2018年11月の日記30本
2018.11.30(金) 伝説の検証
「おじちゃんが肩をスッ、スッと2回、撫でたら、上がらなかった腕がその場で上がるようになった」という話は「本酒会」のイチモトケンイチ会長から、これまで何度も聞かされていた。それは10年か20年ほども前のことで、近隣の知り合いたちと1台のクルマに乗り合わせ、群馬県の整体院を訪ねたときのことだという。
そのイチモトケンイチ会長の話を聞くたび「へー」とは思ったが「へー」以上の感想は特段、浮かばなかった。「人ごと」だったからに他ならない。
今月の「本酒会」は16日の金曜日に鰻の「魚登久」で開かれた。そのときイチモト会長は久しぶりに「ふた撫で」の話を持ち出した。そして今度こそは、僕はその話に食いついた。10月の下旬以来、日光市内で3回、栃木市で3回の、計6回の鍼灸治療を受けても、頸椎と右肩胛骨のあいだの痛みは変わらず続いていたからだ。イチモト会長の薄れつつある記憶を元にiPhoneのgoogleで探した結果、その治療院は今も存在していた。僕の背中の痛みも「ふた撫で」で治るだろうか。
07:35 ホンダフィットを日光宇都宮道路の今市I.C.へと向ける。
07:52 日光宇都宮道路を徳次郎I.C.で降りて宇都宮I.C.から東北道に乗る。
08:17 岩舟JCT.で北関東自動車道に乗り換える。
08:47 高崎I.C.で関越自動車道に乗り換える。
08:55 関越自動車道を前橋I.C.で降りる。
09:24 伝説の治療院に着く。自宅からの距離は136.8Km。
待合室に先客は3名。そのうち増えて、僕も含めて7名の待ち客。
「すぐに効くということでもないので、3日は様子を見てください。続けての治療は却ってよくありませんのでね。3日経って症状が残るようでしたら、またいらっしゃってみてください」と、受付の女の人が電話で話している。僕とおなじく「ふた撫でで治る」とか「ギックリ腰で来た人が小走りで帰った」というようなことを伝え聞いて施術を受けた人からの電話だろう。
予約の際に「治療に要する時間は2、3分」と念を押されていた。何しろ「ふた撫で」なのだから、そのようなことは承知の上だ。僕が呼ばれたのは10時20分のころだった。先客が3名にもかかわらず1時間ちかく待たされたのは、先生が「気」を溜め込むための休憩を取っていたからかも知れない。
施術室に入ると、代替わりをしたらしく、先生は僕よりだいぶ若い人だった。先生は僕にうつぶせになるよう促した。先生の片手が僕の右肩の下に、もう一方の手は右肩の上に置かれた。間を置かず、まるで懐炉でも押し当てられたように、その部分が暖かくなる。続いて左の肩にもおなじ術が施される。治療は5分ほどで終わった。治療費は、イチモト会長に聞いていたそれよりほんのすこし上がっているだけだった。
10:33 施術院の駐車場を出発。
10:55 前橋I.C.から関越自動車道に乗る。
10:59 高崎I.C.で北関東自動車道に乗り換える。
11:35 岩舟JKT.で東北自動車道に乗り換える。
11:25 宇都宮I.C.で東北自動車道を降り、日光宇都宮道路に乗る。
12:10 帰社。帰りの距離計は134.2Km。
とりあえず、3日は様子を見てみよう。
朝飯 ほうれん草の胡麻和え、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、秋刀魚の梅生姜煮、ふきのとうのたまり漬、炒り豆腐、メシ、けんちん汁の具を具にした味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ソーセージの中身とアスパラ菜のソテー、パン、無花果とベビーリーフのサラダとふかし薩摩芋を添えた羊のロースト、林檎のクランブル、“CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982”
2018.11.29(木) 断然、味噌
「うどんは断然、味噌だ」とfacebookで言っている人がいた。「うどんのつゆの味付けは醤油より味噌が勝る」という意味だ。まぁ、人の好みはそれぞれである。そういう僕は「朝の汁は断然、味噌だ」と断言したい。
おとといの恵比須講に際して、家内は大量のけんちん汁を作った。その流れからして、朝の汁にはそのけんちん汁の充てられることが順当だろう。しかしウチのけんちん汁は醤油で味付けをされている。それを朝食の一部にすることを僕は好まない。
よってきのうの朝に引き続いて今朝も、出汁を引いたミルクパンにけんちん汁の具だけを移し、それが温まったところで味噌を溶き入れた。いと美味し、である。
「11月29日の今日は良い肉の日だから、夕食はお肉だ」と家内が言うので洋食とばかり考えていた。ところが用意されたのは意外や和食だった。お膳の真ん中にはサイコロ状に刻まれた牛肉。その牛肉は、鉄板で軽く炒めたところに「日光味噌梅太郎赤味噌」を酒と味醂で軟らかくしたソースをまぶされたものだ。「たったそれだけのことで、この美味さ」と驚くほど、肉と味噌の親和性は高い。日本酒が捗ったことは、言うまでもない。
朝飯 すぐきを薬味にした納豆、ほうれん草の胡麻和え、ハムエッグ、秋刀魚の梅生姜煮、紅白なます、ふきのとうのたまり漬、メシ、けんちん汁の具を具にした味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、エノキダケの酢の物、炒り豆腐、鮭の昆布巻き、牛肉の「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、ふきのとうのたまり漬、「八海醸造」の「八海山特別本醸造」(冷や)、チョコレートケーキ、銘柄不明のコニャック
2018.11.28(水) 庭の椿
10時30分より社会保険労務士のオカザワセキヤさんが来る。そして今年の暮の賞与について、あれこれと助言を受けつつ、その金額を決めていく。この仕事を終えると、ひと息を入れたくなって「さて、どこへ行こうか」と考える。向かったのは、すぐそこに見えている隠居の庭である。
アルミニウム製の柴折り戸を開けて、先ず驚いたのは、いかにも柔らかそうに地面を覆っている、モミジの葉の多さだった。そこから塀と玄関のあいだの細い径を伝って広いところに出てみる。
庭の真ん中に大きく育った枝垂れ桜は、その葉の量があまりに多かったため、先月、植木屋に剪定をしてもらった。11月の上旬にひとつだけ残っていた紫陽花の花は、それから20日を経た今も、薄紫色を保ったまま茎の先端に上を向いている。藤棚の藤豆も、いまだ枯れ落ちてはいない。
それはさておき、今日、はじめて気づいたことだが、この庭には椿が異常に多い。それほどの面積とも思われないところに、数えてみると十数本があった。これほどの数を植木屋が植えることは考えられない。とすれば、実生から育ったのだろうか。
椿の木は、いまだたくさんの花を咲かせている。それらの紅色を視界の内側に置いてあたりを眺めてみれば「冬ざれた」という印象は湧きづらい。ただし水道の元栓は、霜の降りる前に閉めた方が良いだろう。そしてそのことを忘れないよう頭の中に反芻しつつ店へと戻る。
朝飯 ほうれん草の胡麻和え、納豆、紅白なます、秋刀魚の梅生姜煮、じゃこと大根の葉の乾煎り、ふきのとうのたまり漬、メシ、けんちん汁の具を具にした味噌汁
昼飯 ふきのとうのたまり漬の溶かしバターを添えた焼き餅、焼き海苔
晩飯 コーンビーフとベビーリーフのサラダ、パン、ほうれん草とジャガイモのマッシュとエリンギのソテーを添えた鯛の網焼きトマトソース、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.11.27(火) 恵比須講
ウチは諸々のお祭を、旧暦に従って行う。床の間に恵比須大黒の像と軸を飾り、お膳を供えて五穀豊穣や商売繁盛を祈るお祭「恵比須講」の日は、いつも11月の下旬に巡ってくる。この時期は年末ギフトの立ち上がりに重なるため、毎年、何とはなしに忙しない。そして昨年はその繁忙に紛れて尾頭付きの鯛の予約をせず、仕事を終えた夜になってようやく、これを求めて市内のスーパーマーケットを訪ね歩くこととなった。
「恵比須講の鏡餅、鯛の予約は忘れないこと」というカレンダーへの書き込みは「来年はそのようなことのないように」と、昨年のうちに記しておいたものだ。そして今年の準備は万端である。
18時30分に自宅へ戻る。そして先ずは和室の床の間に、恵比須大黒の軸を掛ける。また、事務室の神棚から下ろした恵比須大黒の像を飾る。
家内が本日の午後に作った紅白なます、ほうれん草のおひたし、カジキマグロの煮付け、けんちん汁、ごはんによりお膳一対を整え、それを床の間へと運ぶ。三方に載せた鏡餅もお供えする。仕上げにやはり一対の蝋燭に火を点し、その場に正座した家族が次々と手を合わせて各自、何ごとかをお祈りする。
朝飯 納豆、生玉子、秋刀魚の梅生姜煮、ふきのとうのたまり漬、じゃこと大根の葉の乾煎り、すぐき、南瓜の煮物、メシ、豆腐と若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バター載せてね特注)
晩飯 ほうれん草のおひたし、紅白なます、カジキマグロの煮付け、けんちん汁、「秋田醸造」の「ゆきの美人愛山麹ひやおろし純米吟醸」(冷や)
2018.11.26(月) いつまでも治らない癖
目を覚ましてしばらくは、先ほどまで見ていた夢の余韻にひたっていた。それからしばらくして枕頭のiPhoneに手を触れ、時刻を確かめると、いまだ2時57分だった。起床するには早すぎる。しかしこのまま横になっているのも危険だ。3時とはいえ、自分の経験に照らせば明け方は目と鼻の先に迫っている。案の定、着替えて洗面をし、花と水とお茶と線香を仏壇に供えると5時がちかくなっていた。正に、光陰は矢のごとし、である。
8時に電話をしなくてはならないところがあって、しかし自分は物事を忘れやすい。iPhoneに8時のアラームを設定した上で道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ、掃除と検品のためおもむく。会社に戻ると事務机の上で、iPhoneが音を発していた。ディスプレイには”8:02″の現在時刻が示されている。忘備としてのアラームを設定しても、肝心の携帯電話を携帯しなければ、電話はかけられない。携帯電話を携帯しないのは、僕の、いつまでも治らない癖である。
11月20日はオヤジの祥月命日で、墓参りをした。そのときの花が枯れていては見苦しいと考え、夕刻に如来寺の墓前に自転車を乗り付ける。花は6日を経てもなお元気だった。よって花立てに水を足すのみにて家に戻る。
朝飯 じゃこと大根の葉の乾煎り、ほうれん草のソテー、納豆、切り昆布の炒り煮、秋刀魚の梅生姜煮、南瓜の煮物、すぐき、ふきのとうのたまり漬、メシ、椎茸と若布とトマトとサラダ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 生ハムと2種のテリーヌのサラダ、パン、ソーセジのトマトスープ、チーズ、梨、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“TIO PEPE”
2018.11.25(日) 秋季小祭
事務机の左手に提げたカレンダーには様々な「すべきこと」が書かれている。その中でも特に失念するわけにはいかないことはカレンダーにではなく、ポストイットに太字で記して、当該の日のところに貼ることにしている。本日11月25日には「9:30 神社」と書いたそれが貼ってある。総鎮守瀧尾神社の秋季小祭である。
このお祭には毎年、神社の責任役員として出席をしている。その際には定刻の15分前に神社に着くよう心がけている。しかし今年は我が春日町1丁目が当番町を務めている関係から30分前の集合となった。
先ずは社務所の中に直会用の机と座布団を並べる。外に置く机と椅子は大膳係のシバザキトシカズさんが、きのうのうちに運び込んでくれていた。9時50分よりオノグチショーイチ頭が名簿をその机に広げ、受付を始める。
秋季小祭と、このお祭には「小」の字が付くものの、それは春の大祭や夏の八坂祭にくらべての規模をあらわすもので、しかし実際には新嘗祭だから、おろそかにするわけにはいかない。
本殿での祝詞の奏上や玉串奉奠を終え、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人が直会の席に着いて先ずは、タナカノリフミ宮司が挨拶をする。次は責任役員を代表して僕が挨拶をする。昨年までこの直会には里芋とこんにゃくの田楽、およびけんちん汁が供された。しかし今年からは、既にして突入している人口減や高齢化に沿うかたちでお祭は大幅に簡略化され、直会は杯に一杯の日本酒を干すのみで完了した。
お祭は、一度絶やすと再興は難しい。ある程度は形を変えても続けていかなくてはならないと思う。
朝飯 人参のきんぴら、切り昆布の炒り煮、温泉玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、じゃこと大根の葉の乾煎り、ふきのとうのたまり漬、秋刀魚の梅生姜煮、メシ、蕪と万能葱の味噌汁
昼飯 梅干し、切り昆布の炒り煮、納豆、じゃこと大根の葉の乾煎り、めんたいこ、ふきのとうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 チャナ豆と何種類かの茸のスープ、チーズ入りフォカッチャ、紅白なますとマッシュドポテトとベビーリーフとトマトのサラダを添えたチキンステーキ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Chez Akabane”の2種のケーキ、“Grappa Ducale Stravecchia”
2018.11.24(土) 冬耕
このところ気温が急に下がってきた気がする。その気温はしかし、冬のものではない。からだで感じる季節はいまだ晩秋である。とはいえやはり、暦に従わなければならないことは、いくつもある。
店の入口に掲げた季節の書は「秋惜」で、立冬を過ぎた今にはいかにもそぐわない。これを冬のものに換えなくてはと考えつつ、いつの間にか数週間が経ってしまった。「今日こそは」である。
鉄製の広い階段を昇って2階の倉庫に入る。高いところにある窓からは、空の色を映しているのか、青みを帯びた光が差し込んでいる。奥の左手の棚には巻いて袋に収めた書がいくつも納められている。そこから「冬耕」という札の貼られた1本を抜き出し、これを「秋惜」と交代させる。
店の入口から下ろされた「秋惜」をゆるく巻いて袋に入れ、2階の倉庫へ運ぶ。そうして事務室に戻って「冬耕 季語」と検索エンジンに入れてみる。「冬耕や峡に日の差す三時間」という、杉良介による句が目に留まる。盆過ぎから初秋にかけて「みょうがのたまり漬」の原料が採れた日光の畑にも、今はそのような日が差しているのだろう、多分。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、人参のきんぴら、じゃこと大根の葉の乾煎り、蕗のとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と白菜の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩麹ラーメン
晩飯 山芋の摺りおろしを添えた鯛と鮪の刺身、油揚げと小松菜の炊き合わせ、きのこと万能葱の味噌汁、厚焼き玉子、紅白なますを添えたにんにくの芽の豚三枚肉巻き、「山本合名」の純米吟醸「潤黒」(冷や)、自由学園のクッキー、”Old Parr”(生)
2018.11.23(金) つぎあて
昭和30年代から40年代前半にかけての日本はいまだ貧しく、継ぎ当てのある服を着ている子供は珍しくなかった。僕もその例に漏れず、手持ちの服にはかなりの割合で継ぎが当てられていた。ただし嫁に来る前は洋裁店を経営していたオフクロが継ぎを当てた服は、新品のときより却って格好良く見えた。
ものはできるだけ長く使うことが好きだ。よって継ぎ当てのある服は、いまでも好きだ。
普段、ズボンはユニクロのヴィンテージレギュラーフィットチノを穿いている。これを使ううち先ずすり切れてくるのは裾まわりだ。あるとき、すり切れたここをグルリと厚い布で覆ったところ、隨分と長持ちをした。
次は新品のうちにこの補修を施した。そうしたところ、裾まわりこそビクともしなかったものの、膝のすこし上のところがすり切れてきた。よって「だったら今度は新品のうちに、裾と膝の双方に継ぎを当ててしまえ」と考えた。
ユニクロ今市店で3本のヴィンテージレギュラーフィットチノを買う。それを目と鼻の先のイオン今市店1階にあるリフォーム屋「マジックミシン」に持ち込む。布は前回の残りでは足りなかったため、2階の手芸屋で買い増した。
1週間を経て完成した3本のズボンを食堂のテーブルに並べ、眺めてみる。これらを交互に使いまわせば2年以上は楽に保つだろう。ズボン3本の価格は6,445円。買い増した布と継ぎ当てにかかった代金は6,988円。
「だったら先ずは3本。それがすり切れたところで3本を買い足してもお釣りがくるじゃねぇか」という意見はもっともである。しかしまぁ、自分の中では、そういうことでもないのだ。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのソテーを添えた目玉焼き、切り昆布の炒り煮、めんたいこ、蕗のとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「金谷ベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 じゃこと大根の葉の乾煎り、細切り人参の甘辛煮、モツ鍋、その鍋で作るラーメン、芋焼酎「赤霧島」(お湯割り)、自由学園のクッキー、”Old Parr”(生)
2018.11.22(木) 新しい意匠
昨年から今年にかけて、商品の、主に包装形態についての見直しを進めている。
新しい商品については、これまでに無かったものだけに、いきなり世に出しても、違和感を覚えるなどの意見はどこからも聞かれない。それらとは異なって、既存の商品における形態の変更には、より慎重になるべきと考えている。
本日は13時よりデザイナーふたりが来社をして、現在進行中の新しいデザインが、ウチのこれまでの商売と乖離することの無いよう、またこれまでのお客様にできるだけ受け入れていただけるよう、店舗ですり合わせをした。しかし、いまだ模糊とした部分も残る新しい意匠が、本日午後の数時間で固められたわけではない。
来月は1年の中で最も繁忙の月ではあるけれど、今度はこちらからデザイナーの方に出向いて根を詰める仕事が僕には残された。その日のうちに帰ることができるのか、あるいは泊まり込みになってしまうのか、今のところは予見、不可能である。
朝飯 切り昆布の炒り煮、生玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、蕗のとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐とほうれん草の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のおむすび、蕗のとうのたまり漬、日光のHIMITSU豚と日光味噌梅太郎赤味噌によるフリーズドライ味噌汁
晩飯 ハムとトマトのスパゲティ、ほうれん草のソテーと”neu frank”のコーンビーフ、ナッツのパン、りんご、“TIO PEPE”、“Almaviva 1997”
2018.11.21(水) 無駄にした特急券
ホテルの朝食会場では、昨夜に引き続いてヨネイ君から、非常に興味深い話を聞くことができた。そのヨネイ君とは池袋の駅まで一緒に歩き、JRの改札口を入ったところ別れた。僕の乗った埼京線は何かの理由により遅れ、オーミヤナナサト眼科には、診療予約表に指定された9時30分の1分前に着いた。
前にも書いたけれど、僕の目には散瞳薬、つまり瞳孔を開ける薬が効きづらいらしい。目の屈折力と眼圧の測定の後に、先ずは1回目の散瞳薬が注される。僕の瞳孔が検査に必要な大きさまで開くまでには3回の注薬が必要だった。術後の経過は良好とのことで、次の診察日は来月の10日に決まった。
七里から春日部まで乗った東武野田線の車内から、春日部11:33発の下り特急リバティの特急券を買う。時間調整のため春日部駅構内の喫茶店でコーヒーを飲み、11時25分に席を立つ。跨線橋から3番線へのエスカレータを降りつつあるとき、僕の乗るリバティが、北千住での車両点検のため5分ほど遅れる旨のアナウンスが流れた。プラットフォームのベンチは、3番線に背を向ける側のみ空いていた。そこに座って本を開く。
ふと振り返ると、遅れて来た特急リバティは既にして3番線に停まっていた。立ち上がってベンチを回り込み、小走りに近づくと、しかしドアは無情にも目の前で閉まった。「もう乗れません」と、赤い旗を手にした駅員は僕を横目で見ながら告げた。
しかたなく次の12:03発の特急券を買う。そうして薄ら寒いプラットフォームのベンチで更に数十分を待つ。下今市には13:09に着いた。あと10日で師走。とはいえ駐輪場から自転車を乗り出しても、帽子や手袋が必要なほどには、いまだ空気は冷えていない。
朝飯 “Ashirwad”の朝のブッフェ
昼飯 「食堂ニジコ」のマーボー丼
晩飯 マカロニサラダ、刻みキャベツと生のトマトを添えたメンチカツ、“Almaviva 1997”、自由学園のクッキー、”Old Parr”(生)
2018.11.20(火) お互いに好都合
社内にいるときには携帯電話を携帯しない。よって事務机の引き出しからそれを取り出し見ると、着信記録の残っていることがある。先日は同級生ヨネイテツロー君からの着信を認めてこちらから折り返した。
「訊きたいことがある。20日の夜に東京で会えないだろうか」というのがヨネイ君の用件だった。翌21日は、白内障の手術をしてから4回目の診察を、オーミヤナナサト眼科で受けることになっている。その前夜であれば、日程に無理は無い。
18時に池袋で落ち合ったヨネイ君と、僕の行きつけの店に入る。僕は酒には弱くないが、強めの酒を短時間で飲むことを好むため、酔いは早い。そしてハシゴはほとんどしない。それを伝えるとヨネイ君は、自分も長々と飲むことはしないという。
「だったらお互いに好都合だ」と、それほど長くない時間に有意義かつ濃い意見の交換をし、僕が2部屋を予約をしておいたホテルに共に戻って即、就寝する。
朝飯 蓮根のきんぴら、納豆、巻湯波と人参の炊き合わせ、ほうれん草の卵とじ、秋刀魚の梅生姜煮、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「男体山」のあれや、これや、それや。チューハイ、そのチューハイを濃くするためのキンミヤ焼酎
2018.11.19(月) ころもがへ
仕事着に限れば、僕は年間で、以下8回の衣替えをしている。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
「仕事場では半袖のポロシャツの上に木綿の長袖のTシャツを重ねて、ときどき寒いこともある」とは、今月13日の日記に書いたことだ。これは上記によれば「初秋」の組み合わせである。そこでこの日記を検索してみると、昨年は10月16日に、早くも「秋」の衣替えをしていた。今年は紅葉時に暖かかったため、立冬を過ぎるまで「初秋」の組み合わせで来てしまったのだろう。
そこで今早朝は、日ごろ使うチェストから半袖ポロシャツと長袖Tシャツのすべてを出し、押入の、夏用の衣裳ケースに仕舞った。続いて冬用の衣裳ケースから長袖ヒートテックシャツと長袖フリースセーターのすべてを出し、これをチェストの、おなじ引き出しに収めた。
そういう次第にて、今回の衣替えは「秋」をおろ抜いて「初秋」から「初冬」へ一足飛びの、ということになった。
朝飯 蓮根のきんぴら、大根の酢漬け、刺身湯波、秋刀魚の梅生姜煮、ほうれん草の胡麻和え、蕗のとうのたまり漬、メシ、大根と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蓮根のきんぴら、巻湯波と人参と絹さやの炊き合わせ、大根おろしと「生姜のたまり漬」を添えたハンバーグステーキ、大根の酢漬け、きのこ汁、芋焼酎「赤霧島」(お湯割り)
2018.11.18(日) 夜は静かに
ウチでは「隠居」と言い習わしている味噌蔵のある庭の旧宅で、今朝は月に一度の朝食の会が開かれる。家内は昨夜、というか朝がちかくなるまで、この会に供するおかずを作っていた筈だ。家内が忙しいときには長男も、そのおかず作りを手伝う。僕は味噌汁の出汁を引く係だったが、これは誰にでもできることだから、ここ2ヶ月ほどは遠ざかっている。
その朝食の会の日に重なるようにして、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」ではきのうから試食販売が行われている。ここへの納品を終えて9時にホンダフィットで日光街道を上ってくると、販売係のフジタヨーコさんがちょうど、本日分の試食をたずさえ、道の駅へと向かう姿が見えた。
店に戻るとホンダフィットを玄関に後退で近づけ、用意されていた味噌汁の材料や洗い米や土鍋を載せる。そしてこれを隠居に運ぶ。朝食の会のごはんは土鍋で炊くのだ。築150年は経ているだろう旧宅の座敷は既にして清められ、卓上には人数分のお盆が揃えられていた。
昼に店の混み合う時があり、作業台に置いたiPhoneが鳴っていることは分かっているものの、それに応答しているヒマは無い。小一時間ほども後にそのディスプレイを見てみると、着信は家内からのものだった。多分、朝食の会の食器の片づけの要請だろう。
13時に予約の入っていた蔵見学のご一行は、15分ほどはやくお見えになった。うかがったところによれば、埼玉県から福島県の温泉に泊まりにいらっしゃる途中だという。数時間前までは朝食の会のお客様のいらっしゃった座敷にご一行をご案内し、そこで種々の説明ののち、蔵に入っていただく。皆様には満足をしていただけたように思う。
本日の売上金額は、11月中の最高を記録した。紅葉狩りによる人出は収束に向かいつつあるというのに、不思議なこともあるものだ。夜はひとり小倉町の「和光」へ向かい、飲酒活動と共に、町内役員の忘年会の予約を完了させる。
朝飯 生玉子、大根の酢漬け、ほうれん草の胡麻和え、納豆、ふきのとうのたまり漬、メシ、なめこと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「和光」のお通しの野菜とこんにゃくの煮物、鯖の刺身、生牡蠣、なめこおろし、チキンカツ、サービスの煮豆、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)
2018.11.17(土) 引き潮と上げ潮
日光および鬼怒川における観光客の動きに詳しい人によれば、今週末が、紅葉狩りで賑わうの最後のところだという。なるほど確かに、日光の旧市街から5kmを下った今市の中心部でも、木々の葉はかなり落ちてきている。その週末に試食販売をして欲しいとの要請が、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」から数週間前に入った。
土曜日は平日の倍、日曜日は平日の3倍、ウチは忙しい。そこに何とか折り合いをつけて、その試食販売には協力をさせていただくことにした。
冷蔵ショーケースの掃除や販売促進物の持ち込みは、きのうの閉店後に長男が済ませていた。商品は今朝、搬入口の開く7時30分に、やはり長男が運び込んだ。僕はおなじ「日光街道ニコニコ本陣」でも普段の売り場を掃除し、本日納めるべき商品の数を決めた。
紅葉狩りのお客様が日光鬼怒川から引き潮のように去ると、いよいよ年末ギフトの季節である。繁忙が続くことは有り難い。
朝飯 ズッキーニのソテー、納豆、生のトマト、目玉焼き、なめこの醤油煮、めんたいこ、大根のたまり漬、メシ、揚げ湯波と大根の葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の舞茸の炊き込みごはん、大根のたまり漬、豆腐と白菜の味噌汁
晩飯 芥子菜とトマトとモッツァラレラチーズとコーンビーフのサラダ、ガーリックパン、ナッツと干し葡萄のパン、ソーセージを添えたクリームシチュー、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″
2018.11.16(金) 開通
外へ食事に出るときには、少なくとも財布、カメラ、携帯電話の3点をISUKAのギヤバッグに入れて持参する。この3点のうち、なぜかサイフだけをときどき忘れる。支払いの段になって財布のないことに気づき、それを店の人に伝えても、大抵は行きつけの店だから「あー、次のときで良いですよ」と許してくれる。そうは言われても、甘えるわけにはいかない。家または会社にとって返すと即、財布を掴んでふたたびその店に戻り、借りは返してきた。
本日は、僕が書記を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会日にて、鰻の「魚登久」へ行く。定刻の19時30分が近づいたためバッグの中身を探ると、今夜に限っては珍しく、カメラを事務机の中に置き忘れてきた。
カメラを欠いてもiPhoneで代用できる。代用はできるが、iPhoneで撮った画像をケーブル経由でコンピュータに取り込むことが、なぜか数ヶ月前からできなくなっている。「画像をクラウドで共有すれば済むではないか」と言われれば、それも手ではあるけれど、ケーブル経由の方が話は早い。
帰宅をしてから「駄目で元々」とばかりにiPhoneとコンピュータをケーブルで繋ぎ、酔った頭であれこれするうち、画像は呆気なくコンピュータに吸い込まれた。シラフのときにはなぜ上手くいかなかったか。
とにかくこれで、今日の日記に晩飯の画像を欠くことは無くなった。終わりよければすべて良し、である。
朝飯 めんたいこ、なめこの醤油煮、トマトとサラダ菜のサラダ、ほうれん草の胡麻和え、大根のたまり漬、メシ、トマトと若布とサラダ菜の味噌汁
昼飯 2種の佃煮、すぐき、めんたいこ、焼き海苔、大根のたまり漬、梅干しによるお茶漬け
晩飯 「魚登久」の酒肴あれや、これや、それや。鰻重。4種の日本酒(冷や)
2018.11.15(木) ガンバロー会
10月から11月のはじめにかけての日光は紅葉狩りの観光客により賑わう。それが収まりつつあるところに今度は贈答の需要が高まってくる。1月2日の初売りからしばらくは、初詣やお正月休みのお客様で店は混み合う。つまり体育の日の絡む10月の連休から新年の第一日曜日までの2ヶ月間は高原状態で繁忙が続く。というわけで夜は社員たちと4階の応接間に集まって「ガンバロー会」を催す。
あれだけ酒を好んだ志ん生も、会合の酒は嫌ったという。「えー、一体に酒てぇものは、好きなときに、好きに飲むところがいいんですな」というのがその理由である。僕も同感。しかし社員と飲む酒は美味い。
今回は忙しい週末を避けたため、子供のいるパートさんたちが来られなくて残念だった。新年会は繁忙の去った1月なかば、土曜日に設定をすることにしよう。
朝飯 納豆、大根と豚三枚肉の淡味炊き、トマトと莢隠元のソテーを添えた目玉焼き、めんたいこ、大根の酢漬け、大根のたまり漬、メシ、肉団子と白菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 グリーンサラダ、牡蠣とマッシュルームのアヒージョ、ポテトグラタン、ポトフ、オムレツ、ガーリックパン、赤飯のおむすび、たまり漬「刻みザクザクしょうが」のおむすび、牛ロース肉のソテー「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」がけ、”THE LAST STAND CHARDONNAY”、パイナップルのシャーベット、アップルケーキ、”Old Parr”(生)
2018.11.14(水) 従前同様
店の駐車場の端に植えられたモミジの葉が隨分と紅くなってきた。近づいてよく見てみると、その葉は乾燥して、かなり縮んできている。今は赤と緑が混じり加減ではあるものの、すべてが紅く、あるいはそれを通り過ぎて褐色になって落ちるのも、それほど先のことではなさそうだ。
先代のモミジが枯れかけて、おなじモミジを新たに植えて10年以上になる。そして今になって思えば、植え替えるなら梅でも桜でも良かったはずだ。従前同様を求める癖が、人にはあるのだろう。
モミジの奥の白壁には「日光みそのたまり漬」の看板が取り付けられている。その看板の営業時間は午前8時15分から午後6時までとなっているものの、年明けから春の彼岸までは午後5時の閉店と、数年前に決めた。しかし木彫の看板であれば、文字の書き換え、否、彫り直しは不可能だ。閉店時間の表記はいっそのこと消してしまおうかとも、今は考えている。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蓮根と人参のきんぴら、明太子、大根の酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蓮根と人参のきんぴら、銀鱈の西京焼き、グリーンアスパラガスの豚肉巻き、玉子と三つ葉の吸い物、大根の酢漬け、芋焼酎「八幡」(お湯割り)
2018.11.13(火) 逆のことをしている
朝の光がいまだ青みを帯びているころホテルを出て地下鉄の駅へと向かう。日比谷から北千住までは意外と近い。07:42発の下り特急に乗るべく地下通路の電光掲示板に目を遣ると「信号点検のため押上と曳舟のあいだで運転見合わせ」の赤い文字が見えて、いささかゲンナリする。
日光行きのけごん5号は、しかし時間どおりにプラットフォームに入ってきた。狐につままれた気分ではあるけれど、正常運行は有り難い。下今市から徒歩で会社に戻っても、9時40分には事務机に着くことができた。
10時30分から顧問税理士の事務所を訪ね、前期と今期のことについて正午ちかくまで話をする。午後は会社にいて、通常の業務に当たる。
きのう東京では木綿の長袖シャツにネクタイを締め、毛の上着を着て、すこし汗ばむことがあった。仕事場では半袖のポロシャツの上に木綿の長袖のTシャツを重ねて、ときどき寒いこともある。厚着をして南下し、北上して薄着に戻っているのだから、あらためて考えてみれば、逆のことをしているわけだ。そろそろ衣替えをしなくてはならないかも知れない。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 ラーメン
晩飯 厚焼き玉子、ほうれん草のソテー、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、肉団子と白菜の鍋、「高良酒造」の芋焼酎「八幡」(お湯割り)、甘納豆、”Old Parr”(生)
2018.11.12(月) 今となっては思い出せない
目を覚まし、しばらくは横になったまま静かにしている。やや経ってから枕頭のiPhoneを拾い上げ、時刻を確かめるといまだ3時45分だったから、いささか得をした気持ちになった。そして食堂のテーブルで、おとといときのうの日記を一気に書く。
下今市14:35発の上り特急リバティは、東武鉄道のチケットレスサービスによれば、昼ごろにはほとんどの席が空いていた。しかし14時にふたたびアクセスをしてみると、空席は、片手で数えられるほどに減っていた。即、通路側に残った席を確保する。
北千住から乗った千代田線を日比谷で降りる。帝国ホテルですこしばかりの用を足し、新橋まで歩いて安い床屋にかかる。
新橋の機関車広場では、古本市が開かれていた。目に近視と遠視が入り交じって以降、もっとも苦手となったのは、本屋の書架に背表紙を見ていくことだった。しかし三焦点レンズを入れた現在の目には、夜の露店に並ぶ本の背文字が、たとえ薄暗いところにあってもすべて見えている。そして今となっては、白内障だったひと月前の物の見え方さえ思い出せないのだ。
新橋から乗った銀座線を溜池山王で千代田線に乗り換えたのは、夜の乃木坂の景色が好きだからだ。勉強仲間による小さな集まりに出た後は、青山三丁目から銀座線で新橋に戻る。21時30分に予約をしておいた8丁目の鮨屋には、20時45分に入ることができた。
朝飯 めんたいこ、大根と豚三枚肉の淡味炊き、なめこの醤油煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、メシ、揚げ湯波とトマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「鮨よしき」の酒肴あれや、これや、それや。鮨あれや、これや、それや。「笑四季酒造」の純米吟醸「今夜、都内、某所」(冷や)、「梅津酒造」の「生酛仕込冨鈴」(燗)
2018.11.11(日) 上澤梅太郎商店の蔵見学
きのうの快晴が、今日も続いている。日中の空が晴れさえすれば、ほとんどすべてにおいて、僕は有り難い。
上澤梅太郎商店は、日曜日に限り蔵の見学をしていただいている。この見学は、お客様の数がそれほど多くないときには僕、または長男がご案内をしている。しかし本日10時のお客様は25名の大人数である。よってこの回については長男が主な解説、僕は助手として付くことにした。ご一行のバスは、10時ちょうどにその姿を現した。驚くべき精密さである。
バスから味噌蔵のある庭までは、僕が皆様をご案内する。巽の方角に面した門から庭に入っていただき、建てられて150年は経つと思われる旧宅にお上がりいただく。先ずはここで、ウチの漬物についてのあれこれを聴いていただく。
次は庭から蔵まで歩いていただき、蔵の中を見ていただく。こちらにしては当たり前のことでも、お客様にとっては珍しい、あるいは初見、初耳であろうことはたくさんあると思われる。お客様には特に、そのようところをお話しさせていただき、あるいは観ていただく。
蔵から晴れた外にお出になると、お客様は一様に、元の世界に戻ったような、ひと息ついたお顔をされる。最後は店舗までご案内をして、蔵見学の、10時の回を完了する。
上澤梅太郎商店の蔵見学は、この画面の右に見えている「蔵見学」のタブをクリックされると、その先で簡単にご予約ができます。ぜひご利用ください。
朝飯 なめこの醤油煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、大根と豚三枚肉の淡味炊き、納豆、ハムエッグ、たまり漬「七種きざみあわせ」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 焼き海苔、3種の佃煮、明太子、梅干し、たまり漬「七種きざみあわせ」によるお茶漬け
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、らっきょうのたまり漬とツナのサンドイッチ、茹でたブロッコリーと紅白なますを添えたビーフステーキ、ジャガイモのグラタン、「にんにくのたまり漬」のバターライス、“Chateau Figeac 1975”
2018.11.10(土) 濃霧と快晴
きのうの夜、長男の運転する、買って30年ほども経つ三菱デリカで小来川を訪ねたときは霧が深かった。霧は、特に山間部では昼から夜までずっと深かったという。それが一転して、今日の空はどこまでも晴れ上がった。これほど劇的な天気の変化は、年間を通じても珍しいように思う。
きのう夕食を共にし、街の2軒の旅館に分宿をされた5名のお客様を、今朝は味噌蔵のある庭の旧宅にご案内する。ご一行は座敷で歓談をされた後、庭を散策された。中に、その庭の、藤棚から垂れる豆の房をご覧になって、これが食べられることを教えてくださった方がいらっしゃった。藤の実が食べられるとは、僕には初耳だった。僕は植物には、極端に疎い。「だったら何についてなら詳しいのか」と問われれば、僕は森羅万象のすべてに疎い気がする。
快晴は夕刻まで続いた。長男夫婦も孫も留守であれば、夜は家内に乾麺を茹でてもらい、その簡単な夕食を、しかし小一時間ほどもかけて食べる。
朝飯 ジーマミー豆腐の冷や奴、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、大根のたまり漬、なめこの醤油煮、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ハムとトマトとピーマンのスパゲティ、チーズ、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.11.9(金) 対策は簡単
「渋滞で、どこも見られなかったよー」と落胆をされる観光のお客様が、紅葉の季節の日光には珍しくない。対策は簡単だ。
1.週末や祝日に来ることは可能な限り避ける。連休は絶対に避ける。
2.宿は、日光や鬼怒川のひとつ手前の今市に予約する。
3.夕食は、宿から気軽に行ける食事処や居酒屋で摂る。旅行気分を満足させ、且つ美味い店はいくらでもある。店の名前や場所は、信頼できそうな地元の人にあらかじめ訊いておく。
4.紅葉は、小来川から足尾へ抜ける道で観る。あるいは名もない農道から観る。渋滞どころか、すれ違うクルマもほとんどいない。
5.二荒山神社、東照宮、輪王寺のいわゆる「二社一寺」を見物したい人は、真冬にまた来る。雪、杉の巨木、壮麗な社殿や伽藍の組み合わせは息を呑むほど美しい。
6.日光、鬼怒川、川治、奥鬼怒の温泉に浸かりたい人は、真冬にまた来る。冬の寒さと温泉の暖かさのメリハリが素晴らしい。また、宿泊料も安い。
7.華厳の滝や戦場ヶ原などの自然に親しみたい人は、真夏にまた来る。奥日光や奥鬼怒に吹きわたる風は肌に心地よく、緑は目に眩しい。
と、地元にいる僕がこのようなことを言い続けても「じゃ、それ、やってみよう」という人がほとんどいないのは、僕の発信力が「蚊の叫び」ほどの微弱さであることもあるけれど、人は実は、人と同じ時に、人と同じ場所に殺到して、押しくらまんじゅうをするのが好きなのかも知れない。
朝飯 細切り人参の炒り煮、蓮根のきんぴら、納豆、大根と豚三枚肉の炊き合わせ、なめこの醤油煮、ほうれん草のおひたし、大根のたまり漬、メシ、揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「炉心庵」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、日本酒あれこれ(冷や)
2018.11.8(木) 消えたワイン
先月の31日に”DUCRU BEAUCAILLOU 1975″を飲んだ。「美味いね」と長男は言った。43年前のワインではあるけれど、死んではいなかった。しかし美味さを感じられる最後のところ、という印象は拭えなかった。そして「この時代のワインはすべて、今のうちに飲んでしまわなければいけない」と、当たり前のことながら認識をした。
数日後、データベースに記録したワインを生産年の古い順に並べ替えてみると、1975年産のワインはいまだ9本のあることが分かった。その中から次に飲むものとして”Gruaud Larose”を選び、ワイン蔵へ行く。そうしていまだ6歳か7歳だったころの長男が書いた”St.Julien”という札の貼られた一角を上から下まで見ていく。しかし1975年物を含めて計8本あるはずの”Gruaud Larose”は、ただの1本も見あたらなかった。どういうことだろう。
消えたワインについては閑なときに探すこととして、今日のところはとりあえず”Figeac 1975″を棚から取りだし、食堂のある4階に上げて、日の当たらないところに立てて置く。
朝飯 納豆、細切り人参の炒り煮、蓮根のきんぴら、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、ほうれん草のおひたし、ジーマーミ豆腐、大根のたまり漬、メシ、なめこの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 トマトとマカロニのサラダ、胡瓜と三つ葉と若布の酢の物、芋煮鍋、石垣島のレモンを搾ったチューハイ
2018.11.7(水) 胸をなで下ろす
10月16日は右目に、おなじく19日には左目に受けた白内障の手術の、翌日の眼帯外しを除けば今日は3回目の診察日に当たる。下今市07:45発の上り特急スペーシアに乗り、眼科のある七里には9時16分に着いた。オーミヤナナサト眼科は、その七里から徒歩で3、4分のところにある。
本日の診察に際しては、実は心配なことがひとつあった。頸骨の右側に頑強な凝りが発生し、11月1日に栃木市の鍼灸院を訪ねた。ここでは電気鍼のあとに、かなり長くマッサージをしてくれる。そのマッサージを受けるためうつぶせになった僕は、いつものように目の部分に枕を当てていたのだ。
しばらくして「ハッ」とした。枕に押し当てた目はつぶっていたものの、眼球が圧迫をされ、埋め込んだレンズが妙な具合になってしまったのではないか、という心配である。
眼圧と視力の検査を経て、いよいよ院長の前に呼ばれる。特殊な器具で撮影され、ディスプレイに映し出された僕の目を指しつつ「視力は両目とも1.0以上を示しています。非常に良く見えていますね。レンズもこの通り、目の真ん中に収まっています」と院長に言われたときには、大いに胸をなで下ろした。
七里から神田、連雀町、小川町、お茶の水と移動をして池袋に至る。立冬とはいえ、薄い上着を脱ぎ、半袖のシャツ1枚にならなければ歩く気力を失うほどの暖かさである。
「近視、遠視、乱視のメガネは生涯に亘って九分九厘、不必要だが加齢黄斑変性を防ぐため、紫外線を遮るメガネは必要」と、院長には言われていた。よって池袋にある馴染みのメガネ屋にて”LINDBERG”の、”Portrait in Jazz”を出した当時のビル・エバンスがかけていたような形のものを選んで注文する。それがデンマークから届くのは、1ヶ月ほど後になるらしい。
朝飯 茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、蓮根のきんぴら、油揚げと小松菜の炊き合わせ、ハムエッグ、納豆、みょうがのたまり漬、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 「まつや」の盛り蕎麦(大盛り)
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、大根と豚三枚肉の淡味炊き、酢蓮、細切り人参の炒り煮、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、大根のたまり漬、秋刀魚ごはん、「八海醸造」の「越後で候しぼりたて生原酒」(冷や)、林檎のゼリー、”Old Parr”(生)
2018.11.6(火) キュービクルの交換
通称キュービクル、正式にはキュービクル式高圧受電設備という。6,600ボルトの高圧電力を外部から引き込み、それを社内で使える100ボルトや200ボルトまで落とす、いわば変圧器である。製造現場の北西に四畳半ほどの面積を占めて置かれているそのキュービクルは、毎月の点検においては異常を示していないものの、そろそろ交換すべき時期に入っていることは感じていた。
複数の業者から見積もりを取り始めたのは、今年の春ごろのことだっただろうか。その中から1社を絞り、初夏には新しい設置場所や電線の取り回しが決められた。長男や業者の努力により、総費用の1割ほどの補助金も、国から得られることになった。そして工事の開始は11月1日と決められた。
現在のキュービクルの脇にはなぜか、40年以上も前におじいちゃんが建立した石のお宮が鎮座している。そのこともあって、工事に先だってはお祓いが必要と、総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司には数ヶ月前から声をかけておいた。ところがこのところの繁忙に取り紛れてそのことを忘れ、しかし工事は予定通り11月1日から始められた。
「これはいけない」とばかりに宮司に電話で日取りを訊いたところ、5日の午後または6日の午前と、候補日が挙げられた。こういうことは、できれば朝のうちに行いたい。そういう次第にて本日の9時を選び、ようようキュービクルの新しい設置場所、そしてこれまでの設置場所と、2個所のお祓いが完了する。新しいキュービクルは、来年1月31日から稼働の予定である。
朝飯 茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、細切り人参の炒り煮、冷や奴、すぐ生を薬味にした納豆、ヤーコンの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 「十文字食堂」の地獄麺
晩飯 ほうれん草のおひたし、胡瓜と三つ葉の酢の物、厚焼き玉子、蓮根のきんぴら、浅蜊と三つ葉の吸い物、小鯛と雲丹のちらし鮨、「八海醸造」の「越後で候しぼりたて生原酒」(冷や)、2種のおはぎ、”Old Parr”(生)
2018.11.5(月) 手打ちの予感
雨は明け方に上がったらしい。窓を開け、顔を空中に突き出してみる。雨の、何とも言えない良い匂いがする。否、それは正確には雨の匂いではないだろう、雨が土や植物に湿り気を与え、そこから蒸発した空気が高いところへ昇っていこうとする、その匂いなのだ、多分。
朝食の準備の整ったところで、ふと南西の窓の外に目を遣る。すると真正面の鶏鳴山は、まるでむかしのハリウッド映画に出てくるタヒチの山のように、これは僕なりの褒め言葉ではあるけれど、非現実的に輝いていた。思わず本棚のある廊下の突き当たりに置いた防湿庫まで急ぎ、ニコンの一眼レフを取り出して、その光る山へ向けてシャッターを切る。
頸椎と右の肩胛骨のあいだにビー玉を埋め込まれたような、先月20日から続くウンザリするような痛みは、昨夜のちょっとしたことを境として、かなり治まってきた。これがぶり返すようであれば、今度は鍼灸ではなく、外科を訪ねてみようと思う。「レントゲンでは、骨に異常は見られませんね、とりあえず湿布と鎮痛剤をお出ししておきます」で手打ちをされてしまう予感はあるけれど。
朝飯 3種の佃煮、大根のたまり漬、梅干し、雑炊
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 ハムともやしと胡瓜のサラダ、若布の吸い物、ムースーローの豚肉抜き、紋甲烏賊と青梗菜の炒め、「にんにくのたまり漬」を餡に使った焼売、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)、大和サブレー、”Old Parr”(生)
2018.11.4(日) 朝と夜は静か
例幣使街道の、小倉町5丁目か、その先の土沢あたりの杉並木の向こうに朝日が見えたのは6時10分だった。冬至まではいまだ7週間ほどあるにもかかわらず、隨分と遅い日の出である。しかしまぁ、11月の最初の連休が好天に恵まれたのは有り難い。
本日は、日中のかなりの時間を店舗での販売に割いた。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場にも欠品を発生させてはいけない。事務室、店舗、製造現場、道の駅と、1日に何度も、あちらこちらを回る。
閉店時間が近づいてきて、ふと店の駐車場に目を遣ると、地面が濡れ始めている。この時間からの雨であれば、お客様にご不便をおかけすることもない。
終業後は、その弱い雨の中、傘を差して街へ出る。そして徒歩で行けるもっとも近いコンビニエンスストアにて少々の買い物をし、戻ってからは、簡単な夕食の支度にかかる。今夜はひとりメシである。
食後は薬を売るウェブショップにアクセスをし、冬の間に必要なバンドエイドやビタミン類を注文する。
朝飯 細切り人参の炒り煮、蓮根のきんぴら、茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、油揚げと小松菜の炊き合わせ、ヤーコンの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、トマトと揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 トースト、生のプチトマト、セロリと2種のピーマンのピクルス、チーズ、“Old Parr”(お湯割り)
2018.11.3(土) 3日連続の、あるいは7回も
4時50分に製造現場に降りて、早朝の仕事に従う。前にも書いたと思うけれど、体育の日がらみの連休から年末にかけては、ウチにとっては年間を通して最も忙しい時期だ。その繁忙期にもかかわらず、今日で3日連続の栃木詣でである。
頸骨と右の肩胛骨とのあいだの、ごく狭い部分の痛みに対する治療は、10月に地元で4回、受けている。今日も含めて7回も鍼や低周波による治療を受けて、なお症状が好転しないとなれば、これはギックリ腰以上の重症である。
今日は紅葉狩りの行楽客のため、新栃木10:53発の臨時急行が編成されていた。これに乗れば新鹿沼、下今市、日光へは10:48発の各駅停車より早く着くとのアナウンスがプラットフォームに流れた。しかしそのアナウンスには従わず、きのうおとといと同じく、新栃木始発の各駅停車にて下今市に戻る。
昼食後、頸椎と右の肩胛骨のあいだにビー玉を埋め込まれたような、先月20日から続く痛みがまた現れた。よって食後は背中の下に治療具を置き、しばらく仰向けになっている。一体全体、この痛みはいつまで続くのか。数日しても快方に向かないようであれば、次は整形外科を訪ねてみることにしよう。
朝飯 茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、蓮根のきんぴら、油揚げと小松菜の炊き合わせ、鮭の昆布巻き、納豆、細切り人参の炒り煮、大根のたまり漬、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン
晩飯 トマトとアンチョビのスパゲティ、鶏もも肉のソテー、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.11.2(金) プリックナムプラー
家庭菜園で収穫したという唐辛子を、今年の夏にフクダナオブミ製造顧問からもらった。青々と輝くその唐辛子は乾燥を防ぐため、即、瓶に入れ、その唐辛子がようやく隠れるほどの、少量の醤油に沈めた。
先月の5日、バンラックのスーパーマーケットで、棚に並ぶうちの、単位容量あたり最高値のナムプラーを買った。そしてこれを家に持ち帰り、夏から冷蔵庫に保管してきた前述の瓶に満たしてふたたび冷蔵庫に戻した。
先般、この瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでみたところ、唐辛子の香りは充分に引き出されていた。よって早速にこれを使うべく、今夜のおかずは水餃子にしてもらった。
タイの魚醤ナムプラーは、ベトナムのニョクマムやカンボジアのトゥックトレイとは異なって、それほど強い香りを持たない。よって日本の台所に置いても違和感は無い。
食卓の鍋で煮上がった水餃子を、その自家製のプリックナムプラーに軽くひたして食べてみる。風味は驚くほど普通だった。ただしその「普通」が日本人の最大公約数に照らしても普通かどうかは分からない。とにかくこれからしばらくは、この唐辛子醤油をあれこれの料理に使っていこうと思う。
朝飯 鮭の昆布巻き、細切り人参の炒り煮、ニラ玉、油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の山菜おこわのおむすび、大根のたまり漬、他社製のフリーズドライ味噌汁、「鶴屋」の利休饅頭
晩飯 皮蛋豆腐、ジャガイモと人参とピーマンのサラダ、水餃子、油淋鱈、らっきょうのたまり漬、白酒(生)、胡麻と薩摩芋の汁粉
2018.11.1(木) 治療あるいは小旅行
下今市07:56発の上り区間急行に乗ると、新栃木には8時41分に着く。目指す鍼灸院のドアを右手で押しつつ左手首の腕時計を見ると、時刻は8時53分だった。先月の20日ごろから続く背中の痛みがいまだ去らないため、遂に小旅行ほどの移動をすることになってしまった。
僕にこの鍼灸院を教えてくれたのは、たしか栃木市に住む人だった。初めて訪ねたのは何度目かのギックリ腰に見舞われたときで、診療券には「H8年8月31日」と記されている。とすれば僕は年に数回とはいえ、ここに22年ものあいだ通い続けていることになる。
背中や肩に鍼を打ち、そこに電線を繋げて電気を流す。それが済むと、今度は背中に清涼感のある軟膏が塗り広げられ、延々とマッサージが続く。最後は背中や腕にテーピングが施される。これらの施術には、いつも1時間ほどを要する。
往きとおなじく徒歩で戻った新栃木の駅の時計は10時13分を指している。改札口の真正面に見える電光掲示板によれば、次の下りは10:48発。田舎のことであれば、35分の待ち時間も仕方ない。
その、新栃木10:48発の下りには、外国人の観光客が目立った。鉄道ヲタクなのか、車窓にiPhoneを立てかけ、沿線風景を動画に収めている人もいる。旅費を安く上げるため、あるいは僕にもその癖があるけれど、ローカル線を好む外国人は少なくない。この列車の終点が日光であることを、日本語の達者なインド人が、日本人の乗客に訊ねている。英語による案内放送は特急にしか流れない。それ以外に乗った外国人は、日光と鬼怒川の分岐駅である下今市が近づくと、大抵、落ち着かなくなるのだ。
列車は11時32分に下今市に着いた。駅ちかくの駐輪場から自転車を引き出し、途中、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で在庫の状況を確かめてから会社に戻る。
朝飯 小松菜のおひたし、納豆、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、冷や奴、ごぼうのたまり漬、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、細切り人参の炒り煮、豆腐の豚挽き肉あんかけ、厚焼き玉子、小鯛のちらし鮨、「齊籐酒造」の「英勲純米しぼりたて生原酒」(冷や)、オレンジケーキ、”Old Parr”(生)

































































































































