2018年1月の日記31本
2018.1.31(水) 一気の投入
昨年の6月26日、店舗の裏側に接する木造アパートが全焼した。当方の被害の状況については即、専門の業者が入れ代わり立ち替わり調査をし、修理修復が必要な範囲と経費を特定した。しかしそのときには焼け跡に阻まれて足場が組めなかったため、漏電の認められた電線が交換されたのみだった。
火事の直後こそ「盆明けくらいから」と予想された復旧工事だったが、焼け焦げて炭のようになった2階建てのアパートは、住民が解体業者に頼らず、みずからの手で片付けることを決めたため、それが更地になったのは、クリスマスも近くなるころだった。
年が明けて今月の15日より、ようよう現場に足場が組まれた。以降、高熱に曝されて一部が剥落した壁が塗り替えられ、割れた窓ガラスが入れ替えられ、換気扇の溶けた雨よけが交換され、電線を支える鉄の柱が新しくされと、これまでの遅れを取り戻すよう、作業が効率よく進んできた。
本日、4階の北の窓から何気なく外に目を遣ると、店舗の屋根の、火事場に面した側の瓦が取り外されているところだった。この部分の瓦は炎に炙られ、2間ほど内側までもろくなっている。修理は屋根の上からも下からも、徹底的に為されるだろう。
今日はまた、熱により熔けたパイプと電線を交換するため冷蔵庫の業者が来ている。午後は、やはり熔けた電話線を交換するため”NTT”の技術者が下調べに来て、彼らを屋内外の現場に案内した。6ヶ月の遅れを取り戻すための、一気の投入である。
朝飯 肉じゃが、塩鮭、切り昆布の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬(試作品)、明太子、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「しその実のたまり漬」を薬味にした納豆、ポテトサラダ、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を垂らした半熟玉子、ごぼうのたまり漬(試作品)、塩豆、「軸屋酒造」の芋焼酎”Rin precious”(お湯割り)
2018.1.30(火) 積雪のおそれ
列島にふたたび雪の降ることは、テレビやインターネットのニュースで知っていた。しかしそれがどれほどの量になるかは分からない。「山沿いは50センチ、平野部は20センチ」などと言われても、ウチはちょうど、その山沿いと平野部のあいだにあるからだ。
販売係のハセガワタツヤ君は、きのうの夕方、店の駐車場に融雪剤を撒いた。これを踏んだ足で歩きまわると店の犬走りや床に、油でも染ませたような跡が付いて汚らしい。しかし背に腹は替えられない。
夜はいつまでも起きていない。夕食を済ませれば即、入浴をする。入浴を済ませれば即、就寝をする。夜よりも朝の方が好きなのだ。というか、早くに寝れば、いまだ夜が終わる前に目が覚める。そして着替えて食堂へ行く。
食堂は東と南に窓を持つ角部屋だ。夏の暑さを避けるため、3枚の窓には遮熱の効果もあるカーテンが降ろされている。そのカーテンをひとつ巻き上げると、街灯に照らされた歩道にはすこしの雪、そして車道の雪はクルマに踏みつぶされて跡形もなかったから胸をなで下ろす。
朝飯 薩摩揚げの淡味炊き、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、明太子、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 チーズと生ハムとレタスのサラダ、フォカッチャ、鶏肉とトマトのオーブン焼き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.1.29(月) つぎあて
「自分の子供のときの写真などは、とてもではないけれど、人に見せられるものではない、まるで難民みたいで」と、むかしある作家が書いていた。その作家の年齢は多分、僕よりひとつふたつ上だろう。とすれば、その子供時代は僕とおなじく昭和三十年代に重なる。
子供のころ、僕の服には、オフクロによるつぎ当てが目立っていた。実は今でも、つぎの当たった服が好きである。「すり減らない道具が好き」とか「道具がすり減れば、修理を施して更に使うことが好き」という僕の好みにも、それは合致をしている。
2016年の4月にユニクロで手に入れた、木綿のズボン3本の裾が隨分とすり切れてきた。このまま放置をすれば、またたく間にみすぼらしくなるだろう。そう考えて先日はイオン今市店へ出かけ、2階の手芸屋で帆布を50センチほど買った。そしてその帆布とズボン3本を持って1階のリフォーム屋「マジックミシン」を訪ね、帆布をズボンの裾にぐるりと縫い付けてもらった。
小遣い帳によれば、ユニクロのズボンは3,225円だった。今回の修理にかかった経費は、1本あたり1,254円だった。
新品を買った方が安上がりに感じられないでもないけれど、僕の経験からすれば、ズボンは裾まわりを修理して更に使った方が、圧倒的に経済的である。それよりも何よりも「つぎの当たった服が好き」という好みがある以上、次のズボンにも、やはりつぎは当てるに違いない。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、納豆、スペイン風目玉焼き、油揚げと小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、明太子、メシ、揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、肉じゃが、田作り、鮭と昆布の重ね煮、おでん、千枚漬け、「軸屋酒造」の芋焼酎”Rin precious”(お湯割り)、ロールケーキ、”Old Parr”(生)
2018.1.28(日) 依存症
日本ではこの1週間に、インフルエンザの患者が一気に100万人も増えたと、ウェブニュースが伝えている。インフルエンザは、どこでそれほど流行っているのだろう。
この日記を直近の10年ほどで検索してみると、僕がインフルエンザの予防接種を受けたのは、2007年、2008年、2010年、すこし間を置いて2014年、そして2015年を最後として、以降は無沙汰を続けている。「インフルエンザの予防接種は効かない」という見出しや記事を、あちらこちらで見たり読んだりしたせいかも知れない。
ところで僕にはインフルエンザに罹患した記憶が一切、無い。そこにはアルコールへの依存が関係しているような気がする。アルコールへの依存とはいえ、飲む方ではない。それを手指に噴霧することにおいての依存である。
僕は何かをするたび、手指をアルコールで消毒しなければ気が済まない。ということは、その習慣を持つ酒屋、麹屋、味噌屋、醬油屋も、あるいはインフルエンザには、ほとんど罹らないのではないか。誰か調べてくれれ有り難い。
朝飯 エノキダケの酢の物、塩鮭、納豆、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、切り昆布の炒め煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、しその実のたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鱈と牡蠣と牛肉の鍋、「軸屋酒造」の芋焼酎”Rin precious”(お湯割り)、2種のチョコレート、”Old Parr”(生)
2018.1.27(土) 大記録
この日記を遡ると、2013年12月9日の朝食は、和室の朱塗りのテーブルで食べている。しかしその日の夕食は、食堂に置かれた無垢のテーブルで食べている。つまり、今の住まいのリフォームがおおかた完了したのは、その2013年12月9日ということになる。以来、もっとも高い頻度で使われてきた冷暖房機は、食堂の天井に埋め込まれたそれだ。
その冷暖房機の「フィルター」の警告灯が点くたび、僕は2枚のフィルターを水洗いしてきた。その際に覗くことのできる内側が、このところは隨分と汚れてきた。よって今日は午前から、その冷暖房機の掃除が専門の業者により行われた。
その業者の仕事に立ち会ううち、応接間の館内電話が鳴る。それは、ウチのコンピュータや、それに関するあれこれの仕事を頼んでいる、シバタサトシさんの来訪を伝えるものだった。
1995年からの16年間に、僕は9台の”Thinkpad”を使ってきた。そして最後の”X61″を、2011年8月4日からは”Let’s note CF-N10″に乗り換えた。
それから2年数ヶ月の後、この”Let’s note”の東芝製のハードディスクがおかしな兆候を見せ始めたため、それをシバタさんに頼んで”SanDisk”の”Solid State Drive”に換装してもらった。その2013年12月21日以来5年のあいだ、その”SSD”には何の問題も発生はしなかったけれど、シバタさんによれば、そろそろ新しくした方が無難だという。
冷暖房機の掃除の現場から離れるわけにはいかないため、シバタさんには4階に上がってもらい、応接間にて、その交換作業に当たってもらうこととした。
冷暖房機の掃除は昼前に完了した。”SSD”の換装は午後に完了した。
現在の”SSD”の寿命は5年より長いと聞く。それを心臓部とする現在の”Let’s note CF-N10″は、果たして5年後の2023年まで保ってくれるだろうか。もしも保てば12年間にコンピュータは1台のみという、大した記録の樹立である。
朝飯 雑炊、塩鮭、油揚げと小松菜の炊き合わせ、みょうがのたまり漬、なめこのたまりだき、明太子
昼飯 ラーメン
晩飯 「一葉亭」の刺身の盛り合わせ、マカロニグラタン、キムチ鍋、他あれこれ、「霧島酒造」の芋焼酎「黒霧島」(お湯割り)
2018.1.26(金) たまり漬を使った料理の撮影
下今市07:03発の上り特急スペーシアに長男と乗る。北千住を経由して、表参道には9時20分ころに着いた。長男は、本日、たまり漬を使った料理を作ってくれるフジムラさんと待ち合わせのため、A3出口へと向かった。僕はA4出口から外へ出てスタジオを目指す。
南青山の家々の屋根には、月曜日から火曜日にかけて降った雪が、いまだ残っている。今朝は毛糸の手袋を持参した。東京で手袋を身につけるなどは、校庭で雪合戦をした高校生以来のことではなかったか。
今月12日に打ち合わせた内容の料理が、壁に貼られた紙の順序に従って作られていく。その料理ひとつにつき、何点もの写真が撮られていく。数秒の間を置いてモニターにあらわれる画像を検分しつつ、ディレクターはカメラマンに、様々な注文を付けていく。
一時は予定から1時間以上も遅れた撮影が、夕刻に近づくに連れて徐々に追いついていく。すべての料理を撮り終えたとき、時刻は予定より5分を遅れたのみだった。
撮影のために作られた料理は最後に、大きな板の上に並べられた。それを肴にして、本日の撮影に関わった6名で酒盛りをする。
朝飯 雑炊、明太子、ごぼうのたまり漬、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、塩鮭
昼飯 「料理倶楽部」の日替わり弁当
晩飯 たまり漬を使った料理あれこれ、スタジオに保管されていた3種の日本酒(燗)
2018.1.25(木) タイマーとポストイット
オヤジはタイマーが好きだった。あちらこちらのコンセントにタイマーを仕掛け、様々な電気器具が自動的に動き始めたり、あるいは止まったりするようにしていた。
僕もタイマーは好んで使う。しかしそれはキッチンタイマーに限られる。「この仕事は、5分間の長さで2度くりかえすべし」とか「社外に出ても、来客に備えて55分後には事務室に戻るべし」というようなときには、しかるべき時間を設定したキッチンタイマーを、手近なところ、あるいはポケットに持つ。
僕はまた、ポストイットも好きだ。使い道はほとんどすべて”to do”である。キッチンタイマーとポストイットを手放さないのは、ひとえに、僕の物忘れの多さにある。
昨年の6月、バンコクで必要に迫られ、いつものポストイットを、海外ではいつも持ち歩くA5のノートから取り出した。そうしたところ、そばにいた人に「なんでも持ってますね」と感心をされた。しかし実のところ、人から感心をされるような人間ではないからこそ、僕はポストイットを持ち歩くのだ。
現在、事務机の上の電子計算機には、クリーム色の細長いポストイット2枚が貼ってある。事務机左手のカレンダーには、おなじポストイット2枚が、やはり貼ってある。用を足すためクルマで出かけるときには、そのメーターパネルの平滑な場所に、やはり”to do”を記したポストイットを貼る。
明日は、たまり漬を使った料理の撮影が社外である。それを持たずに出発したら取り返しのつかなくなる「らっきょうのたまり漬」についてはもちろん、そのことをポストイットに書いてエレベータの操作盤に貼る。
朝飯 雑炊、ごぼうのたまり漬、なめこのたまりだき
昼飯 ラーメン
晩飯 人参と白菜とベーコンのスープ、トマトとレタスのサラダ、鶏肉のドリア、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご
2018.1.24(水) 西川口の中華料理
闇の中で目を覚ます。「このまま起きてしまおうか」と考え、しかし枕の下のiPhoneを確かめると、時刻はいまだ2時35分だった。今日は夜に集まりが控えている。そこで寝落ちなどしては同席者に失礼だ。よって二度寝を試みるも眠気は訪れず、3時45分に起床する。
昼食は意図して軽くしておく。そして下今市14:35発の特急リバティに長男と乗り、西川口には16時32分に着いた。駅前のロータリーから裏道まで、至るところに雪が残っている。日暮れどきの風は強く、日光よりも寒い。
先ずはザ・プライス西川口店の中華フードコートで、何点かの買い物をする。そして、そこからほどちかい滕記熟食坊の戸を引く。このところ西川口には、中国人を主な客層とする中華料理屋が増えている。滕記熟食坊もそのひとつで、酒類を除けばメニュはすべて中国語だ。
本日の食事会は、お得意様に昨年末から誘われていたもので、三々五々、6名が集まった。そのうちの3名ないし4名は、アジアの食べ物にとても詳しい。
それはさておき、店の看板にもある「東北鉄鍋炖」というものを、僕ははじめて経験した。誰からともなく発せられた注文は鯉だった。自分からは決して食指を伸ばさないだろうものを口にできるとは、人と食事をするときの醍醐味のひとつである。
中国北部のあれこれが、生の白酒をはかどらせる。風発する、主にアジアの人と食べものについての談論に時を忘れるうち、周囲の、すべて鉄鍋の埋め込まれたテーブルは、いつの間にか大勢の中国人、そして少しの日本人で埋め尽くされていた。
駅に向かう道すがら、中国食材の店に立ち寄る。鹹魚の匂いが鼻腔を刺激し、ここでもまた僕は、アジアのあちらこちらを思い出す。
お得意様、またお得意様のお仲間とは西川口の駅で別れた。次の食事会の場所は、おなじ西川口だろうか、あるいは十条、赤羽あたりだろうか。季節が夏であれば、服はタイパンツとゴム草履で決まりだ。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ほうれん草のソテー、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、なめこのたまりだきのフワトロ玉子、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 サンドイッチ、ホットミルク
晩飯 「滕記熟食坊」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、鯉の鍋、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)
2018.1.23(火) 雪かき
きのうは早くに就寝をしたにもかかわらず、目を覚ますと時刻は5時34分だった。いわゆる「朝飯前」の仕事をするためエレベータの前まで来ると、かご室が1階に降りている。長男が雪かきの準備をしているのだろう。
長男が外に出した道具にて、7時30分より雪かきを始める。雪の深さは店の北側で23センチ、南側で18センチだから、日光地方のそれとしては、大して深いわけではない。また、今回の雪は水分を多く含まない粉雪で、作業はそれほど苦しくない。
幼い子供を保育園にあずけて出社する複数の社員には「無理をして来ることはない」と、きのうのうちに家内が電話で連絡をしておいた。また、シフトにより休みの社員もいる。よって本日、出勤をした社員は7名に留まった。そのうち、今朝の蔵出し分を包装するヤマダカオリさんひとりを残し、他の全員は、開店の時間よりも早くから雪かきに当たる。
店舗の駐車場、横断歩道から店舗に至る2個所の歩道、また店舗から製造現場に至る歩道の雪かきに目鼻が付くと、時刻は9時40分になっていた。雪による商売への後遺症は、数日は続くだろう。
夜は僕が書記を務める、日本酒に特化した飲み会「本酒会」の月に1度の例会にて、日光街道の凍りついた歩道を踏みしめ、小倉町の「食堂ニジコ」へと向かう。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、ごぼうのたまり漬、田作り、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」の其の一、其の二、其の三、其の四、伊府麺による酸辛湯麺、4種の日本酒(冷や)
2018.1.22(月) 大雪の予報
本日、首都圏を含む広い範囲に大雪の降る予報は、きのうから出ていた。よって例年であれば9時ごろまではゆっくりするところ、ロビーには8時30分に集合をした。そして宇都宮を経由し、10時40分に帰社する。
途中の日光宇都宮道路から見た限りでは、日光の山々に雲はほとんど無かった。空も、むしろいつもより明るかった。つまり、雪の降る気配は皆無だった。しかし16時を過ぎると「やはり」と誰もが思うように、水色と灰色の混じった空から雪がちらついてきた。その様子にうながされたかのようにして、販売係のサイトーミホコさんとオバタタキコさんが駐車場に融雪剤を撒く。
雪が急に強くなる。埋もれると面倒なため、営業車のホンダフィットはいつもの事務室前から店の庇の下へと移した。日光宇都宮道路が閉鎖された旨の案内が、国道121号線を隔ててはす向かいの電光掲示板に出る。
夕食は、冷蔵庫や寒い部屋から集めた野菜やハムにて済ませた。そして明日の朝に備えて早々に就寝する。
朝飯 「いこいの村涸沼」の朝のブッフェ
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 野菜スープ、あれこれの野菜によるサラダ、イベリコ豚の前脚のハム、2種のパン、らっきょうのたまり漬とツナ、林檎ジャム、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Old Parr”(生)
2018.1.21(日) 鮟鱇鍋
僕の付き合いは広くない。それはひとえに、社交性に富まない性格による。
と、ここまで書いて「しかし社交的な人にも、苦手な集団はあるものだ」と気づく。また、非社交的な僕にも、いそいそと出かける集まりはある。人づきあいにおける得意と不得意、好きと嫌いのあいだには、名状しがたい線引きが存在するのだ。
県内の味噌屋が作る組合の付き合いは、僕にとっては気が楽だ。本日はその新年総会にて、1台のクルマに乗り合わせて関東平野を東に進む。目的地の「いこいの村涸沼」には、日光から2時間30分で着いた。また県内北部の組合員は、各自がそれぞれのクルマを使って18時すぎには全員が揃った。
この組合の新年総会は、2007年からほとんどずっと、茨城県の海沿いの街に一泊をして開かれてきた。「花より団子」と変わらない「総会より鮟鱇鍋」である。
宴会の後はひとつの部屋に集まり、あれやこれやの話をするうち、僕はいつの間にか座椅子から滑り落ちて眠っていた。それに気づいて自分の部屋に戻り、0時ちかくに就寝する。
朝飯 温泉玉子、納豆、ほうれん草と刺身湯波のおひたし、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、牛蒡と人参のきんぴら、明太子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 きのうの夜の宴会膳の一部を流用した弁当
晩飯 「いこいの村涸沼」のあれこれ、刺身の盛り合わせ、常陸牛のステーキ、鮟鱇鍋、日本酒(燗)
2018.1.20(土) 治らない病気
齢を重ねると、からだがいきなり変わる。僕の場合には、それがからだの表面にあらわれた。
6月から8月までの3ヶ月間は切れなかった踵のアカギレが、おととしからは年間を通じて切れるようになった。足の爪は昨年から、おばあちゃんの晩年のそれのように、もろくなった。前の冬だったか、更に前の冬だったかは、朝、目覚めるたびに口角が切れていて、そこにリップクリームを塗らないことには朝食を摂ることができなくなった。その、朝に口角の切れる症状に限っては、葉酸の摂取により幸い消えた。
首の後ろの湿疹も、ここ数年のことだ。小遣い帳を病院の名で検索してみると、それがいきなり発生したのは2015年8月のことと知れた。
「これは治りません」と、その湿疹を見るなり皮膚科の先生は言った。子供のころアトピー性皮膚炎に悩まされた僕は、医者が病気を治せないことに慣れている。「あぁ、そうですか」と僕は答え、飲み薬と塗り薬を処方してもらった。
その湿疹が、昨年末からふたたび勢力を増してきた。そして本日ようやく、前回とおなじ皮膚科を、およそ1年3ヶ月ぶりに訪問する。
「先生に『治らない』と言われた湿疹ですが…」と説明しつつ当該の部分を見せると「あー、はいはい」と先生は答え、即、また飲み薬と塗り薬を処方してくれた。そして昼前に帰社する。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、明太子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 きのうの夜のオムレツを流用した弁当
晩飯 「幸楽」の刺身、河豚鍋、他あれこれ、「渡邊佐平商店」の日本酒あれこれ(冷や、燗)
2018.1.19(金) ことがら表彰
目を覚まし、しばらくしてから枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は3時34分だった。きのうの夜の交流会で二次会に誘われたものの、それを断って帰宅したお陰で体の調子は良い。
食堂のテーブルにコンピュータを開き、おとといつまり日光MG1日目の日記を完成させて公開ボタンをクリックする。日記を書くことができたのもまた、二次会への誘いを断ったお陰である。
それはさておき、今回の日光MGの「ことがら表彰」には、第5期の決算速度を示す「計数力」の2位と3位に、それぞれ包装係のヤマダカオリさんと製造係のイトーカズナリ君の名が見える。おなじ第5期にB卓にいた製造係のタカハシアキヒコ君と事務係のツブクユキさんは、優秀経営者賞に、もうすこしで手の届くところだった。
仕事はもとより研修においても、社員の活躍は嬉しい限りだ。9月の日光MGでは他の社員たちにも、おなじ姿を見せて欲しい。あるいはまた、ゲームや決算が得意でない社員たちにも、より一層の深い学びを期待したい。
朝飯 ほうれん草のソテー、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と蕪の味噌汁
昼飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草のおひたし、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、刺身湯波、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と人参と万能葱の味噌汁、いちご
晩飯 トマトとジャガイモとベビーリーフのサラダ、マッシュルームのオムレツ、ラザニア、2種のパン、“Pommard 1er Cru La Chaniere 1985”、いちご
2018.1.18(木) 第35回日光MG(2日目)
ウチは今年、5日間のお休みをいただく。その1日目は1日1日。2日目と3日目は、この日光MG。そして4日目と5日目は9月の日光MGである。そういう次第にて、ウェブショップのお客様にはそのことをメールマガジンでお知らせしてあった。そして今朝は明かりの点される前にロビーに降り、きのうから今朝にかけてご注文をくださったお客様に宛てて、納期などをご説明するメールをお送りする。
第35回日光MGの2日目は、9時30分より始まった。先ずは第4期の期首処理である。会場のそこここには、MGの経験を長く持つ人がいる。MGは常に進化をしている。ルールについて心配のある者は、これをよく知る人に助けを求め、助けを求められた先達は例外なく、快くその席に駆けつける。
2日目の午前中の講義は、通常は利益感度分析のところ、今朝のニシジュンイチロー先生のお話はなぜか、科学史のことに終始した。先生が勧めるスティーヴン・ワインバーグの「科学の発見」については、amazonに注文をするのではなく、本屋で手に取って開いてみて、自分に読めるようなら買ってみよう。僕は活字中毒ではあるけれど、自分の好みに照らして文体に引っかかりを感じると、本は1ページも読み進められないのだ。あるいは勉強のつもりで本に向かうと、これまた1ページも進まないのだ。
昼食を挟んでの第4期、僕は84円の経常利益を上げ、前期186円まで落とした自己資本を270円まで引き上げた。あと30円、つまり300円まで戻せれば第5期の借金の条件が格段に緩やかになったところではあるけれど、まぁ、仕方ない。その第4期において最高の売上高を達成した、日光市大谷向から参加のヌマオアキヒロさんが、第5期の諸々を決めるためサイコロを振る。
第4期の結果により、僕はふたたびA卓に戻った。激烈な競争を経ての結果は、214円の経常利益を上げて、自己資本は392円。しかしもちろん、上には上がいる。
MGの勝敗は第5期に、来期への備えを規定以上に満たしつつ、どれだけ高いところまで自己資本を伸ばしたかによって決まる。勝った人が偉いという考えはMGには無いものの、勝敗はゲームに緊張と面白さを生む。
今回の最優秀経営者賞は、日光MGにおいてほとんど常に表彰され続けている、静岡県から参加のタケシトーセーさんで、到達自己資本は578円。優秀経営者賞は地元から参加のヌマオアキヒロさんで、到達自己資本は525円。もうひとりの優秀経営者賞は、遠く神戸から参加のタケダトモミさんで、自己資本は499円だった。
錯誤や失策をおかさない限り勝てる囲碁や将棋とは異なって、MGには「リスクカード」という落とし穴が組み込まれている。リスクは参加者の全員に、等しい確率で降りかかる。その条件の下で、しかし勝つ人のほとんどは、高い勝率を保つ。現実の経営と、おなじことである。
最後の講義が完了し、原稿用紙2枚ほどの感想文を提出して、会場の「一心舘」を去る。帰りの時間に余裕のある参加者は数台の車に便乗して今市まで移動し、数十分、あるいは数時間の時を過ごすことができた。
自社で開催するMGが社内の者のみで行われたとすれば、その学びはさして深くならない。外部から参加してくださった方々には、厚く御礼を申し上げます。
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のカレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 “Parrot”のクラブハウスサンドイッチ、”evodia 2015″
2018.1.17(水) 第35回日光MG(1日目)
参加者ひとりひとりが自分の会社を持ち、2日間で盤上に5期分の経営を展開するマネージメントゲームは、今回40名の参加者を集め、10時に開始をされた。40名のうちの21名は上澤梅太郎商店の社員。産休中や、高齢の親から目が離せないなどの事情を持つ者以外はすべて参加をする。
MGの第1期はルール説明と共に進む。「自分は経験が長いから」と、講師の解説を聴かず、先へ先へと用紙に筆を走らせることは、僕はしない。陥穽は得てして慣れたところに潜んでいる。またMGは常に進化をしている。きのうまでのルールが今日も通用するとは限らないのだ。
昼食を挟んで、いよいよ第2期が始まる。ジャンケンに勝ったのは僕の、麻雀で言えば上家。その人が10円の材料3個を買う。次の僕は何気なく工場の仕掛品2個を営業所に、そして倉庫の材料1個を工場に移した。その瞬間「えっ、材料じゃないの」と、下家の包装係サイトーヨシコさんが驚いて声を上げる。
そこでようやく、この場面では11円の材料3個を買うことが定石であることを思い出すものの、もう遅い。その第2期の結果はしかし、26円の経常利益を上げ、300円の自己資本は304円に浮上した。ゲームの下手な僕としては、上々の滑り出しである。なお、この期に最高の売り上げ金額を達成したのは、前述のサイトーヨシコさんだった。
第3期は期初に152円の借り入れをし、少々の設備投資をする。また、第2期の期末ちかくに営業所へ配置転換し、不在となっていたワーカーを採用する。この期も順調な仕上がりと思われたが、100円以上も収支が合わない。
期初に遡って数字を精査していくと、13円の材料を4個買ったときに、現金残高から52円を引かなければならないところ、これを逆に足していたことが分かった。ポケットコンピュータの小さなキーを打ち間違えたのだろう。
計算し直すと幸いなことに、現金残高が期中にマイナスになっているところは無かった。それにしても、3名の従業員への給料と長期借り入れの返済金がまかなえる残高ではない。仕方なく100円の短期借り入れを起こし、更に12個あった材料のうちの5個を売却してその場を凌ぐ。この第3期はまた、戦略投資と在庫増に力を入れるあまり、販売がおろそかになった。結果は117円の赤字で、自己資本は186円に急落した。
その第3期に最高の売り上げ金額を達成したのは、日光市朝日町から参加のヤナギハラセージさん。僕はA卓からB卓に落ちて、明日の捲土重来を期すこととなった。
夕食の後は第4期の経営計画を立てる。僕は113円の累積損のほとんどを取り戻すべく100円の経常利益を目標に、固定費と商品の平均単価、そして販売数を決めた。
研修会場から通路1本を隔てた宴会場での交流会は、19時45分に始まった。日光MGの交流会では全員が「マイブーム」について短いスピーチをする。僕が話したのは、生活の簡素化と好きなことの絞り込み。そしていまだ宴たけなわの会場から22時に退出し、入浴をして即、就寝する。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の夜のお膳
2018.1.16(火) 第35回日光MG(前夜祭)
2時台に目の覚めたことを奇貨として、早めに起床をする。そして食堂のテーブルに着き、書きためた日記を確認する。その最中に、13日の日記よりも先に14日の日記を公開してしまっていることに気づく。よって14日の日記は下書きの状態に戻し、13日の日記を公開する。
明日からの2日間は日光MGで、遠方から参加してくださる方の多くは、今日の昼から、あるいは夕方から日光にいらっしゃる。また僕は、それらの方々と、今夜から会場に泊まり込む。日記のための時間が割きづらくなることは明白だ。そのような理由により、きのうの日記を完成させ、また今日の日記も途中まで書いておく。
僕、家内、長男は、それぞれいらっしゃる方々を会場にご案内すべく、夕刻には三者三様の行動を取る。僕は閉店直前にいらっしゃった、富山県から参加のカネヒラケンジさんをホンダフィットの助手席にお載せし、会津西街道を北上する。
前夜祭に参加の十数名は、そのすべてが18時30分に参集した。そして歓談のひとときを持つ。
朝飯 納豆、ほうれん草のソテー、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、すぐき、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バター載せてね特注)
晩飯 「一心舘」のあれや、これや、他あれこれ、“Predicador Blanco 2013”
2018.1.15(月) 苦戦
2月14日から20日までの7日のあいだ、日本橋タカシマヤの地下1階に出店をする。そのことをお得様にお知らせするハガキの宛先を特定するため、9時より4階の食堂に籠もる。この仕事には大変な精密さが要求されるため、やたらに電話がかかったり、約束も無しに人の訪れる環境では到底、できないのだ。
10時に目鼻がついて、ひと息を入れかけたところで、9時からの作業に用いた検索条件式が、新宿タカシマヤのものだったことに気づく。よってコンピュータを持って事務室に降り、日本橋タカシマヤ用の検索条件式を印刷する。
事務室の裏には、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場に納品すべき「らっきょうのたまり漬」が届いていた。それを、気分転換も兼ねて納品すべく、ホンダフィットに乗る。何ともいえない違和感と共に「ニコニコ本陣」の業者用駐車場にホンダフィットを駐め、ハッチを開けると果たして「らっきょうのたまり漬」は積まれていなかった。即、会社に折り返し、今度こそは「らっきょうのたまり漬」をトランクに載せて「ニコニコ本陣」に裏を返す。
先ほど日本橋タカシマヤ用の検索条件式を印刷をした紙とコンピュータの双方を手に4階に戻る。作業を完了すると、時刻は13時を過ぎていた。
昼食を済ませて事務室に降り、14時30分に面談の予定を入れていた取引先から商品の説明を受ける。その取引先が帰ったところで事務机に着き、ハガキの宛先を特定する、最後のところに取りかかる。
しかし不意の来客、電話、来客、電話と、またまた落ち着けない状態が続いて閉店の17時に至る。すべての社員を送り出して後、三たびコンピュータを手に4階に戻る。そして数十分を経てようやく、本日の仕事を完了する。
朝飯 生のトマト、スクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、白菜漬け、田作り、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、すぐき、塩鮭、梅干しによるお茶漬け
晩飯 トマトとベビーリーフとモツァレラチーズのサラダ、ベーコンエッグ、2種のパンと林檎のジャム、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.1.14(日) 春隣
「正月の飾りは15日の風に当てるな」とは、オフクロによく言われていたことで、頭にこびりついている。よって店や事務室の柱飾り、製造現場や家の注連縄は、14日に片付けるものとばかり考えていた。一方、鏡開きは11日で、社内や家の中の鏡餅はすべて、この日に片付けられた。
そのついでと言っては語弊があるかも知れないけれど、14日に手をつけるものとばかり考えていた正月飾りも、鏡餅と同時に綺麗さっぱり目の届くところから消えた。「拍子抜け」とは、このことである。
鏡餅や正月飾りと共に店舗正面右の季節の書も、おなじ11日に「賀正」から「春燐」に掛けかえられた。また店内の客だまりに活けられた正月の花は、僕が不在にしていたきのう、カワムラコーセン先生が来て、その一部を大ぶりの壺にまとめ、残りは処分するため持ち帰ったという。
こうして正月が、つまり新年は、足早に去って行くのだ。いまだ元日から2週間も経たないうちに。
朝飯 ほうれん草のソテー、温泉玉子、納豆、すぐき、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 ベーコンと白菜のスープ、ポテトと人参のサラダを添えたハンバーグステーキ、“Hautes Cotes de Nuits Vicomte Bernard de Romanet 1988”、いちご
2018.1.13(土) 下のクラスの還暦祝い
空は晴れている。素肌に木綿のシャツ、そこに”HOFER”のチロリアンジャケットを重ねた2枚で寒さは感じない。午前に新橋から河田町へと向かう。そこで少々の用を足し、東新宿を経由して池袋に至る。
明日館の、震度7の地震にも耐えられる工事を完了したばかりの講堂に足を踏み入れる。我々男子部35回生は昨年、この新年総会で、しかし場所は自由学園の講堂で還暦を祝ってもらった。今年は36回生が壇上に並ぶ。お祝いの言葉は37回生のイノウエタダス君。本日ここに来ることのできた20名ひとりひとりに対して在学中の想い出を語った、そのスピーチが良かった。
35回生の新年会の場所は、同級生のノリマツヒサト君が予約をしてくれていた。明日館から北口まで数百メートルを歩き、ビルの階段を降りる。座敷に入ると、都合により総会には参加をしなかったニシタニサダアキ君が、ひとりで静かに待っていた。やがて次々に見知った顔が集まり、今年のクラス会について、その次期と方法について話し合う。
ウチは平日よりも週末の方がよほど忙しく、また東京には既にして1泊をしている。よって20時にひとり席を立ち、駅へと向かう。
池袋から山手線の外回りに乗る。読んでいた本から目を上げると田端だった。次に気づくと駅は日暮里だった。「よし、次の西日暮里で乗り換えだ」と、本をザックに仕舞う。しかし次の駅は、案に相違して鶯谷だった。日暮里と西日暮里の位置を勘違いしていたのだ。一度は西日暮里まで戻ることを考える。しかし「ここまで来てしまったなら」と、上野経由で浅草に行くことを決める。
そうして浅草21:00発の下り特急スペーシアに乗り、23時前に帰宅する。
朝飯 「大戸屋」の焼き魚定食
昼飯 「ドトール」のコーヒー
晩飯 「鞍」のあれや、これや、それや、「二階堂酒造」の麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2018.1.12(金) 冬の日
地下鉄千代田線を表参道で降りて地上に出る。時刻は12時40分。冬の日が照らし出す景色は、まるで夕刻のそれだった。今日の仕事は13時に始まる。昼食を摂るか否かについて、すこし迷う。そして結局は、それほど重くないものを途中の喫茶店で素早く腹に入れ、即、歩き出す。
デザイン事務所の、オートロックのスライドドアを通り抜けてふと振り向くと、長男、そして先月2日に下調べのためウチまで来てくれたフジムラさんの姿が見えた。よって閉まりかけたドアに手をかざして今いちど開け、彼らと共にエレベータで上階に上がる。
どこかからオルゴールが聞こえてきて、時刻が17時になったことを知る。空はいまだ、青さを留めている。しかし次に窓の外に目を遣ると、そこには完璧な夜があった。
表参道の駅から長男は千代田線、フジムラさんは半蔵門線、僕は銀座線と、それぞれ異なる方面への地下鉄に乗る。そして僕は新橋にて、その地下鉄を降りる。
金曜日の夜とはいえ、街に人はそれほど多くない。街が通常の賑やかさを取り戻すのは、東京では啓蟄、田舎では春分が、ひとつの区切りになるような気がする。
朝飯 納豆、小松菜のソテー、焼きトマトを添えた目玉焼き、田作り、すぐき、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 「上島珈琲店」のクロックムッシュ、コーヒー
晩飯 “pero”のあれや、これや、それや、”Mantel Blanco Rueda Sauvignon 2016″
2018.1.11(木) 水神祭
ウチの蔵には、いつ建立されたとも知れない石碑により、水神が祀ってある。
1970年代の後半に日光宇都宮道路が開通し、その今市インターチェンジへは、街の中心からバイパスが延ばされた。そのバイパスの工事により、ウチの敷地は2ブロックに亘って南北に長く削られた。それに伴ってウチの、隠居を除くすべての建物は一新された。
水神の碑は、新しい蔵に、場所をすこし移してふたたび置かれた。毎年末、それは水で丁寧に洗われる。正月には鏡餅が飾られ、雑煮が饌えられる。また、1年を通じては水と榊が絶やさず饌えられて現在に至っている。
「みずのと」の今日は総鎮守・瀧尾神社からタナカノリフミ宮司を迎え、水神祭を催す。すべての食べ物は、先ずもって、清らかな水を必要とする。上澤梅太郎商店は今後も温故知新を旨とし、より一層の、優れた商品を作り続けていきたい。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、スクランブルドエッグ、生のトマト、白菜漬け、すぐき、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 サンドイッチ、コーヒー
晩飯 ニース風サラダ、2種のパン、鶏とマッシュルームのクリーム煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご
2018.1.10(水) 検索と小計
昨年1月から12月までの小遣い帳に「ラーメン」という語句で検索をかけ、それを店名で小計して、店ごとの訪問回数を出してみた。
ざる担々麺の美味い「ユタの店」に1度しか行っていないのは不思議だ。ここに現れない分については、家内におごってもらったのかも知れない。「フジヤ」は仲間うちでの食事でも、2度ほど使った記憶がある。しかしその分は多分、ここには記帳されていない。「とりや」のラーメン3杯で1,200円とは、どこかに記帳ミスがあったのだろう。
意外だったのは、東京でのラーメンが1杯のみ、というところだ。狐につままれた気持ちもするけれど、この日記を昨年の1月まで遡って検証する気力は無い。ラーメンは大抵、昼に食べる。出先では食後にゆっくり休む場所が確保できないため、腹の膨れるラーメンは避ける傾向があるのかも知れない。夜の飲酒の後のラーメンは、体のことを考えれば、さすがに食べる気はしない。
さて、ここに家で食べたそれも加えれば、僕は年間にかなりのラーメンを食べている。太らない体質に感謝をするばかりだ。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、すぐき、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 カレー南蛮鍋、すぐき、お多福豆、「軸屋酒造」の芋焼酎”Rin precious”(お湯割り)
2018.1.9(火) 冬時間
社員の労働時間を減じるため、2016年より、成人の日の翌日から春分の日の直前の金曜日までは、18時の閉店を17時に繰り上げることとした。
国道121号線を挟んで向かい側の駐車場には、暗くなると明かりの点く看板がある。その電源ボックスには、毎日、関東地方の日没から18時までのあいだに照明が点灯するよう、特殊なタイマーが仕組まれている。日没の時間は毎日、変わる。それをタイマーが、どのように制御しているかは知らない。とにかく今日からの営業時間の短縮に伴って、その照明の電源を元から切る。
国道121号線の手前、つまり店側の看板にも照明がほどこされている。こちらのタイマーは旧式の単純なもので、設定された時間内で、且つ周囲が暗くなると点灯する。こちらについては、きのうまでの16:15から18:00までの設定を、16:15から17:00までに変える。
18時の閉店が17時に繰り上げられただけで、とても大きな余裕が心に生じることを、2016年のこの時期に知った。そしてウチでは本日より、夕食の時間が30分だけ早められた。これにともなって入浴や就寝の時間も、僕に限っては早くする。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、白菜漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 2種のパン、生ハムのムース、マッシュドポテト、ほうれん草のピュレ、トマトのソテーを添えた鯛のバター焼き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、イチゴと煮リンゴを添えたバームクーヘン、”Chabot XO”(生)
2018.1.8(月) 成人の日
むかし、成人の日は1月15日だった。今年は8日の今日がその日にあたる。いつから、どのような理由によりそうなったのかと、先ずはgoogleに「成人の日」と打ち込み、それにより現れたページを流し読みしたのち、次は同じくgoogleに「ハッピーマンデー制度」と打ち込んで、あらかたのところを理解する。
「むかし」と書けばいささか正確さを欠くものの、とにかくむかしは1月15日の成人の日までは街に正月の風情が残っていた。今はせいぜい年明けから1週間、あるいは1月の第2月曜日と改められた成人の日を過ぎると、世間は早くも日常に戻る。そして以降は延々、春分の日まで冬の日々が続くのだ。
その節目となる本日は終業後に社員と街の焼き肉屋に集まって、会社の新年会を開く。途中、酔った頭でホルモンを大量に注文してしまい、一時はどうなることかと心配になったものの、そのすべては参加者の胃袋に収まって、胸をなで下ろす。
朝飯 温泉玉子、納豆、汲み上げ湯波、トマトのサラダ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 焼き餅(溶かしバター、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」)
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、焼酎「眞露」(オンザロックス)
2018.1.7(日) 町内の新年会
正月の賑わいが感じられるのは、この週末が最後になるだろう。よって普段は身につけない半纏を着て店に立つ。半纏は、大正期のそれを元に町内の岩本染張店で十数年前に復刻をしたもので、木綿とはいえ分厚い生地を奢っているため、普段の服に重ねると、隨分と暖かい。
閉店40分前の17時20分に日光街道を徒歩でさかのぼり、春日町1丁目の公民館へ行く。そして集まった役員たちと長机を並べ、座布団を敷き、新年会の場を調える。
この新年会には、地区委員長から回覧板を受け取り、それを向こう三軒両隣に回したり、あるいは地区委員長や自治会長と連絡を交わす組長の、1年の労をねぎらう意味が強い。しかしここ数年は、その組長の出席率が極端に落ちた。
「夜の開催では寒いだろうから、昼に開いてみよう」とか「気分が日常に戻る前の、年明けからいくらも経たない日に開いてみよう」などと考え、試行を重ねてきたものの、出席率は元に戻らない。本日、17名の組長うち、出席をしたのは4名のみだった。
事ここに至れば、町内の予算を節約するためにも、この新年会は止めてしまうのも一案かも知れない。
朝飯 納豆、スクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのサラダ、肉味噌、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 スーパーマーケット「かましん」の刺身、同オードブル、同鮨、お祭に上がった日本酒(燗)
2018.1.6(土) 天国
本日、朝一番で店に入ってきたのは、若い白人の男性だった。地方発送を申し込むためのカウンターでパンフレットを眺めているため「どちらかにお送りですか」と訊くと「はい」と答える。店から事務室の裏を経て蔵へ延びる通路に折良く長男の姿が見えたため、呼んで後を任せる。
しばらくして事務室からガラス越しに店を見ると、その男性の姿は消えていた。長男によれば、男性はウチを食堂と勘違いしていたとのことだった。
そのまま店にいると、先ほどの男性が、今度はコカコーラの、飲みさしのボトルを握ってふたたび入ってきた。そこでまた声をかける。
「朝食の場所を探していたんですってね」
「えぇ」
「大きな街ではないので、ファミリーレストランくらいしか開いてないかなぁ」
「それは、どのあたりですか」
「近くないですよ」
と、ここまで会話を続けると、またまた長男が近くを通りかかったので、またまた長男に後を任せる。
男性は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」ちかくの玉藻小路にある「いまいちやど」の宿泊客だった。そうであれば、ウチまで来るあいだに当然、セブンイレブンは目についただろう。「モスバーガーなら営業しているかも知れない」と長男が教えると、コンビニエンスストアでもなく、またハンバーガーショップでもなく、どうやら普通の食堂で日本風の食事がしたいらしい。とすれば、朝の8時台から営業をしている店は、このあたりには皆無だ。
ウチはキッチハイクを通じてひと月に1度、朝食の会を催している。しかしそれは完全予約制で、今月は28日の開催である。
白人男性は、これからどちらへ向かおうとしているのだろう。たまたま駅前食堂のある街に降り立ったなら、そこが彼にとっての天国になるかも知れない。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、ベーコンエッグ、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 汲み上げ湯波、キスとサヨリの酢締め、黒豆、ちらし鮨、「梅乃宿酒造」の「奈良流五段仕込露葉風純米吟醸」(冷や)
2018.1.5(金) 案に相違して
今日から朝食は普段のそれに戻った。餅や雑煮は好きではあるけれど、味噌汁の香りには、やはり心を落ち着かせるものがある。
年末から年始にかけての5日間の銀行休業日に備えて、釣り銭は12月29日に多めに用意した。その備蓄が少なくなってきたため、もうひとつは、12月1日から31日までの買掛金を今月10日に支払うため、午前中に複数の銀行を回る。支払日は10日でも、8日の月曜日が祝日であれば、また小切手が絡むことであれば、早めの行動が必要になるのだ。
その銀行まわりの留守中に春日町1丁目の自治会長ウカジシンイチさんが訪ねてきたらしく、年初に必要な現金のための出金伝票がたくさん届いていた。よって町内の現金袋からそれぞれの伝票に応じた現金を、これまたウカジさんが用意してくれた封筒に逐一、納めていく。次は、それらの金額を1行ずつコンピュータに打ち込んでいく。最後にマクロを走らせると、当然のことながら、帳尻は一瞬にして合った。
町内の、いわゆる向こう三軒両隣の代表「組長」を招待する新年会は、あさっての日曜日に開かれる。それ以降の日々も、蛍光ペンによる、用事や予定を示す印でカレンダーは埋まっている。師走が去っても、1月は案に相違して、結構、忙しいのだ。
朝飯 切り昆布の炒り煮、トマトのスクランブルドエッグ、巻湯波の淡味炊き、ほうれん草のソテー、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 巻湯波の淡味炊き、ほうれん草の胡麻和え、鰤の照り焼き、黒豆、「北雪酒造」の「越淡麗純米吟醸」(冷や)
2018.1.4(木) 数量の予想
「正月も4日ともなれば、お客様の数も、さすがに減るだろう」と過去の数字から予想して、本日蔵出しの、特に新鮮さの求められる「らっきょうのたまり漬」については、生産量を落とした。そうしたところ案に相違して、今日も少なくないお客様に恵まれた。
「らっきょうが売り切れそうで…」と、午後も中ごろに達したあたりで、販売係のタカハシカナエさんが報告に来る。訊けば、地方発送のための「らっきょうのたまり漬」も既にして、蔵の冷蔵庫から店の冷蔵ショーケースに回したという。今さら何ができるというものでもない。そのまま販売に当たるよう、タカハシさんには伝える。
新鮮さは追求すべきではあるものの、売り切れによりお客様にご迷惑をおかけすることも避けたい。明日は、これまた過去の数字から予想される販売数量より、すこし上を狙って生産することを、包装係のヤマダカオリさんと16時に確認する。
閉店の18時、店に残った「らっきょうのたまり漬」は僅々35袋だった。今年は、8日の成人の日までは、多め、多めに生産していく必要があるだろう、多分。
朝飯 お雑煮
昼飯 うどん
晩飯 「ばん」のおせち料理あれこれ、牛肉の鉄板焼き、「田苑酒造」の麦焼酎「ワイン酵母使用OTOYOI」(お湯割り)、イチゴ、あんこ玉、”Old Parr”(生)
2018.1.3(水) 買い溜めは大抵、損をする。
きのうは腰に、まるで樽のたがが外れそうな感触があった。そのような症状を未然に防ぐには、特に冬においては腰を温めることが肝要と、おととしの秋に聞いていた。
未然に防ぐことはできなかったものの「今からでも行動すべし」と、本棚の下の、薬用と定めている引き出しから、おととしの秋に買い溜めた使い捨てカイロを取り出す。残りは5つに減っていた。そのひとつを下着の腰の部分に貼りつけ、仕事場に降りる。
そのカイロは、しかし、いつまで経っても温まらない。安物だったこと、買ってから2年以上を経ていることが原因かも知れない。そのうち熱くなることを期待して夕刻までそのままにしたものの、温度は遂に、変わらなかった。
よって今朝は、昨夜にすこしだけ積もった雪に自転車のタイヤの跡を付けながら小倉町のセブンイレブンへおもむき、ロッテ製の「ホカロン貼るタイプ」の10枚入りを買う。値段は予想したよりもずっと安い358円だった。
夕食の後は、12時間を経過しても一向に温度の下がらない「ホカロン」を惜しみつつゴミ箱に捨て、入浴して即、就寝する。
朝飯 お雑煮
昼飯 「ミラノピザ」のマルゲリータ
晩飯 “Finbec Naoto”の正月企画の猪のテリーヌ、トマトとジャガイモと白菜のサラダ、薩摩芋のポタージュ、カレーライス、らっきょうと胡瓜の漬物、グラスの赤ワイン、アイスクリームを添えた林檎のパイ、コーヒー
2018.1.2(火) 初売り
目を覚ますと、時刻は0時34分だった。しばらくは布団の中で静かにしていたものの、眠気はいつまでも訪れない。よって服を着て起きてしまう。目を覚ましたときから50分あまりが過ぎている。
仏壇に花と水とお茶と線香を供えても、時刻はいまだ2時37分。そこで先ずは、大晦日と元日の日記を書く。そして大晦日のそれについてのみ「公開」ボタンをクリックする。手近の本を拾い読みしても、冬の夜はなかなか明けない。5時30分に寝室に戻って横になり、6時15分に本日2度目の起床をする。
7時50分、朝の光が、店舗の大屋根、切り妻の破風、白壁、看板、犬走りのひさし、そしてノレンと、上から徐々に降りてくる。ふと思いついて、事務室からカメラを持ち出す。そしてその景色を撮って事務室へ戻り、画像と共に、新年の挨拶を会社のfacebookページに上げる。
初売りの今日は、特に午前の終わりころには、たまたま孫をおぶって降りてきた嫁の手も借りなくてはならないほど、多くのお客様に恵まれた。僕も、ほとんど夕方まで店に立って、販売に従った。
閉店は、定時の18時をすこし過ぎた。出社した社員すべてを送り出し、売り上げ金を記帳するため事務室の椅子に座ると、あくびが立て続けにふたつも出る。18時間も起き続けていれば、それも当然だろう。
夜は砂糖と「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」のみで味を調えたすき焼きを肴に、僕としては珍しく、3日続けての日本酒を飲む。
朝飯 お雑煮
昼飯 「コスモス」のハンバーグステーキデミグラソース、ライス
晩飯 「ばん」のおせち料理あれこれ、すきやき、柴漬け、白菜漬け、黒豆、栗きんとん、「松瀬酒造」の「松の司2016BY生酛純米」(冷や)
2018.1.1(月) 元日
元日の朝は墓参りから始まる。家内、長男、嫁、次男、孫の6名で如来寺のお墓を訪ね、花と水と線香をお供えする。帰途、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に寄り、きのうバックヤードの冷蔵庫に納めた商品を、売り場の冷蔵ショーケースに並べる。
家に帰り、準備が整い次第、仏壇、神棚、お稲荷さん、水神、地神の5個所に雑煮をお供えする。ウチでは、これを済ませるまでは、人間は食べ物にありつけない。
雑煮とおせち料理にて冷酒を2合ほども飲む。昼前に追分地蔵尊、瀧尾神社と、やはり家内、長男、嫁、次男、孫の6名で回り、初詣をする。
朝食の時間が遅いこと、その量が普段より多かったこと、明るいうちの酒は食欲を減退させるなどのことから、昼食は摂らない。午後は横になって休む。
夕刻、徒歩で日光街道を下り、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行く。らっきょうのたまり漬は残り22袋、七種刻み合わせ「だんらん」の残りは2袋まで減っていた。このことにより、明日初売りの朝は、更に忙しくなるだろう。
帰社して即、白衣に着替える。そして小一時間ほどを蔵で過ごす。夜はまた冷酒を2合ほども飲み、21時前に就寝する。
朝飯 お雑煮、イケガメトシコさんからいただいた田作り、同じく黒豆、「久埜」の栗きんとん、「鎌田屋商店」のつがる漬け、「ばん」のおせち料理その1、その2、その3、「松瀬酒造」の「松の司2016BY特別純米」(冷や)
晩飯 「松葉屋」の巻湯波の炊き物、つがる漬け、「ばん」のおせち料理あれこれ、「松瀬酒造」の「松の司2016BY特別純米」(冷や)





































































































































