2020年6月の日記30本
2020.6.30(火) ストレージがどうのこうの
1990年代も終盤に差しかかるころ、自由学園の卒業生を会員とするメイリングリストの管理人を務めていた。管理人は何人かいて、月に1度の会合は、神保町のカレー屋「ボーイズ」の上階で持たれていた。ある日、僕の持参したThinkPadの容量を訊かれて「4ギガです」と答えた。するとその、当時は巨大らしかった数字に、僕より30歳ほど年長の先輩は「4ギガ…」と絶句した。
このところTikTokに朝食の動画を上げている。撮影にはiPhoneを使う。上げる動画の「尺」は短くても、削ぎ落とす部分があるから、75秒ほどは撮る。ところが今朝は、そこまで達しないうちに「ビデオ」はその働きを止めた。
音は、街の騒音、人々の交わすことば、鳥の啼き声など、自然と耳に入ってくるもののみに触れていたい。だからiPhoneに音楽を保存してそれを聴く、ということはしない。iPhoneで写真を撮ることも、ほとんどしない。だから現在の6s Plusを買うときにも、容量は最低の16ギガバイトを選んだ。最低とはいえ1990年代に先輩を驚かせた「4ギガ」の4培である。ところがその16ギガバイトも、2020年の今では鼻クソほどのものらしい。
夕刻、食堂の食器棚のコンセントにiPhoneを繋ぐと、フワリと明るくなった画面に「ストレージがどうのこうの」と文字が出てきた。よってその指示に従って、ゴミ箱の「最近削除した項目」からすべての画像を「完全に削除」する。これで明日からはまた、75秒の動画を撮ることができるだろう。
朝飯 刺身湯波、納豆、菠薐草と榎茸のおひたし、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 紅生姜の代わりに「生姜のたまり漬」を添えた冷やし中華
晩飯 炒り豆腐、「らっきょうのたまり漬」とブロッコリーと帆立貝のサラダ、茗荷と長芋の酢の物、玉蜀黍の炊き込みごはん、薩摩芋と玉蜀黍の天ぷら、海老とズッキーニのかき揚げ、「片山酒造」の「粕華」とNoilly Prat Dryの東京下町風、チーズケーキ、Old Parr(生)
2020.6.29(月) 方便
サイトー君と夜遊びをしていたのは、たしか1982年から83年にかけてのことだ。僕より年長らしいサイトー君を「サイトー君」と気やすく呼んでいたのは、まわりの人が「サイトー君」と言っていたからだ。
いつの間にか、その夜遊びを僕はしなくなった。みな次々と結婚をして、遊んでいる場合ではなくなったせいかも知れない。あるいは遊びの拠点としていた店の移転がきっかけだったかも知れない。遊び仲間の中でも、特にサイトー君については忘れがたいものがあった。そして16年前のちょうど今ごろ、僕は「サイトー君のメルセデス」という文章を書いた。
サイトー君とは、夜遊びを止めてから今日までの約37年のあいだに3回、顔を合わた。1回目は何十年か前に東武日光線の上り列車の中で、2回目は数週間前にウチの店で、そして3回目は今日だった。
昼ごろ事務室にいると、店からガラス窓を通して僕に手を振る人がいる。サイトー君だった。カゴを集めるのが趣味だと、サイトー君は僕にとって初耳のことを告げた。「カゴは、気持ち悪くなるほど持ってるの。これ、隠居の床の間に似合いそうだから」と笑いながら、サイトー君はやおらひとつの竹籠を差し出した。轡昭竹斎の、それは作品だという。僕はその、とても自分ごのみのカゴを、ボンヤリしたまま受け取った。
僕は収集家の性質を知っている。傍から見て気持ちが悪くなるほどの数を持ちながら、なお集めようとするのが収集家の性である。「気持ち悪くなるほど持ってる」とは、サイトー君の、僕に気を遣わせまいとする方便に過ぎない。
「それで、サイトーさんの連絡先は知ってるの」と、僕と共にサイトー君を見送った長男の声で我に返る。「メールも電話番号もSNSも知らない」と答える僕に「下の名前は」と長男は重ねて訊いた。「いや、サイトー君としか知らない」と、僕は去りつつある黒いワゴン車を目で追うのみだ。「それではお礼のしようがないでしょう」という長男のことばはもっともだ。
銀座でばったり会うようなことでもあれば、鮨をおごるくらいはできる。そのような機会のあることを、僕は強く望んでいる。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、茄子とオクラの揚げびたし、らっきょうのたまり漬、胡瓜と人参のぬか漬け、納豆、じゃこ、メシ、トマトと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の冷やし中華
晩飯 カポナータ、ブロッコリーと白隠元豆のスープ、白魚と人参の葉のオムレツ、玉蜀黍と玉葱とベーコンのパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、花林糖、Old Parr(生)
2020.6.28(日) それをそのまま
毎日欠かすことなくウェブログを書き続けてきた人の中で、新型コロナウイルスの感染が拡大して以降は、その更新の途絶えがちになる例が散見される。そのことを、何週間か前のこちらに書いた。僕の日記には、その「途切れ」がない。わけは、いくつか、ある。
「探すとか発見の人なんだ、写真屋さんは。街が表現してる。それをそのままフレーミングすればいい。美術館に行かなくても美術は街に転がっているし、演劇を観にいかなくても演劇空間はある。そこで演じればいいんだ、自分が!」
とは荒木経惟の、1984年10月25日に第1刷が発行された写真集「東京は、秋」の帯の文字だ。その荒木の言葉をウェブログに転じれば「日常が表現してる。それをそのまま文字にすればいいんだ」となる。
僕の日記の途切れないわけのひとつは、まさに「何もしなくても、諸々は向こうから来てくれる」からだ。それ以外の4つか5つについては、僕に会ったときにでも、訊いてください。
と、ここまで書いて、今日の文字数は362。400字は書こうと考えているものの、長ければ良いというものでもない。「ジャズと蕎麦は短いに限る」と、いソノてルヲは言った。日記についてもおなじと思う。
朝飯 きのうの「鰻弁当」のおかずの一部、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、生玉子、らっきょうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、獅子唐の天ぷらと若布の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バターのせてね特注)
晩飯 ユミテマサミさんの畑のトマトを搾ったトマトジュース、茹でたブロッコリー、ズッキーニの素揚げとキャロットラペを添え「にんにくのたまり漬」を薬味にしたビーフステーキ、San Pedro Castillo de Molina Carmenere D.O.Valle del Maule 2018
2020.6.27(土) ガーベラ
おととい銀座でまわった9ヶ所には鳩居堂が含まれていた。風鎮を買うためである。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の床の間には3月の開店以来、松竹梅の軸が掛けてある。しかしその風鎮は、そこいら辺のものを組み合わせたあり合わせのものだ。家に風鎮の無いはずはないものの、どうにも見つからなければ、いずれ整えなくてはならない。
鳩居堂の2階に提げられた風鎮のうち、もっとも気に入った一対にはもっとも高い値札が付いていた。もうひとつ、僕は不覚にも隠居の壁の色を思い出せなかった。それでは風鎮も選びようがない。更には「汁飯香の店 隠居うわさわ」が正常運転になる6月27日より、床の間には2011年から今年の春までそこにあった、今井アレクサンドルのガーベラをふたたび掛けることとしていた。
そうであれば、風鎮の購入は後日に回しても差し支えはない。僕は鳩居堂の、階段の踊り場に設けられたベンチを「まるで旧帝国ホテルの一角みたいだ」と驚き見ながら1階に降りた。
今朝は、梅雨の晴れ間を逃さないようにして、母屋の倉庫から今井アレクサンドルのガーベラを隠居に運んだ。ガーベラは多分、秋の中ごろまでは、隠居の床の間にあると思う。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、冷や奴、しょうがのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、メシ、大根と蕪の葉の味噌汁
昼飯 冷やしつけ麺
晩飯 夏野菜の揚げびたし、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、「魚登久」の鰻弁当、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」とNoilly Prat Dryの東京下町風
2020.6.26(金) 冷暖房機の交換
早朝の仕事には白衣やゴム手袋などの一式が必要だ。よって先ずは、それらの置かれている事務室に入る。すると部屋の3分の1ほどの面積を占める作業台から一切の物が消えていたから驚いた。今日は天井に埋め込んだ冷暖房機の交換が予定されている。そのための整理だろう。
事務室の2台に加えて店舗の天井にも吊り下げられた計3台の冷暖房機は、共通の室外機を持つ。設置から四半世紀を超えようとしているそれらは、数年前から正常に動かなくなっていた。以降はだましだまし使っていたものの、その命脈も遂に、昨年、尽きた。夏の暑さは扇風機で凌いだ。冬の寒さは石油ストーブで凌いだ。その不便をいつまで放置するわけにはいかない。
工事には2日間が予定されていた。しかしその後、人員を一気に投入して1日で終わらせることになった。8時30分から始められた作業は16時に完了した。業者に使い方を教わった真新しい機械からは、これまた真新しい冷気が吹き出した。この、環境の改善された事務室にて、今夏は精一杯、ご注文を承りたい。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、茄子のソテー、生のトマト、冷や奴、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、胡瓜と若布の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 パン、茹でたグリーンアスパラガスとトマトのスパゲティを添えた鮭と帆立貝のクリームソース、Petit Chablis Billaud Simon 2016、メロン、「共働学舎新得農場」のチーズ「ラクレット」、Old Parr(生)
2020.6.25(木) 久しぶり
タイから帰国して以来、およそ3ヶ月ぶりに県境を南下して東京へ行こうとしている。先ずは電車の中で本が読める、そのことを、とても嬉しく感じる。
浅草から乗った地下鉄銀座線が日本橋に差しかかる。時刻は9時55分。目的地は銀座だが、途中下車をしてみる。買い物をしようとした高島屋はしかし、10時の開店が10時30分になっていた。よってそのまま銀座まで歩き、喫茶店でしばらく本を読む。そして10時45分に、本日の最初の目的を果たすべく中小企業会館の8階へ上がる。
1時間後に外へ出て、ポケットからメモを取り出す。そこにはすべきこと、訪ねるべき場所が7つ書いてある。それよりふたつ多い9ヶ所を回るうち夕刻になる。
今回の上京に先だって、きのうは、なじみの店に恐る恐る電話を入れてみた。なぜ「恐る恐る」かといえば、店をたたんでしまった可能性も否めなかったからだ。店主は「コロナ前」とまったく変わらない様子で付け台の前に立っていた。火に炙られた熱い瓦屋根に濡れ足袋で立つ纏持ちを見た気分だ。「オレもしっかりしなければ」と思う。
朝飯 ムースーロー丼、らっきょうのたまり漬、菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 「よし田」のカレー蕎麦
晩飯 「鮨よしき」の酒肴あれこれ、鮨あれや、これや、それや。「亀の海」の純米吟醸「蝉しぐれ」(冷や)、「山本合名」の純米吟醸「和韻」(冷や)
2020.6.24(水) ムースーロー
大きなボウルの水に、梅の実が浸してある。今週末に「汁飯香の店 隠居うわさわ」で甘味になるものだ。ことし紀州の梅は壊滅的な不作と伝えられている。とすればこの立派な梅は、どこの産だろう。
山下洋輔の文章が滅法おもしろいと教えてくれたのは、後に同級生の中でいちばん早く亡くなることになるハセガワヒデオ君だった。面白ければ、その人の本はほとんどすべて舐め尽くすのが僕の流儀だ。同級生コバヤシヒロシ君の家の、野尻湖にある別荘にはじめて泊めてもらったときには「インド即興旅行」を持参した。
当時の山下の随筆には新宿の中華料理屋「石の家」のムースーローがやたらと出てくる。僕が生まれてこのかたもっとも満腹になったのは、この店でムースーローとライスと野菜スープを平らげたときだ。腹が満ちすぎると人は直立できないということを、僕はそのとき初めて知った。
特に目立った風味は持たないものの、その食感には不思議なものがある、という食材が好きだ。キクラゲももちろん、そこに含まれる。今朝はそのキクラゲが到来した。よって夜は家内にムースーローを作ってもらった。梅雨寒にて麦焼酎をお湯割りにしたが、白酒の方が似合ったかも知れない。
朝飯 茹でたブロッコリー、スペイン風目玉焼き、ごぼうのたまり漬、大根と人参と胡瓜のぬか漬け、メシ、鯖の水煮と玉葱の味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 胡瓜とオクラのナムル、白菜キムチを載せた冷や奴、菠薐草と海苔のおひたし、なめこの味噌汁、ごぼうのたまり漬、ムースーロー、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「久埜」の栗饅頭、Old Parr(生)
2020.6.23(火) 自分ごのみ
きのう道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で、地元の農家によるらっきょうを買ってきた。それを漬物にすべく、早朝より下ごしらえを始める。
先ずは無香料の石鹸で入念に手を洗う。その手が乾いたらアルコールを吹きかけて消毒をする。
らっきょうはざるにとって流水で洗い、皮を剥く。次にその頭と尻を包丁で落としてキッチンペーパーで水を切る。それを今度はボウルにとり、塩で揉む。いまだ余計な皮が残っていれば、ここで自然に剥ける。塩もみしたらっきょうはジップロックの袋に収め、冷蔵庫の野菜室に格納する。明日からは、そのときどきに応じて別の手を加えていく。
「らっきょうなら売るほどあるではないか」と問われれば、今朝のらっきょうは、お客様の好みではなく、自分の好みに合わせたらっきょうである。酒の肴になるまでに、ひと月くらいはかかるかも知れない。
今日はまた、2013年に102歳で亡くなったおばあちゃんの、祥月命日である。よって9時すぎに家内と如来寺のお墓を訪ね、お参りをする。帰社してからは、好きな「マイツール仕事」に取りかかる。僕はコンピュータにはからきし弱い。しかし稀代のデータベースソフト「マイツール」については、すこしばかり詳しいのだ。
朝飯 キャベツとベーコンのソテー、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草の胡麻和え、だし巻き玉子、ごぼうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、ブナシメジと万能葱の味噌汁
昼飯 胡麻だれの冷やし中華
晩飯 ベビーリーフと鶏笹身肉のサラダ、茹でたブロッコリーと炒めたエリンギを添えた鯛のムニエル、Petit Chablis Billaud Simon 2016、「共働学舎新得農場」のチーズ「レラ・ヘ・ミンタル」、Old Parr(生)
2020.6.22(月) 迂闊にも
“Happy Summer Solstice!! I do a party alone at the mini balcony.”と、僕より何十歳も若い人が、ドイツの下宿での様子をfacebookに上げていた。それを目にしてはじめて、今年の夏至は既にして去ってしまったことに気づいた。
暗鬱な冬が峠を越し、その日を境として昼の長くなり始める出発の日が冬至だ。クリスマスは、この冬至の祝いが形を変えたものと言う人がいる。とすれば夏至は、それから半年後にようやく至る、ひとつの頂点だ。だからこれを”Happy Summer Solstice”と喜ぶ人がいるのは当然だろう。
日本にはそれを祝う風習が無いから誰も言わずにいるけれど、1年のうちで僕がもっとも嬉しく感じる日は多分、夏至だ。その夏至を迂闊にも気づかず過ごしてしまったのは、きのうの朝の空が雲に覆われていたせいだ。
ところで今は梅雨の最中にある。今年の降雨量は平年にくらべて多いのだろうか、少ないのだろうか、あるいは平年並なのだろうか。梅雨入りから10日ほどしか経ていないところからすれば、そのような比較は、いまだする時期ではないのかも知れない。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の庭にはいま、紫陽花が盛んに咲いている。梅雨が去ってむせかえるような夏が来たときに咲く花は何だろう。
朝飯 牛肉と玉葱のすき焼き風、納豆、グリーンピースの玉子とじ、冷や奴、生のトマト、ごぼうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、大根と胡瓜の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、ホットミルク
晩飯 春雨サラダ、山芋の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、焼売、鶏の唐揚げ、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2020.6.21(日) 行方不明
ある社長がたまさかの休暇を利用して海外へ飛ぼうとしていた。同行した人によれば、社長は斜めに遠ざかりつつある地上を窓外に一瞥するなり「飛行機のタイヤが滑走路を離れると、ホッとするな」と独りごちたという。その気持ちは痛いほどよく分かる。
幾人ものアナウンサーの自己紹介を、テレビ番組の案内本だったか何かで読んだことがある。その「趣味」の項目に「行方不明になること」と書いた男のアナウンサーがいた。その気持ちもまた、僕には良く分かる。
もっとも簡単に行方不明になれる場所として最初に浮かぶのは、僕の場合、サウナ風呂である。泡の沸き立つ風呂に入り、着替えて休憩所の寝椅子で週刊誌を読む。落ちついたところで食堂へ移動し、注文するのは冷やしトマトとハムエッグとチューハイで決まりだ。
その、トマトとハムエッグとチューハイに、きのうはようやくありつくことができた。なぜ「ようやく」かといえば「夜にハムエッグも無いものだ」と、家内に拒まれ続けてきたからだ。きのうのハムエッグは自分で焼いた。そして今日の夜も、僕はハムエッグで構わないと考えている。現在時刻、2020年06月21日05時03分。
朝飯 だし巻き玉子、納豆、キャベツとパプリカのソテー、菠薐草の胡麻和え、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、胡瓜と若布と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 冷やしトマト、塩豆のソテーを添えたスパムエッグ、胡瓜のぬか漬け、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)
2020.6.20(土) 一瞬にして
きのうは20時過ぎに風呂を済ませ、早めに床に就いた。その暗い寝室の戸を孫がふざけて開けたので、大仰にいびき立ててみせた。孫はキャッと笑ってそのまま走り去った。戸は誰かが閉めてくれたのだろう、以降の記憶は無い。その甲斐あって、まぁ、それを甲斐というかどうかは不明ながら、今朝は1時台に目が覚めた。指折り数えてみれば、5時間以上は眠っている。よって即、起床する。
「梅雨寒」ということばもあるくらいで、今の季節は思わぬ低気温に見舞われることがある。きのうの夕食時には分厚いスエットパーカを着た。今朝もそれを羽織れば寒さは感じずに済む。しかし着ぶくれたくはない。自然環境保全の立場からすれば褒められないことながら、天井に埋め込んだ暖房機の、リモートコントローラーのスイッチを押す。その暖房機の様子が、今朝はどうにもおかしい。仕方なく食堂に脚立を立てる。そして機械の型番を紙に写したり、あるいは修理を頼む場所の電話番号を調べたりする。
いまだ3時台にもかかわらず、空は今日が晴れになることを明確に示している。日記の1日と半分を書いて、サーバに保存する。以降は製造現場へ降りる時間まで本を読む。製造現場から上がってからも、しばらくは本を読む。冷凍庫から取り出したごはんを電子レンジで温め、水で洗う。これを煮て、きのうの夜に余らせた香り野菜を投入する。食堂の空気は一瞬にして、インドシナの屋台街のそれに変わった。
朝飯 雑炊、しょうがのたまり漬
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 冷やしトマト、菠薐草のおひたし、ハムエッグ、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、プリン、Old Parr(生)
2020.6.19(金) ハラハラと
インドシナのどこの国からだったかは忘れた、とにかく結婚して日本へ来た人が夫と蕎麦屋に入った。その女性は目の前に運ばれたものをひと目見るなりハラハラと涙を落としたという。
蕎麦の薬味は長葱の薄い小口切りか三つ葉くらいのものだ。彼女はそれをいかにも粗末と感じて泣いたのだ。「とんでもないところに来てしまった」と嘆いたのだ。
「だし」の複雑玄妙さを味わうために薬味や吸い口は敢えて単品を小さく盛る。あるいは日本には引き算の美学というものがある。そんなことを説明されても、亜熱帯のむせかえるような豊穣さの中からいきなり異文化にたたき込まれた人には通じない。彼女は今も日本にいるだろうか。
夕食が冷たい素麺ということはきのうから知らされていた。今日の気温は冷たいものを食べるにはいささか低い。夕食の席には分厚いスエットパーカを羽織って着いた。
卓上には幸いと、酒に合いそうな2皿があった。素麺が茹で上がるまでは、それらを肴に日本酒を飲んだ。
ウチの冷や素麺は、日本の標準に照らせば添えられる野菜の量は多いかも知れない。それでも風味はあくまで淡泊だ。その、深めの皿に山盛りの素麺が残り3分の1ほどになったところで、いしると酢で風味づけしたモヤシとパクチーと唐辛子とニンニクをバサリと投入する。
香りの一変したそれを一気に頬張れば、蕎麦屋で泣いた女の人の気持ちも分かろうというものだ。梅雨が明けたらいきなり暑くなって欲しい。
朝飯 茄子と獅子唐のソテー、納豆、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまり炊」と長葱の玉子焼き、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 茄子とピーマンの味噌炒り、蛸の鬼おろし和え、冷や素麺、別添えの薬味、「渡邉佐平商店」の「日光誉ゆめささら55%磨き純米吟醸」(冷や)
2020.6.18(木) 知らないままに
「鮨は白身の魚が好きだ」と言った人がいる。「鮨屋で出される白身魚の逐一を判別できるか」とその人に訊いたら「それはできない」と、素直な答えが戻った。
伊集院静が京都に住んでいたときの随筆には、いつも茶花が紹介されていたような気がする。しかもそのほとんどすべては、僕の知らないものだった。僕はほとんどあらゆることに疎い。植物については特に、だ。
先般、強力な武器を手に入れた。スマートフォンで花の画像を撮ると、数秒後にその名を教えてくれるアプリケーションである。それによれば、隠居の梅の木の根元にいつの間にか繁殖した、丸く広い葉を持つ花は大葉擬宝珠だった。そして今、店のモミジの根元に盛んに咲いている白い花はドクダミとのことだった。
ところでこのアプリケーションが、アヤメとショウブとカキツバタの区別をしてくれるかどうかについては、隠居には花菖蒲しか咲かないから試せない。そしてこの日記を書きつつアヤメとショウブとカキツバタについて調べるうち「アヤメを菖蒲とするのは間違い」という説明に行き当たった。
僕の使うワードプロセッサは「あやめ」を「菖蒲」と変換する。よって即、辞書からこの変換を削除する。「アヤメを菖蒲とするのは間違い」が本当のことかどうかについては知らないままに。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、目玉焼き、冷や奴、隠元のおひたし、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、揚げ湯波と胡瓜の味噌汁
昼飯 玉葱の熱いつゆで食べるざるうどん
晩飯 大根と胡瓜とハムのサラダ、カレー南蛮鍋、麦焼酎「むぎっちょ」とNoilly Prat Dryの東京下町風、“da Luciano”の柚と山椒のジェラート、Old Parr(生)
2020.6.17(水) 1日も早く
「密集、密閉、密接を避けよ」との、新型コロナウイルスへの集団感染を避けるために厚生労働省が出した達しに従って、出勤する社員の数を通常の半分に絞ることを始めたのは4月21日のことだ。
日記が長くなることを避けるため、誰もが知っていることは書かない。とにかく日本政府は、コロナウイルスによる感染者数および死者数を、世界の各国に照らして珍しいほど少なく保ってきた。人口からして当然のことではあるけれど、47都道府県の中でもっとも多い感染者を抱えていた東京都は、あさって19日を以て、様々な規制を解除する。そのような世の流れを眺めつつ、ウチの出勤調整は、今週末の20日を以て終わらせることを決めた。
人の移動が制限されたこの数ヶ月のあいだ、ウチでもっとも忙しい思いをしてきたのは、地方発送の注文を承る事務係だった。現在、ウェブショップのすべての商品ページには、1週間前後の納期をいただく旨のお知らせを載せている。この文章も、数日の後にはその内容を更新することになるだろう。事務係も21日の日曜日からは、いくらか楽になるかも知れない。
製造係のイトーカズナリ君は、4月に勤続20年の表彰を受けることになっていた。その、延び延びになっている表彰式も、いずれ行わなくてはならない。日光市にコロナウイルスによる感染者はいなくても、いまだ宴会を憚る空気は存在する。社員のみなとは、1日も早く、一緒に飲み食いをしたい。
朝飯 生のトマト、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、薩摩芋の蜜煮、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 ブラッディマリー、ベビーリーフとレモンのサラダ、生のトマトと刻みキャベツを添えたコロッケ、らっきょうのたまり漬、「渡邉佐平商店」の「日光誉ゆめささら55%磨き純米吟醸」(冷や)
2020.6.16(火) 「どう思いますか伊藤さん」
きのう夕食の後も食堂に居残っていたら、テレビのチャンネルがいきなり切り替わって「吉田類の酒場放浪記」が始まった。ビデオの設定が「毎週録画」とでもなっているのだろうか。とはいえこの番組がビデオに録画をされることはない。
電気にも機械にも詳しくはない。また「分からないことをいつまで放っておいて平気」というところが僕にはある。よってこの「いきなり酒場放浪記現象」も、何年も前から放置をしたままだ。
「放置をしたまま」とはいえ、この番組を好まない家内により大抵、チャンネルは直前まで観ていたものへとすぐに戻される。僕も特に抗議はせず、それを潮に風呂へ向かったりする。しかしきのうの家内は珍しくリモートコントローラーには手を伸ばさず、だから僕も、そのままこの「吟遊詩人」を見続けることにした。
今日の「詩人」は酒場ではなく家にいた。そして驚くことに、かつて訪ねた酒場のあるじとリモートで会話を始めた。どこもかしこものリモートばやりである。
「詩人」にはいつもの調子で酒場にいて欲しかった。そして「冬はハワイで遊んでいるキリギリス」のように、呑気に笑っていて欲しかった。
「異形を見せる」とはテレビの役割のひとつではなかったか。まして酒場で酒を飲むなどは「異形」の範疇にさえ入らない。テレビはいつの間にか、隨分と行儀の良いものになってしまった。「どう思いますか伊藤さん」と、テリー伊藤に訊いてみたい気分である。もっともそのテリーも、今ではご意見番になってしまったが。
朝飯 トマトのすり流し、だし巻き玉子、菠薐草の胡麻和え、牛蒡と人参のきんぴら、茄子と獅子唐のソテー、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、「ごぼうのたまり漬」、メシ、オクラと若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 レタスと鶏胸肉と「らっきょうのたまり漬」のサラダ、バンブー、茹でたグリーンアスパラガスと「寧楽共働学舎」の生ハム、トマトとベイジルとモッツァレラチーズの冷たいスパゲティ、3種の茸と鹿肉のソテー、San Pedro Castillo de Molina Merlot D.O.Valle del Rapel 2017、マドレーヌ、「共働学舎新得農場」のチーズ「レラ・ヘ・ミンタル」、Old Parr(生)
2020.6.15(月) 家で食べる駅弁
伊豆修善寺駅の名物駅弁「舞寿し」の「あじ寿司」は、とても美味い。美味いものの、僕は川端康成でないから、修善寺まではなかなか行けない。否、実は修善寺の地は、この数年のあいだに2度ほど踏んでいる。しかしいずれもバス会社による団体旅行であれば時間の制約があり、駅弁は買えなかった。
店主のタケシトーセーさんには以前より、この「あじ寿司」が通信販売で買えれば有り難いと、言い続けてきた。そして遂に、その試作品ができたらしい。
駅弁は、車窓からの景色を楽しみつつ食べるのが常道だ。しかし家の、整った食卓の上で、好きな酒を選び、ゆっくり食べられれば、それも佳である。また通常、駅弁は、旅行に行った人しか食べられない。しかし通信販売が可能になれば、家で、みなで食べられる。嫁のモモ君はこれをお代わりしながら「あー、修善寺、また行きたくなった」と嘆じた。次男は酢飯に生山葵をのせ鰹節を振り「これを食べるためだけに修善寺へ行きたいくらいだよ」と、声を大きくした。
「舞寿し」の「あじ寿司」は、家で食べても美味い。この寿司は、酢締めにされた鯵と酢飯を共に口へ運ぶのが通常の食べ方だろう。しかし僕は内田百閒式に、先ずは鯵を肴に日本酒を飲み、白胡麻と桜葉の香りの利いた酢飯で更に酒を飲む、それが好きだ。
「舞寿し」の「あじ寿司」が、家にいていつでも食べられるようになることを、僕は望んでいる。
朝飯 昆布の佃煮、生玉子、納豆、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、メシ、キャベツと若布と揚げ玉の味噌汁
昼飯 「らっきょうのたまり漬」と「しょうがのたまり漬」を薬味にした冷やし中華
晩飯 トマトのすり流し、山芋の酢の物梅肉添え、茗荷の酢漬けを添えた刺身湯波、椎茸と菠薐草のおひたし、胡瓜のぬか漬け、「舞寿し」の「あじ寿司」、「片山酒造」の「原酒」(冷や)
2020.6.14(日) むかし書いた人がいた
「チョイト一杯のつもりで飲んで」の青島幸男による歌の文句ではないけれど、夕食の後、入浴の前後に「チョイト一瞬のつもり」で気を抜くと後悔をする羽目になる。たとえば、風呂の前にベッドカバーの上に横になって休もうとする。すると明るい部屋でそのまま寝入り、気づいたときには0時を過ぎている。あるいは風呂から出てパジャマを着る前に、やはりベッドカバーの上でひと休みをしようとし、しかし気づけば素っ裸で暗闇の中にいる。中途半端な睡眠は、断じて避けなければいけない。
圧力を以て民衆を統制しようとする国には勇ましい標語が目立つ。みずからを律するには、おなじようなものを枕元に貼る必要があるだろうか。「素っ裸は敵だ」と「横になりません、パジャマを着るまでは」の2枚を貼っておけば、いくらかは効きそうだ。
きのうの夜に粗相はなかった。それが功を奏して今朝は3時13分に目が覚めた。空には早くも明るみがあって、雲が明瞭に見えている。「それは流石に東の方のみだろう」と考えつつ視線を北へ移していく。上下に薄く、横に長いその雲は、女峰山の際までたなびいていた。「夏は夜」とむかし書いた人がいた。「夏は朝でしょう」と、僕は思う。
朝飯 だし巻き玉子、細切り人参の炒り煮、ハムとキャベツのソテー、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、しその実のたまり漬と和えた胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 スパゲティナポリタン、「共働学舎新得農場」のチーズ「レラ・ヘ・ミンタル」、Petit Chablis Billaud Simon 2016、San Pedro Castillo de Molina Merlot D.O.Valle del Rapel 2017、「紅谷」の大福、Old Parr(生)
2020.6.13(土) 雨もまた
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日である土曜日から月曜日にかけては、家内は4時に起きる。そしてそそくさと朝食を済ませて5時前に隠居へと去る。その、4時から5時にかけてのあいだには、家内はまた、テレビで天気予報などを見る。テレビが音声を発している限り、僕は日記は書けない。よって今朝は日記より先に製造現場へ降りて、朝の仕事に従った。
家内がいなくなる朝はまた、一汁一菜による朝食を作る絶好の機会になる。おかずの多い朝食を好まない、というわけではない。ただ、自分であれこれしたいだけのことだ。今朝の一汁一菜は色味に乏しく、失敗作だった。
コロナ騒ぎによりお客様の数は少なくても、社員には出勤を調整してもらっている。そのことにより、土曜日は平日の倍は忙しく、日曜日は3倍、忙しいことに変わりはない。今年の春からは、そこに朝食の事業が加わった。今日は11時に、その「隠居うわさわ」に後輩のミタシュージ君がご家族でいらっしゃる。挨拶に出向かなければいけないところ、その時間にはまた西研究所の、Zoomによる講義が重なっている。
その講義が正午前に終わると同時にミタ君に電話を入れる。ミタ君とは隠居ではなく、店で会うことができた。庭の緑を愛でるなら、雨もまた、そう悪いものではない。
朝飯 冷や奴、納豆、大根のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、トマトとオクラの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 “FLYING GARDEN”のミニサラダ、煮込みハンバーグ、ハウスワインの赤、家に帰ってからの「紅谷」の大福、Old Parr(生)
2020.6.12(金) 梅雨入り
むかし、店にいて居心地の良くない季節は真冬と梅雨時だった。
真冬には、スパイクタイヤによるアスファルトの粉が店にまで舞い込んだ。車道の脇に溜まる粉塵は、ひと冬に1度か2度はさらう必要があった。手押し車に山盛りになる粉塵は、会社の敷地のうち舗装していない場所に捨てた。
梅雨時は湿気により、店の木の床が湿った。その湿りかたは、床が汗をかいているのではないかと思われるほどのものだった。しかしその湿気も、いつの間にか消えた。ウォークイン型の三畳ほどの冷蔵庫を、より小型のものに換えたことが功を奏したのかも知れない。
スパイクタイヤは禁止をされて、冬に粉塵の飛ぶことは無くなった。梅雨時の床の湿りも無くなった。そして今日は、事務室と店の、設置から30年ちかくを経た冷暖房機を一新すべく、業者3人が下見に来た。午後は蔵の、テニスコートほども広い冷蔵庫の設定を夏向きにすべく、頼みつけの業者が来た。
関東地方はきのう梅雨入りをした。雨はできれば夜に降って、昼は晴れて欲しい。
朝飯 細切り人参の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトとブロッコリーのサラダ、冷や奴、スクランブルドエッグ、大根と人参のぬか漬け、メシ、大根とズッキーニの味噌汁
昼飯 「らっきょうのたまり漬」を具にした冷やし中華
晩飯 山芋のすりおろし梅肉添え、マカロニサラダ、夏野菜の「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、刻みキャベツを添えた河豚の唐揚げ、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、「天鷹酒造」の「天鷹心生酛純米大吟醸」(冷や)
2020.6.11(木) 健康のためなら
「健康のためなら死んでも良い」と考える人はいないだろう。しかし健康に良かれと思ってしてることにより命を落とす人は結構、いる。
先月は、晴れて雲雀の空高く啼く日のあった一方、日照時間は記録的に短かった。低温に弱い種の稲は、植えてからいくらも経たないうちに農家の人が諦めてトラクターで潰した、という話も耳にした。らっきょうの収穫が近づいている。今年の作柄はどうだろう。
朝から長男と県南に出かける。栃木県でも首都圏にちかいあたりは、コロナ禍からの経済の立ち上がりがまずまずらしい。日光は、それにくらべれば、まったく静かだ。
日光市に新型コロナウイルスによる感染者はひとりもいない。とはいえ住民の、未知のウイルスに対する恐怖心は、たくさんの感染者を出している地域のそれより格段に強い。
「コロナに罹りさえしなければ死んでも良い」と考える人はいないだろう。しかしコロナを気にするあまり経済的に死んでしまう、ということは多いにありうる。気をつけなくていけない。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、生のトマト、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、メシ、椎茸と絹さやと溶き卵の味噌汁
昼飯 「一庵」のとろろ蕎麦
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、薩摩芋の蜜煮、生のトマト、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、茹でたブロッコリー、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を使った豚の生姜焼き、「粕華」とNoilly Prat Dryの東京下町風
2020.6.10(水) もう1度くらいは
「今の若い人は、クルマに乗ることにも家を持つことにも興味を持たない。モノや快楽への欲求を欠きながら、どうして生きていく意欲を持ち続けられようか」という、昭和から平成の時代を駆け抜けてきた人による対談をウェブ上に見つけた。世代間の断絶は、世に絶えることのない永遠の主題のひとつだ。
プースカフェというカクテルがある。幾種類かの酒やシロップを、比重の高い順にグラスに丁寧に注いでいく。やがてそれらは混じり合わうことなく色とりどりの層を成す。「それぞれの美しい色は、また、世界に存在する、あらゆる異なりを想起させる」と書けば「オマエ、ここから一気にこの日記をまとめにいこうとしてねぇか」と突っ込みを入れられるかも知れない。
きのう鰻の「魚登久」に6月限定の弁当を予約しておいた。それを受け取るため18時55分に家を出る。19時05分に戻って食堂に上がると、卓上には弁当に添えるための酢の物と漬物が、既にして並べられていた。
「魚登久」の蒲焼きには「片山酒造」の酒粕焼酎「粕華」を合わせることにしている。今夜はその「粕華」を勺グラスに満たし、その表面にノイリープラットを浮かべてみた。そしていよいよグラスに手を伸ばせば、ふたつの酒ははやくも解け合って、そこには薄い黄金色のあるばかりだった。弁当も酒も、大いに悪くない。
というわけで、今月中にもう1度くらいは、おなじ組み合わせにて、夏の一夕を過ごしたい。
朝飯 「らっきょうのたまり漬」と鶏笹身肉のサラダ、納豆、生玉子、万能葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、生のトマト、キュウリのぬか漬け、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「らっきょうのたまり漬」を具にした冷やし中華
晩飯 「魚登久」の6月限定の鰻弁当、若布と胡瓜と蛸の酢の物、大根と人参と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、「粕華」とNoilly Prat Dryの東京下町風、メロン
2020.6.9(火) 小遣い帳と床屋の関係
2015年8月から現在までの小遣い帳を一気に失ったことは先月31日の日記に書いた。それにより被る不便は枚挙にいとまがない。前回、散髪をしたのはいつだったか、それを知れないことも、またそのひとつだ。
坊主頭の人の床屋への行きどきは寝癖ができたときと、むかし勉強仲間のチョーヤさんが言っていた。僕は坊主頭に加えて顔には髭がある。これも隨分と伸びてきた。数日前より床屋にかかりたくて仕方がなかったものの、会社を抜け出す機会には恵まれなかった。
そのような忙しさの中、きのう夕刻、遂に無理を押して床屋へ向かった。本日の10時30分より取材が予定されていて、写真を撮られる予感がしたからだ。
先方は取材の相手として僕を指名してきた。僕には現在の仕事に就いて35年の経験がある。しかし何を聞いても右から左へ抜けてしまう質のあること、またあれこれを人任せにして平気なところから、頭の中にはそれほどたくさんのことは蓄積されていない。取材には長男にも同席をしてもらった。
隠居の欅のテーブルに着いて1時間ほどが経つと、先方のノートには数ページに亘って文字が細かく連ねられた。写真の撮影には30分ほどが費やされた。兎に角、きのう床屋へ行っておいて良かった。隠居の桜や梅には今、枝がしなるほどの葉が茂っている。
朝飯 榎茸と万能葱の酢の物、キャベツとピーマンとパプリカのソテー、万能葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、だし巻き玉子、隠元豆と舞茸の天ぷら、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 ウォッカソーダ、ベビーリーフとオレンジのサラダ、コールスローを添えた「寧楽共働学舎」のソーセージ、2種のパン、じゃがいもとマッシュルームのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.6.8(月) 何やら凜としたもの
4時4分、南の空には旧暦4月17日の月がある。真冬のことを思えば、早朝、ポロシャツ1枚で製造現場を歩ける今の気温は夢のようだ。この、蔵での仕事から上がって後は、あす会計事務所に提出する金銭出納帳の、小切手による出金について、朱で但し書きを入れる。
土曜日、日曜日、月曜日は毎週、家内はひとりそそくさと朝食を済ませて5時前に隠居へ行く。その時間の僕は、いまだ好き勝手なことをしている。よって自分の朝食は、自分で用意をすることになる。冷蔵庫の憑霊室、いやこの文字はマズイだろう、「ひょうおんしつ」と入力すれば良かったのだ、とにかく氷温室を見て、今朝のメシは鰯の丸干しによる一汁一菜にしようと決める。
簡素な食事では、汁の具を多めにする。そしてできあがったあれこれを、いつものお盆に並べてみる。その姿には、何やら凜としたものが感じられた。
ところでこのところ、朝食の短い動画をTikTokに上げている。今朝の一汁一菜も、iPhoneで撮ってみた。鰯の丸干しに添えた大根おろしは白いままの方が写りが良かろうと、先ずはそのまま鰯の頭に乗せる。それを口へ運んで頭の部分のみ噛みちぎる。カメラのスイッチを切って後は、その大根おろしに酢をかけ、次に「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を差す。それを今度は鰯の腹に乗せて口へ運び、入念に咀嚼する。そしてごはんをひとくち。いと、美味し。
朝飯 鰯の丸干し、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチと牛乳
晩飯 二十日大根のサラダ、グリーンピースと目玉焼きのチーズかけ、鯖とトマトのスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、羊羹、Old Parr(生)
2020.6.7(日) the cream of…
「汁飯香の店 隠居うわさわ」が営業の自粛から徐々に元の形に戻りつつあることは、先月29日の日記に詳しく書いた。重複する部分もあるが繰り返せば、先月の30日から、お客様のお受け入れを再開した。しかしお出しできるものは、お飲み物、茶菓、たまり漬の盛り合わせ、一汁五菜弁当に留めた。そこにきのうからは「汁飯香」つまり土鍋炊きのごはん、漬物の盛り合わせ、味噌汁、そして甘味のセットが加わった。
その初日であるきのう、この「汁飯香」の再開を待ちかねたお客様が、ご家族でいらっしゃってくださった。そのころ僕は生憎と「Zoom講義」の最中にあってご挨拶はできなかったが、とても有り難く感じた。そして今日もまた、常連のお客様が「汁飯香」を求めてご来店くださった。
隠居においでくださるお客様の多くは、先ずはおかずの多い「一汁五菜膳」をご注文になる。しかし何度かお出かけになるうち徐々に、簡素な「汁飯香」にお好みの移っていく傾向がある。
1982年、僕はバラナシの、小さく軒の低い本屋で”The cream of yoga”という薄い冊子を買った。”cream”には「神髄」という意味もあったと思うがどうだろう。「汁飯香」もあるいは朝食の、ひとつの究極なのかも知れない。
朝飯 白粥、蓮根のきんぴら、蛸と里芋の炊き合わせ、カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、切り昆布の人参と豚三枚肉の炒り煮、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」
昼飯 冷やし中華、らっきょうのたまり漬
晩飯 「汁飯香の店 隠居うわさわ」のトマトのすり流し、菠薐草と海苔のナムル風、春雨サラダ、焼き餃子、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、「共働学舎新得農場」のチーズ「レラ・ヘ・ミンタル」、Old Parr
2020.6.6(土) 夜くらいは
早朝に製造現場へ降りての仕事は、自分ひとりによるものであり、しごく気楽なものだ。問題は今日の、7時40分からの時間の配分である。家内は5時から「汁飯香の店 隠居うわさわ」へ詰めている。長男は、今日は所用により会社にいない。社員はいわゆる「三密」を避けるため、いまだ出勤の調整を続けている。
7時40分に道の駅「日光街道ニコニコ」へ出かけ、検品と売場の掃除を済ませる。会社に戻れば時刻は8時直前。8時から朝礼。その朝礼で、人手の足りない中で、僕は西研究所の、オンラインによる講義を10時から受ける旨を皆に伝える。
春の発売以来、いまだに人気の続いている「おうち料理応援!味噌汁セット」の、本日分の湯波を届けに来てくれた松葉屋さんに、5月分の支払いをする。それを済ませてから森友地区にある農業協同組合の直売所までホンダフィットを走らせ、上記セットのための野菜を仕入れる。その帰りにユミテマサミさんの畑を訪ね、トマトも仕入れる。帰社すると、時刻は事務係のカワタユキさんに約束した9時の、僅々1分前だった。
本日、3人いる事務係のうち、出勤をしているのはカワタさんひとり。出勤調整に、ダイレクトメールをお送りした直後の需要が重なって、事務室ではきのうはおろか、おとといの受注伝票も処理し終えていない。
9時40分、事務室にカワタさんひとりを残し、先ずは店に顔を出す。そして複数の電話が鳴ったときには販売係が受注を助けるよう、販売主任のハセガワタツヤ君に伝える。そしてコンピュータを手提げに入れて、4階の食堂に上がる。世に新型コロナウイルスが蔓延してからにわかにその名を知られるようになったZoomには、帰省している次男に、今日の講義のIDをパスワードを打ち込んでもらった。
午後は少し落ちついて、普段の仕事に戻る。
ところでこのところ、Zoom、あるいはそれに似た仕組みを使った飲み会やおしゃべりが流行っている。僕は「会えねぇなら、別に顔など合わせることもねぇじゃねぇか」派である。夜くらいは家族と、あるいはひとりで静かに過ごしたい。
朝飯 油揚げとカキ菜の炊き合わせ、納豆、揚げ玉と長葱を薬味にした冷や奴、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、蓮根の天ぷら、ごぼうのたまり漬、メシ、カキ菜の味噌汁
昼飯 焼きそば
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの冷やしトマト、皮蛋、海老と春雨の酸っぱ辛いため、胡瓜の辛子和え、油淋鶏、あんかけ焼きそば、海老炒飯、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)、家に帰ってからのバームクーヘン、Old Parr(生)
2020.6.5(金) 2ヶ月遅れ
年に一度、パンフレットを改版する。これを作る会社は南青山の、高樹町のちかくにある。関わる人は、カメラマンを除けばふたり。そのふたりとは、今年は4月9日に打合せをする予定だった。しかし「どこもかしこも」のコロナ騒ぎである。この、僕の好きな仕事は後日に延期せざるを得なくなった。
その「後日」が今日に決まったのは2週間ほども前のことだ。金曜日は「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日ではないけれど、僕はこの場所の雰囲気がより伝わるよう、辰巳に面した門にノレンを垂らした。
ふたりは店を経由して9時30分に隠居に来た。営業の自粛を解く今月27日より再開する一汁五菜膳を、先ずはふたりに食べてもらう。2合のごはんを炊き上げた土鍋は、20分ほどで空になった。「隠居うわさわ」へいらっしゃれば、ほとんどどなたでも、ごはん1合はお召し上がりになる。これまでの最高記録は、おひとりで2合。日光の、標高の高いところにある棚田で収穫された「ゆうだい21」、たまり漬、そして日光味噌による味噌汁の、それは魔法である。
話し合いは、別方面の担当者をウェブ上に呼び出しての会議を経て、15時に完了した。パンフレットの完成は例年と変わらず、9月上旬に予定をされている。
朝飯 蓮根のきんぴら、納豆、スペイン風目玉焼き、油揚げとカキ菜の炊き合わせ、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜の玉葱のスープにトマトと長葱を加えた味噌汁
昼飯 たまり漬を使った3種のおむすび、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」
晩飯 茗荷の酢漬けを添えた刺身湯波、茄子とオクラとパプリカの煮びたし、菠薐草と榎茸のおひたし、鮭のカマ焼き、豚の生姜焼き、胡瓜とキウイの酢の物、薩摩芋の甘煮、「天鷹酒造」の「天鷹心生酛純米大吟醸」(冷や)、“Chez Akabane”のチーズケーキ、Old Parr(生)
2020.6.4(木) ツバメ
「おうい雲よ」と呼びかけ「磐城平の方までゆくんか」と話しかけたのは山村暮鳥だ。僕はツバメを見るたび、秋が近づいてきたらどこへ去るのか、それが訊きたくてしかたがない。しかし僕とツバメのあいだには意思を通じさせる手段が無いから、いつまでも確かめられないままである。
空にもっとも多くのツバメを目にしたのは、マレーシアとの国境にほど近い、タイ深南部の街ナラティワートでのことだ。一方、タイ最北部の街チェンライのタナライ通りの街路樹からは、夕刻になると、とんでもない量の、鳥の声が聞こえてくる。既にして薄暗いこと、そして南の国の葉陰の濃さにより、その声の主を目で確かめることはできない。しかしこれもまたツバメの大群ではないかと、僕は考えている。
コロナ騒動のあおりを受けて、ご来店になるお客様は少ない。しかし地方発送をご依頼になるお客様からの電話は、逆にとても多い。9時から10時までは、販売係のオバタタキコさん、サイトーミホコさん、ササキユータ君に、この電話の受け方とメモのとり方を教える。小休止から戻った彼らは、自分たちでおさらいを始めた。以降、僕は終業の17時30分まで、電話による受注作業に当たる。
朝飯 納豆、蓮根のきんぴら、油揚げとカキ菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、カキ菜のおひたし、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜に残った浅蜊のバター蒸しによる味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華(大盛り)
晩飯 バンブー、らっきょうのたまり漬、らっきょうのたまり漬を使ったミックスサラダ、玉葱のスープ、田舎風パテ、「進々堂」の2種のパン、「共働学舎」のチーズを乗せて焼いた3種目のパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.6.3(水) 日付
むかしの人は、何にでも日付を入れた。何にでも、と言っては語弊があるかも知れない。ウチでは店に置いたタンスの裏に「明治三拾七年九月 上澤商店 建具師尾谷幸次郎」という墨書が残っている。むかしの人はなぜ、家の中のあれこれに日付を入れたか。
大量生産、大量消費の時代を経て、現在の道具はほとんど消耗品として扱われている。そしてそれらのうちのかなりは、石油を原材料として作られている。しかし昭和の中ごろまで、日常の道具は大抵、木か金属でできていた。耐用年数は現在のものより格段に長かった。ほとんどすべてのものは修理を繰り返しながら使った。ある一定以上の大きさの、主に道具に記された日付は、あるいはそれが「いつ誂えたものか」とか「いつ直したものか」を後に確かめるためのものだったのかも知れない。
きのういわゆる「アベノマスク」が届いた。布でできたアベノマスクは、現在、市場のほとんどを占める使い捨てとは異なって、洗えば何度でも使える。しかしウチでは社員用のものも含めて、マスクは1,800枚ほどを既に備蓄している。
アベノマスクはプラスティックの袋に収められている。墨ははじかれてしまうからマジックインキで日付を入れ、倉庫に置いた古箪笥の奥底にでも仕舞おうか。何十年かを経てそれを発見した誰かは、その日付を見て何を思うだろう。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、目玉焼き、蕗の醤油煮、切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、納豆、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 若布と長葱の汁で食べるざるうどん
晩飯 浅蜊のバター蒸し、レタスと茹でたブロッコリーを添えた鯛のトマトソースと田舎風パテ、「進々堂」のパン其の一、其の二、「共働学舎」のラクレットを乗せて焼いた其の三、林檎の砂糖煮、Petit Chablis Billaud Simon 2016、Old Parr(生)
2020.6.2(火) 端境期
「今は端境期なんせ」と、トマトの育つ温室の中で、ユミテマサミさんは言った。兼業農家のユミテさんがウチの蔵で働いていた昭和30年代には、胡瓜、茄子、トマトなどの野菜は、夏以外には食べられなかった。今、それらは年間を通じて食卓に上る。そういう時代になっても野菜には厳然として端境期というものが存在する、そんなことに先日は気づかされた。
一方、葉物の端境期については、僕も明確に意識をしている。カキ菜や菜花といった、大根のそれと似た花を付ける葉物が、農協の直売所や道の駅から一斉に姿を消しつつあるからだ。
なぜそれほど葉物のことを気にするかといえば、味噌や漬物や「たまり」と共に地元の産品を詰め合わせた「おうち料理応援!味噌汁セット」という、今春からはじめてすぐに人気となった商品に、青菜が含まれているからだ。味噌汁と謳っている以上、その青菜は味噌汁に使えるものが望ましい。しかしこれから盛んに出てくるだろう、たとえばモロヘイヤなどは、味噌汁には合わせづらい。
現在、大手の青果店が流通させている葉物には菠薐草や小松菜がある。ピンと張ったセロファンに包まれたそれらの根元には一粒の砂も見あたらず、とても綺麗だ。しかしそのような野菜は、どうもウチの「噌汁セット」には、そぐわない気がする。
中々に悩ましい、今の端境期である。
朝飯 切り昆布と人参と豚三枚肉の炒り煮、牛蒡と人参のきんぴら、蛸と里芋の炊き合わせ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、白粥
昼飯 ソース焼きそば、ごぼうのたまり漬
晩飯 トマトとキウイとレタスのサラダ、鶏肉とマカロニのグラタン、San Pedro Castillo de Molina Sauvignon Blanc 2018、メロン、「共働学舎」のチーズ「笹ゆき」、Old Parr(生)
2020.6.1(月) 同型同色
暗闇の中に目を覚ます。手の届くところにiPhoneは無い。だから現在の時刻を確かめることはできない。たとえ目をつぶっていたとしても服装を整えることができるのは、タンスの整頓が行き届いているからだ。タンスの引き出しにはおなじ白いシャツ、おなじ黒い靴下ばかりが納めてあるから、いちいち選ぶ必要がない、ということもある。持ち物の数が少ない、あるいは持ち物の種類が少ないことは、快適さと便利さを生む。
おなじシャツといえば、失敗を重ねながら、いまだ治らない癖がある。それは、おなじ服を色違いで揃える、という癖だ。色違いを揃えても、結局はもっとも気に入った色のものしか身につけない。それ以外は無駄な出費、空間の無駄な占有となる。そのことに薄々気づいていながら、またまたおなじことを繰り返す。この悪癖からは、そろそろ抜け出さなくてはならない。
「要所においては、シャツの色は白に限るべし」と高城剛が書いたのは「サバイバル時代の海外旅行術」の中で、だっただろうか。この本は次男に譲ってしまったため、いまは手元に無い。
朝飯 トマトと玉葱とズッキーニの雑炊、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮
昼飯 ラーメン
晩飯 油揚げと茗荷の炊き合わせ、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、大根おろしを添えた焼き茄子、鯖の味噌煮、鶏肉団子と絹さやの味噌汁、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、「久埜」の栗羊羹、Old Parr(生)

































































































































