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清閑 PERSONAL DIARY

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2017.5.28(日) 総鎮守の祭礼について考える

平町の自治会長キタムラヒロシさんを議長とする「当番町を考える会」が、今日は14時より瀧尾神社で開かれる。先日の「山見」のように、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから「今日は欠席でしたっけ」などと電話をもらうような失念を重ねることはできない。よって事務机左側のカレンダーはもとより、事務机の上に置いた計算機にも「13:45 神社」と書いたポストイットをきのうから貼っておいた。

責任役員は「当番町を考える会」には、すこしはまともな恰好をして行った方が良さそうだ。そう考えて、白いシャツにネクタイを締め、紺色のズボンにおなじく紺色のジャケットを着て神社へとおもむく。

2011年を最後に途絶えていた「当番町を考える会」は、6年間の空白を埋めるべく、いくつかの基本的なことが決められ、次回への展望を大きく開くことができた。キタムラ平町自治会長および参集してくださった各町の自治会長には、厚く御礼を申し上げたい。

19時からは町内にて、来る7月に催行される八坂祭に向けての話し合いがある。いつもの時間に飲酒喫飯の始められない点において、夜の集まりは苦手である。しかし町内の用事であれば、そうも言ってはいられない。終業後は取り急ぎ4階に上がり、台所にて自分の肴を取りそろえる。そして家族の夕食よりも先に、その、大衆酒場風の肴にて焼酎のソーダ割りを飲む。

町内公民館から帰って後は、家内におむすびを作ってもらい、これを口へと運びつつ焼酎の、今度はお湯割りを飲む。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、夏野菜のソテーバルサミコ酢がけ、温泉玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト、モツ煮豆腐、塩らっきょう、芋焼酎「茜霧島」(ソーダ割り)、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.27(土) ゴミの問題

春日町1丁目役員の半分ほどが加わっている”LINE”のグループには、ときおり発言が頻発する。そのたび”iPhone”が音を発しては困ることもあるので、着信音は鳴らないように設定している。

13時53分、ウカジシンイチ自治会長から電話が入る。「来年度から日光市で始まるゴミの有料化について、市役所の職員が住民に説明をする、その説明会の開かれる公民館に今すぐ来られないか」というのが、その電話の内容だった。

おおかたの人は週末が休みだから、諸々の行事は、その週末に行われることが多い。ところがウチは土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は3倍、忙しい。よって今日の説明会にも参加をする意思は持っていなかった。しかし自治会長からの頼みとあれば、無碍にもできない。

電話を切ってから、”LINE”にも着信のあったことに気づく。開いてみると町内役員のグループに「公民館に誰もいず。これでは市役所の担当者が気の毒」という書き込みが、役員のひとりイケダツトムさんから13時51分に上げられていた。説明会が開かれるのは14時からだ。即、外へ出て日光街道を早足で遡上する。

公民館に敷かれた座布団は、しかしその4分の3ほどは埋まっていた。多分ほとんどの人たちは、早すぎず遅すぎず、定時の5分ほど前に集まったのだろう。そうして3名で公民館に来てくれた市職員の説明を、ビデオも含めて1時間ほども聴く。

結論からいえば、今日の説明会には来て良かった。ゴミの問題について、またゴミを個人で処理する場合の方法などにつき詳しく聴くことができた。日光市の家庭ゴミの排出量は、人口ひとりあたりの重量換算では、8年連続で、栃木県内の市町村ではもっとも多いのだという。


朝飯 ほうれん草の厚焼き玉子、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、塩鮭、生のトマト、納豆、メシ、野菜の天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 枝豆、蛸と胡瓜と若布の酢の物、モロッコインゲンの胡麻和え、塩らっきょう、たまり漬「夏太郎(改)」、牛蒡のたまり漬(試作品)、「日光味噌」のたまりによるすき焼き、「越銘醸」の「越の鶴壱醸無濾過生酒純米酒」(冷や)、最中

2017.5.26(金) 心理的に歩ける距離

歩くことを厭わない人たちが暮らす場所へ行くと、しばらくするうち自分も慣れて、普段なら気の進まない距離でも、心理に何の痛痒も感じないまま歩くことができる。1980年、1982年に引き続いて訪ねた1991年のカトマンドゥでも、着いて何日かすると、ホテルから片道4キロの知人宅へも、夜、平気で歩いて出かけられるようになった。

今日は月に1度の、日本酒に特化した飲み会にて、場所は大谷向町の「玄蕎麦河童」。地元の人にしかその距離は実感できないだろうけれど、普段なら決して歩かない距離である。行きはクルマで帰りは代行車、あるいは往復ともタクシー、という手はある。しかし今月の小遣い帳は、既にして赤字を示している。

そういう次第にて18時55分に、傘を差して霧雨の中へと出ていく。春日町の交差点から会津西街道の坂を下り、東武日光線のガードをくぐると、それまで平らだった道はまたゆるい下りになって、今度はゆるい上りになる。このあたりの高低差は、クルマに乗っているときには気づかないほどのものだ。

大谷川に架かる数百メートルの橋の上は、冬はひどく寒いけれど、今はどうということもない。この橋を渡りきり、左手に小学校や大型のスーパーマーケット、また警察署を過ぎてようやく、セブンイレブンのある交差点が見えてくる。

「玄蕎麦河童」の駐車場の砂利を踏みつつ信玄袋から”iPhone”を取り出し、家を出るときに設定したストップウォッチを見ると15分43秒が経っていた。僕の歩行速度は、一般にくらべてかなり高い。

21時を過ぎて、ふたたび傘を差して来た道を戻る。酔っていることと、往路とは逆に上りの距離の長いことが関係しているのだろう、要した時間は17分05秒だった。


朝飯 納豆、ハムとほうれん草と玉子のソテー、生のトマト、冷や奴、茄子と赤ピーマンの炒りつけ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴盛り合わせ鴨の燻製とほうれん草のサラダ空豆の炙り焼き天ぷらの盛り合わせ鴨汁蕎麦、4種の日本酒(冷や)

2017.5.25(木) 好きなおかず

揚げ茄子におろし生姜を添え、酢と醤油をかけまわす、それが僕のもっとも好きなおかずである。ところがピーマンの肉詰めを目にすると、これこぞ自分のもっとも好きなおかずだと、これまた思う。

自由学園の最高学部では、在学している4年のあいだに1週間は、尾鷲市海山の演習林に入ることになっていた。学部1年でここの山小屋におもむいた僕は、夜の食事当番の際に、そのピーマンの肉詰めをつくった。鍋に満たした油の量が多すぎ、ピーマンと挽き肉の間から油の染み出るそれは失敗作だったけれど、昼に激しい労働をした10代から20代はじめの面々は、不平も漏らさずそれを黙々と平らげた。

ピーマンの肉詰めはフライパンで蒸し焼きにしたものも好きではあるけれど、これがトマトソースで煮込まれていれば、更に好きだ。

夕刻ちかく、何かのついでに台所に立ち寄ると、大きなマッシュルームをザクザクと家内が刻んでいた。そのマッシュルームは、脇の鍋でフツフツと煮立つホワイトソースに投入をされた。ホワイトソースやベシャメールソースは、僕の大好物である。

夕食のおかずはクリームシチューだった。それを夜になってから知って「これこそオレのもっとも好きなおかずだ」と、鍋の中身をいそいそと自分で皿によそう。


朝飯 生のトマト、ほうれん草のソテー、豆腐の卵とじ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 “TIO PEPE”トマトサラダパンクリームシチュー、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″

2017.5.24(水) ナルコユリ

いきなりかかってくる営業の電話が苦手だ。胡散くさいものも多く混じっている。よって手短に受話器を置くことがほとんどだ。しかしたまには例外もある。

きのう受けた営業の電話は、エアコンディショナーのクリーニング業者だった。業務用の冷蔵庫および冷暖房機の室外機はすべて、年に一度の割合で、長く取り引きをしている業者が洗浄をする。しかし室内機については、僕や社員が素人の手の届く範囲でしか綺麗にできない。

「よろしければ見積もりだけでも」という、きのうの電話の相手にそれを承諾する旨の返事をすると、今日の10時すぎには早くもサービスの人が来た。今後のやり取りの方法を訊かれてメールを希望すると、15時41分に見積もりが届いた。

その見積もりの内容を了承して作業の候補日を挙げるよう返信すると、17時27分にこれまたメールで日程一覧が届いた。それに対して当方は、18時09分に支払い条件などを添えた返事を送る。とんとん拍子の契約成立である。

それはさておき今朝は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に検品に行った際に、僕にとっては未知の山菜ナルコユリを農家のアクツさんからいただいた。そのナルコユリによる二品を肴にして、夜は白ワインを飲む。


朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 “TIO PEPE”ナルコユリとベーコンとレモンのスパゲティズッキーニとナルコユリのフリット、イカのトマトソース煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”プリン、”Old Parr”(生)

2017.5.23(火) マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会

「ウチの畑で採れた」と、おととい包装係のアオキマチコさんが、らっきょうをくれた。らっきょうは綺麗にしたごしらえをされ、薄緑がかった象牙色に輝きを帯びていた。きのうの朝はその青い茎を切り落とし、ボウルの中で塩もみをしながら薄皮を除いた。そしてその塩を除かないまま米酢を振りかけ、プラスティックの容器に入れて冷蔵庫に収めた。塩と酢の量はどちらも「テキトー」である

今朝、そのらっきょうのうちの3粒を器に並べてお膳に添えた。いと美味し。しかし口が臭くなるため、以降はマチコさんが言ったように、夜の酒肴にしようと思う。

閉店に1時間を残して17時すこし前に仲町のコミュニティセンターへ行く。長男は1時間ほども前から、ここで会場の準備をしていた。

間もなく長男を講師として「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」が街の有志を集めて始まる。そして19時15分までに「1.とりあえず作表したい」から「16.空きページの目次を見たい」までをさらう。このあたりは、稀代の汎用ソフト「マイツール」の構造を学ぶ地道な部分で派手さに欠ける。しかしよく咀嚼をしながら一歩ずつ進めば、行く手にはかならず、明るい景色が開けてくるはずだ。

交流会はラーメンの「ふじや」。「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」は今後、月に1、2度の頻度で続けられるという。


朝飯 ズッキーニのソテー、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、らっきょうの酢漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と若布とキャベツとトマトの味噌汁
昼飯 きのう「巴屋」から持ち帰った豚カツによるソースカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 「ふじや」の焼き餃子肉野菜炒め鶏の唐揚げ日本酒(燗)

2017.5.22(月) 山見

「今日は欠席ですか」と、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから電話が入る。ギョッとして事務机の左に提げたカレンダーを見ると、今日のところに「8時45分、神社」と書いてある。現在時刻は9時19分。「スミマセン、すぐに行きます」と答えて電話を切る。

着の身着のままにタオル1本を首に巻き、自転車で日光街道を遡上する。瀧尾神社の駐車場にはマイクロバスが停まっていた。詫びながらタラップを駆け上がると、10名ほどは既にして車内に着席をしていた。最後にタナカノリフミ宮司が最前席に着いて、バスはすぐに発車をした。

総鎮守瀧尾神社は日光市内の小来川地区と和泉地区にそれぞれ山林を所有している。それを視察するのが「山見」で、責任役員の仕事としては最も楽しいものだ。

ふたつの山林は毎年、交互に視察をされる。今年は小来川の番で、素晴らしい五月晴れの下、バスは屈曲した山道を軽快に走る

鍛冶屋沢に沿った林道を数十分ほども登り詰めると、その林道が二股に分かれる左側を進んで間もなく、行く手を倒木に遮られたところに出る。その先に広がっている社有林につき、当番町や責任役員の面々と共に、宮司より説明を受ける。

下りは足取りも軽く、直会では楽しく語らって、13時30分に帰社する。今日の晴天には、本当に感謝をしたい。


朝飯 生のトマト、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、目玉焼き、揚げ茄子、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、塩鮭、メシ、揚げ湯波と若布とらっきょうの味噌汁
昼飯 「巴屋」の宴会膳冷やしなめこ蕎麦
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しのポテトサラダ皮蛋豆腐海老春巻き、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2017.5.21(日) 健康と食事の関係

目を覚ましても、からだが疲れていて、すぐに起きられない。この疲れは家内の父の通夜や葬儀によるものではない。多分、きのうの肉食と酒量によるものと考えつつ起床する。

健啖が健康をつくる。健康ゆえの健啖ということも、またあるだろう。「長生きをしたければ肉は食べるな」というような本が何年か前に売れた。僕のオフクロを見ていた限りでは「長生きをしたければ肉を食べろ」こそが正解のように思われる。あるいは元気だからこそ肉が食べられるのかも知れない。

僕も、肉食と、普段より少しばかり多い酒に疲れるようでは、いけないのだ。

それにしても今朝のメシの、豆腐の量は半端ではなかった。しかし苦しくなる程の量を食べないと、昼まで腹が保たないのだ。案の定、今日も正午になりかかるころには腹が減ってたまらず、昼飯が待ち遠しかった。これが僕の毎日の、午前の腹の状況である。

夜の集まりは、定時に食事が摂れない、という点において腰が重くなる。しかし町内の集まりとなれば仕方が無い。ウィスキーのソーダ割りのみを飲んで、19時前に公民館へと向かう。


朝飯 納豆、揚げ茄子、冷や奴、生のトマト、カキ菜のおひたし、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 トマトと水菜のサラダ、豚の冷やししゃぶしゃぶ、素麺、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.20(土) われに五月を

バンコクの、南国の豊穣そのものの香草、路上の汁麺屋の鍋の湯気、オート三輪の排気ガスの3種の混じり合った匂いが好きだった。「好きだった」と過去形なのは、2009年8月に、およそ27年ぶりにタイを訪れてみると、それらが綺麗さっぱり失せていたからだ。それでも日本からの飛行機を降りてスワンナプーム空港に一歩を踏み入れたときには「あー、確かにタイだ」と、街のそれとは異なるものの、特有の匂いに一瞬、酔いしれた。

その、タイに一歩を記した際に聞いた匂いも、翌年からは特に気づかなくなった。鼻が慣れてしまったのだろうか、寂しいことだ。

日本では、街の匂いに特に敏感になることはない。ただし空気の質感が季節によって異なることには、僕は割と敏感である。

今は半袖のポロシャツに長袖のTシャツを着て生活をしている。その長袖のTシャツに、今日は袖を通さなかった。熱く乾いた空気を肌が欲したのだ。夏の湿熱も好きではあるけれど、5月の空気も大いに悪くない。梅雨はいつ来るのだろう。


朝飯 ほうれん草のソテー、トマトのサラダ、ハムエッグ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとサラダ菜のサラダジャガイモのガレット細切り人参のソテーとクレソンを添えたビーフステーキ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”“MAZIS CHAMBERTIN Hospices de Beaune 1985”“Old Parr”(ソーダ割り)

2017.5.19(金) まるで5月のような

巻き上げ式の遮光カーテンの、窓の下まで降りきらなかった隙間から朝日が差している。その光の様子から、時刻は5時ころと推し量る。起きてテレビのスイッチを入れる。今日の東京の気温は30℃ちかくまで上がることを、天気予報が伝えている。きのうの雷雨が嘘のような快晴である。

同志社大学ボート部の、義父の棺に納めたオールは、当たり前のことながら、先端部分の金属を除いて跡形もなく消えていた。

骨壺をクルマの後席に載せてシートベルトで固定する。第三京浜道路を時速100キロで西へと向かう。多摩川の景色が、まるでコンピュータで加工した画像のように鮮やかに見える。空はいつまでも晴れている。

東海道線に乗って、今度は東へと戻る。新橋駅の銀座口から外へ出て「まるで5月のような空気だ」と、嬉しくなる。ややあって「いや、今はその5月じゃねぇか」と、あらためて気づく。

8丁目でカウンター活動の後、東武日光線の下り最終で帰宅する。納骨は6月の末になるだろう。


朝飯 「ニューオータニイン」の朝のブッフェ
昼飯 「秀」の弁当
晩飯 「鮨よしき」のあれこれ「仁井田本家」の「夏のおだやか純米吟醸」(冷や)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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