2023.3.9(木) コロモガヘ
きのうの東京の最高気温は20度。大阪のそれは23度。列島の各地は東北から北海道も含めて季節はずれの暖かさになっている。もはやユニクロの「超極暖」など着ている場合ではない。
仕事着に限れば、僕は年間で、以下8回の衣替えをしてきた。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
「してきた」と過去形なのは、襟の高い長袖のヒートテックシャツをユニクロが作らなくなってしまったからだ。現在あるのは7分袖のみ。しかし僕はその袖丈を好まない。ユニクロの、襟の高い防寒用の下着で長袖は、いまや「超極暖」しかないのだ。しかし列島は既にして春に突入している。
というわけで「超極暖」はきのうの夜に衣裳ケースへしまった。そして今朝からはユニクロの、もう廃番なのだろうか、木綿を起毛させた襟高のシャツを身につけた。それに重ねたフリースのセーターは、いくらもしないうち木綿の長袖Tシャツに着替えることになるだろう。「はやく半袖ポロシャツの季節になってくれねぇかな」と心底、思う。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、しもつかり、温泉玉子、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、白菜の味噌汁
昼飯 「久埜」の草餅
晩飯 チーズ、TIO PEPE、生ハムのムースを添えたパン、トマトサラダ、牡蠣とベーコンとマッシュルームのスパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018
2023.3.8(水) 伊豆治療紀行(14回目の2日目)
「腰が悪いなぁ、これじゃぁギックリ腰になっちゃうよ」と「伊豆高原痛みの専門整体院」のワタナベ先生は治療台にうつぶせた僕の、背中から腰の様子を一瞥するなり言った。実際には、鼻が邪魔にならないよう空間のある台に顔を押しつけているから「一瞥」がどうかは分からない。しかし肉屋にしろ魚屋にしろ、あるいは僕のような味噌屋にしろ、本職というものは大抵、見ただけで対象の状態を当てるものだ。
9,000ボルトの電子ペンを要所要所に突き立てつつ「腰が一番、痛いでしょ」と先生が問う。「いや、膝がやっぱり一番、痛いですよ」と、僕はうつぶせたまま答える。電子ペンの痛みは肉のないところ、たとえば靱帯などに打ち込まれるときがもっとも強いのだ。
施術後はきのうとおなじく、池入口の交差点から城ヶ崎海岸駅までの、1,100メートルの急坂を徒歩で下る。伊豆急行を熱海で東海道新幹線に乗り換え、東京駅で山手線に乗り換え、有楽町で降りる。
僕は人見知りもするが、物怖じもする。尻の割れ目が見えるほどズボンを落とした若い人が、黒服に白手袋の門番の立つ銀座のブランドショップに入っていく様子を見たりすると「度胸があるなぁ」と、心底ビックリする。
そういう性格から、銀座の和光には今年の1月12日、齢66にしてはじめて足を踏み入れた。そして昨年の秋より動かなくなったセイコーの時計を治しに出した。修理完了の連絡ははやくからもらっていたものの、東京を通過した先月の14日には、それを受け取る時間が作れなかった。
高価でもないソーラー電波時計はムーブメントを新品に交換され、磨き抜かれてプラスティック袋に収められていた。修理費用は18,150円だった。これをショルダーバッグに収めて後は4階へ上がり、スカーフやセーターを見る。中には気に入ったものもある。しかし僕は、高級な品は買えても使えない。それが汚れたり傷ついたりすることを恐れて死蔵してしまうのだ。「オレにはやはり、リトアニアの麻布とかユニクロのセーターが一番だわな」と考えつつ1階へ降り、外へ出る。
次男が待ち合わせの時間に遅れることはない。ふたりで夕食を摂りつつ近況を伝え合う。
浅草から乗った下り特急スペーシアが新鹿沼を過ぎるあたりから目が痒くなってくる。そして22時前に帰宅を果たす。
朝飯 「東急ハーヴェストクラブ伊東」の朝のブッフェ
昼飯 「小諸そば」の春告魚天そば、ライス
晩飯 「鳥ぎん本店」の焼き鳥あれこれ、牡蠣釜飯、鳥スープ、お新香、ハーフ&ハーフ、「沢の鶴」の「特撰純米酒」(燗)
2023.3.7(火) 伊豆治療紀行(14回目の1日目)
目を覚まし、ひと息をついてから枕頭のiPhoneを見ると時刻は2時44分。上々の滑り出しである。即、起きて食堂へ出る。3時をすぎたところで仏壇に花と水とお茶を供える。先月25日に買った、10把で550円の線香は当初「安上がりでいいや」と喜んだものの、これといった香りは感じられない。また、その灰は白くなく、灰色である。
ほとんど書けていた一昨日の日記を整えて公開する。続いてきのうの日記を書き、その最下部に三食の画像を加える。時刻は3時47分。2杯目のお茶を飲んで3時58分。ここから今日の荷物を作り始める。
伊豆の、今日と明日の最高気温はそれぞれ16度と20度。対して明日、日光に帰り着くころの気温は5度。どのような服で出かけ、どのような着替えを持つかの見当がつかない。それでもどうにかこうにか決めて”Rock Steady”のショルダーバッグに納める。体の片側に重さがかかる点において、僕はショルダーバッグを好まない。しかし伊豆行きの荷物は重くないのだ。
朝食の後、いつもより早く1階に降りる。出勤する社員のため7時40分に事務室のシャッターを上げる。いつもは朝礼の後に行う道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品を、今朝は朝礼の前に済ませる。春日町の交差点まで戻ってくると、会社の駐車場には既にして集団検診のためのバスが駐まっていた。
体重はまたまた減って、もっとも重かったときから10キロの減。BMIは19.07。僕は代謝が良く、間食はしない。しかしこの体質や習慣は若いころからのものだから、体重の増減の理由にはならない。普段は怖がって、社内でもっとも後まわしにしてもらう採血を、今日は列車の都合にて早々に受ける。
人身事故のため東海道線は一部で不通、復旧は午後1時とのニュースが、新橋の大衆床屋の有線ラジオから聞こえてくる。その東海道線が一般の路線なのか、それとも新幹線なのかは聞き漏らした。ダイヤの混乱があってはならないと早めの行動を心がけた結果、伊豆高原には15時06分に着いた。予定よりかなり早い到着により、待合室で本を読みつつ時間を調整する。17時に予約をしてあった「伊豆高原痛みの専門整体院」には16時20分に入った。
伊豆高原駅から整体院まではタクシーを使っても、帰りは城ヶ崎海岸駅までの1,100メートルを徒歩で下る。本日は家内を同道していないため、夕食についてのすり合わせは不要である。ホテルの部屋に落ち着き、備えつけのポットでカップ酒を温める。そして東京駅で買った弁当を肴にして、それを飲む。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび
晩飯 「古市庵」の浪花寿司、「大関酒造」のワンカップ大関
2023.3.6(月) 手招きをするもの
きのうの日記に書き忘れたことがある。「ロマネ・コンティ・一九三五年」のうちの「渚にて」は主に、私と画家と「何ともいいようのない人物」の3人により展開される。その「人物」が、僕には徳川義宣の「迷惑仕り候」の「ボウ」に重なってならない。もっとも「人物」は釧路の町外れの海岸に棲み、一方「ボウ」こと冷田新九郎は八雲の浜の砂丘の内側に家を持つから、明らかに別人である。それでも北の深山大沢は、興味深い人物を生むらしい。
それはさておき明日は伊豆へ行く。昨月の伊豆行きは13日からの2日間だった。そのとき読みさした本は残りのページが少ない。これまた読みさしの「ロマネ・コンティ・一九三五年」と合わせても、往路の途中で読み終えてしまうだろう。活字を欠いてはにっちもさっちもいかない。
夕食の前に、応接間の一部という不思議な構造の廊下に立つ。廊下の両側は床から天井まで本棚になっている。そこから3冊目を選ぼうとするも「自分をどうぞ」と手招きをする個体は見あたらない。「だったら明日の朝にするか」と、別の廊下の端に一升瓶を取りに行く。
朝飯 白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうまで食べてきた鍋による味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、白菜漬け、蒸した薩摩芋、焼き鳥あれこれ、「菊水酒造」の「菊水の辛口本醸造」(燗)
2023.3.5(日) 夕食の風景
家内が出かけた先週の火曜日以降、きのうを除いては決まって夕食時に読書灯を点け、開高健の「ロマネ・コンティ・一九三五年」を開いた。夕食の友としてこれを選んだ理由は先月28日の日記に書いた通りだ。
この短編集をはじめて読んだのは1990年6月1日から6月3日にかけて。なぜ分かるかといえば、裏表紙の見返しに、それが記してあるからだ。以来、何度、この本を読んできたか分からない。文春文庫の1981年の版は今や紙が焼け、活字も小さく読みづらくなった。よって現在は、おなじ文春文庫の2009年の版に替えて読み継いでいる。
「ロマネ・コンティ・一九三五年」は「玉、砕ける」から始まる。若いころはこれ一編のみに高揚を覚え、残りはおしなべて退屈に感じた。ところが今回はそれに続く「豊満の種子」も「貝塚を作る」も「黄昏の力」も「渚にて」も、すべて飽きさせない。そして今夜はいよいよ最後の「ロマネ・コンティ・一九三五年」に入った。
小説の舞台は1972年。よって飲まれるロマネコンティは葡萄の収穫から37年を経ている。その味については読んでのお楽しみ、であるけれど、この物語の主題はどうも、そこにはないように感じている。
朝飯 昆布の佃煮、生玉子、牛肉と椎茸のすき焼き風、めかぶの酢の物、白菜漬け、カリフラワーの酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 めかぶの酢の物、しらすおろし、缶詰鰯のパン粉焼き、白菜漬け、カリフラワーの酢漬け、あれこれによる鍋、「菊水酒造」の「菊水の辛口本醸造」(燗)
2023.3.4(土) 花粉
啓蟄は3月6日でも、日光方面へ人が出てくるのはお彼岸から。長年の経験により、そう考えてきた。ところが今日は、鬼怒川へ向かう国道121号線が渋滞をしている。その最後尾はどのあたりまで延びているのだろう。不思議なものを見るようにして、その春日町交差点の写真を撮る。
午後、配達に出かけた先で「シャチョーは花粉症は無いですか」と訊かれる。「ほとんど無いですね」とお答えをすると「いやー、羨ましい」と、その人は鼻をすすり上げた。子供のころ運動性喘息とアトピー性皮膚炎に悩まされながら、花粉症はまったく無い、ということを僕は自慢にしてきた。ところが2001年の春、風の強い日にたまたま杉林の中にいて、一瞬で花粉症になった。それから22年のあいだに何が起きたかは不明ながら、花粉にはほぼ反応しない体にふたたび戻った。
夜は久しぶりに外へ出る。歩く人はほとんど、というかまったく見あたらない日光街道を徒歩で下る。そして数年ぶりの店のカウンターに着き、先ずは生牡蠣にて燗酒を飲み始める。
朝飯 鰤大根の大根だけ、揚げ湯波と小松菜と椎茸の炊き合わせ、しもつかり、「なめこのたまり炊」を添えた生玉子、白菜漬け、カリフラワーの酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪と菜花の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 「陶」の生牡蠣、玉子焼き、漬物盛り合わせ、他あれこれ、日本酒(燗)
2023.3.3(金) 眠っても気になっている
住所は東京都文京区湯島でも、最寄り駅は千代田線の湯島ではなく丸ノ内線の本郷三丁目。そういう場所にある甘木庵の、1976年から使い続けている給湯器を交換したい。それは東京ガスの製品と思うが定かではない。先ずは商品名や製造番号を確認すべきだ。そう考えて床に膝をつき、奥を覗き込もうとするけれど、給湯器の前に作り付けられた小さなテーブルが何としても動かない。そういう夢を見ながら目を覚ます。
店の、1996年に設置した床置き型の空気調整器が先日、息を止めた。4台ある冷蔵ショーケースのうち2003年に購入した1台も、寿命を迎えつつある。同じく店の、この秋に移動を考えている、2平方メートルの面積を持つふたつの作業台は床にボルトで固定されていて、本職を頼まなければ動かせない。これらの現実が、今朝の夢には反映されていたに違いない。
ここ数日の気温はほとんど春のそれになってきた。空気調整器は天井から吊った別の機械も稼働中であり、とすれば壊れた床置き型は、冷房が必要になるまで交換を待てる。問題はサーモスタットが作動するたび大きな音を立てる冷蔵ショーケースで、こちらについては午後、長いつきあいのある業者に新品を発注した。
終業後はいそいそと4階へ上がり、台所に立つ。冷蔵庫の常備菜は随分と少なくなってきた。それらを各々の保存容器から皿に盛る。大鍋の煮込みは日曜日の夜、あるいは月曜日の朝に食べ尽くす計算である。
朝飯 鰤大根の大根だけ、納豆、しもつかり、揚げ湯波と小松菜と椎茸の炊き合わせ、白菜漬け、カリフラワーの酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 鰤大根の大根だけ、揚げ湯波と小松菜と椎茸の炊き合わせ、しもつかり、牡蠣のアヒージョ、白菜漬け、カリフラワーの酢漬け、あれこれによる鍋、「末廣酒造」の「末廣」(燗)
2023.3.2(木) 春一番
夕刻、店に立っていると、男性ふたり、女性ひとりのお客様が入っていらっしゃった。よってほとんどすべてのお客様にそうしているように、お盆に載せたらっきょうのたまり漬の試食をお勧めし、奥の、給茶器のある場所でお召し上がりいただくよう、ご案内をした。
そのお客様が試食を終えて冷蔵ショーケースの前にお戻りになったところではじめて、使われている言葉が広東語らしいことに気づく。英語が通じないこともないだろうけれど、隣の事務室まで長男を呼びに行く。お客様は少なくない買い物をしてくださって後、鬼怒川方面へと向かわれた。長男によれば、お客様は香港からの旅の途中、とのことだった。
直後にいらっしゃった男性ばかりの3名様にも、やはり試食とお茶をお勧めした。3名様は先ず、奥へお進みになり、上澤梅太郎商店の歴史を年代順に並べた掲示物を熱心にご覧になり始めた。あるいはそれらをスマートフォンのカメラに納めたりもしていらっしゃる。多分、食品関係の本職でいらっしゃるのだろう。
やがて3名様は奥からお戻りになり、あれこれ商品をお選びになり始めた。そこでようやく、このお客様も中国語をお話しになっていることに気づく。僕はまたまた事務室から長男を呼ぶ。こちらのお客様も、まとまった買い物をしてくださった。また「どちらからいらっしゃましたか」との長男の問いかけには「トーキョーから」とお答えになったという。
海外からのお客様の買い物のしかたには特徴がある。第一に意思決定が早い。第二は、たとえば味噌、たとえばらっきょうのたまり漬なら、その中でもっとも高いものをお取りになる。第三は客単価が高い。つまりバブル期の日本人に似ている。多いにありがたい。
もっとも僕としては、いつもひと袋だけ、いつもほんの少しだけお買い上げくださるお客様も、とても有り難く感じている。なぜならそのお客様は確実にご自分でお召し上がりになっているし、今後も何十年とお付き合いくださる可能性が高いからだ。
16時を過ぎてより、一段と風が強くなる。春一番、だろうか。
朝飯 しもつかり、蕪のぬか漬け、カリフラワーの酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ベーコンと白菜の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 人参とカリフラワーの酢漬け、めかぶの酢の物、鰤大根の大根だけ、揚げ湯波と小松菜と椎茸の炊き合わせ、白菜漬け、昆布の佃煮、あれこれによる鍋、「末廣酒造」の「末廣」(燗j)
2023.3.1(水) 初午
初午には神社から宮司が来て、坪庭の稲荷社に祝詞を奏上してくれる。初午には新暦と旧暦のそれがあり、更には神社の都合も関係して、今年、瀧尾神社からのハガキで知らされたその日は2月28日だった。そういう次第にて、きのうはいつもの若い宮司の後ろに立ち、神妙に祝詞を聞いた。
宮司の訪問は2月28日でも、お供えは3月1日に上げるべしと、家内には言われていた。供え物のうち、清酒は数日前に用意した。しもつかりはきのうの早朝に家内が完成させた。今朝は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達を開店直前の9時前とし、開店と同時に赤飯を売る場所へ行ってみた。
赤飯は2種類があった。僕は歯ごたえのあるものを好むにもかかわらず、餅米によるごはんは、普通のそれより噛む力を要する点において、これをあまり好まない。それでもどちらが美味そうかと、目で吟味をする。片方は黒胡麻を用いている。もう片方は白胡麻を散らしている。数秒を迷って結局のところ、見た目の綺麗な白胡麻の方を選んだ。
会社へ戻り、4階の台所へ上がり、冷蔵庫からしもつかりの保存容器を出す。しもつかりと赤飯の器はおなじものとした。そしてそれらをお盆に載せ、事務室へ降りる。今度は神棚からワンカップ型の清酒をおろし、フタを外す。
きのう宮司が去ってから閉じた稲荷社の扉を開く。そして赤飯、しもつかり、清酒を供え、それが必要か否かは知らないけれど、二礼二拍手一礼をする。世にお稲荷さんを信仰する人は少なくない。僕は信じるより畏れる気持ちが強い。
お供えは、数時間を経て下げた。清酒は石造りの狐にかけた。赤飯としもつかりはお盆に載せ、処分するつもりで4階へ運んだものの、台所に入ったところで気が変わり、赤飯を食べてみた。意外やとても美味い。その勢いを駆って、器の中味すべてを食べ尽くす。これまた捨てるつもりだったしもつかりも捨てるには惜しい気持ちになって、こちらは夜の肴とすることを決める。
朝飯 白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、カリフラワーの酢漬け、メシ、きのうの夜の鍋を流用した味噌汁
昼飯 昆布の佃煮、揚げ玉、梅干、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、なめこのたまり炊のお茶漬け
晩飯 人参とカリフラワーの酢の物、クーブイリチー、鰤大根の大根だけ、しもつかり、白菜漬け、あれこれによる鍋、「末廣酒造」の「末廣」(燗)
2023.2.28(火) 馬々虎々
奥さんが隣にいないと眠れない、という人がいる。
奥さんが付き添ってくれない限り、病院の診察室には入れない、という人がいる。
奥さんと3日以上、離ればなれになると寂しい、という人がいる。
朝、家内を東武日光線の下今市駅へ送る。今日は横浜、明日は東京、そして帰りは来週の月曜日になるという。家内は、いればそれでよろしいし、いなければ、それもまたよろしい。そしてこの日を指折り数えていた、というところもまた、僕にはあった。
午後、市内の2ヶ所を回って買い物をする。その内容は、1週間は無理としても、4、5日は食べ続けることのできる鍋の材料である。ただし白花豆だけはきのうのうちに買って水に浸け、茹でこぼしておいた。
終業後はいそいそと4階へ戻り、台所に立つ。そして先ずは巻湯波を煮て茹でこぼし、5分ほど流水にさらす。次は大鍋に、白花豆とその煮汁、豚の腸、トマトの水煮、コンニャク、セロリ、長葱、そして巻湯波を入れ、水を足す。煮立ったら日本酒を加え、灰汁を取る。塩、醤油、味噌などは加えない。その都度、小さな鍋に移して異なる味で食べるためだ。
別途、肴を整え、酒を温める。そして本棚から持ち来た開高健の「ロマネ・コンティ・1935年」の最初の短編「玉、砕ける」を読みつつ飲酒活動を始める。なぜ「玉、砕ける」かといえば、家内が数日をj不在にするときにはかならず作る鍋が、この小説の中で、老舎によって語られる田舎料理を思い出させるからだ。
朝飯 鰤大根、人参の酢の物、揚げ湯波と小松菜と椎茸の炊き合わせ、納豆、胡瓜と蕪のぬか漬け、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と万能葱の味噌汁
昼飯 揚げ玉、塩鰹のふりかけ、梅干のしその葉、胡瓜のぬか漬け、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」のお茶漬け
晩飯 人参の酢の物、なめこのたまり炊とめかぶの合わせ、白菜漬け、あれこれによる鍋、「末廣酒造」の「末廣」(燗)








































