2022.12.13(火) いもがら
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行くたび、買おうか買うまいか迷っていたものがある。芋がらである。子供のころは芋がらの味噌汁がよく朝食に出された。僕は食感の面白いものを好むから、芋がらの味噌汁も当然、好きだった。芋がらの味噌汁は、普段よりも汁が黒みを帯びていた。いま考えればそれはアクによるものだったのだろう。
きのうは遂に、その芋がらを買った。価格は200円。調理の仕方は不明にて、インターネットで調べた。
今朝は4時に、その芋がらを鋏で切り、ボウルのぬるま湯に浸けた。そのまま6時20分まで置いて水を切り、今度はそのボウルに熱湯を注いだ。
子供のころの芋がらの味噌汁には、具は芋がらのみが入れられていた。きのう見たレシピには、長葱と若布が加えられていた。今朝はそれを真似してみることにする。
ぶつ切りの長葱を半生の状態で食べることを、僕は好まない。よって長葱はだしの中で長めに煮た。そこに味噌を溶き、芋がらを入れる。若布も加える。
汁の色は、僕が子供のころのそれとは異なって、まったく黒ずまなかった。アク抜きが完璧だったのだろう。食感は、懐かしい、覚えのあるものだった。
200円の芋がらは、延ばせば何メートルになるだろう。これから週に1度くらいは、これを汁の具にしようと思う。
朝飯 「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、揚げ湯波と蕪の葉の甘辛煮、納豆、菠薐草の胡麻和え、らっきょうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、3種のぬか漬け、メシ、若布と長葱と芋がらの味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 春雨サラダ、3種のぬか漬け、「551HORAI」の肉まん、焼売、餃子、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、バナナケーキ、Old Parr(生)
2022.12.12(月) 復興と醸成
朝食の動画をTikTokに載せている。頻度は週に、食べるだけの短いものは3本、作る場面を含む長いものは1本と決めている。この在庫がきのう切れた。よって今朝は、長いものをひとつ撮ろうとして棚に本を探す。
「汁飯香や一汁一菜、一汁三菜については分かった。そろそろ目先を変えたものが観たい」という意見をひと月ほど前にいただいた。それに従って、2週間前からは、朝食を整えつつ本を紹介する、ということを始めた。棚から引き出したのは池波正太郎の「食卓の情景」である。
昭和47年1月から48年5月まで、池波は週刊朝日に食べものについてのことを連載する。「食卓の情景」は、これをまとめて昭和48年6月に初版第一刷が出された。昭和48年は1973年。僕は高等学校の2年生だった。以来、僕はこれを多分、3回、読んだ。記憶に残る諸々の中から、今日の動画では朝食に関する部分を選んだ。
池波には片岡(仮名)という、半年前に結婚したばかりの若い友人がいる。池波はこの片岡君を伴って、京都鷹ヶ峰の「雲月」で4時間におよぶ昼食を摂る。帰りぎわ「どうだ、うまかったかい?」と池波は水を向ける。「ええ。ですけど…ですけど、ぼく、納豆と味噌汁が食べたかった。でも、いいんです。明日の朝は、宿で食べられるから…」と片岡君は、はにかんだようにうつ向く。片岡君の奥さんは和食による朝食を「そんなものは下等だ」と、作ってくれないのだ。
当時の男の結婚年齢を28歳とする。昭和48年の28歳は昭和20年生まれ。日本はアメリカに負けて社会は大混乱。日本人の価値観も大混乱。日本のすべてはバツ。戦勝国アメリカのそれはすべてマル。そのような世に子を成した親、そのような世に育った子供の中には、片岡君の奥さんのような人もたくさん存在したはずだ。
さて2022年の現在はどうだろう。昭和48年つまり1973年から数十年をかけて、日本の文化は復興を繰り返し、また醸成を続けてきたのではないか。そんなことを考えながら味噌汁を吸い、めかぶの酢の物をすすり込み、青葱を薬味にした納豆をかき混ぜる。
朝飯 めかぶの酢の物、焼き鮭、納豆、里芋の柚味噌和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸の天ぷらと長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとレタスと胡瓜のサラダ、2種のグラタンを添えた猪の赤ワイン煮、Grand Vin de Leoville 1985、2種のケーキ、Old Parr(生)
2022.12.11(日) サンタカ
朝食を終えてテレビの電源を入れると、番組は「遠くへ行きたい」だった。観るうち大阪の唐辛子屋「やまつ辻田」が紹介されはじめた。上澤梅太郎商店の「らっきょうのたまり漬ピリ太郎」や「辛ひしお」に用いているのは、この名店の唐辛子「三鷹」である。しかし僕は、そのようなことをパンフレットや包材にことさら書かない。その性向は、商売上手な人からすれば「怠慢」ということになるだろうか。
先月の日記にも書いたことだが、週末は普段の日よりも張り合いがある。それは、平日にくらべて格段にお客様が多くなるからだ。一方「汁飯香の店 隠居うわさわ」は不思議なことに、きのうは朝からすべての席がご予約により埋まっていたにもかかわらず、今日のご予約はひと組様のみだ。
それを心配して、昼ちかくに隠居へ行く。案に相違して、直前のご予約が相次いだことにより、結局は満席にちかい入りになったという。多いに有り難い。
閉店後、この1週間の売上金をひとまとめにする。当たり前のことだが、コンピュータの日計表と現金の残高は0円の違いもなく一致した。週初の銀行への入金は、今年は今日を含めて残すところ3回になった。3週間後は、もう新春である。
朝飯 舞茸の天ぷら、里芋の柚味噌和え、納豆、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと白菜と若布の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、牡蠣フライ、ライス、ドライマーティニ、TIO PEPE
2022.12.10(土) だんだんずれていく
服を仕立てる、髪型を変える、ものを買う、家を建てる、会社を作る。およそすべての行いには「最初に決めたことが、気づいてみれば大きくずれていた」ということがしばしば起きる。
おとといの日記「ハジャイ」では、タイの深南部へ降りる理由として、2月の北部の寒さを挙げた。しかしその日記も最後に差しかかるあたりでは「とすれば4月の下旬か」などと言い始めている。4月はタイの最暑期。だったら行き先は北部でも良いではないか。
2016年2月8日、僕の乗る第171列車は、定刻の13時にすこし遅れてバンコクのフアランポーン駅を離れた。ハジャイに着いたのは、翌朝の7時47分だった。僕はプラットフォームで鶏の唐揚げガイトードと餅米カオニャオを買って、これを朝食とした。
停車中に8時を迎えると、国王賛歌が流れ始めた。この時間には、タイ国民は仕事などで手を離せない場合を除いては、起立をしていなくてはならない。しかしハジャイ駅の物陰には、ブラブラと勝手に歩く男もいた。自分に気づく者など誰もいまいと、高を括っていたのかも知れない。
列車はハジャイを発って、終点のスンガイコーロクには11時37分に着いた。つまり僕は、ハジャイの街を知らない。だったら4月になっても5月になっても、行き先はやはりハジャイのままにしておこうか、というようなことを考える。
朝飯 焼き鮭、焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、煮奴、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと菠薐草の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 夏太郎らっきょう、豚と厚揚げ豆腐と野菜の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、“WEST”のヴィクトリア、Old Parr(生)
2022.12.9(金) 花を見に行く
先月20日の、オヤジの祥月命日に供えたお墓の花は、翌21日と30日に様子を見に行った。そのあいだは曇りのことが多く、また雨の降る日もあった。それゆえのことだろう、花はいまだ鮮やかさを保っていた。よって処分はせず、水を換えたのみにて戻ってきた。
次に行ったのは、アラレと雪が相次いで降った後の今月7日。花は流石に凍てつき、頭を垂れるか枯れるかしているに違いない、そう考えて、道の駅へ商品を届けるついでに寄ってみた。大きな白菊にのみ、凍ってふたたび解けた透明感が花弁にあった。しかし他については驚くべきことに、いまだ鮮やか、いまだ元気そうだった。「もうすこし置こうか、それとも、もう決まりをつけようか」と迷って結局、そのまま帰社した。
夏の花はまめに水を換えてもすぐに傷む。それに比して今回の花の強さはどうだろう。そして供えて19日目の今朝、またまた如来寺に自転車を乗り入れる。
花の様子はおとといといくらも変わっていなかった。特に黄色いマーガレットコスモス、白い浜菊、赤いカーネーションは捨ててしまうことが惜しいほどだ。とはいえいつまで仕事の合間を縫ってお墓に来続けるのもいかがなものか。というわけですべての花を処分し、花立ては入念に洗った。
さて次の墓参りは元旦になる。現場の水道は凍結している可能性があるから、花や線香と共に水も持参することにしよう。
朝飯 焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、スパゲティとホウレンソウのソテーを添えた目玉焼き、生のトマト、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と玉葱の味噌汁
昼飯 あんかけ焼きそば
晩飯 なすのたまり漬の辛子和え、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、豚薄切り肉と厚揚げ豆腐と春菊の鍋、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2022.12.8(木) ハジャイ
ハジャイで5日間、バンコクで5日間ほどの旅を来年の2月に行うことを考えた。なぜマレーシアとの国境に近いハジャイかといえば、直近とはいえもう3年前のこととなってしまった、2020年3月のウドンタニーでの経験による。インドシナの最暑期は4月。その前月、また乾季にもかかわらず、ウドンタニーには雨が降り続き、裸では肌寒く、プールサイドに降りることの躊躇われる日もあったからだ。
僕の旅の楽しみは、一にプールサイドでの本読み、二にメシと酒、三に「何もしない時間」というもので、とにかく寒くては話にならない。更に2月であれば、気温は更に低いだろう。だったら南を目指せば良いではないか、という意思決定である。
もうひとつ、ハジャイから更に下ったナラティワートはメシの不味い街だった。ロンリープラネットの情報はともかくとして、街の人に教えてもらったおすすめの店さえ不味かった。対してハジャイはタイ屈指の海鮮の都である。
そうして家族とあれこれ話してみると、どうも2月は具合が悪い。3月もおなじく。4月には瀧尾神社の大祭があって、責任役員としての務めがある。次の週末には隠居の桜が満開になって、あれこれの催しが発生しそうだ。とすればハジャイ行きは4月の下旬か。しかしそうすると、日程が5月の連休に重なる恐れがある。「航空券はなるべくはやく手配された方がよろしいです」と、馴染みの旅行社の社長には言われている。悩ましい問題である。
朝飯 菠薐草のソテーの「なめこのたまり炊」のせ、おでん、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと白菜と若布の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 冷や奴、らっきょうのたまり漬とツナとパセリのサラダ、菠薐草のナムル、「たつはん」の餃子、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2022.12.7(水) 閑居独酌
先週金曜日に端を発した体調の悪さは、いまだ元に戻っていない。熱は出ず、声のみがおかしくなる今回の風邪には、生まれて初めて罹った。発熱がないから病院にも行かずにいたものの、今の状態がいつまで続くのも困る。そう考えてきのうはセキネ耳鼻科クリニックで診察を受け、薬を処方してもらった。
ここ数日とおなじく今朝も、咳が止まらない。寝室は寒く、着替えには億劫さが伴う。それでも5時前に起きて一昨日の日記の文章部分、そしてきのうの日記のすべてを完成させる。ここで時刻は6時。味噌汁づくりまではいまだ30分ほどの余裕があるため、今日の日記に取りかかる。
咳は前述のとおりでも、声は随分と出るようになった。仕事においては、それが随分と助けになっている。終業後は残業をする事務係につき合って、19時30分まで事務室にいる。
咳を主な理由として、きのう予定した、今夜の外食は控えることとした。また諸般の事情により留守番をすることとなって、ひとりで小酌を為す。
朝飯 「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、揚げ湯波とひじきの甘辛煮、菠薐草のソテー、納豆、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと大根と万能葱の味噌汁
昼飯 焼き鮭、塩鰹のふりかけ、梅干、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 “Girouette”の生ハムとローストビーフとサラダあれこれの盛り合わせ、スパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018、Grand Vin de Leoville 1984
2022.12.6(火) 初雪ではないものの
食堂からの、家内の声に目を覚ます。しばらくするうち「よし」とか「やった」という声と共に拍手も聞こえてきた。FIFAワールドカップの決勝トーナメント初戦において、日本の誰かが点を入れたらしい。枕の下からiPhoneを取り出す。同級生の同報ラインにより、ゴールに成功したのは前田大然と知る。時刻は0時46分。ということは現在は、前半戦の終了間際と思われる。
そのまま闇の中に仰向けになっている。しばらくすると、家内の落胆の声が聞こえてきた。後半戦の開始からいくらも経たないうちに、クロアチアが同点弾を打ち込んだに違いない。
眠ったのか、覚めていたのか、あるいは「浅き夢みし」の状態だったのか。あたりは静まりかえっている。
遂に服を着て顔を洗い、食堂へ行く。時刻は2時16分。テレビの画面は延長戦のハーフタイム。ほどなくして後半戦が始まる。しかしここでも決着は付かず、勝負はPK戦に委ねられることとなった。
元日本代表監督イビチャ・オシムは試合がPK戦にもつれ込むと「ここから先はサッカーではない」とベンチを去ったという。そのオシムに倣うわけではないけれど、僕も寝室へと引き上げる。そして結局のところ、一睡もしないまま6時30分に起床する。
外を往くクルマのタイヤの、水を切って進む音が聞こえる。「雨か」とカーテンを巻き上げると、家々の屋根の上には薄く雪があった。数日前のアラレは積もらなかった。よって今朝の雪の方が初雪の実感がある。
それはさておき日本はクロアチアに対してPK戦で負けたという。「まぁ、よくやったではないか、4年後は、もうすこし上に行けるよ」と、寂しさを愛おしむ気持ちになる。
朝飯 揚げ湯波とひじきの甘辛煮、揚げ芋の味噌和え、納豆、菠薐草の胡麻和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、蕪戸胡瓜のぬか漬け、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトと刻みキャベツを添えたあれこれのフライ、らっきょうのたまり漬を刻み込んだタルタルソース、胡瓜と蕪と人参のぬか漬け、千枚漬け、メシ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2022.12.5(月) 持っている服のすべてを
ユニクロのヒートテックは経年劣化をするから数年おきに買い換えていると、SNSで言う人がいた。それを読んで我がヒートテックタートルネックTを顧みれば、襟は伸びきり、袖はすり切れている。「なるほど」と傷みのひどいものから捨て続けること2年。最後の1着が遂に、きのうゴミ箱に去った。その2年のあいだにヒートテックタートルネックTは、袖の仕様が9分になった。7分だの9分の袖は、僕は好きでない。
このところユニクロで2着ずつ買い進めてきた2種の代替品は普通の長袖ではあるけれど、ヒートテックよりも生地が厚いため、箪笥に収まりづらい。保温性についてはよく分からない。とにかく現在の4着がすり切れるまでは、こと初冬においては、これで凌いでいくしかないだろう。
11月の末までは、襟の高い下着の上に木綿のTシャツを重ねていた。そして12月からは、そのTシャツを仕舞い、代わりに襟の高いフリースのセーターを着ている。その、秋物と冬物との入れ替えの際に、普段着以外のセーターの増えていることに気づく。既にして充分な数のあることを忘れて買ってしまったのだ。重々、気をつけなければならない。あるいはきのうの掛け軸と同様に、持っている服のすべてをコンピュータにデータベース化すると良いかも知れない。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、揚げ湯波とひじきの甘辛煮、生玉子、焼き鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 似たような2種のパン、ホットミルク
晩飯 ぼたん鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2022.12.4(日) ひとつの頂点
年末の、贈答需要による繁忙は、11月下旬からクリスマスのころまで続く。12月最初の日曜日は、その頂点のひとつだ。今日の特に昼どきなどは、3人の販売係すべてが地方発送の受付に忙殺され、お持ち帰りのお客様は商品を手に所在なくされている、という状況が発生した。
よって即、僕は事務室から店に応援に入った。その僕が、またまた地方発送をご希望のお客様に声をかけられる。それではますますお持ち帰りのお客様に手が回らない。事務室へ戻り、書類仕事をしていた長男に声をかけて、店の人員を更に増やす。
そんな最中、蔵見学の予約を13時に入れてくださっていたお客様が早めにいらっしゃり、長男はお客様と共に店を離れた。「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、きのうに引き続き満席。いずれにしても、忙しいことは有り難い。
混雑の落ち着いた15時すぎに隠居へ行く。そして高森碎巌の「巌松之図」を床の間から外す。はじめて見たときには中々のものと見えた軸だが、時を経るごとにつまらなく感じられてきた。ひとことで言えば力が無いのだ。
家にある軸のうち、まぁまぁと思われたものはコンピュータにデータベース化している。それらは季節ごとに分けられ、ABCと順位が振られている。そこにある高森碎巌の「巌松之図」を、AからCに格下げする。すると冬に飾るべき軸にAは皆無になった。そういう次第にて、床の間には柏木弘の”UNTITLED 08-III”をふたたび掛けた。ことしは年末まで、これで行こうと思う。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、焼き葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、おでん鍋の玉子と鶏肉、揚げ湯波とひじきの甘辛煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と玉葱の味噌汁
昼飯 ピザ風フォカッチャ、ホットミルク
晩飯 ポテトサラダ、トマトとパプリカのピクルス、らっきょうのたまり漬、カレーライス、Old Parr(お湯割り)、「赤福」の「雪餅」、Old Parr(生)








































