌汁
昼飯 「ドトール」のジャーマンドック、コーヒー
晩飯 「ポポラマーマ上野広小路店」の其の一其の二其の三シェパーズパイ其の五其の六其の七其の八其の九希望満充、他あれこれ、ワインあれこれ

2021.11.19(金) 仕込みの日

事務室の奥の厨房には、朝からコマバカナエさん、サイトーミホコさん、オバタタキコさんの3人の販売係が入った。今週火曜日の日記に書いた”NIKKO-DON”は、明日からの3日間に限定をして店にお出しする。今日はその仕込みの日だ。

日光の名産品を丼に仕立てて街を賑やかにしようとする催し「NIKKO-DONグランプリ」は日光商工会議所の主催により、昨年より始められた。期間は9月16日から12月16日までの3ヶ月間と、かなりの長丁場だ。上澤梅太郎商店は飲食業でなければ、そのあいだ毎日、これを提供することはできない。販売を3日間に限ったのは、社員との話し合いによる。

上澤梅太郎商店の”NIKKO-DON”の内容は以下。

・日光産のコシヒカリのごはん
・しょうがのたまり漬で味付けした牛肉のしぐれ煮
・にんじんの甘酢漬のサラダ
・らっきょうのたまり漬

厨房からはやがて、牛肉に「しょうがのたまり漬」を効かせて煮る香りが芳しく漂ってきた。3日間の予約は既に、予定数を超えて入っている。当日販売分を僅少にせざる得ないところが、何とも心苦しい。


朝飯 めかぶの酢の物、スクランブルドエッグ、納豆、トマトとセロリのサラダ、焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、じゃこ、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 カクテキ、搾菜、じゃこ、白菜と豚肉の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

2021.11.18(木) そう言われてみれば

紅葉見物の観光客による繁忙は、毎年、勤労感謝の日を含む連休まで続く。言葉を替えれば、それから先は、観光のお客様は激減する。ところが上澤梅太郎商店の仕事は、ここで一段落はしない。間を置かず、年末の贈答の季節に入るからだ。

10時30分より各部の場長を集めて月例の会議を行う。

おととし12月の日記を読み返していて、その26日のところに「地方発送は本日の受注分から新年の出荷にしたいと事務係のカワタユキさんとマスブチサヤカさんが言ってきた」とあることに気づいた。昨年は、そのようなことは無かった。それではなぜ一昨年は仕事が滞ったか。

それを会議の席上で訊ねたところ、その師走には「おうちたまてばこ」と「なめこのたまり炊」のふたつの商品が、異なるテレビ局からそれぞれほぼ同時に紹介されていたことが分かった。そう言われてみれば「おうちたまてばこ」の包材は払底し、僕はこれを12月30日に東京まで仕入れに行った。また「なめこのたまり炊」は瞬時に売り切れたことを思い出した。

テレビの取材は、いきなり来ていきなり放送、ということもある。「だったら、今年はこうするよ」と僕は自分なりの安全策を提案して、皆の了承を得る。

2時間ほどの会議が完了して後は、仏壇を軽く拭き掃除する。線香立ての外に散った灰は、日中にしか目に見えない。明後日はオヤジの祥月命日である。

夕刻には家内と長男と3人で集まって、労務関係と「汁飯香の店 隠居うわさわ」の新年1月の営業について打合せを行う。

終業後、キャッシュレジスターの精算に手間取る。更には週末からの飛び石連休に備えて、釣り銭に両替するための現金を揃えることにも、またまた時間を取られる。遂には「もう夕食はできている」と家内から館内電話が入る。「やっぱりメシの前には、食卓でひと呼吸、置くべきだわな」と感じる。明日はもう少し、はやく上がろう。


朝飯 ハムエッグ、じゃこ、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、白菜の味噌汁
昼飯 焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、じゃこ、なめこの醤油煮、鰹のソテーのお茶漬け
晩飯 ベビーリーフとツナのサラダスパゲティナポリタンGivry 1er Cru La Brulee 2018苺と栗のショートケーキ、Old Parr(生)

2021.11.17(水) 美のありどころ

先般、町内の役員と青年会員とで屋台庫を整理整頓した。そのときのお茶代と食事代を精算したいと、シバザキトシカズ副会計から電話が入った。社内にいる旨を伝えると、シバザキさんは間もなく現れた。現金と領収書の交換を終えたところで、きのうの下野新聞の読者投稿欄に、僕の大伯母の名があると、シバザキさんは教えてくれた。

「処分していなければ良いが」と、シバザキさんの帰った後に、社内の古新聞置き場へ行く。投稿欄は「読者登壇」という名で第5面にあった。

投稿者はイケモトミツエさんという元教員だった。そこには先日亡くなった瀬戸内寂聴と大伯母との「美は乱調にあり」を仲立ちとした関わりが綴ってあった。

かつて体制転覆を目論んだ共産党を公務員は本能的に嫌う、という意見がある。しかし大伯母は共産党びいきだった。不破哲三が日光に来たときには、その演説を聴きに行ったりもした。そんな姉を、戦中戦後と店を守ってきたおばあちゃんは、可愛い幼子を目のあたりにした大人のように笑って見ていた。「なるほど、美は乱調にあり、か」と、僕はしばし思い出にひたった。

イケモトミツエさんが紹介してくださった長女、次女のおばあちゃん、耳鼻科医になった三女の三姉妹は、その子供時代の写真が「汁飯香の店 隠居うわさわ」の敷紙にある。いらっしゃってくださったお客様には、ぜひご覧いただきたいと思う。


朝飯 筑前煮、納豆、菠薐草のおひたし、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、トマトとセロリのサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 セロリとカニかまのサラダ、細切り人参の炒り煮、菠薐草の胡麻和え、焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、3種の刺身、肉豆腐、じゃこ、メシ、「松の司」の生酛純米酒(燗)

2021.11.16(火) NIKKO-DON

目を覚まして枕頭のiPhoneを見ると、時刻は5時25分だった。即、すこし慌て気味に起床する。

日記は早朝に、大抵は既にして書けているおとといの分を公開する。それからおもむろに、きのうの日記を書き始める。今朝は例外的に、日記は4日分の在庫がある。慌てて起きたにはついては他の理由がある。

朝に早く起きようとするのは、日記を書く他に、静かな時間を過ごすためだ。今朝のように5時25分の起床では、その静かな時間が短くなる。それゆえに、いささか慌てたのだ。子供のころから隠遁願望のある僕としては、24時間のうち数時間くらいは、静かにしていたい。

とはいえ、集団でする仕事は嫌いではなく、いそいそと出かけて行く集まりもある。

午後一番には取引先3人に長男を加えた5人で社内の冷蔵庫を見まわる。「広域低温営業グループ主任」の肩書きを持つ人には「塩を扱う工場としては、信じられないほど綺麗な室内機」と驚かれる。

夜は日本酒に特化した飲み会「本酒会」の月例会により、優れた鰻の店「魚登久」へと向かう。席上、今週土曜日からの3日間に店頭で販売する”NIKKO-DON”の予約を会員よりいただく。これにて3日間の予約枠はほぼすべて埋まった。多いにありがたい。


朝飯 榎茸と菠薐草のおひたし、納豆、筑前煮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸の天ぷらと白菜と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「魚登久」の酒肴あれやこれや、鰻丼定食、8種の日本酒(冷や)

2021.11.15(月) 朝飯前

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の開店は2020年3月。その直前に、床の間に掛ける軸を長男と選ぼうとした。倉庫には箱で70数合、80余軸の掛け軸がある。中にはめぼしいものもあるだろうと踏んでのことだった。しかし最初に開いた箱の中味は、裸電球の夜店にぶら下がっているたぐいの駄物だった。

それでもどうにかしなくてはならない。「大正三年秋和堂観題」と箱書きのある椿椿山の双幅をようよう選んで隠居に運んだ。残りの70余軸は見ずじまい、である。

しかし兎に角、それらが家にある限りは、いつか検分をしなければならない。そしてほぼ1年後、今年の春にようやく東京から骨董商を呼び、鑑定をしてもらった。

80余軸のうち贋作は1軸と双幅一対の3軸のみだった。残りはすべて真作。とはいえ、いずれ劣らず大したものではない。それでも隠居のお客様のお目に入れて恥ずかしくないと思われるものを選ぶと30数軸が残った。それらは箱を拭いて元の場所に納めた。

問題は夜店水準の残り半分で、これらはいまだ、鑑定を受けた座敷に置かれたままだ。その座敷は今月24日に恵比寿講のお祭に使う。そういう次第にて、遅くもそれまでには片付けなくてはならない。

今朝はたまたま2時台に目が覚めた。この好機を逃す手は無い。布巾は既にして充分な量を用意してある。

和室の掛け軸を台車に載せて食堂の丸テーブルに運び終えたのは3時40分。中味のある箱35合と空の5合は100年あるいはそれ以上の歳月の埃を帯びている。すべてを拭き終えたのは4時18分。これらを倉庫の棚に戻して食堂に戻ると4時40分。朝飯前の仕事とはいえ「やれやれ」である。


朝飯 トマトのたまりピクルス、なめこの醤油煮、トマトとハムとじゃがいものサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸の天ぷらと若布の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 茄子の油焼き、里芋の煮ころがし、ふきのたまり漬、胡瓜の醤油胡麻油漬け、大根の味噌汁、キャベツを添えた鶏もも肉の味噌漬け焼き、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、チーズ、TIO PEPE

2021.11.14(日) すべきことの半分は

朝、会社の敷地内を見まわりながら、蔵と隠居のあいだの交差点に達する。そこから国道121号線を隔てた駐車場へ向かおうとして、信号が変わるのを待つ。ややあって、正面の信号が青になった。

横断歩道を渡ろうとし始めたそのとき、右手つまり日光宇都宮道路の今市I.C.方向から近づいてくるクルマが見えた。クルマの正面の信号は赤。しかしその、偶数ばかりの覚えやすいナンバーを持つ黒のBMWは、そのまま横断歩道を突っ切って鬼怒川方面へと去った。もし目の前の青信号を見て駆け出す子供がいたならば、そのクルマにはね飛ばされて死んでいただろう。BMWの運転者は、信号を無視したのではない。信号などハナから目に入っていないのだ。

歩行者が車道を横断する際の標語には「さあ青だ、いやもう一度、右左」という名作がある。しかしこれからは「青信号、渡るなクルマの停まるまで」のような新式を広める必要があるのではないか。

9時より町内の屋台庫へ行く。安政6年製の彫刻屋台が納められている蔵を、今日は町内の役員や青年会員が整理整頓をするのだ。始めてしばらくして分かったことだが、すべきことの半分は雑物の廃棄だった。作業は2時間ほどで完了した。

昼は今朝の面々が蕎麦屋にふたたび集まって、直会を行う。


朝飯 なめこの醤油煮、ポテトとキャベツのサラダ、ピーマンと肉団子のソテー、油揚げと小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げとズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」の野菜天とじ蕎麦
晩飯 トマトとレタスとハムと目玉焼きのサラダ、カレーライス、2種の塩らっきょうOld Parr(水割りのお燗)

2021.11.13(土) 80文字

僕のウェブ日記を見て自分もそれを始めたと知らせてくれたJOKER氏とあるとき、御徒町の焼鳥屋で情報交換をした。この日記を遡ったところ、それは2003年7月14日のことと知れた。その席で、日記を書くための忘備について、お互いの方法を照らし合わせた。僕は日に3つほどの覚え書きをコンピュータに残すと答えた。対するJOKER氏のそれは、画像とのことだった。画像なら今はスマートフォンがある。2003年よりよほど楽になっただろう。

日に3つほどの覚え書きは、今はしていない。隠居の身分でもないから、日ぐらしキーボードに向かっているわけでもない。脳に残るよしなしごとを、そこはかとなく書き始めれば、何となく最後の一行に辿り着く、といった塩梅である。

そういえばきのうは80文字の文章を11月26日までに納めるよう、ある事務局から依頼を受けた。80文字は原稿用紙にして3行と少々。おやすいご用と考えたが、案外、工夫を凝らす必要があるかも知れない。


朝飯 納豆、トマトのたまりピクルス、めかぶの酢の物、油揚げと小松菜の炊き合わせ、なめこの醤油煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と油揚げの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 里芋の煮ころがし、厚焼き玉子、胡瓜の醤油胡麻油漬け鯵の干物豆腐となめこの味噌汁2種の塩らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)、アップルパイとチーズケーキ、Old Parr(生)

2021.11.12(金) あちらを立てれば

土曜日の店は、平日の倍、忙しい。日曜日は3倍、忙しい。ところが今の時期は、その平時の法則が当てはまらない。きのう、おとといの売上金額は、日曜日のそれを超えた。週日でも自由に行動できる方々の行楽が、その数字を作ってくれたものと思われる。また、週末には渋滞が発生する。それに阻まれた行楽客は行き場を失う。失った行き場には購買活動の場も含まれる、ということもあるだろう。

昼すぎ、事務室の扉を開けて、顔だけ覗かせる人がいる。見れば年に1、2度は東京から来てくれる後輩だった。彼には平日の来訪を称え、紅葉時期の週末と祝日には日光へは近づかないことが肝要と伝える。

午後、取引先への歳暮を、頼みつけのウェブショップから申し込む。昨年までは送り先を一覧でき、一度に発注できたものが、今年はどうも様子が違う。電話で問い合わせると、注文確定までのページ遷移の少ない買い物カゴを導入したところ、複数への申込みにおいては逆に不便になってしまったと先方は詫びた。「あちらを立てればこちらが立たず」の典型で、仕事とは畢竟、これとの戦いのような気がする。


朝飯 茹でたブロッコリー、納豆、菠薐草のおひたし、スクランブルドエッグ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、なめこの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 なめこおろし、味噌ミックスナッツ、カクテキ、搾菜、茸と白菜と豚三枚肉の鍋、麦焼酎「こいむぎなめらか」(お湯割り)

2021.11.11(木) 河童のお面

オフクロの祥月命日は10月15日。次は昭和34年、青山学院大学に在学をしながら病没した叔父の祥月命日11月10日。その11月10日を、僕は11月15日とばかり思い込んでいた。そしてきのうは墓参りをし忘れた。なにやらとんでもない失礼をやらかした気分だ。そういう次第にて、午前の終わるころに家内と如来寺へ行く。

叔父の亡くなったとき、僕は3歳3ヶ月だった。茶の間に仰向けになり、セーターの腹のところに大きなみかんを入れて「でかい腹だろう」と笑ってみせた叔父の姿をうっすらと覚えている。

叔父はオカリナをよくした。あるとき仏壇を整理していたら、その下部の物入れからオカリナ2丁が出てきた。何やら大切なものに思われて、それを吹いてみることはしなかった。

早世した人は特に、周囲には惜しまれる。叔父の没後、学友たちは分厚い写真アルバムを作ってくれた。また上高地に遊んだ日を忘れがたいものとして、銘木の中央に河童のお面を取り付け、その回りに各自の名を寄せた飾り板を贈ってくれた。それは今も、倉庫のどこかにはあるはずだ。

京都に行きたいと念じながら行けなかった叔父を悼んで、おじいちゃんとおばあちゃんは叔父の遺骨を知恩院に分けた。そのとき発行された「特別信徒待遇券」は、仏壇の引き出しに大切に保管をされている。60余年を経た現在も、効き目は抜群である。


朝飯 小松菜と油揚げの炊き合わせ、生玉子、筑前煮、大根おろしを薬味にした納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮そば
晩飯 チーズ、TIO PEPE、刻みキャベツと茹でたブロッコリーを添えたコロッケChablis Billaud Simon 2015

2021.11.10(水) 惜しまず

2日に1度くらいの割合で、TikTokに朝食の動画を上げている。正確には、動画を撮るのは僕、それをウェブ上に上げるのは外注SEのカネヒラケンジさんだ。今朝は朝食ではなく、味噌汁の作り方が上がった。その動画を文字にすれば以下になる。

1.必要な道具は、熱源を除けば鍋とお玉と菜箸。場合により網杓子。少人数を対象とするなら鍋はミルクパンが便利。僕がもっばら使うのは目盛りが800ccまでのもの。綺麗に盛りつけようとすればお玉は小さな方が優れる。ウチのそれは丸い部分の直径が7センチ。

3.ふたり分なら水の量は400cc。前の晩にそこに煮干4グラムを投入。この量は、いわゆるレシピブックに示されている4分の1ほどにあたる。なぜそれで間に合うかといえば、上質のものを選ぶからだ。頭やはらわたを除くか除かないかは各自の好みによる。僕は除かない。

4.煮干と同時に昆布も投入する。量は1グラム。これはレシピブックにある5分の1ほどの数字だろうか。こちらも上質のものを選べばこれくらいの量で充分だ。

5.翌朝、鍋を煮立てることはしない。先ずは煮干と昆布を網杓子で取り除く。面倒ならそのまま食べてしまっても構わない。

6.具はその性質により、煮込むものもあれば、ほとんど煮ないものもある。根菜類は薄く刻めば熱が通りやすい、生食のできる野菜であれば、薄く、あるいは細く刻んでほとんど煮ない。

7.味噌の量は、経験を積めば目で見ただけで決められる。上質のものを使えば世間相場より少ない量で、充分に美味い味噌汁ができあがる。煮干や昆布とおなじ理屈である。

ところで今朝の味噌汁の具は若布と三つ葉だった。若布は出汁に味噌を溶いた後で投入してほとんど煮ない。三つ葉は椀に盛った味噌汁に載せるだけだからもちろん、生のままだ。三つ葉はインドシナの青空料理人に倣って惜しまずてんこ盛りにするのが佳、と思う。


朝飯 トマトのたまりピクルス、「しいたけのたまり炊」と三つ葉の玉子とじ、筑前煮、納豆、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 春雨サラダ、キムチを添えた冷や奴、搾菜、水餃子焼き餃子、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、最中、Old Parr(生)

2021.11.9(火) 夏の雨

夜にできるだけ早く寝ようとするのは、朝にできるだけ早く起きるようとするからだ。2時3時に起きて何をしているかといえば、大したことはしていない。

映画「心中天の網島」の監督は篠田正浩、主演は宇崎竜童と岩下志麻。鳥居に縄を掛ける場面は特に印象的だった。今朝、ウェブ上でこの映画に行き当たった。主演男優は僕の記憶とは異なって、中村吉右衛門だった。

僕の脳には宇崎竜童も、また色濃く残っている。更に調べていくと、それは増村保造監督による「曽根崎心中」で、主演女優は梶芽衣子だった。

19歳から22歳までの4年間に、僕は500本ほどの映画を観ている。そのうち海外のものは数本で、残りはすべて日本映画だった。前出の2本は、あるいは池袋の名画座「文芸地下」で近松特集でも組まれたときに、一度に観たものかも知れない。

夜の明ける時間になっても、今朝はいつまでも暗い。雨音は衰えないばかりか、徐々に強くなっていく。まるで夏の雨、である。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、ハムエッグ、コールスロー、菠薐草と榎茸のおひたし、胡瓜と蕪のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、トマトのたまりピクルス、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 筑前煮、トマトのたまりピクルス、胡瓜と蕪のぬか漬け、筑前煮、天ぷら盛り合わせ(其の一)天ぷら盛り合わせ(其の二)、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

2021.11.8(月) 大迂闊

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の駐車場については、昨年3月の開業以来「あのあたり」という認識が当方にはあった。お客様に訊かれれば、その場所を手で示してお教えした。また他の多くの場合においては、お客様の恣意にお任せをしてきたところがあった。

駐車場をお客様に知っていただくためには目印が必要だ。しかしどこにどのような案内を置くべきか。それを決めかねるうち1年8ヶ月が経ってしまった。

先月のはじめの頃だっただろうか「あのあたり」の真ん中も真ん中、真ん真ん中に、30年以上も前に設置をした「店舗は道路の向かい側です」という看板のあることに気づいた。というか、1年8ヶ月ものあいだ、それに気づかなかったことは迂闊も迂闊、大迂闊だった。これを使わない馬鹿はいない。

以降は長男と意見を出し合い、デザイン会社”DD-DUCK”のカワダオサムさんにも相談をしながら2週間ほど前にようやくその意匠が決まった。そして今朝は遂に、それが古い看板の上に貼りつけられた。

さて今年はこれから何台のクルマをこの場所にご案内することができるだろう。2022年の初売りは1月2日。隠居は何日から営業すべきか。そういうことも、これから決めていかなくてはならない。正月の床の間には、俗っぽい掛け軸の似合う気がする。


朝飯 油揚げの網焼き、煮奴、明太子、トマトのたまりピクルス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、白粥、菠薐草の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」のネギ塩ラーメン
晩飯 レタスと人参とナッツのサラダ、塩らっきょう、らっきょうのたまり漬、トマトのたまりピクルスカレーライスチーズ、Old Parr(生)

2021.11.7(日) むしろこれから

おとといの日記の「公開」ボタンをクリックし、次いできのうの日記を書く。メーラーを巡回させると「汁飯香の店 隠居うわさわ」に、夜のうちに4件のご予約が入っていた。即、それらのおひとりおひとりに、それぞれご返事をお送りする。

返信の内容がお客様により異なるのは、各々のお客様に、それぞれの事情がおありになるからだ。小さなお子様をお連れであれば、その分はご注文いただかなくても構わない。ごはんのための茶碗はお出しできるし、味噌汁は無料でお作りをさせていただく。地理不案内のお客様には、ご希望により事前に地図をお送りすることもしている。

さて、きのうの日記には「明日は更に忙しくなるだろう」と書いた。しかし本日、日光市今市地区の中心部では、日光街道にも会津西街道にも渋滞は発生しなかった。振り返ってみれば、今秋の人出は11月3日が最高だったのではないか。ということは、日光、鬼怒川へ遊び来るなら、むしろこれからが楽で楽しい。錦秋の帯は、いまだウチの周辺には降りてきていない。


朝飯 トマトのたまりピクルス、納豆、冷や奴、トマトとピーマンとハムのサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸の天ぷらとピーマンの味噌汁
昼飯 牛しぐれ煮、明太子、塩鰹のふりかけ、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 2種のミックスナッツ、コーンポタージュスープ、トマトのたまりピクルス牛ステーキとアボカドとレタスのサラダ鶏とマカロニのグラタン、Chablis Billaud Simon 2015、Moulin a Vent La Rochelle Pierre Marie Chermette 2018ケーキ、Old Parr(生)

2021.11.6(土) 週末

“TGIF”つまり”Thank God, It’s Friday”の略を耳にするようになって久しい。この俗語が日本に上陸をしたのは、映画”Saturday Night Fever”が封切られたころではなかったか。とすればそれは1978年。僕は22歳だった。

そのころの僕は、金曜日の到来を嬉しいと感じていただろうか。ほぼ年中無休で働き続けていると、そのようなことさえ思い出せない。現在の僕は、週末を明らかに楽しみにしている。それは休めるから、遊べるからではなく、店が忙しくなるからだ。

本日の「汁飯香の店 隠居うわさわ」のための「らっきょうのたまり漬」を包装係のシバタミツエさんから受け取り、裏の柴折り戸から隠居に入る。すると玄関前に、躊躇いがちなお客様の姿が見えた。予約した9時より30分も早く着いてしまったと、お客様は言い訳めいたことを口にされた。朝一番のお客様に、そのような心配をしていただく必要は無い。僕は引き戸を開け、家内と隠居係のタカハシリツコさんに、そのお客様を引き継いだ。

午前10時すぎ、店と事務室を隔てるガラスを叩く人がいる。目を凝らせばそれは、年に1、2度いらっしゃるたび、話をさせていただくお客様だった。僕は事務机を離れ、促されるまま外のベンチに腰かける。そして10分ほども近況を伺う。

そのお客様をお見送りするころ、にわかに客足が繁くなった。僕はそのまま店に残り、小一時間ほども販売の手伝いをする。明日は更に忙しくなるだろう。売り切れ寸前の「しいたけのたまり炊」は、明日の夕刻に完成予定と聞いている。


朝飯 トマトのたまりピクルス、めかぶの酢の物、油揚げの網焼き、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 蓮根のきんぴら、茄子と豆腐の味噌汁味噌ミックスナッツ、塩らっきょう、鶏手羽と大根と玉子のおでん、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)、「久埜」の栗蒸し羊羹、Old Parr(生)

2021.11.5(金) 軸

先月より隠居に週に1日か2日の頻度で植木屋が入っている。その仕事がどれほど進んだかを、午前のうちに見に行く。

隠居の木の中には、実生から大きく育ち、何とも邪魔になって伐るものもあれば、衰えたことにより伐られるものもある。寿命による衰えなら致し方もないけれど、当方の不注意により樹勢を失った個体もある。不注意とは、蟻が巣くっていたり、猿の腰掛に似た茸がはびこっていたり、という状態にいつまでも気づかずにいることだ。そのような木が伐られ、それまでの景観が失われることは、しばらく前の日記に書いた。気をつけなければならない。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、お茶を嗜まれるお客様から明日のご予約をいただいている。そのため床の間の軸を替えるよう、家内には言われていた。しかし庭をひとまわりしただけで、座敷には上がらず会社に戻る。

「秋景山水之図」と箱に書かれた軸はあっても、いまや秋でもないだろう。冬なら「葦鴨図」があるものの、とにかく今月22日までは現在の「大黒図」で良いのだ。

それから年末にかけて、また正月の室礼については、また考えることにしよう。


朝飯 生玉子、揚げ玉を薬味にした冷や奴、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ベーコンとズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 冷やしトマト、小松菜のおひたし、2種の塩らっきょう鮭の味噌粕漬け豆腐と大根の味噌汁、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)、富貴豆、Old Parr

2021.11.4(木) 予約最強

日中、インターネットを介しての遠隔会議をふたつこなす。その2番目の最後に、次の話し合いは顔を合わせてのものにすることを決める。「インターネットは、人とオフラインで会うための道具」とは、1990年代の終わりごろに、コンピュータリブの中島マヒマヒ社長が言ったことだ。

勝海舟と西郷隆盛が会談をした場所は高輪、田町と伝えられている。言葉が通じないため、意思の疎通は多く文書で交わされたのではないか、と想像する人もいる。いずれにしても、顔を合わせる、膝をつき合わせることは、何ごとかを成すときには今でも軽んじられないと、僕は考えている。

日中、販売係は3台あるキャッシュレジスターに紙幣や硬貨を補充する。それは大抵、大忙しの最中に行われる。お客様をお待たせしないためにも、硬貨を数えることはしない。10円玉は50枚、100円玉も50枚を単位として補充をされる。その後、客足が急に引いたりすると、キャッシュレジスターの中には数百枚の硬貨が溜まったままになる。閉店後、それを数えるのは僕の役目である。たとえ屋台であろうとスマートフォンで決済の可能な国の人がそれを見たら、鼻で嗤うのではないか。

明日の釣り銭を整えてから外へ出る。行きつけの居酒屋に先客はふたり。そのカウンターで町内役員の、昨年は見送った忘年会を予約する。


朝飯 菠薐草のおひたし、めかぶの酢の物、納豆、ハムとキャベツのソテー、鮭の焼き漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と長葱の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 「和光」のお通しの煮物生牡蠣鮪の山かけ、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

2021.11.3(水) arbeit

8時50分、長袖のTシャツを脱ぎ、きのうの日記に書いたヒートテックも脱ぐ。そして押入のプラスティックの箱から半袖ポロシャツ1枚を引き出し、これを着る。からだを動かしたせいか、朝から暑い。以降は半袖ポロシャツ1枚で、夕刻まで快適に過ごす。

「腑に落ちないのは酒を売る人々のこと」と、オマル・ハイヤームは詠んだ。「汗をかいて気持ちが良い」という人の気が、僕は知れない。

日中、蔵の冷蔵庫から店の冷蔵ショーケースに、何度も商品が補給される。本日、道の駅に「日光街道ニコニコ本陣」に何度、納品に通ったかを僕は覚えていない。

「今日はこの秋でいちばん忙しかったです」と、閉店の直前に販売係のササキユータ君が言う。「間に合って良かった」と、その数分後に若い家族連れが入っていらっしゃる。いろは坂の下りに時間を取られて予定が大幅に遅れたと、そのお客様は苦笑いをされた。「日光は、真夏も真冬も良いですよ」と、そのお客様には申し上げる。

「アルバイト」は山の用語では、終わりの知れないつづら折りの上り坂、先の見えない馬鹿尾根の登り下り、深雪の中の歩行など、つらい行程を指す。観光の季節の特に週末に観光地を訪れることは、この「アルバイト」に他ならない。「日光のベストシーズンは人の来ないとき」と、僕は確信をしている。雪見酒なんて、いかにも良いではないですか。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、鮭の焼き漬け、菠薐草とパプリカのソテーを添えたハムエッグ、蓮根のきんぴら、大根おろしを添えた納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 焼き鮭、2種の茸の味噌炒り、明太子、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 トマトとブラックオリーブを載せたトースト「共働学舎新得農場」のチーズ「レラ・ヘ・ミンタル」スパゲティボロネーズChablis Billaud Simon 2015

2021.11.2(火) 寿命

多分、コロナ騒ぎの始まる前だから、2年以上も前のことになる、ユニクロの下着ヒートテックには寿命があると、facebookで目にした。僕は服は、おおむねすり切れるまで着る。ヒートテックの下着は、1週間分の6枚か7枚を持っている。まったく丈夫な素材で、いつまでもすり切れない。寿命があるとは、どういうことだろう。

そういう次第にて、遅ればせながら今日は、検索エンジンに当たってみた。そうしたところ、この布はその性質上、使うに従って保温性が落ちるという。寿命については1年と言う人もいれば3年と言う人もいる。そのウェブページにはご丁寧にも、それがいつ作られたかを知る方法も書いてあった。

即、自分専用の低い箪笥からすべてのヒートテックを取り出す。そして調べてみたところ、白いものは2014年製、紺色は2009年製、青に至っては2008年製と判明した。保温性の漸減についてはまったく気づかなかった。温度に対する感覚が鈍いのだろうか。

そうして結局は「新しく買うのは次の冬でいいじゃねぇか」と、出したばかりのヒートテックをふたたび箪笥に戻す。


朝飯 納豆、榎茸と菠薐草のおひたし、2種の茸とパプリカのソテー、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、明太子、蕪と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の正油チャンポン
晩飯 榎茸と菠薐草のおひたし、柿と春菊の白和え、めかぶの酢の物、蓮根のきんぴら、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、鮪の刺身と鰹のたたき豆腐と揚げ湯波の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(前割のお燗)、羊羹、Old Parr(生)

2021.11.1(月) 来年のカレンダー

事務机の左手に来年のカレンダーを提げた画像はきのうのうちに撮り、ウェブ上に上げた。また、その画像へのリンクを埋め込んだメールマガジンも、きのうのうちに作った。文章は毎年ほとんど変わらない。表題は、昨年の「来年のカレンダーお分けします」から「来年のカレンダー同梱希望のお客様へ」と、すこし変えた。

8時35分、そのメールマガジンを、ウェブショップの管理ソフトに設定する。配信時間は9時ちょうど。そしてそのことを事務係のツブクユキさんに伝える。

上澤梅太郎商店のカレンダーはB4サイズで、昔ながらの、ありきたりの意匠のものだ。ただそれだけに、以下の利便性を持つ。

・予定や忘備を書き込める。
・大安や先勝などの六曜、旧暦、日本の伝統行事を知ることができる。
・筒のように丸めて、または複写して持ち運べば手帳代わりになる。

個々のお客様がどのようにご利用になっていらっしゃるかは不明ながら、このカレンダーの人気は高い。払底する前にお知らせしようとするのが、今日のメールマガジンである。年が明けるころには、コロナのコの字も無くなっていて欲しい。


朝飯 納豆、生玉子、トマトとマカロニのサラダ、2種の茸とじゃがいもの味噌炒り、「夏太郎」らっきょう、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とパプリカの味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、番茶
晩飯 蛸ぶつ、めかぶの酢の物、大根と胡瓜のぬか漬け、「あづま」から持ち帰った牡蠣フライ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学