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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2019年4月の日記30本

2019.4.30(火) 通説の信憑性

ウェブ上には様々な宣伝が溢れている。今朝、ブラウザを立ち上げると「男の胃袋を掴む五大料理とは、味噌汁、ハンバーグ、肉じゃが、カレー、唐揚げです」という文字が目に飛び込んできた。「男の胃袋を掴む」とはいえ、その中の肉じゃがと唐揚げ、これは鶏の唐揚げを指すものと思われるが、そのふたつには、僕は興味を持たない。

肉じゃがは炭水化物の固まりだから、メシのおかずにはならない。甘いので、酒の肴にもならない。僕にとっては、どうにもつぶしの効かない料理である。鶏の唐揚げについては、僕は外ではおおむね食べないが、銀座の洋食屋「キャンドル」のそれは、閉店する前にぜひ食べておきたかった。しかしもう間に合わない。鶏の唐揚げは外では食べないものの、嫁のモモ君の揚げるそれは美味い。

ところで肉じゃがのジャガイモを里芋に換え、豚肉を牛肉に換えると、急転直下、好きなおかずに変身をする。「しいたけのたまり炊」や糸こんにゃくを加えてすき焼き風に煮るのだ。そろそろまた常備菜として、家内か長男に作ってもらうかも知れない。


朝飯 細切り人参の炒り煮、切り昆布の炒り煮、若竹煮、ほうれん草のおひたし、「ふきのとうのたまり漬」を添えた生玉子、胡瓜のぬか漬け、メシ、三つ葉の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のわかめ野菜天うどん
晩飯 モッツァレラチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、”TIO PEPE”、ジャガイモやツナのサラダパン其の一鰯の丸干しのトマトと胡桃のソースパン其の二“Petit Chablis Billaud Simon 2016”

2019.4.29(月) もつ焼き

ガラスの格子窓から店の混み合う様子が見えたため、取り急ぎ事務室から移動をして接客に当たろうとする。すると、若い男の人が親しげに笑みつつ近づいてきた。飲食店を経営する方で、お店でウチの漬物を扱って下さっているという。そんな関係から、ぜひ一緒に写真を撮りたいとおっしゃる。僕は即、事務室に戻り、長男を呼ぶ。その若い方とは犬走りの金看板を背に、長男も含めた3人で写真に納めさせていただいた。

お店の最寄り駅は東西線の落合、業態はもつ焼きだという。

「日本の食べ物で、いちばん好きなものは何ですか」とタイ人に訊かれて「もつ焼きですかねー」と答えたことがある。モツを意味するタイ語をカタカナで表せば「クルアンナイ」だが、この発音が難しい。だから僕は、その「クルアンナイ」のタイ文字をインターネット上でコピーし、印刷をして、旅行中に持ち歩くノートに貼りつけている。通じなければこれを見せる手、である。

本日のお客様のお店には、かならずお邪魔をしたいと考えている。


朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、若竹と菜の花の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬を添えた生玉子、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 細切り人参の炒り煮、ほうれん草の胡麻和え、ブロッコリーのサラダ、鶏のつくね焼き、らっきょうのたまり漬、筍御飯、梅干し、麦焼酎「黒麹道」(お湯割り)、イチゴの杏仁豆腐

2019.4.28(日) 備えあれば憂いなし

むかしamazonで買った本が、何かのきっかけからまたブラウザに現れる、ということがある。googleやamazonが巧妙に仕組んだアルゴリズムによるものと思う。「情報は1冊のノートにまとめなさい完全版」も、そんな1冊だ。「〇〇しなさい」という、いかにも偉そうな書名は、小山昇の著作に目立つ。あるいはそれよりも前に、このような書名で本の売れることに気づいた編集者がいたのかも知れない。

僕は活字中毒ではあるけれど、いわゆるハウツー本やビジネス書は読めない。本を読むことによってなにがしかの利益を得ようとした途端、脳のどこかがピシャリと閉まって一切、その内容が頭に入ってこなくなるのだ。しかしてまた、そのような本であっても、黄表紙まがいのものと脳が認識をしてくれれば読める。

「情報は1冊のノートにまとめなさい」を、メイラーの「通信販売」というフォルダに検索すると、僕はこれを2008年6月23日に買っていた。そしてまぁ、読んだわけだけれど、もちろん僕のことだから、ただ読んだだけで、書いてあることを実行したわけではない。実行はしなくても、覚えていることの二つや三つはある。そのうちの一つが「1,000円札1枚をノートに挟み込んでおく」というものだ。

僕は、街うちに出かけるときには財布を持たない。手提げに入れれば片手がふさがり、ポケットに入れればポケットが膨れて不快だからだ。出かけた先では欲しいものに頻繁に出会う。出会っても財布は持っていないから、それを買うことはできない。

「情報は1冊のノートにまとめなさい」を読んでから実に11年目の本日、「非常用」と書いたビニール袋に500円玉2個を入れ、それをホンダフィットのハンドルの下に格納した。1,000円あれば、季節の野菜やサンドイッチくらいは買える。備えあれば憂いなし、である。


朝飯 大根おろしを添えた油揚げの網焼き、納豆、スペイン風目玉焼き、鮭の昆布巻き、ふきのとうのたまり漬、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 菜の花のおひたし、鮭の麹漬け、らっきょうのたまり漬、若竹煮、鶏もも肉の照り焼き、胡瓜のぬか漬け、麦焼酎「黒麹道」(お湯割り)、武平饅頭「不二家」のイチゴのショートケーキ、”Old Parr”(生)

2019.4.27(土) 続・朝の納品

いつもより1時間ほどはやく朝食を済ませ、6時15分に仕事場に降りる。そしてきのう製造係の数名が用意した商品をホンダフィットに積み、6時30分に会社を出る。JR宇都宮駅までの行程は45分と予想をしていた。しかし実際には35分後の7時5分に着いた。出張先の東京から戻った長男と7時15分に落ち合って、クルマを南へ向ける。

四半世紀ほども付き合いの途絶えていた福田屋百貨店さんとは、ひょんなことから取り引きが再開し、今月の9日にはFKD宇都宮店さんに初めての納品をさせていただいた。それに続いて今日は、FKDインターパーク店さんにも納品をさせていただくことになっている。約束の時間は8時だったが、現場には7時41分に到着した。

僕は、割り当てられた棚にアルコールを噴霧し、磨き上げることを繰り返す。長男は商品にシールを貼り、それを棚に並べていく。本日の納品は、小一時間で完了した。帰りは、いまだ開店前のFKD宇都宮店さんに立ち寄って、売り場の様子を見る。

10連休の初日から新しい仕事ができて、大いに嬉しい。


朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、目玉焼き、ポテトサラダ、薩摩揚げの淡味炊き、ふきのとうのたまり漬、メシ、ほうれん草と玉葱の味噌汁
昼飯 「CoCo壱番屋」のポークカレー、野菜サラダ
晩飯 らっきょうのたまり漬、カレー南蛮鍋トンローのローカルスーパーマーケット「杜泰興」で買った長寿麺をカレーの鍋で煮て「百德食品公司」の豆板醤で和えたもの麦焼酎「黒麹道」(お湯割り)、どら焼き、“Almaviva 1997”

2019.4.26(金) 大事を取って

来るべき10連休に備えて、釣り銭の両替を水曜日、木曜日と行った。なぜ2日に亘ったかといえば、1度では重くて持ちきれなかったからだ。更に今日は最後の調整として、いまいちど両替を行った。一銭にもならない仕事を引き受けてくれる近所の信用金庫に対しては、何やら申し訳ない気分を感じている。

釣り銭用の紙幣や硬貨は、小口現金と混じり合わないよう、別の場所に置いている。釣り銭を納めた金庫は、今のところは汗牛充棟に見える。これがまたたく間に減って、顔が青ざめるくらい、10連休が忙しくなれば有り難い。

ところでこのところの暖かさから急転直下、今日は気温が下がった。山沿いには降雪の予報すら出ている。夕刻、店の外に寒暖計を置くと、色は赤いから水銀柱とはいえない、とにかく気温は10度を下まわった。

夜は、僕が書記を務める、日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会にて、大谷川の向こうまで出かける。明日は大切な用事があるため徒歩や自転車は避け、往きはホンダフィット、帰りは代行車を頼んだ。21時すぎに帰宅してしばし製造現場に入り、明日のための商品を確認する。


朝飯 切り昆布の炒め煮、薩摩揚げの淡味炊き、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、ふきのとうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 「天幸」のあれやこれやそれや、他あれこれ、4種の日本酒(冷や)

2019.4.25(木) ミャンマーの葉巻

春夏秋冬、年に4本のタバコまたは葉巻を吸う。なぜ吸うか。このようなドラッグまがいのものを国は国民に許している、そのいい加減さが面白いから吸う。なぜ年間4本に限るか。タバコはマリファナとは異なって、1日に1本、それを1週間ほども続ければ立派な中毒患者になれる。そして元の世界にはなかなか戻れない。それを嫌っての年に4本である。

2016年6月にミャンマーの田舎で買った安葉巻が、事務机の引き出しに1本だけ残っていた。それを今日は夕食後に外で吸った。

タバコ代とは畢竟、時間代と、僕は感じている。空中に様々な模様を作る煙を、何も考えないまま目で追う、その静かな時間を、タバコを仲立ちとして買っている気がする。ミャンマーの葉巻は、風味こそその安値に似合ったものではあったけれど、とにかく数十分は持ちこたえた。

年に4本とはいえ、昨年も、また一昨年も、実際には3本しか吸わなかった。春夏秋冬でいえば、冬には吸わないことが多い。吸えば血管が縮んで即死するような気がするからだ。


朝飯 切り昆布の炒り煮、大根おろしを添えた薩摩揚げの淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のサンラーメン
晩飯 玉子サラダ牛肉のトマト煮自分で作るサンドウィッチ“TIO PEPE”“Almaviva 1997”

2019.4.24(水) 道具を見送る

むかしオートバイで山の中を走る会に入っていた。会に入るためにはオートバイを手に入れる必要がある。その会では、オートバイは、ある特定の店で買うことになっていた。しかし僕は、その店ではオートバイを買う気がしなかった。店の裏庭には工具が散らばっていて、オーナーはその工具をタイヤで踏みつけながら、オートバイに乗る練習をしていた。

一方、東京から日光に移り住み、古典車の修復家として一時代を築いたバンノーセーイチさんは、毎年、大晦日にはスナップオンの工具を箱に整頓し、酒を注いで感謝の意を表していた。

たまり漬の袋の口を、それまでの輪ゴムから針金で結束する形に変えたのは、大阪万国博覧会の前夜、つまり1969年のことと記憶する。以来、その形態はことしの3月31日まで、実に半世紀のあいだ続いた。真空包装機が導入されたことにより使われなくなった結束機は9台。そのうちの2台は取り置き、残りの7台は、これまで維持管理をしてくれてきたエスワイ産業に譲ることとした。

蔵の奥にズラリと並べられた7台の結束機には、僕が酒を注ぎ、長男が塩を盛った。そうしてエスワイ産業のサイトータケシさんの先導により、集まった社員たちと、その7台に二礼二拍手一礼をした。

サイトーさんは真新しいトラックに7台の結束機を載せ、北方に去った。蔵の中は隨分と片付いて、気分は大いに悪くない。


朝飯 塩昆布、塩鮭、梅びしお、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬による雑炊
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 冷や奴春雨サラダ「百德食品公司」の豆板醤を添えた水餃子文旦チューハイ

2019.4.23(火) くすのき

家内の母の十七回忌、および父の三回忌のため、広尾の駅を降りて南部坂を上がる。ホテル王の夫婦が住む、高く反り返った鉄柵で囲まれた、まるで要塞のような家を過ぎれば、山の上の禅寺は目と鼻の先に迫っている。朝のニュースでは、今日の気温の高いことを気象予報士が伝えていた。僕は夏用の背広を着て、しかし汗はかかない。

今日の法事は、これまでのそれとは異なって、ごく内輪で行った。よってその後の食事もちかくの懐石料理屋ではなく、麻布十番のラーメン屋で摂ろうと考え、仙台坂を下る。十番商店街を北上しつつクルマの窓から左手にその店を確かめると、しかしそこには「火曜日定休」と書かれたシャッターが降りていた。即、方向を転じて鳥居坂を上がる。

空が晴れていさえすれば、景色は大抵、美しい。国際文化会館のコーヒーショップでサンドイッチをつまみつつ「ビールの好きな人なら、飲まずにはいられない環境だ」と考える。僕は酒は好むがビールはほとんど口にしない。昼酒も、つき合い以外では飲まない。夜に白ワインを飲んだら良さそうな気もするが、折角の庭は闇に沈んでいるだろう。

前回、ここに来たのはある団体の設立総会のときで、それは4年前の4月の夜だった。その集まりからは「自分の本当に好きなことは何か」と考えた結果、すぐに抜けた。

浅草16:00発の下り特急に乗って終業直前の会社に戻る。閉店の作業をして社員を送り出し、夕食の後は入浴をして早めに就寝する。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、目玉焼き、大根おろし、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、梅びしお、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 “THE GARDEN”のクラブハウスサンドイッチ、レモングラスティー
晩飯 だし巻き玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、素麺の吸い物鮨あれやこれや、「新政酒造」の「純米大吟醸生原酒ナンバー6」(冷や)、蓮根菓子「西湖」

2019.4.22(月) 花見

味噌蔵のある庭の隠居には数年前まで、実生のものも含めて少なくない数の桜があった。それに対して「育ちすぎれば倒木による被害を避けるため、鉄筋コンクリートの塀を壊し、重機を入れて処分する必要がある。しかし今なら梯子とチェーンソーだけで伐れる」と出入りの植木屋に言われ、惜しげなく減らした。その結果、現在は山桜、染井吉野、枝垂れ桜の3本のみになっている。咲く順番は、いま書いた通りで、最後に残るのが、庭のほぼ真ん中にある枝垂れ桜である。

きのう清楽亭寄席を開いた座敷で、今日は終業後に社員を集めて花見を行う。花見は一時期「花より団子」とばかりに街の飲食店ですることもあったけれど、ここしばらくは元の形に戻して続けている。

花見の日には毎年、10年、20年、30年の永年勤続表彰をする。今年は包装係のタノイチカさんが入社20年を迎えたものの、彼女は4人の子持ちで、だから途中、産前産後と育児休暇を5年ちかくは取っているはずだ。よって5人目の子供を産まなかったとしても、表彰は5年後になるだろう。

皆で穏やかに飲んで食べて、20時30分に散会する。


朝飯 モッツァレラチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けとトマトのサラダ、納豆、豆腐の卵とじ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、メシ、ほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌バターラーメン
晩飯 キャベツのサラダ冷やしトマトカキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けだし巻き玉子ジャガイモとズッキーニとパプリカの素揚げ「日光味噌梅太郎白味噌」和えたまり漬「鬼おろしにんにく」と同「刻みザクザクしょうが」を薬味にした鰹のたたきおむすび焼き鳥各種チューハイ

2019.4.21(日) 清楽亭寄席

味噌蔵のある庭の隠居で「清楽亭寄席」を開くようになって、今年で4年になる。寄席の名は、築150年の建物の六畳にかかっていた額による。企画は長男、準備のほとんども長男。12時からの昼席と14時30分からの夕席の各々の中入りには、たまり漬を使ったおむすびとらっきょうのたまり漬と味噌汁を、お客様にお出しする。僕の仕事は、味噌汁の出汁を前夜から引くこと、本宅と隠居のあいだの食器の移動、当日の受付と給仕である。

「清楽亭寄席」に出演する噺家は、原則として瀧川鯉白。長男のこだわりは、そこに必ず色物を加えるところにある。今年は音曲の桂小すみ先生。「先生?」と不思議に感じる人もいるかも知れないが、色物の芸人につける敬称は「先生」と決まっている。

今年の「清楽亭寄席」も、街うち、あるいは県内、遠くは東京からのお客様に恵まれて、無事に完了した。長男と僕と家内が隠居に詰めているあいだ、週末の忙しい店を守ってくれる社員のいることが有り難い。

夜は春日町1丁目の会計係として、町内の総会に臨む。


朝飯 キクラゲと鱈子の佃煮、塩鮭、梅干し、塩昆布、ふきのとうのたまり漬によるお茶漬け
昼飯 「しその実のたまり漬」と「刻みザクザクしょうが」によるおむすび揚げ湯波とカキ菜の味噌汁
晩飯 マカロニサラダを添えた鶏の唐揚げ、”ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)

2019.4.20(土) 朝の景色、夕方の景色

4時に目を覚まし、その20分後に食堂に来てカーテンを巻き上げると、東の空には水色と桃色による帯が、既にして淡く重なっていた。夏至まではいまだ2ヶ月もあるというのに、隨分と早くから明るくなるものだと、すこし驚く。その空がもっとも美しくなるころに写真を撮ろうと、おとといの日記を書きつつ待ち構える。しかしふと気づくと、空は、夜と夜明けのあいだを離れて朝のそれに近くなっていた。よって軽い落胆と共に立ち上がり、見まわりのため製造現場へと降りる。

特に何も無い一日という日は一日として無い… と書きながら「オレが日本語を習得しようとする外国人だったら『この和文を翻訳せよ』なんて問題が試験に出たらイヤだな」と思う。とにかく、特に何も無い一日という日は一日として無い。今日も、何も無いようでいて、あれこれのことが僕の耳に集まってくる。そしてそれらのあれこれは、数日後には、あるいは数週間後には、僕もそこに加わって、手やからだを使うことになるのだ。色々と楽しみである。


朝飯 蓮根と人参のきんぴら、納豆、スクランブルドエッグ、ほうれん草のソテー、塩鮭、ふきのとうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダマカロニグラタンドライマーティニ、”TIO PEPE”、家に帰ってからのチョコレートケーキ、”Old Parr”(生)

2019.4.19(金) 棚割り

来週の土曜日から10連休に入る。銀行も10連休だから、そのあいだに必要な釣り銭は、来週の金曜日までに準備を終えておく必要がある。その、金種別の数を推し量る。10連休とはいえ、途中にはかならず中だるみの日も出てくるだろう。それを考えれば、それほど大量の紙幣や硬貨を溜め込むこともないことが分かった。

海外に遊びに行く初日の、家を出て飛行機の座席に着くまでの気持ちは案外、恬淡としたものだ。それにくらべて10連休を迎えようとしているそれには、何とはなしに華やいだものがある。遊びより仕事の方に、より浮き立つ気分を感じるとは、一体全体、どのような心の働きによるものだろう。

きのう出かけた先で読みさした本を、夜になってから本棚に戻す。本は、その内容に従って、棚のしかるべき場所に区分けをされている。しかし本が増えるに連れ、その「しかるべき場所」からはみ出すものも出てくる。

インターネットで本を買うときに困るのは、初見の書き手については、その文体が確かめられないことだ。あるいはまた、むかしの文庫本は、現代の水準に照らして文字が小さすぎる。そのふたつを理由として、買われたものの読まれない本は、徐々に、確実に、増えていく。そんな本ばかりを集めた一角を棚に作ってみるのも面白いかも知れない。


朝飯 人参と蓮根のきんぴら、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、エノキダケと胡瓜の酢の物、ふきのとうのたまり漬、キクラゲと鱈子の佃煮、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 ジャガイモとレタスとブラックオリーブのサラダモッツァレラチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けパン牛タンと根菜のスープ“Chablis Billaud Simon 2015”

2019.4.18(木) タルヒヤ

日光の勉強仲間が西研究所のマイツール経営教室に参加をするというので、息抜きも兼ねて、会場のある品川区まで出かける。

僕がこの教室で学んだのは1992年4月。僕にとって幸いだったのは、そのときの僕の中には、コンピュータの「コ」の字も無かったことだ。空洞だったからこそ、新しいことが、水が高きから低きに流れるように入ってきたのだ。稀代のデータベースソフト「マイツール」に出会い、習得していった自分を振り返るときにはいつも「幸いなるかな心の貧しき者、天国はその人のものなり」という、マタイ伝第5章の一節を思い出さないわけにはいかない。

会場ではニシジュンイチロー先生に促され、上に書いたようなことを、10分間ほどで話させていただく。

いまだ空に明るみの残るうちに湯島の天神下に至り、シンスケの縄のれんをくぐる。桜の咲くころには終わってしまうとばかり思っていた樽酒は、いまだ残っていた。これを冷やした「タルヒヤ」を、上出来のあれこれを肴にして飲む。どのような理由によるものかは分かりかねるが、今日はいくらでも飲める。とはいえいつかは仕舞いにしなくてはならない。

そうして北千住を経由して23時前に帰宅する。


朝飯 ほうれん草の胡麻和え、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬、メシ、天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の2種のサンドイッチ
晩飯 「シンスケ」の小鰭酢、キャベツと帆立貝のサラダ、鮭の焼漬け、タルヒヤ

2019.4.17(水) ステーキのタレを作る

昨年の10月下旬から始まった背骨と右の肩胛骨のあいだの痛みは、ここ20年ほどのあいだ通い続けた接骨院や鍼灸院では治せず、噂に聞く、知る人ぞ知る施術者を他県にはるばる訪ねたところ、他のどこよりも効かなかった。12月の下旬には仕方なく整形外科でブロック注射を打たれるに至ったが、これも効果は皆無。ようよう辿り着いた「宇都宮肩腰痛みの専門整体院」で「1週間に2回、計8回の治療で快方へ向かう可能性が高い。それで駄目なら更に8回」と、ワタナベマサヤス先生に診断されて通うことを始めた。

その、本日は23回目の施術日である。背中の痛みは前回までの治療でほぼ完治した。そしてすこし前からは、左の五十肩、および初回に「ぶっ壊れかけてる」と図星を突かれた右膝の治療に重点が置かれるようになった。

左肩の、入り組んだ筋肉の隙間に9,000ボルトの電子ペンを差し込まれたときには、その痛みにより脂汗と吐き気の伴う気がした。「そこまで嫌な感じがするなら、ここがようやく辿り着いた、最後の要所かも知れません」と、先生はギョロ目を更に見開いた。一方、膝の皿の真ん中に電子ペンを突き立てられる痛みも相当なものだ。しかしこの右膝の悪いことは、2013年7月にネパールのシヴァプリに登った直後から認識をしている。将来のためにも、今は耐えつつ治療を続けなければならない。

昼休みには玉葱をおろし、たまり漬「鬼おろしにんにく」、同「刻みザクザクしょうが」、また「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」などを使ってステーキのタレを作る。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、筑前煮、トマトのソテーを添えた目玉焼き、ウィンナーソーセージとピーマンのソテー、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ茹でたブロッコリーと人参の細切り炒めとマッシュドポテトを添えたビーフステーキにんにくと玉子のチャーハン“Almaviva 1997”

2019.4.16(火) 弥生祭もたけなわ

午前、ホンダフィットの助手席に座る。おなじ方角から出勤する包装係サイトーヨシコさんには「道、混んじゃって、行けないよ」と朝のうちに言われていたが、まぁ、どうにかなるだろう。あるいはどうにかしなくてはならない。

先ずは神橋の手前から左手の屈曲した急坂を登って日光金谷ホテルさんに至る。そしてその売店に、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊、日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露、日光味噌と日光湯波のフリーズドライ味噌汁をお納めする。坂を下って今度は東武日光駅前の早見商店さんにお寄りし、冷蔵ショーケースの在庫を確かめる。

そうするうち下、この「シモ」とは日光では東照宮の反対側、つまり日光街道の起点である日本橋の方角を指す言葉ではあるが、そちらから松原町の花屋台が近づいてくる。旧日光市のお囃子は、ここから6キロを下った旧今市市の威勢の良いものとは異なって、とても雅だ。ふと気づくと、警察官の姿が増えている。これから各町内の花屋台が次々に繰り出されることを考えれば、もはや一刻の猶予も無い。

裏道を辿って旧日光市街から脱出をする。そして会社に戻って即、普段の業務に復帰する。


朝飯 イカナゴの釘煮、納豆、筑前煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン
晩飯 南瓜のにんにく蒸し金目鯛のオーブン焼きトマトと浅蜊の炊き込みごはん、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“TIO PEPE”

2019.4.15(月) 考えを改める

子供のころは、風邪による熱の下がった朝は、光輝燦然とした爽やかさと共に目を覚ますことができた。その気分を久しぶりに味わったのは20代のころ。そして以降は今に至るまで、病み上がりの気分ははなはだはっきりしない。そういう気分のまま、きのうに引き続いて早朝に製造現場に降り、本日、袋詰めするための商品の手入れをする。

取引先や銀行に寄りつつセキネ耳鼻咽喉科へ行く。「先生、今朝はどうも、喉にすこし痛みがあって、うがいをしました」と説明すると、先生は僕の喉を覗き込み「ぜーぜん」と笑った。子供のころと異なって、風邪は去ったのか、あるいはいまだ自分の身中に留まっているのか、それがよく分からないのだ。

「明日も飲酒は控えるべし」ときのうの日記に書いた舌の根も、否、筆の先も乾かないうちに何ではあるけれど、夕食のおかずが金目鯛のアクアパッツァであれば、飲まないわけにはいかない。ただし最大限の譲歩をして白ワインは止め、ドライシェリーをソーダで割る…

と、ここまで書いたのが4月15日の夕刻。しかし長男の調理によるそれを目にして考えを改めた。冷蔵庫の野菜室には思いがけず飲みさしの白ワインが横たわっていたから、それを取り出しテーブルに立てる。


朝飯 「金谷ホテルベーカリー」のソーセージパン、「スープストックトーキョー」の菜の花のポタージュ、イチゴのヨーグルト和え
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 金目鯛のアクアパッツァ豚の背脂とグリーンアスパラガスのパン“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2019.4.14(日) つつましやかな人

いまだ体調は元には戻っていないものの、早朝は製造現場に降りて、本日、袋詰めするための商品の手入れをする。9時までのことはきのうとおなじ。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達は、日中に2度、行った。昼に館内電話で事務室に呼び出される。16時に明日の、商品ごとの販売個数の決定。18時に閉店作業。それ以外の仕事は休む。

「花火は、見ないまま音だけを聴く方が風情がある」と、何度かこの日記に書いたことがある。今日は寝室にいて、日光街道を渡御していく行列の、お囃子の音を聴いていた。こちらは花火とは異なって「何も手伝えなくて申し訳なし」の気分が増すのみだ。

これまで3、4日のあいだ続いた病人食を、今夜から普通食に戻してみる。冷やしトマトやスパゲティサラダや豚の生姜焼きをおかずにして、酒ではなくごはんを食べる。そのごはんの白い色を見るうち、なにやら自分がつつましやかな人になったような気がした。

明日も飲酒は控えるべし。それが僕の、自己診断である。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の雑炊、ふきのとうのたまり漬、梅干
昼飯 いちごのヨーグルト和え
晩飯 スパゲティサラダ生のトマトとレタスとグリーンアスパラガスのソテーを添えた豚の生姜焼き、大根のぬか漬け、メシ、豆腐と大根と万能葱の味噌汁

2019.4.13(土) そちらはできなくてもこちらはできる

明け方の体温は36.7度。それでもからだが楽になったわけではない。今朝の平熱は、鎮痛解熱剤により人工的に下げられた体温である。とはいえすべきことは諸々ある。

仏壇に花と水とお茶と線香を供えてから食堂でコンピュータを起動する。そして先ずは3日前、水曜日の日記を完成させて「公開」ボタンをクリックする。その勢いに乗じて木曜日と金曜日、そして今日の、ここまでの日記を書いてしまう。総鎮守瀧尾神社の春の大祭が予定通り催行されることを報せる花火が上がって、6時になったことを知る。

7時20分から9時にかけてはきのうと同じ。10時30分からは、蔵の雨漏りのする個所を調べに来た防水業者を、非常階段から屋根スラブに案内する。以降は寝室に籠もって休む。

午後一番に、歯を磨き直して白いシャツを着る。紺色のパンツを穿き、橙色と緑の縞のネクタイを締める。そして紺色の上着を着て事務室に降りる。

「神社の役員の勤めは休みながら、自社の仕事はできるのか」と問われれば、春の大祭は「宮司一拝」から「開扉」を経て「撤饌」に至る、ほぼ1時間の祭祀を拝殿で見守らなくてはならないため、微熱を帯びたからだでこれに参加をすることは憚られた。それに対して午後の仕事は挨拶と書類の提出くらいだから、なんとかこなせると判断をしたのだ。

販売係ハセガワタツヤ君の運転するホンダフィットの助手席に収まり、旧日光市の市街におもむく。そして複数のお得意様を回って1時間後に帰社する。

夕刻から夜にかけてはきのうと同じ。そして20時前に寝室へと引き上げる。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の雑炊、ふきのとうのたまり漬
昼飯 スポンジケーキ、ホットミルク
晩飯 バナナのヨーグルト和え

2019.4.12(金) 仕事をしたり休んだり

明け方に計った体温は37.7度だった。からだはだるいけれど、務めは果たさなくてはならない。

朝食を済ませ、いつもより5分おくれの7時25分に事務室のシャッターを上げる。7時30分を回ったところで水を固く絞った布巾を持ち、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行く。そうしてウチの売り場を拭き、本日、納めるべき品とその数を決めて会社に戻る。

その納品を9時前に完了させ、その足でセキネ耳鼻咽喉科へ行く。頭の使い過ぎか、からだの使い過ぎか、あるいはその双方によるものか、長男はインフルエンザにより10日から伏せっている。「だったらオレもインフルエンザだろうか」とも思ったけれど、先生はそれを否定した。処方をされたのは、風邪薬とうがい薬、そして熱が上がったときに備えての鎮痛解熱剤だった。

帰社して間もなく、冷蔵庫、これは家庭にある冷蔵庫ではなく、テニスコートほどの面積の冷蔵庫だが、その蛍光灯をLEDによる照明に取り替える業者が来たため、後をフクダナオブミ製造顧問に托して自宅へ戻る。

午後に至って体温が38.1度まで上がる。鎮痛解熱剤を必要とする目安をセキネ先生は「38度」と言った。それを思い出して、処方されたばかりのそれを飲む。そうして総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司に電話を入れ、明日の大祭には責任役員としての務めが果たせない旨、また当番町の自治会長と大膳にも一報を入れてくれるよう頼む。

明日はどの商品をいくつ作るか、ということを製造係と決めるため、16時に事務室に降りる。それを済ませるなり4階に戻って休み、今度は閉店準備のため17時45分に店に降りる。

「風邪をひいたときには、体力をはやく回復させるため、食事は無理にも摂るべし」という人もいれば「食欲不振は、食べない方が身のため、というからだからの信号なのだから、無理に食べない方が良い」という人もいる。今夜の僕は、食欲があるの無いのか判然としなかったため、鍋焼きうどんをようよう胃に入れて、その3時間後に眠りに就く。


朝飯 白粥、イカナゴの釘煮、梅干、蕗のとうのたまり漬
昼飯 バナナのヨーグルト和え
晩飯 鍋焼きうどん

2019.4.11(木) 10ヶ月ぶり

目を覚ました瞬間、鼻の穴の両方とも詰まっていることに気づく。花粉の飛ぶ季節には珍しいことではない。今朝はそれに加えて、気管支に若干の苦しさがある。しかしこれくらいの苦しさであれば、どうということもない。食堂に出て食器棚の引き出しから龍角散を取り出して飲む。そしておとといの日記を書いて「公開」ボタンをクリックする。

所用にて昼前に宇都宮へ行く。用事を済ませたところで他に寄りたいところが頭に浮かぶ。しかしどうにも体調が優れず、その寄りたいところにホンダフィットのハンドルを向けることができない。そのまま帰社して事務室の席に着いたところで「これは、放っておいても治るたぐいの風邪ではないな」と確信する。

そう確信をしても、行きつけの耳鼻咽喉科は木曜日は休みだ。即、4階に上がって寝室で横になる。夕刻に計った体温は37.5度だった。よって前回の風邪、それは小遣い帳には2018年6月5日のところに記されてあるが、そののときに処方された薬を飲む。

夕食は美味く、少なくない量を食べることができたから「今回の風邪は、それほど強いものでもないだろう」と軽く考えつつ床に就く。


朝飯 納豆、筑前煮、スペイン風目玉焼き、イカナゴの釘煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 梅干湯
晩飯 きのう「鬼怒川温泉夜桜大宴会」でお土産にいただいたポトフをかけたごはん、茹でたグリーンアスパラガス、いちご

2019.4.10(水) うかうかするうち

初更、鬼怒川温泉の、西側の山裾に延びた道を走りながら赤信号で停まると、ホンダフィットの屋根に積もった雪がその勢いでボンネットの上に滑り落ち、ワイパーが動かなくなった。後続のクルマがいるから早々にはクルマを歩道側に寄せられない。というか、歩道がどのあたりにあるのかも分からない。ようよう停まって外へ出て、フロントグラスの下半分ほどまで覆った雪を素手で払う。

その道から護国神社への坂道が、また難物だ。「前輪が滑って上れないのではないか」と恐れつつ、アクセルを踏む右足を微妙に動かす。家を出るときには止み加減だった雪も、そこから15キ北の鬼怒川においては、いまだ勢いを衰えさせていないようだ。ロープウェイの駅の脇の駐車場にホンダフィットを駐め、護国神社の鳥居をくぐる。昨年おじゃました「鬼怒川温泉夜桜大宴会」に、裏を返したのだ。

花札では「桜に幕」だけれど、今日は「桜に雪」で、これはこれで悪くない。しかしこの季節外れの大雪に祟られて、客の数は関係者のそれよりも少なかった。

弁当を肴に燗酒を飲んでいると「シャチョー!」といきなり芸者に呼ばれる。用意された遊びは「拳」の一種「こんぴらふねふね」である。「シャチョー!」と呼ばれるからには大島を着て床の間を背負いたいところだけれど、僕の服はユニクロの、それも毛玉の付いたフリースである。

僕が若いころは「伊勢丹のハンカチ売り場から転職してきた」などという若い子もいたけれど、現在、鬼怒川温泉の芸者は3、4人と聞いた。つまりこの3、4人に座敷をかければ鬼怒川芸者の総揚げ、ということになる。一生に一度くらい、そんなことをしてみても良いのではないか。うかうかするうち、自分も含めて皆、朽ちてしまうのだから。


朝飯 筑前煮、ほうれん草のおひたし、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた煮奴、納豆、イカナゴの釘煮、蕗のとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、アオサと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「鬼怒川温泉夜桜大宴会」の弁当、片山酒造の日本酒(燗)、清開酒造の日本酒(燗)

2019.4.9(火) 朝の納品

宇都宮の福田屋百貨店さんには、20代のころ配達に行った遠い記憶がある。それから四半世紀ほども付き合いが途絶えていたところ、ひょんなことから今年の1月に商談の機会ができて、4月からの取り引きが決まった。その最初の納品に、朝、長男とおもむく。

7時2分に会社を出て、福田屋百貨店さんのお店のひとつFKD宇都宮店には7時57分に入った。1階の食料品売り場に割り当てられた場所は、すぐに分かった。水を固く絞った布巾でその棚を入念に拭き、また用意してくださった什器も拭く。僕は商品にシール類を貼る。長男はそれを陳列する。すべてを整え、通用口にバッジを返して、納品業者用の記録用紙には「09:01」と、退店時刻を記入する。

帰社して11時30分からは、装飾の業者と店内の暖簾や照明についての話し合い。午後は、きのうの場長会議で各部署から出た意見や要望に基づき諸方に電話。また、互いに契約書に交わす商談をひとつこなす。

午後の遅い時間に「夕食は洋もの」と知らされたから、終業後は2階のワイン蔵に寄って白ワイン1本を取り出し4階に上がる。夕食の、具体的な内容を聞いていないにもかかわらず赤ではなく白いワインを選ぶのは、ウチでは鶏肉や豚肉を多く食べて、いわゆる赤肉はそれほど口にしないことによる。


朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ほうれん草のソテーを添えた目玉焼き、筑前煮、イカナゴの釘煮、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、トマトと揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 人参と干しマンゴーとレタスのサラダソーセージと青梗菜のソテートマトとベイジルと粉チーズのスパゲティ生ハムとキャベツのパン“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2019.4.8(月) すべては豆板醤のために

「らっきょうのたまり漬」についてのことを夢の中で考えつつ、ゆっくりと目を覚ます。枕の下からiPhoneを取りだし見ると、時刻は2時7分だった。東京と大阪への、ウチとしては少なくない数の「らっきょうのたまり漬」の出荷が控えている。その仕事の進捗の具合を確かめるため、白衣と帽子とマスクを身につけ、製造現場へ降りる。食堂に戻ると、食器棚に置かれた電波時計は2時55分を指していた。

きのうは昼前に4名様を蔵見学にご案内した。そのお客様が蔵から店にお戻りになると、僕は味噌蔵のある庭に引き返し、戸締まりをしたり、あるいは蔵の中で履いていただいたサンダルを片付けたりする。そうして外へ出たところで、息せき切って僕を呼びに来た家内に声をかけられる。

店には女性のお客様がいらっしゃった。お話によれば、このウェブログに「そこまで固執するか」と呆れるほどたびたび上がる百德食品公司の豆板醤と辣椒油を、この春に社会人になろうとされているご長男が就職を前に旅された香港の、中国語なら嘉咸街、英語ならGraham St.と表される細い坂道を上って右側にある九龍醤園で買ってきてくださったのだという。「恐懼」とは、このようなときのためにある言葉だと思う。僕はお客様に何度も頭を下げ、店の前に出てお見送りをさせていただいた。

「数年前に香港で購った百德食品公司の豆板醤はほとんど使い果たし、しかしその残りには惜しくて手が出せない」の一節は、この日記に検索をかけて見つけ出した、2007年6月4日のものだ。とすれば本日いただいた豆板醤と辣椒油は、およそ12年ぶりの味、ということになる。

夜は豆腐と揚げ湯波の鍋を作ってもらった。その、熱く煮えた豆腐と湯波を器に取って、貴重な豆板醤を添える。そうして口に運んでみれば、それは間違いなく「あの豆板醤」だった。本日のお客様には、厚く御礼を申し上げます。そして今度こそ、香港へは自分で行かなくてはならない。


朝飯 イカナゴの釘煮、ジャガイモとピーマンとパプリカの「日光味噌梅太郎白味噌」和え、切り昆布の炒り煮、巻湯波の淡味炊き、納豆、ラタトゥイユ、蕗のとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 カレーライス、塩らっきょう
晩飯 茹でたグリーンアスパラガス長男が歌舞伎町で中国人のオバサンにもらった臭豆腐ほか豆腐と揚げ湯波と豚肉の鍋、”ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)、バームクーヘン、”Old Parr”(生)

2019.4.7(日) 古典派

夫は公認会計士、という若い夫婦が遊びに来たときのこと、彼らはそれぞれのスーツケースを曳いて現れた。交通手段は自家用車とばかり考えていたため訊けば、浅草から東武日光線に乗り、下今市駅からは徒歩と聞いて、大いに驚いた。住んでいるマンションのシェアカーで用は足りるから、クルマは持っていないという。ちなみに夫の趣味はホットヨガ。時代が明らかに変わったことを、僕は認識しないわけにはいかなかった。

ひとむかし前の1990年代、高級士業や、金融機関でも特に外資系に勤める人は、仕事帰りでもスーツには皺ひとつなく、シャツの襟には糊が利いていた。人と会う、あるいは盛り場に出る夕刻には朝からのシャツを新しいそれに着替えているのではないか、そんなことを僕は考えた。

その、舶来と思われるシャツは多く襟にピンホールを持つもので、そこに差し込まれたピンは金色、眼鏡も金色、カフスも金色、おまけに腕時計も金色で、爪にはマニキュア。その姿は尾崎紅葉の描く富山唯継を思わせた。実に、100年も続く身だしなみ、である。

前世紀の酒場でよく目にしたそのような人を、しかしこのところはとんと見ない。世の中からいなくなったわけではないのだから、多分、服飾の趣味が変わったのだろう。一般に紛れて見分けがつかなくなっているのだ。

厳しい競争を勝ち抜いた自分を慰撫するように、特殊な趣味の服や宝飾品を身につけ、高価なクルマに乗る、そういういわゆる「古典派」は、今や絶滅危惧種だ。そして世の中は、急速に平板になりつつあるような気がする。一億総ファストファッション化、一億総モノ離れ、70億総GAFA傘下。それが良い世の中なのかどうかは分からない。


朝飯 細切り人参の炒り煮、納豆、ジャガイモとピーマンとパプリカの「日光味噌梅太郎白味噌」和え、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、蕗のとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、コーヒー
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダポークカツレツドライマーティニ、”TIO PEPE”

2019.4.6(土) 桜

味噌蔵のある庭には山桜、染井吉野、枝垂れ桜の3本の桜が育っている。そのうち最も遅れて咲くのが枝垂れ桜ということは知っていた。しかし山桜と染井吉野のどちらが先に花を開くかについては覚えていなかった。

普段、暮らしている棟と庭との距離は、最短部分で100メートルほどだろうか。その100メートルより30メートルほど先にある山桜が、きのうは薄く色づき、今朝になるといきなり、明瞭に開花をした。その具合を更に確かめようと、開店後に国道121号線を南東へ歩き、柴折り戸を開けて庭に入る。そしてその真下に立って、青い空にピンク色の鞠状となった枝ぶりを見上げる。この調子でいけば、山桜はすぐに満開になり、すぐに花を散らして、新緑の葉のみになるような気がする。

総鎮守瀧尾神社の春の大祭が、来週末に迫っている。神社の1年間のお祭を仕切る当番町を、我が春日町1丁目は昨年度に完了している。よって一般の役員は、今年は町内を飾るだけが事前の仕事となる。僕はきのうウカジシンイチ自治会長から預かった出金伝票に基づき、様々な経費を入れた複数の封筒を”ISUKA”のギアバッグに入れて、15時に公民館へ行く。

国道119号線に注連縄を張り巡らす仕事は、今年から長男がしてくれるようになった。僕は自治会長が公民館に飾りつけた祭壇に上げるための、町内と個人の御神酒を注文するためサカモトヤ酒店へ行く途中で一旦、会社に戻る。そうしたところ、店にある4台の冷蔵ショーケースのうち1台がまったく冷えなくなったとの報告を受け、忙しさが一気に倍増する。

冷蔵ショーケースの会社は幸いなことに週末専用の窓口を持っていた。そこに電話をし、対策を訊き、しばらくすると、冷蔵ショーケースはふたたび冷風を吐き出すようになったから、胸をなで下ろす。

お祭に必要なものは数え切れないほどある。そのうちのひとつが晴天である。次の週末が、今日とおなじ天気になれば幸いである。


朝飯 細切り人参の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、切り昆布の炒り煮、オムレツ、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、トマトと揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の葱塩ラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一其の二パン其の三パン其の四小さなカレーライス、アルザスの安い白ワイン、イチゴのタルト、コーヒー

2019.4.5(金) クルマにメモ

街なかの洗濯屋では、お互いに見知った顔だから、洗濯物を出しても預かり証は寄こさない。出来上がりは1週間後と伝えられて帰り、10日くらい経って出かけるときには、受け取るべきはシャツとズボンの計2点、というような気になっている。しかし手渡されたものはシャツ1枚で「はて、だったらズボンはどうなっていたか」と、疑問が湧いたりする。そうして家に帰って箪笥を調べると、当該のズボンは既にして、洗濯屋の袋に入ってそこに収まっていたりする。

そのような不安定さを避けるには覚え書きが必要だ。よって今日はホンダフィットの、メーター類の右側の窪みにメモ用紙を入れた。同時にボールペンもそこに立て、しかし事故の際にはそれが矢のように僕の目をめがけて飛んでくるかも知れない、そう考えて、ボールペンはグローブボックスに格納した。

それはさておき、僕はできるだけ少ない持ち物で歩きたい。たとえクルマで出かけるときにも、財布はほとんど持たない。そういうときに限って行った先、立ち寄った先に欲しいものがあり、しかしサイフは持ち合わせないから、それを買うことはできない。ホンダフィットのダッシュボードには別途「サイフ」とでも書いたポストイットを貼っておこうか、とも考えている。


朝飯 塩鮭、切り昆布の炒り煮、イカナゴの釘煮、キクラゲと鱈子の佃煮、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょうを添えた雑炊
昼飯 サンドイッチ、コーヒー
晩飯 細切り人参の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ジャガイモとピーマンとパプリカの「日光味噌梅太郎白味噌」和え、胡瓜とセロリの酢の物、銀鱈の西京焼き、塩らっきょう、麦焼酎「黒麹道」(お湯割り)、マドレーヌ、”Old Parr”(生)

2019.4.4(木) 鯉のぼり

前月、インターネット上に、初夏を想わせる洒落た置物を見つけたため、その季節が来たらこれを店に飾ろうかと、長男に提案をした。すると長男は、そんな「今」のものではなく、ウチにふさわしい品が必ずどこかにあるはずだから、どうにかしてそれを見つけるべきと答えた。

本日、家内は朝から手袋をして倉庫に籠もり、その奥深いところを捜索した。1時間ほど経って、家内はいくつかの戦利品を手に事務室に戻った。古色蒼然とした複数の段ボール箱には、その数だけの鯉のぼりが入っていた。生地は木綿、絵付けは手描きである。「ヘーッ」と驚きつつ触れると、指先に染料が付いた。そのことと、丸い、文字通りの鯉口に取り付けられた紐の白さからして、旗竿に揚げられ空を泳いだことは一度としてなかったものと思われる。

所用にて外へ出てふたたび戻ると、店の客だまりの奥に、それらのうちの1尾が早くも吊り下げられていた。真鯉と緋鯉は大きすぎて収まらず、もっとも小さなものを用いたという。それでも長さは二間半。僕の記憶に無いところからすれば、多分、昭和5年産まれのオヤジに贈られたものだろう。よくもまぁ90年ちかくも眠り続けたものと、感心をするばかりである。


朝飯 生のトマト、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、巻湯波の淡味炊き、牛蒡と人参のきんぴら、イカナゴの釘煮、ふきのとうのたまり漬、塩らっきょう、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「CoCo壱番屋」のポークカレー、野菜サラダ
晩飯 レタスとベビーリーフを添えた3種のパテ4種のパンラタトゥイユを添えた鶏肉の天火焼き“Chablis Billaud Simon 2015”“Chez Akabane”のイチゴのショートケーキ

2019.4.3(水) どこで読むか

雑誌のブルータスが1980年代に「がんばれ文学」と名付けた特集をした。その中で特に面白かったのが「これこれの人には、これこれの本を贈りたい」と、各界の人たちが、みずから適当と考えるそれぞれを挙げた一角だった。

「中学生に贈る3冊」という企画があれば、僕は迷わず以下を選ぶ。

「ボクの音楽武者修行」 小澤征爾 新潮文庫
「がむしゃら1500キロ」 浮谷東次郎 ちくま文庫、新潮文庫
「青春を山に賭けて」 植村直己 文春文庫

これらすべては、紀行文と言っても差し支えはない。正岡子規の「病床六尺」も夏目漱石の「硝子戸の中」も悪くはないけれど、遠くへ出かける、その出発までのこと、道中、出かけた先でのことを書いた文章が好きだ。

ところで学生のころに手に入れ、しかしその後に行方をくらませ、今になれば惜しく感じる2冊が以下だ。

「ミニ・ストーリー 小型車の革命」 ローレンス・ポメロイ著 小林彰太郎訳 二玄社
「世界最長ラリーに挑戦して」 三本和彦 二玄社

このうちの後者は、ロンドンを出発してフランス、イタリア、ユーゴスラビア、ブルガリア、トルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタン、インドと来てボンベイでクルマを船積み。オーストラリア南西端のフリーマントルに上陸し、東海岸のシドニーまでを走り抜く過酷な自動車競争に参加をした記録で、広義においては、やはり紀行文の範疇に入るだろう。見失ったこれをふたたび書架に加えようとしながら、しかしその値段の高さにいつも諦めてきた。

ところが先日、これまで何度してきたか数え切れないけれど、amazonにその書名を入れてみると、2,000円台、送料を入れても3,000円と少々の古書が出ていたので、思わず「カートに入れる」ボタンをクリックした。

本日、届いた包みを開けて、その本を確認する。47年前の出版だから「ヤケ」は小口の奥まで及んでいるものの、傷みは無い。よってこれにモツ焼きのタレやチューハイを垂らすことは避けたい。僕は活字中毒ではあるけれど、家ではほとんど本は読まない。どこで読むかが大問題、である。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、納豆、玉子焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、切り昆布の炒り煮、塩らっきょう、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注した大根おろし、それを添えただし巻き玉子、冷やしトマト、里芋と牛肉の肉じゃが風、大根と胡瓜と人参のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と大根の味噌汁、麦焼酎「黒麹道」(お湯割り)、西湖、”Chablis Billaud Simon 2015″

2019.4.2(火) 春雪

“EB-ENGINEERING”のタシロジュンイチさんには、4月2日の朝9時30分より、ホンダフィットのタイヤをスタッドレスから三季用のそれに換えるよう、前から頼んであった。「さすがに雪は、もう降らねぇだろう」と考えたからだ。その僕の予想を嘲笑うかのように、きのうの朝、雪の予報が出た。

夕刻になると、それを裏付けるように気温が急に下がり、冷たい雨が降り始めた。雪の予報は当たるかも知れない。

今朝、起きて廊下のカーテンを少しずらして見た国道121号線のアスファルトは、街灯の明かりを受けて黒く光っていたから、胸をなで下ろした。振り返ってみれば、雪の少ない冬だった。

きのう26年ぶりに取り引きを再開させていただいた日光の早見さんには早速に追加の注文をいただき、朝の9時すぎに納品をする。旧今市市の市街にあるウチから旧日光市の市街までは僅々5、6kmの距離ながら、こちらでは雪が降ったらしく、日光街道の脇にはところどころ、白いものが融けずにあった。

街を往く人たちの多くは、いまだダウンパーカを手放さない。これから数週のあいだに、気温はどれほど上がるだろう。半袖のシャツ1枚で過ごせる季節を、僕は待ち望んでいる。


朝飯 納豆、巻湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、塩鮭、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、若竹と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 キャベツと人参と玉子のスープトマトとベビーリーフとアボカドのサラダ鶏肉のドリア“Chablis Billaud Simon 2015”

2019.4.1(月) 26年ぶり

東武日光線の終点である日光駅を出ると、ロータリーを隔てて真正面に、早見さんのお店は、ある。1993年の夏から取り引きの途絶えていたその早見さんから、3月のはじめに突然の電話を受けた。それからが忙しかった。もっとも僕は同じ月の7日からタイの奥地へ出かけてしまったから、忙しかったのは僕ではなく長男や嫁や社員たちだ。以降は取り引きの再開を4月1日と定め、それに向けて様々な準備を進めてきた。

早見さんへの初荷は、4月1日の朝8時30分に先方に到着と決められた。嫁のモモ君が作った仕事の一覧表には、この日の担当者として僕が指名をされていた。

そういう次第にて、商品と台車を積んだ三菱デリカの運転席に着き、8時10分に会社を出る。ウチと早見さんとの距離は5kmほどのものだろう。日光街道の杉並木を抜けて日光の市街に入り、左にウインカーを出して駐車場に入ろうとすると、それに気づいた奥さんは、そのまま店に横付けするよう僕を手招きした。

納品は早見さんの協力もあり、予想よりかなり早く完了した。今後、早見さんにはマメに顔を出させていただこうと考えている。


朝飯 巻湯と人参の炊き合わせ、春雨サラダ、目玉焼き、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、メシ、豆腐とコゴミの味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バターのせてね特注)
晩飯 春雨サラダ水餃子豆腐となめこと万能葱の味噌汁イチゴを添えた杏仁豆腐、”Cote du Luberon Blanc”、同”Rouge”

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学