東京・下北沢の発酵デパートメント様「RADIO #ただいま発酵中Podcast」に出演いたしました。

  • ※出演回は、#128、#129、#130の全3回です。
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伝統の作り方と化学調味料

クルマ社会の観光地で、古漬けの鮮度をどう保つか

イッシー:上澤梅太郎商店、上澤佑基さんをゲストにお迎えして、第2回目のたまり漬けのお話を聞いていきたいと思います。
ヒラク:そもそも手間のかかる、たまり漬を作っていて、その作り方が本当に僕大好きで。
発酵デパートメントが始まった当初から、このたまり漬を取り扱っていて催事のようなことを開催する機会もあって。
上澤さんといろいろ話した時に、ある時、上澤さんから実は作ってみたい商品があるって話があって。
その話をしていきたいと思うんですけど、ちょうど2020年の終わりぐらいでしたよね?
上澤:そうですね。
コロナ禍が始まったかなみたいな感じの時だったんですよね。
ヒラク:2020年の秋から冬にかけて上澤さんとそんな話をした時に「どんなの作りたいんですか?」って聞くと、「限りなく余計なものを使わないたまり漬を作りたい」ということだったんですけれども、どういう背景か言える分だけ説明してもらっていいですか?
上澤:先ほど1回目の最後でヒラクさんが凄く綺麗にまとめてくださったんですけど、我々の漬物は菌数が多い「古漬け」という作り方をしていながら、加熱殺菌をしないで、クール流通をお願いしていたり、賞味期限も短めに設定しているところがあって。
一方で我々の店は日光や鬼怒川の観光のお客さんにお立ち寄りいただくロードサイドの(道端にある)お店という意味合いがすごく強い。
観光土産や地域名産品という意味合いが強い商品になってるんですね。
何が起きるかと言うと、バブル時代になるんですけど、バス旅行やマイカーのお客様がお立ち寄りになって。
そうすると古漬けで、かつ加熱殺菌をしないというコンセプトで続けているので、どうしてもバスで炎天下の中、数日旅行をしたりすると品質問題が起きてしまう。
イッシー:そうでしょうね。バスの荷室の中、暑くなるもんな。
上澤:具体的に言うと、白濁したり膨張したりということが発生してしまう。
それを抑えるために保存料を添加しようという発想に当時としてはなった。
イッシー:はい。
上澤:というのがまず一個。
もう一個は我々の曽祖父が、たまり漬を作ったパイオニア(先駆者)なんですけど、曽祖父の時代の明治生まれの人達って「味の素」がすごく好きなんですよ。
イッシー:イメージありますね。

「食品添加物/化学調味料だから安全ではない」という神話

上澤:アミノ酸系調味料がものすごく大好きで、入っていれば入っているだけ高級なイメージがあって。
実際、我々のたまり漬の定番ラインの商品は結構リッチに色んな調味資材、いわゆるアミノ酸系調味料を複数使っている。絶対量としては、ラーメンとかに比べたら全然少ないんですけど。
この保存料とアミノ酸系調味料は今の日本の食品表示法だと添加物として分類をされています。
もちろん安全性だったりは全然問題なしというふうに考えてはいるんですけど、一方でイメージとして添加物が入ってますって言うと、「えっ! 伝統の作りじゃないんですか?」みたいな感じになっちゃう。
イッシー:思われたりする時がある。
上澤:確かにそれはそうだよなと自分でも思う事があったりして。
創業何百年ですみたいな感じで続けているのに、そこで時計の針が止まってる感が自分でもある程度はしちゃってて。
もちろん良いものだと思ってはいるんですけど、美味しいし。
詳しく言うとアミノ酸系調味料は発酵調味料ですからね。
だから、基本的には良きものなんですけど、世間のイメージとギャップが生じている的なところがあって。
イッシー:その辺りは難しそうですね。
上澤:なので、いったん、いわゆる添加物と呼ばれているもの、あるいは砂糖の類も極力シンプルなものにして、たまり漬の要素を分解再構築したらどうなるんだろうって、ずっと思ってたんです。
そんな話を雑談程度にヒラクさんにしたんですよね。
そしたらヒラクさんが「youチャレンジしちゃいなよ!」みたいな感じになったんですよね。
ヒラク:醤油回シリーズの時、後半戦に塩酸でタンパク質を溶かしてアミノ酸を入れる醤油、代替醤油の話がありまして。
時代の違いで、そういう方法を使ってでも醤油は食べたかった、口にしたかった人たちの文脈があるから、一概に負の歴史になるのは僕はよくないと思うというような話をしたんじゃない?
あの話とは違うんだけど、文脈としては似たような話だと思っていて。
上澤さんの所の古い写真を見ると研究室で白衣を着て、いろいろ実験をしてる写真が残っていて
上澤:そうですね。
ヒラク:戦後ある時代までは科学っていいみたいな。
科学イコール進んでて腐敗もしないし体にもいいイメージがあって。
イッシー:今よりも良いものとしてみなされていたという可能性がある?
ヒラク:日本の戦後の歴史の中で高度経済成長期から90年代ぐらいまでにかけて市民運動みたいなものがあったんだよね。
主婦がリードしていったんだけど、今はない、結構危険な添加物を使っていい時期もあって。
そういう危険性が、よくわからなかったこともあるんだけど、この添加物が入っているものは食べてはいけないみたいな本もいっぱい出たし、啓蒙があったんだよね。
こういうものは危険だ、あんまり工業的な食べ物は食べない方がいいという揺り戻しの運動があって。
それまですごくイメージが良かった科学が逆にケミカルなイメージになったっていう。
イッシー:どっちの話も分かる気がするな。
ヒラク:でも僕は健康にいい、悪いっていう話よりも副次的な、どちらかと言うと文化の話かなと思っていて。
時代の文脈によってイメージって変わるじゃないですか。
内容も。
イッシー:そうですね。
ヒラク:そういうものだと思っていて、僕は基本的にはクリティカルでなければ、いいも悪いもないと思っているんだけれども、上澤さんの場合も曽祖父やご先祖様の代だと科学的に精選されたものを入れるというのはサービスだったんだよね。
お客さんに対する。
イッシー:それは、そうだ。
ヒラク:サービスの形って変わっていくじゃない?いろいろ。
僕らの親の世代のサービスと今の時代のサービスって違うじゃない?
僕らにとって、コンビニで「お箸付けますか?」って言われた時に「マイ箸持ってるんでいいです」みたいな方がスタンダードになってきているし。
「袋付けますか?」というのも「持ってるんでいいです」っていう話になるじゃない?
そういうものがあって曽祖父の代の時にサービスだったものが今はお客さんにとっては、むしろマイナスの文脈になることがあって。
そうすると、その時代に即した文脈にアップデートしていくことが僕は大事だと思うんだよね。
でも地元では地元のニーズがあるでしょ?
イッシー:はい。
ヒラク:ある程度の年齢層、要は科学に対していいイメージがあった層の人たちは、バスの中で炎天下、旅行したとしても買いたい。
イッシー:大丈夫ありがとうって人も、もちろんいるわけですし。
ヒラク:だったら、その作り方はそのままでよくない?
その人たちにとってはいいんだから。
イッシー:否定もせず悪者にもせずに、ただ新しいものを作ってみようって発想はすごく健康的な気がします。
ヒラク:発酵デパートメントのお客さんはまた違う価値観がある。
イッシー:そうですよね。
ヒラク:「マイ箸は持ってるんでいいです」っていう人たちが大半なので、発酵デパートメントのお客さんに向けた、たまり漬を作ろうよって言うのが僕の提案だったんですよね。
そしたら発酵デパートメントで、ちゃんと在庫を抱えるリスクも持てるから。
自分たちのお客さんに向けて作られたものなので。
というところからスタートしていったんですよ。
添加物を限りなく使ってない、今の時代の作り方や文脈に即した、たまり漬は。
それが今、目の前にあるよね。
上澤:こちらです。
ヒラク:これだったんですけど、試作が楽しかったですね。

ヒラクさんプロデュースのコラボらっきょう

「らっきょうって、もしや果実!?」

上澤:そうですね。
ヒラクさんにプロデューサーになってもらって試作をしてました。
試作の前段階に文献調査を色々しまして、「漬物における美味しさとは何か」ということから考えていて。
イッシー:おおっ、面白そう!
上澤:我々のたまり漬の美味しさを作り上げている要素って何なんだろうって考えていて、そのためには、こういう資材や物、工程で作ったらいいねというのを足場から固めていって。
実際に小ロットから試してみて、大ロットにして。
一発目の試作をヒラクさんのところに持って行って、「どうですかね?」って言って、発酵デパートメントの小上がりでぽりぽり食べて。
「美味くない?」って。
ヒラク:「ヤバくない?」みたいな話になって、レギュラーの商品も味が安定していて美味しいんだけど、レギュラーの商品にはないフルーティーさが出てきてるんですね。
りんごのような瑞々しさやフルーティーさが出てきて、らっきょうって、もしや果実みたいな話になったの!
「何これ?」みたいな感じになったよね?
上澤:すごい、よく覚えてますね。僕、そのエピソード忘れてました。
でも今にして思えばそうで、らっきょうって畑でズボッて抜いてその場で食べるんです。
生育状況を確認するために、そういうことをしたりするんですけど、そうすると青リンゴのようなフルーティーさでフレッシュな状態なんです。
その状態は流通する段階で失われていってしまうし、漬物にしたら、もちろん旬の味を食べるということとは対極の概念じゃないですか?
イッシー:確かにそうですね。
上澤:旬にしか食べられない野菜を、一年中食べられるように加工するのが漬物じゃないですか?
だったら、このフレッシュフルーティー感を一年中食べれたら良いんじゃないかなみたいなことを少し思った。
フルーティー感を入れるために何を入れればいいかなって言ったら甘酢の酢をリンゴ酢にすれば良くない?
リンゴ感を出したいんだからリンゴ酢にすれば良くない?
イッシー:分解再構築か。
上澤:一発目、作ってみて、こんなものかなぁなんて言って持って行って出してみたら美味い!って
その場ですごくテンションが上がったんですけど、いや、もう少し高みを目指せるはず。
ヒラク:サンプルが3種類あって、3つとも全部美味かったんだけど、少しずつ方向性が違って、むしろ一番熟成感が浅くてフルーツ感が高いサンプルが一番高評価で、この方面で更にもう一段階、美味しくできるんじゃないかというところから2回目の試作が始まったんです。

フレッシュフルーティー感を出すには

上澤:フレッシュフルーティー感を出しつつ、更に熟成感を出していく。
文献調査の段階で色々調査していて分かったのが旨味。
だし回の時にお話されていましたけど、昆布や鰹節、きのこの旨味って1+1が2じゃなくて3にも4にもなる世界があるよっていうことだったと思うんですけど、そこに酸味が入ると旨味が更に倍増されるという研究資料が見つかって。
旨み成分って酸分をもっていて、そこに更に有機酸が入ることによってアミノ酸の美味しさがブーストされる(引き出される)という文献を発見した。
「これだ!」
ヒラク:どこまでも、のせる。そして、どうしたんですか?
上澤:旨味のレンジ(幅)が広いお酢によって、旨味の深さを表現できるんだということが分かって。
フレッシュ感を出すためにリンゴ酢で作ろうと思ってたんですけど、そこに更に地元の中野嘉兵衛商店さん、250年から300年ぐらいお酢を作り続けてるお酢屋さんのお酢を入れてみようと。
イッシー:はい。
上澤:そしたら旨みがすごくブーストされて(良さを引き出されて)、「これは凄いぞ!」ってなったのが、このらっきょうです。
イッシー:おー、凄い!
オーバアチーブした(期待を上回る)結果ということですよね?
ヒラク:だから2.5回ぐらい。
厳密に言うと3回目の味の方向性をバチッと決めるために、もう0.5回ぐらい作っているので、3回試作してるんだよね。
上澤:もっと作ってます。
ヒラク:もしかして裏方では、もっと作ってるのかもしれないけど発酵デパートメントでは3回。
イッシー:うんうん。
ヒラク:それによって最後、味が決まった時にみんな熱狂。
上澤:そうですね。
ヒラク:熱狂。「これは、とんでもない!」みたいな感じで。
それで、その後何をしたかって言うと、ワインとのペアリングを提案することになったんだよね。
これが出来上がった時に、もはや、これはワインと合わせるしかないみたいな感じになって。
イッシー:うんうん。
ヒラク:発酵デパートメントで毎年オリジナルで出してる「土と種の味がするぶどう酒」と合わせてみたら倍美味かった。
イッシー:合いそう。

らっきょうとワインのペアリングセットを販売

ヒラク:それでECの企画でらっきょうとワインのペアリングセットを販売し、大変好評でございまして。
らっきょうのたまり漬の新しい可能性でしたね。
上澤:そうですね。
特にマルサン醸造の若尾さん、山梨のいいお兄さんなんですけど、彼のワインは酸味が結構強い。
「土と種の味がする」というコンセプトなので、エグミや雑味系の成分も多いワインでした。
で、結局それは酸の味じゃないですか?
「旨味のトレンドは今、酸味にあるぞ!」ってことで、このワインと合わせたら、たまり漬の味が際立つからすごくいいなってなって。
例えばフランスの人がその土地のワインには、その土地のチーズを合わせようみたいなのが良いよねっていう話はあると思うんですけど、日本のワインには日本の漬物を合わすのがいいんじゃないかなというアイデアがそこで生まれたんですよ。
これを丸ごと日本のテロワールとして輸出できないかなと、そこまで夢が広がったんですよ。
ヒラク:曽祖父の夢がもう一度。
前回の浅漬けと古漬けの定義で、浅漬けは旨味のある調味液に浸した野菜で、古漬けは食材自体を発酵させながら味をつけていくという物の違いなんだけど、実は浅漬けになくて古漬けで圧倒的に出せるものって酸なんだよね。
だから酸をしっかり効かせる事によって新しい家訓の扉を開けるっていう。
イッシー:面白い。
上澤:そもそも乳酸発酵ですからね。
イッシー:普通にらっきょうとワインって聞いて一般的なものを思い浮かべたら、「本当に合う?合わないんじゃない?」みたいなことを思うけど、上澤さんのらっきょうとマルサン醸造の僕も飲んだ事のあるワインを頭の中で組み合わせると「あれ?合うぞ!」みたいな感じになる。
ヒラク:合うのよ。凄く美味しいの。
イッシー:面白い。
ヒラク:新しい発見で漬物はまだまだ良さを引き出せる。
僕たちがポテンシャルを全然使い切れていないというのは、上澤さんとプロジェクトを一緒にした時に分かったし、あとリリースした後に発酵デパートメントの常連さんが、みんな買ってくれて凄くよかった。
我々の常連さんたちに発酵デパートメントの棚を見てて言われることがあって、「あなたの会社はオーガニック食材店じゃないの?」って。
有機の物ばかり置いているわけではないので。
僕は全然そのつもりがなくて。
例えば添加物といわれているものを使ったとしても、その土地でずっと受け入れられてる味わいはリスペクトすべきだから、それで良いんだという話をしているので。
いわゆるオーガニックとされる物ばかり置く訳ではないんだけど、これが出てきた時にオーガニックな物を率先して食べたい人たちがみんな買うという。
それは先言った、文脈のデザインなんだよね。
そういう昔ながらの商品は伝統を引き継ぎながら、どうやって現代性を設計していくかという話だと思っていて。
それを発酵デパートメントだからできるっていう状態になることが凄く重要なんだなというのは上澤さんと一緒に作ってて思ったよね。
上澤:一個補足として、僕が言わなきゃいけないのは、伝統製法は近代をすっ飛ばしている場合が多いですね。
でも実は我々は、その時間の流れの中に生きているので。
明治・大正・昭和・平成と。
その中で、そういう商品が良かった時代は絶対あって全否定していいことではないし、我々の蔵人達や会社の中で連綿と長く守り続けてきた人たちがいるのは本当に尊いことだから。一概に否定してはいけない。
さっきヒラクさんが指摘してくださったように、今の文脈に擦り合わせていく作業が日々必要なことなのかなっていう。
これは過去の否定ではないです。
ヒラク:そうですね。
ある種、江戸時代前と近代が弁証法的(矛盾する2つの事柄を合わせて、高い次元の結論に導くよう)に生まれた第三の道。
アウフへーベンしてできた(否定しながらも更に高い段階で生かした)たまり漬。
上澤:そうですね。
だって旨味に対する知見は、結局近代科学によって得られたものな訳だし。
イッシー:確かにそうですね。
上澤:それをベースにして再構築しようという話。
ヒラク:こういうのが発酵の現代モダナイゼーション(古くなったものを最新の設計に置き換える)ですね。
これぐらいで2回目は終わりにして、もう1回ぐらいしようかな。
上澤さんのお話。
イッシー:そうですね。
上澤:嬉しい。
ヒラク:最近、上澤さんがどういうことを考えているのか漬物にどんな可能性があるのかなど、そんな話を3回目にしてみたいと思います。
まだ、もう少し続きます。