延喜式とは?-漬物の記述がみられる最古の記録

本邦における漬物の記述がみられる最古の例は、やはり『延喜式』ということになる。

延喜式とは、「延喜」の時代に起草された「式」である。延喜は西暦九〇〇年代の初頭であり、醍醐天皇の時代にあたる。

この時代、律(刑法)と令(民法)の施行上の細目を定めた行政文書に「格」と「式」とがあった。

つまり、『延喜式』とは、延喜の時代の法令の運用上の補足事項を定めた一種の公文書であり、ほぼ完全な形で写本が現存する最古の「式」のため、ここに定められた租庸調の類、祭祀にかかわる神饌、宮中の生活物資など、当時の社会のあり方を知る重要な資料となっている。

古代の漬物の製法

とくに、「内膳司漬年料雑菜条」には、当時供されていた漬物類に関する記述がある。

その製法は大別して一、塩漬 二、糟漬 三、醤漬(ひしおづけ) 四、須須保利(すずほり)漬 五、葅(にらぎ) 六,搗(かつ) 七、荏裹(えづつみ)となっている。

 

塩漬は塩を使うもの。糟漬は麹類を酒や塩水で割ったものを漬け床としていたと思われる。

醤(ひしお)漬は米糀、豆麹などを酒や塩水で割ったものを漬け床としていた。

須須保利(すすほり)漬は、豆や粟や稗を臼で挽いた粉と塩を混和して漬け床にするもの。

葅(にらぎ) は、楡(ニレ)の樹皮を粉にして漬け床に加えたものを指す。

搗(つき)は花や果実のペーストを塩漬けにしたもの。

荏裹(えつづみ)はエゴマの葉で素材を巻いて漬物にしたものである。